(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024075799
(43)【公開日】2024-06-05
(54)【発明の名称】3次元像観察装置、及び方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/22 20060101AFI20240529BHJP
H01J 37/26 20060101ALI20240529BHJP
G01N 23/2055 20180101ALI20240529BHJP
【FI】
H01J37/22
H01J37/26
G01N23/2055
G01N23/2055 310
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021049446
(22)【出願日】2021-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】原田 研
(72)【発明者】
【氏名】森 茂生
(72)【発明者】
【氏名】中島 宏
【テーマコード(参考)】
2G001
5C101
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001AA02
2G001AA03
2G001AA05
2G001BA18
2G001CA01
2G001CA02
2G001CA03
2G001CA05
2G001DA09
2G001HA07
2G001HA13
5C101AA16
5C101GG02
5C101HH37
5C101HH44
(57)【要約】
【課題】試料など観察対象に対して互いにほぼ直交する3方向からの投影像、あるいは、回折パターンにおいて、高精度かつ簡便に互いの位置関係を決定し、該試料等観察対象の3次元構造を決定する3次元像観察装置及びその方法を提供する。
【解決手段】試料など観察対象に対して、互いにほぼ直交する3方位から観察された該試料の3枚の回折パターンに対して、それぞれの最大強度の点を一致させた3次元回折パターンを構築し、該最大強度の点を原点とした3次元フーリエ変換位相回復反復演算法により、該試料など観察対象の3次元位相分布及び3次元振幅分布を構築する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3つの座標軸(X、Y、Z)が張る空間をXYZ空間とし、
前記XYZ空間に保持された観察対象である試料に対して、
前記X軸方向への前記試料の回折パターンをYZ面回折パターンとし、
前記Y軸方向への前記試料の回折パターンをZX面回折パターンとし、
前記Z軸方向への前記試料の回折パターンをXY面回折パターンとし、
前記観察対象が存する空間とは別なる3つの座標軸(X’、Y’、Z’)が張る空間をX’Y’Z’空間とするとき、
前記YZ面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のY’Z’面に配置し、
前記ZX面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のZ’X’面に配置し、
前記XY面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のX’Y’面に配置している3次元回折パターンに対し、
3次元フーリエ変換に基づく反復フーリエ変換位相回復法により、前記観察対象を透過、もしくは反射、あるいは散乱を受けた波動の振幅分布と位相分布を構築する、ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項2】
請求項1に記載の3次元像観察装置であって、
前記3次元回折パターンが、
前記YZ面回折パターンの最大強度の点を前記YZ面回折パターンの原点とし、
前記ZX面回折パターンの最大強度の点を前記ZX面回折パターンの原点とし、
前記XY面回折パターンの最大強度の点を前記XY面回折パターンの原点とし、
前記X’Y’Z’空間のY’Z’面の座標原点と前記Y’Z’面に配置した前記YZ面回折パターンの原点とが一致し、
前記X’Y’Z’空間のZ’X’面の座標原点と前記Z’X’面に配置した前記ZX面回折パターンの原点とが一致し、
前記X’Y’Z’空間のX’Y’面の座標原点と前記X’Y’面に配置した前記XY面回折パターンの原点とが一致しているものである、
ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項3】
請求項1もしくは請求項2に記載の3次元像観察装置であって、
前記観察対象が金属、半導体、誘電体、無機物、有機物、生体からなる物質、もしくは前記金属、前記半導体、前記誘電体、前記無機物、前記有機物、前記生体が内在する電磁場、あるいは外部に発生させる磁場である、
ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項4】
請求項3に記載の3次元像観察装置であって、
前記YZ面回折パターンと前記ZX面回折パターンと前記XY面回折パターンとが、前記観察対象を透過もしくは散乱を受けた荷電粒子線によって作られるものである、
ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項5】
請求項3に記載の3次元像観察装置であって、
前記YZ面回折パターンと前記ZX面回折パターンと前記XY面回折パターンとが、前記観察対象を反射もしくは散乱を受けた荷電粒子線によって作られるものである、
ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項6】
請求項3に記載の3次元像観察装置であって、
荷電粒子線が前記観察対象を照射した後に、
前記YZ面回折パターンがX軸方向に空間を伝搬することにより作られるものであり、
前記ZX面回折パターンがY軸方向に空間を伝搬することにより作られるものであり、
前記ZX面回折パターンがZ軸方向に空間を伝搬することにより作られるものである、
ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項7】
請求項3に記載の3次元像観察装置であって、
荷電粒子線が前記観察対象を照射した後に、
前記YZ面回折パターンがX軸方向の前記荷電粒子線の光学系により作られるものであり、
前記ZX面回折パターンがY軸方向の前記荷電粒子線の光学系により作られるものであり、
前記ZX面回折パターンがZ軸方向の前記荷電粒子線の光学系により作られるものである、
ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれか一項に記載の3次元像観察装置であって、
前記反復フーリエ変換位相回復法がスパースモデリングに基づく処理アルゴリズムを利用するものである、
ことを特徴とする3次元像観察装置。
【請求項9】
3つの座標軸(X、Y、Z)が張る空間をXYZ空間とし、
前記XYZ空間に保持された観察対象である試料に対して、
前記X軸方向への前記試料の回折パターンをYZ面回折パターンとし、かつ、前記YZ面回折パターンの最大強度の点を前記YZ面回折パターンの原点とし、
前記Y軸方向への前記試料の回折パターンをZX面回折パターンとし、かつ、前記ZX面回折パターンの最大強度の点を前記ZX面回折パターンの原点とし、
前記Z軸方向への前記試料の回折パターンをXY面回折パターンとし、かつ、前記XY面回折パターンの最大強度の点を前記XY面回折パターンの原点とし、
前記観察対象が存する空間とは別なる3つの座標軸(X’、Y’、Z’)が張る空間をX’Y’Z’空間とするとき、
前記YZ面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のY’Z’面の座標原点と前記YZ面回折パターンの原点とが一致するよう前記Y’Z’面に配置させられ、
前記ZX面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のZ’X’面の座標原点と前記ZX面回折パターンの原点とが一致するよう前記Z’X’面に配置させられ、
前記XY面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のX’Y’面の座標原点と前記XY面回折パターンの原点とが一致するよう前記X’Y’面に配置させられている3次元回折パターンに対して、
3次元フーリエ変換に基づく反復フーリエ変換位相回復法により、前記観察対象を透過、もしくは反射、あるいは散乱を受けた波動の振幅分布と位相分布を構築する、ことを特徴とする3次元像観察方法。
【請求項10】
請求項9に記載の3次元像観察方法であって、
前記反復フーリエ変換位相回復法において、
実空間での3次元関数に課する拘束条件が、
前記観察対象に対して前記X軸方向へ投影された試料の実像上における前記波動の照射領域と、
前記観察対象に対して前記Y軸方向へ投影された試料の実像上における前記波動の照射領域と、
前記観察対象に対して前記Z軸方向へ投影された試料の実上における前記波動の照射領域像と、
を用いるものである、
ことを特徴とする3次元像観察方法。
【請求項11】
請求項9に記載の3次元像観察方法であって、
前記反復フーリエ変換位相回復法において、
実空間での3次元関数に課する拘束条件が、
前記試料に対して前記X軸方向の試料の実像と、
前記試料に対して前記Y軸方向の試料の実像と、
前記試料に対して前記Z軸方向の試料の実像と、
を用いるものである、
ことを特徴とする3次元像観察方法。
【請求項12】
請求項9乃至11のいずれか一項に記載の3次元像観察方法であって、
前記反復フーリエ変換位相回復法がスパースモデリングに基づく処理アルゴリズムを利用するものである、
ことを特徴とする3次元像観察方法。
【請求項13】
請求項9乃至12のいずれか一項に記載の3次元像観察方法であって、
前記波動が荷電粒子波である、
ことを特徴とする3次元像観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は観察試料の3次元回折パターンを構築し、その3次元回折パターンを用いた試料の3次元像と試料とその周辺部を含む空間の電磁場等の情報を3次元構築する3次元像観察技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電子線やイオンビームなどの荷電粒子線は、真空中を伝搬させなければならないこと、光学系の各種光学素子には電磁場を必要とし、その偏向角度が小さいこと、光学におけるハーフミラーの様な有効なビームスプリッターがないことなどから、試料など観察対象のために大きな空間を用意することと有効な結像光学系を構成することは難しい。さらには、中性子線や分子線・重粒子線などの電荷を伴わない粒子線ではそもそも光学素子がない。そのため、光源から検出器までの間に試料を配し、経路伝搬による試料での散乱・吸収像の投影観察か、あるいは干渉・回折効果に基づく回折パターンの観察が実施されている。すなわち、上記粒子線装置においては、1経路の光学系が用いられるのみであり、試料の3次元構造(立体構造)観察のためには、試料を回転させて複数方位からの観察を実施するしかないのが実情である。
【0003】
そのため、試料など観察対象の3次元構造の計測には、トモグラフィー、ラミノグラフィーなど、試料と照射ビーム(光、X線、電子線など)との角度関係を徐々に変化させながら多数枚の画像を記録し、それぞれの画像間の角度関係を元に3次元構造を構築する手法が用いられている。これらの3次元構造の計測法では、計測画像の枚数を増やせれば増やせるだけ試料に関する情報量が増え、精度の高い3次元構築像が得られる。そのため、試料の回転に伴う位置の変化や光学系でのフォーカスの変化などについて、補償するための仕組みがさまざまに工夫されている。
【0004】
上記粒子線装置類の中では、電子線を用いた電子顕微鏡が最も開発が進んでおり、電子レンズ、偏向器、電子線バイプリズムなど様々な光学素子が実現され、結像光学系も実用化されている。そのため、本願では荷電粒子線の代表として電子線についての構成を記載するが、本発明の原理は粒子線においてだけでなく、さらには電磁波などの波動場において共通であり、本願は電子線に限定するものではない。関連する先行技術文献には特許文献1、2、非特許文献1~4がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開番号WO2016/051588
【特許文献2】特開2016-162532号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】郷原一寿、上村理, 顕微鏡, 44 (2009) 69.
【非特許文献2】上村理、郷原一寿, 顕微鏡, 48 (2013) 183.
【非特許文献3】O. Kamimura et al., Appl. Phys. Lett., 92 (2008) 024106.
【非特許文献4】H. Daimon, Rev. Sci. Instrum., 59 (1988) 545.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
観察対象の3次元像観察(立体像観察)には、トモグラフィー、ラミノグラフィーなど、試料と照射ビーム(光、X線、電子線など)との角度関係を徐々に変化させながら多数枚の画像を記録し、それぞれの画像間の角度関係を元に3次元構造を構築する手法がある。この手法では、多数枚の画像を使えれば使えるだけ、試料に関する情報量が増え、精度の高い3次元構築像が得られる。しかし、多数枚の画像データを取得するには、それだけの時間が必要となるうえ、例えば生体試料や有機材料、およびLi電池材料などでは高いエネルギーの照射線であるX線や電子線の被曝により、試料自体が変化してしまう問題があった。また、画像データ取得時間だけでなく、取得後に多数枚の画像を演算処理するための時間も処理枚数に依存することは言を俟たない。さらに、トモグラフィー、ラミノグラフィーでは、例えば、±70°の回転角度範囲から得られた情報では、情報の得られる±70°の範囲内をいかに細かく区分して情報を得ても、情報が得られなかった領域(missing cone(ミッシングコーン)と言われる)が大きなアーティファクトを生む原因となっている。以上の課題に鑑み、最小ドーズ量から最大データ量(互いに直交する3方向からなる投影像)の取得を実現し、その再生方法について提案している先行出願(特許文献1参照)がある。
【0008】
先行出願では、ほぼ直交する3方向からなる投影像を得ることは可能であったが、その3枚の画像データから3次元像を再構築する方法については、具体的に述べられてはいなかった。とりわけ、3枚の画像の空間位置の決め方については、マーカーを用いることが述べられているが具体例の開示はなかった。
【0009】
また、マーカーを利用する方法についても、従来のトモグラフィーのごとく細かな角度変化について、所定のマーカーを順を追って追跡することには困難さはなく実現されているが、互いに直交する3方向からの実像では、観察対象の形状や相対位置関係は大きく変化し、マーカーを用いるだけでは不可能なことが多く、仮に可能であっても精度が低いのが実情であった。
【0010】
そこで、最小のドーズ量で最大の情報量が得られる直交する3方向からの試料の投影像において、あるいは、回折パターンにおいて、高精度かつ簡便に互いの位置関係を決定し該試料等観察対象の3次元構造を決定すること、さらに、該試料など観察対象の3次元位相分布および3次元振幅分布を構築することに関して、その装置と方法を提供することを本発明の目的とする。
【0011】
現在の情報処理の言葉で表すならば、トモグラフィーやラミノグラフィーなどの従来法はビッグデータの処理に対するディープラーニングであるのに対して、本発明の方法は、少ないデータから特徴を抽出しそれを有効利用するスパースモデリングに該当する。このような考え方で実践される実験手法・装置である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するため、本発明においては、新たな3次元回折パターン、すなわち、3つの座標軸(X、Y、Z)が張る空間をXYZ空間とし、前記XYZ空間に保持された観察対象に対して、前記X軸方向への前記試料の回折パターンをYZ面回折パターンとし、かつ、前記YZ面回折パターンの最大強度の点を前記YZ面回折パターンの原点とし、前記Y軸方向への前記試料の回折パターンをZX面回折パターンとし、かつ、前記ZX面回折パターンの最大強度の点を前記ZX面回折パターンの原点とし、前記Z軸方向への前記試料の回折パターンをXY面回折パターンとし、かつ、前記XY面回折パターンの最大強度の点を前記XY面回折パターンの原点とし、前記観察対象が在する空間とは別なる3つの座標軸(X’、Y’、Z’)が張る空間をX’Y’Z’空間とするとき、前記YZ面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のY’Z’面の座標原点と前記YZ面回折パターンの原点とが一致するよう前記Y’Z’面に配置させられ、前記ZX面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のZ’X’面の座標原点と前記ZX面回折パターンの原点とが一致するよう前記Z’X’面に配置させられ、前記XY面回折パターンが前記X’Y’Z’空間のX’Y’面の座標原点と前記XY面回折パターンの原点とが一致するよう前記X’Y’面に配置させられている3枚の回折パターンからなる3次元回折パターンに対して、3次元フーリエ変換に基づくフーリエ変換位相回復反復演算法により、前記観察対象を透過、もしくは反射、あるいは散乱を受けた波動の振幅分布と位相分布を構築することを特徴とする3次元像観察装置及び方法を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、3次元フーリエ変換位相回復反復演算時に振幅項だけでなく位相項も同時に構築が可能である。そのため、観察対象の3次元像(振幅像の二乗としての強度分布)だけでなく位相分布も同時に得られる。この位相分布は従来の透過電子顕微鏡では観察できなかった情報であり、電子線ホログラフィーなど特殊技術を必要としていた。3次元の位相分布とは、各々の方位に対して、および、合成された任意の方位に対して、それぞれの投影位相が担う物理情報が得られることを意味している。例えば照射ビームが電子線の場合、空間電磁場の投影分布から3次元分布を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】三角投影顕微鏡法(トリゴノグラフィー)の有効性を示す模式図である。
【
図2】2次元フーリエ変換位相回復反復演算の原理を示す模式図である。
【
図3】実施例に係る直交する3方向とそれぞれの回折パターンとの空間関係を示す模式図である。
【
図4】実施例に係る3次元回折パターンを示す模式図である。
【
図5】実施例に係る荷電粒子線装置の一例である電子顕微鏡を示す図である。
【
図6A】実施例に係る回折パターンを得る方法を示す模式図である。
【
図6B】実施例に係る反射型回折パターンを得る方法を示す模式図である。
【
図7】実施例に係る3次元フーリエ変換位相回復反復演算の原理を示す模式図である。
【
図8】実施例に係る照射領域を拘束条件に用いる場合の3次元フーリエ変換位相回復反復演算法を示す模式図である。
【
図9】実施例に係る照射領域と実空間像を拘束条件に用いる場合の3次元フーリエ変換位相回復反復演算法を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態を説明するに先立ち、本発明がよって立つところの、技術・手法と原理を概説する。
【0016】
<トリゴノグラフィー(Trigonography(三角投影顕微鏡法))>
直交する3方向からの投影像を得る方法、及びその3枚の画像から観察対象の3次元像(立体像)を得る手法のことである。製図学における第3角法(トリゴノメトリー(Trigonometry))と同じ原理によるもので、直交する3方向からの投影図をもとに、対象の3次元構造の再現を目的とする。直交する3方向からの観測は、3次元空間では最も情報量の多いデータ群となる。いわばスパースモデリングの考え方を実践して得られた少数でかつ有効なデータ群である。
【0017】
図1にこの直交する3方向からの観測の重要さを例示している。人間の肉眼のような2方向からのステレオ観測では、
図1の観察対象の構造(鑿(のみ)の刃形)を知ることはできない。機械加工の現場では、第3角法に元づく設計図面(正面図、上面図、側面図)が与えられれば、工作者は3次元構造を加工できる。この考え方を、顕微鏡法に取り込む試みである。本手法の構成については先行出願がある(特許文献1参照)が、電子顕微鏡に代表される荷電粒子線の装置においては、互いに直交する3方向の画像を得る手法が技術的に開発途上にあることと、得られた3枚の画像において共通する基準点を確保することが困難なため、まだ実用化には至っていない。本発明は、上記基準点を後述する中央断面定理を用いることによって回避する手法を提供するものである。
【0018】
<Diffractive Imaging(回折顕微鏡法)>
回折パターンから実像を得る手法のことである。
図2に本手法の原理を示す。記録された回折パターン(強度分布のみ)に任意の位相分布を付加して初期画像データF’(X’,Y’)とした後、フーリエ逆変換を行い、仮の実像として像f(X,Y)を得る(実空間での振幅分布と位相分布)。これに拘束条件を付加した後(f’(X,Y))、さらにフーリエ変換を実施し、仮の回折パターンF(X’,Y’)を得る(フーリエ空間(逆空間)での振幅分布と位相分布)。この仮の回折パターンF(X’,Y’)にフーリエ空間での拘束条件を課し、次の画像データF’(X’,Y’)として再度演算を実施する。このように、交互に上述の反復演算を行い、その収束像として実像(振幅分布、位相分布)を得る手法が、フーリエ変換位相回復反復演算法である。カメラシステムの高精度化と計算機の高速化により実現された。X線など結像光学系を持たない画像計測の分野で主に用いられている。電子顕微鏡では実像が直接観察可能であるため、あまり使用されていない手法である。
【0019】
<中央断面定理>
3次元物体の投影像のフーリエ変換は、元の物体の3次元フーリエ変換されたフーリエ空間において、原点を通る一断面と同じである、という定理のことである。簡単に言うと、直交3方向の投影像のフーリエ変換パターンの原点は、常に一致するということである。この中央断面定理を実験データである回折パターンに適用し、回折パターンが記録された光軸上のスポット、すなわち回折パターンの中での最大強度の点を原点として、フーリエ変換位相回復反復演算法により3次元像観察を実現するのが本願発明である。
【0020】
以下の本明細書の記載、及び特許請求の範囲の記載において、荷電粒子線装置とは、電子線やイオンビームなどの荷電粒子線を用いる装置を総称するものとする。ただし、回折パターンは広く光学分野ではデータとして形成される、あるいは素子として利用されているものであり、上記荷電粒子線に限るものではない。本願のアイデアは、波動を伴いブラッグ回折する程度の可干渉性を持つビームであれば実施可能であり、中性子線や分子線・重粒子線などの粒子線、および、X線や紫外線、ガンマ線などの電磁波においても実現可能なものである。そして、回折パターンの形成には、粒子線を含む波動の伝搬が利用可能であるため、これらの装置においては結像光学系を構成する必要はなく、本願のアイデアは、粒子線および波動を取り扱える装置であれば、広く実施可能である。さらに、互いに直交する3方向からの投影像、あるいは回折パターンとは、『ほぼ直交する』という意であり、現実の装置系においては可動精度の制約などがあり、現実的な『直交』の範囲は、90°±5°程度であり、この程度の揺らぎは本発明の装置、手法の許容範囲であることを明記しておく。
【実施例0021】
実施例1にて、本願発明における3次元回折パターンを説明する。
図3は空間に配置された試料を、互いに直交する3方向から投影し、その回折パターンを描いた模式図である。回折パターンとして投影図を描いているが、投影に限るわけではなく、後述するように反射型(
図6Bの(C)参照)でもよい。また、投影図から回折パターンを得る方法としては、粒子線あるいは用いる波動場の伝搬のみによる方法(
図6Aの(A):フラウンホーファー回折)でもよいし、電子顕微鏡などのように光学系を用いる方法(
図6Aの(B))でもよい。
図3のような空間関係にて得られた3枚の回折パターン71をそれぞれの投影方向に応じて、3次元空間(主に演算機であるコンピュータ上の空間)に貼り付けたもの(
図4の(C))が3次元回折パターン72である。
【0022】
図4に直交3方向からの観察像と3次元回折パターンとの関係を示す。ある観察対象を試料とし(
図4の(A))、直交する3方向からの観察像を
図4の(B)上段に示している。それぞれの観察像は、透過像でもよいし反射像でもよい。
図4の(B)上段のそれぞれの観察像の回折パターン71が
図4の(B)下段である。これらの回折パターンは像と同様に透過型でも反射型でもよい。これら3枚の回折パターンをそれぞれ観察方向に応じて組み合わせたものが
図4の(C)であり、これが3次元回折パターン72である。
【0023】
本明細書では3次元空間での情報取得効率に鑑み、それぞれ直交する3方向について述べているが、この3方向が直交関係からずれた場合には、情報が減衰し精度の劣化が生じる(ちょうどトモグラフィーやラミノグラフィーでのミッシングコーンに該当する)が、基本的取り扱いは変わらない。すなわち、観察方向(入射ビームの入射方向)に応じて、入射ビーム方向のほぼ垂直な平面に回折パターンを配置すればよい。その程度は、90°±5°と見積もっている。
【0024】
3次元回折パターンの配置に際して、上記配置の相対角度だけでなく位置関係も合わせねばならない。すなわち、入射線の位置と得られる回折パターンとの位置関係が既知の場合には、その情報に従って3枚の回折パターンを配置する。すなわち、各々の回折パターンを得た際の光軸の交点を一致させる。入射線の位置と得られる回折パターンとの位置関係が不明、あるいは不明確の場合には、一般的に回折パターンは入射線の方位に最大強度が得られることを利用して、それぞれの回折パターンのその最大強度の点(微小領域)を見出し、それを原点とするように3枚の回折パターンを配置する。
【0025】
以上のように、3枚の回折パターンの方向と位置とを合わせた回折パターンが3次元回折パターン72である(
図4の(C))。現在の画像処理技術では、演算機であるコンピュータ上の仮想空間にデータとして配置されることが主であろうと想定される。
【0026】
図5に、本実施例に係る粒子線装置のシステム全体の構成例の模式図を示す。
図5の装置は荷電粒子線装置であり、100kVから300kV程度の加速電圧を持つ汎用型の電子顕微鏡を想定している。そのため試料の上側、すなわち粒子線の流れる方向の上流側には照射光学系を、試料の下側、すなわち粒子線の流れる方向の下流側には結像光学系を備えたシステム全体を模式的に描いている。さらに、トリゴノグラフィーを実施するための試料保持装置を念頭に、試料3の傾斜+方位角回転を模式的に描いている。
【0027】
粒子線装置として透過型の電子顕微鏡構成を本実施例に挙げたのは、粒子線装置の中では透過型電子顕微鏡が最もシステムとして開発が進んでいるだけでなく、装置の利用手法においても汎用性を併せ持っているためである。例えば、
図5の荷電粒子線装置4のシステムで照射光学系(41、42)のレンズをすべてオフすれば、粒子源1からの電子線27を直接試料に照射する形態となり、合わせて対物レンズ系5および結像光学系(61、62、63、64)もオフすれば、最もシンプルな電子回折装置となる。すなわち、中性子線装置や重粒子線装置、X線装置を模擬する形態として装置を構成することができる。ただし、本願は、本実施例の適用を
図5の構成を持つ透過型電子顕微鏡に限定するものではない。
【0028】
図5において、粒子源である電子銃1が電子線の流れる方向の最上流部に位置し、粒子線の制御ユニット19と加速管の制御ユニット49の制御により、放出された電子線は加速管40にて所定の速度に加速された後、制御ユニット47、48に制御される照射光学系のコンデンサレンズ41、42を経て、所定の強度、照射領域に調整されて試料3に照射される。そして試料は任意の角度に傾斜させられるとともに、光軸2を軸として方位角回転する。この時、傾斜角度を35.3°、方位回転角を120°とした手法がトリゴノグラフィーである(特許文献1参照)。試料3を透過した電子線は、制御ユニット59に制御される対物レンズ5にて結像される。この結像作用は、対物レンズ5よりも後段の制御ユニット69、68、67、66に制御される結像レンズ系61、62、63、64に引き継がれ、最終的に電子線装置の観察記録面75に試料の像が結像される。また、対物レンズ直下に構成された試料の回折パターンも試料の像と同様に結像レンズ系に引き継がれ、最終的に電子線装置の観察記録面75に回折パターン8が結像される。その回折パターンはCCDカメラなど画像検出器79と画像データコントローラ78を経て、例えば画像データモニタ76の画面上で観察したり、画像データ記録装置77に画像データとして格納される。画像データ記録装置77に記録された画像データは、3次元像観察のための例えば反復フーリエ変換位相回復法などの処理に利用される。この画像データ処理のため、専用のコンピュータを接続したり、あるいはシステム制御コンピュータ52や画像データコントローラ78を利用することができる。
【0029】
これら装置は、全体としてシステム化されており、オペレータはモニタ53の画面上で装置の制御状態を確認するとともに、インターフェース54を介して、各種プログラムが実行され、制御部として機能するシステム制御コンピュータ52を用いて、試料3の制御ユニット39、第2照射レンズ42の制御ユニット47、第1照射レンズ41の制御ユニット48、加速管40の制御ユニット49、対物レンズ5の制御ユニット59、第4結像レンズ64の制御ユニット66、第3結像レンズ63の制御ユニット67、第2結像レンズ62の制御ユニット68、第1結像レンズ61の制御ユニット69、画像検出器79の制御ユニット78等の制御ユニットを制御することにより、電子銃1、加速管40、各レンズ、試料3、画像検出器79などを制御できる。
【0030】
なお、上記の粒子線装置システムは、透過型電子顕微鏡に基づいて説明したが、イオン顕微鏡などの荷電粒子線装置、および分子線装置、重粒子線装置、中性子線装置、そして広くはX線など電磁波装置に用いてもよい。その際に、それぞれの装置の特性に基づいて光学系の構成が変更されるのは言うまでもない。なお、想定される粒子線装置の多くのものは、粒子線の偏向系や粒子線の軌道部を真空に排気するための真空排気系などを備えているが、本発明と直接の関係が無いため、図示、および説明は省略した。