IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 住友金属鉱山株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024076478
(43)【公開日】2024-06-06
(54)【発明の名称】複合磁石粉末及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/102 20220101AFI20240530BHJP
   H01F 1/06 20060101ALI20240530BHJP
   H01F 1/053 20060101ALI20240530BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240530BHJP
   B22F 1/103 20220101ALI20240530BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240530BHJP
   C22C 19/07 20060101ALN20240530BHJP
【FI】
B22F1/102 100
H01F1/06 110
H01F1/053
B22F1/00 Y
B22F1/103
C22C38/00 303D
C22C19/07 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022188025
(22)【出願日】2022-11-25
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】山本 惇一
(72)【発明者】
【氏名】川口 正剛
【テーマコード(参考)】
4K018
5E040
【Fターム(参考)】
4K018BA18
4K018BC30
4K018BD01
4K018KA45
5E040AA03
5E040BC05
5E040CA01
(57)【要約】
【課題】耐水性に優れた希土類遷移金属系磁石粉末を含む複合磁石粉末及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】希土類遷移金属系磁石粉末の存在下でスチレン重合を行い、それにより希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む複合磁石粉末を作製する、複合磁石粉末の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類遷移金属系磁石粉末の存在下でスチレン重合を行い、それにより希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む複合磁石粉末を作製する、複合磁石粉末の製造方法。
【請求項2】
希土類遷移金属系磁石粉末、スチレンモノマー、重合開始剤、分散剤、重合溶媒、及びポリスチレン修飾樹脂を混合して原料混合液を作製する原料混合液作製工程、
前記原料混合液中の酸素量を低減する脱酸素処理を行った後に、前記スチレンモノマーの重合反応を進め、それにより複合磁石粉末を作製する重合工程、及び
前記重合工程後の原料混合液から複合磁石粉末を回収する回収工程、を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記原料混合液において混合される希土類遷移金属系磁石粉末に対するスチレンモノマーの添加量が0.1質量%以上30.0質量%以下である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記重合溶媒が、ポリスチレン溶解性溶媒とポリスチレン不溶性溶媒との混合溶媒であり、前記イソプロピルアルコールに対する前記ポリスチレン不溶性溶媒の添加量が10質量%以上50質量%以下である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記ポリスチレン修飾樹脂が第3級アミノ基を有するメタクリレートであり、前記希土類遷移金属系磁石粉末に対する前記メタクリレートの添加量が0.5質量%以上1.5質量%以下である、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記重合工程の際、50℃以上90℃以下の温度で1時間以上12時間以上の条件で前記スチレンモノマーの重合反応を進める、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
前記回収工程の際、ろ過により原料混合液から複合磁石粉末を回収し、回収後の複合磁石粉末に乾燥処理を施す、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
前記希土類遷移金属系磁石粉末がサマリウム(Sm)及びネオジム(Nd)のいずれか一方又は両方を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項9】
希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む複合磁石粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合磁石粉末及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サマリウム鉄窒素(Sm-Fe-N)系磁石やネオジム鉄ボロン(Nd-Fe-B)系磁石に代表される希土類遷移金属系磁石は、優れた磁石特性を有するため、一般電化製品、医療用機器、または一般産業用機器向けに広く使用されている。このような希土類遷移金属系磁石は、希土類遷移金属系磁石粉末を成形及び焼結する手法、あるいは希土類遷移金属系磁石粉末と樹脂を混合、混練及び成形する手法で製造される。
【0003】
ところで、希土類遷移金属系磁石粉末は、これに含まれる希土類金属が酸化しやすいため、表面に錆が発生しやすい。錆が発生すると磁気特性が低下する。そのため、リンを主成分とするリン酸化合物皮膜(リン酸皮膜)で磁石粉末表面を覆い、それにより磁石粉末の錆発生防止を図る技術が従来から提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、希土類元素を含む鉄系磁石合金粉を有機溶剤中で粉砕して磁石粉を製造する方法において、磁石粉の粉砕中に燐酸を添加し、磁石合金粉表面に保護被膜を形成させた後に、さらに加熱処理する、高耐候性磁石粉の製造方法が開示されている(特許文献1の請求項1)。
【0005】
特許文献2には、所定のリン酸系化合物の水溶液を磁粉に混合した後、乾燥、加熱する、希土類-鉄-窒素系磁粉の表面処理方法が開示されている(特許文献2の請求項1及び3)。また特許文献2には、実施例において、リン酸化合物処理を施したSmFe17磁粉にテトラメトキシシランと水を添加及び混合し、混合物を加熱して、粒子表面に酸化珪素膜を形成することが記載されている(特許文献2の[0038])。
【0006】
特許文献3には、希土類-鉄-窒素系磁粉に、リン酸系化合物を混合及び乾燥し、粒子表面をリン酸系化合物で被覆した後に加熱する、希土類-鉄-窒素系磁粉の表面処理方法が開示されている(特許文献3の請求項1)。また特許文献3には、リン酸化合物処理したSmFe17磁粉にテトラメトキシシランと水を添加及び混合し、混合物を加熱して、粒子表面に酸化珪素膜を形成することが記載されている(特許文献3の[0046])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3882490号公報
【特許文献2】特開2002-008911号公報
【特許文献3】特開2002-043109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、希土類遷移金属系磁石粉末の錆発生防止を図る技術が提案されるものの、従来の技術には改良の余地があった。例えば、特許文献1~3では、希土類遷移金属系磁石粉末の表面にリン酸皮膜を設けている。リン酸化合物は水に対して難溶性であり、錆発生防止に一定の効果がある。しかしながら時間経過とともに徐々に水がリン酸皮膜に浸透するため、長期的に見れば錆発生防止効果が不十分という問題があった。また特許文献2及び3では、アルキルシリケート(テトラエトキシシラン)を用いて、リン酸処理した磁石粉末に酸化珪素膜を形成している。しかしながらアルキルシリケート処理するための設備が必要となるとともに工程が増えるという問題がある。生産性悪化及びコスト上昇を惹起するため、実用的ではない。
【0009】
本発明者らは、このような従来の問題点に鑑みて鋭意検討を行った。その結果、希土類遷移金属系磁石粉末の存在下でスチレン重合を行うことで、希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む複合磁石粉末を得ることができ、得られた複合磁石粉末は耐水性に優れ、水の浸透を抑制できるとの知見を得た。
【0010】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、耐水性に優れた希土類遷移金属系磁石粉末を含む複合磁石粉末及びその製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、下記(1)~(9)の態様を包含する。なお本明細書において「~」なる表現は、その両端の値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0012】
(1)希土類遷移金属系磁石粉末の存在下でスチレン重合を行い、それにより希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む複合磁石粉末を作製する、複合磁石粉末の製造方法。
【0013】
(2)希土類遷移金属系磁石粉末、スチレンモノマー、重合開始剤、分散剤、重合溶媒、及びポリスチレン修飾樹脂を混合して原料混合液を作製する原料混合液作製工程、
前記原料混合液中の酸素量を低減する脱酸素処理を行った後に、前記スチレンモノマーの重合反応を進め、それにより複合磁石粉末を作製する重合工程、及び
前記重合工程後の原料混合液から複合磁石粉末を回収する回収工程、を含む、上記(1)の方法。
【0014】
(3)前記原料混合液において混合される希土類遷移金属系磁石粉末に対するスチレンモノマーの添加量が0.1質量%以上30.0質量%以下である、上記(2)の方法。
【0015】
(4)前記重合溶媒が、ポリスチレン溶解性溶媒とポリスチレン不溶性溶媒との混合溶媒であり、前記イソプロピルアルコールに対する前記ポリスチレン不溶性溶媒の添加量が10質量%以上50質量%以下である、上記(2)又は(3)の方法。
【0016】
(5)前記ポリスチレン修飾樹脂が第3級アミノ基を有するメタクリレートであり、前記希土類遷移金属系磁石粉末に対する前記メタクリレートの添加量が0.5質量%以上1.5質量%以下である、上記(2)~(4)のいずれかの方法。
【0017】
(6)前記重合工程の際、50℃以上90℃以下の温度で1時間以上12時間以上の条件で前記スチレンモノマーの重合反応を進める、上記(2)~(5)のいずれかの方法。
【0018】
(7)前記回収工程の際、ろ過により原料混合液から複合磁石粉末を回収し、回収後の複合磁石粉末に乾燥処理を施す、上記(2)~(6)のいずれかの方法。
【0019】
(8)前記希土類遷移金属系磁石粉末がサマリウム(Sm)及びネオジム(Nd)のいずれか一方又は両方を含む、上記(1)~(7)のいずれかの方法。
【0020】
(9)希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む複合磁石粉末。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、耐水性に優れた希土類遷移金属系磁石粉末を含む複合磁石粉末及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0023】
<<1.複合磁石粉末の製造方法>>
本実施形態の複合磁石粉末の製造方法では、希土類遷移金属系磁石粉末(以下、単に「磁石粉末」と呼ぶ場合がある)の存在下でスチレン重合を行い、それにより希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む複合磁石粉末を作製する。得られた複合磁石粉末は、希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンを複合化して含んでいる。
【0024】
複合磁石粉末は、希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンを複合化して含む限り、その具体的存在態様は限定されない。例えば、希土類遷移金属系磁石粉末を構成する粒子(以下、「磁石粒子」と呼ぶ場合がある)の表面の全部または一部をポリスチレンが被膜する態様であってもよい。磁石粒子の表面の全部または一部に、球状または不定形のポリスチレン粒子が付着する態様であってもよい。ポリスチレン粒子の内部に磁石粒子が内包された態様であってもよい。あるいは磁石粒子とポリスチレン粒子とが混然一体と複合化された態様であってもよい。
【0025】
希土類遷移金属系磁石粉末は、磁化、保磁力及び最大エネルギー積といった磁石特性に優れている。またポリスチレンは、透明性、機械的強度、電気絶縁性、耐薬品性、耐熱性、及び成形性に優れるとともに耐水性に優れるという利点がある。そのため、希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンを複合化して含む複合磁石粉末は、高い磁石特性を維持しながらも耐水性等の諸特性に優れるという特徴がある。
【0026】
希土類遷移金属系磁石粉末は、少なくとも希土類金属(Re)と遷移金属(TM)を含む合金からなり、磁石特性、すなわち硬質磁気特性を示す粉末である。ここで合金は、固溶体のみならず、共晶体や金属間化合物を含む概念である。金属間化合物として、CaCu型、ThZn17型、ThNi17型、TbCu型、ThMn12型、NaZn13型、NdFe14B型、MgCu型などの結晶構造を有する化合物が例示される。また、本明細書において粉末は、多数の粒子の集合体を意味する。すなわち多数の粒子が集合して粉末を構成する。希土類遷移金属系磁石粉末を構成する粒子の粒径は特に限定されない。しかしながら、粒子の粒度分布が揃っていることが好ましい。粉末は、例えば、粒径が5μm以上80μm以下の範囲内になる粒子から構成されることが好ましい。なお、粒径は乾式粒度分布測定器や湿式粒度分布測定器などの公知の測定器で測定される。
【0027】
希土類金属(Re)は、原子番号21のスカンジウム(Sc)、原子番号39のイットリウム(Y)、及び原子番号57のランタン(La)~原子番号71のルテチウム(Lu)からなる群を構成する金属(元素)の総称である。磁石粉末に含まれる希土類金属(Re)は、特に限定されない。しかしながら、サマリウム(Sm)、ガドリニウム(Gd)及びセリウム(Ce)からなる群から選ばれる一種以上、あるいはプラセオジウム(Pr)、ネオジム(Nd)、ジスプロシウム(Dy)及びイッテルビウム(Yb)からなる群から選ばれる一種以上が好ましい。特に磁石特性に優れた磁石材料を得る観点から、サマリウム(Sm)、ネオジム(Nd)及びプラセオジウム(Pr)からなる群から選ばれる一種以上がより好ましい。特に好ましくは、磁石粉末がサマリウム(Sm)及びネオジム(Nd)のいずれか一方又は両方が含む。磁石粉末に含まれる希土類金属は、1種類のみであってもよく、あるいは複数種であってもよい。
【0028】
遷移金属(TM)は、周期律表第3族元素から第11元素の間に存在する金属(元素)の総称である。磁石粉末に含まれる遷移金属(TM)は、特に限定されない。しかしながら、磁石特性の観点から鉄(Fe)、マンガン(Mn)及びコバルト(Co)からなる群から選ばれる一種以上が好ましく、鉄(Fe)が最も好ましい。磁石粉末に含まれる遷移金属は、1種類のみであってもよく、あるいは複数種であってもよい。
【0029】
希土類遷移金属系磁石粉末は、希土類金属(Re)及び遷移金属(TM)のみを含んでもよい。そのような合金粉末として、例えばサマリウムコバルト(Sm-Co)粉末が挙げられる。サマリウムコバルト粉末は、SmCo又はSmCo17の基本組成を有する永久磁石材料である。あるいは合金粉末は希土類金属(Re)及び遷移金属(TM)以外の他の金属元素又は非金属元素を含んでもよい。そのような合金粉末として、例えばサマリウム鉄窒素(Sm-Fe-N)粉末やネオジム鉄ボロン(Nd-Fe-B)粉末が挙げられる。サマリウム鉄窒素粉末は、SmFe17の基本組成を有する永久磁石材料であり、またネオジム鉄ボロン粉末は、NdFe14Bの基本組成を有する永久磁石材料である。
【0030】
好ましくは、希土類遷移金属系磁石粉末はサマリウム鉄窒素(Sm-Fe-N)粉末である。サマリウム鉄窒素系粉末は耐熱性及び耐候性に優れており、ボンド磁石の磁石粉末として有用である。サマリウム鉄窒素粉末の組成は、磁石特性が得られる限り特に限定されない。しかしながら粉末中のサマリウム(Sm)含有量は、磁石特性の観点から、14質量%以上27質量%以下が好ましく、15質量%以上25質量%以下がより好ましい。またサマリウム鉄窒素粉末は、基本組成(SmFe17)において、x=3のときに飽和磁化が最大となる。したがって、xは2.5以上3.5以下が好ましく、2.8以上3.2がより好ましい。
【0031】
本実施形態の製造方法では、希土類遷移金属系磁石粉末の存在下でスチレン重合を行う。すなわち、希土類遷移金属系磁石粉末とスチレンモノマーを混合して混合物を作製し、得られた混合物中のスチレンモノマーを重合させて複合磁石粉末を作製する。
【0032】
スチレンモノマーの重合手法は、所望の複合磁石粉末を得ることができる限り、制限されず、公知の手法を採用すればよい。そのような手法として、ラジカル重合やイオン重合(アニオン重合、カチオン重合)が挙げられる。重合反応は、熱重合、光照射重合、及び放射線照射重合が挙げられる。
【0033】
重合様式も限定されない。溶液重合、乳化重合、懸濁重合、分散重合、塊状重合、シード重合、及び/又は気相重合のいずれであってもよく、その中でも分散重合が好ましい。分散重合は、重合開始時にはモノマーが溶媒に溶解して均一溶液であり、重合開始により生成したポリマーが析出及び凝集して粒子が形成される手法である。分散重合は比較的容易に単分散粒子が得られるという利点がある。また重合により塊状体が生成する場合には、塊状体を粉砕して複合粉末を得ればよい。さらに磁石粉末とスチレンモノマーの混合物には、重合開始剤や触媒などの添加剤を加えてもよい。
【0034】
好適な一態様による製造方法は、希土類遷移金属系磁石粉末、スチレンモノマー、重合開始剤、分散剤、重合溶媒、及びポリスチレン修飾樹脂を混合して原料混合液を作製する原料混合液作製工程、得られた原料混合液中の酸素量を低減する脱酸素処理を行った後に、スチレンモノマーの重合反応を進め、それにより複合磁石粉末を作製する重合工程、及び重合工程後の原料混合液から複合磁石粉末を回収する回収工程、を含む。各工程について以下に詳細に説明する。
【0035】
<原料混合液作製工程>
原料混合液作製工程では、原料である希土類遷移金属系磁石粉末、スチレンモノマー、重合開始剤、分散剤、重合溶媒、及びポリスチレン修飾樹脂を混合して原料混合液を作製する。この際、原料を均一に混合することが望ましい。均一混合により、局所的にスチレン重合が進まない、得られたポリエチレン粒子の径がばらつく、ポリスチレンの磁石粉末への修飾が不均一に進む、といった不具合を解消し、それにより、最終的に得られる複合磁石粉末において所望性能の発揮を確実に担保することが可能となる。そのためには混合の際に原料混合液を撹拌することが望ましい。
【0036】
原料混合は、撹拌機構のあるフラスコ中で行い、そのまま重合工程に移行することが望ましい。撹拌機構は、特に制限はないが、各種の撹拌羽根を具備した撹拌機やスターラーを用いるのがよい。適切な混合時間は、処理量に依存するため一概には言えないが、一般的には1分間以上30分間以下である。
【0037】
[希土類遷移金属系磁石粉末]
希土類遷移金属系磁石粉末の詳細は先述したとおりである。すなわち、希土類遷移金属系磁石粉末は、少なくとも希土類金属(Re)と遷移金属(TM)を含む合金からなる硬質磁性材料粉末である。希土類遷移金属系磁石粉末は、希土類金属(Re)及び遷移金属(TM)のみを含んでもよく、あるいは希土類金属(Re)及び遷移金属(TM)以外の他の金属元素又は非金属元素を含んでもよい。
【0038】
[スチレンモノマー]
スチレンモノマーはラジカル重合性モノマーとして一般的に使用されるものであれば、特に限定されない。またスチレンモノマーの配合量は、希土類遷移金属系磁石粉末に対して0.1質量%以上30.0質量%以下が好ましく、3.0質量%以上20.質量%以下がより好ましい。スチレンモノマー配合量が過度に少ないと、反応により生成するポリスチレン量が少なくなる。そのため所望の耐水性を複合磁石粉末に付与することが困難になる。一方で、所定量のスチレンモノマーを配合すれば、磁石粉末のポリスチレン修飾は十分である。配合量を過度に多くしても、耐水性のさらなる向上は見込めない。また過剰な添加はコスト上昇を引き起こす恐れがあるとともに、磁石粉末の割合が少なくなる結果、複合磁石粉末の磁石特性特性が低下する恐れがある。耐水性向上を図りながらも、コスト上昇を抑制し、さらに高い磁気特性を維持する観点から、スチレンモノマーの配合量は上述した範囲内であることが好ましい。
【0039】
[重合開始剤]
重合開始剤は、重合溶媒中でスチレンモノマーの重合を促すために加えられる。重合開始剤として、重合溶媒に溶けるものであれば、スチレン重合に使用される公知の化合物を用いることができる。ラジカル重合開始剤やレドックス開始剤等の各種重合開始剤から選択された1種類以上を用いることができ、特に制限されない。
【0040】
ラジカル重合開始剤としては、アゾ化合物、有機過酸化物等を挙げることができる。また、酸化剤と還元剤を組み合わせたレドックス開始剤も挙げることができる。イオン重合開始剤としては、n-ブチルリチウム等の求核剤や、プロトン酸やルイス酸、ハロゲン分子、カルボカチオン等の求電子剤等を挙げることができる。
【0041】
例えば、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、ぺルオキソニ硫酸カリウム(KPS)、2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩(V-50)、及び2,2’-アゾビス(2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミジン)(VA-086)等から選択される1種以上を好適に用いることができる。
【0042】
重合開始剤の配合量は、希土類遷移金属系磁石粉末に対して0.05質量%以上1.0質量%以下が好ましく、0.1質量%以上0.5質量%以下がより好ましい。
【0043】
[分散剤]
分散剤は、スチレン重合により生成したポリスチレンの重合溶媒中での分散安定性を高めるために加えられる。分散剤として、重合溶媒に溶けるものであれば、スチレン重合に使用される公知の化合物を用いることができる。例えば、ポリビニルアルコールやポリビニルピロリドン(PVP)といった各種の非イオン性の水溶性ポリマーやポリアクリル酸、カルボキシメチルセルロースを用いることができる。分散剤の配合量は、希土類遷移金属系磁石粉末に対して0.5質量%以上5.0質量%以下が好ましく、1.0質量%以上3.0質量%以下がより好ましい。
【0044】
[重合溶媒]
スチレンの均一系重合では様々な有機溶媒が使用できるが乳化重合などの不均一系重合では水が用いられる。一方、希土類遷移金属系磁石粉末のように水で容易に酸化劣化する場合には水を用いることができない。したがって各種の有機溶媒を重合媒体とした沈殿重合や分散重合を行うことが望ましい。有機溶媒の種類としては、炭素数1以上の1級、2級及び/又は3級アルコールが挙げられる。例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール(IPA)、ブタノール、t-ブチルアルコール、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール等の炭素数1~8のアルコールを使用できる。また、直鎖、分岐鎖のほか脂環族や芳香族など環状アルコールであってもよい。アルコールは1価のものに限らず、2価以上の多価アルコール、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、及び/又はグリセリンなどであってもよい。これらの中では、コストや安全性の面からイソプロピルアルコール(IPA)が好ましい。重合溶媒には水のない状態が望まれるため、IPAは水の少ないものがよく、具体的には純度99%以上のものが好ましい。また重合溶媒として、1種類の有機溶媒を用いてもよく、あるいは複数種の有機溶媒を組み合わせて用いてもよい。
【0045】
ところで、IPAなどの一部の溶媒(ポリスチレン溶解性溶媒)には低分子のポリスチレンを溶解する性質がある。そのため重合溶媒としてポリスチレン溶解性溶媒のみを用いると、重合後に得られるポリスチレンの一部が溶けてしまい、磁石粉末を有効に表面処理することが困難になる恐れがある。したがって、重合溶媒としてポリスチレン溶解性溶媒を用いる場合には、ポリスチレン溶解性溶媒とポリスチレンを溶解しない溶媒(ポリスチレン不溶性溶媒)の混合溶媒とすることが望ましい。このときポリスチレン不溶性溶媒は素材の酸化劣化のため、水ではなく、有機溶媒を用いることが望ましい。ポリスチレン溶解性溶媒として、イソプロピルアルコール(IPA)、テトラヒドロフラン、トルエン、クロロフォルム、ジクロロメタン、アセトン、メチルエチルケトンなどが挙げられ、この中でもIPAが好ましい。またポリスチレン不溶性溶媒として、具体的には、エチレングリコール、ジエチレングリコール、及びグリセリンからなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0046】
重合溶媒がポリスチレン溶解性溶媒とポリスチレン不溶性溶媒の混合溶媒である場合、ポリスチレン溶解性溶媒とポリスチレン不溶性溶媒の比率は、ポリスチレン不溶性溶媒がポリスチレン溶解性溶媒に対して10質量%以上50質量%であることが好ましい。10質量%未満であると、生成したポリスチレンがポリスチレン溶解性溶媒に溶解してしまい、磁石粉末を有効に表面処理することができない恐れがある。一方で50質量%を超えると、磁石粉末の撥水性が低下する。原因は明らかではないが、エチレングリコール、ジエチレングリコール及びグリセリンといったポリスチレン不溶性溶媒は粘性が高いため、原料混合液の撹拌が不十分になり、その結果、磁石粉末とポリスチレンの反応が局所的に停滞し、これがポリスチレンによる修飾を不完全にすると考えられる。
【0047】
重合溶媒の配合量は、磁石粉末が処理中に分散する限り、特に制限されない。しかしながら重合溶媒が過度に少ないと、磁石粉末が凝集や沈降したままの状態となる。一部の磁石粉末にポリスチレン修飾ができず、所望の性能を得ることが困難になる恐れがある。重合溶媒配合量は、希土類遷移金属系磁石粉末に対して、100質量%以上2000質量%以下が好ましく、300質量%以上1000質量%以下がより好ましい。
【0048】
[ポリスチレン修飾樹脂]
ポリスチレン修飾樹脂には、スチレンと共重合し、得られるポリスチレンを希土類遷移金属系磁石粉末に修飾する働きがある。ポリスチレン修飾樹脂として、例えば、第3級アミノ基を有するメタクリレートが挙げられる。
【0049】
第3級アミノ基を有するメタクリレートの具体例としては、N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)、N,N-ジメチルアミノプロピルメタクリレート、N,N-ジエチルアミノエチルメタクリレート、及びN,N-ジエチルアミノプロピルメタクリレートなどのN,N-ジアルキルアミノアルキルメタクリレート、N-[2-メタクリロイルオキシエチル]ピペリジン、N-[2-メタクリロイルオキシエチル]ピロリジン、N-[2-メタクリロイルオキシエチル]モルホリン、並びに1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジルメタクリレートなどを挙げることができる。また、グリシジルメタクリレートと、例えばジメチルアミン、ジエチルアミン、及びジプロピルアミンなどの第2級アミノ化合物、又は例えばジメチルアミノプロピルメチルアミンなどの第3級アミノ基及び第2級アミノ基を有する化合物を反応させて得られる、エポキシ基が開環してヒドロキシ基を有するメタクリレート;メタクリロイルオキシエチルイソシアネートなどのイソシアネート基を有するメタクリレートに、ヒドロキシ基、又は1級若しくは2級アミノ基を有し、かつ、第3級アミノ基を有する化合物を反応させて得られる、ウレタン結合や尿素結合を有するメタクリレートなども挙げることができる。これらの第3級アミノ基を有するメタクリレートのうちの1種又は2種以上を使用することができる。
【0050】
第3級アミノ基を有するメタクリレートの配合量は、対象となる希土類遷移金属系磁石粉末に対して0.5質量%以上1.5質量%以下が好ましい。0.5質量%未満であると、磁石粉末への修飾が不十分になり、所望の性能を発揮できないことがある。1.5質量%を超えても、磁石粉末の撥水性は向上せず、不経済であるうえ、ポリスチレンの凝集が極端に増えてしまう。凝集が増える原因は明確ではないが、第3級アミノ基を有するメタクリレートがIPAに高い溶解度で溶解するため、メタクリレートがポリスチレン表面に局在化し、相互作用によってポリスチレンの分散安定性が低下し、結果として凝集すると考えられる。
【0051】
[その他の成分]
原料混合液は、希土類遷移金属系磁石粉末、スチレンモノマー、重合開始剤、分散剤、重合溶媒、及びポリスチレン修飾樹脂のみを含んでもよく、あるいは他の成分を添加剤として含んでもよい。添加剤として、界面活性剤、発泡剤などが挙げられる。
【0052】
<重合工程>
重合工程では、まず、得られた原料混合液中の酸素量を低減する脱酸素処理を行う。原料混合液中に酸素が存在すると、重合開始剤が不活性となり、スチレン重合が十分に進まないことがある。脱酸素処理の具体的な方法は特に制限されないが、超音波照射を行う手法や、原料混合液に窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガスを吹き込む手法が挙げられる。不活性ガス吹き込みによる脱酸素処理は、有機溶媒が揮発して系外に漏出することを防止するため、氷冷下で行うことが望ましい。氷冷の具体的な方法は特に限定されない。例えば、フラスコを氷水で冷却する手法が挙げられる。
【0053】
脱酸素処理を行った後に、スチレンモノマーの重合反応を進めて複合磁石粉末を作製する。重合処理(反応)は、酸素による重合阻害を避けるため、嫌気性条件下で行うことが望ましい。重合条件(温度及び重合時間)は、処理量及び目的とするポリスチレン粒子の径に応じて変化するため一概には言えない。しかしながら40℃以上110℃以下の温度で0.5時間以上24時間以下の条件が好ましく、50℃以上90℃以下の温度で1時間以上12時間以下の条件がより好ましい。重合処理中は、原料混合液を常に撹拌することが望ましい。これにより重合反応が均一かつ十分に進むよう促される。所定の時間が経過したら、原料混合液を室温まで冷却する。
【0054】
<回収工程>
回収工程では、重合工程後の原料混合液から複合磁石粉末を回収する。重合工程後の処理液(原料混合液)には、ポリスチレンで修飾した磁石粉末のほか、ポリスチレンの凝集物、磁石粉末の凝集物、残留モノマー、分散剤、ポリスチレン修飾樹脂などが残留することがある。必要に応じて、これらの残留物を処理液から除去して複合磁石粉末から分離する。残留物の除去及び磁石粉末の回収は、例えば、ろ過、遠心分離、磁気分離などの公知の手法で行えばよい。ろ過方法は特に制限されず、例えば凝集物を補足できる目開きのろ紙、ろ布、もしくはナイロンフィルタを具備したフィルターロートを使えばよい。
【0055】
<洗浄工程>
必要に応じて、回収した複合磁石粉末に洗浄処理を施してもよい。重合工程で用いたポリスチレン不溶性溶媒(エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン等)は、その沸点が200~300℃と高い。そのため、複合磁石粉末中にポリスチレン不溶性溶媒が残存していると、後続する工程で減圧乾燥などの低温乾燥を行っても、不溶性溶媒の除去が困難になる恐れがある。予め低沸点有機溶媒で複合磁石粉末を洗浄してポリスチレン不溶性溶媒を除去しておくことが望ましい。洗浄後の複合磁石粉末スラリは高沸点のポリスチレン不溶性溶媒を含まないので、乾燥処理で容易に高純度の複合磁石粉末を得ることができる。低沸点有機溶媒としてイソプロピルアルコール(IPA)を用いることが、コストや安全性の面から好ましい。
【0056】
<乾燥工程>
必要に応じて、回収工程及び/又は洗浄工程を経て得た複合磁石粉末に乾燥処理を施してもよい。乾燥処理の手法は、特に制限されない。例えば、複合磁石粉末を乾燥機内で所定温度に加熱してもよい。ポリスチレンと低沸点有機溶媒を含む残存処理液を加熱することで、低沸点有機溶媒が揮発除去され、ポリスチレンで修飾した磁石粉末(複合磁石粉末)が残る。加熱温度は低沸点有機溶媒の沸点以上であることが望ましい。例えば重合溶媒としてIPAを用いた場合には85℃以上が好ましい。また過剰な加熱は磁石粉末を酸化劣化させ磁石特性を低下させることがある。このことから加熱温度は150℃未満が好ましい。乾燥処理の際に乾燥機内部を減圧雰囲気にして、低沸点有機溶媒の揮発を促進してもよい。
【0057】
このようにして複合磁石粉末を得ることができる。希土類遷移金属系磁石粉末のスチレン重合を行うことで、磁石粉末がポリスチレンで修飾され、その結果、耐水性に優れた希土類遷移金属系磁石粉末を含む複合磁石粉末を得ることができる。
【0058】
<<2.複合磁石粉末>>
本実施形態の複合磁石粉末は、希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンとを複合化して含む。希土類遷移金属系磁石粉末の詳細は先述したとおりである。すなわち、希土類遷移金属系磁石粉末は、少なくとも希土類金属(Re)と遷移金属(TM)を含む合金からなる硬質磁性材料粉末である。希土類遷移金属系磁石粉末は、希土類金属(Re)及び遷移金属(TM)のみを含んでもよく、あるいは希土類金属(Re)及び遷移金属(TM)以外の他の金属元素又は非金属元素を含んでもよい。
【0059】
複合磁石粉末は、希土類遷移金属系磁石粉末とポリスチレンを複合化して含む限り、その具体的存在態様は限定されない。例えば、希土類遷移金属系磁石粉末を構成する粒子(以下、「磁石粒子」と呼ぶ場合がある)の表面の全部または一部をポリスチレンが被膜する態様であってもよい。磁石粒子の表面の全部または一部に、球状または不定形のポリスチレン粒子が付着する態様であってもよい。ポリスチレン粒子の内部に磁石粒子が内包された態様であってもよい。あるいは磁石粒子とポリスチレン粒子とが混然一体と複合化された態様であってもよい。
【0060】
また複合磁石粉末の粒子サイズも、特に制限されない。しかしながら、平均粒径(D50)は0.1μm以上5.0μm以下が好ましく、0.5μm以上3.0μm以下がより好ましい。
【0061】
本実施形態の複合磁石粉末は、高い磁石特性を維持しながらも耐水性に優れるという特徴がある。このような複合磁石粉末は、ボンド磁石、特に耐水性が要求される分野でのボンド磁石用材料として好適である。具体的には、車載用ウォーターポンプや一般産業用給排水ポンプのモーターに用いられるボンド磁石用材料として特に好適である。
【実施例0062】
本発明を、以下の実施例及び比較例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
(1)複合磁石粉末の製造
[例1]
例1では、磁石粉末としてのサマリウム鉄窒素(Sm-Fe-N)粉末、スチレンモノマー、重合開始剤としての2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、分散剤としてのポリビニルピロリドン(PVP)、重合溶媒としてのイソプロピルアルコール(IPA)及びグリセリン、並びにポリスチレン修飾樹脂としてのN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)を用いて複合磁石粉末を作製した。具体的手順は以下のとおり行った。
【0064】
<原料混合液作製工程>
Sm-Fe-N粉末:17g、PVP:0.3g、スチレンモノマー:3.0g、AIBN:0.02g、及びDMAEMA:0.16gをフラスコ内で秤量した。このとき、DMAEMAの添加量をSm-Fe-N粉末に対して0.9質量%となるように調整した。次いで、IPAとグリセリンの混合溶媒:100gを添加した。この混合溶媒は、IPA:30gとグリセリン:70gを混合して予め調整した。得られた混合液を、撹拌機を用いて10分間混合して、原料混合液を作製した。
【0065】
<重合工程>
得られた原料混合液に窒素ガスを吹き込んだ後、さらに撹拌しながら70℃にまで加温した。加温により原料混合液中にポリスチレンが生成し、それにより液が白濁した。加温した状態で8時間保持した後に室温まで冷却して、重合処理液を得た。
【0066】
<回収工程>
得られた重合処理液を100メッシュのナイロンフィルタを用いてろ過した。次いで、ろ液を遠心分離して処理液中で重合溶媒と生成物とを分離させた。
【0067】
<洗浄工程>
回収工程を経た処理液において、上澄み溶媒を除去した後、IPA添加、遠心分離、及び上澄み溶媒除去の操作を3回繰り返した。この操作によってグリセリンは除去され、生成物(Sm-Fe-N、ポリスチレン)及びIPAからなる処理液を得た。
【0068】
<乾燥工程>
得られた処理液(Sm-Fe-N、ポリスチレン、IPA)を乾燥機に入れ、減圧雰囲気下100℃に加熱した。IPAの揮発に伴い、乾燥機の内圧は正圧となったが、揮発終了とともに内部圧力は負圧側に変化した。その後、乾燥機内部を室温まで冷却して、生成物を取り出した。このようにして、Sm-Fe-N粉末とポリスチレンの複合粉末を得た。
【0069】
[例2]
例2では、磁石粉末としてネオジム鉄ボロン(Nd-Fe-B)粉末を用いた。それ以外は例1と同様の手順で複合粉末を作製した。
【0070】
[例3]
例3では、グリセリンの代わりにエチレングリコール:30gを用いた。それ以外は例1と同様の手順で複合粉末を作製した。
【0071】
[例4(比較)]
例4では、IPAとグリセリンの混合溶媒を調整する際、IPA:5gとグリセリン:95gを混合した。それ以外は例1と同様の手順で複合粉末を作製した。
【0072】
[例5(比較)]
例5では、IPAとグリセリンの混合溶媒を調整する際、IPA:60gとグリセリン:40gを混合した。それ以外は例1と同様の手順で複合粉末を作製した。
【0073】
[例6(比較)]
例6では、DMAEMAの添加量を0.02gに変更した。それ以外は例1と同様の手順で複合粉末を作製した。
【0074】
[例7]
例7では、DMAEMAの添加量を0.40gに変更した。それ以外は例1と同様の手順で複合粉末を作製した。
【0075】
[例8(比較)]
例8では、例1で用いたSm-Fe-N粉末にポリスチレン修飾を行わず、そのまま評価した。
【0076】
[例9(比較)]
例9では、例2で用いたNd-Fe-B粉末にポリスチレン修飾を行わず、そのまま評価した。
【0077】
(2)評価
例1~例9で得られたサンプルについて、以下のとおり評価を行った。
【0078】
<定性分析>
複合粉末におけるポリスチレン修飾状態を確認するため、定性分析により磁石粉末表面でのポリスチレンの有無を調べた。具体的には、フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)を用いて各試料の赤外分光分析を行い、得られた分析結果をポリスチレンのデータベースと照合することで、ポリスチレンの有無を評価した。
【0079】
<耐水性評価>
複合磁石粉末:1gを内径10mmの金型に投入し、プレス機を用いて1tの荷重を3分間加えた。得られたペレットの表面に1滴のイオン交換水を滴下し、イオン交換水が浸透するまでの時間を測定した。浸透時間が長いと耐水性が高いと判断した。
【0080】
(3)評価結果
例1~例7の原料配合組成を表1に示す。なお例8及び例9は磁石粉末のみの評価を行ったため、表1には示していない。また例1~例9について得られた定性分析結果及び耐水性評価結果を表2にまとめて示す。
【0081】
例1のサンプルは、Sm-Fe-N粉末に対するDMAEMAの添加量が0.9質量%であり、かつ重合溶媒中のIPAに対するポリスチレン不溶性溶媒が30質量%の条件で製造されたものである。定性分析(FT-IR)ではポリスチレン由来のピークが検出され、耐水性評価結果(浸漬時間)は191分であった。例2のサンプルは、磁石粉末をNd-Fe-B粉末とした以外は例1と同様の条件で製造されたものである。定性分析(FT-IR)ではポリスチレン由来のピークが検出され、耐水性評価結果(浸漬時間)は176分であった。
【0082】
例3のサンプルは、ポリスチレン不溶性溶媒としてエチレングリコールを用いた以外は例1と同様の条件で製造されたものである。定性分析(FT-IR)ではポリスチレン由来のピークが検出され、耐水性評価結果(浸漬時間)は202分であった。例1~例3のいずれでも、ポリスチレン修飾を行わない例8及び例9と比較して、ポリスチレン修飾による耐水性向上の効果を確認できる。
【0083】
例4のサンプルは、重合溶媒中のIPAに対するグリセリンの量を95質量%と多くした条件で製造されたものである。例5のサンプルは重合溶媒中のIPAに対するグリセリンの量を5質量%と少なくした条件で製造されたものである。いずれも定性分析(FT―IR)ではポリスチレンが検出されず、耐水性に劣っていた。例6のサンプルは、Sm-Fe-N粉末に対するDMAEMA添加量を0.1質量%と少なくした条件で製造されたものである。定性分析(FT-IR)ではポリスチレンが検出されず、耐水性に劣っていた。例4~例6は、いずれもポリスチレン修飾が不十分であり、その結果、耐水性が向上しなかったと考えられる。
【0084】
例7のサンプルは、Sm-Fe-N粉末に対するDMAEMA添加量を2.4質量%と多くした条件で製造されたものである。定性分析(FT-IR)ではポリスチレンが検出され、また耐水性評価結果(浸漬時間)は188分と例1と同程度であった。一方で、例7では、ナイロンフィルタで捕捉した凝集体が他のサンプルよりも多かった。DMAEMAを多くすることで凝集体発生を促してしまい、磁石粉末のさらなる耐水性向上には寄与しなかったと考えられる。なお、得られた複合磁石粉末を走査電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、例1~3及び例7のサンプルでは、Sm-Fe-N粉末とポリスチレンが複合化されていることが確認された。
【0085】
【表1】
【0086】
【表2】
【0087】
以上の結果より、本実施形態の製造方法により、ポリスチレンで修飾された磁石粉末を含む複合磁石粉末が得られること、及び得られた複合磁石粉末は耐水性に優れることが理解される。