(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024090766
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】銅合金材、抵抗器用抵抗材料および抵抗器
(51)【国際特許分類】
C22C 9/05 20060101AFI20240627BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20240627BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240627BHJP
【FI】
C22C9/05
C22F1/08 N
C22F1/00 604
C22F1/00 606
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 625
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022206861
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114292
【弁理士】
【氏名又は名称】来間 清志
(74)【代理人】
【識別番号】100145713
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 竜太
(72)【発明者】
【氏名】川田 紳悟
(72)【発明者】
【氏名】秋谷 俊太
(72)【発明者】
【氏名】高澤 司
(57)【要約】
【課題】体積抵抗率が十分に高く、対銅熱起電力および抵抗温度係数の絶対値が小さい銅合金材であって、さらに延伸方向への弾性変形を抑制することによって打ち抜き加工後の寸法精度を向上させることができる銅合金材等を提供する。
【解決手段】本発明の銅合金材は、Mn:20.0質量%以上35.0質量%以下およびNi:6.5質量%以上17.0質量%以下を含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金材であって、前記銅合金材の、延伸方向と厚さ方向を含む断面にて、EBSD法による結晶方位解析を行い、前記延伸方向に平行な<111>方位が、完全ランダム方位分布状態に対して1.8以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mn:20.0質量%以上35.0質量%以下およびNi:6.5質量%以上17.0質量%以下を含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金材であって、
前記銅合金材の、延伸方向と厚さ方向を含む断面にて、EBSD法による結晶方位解析を行い、前記延伸方向に平行な<111>方位が、完全ランダム方位分布状態に対して1.8以上である、銅合金材。
【請求項2】
前記銅合金材の、延伸方向と厚さ方向を含む断面にて、EBSD法により得られる、平均結晶粒径が20μm以下であり、前記平均結晶粒径の標準偏差が10μm以下である、請求項1に記載の銅合金材。
【請求項3】
前記組成は、さらに、Fe:0.01質量%以上0.50質量%以下およびCo:0.01質量%以上2.00質量%以下の少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の銅合金材。
【請求項4】
前記組成は、さらに、
Sn:0.01質量%以上3.00質量%以下、
Zn:0.01質量%以上5.00質量%以下、
Cr:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Ag:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Al:0.01質量%以上1.00質量%以下、
Mg:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Si:0.01質量%以上0.50質量%以下、および
P:0.01質量%以上0.50質量%以下からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の銅合金材。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の銅合金材からなる、抵抗器用抵抗材料。
【請求項6】
請求項5に記載の抵抗器用抵抗材料を有する、シャント抵抗器またはチップ抵抗器である、抵抗器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅合金材、抵抗器用抵抗材料および抵抗器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、体積抵抗率を高めるためにMnやNiを高濃度で添加した銅合金が抵抗材として用いられている。
【0003】
例えば特許文献1には、電気抵抗器用の、特に低抵抗の電流測定用抵抗器用の抵抗合金であって、銅成分と、23%乃至28%の質量分率を有するマンガン成分と、9%乃至13%の質量分率を有するニッケル成分と、を有し、前記マンガン成分の質量分率および前記ニッケル成分の質量分率は、前記抵抗合金が20℃で±1μV/Kより小さい銅に対する低い熱起電力を有するように選択される抵抗合金が開示されている。
一方、特許文献2には、銅とマンガンとニッケルを含む抵抗体用の合金であって、マンガンが33~38質量%であり、ニッケルが8~15質量%である抵抗体用合金が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2016-528376号公報
【特許文献2】特開2021-161512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このような抵抗材に用いられる銅合金は、MnやNiを高濃度で添加すると、抵抗体用材料としての特性は向上するものの、その一方、ヤング率(縦弾性係数)が十分に高くないため、製造時に弾性変形が生じる問題がある。
【0006】
ヤング率(縦弾性係数)が十分に高くない場合、製造時のライン張力などにより板材の延伸方向への弾性変形が生じやすくなり、このライン張力が作用した状態で打ち抜き加工を行うと、所期した寸法よりも小さくなって、寸法精度が低下するなどの問題があるが、特許文献1および特許文献2に記載の抵抗合金では、製造時の弾性変形を制御する点に関しては、何ら開示がない。
【0007】
本発明は、体積抵抗率が十分に高く、対銅熱起電力の絶対値が小さく、抵抗温度係数の絶対値が小さい銅合金材であって、さらに延伸方向への弾性変形を抑制することによって打ち抜き加工後の寸法精度を向上させることができる銅合金材、抵抗器用抵抗材料および抵抗器を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の要旨構成は、以下のとおりである。
[1]Mn:20.0質量%以上35.0質量%以下およびNi:6.5質量%以上17.0質量%以下を含有し、残部がCuおよび不可避不純物からなる組成を有する銅合金材であって、
前記銅合金材の、延伸方向と厚さ方向を含む断面にて、EBSD法による結晶方位解析を行い、前記延伸方向に平行な<111>方位が、完全ランダム方位分布状態に対して1.8以上である、銅合金材。
[2]前記銅合金材の、延伸方向と厚さ方向を含む断面にて、EBSD法により得られる、平均結晶粒径が20μm以下であり、前記平均結晶粒径の標準偏差が10μm以下である、上記[1]に記載の銅合金材。
[3]前記組成は、さらに、Fe:0.01質量%以上0.50質量%以下およびCo:0.01質量%以上2.00質量%以下の少なくとも1種を含有する、上記[1]または[2]に記載の銅合金材。
[4]前記組成は、さらに、
Sn:0.01質量%以上3.00質量%以下、
Zn:0.01質量%以上5.00質量%以下、
Cr:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Ag:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Al:0.01質量%以上1.00質量%以下、
Mg:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Si:0.01質量%以上0.50質量%以下、および
P:0.01質量%以上0.50質量%以下からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、上記[1]から[3]のいずれかに記載の銅合金材。
[5]上記[1]から[4]のいずれかに記載の銅合金材からなる、抵抗器用抵抗材料。
[6]上記[5]に記載の抵抗器用抵抗材料を有する、シャント抵抗器またはチップ抵抗器である、抵抗器。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、抵抗材料として必要な特性(例えば、体積抵抗率が十分に高く、対銅熱起電力の絶対値が小さく、抵抗温度係数の絶対値が小さい特性)を有することを前提としつつ、さらに延伸方向への弾性変形を抑制することによって打ち抜き加工後の寸法精度を向上させることができる銅合金材、抵抗器用抵抗材料および抵抗器を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明例および比較例の各供試材について、対銅熱起電力(EMF)を求める方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、銅合金材の組成を規定の範囲内とすることにより、抵抗材料として必要な特性(例えば、体積抵抗率が十分に高く、対銅熱起電力の絶対値が小さく、抵抗温度係数の絶対値が小さい特性)を有することを前提とし、さらに銅合金材の製造工程を管理して結晶方位を制御することにより、製造時の延伸方向への弾性変形を抑制し、打ち抜き加工後の寸法精度を向上することができる銅合金材銅合金材、抵抗器用抵抗材料および抵抗器を提供することが可能であることを見出し、かかる知見に基づき本発明を完成するに至った。
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0012】
[1]銅合金材の組成
<必須含有成分>
本発明の銅合金材は、必須含有成分として、Mn:20.0質量%以上35.0質量%以下、Ni:6.5質量%以上17.0質量%以下を含有する。
【0013】
[Mn:20.0質量%以上35.0質量%以下]
Mn(マンガン)は、体積抵抗率ρを高める元素である。この作用を発揮するとともに、均質な銅合金材を得るためには、Mnは、20.0質量%以上含有することが好ましく、22.0質量%以上含有することがより好ましく、24.0質量%以上含有することがさらに好ましい。ここで、Mn含有量を22.0質量%以上または24.0質量%以上に増加させることで、銅合金材の体積抵抗率ρをより一層高めることができる。他方で、Mn含有量が35.0質量%を超えると、銅合金材の融点が低下することで、銅合金材の製造、特に熱間加工の制御が困難になるため、均一な特性を得ることが困難になる。このため、Mn含有量は、20.0質量%以上35.0質量%以下の範囲であり、22.0質量%以上35.0質量%以下の範囲にすることが好ましく、24.0質量%以上35.0質量%以下の範囲にすることがより好ましい。
【0014】
[Ni:6.5質量%以上17.0質量%以下]
Ni(ニッケル)は、対銅熱起電力(EMF)の正の方向に調整する元素である。このため、対銅熱起電力(EMF)を負の値とする傾向を有するMnとともにNiを添加することにより対銅熱起電力(EMF)の絶対値を小さくすることができる。この作用を発揮するには、Niは、6.5質量%以上含有することが好ましい。他方で、Ni含有量が17.0質量%を超えると、均一な金属組織が得られ難くなり、銅合金材の部位によって体積抵抗率ρや対銅熱起電力(EMF)などが変化する恐れがある。このため、Ni含有量は、所望の特性を有する銅合金材を得る観点や、製造しやすい銅合金材を得る観点から、6.5質量%以上17.0質量%以下の範囲であり、6.5質量%以上12.0質量%以下の範囲にすることが好ましく、6.5質量%以上9.0質量%以下の範囲にすることがよりに好ましい。
【0015】
<任意添加成分>
本発明の銅合金材は、任意添加成分として以下の成分を含有してもよい。
【0016】
[Fe:0.01質量%以上0.50質量%以下、Co:0.01質量%以上2.00質量%以下の少なくとも1種]
本発明の銅合金材は、Fe:0.01質量%以上0.50質量%以下、Co:0.01質量%以上2.00質量%以下の少なくとも1種をさらに含有することが好ましい。これにより、対銅熱起電力(EMF)の絶対値を小さくすることができる。また、後述する抵抗材料などとして長期間にわたって使用したときの信頼性をより高める観点からは、Feは含有せず、Co:0.01質量%以上2.00質量%以下を含有することがより好ましい。
【0017】
(Fe:0.01質量%以上0.50質量%以下)
Fe(鉄)は、対銅熱起電力(EMF)を正の方向に調整する元素である。この作用を発揮するには、Feは、0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Feの含有量が0.50質量%を超えると、均一な金属組織が得られ難くなることによって、電気的な性能にばらつきが生じやすくなる。したがって、Feの含有量は、0.01質量%以上0.50質量%以下の範囲にすることが好ましい。また、別の観点では、Feは、安価な元素である一方で、長期間にわたって使用したときの電気的特性の変動を大きくする元素であるため、熱などに対する電気特性の安定性をより高め、それにより抵抗材料などとして長期間にわたって使用したときの信頼性をより高める観点から多量に含有することは好ましくない。そのため、Fe含有量は、0.50質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下とすることがより好ましく、0.20質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0018】
(Co:0.01質量%以上2.00質量%以下)
Co(コバルト)は、対銅熱起電力(EMF)を正の方向に調整する元素である。この作用を発揮するには、Coは、0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Coの含有量が2.00質量%を超えると、均一な金属組織が得られ難くなることによって、電気的な性能にばらつきが生じやすくなる。したがって、Coの含有量は、0.01質量%以上2.00質量%以下の範囲にすることが好ましい。Coは、高価な元素であるが、Feと異なり2.00質量%以下の範囲であれば、時間の経過による電気的特性の変動を起こし難いという利点がある。
【0019】
[その他の任意添加成分]
本発明の銅合金材は、Fe、Co以外のその他の任意添加成分として、Sn:0.01質量%以上3.00質量%以下、Zn:0.01質量%以上5.00質量%以下、Cr:0.01質量%以上0.50質量%以下、Ag:0.01質量%以上0.50質量%以下、Al:0.01質量%以上1.00質量%以下、Mg:0.01質量%以上0.50質量%以下、Si:0.01質量%以上0.50質量%以下、およびP:0.01質量%以上0.50質量%以下からなる群から選択される少なくとも1種を、さらに含有することが好ましい。これにより、銅合金材の体積抵抗率ρをさらに高めることができる。
【0020】
(Sn:0.01質量%以上3.00質量%以下)
Sn(錫)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Snを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Sn含有量は、3.00質量%以下にすることで、銅合金材が脆化することによる製造性の低下を起こり難くすることができる。
【0021】
(Zn:0.01質量%以上5.00質量%以下)
Zn(亜鉛)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Znを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Zn含有量が多過ぎると、体積抵抗率ρ、抵抗温度係数(TCR)、対銅熱起電力(EMF)といった、抵抗器の電気的な性能の安定性に悪影響を及ぼす恐れがあるため、5.00質量%以下にすることが好ましい。
【0022】
(Cr:0.01質量%以上0.50質量%以下)
Cr(クロム)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Crを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Cr含有量が多すぎると、体積抵抗率ρ、抵抗温度係数(TCR)、対銅熱起電力(EMF)といった、抵抗器の電気的な性能の安定性に悪影響を及ぼす恐れがあるため、0.50質量%以下にすることが好ましい。
【0023】
(Ag:0.01質量%以上0.50質量%以下)
Ag(銀)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Agを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Ag含有量が多過ぎると、体積抵抗率ρ、抵抗温度係数(TCR)、対銅熱起電力(EMF)といった、抵抗器の電気的な性能の安定性に悪影響を及ぼす恐れがあるため、0.50質量%以下にすることが好ましい。
【0024】
(Al:0.01質量%以上1.00質量%以下)
Al(アルミニウム)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Alを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Al含有量が多過ぎると、銅合金材を脆化させる恐れがあるため、1.00質量%以下にすることが好ましい。
【0025】
(Mg:0.01質量%以上0.50質量%以下)
Mg(マグネシウム)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Mgを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Mg含有量が多過ぎると、銅合金材を脆化させる恐れがあるため、0.50質量%以下にすることが好ましい。
【0026】
(Si:0.01質量%以上0.50質量%以下)
Si(ケイ素)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Siを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、Si含有量が多過ぎると、銅合金材を脆化させる恐れがあるため、0.50質量%以下にすることが好ましい。
【0027】
(P:0.01質量%以上0.50質量%以下)
P(リン)は、体積抵抗率ρの調整に用いることができる成分である。この作用を発揮するには、Pを0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、P含有量が多過ぎると、銅合金材を脆化させる恐れがあるため、0.50質量%以下にすることが好ましい。
【0028】
(Sn、Zn、Cr、Ag、Al、Mg、SiおよびP:合計で0.01質量%以上5.00質量%以下)
Sn、Zn、Cr、Ag、Al、Mg、SiおよびPは、上述した効果を奏するため、合計で0.01質量%以上含有することが好ましい。他方で、これらの成分を多量に含むと、金属組織が均一性を損なうことで脆化する恐れがあるため、合計で5.00質量%以下にすることが好ましい。
【0029】
<残部:Cuおよび不可避不純物>
上述した必須含有成分および任意添加成分以外は、残部がCu(銅)および不可避不純物からなる。なお、ここでいう「不可避不純物」とは、おおむね銅系製品において、原料中に存在するものや、製造工程において不可避的に混入するもので、本来は不要なものであるが、微量であり、銅系製品の特性に影響を及ぼさないため許容されている不純物である。不可避不純物として挙げられる成分としては、例えば、硫黄(S)、酸素(O)などの非金属元素や、アンチモン(Sb)などの金属元素が挙げられる。なお、これらの成分含有量の上限は、上記成分ごとに0.05質量%とすることが好ましく、上記成分の総量で0.10質量%とすることが好ましい。
【0030】
[2]銅合金材の金属組織と形状
[銅合金材の金属組織]
本発明の銅合金材は、延伸方向と厚さ方向を含む断面にて、EBSD法による結晶方位解析を行い、完全ランダム方位分布状態を1.00とするとき、前記延伸方向に平行な<111>方位が、完全ランダム方位分布状態に対して1.8以上である。ここで、「完全ランダム方位分布状態」とは、銅合金材における結晶方位に全く配向性がない場合、即ち、全ての方位が等しく表れる状態をいう。
【0031】
MnやNiの含有量が多い銅合金材は、ヤング率(縦弾性係数)が十分に高くないため、製造時のライン張力などにより銅合金材の弾性変形が生じ易く、その結果、打ち抜き加工後の寸法精度が十分でなかった。また、このような銅合金材において、ヤング率だけでなく引張強度も十分に高くない場合は、銅合金材の取り扱い中の折れが生じ易かった。
本発明の銅合金材においては、上記したように製造方法を制御して延伸方向に平行な<111>方位を増やす(集積する)ことにより、銅合金材の延伸方向におけるヤング率を十分に高くして製造時の弾性変形を抑制することができる。その結果、打ち抜き加工後の寸法精度を向上することができる。銅合金材の延伸方向に平行な<111>方位の完全ランダム方位分布状態に対する比は、延伸方向におけるヤング率を十分に高くする観点から、1.8以上とすることが必要であり、好ましくは2.0以上である。一方、集積度が高過ぎると、結晶粒径の均一性を損ねる観点から、3.0以下とすることが好ましい。
【0032】
SEM-EBSD法の結晶方位解析データは、例えば、高分解能走査型分析電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-7001FA)に付属するEBSD検出器(TSL社製、OIM5.0 HIKARI)を用いて連続して結晶方位データを測定し、測定した結晶方位データを、解析ソフト(TSL社製、OIM Analysis)で算出(処理)した結晶方位解析データから得ることができる。「EBSD」とは、Electron BackScatter Diffractionの略で、走査型電子顕微鏡(SEM)内で測定試料であるアルミニウム系線材に電子線を照射したときに生じる反射電子菊池線回折を利用した結晶方位解析技術のことである。測定対象は、銅合金材の研磨で鏡面仕上げされた表面であり、測定領域は、例えば0.1mm2以上である。測定は、例えばステップサイズ0.5μmで行う。具体的な解析方法は、調和関数(Harmonic Series Expansion)を用いて、展開次数(Series Rank)を16とし、ガウス分布に当てはめるときの半値幅(Gaussian Half-Width)を5゜として強度計算を行ない、得られた計算結果について、銅合金材の延伸方向に平行な方向の逆極点図を作図し、<111>方位を有する結晶粒の集積度が得られる。
【0033】
本発明の銅合金材は、銅合金材の、延伸方向と厚さ方向を含む断面にて、EBSD法により得られる、平均結晶粒径が20μm以下であり、平均結晶粒径の標準偏差が10μm以下であることが好ましい。平均結晶粒径およびその均一度を所定の数値範囲に制御することで、延伸方向におけるヤング率をより高くし、さらに引張強度を十分に高くすることができる。これにより、銅合金材の取り扱い中の折れを抑制することができる。
【0034】
平均結晶粒径は、上記した測定した結晶方位データから解析ソフト(TSL社製、OIM Analysis)を用いて算出した結晶方位解析データから得ることができる。平均結晶粒径は、例えば、解析ソフトによって、15°以上の結晶方位差を結晶粒界とし、2ピクセル以上からなる結晶粒を解析の対象とし、粒径(直径)の面積分率を算出し、得られた分布図の平均直径を粒径とし、また、面積分率による直径の分布から標準偏差を算出することができる。
【0035】
[銅合金材の形状]
本発明の銅合金材の形状は、特に限定されるものではないが、後述する熱間または冷間での加工工程や、プレス打ち抜き加工などの切断加工を行いやすくする観点では、板材であることが好ましい。ここで、板材のように、圧延によって形成される銅合金材では、圧延方向を延伸方向とすることができる。他方で、本発明の銅合金材は、線材、平角線材、リボン材、条材または棒材などであってもよく、本発明の銅合金材でこれらの形状を形成することで、端末についての切断加工を行い易くすることができる。ここで、伸線や引抜、押出によって形成されるこれらの形状の銅合金材では、伸線方向、引抜方向および押出方向のいずれかを延伸方向とすることができる。
【0036】
[3]銅合金材の製造方法
上述した銅合金材を得ることが可能な、製造プロセスの一例として、以下の方法を挙げることができる。下記製造方法は板材のみでなく、平角線の端末処理にも応用することができる。
【0037】
本発明の銅合金材の製造方法の一例として、上述した銅合金材の合金組成と実質的に同じ合金組成を有する銅合金素材に、少なくとも、鋳造工程、均質化熱処理工程、熱間加工(延伸)工程、冷間加工工程、再結晶熱処理工程を順次行なうものである。これにより、本発明に規定する延伸方向に平行な<111>方位の集積度を有する銅合金材を得ることができる。
【0038】
[鋳造工程]
鋳造工程は、高周波溶解炉を用いて、不活性ガス雰囲気中もしくは真空中で、上述の合金組成を有する銅合金素材を溶融させ、これを鋳造することによって、所定形状(例えば厚さ300mm、幅500mm、長さ3000mm)の鋳塊(インゴット)を作製する。なお、銅合金素材の合金組成は、製造の各工程において、添加成分によっては溶解炉に付着したり揮発したりして製造される銅合金材の合金組成とは必ずしも完全には一致しない場合があるが、銅合金材の合金組成と実質的に同じ合金組成を有している。
【0039】
[均質化熱処理工程]
均質化熱処理工程は、鋳造工程を行なった後の鋳塊に対して、均質化のための熱処理を行なう工程である。ここで、均質化熱処理工程における熱処理の条件は、結晶粒の粗大化を抑制する観点から、加熱温度を750℃以上900℃以下の範囲にし、かつ熱処理時間を10分間以上10時間以下の範囲にすることが好ましい。
【0040】
均質化熱処理工程は、例えばバッチ式熱処理、高周波加熱、通電加熱、走間加熱などの連続熱処理など公知の方法を用いて行うことができる。
【0041】
[熱間加工工程]
熱間加工工程は、均質化熱処理を行なった鋳塊に対して、所定の厚さになるまで熱間で圧延や延伸などの加工を施して、熱延材を作製する工程である。熱間加工工程の条件は、加工温度は750℃以上900℃以下の範囲であることが好ましく、均質化熱処理工程における加熱温度と同じであってもよい。また、熱間加工工程における加工率は、材料内部の偏析を無くす観点から、50%以上90以下であることが好ましい。
【0042】
ここで、「加工率」は、圧延や延伸などの加工を施す前の断面積から、加工後の断面積を引いた値を、加工前の断面積で除して100を乗じ、パーセントで表した値であり、下記式で表される。
[加工率]={([加工前の断面積]-[加工後の断面積])/[加工前の断面積]}×100(%)
【0043】
熱間加工工程は、例えば圧延ロールなどを用いた公知の方法で行うことができる。熱間加工工程は、1回で行っても、目的とする厚さが得られるまで複数回行ってもよい。
【0044】
熱間加工工程後の熱延材は、冷却することが好ましい。ここで、熱延材に対する冷却の手段は、特に限定されないが、例えば結晶粒の粗大化を起こり難くすることができる観点では、できるだけ冷却速度を大きくする手段であることが好ましく、例えば水冷などの手段により、冷却速度を50℃/秒以上にすることが好ましい。
【0045】
ここで、冷却後の熱延材に対して、表面を削り取る面削を行なってもよい。面削を行なうことで、熱間加工工程で生じた表面の酸化膜や欠陥を除去することができる。面削の条件は、通常行なわれている条件であればよく、特に限定されない。面削により熱延材の表面から削り取る量は、熱間加工工程の条件に基づいて適宜調整することができ、例えば熱延材の表面から0.5~4.0mm程度とすることができる。
【0046】
[冷間加工工程]
冷間加工工程は、熱間加工工程を行なった後の熱延材に、加工率90%以上で、冷間で延伸、圧延などの加工を施す工程である。このように、冷間加工工程の条件を制御することにより、延伸方向の<111>方位を十分に集積することができる。延伸方向と平行な<111>方位をさらに集積する観点から、加工率は92%以上が好ましい。加工率が、90%よりも低いと、延伸方向に平行な<111>方位を十分に集積することができない。また、延伸方向と平行な<111>方位を十分に集積する観点から、加工率は97%以下であることが好ましい。
【0047】
冷間加工工程は、例えば圧延ロールなどを用いた公知の方法で行うことができる。冷間加工工程は、1回の加工で行っても、目的とする厚さが得られるまで複数回の加工で行ってもよいが、複数回の加工で行うことが好ましい。複数回の加工で行う場合は、複数回の加工の合計の加工率を「総加工率」ともいう。
【0048】
[再結晶熱処理工程]
再結晶熱処理工程は、冷間加工工程の後、室温から650℃以上850℃以下まで、15秒以内に昇温させた後、同温度で1秒以上40秒以下熱処理し、再結晶させる工程である。このように、再結晶熱処理工程を制御することにより、冷間加工工程で集積した延伸方向に平行な<111>方位を保持することができ、さらに平均結晶粒径およびその均一度を上記した所定の数値範囲に制御することができる。昇温時間が15秒を超えると平均結晶粒径およびその均一度を上記した所定の数値範囲に制御することが困難である。また、熱処理時間が40秒を超えると、平均結晶粒径およびその均一度を上記した所定の数値範囲に制御することが困難であり、特に均一度が低下して結晶粒径の標準偏差が大きくなる。
【0049】
再結晶熱処理工程は、例えばバッチ式熱処理、高周波加熱、通電加熱、走間加熱などの連続熱処理など公知の方法を用いて行うことができる。
【0050】
[4]銅合金材の用途
本発明の銅合金材は、体積抵抗率が十分に高く、対銅熱起電力の絶対値が小さく、抵抗温度係数の絶対値が小さい銅合金材であり、さらに製造時の弾性変形を抑制することよって打ち抜き加工後の寸法精度を向上させることができるため、抵抗器用抵抗材料として極めて有用である。本発明の抵抗器用抵抗材料は、抵抗器、好ましくはシャント抵抗器またはチップ抵抗器に用いられる。
【0051】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の概念および特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含み、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【実施例0052】
次に、実施例および比較例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0053】
(1)実験1 銅合金材の製造、評価
表1に示す組成を有する銅合金素材から実施例1~17および比較例1~6の銅合金材を製造し、その性能について試験した。なお、表1においては、成分の含有量が0.001質量%未満の場合は、不可避的不純物レベルであるため、当該成分を含有していないものとみなし、表には「-」と記載している。
【0054】
(実施例1~17)
表1に示す組成を有する銅合金素材に溶解・鋳造を施し、厚さ30mmのインゴットを得た。次いで、800℃、5時間の均質化熱処理工程を施した後、板厚30mmから同温度で10mmまで熱間加工工程(熱間圧延)を施し、その後、面削によって表面の酸化被膜を除去し、板厚を3~8mmとした。その後、表2に示す条件で、冷間加工工程(冷間圧延)、再結晶熱処理工程を行い、実施例1~17の銅合金材を得た。
【0055】
(比較例1~6)
表1に示す組成を有する銅合金素材に溶解・鋳造を施し、厚さ30mmのインゴットを得た。次いで、800℃、5時間の均質化熱処理工程を施した後、板厚30mmから同温度で10mmまで熱間加工工程(熱間圧延)を施し、その後、面削によって表面の酸化被膜を除去し、板厚を1~5mmとした。その後、表2に示す条件で、冷間加工工程(冷間圧延)、再結晶熱処理工程を行い、比較例1~6の銅合金材を得た。
【0056】
【0057】
【0058】
[各種測定方法および性能評価方法(I)]
実施例1~17および比較例1~6の各銅合金材(供試材)を用いて、下記に示す特性評価を行なった。各特性の評価条件は下記のとおりである。
【0059】
[1]<111>方位の、完全ランダム方位分布状態に対する比
SEM-EBSD法の結晶方位解析データは、銅合金板材の延伸方向に平行な断面を鏡面研磨して断面試料を作製した後、高分解能走査型分析電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM-7001FA)に付属するEBSD検出器(TSL社製、OIM5.0 HIKARI)を用いて連続して結晶方位データを測定し、測定した結晶方位データを、解析ソフト(TSL社製、OIM Analysis)で算出(処理)した結晶方位解析データから得た。EBSD測定は、0.2mm2の範囲を測定し、測定時のステップサイズは0.5μmとした。このEBSDによる測定結果から、データ解析ソフトを用いて、結晶方位の強度分布が示された逆極点図を得た。延伸方向と平行な方向の逆極点図を作図して、<111>方位を有する結晶粒の集積度を得た。得られた<111>方位の集積度を、完全ランダム方位分布状態における集積度で除することにより、延伸方向に平行な<111>方位の完全ランダム方位分布状態に対する比を算出した。結果を表3に示す。
【0060】
[2]平均結晶粒径の測定
平均結晶粒径は、上述のSEM-EBSD法の結晶方位解析データから、データ解析ソフトである「OIM ANALYSIS」を用いて得られる、Grain Size(diameter)のグラフから求めた。このとき、Area Fractionから求められる平均直径と標準偏差を、結晶粒の平均結晶粒径およびその標準偏差とした。結果を表1に示す。結果を表3に示す。
【0061】
[3]体積抵抗率の測定
作製した銅合金材について、得られた厚さ0.3mmの板材を幅10mm、長さ300mmに切断し、供試材を作製した。
【0062】
体積抵抗率ρの測定は、電圧端子間距離を200mm、測定電流を100mAとして、室温20℃で、JIS C2525に規定された方法に準じた四端子法によって電圧を測定し、得られた値から体積抵抗率ρ[μΩ・cm]を求めた。
【0063】
測定された体積抵抗率ρについて、80μΩ・cm以上であった場合を体積抵抗率ρが十分に大きく、抵抗材料として優れているとして「◎」と評価した。また、体積抵抗率ρが70μΩ・cm以上80μΩ・cm未満であった場合を、体積抵抗率ρが大きく、抵抗材料として良好であるとして「○」と評価した。他方で、体積抵抗率ρが70μΩ・cm未満であった場合を、体積抵抗率ρが小さく抵抗材料の特性としては劣っているとして「×」と評価した。本実施例では、「◎」と「○」を合格レベルとして評価した。結果を表3に示す。
【0064】
[4]対銅熱起電力(EMF)の測定方法
作製した銅合金材について、得られた厚さ0.3mmの板材を幅10mm、長さ1000mmに切断し、供試材を作製した。
【0065】
供試材の対銅熱起電力(EMF)の測定は、JIS C2527に沿って行なった。より具体的には、
図1に示すように、供試材11の対銅熱起電力(EMF)の測定は、十分に焼鈍された直径1mm以下の純銅線を標準銅線21として用い、供試材11および標準銅線21の一方の端部を接続させた測温接点P
1を、80℃の恒温槽41で保温している温水に浸漬させるとともに、供試材11および標準銅線21の他方の端部をそれぞれ別々の銅線31、32に接続させた基準接点P
21、P
22を、氷点装置42で保冷している0℃の氷水に浸漬させたときの起電力を、電圧測定器43で測定した。得られた起電力について、温度差である80[℃]で割ることで、対銅熱起電力EMF(μV/℃)を求めた。
【0066】
測定された対銅熱起電力(EMF)について、絶対値が0.5μV/℃以下であった場合を、対銅熱起電力(EMF)の絶対値が小さく、抵抗材料の特性として優れているとして「◎」と評価し、絶対値が0.5μV/℃超え1.0μV/℃以下であった場合を、抵抗材料の特性として良好であるとして「〇」と評価した。他方で、対銅熱起電力(EMF)の絶対値が1.0μV/℃より大きい場合を、対銅熱起電力(EMF)の絶対値が大きく、抵抗材料の特性としては劣っているとして「×」と評価した。結果を表3に示す。
【0067】
[5]抵抗温度係数(TCR)の測定方法
作製した銅合金材について、得られた厚さ0.3mmの板材を幅10mm、長さ300mmに切断し、供試材を作製した。
【0068】
抵抗温度係数(TCR)の測定は、電圧端子間距離を200mm、測定電流を100mAとして、JIS C2525およびJIS C2526に規定された方法に準じた四端子法によって、供試材の温度を150℃に加熱したときの電圧を測定し、得られた値から150℃での抵抗値R150℃[μΩ]を求めた。次いで、供試材の温度を20℃に冷却したときの電圧を測定し、得られた値から20℃での抵抗値R20℃[μΩ]を求めた。そして、得られる抵抗値であるR150℃およびR20℃の値から、TCR={(R150℃[μΩ]-R20℃[μΩ])/R20℃[μΩ]}×{1/(150[℃]-20[℃])}×106の式から、抵抗温度係数(ppm/℃)を算出した。
【0069】
測定された抵抗温度係数(TCR)について、絶対値が50ppm/℃以下であった場合を、抵抗温度係数(TCR)の絶対値が十分に小さく、抵抗材料として優れているとして「◎」と評価し、絶対値が50ppm/℃超え絶対値が75ppm/℃以下であった場合を良好であるとして「〇」と評価した。他方で、抵抗温度係数(TCR)の絶対値が75ppm/℃より大きい場合を、抵抗温度係数(TCR)の絶対値が大きく抵抗材料の特性としては劣っているとして「×」と評価した。結果を表3に示す。
【0070】
[6]延伸方向におけるヤング率の測定
延伸方向におけるヤング率は、日本テクノプラス株式会社製自由共振式弾性率測定装置JE2-C1およびJE2-RTを用いて評価した。延伸方向(圧延方向)と供試材の長手方向が一致するように切り出し、延伸方向におけるヤング率を測定した。測定された延伸方向におけるヤング率について、140GPa以上であれば延伸方向の引張強度が十分に高いとして「◎」と評価し、135GPa以上140未満であれば、延伸方向の引張強度が良好であるとして「○」と評価し、135GPa未満であれば、延伸方向の引張強度が不足しているとして「×」と評価した。結果を表3に示す。
【0071】
[7]総合評価
上記した体積抵抗率ρ、対銅熱起電力(EMF)、抵抗温度係数(TCR)および延伸方向におけるヤング率の4つの評価結果のうち、全ての評価結果が「◎」であった場合を、総合性能が優れているとして「◎」と評価した。また、4つの評価結果に「×」がなく、かつ「〇」が少なくとも1つあった場合、総合性能が良好であるとして「○」と評価した。一方、体積抵抗率ρ、対銅熱起電力(EMF)、抵抗温度係数(TCR)および延伸方向におけるヤング率の評価のうち少なくとも1つの評価結果が「×」であった場合は、総合性能が不合格であるとして「×」と評価した。結果を表3に示す。
【0072】
【0073】
表1~表3に示すように、実施例1~17では、組成が本発明の適正範囲であり、かつ、延伸方向に平行な<111>方位が、完全ランダム方位分布状態に対して1.8以上であったので、体積抵抗率が十分に高く、対銅熱起電力および抵抗温度係数の絶対値が小さく、さらに延伸方向におけるヤング率が十分に高い銅合金材が得られた。一方、組成が本発明の適正範囲ではあるものの、延伸方向に平行な<111>方位が、完全ランダム方位分布状態に対して1.8未満である比較例1および比較例2の銅合金材では、延伸方向におけるヤング率が合格レベルよりも低かった。
【0074】
また、延伸方向に平行な<111>方位は、完全ランダム方位分布状態に対して1.8以上であるものの、組成が本発明の適正範囲外である比較例3~6においては、延伸方向におけるヤング率については合格レベルではあったものの、体積抵抗率、対銅熱起電力および抵抗温度係数のいずれかが抵抗材料の特性としては劣っていた。
【0075】
(2)実験2 引張強度と信頼性についての評価
実験1において製造した実施例1~17の銅合金材について、さらに引張強度と信頼性について評価した。
【0076】
[性能評価方法(II)]
[1]延伸方向における引張強度(0.2%耐力)の測定
0.2%耐力の測定は、延伸方向(圧延方向)と供試材の長手方向が一致するように切り出し、JIS Z2241に規定されている13B号の試験片を用いて、JIS Z2241の金属材料引張試験方法に準拠して行い、延伸方向における0.2%耐力を測定した。結果を表4に示す。
【0077】
[2]信頼性についての評価
銅合金材を、抵抗材料などとして長期間使用したときの信頼性、特に熱などに対する電気的特性の安定性について検討するため、上述の実験1[3]体積抵抗率の測定において体積抵抗率を測定した後の供試材について、400℃で2時間にわたり加熱することで、熱に対する電気的特性の安定性について加速試験を行なった。加熱による加速試験の後、上述の実験1[3]体積抵抗率の測定と同じ方法で、供試材の体積抵抗率を測定し、加熱前の体積抵抗率から加熱後の体積抵抗率を引いた体積抵抗率の差(加熱前後の体積抵抗率の差)をそれぞれ求めた。結果を表4に示す。
【0078】
【0079】
表3および表4に示すように、実施例1~17においては、延伸方向における0.2%耐力が、いずれも200MPa以上であり、高い引張強度が得られていることが確認された。さらに平均結晶粒径が20μm以下及び標準偏差が10μm以下である実施例1、4~8および10~17においては、延伸方向における0.2%耐力が220MPa以上であり、より高い引張強度が得られていることが確認された。
【0080】
また、表1、表4に示すように、Feの含有量が0.5質量%以下である実施例1~17においては、加熱前後の体積抵抗率の差がいずれも2.6μΩ・cm以下であり、抵抗材として長期間使用したときの信頼性が良好であることが確認された。さらにFeを含有しない実施例1~3、6、9、10、13~15および17においては、加熱前後の体積抵抗率の差がいずれも0.1μΩ・cm以下であり、抵抗材として長期間使用したときの信頼性が特に優れていることが確認された。