(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024080803
(43)【公開日】2024-06-17
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20240610BHJP
【FI】
C23C14/34 A
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022194039
(22)【出願日】2022-12-05
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井本 未由紀
(72)【発明者】
【氏名】松原 慶明
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029BD11
4K029CA05
4K029DC04
4K029DC09
(57)【要約】
【課題】主成分がCrであってかつ均質な薄膜が得られうる、スパッタリングターゲットの提供。
【解決手段】スパッタリングターゲットの材質は、Cr基合金である。このCr基合金は、10.0at%以上30.0at%以下のBを含む。このターゲットの金属組織は、CrB相及びCr単相を含む。このCr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、CrB相の(111)面に関するX線回折ピークの比率は、10%以上80%以下である。このターゲットの、3点曲げ試験による抗折強度は、好ましくは300MPa以上である。Cr基合金の酸素含有率は、好ましくは2000ppm以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
その材質が、10.0at%以上30.0at%以下のBを含むCr基合金であり、
その金属組織が、CrB相及びCr単相を含んでおり、
上記Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、上記CrB相の(111)面に関するX線回折ピークの比率が、10%以上80%以下である、スパッタリングターゲット。
【請求項2】
上記Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、Cr5B3相の(213)面に関するX線回折ピークの比率が、20%以下である、請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
3点曲げ試験による抗折強度が300MPa以上である、請求項1又は2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
上記Cr基合金の酸素含有率が2000ppm以下である、請求項1又は2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項5】
(1)その材質がCrBである第一粉末を準備する工程、
(2)その材質がCrである第二粉末を準備する工程、
(3)上記第一粉末と上記第二粉末とを混合し、混合粉末を得る工程、
及び
(4)上記混合粉末を加圧及び加熱する工程
を備えた、スパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項6】
上記工程(2)において、平均粒子直径D50が20μm以上である第二粉末が準備される、請求項5に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、金属薄膜を形成するためのスパッタリングに用いられるターゲットを開示する。
【背景技術】
【0002】
薄膜の形成方法として、スパッタリングが知られている。スパッタリングでは、ターゲットが用いられる。スパッタリングでは、プラズマ中の陽イオンがターゲットに衝突する。この衝突によってターゲットから原子が飛び出す。この原子が基板に付着して、薄膜が形成される。
【0003】
スパッタリングターゲットの一例が、特開2014-164780公報に開示されている。この公報に開示されたターゲットは、粉末の焼結によって得られる。この粉末の材質は、Cr基合金である。このターゲットから、垂直磁気記録媒体に適した薄膜(密着層)が得られうる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
薄膜には、結晶組織の微細化の要請がある。特開2014-164780公報に開示されたターゲットからは、結晶組織が十分に微細な薄膜は得られない。
【0006】
本出願人の意図するところは、主成分がCrであってかつ均質な薄膜が得られうる、スパッタリングターゲットの提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書が開示するスパッタリングターゲットの材質は、10.0at%以上30.0at%以下のBを含むCr基合金である。このターゲットの金属組織は、CrB相及びCr単相を含む。このCr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、CrB相の(111)面に関するX線回折ピークの比率は、10%以上80%以下である。
【0008】
好ましくは、このターゲットにおいて、Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する、Cr5B3相の(213)面に関するX線回折ピークの比率は、20%以下である。
【0009】
好ましくは、このターゲットの3点曲げ試験による抗折強度は、300MPa以上である。
【0010】
好ましくは、Cr基合金の酸素含有率は、2000ppm以下である。
【0011】
本明細書が開示するスパッタリングターゲットの製造方法は、
(1)その材質がCrBである第一粉末を準備する工程、
(2)その材質がCrである第二粉末を準備する工程、
(3)上記第一粉末と上記第二粉末とを混合し、混合粉末を得る工程、
及び
(4)上記混合粉末を加圧及び加熱する工程
を含む。
【0012】
好ましくは、この工程(2)において、平均粒子直径D50が20μm以上である第二粉末が準備される。
【発明の効果】
【0013】
このスパッタリングターゲットから、均質な薄膜が得られうる。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態が詳細に説明される。
【0015】
本実施形態に係るスパッタリングターゲットの材質は、Bを含むCr基合金である。好ましくは、この合金において、Cr及びBの残部は、不可避的不純物である。このターゲットが用いられたスパッタリングにより、薄膜が形成されうる。この薄膜は、種々の用途に適している。典型的な薄膜の用途は、垂直磁気記録媒体の密着層である。この密着層は、垂直磁気記録媒体において、配向を抑制しうる。
【0016】
Crは、密着層の非磁性、密着性及び耐食性に寄与しうる。Crは、BCC構造を有しており、密着層が積層される(001)の層(MgO層等)とのミスマッチが小さい格子定数を有している。Crは、密着層が積層される層の配向を抑制しうる。これらの観点から、Cr基合金におけるCrの含有率は60at%以上が好ましい。
【0017】
Bは、Crと化合する。ターゲットにおいてBは、クロムホウ化物として存在する。このホウ化物は、結晶粒の成長をピン止めすると推測される。このターゲットから、結晶粒径が小さい薄膜が形成されうる。さらにBは、結晶粒界が存在しない組織(アモルファス)を実現しうる。この組織は、均質であってかつ等方性を有する。この組織は、薄膜の平滑に寄与しうる。これらの観点から、Cr基合金におけるBの含有率は10at%以上が好ましく、15at%以上がより好ましく、20at%以上が特に好ましい。スパッタリングにおけるターゲットの割れ抑制の観点から、この含有率は30at%以下が好ましい。
【0018】
Cr基合金の酸素含有率(質量基準)は、2000ppm以下が好ましい。このCr基合金が材質であるターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。さらに、このターゲットから、パーティクルが少ない薄膜が得られうる。これらの観点から、酸素含有率は1500ppm以下がより好ましく、1000ppm以下が特に好ましい。理想的には、酸素含有率は、検出限界値よりも小さい。
【0019】
ターゲットの金属組織は、CrB相及びCr単相を含んでいる。Cr単相は、靱性に極めて優れる。CrB相の靱性は、Cr単相の靱性よりも劣る。しかし、CrB相は、他のクロムホウ化物よりも靱性に優れる。CrB相及びCr単相を含む金属組織は、スパッタリングにおけるターゲットの割れを抑制しうる。
【0020】
X線回折で得られるCr相の複数のピークの中で、(110)面に関するピークP1が最大である。X線回折で得られるCrB相の複数のピークの中で、(111)面に関するピークP2が最大である。Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、CrB相の(111)面に関するX線回折ピークP2の比率は、10%以上80%以下が好ましい。この比率が10%以上であるターゲットでは、Bが十分に分散しており、かつ靱性に劣る化合物の量が少ない。これらの観点から、この比率は20%以上がより好ましく、25%以上が特に好ましい。この比率が80%以下であるターゲットでは、CrB相の量が過剰ではない。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。この観点から、この比率は60%以下がより好ましく、40%以下が特に好ましい。
【0021】
X線回折で得られるCr5B3相の複数のピークの中で、(213)面に関するピークP3が最大である。Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、Cr5B3相の(213)面に関するX線回折ピークP3の比率は、20%以下が好ましい。この比率が20%以下であるターゲットでは、Cr5B3相の量が過剰ではない。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。この観点から、この比率は10%以下がより好ましく、5%以下が特に好ましい。理想的には、この比率は0%である。
【0022】
ピークP1、P2及びP3は、X線回折装置によって測定される。X線回折のための試験片は、ワイヤーカット法により、ターゲットから切り出される。この試験片の表面は、研磨によって平滑にされる。測定の条件は、以下の通りである。
試験片のサイズ:10mm×20mm×5mm
X線源:CuKα線
スキャンスピード:4°/min
2θ:20-80°
このX線回折で得られたチャートから、ピーク(ピーク強度)が読み取られる。
【0023】
ターゲットの抗折強度は、300MPa以上が好ましい。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。この観点から、抗折強度は400MPa以上がより好ましく、500MPa以上が特に好ましい。
【0024】
抗折強度は、「JIS Z 2511」の規定に準拠した3点曲げ試験によって測定される。3点曲げ試験のための試験片は、ワイヤーカット法により、ターゲットから切り出される。測定の条件は、以下の通りである。
試験片のサイズ:2mm×2mm×20mm
支点間距離:10mm
抗折強度BS(MPa)は、下記の数式によって算出される。
BS = 3 / 2 × P × L / (t2× W)
P:破断時の荷重(kN)
L:支点間距離(mm)
t:試験片の厚さ(mm)
W:試料の幅(mm)
【0025】
このスパッタリングターゲットは、粉末冶金法によって得られうる。この方法は、
(1)その材質がCrBである第一粉末を準備する工程、
(2)その材質がCrである第二粉末を準備する工程、
(3)この第一粉末と第二粉末とを混合し、混合粉末を得る工程、
及び
(4)この混合粉末を加圧及び加熱する工程
を含む。加圧及び加熱により、焼結体であるスパッタリングターゲットが得られる。このターゲットが所定サイズに加工されて、スパッタリングに供される。
【0026】
前述の通りターゲットのCr基合金は、Bを含有する。このBは、第一粉末に由来する。第一粉末の材質は、CrBである。換言すれば、第一粉末は、50at%のCrと、50at%のBとを含む。このターゲットは、B単体が材質である粉末に由来する成分を含まない。このターゲットでは、Bが均一に分散しうる。このターゲットから、均質な薄膜が形成されうる。
【0027】
Bが第一粉末に由来するので、比較的大きい粒子径を有する第二粉末であっても、Bの均一な分散が達成されうる。粒子径が大きい第二粉末が第一粉末と混合されるので、酸素含有率が少ないターゲットが得られうる。具体的には、酸素含有率が2000ppm以下であるターゲットが、この製造方法によって得られうる。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。
【0028】
少ない酸素含有率の観点から、第二粉末の平均粒子直径D50は20μm以上が好ましく、40μm以上がより好ましく、50μm以上が特に好ましい。平均粒子直径D50は、250μm以下が好ましい。平均粒子直径D50は、粉末の体積の累積カーブにおいて、累積体積が50%であるときの粒子直径である。平均粒子直径D50は、レーザー回折・散乱式粒子径分布測定装置によって測定される。
【0029】
第一粉末のCrBは、熱に対して安定した化合物である。CrBは、焼結において新たな化合物の由来となりにくい。この製造方法により、CrB相及びCr単相以外の層を実質的に含まないターゲットが得られうる。この製造方法により、Cr5B3等の化合物の量が少ないターゲットが得られうる。この製造方法により、ピークP1に対するピークP2の比率が10%以上80%以下であるターゲットが得られうる。この製造方法により、ピークP1に対するピークP3の比率が20%以下であるターゲットが得られうる。この製造方法により、抗折強度が300MPa以上であるターゲットが得られうる。このターゲットは、スパッタリングにおいて割れにくい。このターゲットから、均質な薄膜が形成されうる。
【0030】
このターゲットから、スパッタリングにより、垂直磁気記録媒体の密着層が得られうる。このターゲットから、スパッタリングにより、他の薄膜が得られうる。
【0031】
本明細書は、薄膜の製造方法にも向けられる。この製造方法は、
(1)その材質が10.0at%以上30.0at%以下のBを含むCr基合金であり、その金属組織がCrB相及びCr単相を含んでおり、上記Cr相の(110)面に関するX線回折ピークに対する上記CrB相の(111)面に関するX線回折ピークの比率が10%以上80%以下であるターゲットを準備する工程、
並びに
(2)上記ターゲットにスパッタリングを施す工程
を含む。この製造方法により、高品質な薄膜が得られうる。この薄膜の一例として、垂直磁気記録媒体の密着層が挙げられる。
【実施例0032】
以下、実施例に係るスパッタリングターゲットの効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0033】
[実施例1]
第一粉末を準備した。この第一粉末の材質は、CrBである。このCrBは、50at%のBを含んでいる。この第一粉末の平均粒子直径D50は、10μmであった。さらに、第二粉末を準備した。この第二粉末の材質は、純Crである。この第二粉末の平均粒子直径D50は、60μmであった。第一粉末及び第二粉末をV型混合機に投入し、混合粉末を得た。直径が200mmであり、長さが10mmであり、材質が炭素鋼である缶に、混合粉末を充填した。この粉末に真空脱気を施したのち、HIPにてビレットを作成した。HIPの条件は、以下の通りである。
焼結温度:1000℃
圧力:120MPa
保持時間:2時間
このビレットをスライスし、実施例1のスパッタリングターゲットを得た。
【0034】
[実施例2-6並びに比較例1及び7]
第一粉末と第二粉末との混合比を調整し、かつ焼結温度を下記の表2に示される通りとした他は実施例1と同様にして、実施例2-6並びに比較例1及び7のスパッタリングターゲットを得た。
【0035】
[比較例2-6]
第一粉末に代えて所定量の純B粉末を用い、第二粉末に代えて材質が純Crであり平均粒子直径D50が60μmである所定量の粉末を用い、かつ焼結温度を下記の表2に示される通りとした他は実施例1と同様にして、比較例2-6のスパッタリングターゲットを得た。
【0036】
[比較例8]
出発原料を純Cr粉末のみとした他は実施例1と同様にして、比較例8のスパッタリングターゲットを得た。
【0037】
[比較例9-11]
第一粉末に代えて所定量の純B粉末を用い、かつ第二粉末に代えて材質が純Crであり平均粒子直径D50が10μmである所定量の微粉を用いた他は実施例1と同様にして、比較例9-11のスパッタリングターゲットを得た。
【0038】
[酸素含有率]
ターゲットから、ワイヤーカット法により試験片を切り出した。この試験片の質量は、約1gであった。この試験片の表面を研磨し、酸素・窒素分析装置(堀場製作所製の商品名「EMGA-920」)にて酸素含有率を測定した。この結果が、下記の表2に示されている。
【0039】
[X線回折]
前述の方法にて、ターゲットにX線回折を施した。Cr相の(110)面に関するX線回折ピークP1に対する、CrB相の(111)面に関するX線回折ピークP2の比率(P2/P1)を算出した。さらに、このピークP1に対する、Cr5B3相の(213)面に関するX線回折ピークP3の比率(P3/P1)を算出した。この結果が、下記の表3に示されている。ピークP2がノイズと区別できず、比率(P2/P1)が1%以下である場合、「<1%」と表示した。ピークP3がノイズと区別できず、比率(P3/P1)が1%以下である場合、「<1%」と表示した。実施例1-6並びに比較例1-3、7及び9-11のターゲットにおいて、回折ピークP1に対する比率が1%以上である、ピークP2以外のピークは、観察されなかった。比較例4-6のターゲットにおいて、回折ピークP1に対する比率が1%以上である、ピークP2及びP3以外のピークは、観察されなかった。
【0040】
[面積率の測定]
ターゲットから、ワイヤーカット法により試験片を切り出した。この試験片のサイズは、「10mm×20mm×5mm」であった。EPMA(電子ブローブマイクロアナライザ)よりこの試験片のCr及びBの分布を観測し、Bが存在しない部分の面積率Psを算出した。この結果が、下記の表3に示されている。EPMAでは、カウントが70以上のものを集計した。各カウントを全カウント(62500)で除して、面積率を算出した。EPMAの測定条件は、以下の通りである。
範囲:2mm×2mm
ビームサイズ:8μm
データポイント数:250×250
この結果が、下記の表2に示されている。
【0041】
[抗折試験]
前述の方法にて、ターゲットの抗折強度を測定した。この結果が、下記の表3に示されている。
【0042】
[薄膜のパーティクル数]
ターゲット(直径:95mm、厚さ:2mm)にスパッタリングを施し、薄膜を形成した。スパッタリングの条件は、下記の通りである。
基板の材質:洗浄されたガラス
チャンバー雰囲気:気圧が1×10-4Pa以下となるように排気し、純度99.99%のArガスを0.6Pa投入
薄膜の厚さ:20nm
この薄膜をOptical Surface Analyzerにて観察し、大きさが0.1μm以上であるパーティクルの数をカウントした。この結果が、下記の表2に示されている。
【0043】
[結晶粒径]
前述の薄膜をTEMで観察し、平均結晶粒径を測定した。この平均結晶粒径の、比較例1のCrの結晶粒径に対する比を算出した。この結果が、下記の表2に示されている。
【0044】
【0045】
それぞれのスパッタリングターゲットは、表1に記載された成分以外に、不可避的不純物を含有する。
【0046】
【0047】
表2から明らかな通り、各実施例のスパッタリングターゲットは、抗折強度に優れる。さらに、このターゲットから得られた薄膜では、パーティクルが少なく、結晶粒径が小さい。この評価結果から、このスパッタリングターゲットの優位性は明らかである。