(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024082593
(43)【公開日】2024-06-20
(54)【発明の名称】建設機械の制御装置およびこれを備えた建設機械
(51)【国際特許分類】
E02F 9/22 20060101AFI20240613BHJP
【FI】
E02F9/22 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022196550
(22)【出願日】2022-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(71)【出願人】
【識別番号】000246273
【氏名又は名称】コベルコ建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100178582
【弁理士】
【氏名又は名称】行武 孝
(72)【発明者】
【氏名】木下 拓矢
(72)【発明者】
【氏名】山本 透
(72)【発明者】
【氏名】永井 政樹
(72)【発明者】
【氏名】小岩井 一茂
【テーマコード(参考)】
2D003
【Fターム(参考)】
2D003AA01
2D003AB03
2D003AB04
2D003BA01
2D003CA02
2D003DA04
2D003DC02
2D003FA02
(57)【要約】
【課題】操作者が複数のアクチュエータを同時かつ快適に操作することが可能な建設機械の制御装置およびこれを備えた建設機械を提供する。
【解決手段】制御装置100Sは、快適度決定部40と、目標速度決定部20と、制御部30とを有する。快適度決定部40は、操作者が上部旋回体2およびブーム4を操作したときにその動きから感じる快適度に関する情報を取得する。目標速度決定部20は、操作者による上部旋回体2およびブーム4に対する操作の操作量と、快適度決定部40によって取得された前記快適度と、上部旋回体2およびブーム4の目標速度同士の相対的な特性に関する情報である特性マップとに基づいて、上部旋回体2およびブーム4の目標速度をそれぞれ決定する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操作者によって互いに独立して操作されるN個(Nは2以上の自然数)の駆動部材を有する建設機械の制御装置であって、
前記操作者が前記N個の駆動部材を操作したときに前記操作者が前記N個の駆動部材の動きから感じるM個(MはM<Nを満たす自然数)の快適度に関する情報を取得する快適度取得部と、
前記操作者による前記N個の駆動部材に対する操作の操作量と、前記快適度取得部によって取得された前記快適度と、前記N個の駆動部材の目標速度の相対的な特性に関する情報である特性情報とに基づいて、前記N個の駆動部材の目標速度をそれぞれ決定する目標速度決定部と、
前記N個の駆動部材の各々について、前記駆動部材の実速度が前記目標速度決定部によって決定された前記目標速度に近づくように前記駆動部材に対する制御入力を設定する制御部と、
を備える、建設機械の制御装置。
【請求項2】
前記操作者によって行われている前記建設機械の作業内容を判別する作業判別部を更に備え、
前記特性情報は、前記作業内容に応じてそれぞれ設定されており、
前記目標速度決定部は、前記作業判別部によって判別された前記作業内容に応じた前記特性情報に基づいて、前記N個の駆動部材の前記目標速度をそれぞれ決定する、請求項1に記載の建設機械の制御装置。
【請求項3】
前記特性情報は、前記N個の駆動部材のうちの一の駆動部材の目標速度と前記一の駆動部材とは異なる他の駆動部材の目標速度との相対的な関係を示す特性である主特性を含み、
前記目標速度決定部は、前記一の駆動部材の前記目標速度を決定したのち、当該決定された目標速度と前記主特性とに基づいて前記他の駆動部材の前記目標速度を決定する、請求項1又は2に記載の建設機械の制御装置。
【請求項4】
前記特性情報は、前記一の駆動部材の前記目標速度と前記他の駆動部材の前記目標速度との相対的な関係を示す特性であって、前記主特性に連関する副特性を更に含み、
前記目標速度決定部は、前記主特性に基づいて決定された前記一の駆動部材の目標速度及び前記他の駆動部材の目標速度に対応した前記N個の駆動部材の動きに対して前記快適度取得部によって取得された前記快適度が、予め設定された閾値よりも快適な特性を示した場合に、前記一の駆動部材の前記目標速度を新たに決定したのち、当該決定された目標速度と前記副特性とに基づいて前記他の駆動部材の前記目標速度を新たに決定する、請求項3に記載の建設機械の制御装置。
【請求項5】
前記主特性は、前記一の駆動部材の前記目標速度と前記他の駆動部材の前記目標速度とを関数によって関連付ける特性であり、
前記副特性は、前記一の駆動部材の前記目標速度と前記他の駆動部材の前記目標速度とを、前記主特性と直交する関数によって関連付ける特性である、請求項4に記載の建設機械の制御装置。
【請求項6】
前記目標速度決定部によって決定された前記N個の駆動部材の各々の前記目標速度の数が予め設定された閾値を超えると、当該決定された目標速度に基づいて前記特性情報を更新する特性情報更新部を更に備える、請求項1に記載の建設機械の制御装置。
【請求項7】
前記N個の駆動部材の前記目標速度、前記快適度、及び、前記快適度の目標値である目標快適度に関する情報をそれぞれ記憶する記憶装置を更に備え、
前記目標速度決定部は、前記記憶装置に記憶されている情報を用いて、前記快適度が前記目標快適度に近づくように、前記一の駆動部材の伝達関数の慣性モーメントをパラメータとして調整しながら前記一の駆動部材の前記目標速度を決定する、請求項3に記載の建設機械の制御装置。
【請求項8】
前記慣性モーメントをJref、粘性係数をDとすると、前記伝達関数は、
(1/D)/(1+(Jref/D)・s)である、請求項7に記載の建設機械の制御装置。
【請求項9】
機体と、
当該機体に対して相対的に動くことが可能なN個の駆動部材と、
請求項1に記載の建設機械の制御装置と、
を備える、建設機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設機械の制御装置およびこれを備えた建設機械に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、建設機械において、必要に応じてアクチュエータの駆動速度を制御する技術が知られている。例えば、特許文献1には、オペレータによる操作レバーの操作量に基づいて目標燃費減算量を算出しポンプ出力を低減することで、微操作など作業速度を必要としない作業時にアクチュエータの速度を抑えて燃費を向上させる技術が開示されている。当該技術では、オペレータが操作する操作レバーの操作量に基づいて予め設定された作業タイプが判定され、当該作業タイプに応じて油圧ポンプのPQ特性(圧力・流量特性)が変更される。この結果、操作レバーが同じ操作量で操作された場合であっても、作業タイプに応じてアクチュエータの作動速度が変化する。
【0003】
また、特許文献2には、複数のアクチュエータが同時に操作される複合操作時において、各アクチュエータに供給される作動油の流量を操作パターンに応じて変化させることで、各アクチュエータの速度を調整して操作性を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-339911号公報
【特許文献2】特開2019-178582号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、2に記載された技術では、作業内容毎に予め設定された特性に応じて各アクチュエータの作動速度が調整されるため、必ずしもオペレータが望む操作性を得ることができないという問題があった。
【0006】
本発明の目的は、操作者が複数の駆動部材を同時かつ快適に操作することが可能な建設機械の制御装置およびこれを備えた建設機械を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明により提供されるのは、操作者によって互いに独立して操作されるN個(Nは2以上の自然数)の駆動部材を有する建設機械の制御装置であって、当該制御装置は、快適度取得部と、目標速度決定部と、制御部とを備える。前記快適度取得部は、前記操作者が前記複数の駆動部材を操作したときに前記操作者が前記複数の駆動部材の動きから感じるM個(MはM<Nを満たす自然数)の快適度に関する情報を取得する。前記目標速度決定部は、前記操作者による前記N個の駆動部材に対する操作の操作量と、前記快適度取得部によって取得された前記快適度と、前記N個の駆動部材の目標速度の相対的な特性に関する情報である特性情報とに基づいて、前記N個の駆動部材の目標速度をそれぞれ決定する。前記制御部は、前記N個の駆動部材の各々について、前記駆動部材の実速度が前記目標速度決定部によって決定された前記目標速度に近づくように前記駆動部材に対する制御入力を設定する。
【0008】
本構成によれば、目標速度決定部が、操作者による操作の操作量と、快適度と、特性情報とに基づいて各駆動部材の目標速度を調整するものであり、前記特性情報がN個の駆動部材の目標速度の相対的な特性を含むため、駆動部材の数Nよりも少ないM個の快適度を入力するだけで、複数の駆動部材を同時かつ快適に操作することが可能になる。また、N個以上の数の快適度を入力する場合と比較して、前記快適度の入力作業が建設機械の作業効率に与える影響を小さくすることができる。
【0009】
上記の構成において、前記操作者によって行われている前記建設機械の作業内容を判別する作業判別部を更に備え、前記特性情報は、前記作業内容に応じてそれぞれ設定されており、前記目標速度決定部は、前記作業判別部によって判別された前記作業内容に応じた前記特性情報に基づいて、前記N個の駆動部材の前記目標速度をそれぞれ決定するものでもよい。
【0010】
本構成によれば、各作業内容に応じた特性情報を用いることで、操作者が駆動部材の動きを快適に感じるまでの時間を短くすることができる。
【0011】
上記の構成において、前記特性情報は、前記N個の駆動部材のうちの一の駆動部材の目標速度と前記一の駆動部材とは異なる他の駆動部材の目標速度との相対的な関係を示す特性である主特性を含み、前記目標速度決定部は、前記一の駆動部材の前記目標速度を決定したのち、当該決定された目標速度と前記主特性とに基づいて前記他の駆動部材の前記目標速度を決定するものでもよい。
【0012】
本構成によれば、予め設定された主特性を用いることで、一の駆動部材の目標速度から他の駆動部材の目標速度を容易に決定することができる。
【0013】
上記の構成において、前記特性情報は、前記一の駆動部材の前記目標速度と前記他の駆動部材の前記目標速度との相対的な関係を示す特性であって、前記主特性に連関する副特性を更に含み、前記目標速度決定部は、前記主特性に基づいて決定された前記一の駆動部材の目標速度及び前記他の駆動部材の目標速度に対応した前記N個の駆動部材の動きに対して前記快適度取得部によって取得された前記快適度が、予め設定された閾値よりも快適な特性を示した場合に、前記一の駆動部材の前記目標速度を新たに決定したのち、当該決定された目標速度と前記副特性とに基づいて前記他の駆動部材の前記目標速度を新たに決定するものでもよい。
【0014】
本構成によれば、主特性によって得られる快適度よりも更に操作者の感覚に応じた快適度を副特性によって得ることができる。
【0015】
上記の構成において、前記主特性は、前記一の駆動部材の前記目標速度と前記他の駆動部材の前記目標速度とを関数によって関連付ける特性であり、前記副特性は、前記一の駆動部材の前記目標速度と前記他の駆動部材の前記目標速度とを、前記主特性と直交する関数によって関連付ける特性であってもよい。
【0016】
本構成によれば、主特性のすべての領域に対応して、副特性を主特性とは異なる特性に設定することができるため、複数の駆動部材について、操作者がより快適に感じる目標速度の組み合わせを取得することができる。
【0017】
上記の構成において、前記目標速度決定部によって決定された前記N個の駆動部材の各々の前記目標速度の数が予め設定された閾値を超えると、当該決定された目標速度に基づいて前記特性情報を更新する特性情報更新部を更に備えるものでもよい。
【0018】
本構成によれば、操作者が実際に快適と感じた目標速度の組み合わせに応じて特性情報を更新することができるため、以後の目標速度の決定処理において、快適な目標速度をより早く設定することができる。
【0019】
上記の構成において、前記N個の駆動部材の前記目標速度、前記快適度、及び、前記快適度の目標値である目標快適度に関する情報をそれぞれ記憶する記憶装置を更に備え、前記目標速度決定部は、前記記憶装置に記憶されている情報を用いて、前記快適度が前記目標快適度に近づくように、前記一の駆動部材の伝達関数の慣性モーメントをパラメータとして調整しながら前記一の駆動部材の前記目標速度を決定するものでもよい。
【0020】
本構成によれば、一の駆動部材の伝達関数の慣性モーメントを調整することで、目標快適度により早く到達することが可能な目標速度を演算することができる。
【0021】
上記の構成において、前記慣性モーメントをJref、粘性係数をDとすると、前記伝達関数は、(1/D)/(1+(Jref/D)・s)であるものでもよい。
【0022】
本構成によれば、慣性モーメントに依存する伝達関数をモデル化することで、駆動部材の動きを正確にフィードバック制御することができる。
【0023】
また、本発明によって提供されるのは、機体と、当該機体に駆動可能に支持されるN個の駆動部材と、上記の何れかに記載の建設機械の制御装置と、を備える建設機械である。
【0024】
本構成によれば、目標速度決定部が、操作者による操作の操作量と、快適度と、特性情報とに基づいて各駆動部材の目標速度を調整するものであり、前記特性情報がN個の駆動部材の目標速度の相対的な特性を含むため、駆動部材の数Nよりも少ないM個の快適度を入力するだけで、複数の駆動部材を同時かつ快適に操作することが可能になる。また、N個以上の数の快適度を入力する場合と比較して、前記快適度の入力作業が建設機械の作業効率に与える影響を小さくすることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、操作者が複数の駆動部材を同時かつ快適に操作することが可能な建設機械の制御装置およびこれを備えた建設機械を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の一実施形態に係る制御装置を備える建設機械を示す側面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る制御装置の構成図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る制御装置において各駆動部材の目標速度が設定される様子を示す模式図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る制御装置の一部を拡大した構成図である。
【
図5】本発明の一実施形態に係る制御装置が各駆動部材の目標速度を設定する様子を示すフローチャートである。
【
図6】本発明の一実施形態に係る制御装置が有する特性マップに基づいて旋回モータの慣性モーメントが設定される様子を示すグラフである。
【
図7】本発明の一実施形態に係る制御装置が有する特性マップに基づいて旋回モータの慣性モーメントが設定される様子を示すグラフである。
【
図8】本発明の一実施形態に係る制御装置が有する特性マップに基づいて旋回モータの慣性モーメントが設定される様子を示すグラフである。
【
図9】本発明の一実施形態に係る制御装置が有する特性マップに基づいて旋回モータの慣性モーメントが設定される様子を示すグラフである。
【
図10】本発明の一実施形態に係る制御装置が有する特性マップが更新される様子を示すグラフである。
【
図11】本発明の第1変形実施形態に係る制御装置が有する特性マップを示すグラフである。
【
図12】本発明の第2変形実施形態に係る制御装置が有する特性マップを示すグラフである。
【
図13】本発明の第3変形実施形態に係る制御装置が有する特性マップを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の好ましい実施形態を、図面を参照しながら説明する。
【0028】
図1は、本発明の一実施形態に係る制御装置100Sが搭載される油圧ショベル100(建設機械)を示す。この油圧ショベル100は、走行面上を走行可能なクローラ式の下部走行体1(機体)と、前記走行面に対して垂直な旋回中心軸まわりに旋回可能となるように下部走行体1の上に搭載される上部旋回体2と、この上部旋回体2に搭載される作業アタッチメント3と、を備える。当該作業アタッチメント3は、前記上部旋回体2に起伏可能に支持されるブーム4と、当該ブーム4の先端に回動可能に連結されるアーム5と、当該アーム5の先端に回動可能に連結されるバケット6とを備える。また、上部旋回体2は、旋回フレーム2Sと、キャブ2Aとを有する。
【0029】
前記油圧ショベル100は、前記上部旋回体2に対して前記ブーム4を起伏動作させるように作動するブームシリンダ7と、当該ブーム4に対して前記アーム5を回動動作させるように作動するアームシリンダ8と、当該アーム5に対して前記バケット6を回動動作させるように作動するバケットシリンダ9と、を備える。
【0030】
なお、上部旋回体2および作業アタッチメント3のブーム4、アーム5およびバケット6は、それぞれ本発明の駆動部材を構成する。各駆動部材は、下部走行体1に対して相対的に動くことが可能である。一例として、本実施形態では、油圧ショベル100は、4個(N個、Nは2以上の自然数)の駆動部材を有する。また、各駆動部材は、キャブ2A内の操作者によって互いに独立して操作される。
【0031】
図2は、本実施形態に係る制御装置100Sの構成図である。
図3は、本実施形態に係る制御装置100Sにおいて各対象機器10の目標速度が設定される様子を示す模式図である。
図4は、本実施形態に係る制御装置100Sの一部を拡大した構成図である。
【0032】
図2に示すように、制御装置100Sは、主として、対象機器10と、目標速度決定部20と、制御部30と、快適度決定部40(快適度取得部)と、データベース50と、記憶装置55(
図3)と、操作機構60と、脳内目標速度決定部70と、作業判別部80とを備えている。
【0033】
対象機器10は、操作者によって操作される機器であり、より具体的には、油圧ショベル100の前記駆動部材である。
【0034】
目標速度決定部20は、操作者による対象機器10に対する操作入力τhに基づき、対象機器10の出力角速度yωの目標速度rωを決定する。具体的に、目標速度決定部20は、操作者によるN個の駆動部材に対する操作の操作量と、快適度決定部40によって取得された快適度yと、後記の特性マップとに基づいて、前記N個の駆動部材の目標速度rωをそれぞれ決定する。なお、操作入力τhは、対象機器10の操作機構60、例えば後記の操作レバーを介して入力される。
【0035】
図4を参照して、目標速度決定部20は、特性マップ201(特性情報)と、副特性マップ演算装置202と、特性マップ更新装置203(特性情報更新部)とを含む。特性マップ201は、N個の対象機器10の目標速度同士の相対的な特性に関する情報である。本実施形態では、特性マップ201は、油圧ショベル100が実行する作業内容に応じてそれぞれ設定されている。副特性マップ演算装置202は、制御装置100Sが実行する処理において、後記の副特性マップを演算する。また、特性マップ更新装置203は、目標速度決定部20によって決定された各対象機器10の各々の目標速度の数が予め設定された閾値を超えると、当該決定された目標速度に基づいて特性マップ201を更新する。
【0036】
制御部30は、N個の対象機器10の各々について、各対象機器10の出力角速度yω(実速度)が目標速度決定部20によって決定された目標速度rωに近づくように、対象機器10に対する制御入力τを設定する。具体的に、制御部30は、目標速度rωと出力角速度yωとの差分に基づき、例えばPID制御によって対象機器10に対する制御入力τを決定する。
【0037】
一例として、油圧ショベル100における上部旋回体2の旋回動作および作業アタッチメント3の各部材(ブーム4、アーム5、バケット6)の各駆動動作は、不図示の油圧回路を介して行われる。前記油圧回路は、エンジンの駆動力を受けて作動する油圧ポンプ、旋回モータまたは油圧シリンダなどのアクチュエータ、前記油圧ポンプと前記アクチュエータとの間に介在するコントロールバルブ(流量制御弁)などを含む。制御部30は、前記制御入力τとして前記コントロールバルブに入力するパイロット圧を調整することで、上部旋回体2の旋回速度、ブーム4の起伏速度などを調整する。この際、これらの部材は回転(回動)動作を行うため、前記各速度は、角速度に相当する。
【0038】
快適度決定部40は、操作者がN個の対象機器10(駆動部材)を操作したときに、前記操作者が前記N個の対象機器10の動きから感じるM個(MはM<Nを満たす自然数)の快適度に関する情報を取得する。すなわち、
図2に示すように、快適度決定部40は、各対象機器10の出力角速度y
ωに対応する操作者の快適度yを決定する。
【0039】
データベース50には、N個の対象機器10の目標速度rω、快適度y、及び、快適度yの目標快適度rが逐次蓄積され、データベース50は、これらの情報を記憶する。データベース50は、記憶装置55とともに、本発明の記憶装置を構成する。なお、データベース50および記憶装置55は、共通の装置でもよい。
【0040】
操作機構60は、油圧ショベル100のキャブ2A内に配置されている。操作機構60は、上部旋回体2の旋回動作、ブーム4の起伏動作などにそれぞれ対応する、複数の操作レバーを含む。操作者は、油圧ショベル100の各対象機器10を動かすために、操作機構60の各操作レバーをそれぞれ操作する。
【0041】
脳内目標速度決定部70は、制御装置100Sにおける仮想的な構成要素であり、操作者の脳内において操作者自らの操作入力τhに対応する脳内目標速度(希望速度)rhを決定する。
【0042】
作業判別部80は、操作機構60が操作者から受ける操作に応じて、前記操作者によって行われている油圧ショベル100の作業内容を判別する。一例として、上部旋回体2の旋回動作とブーム4の上げ動作とが同時に操作された場合、作業判別部80は、「旋回持ち上げ操作」が行われていると判別する。前述の目標速度決定部20は、作業判別部80によって判別された前記作業内容に応じた特性マップ201に基づいて、N個の対象機器10の目標速度をそれぞれ決定する。
【0043】
本実施形態の制御装置100Sにおいて、目標速度決定部20、制御部30及び快適度決定部40の各機能は、コンピュータがプログラムを実行することによって実施される。コンピュータは、プログラムに従って動作するプロセッサ、プログラムの実行に必要なデータを記憶するメモリ等を主なハードウェア構成として備える。
【0044】
また、本実施形態の制御装置100Sにおいて、データベース50および記憶装置55は、コンピュータが読み取り可能なROM、光ディスク、ハードディスクドライブなどの記録媒体により構成される。
【0045】
本実施形態に係る制御装置100Sでは、操作者がN個の対象機器10を操作するにあたって、操作機構60が受ける操作の操作量、快適度決定部40が決定する快適度yに基づいて、目標速度決定部20がN個の対象機器10の目標速度r
ωを決定する。この際、N個よりも少ないM個の快適度yによって操作者が快適に感じるN個の目標速度r
ωを決定することができる。なお、
図2では、説明を簡略化するために、1つの対象機器10を用いて制御装置100Sの構成図を示している。実際には、上記のように、操作機構60は複数の操作レバーを含み、制御装置100Sによって複数の対象機器10の目標速度r
ωがそれぞれ設定される。
【0046】
なお、目標速度決定部20は、N個の対象機器10のうちの少なくとも一つの対象機器10については、データベース50に蓄積されているデータを用いて、目標快適度rと快適度yとの差分が小さくなるように、前記対象機器10の伝達関数の慣性モーメントをパラメータとして調整しながら、目標速度rωを決定する。
【0047】
以下の説明では、上記のN=2、M=1の場合に基づいて、制御装置100Sが各対象機器10の目標速度を決定する態様について詳述する。操作対象となる2つの対象機器10は、旋回する上部旋回体2と、起伏するブーム4とする。また、操作機構60は、ブーム操作レバー60Aと、旋回操作レバー60Bとを含む(
図3)。
【0048】
図3に示すように、操作者がブーム操作レバー60Aおよび旋回操作レバー60Bを同時に操作した場合、各操作レバーが受ける操作量と、快適度決定部40(
図2)が決定する1つの快適度yとに基づいて、目標速度決定部20が所定のゲインを決定し、ブーム目標速度、旋回目標速度をそれぞれ算出する。前記ゲインは、快適度yを加味しない場合には1に相当する。各操作レバーが受ける操作量に対してゲインが適切に設定されることで、操作者が感じる快適度yを向上させることができる。
【0049】
図5は、本実施形態に係る制御装置100Sが各対象機器10の目標速度を設定する様子を示すフローチャートである。また、
図6乃至
図9は、制御装置100Sが有する特性マップに基づいて前記旋回モータの慣性モーメントが設定される様子を示すグラフである。
【0050】
制御装置100Sが実行する快適度yに応じた目標速度の決定処理は、例えばキャブ2A内に備えられた不図示のスイッチによって開始することができる。当該処理が開始され、操作者がブーム操作レバー60Aおよび旋回操作レバー60Bを操作すると、その操作量に応じて、目標速度決定部20が、初期目標速度を設定する(ステップS1)。
【0051】
具体的に、目標速度決定部20は、ブーム操作レバー60Aが受ける操作量に応じて、ブーム4の起伏動作における慣性モーメントを決定し、この慣性モーメントに応じてブーム4の目標速度を決定する。なお、当該ブーム4の慣性モーメント、目標速度の決定方法については後記で詳述する。
【0052】
次に、目標速度決定部20は、
図6に示すような特性マップ201に基づいて、上部旋回体2の旋回動作における慣性モーメントを決定し、同目標速度を決定する。この際、特性マップ201に予め含まれる主特性マップ(主特性)が用いられる。目標速度決定部20は、当該主特性マップを、油圧ショベル100における現在の作業内容に応じて設定する。なお、
図6の例では、主特性マップは複数の線分(直線)の組み合わせからなるが、主特性マップは一つの直線や曲線、これらの組み合わせからなるものでもよい。
【0053】
目標速度決定部20は、前述のように、予め決定したブーム4の慣性モーメント(ブーム慣性モーメント)に対応する、主特性マップ上の所定の位置(
図6の黒丸)を特定し、対応する上部旋回体2の慣性モーメント(旋回慣性モーメント)を取得する。この結果、ブーム4、上部旋回体2のそれぞれの目標速度r
ωを決定することができる。各目標速度r
ωが決定されると、
図2に示すように、各対象機器10(ブーム4、上部旋回体2)の出力角速度y
ω(実速度)が目標速度r
ωに近づくように、制御部30がフィードバック制御を実行する。そして、当該制御を経て、作動する各対象機器10の動きに応じて、快適度決定部40が快適度yを決定する(
図2)。
【0054】
次に、上記の快適度yを受けて、目標速度決定部20が各対象機器10の目標速度を変更する(ステップS2)。まず、目標速度決定部20は、前記快適度yに基づいてブーム慣性モーメントを新たに演算する(詳細は後記)。そして、
図7に示すように、新たに演算されたブーム慣性モーメントと、前記主特性マップとから、新たな旋回慣性モーメントを
図7の矢印のように取得する。この結果、ブーム4の目標速度r
ω、上部旋回体2の目標速度r
ωがそれぞれ設定(変更)される。そして、ステップS1と同様に、各対象機器10(ブーム4、上部旋回体2)の出力角速度y
ω(実速度)が新たな目標速度r
ωに近づくように、制御部30がフィードバック制御を実行する。そして、当該制御を経て、作動する各対象機器10の動きに応じて、快適度決定部40が新たな快適度yを決定する(
図2)。
【0055】
次に、目標速度決定部20は、最新の快適度yが予め設定された閾値を超えて快適な特性を示したか否かを判定する(ステップS3)。本実施形態では、快適度yは相対的に小さいほど、快適な状態を意味する。ステップS3で、最新の快適度yが前記閾値を上回っている(快適ではない)場合(ステップS3でNO)、ステップS2が繰り返される。一方、最新の快適度yが前記閾値を下回っている(快適である)場合(ステップS3でYES)、目標速度決定部20は副特性マップを生成する(ステップS4)。
【0056】
具体的に、目標速度決定部20の副特性マップ演算装置202(
図4)が、前記主特性に基づいて副特性マップを生成する。
図8を参照して、本実施形態では、副特性マップ演算装置202は、主特性マップ上の、各対象機器10の慣性モーメントに対応した最新の点における法線を副特性マップとして演算する。すなわち、副特性マップは、前記最新の点において、主特性マップと直交する直線の式である。
【0057】
ステップS4において副特性マップが生成されると、目標速度決定部20は当該副特性マップを用いて、ステップS2と同様に、快適度yに応じて目標速度を変更する(ステップS5)。すなわち、
図9に示すように、目標速度決定部20は副特性マップ上を移動しながら、ブーム慣性モーメントに対応する旋回慣性モーメントを決定する。
【0058】
次に、目標速度決定部20は、最新の快適度yが予め設定された目標値に到達したか否かを判定する(ステップS6)。ここで、最新の快適度yが前記目標値に達していない場合(ステップS6でNO)、目標速度決定部20はステップS5を繰り返す。一方、最新の快適度yが前記目標値に達している場合(ステップS6でYES)、目標速度決定部20は、ブーム4および上部旋回体2の最新の目標速度rωをデータベース50に保存する(ステップS7)。
【0059】
上記の処理によって、操作者が、ブーム4の起伏動作および上部旋回体2の旋回動作を快適に実行することができる。目標速度決定部20が上記の処理を繰り返しながら、ブーム慣性モーメントおよび旋回慣性モーメントの組み合わせのデータ数が所定の閾値を超えた場合(ステップS8でYES)、特性マップ更新装置203(
図2)が特性マップの更新を行う。具体的に、特性マップ更新装置203は、
図10に示すように、複数のデータを近似する近似線(近似直線または近似曲線)を演算し(ステップS9)、新たな特性マップ(主特性マップ)として更新する(ステップS10)。なお、
図10では、古い特性マップが破線で図示されている。
【0060】
なお、ステップS8においてブーム慣性モーメントおよび旋回慣性モーメントの組み合わせのデータ数が所定の閾値を超えていない場合には、目標速度決定部20は、特性マップを更新することなく、
図5のフローを終了する。
【0061】
次に、
図5のフローチャートにおいて、目標速度決定部20がブーム4の起伏動作における目標速度を決定する方法について説明する。
【0062】
ブーム4に例示される対象機器10の伝達関数は、例えば、慣性モーメントをJ、粘性係数をDとして、(1/D)/(1+(J/D)・s)と表すことができる。なお、s=jω(ωはsin波の角周波数、jは虚数単位である)。この場合、1/Dはシステムゲインである。油圧ショベル100のブーム操作でブーム操作レバー60A(
図3)をフルレバー入力したときの定常角速度は、公知の測定方法によって容易に計測可能であることから、目標速度決定部20は、粘性係数Dを既知の固定値として、目標速度r
ωを決定してもよい。或いは、目標速度決定部20は、慣性モーメントJ
refと共に粘性係数Dをパラメータとして調整しながら、目標速度r
ωを決定してもよい。
【0063】
なお、本実施形態では対象機器10の慣性モーメントを「J」、目標速度決定部20がパラメータとして調整する慣性モーメントを「Jref」と表記する。
【0064】
また、快適度決定部40は、例えば、操作者の心拍等の生体反応をセンサ等により取得し、当該生体反応に基づき快適度yを決定する構成であってもよいし、或いは、操作者がタッチパネル等の入力機器を用いて自ら快適度yを入力してもよい。
【0065】
本実施形態では、制御装置100Sでは仮想的な構成要素となるが、脳内目標速度決定部70が、操作者の脳内において操作者自らの操作入力τhに対応する脳内目標速度(希望速度)rhを決定しているものとし、この脳内目標速度rhと出力角速度yωとの差分ehが、操作者の快適度yを決める要因となる。例えば、脳内目標速度rhと出力角速度yωとの差分ehが0となったとき、言い換えると、操作者が、脳内目標速度rhと同じ出力角速度yωが得られるように現実の対象機器10の操作ができたときに、快適度yが最も高い値を持つように決定されてもよい。ここで、実運用時の制御装置100Sにおいては、脳内目標速度rh及び差分ehはいずれも未知の値である。また、脳内目標速度決定部70では、操作者の脳内における対象機器10の伝達関数を、例えば、脳内での慣性モーメントをJh、粘性係数をDとして、(1/D)/(1+(Jh/D)・s)で表現してもよい。ここで、脳内での慣性モーメントをJhは未知の値である。
【0066】
本実施形態では、快適度y(t)(tは時間)を向上させることが目的となるが、個々の時刻において適切な対象機器10(油圧ショベルのブーム)の目標速度rω(t)を直接設定することは容易ではない。そこで、目標速度決定部20は、操作入力(本実施例ではレバー入力トルク)τh(t)と対象機器10の慣性モーメントJとの関係式から、下記の式1に示すように、個々の時刻において適切な目標速度rω(t)を自動生成する。
【0067】
【0068】
式1において、Jrefは、油圧ショベル100のブーム4を含めた閉ループ伝達関数の目標慣性モーメントであり、Dは粘性抵抗である。前述のように,1/Dはシステムゲインとなり、油圧ショベル100のブーム操作でフルレバー入力したときの定常角速度が容易に計測可能であることから、本実施形態では粘性係数Dを既知の固定値として扱う。
【0069】
また、本実施形態では、快適度yが向上するように、後述するデータベース駆動型アプローチに基づいて、慣性モーメントJrefが調整される。ここで、操作者の脳内での慣性モーメントをJhとして、JrefがJhと等しくなったとき、実制御系の慣性モーメントと脳内での慣性モーメントとが一致することから、最も快適な状態であるといえる。言い換えると、快適度yについては、操作者の脳内における油圧ショベル100の目標応答速度と同様な操作ができたときに、最も快適であるということができる。
【0070】
また、本実施形態では、制御対象である快適度y(t)に関し、下記の式2で表される離散時間非線形システムが想定される。
【0071】
【0072】
式2において、y(t)はシステム出力、f()は非線形関数、φ(t-1)は、システムの時刻tより前の状態を表しており、情報ベクトルと呼ぶ。また、情報ベクトルφ(t-1)は、下記の式3で定義される。
【0073】
【0074】
ここで、r
ω(t)(対象機器10の目標速度)は、快適度y(t)の制御におけるシステム入力であり、n
y、n
wはそれぞれシステム出力及びシステム入力の次数である。データベース駆動型制御では、各操業データが式3の形式でデータベース50(
図1参照)に蓄積される。また、現在のシステムの状態を表す情報ベクトルφ(t)を要求点(クエリ)と呼ぶ。
【0075】
以下、データベース50に蓄積されているデータを用いて目標速度決定部20により実施されるデータベース駆動型制御による慣性モーメントJrefの調整について詳述する。
【0076】
<初期データベースの作成>
データベース駆動型制御では、過去の蓄積データが存在しない場合、原理的に慣性モーメントJrefを調整することができない。従って、予め設定された慣性モーメントJrefの初期値を用いて入出力データを取得し、下記の式4で表される情報ベクトルφから構成される初期データベース(データベース50の一部)を作成する。
【0077】
【0078】
式4において、j=1、2、・・・、N(0)であり、φ-(j)は、下記の式5で与えられる。(なお、上記のように、式4などに含まれるφの上にバーを入れた符号を、本文ではφ-とする。)
【0079】
【0080】
また、N(0)は初期データ数(初期データベースにおける情報ベクトルの数)を表す。初期データベースにおける推定慣性モーメントは固定であるので、Jref(1)=Jref(2)=・・・=Jref(N(0))である。
【0081】
<距離の算出、近傍の選択>
要求点φ-(t)と、データベースに蓄えられている情報ベクトルφ-(j)との距離を、下記の式6で表される重みつきL1ノルムにより求める。
【0082】
【0083】
式6において、j=1、2、・・・、N(t)であり、N(t)は時刻tにおいてデータベースに蓄えられているデータ数(情報ベクトル)を表している。また、φ-
1(j)は第j番目の情報ベクトルの第1番目の要素を表している。同じく、φ-
1(t)は時刻tにおける要求点の第1番目の要素を表している。さらに、maxφ-
1(m)は、データベースに存在する全ての情報ベクトル(φ-(j):j=1、2、・・・、N(t))の第1番目の要素の中で最も大きな要素を示しており、minφ-
1(m)は、同じく第1番目の要素のなかで最も小さな要素を示している。
【0084】
本実施形態では、式6により求められた、距離dが小さい方からk個の情報ベクトルを選択し、当該選択されたデータ集合を要求点の近傍として定義する。
【0085】
<局所コントローラの構成>
次に、前述のように選択された近傍に対して、下記の式7で示される、重みつき局所線形平均法(Linearly Weighted Average:LWA)により局所コントローラを構成する。
【0086】
【0087】
ここで、ωiは選択された第i番目の情報ベクトルに含まれるJref(i)に対する重みであり、下記の式8で与えられる。
【0088】
【0089】
以上の手順により各時刻tにおける慣性モーメントJref
old(t)を算出することができる。さらに、データベース駆動型アプローチにより適切に慣性モーメントJrefを調整できようにするためには、データベース50の学習を行う必要がある。そこで、本実施例では、最急降下法により、データベース50内の各データセットにおけるJrefの更新を行う。
【0090】
<最急降下法による慣性モーメントJrefの更新>
本実施例では、下記の式9のような最急降下法を用いて慣性モーメントJrefの調整を行う。
【0091】
【0092】
式9において、ηは学習係数、I(t)は、下記の式10、式11で定義される評価規範を表している。
【0093】
【0094】
【0095】
また、式9の右辺第2項の偏微分は、式12のように展開される。
【0096】
【0097】
式10、式11で定義される評価規範が十分に小さくなるまで、最急降下法を繰り返し実施することによって、最適な慣性モーメントJ
refの算出、つまり、操作者の脳内での慣性モーメントJ
hに近づくように慣性モーメントJ
refを算出することができる。この結果、
図5のステップS2などにおいて、ブーム4の目標速度r
ωを設定することができる。
【0098】
以上のように、本実施形態では、制御装置100Sが、快適度決定部40と、目標速度決定部20と、制御部30とを有する。快適度決定部40は、操作者が例えば2つの対象機器10を操作したときに各対象機器10の動きから感じる1つの快適度に関する情報を取得する。また、目標速度決定部20は、前記操作者による2つの対象機器10に対する操作の操作量と、快適度決定部40によって取得された快適度yと、各対象機器10の目標速度同士の相対的な特性に関する情報である特性マップ(特性情報)とに基づいて、各対象機器10の目標速度rωをそれぞれ決定する。更に、制御部30は、2つの対象機器10の各々について、対象機器10の出力角速度yωが目標速度決定部20によって決定された前記目標速度rωに近づくように対象機器10に対する制御入力τを設定する。このような構成によれば、目標速度決定部20は、快適度に基づいて、操作者が最も操縦しやすいと感じるように複数の対象機器10の目標速度rωを調整するため、油圧ショベル100の作業効率及び操作者の心理状態を向上させることができる。また、操作者の快適度(感性)に関する入力の数Mが、対象機器10の数Nよりも少ないため、快適度yの入力作業が油圧ショベル100の作業効率に与える影響を小さくすることができる。
【0099】
なお、本実施形態では、操作者による対象機器10に対する操作入力τhがある場合のみ、目標速度決定部20が各対象機器10の目標速度rωを決定し、制御部30が対象機器10に対する制御入力τを設定し、対象機器10が動作するものでもよい。この場合、操作者が対象機器10の操作を行っていないときに、対象機器10が自動的に動き出す事態を回避できるので、安全性を確保することができる。
【0100】
また、本実施形態では、目標速度決定部20は、作業判別部80によって判別された作業内容に応じた特性マップに基づいて、2つの対象機器10の目標速度rωをそれぞれ決定する。このため、各作業内容に応じた特性マップを用いることで、操作者が対象機器10の動きを快適に感じるまでの時間を短くすることができる。
【0101】
また、本実施形態では、前記特性マップは、2つの対象機器10のうちのブーム4(一の駆動部材)の目標速度rωと上部旋回体2(前記一の駆動部材とは異なる他の駆動部材)の目標速度rωとの相対的な関係を示す特性である主特性マップを含む。そして、目標速度決定部20は、ブーム4の目標速度rωを決定したのち、主特性マップに基づいて上部旋回体2の目標速度を決定する。このような構成によれば、予め設定された主特性マップを用いることで、一方の対象機器10の目標速度rωから他の対象機器10の目標速度rωを決定することができる。
【0102】
更に、本実施形態では、特性マップは、ブーム4の目標速度rωと上部旋回体2の目標速度rωとの相対的な関係を示す特性であって、主特性マップに連関する副特性マップを更に含む。そして、目標速度決定部20は、主特性マップに基づいて決定されたブーム4の目標速度rω及び上部旋回体2の目標速度rωに対応した、ブーム4および上部旋回体2の動きから快適度決定部40によって取得された快適度yが、予め設定された閾値よりも快適な特性を示した場合に、ブーム4の目標速度rωを新たに決定したのち、副特性マップに基づいて上部旋回体2の目標速度rωを新たに決定する。このような構成によれば、主特性マップによって得られる快適度yよりも更に操作者の感覚に応じた、高いレベルの快適度yを副特性マップによって得ることができる。
【0103】
また、本実施形態では、主特性マップは、ブーム4の目標速度rωと上部旋回体2の目標速度rωとを関数によって関連付ける特性であり、副特性マップは、ブーム4の目標速度rωと上部旋回体2の目標速度rωとを、主特性マップと直交する関数によって関連付ける特性である。このような構成によれば、主特性マップのすべての領域に対応して、副特性マップを主特性マップとは異なる特性に設定することができるため、複数の対象機器10について、操作者がより快適に感じる目標速度rωの組み合わせを取得することができる。
【0104】
また、初期の主特性マップは必ずしもすべての操作者にとって最適な特性マップではない可能性がある。そこで、上記の副特性マップにより、当初の主特性マップの範囲外にある目標速度rωを設定できることができる。この結果、油圧ショベル100に乗るすべての操作者にとって快適となるように特性マップを最適化することができ、油圧ショベル100に乗るすべての操作者が快適に操縦することができる。
【0105】
更に、本実施形態のように、主特性マップに対して垂線を引くことで副特性マップを生成することで、主特性マップの形状に関係なく目標速度rωのバランスを調整することができ、操作者が快適に操縦できるように、特性マップのマップ形状を最適化することができる。
【0106】
なお、特性マップ更新装置203が更新する特性マップは、操作者毎に用意、更新されてもよい。この場合、不図示のIDカード読み取り装置(個人情報取得部)などが操作者の個人情報を取得することで、個々の特性マップを準備、使用することができる。
【0107】
また、本実施形態では、目標速度決定部20の特性マップ更新装置203が、目標速度決定部20によって決定された各対象機器10の目標速度rωの数が予め設定された閾値を超えると、当該決定された目標速度rωに基づいて特性マップを更新する。このため、操作者が実際に快適と感じた目標速度rωの組み合わせに応じて、特性マップを更新することができる。したがって、以後の目標速度rωの決定処理において、快適な目標速度rωをより早く設定することができる。
【0108】
また、本実施形態では、目標速度決定部20は、データベース50、記憶装置55に記憶されている情報を用いて、快適度yが目標快適度rに近づくように、ブーム4(一の駆動部材)の伝達関数の慣性モーメントをパラメータとして調整しながらブーム4の目標速度rωを決定する。このため、ブーム4の伝達関数の慣性モーメントを調整することで、目標快適度により早く到達することが可能な目標速度rωを演算することができる。
【0109】
特に、本実施形態に係る制御装置100Sでは、慣性モーメントをJ、粘性係数をDとして、伝達関数を(1/D)/(1+(J/D)・s)と設定し、慣性モーメントJに依存する伝達関数をモデル化することで、ブーム4の動きを正確にフィードバック制御することができる。
【0110】
なお、目標速度決定部20が、粘性係数Dを固定値として、目標速度rωを決定すると、調整対象のパラメータが慣性モーメントJrefのみとなるので、1パラメータチューニングを実現することができる。一方、目標速度決定部20が、慣性モーメントJrefと共に粘性係数Dをパラメータとして調整しながら、目標速度rωを決定すると、粘性係数Dの温度依存性等を考慮して、対象機器10の回転動作をより正確にフィードバック制御できる。
【0111】
なお、本実施形態に係る特性マップでは、事前の実験やシミュレーションなどによって、概ねすべての操作者が快適と感じるようにブーム4,上部旋回体2の慣性モーメントの関係性が決定されている。このため、上記のように最急降下法によってブーム4の慣性モーメントを求めさえすれば、その後、特性マップに基づいて演算される上部旋回体2の慣性モーメントも、操作者の快適度yが反映されたものとなる。すなわち、ブーム4、上部旋回体2などの全ての対象機器10(駆動部材)に対して、最急降下法の式が必要であると、それぞれに個別の快適度yを入力し演算する必要があるが、本実施形態では、最急降下法を用いる式は一方の対象機器10のために準備すればよく、代わりに特性マップを用いることで、操作者の快適度yを反映した、他の対象機器10の慣性モーメントを計算することができる。なお、同時に操作する対象機器10の数が3以上の場合も、その数よりも少ない快適度y、最急降下法の式で、各対象機器10を快適かつ同時に操作することができる。
【0112】
以上、本発明に係る制御装置100Sおよびこれを備えた油圧ショベル100について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、たとえば以下のような変形実施形態をとることができる。
【0113】
(1)
図11は、本発明の第1変形実施形態に係る制御装置100Sが有する特性マップを示すグラフである。先の実施形態では、主特性マップがS字状の態様にて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
図11に示すように、ブーム慣性モーメントに対して旋回慣性モーメントが指数関数的に増大する態様でもよい。また、この場合も、先の実施形態と同様に、副特性マップが主特性マップに対して直交するように生成されることが望ましい。このように、副特性マップを主特性マップに対する垂直線とすることで、2つの目標速度r
ω(慣性モーメント)のバランスを全ての領域で維持することができる。
【0114】
(2)
図12は、本発明の第2変形実施形態に係る制御装置100Sが有する特性マップを示すグラフである。上記の各実施形態では副特性マップを主特性マップに対する垂直線とする態様にて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
図12に示すように、副特性マップを主特性マップに対して上下方向に延びるように設定されてもよい。ただし、本変形実施形態では、主特性マップの形状によっては、
図12の領域Aのように、主特性マップと副特性マップとの形状が類似する可能性がある。このため、前述のように、垂直線にて副特性マップを生成することがより望ましい。
【0115】
(3)上記の実施形態では、N=2、M=1の組み合わせにて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
図13は、本発明の第3変形実施形態に係る制御装置100Sが有する特性マップを示すグラフである。
図13に示すように、特性マップは、ブーム4、上部旋回体2、アーム5の各目標速度r
ω(慣性モーメント)の相対的な関係を示す特性でもよい。このような3次元マップの場合、主特性マップに対して垂直面を演算し、その垂直面上に対してランダムな方向に副特性マップを生成してもよい。このように、特性マップは複数次元マップでもよい。
【0116】
(4)また、上記の実施形態では、
図2に示すように、仮想的な脳内目標速度決定部70が脳内目標速度r
hを決定し、出力角速度y
ω(実速度)との差分e
h(速度偏差)に基づいて、快適度決定部40が快適度yを決定する態様にて説明したが、前述のように、快適度決定部40は、操作者の生体情報等を用いて快適度yを自動的に取得しても、不図示のスイッチなどの入力装置により操作者から直接的に快適度yの入力を受けるものでもよい。また、N=3以上の場合に、M=1、すなわち1つの快適度yの入力を受けるものでもよい。この場合、上記の第3変形実施形態に例示されるように、特性マップが3以上の対象機器10の目標速度の相対的な関係を示すものであればよい。
【符号の説明】
【0117】
10 対象機器
100 油圧ショベル
100S 制御装置
20 目標速度決定部
201 特性マップ
202 副特性マップ演算装置
203 特性マップ更新装置
30 制御部
40 快適度決定部
50 データベース
55 記憶装置
60 操作機構
60A ブーム操作レバー
60B 旋回操作レバー
70 脳内目標速度決定部
80 作業判別部