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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024077551
(43)【公開日】2024-06-07
(54)【発明の名称】真空浸炭用鋼および真空浸炭鋼部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240531BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20240531BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240531BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20240531BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/38
C22C38/58
C21D1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022189701
(22)【出願日】2022-11-28
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】栗田 俊
(72)【発明者】
【氏名】常陰 典正
(57)【要約】
【課題】粒界セメンタイトと異常粒成長を抑制し、また、低サイクル曲げ疲労強度に優れるエッジ部を含む形状を有する浸炭鋼部品の提供。
【解決手段】C:0.15~0.30%、Si:0.7~1.2、Mn:0.9~3.0%、Cr:0.50~1.50%、Al:0.020~0.050%、Nb:0.020~0.100%、N:0.0100~0.0300%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、不可避的不純物におけるP:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.30%以下であって、式A:0.12≦3[Al]+4[Nb]≦0.50、
式B:0.12<[N]/[Al]<0.70、を満足する、真空浸炭用鋼。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯部の化学成分が質量%で、
C:0.15~0.30%
Si:0.7~1.2
Mn:0.9~3.0%
Cr:0.50~1.50%
Al:0.020~0.050%
Nb:0.020~0.100%
N:0.0100~0.0300%
残部Fe及び不可避的不純物からなり、
不可避的不純物におけるP:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.30%以下であって、
式A:0.12≦3[Al]+4[Nb]≦0.50、
式B:0.12<[N]/[Al]<0.70、
を満足する、真空浸炭用鋼。
ただし、式A、式Bの[Al][Nb][N]には該当する化学成分の%の値を代入する。
【請求項2】
請求項1に記載の成分に加えて、選択的成分として、質量%で、Ni:1.0%以下、Mo:1.0%以下のいずれか1種または2種を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、不可避的不純物におけるP:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.30%以下であって、
式A:0.12≦3[Al]+4[Nb]≦0.50、
式B:0.12<[N]/[Al]<0.70、
を満足する、真空浸炭用鋼。
ただし、式A、式Bの[Al][Nb][N]には該当する化学成分の%の値を代入する。
【請求項3】
請求項1、2のいずれか1項に記載の鋼を用いた浸炭された状態の浸炭鋼部品であって、表面から深さ5.0mmのビッカース硬さが250~400Hvを満足する、真空浸炭鋼部品。
【請求項4】
請求項1、2のいずれか1項に記載の鋼を用いた浸炭された状態の浸炭鋼部品であって、平坦部及びエッジ部を含み、前記平坦部において表面から深さ0.1mmのビッカース硬さが700Hv以上であり、前記エッジ部において表面から深さ0.10mmのビッカース硬さが640Hv以上を満足する、真空浸炭鋼部品。
【請求項5】
請求項1、2のいずれか1項に記載の鋼を用いた浸炭された状態の浸炭鋼部品であって、
平坦部及びエッジ部を含み、前記平坦部において表面から深さ0.10mmの領域において、セメンタイト分率が3%以下、前記エッジ部において表面から深さ0.10mmの領域において、セメンタイト分率が5%以下である真空浸炭鋼部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空浸炭に好適な粒界炭化物を低減した肌焼鋼である真空浸炭用鋼および真空浸炭鋼部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品、たとえばギヤの形状に成形し、浸炭して製品とする場合、浸炭方法として、現状の一般法ではガス浸炭が用いられている。加えて、最近では真空浸炭も採用されることがある。真空浸炭とは、鋼を真空中で加熱し、これに浸炭性ガスを導入して浸炭させた後、再び真空中で拡散処理させる手順を含む処理である。
【0003】
現状の一般的な方法であるガス浸炭に比して、真空浸炭には以下の利点がある。
1) 真空中で処理を行うため鋼材表面に粒界酸化層がみられず、各種強度の低減を回避することができる。
2) 高温での浸炭処理が可能なため、迅速な浸炭が可能である。
【0004】
もっとも、真空浸炭を用いて浸炭部品を製造すると、部品のエッジ部の炭素濃度が平坦部に比して高くなりやすい。すると、必要以上の高濃度で炭素が含有されてしまうため、浸炭部品のエッジ部は過剰浸炭となりやすい。過剰浸炭された部位の焼入れ組織には粗大なセメンタイトや残留オーステナイトが形成しやすく、曲げ疲労強度や硬度が不十分となる場合がある。また、高温で実施される真空浸炭によって製造される浸炭部品は、浸炭層、特に最表面で結晶粒の粗大化が生じやすいものとなる。この粗大粒は曲げ疲労強度を低下させることがある。
【0005】
さて、これまでにも、真空浸炭で浸炭された浸炭部品等に関して、たとえば以下のような提案がなされている。
【0006】
質量%で、C:0.1~0.3%、Si:0.5~3.0%、Mn:0.3~3.0%、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~3.00%、Cr:0.3~1.0%、Al:0.20%以下およびN:0.05%以下を含有し、残部が不可避な不純物およびFeからなり、[Si%]+[Ni%]+[Cu%]-[Cr%]>0.5の条件を満たす合金組成を有する浸炭用鋼を部品形状に成形し、真空浸炭により浸炭して得た浸炭部品が提案されている(特許文献1参照。)
【0007】
また、芯部が、質量%で、C:0.10~0.30%、Si:0.16~1.40%、Mn:1.40~3.00%、P:0.030%以下、S:0.060%以下、Cr:0.01~0.29%、Al:0.010~0.300%およびN:0.003~0.030%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学成分を有し、表面が平坦部3とエッジ部とを有し、前期平坦部3の表面から深さ0.05mm位置までの平坦部表層領域の炭素濃度が0.70%以上0.89%以下であり、前記エッジ部の表面から0.05mmの位置までのエッジ部表層領域の炭素濃度が1.20%以下であり、粒界酸化層深さが1μm以下であり、前記芯部のビッカース硬さが260以上である浸炭部品が提案されている。(特許文献2参照。)
【0008】
また、他にも、C:0.10~0.35%、Si:0.50%以下、Mn:0.30~1.50%、Cr:1.10~2.00%、P:0.02%以下、S:0.05%以下、Al:0.01~0.05%およびN:0.030%以下を含み、残部はFe及び不可避的不純物である成分組成を有し、表面から深さ0.05mm位置におけるセメンタイト分率が5%以下、表面からの深さ0.05mm位置における硬度がHV640以上、表面からの深さ0.05mm位置におけるオーステナイト粒径が粒度5番以上、および、表面からの深さ0.10mm位置における硬度がHV650以上である浸炭鋼が提案されている(特許文献3参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007-291486号公報
【特許文献2】特開2016-191151号公報
【特許文献3】特開2022-55308号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
もっとも特許文献1~3ではピンニング粒子を形成する成分が考慮されておらず、特許文献1,2では異常粒成長の有無が評価されていないなど、品質にバラツキが生じえなかった。また、特許文献3では平坦部に比して過剰浸炭となるエッジ部の強度が考慮されていないなど十分とはいえなかった。
【0011】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、エッジ部で粗大なセメンタイトが発生しやすい真空浸炭において、粗大なセメンタイトと異常粒成長の発生を抑制し、また、低サイクル曲げ疲労強度に優れる肌焼鋼とこれを用いた浸炭鋼部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで、発明者らは鋭意検討の結果、化学成分を規定し、Nb、Al、Nを適正化することによって異常粒成長を抑制しうる真空浸炭用鋼を得ることができ、また、真空浸炭処理することによって、平坦部における0.10mm深さまでのセメンタイト分率が3%以下、エッジ部における0.10mm深さまでのセメンタイト分率が5%以下の浸炭鋼部品が得られることを見出した。
【0013】
そして、課題を解決するための第1の手段は、質量%で、C:0.15~0.30%、Si:0.70~1.20%、Mn:0.90~3.00%、Cr:0.50~1.50%、Nb:0.020~0.100%、Al:0.020~0.050%、N:0.0100~0.0300%、残部Fe及び不可避的不純物からなり、不可避的不純物におけるP:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.30%以下であって、式A:0.12≦3[Al]+4[Nb]≦0.50、式B:0.12<[N]/[Al]<0.70、を満足する、真空浸炭用鋼である。
ただし、式A、式Bの[Al][Nb][N]には該当する化学成分の%の値を代入する。
【0014】
その第2の手段は、第1の手段に記載の成分に加えて、選択的成分として、質量%で、Ni:1.0%以下、Mo:1.0%以下のいずれか1種または2種を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、不可避的不純物におけるP:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.30%以下であって、式A:0.12≦3[Al]+4[Nb]≦0.50、式B:0.12<[N]/[Al]<0.70、
を満足する、真空浸炭用鋼である。
ただし、式A、式Bの[Al][Nb][N]には該当する化学成分の%の値を代入する。
【0015】
その第3の手段は、第1又は第2の手段に記載の鋼を用いた浸炭された状態の浸炭鋼部品であって、その表面から深さ5.0mmにおける硬度が250~400Hvである浸炭鋼部品である。
【0016】
その第4の手段は、第1~第3のいずれか1の手段に記載の鋼を用いた浸炭された状態の浸炭鋼部品であって、平坦部およびエッジ部を含み、前期平坦部において表面から深さ0.10mmにおける硬度が700Hv以上であり、前記エッジ部において表面から深さ0.10mmのビッカース硬さが640Hv以上を満足する浸炭鋼部品である。
【0017】
その第5の手段は、第1~第4のいずれか1の手段に記載の鋼を用いた浸炭された状態の浸炭鋼部品であって、平坦部およびエッジ部を含み、前期平坦部において表面から深さ0.10mmの領域において、セメンタイト分率が3%以下であり、前記エッジ部において表面から深さ0.10mmの領域において、セメンタイト分率が5%以下である浸炭鋼部品である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の鋼を用いて、1000℃以下で真空浸炭した浸炭鋼部品は、平坦部およびエッジ部の浸炭層表面に生じる異常粒成長を抑制し、粒界セメンタイトを平坦部において3%以下、エッジ部において5%以下に抑制しうるものとなっている。また、本発明の鋼を用いた浸炭鋼部品は、500サイクル強度で荷重17kN以上と優れた低サイクル曲げ疲労強度を有する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】エッジ部と平坦部の一例を示した浸炭部品の摸式図である。
図2】(a)低サイクル疲労試験片を示した模式図である。(b)は正面視からの寸法を示す図である。(c)はXで示す切欠きの部分の寸法詳細を示した図である。
図3】エッジ部の断面における硬さ測定位置を説明するための説明図である。
図4】低サイクル疲労試験の方法を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態の説明に先立って、本発明の真空浸炭用肌焼鋼の化学成分及び式A及び式Bについて規定する理由を説明する。なお化学成分の%は質量%である。
【0021】
C:0.15~0.30%、
Cは、素材硬さを上昇させる成分である。Cが0.15%未満であると、浸炭後の芯部硬さが低下し、強度が不足することとなる。他方、Cが過多になると、素材硬さが上昇しすぎて、加工性が低下するだけでなく、焼割れが発生しやすくなる。焼割れが発生すると疲労特性が不足することとなる。この観点から、Cは0.30%以下とする。
【0022】
Si:0.70~1.20%、
Siは浸炭鋼部品のエッジ部の過剰浸炭を抑制する成分である。Siが不足すると上記効果は得られないので、Siは0.70%以上必要となる。他方、Siが過剰であると、芯部に軟質なフェライトが生成し、疲労強度が不足する。そこで、Siは1.20%以下とする。
【0023】
Mn:0.90~3.00%、
Mnは焼入れ性の向上に有用な成分である。そこでMnは0.90%以上とする。他方、Mnが過多になると、熱間加工後の強度が高くなりすぎて、機械加工性が低下する。そこで、Mnは3.00%以下とする。好ましくはMnは1.50%以下である。
【0024】
Cr:0.50~1.50%、
Crは焼入れ性と素材硬さの向上に有用であり、疲労強度を高める成分である。そこで、Crは0.50%以上とする。他方、Crが過多であると、浸炭部品のエッジ部において過剰浸炭が発生しやすくなる。そこで、Crは1.50%以下とする。
【0025】
Nb:0.020~0.100%、
Nbは微細な炭窒化物を生成させ、結晶粒の粗大化を抑制に有用な成分である。Nbが過少であると、微細な炭窒化物に不足し、結晶粒粗大化抑制の効果が小さいものとなるので、疲労強度に不足するものとなりやすい。そこで、Nbは0.020%以上とする。他方、Nbが過多であると、炭窒化物の量が過剰となり、加工性が低下することとなる。そこで、Nbは0.100%以下とする。好ましくはNbは0.080%以下である。
【0026】
Al:0.020~0.050%
Alは脱酸材として有用な成分であり、また微細な窒化物を生成することで結晶粒の粗大化を抑制する成分である。Alが過少であると、微細な窒化物が不足し、結晶粒が粗大化しやすくなるので、疲労特性が不足することとなる。そこでAlは0.020%以上とする。他方、Alが過多であると、アルミナ系酸化物が増加し、疲労特性や加工性が低下することとなる。そこで、Alは0.050%以下とする。
【0027】
N:0.0100~0.0300%、
Nは微細な炭窒化物を生成し結晶粒の粗大化抑制に有用な成分である。Nが過少であると、微細な炭窒化物が不足することとなり、結晶粒が粗大化しやすくなるので、疲労特性が不足しやすくなる。そこで、Nは0.0040%以上とする。Nが過多であると、粗大な炭窒化物が形成されることとなり、疲労特性が不足し、また加工性も低下しやすくなる。そこで、Nは0.0300%以下とする。好ましくはNは0.0250%以下である。
【0028】
残部はFe及び不可避的不純物である。そこで、次に鋼中に不可避的不純物として含有されるP、S、Cuの上限を規定する理由を説明する。
【0029】
P:0.030%以下
Pは不可避的不純物として鋼中に含有されることがあるが、Pが過多であると、粒界偏析により疲労特性が不足する。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0030】
S:0.030%以下
Sは不可避的不純物として鋼中に含有されることがあるが、Sが過多であると、MnSの形成によって疲労強度が不足することとなる。そこで、Sは0.030%以下とする。
【0031】
Cu:0.30%以下
Cuは不可避的不純物として鋼中に含有されることがあるが、Cuが過多であると、熱間加工性が低下する。そこで、Cuは0.30%以下とする。
【0032】
式A:0.12≦3[Al]+4[Nb]≦0.50、
式Aの値は、3[Al]+4[Nb]で求められる。[Al][Nb]には、該当する化学成分の%の値を代入する。式Aは、疲労特性に関わる指標である。
式Aの値が、0.12を下回ると、ピンニング粒子が不足し、結晶粒が粗大化することから、疲労特性が不足することとなる。他方、式Aの値が0.50を超えると、炭窒化物の量が過剰となるので、加工性が低下することとなる。
そこで、式Aは、0.12≦3[Al]+4[Nb]≦0.50とする。好ましくは、式Aは、0.15≦3[Al]+4[Nb]≦0.45である。
【0033】
式B:0.12<[N]/[Al]<0.70、
式Bの値は、[N]/[Al]で求まる。[N][Al]には、該当する化学成分の%の値が代入される。式Bは、疲労特性に関わる指標である。
Nに対するAlの比率が増すことによって、AlNが粗大化することとなると、ピン止め力が低下することとなるので、疲労特性が不足することとなる。他方、Nに対するAlの比率が低くなりすぎると、微細な窒化物が不足することとなって、結晶粒が粗大化することとなるので、疲労特性が不足することとなる。
そこで、式Bは、0.12<[N]/[Al]<0.70とする。
【0034】
次に本発明における選択的付加的に添加しうる成分について規定する理由を説明する。
本発明の鋼成分として、以下に規定する範囲で、NiまたはMoを1種類又は2種を添加することができる。
【0035】
Ni:1.0%以下
Niは素材硬さを上昇させる成分である。過剰に添加するとコストが上昇し、素材硬さの上昇に伴い加工性が低下してしまう。そこで、Niを添加する場合は、1.0%以下とする。
【0036】
Mo:1.0%以下
Moは素材硬さを上昇させる成分である。過剰に添加するとコストが上昇し、素材硬さの上昇に伴い加工性が低下してしまう。そこで、Moを添加する場合は、1.0%以下とする。
【0037】
表面から深さ5.0mmにおける硬度:250~400Hv
浸炭鋼部品の内部の硬度が低すぎると、疲労強度が低いものとなる。他方、浸炭鋼部品の内部の硬度が高すぎても、疲労強度が低くなってしまうこととなる。そこで、浸炭された状態において、鋼表面から深さ5.0mmにおける硬度がビッカース硬さで250~400Hvとする。
【0038】
次いで表面から深さ5.0mmにおける硬度、平坦部およびエッジ部を含む浸炭鋼部品の平坦部において表面から深さ0.10mmにおける硬度、平坦部およびエッジ部を含む浸炭鋼部品の平坦部において表面から深さ0.10mmの領域におけるセメンタイト分率について説明する。
【0039】
平坦部およびエッジ部を含む浸炭鋼部品の平坦部において表面から深さ0.10mmにおける硬度:700Hv以上
平坦部およびエッジ部を含む浸炭鋼部品のエッジ部において表面から深さ0.10mmのビッカース硬さ:640Hv以上
浸炭鋼部品の表面の硬度が低すぎると、疲労強度が得られない。そこで、浸炭層である平坦部の表面から深さ0.10mmの位置、過剰浸炭が生じやすく、粗大炭化物や残留オーステナイトが生成しやすいエッジ部の表面から深さ0.10mmの位置においても硬度が高いことが望ましい。そこで、平坦部の表面から深さ0.10mmにおける硬度は700Hv以上である。また、エッジ部の表面から深さ0.10mmの位置における硬度は600Hv以上であり、より好ましくは640Hv以上である。
【0040】
平坦部およびエッジ部を含む浸炭鋼部品の平坦部において表面から深さ0.10mmの領域におけるセメンタイト分率:3%以下
平坦部およびエッジ部を含む浸炭鋼部品のエッジ部において表面から深さ0.10mmの領域におけるセメンタイト分率:5%以下
浸炭鋼部品の表面にセメンタイトが存在すると、疲労強度が不足し、早期破壊を招く要因となる。そこで、浸炭層である平坦部の表面から深さ0.10mmの位置、過剰浸炭が生じやすく、粗大炭化物が生成しやすいエッジ部の表面から深さ0.10mmの位置においてもセメンタイト分率が低いことが望ましい。そこで、平坦部の表面から深さ0.10mmにおけるセメンタイト分率は3%以下である。より好ましくは2.0%以下であり、さらに好ましくは1.0%以下である。また、エッジ部の表面から深さ0.10mmの位置におけるセメンタイト分率は5%以下であり、より好ましくは4%以下であり、さらに好ましくは3.5%以下である。
【0041】
なお、本発明でいうエッジ部とは、部品における稜線の近傍のことであり、たとえば図1の歯車を例にとると、符号2で示される稜線の部分である。他方、平坦部とは、部品における平面の部位のことであり、図1における符号3で示される部分などである。平坦部では、浸炭ガスが表面の1方向から拡散してくることとなるが、エッジ部では、複数の方向から浸炭ガスが拡散してくることから平坦部よりも浸炭が進みやすい。
【0042】
表1の発明鋼No.1~9及び比較鋼No.1~8に記載の化学成分と残部Fe及び不可避的不純物からなる鋼について、それぞれ100kgを真空誘導溶解炉(VIM)で溶製して鋼塊を得た。その後、1250℃でφ32の丸棒に鍛伸し、925℃で1時間保持してから空冷する焼ならしを実施した。
【0043】
【表1】
【0044】
作製された各試験片について、真空浸炭炉にて、950℃もしくは1000℃で、以下の条件で浸炭処理を実施した後、それらのミクロ組織のセメンタイト分率を評価した。
【0045】
<950℃浸炭>
950℃にて40分間均熱した後、950℃で55分間浸炭処理(アセチレンガス雰囲気で圧力150Pa)をした。その後、950℃で真空(5Pa以下)で100分間拡散処理をした。その後、880℃に40分間保持した後に焼入れし、さらに180℃で1.5時間の焼戻し処理をした。
【0046】
<1000℃浸炭>
1000℃に40分間均熱した後、1000℃で25分間浸炭処理(アセチレンガス雰囲気で圧力150Pa)をした。その後、1000℃で真空(5Pa以下)で65分間拡散処理をした。その後、880℃に40分間保持した後に焼入れし、さらに180℃で1.5時間の焼戻し処理をした。
【0047】
浸炭された試験片(図2)について、ミクロ組織観察(セメンタイト分率、結晶粒観察)、浸炭後硬さ(ビッカース硬さ試験)、低サイクル疲労試験を行なって評価した。結果を表2に示す。
【0048】
【表2】
【0049】
(1)浸炭後硬さ(表面から0.10mm、表面から5.0mm深さ)
試験片の圧延方向と垂直に切断し、切断面を平面研削後、表面から所定の深さの位置、すなわち0.10mm、5.0mmなどの位置で、それぞれJIS Z 2244(2020)に準拠してビッカース硬度計にて測定した(荷重300gf)。エッジ部の硬さは切欠底の稜線上の点6を通り、長手方向と垂直な面5上の頂点6において、測定面を変えて計5か所測定した。
【0050】
(2)ミクロ組織
試験片の中心を通り、圧延方向と平行に切断し、研磨、ピクラール腐食、ピクリン酸腐食を行った。その後、光学顕微鏡を用いて、表面から0.10mm位置までを観察する(観察の視野は平坦部では0.10×10mm、エッジ部では表面から深さ0.10mmまでの範囲を5視野観察した)。
【0051】
異常粒成長の評価としては混粒の有無で確認した。ピクリン酸腐食を行った後、光学顕微鏡を用いて100倍の倍率で任意に10視野を観察した。観察した範囲内で、他の領域に比べ粒度番号で3以上大きく粒成長した領域が20%以上存在する場合には「混粒」であり、異常粒成長が「有」であると判断した。粒度番号の判定は、JIS G 0551(2020)の基準に準じた方法で行った。
【0052】
(3)低サイクル疲労試験
4点曲げ疲労試験は図2の試験片を支点間の距離は80mmで、支点間の中心にノッチが配置されるように疲労試験片をセットした。荷重点間の距離は20mmであり、荷重点の中心が支点間の中心と同じになるようにした(図4参照)。このように支持した疲労試験片により、試験周波数1Hzの正弦波、応力比0.1の片振りで荷重番号を荷重制御で与えた4点曲げ疲労試験を行った。本試験は102 ~104サイクル間で試験片が破断する試験荷重にて実施し、縦軸:試験荷重、横軸:サイクル数としたグラフの試験結果に内挿して求まる500サイクル強度を低サイクル曲げ疲労強度とした。低サイクル曲げ疲労強度を表2に示す。
【0053】
なお、図2の試験片において、切欠部の端点6と試験片の稜線7はエッジ部にあたり、切欠底8と面9は平坦部に該当する。
【0054】
本発明にかかる発明鋼No.1~9の鋼を1000℃以下で真空浸炭した浸炭鋼部品は、表面からの深さ5.0mmのビッカース硬さが250~400Hv、平坦部において表面から深さ0.1mmのビッカース硬さが700Hv以上であり、前記エッジ部において表面から深さ0.10mmのビッカース硬さが640Hv以上を満足しており、平坦部およびエッジ部の浸炭層表面に生じる異常粒成長を抑制し、粒界セメンタイトを平坦部において3%以下、エッジ部において5%以下に抑制しうるものとなっている。また、本発明の鋼を用いた浸炭鋼部品は、500サイクル強度で荷重17kN以上と優れた低サイクル曲げ疲労強度を確保できている。そこで、これら発明鋼を真空浸炭することで、異常粒成長、セメンタイトを抑制し、低サイクル曲げ疲労強度に優れる浸炭鋼部品を得ることができる。
【0055】
比較鋼1は、CrやNbが過少であり、式Aの値が外れている。そこで、異常粒成長が生じやすくなり、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
比較鋼2は、AlやNbが過多であり、式Aの値が外れている。そこで、AlNが粗大化することとなると、ピン止め力が低下し、異常粒成長が生じやすくなり、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
比較鋼3は、Nが過少であり、式Bの値が外れている。そこで、微細な炭窒化物が不足し、異常粒成長が生じやすくなり、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
比較鋼4は、Alが過少であり、式Bの値が外れている。そこで、AlNが不足し、異常粒成長が生じやすくなり、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
比較鋼5は、CやMnが過少であり、内部の硬さが不足しているので、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
比較例6は、CやSiが過多で、内部が硬くなりすぎているので、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
比較例7は、Crが過多でSiが過少であり、平坦部とエッジ部においてセメンタイトの析出が過多となっているほか、エッジ部硬さが不足しているので、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
比較例8は、CやCrが過多でSiが過少であり、平坦部とエッジ部においてセメンタイトの析出が過多となっているほか、エッジ部硬さが不足しているので、低サイクル曲げ疲労強度が低下している。
【符号の説明】
【0056】
1 歯車の歯
2 エッジ部
3 平坦部
4 切欠底断面
5 頂点
6 硬さ測定位置
7 荷重方向
8 試験片
X 切欠
図1
図2
図3
図4