(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024079998
(43)【公開日】2024-06-13
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィド樹脂成形品及び複合構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 7/00 20060101AFI20240606BHJP
【FI】
C08J7/00 Z CEZ
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022192793
(22)【出願日】2022-12-01
(71)【出願人】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【弁理士】
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【弁理士】
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100214673
【弁理士】
【氏名又は名称】菅谷 英史
(74)【代理人】
【識別番号】100186646
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】池田 まい
(72)【発明者】
【氏名】茨木 拓
(72)【発明者】
【氏名】古沢 高志
【テーマコード(参考)】
4F073
【Fターム(参考)】
4F073AA01
4F073BA32
4F073BB02
4F073EA11
4F073GA01
4F073HA04
4F073HA09
(57)【要約】
【課題】環境負荷が小さく、かつ、簡便な方法で、表面の反応性を向上させたポリアリーレンスルフィド(PAS)樹脂成形品の製造方法を提供すること。
【解決手段】PAS樹脂を含むPAS樹脂組成物を溶融成形して成形品を得る工程(1)、及び、前記成形品をアニール処理する工程(2)を有するPAS樹脂成形品の製造方法であって、前記工程(1)における成形品がPAS樹脂の非晶部を含むものであること、前記工程(2)が成形品をPAS樹脂のガラス転移温度-30℃以上の水溶液に接触させるものであること、を特徴とするPAS樹脂成形品の製造方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂を含むポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融成形して成形品を得る工程(1)、及び、
前記成形品をアニール処理する工程(2)を有するポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法であって、
前記工程(1)における成形品がポリアリーレンスルフィド樹脂の非晶部を含むものであること、
前記工程(2)が成形品をポリアリーレンスルフィド樹脂のガラス転移温度-30℃以上の水溶液に接触させるものであること、を特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法。
【請求項2】
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂に含まれる末端カルボキシ基量が10~180μmol/gの範囲である、請求項1記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法。
【請求項3】
前記工程(2)で接触させる水溶液が、酸を含むものである、請求項1又は2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法。
【請求項4】
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物が、反応性官能基を有する物質を含む、請求項1又は2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法。
【請求項5】
得られる成形品の、流動電位法によりpH7.8~8.2の条件下で測定したゼータ電位が-70~-50mVの範囲である、請求項1又は2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2記載の製造方法で得られたポリアリーレンスルフィド樹脂成形品と、熱可塑性樹脂組成物からなる樹脂部材とを接合する工程を有する、複合構造体の製造方法。
【請求項7】
請求項1又は2記載の製造方法で得られたポリアリーレンスルフィド樹脂成形品と、熱硬化性樹脂組成物からなる樹脂部材とを接合する工程を有する、複合構造体の製造方法であって、
前記熱硬化性樹脂が、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、及び、フェノール樹脂からなる群から少なくとも1種の樹脂を含む、複合構造体の製造方法。
【請求項8】
請求項1又は2記載の製造方法で得られたポリアリーレンスルフィド樹脂成形品と、金属部材とを接合する工程を有する、複合構造体の製造方法。
【請求項9】
請求項1又は2記載の製造方法で得られたポリアリーレンスルフィド樹脂成形品を接合部材として用いる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂成形品及び複合構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド樹脂(以下、これを「PPS樹脂」と略記する。)に代表されるポリアリーレンスルフィド樹脂(以下、これを「PAS樹脂」と略記する。)は、成形品表面の結晶性に由来して、耐薬品性等に優れ、電気電子部品、自動車部品、給湯機部品、繊維、フィルム用途等に幅広く利用されている。
【0003】
一方、PAS樹脂は優れた耐薬品性に起因して他の材料との親和性が低く、また、基本骨格中に反応性官能基を有さないことから、他の材料と接合した際に化学的な相互作用に起因する接合強度に課題があった。そのため、接合前の成形品の表面をあらかじめ親水化処理することがあり、その方法がいくつか開示されている。
【0004】
例えば、PPS樹脂中に光触媒を配合し長波長の紫外線を照射することで、極性官能基を樹脂表面に生成することが開示されている(特許文献1等)。しかしながら、成形品表面に光触媒が残存すると、紫外線による樹脂分解を促進するため、耐久性に劣る可能性がある。また、硫酸濃度が60~90重量%の電気分解した溶液でPPS樹脂の表面を処理することで、親水性の官能基が表面に露出することが開示されている(特許文献2等)。しかしながら、特定の装置を必要とすることや、排水にかかる環境への負荷を考慮する必要があり実用的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10-168397号公報
【特許文献2】特開2019-81927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで本発明が解決しようとする課題は、環境負荷が小さく、かつ、簡便な方法で、表面の反応性を向上させたPAS樹脂成形品の製造方法を提供することにある。また、当該成形品を用いた複合成形品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは種々の検討を行った結果、PAS樹脂組成物を溶融成形してなる非晶部を含む成形品を、PAS樹脂のガラス転移温度以上の水溶液に接触させることで、PAS樹脂成形品の表面の反応性の向上が可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、PAS樹脂を含むPAS樹脂組成物を溶融成形して成形品を得る工程(1)、及び、前記成形品をアニール処理する工程(2)を有するPAS樹脂成形品の製造方法であって、前記工程(1)における成形品がPAS樹脂の非晶部を含むものであること、前記工程(2)が成形品をPAS樹脂のガラス転移温度-30℃以上の水溶液に接触させるものであること、を特徴とするPAS樹脂成形品の製造方法に関する。
【0009】
また、本発明は、前記記載の製造方法で得られたPAS樹脂成形品と、熱可塑性樹脂組成物からなる樹脂部材を接合してなる複合構造体の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、環境負荷が小さく、かつ、簡便な方法で、表面の反応性を向上させたPAS樹脂成形品の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明するが、本発明の範囲はここで説明する一実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更ができる。また、特定のパラメータについて、複数の上限値及び下限値が記載されている場合、これらの上限値及び下限値の内、任意の上限値と下限値とを組合せて好適な数値範囲とすることができる。
【0012】
<PAS樹脂成形品の製造方法>
本発明のPAS樹脂成形品の製造方法は、PAS樹脂を含むPAS樹脂組成物を溶融成形して成形品を得る工程(1)、及び、前記成形品をアニール処理する工程(2)を有することを特徴とする。以下詳述する。
【0013】
<工程(1)>
本発明の製造方法は、PAS樹脂を含むPAS樹脂組成物を溶融成形して成形品を得る工程(1)を有する。本発明に用いるPAS樹脂組成物は、必須成分としてPAS樹脂を配合してなる。
【0014】
PAS樹脂は、芳香族環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする樹脂構造を有するものであり、具体的には、下記一般式(1)
【0015】
【化1】
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して水素原子、炭素原子数1~4の範囲のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基、メトキシ基、エトキシ基を表す。)で表される構造部位と、必要に応じてさらに下記一般式(2)
【0016】
【化2】
で表される3官能性の構造部位と、を繰り返し単位とする樹脂である。式(2)で表される3官能性の構造部位は、他の構造部位との合計モル数に対して0.001~3モル%の範囲が好ましく、特に0.01~1モル%の範囲であることが好ましい。
【0017】
ここで、前記一般式(1)で表される構造部位は、特に該式中のR1及びR2は、前記PAS樹脂の機械的強度の点から水素原子であることが好ましく、その場合、下記式(3)で表されるパラ位で結合するもの、及び下記式(4)で表されるメタ位で結合するものが挙げられる。
【0018】
【化3】
これらの中でも、特に繰り返し単位中の芳香族環に対する硫黄原子の結合は前記一般式(3)で表されるパラ位で結合した構造であることが前記PAS樹脂の耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0019】
また、前記PAS樹脂は、前記一般式(1)や(2)で表される構造部位のみならず、下記の構造式(5)~(8)
【0020】
【化4】
で表される構造部位を、前記一般式(1)と一般式(2)で表される構造部位との合計の30モル%以下で含んでいてもよい。特に本発明では上記一般式(5)~(8)で表される構造部位は10モル%以下であることが、PAS樹脂の耐熱性、機械的強度の点から好ましい。前記PAS樹脂中に、上記一般式(5)~(8)で表される構造部位を含む場合、それらの結合様式としては、ランダム共重合体、ブロック共重合体の何れであってもよい。
【0021】
また、前記PAS樹脂は、その分子構造中に、ナフチルスルフィド結合などを有していてもよいが、他の構造部位との合計モル数に対して、3モル%以下が好ましく、特に1モル%以下であることが好ましい。
【0022】
また、PAS樹脂の物性は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されないが、以下の通りである。
【0023】
(溶融粘度)
本発明に用いるPAS樹脂の溶融粘度は特に限定されないが、流動性及び機械的強度のバランスが良好となることから、300℃で測定した溶融粘度(V6)が、好ましくは1Pa・s以上の範囲であり、そして、好ましくは1000Pa・s以下の範囲、より好ましくは500Pa・s以下の範囲であり、さらに好ましくは200Pa・s以下の範囲である。ただし、溶融粘度(V6)の測定は、PAS樹脂を島津製作所製フローテスター、CFT-500Dを用いて行い、300℃、荷重:1.96×106Pa、L/D=10(mm)/1(mm)にて、6分間保持した後に測定した溶融粘度の測定値とする。
【0024】
(非ニュートン指数)
本発明に用いるPAS樹脂の非ニュートン指数は特に限定されないが、0.90以上から2.00以下の範囲以下の範囲であることが好ましい。ただし、本発明において非ニュートン指数(N値)は、キャピログラフを用いて融点+20℃、オリフィス長(L)とオリフィス径(D)の比、L/D=40の条件下で、剪断速度(SR)及び剪断応力(SS)を測定し、下記式を用いて算出した値である。非ニュートン指数(N値)が1に近いほど線状に近い構造であり、非ニュートン指数(N値)が高いほど分岐が進んだ構造であることを示す。
【0025】
【数1】
[ただし、SRは剪断速度(秒
-1)、SSは剪断応力(ダイン/cm
2)、そしてKは定数を示す。]
【0026】
(末端カルボキシ基量)
本発明に用いるPAS樹脂の末端カルボキシ基量は特に限定されないが、好ましくは10μmol/g以上の範囲であり、より好ましくは20μmol/g以上の範囲であり、そして、好ましくは180μmol/g以下の範囲、より好ましくは160μmol/g以下の範囲である。かかる範囲において、成形品の表面反応性に優れるため好ましい。ただし、本発明においてPAS樹脂の末端カルボキシ基量は、実施例に記載の方法で、測定した値である。
【0027】
(製造方法)
PAS樹脂の製造方法としては特に限定されないが、例えば(製造法1)硫黄と炭酸ソーダの存在下でジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法2)極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下にジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法3)p-クロルチオフェノールを、必要ならばその他の共重合成分を加えて、自己縮合させる方法、(製造法4)ジヨード芳香族化合物と単体硫黄を、カルボキシ基やアミノ基等の官能基を有していてもよい重合禁止剤の存在下、減圧させながら溶融重合させる方法、等が挙げられる。これらの方法のなかでも、(製造法2)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩や、水酸化アルカリを添加しても良い。上記(製造法2)方法のなかでも、加熱した極性有機溶媒とジハロゲノ芳香族化合物とを含む混合物に含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、極性有機溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを、必要に応じてポリハロゲノ芳香族化合物と加え、反応させること、及び反応系内の水分量を該極性有機溶媒1モルに対して0.02~0.5モルの範囲にコントロールすることによりPAS樹脂を製造する方法(特開平07-228699号公報参照。)や、固形のアルカリ金属硫化物及び非プロトン性極性有機溶媒の存在下でジハロゲノ芳香族化合物と必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加え、アルカリ金属水硫化物及び有機酸アルカリ金属塩を、硫黄源1モルに対して0.01~0.9モルの範囲の有機酸アルカリ金属塩及び反応系内の水分量を非プロトン性極性有機溶媒1モルに対して0.02モル以下の範囲にコントロールしながら反応させる方法(WO2010/058713号パンフレット参照。)で得られるものが特に好ましい。ジハロゲノ芳香族化合物の具体的な例としては、p-ジハロベンゼン、m-ジハロベンゼン、o-ジハロベンゼン、2,5-ジハロトルエン、1,4-ジハロナフタレン、1-メトキシ-2,5-ジハロベンゼン、4,4’-ジハロビフェニル、3,5-ジハロ安息香酸、2,4-ジハロ安息香酸、2,5-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロアニソール、p,p’-ジハロジフェニルエーテル、4,4’-ジハロベンゾフェノン、4,4’-ジハロジフェニルスルホン、4,4’-ジハロジフェニルスルホキシド、4,4’-ジハロジフェニルスルフィド、及び、上記各化合物の芳香環に炭素原子数1~18の範囲のアルキル基を有する化合物が挙げられ、ポリハロゲノ芳香族化合物としては1,2,3-トリハロベンゼン、1,2,4-トリハロベンゼン、1,3,5-トリハロベンゼン、1,2,3,5-テトラハロベンゼン、1,2,4,5-テトラハロベンゼン、1,4,6-トリハロナフタレンなどが挙げられる。また、上記各化合物中に含まれるハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子であることが望ましい。
【0028】
重合工程により得られたPAS樹脂を含む反応混合物の後処理方法としては、特に制限されるものではないが、例えば、(後処理1)重合反応終了後、先ず反応混合物をそのまま、あるいは酸又は塩基を加えた後、減圧下又は常圧下で溶媒を留去し、次いで溶媒留去後の固形物を水、反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回又は2回以上洗浄し、更に中和、水洗、濾過及び乾燥する方法、或いは、(後処理2)重合反応終了後、反応混合物に水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類、エーテル類、ハロゲン化炭化水素、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素などの溶媒(使用した重合溶媒に可溶であり、かつ少なくともPAS樹脂に対しては貧溶媒である溶媒)を沈降剤として添加して、PAS樹脂や無機塩等の固体状生成物を沈降させ、これらを濾別、水洗、乾燥する方法、或いは、(後処理3)重合反応終了後、反応混合物に反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)を加えて撹拌した後、濾過して低分子量重合体を除いた後、水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回又は2回以上洗浄し、その後中和、水洗、濾過及び乾燥をする方法、(後処理4)重合反応終了後、反応混合物に水を加えて水洗浄、濾過、必要に応じて水洗浄の時に酸又は塩基を加えて処理し、乾燥をする方法、(後処理5)重合反応終了後、反応混合物を濾過し、必要に応じ、反応溶媒で1回又は2回以上洗浄し、更に水洗浄、濾過及び乾燥する方法、等が挙げられる。いずれの後処理方法においても、水洗工程の際に酸や塩基を添加してpH調整をすることによって、PAS樹脂の反応性や結晶化速度、ナトリウム含有量、ゼータ電位等を制御することができ、熱水洗工程後のpHが6.5~11.5の範囲、より好ましくは6.5~8.5の範囲となるように制御することができる。
【0029】
なお、上記(後処理1)~(後処理5)に例示したような後処理方法において、PAS樹脂の乾燥は真空中で行なってもよいし、空気中あるいは窒素のような不活性ガス雰囲気中で行なってもよい。
【0030】
本発明に用いるPAS樹脂組成物は、PAS樹脂以外の他の成分を必要に応じて任意成分として配合することができる。任意成分が反応性官能基を有するものである場合、アニール処理を経た後のPAS樹脂成形品はより反応性官能基を含有するものであることから、優れた接合強度を呈する。
【0031】
本発明に用いるPAS樹脂組成物は、必要に応じて、エラストマーを任意成分として配合することができる。前記エラストマーを含むことによって、PAS樹脂成形品の靭性や耐冷熱衝撃性をより高めることができる。同様の観点から、前記エラストマーとして熱可塑性エラストマーを用いることが好ましい。前記熱可塑性エラストマーとしては、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、熱可塑性エラストマーとしては、例えば、ポリオレフィン系エラストマー、フッ素系エラストマー及びシリコーン系エラストマー等が挙げられる。
【0032】
前記エラストマーを配合する場合、例えば、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシル基及びカルボキシル基からなる群より選ばれる少なくとも一種の基と反応し得る官能基をものが挙げられる。係る官能基としては、エポキシ基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、メルカプト基、イソシアネート基、オキサゾリン基、及び、式:R(CO)O(CO)-又はR(CO)O-(式中、Rは炭素原子数1~8のアルキル基を表す。)で表される基が挙げられる。係る官能基を有する熱可塑性エラストマーは、例えば、α-オレフィンと前記官能基を有するビニル重合性化合物との共重合により得ることができる。α-オレフィンは、例えば、エチレン、プロピレン及びブテン-1等の炭素数2~8のα-オレフィン類が挙げられる。前記官能基を有するビニル重合性化合物としては、例えば、(メタ)アクリル酸及び(メタ)アクリル酸エステル等のα,β-不飽和カルボン酸及びそのアルキルエステル、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸及びその他の炭素数4~10のα、β-不飽和ジカルボン酸及びその誘導体(モノ若しくはジエステル、及びその酸無水物等)、並びにグリシジル(メタ)アクリレート等が挙げられる。これらの中でも、エポキシ基、カルボキシル基、及び、式:R(CO)O(CO)-又はR(CO)O-(式中、Rは炭素原子数1~8のアルキル基を表す。)で表される基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するエチレン-プロピレン共重合体及びエチレン-ブテン共重合体が、靭性及び耐衝撃性の向上の点から好ましい。本発明において、エラストマーは任意成分であるが、配合する際の割合は特に限定されず、例えば、PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上、さらに好ましくは1質量部以上から、好ましくは30質量部以下、より好ましくは20質量部以下、さらに好ましくは15質量部以下である。
【0033】
本発明に用いるPAS樹脂組成物は、必要に応じて、シランカップリング剤を任意成分として配合することができる。シランカップリング剤としては、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、カルボキシ基と反応する官能基、例えば、エポキシ基、イソシアナト基、アミノ基又は水酸基を有するシランカップリング剤が好ましいものとして挙げられる。このようなシランカップリング剤としては、例えば、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等のエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ-イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリクロロシラン等のイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基含有アルコキシシラン化合物、γ-ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-ヒドロキシプロピルトリエトキシシラン等の水酸基含有アルコキシシラン化合物が挙げられる。本発明においてシランカップリング剤は必須成分ではないが、配合する場合、その配合量は、本発明の効果を損ねなければその添加量は特に限定されないが、PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上から、好ましくは10質量部以下、より好ましくは5質量部以下までの範囲である。かかる範囲において、樹脂組成物が良好な成形性、特に離型性を有し、かつ成形品の機械的強度が向上するため好ましい。
【0034】
本発明に用いるPAS樹脂組成物は、必要に応じて、充填剤を任意成分として配合することができる。これら充填剤としては本発明の効果を損なうものでなければ公知慣用の材料を用いることもでき、例えば、繊維状のものや、粒状や板状などの非繊維状のものなど、さまざまな形状の無機充填剤等が挙げられる。具体的には、ガラス繊維、炭素繊維、シランガラス繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、金属繊維、チタン酸カリウム、炭化珪素、珪酸カルシウム、ワラストナイト等の繊維、天然繊維等の繊維状充填剤が使用でき、またガラスビーズ、ガラスフレーク、硫酸バリウム、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、セリサイト、マイカ、タルク、アタパルジャイト、フェライト、珪酸カルシウム、炭酸カルシウム、ガラスビーズ、ゼオライト、ミルドファイバー、硫酸カルシウム等の非繊維状充填剤も使用できる。無機充填剤を表面処理する表面処理剤としては、具体的には、エポキシ系化合物、イソシアネート系化合物、シラン系化合物、チタネート系化合物、ボラン処理、セラミックコート等があげられる。なかでも、エポキシ系化合物またはシラン系化合物が好ましい。充填剤の配合量としては、例えば、PAS樹脂100質量部に対して、5質量部以上であることが好ましく、10量部以上であることがより好ましく、20質量部以上であることがさらに好ましい。一方、より優れた樹脂組成物の流動性や加工性、成形品表面の平滑性を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して350質量部以下であることがより好ましく、300質量部以下であることがさらに好ましく、250質量部以下であることが特に好ましい。
【0035】
本発明に用いるPAS樹脂組成物は、上記成分に加えて、さらに用途に応じて、適宜、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアリーレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ四フッ化エチレン樹脂、ポリ二フッ化エチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマー等の合成樹脂(以下、単に合成樹脂という)を任意成分として配合することができる。本発明において前記合成樹脂は必須成分ではないが、配合する場合、その配合の割合は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではなく、また、それぞれの目的に応じて異なり、一概に規定することはできないが、本発明に係る樹脂組成物中に配合する合成樹脂の割合として、例えばPAS樹脂100質量部に対し5質量部以上の範囲であり、15質量部以下の範囲の程度が挙げられる。換言すれば、PAS樹脂と合成樹脂との合計に対してPAS樹脂の割合は質量基準で、好ましくは(100/115)以上の範囲であり、より好ましくは(100/105)以上の範囲である。
【0036】
また本発明に用いるPAS樹脂組成物は、その他にも着色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤、及び離型剤(ステアリン酸やモンタン酸を含む炭素原子数18~30の脂肪酸の金属塩やエステル、ポリエチレン等のポリオレフィン系ワックスなど)等の公知慣用の添加剤を必要に応じ、任意成分として配合してもよい。これらの添加剤は必須成分ではなく、例えば、PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上の範囲であり、そして、好ましくは1000質量部以下、より好ましくは100質量部以下、さらに好ましくは10質量部以下の範囲で、本発明の効果を損なわないよう目的や用途に応じて適宜調整して用いればよい。
【0037】
本発明に用いるPAS樹脂組成物の製造方法は特に限定されないが、PAS樹脂と必要に応じて任意成分を配合して、溶融混錬する方法、より詳しくは、必要に応じてタンブラーまたはヘンシェルミキサー等で均一に乾式混合し、次いで、二軸押出機に投入して溶融混練する方法が挙げられる
【0038】
溶融混錬は、樹脂温度がPAS樹脂の融点以上となる温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは該融点+10℃以上、さらに好ましくは該融点+20℃以上から、好ましくは該融点+100℃以下、より好ましくは該融点+50℃以下までの範囲の温度に加熱して行うことができる。
【0039】
前記溶融混練機としては分散性や生産性の観点から二軸混練押出機が好ましく、例えば、樹脂成分の吐出量5~500(kg/hr)の範囲と、スクリュー回転数50~500(rpm)の範囲とを適宜調整しながら溶融混練することが好ましく、それらの比率(吐出量/スクリュー回転数)が0.02~5(kg/hr/rpm)の範囲となる条件下に溶融混練することがさらに好ましい。また、溶融混練機への各成分の添加、混合は同時に行ってもよいし、分割して行っても良い。例えば、必要に応じて他の繊維状充填剤を添加する場合は、前記二軸混練押出機のサイドフィーダーから該押出機内に投入することが分散性の観点から好ましい。かかるサイドフィーダーの位置は、前記二軸混練押出機のスクリュー全長に対する、該押出機樹脂投入部(トップフィーダー)から該サイドフィーダーまでの距離の比率が、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましい。また、かかる比率は0.9以下であることが好ましく、0.7以下であることがより好ましい。
【0040】
樹脂組成物は、該溶融混練後に、公知の方法、例えば、溶融状態の樹脂組成物をストランド状に押出成形した後、ペレット、チップ、顆粒、粉末などの形態に加工してから、必要に応じて予備乾燥を施すことが好ましい。
【0041】
本工程におけるPAS樹脂組成物の溶融成形は、公知の方法であれば特に限定されない。例えば、射出成形、圧縮成形、コンポジット、シート、パイプなどの押出成形、引抜成形、ブロー成形、トランスファー成形等、各種成形に供することが可能である。射出成形にて成形する場合、各種成形条件は特に限定されず、通常一般的な方法にて成形することができる。例えば、射出成形機内で、樹脂温度がPAS樹脂の融点以上の温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上の温度範囲、より好ましくは融点+10℃~融点+100℃の温度範囲、さらに好ましくは融点+20℃~融点+50℃の温度範囲で前記PAS樹脂組成物を溶融する工程を経た後、樹脂吐出口よりを金型内に注入して成形すればよい。その際、金型温度も公知の温度範囲、例えば、室温(23℃程度)~300℃、好ましくは150℃以下に設定すればよい。金型温度が低いほど樹脂が急冷するため成形品中の非晶部の割合が大きくなるが、低すぎると成形中に樹脂の流動性変化が大きく、また、固化速度が大きくなって成形不良が生じやすくなるため、成形品の形状によって適切な範囲に調整するのがよい。
【0042】
本工程でPAS樹脂組成物を溶融成形して得た成形品はPAS樹脂の非晶部を含む。本発明における非晶部を含む成形品とは、表面/及び内部において非晶性を示すPAS樹脂が含まれた成形品のことを示す。ここで、非晶部とは、PAS樹脂が非晶状態で固化した部位を示す。含まれる非晶部の割合については特に限定されないが、好ましくは70質量%以上であり、より好ましくは80質量%以上であり、さらに好ましくは90質量%以上である。非晶部の割合の確認は、示差走査熱量計やFT-IR測定によって行うことができる。例えば、FT-IR測定を用いる場合、非晶部に由来する波長1074cm-1のピーク強度と結晶部に由来する波長1093cm-1のピーク強度を用いて評価することができ、(1074cm-1のピーク強度)/(1093cm-1のピーク強度)の値が大きいほど非晶部の割合が大きいことを示す。
【0043】
<工程(2)>
工程(2)は、工程(1)で得た成形品をアニール処理する工程であり、成形品をPAS樹脂のガラス転移温度-30℃以上の水溶液に接触させるものである。なお、ここでいうガラス転移温度-30℃以上とは、ガラス転移温度よりも30℃低い温度よりも、高い温度であることを示す。すなわち、例えば、樹脂のガラス転移点が90℃の場合、60℃以上の温度で水溶液に接触させればよい。
【0044】
本発明で成形品に接触させる水溶液は、水を含む溶液であれば特に限定されず公知のものを用いることができ、水のみでも用いることができる。水と混合する溶媒としては、例えば、アルコール系溶媒およびケトン系溶媒が好ましい。水溶液における水の割合は、80質量部以上が好ましく、90質量部以上がより好ましい。
【0045】
また、前記水溶液は、酸を含むものであると、PAS樹脂や樹脂組成物が有する反応性官能基のプロトン化を促進でき、反応性に優れるため好ましい。ここで用いられる酸は、例えば、塩酸、硫酸、炭酸、酢酸、シュウ酸、クエン酸等が挙げられ、これらの中でも酢酸、シュウ酸等が好ましい。本工程における酸の添加量は、特に限定されないが、例えば、水溶液のpHが好ましくは5.0以下、より好ましくは3.0以下になるように添加量を調整できる。
【0046】
成形品を水溶液に接触させる際の温度はPAS樹脂のガラス転移温度-30℃以上であれば特に限定されないが、ガラス転移温度-20℃以上が好ましく、ガラス転移温度以上がより好ましい。また、作業性や電力コストの観点から、150℃以下がより好ましく、135℃以下がさらに好ましい。かかる範囲において、PAS樹脂成形品の結晶化に係る電力コストと処理時間のバランスに優れる。
【0047】
成形品を水溶液に接触させる時間については特に限定されないが、1時間以上が好ましく、5時間以下がより好ましく、また、10時間以下が好ましく、5時間以下がより好ましい。かかる範囲において、PAS樹脂成形品の結晶化に係る電力コストと処理時間のバランスに優れる。
【0048】
水溶液に接触させてアニール処理した後の成形品は、水溶液を除去してから用いることが好ましい。本発明において、成形品から水溶液を除去する方法については特に限定されず、公知の方法や機器を用いることができる。例えば、風乾や、加熱式乾燥機、熱風乾燥機、真空乾燥機、マイクロ波乾燥機等を用いる方法が挙げられる。その際の温度は特に限定されないが、電力コストの低減及び表面反応性の維持の観点から、PAS樹脂のガラス転移温度以下の温度範囲が好ましく、ガラス転移温度-30℃以下がより好ましい。また、本工程は空気中で行ってもよく、窒素ガス等の不活性ガス中で行ってもよい。
【0049】
なお、本工程におけるアニール処理とは、成形品に含まれるPAS樹脂を十分に結晶化する処理をいう。ここで、十分に結晶化とは、例えば、DSC測定において、実施例に記載の方法で成形品を室温からPAS樹脂の融点まで加熱する過程で、結晶化に由来するピークが観察されないことで確認できる。ピークが確認できない場合のPAS樹脂の結晶化度は、樹脂の構造に依存し、特に限定されないが、一般的には40質量%~60質量%である。かかる範囲において、成形品は良好な機械的性質や耐薬品性等を呈することができる。
【0050】
上記記載の工程(1)及び工程(2)を経たPAS樹脂成形品は、反応性を有する官能基が露出して表面に存在するため、成形品表面の反応性に優れる。反応性を有する官能基は、樹脂成形品に必須成分として配合されるPAS樹脂末端に存在する反応性官能基(例えば、酸素原子又は窒素原子を含む官能基)や、任意成分として配合されている材料に含まれる反応性官能基が挙げられ、具体的には、水酸基やカルボキシ基、アミノ基、チオール基等が挙げられる。これらの官能基が表面に露出していることは、例えば、X線光電子分光(XPS)測定によって評価することができ、具体的には、実施例に記載の方法に従い、成形品表面の官能基濃度の測定を行うことで評価できる。なお、本発明における表面とは、接合の際に部材界面において化学的な相互作用が奏する範囲を示す。
【0051】
また、上記記載の工程(1)及び工程(2)を経たPAS樹脂成形品は、流動電位法によりpH7.8~8.2の条件下で測定したゼータ電位が-70~-50mVの範囲であり、好ましくは-60~-50mVの範囲である。かかる範囲において、成形品を構成するPAS樹脂の分子末端に存在する反応性官能基の量が多い傾向を示すため、成形品は反応性に優れる。なお、成形品のゼータ電位は、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0052】
このような効果が得られる理由は必ずしも明らかではないが、以下のメカニズムによるものと推測される。すなわち、非晶部を含むPAS樹脂成形品をPAS樹脂のガラス転移温度-30℃以上の水溶液に接触させると、PAS樹脂が流動性を有し、非晶部において分子鎖の再配列が起こる。この際に、PAS樹脂末端等に存在するカルボキシ基などの、成形品に含まれる親水性官能基が、成形品と水溶液の界面に露出しやすくなる。これらの親水性官能基はPAS樹脂の主鎖よりも反応性が高いため、反応性官能基として他の材料との接合強度に寄与すると考えられる。また、成形品の最表面は分子の配列状態がバルクと異なるため、ガラス転移点-30℃であっても、流動性を有すると考えられる。なお、上記メカニズムはあくまで推測のものであり、他の理由により本発明の効果が奏される場合であっても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0053】
<複合構造体の製造方法>
そして、本発明の他の実施形態の一つとしては、前記記載の製造方法で得られたPAS樹脂成形品と、他の部材とを接合してなる複合構造体の製造方法に係るものである。本発明で用いることのできる他の部材としては、熱可塑性樹脂組成物からなる樹脂部材や熱硬化性樹脂組成物からなる樹脂部材、金属部材等が挙げられる。以下、本開示の成形品と接合する金属部材及び樹脂部材並びにそれらを形成する金属及び樹脂を、「相手材」と総称することがある。
【0054】
本発明に用いる熱可塑性樹脂組成物からなる樹脂部材に用いる熱可塑性樹脂は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されず、公知の熱可塑性樹脂を用いることができる。例えば、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ四フッ化エチレン樹脂、ポリ二フッ化エチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマー等が挙げられ、これらは単独でも複数用いても良い。また、任意成分として、上記記載の熱可塑性エラストマー、シランカップリング剤、充填剤、添加剤等を配合することができる。
【0055】
本実施形態に適用できる熱硬化性樹脂組成物からなる樹脂部材に用いる熱硬化性樹脂は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されず、公知の熱硬化性樹脂を用いることができる。例えば、ビスフェノール型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、ポリアリーレンエーテル構造を有するエポキシ樹脂、繰り返し単位中に脂環式構造と芳香族構造とを有するエポキシ樹脂等のエポキシ樹脂;縮合型シリコーン樹脂、付加型シリコーン樹脂等のシリコーン樹脂;ノボラック型フェノール樹脂、ビスフェノール型フェノール樹脂等のフェノール樹脂等が挙げられ、これらは単独でも複数用いても良い。また、任意成分として、上記記載の充填剤、硬化剤(例えば、アミン型硬化剤、フェノール樹脂型硬化剤、酸無水物型硬化剤、潜在性硬化剤等)、硬化促進剤(例えば、リン系化合物、第3級アミン、イミダゾール、有機酸金属塩、ルイス酸、アミン錯塩等)、各種添加剤等を配合することができる。
【0056】
熱硬化性樹脂組成物は、PAS樹脂成形品と接触させてから硬化反応させて接合することもできるし、あらかじめ硬化反応させたものを用いて接合することもできる。本発明において熱硬化性樹脂を硬化させるための硬化剤としては、一般に熱硬化性樹脂の硬化剤として用いられるものであれば特に制限されるものではないが、例えば、アミン型硬化剤、フェノール樹脂型硬化剤、酸無水物型硬化剤、潜在性硬化剤等が挙げられる。これらの硬化剤は、単独で用いることも2種以上併用することもできる。また、本発明の効果を損なわない範囲において、硬化促進剤を適宜併用して用いることも可能である。
【0057】
本発明に用いる金属部材は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されず、公知の金属部材を用いることができる。例えば、アルミニウム、銅、ステンレス、マグネシウム、鉄、チタンまたはそれらを含有する合金が挙げられる。より具体的には、鉄や、例えば、ステンレス、鋼材など、鉄を主成分、すなわち20質量%以上、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは80質量%の割合とし、他に炭素、ケイ素、マンガン、クロム、タングステン、モリブデン、ホスホル、チタン、バナジウム、ニッケル、ジルコニウム、ボロン等を含む合金(以下、鉄合金)や、アルミニウムや、アルミニウムを主成分として、他に銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、ニッケルを含む合金(以下、アルミニウム合金)や、マグネシウムや、マグネシウムを主成分として、他に亜鉛、アルミニウム、ジルコニウムなどを含む合金(以下、マグネシウム合金)や、銅や、銅を主成分として、他に亜鉛、スズ、リン、ニッケル、マグネシウム、ケイ素、クロムを含む合金(以下、銅合金)や、チタンや、チタンを主成分として、他に銅、マンガン、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、ニッケルを含む合金(以下、チタン合金)が挙げられる。これらのうち、より好ましくは鉄、鉄合金、アルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金が挙げられ、さらに好ましくは鉄合金、アルミニウム合金、マグネシウム合金が挙げられる。金属部材の形状は特に限定されず、プレス等による塑性加工、打ち抜き加工、切削、研磨、放電加工等の除肉加工によって、例えば平板状、曲板状、棒状、筒状、塊状等に加工されたものが挙げられる。その他、金属箔のようなフィルム状物であってもよい。
【0058】
また、前記金属部材は表面を粗化処理したものでもよい。表面粗化の方法としては公知のものを用いることができ、例えば、(1)侵食性水溶液または侵食性懸濁液による浸漬法、(2)陽極酸化法、(3)ブラスト加工やレーザー加工による機械的切削、が挙げられる。これらのうち、(1)侵食性水溶液または侵食性懸濁液による浸漬法か(2)陽極酸化法が金属部材の表面粗化の方法として特に好ましい。前記金属部材を表面処理する場合は、上述した微細凹凸面を形成する前に、上記金属部材を切断、プレスなどによる塑性加工、打ち抜き加工、切削、研削、放電加工などの除肉加工によって所定の形状に加工することが好ましい。
【0059】
なお、金属の表面処理がなされた金属部材の表面にはプライマー層を形成させてもよい。プライマー層を構成する材料は特に限定されないが、通常は樹脂成分を含むプライマー樹脂材料からなる。プライマー樹脂材料は特に限定されず、公知のものを用いることができる。具体的には、公知のポリオレフィン系プライマー、エポキシ系プライマー、ウレタン系プライマーなどを挙げることができる。プライマー層の形成方法は特に限定されないが、例えば、上記のプライマー樹脂材料の溶液や、上記のプライマー樹脂材料のエマルションを、上記表面処理を行った金属部材に塗工して形成することができる。溶液とする際に用いる溶媒としては、トルエン、メチルエチルケトン(MEK)、ジメチルフォスフォルアミド(DMF)などが挙げられる。エマルション用の媒体としては、脂肪族炭化水素媒体や、水などが挙げられる。
【0060】
本開示の樹脂成形品と相手材との接合方法は、本発明の効果を損ねない限り特に限定されず、公知の方法や装置を用いることができる。例えば、本開示の樹脂組成物の一部が流動する温度で、相手材と本開示の成形品とを溶融接合する方法、本開示の成形品に、相手材を溶融成形することにより接合する方法等が挙げられる。
【0061】
相手材に、本開示の樹脂組成物を溶融成形することにより接合する方法としては、本開示の樹脂成形品を射出成形機の金型にインサートし、続いて、熱可塑性樹脂組成物を用いて射出成形する工程を経る、いわゆるインサート成形法を行う方法が挙げられる。インサート成形法における装置ならびに製造方法は、特に制限はなく、市販の装置を使用することもできるし、常法に従って行うこともできる。
【0062】
本開示の樹脂成形品の一部が溶融する温度で、相手材と本開示の成形品とを接合する方法としては、相手材と本開示の成形品とを接した上で加熱して接合するか、または加熱してから接触させた上で接合してから、冷却する。具体的には、熱板溶着法、振動溶着法、赤外線溶着法、赤外線振動溶着法、超音波溶着法、高周波溶着法、誘導加熱溶着法、回転溶着法、レーザー溶着法、ホットプレス法、ホットエンボス法、摩擦攪拌接合法などの方法が挙げられ、これらの接合方法に用いる装置ならびに製造方法は、市販の装置を使用することもできるし、常法に従って行うこともできる。
【0063】
また、本開示の接合部材は、本開示の成形品にめっき処理をすることによって金属部材と接合する様態も含む。例えば、本開示の成形品の表面に電解めっき法、無電解めっき法又はこれらの組み合わせにより金属めっき層を形成することができる。
【0064】
前記無電解めっき法は、例えば、本開示の成形品の表面に、無電解めっき液を接触させることで、無電解めっき液中に含まれる銅等の金属を析出させ金属皮膜からなる無電解めっき層(皮膜)を形成する方法である。また、前記電解めっき法は、例えば、前記無電解めっき処理によって形成された無電解めっき層(皮膜)の表面に、電解めっき液を接触した状態で通電することにより、前記電解めっき液中に含まれる銅等の金属を、カソードに設置した前記無電解処理によって形成された無電解めっき層(皮膜)の表面に析出させ、電解めっき層(金属皮膜)を形成する方法である。
【0065】
また、本開示の接合部材の製造方法は、本開示の成形品及び相手材を粗化処理する工程を有することができる。例えば、樹脂部材を粗化処理する方法としては、強酸溶液等を用いる化学エッチング法や、サンドブラスト処理や液体ホーニング処理等の物理エッチング法が挙げられ、金属部材を粗化処理する方法としては、上記記載の粗化処理が挙げられる。
【0066】
<用途>
本発明の製造方法ないし処理方法により得られた成形品及び複合構造体を用いた製品は、特に限定されることはなく、以下のような各種用途に利用可能である。例えば、コネクタ・プリント基板・封止成形品などの電気・電子部品、ランプリフレクター・各種電装部品などの自動車部品、各種建築物や航空機・自動車などの内装用材料、あるいはOA機器部品・カメラ部品・時計部品などの精密部品等の射出成形・圧縮成形品、あるいは繊維・フィルム・シート・パイプなどの押出成形・引抜成形品、3Dプリンタ造形品等として幅広く利用可能である。
【実施例0067】
以下、実施例、比較例を用いて説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、以下、特に断りが無い場合「%」や「部」は質量基準とする。
【0068】
<評価>
【0069】
(1)DSC評価
参考例、実施例及び比較例で用いたアニール処理前後の各成形品を試験片とし、示差走査熱量計(Perkin Elmer社製『DSC8500』)を用いて昇温速度20℃/minで40℃から350℃まで昇温した際の結晶化に伴う発熱ピークの有無を評価した。結果を表1に示す。なお、本評価において、試験片に非晶部が含まれない場合、ガラス転移点(Tg)及び結晶化に伴う発熱ピーク(Tc)は観察されない。
【0070】
(2)PAS樹脂の末端カルボキシ基量の定量
用いた各PPS樹脂の粉末を350℃でプレスしたのち、急冷することによって非晶性を示すフィルムを作製し、フーリエ変換赤外分光装置(以下「FT-IR装置」と略記する。)で測定した。赤外吸収スペクトルのうち630.6cm-1の吸光度に対する1705cm-1の吸光度の相対強度を求め、別途後述する方法により作成した検量線を用いて測定サンプル中のカルボキシ基の含有量(以下「カルボキシ基の全含有量」と略記する。)を求めた。なお、カルボキシ基の含有量は樹脂混合物1g中のモル数で示され、その単位は〔μmol/g〕で表される。検量線は以下の方法で作成した。まず、酸処理を行わずカルボン酸塩を分子末端に含有するように作製したPAS樹脂に、所定量の4-クロロフェニル酢酸を加え良く混合したのち、前記と同様のフィルムを作製し、FT-IR装置で測定を行った。4-クロロフェニル酢酸の添加量から算出したカルボキシ基含有量に対する、前記2つの波長の吸光度の相対強度比をプロットした検量線を作成した。結果を表1に示す。
【0071】
(3)X線光電子分光(XPS)による成形品表面のカルボキシ基量の評価
参考例、実施例及び比較例で得られた各成形品を試験片として、X線光電子分光計(株式会社島津製作所社製『AXIS-ULTRA』)を用いて評価した。モノクロAlKα線で、電圧15kV、電流10mA、スポット径600×700μmの条件で測定を行い、COOピーク(288.6eV)の大きさから評価した。結果を表1に示す。なお、装置の検出能力から、1.0%以下のものは表において「<1.0」と表記した。
【0072】
(4)ゼータ電位測定
参考例、実施例及び比較例で得られた各成形品を試験片として、試験片の表面をアセトンで脱脂した後、固体専用ゼータ電位計であるSurPASS3(Anton Paar社)を用いて、以下の測定条件下で流動電位法にて、試験片の表面のゼータ電位値をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
「測定条件」
・電解液:1mmol/LのKCl水溶液
・測定温度:22~26℃
・pH:8.0
【0073】
<実施例1>
PPS樹脂(直鎖型、カルボキシ基含有量:152μmol/g)の粉体を圧縮成型機(神藤金属工業所社製「NF-37HH型」)を用いて310℃で加熱し、5MPaで1分加圧後、20℃の金型で急冷して成形品(100mm×100mm×7mm)を得た。得られた成形品を100℃の水中で1時間浸漬させた。その後、水から取り出して室温で風乾させた。
【0074】
<実施例2>
PPS樹脂(直鎖型、カルボキシ基含有量:94μmol/g)の粉体を用いて実施例1と同様に成形品を得た。得られた成形品を100℃の水中で1時間浸漬させた。その後、水から取り出して室温で風乾させた。
【0075】
<実施例3>
PPS樹脂(直鎖型、カルボキシ基含有量:47μmol/g)の粉体を用いて実施例1と同様に成形品を得た。得られた成形品を100℃の水中に1時間浸漬した。その後、水から取り出して室温で風乾させた。
【0076】
<実施例4>
実施例3と同様に成形した成形品を、100℃の水と酢酸の混合溶液(水:酢酸=95質量部:5質量部)中に1時間浸漬した。その後、水から取り出して室温で風乾させた。
【0077】
<比較例1>
実施例3と同様に成形した成形品を、100℃のメタノール中に還流させながら1時間浸漬した。その後、メタノールから取り出して室温で風乾させた。
【0078】
<比較例2>
実施例3と同様に成形した成形品を、40℃の水中に1時間浸漬した。その後、水から取り出して室温で風乾させた。
【0079】
<比較例3>
成形した成形品を120℃で3時間加熱してアニール処理して非晶部をなくした成形品を、100℃の水中に1時間浸漬した。その後、水から取り出して室温で風乾させた。
【0080】
<参考例1>
実施例3と同様に成形した成形品を、アニール処理せずにそのまま評価した。
【0081】
【0082】
表1から、実施例の方法で製造した成形品は、比較例の成形品と対比して、成形品表面のカルボキシ基組成比が大きく、また、ゼータ電位が低いことから、反応性に寄与する官能基がより存在していることが示唆された。