(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080709
(43)【公開日】2024-06-14
(54)【発明の名称】移植片の活性を高める方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240607BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240607BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240607BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20240607BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20240607BHJP
A61L 27/24 20060101ALI20240607BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20240607BHJP
A61L 27/44 20060101ALI20240607BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20240607BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20240607BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20240607BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/10
A61P9/00
A61L27/38 300
A61L27/22
A61L27/24
A61L27/50
A61L27/44
A61K35/545
A61K9/06
A61K47/42
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024062478
(22)【出願日】2024-04-09
(62)【分割の表示】P 2019179087の分割
【原出願日】2019-09-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003971
【氏名又は名称】弁理士法人葛和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】大山 賢二
(72)【発明者】
【氏名】松田 勇
【テーマコード(参考)】
4B065
4C076
4C081
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA01
4B065BC03
4B065BC46
4B065CA44
4C076AA09
4C076BB32
4C076CC11
4C076EE41A
4C076EE42A
4C076EE43A
4C076FF35
4C081AB11
4C081BA12
4C081CD111
4C081CD121
4C081CD151
4C081CD34
4C081DA02
4C081DA12
4C081EA02
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB64
4C087MA32
4C087MA67
4C087NA10
4C087NA14
4C087ZA36
(57)【要約】
【課題】 本開示の目的は、移植片、特に多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含有するシート状細胞培養物のサイトカイン産生能、増殖能、生着能、血管誘導能および組織再生能からなる群から選択される活性を高める方法を提供することにある。
【解決手段】 移植片を25℃以上でインキュベーするステップを含む方法により解決された。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含有する移植片のサイトカイン産生能、増殖能、生着能、血管誘導能および組織再生能からなる群から選択される活性を高める方法であって、
移植片を25℃以上でインキュベートするステップを含む前記方法。
【請求項2】
移植片がスキャフォールドを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
スキャフォールドが、フィブリン、ゼラチンまたはコラーゲンを含むゲルである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の方法を含む移植片の製造方法。
【請求項5】
移植片が、シート状細胞培養物である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか一項に記載の方法よって得られた移植片または請求項4もしくは5に記載の方法によって製造された移植片。
【請求項7】
心疾患を治療するための請求項6に記載の移植片。
【請求項8】
移植片の適用により改善される疾患を処置する方法であって、
請求項6または7に記載の移植片を、それを必要とする対象に適用するステップを含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、移植片の活性を高める方法、当該方法を含む移植片の製造方法、当該製造方法により製造された移植片、当該移植片を用いた疾患の処置方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の利用が試みられている(非特許文献1)。
【0003】
このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた(特許文献1、非特許文献2)。このようなシート状細胞培養物などの移植片を用いた治療への応用については、火傷などによる皮膚損傷に対する培養表皮シートの利用、角膜損傷に対する角膜上皮シート状細胞培養物の利用、食道ガン内視鏡的切除に対する口腔粘膜シート状細胞培養物の利用などの検討が進められており、その一部は臨床応用の段階に入っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Haraguchi et al., Stem Cells Transl Med. 2012 Feb;1(2):136-41
【非特許文献2】Sawa et al., Surg Today. 2012 Jan;42(2):181-4
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
シート状細胞培養物などの移植片の臨床応用が進むにつれて、より高品質で取り扱いが容易であり、簡便に製造可能な移植片を提供することが求められるようになってきた。移植片は、移植片中の細胞が産生する種々のサイトカインが移植先の組織に作用することにより当該組織の再生を促進させることが知られているところ、本発明者らは、移植片の改良について研究する中で、移植片を保存すると、サイトカイン産生能や移植片中の細胞の増殖能などの活性が低下するという課題に直面した。
【0007】
かかる課題を解決すべく研究を続けたところ、シート状細胞培養物を25℃以上でインキュベートすることによりサイトカイン産生能や移植片中の細胞の活性を向上させ得ることを見出した。さらに研究を進め、スキャフォールドを有する移植片を用いた場合、移植片の形状を維持したままサイトカイン産生能を向上させ得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明に下記に掲げるものに関する:
<1> 多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を含有する移植片のサイトカイン産生能、増殖能、生着能、血管誘導能および組織再生能からなる群から選択される活性を高める方法であって、移植片を25℃以上でインキュベートするステップを含む前記方法。
<2> 移植片がスキャフォールドを有する、請求項1に記載の方法。
<3> スキャフォールドが、フィブリン、ゼラチンまたはコラーゲンを含むゲルである、請求項2に記載の方法。
<4> <1>~<3>のいずれか一項に記載の方法を含む移植片の製造方法。
<5> 移植片が、シート状細胞培養物である、<1>~<4>のいずれか一項に記載の方法。
<6> <1>~<3>のいずれか一項に記載の方法よって得られた移植片または<4>もしくは<5>に記載の方法によって製造された移植片。
<7> 心疾患を治療するための<6>に記載の移植片。
<8> 移植片の適用により改善される疾患を処置する方法であって、<6>または<7>に記載の移植片を、それを必要とする対象に適用するステップを含む、前記方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明による移植片は、サイトカイン産生能および増殖能などの活性が高く、組織への生着およびその後の生存性や機能性、機能の持続性などに優れるため、種々の疾患の効率的な処置だけでなく長時間の保存や移送が可能となる。したがって、高い品質を保った移植片を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】シート状細胞培養物を4℃および25℃で保存した場合の生残細胞率の経時変化を示す。
【
図2】シート状細胞培養物を4℃および25℃で保存した際のサイトカイン産生量の変化を示す。
【
図3】単離したフィブリンゲル層が形成されたシート状細胞培養物(実施例1(A))および単離前の間隙がフィブリンゲルで埋められたシート状細胞培養物(実施例2(B))の写真を示す。
【
図4】フィブリンゲル層が形成されたシート状細胞培養物(実施例1)を4℃、25℃、30℃、35℃、37℃および39℃で保存した際の細胞数を示す。
【
図5】フィブリンゲル層が形成されたシート状細胞培養物(実施例1)を25℃、30℃、35℃、37℃および39℃で保存した際のサイトカイン産生量を示す。
【
図6】比較例3で作成したシート状細胞培養物を4℃(A)および25℃(B)、実施例4で作成したフィブリンゲル層が形成されたシート状細胞培養物を4℃(C)および25℃(D)で保存した際の写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示を詳細に説明する。
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願、公開された出願および他の出版物は、その全体を参照により本明細書に援用する。また本明細書において参照された出版物と本明細書の記載に矛盾が生じた場合は、本明細書の記載が優先されるものとする。
【0012】
<移植片の活性を高める方法>
本開示は、移植片のサイトカイン産生能、増殖能、生着能、血管誘導能および組織再生能からなる群から選択される活性を高める方法であって、シート状細胞培養物を25℃以上でインキュベーするステップを含む。
【0013】
本開示において、「移植片」とは、生体内へ移植するための構造物を意味し、特に細胞を構成成分として含む移植用構造物を意味する。移植片を構成する細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質(本明細書において「スキャフォールド」ともいう)を介して、互いに連結していてもよい。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。本開示における移植片としては、これに限定するものではないが、例えばシート状細胞培養物、細胞凝集塊、スフェロイド、オルガノイドなどが挙げられ(本明細書において「細胞凝集塊」、「スフェロイド」、「オルガノイド」を総称して「細胞塊」とも言う)、好ましくはシート状細胞培養物またはスフェロイド、より好ましくはシート状細胞培養物である。
【0014】
本発明の一態様において移植片は、スキャフォールドを含む。スキャフォールドは、その表面および/またはその内部に細胞を付着または包埋し、これにより移植片の物理的一体性の維持や、強度の付与のために当該技術分野において用いられる。スキャフォールドとしては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特限定されず、細胞由来の物質であっても、細胞由来以外の物質であってもよい。スキャフォールドとしては、例えば、生体適合性を有するフィルムまたはゲルなどが知られている。例えば、羊膜、PVDF、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリウレタン、ポリプロピレン、ポリエステル、塩化ビニル、ポリカーボネート、アクリル、シリコーン、MPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸コポリマー(PLGA)などのフィルム、フィブリン、ゼラチン、コラーゲンアルギン酸ナトリウム、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)をポリエチレングリコール(PEG)で架橋した温度応答性ゲル(市販名:メビオールゲル)、ヒアルロン酸、グリコサミノグリカン、プロテオグリカン、コンドロイチン、セルロース、アガロース、カルボキシメチルセルロース、キチン、キトサン、ゼラチン、アテロコラーゲン、エラスチン、フィブロネクチン、プロネクチン、ラミニン、テネイシン、フィブロイン、エンタクチン、トロンボスポンジン、レトロネクチン、デキストリン、トレハロースなどを含むゲルが挙げられるがこれに限定されない。スキャフォールドとしては好ましくは、フィブリンゲル、ゼラチンまたはコラーゲンを含むゲルであり、より好ましくはフィブリンゲルを含むゲルである。
スキャフォールドを有する移植片としては、例えばフィルムを表面または内部に有する移植片、ゲル層が表面または内部に形成された移植片、または、細胞、細胞塊、シート状細胞培養物の間隙を埋めるゲルにより一体性が付与された移植片などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
本開示において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/またはスキャフォールドを介して、互いに連結していてもよい。
したがって、本開示において「シート状細胞培養物」は、細胞をシート状に培養したものだけでなく、細胞をシート状に成形したものが含まれる。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの((例えば2層、3層、4層、5層、6層などの多層)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)配置された状態で存在していても、細胞間にフィルムやゲルなどのスキャフォールドが含まれていてもよい。
【0016】
細胞は異種由来細胞であっても同種由来細胞であってもよい。ここで「異種由来細胞」は、移植片が移植に用いられる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、サルやブタに由来する細胞などが異種由来細胞に該当する。また、「同種由来細胞」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト細胞が同種由来細胞に該当する。同種由来細胞は、自己由来細胞(自己細胞または自家細胞ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する細胞と、同種非自己由来細胞(他家細胞ともいう)を含む。自己由来細胞は、移植しても拒絶反応が生じないため、本開示においては好ましい。しかしながら、異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用することも可能である。異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用する場合は、拒絶反応を抑制するため、免疫抑制処置が必要となることがある。なお、本明細書中で、自己由来細胞以外の細胞、すなわち、異種由来細胞と同種非自己由来細胞を非自己由来細胞と総称することもある。本開示の一態様において、細胞は自家細胞または他家細胞である。本開示の一態様において、細胞は自家細胞(自家iPS細胞を含む)である。本開示の別の態様において、細胞は他家細胞(他家iPS細胞を含む)である。
【0017】
本開示の移植片を構成する細胞は、遺伝子導入により多能性幹細胞から分化誘導された細胞であって、移植片、特にシート状細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、例えば、体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS(induced pluripotent stem)細胞)などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などを含む。iPS細胞は遺伝子を導入して誘導された細胞である。移植片を構成する細胞の非限定例としては、例えば、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞等が挙げられる。iPS細胞由来接着細胞の非限定例としては、iPS細胞由来の心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞などが挙げられる。
【0018】
本開示において、「多能性幹細胞」は、当該技術分野で周知の用語であり、三胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉および外胚葉に属する全ての系列の細胞に分化することができる能力を有する細胞を意味する。多能性幹細胞の非限定例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。通常、多能性幹細胞を特定の細胞に分化誘導する際には、まず多能性幹細胞を浮遊培養して、上記三胚葉のいずれかの細胞の凝集体を形成し、その後凝集体を形成する細胞を目的とする特定の細胞に分化誘導させることができる。
【0019】
本開示において、「多能性幹細胞由来の分化誘導細胞」は、多能性幹細胞から特定の種類の細胞に分化するように分化誘導処理された任意の細胞を意味する。分化誘導細胞の非限定例は、心筋細胞、骨格筋芽細胞などの筋肉系の細胞、ニューロン細胞、オリゴデンドロサイト、ドーパミン産生細胞などの神経系の細胞、網膜色素上皮細胞などの網膜細胞、血球細胞、骨髄細胞などの造血系の細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、B細胞などの免疫関連の細胞、肝細胞、膵β細胞、腎細胞などの臓器を構成する細胞、軟骨細胞、生殖細胞などの他、これらの細胞に分化する前駆細胞や体性幹細胞などを含む。かかる前駆細胞や体性幹細胞の典型例としては、例えば心筋細胞における間葉系幹細胞、多分化性心臓前駆細胞、単能性心臓前駆細胞、神経系の細胞における神経幹細胞、造血系の細胞や免疫関連の細胞における造血幹細胞およびリンパ系幹細胞などが挙げられる。多能性幹細胞の分化誘導は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。例えば、多能性幹細胞から心筋細胞への分化誘導は、Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358に記載の手法に基づいて行うことができる。所望の細胞として、iPS由来心筋細胞等の多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を用いる場合、分化誘導後に未分化細胞の除去処理を行ってもよい。未分化細胞の除去処理は、当該技術分野において知られており、例えばWO2017/038562、WO2016/072519およびWO2007/088874等に記載された方法を用いることができる。
【0020】
また分化誘導細胞は、リプログラミングのための遺伝子以外の任意の有用な遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導された細胞であってもよい。かかる細胞の非限定例としては、例えば、Themeli M. et al. Nature Biotechnology, vol. 31, no. 10, pp. 928-933, 2013に記載のキメラ抗原受容体の遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導されるT細胞などが挙げられる。また、多能性幹細胞から分化誘導された後、任意の有用な遺伝子が導入された細胞もまた、本発明の分化誘導細胞に包含される。
【0021】
本開示において「心筋細胞」は、心筋細胞の特徴を有する細胞を意味し、心筋細胞の特徴としては、限定されずに、例えば、心筋細胞マーカーの発現、自律的拍動の存在などが挙げられる。心筋細胞マーカーの非限定例としては、例えば、c-TNT(cardiac troponin T)、CD172a(別名SIRPAまたはSHPS-1)、KDR(別名CD309、FLK1またはVEGFR2)、PDGFRA、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。心筋細胞としては、iPS細胞由来の心筋細胞が好ましく例示される。
本発明において、移植片を構成する細胞は、好ましくは、心筋細胞、肝細胞、線維芽細胞、筋芽細胞、膵細胞、腎細胞、血管内皮細胞、または角膜上皮細胞であり、より好ましくは心筋細胞であり、最も好ましくはiPS細胞由来の心筋細胞である。
【0022】
移植片を構成する細胞は、移植片による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、げっ歯目動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギなどが含まれる。また、シート状細胞培養物を構成する細胞の種類の数は特に限定されず、1種類のみ細胞で構成されていてもよいが、2種類以上の細胞を用いたものであってもよい。シート状物を形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の含有比率(純度)は、シート状細胞培養物の形成終了時において、50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは75%以上である。
【0023】
移植片は、既知の任意の方法で製造されたものを使用することができる。本発明の一態様において、移植片が、シート状細胞培養物である場合、シート状細胞培養物は、典型的には、細胞を基材上に播種するステップ、播種した細胞をシート化するステップを含む方法で製造されたものを使用することができるが、これに限定されない。
本発明の一態様においてスキャフォールドを有する移植片は、既知の任意の方法で製造されたものを使用することができる。
本発明の一態様において、移植片がスキャフォールドを有する場合、例えば、前記播種した細胞をシート化するステップの後に、さらにゲル層を形成するステップを含む方法で製造された、ゲル層が形成されたシート状細胞培養物を使用することができる。シート状細胞培養物へゲル層を形成するステップは、公知の方法を使用することができ、例えば、トロンビン液を噴霧後、シート状細胞培養物を一定期間静置することにより行うことができ、これに限定されない(特許第6495603号公報参照)。
【0024】
本発明の一態様において、移植片がスキャフォールドを有する場合、細胞、細胞塊および/またはシート状細胞培養物を基材上に間隙を介して配置するステップ、該細胞間の間隙をゲルで埋めてシート状にするステップ、を含む方法で製造された、ゲルにより一体性が付与された移植片が使用できる。
本発明の更なる別の態様において、移植片がスキャフォールドを有する場合、細胞、細胞塊および/またはシート状細胞培養物を基材上に沈降させるステップ、細胞、細胞塊および/またはシート状細胞培養物をゲルによりシート状に成形するステップを含む方法で製造された、ゲルにより一体性が付与された移植片を使用できる。
間隙をゲルで埋めてシート状にするステップまたはゲルによりシート状に成形するステップは、例えば、細胞がその表面に配置されている基材上に、ゲルを静かに添加することにより行われる。添加される量は、任意の量であってよいが、好ましくはシート状物が例えば10μm~2000μm、好ましくは10μm~500μm、より好ましくは50μm~200μmの厚さになる量である。
一態様において、ゲルは2液を混合することによりゲル化が生じるものであり、このようなゲルを用いてゲル化する方法は、任意の既知の方法を用いることができる。かかる方法としても、例えば、フィブリノゲン液とトロンビン液を同時に添加する方法や、フィブリノゲン液を細胞上に滴下し、その後トロンビン液を噴霧することによりフィブリンゲルを形成する方法(特許第6495603号公報)を用いることができるが、これに限定されない。
【0025】
本発明の一態様において、スキャフォールドとしてゲルを使用する場合、ゲルは生体内分解性ゲルであり、生体内において分解し、体内へ吸収され、代謝、排泄される。例えば、フィブリノゲン液とトロンビン液を混合させてなるフィブリンゲル、NHS化CMデキストリンおよびトレハロース水溶液と炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム水溶液を混合させてなる癒着防止剤などが挙げられる。これらは、例えばボルヒール(登録商標)組織接着用(帝人ファーマ社製)、ベリプラスト(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)、アドスプレー(登録商標)(テルモ社製)として商業的に入手可能であり、本発明において使用することができる。
【0026】
本開示は、移植片を25℃以上でインキュベートするステップを含む。インキュベート時間は、シート状細胞培養物の活性が低下しなければ、特に限定されず、約1時間~約96時間、好ましくは約4時間~約72時間、より好ましくは約5時間~約72時間、さらに好ましくは約8時間~約48時間である。
【0027】
インキュベート温度も移植片の活性が低下しなければ特に限定されず、例えば、約20℃~約45℃である。インキュベート温度の下限値は、例えば約20℃以上、21℃以上、22℃以上、23℃以上、24℃以上、25℃以上、約26℃以上、約27℃以上、約28℃以上、約29℃以上、約30℃以上、約31℃以上、約32℃以上、約33℃以上、約34℃以上、約35℃以上、約36℃以上、約37℃以上、約38℃以上、約39℃以上、約40℃以上、約41℃以上、約42℃以上、約43℃以上、約44℃以上、約45℃以上である。
【0028】
インキュベート温度の上限値は、例えば約26℃以下、約27℃以下、約28℃以下、約29℃以下、約30℃以下、約31℃以下、約32℃以下、約33℃以下、約34℃以下、約35℃以下、約36℃以下、約37℃以下、約38℃以下、約39℃以下、約40℃以下、約41℃以下、約42℃以下、約43℃以下、約44℃以下、約45℃以下であり、好ましくは39℃以下であり、上記例示した上限値および下限値の任意の組み合わせなどが挙げられる。
すなわち例えば、約20℃~約45℃、約25℃~~約45℃、約26℃~約44℃、27℃~約43℃、28~42℃、約29℃~約41℃、約30℃~約40℃、約31℃~約39℃、約32℃~約38℃、約33℃~約37℃、約34℃~約36℃、好ましくは27℃~約43℃、より好ましくは約30℃~約40℃、さらに好ましくは約32℃~約39℃、一層好ましくは約33℃~約39℃、特に好ましくは約34℃~約39℃である。
【0029】
本発明の25℃以上でインキュベートするステップは、移植片の製造後であれば、どのようなタイミングで行なってもよく、例えば移植片の製造直後から行なってもよいし、移植片を例えば4℃で保存後、例えば当該移植片を異なる施設へ移送する際に行なっても、移送後の施設内で行なってもよいが、製造直後から持続的に行なうことが好ましい。
本発明の一態様において、インキュベートするステップの前にゲル層を形成するステップを加える場合、ゲル層を形成するステップは、移植片を例えば4℃で保存する前に行なうことが好ましい。
【0030】
本発明に用いる移植片は、基材(例えば培養基材)に接着したままであっても移植片が、基材から剥離されていてもよい。移植片が基材に接着したままであれば、当該基材へ(当該基材が容器表面である場合は容器へ)任意の媒体を添加した後にインキュベートするステップを行なうことができ、移植片が、基材から剥離されていれば、移植片を収容した容器へ媒体を添加した後に、行なうことができる。
媒体は、移植片を構成する細胞の生存を維持できる媒体であれば特に限定されず、例えば、生理食塩水、種々の生理緩衝液(例えば、PBS、HBSS等)、種々の細胞培養用の基礎培地をベースにしたものなどを使用してもよい。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7、DMEM/F12などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。媒体は、通常血清(例えば、ウシ胎仔血清(FBS)などのウシ血清、ウマ血清、ヒト血清等)、種々の成長因子(例えば、FGF、EGF、VEGF、HGF等)などの添加物を含んでもよい。好ましい媒体は、DMEMであり、10%FBS含有のDMEMが特に好ましい。
【0031】
本発明の方法は、移植片のサイトカイン能や増殖能などの活性を維持または増強するために行なってもよいし、保存や移送などにより活性が低下したシート状細胞培養物等の活性を回復、維持または増強するために行なってもよい。さらに移植片の製造において一部が破損した移植片を修復、例えばゲル層を形成するステップを加えた後に、活性を回復、維持または増強するために行なってもよい。
【0032】
本発明の方法に供した移植片は、本発明のインキュベートするステップを加えていない移植片(以下、対照移植片と呼ぶ場合がある)より活性が高い。かかる活性としては、限定されずに、例えば、サイトカイン産生能、増殖能、生着能、血管誘導能および組織再生能などが挙げられる。ここで、活性が高いとは、対照移植片の活性を基準として、限定されずに、例えば、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、100%以上、200%以上、300%以上、400%以上活性が高いことを意味する。
【0033】
本発明の一態様において、サイトカインは、移植片の移植先の組織への生着に有益なものである。本発明の一態様において、サイトカインは、血管新生に有益なものである。本発明の一態様において、サイトカインは、骨髄間葉系幹細胞の誘導に有益なものである。本発明の一態様において、サイトカインは、組織の再生に有益なものである。このようなサイトカインは当該技術分野において知られており、当業者は既知の情報をもとに、適切なサイトカインを決定することができる。本発明の一態様において、サイトカインは成長因子を含む。本発明の一態様において、サイトカインはVEGF、HGF、SDF-1、FGF、SCFからなる群から選択される。したがって、本発明の一態様において、サイトカイン産生能は、成長因子の産生能である。また、本発明の一態様において、サイトカイン産生能は、VEGF、HGF、SDF-1、FGF、SCFからなる群から選択される成長因子の産生能である。
【0034】
移植片の活性は種々の手法を用いて定量化することができる。活性がサイトカイン産生能であれば、例えば、本発明の方法により得られた移植片を所定の培養液中で所定時間培養し、培養液に分泌されたサイトカインの量を測定したり、移植片に発現されたサイトカイン遺伝子の量を測定することなどにより、サイトカイン産生能を定量化できる。特定のタンパク質の量や遺伝子発現のレベルを測定する手法は、当該技術分野において公知の方法を使用することができる。
【0035】
活性が、増殖能である場合、例えば、本発明の方法により得られた移植片を構成する移植片中の生細胞数を測定したり、培養液中で所定時間保存した際の移植片、例えば移植片に占める生残細胞数を測定することなどにより、増殖能を定量化できる。移植片の生細胞数を測定する手法は、当該技術分野において公知の方法を使用することができる。
【0036】
活性が生着能である場合は、移植片、シート状細胞培養物を組織に適用し、所定時間経過後に適用された移植片の状態、例えば、組織への接着、残存する移植片のサイズ、色、形態などを観察し、これらをスコア化することなどにより、生着能を定量化できる。活性が血管誘導能である場合は、移植片を組織に適用し、所定時間経過後に適用された移植片および適用部位の組織の状態、例えば、血管新生の有無などを観察し、これらをスコア化することなどにより、血管誘導能を定量化できる。また、活性が組織再生能である場合は、移植片を組織に適用し、所定時間経過後に、適用部位(移植先)の組織の状態、例えば、組織のサイズ、組織の微細構造、損傷組織と正常組織との割合、骨髄間葉系幹細胞の心筋細胞の誘導の程度、組織の機能などを観察し、これらをスコア化することなどにより、組織再生能を定量化できる。
【0037】
本発明の一態様において、スキャフォールドを有する移植片は、本発明の方法によるインキュベートするステップと同じ条件で、インキュベートするステップを加えたスキャフォールドを有しない移植片に比べて、撚れおよび/または縮みが生じにくい。
本開示において、移植片の「撚れ」および「縮み」は、それぞれ移植片(例えばシート状細胞培養物)の外縁部が撚れたり、移植片が丸まったりすることを意味する。かかる「撚れ」および「縮み」は、細胞間接着力の作用によるもののほか、移送作業により物理的に生ずる皺や折れ重なりを含む。「撚れ」および「縮み」の程度は、例えば、移植片の形、サイズ、形態などを公知の方法で観察し、これらをスコア化することなどにより定量化してよい。
【0038】
一態様において、本発明の方法はその全ステップがin vitroで行われる。別の態様において、本発明の製造方法は、in vivoで行われるステップ、限定されずに、例えば、対象から細胞または細胞の供給源となる組織を採取するステップを含む。一態様において、本発明の方法はその全ステップが無菌条件下で行われる。
【0039】
<活性の高い移植片の製造方法>
本発明の別の側面は、本発明の方法を含む移植片の製造方法により得られた移植片に関する。
本発明の一態様において、移植片の製造は、例えば細胞を基材上に播種するステップ、播種した細胞をシート化するステップ、25℃以上でインキュベーするステップを含むが、これに限定されない。
さらにシート化するステップの後に、シート化した移植片を剥離するステップを行った後、インキュベートするステップを行なってもよいし、移植片が培養基材上に接着したままインキュベートするステップを行なってもよい。さらに播種した細胞をシート化するステップの後に移植片へゲル層を形成するステップを行なってもよい。この場合、剥離後または基材上に接着したままゲル層を形成するステップを行なってもよい。
【0040】
本発明の一態様において、移植片の製造は、例えば細胞、細胞塊および/またはシート状細胞培養物を基材上に間隙を介して配置するステップ、該細胞間の間隙をゲルで埋めてシート状にするステップ、25℃以上でインキュベーするステップを含むが、これに限定されない。
本発明の更なる別の態様において、移植片の製造は、例えば細胞、細胞塊および/またはシート状細胞培養物を基材上に沈降させるステップ、細胞、細胞塊および/またはシート状細胞培養物をゲルによりシート状に成形するステップ、25℃以上でインキュベーするステップを含むが、これに限定されない。
かかる態様において、前記ゲルで埋めてシート状にするステップまたはシート状細胞培養物をゲルによりシート状に成形するステップの後に、シート化した移植片を剥離するステップを行った後、インキュベートするステップを行なってもよいし、移植片が培養基材上に接着したままインキュベートするステップを行なってもよい。
これら各ステップは、種々の移植片の製造の製造に適した既知の任意の手法で行うことができる。本発明の方法は、移植片を製造するステップをさらに含んでもよく、その場合、移植片を製造するステップは、任意の1または2以上のステップを含んでもよい。
【0041】
移植片の製造に使用し得る基材、例えば培養基材は、細胞がその上で移植片を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、種々の材質および/または形状の容器、容器中の固形もしくは半固形の表面などを含む。容器は、培養液などの液体を透過させない構造・材料が好ましい。かかる材料としては、限定することなく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。また、容器は、少なくとも1つの平坦な面を有することが好ましい。かかる容器の例としては、限定することなく、例えば、細胞培養物の形成が可能な基材で構成された底面と、液体不透過性の側面とを備えた培養容器が挙げられる。かかる培養容器の特定の例としては、限定されずに、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられる。容器の底面は透明であっても不透明であってもよい。容器の底面が透明であると、容器の裏側から細胞の観察、計数などが可能となる。また、容器は、その内部に固形もしくは半固形の表面を有してもよい。固形の表面としては、上記のごとき種々の材料のプレートや容器などが、半固形の表面としては、ゲル、軟質のポリマーマトリックスなどが挙げられる。基材は、上記材料を用いて作製してもよいし、市販のものを利用してもよい。
【0042】
好ましい基材としては、限定することなく、例えば、移植片の形成に適した、
接着性の表面を有する基材、低接着性の表面を有する基材および/または均一なウェル状構造を有する基材などが挙げられる。具体的には、シート状細胞培養物の形成の場合であれば、例えば、コロナ放電処理したポリスチレン、コラーゲンゲルや親水性ポリマーなどの親水性化合物を該表面にコーティングした基材、さらには、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックスや、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などを表面にコーティングした基材などが挙げられる。また、かかる基材は市販されている(例えば、Corning(R) TC-Treated Culture Dish、Corningなど)。またスフェロイドの形成の場合であれば、例えば軟寒天、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PIPAAm)をポリエチレングリコール(PEG)で架橋した温度応答性ゲル(市販名:メビオールゲル)、ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル(ポリHEMA)、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリスコリン(MPC)ポリマーなどのハイドロゲルなどの非細胞接着性化合物を表面にコーティングした基材および/または均一な凹凸構造を表面に有する基材などが挙げられる。かかる基材もまた市販されている(例えば、EZSPHERE(R)など)。基材は全体または部分が透明であっても不透明であってもよい。
【0043】
基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN-イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。温度応答性材料で被覆された培養皿は市販されており(例えば、株式会社セルシードのUpCell(登録商標)やDIC株式会社のCepallet(登録商標))、これらを本発明において使用することができる。
【0044】
基材は、種々の形状であってもよい。また、その面積は特に限定されないが、例えば、約1cm2~約200cm2、約2cm2~約100cm2、約3cm2~約50cm2などであってよい。例えば、基材として直径10cmの円形の培養皿が挙げられる。この場合、面積は56.7cm2となる。培養表面は平坦であってもよいし、凹凸構造を有していてもよい。凹凸構造を有する場合、均一な凹凸構造であることが好ましい。
【0045】
基材は血清でコート(被覆またはコーティング)されていてもよい。血清でコートされた基材を用いることにより、より高密度の移植片、特にシート状細胞培養物を形成することができる。「血清でコートされている」とは、基材の表面に血清成分が付着している状態を意味する。かかる状態は、限定されずに、例えば、基材を血清で処理することにより得ることができる。血清による処理は、血清を基材に接触させること、および、必要に応じて所定期間インキュベートすることを含む。
【0046】
血清としては、異種血清および/または同種血清を用いることができる。異種血清は、移植片、特にシート状細胞培養物を移植に用いる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清(自家血清ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する血清、およびレシピエント以外の同種個体に由来する同種他家血清を含む。なお、本明細書中で、自己血清以外の血清、すなわち、異種血清と同種他家血清を非自己血清と総称することもある。
【0047】
基材をコートするための血清は、市販されているか、または、所望の生物から採取した血液から定法により調製することができる。具体的には、例えば、採取した血液を室温で約20分~約60分程度放置して凝固させ、これを約1000×g~約1200×g程度で遠心分離し、上清を採取する方法などが挙げられる。
【0048】
基材上でインキュベートする場合、血清は原液で用いても、希釈して用いてもよい。希釈は、任意の媒体、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。希釈濃度は、血清成分が基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0.5%~約100%(v/v)、好ましくは約1%~約60%(v/v)、より好ましくは約5%~約40%(v/v)である。
【0049】
インキュベート時間も、血清成分が基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約1時間~約72時間、好ましくは約2時間~約48時間、より好ましくは約2時間~約24時間、さらに好ましくは約2時間~約12時間である。インキュベート温度も、血清成分が基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0℃~約60℃、好ましくは約4℃~約45℃、より好ましくは室温~約40℃である。
【0050】
インキュベート後に血清を廃棄してもよい。血清の廃棄手法としては、ピペットなどによる吸引や、デカンテーションなどの慣用の液体廃棄手法を用いることができる。本開示の好ましい態様においては、血清廃棄後に、基材を無血清洗浄液で洗浄してもよい。無血清洗浄液としては、血清を含まず、基材に付着した血清成分に悪影響を与えない液体媒体であれば特に限定されず、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。洗浄手法としては、慣用の基材洗浄手法、例えば、限定することなく、基材上に無血清洗浄液を加えて所定時間(例えば、約5秒~約60秒間)撹拌後、廃棄する手法などを用いることができる。
【0051】
本開示において、基材を、成長因子でコートしてもよい。ここで、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。成長因子による基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、例えば、約0.0001μg/mL~約1μg/mL、好ましくは約0.0005μg/mL~約0.05μg/mL、より好ましくは約0.001μg/mL~約0.01μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0052】
本開示において、基材を、ステロイド剤でコートしてもよい。ここで「ステロイド剤」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。ステロイド剤による基材のコート手法、廃棄手法および洗浄手法は、インキュベーション時の希釈濃度が、デキサメタゾンとして、例えば、約0.1μg/mL~約100μg/mL、好ましくは約0.4μg/mL~約40μg/mL、より好ましくは約1μg/mL~約10μg/mLである以外は、基本的に血清と同じである。
【0053】
基材は、血清、成長因子およびステロイド剤のいずれか1つでコートしても、これらの任意の組合わせ、すなわち、血清と成長因子、血清とステロイド剤、血清と成長因子とステロイド剤、または、成長因子とステロイド剤の組合わせでコートしてもよい。複数の成分でコートする場合、これらの成分を混合して同時にコートしてもよいし、別々のステップでコートしてもよい。
【0054】
本発明の製造方法に用いる培養液は、細胞の生存を維持できるものであれば特に限定されないが、典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明の一態様において、培養液は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。しかしながら、本発明の製造方法に用いる場合は、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。
【0055】
基材上に移植片形成細胞を含む細胞を播種する。移植片形成細胞は、移植片(例えばシート状細胞培養物)を構成し得る細胞として上述した細胞であれば特に限定されない。細胞には、少なくとも1種の移植片形成細胞(例えばシート形成細胞)が含まれるが、2種以上の移植片形成細胞を含んでもよいし、移植片形成細胞以外の細胞を含んでもよい。本開示の別の一態様において、細胞集団に含まれる少なくとも1種の移植片形成細胞は心筋細胞である。かかる態様において、細胞にはさらに血管内皮細胞が含まれ得る。すなわち、心筋細胞と血管内皮細胞を移植片形成細胞として含む移植片が挙げられる。本開示の別の態様において線維芽細胞や血管内皮細胞および/または壁細胞などを移植片形成細胞として含み、例えば、移植片中に心筋細胞約30~70%、血管内皮細胞0.1%~約20%、および壁細胞約1%~約40%であってもよい。本開示のさらに別の一態様において、細胞集団に含まれる少なくとも1種の移植片形成細胞は、間葉系幹細胞である。かかる態様において、細胞にはさらに血管内皮細胞が含まれ得る。
【0056】
播種される細胞密度は、移植片を形成し得る密度であれば特に限定されないが、好ましい態様において、細胞集団はコンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種される。本開示において、「コンフルエントに達する密度」とは、細胞を播種した際に、播種された細胞により、培養容器の接着表面一面が隙間なく覆われることが想定される程度の密度を指す。例えば、播種した際に、細胞が互いに接触することが想定される程度の密度、接触阻害が発生する密度、または接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度である。
【0057】
細胞集団の播種密度の非限定例は、約7.1×105個/cm2~約3.0×106個/cm2、約7.3×105個/cm2~約2.8×106個/cm2、約7.5×105個/cm2~約2.5×106個/cm2、約7.5×105個/cm2~約3.0×106個/cm2、約7.8×105個/cm2~約2.3×106個/cm2、約8.0×105個/cm2~約2.0×106個/cm2、約8.5×105個/cm2~約1.8×106個/cm2、約9.0×105個/cm2~約1.6×106個/cm2などの密度を含む。なお、これらの密度は、特段の記載がない限り、細胞集団に含有される全ての細胞の密度であることとする。
【0058】
さらに別の態様において、播種は、成長因子を実質的に含まない細胞培養液において、細胞集団に含まれ得る少なくとも1種の移植片形成細胞が実質的に増殖しない密度で行うことができる。かかる態様において、細胞集団に含まれ得る他の細胞は、増殖抑制を受けながらも、増殖可能な密度であり得る。本開示の方法に用いられる基材は、上述のとおりである。好ましい一態様において、基材は血清で被覆されていてよい。別の好ましい一態様において、基材は温度応答性材料で被覆されていてよい。さらに好ましい一態様において、基材は温度応答性材料及び血清で被覆されていてよい。
【0059】
<キット>
本発明の別の側面において、移植片の製造、とくに増殖培養を経ない移植片の製造に用いる一部またはすべての要素を含む、移植片の製造するためのキットに関する。
本発明のキットは、限定されずに、例えば、ゲル層を形成するステップに用いられるゲルを形成するための材料、例えばフィブリンを含む溶液およびトロンビンを含む溶液のほか移植片を構成する細胞(例えば、凍結保存細胞、本発明の回収方法により回収された細胞等)、培養液、培養皿、器具類(例えば、ピペット、スポイト、ピンセット等)、移植片の製造方法に関する指示(例えば、使用説明書、製造方法や本発明の凍結保存細胞の回収方法に関する情報を記録した媒体、例えば、フレキシブルディスク、CD、DVD、ブルーレイディスク、メモリーカード、USBメモリー等)などを含んでいてもよい。
【0060】
<活性の高い移植片>
本発明の別の側面は、本発明の方法により得られた移植片、または、本発明の方法を含む移植片の製造方法により得られた移植片に関する。本発明の一態様において、本開示の製造方法により製造された移植片は、心筋細胞からなる。本発明の別の態様において、本開示の製造方法により製造された移植片は、心筋細胞、線維芽細胞、内皮細胞および/または壁細胞を含む。
本発明の製造方法により得られた移植片は、対照移植片よりも活性が高いことを特徴とする。活性の高さに関する詳細については上述のとおりである。一態様において、本発明の移植片は、サイトカイン産生能、増殖能、生着能、血管誘導能および組織再生能からなる群から選択される活性が対照移植片のものより高い。また、一態様において、移植片は、HGF、SDF-1、FGF、SCF、VEGFからなる群から選択されるサイトカインの産生能が対照移植片のものより高い。移植片は、高い活性を有するため、種々の治療用途において、対照移植片よりも優れた効果を示す。特に、HGFまたはVEGFの産生能が高いと、組織への生着や血管誘導、組織再生促進され、また増殖能が高いと移植片が長期間、持続的に機能し、治療効果を高めることが可能となる。本発明の一態様において、本発明の製造方法により得られた移植片は、スキャフォールドを有する移植片であり、スキャフォールドを有しない移植片に比べて、撚れおよび/または縮みが生じにくい。したがって、スキャフォールドを有する移植片は、スキャフォールドを有しない対照移植片に対して、組織への生着や血管誘導、組織再生促進作用を長期間、持続的な治療効果を向上するだけでなく、強度が高く、操作性に優れ、患部への適用が容易であり、施術者の熟練度による操作上の差も小さいため、疾患の確実な処置が可能となるため利便性が格段に高い。
【0061】
<疾患を処置する方法>
本開示の別の側面は、本開示の方法により得られた移植片または当該方法を含む移植片の製造方法により得られた移植片の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、前記対象における疾患を処置する方法に関する。処置の対象となる疾患は、上記したとおりである。
【0062】
本開示において、用語「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防などを目的とする医学的に許容される全ての種類の予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」の用語は、組織の異常に関連する疾患の進行の遅延または停止、病変の退縮または消失、当該疾患発症の予防または再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0063】
本開示の処置方法においては、移植片の生存性、生着性および/または機能などを高める成分や、対象疾患の処置に有用な他の有効成分などを、本開示の移植片等と併用することができる。
【0064】
本開示の処置方法は、本開示の方法に従って、本開示の活性が高められた移植片をさらに含んでもよい。本開示の処置方法は、移植片を製造するステップの前に、対象から移植片を製造するための細胞(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚細胞、血球等)または細胞の供給源となる組織(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚組織、血液等)を採取するステップをさらに含んでもよい。一態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、または移植片等の投与を受ける対象と同一の個体である。別の態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、または移植片等の投与を受ける対象とは同種の別個体である。別の態様において、細胞または細胞の供給源となる組織を採取する対象は、移植片等の投与を受ける対象とは異種の個体である。
【0065】
本開示において、有効量とは、例えば、疾患の発症や再発を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止し得る量(例えば、シート状細胞培養物のサイズ、重量、枚数等)であり、好ましくは、当該疾患の発症および再発を予防し、または当該疾患を治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、例えば、マウス、ラット、イヌまたはブタなどの実験動物や疾患モデル動物における試験などにより適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、処置の対象となる組織病変の大きさは、有効量決定のための重要な指標となり得る。
【0066】
投与方法としては、例えば、静脈投与、筋肉内投与、骨内投与、髄腔内投与、組織への直接的な適用などが挙げられる。投与頻度は、典型的には1回の処置につき1回であるが、所望の効果が得られない場合には、複数回投与することも可能である。組織に適用する際、本発明の細胞培養物、組成物、または移植片等を対象の組織に縫合糸やステープルなどの係止手段により固定してもよい。
【実施例0067】
本発明を以下の例を参照してより詳細に説明するが、これらは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0068】
以下の実施例において、多能性幹細胞として、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で樹立された臨床用ヒトiPS細胞を用いた。M. Nakagawa et al., Scientific Reports, 4:3594 (2014)を参考に、ヒトiPS細胞をフィーダーフリー法で維持した。ついで、Miki et al., Ce
ll Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358およびWO2017/038562の記載を参考にして、ヒトiPS細胞を心筋細胞へと分化誘導して胚様体を得た。具体的には、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養したヒトiPS細胞を、EZ Sphere(旭硝子)上で10μMのY27632(和光純薬)を含有するStemFit AK03培地(味の素)中で1日培養し、得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養し、さらにWnt阻害剤(IWP3)およびBMP4阻害剤(Dorsomorphin)およびTGFβ阻害剤(SB431542)を含む培養液中で培養し、その後VEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養を行うことで、iPS細胞由来のヒト心筋細胞を得た。得られた細胞における心筋細胞の割合は50%~90%であった。
【0069】
比較例1 シート状細胞培養物の製造
細胞凍結用保存液(10%DMSO含有MCDB培地)中で凍結保存した心筋細胞を37℃で解凍し、0.5%血清アルブミンを含む生理緩衝液を用いて2回洗浄した。洗浄した細胞6.0×107個を、ヒト血清20%含有DMEM培地(10mL)に懸濁させ、直径10cmの細胞培養皿(UpCell(R)10cmディッシュ、CS3005、セルシード社製)に播種した。播種後、細胞を37℃、5%CO2に設定されたインキュベーター(BNA-121D、エスペック社製)内で20時間培養した。培養後、培養皿をインキュベーターから取り出し、シート状細胞培養物が、培養皿底面全体を覆うように接着していることを確認し、培地を廃棄した。その後、温度処理(室温(20~25℃)に5~30分間静置)およびピペッティングにより、シート状細胞培養物を培養皿から単離した。得られたシート状細胞培養物は47mm×47mmの大きさであった。
【0070】
比較例2 シート状細胞培養物の細胞数およびサイトカイン産生量の測定
比較例1で作成されたシート状細胞培養物を、ハンクス平衡塩溶液およびヒト血清10%含有DMEM培地に4℃および25℃で72時間保存し、その際のシート状細胞培養物を構成する心筋細胞数の変化をCell counting kit8(同仁化学)を使用して確認し、生残細胞率(%)を{保存後/保存前(450nmの吸光度)}×100として算出した。
図1に生残細胞率の経時変化を示す。
図1に示す結果から、シート状細胞培養物の生残細胞率が経時的に減少することが明らかとなった。生残細胞率は、ハンクス平衡塩溶液で4℃で保存した場合が最も高かった。また37℃で72時間保存した場合、縮みが生じた。
【0071】
比較例1で作成されたシート状細胞培養物をハンクス平衡塩溶液およびヒト血清10%含有DMEM培地に4℃および25℃で96時間保存し、その際に培養上清中に培養上清中に産生されたサイトカイン(VEGF)の濃度をELISA法により測定した(n=3)。測定は、Human VEGF Quantikine ELISA Kit(R&D systems、カタログ番号DVE00)を用い、製造者のマニュアルに従って行った。
図2に示す結果から、経時的にVEGFの産生量が減少することが分かる。4℃に比べて25℃での保存することによりVEGF産生量の減少が抑制された。
【0072】
比較例3 シート状細胞培養物の製造
細胞凍結用保存液(10%DMSO含有MCDB培地)中で凍結保存した心筋細胞を37℃で解凍し、0.5%血清アルブミンを含む生理緩衝液を用いて2回洗浄した。洗浄した細胞4.0×106個を、ヒト血清20%含有DMEM培地(2mL)に懸濁させ、12ウェルの温度応答性基材(UpCell(R)12Well、CS3003、セルシード社製)に播種した。播種後、細胞を37℃、5%CO2に設定されたインキュベーター(BNA-121D、エスペック社製)内で20時間培養した。培養後、培養皿をインキュベーターから取り出し、シート状細胞培養物が、培養皿底面全体を覆うように接着していることを確認し、培地を廃棄した。その後、温度処理(室温(20~25℃)に5~30分間静置)およびピペッティングにより、シート状細胞培養物を培養皿から単離した。
【0073】
実施例1 ゲル層が形成されシート状細胞培養物の製造
比較例1と同じ手順でシート状細胞培養物を得た。培養皿中の培養液を除去し、シート状細胞培養物上にフィブリノゲン液(ボルヒール(R)組織接着用(帝人ファーマ社製)のバイアル1の内容物(フィブリノゲン凍結乾燥粉末)をバイアル2の内容物(フィブリノゲン溶解液)で溶解したもの、フィブリノゲン濃度80mg/mL、以下同じ)を500μL、ボルヒール(R)組織接着用に付属する調製器セットの2液混合セット(長さ約6cm、内径約1mmのアプライノズル付、ニプロ社製)を用いて滴下した。次いで、トロンビン液(ボルヒール(R)組織接着用(帝人ファーマ社製)のバイアル3の内容物(トロンビン凍結乾燥粉末)をバイアル4の内容物(トロンビン溶解液)で溶解したもの、トロンビン濃度250単位/mL、以下同じ)を800μL、ボルヒール(R)スプレーセット(秋田住友ベーク社製)を用い、噴霧ノズルを細胞シートから約7cm離して0.03MPaの圧力で噴霧した。
【0074】
フィブリノゲン液とトロンビン液との反応により、フィブリンゲルが形成される。約5分間静置後、培養皿に24mLのハンクス平衡塩溶液(HBSS(+)、Cat No.14025、Life Technologies社製、以下同じ)を加え、直ちに除去することにより、シート状細胞培養物を含む培養皿を洗浄した。これにより、未反応のフィブリノゲン液やトロンビン液を除去することができる。次いで、培養皿に24mLのハンクス平衡塩溶液を再度加えて約15分間静置後、培養皿中の溶液を除去し、シート状細胞培養物上以外で凝固したフィブリンゲルをスカルペルでトリミングし、フィブリンゲル層を有するシート状細胞培養物を単離した。
単離後のシート状細胞培養物の写真を
図3(A)に示す。
【0075】
実施例2 細胞間の間隙がゲルで埋められたシート状細胞培養物の製造
細胞保存用保存液(10%DMSO含有MCDB培地)中で凍結保存したiPS細胞由来のヒト心筋細胞を37℃で解凍し、10%FBS/DMEMで希釈後、遠心分離し、上清を除去したのち、細胞を2×10
6細胞/cm
2の密度で、15mLのヒト血清20%含有DMEM培地に懸濁し、直径6cmの温度応答性基材(UpCell(登録商標)、6cmディッシュ、CS3006、セルシード社製)に播種した。播種後、細胞集団を37℃、5%CO
2に設定したインキュベーター(BNA-121D、エスペック社製)内で72時間培養した。培養後、基材をインキュベーターから取り出し、細胞が基材に接着していることを確認し、培地を廃棄した。
培地の廃棄後、基材上に、500μlのフィブリノゲン液(ベリプラスト(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)のバイアル1の内容物(フィブリノゲン凍結乾燥粉末)をバイアル2の内容物(フィブリノゲン溶解液)で溶解したもの、フィブリノゲン濃度80mg/mL)と、500μlのトロンビン液(ベリプラスト(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)のバイアル3の内容物(トロンビン凍結乾燥粉末)をバイアル4の内容物(トロンビン溶解液)で溶解したもの、トロンビン濃度300単位/mL)とを滴下し、約5分静置して、フィブリンゲルを形成した。
フィブリンゲル形成後に、10mLのハンクス平衡塩溶液(HBSS(+)、Cat No.14025、Life Technologies社製)を加えて、3回洗浄し、未反応のフィブリノゲンおよびトロンビンを除去した。その後、温度応答性材料の温度処理のため室温(20~25℃)で5~30分間静置し、ピペッティングにより、シート状物を基材から剥離させ、細胞間の間隙がゲルで埋められたシート状細胞培養物を単離した。単離前のシート状細胞培養物の写真を
図3(B)に示す。
【0076】
実施例3 シート状細胞培養物中の細胞数およびサイトカイン産生量の測定
実施例1および2で作成したシート状細胞培養物を構成する細胞数を、単離直後(day0)ならびにヒト血清10%含有DMEM培地に4℃、25℃、30℃、35℃、37℃および39℃で72時間インキュベート(保存)し、450nmの吸光度で測定した。実施例1で作成したシート状細胞培養物シート状細胞培養の結果を
図4に示す。フィブリンゲル層が形成されたシート状細胞培養物は、4℃でインキュベートした場合、細胞数の減少が確認されたが、25℃では殆ど減少せず、30℃以上で大幅な細胞数の増加が確認された。また、実施例2で作成したシート状細胞培養物も同様の結果であった。
【0077】
実施例1および2で作成したシート状細胞培養物を単離直後ならびにヒト血清10%含有DMEM培地に25℃、30℃、35℃、37℃および39℃で72時間保存し、比較例2と同じ手順でサイトカイン産生量を測定した。実施例1で作成したシート状細胞培養物の結果を
図5に示す。
実施例1で作成したシート状細胞培養物を25℃でインキュベートするステップを加えることにより、比較例2と同様にシート状細胞培養物のサイトカイン産生量の減少が抑制されることが明らかとなった。また30℃以上で保存することによりサイトカイン産生量が大幅に増強されることが明らかとなった。また実施例2で作成したシート状細胞培養物も同様の結果であった。
【0078】
実施例4 細胞間の間隙がゲルで埋められたシート状細胞培養物の製造
細胞保存用保存液(10%DMSO含有MCDB培地)中で凍結保存したiPS細胞由来のヒト心筋細胞を37℃で解凍し、10%FBS/DMEMで希釈後、遠心分離し、上清を除去したのち、細胞を2×106細胞/cm2の密度で、3mLのヒト血清20%含有DMEM培地に懸濁し、12ウェルの温度応答性基材(UpCell(R)12Well、CS3003、セルシード社製)に播種した。播種後、細胞集団を37℃、5%CO2に設定したインキュベーター(BNA-121D、エスペック社製)内で72時間培養した。培養後、基材をインキュベーターから取り出し、細胞が基材に接着していることを確認し、培地を廃棄した。
培地の廃棄後、基材上に、100μlのフィブリノゲン液(ベリプラスト(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)のバイアル1の内容物(フィブリノゲン凍結乾燥粉末)をバイアル2の内容物(フィブリノゲン溶解液)で溶解したもの、フィブリノゲン濃度80mg/mL)と、100μlのトロンビン液(ベリプラスト(登録商標)組織接着用(CSLベーリング社製)のバイアル3の内容物(トロンビン凍結乾燥粉末)をバイアル4の内容物(トロンビン溶解液)で溶解したもの、トロンビン濃度300単位/mL)とを滴下し、約5分静置して、フィブリンゲルを形成した。
フィブリンゲル形成後に、2mLのハンクス平衡塩溶液(HBSS(+)、Cat No.14025、Life Technologies社製)を加えて、3回洗浄し、未反応のフィブリノゲンおよびトロンビンを除去した。その後、温度応答性材料の温度処理のため室温(20~25℃)で5~30分間静置し、ピペッティングにより、シート状物を基材から剥離させ、細胞間の間隙がゲルで埋められたシート状細胞培養物を単離した。
【0079】
実施例5 シート状細胞培養物中の形態変化
比較例3で作成したシート状細胞培養物および実施例4で作成した間隙がゲルで埋められたシート状細胞培養物を4℃および25℃で保存した際の写真を
図6に示す。比較例3で作成したシート状細胞培養物を4℃(A)および25℃(B)、実施例4で作成した間隙がゲルで埋められたシート状細胞培養物を4℃(C)および25℃(D)で保存した際の写真を
図6に示す。実施例4で作成したシート状細胞培養物を25℃で保存してもシート状細胞培養物の撚れや縮みは生じないことが分かる(D)。したがって、スキャフォールドを有する移植片は形態を維持したままサイトカイン産生量を増強できることが明らかとなった。
【0080】
本明細書に記載された本発明の種々の特徴は様々に組み合わせることができ、そのような組合せにより得られる態様は、本明細書に具体的に記載されていない組合せも含め、すべて本発明の範囲内である。また、当業者は、本発明の精神から逸脱しない多数の様々な改変が可能であることを理解している。したがって、本明細書に記載された態様は例示にすぎず、これらが本発明の範囲を制限する意図をもって記載されたものではないことを理解すべきである。