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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024075084
(43)【公開日】2024-06-03
(54)【発明の名称】セルロース誘導体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 3/00 20060101AFI20240527BHJP
   C08B 3/10 20060101ALI20240527BHJP
【FI】
C08B3/00
C08B3/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022186264
(22)【出願日】2022-11-22
(71)【出願人】
【識別番号】504174135
【氏名又は名称】国立大学法人九州工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】501172235
【氏名又は名称】シャボン玉石けん株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120086
【弁理士】
【氏名又は名称】▲高▼津 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100191204
【弁理士】
【氏名又は名称】大塚 春彦
(72)【発明者】
【氏名】安藤 義人
(72)【発明者】
【氏名】川野 哲聖
(72)【発明者】
【氏名】川原 貴佳
(72)【発明者】
【氏名】完山 陽秀
【テーマコード(参考)】
4C090
【Fターム(参考)】
4C090AA02
4C090AA05
4C090BA25
4C090BB12
4C090BB33
4C090BB36
4C090BB65
4C090BB71
4C090BB94
4C090BC01
4C090BD03
4C090BD11
4C090BD17
4C090BD36
4C090CA38
4C090DA10
4C090DA32
(57)【要約】
【課題】熱可塑性を有する新規なセルロース誘導体、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】2種以上の長鎖脂肪酸塩でエステル化された熱可塑性セルロース誘導体、及びその製造方法である。
【選択図】図11

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種以上の長鎖脂肪酸でエステル化された熱可塑性セルロース誘導体。
【請求項2】
前記2種以上の長鎖脂肪酸が、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、及びオレイン酸から選ばれる2種以上を含むことを特徴とする請求項1記載のセルロース誘導体。
【請求項3】
天然油脂又は天然油脂由来脂肪酸を原料として鹸化法により製造された石けんを用いて製造されたことを特徴とする請求項1記載のセルロース誘導体。
【請求項4】
前記石けんがグリセロールを含んでいることを特徴とする請求項3記載のセルロース誘導体。
【請求項5】
前記天然油脂が、牛脂、豚脂、オリーブ油、大豆油、パーム核油、綿実油、ヤシ油、及び落花生油から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項3記載のセルロース誘導体。
【請求項6】
前記セルロースが、セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル、微結晶セルロース、及びセルロースマイクロファイバーから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載のセルロース誘導体。
【請求項7】
前記セルロースが、微結晶セルロースであることを特徴とする請求項6記載のセルロース誘導体。
【請求項8】
有機溶媒中で、セルロースと、2種以上の長鎖脂肪酸塩とを混合して分散液を調製する分散液調製工程と、
前記分散液にエステル化剤を添加して、2種以上の長鎖脂肪酸塩をセルロースにエステル修飾させるエステル化工程と、
を有することを特徴とするセルロース誘導体の製造方法。
【請求項9】
前記エステル化剤が、スルホン酸エステル化剤であることを特徴とする請求項8記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項10】
前記スルホン酸エステル化剤が、p-トルエンスルホニルクロリド、メタンスルホニルクロリド、クロロメタンスルホニルクロリド、トリフルオロメタンスルホニルクロリド、及びベンゼンスルホニルクロリドから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項9記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項11】
前記スルホン酸エステル化剤が、p-トルエンスルホニルクロリドであることを特徴とする請求項10記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項12】
前記有機溶媒が、ピリジン、トリエチルアミン、及びジイソプロピルエチルアミンから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項8記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項13】
前記2種以上の長鎖脂肪酸塩が、ラウリン酸塩、ミリスチン酸塩、パルミチン酸塩、ステアリン酸塩、及びオレイン酸塩から選ばれる2種以上を含むことを特徴とする請求項8記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項14】
前記2種以上の長鎖脂肪酸塩が、天然油脂又は天然油脂由来脂肪酸を原料として鹸化法により製造された石けんであることを特徴とする請求項8記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項15】
前記天然油脂が、牛脂、豚脂、オリーブ油、大豆油、パーム核油、綿実油、ヤシ油、及び落花生油から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項14記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項16】
前記セルロース及び2種以上の長鎖脂肪酸塩の配合割合が、モル比で、1:1~10であることを特徴とする請求項8記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項17】
前記セルロース及び石けんの配合割合が、質量比で、1:1~20であることを特徴とする請求項14記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項18】
前記セルロースが、セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル、微結晶セルロース、及びセルロースマイクロファイバーから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項8記載のセルロース誘導体の製造方法。
【請求項19】
前記セルロースが、微結晶セルロースであることを特徴とする請求項18記載のセルロース誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース誘導体及びその製造方法に関し、詳しくは熱可塑性を有するセルロース誘導体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは、最も豊富な再生可能な物質であり、古い時代から近代技術社会に至るまで継続して使用されている。植物由来の繊維であるセルロースは、環境負荷が小さく、かつ持続型資源であるとともに、高弾性率、高強度、低線膨張係数などの優れた特性を有する。そのため、幅広い用途、例えば、紙、フィルムやシートなどの材料、樹脂の複合材料(例えば、樹脂の補強剤)などとして利用されている。特に、微細化したナノセルロース(ナノファイバーなど)は、樹脂の補強剤として有用であり、樹脂との複合化に向けて多くの試みがなされている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-166818号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、熱可塑性を有する新規なセルロース誘導体、及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究した結果、セルロースに対して、2種以上の長鎖脂肪酸塩を用いてエステル化修飾することにより、新規な熱可塑性材料が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、以下の通りのものである。
[1]2種以上の長鎖脂肪酸でエステル化された熱可塑性セルロース誘導体。
[2]前記2種以上の長鎖脂肪酸が、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、及びオレイン酸から選ばれる2種以上を含むことを特徴とする上記[1]記載のセルロース誘導体。
[3]天然油脂又は天然油脂由来脂肪酸を原料として鹸化法により製造された石けんを用いて製造されたことを特徴とする上記[1]又は[2]記載のセルロース誘導体。
[4]前記石けんがグリセロールを含んでいることを特徴とする上記[3]記載のセルロース誘導体。
[5]前記天然油脂が、牛脂、豚脂、オリーブ油、大豆油、パーム核油、綿実油、ヤシ油、及び落花生油から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記[3]又は[4]記載のセルロース誘導体。
[6]前記セルロースが、セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル、微結晶セルロース、及びセルロースマイクロファイバーから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記[1]~[5]のいずれか記載のセルロース誘導体。
[7]前記セルロースが、微結晶セルロースであることを特徴とする上記[6]記載のセルロース誘導体。
【0007】
[8]有機溶媒中で、セルロースと、2種以上の長鎖脂肪酸塩とを混合して分散液を調製する分散液調製工程と、
前記分散液にエステル化剤を添加して、2種以上の長鎖脂肪酸塩をセルロースにエステル修飾させるエステル化工程と、
を有することを特徴とするセルロース誘導体の製造方法。
[9]前記エステル化剤が、スルホン酸エステル化剤であることを特徴とする上記[8]記載のセルロース誘導体の製造方法。
[10]前記スルホン酸エステル化剤が、p-トルエンスルホニルクロリド、メタンスルホニルクロリド、クロロメタンスルホニルクロリド、トリフルオロメタンスルホニルクロリド、及びベンゼンスルホニルクロリドから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記[9]記載のセルロース誘導体の製造方法。
[11]前記スルホン酸エステル化剤が、p-トルエンスルホニルクロリドであることを特徴とする上記[10]記載のセルロース誘導体の製造方法。
[12]前記有機溶媒が、ピリジン、トリエチルアミン、及びジイソプロピルエチルアミンから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記[8]~[11]のいずれか記載のセルロース誘導体の製造方法。
[13] 前記2種以上の長鎖脂肪酸塩が、ラウリン酸塩、ミリスチン酸塩、パルミチン酸塩、ステアリン酸塩、及びオレイン酸塩から選ばれる2種以上を含むことを特徴とする上記[8]~[12]のいずれか記載のセルロース誘導体の製造方法。
[14]前記2種以上の長鎖脂肪酸塩が、天然油脂又は天然油脂由来脂肪酸を原料として鹸化法により製造された石けんであることを特徴とする上記[8]~[13]のいずれか記載のセルロース誘導体の製造方法。
[15]前記天然油脂が、牛脂、豚脂、オリーブ油、大豆油、パーム核油、綿実油、ヤシ油、及び落花生油から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記[14]記載のセルロース誘導体の製造方法。
[16]前記セルロース及び2種以上の長鎖脂肪酸塩の配合割合が、モル比で、1:1~10であることを特徴とする上記[8]~[15]のいずれか記載のセルロース誘導体の製造方法。
[17]前記セルロース及び石けんの配合割合が、質量比で、1:1~20であることを特徴とする上記[14]又は[15]記載のセルロース誘導体の製造方法。
[18]前記セルロースが、セルロースナノファイバー、セルロースナノクリスタル、微結晶セルロース、及びセルロースマイクロファイバーから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする上記[8]~[17]のいずれか記載のセルロース誘導体の製造方法。
[19]前記セルロースが、微結晶セルロースであることを特徴とする上記[18]記載のセルロース誘導体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、熱可塑性を有する新規なセルロース誘導体、及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明のセルロース誘導体の製造方法の概略を説明する図である。
図2】実施例で製造したセルロース誘導体のIRスペクトルを示す図である。
図3】実施例で製造したセルロース誘導体のIRスペクトルを示す図である。
図4】実施例で製造したセルロース誘導体のDSC曲線を示す図である。
図5】実施例で製造したセルロース誘導体のDSC曲線を示す図である。
図6】実施例で製造したセルロース誘導体のXRDパターンを示す図である。
図7】実施例で製造したセルロース誘導体のXRDパターンを示す図である。
図8】クロロホルムによるセルロース誘導体の分画の実験の概要を示す図である。
図9】クロロホルム可溶分のHNMR分析を示す図である。
図10】クロロホルム可溶分のHNMR分析を示す図である。
図11】実施例のセルロース誘導体を成形したシート状成形体の写真である。
図12】引張強度試験に用いた実施例のセルロース誘導体を用いたシート状成形体の写真である。
図13】実施例のセルロース誘導体を成形したシート状成形体の荷重-伸び曲線を示す図である。
図14】実施例のセルロース誘導体の濡れ性評価の結果を示す図である。
図15】実施例3で製造したグリセロール添加のセルロース誘導体のIRスペクトルを示す図である。
図16】実施例3のセルロース誘導体を成形したシート状成形体の写真である。
図17】実施例3のセルロース誘導体を成形したシート状成形体の荷重-伸び曲線を示す図である。
図18】セルロースナノファイバーを用いたセルロース誘導体を成形したシート状成形体の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の熱可塑性セルロース誘導体(以下、単に、本発明のセルロース誘導体ということがある)は、2種以上の長鎖脂肪酸でエステル化されていることを特徴とする。
【0011】
本発明のセルロース誘導体は、熱可塑性樹脂材料として利用できる。また、本発明のセルロース誘導体は、透明性を有していることから、透明性を必要とする用途に利用でき、また、他の材料と混合する場合にも色味に影響を与えないので幅広く利用することができる。また、本発明のセルロース誘導体は、単独の長鎖脂肪酸でエステル化した場合より、引張伸び率が高い。
【0012】
(セルロース)
本発明の原料となるセルロースとしては、天然セルロースや合成セルロースを挙げることができ、天然セルロース、合成セルロースを微小化して調製したナノセルロースが好ましい。天然セルロースとしては、植物由来のセルロースを挙げることができ、具体的に、サイザル麻、棕櫚、広葉樹系パルプ、針葉樹系パルプ、竹、油やし等を挙げることができる。また、本発明の原料となるセルロースは、紙を離解して得られるパルプなどのセルロース繊維であってもよい。
【0013】
天然セルロース等を微小化する方法としては、公知の種々の方法を挙げることができる。具体的には、高圧ホモジナイザー法、ボールミル粉砕法、グラインダー摩砕法、強剪断力混練法、凍結粉砕法、超音波解繊法等の機械的解繊方法を挙げることができる。
【0014】
ここで、ナノセルロースとしては、微結晶セルロース(MCC)、セルロースナノファイバー(CNF)、セルロースナノクリスタル(CNC)、セルロースマイクロファイバー(CMF)等を挙げることができ、微結晶セルロースが好ましい。なお、本発明においては、リグノセルロース等のナノセルロースと他の物質の混合物を用いてもよい。
【0015】
ナノセルロースの重合度(粘度法)としては、100~3000であることが好ましく、200~1500であることがより好ましく、200~1000であることがさらに好ましく、500~750であることが特に好ましい。具体的には、例えば、IMa-100、BMa-100、WFo-100、AFo-100、FMa-100(株式会社スギノマシン製)を挙げることができる。
【0016】
(長鎖脂肪酸)
本発明のセルロース誘導体は、2種以上の長鎖脂肪酸でエステル化されている。長鎖脂肪酸は、飽和脂肪酸であっても、不飽和脂肪酸であってもよく、その炭素数としては、特に制限されるものではないが、10以上が好ましく、10~30がより好ましく、10~20が特に好ましい。長鎖脂肪酸としては、具体的に例えば、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸等を挙げることができる。これらの中でも、ステアリン酸及びオレイン酸を含むものが好ましい。
【0017】
2種以上の長鎖脂肪酸によるエステル化は、2種以上の長鎖脂肪酸塩を原料として用いたエステル化が好ましい。長鎖脂肪酸塩は、長鎖脂肪酸基(長鎖脂肪族基)を含むカルボン酸(脂肪酸)のナトリウム塩又はカリウム塩であることが好ましく、ナトリウム塩であることがより好ましい。また、原料としての2種以上の長鎖脂肪酸塩としては、石けんを挙げることができる。
【0018】
本発明で用いる石けんとしては、鹸化法により製造された石けんであってもよいし、中和法により製造された石けんであってもよいが、鹸化法により製造された石けんが好ましく、特に天然油脂又は天然油脂由来脂肪酸を原料として鹸化法により製造された石けんが好ましい。天然油脂としては、例えば、牛脂、豚脂、オリーブ油、大豆油、パーム核油、綿実油、ヤシ油、落花生油を挙げることができる。これらの中でも、オリーブ油又はヤシ油が好ましい。
【0019】
また、石けんには、グリセロールが含まれていることが好ましい。グリセロールを含有する石けんを用いることにより、本発明のセルロース誘導体は、黄変が抑制され、より高い透明性を有する。また、引張強度、ヤング率がより向上し、ひずみエネルギーもより向上する。
【0020】
<セルロース誘導体の製造方法>
本発明のセルロース誘導体の製造方法は、有機溶媒中で、セルロースと、2種以上の長鎖脂肪酸塩とを混合して分散液を調製する分散液調製工程と、分散液にエステル化剤を添加して、2種以上の長鎖脂肪酸塩をセルロースにエステル修飾させるエステル化工程とを有している。なお、本発明の製造方法は、分散液調製工程の前後、エステル化工程の前後に他の工程を有していてもよい。
【0021】
本発明の製造方法においては、セルロース、2種以上の長鎖脂肪酸塩、及びエステル化剤の3種を同時に混合(分散液調製工程とエステル化工程を同時に行う)してもよいが、セルロースと長鎖脂肪酸塩をより均一に分散させて反応性を向上させるべく、分散液調製工程の後に、エステル化工程を実施することが好ましい。
【0022】
本発明の製造方法によれば、上記説明した新規樹脂材料の本発明の熱可塑性セルロース誘導体を簡便に製造することができる。
【0023】
(分散液調製工程)
分散液調製工程は、有機溶媒中で、上記本発明のセルロース誘導体の説明で挙げた、セルロース及び2種以上の長鎖脂肪酸塩を混合して分散液を調製する工程である。
【0024】
ここで、セルロース及び長鎖脂肪酸塩の配合割合としては、モル比で、1:1~10であることが好ましく、1:2~8であることがより好ましく、1:2~5であることがさらに好ましく、1:3であることが特に好ましい。例えば、2種以上の長鎖脂肪酸塩として、ステアリン酸塩及びオレイン酸塩を用いる場合、ステアリン酸塩及びオレイン酸塩の配合比としては、1:0.1~10が好ましく、1:0.2~5がより好ましく、1:0.5~2がさらに好ましい。
【0025】
また、2種以上の長鎖脂肪酸塩として石けんを用いる場合、セルロース及び石けんの配合割合としては、質量比で、1:1~20であることが好ましく、1:2~16であることがより好ましく、1:3~12であることがさらに好ましく、1:4~10であることが特に好ましい。また、本発明に用いる石けんとしては、分散性を高めるために、粉砕物が好ましく、粉末がより好ましい。
【0026】
セルロース及び2種以上の長鎖脂肪酸塩に対する有機溶媒の添加割合としては、所望の反応が進む量であれば特に制限されるものではないが、例えば、モル比で、セルロース及び2種以上の長鎖脂肪酸塩1mmolに対して1~100mmolが好ましく、5~50mmolがより好ましく、10~30mmolがさらに好ましい。
【0027】
本工程における混合条件は、セルロース及び長鎖脂肪酸塩が分散する条件であれば特に制限されるものではないが、分散性を高めるために、加熱条件下で行うことが好ましい。その温度としては、用いる有機溶媒の種類等によるが、例えば、50~90℃程度が好ましい。混合時間としては、例えば、0.1~24時間程度であり、0.5~10時間程度が好ましく、1~5時間程度がより好ましい。
【0028】
本発明に用いる有機溶媒は、特に制限されるものではないが、例えば、ピリジン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン等を好適に例示することができる。これらは、エステル化剤としてスルホン酸エステル化剤を用いた場合、副生する塩化水素を捕捉することができる。これらは、単独で使用してもよいし、2以上併用してもよい。
【0029】
(エステル化工程)
エステル化工程は、分散液調製工程で調製した分散液にエステル化剤を添加して、2種以上の長鎖脂肪酸塩をセルロースにエステル修飾させる工程である。
【0030】
本発明におけるエステル化剤としては、セルロースの水酸基と脂肪酸塩のカルボキシル基とのエステル化反応を促進できるものであれば特に制限されるものではなく、例えば、スルホン酸エステル化剤が好ましい。スルホン酸エステル化剤としては、具体的に例えば、p-トルエンスルホニルクロリド(TsCl)、メタンスルホニルクロリド、クロロメタンスルホニルクロリド、トリフルオロメタンスルホニルクロリド、及びベンゼンスルホニルクロリド等を挙げることができ、特にp-トルエンスルホニルクロリドが好ましい。これらは、単独で使用してもよいし、2以上併用してもよい。
【0031】
長鎖脂肪酸塩及びエステル化剤の添加割合としては、所望の反応が進む量であれば特に制限されるものではないが、例えば、モル比で、1:1~30が好ましく、1:1.2~10がより好ましく、1:1.5~5がさらに好ましい。
【0032】
本工程におけるエステル化反応の条件は、反応が進む条件であれば特に制限されるものではないが、反応を促進するために、加熱条件下で行うことが好ましい。反応温度としては、用いる有機溶媒の種類等によるが、例えば、50~90℃程度が好ましい。反応時間としては、例えば、0.1~48時間程度であり、0.5~20時間程度が好ましく、1~10時間程度がより好ましい。
【0033】
本発明におけるエステル化剤及び有機溶媒の組み合わせとしては、p-トルエンスルホニルクロリド及びピリジンが特に好ましい。本発明におけるセルロース、2種以上の長鎖脂肪酸塩、及びエステル化剤の配合割合としては、モル比で、1:3:6が特に好ましい。
【0034】
[精製工程]
本発明の製造方法は、エステル化工程で得られた生成物から有機溶媒、エステル化剤、未反応物、反応副生物などを除去して精製する工程を有することが好ましい。
【0035】
本工程における有機溶媒、エステル化剤等を除去する処理は、エステル化工程で得られた生成物から有機溶媒、エステル化剤等を除去できる処理であれば特に制限されるものではなく、例えば、加熱処理、酸やアルカリを用いた処理、抽出溶媒を用いた処理、洗浄処理、超音波処理、電子線照射による処理、遠心分離処理等の処理を挙げることができる。これらの処理は、単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【実施例0036】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0037】
〈微結晶セルロースを用いた本発明のセルロース誘導体の製造〉
【0038】
図1は、本発明のセルロース誘導体の製造方法の概略を説明する図である。製造方法の概略は、以下のとおりである。
0.4gの微結晶セルロース、所定量の混合長鎖脂肪酸塩、及び12mLのピリジンを、60℃にて1時間攪拌し、MCC/混合脂肪酸塩分散液を調製した(分散液調製工程)。続いて、このMCC/脂肪酸塩分散液に、2.82gのp-トルエンスルホニルクロリド(TsCl)を添加し、さらに60℃にて4時間で撹拌し、エステル化処理を行った(エステル化工程)。エステル化処理後、メタノール及びクロロホルムを用いて精製し、長鎖脂肪酸でエステル化された本発明のセルロース誘導体を得た。
【0039】
(実施例1)
長鎖脂肪酸塩として、3.75mmolのステアリン酸ナトリウム(C18Na)、及び3.75mmolのオレイン酸ナトリウム(C18:1Na)を用いて、ステアリン酸及びオレイン酸で修飾された実施例1のセルロース誘導体(MCC-C18:1/C18)を得た。
【0040】
(実施例2-1)
ステアリン酸ナトリウム及びオレイン酸ナトリウムに代えて、4gの石けん(シャボン玉石けん株式会社製,粉石けんスノール)を用いたこと以外は実施例1と同様の方法により、実施例2-1のセルロース誘導体(MCC-MFA_10)を得た。
【0041】
(実施例2-2)
3.2gの石けんを用いたこと以外は実施例2-1と同様の方法により、実施例2-2のセルロース誘導体(MCC-MFA_8)を得た。
【0042】
(実施例2-3)
2.4gの石けんを用いたこと以外は実施例2-1と同様の方法により、実施例2-3のセルロース誘導体(MCC-MFA_6)を得た。
【0043】
(実施例2-4)
1.6gの石けんを用いたこと以外は実施例2-1と同様の方法により、実施例2-4のセルロース誘導体(MCC-MFA_4)を得た。
【0044】
(実施例3)
MCC/脂肪酸塩分散液に2.5mmolのグリセロールを添加したこと以外は実施例1と同様の方法により、実施例3のセルロース誘導体(MCC-C18:1/C18+Gly)を得た。
【0045】
(実施例4-1)
3g(18.5mmol)の微結晶セルロースと、(ステアリン酸ナトリウム及びオレイン酸ナトリウムに代えて、)24gの石けん(シャボン玉石けん)を用いて質量比を1:8としたこと以外は実施例1と同様の方法により、実施例4-1のセルロース誘導体(MCC-MFA_TsCl_6)を得た。
【0046】
(実施例4-2)
微結晶セルロースとp-トルエンスルホニルクロリドのモル比を1:5にしたこと以外は実施例4-1と同様の方法により、実施例4-2のセルロース誘導体(MCC-MFA_TsCl_5)を得た。
【0047】
(実施例4-3)
微結晶セルロースとp-トルエンスルホニルクロリドのモル比を1:4にしたこと以外は実施例4-1と同様の方法により、実施例4-3のセルロース誘導体(MCC-MFA_TsCl_4)を得た。
【0048】
(実施例4-4)
微結晶セルロースとp-トルエンスルホニルクロリドのモル比を1:3にしたこと以外は実施例4-1と同様の方法により、実施例4-4のセルロース誘導体(MCC-MFA_TsCl_3)を得た。
【0049】
(比較例1)
ステアリン酸ナトリウム及びオレイン酸ナトリウムに代えて、7.5mmolのオレイン酸ナトリウムを用いたこと以外は実施例1と同様の方法により、比較例1のセルロース誘導体(MCC-C18:1)を合成した。
【0050】
(比較例2)
ステアリン酸ナトリウム及びオレイン酸ナトリウムに代えて、7.5mmolのステアリン酸ナトリウムを用いたこと以外は実施例1と同様の方法により、比較例2のセルロース誘導体(MCC-C18)を合成した。
【0051】
上記セルロース誘導体の製造に用いた原料の概要、及び収率を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
〈セルロース誘導体の特性評価〉
(セルロース誘導体の化学構造・熱特性・結晶構造の解析)
上記製造した実施例のセルロース誘導体について、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)による化学構造の解析、示差走査熱量測定(DSC)による熱特性の解析、X線回折(XRD)による結晶構造の解析を行った。示差走査熱量測定は、Run3の測定結果により、各セルロース誘導体の熱特性を評価した。
【0054】
図2及び図3に、実施例のセルロース誘導体のIRスペクトルを示し、図4及び図5に、実施例のセルロース誘導体のDSC曲線を示し、図6及び図7に、実施例のセルロース誘導体のXRDパターンを示す。なお、図2~7のいずれも、比較として、比較例のセルロース誘導体(MCC-C18、MCC-C18:1)をあわせて示す。また、図2図3及び図6に、比較として、微結晶セルロース(MCC)を示す。
【0055】
図2及び図3に示すように、実施例のセルロース誘導体は、3400cm-1付近に観察される水酸基のO-H伸縮振動由来のピーク強度の減少とアルキル基のC-H伸縮振動由来のピーク(2800-2900cm-1)の増大から、水酸基が各脂肪酸で置換されたことが確認された。1750cm-1にエステル結合の存在を示唆するC=O伸縮振動由来のピークが確認された。また、不飽和結合の存在を示す=C-H伸縮振動由来のピーク(3006cm-1)が観察された。実施例2-1のセルロース誘導体(MCC-MFA_10)が、他に比べ、水酸基由来のピーク強度が高い一方で、エステル結合や長鎖アルキル基由来のピークも確認された。石けんに含まれるグリセロールのエステル化の進行により、脂肪酸が消費されたと考えられる。
【0056】
図4及び図5に示すように、実施例1のセルロース誘導体(MCC-C18:1/C18)のDSC曲線から、直鎖脂肪酸部分の結晶融解に起因する吸熱ピーク(Tm)が観察された。なお、直鎖の飽和脂肪酸であるステアリン酸のみを側鎖にもつ比較例2のセルロース誘導(MCC-C18)は、より結晶を形成しやすいため、実施例1に比べ、Tmが高温側にシフトし、吸熱ピークも増大した。また、実施例2-1~2-4の石けんに含まれる混合脂肪酸を導入したセルロース誘導体のDSC曲線では、0℃以下にベースラインシフトを伴うガラス転移が観察されたが、結晶融解は見られなかったため非晶性であると考えられる。
【0057】
図6及び図7に示すように、20°付近に非晶ハローおよび長鎖アルキル部分の結晶に起因するピークが観察された。また、セルロース主鎖の周期構造に起因する低角側(2θ=3°)のピークが確認された。実施例2-1のセルロース誘導(MCC-MFA_10)では、セルロースI結晶構造の(200)及び(004)面由来のピークが観察され、未反応のセルロースによる結晶形成が示唆された。
【0058】
(クロロホルムによるセルロース誘導体の分画)
クロロホルム(CHCl)を用いて実施例のセルロース誘導体の分画を行った。なお、比較として、比較例のセルロース誘導体(MCC-C18、MCC-C18:1)についても同様に行った。
図8に、実験の概要を示す。
図8に示すように、0.2gのセルロース誘導体を20mLのクロロホルムに溶解させ、濾過した後、メタノールを加えて沈殿させ、さらに濾過して、真空乾燥し、クロロホルム可溶分のセルロース誘導体を得た。
表2に、クロロホルム溶解画分の割合を示す。
【0059】
【表2】
【0060】
また、クロロホルム可溶分のHNMR分析に基づき、クロロホルム可溶分の置換度(DS)を以下の式1を用いて算出した。図9及び図10に、クロロホルム可溶分のHNMR分析を示す。
【0061】
【数1】
【0062】
図9及び図10に示すように、クロロホルムの可溶分は、置換度2.3~2.6のセルロース誘導体であった。実施例2-1のセルロース誘導体(MCC-MFA_10)では、3.0~5.0ppmに新たなピークが複数見られ、グリセリン脂肪酸エステルの存在が示唆された。
【0063】
(熱プレスによるシート成型)
実施例のセルロース誘導体を120℃、10MPaの条件下で、プレス機で10分間プレスしてシート成形を行った。図11に、成形したシート状成形体の写真を示す。
【0064】
図11に示すように、実施例のセルロース誘導体は、120℃で十分な熱可塑性を示し、熱加工できることが確認できた。また、実施例のセルロース誘導体は、透明性を有しており、せっけんを用いた実施例2のセルロース誘導体が特に透明性が高かった。
【0065】
(引張強度試験)
実施例のセルロース誘導体を用いたシート状成形体について、引張強度及び破断伸びを確認した。なお、比較として、比較例1及び2のセルロース誘導体(MCC-C18、MCC-C18:1)についても確認した。
【0066】
具体的には、得られたシート状成形体をダンベルカッターSDL-100(株式会社ダンベル)を用いてダンベル型に切断し、測定を行った。試験片の平行部は、幅3mm、長さ30mmであった。試験片の切断後、コンパクト引張試験機IMC-18E0(井元製作所、京都、日本)を用いて測定した。各サンプル10mm/minの引張速度で最低3回試験を行った。
その結果を図12及び図13に示す。
【0067】
図13に示すように、実施例のセルロース誘導体を用いたシート状成形体は、単独の長鎖脂肪酸塩でエステル化されたセルロース誘導体よりも、高い引張伸び率(破断伸度)を示した。
【0068】
(濡れ性評価)
実施例のセルロース誘導体の濡れ性評価を行った。なお、比較として、比較例1及び2のセルロース誘導体(MCC-C18、MCC-C18:1)の評価も行った。
その結果を図14に示す。
【0069】
図14に示すように、実施例及び比較例のセルロース誘導体はともに、長鎖アルキル基の存在により疎水性表面を示した。
【0070】
(グリセロール添加による影響〉
上記製造した実施例3のグリセロール添加セルロース誘導体について、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)による化学構造の解析を行った。解析は、上述した実施例1の化学構造の解析と同様の条件で行った。
図15に、実施例3のセルロース誘導体のIRスペクトルを示す。
【0071】
図15に示すように、グリセロールの添加により、水酸基由来のピーク強度が増大した。これは、グリセロールとセルロースに対するエステル化の競合により、セルロースエステルの置換度が低下したものと考えられる。また、グリセロールの添加により、1600cm-1に見られるピークが消失した。これは、グリセロールの添加により、何らかの副反応が抑制された可能性が考えられる。
【0072】
続いて、実施例3のセルロース誘導体を120℃、10MPaの条件下で、プレス機で10分間プレスしてシート成形を行った。
図16に、成形したシート状成形体の写真を示す。
【0073】
図16に示すように、実施例3のグリセロール添加セルロース誘導体は、120℃で十分な熱可塑性を示し、熱加工できることが確認できた。また、実施例1のグリセロールを添加していないセルロース誘導体は黄変が見られたのに対し(図11参照)、実施例3のグリセロールを添加したセルロース誘導体は無色であり、より高い透明性を有していた。
【0074】
続いて、実施例3のセルロース誘導体を用いたシート状成形体について、引張強度及び破断伸びを確認した。試験は、上述した強度試験と同様の条件で行った。
その結果を図17に示す。
【0075】
図17に示すように、実施例3のグリセロール添加セルロース誘導体を用いたシート状成形体は、高い引張伸び率(破断伸度)を示した。
【0076】
[実施例5]
〈セルロースナノファイバーを用いたセルロース誘導体の製造〉
微結晶セルロースに代えてセルロースナノファイバーを用いたこと以外は実施例2-1と同様の方法により、実施例5のセルロース誘導体(CNF-MFA_10)を得た。
続いて、得られた実施例5のセルロース誘導体を、プレス機を用いてシート成形を行った(120℃、10分間)。
その結果を図18に示す。
【0077】
図18に示すように、CNF混合脂肪酸エステルを用いたシート状成形体は、熱可塑性及び透明性を有していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明のセルロース誘導体は、熱可塑性を有する新規樹脂材料として用いることができることから、産業上有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18