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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024075341
(43)【公開日】2024-06-03
(54)【発明の名称】制御装置、制御方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/70 20220101AFI20240527BHJP
【FI】
G06N10/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022186722
(22)【出願日】2022-11-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 2022年3月17日に第5回QS研究発表会 予稿集にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100124844
【弁理士】
【氏名又は名称】石原 隆治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 泰成
(72)【発明者】
【氏名】徳永 裕己
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 秀隆
(57)【要約】
【課題】GKP表面符号のエラー耐性を求める計算を実現させる。
【解決手段】GKP符号に誤り訂正符号が結合されたGKP表面符号のエラー耐性を評価する制御装置であって、量子もつれ状態が表現されるテンソルネットワークに基づいて、シンドローム値のサンプリングを行うサンプリング部と、前記シンドローム値に基づいてエラーを推定し、推定された前記エラーを訂正するテンソルを前記テンソルネットワークに追加するエラー訂正評価部と、前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果に基づいて、前記誤り訂正符号の性能を算出する符号性能評価部と、を備える制御装置である。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
GKP符号に誤り訂正符号が結合されたGKP表面符号のエラー耐性を評価する制御装置であって、
量子もつれ状態が表現されるテンソルネットワークに基づいて、シンドローム値のサンプリングを行うサンプリング部と、
前記シンドローム値に基づいてエラーを推定し、推定された前記エラーを訂正するテンソルを前記テンソルネットワークに追加するエラー訂正評価部と、
前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果に基づいて、前記誤り訂正符号の性能を算出する符号性能評価部と、を備える、
制御装置。
【請求項2】
符号のサイズまたはフォック基底の打ち切り値を示す情報に基づいて、前記テンソルネットワークを構築する入力準備部をさらに備える、
請求項1に記載の制御装置。
【請求項3】
前記サンプリング部は、補助量子ビットを前記テンソルネットワークに追加し、ノイズおよびパリティ検査の処理に対応するテンソルを前記テンソルネットワークに追加し、前記補助量子ビットを測定するテンソルを前記テンソルネットワークに追加する、
請求項1に記載の制御装置。
【請求項4】
前記符号性能評価部は、前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果、前記テンソルネットワークにおける初期状態と誤り訂正後の状態の距離の平均を、前記誤り訂正符号の性能として算出する、
請求項1に記載の制御装置。
【請求項5】
GKP符号に誤り訂正符号が結合されたGKP表面符号のエラー耐性を評価する制御装置が備えるコンピュータが実行する制御方法であって、
量子もつれ状態が表現されるテンソルネットワークに基づいて、シンドローム値のサンプリングを行うステップと、
前記シンドローム値に基づいてエラーを推定し、推定された前記エラーを訂正するテンソルを前記テンソルネットワークに追加するステップと、
前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果に基づいて、前記誤り訂正符号の性能を算出するステップと、を備える、
制御方法。
【請求項6】
コンピュータを、請求項1から4のいずれか1項に記載の制御装置における各部として機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御装置、制御方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータは、量子力学の重ね合わせの原理を活用して計算を行う技術で、素因数分解や量子化学計算などの問題を高速に解けることが期待されているため、その開発が世界で盛んに進められている。古典コンピュータを構成する素子である(古典)ビットは0または1の値をとる。一方、量子コンピュータを構成する素子である量子ビットは0と1に加えて、0と1の連続的な重ね合わせ状態をとることができる。この重ね合わせ状態を用いると、ビットの値が0の場合と1の場合の計算を同時に実行することが可能となるが、量子ビットを観測するとその値は0または1に確定し、重ね合わせ状態が壊れてしまう。
【0003】
量子ビットにはエラーが生じやすいため、量子コンピュータの計算を進めていくためにはそのエラーを訂正する必要がある。しかし、前述の量子ビットの性質により、通常の古典ビットのように量子ビットを直接観測してエラーの有無を調べることはできない。そこで、非特許文献1には、異なる役割を持つ複数の物理量子ビットを符号化して1つの論理量子ビットを構成する量子誤り訂正符号という枠組みが提案されている。
【0004】
非特許文献2には、量子ビットの0,1状態への割り当て方法として、より誤りに耐性のあるGKP(Gottesman-Kitaev-Preskill)符号について開示されている。
【0005】
非特許文献3には、GKP符号を用いない通常の量子ビットでのテンソルネットワークを用いた枠組みでの符号の性能評価について開示されている。
【0006】
非特許文献4には、GKP符号に、誤り訂正符号として高い性能を持つことで知られる表面符号が連結されたGKP表面符号について開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Fowler, Austin G., et al. "Surface codes: Towards practical large-scale quantum computation." Physical Review A 86.3 (2012): 032324.
【非特許文献2】Gottesman, D., Kitaev, A., & Preskill, J. (2001). Encoding a qubit in an oscillator. Physical Review A, 64(1), 012310.
【非特許文献3】Darmawan, A. S., & Poulin, D. (2017). Tensor-network simulations of the surface code under realistic noise. Physical review letters, 119(4), 040502.
【非特許文献4】Bourassa, J. Eli, et al. "Blueprint for a scalable photonic fault-tolerant quantum computer." Quantum 5 (2021): 392.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
GKP表面符号を用いた量子計算機の構築における課題の一つに、GKP表面符号の誤りに対する耐性の評価が難しいという点がある。通常の表面符号のノイズに対する耐性は、テンソルネットワークという枠組みを使って少ないサイズのメモリと時間で効率的に評価することができる。他方、GKP符号は無限次元のヒルベルト空間全体を利用する符号であるため、ノイズが生じたGKP符号を通常の計算機で厳密に表現するには、大容量のメモリが必要となる。このため、通常の計算機では複数のGKP符号で符号化されたGKP表面符号に対するノイズの耐性の評価、すなわち、与えられたノイズモデルに対してどの程度の確率でどのようにエラー訂正された状態になるのかのシミュレートは困難である。すなわち、従来の技術では、GKP表面符号の一般的なノイズに対するエラー耐性を求める計算を、現実的な時間で完了させることが難しいという問題がある。
【0009】
開示の技術は、GKP表面符号のエラー耐性を求める計算を実現させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
開示の技術は、GKP符号に誤り訂正符号が結合されたGKP表面符号のエラー耐性を評価する制御装置であって、量子もつれ状態が表現されるテンソルネットワークに基づいて、シンドローム値のサンプリングを行うサンプリング部と、前記シンドローム値に基づいてエラーを推定し、推定された前記エラーを訂正するテンソルを前記テンソルネットワークに追加するエラー訂正評価部と、前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果に基づいて、前記誤り訂正符号の性能を算出する符号性能評価部と、を備える制御装置である。
【発明の効果】
【0011】
開示の技術によれば、GKP表面符号のエラー耐性を求める計算を実現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】表面符号について説明するための図である。
図2】量子測定システムのシステム構成の一例を示す図である。
図3】量子測定システムに含まれる制御装置の機能構成の一例を示す図である。
図4】性能評価処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図5】コンピュータのハードウェア構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態(本実施の形態)を説明する。以下で説明する実施の形態は一例に過ぎず、本発明が適用される実施の形態は、以下の実施の形態に限られるわけではない。
【0014】
(従来の問題点)
まず、従来の問題点について説明する。誤りに強い量子ビットを構築し信頼性のある計算を行うには、量子ビットで0を表す状態と1を表す状態を適切に選ぶことが重要となる。通常は最もエネルギーが低い安定した状態を0、0状態の次にエネルギーが低い識別可能な状態を1などとすることが多い。このような割り当てを以降では「通常の量子ビット」と呼ぶことにする。通常の量子ビットの割り当てはエネルギーが相対的に高い1状態が0状態に緩和してしまうため、一定のエラーが生じることは避けられない。この問題に対応するため、二つの方向性での研究が行われてきた。一つは通常の量子ビットをたくさん集めて符号化し、誤りを検出、訂正可能な論理量子ビットを構築する、量子誤り訂正符号を用いる方法である。特に、二次元格子状に並んだ量子ビットで論理ビットを構築する表面符号は誤りへの耐性が高い符号として知られている(非特許文献1)。
【0015】
図1は、表面符号について説明するための図である。表面符号は、代表的な量子誤り訂正符号の1つである。表面符号は、例えば、規則正しく並んだデータ量子ビット201と、ビット反転エラーを検出するための第一の補助量子ビット202と、位相反転エラーを検出するための第二の補助量子ビット203と、を含む。
【0016】
データ量子ビット201は、論理量子ビットの重ね合わせ状態を表すために用いられ、直接観測されることはない。第一の補助量子ビット202および第二の補助量子ビット203の観測値は、隣接したデータ量子ビット201に生じたエラーのパリティを与える。このパリティから、実際にデータ量子ビット201に生じているエラーの種類と箇所を特定することを復号と呼ぶ。誤り訂正符号がd個未満の量子ビットに作用する任意のエラーを検出できる時、誤り訂正符号の符号距離はdであるという。表面符号では量子ビットは二次元格子状に並んでおり、データ量子ビットの一辺の長さが符号距離となる。従って、図1の例は符号距離3の例となる。
【0017】
表面符号で符号化された状態に対してエラーが生じたとき、エラーは下記の手続きで訂正することができる。表面符号ではそれぞれ補助量子ビットを用いてシンドローム値と呼ばれるエラーに関する情報を読み出す。次に、読みだされた全てのシンドローム値からエラーを推定し訂正することで量子状態をもとの状態に戻す。エラーが各量子ビットに十分小さい確率で生じている場合、推定されたエラーでエラーが訂正できていない確率は符号距離dに対して指数関数的に小さくなることが知られている(非特許文献1)。
【0018】
もう一つの方法は、量子ビットの0,1状態への割り当てをより誤りに耐性のある形に変えるという方法である。この方法で代表的な0,1状態への割り当て方法の一つがGKP(Gottesman-Kitaev-Preskill)符号である(非特許文献2)。GKP符号は調和振動子などに代表される無限次元のヒルベルト空間で表現される状態に対して定義される0,1状態の割り当てである。特に光で実装されたGKP符号は、線形工学操作が符号上のクリフォード操作に対応しているなど、GKP符号の上で量子計算を効率的に行う上で多くの好ましい性質を兼ね備えている。このため、GKP符号を用いた大規模な量子計算の構築が盛んに検討されている。GKP符号で構築された量子ビットは依然として一定の誤り率を持つため、GKP符号で大規模な量子計算を行うには、GKP符号で符号化された量子ビットを用いて、さらに誤り訂正符号を連結しなければならない。例えば、誤り訂正符号として高い性能を持つことで知られる表面符号を連結したGKP表面符号は、代表的な量子計算機を大規模化する道筋の一つである(非特許文献4)。
【0019】
GKP表面符号を用いた量子計算機の構築における課題の一つに、GKP表面符号の誤りに対する耐性の評価が難しいという点がある。通常の表面符号のノイズに対する耐性は、テンソルネットワークという枠組みを使って少ないサイズのメモリと時間で効率的に評価することができる。テンソルネットワークはテンソルと呼ばれる要素を基本要素として構成されるネットワークである。このテンソルネットワークに対して縮約と呼ばれる演算を適用することで、表面符号に誤りが生じた場合の振る舞いを調べることができる(非特許文献3)。他方、GKP符号は無限次元のヒルベルト空間全体を利用する符号であるため、ノイズが生じたGKP符号を通常の計算機で厳密に表現するには、大容量のメモリが必要となる。このため、通常の計算機では複数のGKP符号で符号化されたGKP表面符号に対するノイズの耐性の評価、すなわち、与えられたノイズモデルに対してどの程度の確率でどのようにエラー訂正された状態になるのかのシミュレートは困難である。
【0020】
次に、テンソルネットワークについて説明する。以下で説明するのは、一般的なテンソルネットワークについて量子計算で用いられる典型的な制約を加えたものになっている。具体的には、暗黙に定まった正規直行基底で表示された有限次元の複素数に関するテンソルのみを考える。
【0021】
r個の有限の整数(x,x...x)を考える。ここで、i∈[1..r]について非負の整数dが定義されて、1≦x≦dとする。テンソルTとは整数のリスト(x,x...x)に対して、複素数
【0022】
【数1】
を与えるような写像である。
【0023】
ここで、rをテンソルTのランクまたは階数と呼ぶ。各整数変数(x...x)をボンド/添え字/辺とよぶ。また、各添え字の値の範囲dをi番目の添え字の次元またはボンド次元と呼ぶ。r=0のテンソルは単一の複素数である。r=1のテンソルは複素ベクトル、r=2のテンソルは複素行列と考えることができる。
【0024】
n個のテンソルを集めた集合を(T(1)...T(n))として、それぞれのランクをr(1)、各ボンドの変数を表す添え字を(x (i)...xr(i) (i))、ボンド次元を(d (i)...dr(i) (i))とする。ここで、これらn個のテンソルをまとめて、階数が
【0025】
【数2】
でボンド変数の集合(x (i)...xr(n) (n))に対して、複素数
【0026】
【数3】
を与える一つのテンソルと考えることができる。このように複数のテンソルから大きな一つのテンソルを構成する操作をテンソル積と呼ぶ。
【0027】
n個のテンソルのテンソル積として得られる、階数rで添え字が(x...x)、次元が(d...d)のテンソルTを考える。r≧2であるとき、以下の手続きにより、テンソルTの二つの辺を選んで接続し、階数の小さなテンソルを定義することができる。テンソルTの添え字のうち、次元が等しい二つの異なる二つの添え字(x,x)を選ぶ。この時、添え字の集合から(x,x)を除いたr-2個の変数に対して、複素数
【0028】
【数4】
を与えるテンソルを考えることが出来る。
【0029】
ここで、δxi,xjはデルタ関数で、x=xの時に1となり、それ以外の場合に0となる値である。このように、テンソルのうちボンド次元が等しい二つの添え字が常に同一の整数を取るとみなして総和を取ることで、階数が2つ小さいテンソルを定義することを、辺(x,x)の接続と呼ぶ。得られた階数r-2が再び2以上である場合、残った添え字をさらに接続し、階数がさらに2減ったテンソルを定義することもできる。
【0030】
上述したように、テンソル積として得られるテンソルの辺を接続して得られるテンソルを、テンソルネットワークと呼ぶ。テンソルネットワークはn個のテンソルの情報とは別に、接続された辺集合の情報E⊂[1..r]×[1..r]を持つ。ここで、接続されている辺は異なる添え字でボンド次元が一致しなければいけないので、∀e∈Eについて、e≠eであり、de1=de2である。また、ある辺は高々一つの辺としか接続できないので、∀e,e′∈E,e∩e′={}でなければならない。すると、テンソルネットワークは階数r-2|E|のテンソルの表現とみることができる。
【0031】
テンソルネットワークは、以下のようにしてグラフとみることができる。グラフの頂点はテンソルネットワークを構成するn個のテンソルである。グラフの辺は、テンソルネットワークの接続辺eに対応し、それぞれの接続辺eは接続している添え字が属する二つのテンソルを接続する。このように構成されているグラフは、多重辺(二つの頂点を複数の辺が接続する)、ダングリングエッジ(dangling edge)(片側のみ接続されている辺)、ループ(ある辺が同じ頂点を繋ぐ)を許したものになっている。
【0032】
与えられたn個のテンソルの集合V={T(1)...T(n)}が接続辺の集合Eで繋がれた階数rのテンソルネットワークを考える。テンソルネットワークを構成するテンソル二つT,T^'と、この二つのテンソルを繋ぐ接続辺の集合{e...e}⊆Eを考える。二つのテンソルについて、接続辺の添え字の総和を全て取ったテンソル
【0033】
【数5】
を考える。ここで、
【0034】
【数6】
【0035】
【数7】
はE′に含まれていない辺である。テンソルネットワークの頂点をVから
【0036】
【数8】
に更新し、辺集合を
【0037】
【数9】
に更新する処理を、テンソルの縮約と呼ぶ。
【0038】
テンソルネットワークから二つのテンソルを選択し、縮約してより小さな頂点集合からなるテンソルネットワークに更新する操作を繰り返すと、最終的にテンソルネットワークは単一のテンソルとなる。この縮約操作の手順を縮約パスと呼ぶ。どのような縮約パスを選択しても最終的に得られるテンソルは不変だが、最終的なテンソルを得るのに必要な計算コストや中間状態で必要となるメモリのサイズは縮約パスに強く依存する。計算コストやメモリのサイズなどを最小化する最適な縮約パスの探索はNP困難であることが知られている。
【0039】
次に、テンソルネットワークを用いた量子状態の表現とシミュレーションについて説明する。
【0040】
純粋状態と呼ばれる量子状態はベクトルで表現され、量子的なノイズの作用や測定は確率的な線形写像の作用として表現されるため、こうした演算はテンソルネットワークを用いて表現することができる。テンソルネットワーク表現を用いてこうした量子的なプロセスを記述しても最終的に得られる値は同じであるが、その計算過程についてテンソルネットワークの縮約パスを適切に選ぶことで、時間経過を素朴にシミュレートする量子回路のシミュレーションよりも少ない時間と必要メモリで目的の値を計算することができる。
【0041】
n個の量子ビットからなる量子状態は、これらの量子ビットが無相関であるとき、n個の互いに接続されていないランク1のテンソルのテンソル積で表現することができる。このテンソル積として得られるテンソルネットワークは、n個の未接続の辺を持ち、ランクがnのテンソルを表現している。この表現されているテンソルは、n個の量子ビットの状態の表現と一致していることが知られている。この量子状態の表現に対して一つの独立した量子ビットを加える操作は、ランク1の独立したテンソルをテンソルネットワークに加えることで表現できる。
【0042】
n個の量子ビットのうちm個の量子ビットに対して決定論的な操作が行われるとき、これはテンソルネットワークの対応する量子ビットの非接続の辺に、ランクが2mのテンソルを追加することに等しい。ここで、2m個の辺のうちm個は既存の辺に接続され、残りのm個は非接続となるので、最終的なテンソルネットワーク後のランクはnのまま保たれる。
【0043】
ランクがnのテンソルを表現するテンソルネットワークについて計算される次の値をトレースと呼ぶ。ランクがnのテンソルネットワークとして同じものを二つ用意し、対応する非接続の辺を全て接続する。すると、倍の頂点からなるランクが0のテンソルネットワークが得られ、この縮約値はスカラーとなる。上記の過程で得られるスカラー値は常に非負の実数になることが知られており、量子状態のトレースと呼ばれる量に対応している。
【0044】
n個の量子ビットを持つ状態を表現する、すなわち、n個の未接続な辺を持つテンソルネットワークについて、ノイズなどを含む確率的な操作の作用は下記のように表現することができる。一般的なノイズは、ある定数個のクラウス演算子と呼ばれる演算子のリストで表現できることが知られている。m個の量子ビットに作用するノイズのi番目のクラウス演算子をKとすると、これはランク2mのテンソルとして表現される。この時、ノイズが生じる仮定は以下の手続きでシミュレートすることができる。
【0045】
1)テンソルネットワークの作用する量子ビットに対応する未接続辺にKを接続し、ランクがnのテンソルネットワークを構成する。さらに、そのトレースを計算する。このトレースの値をpとする。
【0046】
2)確率pでi番目のクラウス演算子Kを選択し、1)と同様の手続きでテンソルネットワークにKを追加する。
【0047】
なお、トレースの値は前節の定義より非負の値であり、ノイズに対応するKは上記の過程で
【0048】
【数10】
となるような性質を持っているので、上述した確率的なサンプリングは実施することができる。
【0049】
n個の量子ビットに対するノイズのない測定を考える。なお、ノイズのある測定は、ノイズの発生とノイズの無い測定に分離することができるので、ノイズの無い測定を考えるだけで充分である。また、後の計算ではクラウスランクが1となる測定という特殊なクラスのみを考えるので、ここでも簡単のためにこのクラスに属する測定のみを導入する。ノイズの無い測定はある定数個の測定演算子と呼ばれる演算子Πのリストで表現される。測定がm個の量子ビットに作用するとき、Πの演算子はランクmのテンソルであり、得られる測定値とその確率は以下のように得られる。
【0050】
1)テンソルネットワークの作用する量子ビットに対応する未接続辺にΠを接続し、ランクがn-mのテンソルネットワークを構成する。さらに、そのトレースを計算する。このトレースの値をpとする。
【0051】
2)確率pでi番目の演算子Πを選択する。この時、測定の結果として得られる記号はiであり、また測定の結果として生じる状態の変化を表現するため、1)と同様の手続きでテンソルネットワークにΠを追加する。
【0052】
次に、誤り訂正の性能評価について説明する。後述する本実施の形態に係る制御装置の目的は、誤り訂正符号の性能を評価することにある。誤り訂正の性能を評価する手法は複数提案されているが、本実施の形態では以下の評価手法を例に扱う。ただし、本発明の適用範囲は下記に限定されない。
【0053】
表面符号のなどの符号でエンコードされた0,1に対応する状態を
【0054】
【数11】
【0055】
【数12】
と表現する。これとは別に追加の一つの量子ビットを用意し、最初にこれらの量子もつれ状態と呼ばれる状態
【0056】
【数13】
を準備する(ケット記法を用いた量子状態の表現は参考文献1などを参照)。この状態に対してエラーが発生し、誤りを訂正する過程をエンコードされた状態に対して行う。もし、完全なエラー訂正がされた場合は、エラー訂正後の状態は再び
【0057】
【数14】
に戻るはずである。
【0058】
しかし、エラー訂正が不完全である場合は、その不完全度に応じて異なる状態に遷移してしまう。従って、元の状態とエラー訂正を行った後の状態の間に適当な距離を設定しこれを測定することで、誤り訂正の性能を評価することができる。本実施の形態では、従来技術と同じく、距離として、誤り訂正が生じているチャンネルのパウリ転送行列のノルムを採用する(非特許文献3)。なお、テンソルネットワークの縮約で計算可能である尺度であれば任意の距離に本実施の形態を適用することが出来る。
【0059】
次に、表面符号のテンソルネットワークを使った誤り率の評価について説明する。非特許文献3では、GKP符号を用いない通常の量子ビットでの上記のテンソルネットワークを用いた枠組みでの符号の性能評価が行われている。一方で、GKP符号で符号化された量子ビットの状態は無限次元のヒルベルト空間上のベクトルとして表現されるので、非特許文献3の手法では扱うことができない。
【0060】
すなわち、従来の技術では、GKP表面符号の一般的なノイズに対するエラー耐性を求める計算を、現実的な時間で完了させることが難しいという問題がある。
【0061】
(本実施の形態の概要)
そこで、本実施の形態では、GKP表面符号に対してテンソルネットワークを用いた近似的なシミュレーション手法を適用し、一定の近似制度の下で高速にGKP表面符号のエラー耐性を計算する例について説明する。
【0062】
GKP符号における状態は、フォック基底と呼ばれる基底で展開したヒルベルト空間の有限次元までを利用し近似的に表現することができる。計算では十分大きな整数Nを定め、GKP状態をフォック状態でN次元のベクトルとして表現する。また、シミュレートを行う表面符号の符号距離をdとする。この時、データ量子ビットの数nはO(d)個のオーダーであり、GKP表面符号の初期状態はn個のGKP符号状態をN次元のベクトルで近似したランク1でボンド次元がNとなるテンソルからなるテンソルネットワークで表現される。この量子状態に対してノイズが作用したり誤り訂正を実施する過程は、操作に対応したテンソルをテンソルネットワークに辺を接続しながら追加していくことで表現される。
【0063】
図2は、量子測定システムのシステム構成の一例を示す図である。量子測定システム1は、制御装置10と量子計算機20とを備える。制御装置10および量子計算機20は、通信可能に接続されている。
【0064】
制御装置10は、上述した古典コンピュータの一例であって、量子計算機20の量子状態を測定し、測定結果に基づく演算によって量子状態を学習する。
【0065】
量子計算機20は、上述した量子コンピュータの一例であって、制御装置10によって制御または計測される量子ビットを備える装置である。
【0066】
図3は、量子測定システムに含まれる制御装置の機能構成の一例を示す図である。制御装置10は、入力準備部11と、サンプリング部12と、エラー訂正評価部13と、符号性能評価部14と、を備える。
【0067】
入力準備部11は、誤り訂正を評価する前段階となるテンソルネットワークを構築する。構築されたテンソルネットワークは、量子もつれ状態
【0068】
【数15】
を表現する。
【0069】
サンプリング部12は、シンドローム値のサンプリングを行う。具体的には、サンプリング部12は、補助量子ビットをテンソルネットワークに追加し、ノイズおよびパリティ検査の処理に対応するテンソルをテンソルネットワークに追加し、最後に補助量子ビットを測定するテンソルをテンソルネットワークに追加することで行うことができる。サンプリング部12は、これを全ての補助量子ビットについて逐次的に行うことで、補助量子ビットの数と同じ数のシンドローム値を得ることができる。シンドローム値がどの様な値になるかを調べるには、都度テンソルネットワーク全体の縮約を取ってトレースを計算しなければならない。この縮約のパスは縮約パスを決定する適当な手法を用いて定められるとする。サンプリング部12は、入力となるテンソルネットワークを受け取り、逐次的なサンプリングの結果として出力となるテンソルネットワークと、補助量子ビットの数に等しいシンドローム値とを受け取る。
【0070】
エラー訂正評価部13は、サンプリング部12によって全てのシンドローム値が得られたら、シンドローム値に基づいてエラーを推定するサブルーチンを動かす。このエラー推定のサブルーチンは様々なものが提案されているが、本実施の形態では特定のサブルーチンの詳細に依存せず利用することができる。エラー訂正評価部13は、エラーが推定されたら、推定されたエラーを訂正するテンソルをテンソルネットワークに追加する。
【0071】
入力準備部11、サンプリング部12およびエラー訂正評価部13は、上述した処理をN回繰り返し実行する。
【0072】
符号性能評価部14は、繰り返し実行された、様々なシンドローム値のパターンについての初期状態と誤り訂正後の状態の距離の平均を算出する。これによって、符号性能評価部14は、GKP表面符号の与えられたエラーに対する耐性を計算する。
【0073】
次に、量子測定システム1の動作について、図面を参照して説明する。
【0074】
図4は、性能評価処理の流れの一例を示すフローチャートである。制御装置10は、GKP表面符号をシミュレートする指示を受けて、性能評価処理を開始する。当該指示において、制御装置10は、符号のサイズd、フォック基底の打ち切り値n、繰り返し回数N等を示す情報を取得する。
【0075】
入力準備部11は、テンソルネットワークを構築する(ステップS101)。具体的には、入力準備部11は、符号のサイズd、フォック基底の打ち切り値n等を示す情報に基づいて、誤り訂正を評価する前段階となるテンソルネットワークを構築する。
【0076】
次に、サンプリング部12は、シンドローム値をサンプリングする(ステップS102)。具体的には、サンプリング部12は、全ての補助量子ビットについて逐次的に、補助量子ビットをテンソルネットワークに追加し、ノイズおよびパリティ検査の処理に対応するテンソルをテンソルネットワークに追加し、最後に補助量子ビットを測定するテンソルをテンソルネットワークに追加する。サンプリング部12は、入力となるテンソルネットワークを受け取り、逐次的なサンプリングの結果として出力となるテンソルネットワークと、補助量子ビットの数に等しいシンドローム値とを受け取る。
【0077】
続いて、エラー訂正評価部13は、シンドローム値に基づいてエラーを推定する(ステップS103)。具体的には、エラー訂正評価部13は、サンプリング部12によって全てのシンドローム値が得られたら、シンドローム値からエラーを推定するサブルーチンを動かす。次に、エラー訂正評価部13は、エラーが推定されたら、推定されたエラーを訂正するテンソルをテンソルネットワークに追加する(ステップS104)。
【0078】
制御装置10は、ステップS101からステップS104までの処理をN回実行したか否かを判定する(ステップS105)。制御装置10は、当該処理をN回実行していないと判定すると(ステップS105:NO)、ステップS101の処理に戻る。
【0079】
他方、制御装置10が、当該処理をN回実行したと判定すると(ステップS105:YES)、符号性能評価部14は、誤り訂正符号の性能を評価する(ステップS106)。具体的には、符号性能評価部14は、繰り返し実行された、様々なシンドローム値のパターンについての初期状態と誤り訂正後の状態の距離の平均を算出する。これによって、符号性能評価部14は、GKP表面符号の与えられたエラーに対する耐性を計算する。
【0080】
制御装置10は、誤り訂正後の性能を示す情報を、他の装置に出力するか、画面等に表示してもよい。
【0081】
上述したように、GKP表面符号の評価は、ノイズの乗った量子状態から1ビットずつ補助量子ビットが読みだすシンドローム値をサンプリングするフェイズと、得られたシンドローム値からエラーを推定しそのエラーで訂正した場合にどの程度の確率でエラーが訂正されているかを評価するフェイズに分けることが出来る。
【0082】
制御装置10は、例えば、図5に示すコンピュータ500のハードウェア構成により実現される。図5に示すコンピュータ500は、入力装置501と、表示装置502と、外部I/F503と、通信I/F504と、プロセッサ505と、メモリ装置506とを有する。これらの各ハードウェアは、それぞれがバス507により通信可能に接続される。
【0083】
入力装置501は、例えば、キーボードやマウス、タッチパネル等である。表示装置502は、例えば、ディスプレイ等である。なお、コンピュータ500は、入力装置501及び表示装置502のうちの少なくとも一方を有していなくてもよい。
【0084】
外部I/F503は、記録媒体503a等の外部装置とのインタフェースである。なお、記録媒体503aとしては、例えば、CD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disk)、SDメモリカード(Secure Digital memory card)、USB(Universal Serial Bus)メモリカード等が挙げられる。
【0085】
通信I/F504は、他の装置や機器、システム等との間でデータ通信を行うためのインタフェースである。プロセッサ505は、例えば、CPU等の各種演算装置である。メモリ装置506は、例えば、HDDやSSD、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ等の各種記憶装置である。
【0086】
制御装置10は、図5に示すコンピュータ500のハードウェア構成を有することにより、後述する各種処理を実現することができる。なお、図5に示すコンピュータ500のハードウェア構成は一例であって、コンピュータ500は、他のハードウェア構成を有していてもよい。例えば、コンピュータ500は、複数のプロセッサ505を有していてもよいし、複数のメモリ装置506を有していてもよい。
【0087】
本実施の形態によれば、GKP表面符号の一般的なノイズに対する性能が、所要の計算能力の下で従来に比べ良好な近似精度で評価できるようになる。これにより、GKP表面符号を用いた誤り耐性量子計算機を構築するにあたり、必要なハードウェアのリソース、所定のリソースで誤り耐性量子計算機を構築したときの性能などが評価できるようになる。
【0088】
本実施の形態では、通常の量子ビットに対する表面符号のノイズ耐性の評価手法であるテンソルネットワークを用いたアプローチを、無限次元に埋め込まれた量子ビットであるGKP符号に適用する例について示した。テンソルネットワークもまた無限次元の量子ビットを表現するにあたり一定の近似を使わざるを得ないが、テンソルネットワークは特異値分解などの重要な値の要素のみを残す処理が可能であるから、素朴に行う手法に比べて、より正確な値を与える近似が可能となる。
【0089】
(参考文献)
参考文献1:Nielsen, Michael A., and Isaac Chuang. "Quantum computation and quantum information." (2002): 558-559.
【0090】
(付記)
以上の実施形態に関し、更に以下の付記項を開示する。
(付記項1)
メモリと、
前記メモリに接続された少なくとも1つのプロセッサと、を含み、GKP符号に誤り訂正符号が結合されたGKP表面符号のエラー耐性を評価する制御装置であって、
前記プロセッサは、
量子もつれ状態が表現されるテンソルネットワークに基づいて、シンドローム値のサンプリングを行い、
前記シンドローム値に基づいてエラーを推定し、推定された前記エラーを訂正するテンソルを前記テンソルネットワークに追加し、
前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果に基づいて、前記誤り訂正符号の性能を算出する、
制御装置。
(付記項2)
前記プロセッサは、さらに、符号のサイズまたはフォック基底の打ち切り値を示す情報に基づいて、前記テンソルネットワークを構築する、
付記項1に記載の制御装置。
(付記項3)
前記プロセッサは、補助量子ビットを前記テンソルネットワークに追加し、ノイズおよびパリティ検査の処理に対応するテンソルを前記テンソルネットワークに追加し、前記補助量子ビットを測定するテンソルを前記テンソルネットワークに追加する、
付記項1または付記項2に記載の制御装置。
(付記項4)
前記プロセッサは、前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果、前記テンソルネットワークにおける初期状態と誤り訂正後の状態の距離の平均を、前記誤り訂正符号の性能として算出する、
付記項1から3のいずれか1項に記載の制御装置。
(付記項5)
GKP符号に誤り訂正符号が結合されたGKP表面符号のエラー耐性を評価する制御装置が備えるコンピュータが実行する制御方法であって、
量子もつれ状態が表現されるテンソルネットワークに基づいて、シンドローム値のサンプリングを行い、
前記シンドローム値に基づいてエラーを推定し、推定された前記エラーを訂正するテンソルを前記テンソルネットワークに追加し、
前記サンプリングと前記エラーの推定とが繰り返し実行された結果に基づいて、前記誤り訂正符号の性能を算出する、
制御方法。
(付記項6)
コンピュータを、付記項1から4のいずれか1項に記載の制御装置における各部として機能させるためのプログラムを記憶した非一時的記憶媒体。
【0091】
以上、本実施の形態について説明したが、本発明はかかる特定の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0092】
1 量子測定システム
10 制御装置
11 入力準備部
12 サンプリング部
13 エラー訂正評価部
14 符号性能評価部
20 量子計算機
500 コンピュータ
501 入力装置
502 表示装置
503 外部I/F
503a 記録媒体
504 通信I/F
505 プロセッサ
506 メモリ装置
507 バス
図1
図2
図3
図4
図5