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特開2024-87206サイズ排除クロマトグラフィー法による分離および分析方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087206
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】サイズ排除クロマトグラフィー法による分離および分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/46 20060101AFI20240624BHJP
   G01N 30/44 20060101ALI20240624BHJP
   G01N 30/26 20060101ALI20240624BHJP
   G01N 30/86 20060101ALI20240624BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20240624BHJP
   B01J 20/291 20060101ALI20240624BHJP
【FI】
G01N30/46 A
G01N30/44
G01N30/26 M
G01N30/86 J
G01N30/88 J
B01J20/291
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022201869
(22)【出願日】2022-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】植松 原一
(57)【要約】
【課題】抗体医薬品およびその凝集体をSEC法(サイズ排除クロマトグラフィー)にて、簡便で高分離能で分離し、定量できる方法を提供する。
【解決手段】少なくとも2つの流路を切り替えることが可能な流路切り替え機構と、少なくとも溶離液を送り出す送液機構、試料を注入する試料注入機構、分離された成分を検出する検出機構、および、少なくとも2本以上のサイズ排除原理に基づく分離カラムで構成される液体クロマトグラフであり、前記流路切り替え機構が第一の状態では、流路が、第一の分離カラム、前記検出機構、第二の分離カラム、ドレインの順で流れる流路をとり、前記流路切り替え機構が第二の状態では、流路が、前記第二の分離カラム、前記第一の分離カラム、前記検出機構、前記ドレインの順で流れる流路をとることを特徴とする液体クロマトグラフ。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2つの流路を切り替えることが可能な流路切り替え機構と、
少なくとも溶離液を送り出す送液機構、試料を注入する試料注入機構、分離された成分を検出する検出機構、および、少なくとも2本以上のサイズ排除原理に基づく分離カラムで構成される液体クロマトグラフであり、
前記流路切り替え機構が第一の状態では、流路が、第一の分離カラム、前記検出機構、第二の分離カラム、ドレインの順で流れる流路をとり、
前記流路切り替え機構が第二の状態では、流路が、前記第二の分離カラム、前記第一の分離カラム、前記検出機構、前記ドレインの順で流れる流路をとることを特徴とする液体クロマトグラフ。
【請求項2】
請求項1において、前記流路切り替え機構が前記第一の状態で試料を注入し、
前記第一の分離カラムで分離され、分離の過程が前記検出機構でモニターされ、前記検出機構を出た分離帯は前記第二の分離カラムに流れ込み、
目的の分離帯が前記第二の分析カラム導入された時間で、前記流路切り替え機構を前記第二の状態とすることで、溶離液および前記目的の分離帯は前記第二の分離カラム、前記第一の分離カラム、前記検出機構の順で流れ、前記第二の分離カラム内の前記目的の分離帯は再び前記第一の分離カラムに導入れることにより、カラム3本分の分離(クロマトグラム)が得られることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項2で得られたカラム3本分の分離(クロマトグラム)に対して、ピーク関数として複数の非線形関数を用い、波形分離処理を施し、その結果を基に定量することを特徴とする方法。
【請求項4】
測定対象の試料が、少なくとも抗体医薬品であることを特徴とする請求項1から3に記載の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カラム切り替えを用いたサイズ排除クロマトグラフィー法による抗体医薬品などの分離および分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
GPC法(Gel Permeation Chromatography;ゲル浸透クロマトグラフィー)は、SEC法(Size Exclusion Chromatography;サイズ排除クロマトグラフィー)、またはGFC法(Gel Filtration Chromatography;ゲルろ過クロマトグラフィー)とも呼ばれている液体クロマトグラフィーの1つモードであり、ポリマーの分子量測定法として、最も広く用いられている方法である。SEC法は、多孔質充填剤を詰めたカラム中において、充填剤表面の細孔とポリマーとの「サイズ排除」(Size Exclusion)機構を原理としている。SEC法でのシステム構成は、一般的な液体クロマトグラフィーと同様に、溶離液、溶離液を送液するポンプ、試料注入機構、分析カラム、カラム恒温槽および検出器で構成される(図1参照)。
【0003】
GPC法(SEC法)においては、大きなサイズ(高分子量)のポリマーは、多孔質充填剤の深部へは到達できないため、結果的に短い流路を通り、最も早く出口に達し、小さなサイズ(低分子量)ポリマーほど深部へ到達できるため、流路が長くなり、カラム出口に到達するのが遅くなる。この原理により、分子サイズの大きな成分から順次溶出することになる。
【0004】
一定の分子量範囲で、溶出時間と分子量の対数が直線関係になり、充てん剤の細孔よりも大きな分子は、一様に素通りされ(排除限界)、逆にあるサイズよりも小さい分子は細孔内に完全に浸透しきってしまうため、ほぼ同じ位置に溶出する(浸透限界)(図2参照)。
【0005】
液体クロマトグラフィーでは、試料は溶離液に溶解していることが必要である。SEC法でも同様であり、試料であるポリマーはテトラヒドロフラン等の溶媒に溶解させ、不溶物がある場合は、0.1~0.2μmのメンブランフィルタ等で濾過してから分析に供する。SEC法で用いられる検出器は、その用途に応じて選択される。最も使用される検出器は「屈折計」である。これは、測定されるポリマーに紫外/可視光領域で吸収を持たないものが多く、また、この検出器が「濃度計」であることが理由である。このほか、絶対分子量を算出したい場合は、「屈折計」と「光散乱検出器」や「粘度計」を合わせて使用することもある。また、測定されるポリマーに紫外/可視光領域がある場合は、「屈折計」と「紫外/可視検出器」を合わせて使用することもある。
【0006】
SEC法では、分離を改善する場合、他の液体クロマトグラフィーとは異なり、最適化できる要素が少ない。他の液体クロマトグラフィーでは、溶離液組成、pH、カラム形状、カラム温度、ゲル組成、溶出条件(アイソクラティック溶出/グラジエント溶出)など、様々な要素で最適化/分離の改善を行えるが、SEC法では、カラム形状やゲル組成程度しか最適化できる要素がない。一般的にはカラムの本数を増やし、分離能を向上させる手法がとられることが多い。しかしながらSEC法で使用されるカラムは、他の液体クロマトグラフィー用のカラムと比較しても高価であり、安易に本数を増やすこともできないのが現状である。できるだけ、少ない本数のカラムで如何に高分離能を得られるかは課題となる。
【0007】
その1つの解決策として、図3のような「リサイクル法」が知られている。これは、カラムで分離された流体を、再びポンプの入り口側に戻し、複数回同じカラムを通すことで、高分解能を達成させる手法である。この手法は、カラム本数が少なくできる利点はあるが、カラムを出てから、再びカラムに入るまでの容量が大きく、せっかく分離した成分ピークがブロードになってしまう欠点があり、分析には不向きである。そのため、広がりの影響を受けにくい、比較的大きなサイズのカラムを使用した「分取の分野」で主に用いられている。
【0008】
近年、バイオ医薬品(抗体医薬品)の有効性/有用性が認識されるようになってきているが、一方で、その副作用については十分な研究がなされておらず、特に凝集体に関しても注目を浴びている。これら凝集体はその大きさにより、区分されることが多い。100nm(0.1μm)以下のナノメートル粒子、0.1~1μmのサブミクロン粒子、1~10μmのミクロン粒子等に区分される。その分析方法(粒径サイズ、濃度、個数等)も各領域で、推奨される方法も例示されている。最も小さい100nm(0.1μm)以下のナノメートル粒子は、SEC法が中心的に利用される。但し、SEC法は分離が不十分であったり、数100nm以上大きな凝集体はカラムを通過することが難しいという課題もある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされてものであり、抗体医薬品およびその凝集体をSEC法(サイズ排除クロマトグラフィー)にて、簡便で高分離能で分離し、定量できる方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本実施形態にかかる分離および分析方法は以下の通り、
(1)少なくとも2つの流路を切り替えることが可能な流路切り替え機構と、少なくとも溶離液を送り出す送液機構、試料を注入する試料注入機構、分離された成分を検出する検出機構、および、少なくとも2本以上のサイズ排除原理に基づく分離カラムで構成される液体クロマトグラフであり、前記流路切り替え機構が第一の状態では、流路が、第一の分離カラム、前記検出機構、第二の分離カラム、ドレインの順で流れる流路をとり、前記流路切り替え機構が第二の状態では、流路が、前記第二の分離カラム、前記第一の分離カラム、前記検出機構、前記ドレインの順で流れる流路をとることを特徴とする液体クロマトグラフ。
【0011】
(2)前記流路切り替え機構が前記第一の状態で試料を注入し、前記第一の分離カラムで分離され、分離の過程が前記検出機構でモニターされ、前記検出機構を出た分離帯は前記第二の分離カラムに流れ込み、目的の分離帯が前記第二の分析カラム導入された時間で、前記流路切り替え機構を前記第二の状態とすることで、溶離液および前記目的の分離帯は前記第二の分離カラム、前記第一の分離カラム、前記検出機構の順で流れ、前記第二の分離カラム内の前記目的の分離帯は再び前記第一の分離カラムに導入れることにより、カラム3本分の分離(クロマトグラム)が得られることを特徴とする(1)に記載の方法。
【0012】
(3)(2)で得られたカラム3本分の分離(クロマトグラム)に対して、ピーク関数として複数の非線形関数を用い、波形分離処理を施し、その結果を基に定量することを特徴とする方法。
【0013】
(4)測定対象の試料が、少なくとも抗体医薬品であることを特徴とする(1)から(3)に記載の分析方法である。
【0014】
以下に本発明の詳細について説明する。
【0015】
少なくとも2つの流路(状態)を切り替えることが可能な8ポートの流路切り替え機構(流路切り替えバルブともいう)を用い、溶離液の流路の切り替えを行い実施する。流路切り替え機構は前述の目的が達成できればよく、形態を限定するものではない。
【0016】
少なくとも溶離液を送り出す送液機構(送液ポンプ、ポンプともいう)、試料を注入する「試料注入機構」、分離された成分を検出する検出機構(検出器ともいう)、流路切り替え機構、および、少なくとも2本以上のサイズ排除原理に基づく分離カラムで構成される。必要に応じて、溶離液中の気体成分を除去する脱気機構、環境温度変化を緩和するカラム恒温機構を加えても良い。前記分離カラムのゲルは同種であることが望ましいが、ポアサイズ(細孔径)が異なるゲルを充填したカラムを用いても良い。また、分離カラムの形状に関しては、内径は同種であることが望ましいが、長さに関しては異なるものを使用しても良い。
【0017】
以下、分離カラムを2本使用した場合について説明する。なお、2本のカラムを識別しやすいように、分析カラム(第一の分離カラムに相当)とトラップカラム(第二の分離カラムに相当)と称する(図4参照)。流路切り替えバルブが第一の状態では、送液された溶離液が、分析カラム、検出器、トラップカラム、ドレインの順で流れる(図4a)。流路切り替えバルブが第二の状態では、送液された溶離液が、トラップカラム、分析カラム、検出器、ドレインの順で流れるように接続する流れ(図4b)。
【0018】
次に、実際の測定手順について、図5図6および図7を基に説明する。図5は流路切り替えバルブが第一の状態および第二の状態で、分析カラムとトラップカラムおよび検出器がどのように接続されているかを簡易的に示した図である。また、図6は各カラムでの分離状態および検出器でモニターされる状態を模式的に示した図である。凡例Mは分析カラム内での分離の模様、凡例Dは検出器でモニターされる模様、凡例Tはトラップカラム内での分離の模様を示している。図7は切り替えタイミングのフローチャートである。
【0019】
まず、流路切り替えバルブを第一の状態として、カラムの初期化を行う。この状態では、溶離液は分析カラム、検出器、トラップカラムの順で流れる。この状態で試料を注入すると、分析カラムで分離され、その状態が検出器でモニターされる(図6aのDの状態)。検出器を出た分離帯はトラップカラムに流れ込むが、次第に系外に溶出され排出される。つまり、この状態では、カラム1本分の分離が検出器でモニターされることとなる。分離帯が検出器でモニターされ、目的の領域がトラップカラムに導入された時間(図6aのTの状態)で、流路切り替えバルブを第二の状態とする。これにより、溶離液はトラップカラム、分析カラム、検出器の順で流れる。この状態を維持すれば、トラップカラム内の分離帯は再び分析カラムに導入れることとなる。つまり、カラム3本分の分離が検出器でモニターされることとなる(図6bのDの状態)。
【0020】
分離の過程がより明確に分かるように、疑似の分離系で詳細に説明する。
【0021】
試料は、7成分で構成され、液体クロマトグラフィーの理論通りに分離が進行することを前提とする(ピーク形状は正規分布関数)。また、液体クロマトグラフィーでは、ピークの形状は基本的にカラムの理論段数で決定され、同一である(図8参照)。理論上、理論段数を定義し、任意の溶出時間、ピーク強度を与えると、疑似クロマトグラムを描くことができる。
【0022】
ここでは、分析カラム(第一の分離カラム)、トラップカラム(第二の分離カラム)として、同じ性能を有し、カラム1本あたりの段数が5000と定義し、7つのピーク成分で構成されるとした。また、各ピークの溶出時間、強度は表1のごとく定義した。
【0023】
【表1】
【0024】
図9aカラム1本分の場合で、左図は、前記を前提とした7つのピーク関数を個別に表示した図である。右図は前記の7つのピーク関数の合計、つまり疑似クロマトグラムを示した図である。図9bは、カラム2本の場合、つまり、溶出時間および段数が2倍で計算した、7つのピーク関数および疑似クロマトグラムを示した図である。同様に図9cは、カラム3本の場合、つまり、溶出時間および段数が3倍で計算した、7つのピーク関数および疑似クロマトグラムを示した図である。
【0025】
次に、この疑似クロマトグラムに対して、本発明のカラム切り替えを実施した場合の効果を説明する(図10参照)。
【0026】
まず、流路切り替えバルブが第一の状態で、図9aのクロマトグラムが観測されるとして、約20分の時点で、流路切り替えバルブを第一の状態から第二の状態に切り替える。この場合、20分までに溶出するPeak_1からPeak_5までが、分析カラム、検出器、トラップカラムの順で流れる。
【0027】
20分以降に溶出するPeak_6、7は、分析カラム、検出器の順で流れ、系外に排出される(トラップカラムには入らない)。
【0028】
トラップカラム内に保持されたPeak_1からPeak_5までの成分は、トラップカラムで分離が進行し、再度、分析カラムに流入し、分離が継続し、検出器でモニターされる。つまり、この一連の操作で、検出器ではカラム1本分の性能で、Peak_1からPeak_7までが、モニターされ、連続して、カラム3本分の性能でPeak_1からPeak_5が検出されることとなる(図10a)。
【0029】
次に、約30分の時点で、流路切り替えバルブが第一の状態から第二の状態に切り替えた場合、30分までに溶出するPeak_1からPeak_7までが、分析カラム、検出器、トラップカラムの順で流れる。30分以降に溶出する成分は、分析カラム、検出器の順で流れ、系外に排出される(トラップカラムには入らない)。
【0030】
ここでは、30分以降に溶出する成分はないため、全ての成分がトラップカラムに導入されることとなる。
【0031】
しかしながら、この仮定では、ボイド時間(最初のピークが溶出し始まる時間)が10分程度であることから、トラップカラムの保持できるのが約10分ぶんであることから、溶出時間の早い、Peak_1からPeak_5までは、トラップカラムから既に排出されることとなる。約30分の時点で、流路切り替えバルブが第一の状態から第二の状態に切り替えた場合、図10bのように、切り替え後は、Peak_6、7が検出されることとなる。
【0032】
このように、切り替え時間を20分とした場合、クロマトグラムの前半部分、切り替え時間を30分とした場合、クロマトグラムの後半部分をカラム3本分で高分離が達成できることとなる。つまり、図9aと図9cが合成されたようなクロマトグラムとなる。
【0033】
ここで説明に使用した疑似クロマトグラムは、実際の抗体医薬品のサイズ排除クロマトグラフィーの分離パターンを模している。
【0034】
ピーク強度の最も高いPeak_5は抗体医薬品の主成分ピークを模しており、主成分ピークの後(20分以降)に溶出Peak_6、7は抗体医薬品に含まれる安定剤(添加剤)や不純物のピークを模しており、主成分ピークの前(15分以前)に溶出する微小なピークは抗体医薬品に含まれる凝集体(数量体)のピークを模している。
【0035】
抗体医薬品の分析においては、凝集体の領域を高分解能で実施したい場合は、主成分ピークが溶出した時間を目安に、流路切り替えバルブを第一の状態から第二の状態に切り替えれば良い。
【0036】
また、抗体医薬品に含まれる安定剤(添加剤)や不純物の領域を高分解能で実施したい場合は、目的の安定剤(添加剤)や不純物のピークが溶出した時間を目安に、流路切り替えバルブを第一の状態から第二の状態に切り替えれば良い。つまり、本発明により、少ないカラム本数で、クロマトグラムの注視する領域を任意に高分離が達成できることとなる。
【0037】
また、本発明では、流路切り替えバルブが第一の状態では、検出器は少なくとも2つのカラムの間に配することから、一定程度の圧力が掛かる。例えば1本あたり5MPa程度の圧力がかかるカラムを使用する場合、使用できる検出器には5MPa以上の耐圧が必要とされる。そのため、使用できる検出器は、比較的高耐圧である紫外/可視検出器等が好適である。抗体医薬品は220nm付近、280nm、付近で紫外吸収を有するのが一般的であるため、紫外検出器を用いることが好適でもある。
【0038】
本発明の流路切り替えバルブを用いてカラムスイッチングする手法は、ボイド容量を最小に抑えることができることから、カラム性能を低下させにくい。一方、一般的に用いられている、図3で示した「リサイクル法」の場合、1回目のカラムから溶出した成分は、検出器から出た後に、送液ポンプ(3)の入口に戻し、再度、カラムに導入する方式である。そのため、理論上は、クロマトグラムのほぼ全領域を、回数(n)制限なしにリサイクルでき、カラム段数のn倍の分離が得られる利点がある(図11a)。しかしながら、このリサイクル法では、送液ポンプの内部を分離帯が通ることなどから、ボイド容量が非常に大きく、理論上の段数が得られず、大幅な分離の低下が生じる(図11b)。そのため、このような「リサイクル法」、分離の低下が生じにくい、大きなスケールのカラムを使用した分取クロマトグラフィーにしか適用することが、現実的に厳しい。
【0039】
更に、本発明により高分解能での分離が達成された後、ピーク関数により波形分離を実施することで、より正確に定量することができる。特に、抗体医薬品に含まれるナノサイズの凝集体に関しては、分子排除クロマトグラフィーでの分離が推奨されおり、有用である。波形分離の手法は、図9で示した疑似クロマトグラム作成プロセスの逆算を行うようなものである。波形分離は、測定で得られたクロマトグラムに対して、複数のピークが存在することを前提とし、複数のピーク関数の総和と、前記クロマトグラムの差分が最小となるように計算し(最小二乗法)、ピークを分離する手法である(図12参照)。
【0040】
波形分離の精度を高めるには、基のクロマトグラムで、構成される成分ピークの分離がある程度できている方が望ましい。少なくとも、成分ピークのピークトップが確認できる程度の分離であることが望ましい。また、使用するピーク関数は、できるだけ実際に生じるピーク形状に近いピーク関数を用いることが良い。
【0041】
前述の疑似クロマトグラム作成プロセスでは、ピーク関数として「正規分布関数」を使用したが、実際の液体クロマトグラフィーで生じるピーク形状は、左右対称ではなく、テーリングやリーディングを起こすことが多々ある。このため、抗体医薬品および、その凝集体群に対しての波形分離では、表2のような、非対称の関数を用いることが有用である。この中でも、実際のピーク形状に近い「Asym2Sig 非対称の2重シグモイド」を使用することが好適である(図26参照)。また、一般的には、波形分離を行なう場合、対象となるピーク群を全て含んだ領域を計算対象とする。しかしながら、抗体医薬品および、その凝集体群の分離パターンは、図13のごとく、抗体医薬品のメイン成分ピークと、その凝集体群のピークの強度差が大き過ぎることから、これら全てを計算対象とすると、誤差が生じやすい。
【0042】
これは、巨大な抗体医薬品のメイン成分ピーク部の誤差を小さくするように「最小二乗法」が働き、注視したい凝集体群のピーク部の誤差が大きくなるためである。そこで、本発明では、波形分離の計算区間を、注視したい凝集体群のピーク部と、その後に溶出する抗体医薬品のメイン成分ピークの立ち上がり部までとする(図13参照)。これにより、凝集体群部の誤差を小さくするように「最小二乗法」が働き、精度よく波形分離が可能となる。この結果、巨大な抗体医薬品のメイン成分ピーク部に関しては誤差が大きくなるが、他の一般的な定量計算方法で補うことが可能であり、最終結果に支障はない。
【0043】
【表2】
【図面の簡単な説明】
【0044】
図1】一般的な液体クロマトグラフィーの構成を示した図である。
図2】一般的なサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)での検量線を模式的に示した図である。
図3】分取等で使用される、一般的なリサイクルクロマトグラフィーの構成を模式的に示した図である。
図4】本発明の第一の様態の構成を模式的に示した図である。図aは流路切り替えバルブが「第一の状態」、図bは流路切り替えバルブが「第二の状態」の場合を示している。
図5】本発明の第一の様態での、流路切り替えバルブを「第一の状態」、「第二の状態」と切り替えた際の、カラム接続状態を模式的に示した図である。
図6】本発明の第一の様態での、流路切り替えバルブを「第一の状態」、「第二の状態」と切り替えた際の、分離の過程を模式的に示した図である。
図7】本発明のカラムスイッチング法での、流路切り替えバルの切り替えのタイミングを示したフローチャートである。
図8】クロマトグラフィーにおけるピーク形状の理論的な関係式を示した図である。
図9】本発明のカラムスイッチング法での分離の変化を理論的に示した図である。
図10】本発明のカラムスイッチング法で、切り替え時間の影響を理論的に示した図である。
図11】従来のリサイクル法による分離の過程を模式的に示した図である。
図12】本発明で、最終的に得られたクロマトグラムに対して、非線形関数を用いて波形分離処理を施した場合を模式的に示した図である。
図13】本発明で、最終的に得られたクロマトグラムに対して、非線形関数を用いて波形分離処理を施した場合の、計算範囲を模式的に示した図である。
図14】実施例での得られたタンパク質分子量マーカーの分離及び検量線を示した図である。
図15】実施例での得られた抗体医薬品のクロマトグラムである。
図16】実施例で、本法の再現性を示したクロマトグラムである。
図17】実施例で、本法のカラムスイッチング法での、切り替え時間の影響を示したクロマトグラムである。
図18】実施例で、本法のカラムスイッチング法での、切り替え時間による定量値の変化を示した図である。図aはカラム1本分相当、図bはカラム3本分相当である。
図19】実施例で、抗体医薬品にストレスを与えた手順を示した図である。
図20】実施例で、抗体医薬品「リツキサン」に加熱/冷却ストレスを与えた、クロマトグラムの変化を確認した図である。
図21】実施例で、抗体医薬品に加熱/冷却ストレスを与えた、クロマトグラムの変化を確認した図である。
図22】実施例で、抗体医薬品に加熱/冷却ストレスを与え、抗体医薬品の主成分ピーク、元々存在していた凝集体ピークの面積値の変化を示した図である。
図23】実施例で、抗体医薬品に加熱/冷却ストレスを与えた、クロマトグラムの変化を確認した図である。
図24】実施例で、抗体医薬品「アービタックス」に加熱/冷却ストレスを与えた、クロマトグラムの変化を確認した図である。
図25】実施例で、抗体医薬品に加熱/冷却ストレスを与えた、クロマトグラムの変化を確認した図である。
図26】波形分離で使用される関数および関数イメージを示した図である。
図27】実施例で取得したクロマトグラム(カラム3本分相当)を非線形のピーク関数により波形分離を行なった場合の計算範囲を示した図である。
図28】一般的な液体クロマトグラフィーのピーク検出による「ピークの取り方」を模式的に示した図である。図aは、凝集体等の微小なピーク全てを縦切り(垂直切り)にした場合、図bは、巨大な抗体医薬品のメイン成分ピークの影響で、ベースラインが傾いていると仮定してピーク検出を行った場合を示している。
図29】実施例で取得したクロマトグラム(カラム3本分相当)を非線形のピーク関数により波形分離を行なった結果を示した図である。下段は生のクロマトグラムと最適化された各ピーク関数の総和を示している。
図30】実施例で取得したクロマトグラム(カラム3本分相当)を非線形のピーク関数により波形分離を行なった結果を示した図である。
図31】実施例で取得したクロマトグラム(カラム3本分相当)を非線形のピーク関数により波形分離を行なった結果を示した図である。図aは、本発明の通り、抗体医薬品の主成分ピークの一部のみを含む計算区間、図bは、一般的な方法で、抗体医薬品の主成分ピーク全体を含む計算区間で処理した場合を示している。
図32】実施例で取得したクロマトグラム(カラム3本分相当)を非線形のピーク関数により波形分離を行なった結果を示した図である。上段は生のクロマトグラムと最適化された各ピーク関数、下段は生のクロマトグラムと最適化された各ピーク関数の総和を示している。
図33】実施例で取得したクロマトグラム(カラム3本分相当)を非線形のピーク関数により波形分離を行なった結果を示した図である。
図34】東ソー(株)製、高速GPC装置HLC-8420GPCにオプション品である「カラム切り替えユニット」を搭載した場合の流路図である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例により何ら制限されるものではない。
【0046】
東ソー(株)製のHPLCビルド製品(8020シリーズ)であるポンプ、カラムオーブン、オートサンプラ、紫外可視検出器を使用し、測定系を構築して検証を実施した。カラム切り替えバルブとしては、同じ東ソー(株)製のGPC専用装置HLC-8220用のオプション部品として提供されている「カラム切り替えバルブユニット」を使用した。
【0047】
今回の実施例では、HPLCビルド製品の組み合わせで実施したが、東ソー(株)製のGPC専用装置(HLC-8220、8320、8420)を使用すれば、同様の測定系を容易に構築することができ、より効果的である(図34参照)。
【0048】
(実施例)
まず、本発明の第一の様態での検証結果を示す。図4は本検証で使用したシステム構成である。SECの主な条件を表3記す。なお、本実施例では分析用カラムとトラップカラムには、同じグレード/同じサイズの高純度シリカをベースとしたカラムを用いた。
【0049】
【表3】
【0050】
試料としては、タンパク質分子量マーカー、および実際の抗体医薬品2種を使用した。タンパク質分子量マーカーは、オリエンタル酵母社製HW-Maker(HPLC)を使用した。本試料は、表4のごとく、分子量が異なる5種のタンパク質の凍結乾燥品である。
【0051】
【表4】
【0052】
試料として使用した抗体医薬品は「リツキサン」および「アービタックス」を使用した。各組成は表5、6の通りである。
【0053】
【表5】
【0054】
【表6】
【0055】
まず、前記分子量マーカーにて検量線を作製した。流路切り替えバルブを第一の状態として、カラムの初期化を行う。この状態では、溶離液は分析カラム、トラップカラム、検出器の順で流れる。この状態で試料を注入する。
【0056】
分離された試料は、分析カラムで分離され、検出器でその状態がモニターされ、順次、トラップカラムに流れ、分離が継続される。5種のタンパク質が溶出したタイミング(時間)で、流路切り替えバルブを第二の状態に切り替える。これにより、溶離液は、トラップカラム、分析カラム、検出器の順で流れることとなる。
【0057】
トラップカラム内の5種のタンパク質の分離帯は、順次分析カラムに流れ、分離が継続され、その状態が検出器でモニターされる。つまり、分析カラム、トラップカラム、分析カラムの3本分の分離が行われることとなる。
【0058】
図14aは、試料注入後24分で流路切り替えバルブを第一の状態から第二の状態に切り替えて得られたクロマトグラムである。0~約24分は分析カラム1本分のクロマトグラム、約24分以降は、分析カラム1本分+トラップカラム1本分+分析カラム1本分、つまりカラム3本分のクロマトグラムと言うことになる。なお、24分に生じているシャープなピークは、バルブ切り替えによるベース変動(ショック)であり、成分ピークではない。図14bは各タンパク質の溶出時間とLog(分子量)をプロットした検量線である。凡例〇は分析カラム1本分、凡例●は分析カラム1本分+トラップカラム1本分+分析カラム1本分、つまりカラム3本分の検量点を示している。
【0059】
ここから分かるように、本発明のカラム切り替えにより、分離が大幅に向上し、検量線の傾きも緩やかとなり、より精密な分析が可能となることが分かる。
【0060】
次に、実際の抗体医薬品2種を同様に分離を行った。流路切り替えバルブを第一の状態として、カラムの初期化を行う。この状態では、溶離液は分析カラム、トラップカラム、検出器の順で流れる。この状態で試料を注入する。
【0061】
抗体医薬品は主成分の他、添加剤や微量の不純物や主成分の凝集体が含まれる。分子排除クロマトグラフィーであることから、分子量の大きい方から溶出する。2種の抗体医薬品とも、微量凝集体成分、抗体医薬品は主成分、微量の不純物、添加剤の順で溶出してくる。図15aは「リツキサン」、図15bは「アービタックス」の結果である。なお、ここで使用した抗体医薬品は、加熱等のストレスを全く与えていない試料である。流路切り替えバルブの切り替え時間が明確に分かるように、同時に圧力も計測し、右軸に表示してある。圧力が一瞬下がった位置が切り替えのタイミングとなる。また、バルブの切り替えによるベース変動(ショック)がクロマトグラム上に表れている。クロマトグラムの0から30分程度までが、カラム1本分の分離に相当する。最も早く溶出する「凝集体」のピークは、11分付近から溶出される。つまり、この分析系では、10~11分程度がトラップできる時間範囲となる。そこで、試料注入後21分で、流路切り替えバルブを第一の状態から第二の状態に切り替える。つまり、微量凝集体成分、抗体医薬品は主成分、微量の不純物、までが溶出したと時間となる。
【0062】
添加剤成分は、トラップカラムには導入されず、検出器を出た後、系外(ドレイン)に排出されることとなる。
【0063】
トラップカラム内の微量凝集体成分、抗体医薬品は主成分、微量の不純物までの分離帯は、再び分析カラムに順次導入され、分離が継続される。つまり、カラム3本分の分離が行われる。図15のクロマトグラムの30分以降が、カラム3本分の分離に相当する。ここでは、添加剤のピークは確認されない。
【0064】
図15から分かるように、カラム3本分の分離帯では、先に溶出する凝集体ピークの分離が格段に改善され、また、メインの抗体医薬品ピークも分離が改善され、カラム1本では確認できなかった新たなピーク(図中、網掛け)が確認できるようになった。
【0065】
次に、本法の再現性の検証を行った。ここでは、ストレスを全く与えていない抗体医薬品「リツキサン」を試料として用いた。前記の分析条件で、5回測定し、溶出時間、面積、面積%を算出した。また、クロマトグラムのパターンも比較した。図16は、5回測定して得られたクロマトグラムを重ね書いた図である。図16aはクロマトグラム全体で0~30分部がカラム1本分相当、30分以降がカラム3本分相当となる。図16bは、カラム1本分相当、図16cはカラム3本分相当を拡大した図である。また、表7は代表的なピークの溶出時間、表8はピーク面積、表9は全ピーク面積に対する面積%の各値と平均値、CV%を示した表である。
【0066】
溶出時間では、カラム1本分のピーク1~3、カラム3本分のピーク6、8~9で、0.03%以下と非常に良好な値が得られた。カラム3本分のピーク7に関しては、分離が完全ではないことから0.2%となっているが、定性に支障が出る値ではない。
【0067】
面積では、溶出時間と同様に、分離が不十分なピークに対しては1.6%と悪くなる傾向があるが、それを除くと、ほぼ1.0%以下という良好な値が得られた。面積%に関しても、面積と同程度の値が得られた。
【0068】
【表7】
【0069】
【表8】
【0070】
【表9】
【0071】
次に、切り替え時間の影響に関して、検証を実施した。ここまでの検証時は、第一の状態から第二の状態への切り替え時間を21分として実施してきたが、切り替え時間を早くした場合、遅くした場合の検証を実施した(19分から24分まで変動)。ここでは、検体はストレスを全く与えていない抗体医薬品「アービタックス」を使用した。
【0072】
図17、18に結果を示す。図17の左図はカラム1本部、右図はカラム3本部のクロマトグラムを拡大した結果である。なお、図17の「↓」が切り替えのタイミングを示している。切り替え時間を変化させても、カラム1本部のクロマトグラムは基本的には変化しない。但し、切り替えによるベース変動(ショック)が、その時間に対応して生じる。図18は切り替え時間により主要な成分ピークの面積の変動を示した図である。図aはカラム1本分、図bはカラム3本分での結果を示している。当然ながら、カラム1本分では切り替え時間を変化させても全ても成分ピークが検出できるため、面積値は変化しない。カラム3本分では切り替え時間によりトラップカラムに入らない成分または、トラップカラムを通り過ぎる成分が生じるため、面積値は変化する。遅く溶出する成分(凡例▲不純物)は切り替え時間が早いと、トラップカラムに入らないため、検出されない。逆に早く溶出する成分(凡例◆凝集体)は切り替え時間が遅いと、トラップカラムを通りすぎるため検出されなくなる。
【0073】
図17左図から分かるように、試料注入後、約11分間は何も溶出しない。つまり、この時間分がトラップカラムでピークを保持できる最大容量となる。図17左図の範囲を示す横棒の範囲が保持できる時間範囲(トラップカラムに導入された区間)を示している。
【0074】
0から10分で切り替えた場合は、トラップカラムには何も導入されないため、切り替えを行っても、カラム3本分のクロマトグラムには何も現れない。
【0075】
本実施例では、抗体医薬品のメインピークとその凝集体を分離のターゲットとしていることから、この分離帯がトラップカラムに入るタイミングに切り替え時間を設定することが望まれる。つまり図17左図のクロマトで言うと、最低限11分から18分までがトラップカラムに入るように設定する。この条件を満たすのは、切り替え時間が19分から21分である。但し、切り替え時間が19分の場合、20分の手前に溶出している「不純物ピーク」はトラップカラムには導入されない(図17a右図×)。切り替え時間が23分より長い場合は、11分付近に溶出している数量体の凝集体ピークは、トラップカラムを通り過ぎてしまうため、カラム3本分のクロマトグラムでは確認できなくなってしまう(図17e、f右図×)。このことから、本実施例の凝集体の分離では、切り替え時間を21分とした。なお、検量線作成時の標準タンパク質の分離では、分離帯が広いため、切り替え時間は24分とした。
【0076】
次に、実際の抗体医薬品を用い、加熱/冷却のストレスを与え、凝集体の生成過程および分離を実施した。検証用には、抗体医薬品である「リツキサン」および「アービタックス」の両方で検証を実施した。
【0077】
図19は加熱/冷却のストレス処理の工程を示した図である。ます、1.5mLのマイクロチューブに、抗体医薬品を分注し、55℃で15分加熱し、5℃で30分程度冷却し、SECに供した。測定が終了した、抗体医薬品の入ったマイクロチューブを、55℃で15分加熱し、5℃で30分程度冷却し、SECに供した。この操作を繰り返し実施した。なお、比較のため、処理を行う前の抗体医薬品の分離を実施した。
【0078】
SECの分析は以下の通りである。まず、流路切り替えバルブを第一の状態として、カラムの初期化を行う。この状態では、溶離液は分析カラム、トラップカラム、検出器の順で流れる。この状態で試料を注入する。注入された試料は、分析カラムで分離され、検出器でその状態がモニターされ、順次、トラップカラムに流れ、分離が継続される。精密分離が必要な分離帯が検出されたタイミング(時間)で、流路切り替えバルブを第二の状態に切り替える。
【0079】
これにより、溶離液は、トラップカラム、分析カラム、検出器の順で流れることとなる。
トラップカラム内の分離帯は、順次分析カラムに流れ、分離が継続され、その状態が検出器でモニターされる。つまり、分析カラム、トラップカラム、分析カラムの3本分の分離が行われることとなる。
【0080】
図20~23は、第一の状態から第二の状態に切り替える時間を21分とし、抗体医薬品「リツキサン」を分離した結果である。図24、25は、第一の状態から第二の状態に切り替える時間を21分とし、抗体医薬品「アービタックス」を分離した結果である。
【0081】
図20a、24aは未処理の抗体医薬品、図20b、24bは総加熱時間15分、図20c、24cは総加熱時間30分、図20d、24dは総加熱時間45分、図20e、24eは総加熱時間60分した抗体医薬品の分析結果である。
【0082】
0~約25分は分析カラム1本分のクロマトグラム、約25分以降は、分析カラム1本分+トラップカラム1本分+分析カラム1本分、つまりカラム3本分のクロマトグラムとなる。なお、21分に生じているシャープなピークは、バルブ切り替えによるベース変動(ショック)であり、成分ピークではない。
【0083】
この実施例では21分で切り替えを実施したことから、カラム1本分で検出された添加剤由来の23分付近ピークはトラップカラムには流れ込まないで、系外に排出される。このことから、カラム3本分の分離帯では、このピークは検出されない(理論上では69分付近に溶出)。
【0084】
まず、リツキサンの加熱ストレスによる変化を説明する。図20の通り、約16.3分のピークが、カラム1本分での抗体医薬品のメインピーク、約49分のピークが、カラム3本分での抗体医薬品のメインピークである。13.3分と14.7分のピークは、カラム1本分での元々存在していた数量体の凝集体由来のピーク、40~44分のピークは、カラム3本分での元々存在していた数量体の凝集体由来のピークである。
【0085】
このように、本発明の手法を用いることで、少ないカラム本数で、より高分解能が得られることが分かる。特に、元々存在していた数量体の凝集体(ピークA~C)の分離が向上し、抗体医薬品のメインピークに関しては不純物と思われる成分も分離できるようになっている。ここでは、カラム2本で実質、カラム3本分の分離を得ることができた。
【0086】
加熱処理を繰り返すことにより、前記の元々存在していた数量体の凝集体由来のピークの強度は殆ど変わらないが、それより手前の時間、カラム1本分では約11分、カラム3本分では約32分にピークが出現し、その強度が高くなっていることが分かる。
【0087】
図21aは、カラム1本分の領域、図21bは、カラム3本分の領域を分けて、全てのクロマトグラムを重ね書いた図である。また、図23は処理前と総加熱時間が60分のクロマトグラムと、前記で得られた検量線も併せて示した図である。
【0088】
元々存在していた数量体の凝集体由来のピーク(記号A、B、Cのピーク)は分子量が10~10であるのに対して、加熱処理で生成されたピークDは10程度であり、一桁大きい成分であることが分かる。
【0089】
【表10】
【0090】
次に、アービタックスの加熱ストレスによる変化を説明する。図24の通り、約15.8分のピークが、カラム1本分での抗体医薬品のメインピーク、約47.4分のピークが、カラム3本分での抗体医薬品のメインピークである。13分付近のピークは、カラム1本分での元々存在していた数量体の凝集体由来のピーク、37~41分のピークは、カラム3本分での元々存在していた数量体の凝集体由来のピークである。
【0091】
加熱処理を繰り返すことにより、前記の元々存在していた数量体の凝集体由来のピークの強度は殆ど変わらないが、それより手前の時間、カラム1本分では約11分、カラム3本分では約33分にピークが出現し、その強度が高くなっていることが分かる。
【0092】
図25aは、カラム1本分の領域、図25bは、カラム3本分の領域を分けて、全てのクロマトグラムを重ね書いた図である。
【0093】
【表11】
【0094】
次に、本発明の第二の特徴である波形分離について、検証を実施した。不分離ピークを波形分離の手法により個々のピークに分ける手法は一般的であるが、各ピークの頂点が観測されていたり、変局点が確認できるまで、分離ができていないと、正確な波形分離は行うことはできない。
【0095】
本発明では、カラムスイッチング法により、分離が大幅に改善できていることから、波形分離の手法により定量することが可能となった。波形分離は一般的には、正規分布関数の組み合わせで実施されることが多い。これは、HPLCの分野では、各ピークは正規分布様であることを前提としている。しかしながら、実際のHPLCでは、非特異吸着やその他様々な要因により、正規分布にならないケースが多々ある。本実施例では、本件を考慮し、非線形関数の組み合わせにより波形分離を実施した。本実施例では、式2の「Asymmetric double Sigmoidal function」を用いて処理を実施した(図26参照)。なお、波形分離の処理は、(株)ライトストーン社のデータ解析ソフトウェア OriginPro2021bを使用した。
【0096】
まず、「リツキサン」分離に適用した。前述の60分加熱ストレスをかけた、カラム3本分の領域のクロマトグラムに対して実施した。比較のため、加熱ストレスをかけない(未処理)のクロマトグラムでも実施した。
【0097】
通常、波形分離の処理は、不分離状態のピーク帯全てを含めて計算を行うのが一般的である。この手法は、不分離状態のピーク帯に含まれる各ピークの強度に大きさ差異が無い場合は、誤差が少なくて計算できる。本実施例のような抗体医薬品ピークおよびその凝集体の分離では、ピーク強度に大きな差異が出る。
【0098】
凝集体の割合は、抗体医薬品の数%と少ないため、凝集体ピークから抗体医薬品ピークまでを計算対象とし処理すると誤差が生じてしまう。そこで、本実施例では、計算対象の区間を、30~47分(メインピークの立ち上がり部)までとし実行した(図27参照)。また、計算処理の簡素化のため、予め、得られた生のクロマトグラムの30分での出力がゼロとなるようにオフセット処理を施した。これにより、前記関数の係数y0はゼロとした。また、加熱/冷却処理で生じた凝集体ピークから抗体医薬品メインピークまで、30分~50分までの間に6種のピークが存在すると仮定し。6つのピーク関数の合計と、クロマトグラムの二乗差が最小となるように繰り返し計算を実行した。
【0099】
表12、図29に波形分離の結果を示す。表12は繰り返し計算により、最終的に得られた各ピークの係数、図29は波形分離のクロマトグラムである。図aは未処理の検体、図bは60分加熱処理した検体である。いずれも、上段は元のクロマトグラムと各ピーク関数を重ね書いた図、下段は元のクロマトグラムと各ピーク関数の総和を重ね書いた図である。図28は、60分加熱処理した検体での、通常のデータ処理(縦切り処理)で得られた各ピークの面積と前記波形分離により得られた各ピーク面積の違いを示した図である。完全分離されたピーク_1では、どちらの処理で得られた面積値は、ほぼ同じであるが、分離が不完全なピーク2~5では、面積値に大きな差異が見られる。本発明の波形分離で得られた面積が小さくなる傾向にある。また、本実施例では巨大なピークによる計算誤差を抑える目的で、計算区間を30~47分とした。一般的には、目的とするピーク全てを含む範囲で処理を行う。
【0100】
しかしながら、このように、ピーク強度に大きな差異がある場合、ピーク強度が大きなピークに対して誤差を最小になるような計算結果が得られ、本来の目的である、微小ピーク部の誤差が大きくなってしまう。図31に巨大な抗体医薬品ピークを含むように、計算区間を30~51分として、波形分離を行った結果を示す。この例でも分かるように、計算区間を抗体医薬品ピークまで含めると、抗体医薬品ピークの溶出時間はほぼ同じになるが、凝集体ピーク部の誤差が極端に大きくなってしまう。本発明のように、巨大ピーク(抗体医薬品ピーク)の立ち上がり部までに限定することで、微小な凝集体ピーク部の誤差を最小に抑えることができる。逆に、抗体医薬品ピークに関しては、溶出時間が大きくズレる結果となるが、この部分に関しては、従来のピーク検出処理(縦切り)で定量すればよく、問題とはならない。
【0101】
【数1】
【0102】
【表12】
【0103】
【表13】
【0104】
同様に、「アービタックス」分離に適用した。前述の60分加熱ストレスをかけた、カラム3本分の領域のクロマトグラムに対して実施した。比較のため、加熱ストレスをかけない(未処理)のクロマトグラムでも実施した。
【0105】
通常、波形分離の処理は、不分離状態のピーク帯全てを含めて計算を行うのが一般的である。この手法は、不分離状態のピーク帯に含まれる各ピークの強度に大きさ差異が無い場合は、誤差が少なく計算できる。本実施例のような抗体医薬品ピークおよびその凝集体の分離では、ピーク強度に大きな差異が出る。
【0106】
凝集体の割合は、抗体医薬品の数%と少ないため、凝集体ピークから抗体医薬品ピークまでを計算対象とし処理すると誤差が生じてしまう。そこで、本実施例では、計算対象の区間を、31.8~45.8分までとし実行した。また、計算処理の簡素化のため、予め、得られた生のクロマトグラムの30分での出力がゼロとなるようにオフセット処理を施した。これにより、前記係数のy0はゼロとした。加熱/冷却処理で生じた凝集体ピークから抗体医薬品メインピークまで、30分~50分までの間に8種のピークが存在すると仮定し。8つのピーク関数の合計と、クロマトグラムの二乗差が最小となるように繰り返し計算を実行した。
【0107】
表14、図32に波形分離の結果を示す。表14は繰り返し計算により、最終的に得られた各ピークの係数、図32は波形分離のクロマトグラムである。図aは未処理の検体、図bは60分加熱処理した検体である。いずれも、上段は元のクロマトグラムと各ピーク関数を重ね書いた図、下段は元のクロマトグラムと各ピーク関数の総和を重ね書いた図である。
【0108】
「アービタックス」の場合は、元々存在した凝集体部および、新規に出現したピーク部に複数の成分が存在しており、分離が悪いため、通常のデータ処理法ではピーク面積等を正確に算出できない。本実施例では、このような分離が悪い状態でも波形分離により面積を算出することが可能である。
【0109】
表15は、波形分離により得られた、各ピーク関数から算出した面積、図33は各ピーク面積を積み上げ棒グラフで表示したものである。ここから明らかなように、加熱/冷却ストレスを繰り返すことにより、抗体医薬品に既に含まれていた数量体と推測される凝集体の存在量は殆ど変化せず、それより分子量が1桁ほど大きい新たな凝集体が生成してくることが容易に確認できる。
【0110】
【数2】
【0111】
【表14】
【0112】
【表15】
【符号の説明】
【0113】
1.溶離液
2.脱気装置
3.送液ポンプ
4.試料注入機構
5.分析カラム
6.恒温槽
7.検出器
8.流路切り替え機構
9.分析カラム(第一の分離カラム)
10.トラップカラム(第二の分離カラム)
11.流路切り替え機構(リサイクルバルブ)
12.溶離液
13.脱気装置
14.送液ポンプ(サンプル側)
15.送液ポンプ(リファレンス側)
16.試料注入機構
17.分析カラム
18.リファレンスカラム
19.恒温槽
20.検出器(紫外可視)
21.検出器(示差屈折計)
22.カラム切り替え機構
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28
図29
図30
図31
図32
図33
図34