(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024085553
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/079 20210101AFI20240620BHJP
C25B 11/056 20210101ALI20240620BHJP
C25B 11/065 20210101ALI20240620BHJP
C25B 11/063 20210101ALI20240620BHJP
C25B 11/061 20210101ALI20240620BHJP
C25B 11/031 20210101ALI20240620BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20240620BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20240620BHJP
C25B 9/19 20210101ALI20240620BHJP
【FI】
C25B11/079
C25B11/056
C25B11/065
C25B11/063
C25B11/061
C25B11/031
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B9/19
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022200125
(22)【出願日】2022-12-15
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「水素利用等先導研究開発事業/水電解水素製造技術高度化のための基盤技術研究開発/非貴金属触媒を利用した固体高分子型水電解の変動電源に対する劣化解析と安定性向上の研究開発」に係る委託業務、産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000095
【氏名又は名称】弁理士法人T.S.パートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100082887
【弁理士】
【氏名又は名称】小川 利春
(74)【代理人】
【識別番号】100181331
【弁理士】
【氏名又は名称】金 鎭文
(74)【代理人】
【識別番号】100183597
【弁理士】
【氏名又は名称】比企野 健
(74)【代理人】
【識別番号】100161997
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 大一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090918
【弁理士】
【氏名又は名称】泉名 謙治
(72)【発明者】
【氏名】中村 龍平
(72)【発明者】
【氏名】コウ ソウ
(72)【発明者】
【氏名】リ アイロン
(72)【発明者】
【氏名】岡田 拓弥
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA06
4K011AA10
4K011AA11
4K011AA21
4K011AA23
4K011AA28
4K011AA64
4K011BA11
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021DB13
4K021DB22
4K021DB53
4K021DC01
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】 水電解における酸素発生用電極として使用される、安価で、高触媒活性を有するマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料及び該マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法を提供する。
【解決手段】 導電性繊維がマンガン酸化物によって被覆されている割合(導電性繊維被覆率)が60%以上100%以下であるマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料、及びマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性繊維がマンガン酸化物によって被覆されている割合(導電性繊維被覆率)が60%以上100%以下であるマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
【請求項2】
導電性繊維の幾何面積当たりのマンガン酸化物の含有量が、0.1mg/cm2以上100mg/cm2以下である請求項1に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
【請求項3】
マンガン酸化物のマンガンの金属原子価が3.5以上4.0以下である請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
【請求項4】
マンガン酸化物が電解二酸化マンガンである請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
【請求項5】
マンガン酸化物が、γ型、β型、ε型、若しくはα型のいずれかの基本結晶構造を有する結晶相、又は、これらの結晶構造が混合された混晶の二酸化マンガンである請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
【請求項6】
上記導電性繊維が、カーボン、チタン、及び白金被覆されたチタンからなる群から選択される少なくとも1種で構成される請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
【請求項7】
請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料と、高分子電解質膜とを有する膜-電極接合体。
【請求項8】
請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法であって、硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液を用いて、導電性繊維を通過させながら流通させて、導電性繊維にマンガン酸化物を電解析出させた後にアニール処理するマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【請求項9】
上記硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液の硫酸濃度が5g/L以上65g/L以下である請求項8に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【請求項10】
上記硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液のマンガン(硫酸マンガンのマンガンイオン)の濃度が5g/L以上50g/L以下である請求項8又は9に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【請求項11】
上記硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液の電解が、導電性繊維の幾何面積あたり0.3mA/cm2以上20mA/cm2以下の電流密度で行われる請求項8又は9に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【請求項12】
上記電解時の上記混合溶液の導電性繊維の幾何面積に対する供給速度が0.01L/(cm2・h)以上0.60L/(cm2・h)以下である請求項8又は9に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【請求項13】
上記アニール処理が、100℃以上600℃以下、10分以上24時間以内で行われる請求項8又は9に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【請求項14】
請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を含む水電解における酸素発生電極。
【請求項15】
請求項14に記載の酸素発生電極と、高分子電解質膜とを有する膜-電極接合体。
【請求項16】
請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料又は請求項14に記載の酸素発生電極を有する水電解装置。
【請求項17】
請求項1又は2に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料又は請求項14に記載の酸素発生電極を使用して水電解する水素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分解触媒用のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料、及び該マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法に関する。より詳しくは、アルカリ性条件下、中性条件下、又は酸性条件下で行われる工業的な水電解や、固体高分子膜(PEM)型電解槽を用いる水電解において、酸素発生用陽極として使用されるマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を用いた電極、膜-電極接合体及びこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の枯渇問題や環境汚染問題から、クリーンなエネルギーとしての水素の利用とその製造手法に注目が集まっている。水電解法は、水を電気分解して陰極から高純度の水素ガスを製造する有効な手段のひとつであるが、この際、対極の陽極からは酸素発生が同時に起こることが特徴である。水電解法において水分解反応を効率よく進行させるには、陰極では水素過電圧の低い電極触媒を、陽極では酸素過電圧の低い電極触媒を用いて、電気分解にかかる電解電圧を低く保ちながら電解する必要がある。このうち、陽極の低酸素過電圧に優れた電極触媒材料として、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)などの希少な白金族金属や、それらの元素を含んだ酸化物をはじめとする化合物が提案されている(特許文献1、2、非特許文献1~3)。
【0003】
一方で、このような白金族金属で構成される電極触媒は非常に高価であることから、安価な遷移金属を用いた電極触媒の開発が進められてきている。例えば、近年では、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などで構成される遷移金属材料が提案されている(特許文献3~5、非特許文献4~7)。
【0004】
しかしながら、安価な遷移金属で構成され、且つ、PtやIrなどの白金族金属系に匹敵する高い触媒活性を有する酸素発生電極触媒材料は実現されていなかった。
このような課題に対して、白金族金属元素の中で最も高活性を示すとされるIr系の触媒に匹敵するマンガン酸化物も見出されたが、これもまたIrを含んでおり、完全な非白金族金属系且つ白金族金属に匹敵する性能の触媒開発が待ち望まれていた(特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8-269761号公報
【特許文献2】特表2007-514520号公報
【特許文献3】特開2015-192993号公報
【特許文献4】国際公開(WO)2009/154753
【特許文献5】国際公開(WO)2019/117199
【特許文献6】国際公開(WO)2021/193467
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】S.Trasatti,G.Buzzanca,J.Electroanal.Chem.,1971,29,A1.
【非特許文献2】A.Harriman,I.J.Pickering,J.M.Thomas,P.A.Christensen,J.Chem.Soc.,Faraday Trans.1,1988,84,2795.
【非特許文献3】Y.Zhao,N.M.Vargas-Barbosa,E.A.Hernandez-Pagan,T.E.Mallouk,Small,2011,7,2087.
【非特許文献4】M.M.Najafpour,G.Renger,M.Holynska,A.N.Moghaddam,E.-M.Aro, R.Carpentier,H.Nishihara,J.J.Eaton-Rye,J.-R.Shen,S.I.Allakhverdiev,Chem.Rev.,2016,116,2886.
【非特許文献5】T.Takashima,K.Ishikawa,H.Irie,J.Phys.Chem.C,2016,120,24827.
【非特許文献6】J.B.Gerken,J.G.McAlpin,J.Y.C.Chen,M.L.Rigsby,W.H.Casey,R.D.Britt,S.S.Stahl,J.Am.Chem.Soc.,2011,133,14431.
【非特許文献7】M.Dinca,Y.Surendranath,D.G.Nocera,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,2010,107,10337.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、水分解触媒用のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料及び該マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法の提供に関するものである。
より詳しくは、アルカリ性条件下、中性条件下、又は酸性条件下で行われる工業的な水電解や、固体高分子膜(PEM)型電解槽を用いる水電解における酸素発生用陽極触媒材料であって、安価で、高い酸素発生触媒活性を有する水分解触媒用のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料(以下、本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料という場合がある。)及び該マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、水電解の酸素発生電極触媒として使用される触媒材料について鋭意検討を重ねた結果、少なくとも導電性繊維を構成する繊維一本の外周を覆うマンガン酸化物の被覆率が60%以上のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料が高い酸素発生電極触媒活性と優れた耐久性を示すことを見出し、本発明を開発するに至った。すなわち、本発明は特許請求の範囲のとおりであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]導電性繊維がマンガン酸化物によって被覆されている割合(導電性繊維被覆率)が60%以上100%以下であるマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
[2]導電性繊維の幾何面積当たりのマンガン酸化物の含有量が、0.1mg/cm2以上100mg/cm2以下である上記[1]に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
[3]マンガン酸化物のマンガンの金属原子価が3.5以上4.0以下である上記[1]又は[2]に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
[4]マンガン酸化物が電解二酸化マンガンである上記[1]~[3]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
[5]マンガン酸化物が、γ型、β型、ε型、若しくはα型のいずれかの基本結晶構造を有する結晶相、又は、これらの結晶構造が混合された混晶の二酸化マンガンである上記[1]~[4]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
【0009】
[6]上記導電性繊維が、カーボン、チタン、及び白金被覆されたチタンからなる群から選択される少なくとも1種で構成される上記[1]~[5]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料。
[7]上記[1]~[6]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料と、高分子電解質膜とを有する膜-電極接合体。
[8]上記[1]~[6]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法であって、硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液を用いて、導電性繊維を通過させながら流通させて、導電性繊維にマンガン酸化物を電解析出させた後にアニール処理するマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
[9]上記硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液の硫酸濃度が5g/L以上65g/L以下である上記[8]に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
[10]上記硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液のマンガン(硫酸マンガンのマンガンイオン)の濃度が5g/L以上50g/L以下である上記[8]又は[9]に記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
【0010】
[11]上記硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液の電解が、導電性繊維の幾何面積あたり0.3mA/cm2以上20mA/cm2以下の電流密度で行われる上記[8]~[10]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
[12]上記電解時の上記混合溶液の導電性繊維の幾何面積に対する供給速度が0.01L/(cm2・h)以上0.60L/(cm2・h)以下である上記[8]~[11]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
[13]上記アニール処理が、100℃以上600℃以下、10分以上24時間以内で行われる上記[8]~[12]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法。
[14]上記[1]~[6]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を含む水電解における酸素発生電極。
[15]上記[14]に記載の酸素発生電極と、高分子電解質膜とを有する膜-電極接合体。
【0011】
[16]上記[1]~[6]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料又は上記[14]に記載の酸素発生電極を有する水電解装置。
[17]上記[1]~[6]のいずれかひとつに記載のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料又は上記[14]に記載の酸素発生電極を使用して水電解する水素の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、アルカリ下、中性下、又は酸性下で行われる工業的な水電解やPEM型電解槽を用いる水電解において、高い活性と耐久性を示し、安価で優れた酸素発生用陽極触媒として作用する。
【0013】
また、本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料、及び本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を用いる上記電解系に二酸化炭素を添加等することにより、該二酸化炭素等を陰極において還元して、炭化水素化合物(ギ酸、ホルムアルデヒド、メタノール、メタン、エタン、プロパン等)を製造することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1のマンガン酸化物-白金被覆チタン繊維複合電極材料の断面SEM像に対応するMn、O、Tiの各元素の分布写真である。
【
図2】実施例1のマンガン酸化物-白金被覆チタン繊維複合電極材料のXRDパターンである。
【
図3】実施例1、比較例1の酸素発生時(水電解時)における、1M H
2SO
4を含む水溶液を用いた三電極型電解セルで25℃で測定した電流と電位との関係を示すリニアスイープボルタモグラム(LSV)である。
【
図4】実施例1、比較例1の酸素発生時(水電解時)における、1M H
2SO
4を含む水溶液を用いた三電極型電解セルで25℃、0.5A/cm
2で測定した電解電位の時間推移を示したデータである。
【
図5】比較例1のマンガン酸化物-白金被覆チタン繊維複合電極材料の断面SEM像に対応するMn、O、Tiの各元素の分布写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
まず、電解による水の分解について、PEM型の水電解のように反応場が酸性環境下になるような反応を例にとって、説明する。陰極触媒上では、式1に示されるように、2つのプロトンと2つの電子の反応により、水素が生成する。
2H+ + 2e- → H2 … 式1
【0016】
一方、陽極触媒上では、式2に示されるように、2つの水分子から4つの電子と4つのプロトンと共に酸素が生成する。
2H2O → O2 + 4H+ + 4e- … 式2
【0017】
そして、全体として、式3に示されるように、2つの水分子から、2つの水素分子とひとつの酸素分子が生成する反応となる。
2H2O → 2H2 + O2 … 式3
【0018】
上記式2における酸素発生反応は、一般的には、全反応の律速過程とされ、同反応を最小限のエネルギーで進めることのできる触媒の開発が、該技術分野において、重要な位置づけにあり、本発明は、この水の酸化触媒能が高い酸素発生電極触媒を提供するものである。
【0019】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、導電性繊維がマンガン酸化物によって被覆されている割合(以下、「導電性繊維被覆率」ともいう。)が60%以上100%以下のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料である。
【0020】
本発明における「導電性繊維被覆率」とは、導電性繊維を構成する繊維一本の外周を覆うマンガン酸化物の被覆率を15本以上の導電性繊維について測定し、相加平均したものをいう。
導電性繊維被覆率は、次の方法で求められる。
導電性繊維の断面を観察した際の、導電性繊維の外周長さをA1、マンガン酸化物によって被覆されている、即ち、導電性繊維とマンガン酸化物が接している長さをA2とする。
導電性繊維被覆率=A2/A1×100 … 式4
【0021】
導電性繊維の外周長さの測定方法は特に限定されないが、例えば走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた断面観察から測定することが可能である。例えば、導電性繊維の断面の元素分析を行い、導電性繊維とマンガン酸化物の存在位置を解析することによって、A1、A2を算出することができる。
導電性繊維被覆率が60%以上であることで、電極上における電流分布の均一性が向上し、結果として優れた酸素電極触媒活性及び優れた耐久性を発現する。導電性繊維被覆率は70%以上であることが好ましく、80%以上であることが更に好ましい。
【0022】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、導電性繊維の幾何面積当たりのマンガン酸化物の含有量が0.1mg/cm2以上100mg/cm2以下であることが好ましく、10mg/cm2以上75mg/cm2以下であることがより好ましく、20mg/cm2以上50mg/cm2以下であることが更に好ましい。ここで、幾何面積とは、導電性繊維の投影面積に相当するものであり、該導電性繊維の厚みは考慮しないものである。
【0023】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料におけるマンガン酸化物の被覆量が上記範囲の場合、導電性繊維の径や空隙率にも依存するが、繊維上にはマンガン酸化物が島状に若しくは繊維外面を全面被覆するような形態で被覆され、その平均被覆厚みは概ね50μm以下にできる。なお、繊維上に被覆するマンガン酸化物は二次粒子により構成されるので、通常、平均被覆厚みと、それを構成するマンガン酸化物の平均二次粒径とは一致する。
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料においては、被覆しているマンガン酸化物の量に依存して、導電性繊維を被覆するマンガン酸化物の平均厚みが厚くなる関係にある。なかでも、上記マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料におけるマンガン酸化物の被覆量は、0.2mg/cm2以上75mg/cm2以下がより好ましく、0.3mg/cm2以上50mg/cm2以下が更に好ましい。なお、マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物の厚みは、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)の像から、導電性繊維の線径太さ分を差し引いて求めることもできる。
【0024】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物は、マンガンの金属原子価が3.5以上4.0以下であることが好ましい。金属原子価が3.5以上であることで、溶解性の2価マンガンの溶出を抑制し、特にPEMなどの酸性環境下で使用する場合に化学安定性が増す。一方、金属原子価が4.0以下であることで、溶解性の5価マンガン、7価マンガンの溶出を抑制し、化学安定性に優れる。マンガン金属原子価は3.6以上4.0以下であることがより好ましく、3.7以上4.0以下であることが更に好ましい。
【0025】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物は、例えば、電解法で得られる電解二酸化マンガン、化学法で得られる二酸化マンガン等があげられるが、電解二酸化マンガンが好ましい。
【0026】
また、本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物は、γ型、β型、ε型、若しくはα型のいずれかの基本結晶構造を有する結晶相、又は、これらの結晶構造が混合された混晶の二酸化マンガンであっても良い。
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物は、好ましくはβ型である。
【0027】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、上記導電性繊維が、カーボン、チタン、及び白金被覆されたチタンからなる群から選択される少なくとも1種で構成されることが好ましく、なかでも白金被覆されたチタンがより好ましい。カーボンとしては、例えば、導電性カーボン繊維で構成されるカーボンペーパーが例示され、チタンとしては、例えば、繊維状の導電性金属チタン線で構成されるチタン網、焼結チタンなどが例示され、白金被覆されたチタンとしては、繊維状の導電性金属チタン線の表面を白金被覆した白金被覆されたチタン網、焼結チタンが例示される。
【0028】
上記導電性繊維は、例えば、100μm以下の線直径の太さを有するカーボンやチタン金属などの導電性繊維を成型又は焼結し、その厚みが1mm以下の板状にしたものが好ましい。導電性繊維の空隙率は、下限値として、例えば、40%が好ましく、50%がより好ましい。また、導電性繊維の空隙の上限値としては、90%が好ましい。ここで空隙率は、導電性繊維の体積中に占める導電性繊維などがない空間部分の体積で定義される。
導電性繊維は、マンガン酸化物を電解析出させる前に、塩酸、硫酸、硝酸、シュウ酸などで酸処理を施し、その表面の不働態被膜除去や親水化を行うことも有効である。一方で、導電性繊維内のマンガン酸化物の電析位置を制御する、又は実際に水電解の電極として用いる際に重要なガス拡散特性を付与することを目的に、フッ素系樹脂のディスパージョン液などに導電性繊維を浸漬させ、撥水化を行うことも有効である。
【0029】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を、高分子電解質膜、及び水素発生触媒を付与された電極と積層させることで、積層体となる。本発明では本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を有することにより、水電解装置となり、このマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を使用して水電解することにより水素を製造することができる。
【0030】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を電極として使用することにより、本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料が水電解における酸素発生電極活物質となり、酸素発生電極に水分解反応における触媒能を付与させることができる。この酸素発生電極活物質を含む酸素発生電極、高分子電解質膜、及び水素発生触媒を付与された電極を積層することにより膜-電極接合体となる。ここで、高分子電解質膜としては、例えば、フッ素樹脂系の陽イオン交換膜等が挙げられ、水素発生触媒としては、例えば、白金微粒子等が挙げられる。本発明では、この酸素発生電極を有することにより、水電解装置となり、この酸素発生電極を使用して水電解することにより水素を製造することができる。
【0031】
以下には、本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の製造方法を説明する。
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、例えば、電解液として、硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液を用いて、純チタン繊維などの導電性繊維を通過させながら流通させて、導電性繊維にマンガン酸化物を電解析出させた後にアニール処理することで得ることができる。また、粉末状のマンガン酸化物を純チタン繊維などの導電性繊維に塗布した後にアニール処理することでも得ることができる。
【0032】
硫酸-硫酸マンガンを含む混合溶液中の各成分の濃度について、硫酸濃度としては5g/L以上65g/L以下に制御されることが好ましく、20g/L以上50g/L以下に制御されることがより好ましい。
【0033】
上記混合溶液中のマンガン(硫酸マンガンのマンガンイオン)の濃度としては、溶解度以下であれば特に制限はないが、5g/L以上50g/L以下が好ましく、10g/L以上30g/L以下がより好ましい。
【0034】
上記混合溶液の成分濃度を維持するために、電解酸化で消費されたマンガンに相当する硫酸マンガンを適宜加えるか、あるいは硫酸マンガン溶液を連続的に供給することが有効である。
なお、上記の硫酸-硫酸マンガンの混合溶液における硫酸濃度とは、硫酸マンガンの二価の陰イオン(硫酸イオン)を除いた値である。
【0035】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物の電解析出方法では、電解電流密度は、特に限定するものではないが、導電性繊維の幾何面積あたり、0.3mA/cm2以上20mA/cm2以下であることが好ましい。これにより、効率的、かつ安定的にマンガン酸化物を電解析出させることができる。より安定的に本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を得るために、電解電流密度は1mA/cm2以上10mA/cm2以下がより好ましく、3mA/cm2以上8mA/cm2以下がさらに好ましい。ここに、幾何面積とは、導電性繊維の投影面積に相当するものであり、導電性繊維の厚みは考慮しないものである。
【0036】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、導電性繊維に上記混合溶液を流通させながら電解析出を行う。例えばポンプを使用し、上記混合溶液を導電性繊維に向けて流通させながら電解析出させることができる。上記混合溶液の供給速度は、特に限定するものではないが、導電性繊維の幾何面積あたり、0.01L/(cm2・h)以上0.60L/(cm2・h)以下であることが好ましい。これにより、導電性繊維の内部までマンガン酸化物を析出させることができる。
【0037】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物の析出方法における電解温度は93℃以上98℃以下が例示できる。電解温度が高いほど、析出するマンガン酸化物の電解製造効率が上がるため、電解温度は94℃を超えることが好ましい。
【0038】
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のアニール処理条件について、特に限定されないが、空気下または窒素気流下で、アニール処理温度は、100℃以上600℃以下が例示され、300℃以上550℃以下が好ましく、350℃以上500℃以下がより好ましい。また、アニール処理時間は、10分以上24時間以下が例示され、1時間以上16時間以下が好ましく、2時間以上8時間以下がより好ましい。このアニール処理の効果は明確ではないが、アニール処理条件を選択することにより、マンガン酸化物と導電性繊維の相互作用が高められ、より望ましい酸素電極触媒活性を発現させることができるものと推定している。
【実施例0039】
以下、本発明の実施例及び比較例により詳細を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
<硫酸-硫酸マンガンの混合溶液の金属濃度分析>
硫酸-硫酸マンガンの混合溶液を希釈し、ICP-AES(パーキンエルマー社製 Optima 8300)を用いてマンガン元素を定量測定した。
【0041】
<マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のSEM表面観察及び組成分析>
SEM-EDX装置(Hoskin Scientific社製 JSF-7800F)を使用して、表面形態、及び断面の元素分析を行った。断面の元素分析を行う際には、導電性カーボンテープを用いてテーリングを防止した。
【0042】
<導電性繊維被覆率の算出>
SEM像におけるTiの元素の存在場所を示す明コントラストの部分の外周長さからA1を、Tiの元素の存在場所を示す明コントラストの部分のうち、Mn、Oの存在場所を示す明コントラスト部分と接している長さからA2を求めた。A1、A2から導電性繊維被覆率を求めた。15本以上の導電性繊維被覆率から、導電性繊維被覆率を求めた。
【0043】
<マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガンの金属原子価の算出>
大型放射光施設SPring-8のビームラインBL14B2を使用して、二結晶分光器のSi(111)面を用いた透過法によるXAFS測定によりMn K吸収端スペクトルを得ることでマンガンの金属原子価を決定した。
【0044】
<マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のXRD測定>
X線回折装置(Ultima+、Rigaku社製)を使用して、線源にはCuKα線(λ=1.5418Å)を用い、操作電位40kV、操作電流40mAでXRD測定を行った。
【0045】
<マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の被覆量の測定>
マンガン酸化物の電析量及びマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の被覆量は、以下の方法に従って測定された。
電解析出前に、あらかじめ導電性繊維(チタンなど)の重量1を天秤で測定しておき、電解析出後にマンガン酸化物が電析した導電性繊維の重量2を天秤で測定し、重量1と重量2の差分(重量2-重量1)から、マンガン酸化物の電析量を求めた。
マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料におけるマンガン酸化物の被覆量は、マンガン酸化物の電解析出、アニール処理を終えた後のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の重量3を天秤で測定し、導電性繊維の重量1と重量3の差分(重量3-重量1)から求めた。
【0046】
<酸素発生電極触媒特性の評価のための三電極型電解セルの構築>
マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を電極に使用した三電極型電解セルの構築は、以下のように行った。
電極材料(平板網形状:1cm×1cm)を作用極とし、対極として、白金線を用い、参照用電極として、Ag/AgCl(飽和KCl)電極を用いた。電解液として、1M H2SO4を用いた。
【0047】
<電気化学測定1 電流-電位曲線の測定>
水の酸化触媒能を評価するために、マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を用いて構築した三電極型電解セルを用いて、動作温度25℃で、電流-電圧曲線の測定を行った。電位の走査速度は、電流が立ち上がる電位が判別し易いように留意して5mV/sとした。
【0048】
<電気化学測定2 電解電位安定性の測定>
水の酸化触媒能の安定性を評価するために、マンガン酸化物-導電性繊維複合材料を用いて構築した三電極型電解セルを用いて、動作温度25℃で、電解電位の測定を行った。本測定では、作用極に印加する電流密度を導電性繊維の幾何面積あたり0.50A/cm2に保ちながら、電解電位の時間変化を測定した。
【0049】
実施例1
硫酸35g/L及び硫酸マンガン濃度31g/Lの硫酸-硫酸マンガン混合溶液が入った電解槽内で、循環電解液の流速を0.03L/(h・cm2)として、硫酸-硫酸マンガン混合溶液を用いて、白金被覆したTi網(田中貴金属工業社製)の導電性繊維を通過させながら流通させて電解を行い、導電性繊維上にマンガン酸化物を電解析出させた。空気下で450℃-5時間のアニール処理を行い、導電性繊維にマンガン酸化物を析出させたマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を作製した。この合成条件について表1に示した。
【0050】
【0051】
この電極材料の断面のSEM像を
図1に示した。
図1から、マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、マンガン酸化物が白金被覆したTi網の繊維を覆うようにして析出した状態であることが確認された。
導電性繊維被覆率を、導電性繊維15本以上について測定し、相加平均して平均導電性繊維被覆率を求めた。
【0052】
実施例1で得られたマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のXRDパターンを
図2に示した。
図2から、β型-MnO
2に帰属される回折線が観測された。マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料のマンガン酸化物の析出量は45mg/cm
2であった。また、このマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料をXAFS測定によって解析し、マンガンの平均金属原子価は3.8と算出された。これらの評価結果について表2に示した。
【0053】
【0054】
このマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を1cm×1cmのサイズに切出して、<酸素発生電極触媒特性の評価のための三電極型電解セルの構築>の方法に従って、三電極型電解セルを構築し、<電気化学測定1 電流-電位曲線の測定>に従って、酸素発生電極触媒特性評価を行った。その結果を表2、
図3に示した。また、<電気化学測定2 電解電位安定性の測定>に従って、電解電位の時間変化測定を行った。その結果を
図4に示した。
【0055】
比較例1
マンガン酸化物の電析時間、及び循環電解液の流速を変更し、導電性繊維を通過させなかった以外は実施例1の調製条件に従って、マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料を作製した。これの合成条件を表1に示した。
【0056】
この電極材料の断面のSEM像を
図5に示した。
図5から、マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、マンガン酸化物が最表面に位置する白金被覆したTi網の片側のみに析出した状態であることが確認された。
マンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料の物性及び特性値を表2に示した。また、酸素発生電極触媒特性評価の結果を
図3に、電解電位の時間変化測定の結果を
図4に示した。
【0057】
図3,4に示されるように、本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、高い酸素発生電極触媒活性を発現し、また1000時間以上にわたって2V以下での動作を可能とする耐久性を示すことが明らかになった。
本発明のマンガン酸化物-導電性繊維複合電極材料は、貴金属系触媒に匹敵する高い酸素発生電極触媒活性を有するため、アルカリ下、中性下で行われる工業的な水電解や、PEM型電解槽を用いる水電解において酸素発生用陽極触媒として使用することで、極めて製造原価の低い水素、酸素を得ることが可能となる。
また、上記水電解などの反応系に二酸化炭素を存在させることにより、該二酸化炭素等を陰極において還元して、炭化水素化合物(ギ酸、ホルムアルデヒド、メタノール、メタン、エタン、プロパン等)を製造することもできる。