(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024087754
(43)【公開日】2024-07-01
(54)【発明の名称】非線形熱電効果測定装置、非線形熱電効果測定方法、非線形熱電効果測定プログラム、記録媒体、温度揺らぎ環境発電素子および温度揺らぎセンサー
(51)【国際特許分類】
H10N 15/00 20230101AFI20240624BHJP
【FI】
H10N15/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023122817
(22)【出願日】2023-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2022202688
(32)【優先日】2022-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001667
【氏名又は名称】弁理士法人プロウィン
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 英治
(72)【発明者】
【氏名】吉川 貴史
(72)【発明者】
【氏名】藤本 雄人
(72)【発明者】
【氏名】有澤 洋希
(57)【要約】
【課題】非線形な熱電効果によって温度揺らぎを電気エネルギーに変換して検出することが可能な非線形熱電効果測定装置、非線形熱電効果測定方法、非線形熱電効果測定プログラム、記録媒体、温度揺らぎ環境発電素子および温度揺らぎセンサーを提供する。
【解決手段】試料に生じる非線形熱電効果を測定するための非線形熱電効果測定装置であって、試料に温度勾配を生じさせる温度勾配発生部と、試料に生じた電位差Vを測定する電位差測定部とを備え、温度勾配発生部は、試料の一方の面に設けられた第1加熱部と、試料の一方の面と対向する他方の面に設けられた第2加熱部を備え、第1加熱部に、第1電流j
c1=I
dc1+I
1sin(ωt+Φ)を印加し、第2加熱部に、第2電流j
c2=I
dc2+I
2sin(ωt)を印加する非線形熱電効果測定装置。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に生じる非線形熱電効果を測定するための非線形熱電効果測定装置であって、
前記試料に温度勾配を生じさせる温度勾配発生部と、
前記試料に生じた電位差Vを測定する電位差測定部とを備え、
前記温度勾配発生部は、前記試料の一方の面に設けられた第1加熱部と、前記試料の前記一方の面と対向する他方の面に設けられた第2加熱部を備え、
前記第1加熱部に、第1電流jc1=Idc1+I1sin(ωt+Φ)を印加し、前記第2加熱部に、第2電流jc2=Idc2+I2sin(ωt)を印加することを特徴とする非線形熱電効果測定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の非線形熱電効果測定装置であって、
前記試料に磁場を印加する磁場印加部を備えることを特徴とする非線形熱電効果測定装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の非線形熱電効果測定装置であって、
前記電位差Vについて周波数2ωの成分V2ωを検出するロックイン検出部を備えることを特徴とする非線形熱電効果測定装置。
【請求項4】
請求項3に記載の非線形熱電効果測定装置であって、
前記Φを変化させて前記成分V2ωの分布を取得する位相変化測定部を備えることを特徴とする非線形熱電効果測定装置。
【請求項5】
請求項4に記載の非線形熱電効果測定装置であって、
前記位相変化測定部が取得した前記成分V2ωの分布に基づいて、非線形熱電強度βを算出する強度算出部を備えることを特徴とする非線形熱電効果測定装置。
【請求項6】
試料に生じる非線形熱電効果を測定するための非線形熱電効果測定方法であって、
前記試料に温度勾配を生じさせる温度勾配発生工程と、
前記試料に生じた電位差Vを測定する電位差測定工程とを備え、
前記温度勾配発生工程は、前記試料の一方の面に設けられた第1加熱部に、第1電流jc1=Idc1+I1sin(ωt+Φ)を印加し、前記試料の前記一方の面と対向する他方の面に設けられた第2加熱部に、第2電流jc2=Idc2+I2sin(ωt)を印加することを特徴とする非線形熱電効果測定方法。
【請求項7】
コンピュータに、
試料に生じる非線形熱電効果を測定させるための非線形熱電効果測定プログラムであって、
前記試料の一方の面に設けられた第1加熱部に、第1電流jc1=Idc1+I1sin(ωt+Φ)を印加し、前記試料の前記一方の面と対向する他方の面に設けられた第2加熱部に、第2電流jc2=Idc2+I2sin(ωt)を印加させて、前記試料に温度勾配を生じさせる温度勾配発生ステップと、
前記試料に生じた電位差Vを測定する電位差測定ステップを実行させるための非線形熱電効果測定プログラム。
【請求項8】
請求項7に記載の非線形熱電効果測定プログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【請求項9】
非線形熱電効果により温度揺らぎから電位差を生じる熱電変換部と、
前記熱電変換部の空間対称性を破る空間非対称部とを備えたことを特徴とする温度揺らぎ環境発電素子。
【請求項10】
請求項9に記載の温度揺らぎ環境発電素子であって、
前記熱電変換部と前記空間非対称部が異なる材料で構成され、前記熱電変換部と前記空間非対称部の接合構造を有することを特徴とする温度揺らぎ環境発電素子。
【請求項11】
請求項9に記載の温度揺らぎ環境発電素子であって、
前記熱電変換部と前記空間非対称部が同じ材料層で構成され、
前記材料層は、結晶構造が反転対称性を有さず、極性点群またはキラル点群に属することを特徴とする温度揺らぎ環境発電素子。
【請求項12】
非線形熱電効果により温度揺らぎから電位差を生じる熱電変換部と、
前記熱電変換部の空間対称性を破る空間非対称部とを備えたことを特徴とする温度揺らぎセンサー。
【請求項13】
請求項12に記載の温度揺らぎセンサーであって、
前記熱電変換部と前記空間非対称部が異なる材料で構成され、前記熱電変換部と前記空間非対称部の接合構造を有することを特徴とする温度揺らぎセンサー。
【請求項14】
請求項12に記載の温度揺らぎセンサーであって、
前記熱電変換部と前記空間非対称部が同じ材料層で構成され、
前記材料層は、結晶構造が反転対称性を有さず、極性点群またはキラル点群に属することを特徴とする温度揺らぎセンサー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非線形熱電効果測定装置、非線形熱電効果測定方法、非線形熱電効果測定プログラム、記録媒体および温度揺らぎ環境発電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、身の回りにある様々な形態のエネルギーを回収して、電気エネルギーに変換するエナジーハーベスト(環境発電)が提唱されている。また、エナジーハーベストの一種として、熱電変換素子を用いて環境によって生じた温度差から電気エネルギーを収穫する技術も提案されている(例えば特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来から知られている熱電変換素子は、物体に生じた温度差をゼーベック効果により電気エネルギーに変換している。よって、温度勾配が反転すると発生する電場も反転するため、マクロスケールでの定常的な温度勾配の存在が発電には必要不可欠であった。このような従来の熱電変換素子を用いた発電が可能な環境としては、内燃機関を利用した車両からの排熱や、加熱装置を利用する工場からの排熱などが挙げられる。しかし、現実の環境では、定常的な温度勾配が存在せず、日常生活において従来の熱電変換素子を用いた発電が可能な場面は限られている。
【0005】
しかし、マクロスケールでは定温に見える環境でも、ミクロスケールでは温度勾配が時間的・空間的に変動している場合があると考えられる。このような温度勾配がランダムな環境においても、ミクロな温度の揺らぎを電気エネルギーに変換することができれば、より多くの環境でのエナジーハーベストを実現できる可能性がある。
【0006】
そこで本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであり、非線形な熱電効果によって温度揺らぎを電気エネルギーに変換して検出することが可能な非線形熱電効果測定装置、非線形熱電効果測定方法、非線形熱電効果測定プログラム、記録媒体、温度揺らぎ環境発電素子および温度揺らぎセンサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の非線形熱電効果測定装置は、試料に生じる非線形熱電効果を測定するための非線形熱電効果測定装置であって、前記試料に温度勾配を生じさせる温度勾配発生部と、前記試料に生じた電位差Vを測定する電位差測定部とを備え、前記温度勾配発生部は、前記試料の一方の面に設けられた第1加熱部と、前記試料の前記一方の面と対向する他方の面に設けられた第2加熱部を備え、前記第1加熱部に、第1電流jc1=Idc1+I1sin(ωt+Φ)を印加し、前記第2加熱部に、第2電流jc2=Idc2+I2sin(ωt)を印加することを特徴とする。
【0008】
このような本発明の非線形熱電効果測定装置では、試料に磁場を印加し、温度勾配を生じさせ、第1加熱部と第2加熱部に流す電流に直流電流成分と交流電流成分と位相差を含ませることで、非線形な熱電効果によって温度揺らぎを電気エネルギーに変換して検出することが可能となる。
【0009】
また、本発明の一態様では、前記試料に磁場を印加する磁場印加部を備える。
【0010】
また、本発明の一態様では、前記電位差Vについて周波数2ωの成分V2ωを検出するロックイン検出部を備える。
【0011】
また、本発明の一態様では、前記Φを変化させて前記成分V2ωの分布を取得する位相変化測定部を備える。
【0012】
また、本発明の一態様では、前記位相変化測定部が取得した前記成分V2ωの分布に基づいて、非線形熱電強度βを算出する強度算出部を備える。
【0013】
また、上記課題を解決するために、本発明の非線形熱電効果測定方法は、試料に生じる非線形熱電効果を測定するための非線形熱電効果測定方法であって、前記試料に温度勾配を生じさせる温度勾配発生工程と、前記試料に生じた電位差Vを測定する電位差測定工程とを備え、前記温度勾配発生工程は、前記試料の一方の面に設けられた第1加熱部に、第1電流jc1=Idc1+I1sin(ωt+Φ)を印加し、前記試料の前記一方の面と対向する他方の面に設けられた第2加熱部に、第2電流jc2=Idc2+I2sin(ωt)を印加することを特徴とする。
【0014】
また、上記課題を解決するために、本発明の非線形熱電効果測定プログラムは、コンピュータに、試料の第1方向に生じる非線形熱電効果を測定させるための非線形熱電効果測定プログラムであって、前記試料の一方の面に設けられた第1加熱部に、第1電流jc1=Idc1+I1sin(ωt+Φ)を印加し、前記試料の前記一方の面と対向する他方の面に設けられた第2加熱部に、第2電流jc2=Idc2+I2sin(ωt)を印加させて、前記試料に温度勾配を生じさせる温度勾配発生ステップと、前記試料に生じた電位差Vを測定する電位差測定ステップを実行させる。
【0015】
また、上記課題を解決するために、本発明のコンピュータ読み取り可能な記録媒体は、上記非線形熱電効果測定プログラムが記録されている。
【0016】
また、上記課題を解決するために、本発明の温度揺らぎ環境発電素子は、非線形熱電効果により温度揺らぎから電位差を生じる熱電変換部と、前記熱電変換部の空間対称性を破る空間非対称部とを備えたことを特徴とする。
【0017】
また、本発明の一態様では、前記熱電変換部と前記空間非対称部が異なる材料で構成され、前記熱電変換部と前記空間非対称部の接合構造を有する。
【0018】
また、本発明の一態様では、前記熱電変換部と前記空間非対称部が同じ材料層で構成され、前記材料層は、結晶構造が反転対称性を有さず、極性点群またはキラル点群に属する。
【0019】
また、上記課題を解決するために、本発明の温度揺らぎセンサーは、非線形熱電効果により温度揺らぎから電位差を生じる熱電変換部と、前記熱電変換部の空間対称性を破る空間非対称部とを備えたことを特徴とする。
【0020】
また、本発明の一態様では、前記熱電変換部と前記空間非対称部が異なる材料で構成され、前記熱電変換部と前記空間非対称部の接合構造を有する。
【0021】
また、本発明の一態様では、前記熱電変換部と前記空間非対称部が同じ材料層で構成され、前記材料層は、結晶構造が反転対称性を有さず、極性点群またはキラル点群に属する。
【発明の効果】
【0022】
本発明では、非線形な熱電効果によって温度揺らぎを電気エネルギーに変換して検出することが可能な非線形熱電効果測定装置、非線形熱電効果測定方法、非線形熱電効果測定プログラム、記録媒体、温度揺らぎ環境発電素子および温度揺らぎセンサーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】第1実施形態に係る非線形熱電効果測定装置100の構成を示すブロック図である。
【
図2】第1実施形態に係る非線形熱電効果測定方法の工程を示す工程図である。
【
図3】第1実施形態に係る非線形熱電効果測定装置100を用いた試料10の測定について説明する模式図であり、
図3(a)は試料10の一例を示し、
図3(b)は磁場Bと熱流j
Qと電場Eの関係を示す概念図である。
【
図4】第1実施形態に係る非線形熱電効果測定装置100に試料10をセットした状態を示す図面代用写真であり、
図4(a)(b)はヒーター30a,30bの両側にヒートシンクを接触させた例であり、
図4(c)(d)はヒーター30a,30bの一方にだけヒートシンクを接触させた例である。
【
図5】第1実施形態に係るロックイン検出部50による検出結果を示すグラフであり、
図5(a)は熱流の1次の結果を示し、
図5(b)は4ω測定の結果を示し、
図5(c)は熱流の2次の測定結果を示している。
【
図6】第1実施形態に係るヒーター30a,30bに流す交流電流の位相差Φを変化させて得られた圧信号V
2ωの分布を示すグラフである。
【
図7】様々な磁場Bにおける電圧信号V
2ωの分布を示すグラフである。
【
図8】温度揺らぎによって試料10に生じる自発的な発電について示す図であり、
図8(a)上段は真空度と温度揺らぎを示すグラフであり、
図8(a)下段は試料10に生じるdc電圧を示す模式図であり、
図8(b)は温度揺らぎによって試料10に生じたdc電圧のグラフである。
【
図9】
図8における温度揺らぎによるdc電圧のピーク振幅A
dcを示したグラフである。
【
図10】熱流の大きさと電圧信号V
2ωの分布の関係を示すグラフであり、
図10(a)はヒーター30a、30bに印加する様々な電流値による電圧信号V
2ωの分布を示し、
図10(b)は線形熱電信号強度と非線形熱電信号強度の関係を示している。
【
図11】様々な温度におけるロックイン検出部50での熱流の2次の測定結果を示すグラフである。
【
図12】第4実施形態に係る試料10であるTeの結晶構造を示す模式図である。
【
図13】第4実施形態に係る試料10の測定について説明する模式図である。
【
図14】線形及び非線形ゼーベック係数S
(1)、S
(2)の磁場依存性を示すグラフであり、
図14(a)は20Kでの1次項S
(1)を示し、
図14(b)は20Kでの2次項S
(2)を示し、
図14(c)は300Kでの1次項S
(1)を示し、
図14(d)は300Kでの2次項S
(2)を示している。
【
図15】線形及び非線形ゼーベック係数S
(1)、S
(2)の化学ポテンシャル依存性を示すグラフであり、
図15(a)は低温での1次項S
(1)を示し、
図15(b)は低温での2次項S
(2)を示し、
図15(c)は高温での1次項S
(1)を示し、
図15(d)は高温での2次項S
(2)を示している。
【
図16】線形及び非線形ゼーベック係数S
(1)、S
(2)の温度依存性を示すグラフであり、
図16(a)は低温範囲での1次項S
(1)を示し、
図16(b)は低温範囲での2次項S
(2)を示し、
図16(c)は高温範囲での1次項S
(1)を示し、
図16(d)は高温範囲での2次項S
(2)を示している。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(第1実施形態)
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付すものとし、適宜重複した説明は省略する。
図1は、本実施形態に係る非線形熱電効果測定装置100の構成を示すブロック図である。非線形熱電効果測定装置100は、各ハードウェアをコンピュータで制御することにより実現されている。コンピュータは、各種情報を所定の手順に従って処理する装置であり、中央演算処理装置(CPU:Central Processing Unit)とメモリ、外部記憶装置、各種インターフェースを備えている。また、コンピュータは各種インターフェースを用いて
図1に示した各ハードウェアと情報通信可能に接続されており、制御信号を送出して動作を制御するとともに、ハードウェアから各種情報を取得する。
【0025】
図1に示すように非線形熱電効果測定装置100は、試料10の非線形熱電効果を測定する装置であり、磁場印加部20と、温度勾配発生部30と、電位差測定部40と、ロックイン検出部50と、位相変化測定部60と、強度算出部70とを備えている。これらの各部は、コンピュータのメモリと外部記憶装置に記録されたプログラムに基づいて、CPUが情報処理を行い、非線形熱電効果測定方法の手順を実行することで実現される。また、
図1に示した各部で非線形熱電効果測定方法を実行するためのプログラムが記録媒体に記録されており、電気情報通信回線等を介して必要に応じて記録媒体からコンピュータのメモリと外部記憶装置に読み込まれるとしてもよい。
【0026】
試料10は、非線形熱電効果測定装置100で測定する対象である。試料10は、非線形な熱電効果を奏することが想定される材料で構成されていることが好ましい。試料10の構造は限定されないが、一例としては非線形熱電効果により温度揺らぎから電位差を生じる熱電変換部と、熱電変換部の空間対称性を破る空間非対称部とを備えた構造または材料が挙げられる。熱電変換部と空間非対称部は、異なる材料による接合構造として構成されていてもよく、同一の材料層で構成されているとしてもよい。
【0027】
磁場印加部20は、試料10に対して磁場を印加する部分である。磁場印加部20の構成は限定されず電磁石または永久磁石を用いることができるが、磁場の向きや強度を制御するためには電磁石を用いることが好ましい。ここでは磁場印加部20を用いた例を示しているが、磁場を印加することで非線形熱電効果の測定を容易にするために用いるものであり、磁場印加部20を省略する構成としてもよい。
【0028】
温度勾配発生部30は、試料10に温度勾配を生じさせる部分である。温度勾配発生部30の具体的な構成は限定されないが、
図1に示した例では試料10の表裏面にヒーター(加熱部)30a,30bを設けた例を示している。また、温度勾配発生部30はヒーター30a,30bに電流を供給するヒーター電源を備えている(図示省略)。温度勾配発生部30は、ヒーター電源からヒーター30a,30bに供給する電流を制御することで、試料10に加わる温度差を時間的に変化させ、試料10の両面間に温度勾配を生じさせる。後述するように、温度勾配発生部30から加熱部に印加される電流は、直流成分と交流成分が重畳されている。ここで、ヒーター30aは本発明における第1加熱部に相当し、ヒーター30bは本発明における第2加熱部に相当する。
【0029】
電位差測定部40は、試料10に生じた電位差を測定する部分である。電位差測定部40の構成は限定されないが、一例としては温度勾配方向と磁場の印加方向に直交した方向において、試料10の対向する側面に二つの電極を形成し、電極間の電位差を電圧計で測定する構成が挙げられる。
【0030】
ロックイン検出部50は、電位差測定部40で測定された電位差に関して、時間経過による変動から所定周波数成分をロックイン検出する部分である。ロックイン検出部50の具体的な構成は限定されず、従来公知のロックインアンプを用いることができる。
【0031】
位相変化測定部60は、ヒーター30a,30bに供給される電流の交流成分に位相差を設ける部分である。ヒーター30aとヒーター30bに加わる交流成分の位相差Φを変化させて、電位差測定部40で試料10に生じた電位差の所定周波数成分について測定することで、位相差Φにおける電位分布を得ることができる。
【0032】
強度算出部70は、位相変化測定部60が取得した所定周波数成分の分布に基づいて、非線形熱電強度βを算出する部分である。非線形熱電強度βの算出方法については詳細を後述する。
【0033】
図2は、本実施形態に係る非線形熱電効果測定方法の工程を示す工程図である。
図2に示すように、非線形熱電効果測定方法は、
図1に示した非線形熱電効果測定装置100に試料10をセットし、温度や真空度等の測定環境を適切にセットした状態からスタートする。
【0034】
ステップS1は磁場印加工程であり、磁場印加部20から試料10に磁場が印加される。ステップS2は温度勾配発生工程であり、温度勾配発生部30によって試料10に温度勾配を生じさせる。ステップS3は電位差測定工程であり、電位差測定部40を用いて試料10に生じた電位差を測定する。ステップS4はロックイン検出工程であり、ロックイン検出部50を用いて試料10に生じた電位差の所定周波数成分を検出する。ステップS5は位相変化測定工程であり、位相変化測定部60で温度勾配発生部30により試料10の表裏面に印加される熱勾配の位相を変化させて、電位差の所定周波数成分を測定する。ステップS6は強度算出工程であり、強度算出部70を用いて位相変化測定部60が取得した所定周波数成分の分布に基づいて、非線形熱電強度βを算出する。各工程の具体例については詳細を後述する。
【0035】
図3は、本実施形態に係る非線形熱電効果測定装置100を用いた試料10の測定について説明する模式図であり、
図3(a)は試料10の一例を示し、
図3(b)は磁場Bと熱流jQと電場Eの関係を示す概念図である。
図3に示した例では、試料10は基板11と、磁性絶縁層12と、超伝導材料層13の積層構造を有している。
【0036】
基板11は、一方の面上に磁性絶縁層12および超伝導材料層13が形成され、磁性絶縁層12および超伝導材料層13を保持する略板状の部材である。基板11の材料は限定されないが、磁性絶縁層12を形成できる材料が選択される。
図3では、基板11としてGd
3Ga
5O
12(GGG)を用いた例を示している。基板11の厚みとしては例えば500μmが挙げられる。
【0037】
磁性絶縁層12は、基板11上に形成されて上面に超伝導材料層13が形成された、電気的に絶縁性の磁性材料からなる層である。磁性絶縁層12の材料は限定されないが、基板11上に形成可能な材料が選択される。
図3では、磁性絶縁層12としてY
3Fe
5O
12(YIG)を用いた例を示している。GGGからなる基板11上には、従来公知の液相エピタキシャル成長法を用いてYIGからなる磁性絶縁層12を成長させることができる。磁性絶縁層12の厚みとしては例えば3μmが挙げられる。ここで磁性絶縁層12は、超伝導材料層13の一方の面側にのみ設けられており、超伝導材料層13から見て空間対称性を破る構造となるため、本願発明における空間非対称部に相当している。
【0038】
超伝導材料層13は、磁性絶縁層12の上面に形成された、超伝導材料からなる層である。超伝導材料層13の材料は限定されないが、磁性絶縁層12上に形成可能な材料が選択される。
図3では、超伝導材料層13として第2種超伝導体であるアモルファスMoGeを用いた例を示している。MoGeからなる超伝導材料層13は、磁性絶縁層12上に従来公知の高周波スパッタリング法を用いて形成することができる。超伝導材料層13の厚みとしては、例えば150nmが挙げられる。また、MoGeの高周波スパッタリング法の条件としては、例えば基板11を水冷却しながら、Ar圧が2.8×10
-1Pa、成長レートが5nm/min、基板11の回転数が3000rpm等が挙げられる。ここで超伝導材料層13は、温度勾配と磁場に垂直な方向に熱電効果による電位差が生じる層であるため、本願発明における熱電変換部に相当している。
【0039】
基板11上に液相エピタキシャル法で磁性絶縁層12を成長させ、磁性絶縁層12上に高周波スパッタリング法を用いて超伝導材料層13を形成した後に、例えば6mm×3mmの素子サイズにダイシングすることで、
図3に示した試料10が得られる。後述するように、磁性絶縁層12と超伝導材料層13の接合構造は、非線形な熱電効果により電位差が生じる。したがって、
図3に示した試料10は、非線形熱電効果を奏する熱電変換部と、熱電変換部の空間対称性を破る空間非対称部とを備え、熱電変換部と空間非対称部が異なる材料で構成され、熱電変換部と空間非対称部の接合構造を有しており、本願発明における非線形熱電効果素子に相当している。
【0040】
また、超伝導材料層13の表面にはヒーター30aおよび電極31aが設けられ、基板11の裏面にはヒーター30bおよび電極31bが設けられている。ヒーター30a、30bは、例えば薄膜抵抗等で構成されており、電流が供給されることでジュール熱が発生する。ヒーター30a、30bは、それぞれ超伝導材料層13および基板11に接触して設けられており、試料10の表面側と裏面側に熱を供給して表裏面間に温度勾配を生じさせる。電極31a,31bは、それぞれヒーター30a,30bの両側に設けられた金属材料からなる部分である。
【0041】
電極31a,31bにはそれぞれ温度勾配発生部30のヒーター電源が接続されて、ヒーター30a,30bに電流が供給される。また、超伝導材料層13の対向する側面にも電極が形成されており(図示省略)、電位差測定部40が接続されている。ここで、ヒーター30a,30bおよび電極31a,31bは、試料10の表裏面に一体に形成されているとしてもよく、試料10とは別体で構成されて試料10を挟持するとしてもよい。
【0042】
図3に示したように、試料10の基板11が延在する面をxy面とし、基板11と磁性絶縁層12と超伝導材料層13の積層方向をz軸方向とする。磁場印加部20により磁場Bを印加する方向がy軸方向であり、温度勾配発生部30により温度勾配が生じる方向がz軸方向である。
図3(b)に示したように、超伝導材料層13には磁場Bによって量子化された磁束(渦糸:vortex)がy軸方向に生じる。このとき、温度勾配による熱流j
Qで熱電効果により電場Eがx軸方向に生じる。ここでx軸方向、y軸方向、z軸方向は、それぞれ本発明における第1方向、第2方向、第3方向に相当している。超伝導材料層13において非線形な熱伝導効果が生じている場合には、
図3(b)に示したように、熱流j
Qの向きがz軸の正方向であるか負方向であるかに関わらず、電場Eの向きは同じとなる。
【0043】
図4は、本実施形態に係る非線形熱電効果測定装置100に試料10をセットした状態を示す図面代用写真であり、
図4(a)(b)はヒーター30a,30bの両側にヒートシンクを接触させた例であり、
図4(c)(d)はヒーター30a,30bの一方にだけヒートシンクを接触させた例である。本実施形態の非線形熱電効果測定装置100は、試料10の超伝導材料層13が超伝導状態における熱電効果を測定するため、
図4(a)(b)または
図4(c)(d)に示したサンプルホルダーを真空容器内に収容して、極低温環境下において超伝導マグネットを用いて磁場を変化させながら測定を行う。
【0044】
次に、熱電効果の線形(1次)と非線形(2次)について説明する。従来から知られている線形の熱電効果では、熱流によって生じる電場Eは熱電係数Sと温度勾配∇T(∝熱流JQ)を用いてE=S∇Tと表される。この関係は、温度勾配∇T(∝熱流JQ)の方向を反転させると電場Eの符号が反転し、E(+∇T)=-E(-∇T)の関係を満たす。したがって、従来の線形の熱電変換においては、マクロスケールで定常的な温度勾配∇Tが存在する環境下でしか熱発電ができない。
【0045】
それに対して2次の熱電効果では、空間対称性が破れた条件下において非線形な<E>=<S(∇T)2>≠0の関係と、非相反な|E(+∇T)|≠|E(-∇T)|の関係が成り立つ。これにより、マクロスケールでの定常的な温度勾配∇Tが存在しない環境下においても、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱発電が可能になると考えられる。本発明者らは、非線形熱電効果測定装置100を用いて2次の熱電効果を測定することに世界で初めて成功した。
【0046】
熱電効果によって生じる熱電信号Vを熱流J
Qを用いると[数1]のように表される。ここでa
(1)は線形(1次)項であり、a
(2)は非線形(2次)項である。
【数1】
【0047】
ヒーター30a,30bに角周波数ωの交流電流j
c∝sin(ωt)を流した際に発生するジュール熱j
Qは、電流の2乗に比例するため、j
Qは[数2]のように表される。また、[数2]を[数1]に代入すると[数3]が得られる。
【数2】
【数3】
【0048】
したがって、電位差測定部40で測定した電位差Vに関して、ロックイン検出部50で角周波数2ωのロックイン検出を行うことで、熱流の1次項(線形)a(1)によって生じた電圧信号V2ωを測定することができる。しかし、角周波数4ωでロックイン検出を行っても、[数3]におけるcos(4ωt)の係数には2次項a(2)と3次項a(3)が含まれているため、2次項以外の項が含まれてしまい非線形熱電効果を測定することができない。
【0049】
そこで、温度勾配発生部30からヒーター30a,30bに供給する交流電流に直流のバイアス電流I
dcを加えてjc∝I
dc+I
0sin(ωt)とする。この場合には、発生するジュール熱j
Qは[数4]のように表される。
【数4】
ここで、sin
2(ωt)の項は[数2]と同様にcos(2ωt)に変換できるため、熱流の1次項については2ωのロックイン検出で測定可能である。また、[数3]における2次項a
(2)については、[数5]で表され、sin(ωt)の項が存在するため、角周波数2ωの倍波ロックイン検出を用いれば測定可能である。
【数5】
【0050】
ただし、[数3]ではa
(1)のsinの2乗項も含まれており、角周波数2ωでのロックイン検出では1次項(線形)a
(1)と2次項(非線形)a
(2)とが含まれることとなり、1次項が大きいため2次項のみを抽出することができない。そこで、ヒーター30a,30bに供給される交流成分において、位相差Φを設ける。具体的には、ヒーター30a,30bに供給する電流j
c1、j
c2をそれぞれj
c1∝I
dc1+I
1sin(ωt+Φ)、j
c2∝I
dc2+I
2sin(ωt)とする。この場合、熱流jQは[数6]で表される。
【数6】
【0051】
したがって、[数6]においてsinの1乗項のみが残るようにIdc1、Idc2、I1,I2を設定することで、角周波数2ωでのロックイン検出によって熱流の2次項(非線形)a(2)によって生じた電圧V2ω
diffを測定することができる。手順の一例としては、Idc1=Idc2、I1=I2、Φ=0を初期状態として、温度勾配発生部30でI1を変化させて2ωロックイン電圧を消去する手順と、I2を変化させて1ωロックイン電圧を消去する手順を繰り返して[数6]におけるsin(ωt+Φ)とsin(ωt)の項のみを残す。その後に、位相変化測定部60でΦを変化させて、電圧信号V2ωの分布を取得する。
【0052】
図5は、本実施形態に係るロックイン検出部50による検出結果を示すグラフであり、
図5(a)は熱流の1次の結果を示し、
図5(b)は4ω測定の結果を示し、
図5(c)は熱流の2次の測定結果を示している。図中横軸は磁場印加部20により印加された磁場Bを示し、左縦軸は電位差測定部40での測定電圧を示し、右縦軸は電気抵抗値を示している。また、グラフ中の実線はロックイン検出部50での熱電信号を示し、破線は超伝導材料層13の電気抵抗値を示している。また、グラフ中に示したTは、測定温度を示している。
【0053】
図5(a)~
図5(c)の各グラフ中において、磁場Bの絶対値が大きい横軸の両側領域では臨界磁場より磁場Bが大きく、超伝導材料層13に抵抗値が存在して常伝導状態であることがわかる。また、磁場Bの絶対値が小さい横軸の中央領域では臨界磁場より磁場Bが小さく、超伝導材料層13の抵抗値がゼロであり、超伝導状態であることがわかる。
図5(a)~
図5(c)中に斜線を施した領域は、超伝導状態と常伝導状態の中間であり、超伝導材料層13の抵抗値が急速に変化する相転移磁場近傍である。超伝導状態において超伝導材料層13では量子化された磁束(渦糸:vortex)がピニングされているが、相転移温度近傍では量子化された磁束のピン止めが外れて渦糸液体相(vortex liquid)となって、超伝導材料層13内を渦糸が自由に運動している。
【0054】
本実施形態では、
図5(a)に示したように、ロックイン検出部50で角周波数2ωのロックイン検出を行い、上述した熱流の1次項a
(1)によって生じた電圧V
2ωを測定した。超伝導状態の磁場領域においては、電圧信号V
2ωはゼロであり熱流の1次項a
(1)での熱電効果は生じていない。これは、超伝導状態においては超伝導材料層13内に渦糸がピニングされており、熱流によって渦糸の運動が生じないためであると考えられる。それに対して、超伝導の相転移磁場近傍においては、電圧信号V
2ωが急激に変化している。この磁場領域では、渦糸のピン止めが外れて渦糸液体相となっており、熱流によって渦糸の運動が生じネルンスト効果でx軸方向に電位差が生じたためだと考えられる。
【0055】
また、
図5(b)に示したように、ロックイン検出部50で角周波数2ωのロックイン検出を行った場合には、電圧信号V
4ωは渦糸液体相において正負に急激な変化が生じている。これは、上述したように熱流の2次項a
(2)と3次項a
(3)が含まれているためであり、非線形な2次項a
(2)のみを抽出できていない。
【0056】
図5(c)に示したように、ヒーター30a,30bにバイアス電流と交流電流を印加し、交流電流に位相差Φ(
図5(c)に示した例ではΦ=π)を設けた場合には、相転移磁場近傍において電圧信号V
2ω
diffの明確なピーク信号が現れる。これは、[数6]においてsin(ωt+Φ)とsin(ωt)の項のみを残すようにI
dc1、I
dc2、I
1,I
2を設定したことで、熱流の2次項a
(2)のみを抽出しているためと考えられる。また、[数6]においてsin(ωt+Φ)とsin(ωt)の項のみを残すようにI
dc1、I
dc2、I
1,I
2を設定しているため電圧信号V
(2)
2ωの分布は[数7]の関係となっているはずである。
【数7】
【0057】
図6は、本実施形態に係るヒーター30a,30bに流す交流電流の位相差Φを変化させて得られた電圧信号V
2ωの分布を示すグラフである。図中の横軸は位相差Φを示し、縦軸は得られた電圧信号V
2ωの値を示している。グラフ中の黒点は測定データをプロットしたものであり、実線は[数7]でのフィッティングカーブを示している。
図6中に示したように、上記[数7]の関数によるフィッティングカーブは、測定データの分布と重なっている。したがって、
図5(c)で検出された電圧信号V
2ω
diffの明確なピーク信号は、熱流の2次項a
(2)による非線形熱電変換によるものであると確認できる。
【0058】
図7は、様々な磁場Bにおける電圧信号V
2ωの分布を示すグラフである。各グラフの横軸は位相差Φを示し、縦軸は電圧信号V
2ωを示している。グラフ中の黒点は測定データをプロットしたものであり、実線はフィッティングカーブを示している。
図7左側列に示したように、臨界磁場以下のB=1T,1.5T,2T,2.5Tでは、渦糸がピニングされたvortex solid相であり、フィッティングカーブは[数7]に示したものとはなっていない。
図7中央列に示したように、臨界磁場近傍のB=4.4T,4.45T,4.5T,4.55Tでは、渦糸が運動できるvortex liquid相であり、フィッティングカーブは[数7]に示したものとなっている。
図7右側列に示したように、臨界磁場以上のB=6T,7T,8T,9Tでは、常伝導相でありフィッティングカーブは[数7]に示したものとはなっていない。よって、
図5(c)で検出された電圧信号V
2ω
diffの明確なピーク信号は、熱流の2次項によって渦糸に生じた非線形なvortex Nernst効果であることが確認できる。
【0059】
図8は、温度揺らぎによって試料10に生じる自発的な発電について示す図であり、
図8(a)上段は真空度と温度揺らぎを示すグラフであり、
図8(a)下段は試料10に生じるdc電圧を示す模式図であり、
図8(b)は温度揺らぎによって試料10に生じたdc電圧のグラフである。
図8(a)上段に示したグラフの横軸は時間経過を示し、縦軸は温度の揺らぎΔTを示している。
図8(a)上段中の実線は真空度が10
2Pa程度の低真空の場合を示し、破線は真空度が10
-5Pa程度の高真空の場合を示している。高真空のほうが低真空よりも真空容器中に保持された試料10に生じている温度揺らぎが小さいことがわかる。
【0060】
図8(b)のグラフは、温度勾配発生部30からヒーター30a、30bへの電流供給をゼロとして、電位差測定部40で測定した電圧のみをプロットしたものである。グラフ中の横軸は磁場Bを示し、縦軸は電位差測定部40での測定結果V
dcを示している。グラフ中の破線は低真空で温度揺らぎが大きい場合を示し、実線は高真空で温度揺らぎが小さい場合を示している。温度揺らぎの変化に伴って電圧V
dcが変化しており、非線形熱電効果による発電であることが示唆されている。
【0061】
図9は、
図8における温度揺らぎによるdc電圧のピーク振幅A
dcを示したグラフである。
図9の縦軸は、電圧V
dcの変化量が最大の値であるピーク振幅A
dcを示している。
図8、
図9に示した例では、高真空で温度揺らぎが小さい場合にピーク振幅A
dcが小さく、低真空で温度揺らぎが大きい場合にピーク振幅A
dcが大きくなっている。したがって、ピーク振幅A
dcの変化を検出することで、試料10における温度揺らぎの変化を検出することができる。
【0062】
図8、
図9では、温度揺らぎが小さい場合にピーク振幅A
dcが小さく、温度揺らぎが大きい場合にピーク振幅A
dcが大きい例を示した。しかし、温度揺らぎが小さい場合にピーク振幅A
dcが大きく、温度揺らぎが大きい場合にピーク振幅A
dcが小さい試料10を用いるとしてもよい。この場合にも同様に温度揺らぎセンサーは、ピーク振幅A
dcの変化を検出することで、試料10における温度揺らぎの変化を検出することができる。
【0063】
図10は、熱流の大きさと電圧信号V2ωの分布の関係を示すグラフであり、
図10(a)はヒーター30a、30bに印加する様々な電流値による電圧信号V
2ωの分布を示し、
図10(b)は線形熱電信号強度と非線形熱電信号強度の関係を示している。
図10(a)の横軸は位相差Φを示し、縦軸は電圧信号V
2ωを示している。磁場Bは-3.7Tから-3.825Tの範囲で測定し、ヒーター30a、30bに流れる実行電流値I
Hを0.35mAから3.25mAまで変化させて測定した。ヒーター30a、30bに流れる実行電流値I
Hが大きくなると、試料10に加わる温度勾配と熱流強度が大きくなり、[数7]に示した曲線の振幅も大きくなっている。
【0064】
図10(a)に示したグラフにおける電圧信号V
2ωの最大値と最小値の差を非線形熱電信号強度A
2ωとする。また、[数3]の1次項a
(1)に相当する
図5(a)の振幅を線形熱電信号強度A
1ωとする。
図10(b)の横軸は線形熱電信号強度A
1ωを示し、縦軸は非線形熱電信号強度A
2ωを示している。
図10(b)に示したグラフは、各実行電流値I
H毎にA
1ωとA
2ωを算出してプロットした結果である。グラフ中の実線は最小二乗法を用いてフィッティングした二次関数を示している。このとき、二次関数の係数βを非線形熱電係数とすると、A
1ωとA
2ωの関係は[数8]で表される。この非線形熱電係数βの算出は、強度算出部70で実行される。
【数8】
【0065】
図10(b)に示した例では、強度算出部70によって算出された非線形熱電係数β=4.5×10
5m
-2kg
-1s
3Aであった。したがって、熱電変換部であるMoGeからなる超伝導材料層13と、空間非対称部である磁性絶縁層12の接合構造を有する試料10は、非線形熱電係数β=4.5×10
5m
-2kg
-1s
3Aを有する温度揺らぎ環境発電素子であると言える。
【0066】
図11は、様々な温度におけるロックイン検出部50での熱流の2次の測定結果を示すグラフである。図中横軸は磁場印加部20により印加された磁場Bを示し、左縦軸は電位差測定部40での測定電圧を示し、右縦軸は電気抵抗値を示している。低温では臨界磁場が大きくなるため、電圧信号V
2ωのピーク信号が現れる磁場も大きくなっている。
図11に示したように、本実施形態の非線形熱電効果測定装置100では、温度によらず試料10での非線形熱電効果が検出可能である。
【0067】
上述したように、本実施形態の非線形熱電効果測定装置100、非線形熱電効果測定方法、非線形熱電効果測定プログラム、記録媒体、温度揺らぎ環境発電素子および温度揺らぎセンサーでは、試料10のy軸方向に磁場を印加する磁場印加部20と、z軸方向に温度勾配を生じさせる温度勾配発生部30と、試料10のx軸方向に生じた電位差Vを測定する電位差測定部40とを備え、温度勾配発生部30は、試料10の一方の面に設けられたヒーター30aと他方の面に設けられたヒーター30bを備え、第1電流jc1=Idc1+I1sin(ωt+Φ)と第2電流jc2=Idc2+I2sin(ωt)を印加することで、非線形な熱電効果によって温度揺らぎを電気エネルギーに変換して検出することが可能となる。また、試料10に生じる電圧Vdcを測定し、ピーク振幅Adcの変化を検出することで、温度揺らぎを検出する温度揺らぎセンサーを構成することが可能となる。
【0068】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態について説明する。第1実施形態と重複する内容は説明を省略する。第1実施形態では、温度揺らぎ環境発電素子として、熱電変換部である超伝導材料層13と、空間非対称部である磁性絶縁層12の接合構造を示したが、熱電変換部と空間非対称部は超伝導材料層13と磁性絶縁層12の組み合わせに限定されない。熱電変換部の候補材料としては、電気伝導度の非線形性が大きな物質、例えばTe、MoS2、強磁性体金属/常磁性体金属二重膜等が挙げられ、その他に、時間・空間反転対称性を破る極性点群に属する強磁性伝導体が挙げられる。
【0069】
熱電変換部と空間非対称部の組み合わせは、「空間対称性の破れ」を必須として、「時間反転対称性の破れ」「ベリー位相双極子機構」「不純物等による非対称な散乱機構」の何れかを有することが好ましい。ここで、空間対称性を破るとは、熱電変換部における原子配置について空間を反転させた場合に非対称となることをいう。また、温度揺らぎとは、熱電変換部における空間的または時間的な温度の不均一性をいう。また、熱電変換部は電気伝導性を有していることが好ましい。また、時間反転対称性の破れをもつ物質としては、磁性体と8重極秩序(オクタポール)を有する物質が挙げられる。
【0070】
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態について説明する。第1実施形態と重複する内容は説明を省略する。第1実施形態では、温度揺らぎ環境発電素子として、熱電変換部である超伝導材料層13と、空間非対称部である磁性絶縁層12の接合構造を示したが、熱電変換部と空間非対称部が同じ材料層で構成されるとしてもよい。
【0071】
熱電変換部と空間非対称部が構成される材料層とは、非線形熱電効果を奏するとともに、空間対称性も破る分子構造を有する物質である。このような材料層としては、結晶構造が反転対称性を有さず、極性点群またはキラル点群に属するものが挙げられる。より詳細には、32個の点群の内、結晶構造自体が反転対称性をもたない21点群に属しており、且つ21点群の中で極性点群(1,2,m,mm2,3,3m,4,4mm,6,6mm)あるいはキラル点群(1,2,222,4,422,3,32,6,622,23,432)に属する物質が挙げられる。また材料層は、上記結晶構造を有していることに加えて、「時間反転対称性の破れ」「ベリー位相双極子機構」「不純物等による非対称な散乱機構」の少なくとも一つの要請を更に満たす必要がある。
【0072】
温度揺らぎ環境発電素子の熱電変換部と空間非対称部を同じ材料層で構成した場合には、材料層の結晶構造において反転対称性を有さない方向に対して、温度勾配発生部30で温度勾配を生じさせる。より具体的には、材料層の結晶構造において反転対称性を有さない方向の表裏面にヒーター30a,30bを設けて、第1実施形態と同様の電流をヒーター30a,30bに供給する。また、温度勾配方向と垂直な方向に磁場印加部20で磁場を印加し、温度勾配方向と磁場方向に垂直な方向に生じた電位差を電位差測定部40で測定する。
【0073】
(第4実施形態)
次に、本発明の第4実施形態について
図12から
図16を用いて説明する。第1実施形態と重複する内容は説明を省略する。本実施形態では、試料10として結晶構造がキラル点群に属するTeを用い、理論計算によりゼーベック係数の一次項と二次項について確認している点が第1実施形態とは異なっている。
【0074】
図12は、本実施形態に係る試料10であるTeの結晶構造を示す模式図である。
図12中に示した球はTe原子を示し、Te原子間を結ぶ線は結合手を示している。
図12(a)において、図中上下方向は結晶構造のc軸方向を示し、図中左右方向は結晶構造のa軸方向を示している。
図12(b)において、紙面に垂直な方向は結晶構造のc軸方向を示し、図中左右方向は結晶構造のa軸方向を示し、図中左斜め上方向は結晶構造のb軸方向を示している。
図12(a)(b)に示したように、Te単結晶はc軸を螺旋軸として3つのTe原子が三角の螺旋状に並んだキラル構造を有している。したがって、Te単結晶からなる試料10は、c軸方向で空間対称性を破る構造となるため、本願発明における空間非対称部に相当している。
【0075】
図13は、本実施形態に係る試料10の測定について説明する模式図である。
図13に示した例では、絶縁層80aと導電層80bからなる基板上に、試料10であるTe単結晶を配置している。
図13中に座標系を矢印で示したように、基板の長手方向をz軸方向とし、幅方向をx軸方向としている。また、絶縁層80aの表面にはヒーター30aおよびヒーター30bがx軸方向に延在して設けられている。ヒーター30a,30bのx軸方向の両端にはそれぞれ電極が設けられている(図示省略)。
【0076】
ヒーター30a,30bの両端に設けられた電極には、それぞれ温度勾配発生部30のヒーター電源が接続されて、ヒーター30a,30bに電流が供給される。また、試料10のz軸方向における両端にも電極が形成されており(図示省略)、電位差測定部40が接続されている。試料10は、結晶構造のc軸がz軸方向となるように基板上に搭載されており、磁場もz軸方向に印加される。
【0077】
第1実施形態と同様に、試料10にはz軸方向に外部磁場Bが印加され、温度勾配-∇Tによる熱電効果により電場Eがz軸方向に生じる。ここでz軸方向は、本発明における第1方向に相当している。試料10において非線形な熱電効果が生じている場合には、温度勾配の向きがz軸の正方向であるか負方向であるかによって電場Eの大きさが異なる。ここで、温度勾配-∇Tは熱流jQと比例関係にあるため、第1実施形態で説明した熱流jQについての議論は、温度勾配-∇Tと同義に扱うことができる。したがって、第1実施形態における熱流の1次項a(1)と2次項a(2)を求めることは、線形及び非線形ゼーベック係数S(1)、S(2)を求めることと同義である。
【0078】
本実施形態におけるTe単結晶からなる試料10は、温度勾配方向と磁場印加方向に熱電効果による電位差が生じる層であるため、本願発明における熱電変換部に相当している。したがって、本実施形態における試料10は、非線形熱電効果を奏する熱電変換部と、熱電変換部の空間対称性を破る空間非対称部とを備え、本願発明における温度揺らぎ環境発電素子および温度揺らぎセンサーとして用いることができる。
【0079】
次に、試料10のTe単結晶について温度勾配の一次項と二次項について検討する。まず、試料10であるTe単結晶におけるハミルトニアンを[数9]で定義する。ここで、gはg因子であり、μ
Bはボーア磁子である。
【数9】
【0080】
試料10のc軸に平行に電場Eが生じている場合のボルツマン方程式は以下の[数10]になる。eは電気素量であり、τは電気素量や物質に依存した値をもつ緩和時間である。
【数10】
ここで、分布関数f=f
0+f
1+f
2+・・・,、f
n∝E
n、f
0:=1/(1+exp(-β(E-μ)))、β=1/k
BT、k
Bはボルツマン定数、Tは温度、μは化学ポテンシャルとすると、一次項f
1と二次項f
2は[数11]となる。
【数11】
したがって、電場によって生じる電流j
eの一次項j
e
(1)と二次項j
e
(2)は[数12]で表される。
【数12】
ここで、係数を除いたσ
(1)とσ
(2)を[数13]で定義する。
【数13】
【0081】
試料10のc軸に平行に温度勾配-∇Tが生じている場合のボルツマン方程式は以下の[数14]になる。
【数14】
ここで、f
n∝(-∇T)
nとすると、f=f
0+f
1+f
2+・・・の一次項f
1と二次項f
2は[数15]となる。
【数15】
温度勾配が一定の場合には、∂
z
2T=0となるので最後の項を削除して、温度勾配によって生じる電流j
eの一次項j
e
(1)と二次項j
e
(2)は[数16]で表される。
【数16】
ここで、係数を除いたα
(1)とα
(2)を[数17]で定義する。
【数17】
【0082】
試料10のc軸方向に生じる電流j
zは、c軸方向に平行に電場E
zによる電流j
eと温度勾配-∇Tによる電流j
eの和であり、[数12][数13]から[数16][数17]で定義したσ
(1)、σ
(2)、α
(1)、α
(2)を用いて[数18]で表される。
【数18】
ここで、電流j
z=0としてE
zに関する二次方程式を解くと[数19]が得られる。
【数19】
したがって、ゼーベック係数の線形な一次項S
(1)と非線形な二次項S
(2)は[数20]で表される。
【数20】
【0083】
上述した[数20]について数値計算を行った結果を
図14から
図16に示す。
図14は、線形及び非線形ゼーベック係数S
(1)、S
(2)の磁場依存性を示すグラフであり、
図14(a)は20Kでの1次項S
(1)を示し、
図14(b)は20Kでの2次項S
(2)を示し、
図14(c)は300Kでの1次項S
(1)を示し、
図14(d)は300Kでの2次項S
(2)を示している。図中の横軸は磁場Bを示し、縦軸はS
(1)またはS
(2)の値(任意単位)を示している。図中における各線は、化学ポテンシャルμを-15meVから-5meVまで変化させた際の計算結果を示している。
【0084】
図14(a)および
図14(c)に示されたように、一次項S
(1)は低温および高温において磁場Bに依存せず定数となる。また、
図14(b)および
図14(d)に示されたように、二次項S
(2)は低温および高温において磁場Bの奇関数となる。
【0085】
図15は、線形及び非線形ゼーベック係数S
(1)、S
(2)の化学ポテンシャル依存性を示すグラフであり、
図15(a)は低温での1次項S
(1)を示し、
図15(b)は低温での2次項S
(2)を示し、
図15(c)は高温での1次項S
(1)を示し、
図15(d)は高温での2次項S
(2)を示している。ここで、磁場B=2Tとしている。また、図中の横軸は化学ポテンシャルμを示し、縦軸はS
(1)またはS
(2)の値(任意単位)を示している。
図13に示した測定装置において、導電層80bと試料10の間に印加されるゲート電圧を変化させることで、化学ポテンシャルμを変更することができる。
図15(a)(b)中における各線は、温度Tを4Kから20Kまで変化させた際の計算結果を示している。
図15(c)(d)中における各線は、温度Tを100Kから300Kまで変化させた際の計算結果を示している。
【0086】
図15(a)から
図15(d)に示されたように、一次項S
(1)および二次項S
(2)は低温および高温において化学ポテンシャルμによって変化する。また、低温であるほうが、化学ポテンシャルμの変化量に対する一次項S
(1)または二次項S
(2)の変化量が大きくなる。
【0087】
図16は、線形及び非線形ゼーベック係数S
(1)、S
(2)の温度依存性を示すグラフであり、
図16(a)は低温範囲での1次項S
(1)を示し、
図16(b)は低温範囲での2次項S
(2)を示し、
図16(c)は高温範囲での1次項S
(1)を示し、
図16(d)は高温範囲での2次項S
(2)を示している。ここで、化学ポテンシャルμ=4meVとし、磁場B=2Tとしている。また、図中の横軸は温度Tを示し、縦軸はS
(1)またはS
(2)の値(任意単位)を示している。
【0088】
図16(a)から
図16(d)に示されたように、一次項S
(1)および二次項S
(2)の強度は低温領域および高温領域において、いずれも温度Tを下げることで単調に増加する。
【0089】
図14から
図15に示したように、非線形ゼーベック係数の二次項S
(2)がゼロではない有限の値を取る領域では、第1実施形態で示した非線形熱電効果測定装置および非線形熱電効果測定方法を用いて、非線形ゼーベック係数の二次項S
(2)を測定できる。また、非線形ゼーベック係数の二次項S
(2)がゼロではない有限の値を取る領域では、試料10を非線形な熱電効果による温度揺らぎ環境発電素子として用いることができる。また、試料10に生じる電圧V
dcを測定し、ピーク振幅A
dcの変化を検出することで、温度揺らぎを検出する温度揺らぎセンサーを構成することが可能となる。
【0090】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0091】
100…非線形熱電効果測定装置
10…試料
20…磁場印加部
30…温度勾配発生部
40…電位差測定部
50…ロックイン検出部
60…位相変化測定部
70…強度算出部
11…基板
12…磁性絶縁層
13…超伝導材料層
30a,30b…ヒーター
31a,31b…電極
80a…絶縁層
80b…導電層