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特開2024-85056固定子巻線の診断方法及び判定システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085056
(43)【公開日】2024-06-26
(54)【発明の名称】固定子巻線の診断方法及び判定システム
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/12 20200101AFI20240619BHJP
   G01R 31/34 20200101ALI20240619BHJP
【FI】
G01R31/12 A
G01R31/34 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022199381
(22)【出願日】2022-12-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 一般社団法人電気学会、令和4年電気学会全国大会 講演論文集、令和3年3月1日 〔刊行物等〕 一般社団法人電気学会、令和4年電気学会全国大会 講演論文集、令和3年3月1日 〔刊行物等〕 令和4年電気学会全国大会、令和4年3月21日 〔刊行物等〕 令和4年電気学会全国大会、令和4年3月21日 〔刊行物等〕 一般財団法人電力中央研究所、電力中央研究所報告、令和4年7月
(71)【出願人】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100101236
【弁理士】
【氏名又は名称】栗原 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100166914
【弁理士】
【氏名又は名称】山▲崎▼ 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】倉石 隆志
(72)【発明者】
【氏名】宮嵜 悟
【テーマコード(参考)】
2G015
2G116
【Fターム(参考)】
2G015AA13
2G015AA19
2G015CA01
2G116BA00
2G116BB09
2G116BD07
(57)【要約】
【課題】固定子巻線の異常を診断することができる固定子巻線の診断方法及び判定システムを提供する。
【解決手段】正常な固定子巻線、及び異常を設けた固定子巻線を模擬体として作製し、前記模擬体で発生した部分放電を測定して発生位相角(φ)、電荷量(q)及び発生頻度(n)からなる部分放電パターンを画像化したパターン画像を作成し、前記模擬体の状態を前記パターン画像に対応づけて学習データを作成し、前記パターン画像から前記模擬体の状態を推論する判定モデルを前記学習データを用いて学習させ、診断対象の前記固定子巻線から得られた前記パターン画像を学習済みの前記判定モデルに入力し、前記判定モデルから得られた前記固定子巻線の状態に基づいて前記固定子巻線を診断する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
正常な固定子巻線、及び異常を設けた固定子巻線を模擬体として作製し、
前記模擬体で発生した部分放電を測定して発生位相角(φ)、電荷量(q)及び発生頻度(n)からなる部分放電パターンを画像化したパターン画像を作成し、
前記模擬体の状態を前記パターン画像に対応づけて学習データを作成し、
前記パターン画像から前記模擬体の状態を推論する判定モデルを前記学習データを用いて学習させ、
診断対象の前記固定子巻線から得られた前記パターン画像を学習済みの前記判定モデルに入力し、
前記判定モデルから得られた前記固定子巻線の状態に基づいて前記固定子巻線を診断する
ことを特徴とする固定子巻線の診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載の固定子巻線の診断方法であって、
前記模擬体の状態は、前記模擬体の異常の有無であり、
前記判定モデルは、前記パターン画像から前記模擬体の異常の有無を推論する第1判定モデルであり、
前記第1判定モデルから得られた前記固定子巻線の異常の有無に基づいて前記固定子巻線を診断する
ことを特徴とする固定子巻線の診断方法。
【請求項3】
請求項1に記載の固定子巻線の診断方法であって、
前記模擬体の状態は、前記模擬体の異常の種別であり、
前記判定モデルは、前記パターン画像から前記模擬体の異常の種別を推論する第2判定モデルであり、
前記第2判定モデルから得られた前記固定子巻線の異常の種別に基づいて前記固定子巻線を診断する
ことを特徴とする固定子巻線の診断方法。
【請求項4】
正常な固定子巻線、及び異常を設けた固定子巻線を模擬体として作製し、
前記模擬体で発生した部分放電を測定して発生位相角(φ)、電荷量(q)及び発生頻度(n)からなる部分放電パターンを画像化したパターン画像を作成し、
前記模擬体の異常の有無又は異常の種別を前記パターン画像に対応づけて学習データを作成し、
前記パターン画像から前記模擬体の異常の有無を推論する第1判定モデル、及び前記パターン画像から前記模擬体の異常の種別を推論する第2判定モデルを前記学習データを用いて学習させ、
診断対象の前記固定子巻線から得られた前記パターン画像を学習済みの前記第1判定モデルに入力し、
前記第1判定モデルから前記固定子巻線に異常があることが得られた場合に、前記パターン画像を学習済みの前記第2判定モデルに入力し、
前記第2判定モデルから得られた前記固定子巻線の異常の種別に基づいて前記固定子巻線を診断する
ことを特徴とする固定子巻線の診断方法。
【請求項5】
固定子巻線で発生した部分放電を測定した部分放電データを画像化したパターン画像と、前記固定子巻線の状態とを対応づけた学習データを用いて機械学習することにより生成された学習済みの判定モデルと、
状態が未知である固定子巻線のパターン画像を前記学習済みの判定モデルに入力して前記固定子巻線の状態を出力する推論手段と、を備え、
前記パターン画像は、発生位相角(φ)、電荷量(q)及び発生頻度(n)を二次元画像として表されたものである
ことを特徴とする固定子巻線の判定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水力発電機などの固定子巻線を診断する診断方法及び判定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
水力発電機固定子巻線(以下、固定子巻線)の更新を合理的に実施するためには、固定子巻線の保守点検および診断を的確かつ効率的に行う必要がある。少子高齢化に伴う労働人口の減少は避けられない状況であり、近い将来、電力事業においても特に熟練した現場技術者の確保が難しくなり、従来通りの熟練者の高度な知識や経験に基づく保守点検および診断の実施が困難になると想定される。
【0003】
昨今では、熟練技術者の経験に代わるものとして、設備の保守点検に関する膨大なデータを機械学習により分析し、設備異常の兆候を自動検知し診断するシステムの導入が電力業界を含め多様な業界で検討されている(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。機械学習手法を設備診断に導入することで、現場技術者の経験に依らずその判断をサポートでき、設備状態を現地で瞬時に判断できるため保守点検業務の効率化に貢献できる可能性がある。このため、固定子巻線の保守点検および診断に対しても機械学習手法導入への期待は大きい。
【0004】
特許文献1は、部分放電データを主成分分析等の処理を行って次元削減し、機械学習させて電気機器が正常又は異常であるかという状態を識別している。すなわち、固定子巻線の異常をより具体的に識別するものではない。非特許文献1は、局所絶縁破壊(トリー)を診断することに特化されており他の異常を診断することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-15098号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】穂積直裕・岡本達希、"ニューラルネットワークによる電力機器の部分放電パターンの識別"、電力中央研究所報告 W90040、財団法人電力中央研究所、平成3年8月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑み、固定子巻線の異常を診断することができる固定子巻線の診断方法及び判定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、正常な固定子巻線、及び異常を設けた固定子巻線を模擬体として作製し、前記模擬体で発生した部分放電を測定して発生位相角(φ)、電荷量(q)及び発生頻度(n)からなる部分放電パターンを画像化したパターン画像を作成し、前記模擬体の状態を前記パターン画像に対応づけて学習データを作成し、前記パターン画像から前記模擬体の状態を推論する判定モデルを前記学習データを用いて学習させ、診断対象の前記固定子巻線から得られた前記パターン画像を学習済みの前記判定モデルに入力し、前記判定モデルから得られた前記固定子巻線の状態に基づいて前記固定子巻線を診断することを特徴とする固定子巻線の診断方法にある。
【0009】
上記目的を達成するための本発明の一態様は、固定子巻線で発生した部分放電を測定した部分放電データを画像化したパターン画像と、前記固定子巻線の状態とを対応づけた学習データを用いて機械学習することにより生成された学習済みの判定モデルと、状態が未知である固定子巻線のパターン画像を前記学習済みの判定モデルに入力して前記固定子巻線の状態を出力する推論手段と、を備え、前記パターン画像は、発生位相角(φ)、電荷量(q)及び発生頻度(n)を二次元画像として表されたものであることを特徴とする固定子巻線の判定システムにある。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、上記問題点を解決できる診断方法及び判定システムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】診断方法のフローを示す図である。
図2】部分放電を測定するための測定システムの構成を示す。
図3】部分放電特性等を示す図である。
図4】固定子巻線(コイル)の異常の種別と、異常を模擬した方法別の部分放電パターンを例示する図である。
図5】判定モデルを用いて異常の判定をする判定システムの概略図である。
図6】判定システムを用いた固定子巻線を診断するフローを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
〈実施形態1〉
[発電機・固定子・固定子巻線]
水力発電所では主に縦軸型の発電機が使用されている。発電機は、固定子(ステータ)と回転子(ロータ)を備えている。固定子は鉄心に固定子巻線(コイルともいう)が設けられたものであり、回転子は鉄心に回転子巻線が設けられたものである。回転子は、固定子の中心軸上に組込まれ、水車による駆動力を受けて固定子の中で回転運動する。この回転子の回転運動により固定子に起電力が発生し、発生した電流(電力)が固定子巻線を通じて外部へ取出される。
【0013】
[固定子巻線の劣化・異常]
固定子巻線は、熱・電圧・環境・機械ストレス等の複合ストレスに曝され、劣化及び異常が生じる。ここでは、コイル絶縁層の経年劣化現象を「劣化」、それ以外の要因で生じる異常現象を「異常」と定義する。異常の種別の具体例は次のようなものが挙げられる。
【0014】
【表1】
【0015】
[コイル絶縁層の劣化]
コイル絶縁層はエポキシ含侵したマイカテープの積層構造であるが、発電機運転中の温度上昇により、エポキシが熱劣化し、マイカをつなぎ合わせる接着性能が低下する。この状態でコイルにヒートサイクル等の機械ストレスが加わると平面状のボイドが生成される。生成されたボイドから、大きな部分放電による電気ストレスが加わると、それによりエポキシが侵食され、マイカテープ端部に沿って進展する。侵食されたエポキシの先端は、中心導体と同電位と考えられる。エポキシの侵食が進むと、ついには接地電位であるコイル表面との間で橋絡し、絶縁破壊に至る。
【0016】
[コイル表面の摩耗による異常]
発電機が運転・停止する都度に発生するヒートサイクルにより、コイル表面のコロナ防止層に塗布されているコロナ防止塗料(低抵抗塗料)が劣化すると、鉄心とコイル間に空隙が発生する。空隙が成長すると、楔が緩みコイルの拘束力が弱まり、これに交番電磁力や機械振動が加わってコイルがスロット内で振動し、鉄心とコロナ防止層が接触し摩耗する。この摩耗が長時間継続すると、コイル表面に塗られていたコロナ防止塗料が部分的に摩滅し、コイル絶縁層が露出する。コイル絶縁層が露出すると、その表面と鉄心間に電位差が生じ、部分放電(スロット放電)が生じる。
【0017】
[鉄心ずれによる異常]
鉄心は珪素鋼板にワニスが塗布され、それを積層した構造である。長期間の運転による振動やヒートサイクルにより、固定子鉄心のワニスが枯れ、さらに摩耗し、鉄心が緩む。この状態で運転・停止を繰り返すと、鉄心端板が徐々に飛び出しコイル絶縁層に食い込み、コイル絶縁層を損傷させる。
【0018】
[鉄心過熱による異常]
鉄心はその構造上、渦電流を低減させるが、ワニスが損傷を受けると、鉄心の一部でループ回路が形成され、大きな循環電流が流れる。この電流により鉄心の一部が過熱され、その部分と接するコイルに熱的影響を与える。
【0019】
[コイルエンドの汚損による異常]
コイルエンド部に、発電機回転子のカーボンブラシ摩耗粉や発電機軸受部のタービン油等が長期運用中に付着・堆積し、コイルエンド部の電界緩和機能を悪化させ、コイルエンド部表面で部分放電(エンド放電)が生じる。
【0020】
[固定子巻線の診断方法]
このような固定子巻線の診断方法について説明する。図1は診断方法のフローを示す図である。
【0021】
[模擬体の作製(図1:ステップS1)]
まず、固定子巻線の模擬体を作製する。固定子巻線の模擬体とは、各種の異常を模擬した固定子巻線である。例えば、表面摩耗、鉄心ずれ、鉄心過熱を模擬した巻線の模擬体を挙げることができる。それぞれの模擬体は例えば次のように作製する。
【0022】
[模擬体の作製:表面摩耗]
過去に発電機で使用されていた固定子巻線を加工して、表面摩耗を模擬した固定子巻線の模擬体を作製する。表面摩耗の模擬は、固定子巻線を被覆する抵抗塗料を適宜削り取ることにより行う。表面摩耗を施行する位置、大きさ、範囲等は、実際に摩耗した実機を参考するなどして適宜行えばよい。なお、模擬体の元となる固定子巻線は、過去に発電機で使用されていたものに限らず、新規に作製したものであってもよい。
【0023】
[模擬体の作製:鉄心ずれ]
鉄心出口または鉄心通気口において鉄心ずれが生じる場合を想定して模擬体を作製する。鉄心出口における鉄心ずれを模擬する場合、巻線(コイル試料)の中央部に所定幅のアルミホイルを巻いて鉄心を模擬する。これを水平面に対して所定角度となるように治具に保持させる。アルミホイル端部を鉄心出口と想定し、この箇所に金属板で傷を入れる。この傷入れ箇所に対して、鉄心端板を差し込み、傷入れ箇所の底面と鉄心端板の先端とのギャップを調整し、異常を模擬した模擬体とする。
【0024】
鉄心通気口における鉄心ずれを模擬する場合、コイル試料の中央部に間隔を空けてアルミホイルを2箇所巻きつける。この2箇所のアルミホイルの間隔は鉄心通気口を模擬している。この鉄心通気口端部(アルミホイル端部)に傷を入れ、鉄心端板を差し込み、異常を模擬した模擬体とする。
【0025】
金属板で設けた傷の大きさや範囲等、傷入れ箇所の底面と鉄心端板の先端とのギャップの大きさなどは、実機を参考にするなどして適宜設定すればよい。
【0026】
[模擬体の作製:鉄心過熱]
過去に発電機で使用されていた固定子巻線や新規の固定子巻線の一部を過熱することにより模擬体を作製する。具体的にはコイル試料を、鉄製の鉄心ブロック個で模擬した固定子鉄心で挟み、中央の鉄心ブロック部を過熱箇所とする。過熱箇所には過熱可能な高温ヒータが内蔵されており、熱電対による温度モニタで制御する。過熱の温度は実機での過熱温度を想定して適宜定めればよい。
【0027】
[模擬体の作製:個数、種別]
上述した各種異常を模擬した模擬体は、作製個数に特に限定はないが異常の程度を適宜変えて複数個作製しておくことが好ましい。例えば表面摩耗であれば表面摩耗を施行する位置、大きさ、範囲を適宜変えた複数の模擬体を作製することが好ましい。同様に、鉄心ずれであれば、傷の大きさや範囲、ギャップなどを適宜変え、鉄心過熱であれば適宜温度を変えて複数の模擬体を作製することが好ましい。また、異常の種別は上述の3つに限らず、任意の種別の異常について模擬体を作製すればよい。
【0028】
[模擬体の作製:正常な模擬体]
上述したような各種の異常を模擬した模擬体のみならず、正常な模擬体も作製しておく。
【0029】
[部分放電測定(図1:ステップS2)]
次に、模擬体について部分放電測定を行う。図2に部分放電を測定するための測定システム1の構成を示す。
【0030】
[測定システム]
測定システム1は、高電圧発生装置2、結合コンデンサ3、入力ユニット4、測定ユニット5、光ファイバーケーブル6、コントロールユニット7、測定PC8、デジタルオシロスコープ9を備えている。
【0031】
高電圧発生装置2は、交流の高電圧を課電する装置である。高電圧発生装置2及び模擬体10は、接地されており、高電圧発生装置2から模擬体10に高電圧が課電されるよう電気的に接続されている。結合コンデンサ3及び検出インピーダンスを内蔵した入力ユニット4は、模擬体10で発生した部分放電信号及び位相信号を検出するための装置である。測定ユニット5は、入力ユニット4で得られた信号をAD変換するとともに光信号に変換して光ファイバーケーブル6に伝送する装置である。コントロールユニット7は、光信号を電気信号に変換する装置である。測定PC8はUSBなどのインタフェースを介してコントロールユニット7から信号(以下、部分放電信号)を得て記録する。
【0032】
また、高周波CT(電流センサー)とデジタルオシロスコープ9を用いて部分放電波形を測定してもよい。なお、これらの結合コンデンサ3、入力ユニット4、測定ユニット5、光ファイバーケーブル6、コントロールユニット7、測定PC8、デジタルオシロスコープ9は、公知の装置であるので詳細な説明は省略する。
【0033】
測定システム1を用いて、作製した模擬体のそれぞれについて部分放電信号を測定する。部分放電を測定する条件は、模擬体に課電する電圧、測定する周波数帯、測定時間を適宜定めればよい。
【0034】
[データベース登録(図1:ステップS3)]
このような測定システム1を用いて得られた結果をデータベースに蓄積する。データベースに蓄積する情報の一例は以下の通りである。
・固定子巻線の異常の種別
・部分放電特性
・部分放電特性を測定した際の測定電圧
このような情報は、作製した模擬体と試験条件ごとに得られるので、それらをデータベースに登録する。なお、データベースには、異常が発生した固定子巻線に関する上記情報のみならず、異常が無い固定子巻線に関しても上記情報を記録する。つまり、固定子巻線の異常の種別には「異常なし」が含まれている。
【0035】
[部分放電特性]
部分放電特性の一例は以下の通りである。
・最大放電電荷量Qmax
・部分放電パターン
・部分放電波形の周波数特性
【0036】
最大放電電荷量Qmaxは、部分放電の累積発生頻度が電圧1サイクルあたり1パルス以上となる時の電荷量として定義される。最大放電電荷量は公知の方法により部分放電信号から算出できるので詳細な説明は省略する。
【0037】
部分放電パターンとは、部分放電の発生位相角に対する放電電荷量、発生頻度の情報を表すパターンである。
【0038】
図3に画像化された部分放電パターンを例示する。X軸を発生位相角、Y軸を電荷量とし、X座標とY座標の画素が発生頻度に応じて配色されている。このような部分放電パターンは、JPEGやPNGなどの画像フォーマットである。なお、図3及び図4については別途に物件提出書にて提出したカラー画像を参照されたい。
【0039】
例えば、図3の右上の部分放電パターンは、発生位相角が180°では、部分放電の電荷量が1pCから10pCに掛けて色が緑⇒黄色⇒ピンクへと変化しており、電荷量の発生頻度が増加していることが示されている。部分放電の電荷量が10pCから100pCに掛けて色がピンク⇒黄色⇒緑⇒青へと変化しており、電荷量の発生頻度が減少していることが示されている。
【0040】
[部分放電パターンの評価(図1:ステップS4)]
データベースに蓄積された部分放電パターンの評価を行う。まず、図4に、各種異常を模擬した模擬体から得られた部分放電パターンを示す。
【0041】
図4は固定子巻線(コイル)の異常の種別と、異常を模擬した方法別の部分放電パターンを例示する図である。
【0042】
[コイル劣化]
図4(a)に示すように、未使用のコイルと経年したコイルは、何れも対称な部分放電パターンが発生しているが、経年コイルの電荷量の範囲(縦軸)が狭くなっている。
【0043】
[コイル表面摩耗の異常]
図4(b)に示すように、摩耗を模擬した模擬体でコイル絶縁体を露出させた場合は、課電電圧の正極性と負極性で非対称な部分放電パターンが発生し、その発生頻度は高い。
【0044】
図4(c)に示すように、摩耗を模擬した模擬体でコイル表面と鉄心との接触不良を模擬した場合は、課電電圧の正極性と負極性で対称な直線状の形状の部分放電パターンが発生し、その放電電荷量は10万pC以上と大きい。
【0045】
[鉄心ずれの異常]
図4(d)に示すように、鉄心ずれを模擬した模擬体では、鉄心出口での鉄心ずれを模擬した場合、鉄心通気口での鉄心ずれを模擬した場合ともに、非対称な部分放電パターンが多数発生した。
【0046】
[鉄心過熱の異常]
図4(e)に示すように、鉄心過熱を模擬した模擬体では、コイル絶縁体の劣化によるボイド放電と類似の対称な部分放電パターンが測定されたが、過熱時間が長くなると電荷量が大きくなるという特徴があった。
【0047】
以上のような部分放電パターンの特徴は、異常診断に有用と考えらえる。したがって、部分放電パターンを観察して次のように部分放電パターンの評価を行うことができる。
【0048】
例えば、正極性と負極性で非対称であり、かつ発生頻度が高いならば、固定子巻線にはコイル表面摩耗の異常が発生している可能性がある、と診断することができる(図4(b)参照)。
【0049】
正極性と負極性で対称な直線状の部分放電パターンであり、かつ電荷量が10万pC以上であるならば、固定子巻線にはコイル表面と鉄心との接触不良が発生している可能性がある、と診断することができる(図4(c)参照)。
【0050】
非対称な部分放電パターンであり、かつその非対称部分の発生頻度が小さいならば、固定子巻線には鉄心ずれの異常が発生している可能性がある、と診断することができる(図4(d)参照)。
【0051】
対称な部分放電パターンであり、かつ電荷量が大きいならば、固定子巻線には鉄心過熱の異常が発生している可能性がある、と診断することができる(図4(e)参照)。なお、発生頻度の大小や電荷量の大小の判定にあたっては適宜定めた所定の閾値を基準に判断することができる。
【0052】
[異常の診断(図1:ステップS5)]
上述したように作成したデータベースを用いて、固定子巻線の診断を行う。まずは、機械学習による固定子巻線の異常の判定モデルを作成する。図5は、判定モデルを作成し、その判定モデルを用いて異常の判定をする判定システムの概略図である。
【0053】
[判定システム]
判定システムは、現場技術者等の意思決定を支援するために有用な情報を提供するものである。意思決定とは、固定子巻線が運転が継続可能であるか、更新すべきか、補修すべきかなど固定子巻線の保守点検に関するものである。
【0054】
判定システムのハードウェア構成は、特に図示しないが、CPUやGPUなどの処理装置、記憶装置(メモリ・SSD・ハードディスク等)、入力装置(キーボード・マウス等)、出力装置(ディスプレイ等)、通信手段等を備える一般的な情報処理装置である。もちろん、単独の情報処理装置に限らず複数が協調して計算を行うクラスタ構成の情報処理装置であってもよいし、機械学習機能を提供するクラウドであってもよい。
【0055】
判定システムは、このような情報処理装置等を学習手段及び推論手段として機能させるソフトウェアを有している。学習手段とは、判定モデルを作成し、学習データを用いて機械学習させるソフトウェアであり、推論手段とは、テストデータを判定モデルに入力して推論するソフトウェアである。
【0056】
[判定モデル]
判定モデルは、部分放電パターンを表わす画像(以下、パターン画像と称する。)が入力されると固定子巻線の異常の有無を出力するモデルである。具体的には、非線形サポートベクターマシンである。もちろん判定モデルはサポートベクターマシンに限定されない。例えば、畳み込みニューラルネットワーク(CNNと称されている)をベースとする画像を分類するアルゴリズムを用いることができる。
【0057】
また、判定モデルとしては固定子巻線の異常の有無を出力するものに限らない。部分放電パターンが入力されると固定子巻線の異常の種別を出力する判定モデルであってもよい。この判定モデルも非線形サポートベクターマシンや畳み込みニューラルネットワークをベースとする画像を分類するアルゴリズムを適用できる。以後、固定子巻線の異常の有無を出力する判定モデルを第1判定モデル、固定子巻線の異常の種別を出力する判定モデルを第2判定モデルと称し、それらを区別しない場合は判定モデルと称する。
【0058】
[学習データ]
学習データは、パターン画像と、そのパターン画像の元となった固定子巻線の異常の有無とが対応づけられたデータである。この学習データは第1判定モデルに入力される学習データとなる。また、パターン画像と、そのパターン画像の元となった固定子巻線の異常の種別とが対応づけられた学習データは、第2判定モデルに入力される。これらはデータベースに記憶されており、学習手段に読み取られるようになっている。
【0059】
なお、パターン画像については前処理を行ってもよい。前処理としては、ノイズレベル以下の画素や部分放電信号の最大値を超える画素の除去、画像サイズを所定サイズに変形することなどが挙げられる。
【0060】
[学習手段]
学習手段は、パターン画像と異常の有無からなる学習データを非線形サポートベクターマシンに与えて機械学習を行う。この非線形サポートベクタマシンの機械学習は公知の方法であるので詳細な説明は省略する。このように機械学習を行うことでパターン画像から異常の有無を出力する学習済みの第1判定モデルが作成される。
【0061】
第1判定モデルは、モデル性能検証を行うことが好ましい。モデル性能検証では以下の評価指標を用いることができる。
・判定正答率:(TN+TA)/(TN+FA+FN+TA)
・正常判定の正答率:TN/(TN+FA)
・異常判定の正答率:TA/(FN+TA)
ここで、TN,FA,FN,TAはそれぞれ以下の個数である。
TN(True Normal):正常なコイルのデータをモデルが正常なコイルと正しく判定した個数
FA(False Abnormal):異常があるコイルのデータをモデルが正常なコイルと誤判定した個数
FN(False Normal):正常なコイルのデータをモデルが異常があるコイルと誤判定した個数
TA(True Abnormal):異常があるコイルのデータをモデルが異常があるコイルと正しく判定した個数
【0062】
学習データがk個に分割されたデータセットのそれぞれをテストデータセットとしてk回のモデル性能検証を行う。k回の結果を平均してモデルの平均的性能で評価する。このような評価を行い、十分な正答率であるか、過学習をしていないかなどを評価する。
【0063】
また、第2判定モデルについても同様に機械学習させる。すなわち学習手段は、パターン画像と異常の種別からなる学習データを非線形サポートベクターマシンに与えて機械学習を行う。このように機械学習を行うことでパターン画像から異常の種別を出力する学習済みの第2判定モデルが作成される。また、第2判定モデルについても上述したようなモデル性能検証を行うことが好ましい。第2判定モデルは、多値分類または多ラベル分類に関する評価指標を用いることになる。
【0064】
[テストデータ]
テストデータとは、部分放電測定を行って得られた部分放電特性であり、異常の有無が未知であるものをいう。具体的には、異常の有無を判定する対象となる運転中、又は停止中の固定子巻線について図2に示した測定システム1により部分放電を測定する。これにより得られた部分放電特性のパターン画像をテストデータとする。
【0065】
[推論手段]
推論手段は、テストデータ(パターン画像)について前処理を行う。この前処理は判定モデルを作成する際に模擬体のパターン画像について行った前処理と同様である。そして、推論手段はテストデータを第1判定モデルに入力し、第1判定モデルから得られた異常の有無を出力する。推論手段は、同様にしてテストデータを第2判定モデルに入力することで異常の種別を出力する。なお、推論手段は、異常の有無や種別のみを出力してもよいし、それぞれの確率を出力してもよい。
【0066】
[異常の診断のフロー]
図6を用いて、上述の判定システムを用いた固定子巻線を診断するフローについて説明する。まず、対象となる固定子巻線からテストデータを作成する(ステップS10)。このテストデータを推論手段に与え、第1判定モデルによる異常の有無を出力させる(ステップS11)。
【0067】
第1判定モデルから得た結果が「異常なし」であれば(ステップS12:なし)、現場技術者等が固定子巻線の寿命評価を行う(ステップS13)。この寿命評価は、データベースに記録した固定子巻線の劣化状態に基づいて行う。具体的な寿命評価の方法は公知であるので詳細な説明は省略する。寿命評価した結果に基づいて固定子巻線の運転を継続するか、固定子巻線を更新するかなどを診断する。
【0068】
一方、判定モデルから得た結果が「異常あり」であれば(ステップS12:あり)、劣化の観点では寿命に達していなくても、異常現象により故障にいたることがあり、これを診断する必要がある。その診断に先立ち、テストデータを推論手段に与え、第2判定モデルによる異常の種別を出力させる(ステップS14)。現場技術者等は、異常の種別に基づいて固定子巻線の運転を継続するか、固定子巻線を更新するか、補修するかなどを診断する。
【0069】
[診断方法及び判定システムの作用効果]
以上に説明したように、本発明の固定子巻線の診断方法は、異常を模擬した模擬体10を用いて部分放電測定を行い、正常又は異常の固定子巻線に関する部分放電特性等をデータベースに蓄積する。このデータベースに蓄積した部分放電特性のうち画像化されたパターン画像を元に学習した第1判定モデル及び第2判定モデルを用いて、判定システムに異常の有無及び異常の種別を判定させる。そして、これらの判定結果に基づいて固定子巻線の診断をする。
【0070】
このような機械学習手法に基づいた判定結果をもちいることで、現場技術者の意思決定を迅速化することができ、劣化や異常の兆候を早期に発見し、設備のトラブルを未然に防ぐことが可能となる。また、診断及び判定結果の解釈等の一連のプロセスを自動化できるため人員不足を補うことができる。
【0071】
また、本発明の固定子巻線の診断方法は、最初に固定子巻線の有無に基づいて診断し、次に固定子巻線が異常である場合に固定子巻線の種別に基づいて診断する。すなわち、異常の有無の第1判定モデルと、異常の種別の第2判定モデルとを分けて用いる。これにより、より精度よく異常の有無及び種別の判定を行うことができる。異常の種別のみならず固定子巻線が正常であることも判定させる一つの判定モデルよりも、異常の種別のみを判定させる第2判定モデルの方が異常種別の判定精度が高いからである。
【0072】
また、本発明の固定子巻線の診断方法は、異常を模擬した模擬体を用いて部分放電特性等を得る。これにより、実機のみを用いた場合と比較して数多くの模擬体を用いることができ、部分放電特性等を数多く得ることができる。そして多数の部分放電特性等を用いるので、学習済みモデルの判定精度を向上することができる。
【0073】
さらに、本発明の固定子巻線の診断方法及び判定システムでは、部分放電データそのものを用いるのではなく画像化したパターン画像を用いる。これにより、部分放電データそのものを用いて診断していた従来技術に比べて、固定子巻線の異常の有無及び異常の種別をより精度よく判定することができる。図4に示すように、固定子巻線の異常の有無や異常の種別は、パターン画像中に対称又は非対称な部分の有無や形状、配色(発生頻度)として視覚的に捉えられるという知見がある。したがって、このようなパターン画像そのものを入力データとして画像分類に関する機械学習を行えば、画像を用いない機械学習と比較して異常の有無や異常の種別の精度が高くなると予測されるからである。
【0074】
以上に本発明の実施形態を説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではない。例えば、第1判定モデル、第2判定モデルを併用したがこれに限らず、それぞれを単独に用い、それらの判定モデルの結果を用いて固定子巻線の診断を行ってもよい。
【0075】
また、水力発電機の固定子巻線について説明したが、本発明は水力発電機以外の発電機の固定子巻線についても適用でき、さらには発電機以外、例えば電動機の固定子巻線についても適用することができる。
【0076】
模擬体について部分放電測定を行ったがこれに限定されない。例えば経年劣化したり、耐用年数を迎えたり、異常が生じたために運用を中止した実機について部分放電測定を行い、部分放電特性等をデータベースに蓄積してもよい。
【符号の説明】
【0077】
1…測定システム、2…高電圧発生装置、3…結合コンデンサ、4…入力ユニット、5…測定ユニット、6…光ファイバーケーブル、7…コントロールユニット、8…測定PC、9…デジタルオシロスコープ、10…模擬体
図1
図2
図3
図4
図5
図6