(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024089816
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】クロマトグラムのデータ処理方法、データ処理装置、クロマトグラフ装置、データ処理プログラム及び記録媒体
(51)【国際特許分類】
G01N 30/86 20060101AFI20240627BHJP
【FI】
G01N30/86 M
G01N30/86 L
G01N30/86 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022205264
(22)【出願日】2022-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】503460323
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 真人
(72)【発明者】
【氏名】裴 敏伶
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 正人
(57)【要約】
【課題】標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に応じて、過不足のないピーク本数でピーク同定を行う技術を提供する
【解決手段】クロマトグラムのデータ処理方法は、複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理方法であって、前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を備える。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を備える、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記ピーク抽出工程は、前記ピーク群のうち、信号強度の極大値が閾値を超えるピークを、前記対象ピークとして抽出する工程であり、
前記閾値は、ユーザにより設定可能な可変値、又は、前記対象ピークの抽出が可能な値に自動で設定可能な可変値である、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項3】
請求項1に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記ピーク抽出工程は、
前記クロマトグラムのデータ列における信号強度の最大値を抽出する最大値抽出工程と、
前記最大値を与えるピークを前記対象ピークの1つと認定する認定工程と、
前記最大値を与える時刻を含む所定の時間幅の不感時間帯を設定する不感時間帯設定工程と、を備えており、
前記不感時間帯のデータ列を除外した前記クロマトグラムのデータ列について、前記最大値抽出工程、前記認定工程及び前記不感時間帯設定工程を繰り返して、残りの前記対象ピークを抽出する、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項4】
請求項1に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記ピーク抽出工程は、前記ピーク群を検知するピーク検知工程を含み、
前記ピーク抽出工程は、前記ピーク検知工程によって検知されたピーク群から、ピークサイズの大きい順に前記対象成分の数に相当する本数まで前記対象ピークを抽出する、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
更新された前記標準試料タイムテーブルを補正する標準試料タイムテーブル補正工程をさらに備え、
前記標準試料タイムテーブル補正工程は、
前記標準試料タイムテーブルにおける所定の成分と、前記ピーク群における所定のピークとの組を指定する組指定工程と、
前記所定の成分の前記第2の保持時間を、前記所定のピークの実測保持時間により補正する第1補正工程と、
前記所定の成分よりも前及び後の少なくとも一方に溶出する成分の前記第2の保持時間を、前記所定の成分の前記第1補正工程前の前記第2の保持時間と前記第1補正工程後の前記第2の保持時間との差分に基づいて補正する第2補正工程と、を備える、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項6】
請求項3又は請求項4に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
更新された前記標準試料タイムテーブルを補正する標準試料タイムテーブル補正工程をさらに備え、
前記標準試料タイムテーブル補正工程は、
前記標準試料タイムテーブルにおける所定の成分と、前記ピーク群における所定のピークとの組を指定する組指定工程と、
前記所定の成分の前記第2の保持時間を、前記所定のピークの実測保持時間により補正する第1補正工程と、
前記所定の成分よりも前及び後の少なくとも一方に溶出する成分の前記第2の保持時間を、前記所定の成分の前記第1補正工程前の前記第2の保持時間と前記第1補正工程後の前記第2の保持時間との差分に基づいて補正する第2補正工程と、を備える、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項7】
請求項1又は請求項2に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記標準試料タイムテーブルには、前記対象成分のうちの1つの成分のピークの面積を基準とした前記対象ピークの面積比の情報が予め格納されており、
前記ピーク同定工程後であり且つ前記標準試料タイムテーブル更新工程前に、前記ピーク同定工程にて同定された前記対象ピーク毎の前記1つの成分のピークの面積を基準とした面積比を実面積比として算出し、該実面積比が予め格納された前記面積比の情報と所定の面積比許容幅以上に異なるピークが存在する場合に、当該ピークを夾雑ピークと判定する夾雑ピーク判定工程をさらに備える、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項8】
請求項3又は請求項4に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記標準試料タイムテーブルには、前記対象成分のうちの1つの成分のピークの面積を基準とした前記対象ピークの面積比の情報が予め格納されており、
前記ピーク同定工程後であり且つ前記標準試料タイムテーブル更新工程前に、前記ピーク同定工程にて同定された前記対象ピーク毎の前記1つの成分のピークの面積を基準とした面積比を実面積比として算出し、該実面積比が予め格納された前記面積比の情報と所定の面積比許容幅以上に異なるピークが存在する場合に、当該ピークを夾雑ピークと判定する夾雑ピーク判定工程をさらに備える、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項9】
請求項1又は請求項2に記載のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記クロマトグラムは、第1チャンネルで測定された第1クロマトグラムと、第2チャンネルで測定された第2クロマトグラムと、を含み、
前記複数の成分は、前記第1クロマトグラムで同定目標の第1対象成分と、前記第2クロマトグラムで同定目標の第2対象成分と、を含み、
前記標準試料タイムテーブルは、前記第1チャンネルに対応する第1チャンネル用標準試料タイムテーブルと、前記第2チャンネルに対応する第2チャンネル用標準試料タイムテーブルと、を含み、
前記第1クロマトグラムについて前記第1チャンネル用標準試料タイムテーブルを用いて前記第1対象成分の対象ピークの同定を行った後に、前記第2クロマトグラムのピーク群から前記第1対象成分に該当するピークを除いて、前記第2チャンネル用標準試料タイムテーブルを用いて前記第2対象成分の対象ピークの同定を行う、クロマトグラムのデータ処理方法。
【請求項10】
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理装置であって、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出部と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルと、
前記標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定部と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新部と、を備える、クロマトグラムのデータ処理装置。
【請求項11】
請求項10に記載のクロマトグラムのデータ処理装置を備えるクロマトグラフ装置。
【請求項12】
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理プログラムであって、
コンピュータに、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を実行させる、クロマトグラムのデータ処理プログラム。
【請求項13】
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理用のコンピュータプログラムが記憶されたコンピュータ読み取り可能な記録媒体であって、
前記コンピュータプログラムは、コンピュータに、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を実行させる、記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、クロマトグラフィ分析により得られたクロマトグラムのデータ処理方法、クロマトグラムのデータ処理装置、該データ処理装置を備えるクロマトグラフ装置、クロマトグラムのデータ処理プログラム及び記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフやガスクロマトグラフなどのクロマトグラフ装置を用いたクロマトグラフィ分析は、一般的に以下の手順により行われる。すなわち、まず、特定成分を含む既知の標準試料のクロマトグラムを予め測定して特定成分のピークの保持時間と許容幅をテーブルに記録する。そして、未知の測定試料のクロマトグラムを測定し、前記テーブルの保持時間と許容幅の範囲内で同一の保持時間を有する測定ピークがあれば、この特定成分を含むピークとして同定する。
【0003】
このようなクロマトグラフィ分析の処理を自動化し、標準試料の各成分ピークのタイムウインドウを生成するデータ処理装置として、特許文献1に記載のものがある。特許文献1には、「測定条件の変動によるピークの保持時間のずれを考慮して標準試料及び測定試料の同定を行うために、標準試料タイムテーブルと、標準試料のクロマトグラムを同定した際、1つ以上の実測ピークが同定できなかった場合に、実測ピークの本数が規定ピーク本数に一致するか否かを判定するピーク本数判定部と、肯定判定の場合に標準試料タイムテーブルを変更する標準試料タイムテーブル変更部と、変更された標準試料タイムテーブルにて、所定の閾値以上の強度を持つ実測ピークのすべてが変更許容幅W2の範囲内に収まる場合に、実測ピークを同定する標準試料同定部と、実測ピークが同定された場合に、実測ピークの実際の保持時間を取得すると共に、測定試料タイムテーブルを設定する測定試料タイムテーブル設定部と、を備える」技術が記載されている(要約参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の技術は、ピークをカウントする検出信号の下限閾値が固定されており、標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に対して柔軟性が低いという課題があった。
【0006】
本開示の目的は、標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に応じて、過不足のないピーク本数でピーク同定を行う技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、例えば特許請求の範囲に記載の構成を採用する。
【0008】
本開示は上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一例を挙げるならば、
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を備える、クロマトグラムのデータ処理方法である。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に応じて、過不足のないピーク本数でピーク同定を行う技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本開示の実施形態に係るクロマトグラムのデータ処理装置を含むクロマトグラフ装置の構成を示す図である。
【
図2】VIS1用標準試料タイムテーブルの一例である。
【
図3】標準試料のVIS1のクロマトグラムの一例である。
【
図4】データ処理装置による処理フローの例である。
【
図5】
図4のA部(VIS2)における処理フローの例である。
【
図6】変更許容幅W2に変更されたVIS1用標準試料タイムテーブルの一例である。
【
図7】変更されたVIS1用標準試料タイムテーブルにて、標準試料の実測ピークを同定する態様を示す図である。
【
図8】実測保持時間T及び第2の許容幅W3iで更新された標準試料タイムテーブルの一例である。
【
図9】VIS2用標準試料タイムテーブルの一例である。
【
図10】変更許容幅Z2jに変更されたVIS2用標準試料タイムテーブルの一例である。
【
図11】実測保持時間Q3及び第2の許容幅Z3jで更新されたVIS2用標準試料タイムテーブルの一例である。
【
図12】変更許容幅W2を設定する入力画面の一例を示す図である。
【
図13】変更許容幅W2を設定する入力画面の別の例を示す図である。
【
図14】第1の許容幅W1を外れて同定されたピークにマークを付す処理方法を示す図である。
【
図15】第1の許容幅W1を外れて同定されたピークにマークを表示する態様の一例である。
【
図16】第1の許容幅W1を外れて同定されたピークにマークを表示する態様の一例である。
【
図17】アミノ酸の3つのグループを示す図である。
【
図19A】データ処理装置の表示部に表示された操作画面の一例である。
【
図19B】データ処理装置の表示部に表示された操作画面の一例である。
【
図19C】データ処理装置の表示部に表示された操作画面の一例である。
【
図20】ピーク位置補正機能の一例を示す処理フローである。
【
図21A】データ処理装置の表示部に表示された操作画面の一例である。
【
図21B】データ処理装置の表示部に表示された操作画面の一例である。
【
図22】データ処理装置の表示部に表示された操作画面の一例である。
【
図23】閾値アジャスト型ピーク抽出機能の処理フローである。
【
図25】VIS1及びVIS2のクロマトグラムの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を用いて本開示の実施例を説明する。以下の実施例の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0012】
(実施例1)
<用語>
本明細書において、クロマトグラフィ分析を行う装置を、「クロマトグラフ」又は「クロマトグラフ装置」と称する。また、クロマトグラフィ分析の結果得られた分析データを「クロマトグラム」と称する。
【0013】
本明細書において、「測定試料」とは、測定対象の試料をいい、例えば未知の成分を未知の濃度で含む試料等をいう。また、「標準試料」とは、測定試料に含まれる成分の同定及び定量等のために用いられる外標準物質としての役割を有する試料であり、複数の既知の成分を既知の濃度で含む試料のことをいう。
【0014】
<ハードウェア構成>
[クロマトグラフ装置]
図1は、本発明の実施形態に係るクロマトグラムのデータ処理装置50を含むクロマトグラフ装置100の構成の一例を示す図である。本例では、クロマトグラフ装置100はアミノ酸分析用の液体クロマトグラフである。クロマトグラフ装置100では、標準試料又は測定試料であるアミノ酸試料中の分析対象成分を分離カラムで分離する。そして、分離された分析対象成分のアミノ酸を選択的に化学修飾して可視又は蛍光物質に変化させる誘導体化を行い、検出器で検出する。なお、標準試料には既知の複数種類のアミノ酸が所定量ずつ含まれている。
【0015】
具体的に、クロマトグラフ装置100は、分析用の第1~第4溶離液槽1a~1d、分離カラム洗浄用の蒸留水槽2、分離カラム再生用のカラム再生液槽3を備える。これらの槽の下流にはそれぞれ、対応する電磁弁6a~6fが配置されている。各槽に接続された流路は、電磁弁6a~6fの下流で1つの流路に合流して溶離液ポンプ(プランジャポンプ)9に接続されている。
【0016】
分析時には、第1~第4溶離液槽1a~1dの中から対応する電磁弁6a~6dを操作して所望の溶離液を選択する。溶離液は、溶離液ポンプ9によってアンモニアフィルタカラム11に送液される。その後、溶離液は、オートサンプラ12によって溶離液中に導入されたアミノ酸試料とともに、分離カラム13に送液される。そして、溶離液中のアミノ酸試料は、分離カラム13で分離される。
【0017】
また、クロマトグラフ装置100は、ニンヒドリン試薬槽7を備える。ニンヒドリン試薬槽7に接続された流路は、分離カラム13の下流に配置されたミキサ14に接続されている。当該流路上には、ニンヒドリンポンプ10が配置されている。
【0018】
分離カラム13で分離された各アミノ酸成分を含む溶出液は、ミキサ14において、ニンヒドリンポンプ10により送液されたニンヒドリン試薬と混合され、ミキサ14の下流の反応装置15に送液される。溶出液は、反応装置15で加熱され、各アミノ酸成分とニンヒドリン試薬との間でニンヒドリン反応が進行する。ニンヒドリン反応によって発色したアミノ酸(ルーエマンパープル)は、反応装置15の下流の検出器16で連続的に検出される。検出器16における検出結果は、データ処理装置50によってクロマトグラム等のデータとして出力、記録、及び保存される。
【0019】
なお、本例では、クロマトグラフ装置100は、検出器16として可視吸光光度計を備えている。当該可視吸光光度計は、2種類の検出波長、すなわち第1チャンネルの570nm(「メインチャンネル」、「VIS1」ともいう)及び第2チャンネルの440nm(「サブチャンネル」、「VIS2」ともいう)で、成分を検出可能である。また、VIS1の測定で得られたクロマトグラムをVIS1のクロマトグラム(第1クロマトグラム、メインクロマトグラム)、VIS2の測定で得られたクロマトグラムをVIS2のクロマトグラム(第2クロマトグラム、サブクロマトグラム)と称することがある。VIS1のクロマトグラムの例は、例えば
図3及び
図7に示すクロマトグラムや、
図15及び
図25のクロマトグラムのうち下側に表示されているクロマトグラムである。VIS2のクロマトグラムの例は、例えば
図15及び
図25のクロマトグラムのうち上側に表示されているクロマトグラムである。
【0020】
[データ処理装置]
データ処理装置50は例えばパーソナルコンピュータ等により構成され、CPU(中央制御装置)等の演算部52、RAM、ROM、ハードディスク、ネットワークサーバ等の記憶部55、並びにモニタ等の表示部51、ユーザの指示が入力されるキーボード等の入力部53等を備える。
【0021】
データ処理装置50には、ピーク抽出部21、標準試料タイムテーブル変更部22(ピーク同定部)、標準試料同定部23(ピーク同定部)、測定試料タイムテーブル設定部24(標準試料タイムテーブル更新部)、測定試料同定部25、出力指示部26が、コンピュータプログラム等として実装されている。
【0022】
すなわち、後述する処理フローの各手順の少なくとも一部は、プログラム化されて、データ処理装置50に実装されている。言い換えると、本開示に係るクロマトグラムのデータ処理プログラムは、コンピュータに、後述する処理フローにおける、少なくともピーク抽出工程と、ピーク同定工程と、標準試料タイムテーブル更新工程と、を実行させるクロマトグラムのデータ処理用のコンピュータプログラムである。
【0023】
これらのコンピュータプログラム等は、例えばROM等から読み出されて演算部52で実行される。また、これらのコンピュータプログラム等は、記憶部55に格納された状態に限らず、例えば光ディスク媒体や磁気テープ媒体など、コンピュータ読み取り可能な種々の周知の記録媒体に記憶させておくことができる。そして、このような記録媒体をデータ処理装置50の読み出し装置(不図示)に装着してコンピュータプログラム等を読み出すことにより、当該コンピュータプログラム等を実行可能である。
【0024】
ユーザが入力部53により測定開始の指示を入力すると、データ処理装置50からの命令により、オートサンプラ12が、アミノ酸試料を吸引する。そして、例えばユーザが予め設定した分離プログラム等に従って、上述したアミノ酸試料の分析作業が実行され、得られたクロマトグラム等のデータは記憶部55に記憶される。
【0025】
[標準試料タイムテーブル及び測定試料タイムテーブル]
記憶部55は、標準試料タイムテーブル31と、測定試料タイムテーブル33と、を備える。
【0026】
標準試料タイムテーブル31は、標準試料のピーク同定及び定量に用いられるタイムテーブルであり、VIS1用標準試料タイムテーブル(第1チャンネル用標準試料タイムテーブル、メインチャンネル用標準試料タイムテーブル)及び必要に応じてVIS2用標準試料タイムテーブル(第2チャンネル用標準試料タイムテーブル、サブチャンネル用標準試料タイムテーブル)を備える。VIS1用標準試料タイムテーブルは、VIS1における同定目標の第1対象成分の名称と、該第1対象成分の保持時間である第1の保持時間及び必要に応じて第1の許容幅との関係を格納する。VIS2用標準試料タイムテーブルは、VIS2における同定目標の第2対象成分の名称と、該第2対象成分の保持時間である第1の保持時間及び必要に応じて第1の許容幅との関係を格納する。なお、標準試料タイムテーブルに格納された第1の保持時間の情報は、後述する処理フローのステップにおいて、実測保持時間(第2の保持時間)の情報に更新される場合がある。また、標準試料タイムテーブルに格納された第1の許容幅の情報は、後述する処理フローのステップにおいて、変更許容幅、第2の許容幅の情報に更新される場合がある。
【0027】
測定試料タイムテーブル33は、測定試料のピーク同定及び定量に用いられるタイムテーブルであり、後述するように、標準試料タイムテーブルに基づいて設定される。測定試料タイムテーブル33は、VIS1用測定試料タイムテーブル(第1チャンネル用測定試料タイムテーブル、メインチャンネル用測定試料タイムテーブル)及び必要に応じてVIS2用測定試料タイムテーブル(第2チャンネル用測定試料タイムテーブル、サブチャンネル用測定試料タイムテーブル)を備える。
【0028】
図2はVIS1用標準試料タイムテーブル31の一例である。また、
図3は標準試料のVIS1のクロマトグラムの一例である。
【0029】
図2に示すように、標準試料の分析前のVIS1用標準試料タイムテーブル31(本明細書において、「元のVIS1用標準試料タイムテーブル31」と称することがある。)は、VIS1で検出される標準試料の複数の特定成分(成分名Xi)のピーク毎の第1の保持時間R1i及び第1の許容幅W1iを格納する。ここで、iは1以上の自然数である。なお、i=1は最も保持時間が短い第1成分のピークであり、例えばAsp(アスパラギン酸)に対応する。そして、i=1のピークの第1の保持時間をR11で表記し、第1の許容幅をW11で表記する。i=2以降のピークも同様である。また、本例ではi=1~18である。
【0030】
また、
図3に示すように、標準試料のクロマトグラムの実測ピークは複数本(本例の場合、VIS1で正確に測定できたときの本来のピークは18本)あり、このうち、所定の閾値(5mV)以上の強度を持つ実測ピークも示されている。なお、実測ピークの保持時間が実測保持時間T(第2の保持時間)である。
【0031】
<処理フロー>
次に、
図4及び
図5を参照し、データ処理装置50による処理フロー、すなわち本開示に係るクロマトグラムのデータ処理方法について説明する。
【0032】
まず、標準試料同定部23は、
図2のVIS1用標準試料タイムテーブル31(第1の保持時間R1i、第1の許容幅W1i)からVIS1における同定目標の成分を抽出(成分数n)し、実測した標準試料のピーク同定結果から、同定できたピーク数を確認する(ステップS2)。標準試料の同定は常法に従い、測定した標準試料のクロマトグラムの各実測ピークが標準試料タイムテーブル31の各第1の保持時間R1iにそれぞれ第1の許容幅W1i(iは1以上の自然数)の許容範囲内で一致するか否かを判定して行う。許容範囲は、第1の保持時間R1iとそれに付随する第1の許容幅W1iにより決定される。すなわち、本明細書において、「許容範囲」という語は、保持時間に許容幅の絶対値を加算及び減算することにより得られる数値範囲を意味している。なお、1つの許容範囲内に複数の実測ピークがある場合、所定の規則により1つのピーク(例えば、保持時間の長いもの)を同定する。以下の同定も同様である。なお、本明細書において、添え字i又は後述する添え字jを有する符号(R1i等)について、添え字i又はjを省略して使用することがある(例えば「R1i」の場合、「i」を省略して「R1」と称することがある)。
【0033】
そして、標準試料同定部23は標準試料タイムテーブル31に格納されたすべての各第1の保持時間R1i(本例ではi=1~i=18の18個)に、測定した実測ピークが一致したか(同定できたか)を判定する(ステップS4)。ステップS4で「Yes」であれば、元の標準試料タイムテーブル31で問題なく測定を行える、つまり測定条件の変動によるピークの保持時間のずれを考慮する必要がないので、測定試料タイムテーブル設定部24は元のVIS1用標準試料タイムテーブル31をVIS1用測定試料タイムテーブルとして設定し、VIS1用測定試料タイムテーブル33を確定する(ステップS18)。元の標準試料タイムテーブル31の第1の許容幅W1iを変更して(例えば狭めて)測定試料タイムテーブルを設定してもよい。
【0034】
一方、ステップS4で「No」であれば、元のVIS1用標準試料タイムテーブル31で測定できない、つまり測定条件の変動によるピークの保持時間のずれを考慮する必要があるので、以下の処理に移行する。
【0035】
まず、ピーク抽出部21はVIS1用標準試料タイムテーブル31の第1成分(i=1)及び最終成分(i=18)各々の第1の保持時間R11、R118と第1の許容幅W11、W118を抽出し、測定ウインドウWMを決定する(ステップS6)。具体的には例えば、
図3に示すように、(最も短時間の第1の保持時間R11-第1の許容幅W11)から、(最も長時間の第1の保持時間R118+第1の許容幅W118)までの時間間隔を測定ウインドウWMとする。
【0036】
なお、測定ウインドウWMの設定方法は特に限定されず、例えば(第1の保持時間R11-第1の許容幅W11)から、(第1の保持時間R118+第1の許容幅W118)までの時間間隔よりも広い時間間隔としてもよいし、予め決められた範囲としてもよい。もっとも、上述のごとく、(第1の保持時間R11-第1の許容幅W11)から、(第1の保持時間R118+第1の許容幅W118)までの時間間隔とすると、測定した実測ピークの範囲を過不足なくカバーした測定ウインドウWMの設定ができ、次のステップS8におけるピーク本数のカウントがより容易且つ正確になる。
【0037】
次に、ピーク抽出工程であるステップS8及びステップS10において、ピーク抽出部21は、標準試料のクロマトグラムに出現したピーク群から、複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数n(本例ではn=18)に相当する本数の対象ピークを抽出する。なお、本例では、ピーク抽出工程で、前記ピーク群のうち、信号強度の極大値が閾値を超えるピークを、対象ピークとして抽出する。
【0038】
具体的には例えば、
図3及び
図4に示すように、測定ウインドウWM内で、例えば所定の閾値(本例では5mV)以上の強度の実測ピークの本数mをカウントする(ステップS8)。なお、ステップS8では、強度に代えて、又は、強度に加えて、ピーク面積を用いて実測ピークの本数mをカウントしてもよい。具体的には、強度に代えて、所定の閾値(例えば100万μV・s)以上のピーク面積を持つピークの本数mをカウントしてもよい。また、所定の閾値以上の強度の実測ピークの本数をカウントした後、さらに所定の閾値以上のピーク面積を持つピークの本数mをカウントしてもよい。実測ピークの本数mをカウントするパラメータとして強度、ピーク面積のいずれを選ぶか、又は両方を実行するかは、標準試料及び測定試料によって決めればよい。
【0039】
そして、ピーク抽出部21は、実測ピーク本数mが、標準試料について規定され且つVIS1で同定、定量すべき規定ピーク本数n(本例では18本)に一致するか否かを判定する(ステップS10)。
【0040】
ステップS10で「Yes」であれば、ピーク同定工程に相当するステップS12及びS14へ進む。ピーク同定工程は、標準試料タイムテーブルに基づき、第1の保持時間の短い順又は長い順に対象ピークに対象成分の名称を割り当てる工程である。
【0041】
具体的に、まず、標準試料タイムテーブル変更部22は、元の標準試料タイムテーブルの第1の許容幅W1を当該第1の許容幅W1よりも大きい変更許容幅W2に変更する(ステップS12)。
【0042】
図6は、許容幅が変更許容幅W2に変更されたVIS1用標準試料タイムテーブル31のデータ構成を示す図である。
図6に示すように、変更後のVIS1用標準試料タイムテーブル31における各変更許容幅W2iは、
図2の各第1の許容幅W1iよりも大きい。変更許容幅W2iの設定方法は限定されないが、本例では、i=1~6までは一律に変更許容幅W2を±3.0minに変更し、i=7以降は一律に変更許容幅W2を±6.0minに変更している。変更許容幅W2iの設定方法の変形例については、後述する。
【0043】
なお、標準試料タイムテーブル31の変更方法として、テーブルを書き換えると、元の第1の許容幅W1iのデータが失われるので、第1の許容幅W1iを書き換えられない領域に別に記憶しておいてもよい。また、元の標準試料タイムテーブル31を書き換えずに残し、書き換えたテーブルを変更テーブルとして別に記録してもよい。
【0044】
一方、ステップS10で「No」であれば、標準試料タイムテーブル変更部22は、以降の一連の処理ステップを行わずに元の標準試料タイムテーブルの変更も行わずにエラー出力して終了する。これは、ステップS10で「No」となるような測定であれば、測定条件、標準試料の劣化等の要因により、ピークの保持時間のずれを救済するレベルを超えて測定が不正確である可能性があるからである。
【0045】
ステップS12に続き、標準試料同定部23は、変更後のVIS1用標準試料タイムテーブル31で、ステップS8でカウントしたm本の実測ピーク(本例では18本)全てを同定できたかを判定する(ステップS14)。同定は、m本の実測ピークのそれぞれが、変更後の標準試料タイムテーブル31の各第1の保持時間R1iにそれぞれ変更許容幅W2iの許容範囲内で一致するか否かを判定して行う。なお、許容範囲は、保持時間R1iとそれに付随する変更許容幅W2iである。
【0046】
図7は、変更された標準試料タイムテーブル31にて、標準試料の実測ピークを同定する態様の例を示す。本例では、保持時間の長い方のピークから順に、変更許容幅W2iにて同定を行っている。なお、保持時間の短い方のピークから順に、変更許容幅W2iにて同定を行ってもよい。
【0047】
ステップS14で「Yes」であれば、標準試料タイムテーブル更新工程を含むステップS16に進む。標準試料タイムテーブル更新工程は、標準試料タイムテーブルの第1の保持時間を、対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する工程である。
【0048】
具体的には、測定試料タイムテーブル設定部24は、実測ピークの実際の保持時間を実測保持時間Tとして取得すると共に、該実測保持時間Tと、所定の第2の許容幅W3とによりVIS1用標準試料タイムテーブルを更新する。そして、更新されたVIS1用標準試料タイムテーブルをVIS1用測定試料タイムテーブル33として設定する(ステップS16)。
【0049】
図8は、更新されたVIS1用標準試料タイムテーブル(実測保持時間T及び第2の許容幅W3i)のデータ構成を示す図である。例えば、i=2の第2成分のピーク(Thr:スレオニン)では、第1の保持時間R12=5.6(min)に対し、実測保持時間T2=5.61(min)である。従って、VIS1用測定試料タイムテーブル33におけるThrの保持時間の情報は、実測保持時間T2=5.61(min)に更新される。
【0050】
本例では、第2の許容幅W3iは、元の第1の許容幅W1iに設定される、つまり、第2の許容幅W3iは変更許容幅W2よりも狭められる。第2の許容幅W3iを変更許容幅W2iよりも狭めることにより、測定試料の分析時におけるピーク同定の誤りを抑制でき、分析精度が向上する。但し、第2の許容幅W3iの設定方法は当該方法に限定されない。
【0051】
一方、ステップS14で「No」であれば、測定試料タイムテーブル設定部24は、以降の一連の処理ステップを行わずに元のVIS1用標準試料タイムテーブルの変更も行わずにエラー出力して終了する。これは、ステップS10の場合と同様、ステップS14で「No」となるような測定であれば、ピークの保持時間のずれを救済するレベルを超えて測定が不正確である可能性があるからである。
【0052】
VIS1による測定で全ての同定目標の成分が同定可能である場合は、測定試料の分析を行う。具体的には、測定試料同定部25は、ステップS16又はステップS18により得られたVIS1用測定試料タイムテーブル33を用いて、測定試料のピークを同定するとともに、ピーク面積を算出して定量を行う(ステップS20)。そして、必要な場合は、後述する任意のステップS22を経て、分析は終了する。
【0053】
[プロリン(Pro)の特殊事例]
なお、アミノ酸試料にはVIS1による測定では同定及び定量が難しい成分が含まれることがある。例えばプロリン(Pro)やハイドロキシプロリン(Hypro)等のイミノ酸成分は、VIS1のクロマトグラムではピークが比較的小さく、同定及び定量が困難である。
【0054】
そこで、VIS1で他のアミノ酸(第1対象成分)を同定しながら、Pro及びHypro等のイミノ酸成分等のVIS1で同定及び定量が難しい成分(第2対象成分)についてはVIS2でピークを同定し、定量することが考えられる。
【0055】
なお、VIS2のクロマトグラムには、VIS1で同定すべき他のアミノ酸ピークも一定の高さで存在している(例えば
図25参照)。従って、VIS1のクロマトグラムを用いてアミノ酸のピークを同定した後に、VIS2のクロマトグラムにおいてPro及びHypro等を同定する工程を繋げることが望ましい。そして、VIS1で既に同定された各アミノ酸成分の保持時間を利用して、VIS1のクロマトグラムで既に同定した成分については、VIS2のクロマトグラムでは同定しないようにすることが望ましい。言い換えると、VIS1のクロマトグラムについてVIS1用標準試料タイムテーブルを用いて他のアミノ酸の対象ピークの同定を行った後に、VIS2のクロマトグラムのピーク群から前記他のアミノ酸に該当するピークを除いて、VIS2用標準試料タイムテーブルを用いてイミノ酸等の対象ピークの同定を行うことが望ましい。これにより、VIS2のクロマトグラムに出現したピーク群の中からVIS2で同定すべき成分を選別し、成分名を割り付ける作業が容易になる。
【0056】
具体的に、VIS1に加え、VIS2を用いて成分の同定及び定量を行う方法の一例を
図4中の破線及び
図5に示す。なお、
図4中の破線のフローは、ステップS16及びステップS18と、ステップS20との間に、VIS2に関する処理フローAを設定したものである。また、
図5は、
図4の処理フローAの詳細を示している。
図4及び
図5に示すように、ステップS16又はステップS18に続いて、VIS1と別の波長VIS2で引き続きVIS2用測定試料タイムテーブル作成のための測定を行う。
【0057】
なお、VIS2においてProやHyproのピークを同定、定量するため、VIS1ではProやHyproを同定しない(検出しない)ことが望ましい。このため、VIS2を利用する場合は、
図4のステップS8の閾値は、ProやHyproが検出されない値に設定されることが望ましい。すなわち、ステップS10で「Yes」になるよう、ステップS8では、ProやHyproが検出されないように所定の閾値が設定されることが望ましい。しかしながら、所定の閾値の設定によっては、Pro及びHyproが検出されてしまう場合がある。かかる場合には、ステップS8における所定の閾値を高くし、ProやHyproを検出しないようにすることが望ましい。
【0058】
具体的には例えば、
図3において、VIS1の測定波長全域においてピークとみなす強度又はピーク面積の閾値を設定する。
図3では強度5mVを閾値として設定している。このとき検出されるピーク数mがnを超える場合は、検出ピーク数mがnと一致するまで閾値を順次上げていく。そうして、VIS1の波長域では、Pro等が検出されない状態でピークの同定をおこなう。具体的には、例えばステップS8の閾値を2倍(
図3のでは例えば強度10mV)等とする。
【0059】
図4のステップS16又はS18に続き、
図5のステップS32で、
図4のステップS10で同定したピーク本数mにgを加算した値がVIS2における検出対象成分数hと一致するかを判定する。gは、波長VIS1で同定、定量せず、波長VIS2で同定、定量されるピーク本数である。例えば、
図3に示すような一般的なアミノ酸の標準試料の場合は、VIS2で同定すべき成分としてProが含まれるため、g=1である。また、成分数が約40本の生体液分析法では、アミノ酸試料にはVIS2で同定すべき成分としてPro及びHyproが含まれるため、g=2となる。すなわち、
図3の例では、アミノ酸試料にはProが含まれるから、g=1、n=m=18、h=19である。
【0060】
ステップS32で「No」であれば、エラー出力して処理を終了とする。これは、ステップS32で「No」となるような測定であれば、ピークの保持時間のずれを救済するレベルを超えて測定が不正確である可能性があるからである。
【0061】
ステップS32で「Yes」であれば、ステップS16又はS18で確定したVIS1用測定試料タイムテーブル33を用いて、VIS1で既に同定、定量した成分のピークを抽出し、次のステップ以降の同定対象から除外する(ステップS34、S36)。
【0062】
除外して残った実測ピークについて、標準試料同定部23は、
図9のVIS2用標準試料タイムテーブル31(第1の保持時間Q1j、第1の許容幅Z1j)で標準試料を同定する(ステップS38)。標準試料の同定は、常法に従い、測定した標準試料のクロマトグラフの各実測ピークの内、例えば閾値以上のピークが標準試料タイムテーブル31の各第1の保持時間Q1jにそれぞれ第1の許容幅Z1j(jは1以上の自然数)の許容範囲内で一致するか否かを判定して行う。なお、許容範囲は、第1の保持時間Q1jとそれに付随する第1の許容幅Z1jである。
【0063】
次に、残ったピーク全てが同定できたか判定する(ステップS40)。
【0064】
ステップS40で「Yes」であれば、測定試料タイムテーブル設定部24は元のVIS2用標準試料タイムテーブル31を変更することなくそのままVIS2用測定試料タイムテーブル33として設定する(ステップS42)。
【0065】
ステップS40で「No」であれば、ピーク抽出部21は、
図4のステップS6と同様に、例えば元のVIS2用標準試料タイムテーブル31を用いて測定ウインドウを決定する(ステップS44)。なお、測定ウインドウは、
図4のステップS6で元のVIS1用標準試料タイムテーブル31を用いて設定した測定ウインドウ等を使用してもよい。
【0066】
次に、
図4のステップS8と同様に、測定ウインドウ内で例えばVIS2用の所定の閾値以上の強度及び/又はピーク面積の実測ピークの本数fをカウントする(ステップS46)。このとき、VIS2用の所定の閾値は、
図4のステップS8と同様に設定できるが、特にVIS2のクロマトグラムにおいて同定目標の成分のピーク(Pro及びHypro等のピーク)が検出できるように設定する。
【0067】
次に、ピーク抽出部21は、
図4のステップS10と同様に、実測ピーク本数fが、標準試料について規定され且つVIS2で同定、定量すべき規定ピーク本数g(本例では1本)に一致するか否かを判定する(ステップS48)。
【0068】
ステップS48で「No」であれば、標準試料タイムテーブル変更部22は、元のVIS2用標準試料タイムテーブル31を変更せずにエラー出力して終了する。これは、ステップS48で「No」となるような測定であれば、
図4のステップS10と同様、ピークの保持時間のずれを救済するレベルを超えて測定が不正確である可能性があるからである。
【0069】
ステップS48で「Yes」であれば、標準試料タイムテーブル変更部22は、
図4のステップS12と同様に、元のVIS2用標準試料タイムテーブル31の第1の許容幅Z1jを、当該第1の許容幅よりも広い変更許容幅Z2jに変更する(ステップS50、
図10)。
【0070】
ステップS50に続き、標準試料同定部23は、変更後のVIS2用標準試料タイムテーブル31で、g本の実測ピーク全てを同定できたかを判定する(ステップS52)。同定は、全ての実測ピークのそれぞれが、変更後のVIS2用標準試料タイムテーブル31の各第1の保持時間Q1jにそれぞれ変更許容幅Z2jの許容範囲内で一致するか否かを判定して行う。なお、許容範囲は、第1の保持時間Q1jとそれに付随する変更許容幅Z2jである。
【0071】
ステップS52で「No」であれば、測定試料タイムテーブル設定部24は、以降の一連の処理ステップを行わずに元のVIS2用標準試料タイムテーブルの変更も行わずにエラー出力して終了する。これは、ステップS48の場合と同様、ステップS52で「No」となるような測定であれば、ピークの保持時間のずれを救済するレベルを超えて測定が不正確である可能性があるからである。
【0072】
一方、ステップS52で「Yes」であれば、測定試料タイムテーブル設定部24は、実測ピークの実際の保持時間を実測保持時間Q3jとして取得する。そして、該実測保持時間Q3jと、所定の第2の許容幅Z3jとにより、例えば
図11に示すように、VIS2用標準試料タイムテーブルを更新する。そうして、更新されたVIS2用標準試料タイムテーブルを、VIS2用測定試料タイムテーブル33として設定する(ステップS54)。
【0073】
本例では、第2の許容幅Z3jは、元の第1の許容幅Z1jに設定される、つまり、第2の許容幅Z3jは変更許容幅Z2jよりも狭められる。第2の許容幅Z3jを変更許容幅Z2jよりも狭めることにより、測定試料の分析時におけるピーク同定の誤りを抑制でき、分析精度が向上する。但し、第2の許容幅Z3jの設定方法は当該方法に限定されない。
【0074】
ステップS42又はS54から、
図4のステップS20に進み、測定試料の分析を行う。具体的に、測定試料同定部25は、VIS1用及びVIS2用測定試料タイムテーブル33を用いて、測定試料のピークを同定するとともに、ピーク面積を算出して定量を行う(ステップS20)。そして、必要な場合は、後述する任意のステップS22を経て、測定は終了する。
【0075】
[変更許容幅の設定方法の変形例]
変更許容幅W2i,Z2iの設定方法は限定されず、例えば、元の標準試料タイムテーブルに設定されていた第1の許容幅W1iに対して、指定のファクターを乗じ、又は増加させることにより、変更許容幅W2iを設定してもよい。
【0076】
具体的には例えば、
図12に示すように、表示部51の入力画面に、変更許容幅W2i,Z2iを第1の許容幅W1の何倍に設定するかの入力ボックスを設け、ユーザにその数値を入力させてもよい。また、
図13に示すように、表示部51の入力画面に、変更許容幅W2i,Z2iを第1の許容幅W1i,Z1iから一回の増加幅(
図13では0.05ステップ、つまり一回で0.05min)を設定する入力ボックスを設け、ユーザにその数値を入力させても良い。この場合、入力ボックスに逐次法で0.01minステップで少しずつ変更許容幅W2i,Z2iを広げ、標準試料のピークが全て同定されたときに逐次増加を停止し、その値を変更許容幅W2i,Z2iとして確定してもよい。なお、
図13の場合、変更許容幅W2i,Z2iを第1の許容幅W1i,Z1iの1.3倍でストップする上限も設定できるようにしている。
【0077】
[目印情報の付与]
出力指示部26は、第1の許容幅W1を外れたピークに対応して同定された実測ピークに目印情報(マーク)を付して出力することが好ましい(
図4ステップS22)。
【0078】
図4のステップS22の処理は、具体的には例えば
図14に示すようにして行うことができる。まず、ステップS14にて、標準試料同定部23は、変更後の標準試料タイムテーブル31で、m本の実測ピーク全てを同定すると共に、変更前の元の標準試料タイムテーブル31でもm本の実測ピーク全てを同定する。この時、例えば第8成分のピークP8が元の標準試料タイムテーブル31の許容範囲(ウインドウ)Aから外れる一方、第9成分のピークP9は許容範囲Aの範囲内にあることがわかる。
【0079】
従って、出力指示部26は、許容範囲Aの範囲から外れたピークP8のデータに識別情報(例えば、フラグ)を付し、適宜表示部51にその旨のマークを表示させて実測ピークの同定結果を出力する。なお、
図14において、ピークP8は、変更後の標準試料タイムテーブル31の許容範囲(ウインドウ)Bの範囲内にあることはいうまでもない。
【0080】
図15は、第1の許容幅W1を外れたピークで同定された標準試料の実測ピークに付されたマークを表示する一態様を示す。
【0081】
図15は表示部51が表示する結果レポートの一例である。
図15では、実測ピークのチャート(上段)の他、各測定試料の実測ピークの同定結果(ピークNo、保持時間、成分名等)が表形式で表示され(下段)、第7,8成分(ピークNo.7,8)の欄の右側に、それぞれマークMが表示されている。このマークMは、アスタリスク*と、第7,8成分の各実測保持時間が許容範囲Aからどれだけ外れたかを示す数値で表されている。
【0082】
なお、マークMの表示態様は上記に限らず、例えば
図16に示すように、クロマトグラムの実測ピーク上等に表記してもよい。
【0083】
第1の許容幅W1を外れたピークの各実測保持時間が第1の許容幅W1からどれだけ外れたかを示す数値としては、第1の許容幅W1から変更許容幅W2iへ変更したときの処理に関係する数値等が挙げられる。例えば
図15、
図16では、当該数値の例として、第1の許容幅W1iから変更許容幅W2iへ変更したときの増分(0.25min等)又は倍率(1.15times等)を表示している。
【0084】
なお、例えば倍率1.15timesは、第1の許容幅W1が±0.20分の場合、徐々にタイムウインドウを拡げて変更許容幅W2が±0.23分で初めてあるピークを捕捉したことを意味する。第1の許容幅W1が±0.30分の場合、徐々に許容幅を拡げて変更許容幅W2が±0.55分で初めてあるピークを捕捉したことを意味する。
【0085】
以上のように、第1の許容幅W1i,Z1iを外れたピークに対応して同定された実測ピークに目印情報(マークM)を付して出力することで、その標準試料のピークが変更後の標準試料タイムテーブル31を用いてステップS14,S52で測定された標準試料のピークに基づいて測定したことがユーザに認識できる。これにより、例えば、ピークの保持時間のずれが生じた原因をユーザが推測する情報が与えられ、ピークの保持時間のずれの原因解析や改善等に資することができる。
【0086】
なお、目印情報は、上記マークMに限定されず、ユーザが認識できるものであればよい。
【0087】
[ピーク同定結果の検証]
また、
図4の符号C、
図17、
図18に示すように、ステップS20の前に、ステップS2~S16、S18で同定した標準試料のピークが正しいことを検証するステップS19を設けてもよい。
【0088】
例えば、
図17に示すようにVIS1で測定したアミノ酸は、それぞれの化合物の性質により3つのグループに分けられる。
【0089】
この場合、各グループの最後の溶出成分(保持時間が最も長い成分)のピークが、第2の許容幅W3内であるか否かを判定する。
【0090】
例えば、
図17では、グループ1の最後の溶出成分である6番目のピーク(Ala:アラニン)のピークが実測保持時間T6とそれに付随する第2の許容幅W36、グループ2の最後の溶出成分の13番目のピーク(Phe:フェニルアラニン)のピークが実測保持時間T13とそれに付随する第2の許容幅W313、最後のグループ3の最後の溶出成分のピーク(Arg:アルギニン)のピークが実測保持時間T18とそれに付随する第2の許容幅W318内であるか否かを判定する。このアミノ酸の3つのグループとは、複数の溶離液(緩衝液、移動相)の切り替えに応じて、溶出するグループとなる。
【0091】
なお、最後の溶出成分のピークを判定する理由は、後の溶出成分ほど、測定条件の変動による保持時間のずれが大きくなるからである。
【0092】
図17で、各グループの最後の溶出成分のピークが、第2の許容幅W3内であれば、
図18の判定をさらに行い、第2の許容幅W3を超えていれば、正しく同定できなかったと判定する。
【0093】
次に、
図17に示すように、各グループkのそれぞれに属するすべての溶出成分iの実測保持時間Tiと第1の保持時間Riの相関係数r
kを、以下の数1から算出する。
【0094】
そして、各グループのすべての相関係数r1~r3が、基準値以上(例えば0.9以上)となった場合に、同定したピークが正しいとし、3つのグループの1つでも基準値から外れた場合は、正しく同定できなかったと判定する。
【0095】
【0096】
なお、グループが1つの場合は、そのグループの最後の溶出成分のピークについて
図17の判定を行い、さらにそのグループの測定された全成分につき、
図18の判定を行う。
【0097】
ステップS2~S16で同定した標準試料のピークの確からしさを判定する方法として、例えばピーク幅を判定してもよい。
【0098】
クロマトグラムにおけるピーク幅(s)は、時間の単位のみとなり、ピーク面積やピーク高さ(信号強度)のように測定成分の濃度又は注入量に比例して変化することが無く測定成分にほぼ固有の値となる。例えば、ピーク幅(s)は、ピーク面積(μV・s)をピーク高さ(μV)で除算した値であり、又は、半値全幅(s)をピーク幅として用いることもできる。
【0099】
従って、予め成分毎にピーク幅の上下限値を閾値として設定しておき、同定した各成分のピーク幅が閾値内であれば、その成分がピークとして正しく同定されていると判定することができる。
【0100】
<特徴及び作用効果>
このクロマトグラフのデータ処理装置及びデータ処理方法によれば、測定条件の変動によりピークの保持時間がずれた場合に、第1の許容幅W1i(及び必要な場合はZ1i)を広げて標準試料の同定の条件を緩和するので、標準試料の同定自体が行えなくなることを抑制できる。また、実測ピークの本数が規定ピーク本数に一致したときにのみ第1の許容幅W1i,Z1iを広げるので、両者が一致せずにピークの保持時間のずれを救済するレベルを超えて測定が不正確となる場合にまで標準試料を同定することがない。
【0101】
そして、標準試料の同定が行えたときには実測ピークの実際の保持時間を用いて標準試料タイムテーブルを更新し、更新された標準試料タイムテーブルを測定試料タイムテーブルとして設定するので、測定条件の変動によりピークの保持時間がずれた場合に、測定試料の同定も精度よく行えるようになる。
【0102】
特に、本開示では、ステップS8、S46における所定の閾値をユーザにより設定可能な可変値としている。
【0103】
具体的に、
図19A~
図19Cを用いて、ステップS8、S46においてユーザが所定の閾値を設定する手順の一例を説明する。
【0104】
図19A~
図19Cは、本開示に係るクロマトグラムのデータ処理装置50の操作画面の一例を示している。具体的には、これらの図には、VIS1のクロマトグラム及びVIS1用標準試料タイムテーブルが示されている。
【0105】
図19Aは、ユーザによって所定の閾値の調整を行う前の画面であり、閾値は0mVと表示されている。
【0106】
本例では、
図19Bに示すように、クロマトグラム上に表示された閾値カーソルの位置をユーザが調整することにより、閾値を調整することができるようになっている(
図19Bでは閾値は5mVと表示されている)。なお、閾値カーソルは、クロマトグラム上に表示された、横軸方向に平行に延びる横カーソルである。閾値カーソルは、例えばユーザのクリック及びドラッグ操作により、縦軸方向に移動可能に構成されている。また、ユーザによる閾値カーソルのドロップ操作により、閾値カーソルの縦軸方向の位置の情報がユーザにより選択された閾値として取得され、閾値ボックスに表示されるようになっている。なお、ユーザによる閾値調整の方法は、上記に限られるものではなく、例えば、閾値ボックスに直接閾値の数値を入力できるようにしてもよい。
【0107】
図19Cに示すように、横カーソルの位置を閾値5mVの位置で確定させて、「補正実行」のボタンをクリックすると、閾値を5mVに設定して上述のステップS8~S16の処理が実行される。そうして、
図19C中ドットのハッチングを付したセルに示されるように、閾値5mV以上の強度の実測ピークの実測保持時間Tの情報により標準試料タイムテーブルにおける保持時間の情報が補正される。なお、本例では、保持時間の短い方の成分からピーク同定される。
【0108】
このように、所定の閾値をユーザにより設定可能な可変値とすることにより、ユーザの意図するピーク同定を、より実用的且つ柔軟に実現できる。
【0109】
(実施例2)
以下、本開示に係る他の実施例について詳述する。なお、これらの実施例の説明において、実施例1と同じ部分については同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0110】
<ピーク位置補正機能>
例えば同定目標の成分数が多いアミノ酸試料を扱う場合や、分離条件等によっては、例えば上述のPro、Hyproのピークのように、上記閾値の調整だけでは排除が困難な余分なピークが存在して、ピーク同定の精度が低下する場合がある。このような場合の対応策として、ユーザによるマニュアル操作でピーク位置を補正する機能をもたせてもよい。すなわち、ピーク位置補正機能の一例として、例えば
図20に示すように、
図4のステップS16又は
図5のステップS54で、ステップS20に進む前に、更新された標準試料タイムテーブルの第2の保持時間を補正する標準試料タイムテーブル補正工程を設けてもよい。
【0111】
図20に示すように、標準試料タイムテーブル補正工程は、ステップS16又はステップS54の処理の中で、標準試料タイムテーブルを更新するステップS61の後に設けられる工程であり、組指定工程S62と、第1補正工程S63と、第2補正工程S64と、を備える。そして、ステップS16又はステップS54の処理の一部として、標準試料タイムテーブル補正工程で補正された標準試料タイムテーブルを測定試料タイムテーブルとして設定する(ステップS65)。
【0112】
組指定工程S62は、標準試料タイムテーブルにおける所定の成分と、ピーク群における所定のピークとの組を指定する工程である。
【0113】
第1補正工程S63は、前記所定の成分の前記第2の保持時間を、前記所定のピークの実測保持時間により補正する工程である。
【0114】
第2補正工程S64は、前記所定の成分よりも前(保持時間が短い)及び後(保持時間が長い)の少なくとも一方に溶出する成分の前記第2の保持時間を、前記所定の成分の前記第1補正工程前の前記第2の保持時間と前記第1補正工程後の前記第2の保持時間との差分に基づいて補正する工程である。
【0115】
具体的に、
図21A及び
図21Bは、標準試料タイムテーブル補正工程の一例を説明するための図である。
【0116】
例えば、標準試料タイムテーブルに表示されたGly(グリシン)(所定の成分)のピーク位置、すなわちGlyの保持時間を修正したい場合を考える。まず、
図21Aに示すように、標準試料タイムテーブルにおいて、ピーク位置(保持時間)を補正したい成分であるGlyの行をクリックし、選択する(
図21Aでは、ドットのハッチングで表示している)。そして、ピーク位置カーソルで、ユーザがGlyに該当すると判断するピーク(所定のピーク)を選択する(組指定工程S62)。なお、ピーク位置カーソルは、クロマトグラム上に表示された、縦軸方向に平行に延びる縦カーソルである。ピーク位置カーソルは、例えばユーザのクリック及びドラッグ操作により、横軸方向に移動可能に構成されている。そして、ユーザによるピーク位置カーソルのドロップ操作により、ピーク位置カーソルの横軸方向の位置が確定可能に構成されている。ピーク位置カーソルの横軸方向の位置を確定した状態で、例えばピーク位置カーソル上で右クリック操作を行うと、「ピーク位置取り込み」のコマンドが表示される。
【0117】
次に、上記「ピーク位置取り込み」のコマンドを選択すると、
図21Bのドットのハッチングが付されたセルに示すように、ピーク位置カーソルの横軸方向の位置の情報がユーザにより選択されたピーク位置(ピーク位置カーソルにより選択されたピークの保持時間)として取得され、標準試料タイムテーブルのGlyの保持時間のセルに表示される(第1補正工程S63)。言い換えると、上記操作により、Glyの保持時間が、ユーザが選択したピークの保持時間の情報により補正された状態となる。
【0118】
また、本例では、ピーク位置の同定は、保持時間の短い方から行われる態様を採用している。この場合、上記コマンドの実行により、Glyの保持時間が補正されることに加え、Glyより保持時間の長い他の成分の保持時間も、ピーク位置カーソルにより選択されたピークの保持時間を基準に補正される(第2補正工程S64)。
【0119】
このようなピーク位置補正機能を実装することにより、閾値調整だけでは排除が困難な余分なピークが存在する場合等であっても、ユーザ判断でピーク位置を補正することができ、延いてはピーク同定の精度を向上させることができる。そうして、ユーザの意図するピーク同定を、より実用的且つ柔軟に実現できる。
【0120】
なお、ユーザによるピーク位置補正機能は、上記に限られるものではない。具体的には例えば、上記コマンドの実行により、補正したい成分の保持時間に加え、補正したい成分よりも保持時間の短い他の成分の保持時間が補正されるようにしてもよい。当該構成は、ピーク位置の同定を、保持時間の長い方から行う態様を採用する場合に特に効果的である。また、選択したピークの成分の保持時間を基準に、当該成分よりも保持時間の長い成分及び短い成分の両方の保持時間を補正するようにしてもよい。さらに、閾値の調整だけでは排除が困難な余分なピークが複数存在する場合等に備えて、ピーク位置カーソルを複数設けてもよい。
【0121】
また、本例では、ステップS16(S54)の一部にピーク位置補正機能を組み込む態様について説明したが、例えば標準試料タイムテーブルを更新する前にピーク位置補正機能を組み込んでもよい。具体的には例えば、
図4及び
図5中符号Bで示すように、ステップS10(S48)でnoのときに、ピーク位置補正(ステップS9(S47))を経てステップS8(S46)へ返る処理フローとしてもよい。
【0122】
この場合、組指定工程S62は、更新前の標準試料タイムテーブルにおける所定の成分と、ピーク群における所定のピークとの組を指定する工程になる。
【0123】
また、第1補正工程S63は、前記所定の成分の前記第1の保持時間を、前記所定のピークの実測保持時間により補正する工程になる。
【0124】
さらに、第2補正工程S64は、前記所定の成分よりも前(保持時間が短い)及び後(保持時間が長い)の少なくとも一方に溶出する成分の前記第1の保持時間を、前記所定の成分の前記第1補正工程前の前記第1の保持時間と前記第1補正工程後の前記第1の保持時間との差分に基づいて補正する工程になる。
【0125】
(実施例3)
また、
図4に示すように、ステップS4とステップS18との間及びステップS14とステップS16との間の少なくとも一方に、ピーク同定工程(ステップS12及びステップS14)の結果を検証するための夾雑ピーク判定工程(符号Dで示すステップS15)を設けてもよい。
【0126】
夾雑ピーク判定工程は、ピーク同定工程にて同定された対象ピーク毎の1つの成分のピークの面積を基準とした面積比を実面積比として算出し、該実面積比が、標準試料タイムテーブルに予め格納された面積比の情報と所定の面積比許容幅以上に異なるピークが存在する場合に、当該ピークを夾雑ピークと判定する工程である。夾雑ピーク判定工程は、例えば面積比参照機能等として、プログラムに実装される。
【0127】
<面積比参照機能>
標準試料タイムテーブルは、対象ピークのピーク面積の情報と、対象成分のうちの1つの成分のピークの面積を基準とした対象ピークの面積比の情報をさらに含んでもよい。
【0128】
この場合、元の標準試料タイムテーブルを作成したときの標準試料と同一の標準試料を測定した場合の面積比は、標準試料タイムテーブルに含まれる面積比と、ほぼ同一になると仮定できる。
【0129】
すなわち、ピーク同定工程にて同定された対象ピークの面積比と、標準試料タイムテーブルに含まれる面積比とを比較して、対象ピークの同定結果が正しいかどうか検証するようにしてもよい。
【0130】
具体的には例えば、
図22に示すように、標準試料タイムテーブルには、成分名、保持時間及びピーク面積の情報が含まれている。この標準試料タイムテーブルにおいて、Aspの行における基準列のセルをクリックして、Aspのピークを基準に設定する(
図22では、当該セルには「基準」と表示されている)。そうすると、Aspのピーク面積を1としたときの、他の成分のピーク面積の面積比が算出され、面積比の列に表示される。そして、当該面積比が、許容幅(
図22の例では10%と設定されている)として設定された値の範囲内に含まれるか否かを判断する。面積比が許容幅の範囲に含まれる場合、対象ピークの同定結果は正しいと判断される。一方、面積比が許容幅の範囲に含まれない場合、対象ピークの同定結果は正しくないと判断される。この場合、例えばエラー出力される構成を採用してもよいし、正しくないと判断されたピークを、同定目標の成分のピークに該当しない夾雑ピークとして同定対象から除外する構成等を採用してもよい。
【0131】
本構成により、紛らわしい夾雑ピーク等が存在する場合、分離カラムを交換した場合、及び複数の装置で運用する場合等に、ピーク同定結果の検証及び保持時間の補正を容易に行うことができ、ピーク同定の精度が向上する。
【0132】
なお、面積比の許容幅は、特に限定されないが、例えば5%以上15%以下とすることができる。面積比の許容幅が5%未満では、許容幅が狭すぎ、正しいピークが正しくないと判断される可能性が高まり、かえってピーク同定の精度が低下するおそれがある。面積比の許容幅が15%超では、許容幅が広すぎ、正しくないピークを精度よく判別できなくなり、ピーク同定の精度が低下するおそれがある。
【0133】
(実施例4)
<閾値アジャスト型ピーク抽出機能>
上述の実施例1のピーク抽出工程(
図4のステップS8,S10)では、ピーク数をカウントする検出信号の下限閾値をユーザが入力可能とし、制御部はカウント数が適正か否か判定した。
【0134】
ピーク抽出工程は、実施例1の構成に限られない。実施例1の構成に代えて、例えば閾値アジャスト型ピーク抽出機能の処理フローを採用してもよい。当該処理フローでは、閾値を、対象ピークの抽出が可能な値に自動で設定可能な可変値とする。具体的には例えば、先ず下限閾値を上方に一旦上げて、徐々に下げながらピーク数を1本、2本、3本とカウントする。
【0135】
そして、例えば所定の18本に達した時に閾値の下降を停止する。そこで、保持時間の順に成分名を割り当てて、かつ、一定の基準を用いてこのピーク同定結果が適正かを判定する。
【0136】
閾値アジャスト型ピーク抽出機能の処理フローの例を
図23に示す。
【0137】
任意工程であるブランクサブトラクト(ステップS71)は一種の前処理工程であり、ベースラインをほぼ水平化するために、ブランク試料の検出ベースラインを標準試料のクロマトグラムから差し引く。ブラントサブトラクト処理を実施しないと、浮き上がったベースライン部分をピークと誤認識する場合があるため、実施することが望ましい。
【0138】
なお、ステップS71のブランクサブトラクトを設ける場合、当該工程は
図4のステップS2の前に設けられる。そして、次のステップS72~S76は、
図4のステップS8,S10に代えて設けることができる。また、ステップS77,S78は、
図4のステップ12,S14に代えて設けることができる。すなわち、
図23のステップS71とステップS72との間には、
図4のステップS2~S6(
図23では省略)が行われる。
【0139】
例えば、下限閾値xを初期値x0(例えば1,000mV)に一旦引き上げる(ステップS72)。下限閾値xをΔx(例えば10mV)ずつ減算し(ステップS75)、ピーク本数をカウントする(ステップS73、S74)。
【0140】
所定本数の18に達した時に閾値の下降を停止する(ステップS76)。
【0141】
第1の保持時間の順に成分名を割り当てることにより、暫定のピーク同定を行う(ステップS77)。
【0142】
同定結果が適正かチェックをする(ステップS78)。例えば、各ピークのピーク面積をピーク高さで除したピーク幅相当時間が10s~60sの範囲内にあることを検定基準にする。他にも検定基準は幾つか考えられ、例えば実施例2の面積比参照機能を採用してもよい。また、検定基準に合格しない場合は、例えばエラー出力等により処理を終了してもよい。
【0143】
閾値アジャスト型ピーク抽出機能を採用することにより、より効果的に過不足のないピーク本数でピーク同定を行うことができる。
【0144】
(実施例5)
<閾値アジャスト型ピーク抽出機能:最大値探索法>
ピーク抽出工程の変形例を含む処理フローである実施例4の閾値アジャスト型ピーク抽出機能と等価な方法として、最大値探索法を用いてもよい。最大値探索法では、最大値を次々に見つけ出し、それぞれの当該時刻に不感時間帯を設けながら、所定ピーク本数まで最大値を探索し続ける。最大値探索法の処理フローの例を
図24に示す。なお、
図24に示すように、本例では、
図23に示す実施例4のステップS72~S76に代えて、以下のステップS82~S86を実行する。従って、実施例4と同一処理の工程(ステップS71、S77、S78)には同一の符号を付して説明を省略する。
【0145】
具体的には例えば、最大値抽出工程であるステップS82で、クロマトグラムのデータ列における信号強度の最大値を抽出する。
【0146】
そして、認定工程であるステップS83で、抽出した最大値を与えるピークを対象ピークの1つと認定するとともに、当該最大値を与える時刻tを見出す。
【0147】
次に、不感時間帯設定工程であるステップS84で、上記最大値を与える時刻tを含む所定の時間幅の不感時間帯を設定する。不感時間帯は特に限定されないが、例えば±0.1分~±0.5分等に設定することができる。
【0148】
そして、ステップS85で、抽出された対象ピークの本数が所定のピーク本数に到達したか否かを判定する。
【0149】
ステップS85でnoの場合、不感時間帯のデータ列を除外した前記クロマトグラムのデータ列について、最大値抽出工程、認定工程及び不感時間帯設定工程を繰り返して、残りの前記対象ピークを抽出する(反復工程)。そうして、抽出された対象ピークの本数が所定のピーク本数に到達するまで、最大値抽出工程、認定工程及び不感時間帯設定工程を繰り返す。
【0150】
ステップS85でyesの場合、すなわち、抽出された対象ピークの本数が所定のピーク本数に到達した場合、最大値探索処理を停止する(ステップS86)。そして、ステップS77以降に進む。
【0151】
(実施例6)
<ハイドロキシリジン(Hylys)の特殊事例>
例えば
図25に示すように、アミノ酸の一種であるHylysのピークは先割れスプーンのようにピークの先端が2つに分かれる場合がある。これはジアステレオマーが2種類存在することによる。Hylysのピークは、分離条件等により、ピークの先端が分離したり分離しなかったりするため、ピーク同定処理が難しい。
【0152】
前述の実施例5の最大値探索に基づくピーク抽出法は、不感時間帯を設けるため、たとえ先割れしても1本のピークとしてカウントできるため問題ない。
【0153】
実施例4の閾値アジャスト型ピーク抽出機能は、ピークの先端が先割れすると2本とカウントしてしまうので、最大値探索法と同様に別のピークと認識しない不感時間帯を設定することが考えられる。あるいは、所定本数に達した時点の検定でHylysを2本カウントしていると判明した場合、改めて下限閾値を引き下げて、ピークをもう1本追加カウントする方法も採用できる。また、Hylysのピークの先端が2つに分かれる場合には、これらを1成分のピークとしてグルーピングする機能を採用してもよい。
【0154】
(実施例7)
<カウントアップ抽出法>
ピーク抽出工程の変形例として、カウントアップ抽出法を用いてもよい。カウントアップ抽出法は、
図4のステップS8,S10に代えて設けることができる。
【0155】
そもそもピークの成分名を割り当てる前に、標準試料タイムテーブルに設定されている成分数のピークを抽出しなければならない。成分数とピーク数が一致していれば、保持時間の早い順に成分名を割り当てればいいだけである。正常に標準試料が分析されていれば、理想的には成分数とピーク数が一致するはずである。
【0156】
ピーク抽出工程としてのカウントアップ抽出法は、ピーク群を検知するピーク検知工程を含み、当該ピーク検知工程によって検知されたピーク群から、ピークサイズの大きい順に対象成分の数に相当する本数まで対象ピークを抽出する。
【0157】
ピーク検知工程では、ノイズやスロープなどの検知パラメータを用いてピークを検知する。検知パラメータが鋭敏すぎると意図される成分数よりも若干多くピークが検出されることがあるが、それらのピークは標準試料に含まれる成分由来のピークに比べるとピークの高さが著しく低い。低いピークは、標準試料に含まれる夾雑成分だったり、ベースラインのノイズだったりする。従って、ピーク高さの高い順に成分数の分だけピークを抽出することにより、必要十分なピーク数を確保でき、それらに成分名を割り当てることができる。この工程は、割り当てに必要なピーク数まで数え上げて、ピークを抽出しているので、カウントアップ抽出(Count-Up Extraction; CUE)と呼べる。この数え上げる工程は閾値を可変にして調節する工程と同等である。何故ならば、数え上げる工程も閾値を調整する工程も成分数が基準となっており、成分数の役割はその工程を停止することだからである。
【0158】
例えば実施例1のピーク同定法の本質は、ピーク抽出工程が、ピーク高さに代表されるクロマトグラムの縦軸の検出強度特性を利用しているにもかかわらず、成分名の割り当て工程はピーク高さの順番とは一切関係なく保持時間の横軸情報のみに基づいていることにある。
【0159】
一方、CUE法はピーク高さに基づいて必要な成分数を抽出するだけで、ピーク高さの情報は成分名割り当てには全く作用しないことが特徴である。
【0160】
ここで、CUE法の対象とするクロマトグラムの時間区間は、データ収集の最初から最後まででも良いし、比較的広めのワイドウインドウでも良い。
【0161】
すなわち、CUE法では、上記ピーク検知工程を含むことにより、閾値調節法がピーク数を数え上げることに置き換えられたわけである。また、成分数よりも検知されたピーク本数が少ない場合も想定されるが、これは正常に標準試料が分析できなかったと判断し、エラーとする。
【0162】
CUE法の効果としては、前述の閾値アジャスト型ピーク抽出機能で必要であった閾値の初期値設定が不要である。これは、ピーク本数が直接的な調節指標となったため、閾値を調節して成分数を合わせる必要がなくなったからである。また、最大値探索法で必要であった不感時間帯の設定も不要である。これは、ピーク検知工程を採用したことにより不感時間帯のような特別なパラメータが不要となったからである。
【0163】
ところで、ここまでピーク高さと呼んでいる指標はクロマトグラムの縦軸のy座標の値、すなわちピークの頂点の信号強度であった。信号強度は、単なる検出強度である。通常のデータ処理方法はベースラインの設定工程を含む。それを実行してベースラインの設定が完了していれば、単なるy座標ではないベースラインの上方としてのピーク高さも利用できる。さらにピーク高さの替わりにピーク面積の大きさ順もピーク数の数え上げに利用可能である。つまり、CUE法では、ベースライン設定工程後であれば、ベースラインの上方のピーク高さもピーク面積も利用可能である。すなわち、y座標も、ベースライン設定後のピーク高さもピーク面積のいずれもピークサイズであり、その大きさ順に選択する指標に利用することができるわけである。言い換えると、本実施例において、「ピークサイズ」とは、ピークの信号強度、ベースライン設定後におけるベースラインよりも上方のピーク高さ(ピークの頂点の信号強度とベースラインの信号強度との差分)又はベースライン設定後におけるベースラインよりも上方のピーク面積(ピークにおけるベースラインよりも上方の部分の面積)を意味する。
【0164】
ここで特殊事例をいくつか考えてみる。Proは前述の通りVIS1では不要な成分であり、VIS1のクロマトグラムでは比較的小さなピークとして出現する。ProやHyproはVIS1用標準試料タイムテーブルに存在しないので、まさにCUE法ではピークの大きさに基づきVIS1のピークに成分名を割り当てないことができる。
【0165】
また、例えば、プレカラム誘導体化法で反応試薬自体の巨大なピークが出現することがある。この場合は、予め標準試料タイムテーブルに反応試薬由来の成分ピークを載せておいて、CUE法により成分名を割り当ててから、定量分析する際に反応試薬由来の成分を除外することで対処する。
【0166】
前述した実施例6のHylysは生体液分析PF法用標準試料に含まれる成分であり、ピークが先割れする場合としない場合がある。この特殊事例の対処方法の一例を示す。PF法のVIS1用標準試料タイムテーブルには通常n個の成分数が載せられている。しかし、ピークが先割れする場合もあるので、予めn+1個の成分数のHylys1とHylys2を含むタイムテーブルも用意しておく。そして、実際の標準試料のクロマトグラムに対して、n個とn+1個のそれぞれのタイムテーブルを用いてCUE法を適用する。ここで、どちらのタイムテーブルを用いた方がよりもっともらしいか判定する必要がある。先割れピークが存在する場合にn個の成分数のタイムテーブルを用いれば、本来抽出されるべき成分ピークが抽出されないこととなる。この状態で成分名を割り当てれば、例えば、Hylys2ピークの保持時間が別の成分名に割り当てられることになる。タイムテーブルには成分ごとに基準の時間が設定されているので、このような状態では、大幅な時間のずれが生じる。数1の判定式を持ち出すまでもなく、この大幅な時間のずれに基づいてもっともらしさを判定すれば、n個のタイムテーブルがふさわしくないことが判断できる。
【0167】
逆に先割れピークが存在しない場合にn+1個のタイムテーブルを用いれば、Hylys2の成分名が別のピークに割り当てられて、同様に大幅な時間のずれを生じることとなる。n+1個のタイムテーブルがふさわしくないことが判断でき、正しい成分数n個のタイムテーブルを採用することとなる。この大幅な時間ずれを判定するために許容幅を予め設定するもっともらしさ判定法は、意図した成分ピークと実測されたピークの一致度が簡単に見られるため、一般的な成分においてもCUE法が正しく機能したかを判断するために有効である。
【0168】
Hylysの特殊事例回避には別法も採用できる。例えば、Hylysの保持時間はある程度予めわかっているため、その時刻周辺に先割れピーク検知工程を付加することができる。2つのピークが一定の至近距離に出現していれば、先割れピークフラッグを立てて、前述の成分数n+1個の標準試料用VIS1タイムテーブルを用いてCUE法を実行させる。
【0169】
前述のProピークに関しての特別な検定法について述べる。まず、Proを含まない標準試料用VIS1タイムテーブルを用いて、CUE法を実行する。次にProを含む標準試料用VIS2タイムテーブルを用いて、CUE法を実行する。VIS2のCUE法はProピークを抽出することだけが目的なので、このVIS2タイムテーブルはクロマトグラムのProデータ収集時間が途中で終了する成分数の少ないものでも問題ない。ここで、VIS2で見出したProの保持時間を用いて、VIS1のProピークも探索する。実測のProピークが成分としてのProであることを確認するために、570 nmのVIS1のProのピーク面積を440 nmのVIS2のProのピーク面積で除して比を計算する。この比が一定の許容幅に入っているときにProであると検定できる。イミノ酸であるProに適用できる特別なピーク面積比検定法である。これはPF法のHyproピークも同様に扱えるイミノ酸用の検定法である。イミノ酸は特別なので、本検定法がピーク同定確認のために有効である。
【0170】
(その他の実施例)
上記実施例では、クロマトグラフ装置100として、アミノ酸分析計を例示したが、当該構成に限られない。クロマトグラフ装置100は、他の分析試料を分析する各種液体クロマトグラフ、ガスクロマトグラフ等であってもよい。
【0171】
(構成例)
以上で説明した本開示に係るクロマトグラムのデータ処理方法、データ処理装置、クロマトグラフ装置、データ処理プログラム及び記録媒体の構成とその効果の例を示す。
【0172】
クロマトグラムのデータ処理方法の構成の一例は、
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理方法であって、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を備える。
【0173】
本構成によれば、標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に応じて、過不足のないピーク本数でピーク同定を行う技術を提供することができる。
【0174】
好ましい態様では、
前記ピーク抽出工程は、前記ピーク群のうち、信号強度の極大値が閾値を超えるピークを、前記対象ピークとして抽出する工程であり、
前記閾値は、ユーザにより設定可能な可変値、又は、前記対象ピークの抽出が可能な値に自動で設定可能な可変値である。
【0175】
本構成によれば、閾値をユーザにより設定可能な可変値とすることにより、ユーザの意図するピーク同定を、より実用的且つ柔軟に実現できる。また、閾値を対象ピークの抽出が可能な値に自動で設定可能な可変値とすることにより、より効果的に過不足のないピーク本数でピーク同定を行うことができる。
【0176】
別の好ましい態様では、
前記ピーク抽出工程は、
前記クロマトグラムのデータ列における信号強度の最大値を抽出する最大値抽出工程と、
前記最大値を与えるピークを前記対象ピークの1つと認定する認定工程と、
前記最大値を与える時刻を含む所定の時間幅の不感時間帯を設定する不感時間帯設定工程と、を備えており、
前記不感時間帯のデータ列を除外した前記クロマトグラムのデータ列について、前記最大値抽出工程、前記認定工程及び前記不感時間帯設定工程を繰り返して、残りの前記対象ピークを抽出する。
【0177】
本構成によれば、より効果的に過不足のないピーク本数でピーク同定を行うことができる。
【0178】
別の好ましい態様では、
前記ピーク抽出工程は、前記ピーク群を検知するピーク検知工程を含み、
前記ピーク抽出工程は、前記ピーク検知工程によって検知されたピーク群から、ピークサイズの大きい順に前記対象成分の数に相当する本数まで前記対象ピークを抽出する。
【0179】
本構成によれば、より効果的に過不足のないピーク本数でピーク同定を行うことができる。
【0180】
好ましい態様では、
更新された前記標準試料タイムテーブルを補正する標準試料タイムテーブル補正工程をさらに備え、
前記標準試料タイムテーブル補正工程は、
前記標準試料タイムテーブルにおける所定の成分と、前記ピーク群における所定のピークとの組を指定する組指定工程と、
前記所定の成分の前記第2の保持時間を、前記所定のピークの実測保持時間により補正する第1補正工程と、
前記所定の成分よりも前及び後の少なくとも一方に溶出する成分の前記第2の保持時間を、前記所定の成分の前記第1補正工程前の前記第2の保持時間と前記第1補正工程後の前記第2の保持時間との差分に基づいて補正する第2補正工程と、を備える。
【0181】
本構成によれば、閾値調整や最大値抽出を反復する方法等だけでは排除が困難な余分なピークが存在する場合等であっても、ユーザ判断でピーク位置を補正することができ、延いてはピーク同定の精度を向上させることができる。そうして、ユーザが意図するピーク同定をより実用的且つ柔軟に実現できる。
【0182】
好ましい態様では、
前記標準試料タイムテーブルには、前記対象成分のうちの1つの成分のピークの面積を基準とした前記対象ピークの面積比の情報が予め格納されており、
前記ピーク同定工程後であり且つ前記標準試料タイムテーブル更新工程前に、前記ピーク同定工程にて同定された前記対象ピーク毎の前記1つの成分のピークの面積を基準とした面積比を実面積比として算出し、該実面積比が予め格納された前記面積比の情報と所定の面積比許容幅以上に異なるピークが存在する場合に、当該ピークを夾雑ピークと判定する夾雑ピーク判定工程をさらに備える。
【0183】
本構成によれば、紛らわしい夾雑ピーク等が存在する場合、分離カラムを交換した場合、及び複数の装置で運用する場合等に、ピーク同定結果の検証及び保持時間の補正を容易に行うことができ、ピーク同定の精度が向上する。
【0184】
好ましい態様では、
前記クロマトグラムは、第1チャンネルで測定された第1クロマトグラムと、第2チャンネルで測定された第2クロマトグラムと、を含み、
前記複数の成分は、前記第1クロマトグラムで同定目標の第1対象成分と、前記第2クロマトグラムで同定目標の第2対象成分と、を含み、
前記標準試料タイムテーブルは、前記第1チャンネルに対応する第1チャンネル用標準試料タイムテーブルと、前記第2チャンネルに対応する第2チャンネル用標準試料タイムテーブルと、を含み、
前記第1クロマトグラムについて前記第1チャンネル用標準試料タイムテーブルを用いて前記第1対象成分の対象ピークの同定を行った後に、前記第2クロマトグラムのピーク群から前記第1対象成分に該当するピークを除いて、前記第2チャンネル用標準試料タイムテーブルを用いて前記第2対象成分の対象ピークの同定を行う。
【0185】
本構成によれば、第1クロマトグラムに出現したピーク群の中から第2クロマトグラムで同定すべき第2対象成分を選別し、成分名を割り付ける作業が容易になる。
【0186】
クロマトグラムのデータ処理装置及び当該データ処理装置を備えるクロマトグラフ装置の構成の一例は、
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理装置及び当該データ処理装置を備えるクロマトグラフ装置であって、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出部と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルと、
前記標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定部と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新部と、を備える。
【0187】
本構成によれば、標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に応じて、過不足のないピーク本数でピーク同定を行う技術を提供することができる。
【0188】
クロマトグラムのデータ処理プログラムの構成の一例は、
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理プログラムであって、
コンピュータに、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を実行させる。
【0189】
本構成によれば、標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に応じて、過不足のないピーク本数でピーク同定を行う技術を提供することができる。
【0190】
クロマトグラムのデータ処理用のコンピュータプログラムが記憶された記録媒体の構成の一例は、
複数の成分を含む標準試料のクロマトグラムのデータ処理用のコンピュータプログラムが記憶されたコンピュータ読み取り可能な記録媒体であって、
前記コンピュータプログラムは、コンピュータに、
前記クロマトグラムに出現したピーク群から、前記複数の成分のうちの同定目標である対象成分の数に相当する本数の対象ピークを抽出するピーク抽出工程と、
前記対象成分の名称と該対象成分の保持時間である第1の保持時間との関係が予め格納された標準試料タイムテーブルに基づき、該第1の保持時間の短い順又は長い順に前記対象ピークに前記対象成分の名称を割り当てるピーク同定工程と、
前記標準試料タイムテーブルの前記第1の保持時間を、前記対象ピークの実測保持時間である第2の保持時間で更新する標準試料タイムテーブル更新工程と、を実行させる。
【0191】
本構成によれば、標準試料や測定試料の状態、測定条件の変更等に伴うクロマトグラムの変化に応じて、過不足のないピーク本数でピーク同定を行う技術を提供することができる。
【0192】
本開示に係る技術は上記実施例及び構成例に限定されるものではない。例えば、上記した実施例及び構成例は本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例及び構成例の構成の一部を他の実施例及び他の構成例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例又は構成例の構成に他の実施例又は構成例の構成を加えることも可能である。また、各実施例及び各構成例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0193】
21 ピーク抽出部
22 標準試料タイムテーブル変更部(ピーク同定部)
23 標準試料同定部(ピーク同定部)
24 測定試料タイムテーブル設定部(標準試料タイムテーブル更新部)
25 測定試料同定部
26 出力指示部
31 標準試料タイムテーブル
33 測定試料タイムテーブル
50 クロマトグラムのデータ処理装置
R1 (VIS1用標準試料タイムテーブルにおける)第1の保持時間
W1 (VIS1用標準試料タイムテーブルにおける)第1の許容幅
W2 (VIS1用標準試料タイムテーブルにおける)変更許容幅
W3 (VIS1用標準試料タイムテーブルにおける)第2の許容幅
T (VIS1のクロマトグラムにおける)実測保持時間(第2の保持時間)
Q1 (VIS2用標準試料タイムテーブルにおける)第1の保持時間
Q3 (VIS2のクロマトグラムにおける)実測保持時間(第2の保持時間)
Z1 (VIS2用標準試料タイムテーブルにおける)第1の許容幅
Z2 (VIS2用標準試料タイムテーブルにおける)変更許容幅
Z3 (VIS2用標準試料タイムテーブルにおける)第2の許容幅
WM 測定ウインドウ
M 目印情報(マーク)