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特開2024-86335ニッケル粉末およびニッケル粉末の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024086335
(43)【公開日】2024-06-27
(54)【発明の名称】ニッケル粉末およびニッケル粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20240620BHJP
   B22F 1/065 20220101ALI20240620BHJP
   B22F 1/05 20220101ALI20240620BHJP
   B22F 1/14 20220101ALI20240620BHJP
   B22F 1/16 20220101ALI20240620BHJP
   B22F 9/24 20060101ALI20240620BHJP
【FI】
B22F1/00 M
B22F1/065
B22F1/05
B22F1/14 600
B22F1/16
B22F9/24 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201413
(22)【出願日】2022-12-16
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134832
【弁理士】
【氏名又は名称】瀧野 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100165308
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100115048
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 康弘
(74)【代理人】
【識別番号】100161001
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 篤司
(72)【発明者】
【氏名】篠田 翔馬
(72)【発明者】
【氏名】田原 大祐
(72)【発明者】
【氏名】石井 潤志
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4K017AA03
4K017BA03
4K017CA07
4K017CA08
4K017DA01
4K017DA07
4K017EJ01
4K017FB01
4K017FB03
4K017FB07
4K018AA07
4K018BA04
4K018BC28
4K018BC33
4K018BD04
4K018CA09
4K018KA33
(57)【要約】
【課題】 バインダ樹脂の低温での分解およびニッケル粉末の焼結温度の低下を抑制することのできる、ニッケル粉末およびニッケル粉末の製造方法を提供する。
【解決手段】 略球状の粒子形状であり、酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0mg以上12.5mg未満である、ニッケル粉末。
【選択図】 図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
略球状の粒子形状であり、
酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0mg以上12.5mg未満である、ニッケル粉末。
【請求項2】
数平均粒子径が30nm以上150nm以下である、請求項1に記載のニッケル粉末。
【請求項3】
硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.28mg以上0.40mg未満である、請求項1または2に記載のニッケル粉末。
【請求項4】
湿式還元法により晶析された固液分離前のニッケル晶析粉と、前記ニッケル晶析粉を晶析させた反応液と、を含むニッケル晶析粉スラリーをろ別して得られるニッケル晶析粉ケーキを、減圧雰囲気下または不活性ガス雰囲気下で乾燥させてニッケル粉末を得る乾燥工程と、
前記乾燥工程後の前記ニッケル粉末を、酸素濃度が15体積%以上25体積%以下の酸素含有ガス雰囲気下において、170~200℃の温度で30分以上2時間以下の時間熱処理する熱処理工程と、
を含む、ニッケル粉末の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理工程後、前記ニッケル粉末の硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.28mg以上0.40mg未満であることを確認する硫黄含有量測定工程を更に含む、請求項4に記載のニッケル粉末の製造方法。
【請求項6】
前記熱処理工程後、前記ニッケル粉末の酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0mg以上12.5mg未満であることを確認する酸化ニッケル含有量測定工程を更に含む、請求項4または5に記載のニッケル粉末の製造方法。
【請求項7】
前記熱処理工程後、前記ニッケル粉末の数平均粒子径が30nm以上150nm以下であることを確認する平均粒子径測定工程を更に含む、請求項4または5に記載のニッケル粉末の製造方法。
【請求項8】
水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の塩、還元剤、水酸化アルカリおよび水を混合した反応液中において、還元反応を行い、前記ニッケル晶析粉スラリーを得る晶析工程と、
前記ニッケル晶析粉スラリー中の前記ニッケル晶析粉を、洗浄およびろ別して前記ニッケル晶析粉ケーキを得る洗浄・ろ過工程と、
を更に含む、請求項4または5に記載のニッケル粉末の製造方法。
【請求項9】
前記ろ別前の前記ニッケル晶析粉のニッケル粒子の表面を、硫黄成分で修飾する硫黄コート処理工程を更に含む、請求項4または5に記載のニッケル粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層セラミック部品の電極材として用いられるニッケル粉末およびニッケル粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケル粉末は、電子回路のコンデンサの材料として、特に、積層セラミックコンデンサ(MLCC:MultiLayer Ceramic Capacitor)や多層セラミック基板などの積層セラミック部品の内部電極などを構成する厚膜導電体の材料として利用されている。
【0003】
近年、積層セラミックコンデンサの大容量化が進み、積層セラミックコンデンサの内部電極の形成に用いられる内部電極ペーストの使用量も大幅に増加している。このため、厚膜導電体を構成する内部電極ペースト用の金属粉末として、高価な貴金属の使用に代替して、主としてニッケルなどの安価な卑金属が使用されている。
【0004】
積層セラミックコンデンサを製造する工程では、例えばニッケル粉末、エチルセルロースなどのバインダ樹脂、ターピネオールなどの有機溶剤を混練した内部電極ペーストを、誘電体グリーンシート上にスクリーン印刷する。内部電極ペーストが印刷および乾燥された誘電体グリーンシートは、内部電極ペースト印刷層と誘電体グリーンシートとが交互に重なるように積層され圧着されて、積層体が得られる。
【0005】
この積層体を、所定の大きさにカットし、次に、バインダ樹脂を加熱処理により除去し(脱バインダ処理)、さらに、この積層体を1300℃程度の高温で焼成することにより、セラミック成形体が得られる。
【0006】
そして、得られたセラミック成形体に外部電極が取り付けられ、積層セラミックコンデンサが得られる。内部電極となる内部電極ペースト中の金属粉末として、ニッケルなどの卑金属が使用されていることから、積層体の脱バインダ処理は、これらの卑金属が酸化しないように、不活性雰囲気などの酸素濃度がきわめて低い雰囲気下にて行われる。
【0007】
積層セラミックコンデンサの小型化および大容量化に伴い、内部電極や誘電体はともに薄層化が進められている。これに伴って、内部電極ペーストに使用されるニッケル粉末の粒径も微細化が進行し、平均粒径0.5μm以下のニッケル粉末が必要とされ、特に平均粒径0.3μm以下のニッケル粉末の使用が主流となっている。
【0008】
ニッケル粉末の製造方法には、大別すると、気相法と湿式法がある。気相法としては、例えば、特許文献1に記載されている塩化ニッケル蒸気を水素により還元してニッケル粉末を作製する方法や、特許文献2に記載されているニッケル金属をプラズマ中で蒸気化してニッケル粉末を作製する方法がある。また、湿式法としては、例えば、特許文献3および特許文献4に記載されている、ニッケル塩溶液に還元剤を添加してニッケル粉末を作製する方法がある。
【0009】
気相法は、1000℃程度以上の高温プロセスのため、結晶性に優れる高特性のニッケル粉末を得るためには有効な手段ではあるが、得られるニッケル粉末の粒度分布が広くなるという問題がある。上述の通り、内部電極の薄層化においては、粗大粒子を含まず、比較的粒度分布の狭い平均粒径0.5μm以下のニッケル粉末が必要とされる。そのため、気相法でこのようなニッケル粉末を得るためには、高価な分級装置を導入してニッケル粉末を分級する分級処理が、追加で必須となる。
【0010】
なお、分級処理では、0.6μm~2μm程度の任意の値の分級点を目途に、分級点よりも大きな粗大粒子の除去が可能であるが、製品実収が大幅に低下するという問題もある。したがって、気相法では、上述の高額な分級装置等の設備導入も含めて、製品のコストアップが避けられない。
【0011】
さらに、気相法では、平均粒径が0.2μm以下、特に、平均粒径が0.1μm以下のニッケル粉末を用いる場合に、分級処理による粗大粒子の除去自体が困難になるため、今後の内部電極の一層の薄層化に対応できない。
【0012】
一方で、湿式法は、気相法と比較して、得られるニッケル粉末の粒度分布が狭いという利点がある。特に、特許文献3や特許文献4に記載されているニッケル塩にパラジウムを含む溶液に還元剤としてヒドラジンを含む溶液を添加してニッケル粉末を作製する方法では、ニッケルよりも貴な金属の塩(核剤)との共存下でニッケル塩(正確には、ニッケルイオン(Ni2+)、またはニッケル錯イオン)がヒドラジンで還元されるため、核発生数が制御され(すなわち、粒径が制御され)、かつ核発生と粒子成長が均一となって、より狭い粒径分布で微細なニッケル粉末(以後、反応液中に生じるニッケル粉末を「ニッケル晶析粉」と呼ぶことがある)が得られることが知られている。参考までに、湿式法によるニッケル粉末の代表的な製造工程を示す図1に示す。
【0013】
ところで、製造コストの面から内部電極として主に用いられているニッケルの場合、微粒化によるニッケル粒子表面の触媒活性が問題となることがある。即ち、前述した積層セラミックコンデンサの製造方法における積層体の脱バインダ工程において、ニッケル微粒子の有する触媒作用によって有機バインダの分解が急激に進行して多量のガスが発生し、その結果として誘電体層と内部電極層との間の積層欠陥であるデラミネーションや、誘電体や電極層の破損、クラックなどが生じる。
【0014】
ニッケル粉末の活性表面による樹脂分解触媒作用による樹脂の分解を抑制するため、ニッケル微粒子の表面に硫黄を付着させてニッケル表面の触媒活性を低減させ、脱バインダ工程において有機バインダの分解が急激に進行しないようにする方法が提案されている。例えば特許文献5には、硫化物水溶液にニッケル微粒子を浸漬・分散させてニッケル微粒子表面に硫黄を析出させた後、該ニッケル微粒子を含む水溶液を固液分離し、得られた湿潤状態の微粒子を真空乾燥して含硫黄ニッケル微粒子を得る方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平4-365806号公報
【特許文献2】特表2002-530521号公報
【特許文献3】特開2004-332055号公報
【特許文献4】特開2020-41197号公報
【特許文献5】特開2010-043339号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、特許文献4のような近年のニッケル粉末の細粒化に従い、ニッケル粉末の比表面積が大きくなることで、ニッケル粉末の表面処理に必要な硫黄添加量が増加しており、その除去が課題となっている。また、従来からニッケル粉末を製造する際に硫黄(S)が添加されているが、硫黄が添加されて製造されたニッケル粉末では、その焼結温度が低下する傾向があるため、ニッケル粉末に残存する硫黄の量が多くならないよう、ニッケル粉末の製造過程では硫黄の使用量はできるだけ少量とすることが好ましい。
【0017】
そこで本発明では、バインダ樹脂の低温での分解およびニッケル粉末の焼結温度の低下を抑制することのできる、ニッケル粉末およびニッケル粉末の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者は、上記課題を解決するため、種々の検討を行ったところ、湿式還元法で製造されたろ別後のニッケル晶析粉をできるだけ酸素に触れないように水分を除去して乾燥させ、その後のニッケル晶析粉を所定の濃度の酸素混合ガス雰囲気中において所定の温度範囲内で所定の時間熱処理することにより、硫黄コート処理をしなくてもニッケル微粒子の表面活性を低下させることができ、その結果としてニッケル粉末の焼結温度の低下を抑制しつつ、バインダ樹脂の低温での分解を抑制することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0019】
すなわち、上記課題を解決するため、本発明のニッケル粉末は、略球状の粒子形状であり、酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0mg以上12.5mg未満である。
【0020】
本発明のニッケル粉末は、数平均粒子径が30nm以上150nm以下であってもよい。
【0021】
本発明のニッケル粉末は、硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.28mg以上0.40mg未満であってもよい。
【0022】
また、上記課題を解決するため、本発明のニッケル粉末の製造方法は、湿式還元法により晶析された固液分離前のニッケル晶析粉と、前記ニッケル晶析粉を晶析させた反応液と、を含むニッケル晶析粉スラリーをろ別して得られるニッケル晶析粉ケーキを、減圧雰囲気下または不活性ガス雰囲気下で乾燥させてニッケル粉末を得る乾燥工程と、前記乾燥工程後の前記ニッケル粉末を、酸素濃度が15体積%以上25体積%以下の酸素含有ガス雰囲気下において、170~200℃の温度で30分以上2時間以下の時間熱処理する熱処理工程と、を含む。
【0023】
前記熱処理工程後、前記ニッケル粉末の硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.28mg以上0.40mg未満であることを確認する硫黄含有量測定工程を更に含んでもよい。
【0024】
前記熱処理工程後、前記ニッケル粉末の酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0mg以上12.5mg未満であることを確認する酸化ニッケル含有量測定工程を更に含んでもよい。
【0025】
前記熱処理工程後、前記ニッケル粉末の数平均粒子径が30nm以上150nm以下であることを確認する平均粒子径測定工程を更に含んでもよい。
【0026】
水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の塩、還元剤、水酸化アルカリおよび水を混合した反応液中において、還元反応を行い、前記ニッケル晶析粉スラリーを得る晶析工程と、前記ニッケル晶析粉スラリー中の前記ニッケル晶析粉を、洗浄およびろ別して前記ニッケル晶析粉ケーキを得る洗浄・ろ過工程と、を更に含んでもよい。
【0027】
前記ろ別前の前記ニッケル晶析粉のニッケル粒子の表面を、硫黄成分で修飾する硫黄コート処理工程を更に含んでもよい。
【発明の効果】
【0028】
本発明のニッケル粉末およびニッケル粉末の製造方法によれば、バインダ樹脂の低温での分解およびニッケル粉末の焼結温度の低下を抑制することができる。従って、このニッケル粉末を薄膜化及び多層化された積層セラミックコンデンサ等の材料として用いれば、脱バインダ工程時に内部電極層のクラックやデラミネーションの発生を抑えることができ、かつ、焼結工程における熱収縮によるクラックの発生を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】湿式法によるニッケル粉末の製造方法における代表的な製造工程を示す模式図である。
図2】本発明のニッケル粉末の製造方法における製造工程の一例を示す模式図である。
図3】ニッケル粉末とエチルセルロース樹脂との混合粉末の樹脂分解挙動を測定した結果を示す図である。
図4】ニッケル粉末の熱収縮挙動を測定した結果を示す図である。
図5】実施例1に係るニッケル粉末の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明に係るニッケル粉末の製造方法およびニッケル粉末について、図面を参照しながら以下の順序で説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能である。
1.ニッケル粉末の製造方法
1-1.混合工程
1-1-1.混合する薬剤
1-2.晶析工程
1-2-1.還元反応
1-2-2.混合物の温度
1-3.硫黄コート処理工程
1-4.洗浄・ろ過工程
1-5.乾燥工程
1-6.熱処理工程
1-7.硫黄含有量測定工程
1-8.酸化ニッケル含有量測定工程
1-9.平均粒子径測定工程
1-10.解砕工程
2.ニッケル粉末
【0031】
<1.ニッケル粉末の製造方法>
まず、本発明の一実施形態に係るニッケル粉末の製造方法について説明する。本方法は、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩、還元剤としてのヒドラジン、pH調整剤としての水酸化アルカリ、水、必要に応じてアミン化合物、を含む反応液中において、ヒドラジンによる還元反応でニッケル晶析粉末を得る晶析工程を主体とする。特に、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩、ヒドラジンおよび水酸化アルカリを10秒以内に混合して混合物を得る混合工程を含むことが好ましく、混合工程によって、微細なニッケル粉末を晶析させることができる。また、乾燥工程および熱処理工程によって、バインダ樹脂の低温での分解およびニッケル粉末の焼結温度の低下を抑制することができる。さらに、必要に応じて行う解砕工程を後処理工程として付加することができる。
【0032】
ここで、本発明のニッケル粉末の製造方法は、乾燥工程および熱処理工程を必須の工程とし、その他の工程は全て含んでも良い工程であり、または一部の工程を適宜含めることのできる工程である。例えば、混合工程、晶析工程および洗浄・ろ過工程後のニッケル晶析粉ケーキを購入する等により入手し、このニッケル晶析粉ケーキに対して乾燥工程と熱処理工程を行ってニッケル粉末を製造してもよい。また、ニッケル粉末の製造条件が安定していれば、ニッケル粉末の製造の度に硫黄含有量、酸化ニッケル含有量、および平均粒子径を測定しなくてもよい。
【0033】
なお、本発明において、「粉末」および「粉」は、粒子が多数集合して集合体となっている状態であり、晶析したニッケル粒子がスラリー状に分散しているものや、乾燥させて固体の集合体となったものはニッケル粉末やニッケル粉に該当する。例えば、「ニッケル晶析粉」は晶析工程で還元された状態のニッケル粉である。
【0034】
[1-1.混合工程]
混合工程は、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩、錯化剤、ヒドラジンおよび水酸化アルカリを混合して、反応液となる混合物を得る工程である。これらの各原料の混合時間を10秒以内とすることが好ましく、速やかに混合することで、例えば図5に示すような数平均粒子径が30nm以上150nm以下の略球状のニッケル粒子が得られやすくなる。
【0035】
ここで、溶媒としての水は、得られるニッケル粉末中の不純物量を低減させる観点から、超純水(導電率:≦0.06 μS/cm)や純水(導電率:≦1μS/cm)といった高純度のものがよく、中でも安価で入手が容易な純水を用いることが好ましい。なお、還元反応は反応液が調合された時点で開始される。以下、上記各原料について、それぞれ詳述する。
【0036】
(1-1-1.混合する薬剤)
(a)水溶性ニッケル塩
本発明に用いる水溶性ニッケル塩は、水に易溶である水溶性ニッケル塩であれば、特に限定されるものではなく、例えば、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、硝酸ニッケルから選ばれる1種以上を用いることができる。これらのニッケル塩の中では、塩化ニッケル、硫酸ニッケルあるいはこれらの混合物を用いることが、より好ましい。
【0037】
(b)ニッケルよりも貴な金属の塩
ニッケルよりも貴な金属の金属塩は、ニッケルよりもイオン化傾向が低いことにより、ニッケルを還元析出させる際にニッケルよりも先に還元されるため、ニッケル粒子が晶析するための初期核となる核剤として作用することができる。この初期核から粒子成長することで、さらに微細なニッケル晶析粉末(ニッケル粉末)を作製することができる。
【0038】
ニッケルよりも貴な金属の塩としては、水溶性でニッケルよりもイオン化傾向が低い金属の金属塩であればよく、例えば水溶性の銅塩や、金塩、銀塩、プラチナ塩、パラジウム塩、ロジウム塩、イリジウム塩などの水溶性の貴金属塩が挙げられる。例えば、水溶性の銅塩としては硫酸銅を、水溶性の銀塩としては硝酸銀を、水溶性のパラジウム塩としては塩化パラジウム(II)ナトリウム、塩化パラジウム(II)アンモニウム、硝酸パラジウム(II)、硫酸パラジウム(II)などを用いることができるが、これらには限定されない。
【0039】
ニッケルよりも貴な金属の塩としては、特に上述したパラジウム塩を用いると、粒度分布は幾分広くなるものの、得られるニッケル粉末の粒径をより微細に制御することが可能となるため好ましい。パラジウム塩を用いた場合の、パラジウム塩とニッケルの割合[モルppm](パラジウム塩のモル数/ニッケルのモル数×10)は、ニッケル粉末の目的とする数平均粒径によって適宜選択することができる。例えば、ニッケル粉末の数平均粒径を0.1μm以下に設定するのであれば、パラジウム塩とニッケルの割合を0.2モルppm~100モルppmの範囲内、好ましくは0.5モルppm~60モルppmの範囲内とすることが好ましい。この割合が0.2モルppm未満だと、ニッケル晶析粉末(ニッケル粉末)を十分に微細化することが困難となるおそれがある。一方で、この割合が100モルppmを超えると、高価なパラジウム塩を多く使用することとなり、ニッケル粉末を製造するためのコストの増加につながるおそれがある。
【0040】
(c)錯化剤
錯化剤としては、分子内にカルボキシ基を3個以上含む錯化剤を用いることが好ましく、例えばクエン酸、ニトリロ三酢酸、1,3,5-ベンゼントリカルボン酸(トリメシン酸)、エチレンテトラカルボン酸、1,2,3,4,-ブタンテトラカルボン酸およびそれらの塩や誘導体などが挙げられる。より好ましくはクエン酸、ニトリロ三酢酸ナトリウムおよびその塩から選ばれる1種類以上を用いるのが良い。錯化剤の添加量は、ニッケル原子1モルあたり0.1モル以上5モル以下であることが好ましい。錯化剤の添加量がニッケル原子1モルあたり0.1モル未満の場合、ヒドラジンおよび水酸化アルカリが均一に混合した直後の反応液の粘度上昇が不十分であり、粒成長中の粒子同士の接触抑制効果が不十分となるおそれがある。一方で、錯化剤の添加量がニッケル1原子モルあたり5モルを超えると、ニッケル粉末を製造するためのコストの増加につながるおそれがある。
【0041】
(d)ヒドラジン
本発明の一実施形態に係るニッケル粉末の製造方法では、還元剤としてヒドラジン(N、分子量:32.05)を用いることができる。なお、ヒドラジンには、無水のヒドラジンの他にヒドラジン水和物である抱水ヒドラジン(N・HO、分子量:50.06)があるが、どちらを用いてもかまわない。ヒドラジンの還元反応は、後述する式(2)に示す通りであるが、特にアルカリ性で還元力が高いこと、還元反応の副生成物が窒素ガスと水であるために反応による不純物が反応液中に生じないこと、ヒドラジン中の不純物がそもそも少ないこと、および入手が容易なこと、という特徴を有しているため、還元剤に好適である。例えば、市販されている工業グレードの60質量%抱水ヒドラジンを用いることができる。
【0042】
(e)水酸化アルカリ
ヒドラジンの還元力は、反応液のアルカリ性が強い程大きくなるため(後述する式(2)参照)、本発明の一実施形態に係るニッケル粉末の製造方法では、水酸化アルカリを、アルカリ性を高めるpH調整剤として用いる。水酸化アルカリとしては、特に限定されるものではないが、入手の容易さや価格の面から、アルカリ金属水酸化物を用いることが好ましい。具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムから選ばれる1種以上を用いることがより好ましい。
【0043】
水酸化アルカリの配合量は、還元剤としてのヒドラジンの還元力が十分高まるように、反応液のpHが、反応温度において、9.5以上、好ましくは10以上、さらに好ましくは10.5以上となるように決定するとよい。
【0044】
本発明の一実施形態に係るニッケル粉末の製造方法において、混合工程の例としては、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩および錯化剤を含む溶液Aに、ヒドラジンおよび水酸化アルカリを含む溶液Bを混合する段階(「前者の段階」とする)、または、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩、錯化剤およびヒドラジンを含む溶液Cに、水酸化アルカリを含む溶液Dを混合する段階(「後者の段階」とする)を含む。水溶性ニッケル塩、ヒドラジンおよび水酸化アルカリが存在すると、温度やpHの影響はあるものの、還元によりニッケルの晶析が始まるおそれがある。そのため、溶液AとB、または溶液CとDに分けておき、晶析に好ましい条件で一気に混合させることで、微細かつ粒度分布が狭いニッケル粉末を得ることができる。
【0045】
〈前者の段階〉
前者の段階では、水酸化アルカリによりアルカリ性が高く還元力を高めたヒドラジンを含む溶液Bを、水溶性ニッケル塩およびニッケルよりも貴な金属の金属塩といった被還元物を含む溶液Aに添加混合する。
【0046】
前者の段階の場合は、溶液Aと溶液Bが混合された時点、すなわち還元反応が開始する時点での温度(以降、「反応開始温度」と称することもある。)にもよるが、ニッケル塩を含む水溶液(溶液A)と水酸化アルカリによりアルカリ性を高めた還元剤水溶液(溶液B)の混合に要する時間が長くなると、混合中から、溶液Aと溶液Bの混合領域の局所において部分的にアルカリ性が上昇してヒドラジンの還元力が高まり、核の発生に時間差が生じて、ニッケル晶析粉末の微細化や狭い粒度分布を得にくくなるという傾向がある。この傾向は、弱酸性の溶液Aにアルカリ性の溶液Bを混合する場合に、より顕著である。この傾向は、溶液Aと溶液Bの混合時間が短いほど抑制でき、微細化した狭い粒度分布のニッケル晶析粉末を得られるため、混合時間は短時間であることが望ましい。ここで、混合時間は溶液Aに溶液Bが接触した瞬間を開始とし、溶液Aに溶液Bが入り終えた瞬間を終了とする。
【0047】
溶液Aに溶液Bを混合する際は、溶液Aを撹拌しながら混合する撹拌混合が好ましい。撹拌混合性が良いと、核発生の場所によるが溶液AとBとの不均一性が低下し、かつ、前述したような核発生の混合時間への依存性が低下するため、微細化した狭い粒度分布のニッケル晶析粉末を得やすくなる。撹拌混合の方法は、公知の方法を用いればよく、撹拌混合性の制御や設備コストの面から、例えば撹拌羽根を用いることが好ましい。
【0048】
〈後者の段階〉
後者の段階は、還元剤であるヒドラジンを、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩および錯化剤といった被還元物と予め混合させておいて溶液Cとし、溶液Cへ水酸化アルカリを含む溶液Dを混合する段階である。還元剤と被還元物が共存する環境下のpHを、水酸化アルカリにより調整して還元力を高めることで晶析させるという点で、前者の段階との違いがある。
【0049】
後者の段階の場合は、ヒドラジンを、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩および錯化剤があらかじめ均一濃度となっているため、水酸化アルカリを混合する際に生じる核発生の時間差は、前者の段階の場合ほど大きくならず、ニッケル晶析粉末の微細化や狭い粒度分布がより得られやすいという特徴がある。ただし、核発生の若干の時間差は生じ得るため、溶液Cと溶液Dとの混合時間は短時間が望ましい。ここで、混合時間は溶液Cに溶液Dが接触した瞬間を開始とし、溶液Cに溶液Dが入り終えた瞬間を終了とする。
【0050】
溶液Cに溶液Dを混合する際は、溶液Cを撹拌しながら混合する撹拌混合が好ましい。撹拌混合性が良いと、核発生の場所によるが溶液CとDとの不均一性が低下し、かつ、前述したような核発生の混合時間への依存性が低下するため、微細化した狭い粒度分布のニッケル晶析粉末を得やすくなる。撹拌混合の方法は、公知の方法を用いればよく、撹拌混合性の制御や設備コストの面から、例えば撹拌羽根を用いることが好ましい。
【0051】
(e)アミン化合物
アミン化合物は、ヒドラジンの自己分解抑制剤、還元反応促進剤、さらにはニッケル粒子同士の連結抑制剤の作用を有しており、分子内に第1級アミノ基(-NH)を2個以上含有するか、あるいは、分子内に第1級アミノ基(-NH)を1個、かつ第2級アミノ基(-NH-)を1個以上含有する化合物であることが好ましい。本発明において必須の薬剤ではないものの、これらの作用を得るべく、使用することが好ましい。
【0052】
アミン化合物としては、アルキレンアミンまたはアルキレンアミン誘導体の少なくともいずれかが挙げられる。より具体的には、アルキレンアミンとしては、エチレンジアミン(HNCNH)、ジエチレントリアミン(HNCNHCNH)、トリエチレンテトラミン(HN(CNH)NH)、テトラエチレンペンタミン(HN(CNH)NH)、ペンタエチレンヘキサミン(HN(CNH)NH)から選ばれる1種以上を用いることができる。また、アルキレンアミン誘導体としては、トリス(2-アミノエチル)アミン(N(CNH)、(2-アミノエチル)-2-アミノエタノール(HNCNHCOH)から選ばれる1種以上を用いることができる。これらのアルキレンアミン、アルキレンアミン誘導体は水溶性であり、中でもエチレンジアミン、ジエチレントリアミンは、入手が容易で安価であるため、用いることが好ましい。
【0053】
上記アミン化合物の還元反応促進剤としての作用は、反応液中のニッケルイオン(Ni2+)を錯化してニッケル錯イオンを形成する錯化剤としての働きによると考えられる。また、ヒドラジンの自己分解抑制剤や、ニッケル粒子同士の連結抑制剤としての作用については、アミン化合物分子内の第1級アミノ基(-NH)や第2級アミノ基(-NH-)と、ヒドラジンやのニッケル晶析粉末の表面との相互作用により、上記作用が発現しているものと推測される。
【0054】
ここで、反応液中の上記アミン化合物とニッケルの割合[モル%]((アミン化合物のモル数/ニッケルのモル数)×100)は、0.01モル%~5モル%の範囲、好ましくは0.03モル%~2モル%の範囲がよい。上記割合が0.01モル%未満の場合、上記アミン化合物の量が少なすぎて、ヒドラジンの自己分解抑制剤、還元反応促進剤、またはニッケル粒子同士の連結抑制剤としての各作用を得ることができないおそれがある。一方で、上記割合が5モル%を超えると、アミン化合物がニッケル錯イオンを形成する錯化剤としての働きが強くなりすぎる結果、ニッケル晶析粉末の粒子の成長に異常をきたすおそれがあり、これによりニッケル粉末の粒状性や球状性が失われていびつな形状となることや、ニッケル粒子同士が互いに連結した粗大粒子が多く形成されることなど、ニッケル粉末の特性の劣化が生じるおそれがある。
【0055】
本発明の一実施形態に係るニッケル粉末の製造方法では、前記溶液AまたはBのいずれかはアミン化合物を含み、前記溶液CまたはDのいずれかはアミン化合物を含んでもよい。すなわち、還元反応の開始前である混合工程前にアミン化合物を予め溶液AまたはBに配合しておいてもよい。なお、アミン化合物を混合するタイミングについては、目的に応じ総合的に判断して適宜選択することができる。
【0056】
特に、アミン化合物が持つ還元反応促進剤としての作用は、還元反応の開始前にアミン化合物を予め配合しておくことで、ニッケルよりも貴な金属の塩との相乗効果により、微細なニッケル晶析粉末(ニッケル粉末)を安定的に晶析させることができる。
【0057】
すなわち、予めアミン化合物を配合しておくことで、還元反応の開始時点からアミン化合物がヒドラジンの自己分解抑制剤および還元反応促進剤(錯化剤)として作用するという利点がある。一方で、例えば吸着などのアミン化合物の有するニッケル粒子表面との相互作用が核発生に関与して、得られるニッケル晶析粉末の粒径や粒度分布に影響を及ぼす可能性がある。そのため、アミン化合物の種類や混合量等の諸条件を適宜検討することが重要となる。
【0058】
また、本発明の一実施形態に係るニッケル粉末の製造方法では、前記混合工程後、前記混合物とアミン化合物を混合するアミン化合物混合工程を含んでもよい。すなわち、混合工程後であって還元反応の開始以降にアミン化合物を混合してもよい。
【0059】
この場合は、核発生が生じる晶析工程のごく初期段階を経た後に、アミン化合物を反応液に添加混合するため、アミン化合物のヒドラジンの自己分解抑制剤および還元反応促進剤(錯化剤)としての作用がやや遅れるものの、アミン化合物の核発生への関与がなくなるため、得られるニッケル晶析粉末の粒径や粒度分布がアミン化合物によって影響を受けにくくなり、それらを制御しやすくなる利点がある。
【0060】
ここで、アミン化合物混合工程においてアミン化合物を混合物へ混合する混合時間は、数秒以内の一括混合でも良く、また、数分間~30分間程度にわたり分割混合や滴下混合としてもよい。アミン化合物は、還元反応促進剤(錯化剤)としての作用もあるため、ゆっくり添加する方が結晶成長をゆっくりと進行させてニッケル晶析粉末が高結晶性となる。しかし、ヒドラジンの自己分解抑制効果も徐々に作用することとなり、ヒドラジン消費量の低減効果は減少するため、上記混合時間は、これら両者のバランスをみながら適宜決定すればよい。ここで、アミン化合物を混合物へ混合する混合時間は、混合物にアミン化合物が接触した瞬間を開始とし、混合物にアミン化合物が入り終えた瞬間を終了とする。
【0061】
アミン化合物混合工程においてアミン化合物を混合物へ混合する際は、混合物を撹拌しながら混合する撹拌混合が好ましい。撹拌混合性が良いと、混合物とアミン化合物との不均一性が低下し、かつ、前述したような水酸化アルカリの混合時間への依存性が低下するため、微細化した狭い粒度分布のニッケル晶析粉末を得やすくなる。撹拌混合の方法は、公知の方法を用いればよく、撹拌混合性の制御や設備コストの面から、例えば撹拌羽根を用いることが好ましい。
【0062】
(f)スルフィド化合物
本発明に用いるスルフィド化合物は、上記アミン化合物と異なり、単独で用いた場合にはヒドラジンの自己分解抑制作用はそれ程大きくない。ただし、上記アミン化合物と併用すると、ヒドラジンの自己分解抑制作用を大幅に強めることができるヒドラジンの自己分解抑制補助剤の作用を有している。そのため、必要に応じて、反応液に添加するとよい。上記スルフィド化合物としては、分子内にスルフィド基(-S-)を1個以上含有する化合物が挙げられる。なお、上記スルフィド化合物は、ヒドラジンの自己分解抑制補助剤の作用に加えて、ニッケル粒子同士の連結抑制剤としての作用も有しており、上記アミン化合物と併用すると、ニッケル粒子同士が互いに連結した粗大粒子の生成量をより効果的に低減できる。
【0063】
スルフィド化合物としては、水溶性が高い方が望ましく、したがって、分子内にさらにカルボキシ基(-COOH)、水酸基(-OH)、アミノ基(第1級:-NH、第2級:-NH-、第3級:-N<)のいずれかを少なくとも1個以上含有するカルボキシ基含有スルフィド化合物、水酸基含有スルフィド化合物、アミノ基含有スルフィド化合物のいずれかであることが好適であり、チアゾール環(CNS)を少なくとも1個以上含有するチアゾール環含有スルフィド化合物も水溶性は高くないが適用可能である。より具体的には、L(または、D、DL)-メチオニン(CHSCCH(NH)COOH)、L(または、D、DL)-エチオニン(CSCCH(NH)COOH)、N-アセチル-L(または、D、DL)-メチオニン(CHSCCH(NH(COCH))COOH)、ランチオニン(別名称:3,3’-チオジアラニン)(HOOCCH(NH)CHSCHCH(NH)COOH)、チオジプロピオン酸(別名称:3,3’-チオジプロピオン酸)(HOOCCSCCOOH)、チオジグリコール酸(別名称:2,2’-チオジグリコール酸、2,2’-チオ二酢酸、2,2’-チオビス酢酸、メルカプト二酢酸)(HOOCCHSCHCOOH)、メチオノール(別名称:3-メチルチオ-1-プロパノール)(CHSCOH)、チオジグリコール(別名称:2,2’-チオジエタノール)(HOCSCOH)、チオモルホリン(CNS)、チアゾール(CNS)、ベンゾチアゾール(CNS)から選ばれる1種以上が好適である。これらの中でもメチオニンやチオジグリコール酸は、ヒドラジンの自己分解抑制補助作用に優れ、かつ入手が容易で安価のため好ましい。
【0064】
上記スルフィド化合物によるヒドラジンの自己分解抑制補助剤や、ニッケル粒子同士の連結抑制剤としての作用については、以下のように推測できる。すなわち、スルフィド化合物は、分子内のスルフィド基(-S-)がニッケル粒子のニッケル表面に分子間力により吸着するが、それ単独では、前述したアミン化合物分子のようにニッケル晶析粉を覆って保護する作用が大きくならない。一方で、アミン化合物とスルフィド化合物を併用すると、アミン化合物分子がニッケル晶析粉の表面に強く吸着して覆い保護する際に、アミン化合物分子同士では完全に覆いきれない微小な領域が生じる可能性が高いが、その部分をスルフィド化合物分子が吸着により補助的に覆うことで、反応液中のヒドラジン分子とニッケル晶析粉との接触がより効果的に妨げられ、さらにはニッケル晶析粉同志の合体もより強力に防止できて、上記作用が発現しているというものである。
【0065】
ここで、反応液中の上記スルフィド化合物とニッケルの割合[モル%]((スルフィド化合物のモル数/ニッケルのモル数)×100)は、0.01モル%~5モル%の範囲、好ましくは0.03モル%~2モル%、より好ましくは0.05モル%~1モル%の範囲がよい。上記割合が0.01モル%未満だと、上記スルフィド化合物が少なすぎて、ヒドラジンの自己分解抑制補助剤やニッケル粒子同士の連結抑制剤の各作用が得られなくなるおそれがある。一方で、上記割合が5モル%を超えても上記各作用の向上は見られないため、単にスルフィド化合物の使用量が増加するだけであり、薬剤コストが上昇すると同時に、反応液に有機成分の配合量が増大して晶析工程の反応廃液の化学的酸素要求量(COD)が上昇するため廃液処理コスト増大を生じる。
【0066】
(f)その他の含有物
晶析工程の反応液中には、ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の金属塩、ヒドラジンおよび水酸化アルカリに加え、分散剤、上記以外の錯化剤、消泡剤などの各種添加剤を含有させてもよい。例えば、分散剤や錯化剤は、適切なものを適正量用いれば、ニッケル晶析粉末の粒状性(球状性)やニッケル晶析粉末の粒子表面平滑性を改善することや、粗大粒子を低減することが可能になる場合がある。また、消泡剤も、適切なものを適正量用いれば、晶析反応で生じる窒素ガス(後述の式(2)~式(4)参照)に起因する晶析工程での発泡を抑制することで、例えば水溶液が容器からあふれてしまうことを防止することが可能となる。
【0067】
分散剤としては、公知の物質を用いることができ、例えば、アラニン(CHCH(COOH)NH)、グリシン(HNCHCOOH)、トリエタノールアミン(N(COH))、ジエタノールアミン(別名:イミノジエタノール)(NH(COH))などが挙げられる。また、錯化剤としては公知の物質を用いることができ、ヒドロキシカルボン酸、カルボン酸(少なくとも一つのカルボキシル基を含む有機酸)、ヒドロキシカルボン酸塩やヒドロキシカルボン酸誘導体、カルボン酸塩やカルボン酸誘導体、具体的には、酒石酸、リンゴ酸、アスコルビン酸、蟻酸、酢酸、ピルビン酸、およびそれらの塩や誘導体などが挙げられる。さらに、消泡剤としては、アルカリ性条件下において破泡性に優れたものであれば、特に限定されず、オイル型や溶剤型のシリコーン系またはノンシリコーン系の消泡剤を用いることができる。
【0068】
[1-2.晶析工程]
晶析工程は、水溶性ニッケル塩、ニッケルよりも貴な金属の塩、還元剤、水酸化アルカリおよび水を混合した反応液中において、還元反応を行い、ニッケル晶析粉スラリーを得る工程である。例えば、前記混合物中の水溶性ニッケル塩を還元させてニッケル晶析粉末を得る工程である。以下、具体的に説明する。
【0069】
(1-2-1.還元反応)
前記混合物(すなわち反応液)中において、水酸化アルカリの共存下で水溶性ニッケル塩をヒドラジンで還元することにより、ニッケル晶析粉末を得ている。また、この還元反応と同時に、微量の特定のアミン化合物の作用で、ヒドラジンの自己分解を大幅に抑制することができる。
【0070】
まず、晶析工程における還元反応について説明する。ニッケルイオンが晶析してニッケル(Ni)となる場合の反応は、下記の式(1)に示す2電子反応である。また、ヒドラジン(N)の反応は、下記の式(2)に示す4電子反応である。例えば、上述のように、ニッケル塩として塩化ニッケル(NiCl)、水酸化アルカリとして水酸化ナトリウム(NaOH)を用いた場合には、還元反応全体は下記の式(3)のように、塩化ニッケルと水酸化ナトリウムの中和反応で生じた水酸化ニッケル(Ni(OH))がヒドラジンで還元される反応で表され、化学量論的には(理論値としては)、ニッケル(Ni)1モルに対し、ヒドラジン(N)0.5モルが必要である。
【0071】
ここで、式(2)のヒドラジンの還元反応から、ヒドラジンはアルカリ性が強い程、その還元力が大きくなることが分かる。上記水酸化アルカリは、アルカリ性を高めるpH調整剤として用いられており、ヒドラジンの還元反応を促進する働きを担っている。
【0072】
[化1]
Ni2++2e→Ni↓ (2電子反応) ・・・(1)

→N↑+4H+4e (4電子反応) ・・・(2)

2NiCl+N+4NaOH→2Ni(OH)+N+4NaCl
→2Ni↓+N↑+4NaCl+4HO ・・・(3)
【0073】
上述の通り、従来の晶析工程では、ニッケル晶析粉末の活性な表面が触媒となって、下記の式(4)で示されるヒドラジンの自己分解反応が促進され、還元剤としてのヒドラジンが還元以外に大量に消費される場合があった。そのため、反応開始温度などの晶析条件にもよるが、例えば、ニッケル1モルに対しヒドラジン2モル程度と、前述の還元に必要な理論値の4倍程度が一般的に用いられていた。さらに、式(4)に示すように、ヒドラジンの自己分解では多量のアンモニアが副生して、反応液中にアンモニアが高濃度で含有されて含窒素廃液を生じることとなる。このように、高価な薬剤であるヒドラジンの過剰量の使用や、含窒素廃液の処理コストの発生が、湿式法によるニッケル粉末(湿式ニッケル粉末)の製造コストを増加させる要因となっている。
【0074】
[化2]
3N→N↑+4NH ・・・(4)
【0075】
そこで、特定のアミン化合物を用いて、ヒドラジンの自己分解反応を著しく抑制し、薬剤として高価なヒドラジンの使用量を大幅に削減することが好ましい。アミン化合物がヒドラジンの自己分解を抑制することができるのは、(I)上記特定のアミン化合物の分子が、反応液中のニッケル晶析粉末の表面に吸着し、ニッケル晶析粉末の活性表面とヒドラジン分子との接触を妨害しているためであることや、(II)特定のアミン化合物の分子がニッケル晶析粉末の表面に作用し、表面の触媒活性を不活性化しているためであること、などが考えられる。
【0076】
なお、従来から湿式法での晶析工程では、還元反応時間(晶析反応時間)を実用的な範囲にまで短縮するために、酒石酸やクエン酸などのニッケルイオン(Ni2+)と錯イオンを形成してイオン状ニッケル濃度を高める錯化剤を還元反応促進剤として用いるのが一般的である。しかしながら、これら酒石酸やクエン酸などの錯化剤は、上記特定のアミン化合物のようなヒドラジンの自己分解抑制剤としての作用、あるいは晶析中にニッケル粒子同士が連結して生じる粗大粒子を形成しにくくする連結抑制剤としての作用は、有していない。
【0077】
一方で、上記特定のアミン化合物は、酒石酸やクエン酸、ニトリロ三酢酸などと同様に錯化剤としても働き、ヒドラジンの自己分解抑制剤、連結抑制剤、および還元反応促進剤の作用を兼ね備える利点を有している。
【0078】
(1-2-2.混合物の温度)
混合工程により得た混合物の温度、すなわち、混合工程において、混合物が調合された時点での当該混合物の温度は、10℃~30℃とすることが好ましい。この温度が10℃未満の場合は、それぞれの溶液を冷却するコストや冷却するための時間の負担が大きくなるおそれがある。また、この温度が30℃よりも高いと、混合途中で晶析反応が本格的に始まってしまい、微細化した狭い粒度分布のニッケル晶析粉末を得ることが困難となるおそれがある。この温度が10℃~25℃であれば、微細化した狭い粒度分布のニッケル晶析粉末をより容易に得ることができるため、より好ましい。なお、混合物の温度を10℃~30℃とする場合には、溶液A~溶液Dの個々の溶液の温度は、それらを混合して混合物となったときの温度が上記の温度範囲になれば、特に制約はなく自由に設定することができる。
【0079】
また、水溶性ニッケル塩、ヒドラジンおよび水酸化アルカリが存在すると、低い温度であってもニッケル粉末の晶析は開始するものの、還元反応をより活発にしてニッケル粉末を晶析させるべく、本発明の一態様では、混合物の温度をウォーターバス等により40℃~90℃に調製してもよい。混合物の温度は、高いほど還元反応は促進され、かつニッケル晶析粉末は高結晶化(結晶性が高くなり、ニッケル粒子の結晶子径が大きくなる)する傾向にあるが、ヒドラジンの自己分解反応がそれ以上に促進される側面があるため、ヒドラジンの消費量が増加するとともに、反応液の発泡が激しくなり、多量の発泡で晶析反応を継続できなくなる場合がある。その一方で、混合物の温度が低くなり過ぎると、ニッケル晶析粉末の結晶性が著しく低下する他、還元反応が遅くなって晶析工程の時間が大幅に延長して生産性が低下する傾向がある。以上の理由から、晶析工程中は、混合物の温度を40℃~90℃の温度範囲にすることで、ヒドラジンの消費を抑制しながら、高い生産性を維持しつつ、高性能のニッケル晶析粉末を安価に製造することができる。
【0080】
[1-3.硫黄コート処理工程]
なお、所望により、ニッケル晶析粉末を含む反応液や洗浄・ろ過工程に用いる洗浄液にメルカプト化合物やジスルフィド化合物などの硫黄化合物を添加して、硫黄成分でろ別前のニッケル晶析粉末の表面を修飾する表面処理(硫黄コート処理)を施したニッケル粉末(ニッケル晶析粉末)を得てもよい。この硫黄コート処理を行うことで、前述の積層セラミックコンデンサ等の製造時の内部電極での脱バインダ処理における樹脂の分解開始温度の低下を抑制できるため、ニッケル粉末の硫黄含有量が多くなりすぎてニッケル粉末の焼結挙動が著しく変化しないよう、適正範囲内でこれらの処理を用いれば非常に有効である。
【0081】
[1-4.洗浄・ろ過工程]
洗浄・ろ過工程は、晶析工程で得られたニッケル晶析粉スラリー中のニッケル晶析粉を、洗浄およびろ別してニッケル晶析粉ケーキを得る工程である。具体的には、デンバーろ過器、フィルタープレス、遠心分離機、デカンターなどを用いて反応液中からニッケル晶析粉末を固液分離すると共に、純水(導電率:≦1μS/cm)等の高純度の水で十分に洗浄し、ろ別してニッケル晶析粉ケーキを得ることができる。
【0082】
[1-5.乾燥工程]
乾燥工程は、湿式還元法により晶析された固液分離前のニッケル晶析粉と、前記ニッケル晶析粉を晶析させた反応液と、を含むニッケル晶析粉スラリーをろ別して得られるニッケル晶析粉ケーキを、減圧雰囲気下または不活性ガス雰囲気下で乾燥させてニッケル粉末を得る工程である。例えば、上記の1-1~1-4の工程を経たニッケル晶析粉ケーキを乾燥させる。
【0083】
具体的には、なるべく酸化しないで乾燥できるよう、不活性ガス雰囲気乾燥機、減圧乾燥機などの汎用の乾燥装置を用いて50℃~300℃、好ましくは、80℃~150℃で乾燥し、ニッケル晶析粉末(ニッケル粉末)を得ることができる。不活性ガスとしては、酸素を除去できるようアルゴンガスや窒素ガスを用いることができる。また、減圧乾燥機を用いる場合には、酸素の影響を受けないよう、真空度を0.10kPa以下、より好ましくは0.04kPa程度の減圧条件とすることができる。
【0084】
[1-6.熱処理工程]
本工程では、乾燥工程で得られたニッケル晶析粉末(ニッケル粉末)を、大気乾燥機、熱風乾燥機などの汎用の乾燥装置を用いて酸素濃度が15体積%以上25体積%以下の酸素含有ガス雰囲気中で170℃~200℃の温度で30分以上2時間以下の時間熱処理する。熱処理を施すことでニッケル粉末の表面に酸化被膜を形成することができ、表面状態(ニッケルメタル、酸化ニッケル、水酸化ニッケル比率)を変えることができる。具体的には、熱処理工程により、酸化ニッケル割合の増加および水酸化ニッケル割合の減少が起きる。加えて、熱処理により結晶成長が進むことから、乾燥温度が高温であるほど結晶子径の大きなニッケル粉末が得られる。
【0085】
酸素含有ガスとしては、例えば空気、窒素と酸素の混合ガス、アルゴンと酸素の混合ガス等のガスが挙げられる。
【0086】
酸素含有ガスにおける酸素濃度が15体積%未満の場合、酸化ニッケルの生成量が少ないことでニッケル微粒子の表面活性の低下が不十分となり、バインダ樹脂の低温での分解を抑制することができないおそれがある。また、酸素含有ガスにおける酸素濃度が25体積%を超えると、酸化ニッケルの生成量が多くなる。この場合、バインダ樹脂の分解によって生成した炭化水素がニッケルの表面に残って酸化ニッケルの酸素と反応し、炭化水素の分解反応が急激に起こるおそれがある。この分解反応はバインダ樹脂の分解よりも高い温度で起こり、急激な反応であるため、MLCCにクラックを発生させる要因となり得る。すなわち、炭化水素が酸素と急激に反応することがMLCCのクラック発生の要因になり得るため、酸化ニッケルの生成量が多くなりすぎないよう、酸素含有ガスにおける酸素濃度は25体積%を超えないことが好ましい。
【0087】
熱処理の温度が170℃未満の場合、酸化ニッケルの生成量が少ないことでニッケル微粒子の表面活性の低下が不十分となり、バインダ樹脂の低温での分解を抑制することができないおそれがある。また、熱処理の温度が200℃を超えると、酸化ニッケルの生成量が多くなる。この場合、バインダ樹脂の分解によって生成した炭化水素がニッケルの表面に残って酸化ニッケルの酸素と反応し、炭化水素の分解反応が急激に起こるおそれがある。この分解反応はバインダ樹脂の分解よりも高い温度で起こり、急激な反応であるため、MLCCにクラックを発生させる要因となり得る。すなわち、炭化水素が酸素と急激に反応することがMLCCのクラック発生の要因になり得るため、酸化ニッケルの生成量が多くなりすぎないよう、熱処理の温度が200℃を超えないことが好ましい。
【0088】
熱処理の時間が30分未満の場合、酸化ニッケルの生成量が少ないことでニッケル微粒子の表面活性の低下が不十分となり、バインダ樹脂の低温での分解を抑制することができないおそれがある。また、熱処理の時間が2時間を超えると、酸化ニッケルの生成量が多くなる。この場合、バインダ樹脂の分解によって生成した炭化水素がニッケルの表面に残って酸化ニッケルの酸素と反応し、炭化水素の分解反応が急激に起こるおそれがある。この分解反応はバインダ樹脂の分解よりも高い温度で起こり、急激な反応であるため、MLCCにクラックを発生させる要因となり得る。すなわち、炭化水素が酸素と急激に反応することがMLCCのクラック発生の要因になり得るため、酸化ニッケルの生成量が多くなりすぎないよう、熱処理の時間が2時間を超えないことが好ましい。
【0089】
[1-7.硫黄含有量測定工程]
本工程は、熱処理工程後、ニッケル粉末の硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.28mg以上0.40mg未満であることを確認する工程である。
【0090】
検出される硫黄は、ヒドラジンの自己分解抑制補助剤であるスルフィド化合物に起因する、または、硫黄コート処理剤であるメルカプト化合物などの硫黄化合物に起因する硫黄と考えられる。硫黄の含有量の測定方法は、特に限定されないが、例えば燃焼法による硫黄分析装置(LECO Corporation社製、CS600)を用いて測定することができる。
【0091】
[1-8.酸化ニッケル含有量測定工程]
本工程は、熱処理工程後、ニッケル粉末の酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0mg以上12.5mg未満であることを確認する工程である。
【0092】
酸化ニッケルの含有量は、ニッケル粉末に付着する水分率、水酸化ニッケル由来の水分率、ニッケル粉末の酸素含有率、炭素含有率より、下記の算出式を用いて算出することができる。
【0093】
ここで、ニッケル粉末に付着する水分率と水酸化ニッケル由来の水分率は、例えばカールフィッシャー水分率測定装置(日東精工アナリテック社製、微量水分測定装置CA-100及び自動水分気化装置VA-236S)を用いて測定でき、加熱温度110℃の水分率(KF110℃の水分率とする)がニッケル粉末に付着する水分率であり、加熱温度300℃の水分率(KF300℃の水分率とする)が水酸化ニッケル由来の水分率である。酸素含有量は、不活性ガス溶融法による酸素分析装置(LECO Corporation製、TC436)を用いて測定できる。また、炭素含有量は、燃焼法による炭素分析装置(LECO Corporation社製、CS600)を用いて測定することができる。
【0094】
[算出式]
KF110℃の水分率 = ニッケル粉末に付着する水分率(%) ・・・(A)
KF300℃の水分率 = 水酸化ニッケル由来の水分率+ニッケル粉末に付着する水分率(%) ・・・(B)
KF300℃の水分率 - KF110℃の水分率 = 水酸化ニッケル由来の水分率(%) ・・・(C)
炭酸ニッケル由来の酸素量 = ニッケル粉末の炭素含有量 × 酸素の原子量/炭素の原子量 × 3(wt%) ・・・(D)
酸化ニッケル由来の酸素量 = ニッケル粉末の酸素量 -(炭酸ニッケル由来の酸素量 + 水酸化ニッケル由来の酸素量 + ニッケル粉末に付着する水分由来の酸素量)(wt%) ・・・(E)
酸化ニッケルの含有量 = 酸化ニッケル由来の酸素量 × 酸化ニッケルの分子量 / 酸素の原子量)(wt%) ・・・(F)
【0095】
[1-9.平均粒子径測定工程]
本工程は、熱処理工程後、ニッケル粉末の数平均粒子径が30nm以上150nm以下であることを確認する工程である。
【0096】
数平均粒子径は、ニッケル粉末の走査電子顕微鏡( SEM 、JEOL Ltd.製、JSM-7200F )を用いた観察像(SEM像)の画像解析の結果から求めることができる。
【0097】
[1-10.解砕工程]
晶析工程で得られたニッケル粉末に解砕処理を施すことで、晶析工程におけるニッケル粒子の生成過程で生じたニッケル粒子の連結による粗大粒子等の低減を図ったニッケル粉末を得ることができる。すなわち、晶析工程または熱処理工程で得られたニッケル晶析粉末(ニッケル粉末)は、前述の通り、アミン化合物が晶析中においてニッケル粒子の連結抑制剤として作用するため、ニッケル粒子が還元析出の過程で互いに連結して形成される粗大粒子の含有割合は、そもそもそれ程大きくない。ただし、晶析手順や晶析条件によっては、粗大粒子の含有割合が幾分大きくなって問題になる場合もある。そのため、解砕工程を設け、ニッケル粒子が連結した粗大粒子をその連結部で分断して粗大粒子の低減を図ることが好ましい。
【0098】
解砕工程としては、特に限定されないが、スパイラルジェット解砕処理、カウンタージェットミル解砕処理などの乾式解砕方法や、高圧流体衝突解砕処理などの湿式解砕方法、その他の汎用の解砕方法を適用することが可能である。
【0099】
図1に、湿式法によるニッケル粉末の製造方法における代表的な製造工程を示す模式図を示し、図2に、本発明のニッケル粉末の製造方法における製造工程の一例を示す模式図を示す。図1、2において、混合工程は省略してあり、晶析工程と解砕工程を示している。また、図1、2における洗浄・乾燥は、洗浄・ろ過工程や乾燥工程を行う。図1図2の相違点は熱処理工程の有無である。また、図1、2では違いを示していないが、本発明では乾燥工程で減圧雰囲気下または不活性ガス雰囲気下でニッケル粉末を乾燥させ、かつ熱処理工程を行うことが、図1に示す従来製法との違いである。
【0100】
<2.ニッケル粉末>
本発明のニッケル粉末は、上記の製造方法で安価に製造することができ、高性能であって、積層セラミックコンデンサ等の内部電極の材料として好適である。具体的には、本発明のニッケル粉末は、略球状の粒子形状であり、酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0gm以上12.5mg未満である。
【0101】
ニッケル粉末の粒子形状としては、その一例として図5に実施例1に係るニッケル粉末の走査電子顕微鏡(SEM)写真を示す。この写真にあるように、いずれのニッケル粉末も形状や大きさにバラつきがなく、真球ではないが球状の粒子である。
【0102】
また、酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0gm以上12.5mg未満であることにより、ニッケル粒子の表面に存在する酸化ニッケルがニッケル粒子の表面活性を低下させることができ、その結果としてバインダ樹脂の低温での分解を抑制することができる。より好ましくは、酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり9.5gm~11.0gmである。
【0103】
酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0gm未満である場合には、ニッケル粒子の表面に存在する酸化ニッケルがニッケル粒子の表面活性を低下させる効果が不十分となり、バインダ樹脂の低温での分解を抑制できないおそれがある。また、酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり12.5mg以上の場合には、バインダ樹脂の分解によって生成した炭化水素がニッケルの表面に残って酸化ニッケルの酸素と反応し、炭化水素の分解反応が急激に起こるおそれがある。この分解反応はバインダ樹脂の分解よりも高い温度で起こり、急激な反応であるため、MLCCにクラックを発生させる要因となり得る。すなわち、炭化水素が酸素と急激に反応することがMLCCのクラック発生の要因になり得るため、酸化ニッケルの含有量が多くなりすぎないよう、酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり12.5mg未満であることが好ましい。
【0104】
また、近年の積層セラミックコンデンサ等の内部電極の薄層化に対応するという観点から、本発明のニッケル粉末の数平均粒子径は、30nm以上150nm以下であることが好ましく、特に30nm以上100nm以下であることがより好ましい。なお、本発明におけるニッケル粉末は、走査型電子顕微鏡写真(SEM像)から個数平均粒径MNおよび体積平均粒径MVを求めることができるが、上記に示す平均粒径はいずれも個数平均粒径MNである。
【0105】
そして、本発明のニッケル粉末は、硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.28mg以上0.40mg未満であることが好ましい。硫黄含有量がこの範囲内であることにより、焼結によりMLCCの内部電極を製造する場合に問題が生じない程度に、ニッケル粉末の焼結温度の低下を抑制することができる。酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり8.0gm以上12.5mg未満であることを合わせると、ニッケル粒子の表面活性を低下させることができ、その結果としてニッケル粉末の焼結温度の低下を抑制しつつ、バインダ樹脂の低温での分解を抑制することができる。
【0106】
硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.28mg未満である場合には、ニッケル粒子同士の連結抑制剤としての作用が薄れ、ニッケル粒子同士が互いに連結した粗大粒子の生成量が増大するおそれがある、かつ、バインダ樹脂の低温での分解を抑制できないおそれがある。また、硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.40mg以上である場合には、ニッケル粉末の焼結温度が低下してしまい、焼結によりMLCCの内部電極を製造する場合にグリーンシートの焼結温度との温度差が大きくなることによる問題が生じるおそれがある。より好ましくは、硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.29gm~0.34gmである。
【0107】
(不純物含有量(塩素含有量、アルカリ金属含有量、酸素含有量))
湿式法によるニッケル粉末には、薬剤起因の不純物である塩素やアルカリ金属等が含有される場合がある。これらの不純物は、積層セラミックコンデンサ等の製造時において内部電極の欠陥発生の原因となる可能性があるため、可能な限り低減することが好ましい。具体的には、塩素、アルカリ金属ともに、含有量が0.01質量%以下であることが好ましい。なお、不純物含有量の測定については特に限定されるものではなく、公知の分析装置、分析手法を用いて求めれば良い。
【0108】
また、ニッケル微粒子の酸素含有量は、酸素分析装置により測定可能であり、酸素含有量は比表面積1m/gあたり2.5mg以上3.0mg未満であることが好ましい。
【0109】
(CV値)
本発明の一実施形態に係るニッケル粉末の製造方法では、核発生前もしくは核発生開始から短時間で反応液が均一となるように混合することで、微細かつ粒度分布の狭いニッケル粉末を得ることができる。粒度分布の狭さを評価する指標として、下記式(5)、(6)に示す変動係数CV値を求めることができる。CV値は、例えば倍率40000倍の走査型電子顕微鏡写真(SEM像)において、100~200個のニッケル粉末粒子の粒径を計測し、その粒子の個数平均粒径(または体積平均粒径)および標準偏差を求め、式(5)、(6)を計算することにより、変動係数CV値(個数)またはCV値(体積)として求めることができる。ニッケル粉末は、近年の積層セラミックコンデンサの内部電極の薄層化に対応するという観点から、できるだけ均一な粒径のものが好まれることを考慮すれば、CV値(個数)として16%以下であることが好ましく、14%以下であることがより好ましい。また、CV値(体積)としては、16%以下であることが好ましく、14%以下であることが好ましい。
【0110】
[数1]
CV値(個数)(%)=標準偏差÷個数平均粒径×100 ・・・(5)
CV値(体積)(%)=標準偏差÷体積平均粒径×100 ・・・(6)
【実施例0111】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。なお、実施例等において製造したニッケル粉末の平均粒径、比表面積、硫黄含有量、酸素含有量、炭素含有量、酸化ニッケル含有量、樹脂分解ピーク温度、熱収縮挙動等の物性は、以下の方法により測定した。
【0112】
(平均粒径)
ニッケル粉末の走査電子顕微鏡( SEM 、JEOL Ltd.製、JSM-7200F )を用いた観察像(SEM像)の画像解析ソフト(株式会社マウンテック製Mac-View)により粒度分布を測定することにより、個数平均粒径MN及び体積平均粒径MVを求めた。
【0113】
(比表面積)
比表面積測定装置(マウンテック社製、全自動比表面積測定装置 Macsorb)を用いて、窒素ガスの吸着によるBET法より測定した。
【0114】
(硫黄含有量)
ヒドラジンの自己分解抑制補助剤であるスルフィド化合物に起因、あるいは、硫黄コート処理剤であるメルカプト化合物などの硫黄化合物に起因すると考えられる硫黄の含有量を、燃焼法による硫黄分析装置(LECO Corporation社製、CS600)を用いて測定した。
【0115】
(酸素含有量)
ニッケル粒子の表面酸化に起因する不純物の酸素の含有量を不活性ガス溶融法による酸素分析装置(LECO Corporation製、TC436)を用いて測定した。
【0116】
(炭素含有量)
燃焼法による炭素分析装置(LECO Corporation社製、CS600)を用いて測定した。
【0117】
(酸化ニッケル含有量)
酸化ニッケルの含有量は、ニッケル粉末に付着する水分率、水酸化ニッケル由来の水分率、ニッケル粉末の酸素含有率、炭素含有率より、上記(A)~(F)で示す算出式を用いて算出した。水分率の測定にはカールフィッシャー水分率測定装置(日東精工アナリテック社製、微量水分測定装置CA-100及び自動水分気化装置VA-236S)を用いた。
【0118】
(水酸化ニッケル含有量)
水酸化ニッケルの含有量は、KF110℃の水分率、KF300℃の水分率より、上記(A)~(C)で示す算出式を用いて算出した。水分率の測定にはカールフィッシャー水分率測定装置(日東精工アナリテック社製、微量水分測定装置CA-100及び自動水分気化装置VA-236S)を用いた。
【0119】
(樹脂分解ピーク温度)
ニッケル粉末20重量部とエチルセルロース(EC)樹脂粉末1重量部が均一に混合された混合粉末を、窒素雰囲気中で昇温速度を10℃/分として加熱して熱重量測定(TG)を行い、樹脂分解挙動を評価した。まず、測定結果を微分曲線に直して温度に対する質量変化量(△TG)のプロファイル(図3)を用意し、質量変化量の最大値を示す温度を樹脂分解ピーク温度(Tn)として求め、同様に、上記エチルセルロース(EC)樹脂粉末単体についても質量変化量の最大値となる極小値を示す温度を樹脂分解ピーク温度(Tr)として求め、その差(Tr-Tn)を樹脂分解抑制効果の指標とした。図3において、●で示すプロットが実施例1のニッケル粉末を用いた場合、▲で示すプロットが比較例1のニッケル粉末を用いた場合、□で示すプロットが従来例のニッケル粉末を用いた場合、◇で示すプロットがエチルセルロース樹脂単体の結果である。なお、上記条件で測定したエチルセルロース樹脂単体の樹脂分解ピーク温度(Tr)は、345℃であった。
【0120】
(熱収縮温度)
ニッケル粉末を直径5mmの円柱ペレットに成形し、熱機械的分析装置(TMA装置)( NETZSCH社製、TMA402F3)を用いて、2vol%水素-窒素混合ガス雰囲気中、5℃/minの昇温速度で、室温から1300℃まで昇温し、昇温による前記ペレットの収縮曲線を測定し、この曲線より熱収縮挙動を評価した(図4)。図4において、実線が実施例1のニッケル粉末、一点鎖線が比較例1のニッケル粉末、点線が従来例のニッケル粉末の結果である。また、図4を基に温度に対する収縮変化量( △TMA )を計算し、収縮変化量の最大値となる極小値を示す温度を熱収縮ピーク温度として求めた。
【0121】
[実施例1]
(ニッケル塩水溶液(溶液A)の調製)
水溶性ニッケル塩として、塩化ニッケル6水和物(NiCl・6HO、分子量:237.69)405gと、ニッケルよりも貴な金属の金属塩として、塩化パラジウム(II)アンモニウム(別名:テトラクロロパラジウム(II)酸アンモニウム)((NHPdCl、分子量:284.31)20.1mgと、錯化剤としてニトリロ三酢酸ナトリウム一水和物(分子量:275.10)46.9gと、メチオニン(CHSCCH(NH)COOH、分子量:149.21)2.03gと、を純水1880mLに溶解して、ニッケル塩水溶液(溶液A)を調製した。ここで、ニッケル塩水溶液において、パラジウム(Pd)はニッケル(Ni)に対し75質量ppm(41.4モルppm)とした。
【0122】
(還元剤水溶液(溶液B)の調製)
還元剤として抱水ヒドラジン(N・HO、分子量:50.06)を純水で1.67倍に希釈した市販の工業グレードの60%抱水ヒドラジン(エムジーシー大塚ケミカル株式会社製)を207gと、水酸化アルカリとして、水酸化ナトリウム(NaOH、分子量:40.0)289gを、純水560mLに溶解して得られる水酸化アルカリ水溶液とを混合して、還元剤水溶液(溶液B)を調整した。還元剤水溶液に含まれるヒドラジンとニッケル塩水溶液に含まれるニッケル原子の割合は、モル比でニッケル原子:ヒドラジン=1:1.44とした。また、水酸化アルカリ水溶液に含まれる水酸化ナトリウムとニッケル塩水溶液に含まれるニッケル原子の割合は、モル比でニッケル原子:水酸化ナトリウム=1:4.24とした。
【0123】
(アミン化合物溶液の調製)
アミン化合物として、分子内に第1級アミノ基(-NH)を2個含有するアルキレンアミンであるエチレンジアミン(略称:EDA)(HNCNH、分子量:60.1)1.024gを、純水19mLに溶解して、アミン化合物水溶液を用意した。アミン化合物水溶液に含まれるエチレンジアミンとニッケル塩水溶液に含まれるニッケル原子の割合は、モル比でニッケル原子:エチレンジアミン=1:0.01(1.0モル%)とした。
【0124】
なお、上記ニッケル塩水溶液、還元剤水溶液、水酸化アルカリ水溶液、およびアミン化合物水溶液における使用材料には、60%抱水ヒドラジンを除き、いずれも富士フィルム和光純薬工業株式会社製の試薬を用いた。
【0125】
(混合工程および晶析工程)
液温25℃のニッケル塩水溶液(溶液A)を、撹拌羽根付テフロン(登録商標)被覆ステンレス容器内に入れ撹拌した後、撹拌を継続した状態で液温25℃の還元剤水溶液(溶液B)を混合時間10秒で撹拌投入することにより添加混合して反応液(混合物)を得て(混合工程)、続いて還元反応(晶析反応)を開始した。その後、被覆ステンレス容器を80℃のウォーターバスに入れ、撹拌を継続しつつ反応液を昇温させた。反応開始後35分後から55分後までの20分間にかけて、上記アミン化合物水溶液を上記反応液に撹拌投入することにより滴下混合し(アミン化合物混合工程)、ヒドラジンの自己分解を抑制しながら還元反応を進めて、ニッケル晶析粉を反応液中に析出させた。反応開始から90分以内には還元反応は完了し、反応液の上澄み液は透明であることから、反応液中のニッケル成分はすべて金属ニッケルに還元されていることを確認した。
【0126】
(洗浄・ろ過工程および乾燥工程)
ニッケル晶析粉を含む反応液は、晶析したニッケル粒子が分散したスラリー状であり、導電率が1μS/cmの純水を用い、ニッケル晶析粉含有スラリーからろ過したろ液の導電率が30μS/cm以下になるまでニッケル晶析粉のろ過とスラリー化を繰り返すことでニッケル晶析粉を洗浄し、次に、ろ過してニッケル晶析粉と洗浄水とを固液分離した後、真空度を0.04kPa、150℃の温度に設定した真空乾燥器中で水分を含んだニッケル晶析粉を乾燥して、乾燥状態のニッケル晶析粉(ニッケル粉末)を得た。
【0127】
(熱処理工程)
晶析工程に引き続いて熱処理工程を実施し、ニッケル粉末の表面処理を行った。具体的には、晶析工程で得られた乾燥状態のニッケル晶析粉を加熱炉に入れ、酸素量20体積%、窒素量80%の酸素と窒素との混合ガスを炉内に流入しながら炉内を室温から180℃まで加熱し、炉内温度を180℃に維持しつつ30分熱処理を施し、実施例1のニッケル粉末を得た。
【0128】
(ニッケル粉末)
得られたニッケル粉末の個数平均粒径MNは59nm、体積平均粒径MVは64nmであった。また、ニッケル粉末の比表面積は13.0m/gであった。ニッケル粉末中の硫黄(S)、酸素(O)、炭素(C)、水酸化ニッケル(Ni(OH))および酸化ニッケル(NiO)の含有量は、硫黄が0.38質量%、酸素が3.3質量%、炭素が0.10質量%、水酸化ニッケルが0.8質量%、酸化ニッケルが10.8質量%であることがわかった。これらの化合物等の量をニッケル粉末の比表面積あたりに換算すると、硫黄が0.29mg/m、酸素が2.5mg/m、酸化ニッケルが8.3mg/mであることがわかった。また、ニッケル粉末の樹脂分解ピーク温度(Tn)を測定すると345℃であった。従って(Tr-Tn)は0℃であり、樹脂分解温度の低下は認められなかった。また、熱収縮挙動を測定した際の熱収縮ピーク温度は565℃であり、硫黄による熱収縮ピーク温度の低下は認められなかった。
【0129】
表1に、ニッケル粉末の個数平均粒径、体積平均粒径および比表面積を、表2に、ニッケル粉末中の硫黄(S)、酸素(O)、炭素(C)、水酸化ニッケル(Ni(OH))および酸化ニッケル(NiO)の含有量とニッケル粉末の比表面積あたりの硫黄、酸素、酸化ニッケル量を、表3に、樹脂分解温度の樹脂のみとの差分(Tr-Tn)と熱収縮ピーク温度の結果を示す。
【0130】
[比較例1]
(ニッケル粉末の作製)
熱処理工程を施さない以外は実施例1と同様の条件で乾燥工程まで行い、ニッケル粉末を製造した。
【0131】
(ニッケル粉末)
得られたニッケル粉末の個数平均粒径MNは59nm、体積平均粒径MVは64nmであった。また、ニッケル粉末の比表面積は12.9m/gであった。ニッケル粉末中の硫黄(S)、酸素(O)、炭素(C)、水酸化ニッケル(Ni(OH))および酸化ニッケル(NiO)の含有量は、硫黄が0.37質量%、酸素が2.0質量%、炭素が0.06質量%、水酸化ニッケルが1.9質量%、酸化ニッケルが4.1質量%であることがわかった。比表面積あたりに換算すると、硫黄が0.29mg/m、酸素が1.6mg/m、酸化ニッケルが3.2mg/mであることがわかった。また、ニッケル粉末の樹脂分解ピーク温度(Tn)を測定すると310℃であった。従って(Tr-Tn)は35℃であり、樹脂分解温度の低下が認められた。また、熱収縮挙動を測定した際の熱収縮ピーク温度は535℃であり、硫黄による熱収縮ピーク温度の低下は認められなかった。
【0132】
[従来例]
(ニッケル粉末の作製)
晶析工程後、ニッケル晶析粉末を含む反応液にチオグリコール酸(CS、分子量:92.12)1.84gを添加して、ニッケル晶析粉末の表面を修飾する表面処理(硫黄コート処理)を施した以外は比較例1と同様の条件でニッケル粉末を得た。すなわち、従来例は熱処理工程を行っていない。
【0133】
(ニッケル粉末)
得られたニッケル粉末の個数平均粒径MNは57nm、体積平均粒径MVは62nmであった。また、ニッケル粉末の比表面積は15.7m/gであった。ニッケル粉末中の硫黄(S)、酸素(O)、炭素(C)、水酸化ニッケル(Ni(OH))および酸化ニッケル(NiO)の含有量は、硫黄が0.65質量%、酸素が2.9質量%、炭素が0.22質量%、水酸化ニッケルが2.7質量%、酸化ニッケルが3.5質量%であることがわかった。比表面積あたりに換算すると、硫黄が0.41mg/m、酸素が1.8mg/m、酸化ニッケルが2.2mg/mであることがわかった。また、ニッケル粉末の樹脂分解ピーク温度(Tn)を測定すると345℃であった。従って(Tr-Tn)は0℃であり、樹脂分解温度の低下は認められなかった。また、熱収縮挙動を測定した際の熱収縮ピーク温度は475℃であり、硫黄による熱収縮ピーク温度の低下が認められた。
【0134】
【表1】
【0135】
【表2】
【0136】
【表3】
【0137】
実施例1、比較例1、従来例のいずれも、平均粒径や比表面積に大きな違いはなかった(表1)。図5に示す、実施例1に係るニッケル粉末の走査電子顕微鏡(SEM)写真のように、ニッケル粉末は略球状で大きさのバラつきのない粒子形状であった。また、実施例1の酸化ニッケル含有量が比表面積1m/gあたり10.8gmであり、硫黄含有量が比表面積1m/gあたり0.29mgであった。
【0138】
そして、実施例1、比較例1、従来例の結果から、熱処理を施すことで樹脂分解温度の低下量である(Tr-Tn)は0となり、樹脂の分解が熱処理により硫黄コート処理と同様に抑制できたことが分かる(表3、図3)。すなわち、実施例1のニッケル粉末は硫黄コート処理をしないことで硫黄の含有量が少ないにもかかわらず、従来の硫黄添加の方法(硫黄コート処理)で作製した硫黄の含有量が0.65質量%と多い従来例のニッケル粉末と同様に、熱処理をしなかった比較例1のニッケル粉末では失活させることができなかったニッケルの樹脂を分解させる活性を、失活させることができた。
【0139】
また、図4の結果より、実施例1のニッケル粉末は、比較例1、従来例のニッケル粉末よりも熱収縮開始温度が高く、表3に示すように熱収縮ピーク温度も最も高かった。すなわち、硫黄コート処理によりニッケル粉末の熱収縮開始温度は低下し、熱収縮ピーク温度も低下してしまうが(図4、表3)、実施例1の場合は硫黄コート処理していないため、ニッケル粉末の熱収縮開始温度の低下、および熱収縮ピーク温度の低下は発生しなかった。
【0140】
[まとめ]
以上のように、本発明に係るニッケル粉末およびニッケル粉末の製造方法によれば、ニッケル粉末の焼結温度の低下が発生することなく、より少量の硫黄量で従来の硫黄コート処理による硫黄添加効果と同様のニッケルの樹脂分解触媒作用による樹脂の分解の抑制効果を発現できるため、産業上有用である。
図1
図2
図3
図4
図5