(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024090913
(43)【公開日】2024-07-04
(54)【発明の名称】ハイドロゲルを用いた肝細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20240627BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240627BHJP
【FI】
C12N5/07
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022207099
(22)【出願日】2022-12-23
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【弁理士】
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】中前 壮一郎
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA05
4B063QQ20
4B063QQ53
4B063QR08
4B063QR55
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4B063QS25
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AC14
4B065AC20
4B065BC46
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】機能的な肝細胞を提供すること。
【解決手段】本発明によれば、肝細胞を、ハイドロゲル内で培養する工程を含み、ここで、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に0 cells/mlより大きく10×10
6cells/ml以下の密度にて分散状態で存在する、肝細胞の培養方法が提供される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞を、ハイドロゲル内で培養する工程を含み、ここで、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に0 cells/mlより大きく10×106cells/ml以下の密度にて分散状態で存在する、肝細胞の培養方法。
【請求項2】
肝細胞を、ハイドロゲル内で培養する工程を含み、ここで、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に0 cells/mlより大きく10×106cells/ml以下の密度にて分散状態で存在する、肝細胞における少なくとも1つの肝機能の発現低下を抑制し若しくは該肝機能の低下した発現を増大させ、及び/又は肝細胞の上皮間葉転換(EMT)を抑制する方法。
【請求項3】
前記肝機能は、アルブミン、核内受容体、第I相薬物代謝酵素、第II相薬物代謝酵素及びトランスポーターからなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現変動により評価され、前記EMTは、EMT関連遺伝子であって、転写因子、細胞骨格及び細胞外マトリクスからなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現変動により評価される、
請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記核内受容体は、AHR(Aryl hydrocarbon Receptor)、CAR(constitutive androstane receptor)、PXR(pregnane X receptor)、PPAR(Peroxisome proliferator-activated receptor)及びRXR(retinoid X receptor)からなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり、前記第I相薬物代謝酵素は、チトクロムP450の少なくとも1つの分子種であり、前記第II相薬物代謝酵素は、UDPグルクロン酸転移酵素(UGT)の少なくとも1つの分子種であり、前記トランスポーターは、有機アニオントランスポーターファミリー及びATP結合カセットファミリーからなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり、前記転写因子は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)の少なくとも1つ分子種であり、前記細胞骨格は、Acta2(actin alpha 2)、Actb(actin beta)、Vim (Vimentin)からなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり、前記細胞外マトリクスは、コラーゲン、ビトロネクチン及びフィブロネクチンからなる群より選択される少なくとも1つの分子種である、
請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記肝細胞は、前記第I相薬物代謝酵素遺伝子及び/又は前記第II相薬物代謝酵素遺伝子の発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/10以上であるか、或いは前記転写因子遺伝子及び/又は細胞骨格遺伝子の発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の10倍未満である、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記肝細胞は、前記ハイドロゲル内に1×106~10×106 cells/mlの範囲内の密度で存在する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記ハイドロゲルは、0.05~2 kPaの硬さを有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記ハイドロゲルは、0.5~1000 μlの体積を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記肝細胞は、前記ハイドロゲルに内包され、表面上に実質的に存在しない、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記培養工程の前に、
前記ハイドロゲルを無孔性培養基材上に形成する工程であって、前記ハイドロゲルは、前記肝細胞を含有するハイドロゲル材料の溶液を前記無孔性培養基材上でゲル化させることにより形成される、工程
を更に含む請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記ハイドロゲルが略半球状又は略ドーム状である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記培養する工程は、培養開始日から7~21日間継続される、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記肝細胞は、初代肝細胞、肝癌細胞及び幹細胞由来肝細胞からなる群より選択される少なくとも1つの細胞である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
ハイドロゲル内に肝細胞を含み、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に1×106~10×106 cells/mlの密度にて分散状態で存在する、細胞培養物。
【請求項15】
前記肝細胞は、初代肝細胞、肝癌細胞及び幹細胞由来肝細胞からなる群より選択される少なくとも1つの細胞である、請求項14に記載の細胞培養物。
【請求項16】
前記肝細胞は、第I相薬物代謝酵素遺伝子及び/又は第II相薬物代謝酵素遺伝子の発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/10以上であるか、或いはEMT関連遺伝子である転写因子遺伝子及び/又は細胞骨格遺伝子及び/又は細胞外マトリクス遺伝子の発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の10倍未満である、請求項14又は15に記載の細胞培養物。
【請求項17】
2以上の前記ハイドロゲルを含み、該ハイドロゲルは略半球状又は略ドーム状で培養基材上に固定されている、請求項14又は15に記載の細胞培養物。
【請求項18】
試験因子の肝機能に対する影響を評価するための請求項14又は15に記載の細胞培養物。
【請求項19】
試験因子を、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法により得られる細胞培養物又は請求項14に記載の細胞培養物中の肝細胞と接触させる工程を含む、試験因子の肝機能に対する影響を評価する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝細胞の培養方法に関し、より具体的には初代肝細胞の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝細胞は、肝臓を構成する主たる細胞であり、肝機能を担っている。初代肝細胞は、現状最も高い肝機能を有するとされる細胞であり、化合物の肝臓影響評価にニーズがある。
しかし、肝細胞は、肝臓から分離され、従来法によりインビトロ培養されると、形態及び性質が大きく異なる別の細胞へ転換し(上皮間葉転換;EMT)、本来の機能である肝機能(代表的には、薬物代謝能)が低下して死滅する。
【0003】
一方、細胞を生体内に近い状況で培養するためにゲルを足場として用いる技術が、例えば、特許文献1~3に記載されている。
しかしながら、いずれの文献にも、当該培養技術により、培養中の肝細胞における肝機能の低下を抑制し得るとも、インビトロ培養による肝細胞(特に、初代肝細胞)の上皮間葉転換を抑制し得るとも記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021- 23215
【特許文献2】特開2019- 75993
【特許文献3】特開2003-135056
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
肝細胞、特に初代培養肝細胞をその肝機能を喪失させないように培養することができる方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、肝細胞を、ハイドロゲル内で培養する工程を含み、ここで、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に0 cells/mlより大きく10×106cells/ml以下の密度にて分散状態で存在する、肝細胞の培養方法を提供する。
また、本発明は、肝細胞を、ハイドロゲル内で培養する工程を含み、ここで、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に0 cells/mlより大きく10×106cells/ml以下の密度にて分散状態で存在する、肝細胞における少なくとも1つの肝機能の発現低下を抑制し若しくは該肝機能の低下した発現を増大させ、及び/又は肝細胞の上皮間葉転換を抑制する方法を提供する。
【0007】
本発明はまた、ハイドロゲル内に肝細胞を含み、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に1×106~10×106 cells/mlの密度にて分散状態で存在する、細胞培養物を提供する。
更に、本発明は、試験因子を、上記細胞培養物又は上記方法により得られる細胞培養物中の肝細胞と接触させる工程を含む、試験因子の肝機能に対する影響を評価する方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、肝細胞、特に初代培養肝細胞をその形態及び/又は肝機能を保持したまま培養する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の1つの実施形態を示す模式図である。肝細胞は、培養基材上に形成されたハイドロゲル足場に内包された状態で培養される。
【
図2】実施例において培養プレート上に作製された初代肝細胞内包ハイドロゲル足場の写真である。右パネルは、ハイドロゲルの一部の拡大図である(スケール=200 um)。
【
図3】本発明の培養方法(図中「Col-dome」と表記)又は従来法(二次元培養法:図中「2D」と表記)により培養した肝細胞におけるアルブミン(ALB)産生量の経時的変化を示す。48時間ごとに培地中に分泌されたALB量を酵素結合免疫吸着法(ELISA)により測定した。
【
図4】本発明の培養方法により培養した肝細胞を用いた甲状腺ホルモンT4(サイロキシン)代謝試験の結果を示すグラフである。肝細胞は、種々の濃度の核内受容体リガンド(A)β-ナフトフラボン(BNF)又は(B)プレグネノロン-16α-カルボニトリル(PCN)への暴露後、T4代謝試験に供した。
【
図5】本発明の培養方法により培養した肝細胞を用いた増殖試験の結果を示すグラフである。
【
図6】(A)従来法(二次元培養法)及び(B)本発明の培養方法により培養した肝細胞における核内受容体遺伝子の発現量を、day0(培養直前)に対する相対量で示すグラフである。
【
図7】フェノバルビタール(PB)に暴露された肝細胞における(A)網羅的遺伝子発現解析(ヒートマップ及びクラスタリング解析)及び(B)第I相代謝酵素(チトクロムP450)遺伝子の発現解析の結果を示す。肝細胞は、二次元培養法(図中「培養皿」と表記)、本発明の培養方法(図中「Col-dome」と表記)若しくはスフェロイド培養法(図中「Sphe培養」と表記)により培養されたか、又は生体肝臓中の正常細胞(図中「肝臓」と表記)であった。
【
図8】異なる形態のゲルを用いて培養された肝細胞におけるEMT関連遺伝子発現の解析結果を示す。肝細胞は、二次元培養法(図中「2D」と表記)、オーバーレイ法(図中「Over Lay」と表記)、オンゲル法(図中「On Gel」と表記)、サンドイッチ法(図中「Gel Sandwich」と表記)、本発明の培養方法(図中「Col Dome」と表記)で培養されたか、又は生体肝臓中の正常細胞(図中「肝臓」と表記)であった。
【
図9】異なる形態のゲルを用いて培養された肝細胞における肝機能遺伝子発現の解析結果を示す。肝細胞は、二次元培養法(図中「2D」と表記)、オーバーレイ法(図中「Over Lay」と表記)、オンゲル法(図中「On Gel」と表記)、サンドイッチ法(図中「Gel Sandwich」と表記)、本発明の培養方法(図中「Col Dome」と表記)で培養されたか、又は生体肝臓中の正常細胞(図中「肝臓」と表記)であった。肝機能遺伝子は、核内受容体遺伝子(Ahr、Car及びPxr);第I相薬物代謝酵素遺伝子(Cyp1a1、Cyp2b1、Cyp2b2及びCyp3a23/1);第II相薬物代謝酵素遺伝子(Ugt1a1、Ugt1a2、Ugt1a3、Ugt1a5、Ugt1a6、Ugt1a7、Ugt1a8及びSult1b1);トランスポーター遺伝子(Slco1a1、Abcb11、Abcc2及びAbcc3)であった。
【発明を実施するための形態】
【0010】
第1の観点から、本発明は肝細胞の培養方法を提供する。
本発明による肝細胞の培養方法は、肝細胞を、ハイドロゲル内で培養する工程を含む。
【0011】
前記培養工程において、肝細胞は、ハイドロゲル内に、0 cells/mlより大きく10×106cells/ml以下、好ましくは1×103~10×106 cells/ml、より好ましくは5×103~10×106 cells/ml、より好ましくは1×104~10×106cells/ml、より好ましくは5×104~10×106 cells/ml、より好ましくは1×105~10×106 cells/ml、より好ましくは5×105~10×106cells/ml、より好ましくは1×106~10×106 cells/ml、より好ましくは2×106~10×106 cells/ml、より好ましくは3×106~10×106cells/ml、より好ましくは5×106~10×106 cells/mlの密度にて分散状態で存在する。ハイドロゲル内における肝細胞の密度が10×106 cells/mlを超えると、ハイドロゲル内の中心領域に存在する細胞は、その周囲の細胞により栄養供給が妨げられて生存が困難になることがある。前記密度が1×106~10×106 cells/mlの範囲内である場合、適度な細胞間刺激が引き起こされて、肝細胞は上皮間葉転換(EMT)しないか若しくはその進行がより更に抑制され、及び/又は肝機能が低下しないか若しくはその低下がより更に抑制され、或いは(生体肝臓中の正常細胞と比較して)低下している肝機能がより更に回復する。
本明細書において、肝細胞の存在に関して、「分散状態」とは、肝細胞が、ハイドロゲル内に、単一細胞として及び/又は少数(例えば100個まで、より具体的には50個まで、より具体的には40個まで、より具体的には30個まで、より具体的には20個まで、より具体的には10個まで)の細胞の集合体(又は細胞塊)で存在し、より大きな細胞塊(例えば、細胞層又はスフェロイド)を形成していない状態をいう。
1つの実施形態において、肝細胞はハイドロゲルの表面上には実質的に存在しない。ここで、「実質的に存在しない」とは、ハイドロゲル表面上に肝細胞が存在しても、その数は、当該ハイドロゲルに内包されている細胞及びその表面上の肝細胞の総数の10%を超えない(より具体的には5%を超えない、より具体的には1%を超えない)ことをいう。
【0012】
(ハイドロゲル)
本培養方法において、ハイドロゲルは培養中の肝細胞の足場として機能する。
ハイドロゲルは0.05~115 kPa、好ましくは0.05~50 kPa、より好ましくは0.05~20 kPa、より好ましくは0.05~10 kPa、より好ましくは0.05~2 kPa、より好ましくは0.1~2 kPa、より好ましくは0.1~1 kPa、より好ましくは0.1~0.5 kPaの硬さ又は弾性力を有する。ハイドロゲルの硬さ又は弾性力が0.05 kPa未満である場合、培養細胞の足場として十分な強度を有さず、肝細胞を内部に保持することができないことがある。ハイドロゲルの硬さ又は弾性力が115 kPaを超える場合、その内部で培養される肝細胞は、上皮間葉転換(EMT)が急速に進行し、及び/又は肝機能が短期間に有意に低下するか若しくは喪失することがある。
本発明において、ハイドロゲルの硬さ又は弾性力は、用いる肝細胞が由来する動物の体温付近の温度又は培養工程の温度(例えば、ヒト肝細胞については約35~39℃、より具体的には37℃)で測定した値である。ハイドロゲルの硬さ又は弾性力は、当該分野において公知の技法により、例えば、押し込み試験(例えば、マイクロインデンテーション法又はナノインデンテーション法)により又は(マイクロ)レオメーターを用いて測定され得る。
【0013】
ハイドロゲル材料は、上記の硬さ又は弾性力を示すハイドロゲルを形成し得る限り特に限定されないが、好ましくは生体材料(具体的には、細胞外マトリクス構成成分)から選択される。
ハイドロゲル材料は、単独材料又は混合材料として、その水溶液が、生理学的条件(pH7~8及び0.9% NaCl)下にて、用いる肝細胞が由来する動物の体温付近の温度(例えば、ヒト肝細胞については約35~39℃、より具体的には37℃)でゲル状態であるものが好ましく、加えて、より低い温度(例えば室温付近、より具体的には20~25℃)でゾル状態であるものがより好ましい。
ハイドロゲル材料は、例えば、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、エラスチン、ビトロネクチン及び多糖類からなる群より選択される少なくとも1つである。多糖類としては、例えば、アルギン酸及びデキストランが挙げられる。ハイドロゲル材料は、コラーゲンと、ラミニン、フィブロネクチン、エラスチン、ビトロネクチン及び多糖類からなる群より選択される少なくとも1つとの組合せであり得る。
ハイドロゲルは、好ましくは、コラーゲンが、水を除くハイドロゲル材料の50質量%以上、より具体的には60質量%以上、より具体的には70質量%以上、より具体的には80質量%以上、より具体的には90質量%以上、より具体的には95質量%以上、より具体的には99質量%以上を占めるものである。1つの具体的実施形態において、培養工程の開始時において、ハイドロゲルはコラーゲンハイドロゲルである。
培養工程の間のハイドロゲルを構成するハイドロゲル材料は、培養工程開始時にハイドロゲルを構成していたハイドロゲル材料に加えて、培養中の肝細胞により産生されたハイドロゲル材料を含み得る。
【0014】
コラーゲンは、ハイドロゲル中で、肝臓中のコラーゲン線維とほぼ同じ周期(約67nm)の横紋構造を示す線維(コラーゲンフィブリル)を形成していることが好ましい。コラーゲンは、好ましくは、タイプI、タイプII、タイプIII、タイプV及びタイプXIコラーゲンからなる群より選択される少なくとも1つを含み、より好ましくはタイプIコラーゲンを含む。1つの実施形態において、コラーゲンはタイプIコラーゲンである。別の1つの実施形態において、コラーゲンは、タイプIコラーゲンと、10質量%(より具体的には5質量%)までのタイプII、タイプIII、タイプV及び/又はタイプXIコラーゲンとの混合物である。
コラーゲンは、上記の硬さ又は弾性力を示すハイドロゲルを形成し得る限り(好ましくは、加えて、コラーゲンフィブリルを形成し得る限り)、酸、アルカリ又は酵素で、例えば室温にて安定な水溶液(ゾル)を形成し得るように処理されていてもよい。よって、コラーゲンは酸性条件で透明度の高い水溶性コラーゲンのアテロコラーゲンであり得る。
【0015】
ハイドロゲルの形状は、特に限定されないが、例えば、略球状、略球欠状(より具体的には、略半球状若しくはドーム状)、略円柱状、又は略円錐台状であり得る。1つの実施形態において、ハイドロゲルは略半球状又はドーム状である。略半球状又はドーム状のハイドロゲルは、適切な量のハイドロゲル材料の溶液を、例えば培養基材上に、滴下し、そこでゲル化させることにより、特別な装置及び/又は手順を用いることなく(必要に応じて、複数の同等なものを)簡便に形成することができ、更に、そのまま特別な装置及び/又は方法を用いることなく培養に用いることができる。
ハイドロゲルのサイズは、特に限定されないが、例えば0.5~10000 μl、具体的には0.5~5000 μl、より具体的には0.5~2000 μl、より具体的には0.5~1000 μl、より具体的には1~1000 μl、より具体的には1~500 μl、より具体的には5~500 μl、より具体的には10~500 μl、より具体的には10~300 μl、より具体的には10~200 μl、より具体的には10~100 μlの体積を有し得る。
【0016】
ハイドロゲルは、培養工程の間、培養基材(例えば、培養容器の内底面)又は他の支持体に接していてもよいし、接していなくてもよい。接している場合、ハイドロゲルは、培養基材又は他の支持体に固定されていてもよいし、固定されていなくてもよい。2以上のハイドロゲルを用いる場合、それらは互いに接していてもよいし、接していなくてもよい。2以上のハイドロゲルは積み重ねられていてもよい。
ハイドロゲルは一体的に形成されていること(すなわち、逐次に形成された2以上の区画から構成されるものでないこと)が好ましい。
ハイドロゲルの数は、特に限定されず、培養基材のサイズにもよるが、好ましくは2以上、例えば2~100、より具体的には5~100、より具体的には10~100、より具体的には10~50、より具体的には20~50であり得る。
【0017】
(ハイドロゲルの製造方法)
ハイドロゲルは、培養細胞の足場として、培養工程の前に製造される。
ハイドロゲル足場は、肝細胞を含有するハイドロゲル材料の水溶液(以下、単に「肝細胞懸濁液」ともいう。)をゲル化させることにより形成することができる。上記の硬さ又は弾性力を示すハイドロゲルを形成するためには、ハイドロゲル材料の水溶液の濃度は、コラーゲンについては、例えば1~10mg/mlであり得る。ハイドロゲル材料の水溶液は、該ハイドロゲル材料のゲル化温度を超えて加温することによりゲル化する。加温は、例えばインキュベーター内で行うことができる。ゲル化に要する時間は、用いるハイドロゲル材料により異なり得るが、コラーゲンが主成分である場合、例えば5分間~1時間であり得る。
所望の形状のハイドロゲルは、その形状に対応する型又は型枠内で、肝細胞懸濁液をゲル化させた後に取り出すことより製造することができる。
【0018】
或いは、ハイドロゲルは、培養基材上に直接形成されてもよい。
よって、1つの実施形態において、本発明の培養方法は、培養工程の前に、ハイドロゲルを培養基材上に形成する工程を更に含む。この場合、ハイドロゲルは、肝細胞懸濁液を培養基材上でゲル化させることにより形成される。簡便性及び/又はコストの観点から、培養基材は慣用されるもの、より具体的には無孔性の培養基材であることが好ましい。
培養基材上へのハイドロゲルの形成は、例えば、適切な口径を有するチップを備えるピペッターを用いて、肝細胞懸濁液の液滴を培養基材上に載置した後、加温により該液滴をゲル化させることによって行うことができる。この場合、ハイドロゲルは略半球状又は略ドーム状に形成され得る(
図1)。加温は、例えば、培養基材を、ゲル化温度以上に加温されたインキュベーター内に配置することにより簡便に行うことができる。
この実施形態によれば、2以上の同様のハイドロゲルを簡便及び/又は短時間及び/又は低コストに形成することができる。この実施形態はまた、複数の肝細胞包埋ハイドロゲルが形成された(例えば、予め規定された領域内に整列して配置された)培養基材の自動的又は半自動的製造に適する。
【0019】
(肝細胞)
肝細胞は、本発明の培養方法における培養工程の前に、接着培養に供されていない(又は経験していない)ことが好ましい。加えて又は或いは、肝細胞は、本発明の方法における培養工程の前に、上皮間葉転換が開始していないか、又は初期段階にあることが好ましい。上皮間葉転換が相当に進行した肝細胞では、本発明の培養方法に供しても、所望の効果が得られないことがある。
肝細胞は、好ましくは初代肝細胞、肝癌細胞及び幹細胞由来肝細胞からなる群より選択される少なくとも1つの細胞であり、より好ましくは初代肝細胞である。本発明に関して「肝癌細胞」は、株化又は不死化された肝細胞を含む。初代肝細胞及び肝癌細胞は、それぞれ生体肝臓及び生体肝臓癌組織から、適切な分離法により、例えばコラゲナーゼ処理(より具体的には、コラゲナーゼ灌流法)により、取得された肝細胞である。初代肝細胞及び肝癌細胞は、それぞれ生体肝臓及び生体肝臓癌組織からの分取後に凍結及び融解されていてもよい。初代肝細胞は遠心分離に供されていないことが好ましい。肝細胞の由来となる動物種は、肝臓を有していれば特に限定されないが、薬物評価などの応用を考慮すると哺乳類が好ましく、より具体的にはヒト、サル、マウス、ラットであり得る。幹細胞由来肝細胞は、幹細胞を肝細胞分化誘導培地において培養することにより取得された肝細胞である。肝細胞誘導培地には、肝臓の発生に必要な細胞内情報伝達経路を活性化又は抑制する成長因子及び/又は低分子化合物が含まれる。成長因子としては、例えばHGF(Hepatocyte Growth Factor)があり得る。
【0020】
1つの実施形態において、肝細胞は初代肝細胞である。この実施形態によれば、初代肝細胞を、その形態及び/又は肝機能を顕著に低下させることなく培養することができる。その結果として、生体肝臓中の正常細胞により近似する初代培養細胞を、薬物などの試験因子の肝機能に対する影響評価に利用することができ、より正確な評価結果を取得できる。
別の1つの実施形態において、肝細胞は肝癌細胞である。この実施形態によれば、(正常肝細胞と比較して)低下している肝癌細胞の肝機能を、或る程度回復させることができる。その結果として、培養がより簡易な肝癌細胞を、薬物などの試験因子の肝機能に対する影響評価に利用することができる。
【0021】
更に別の1つの実施形態において、肝細胞は、培養工程を通して、50%以上が成熟肝細胞の典型的形態である多角形を示す。別の1つの実施形態において、肝細胞は、培養工程を通して75%以上が多角形を示す。更に別の1つの実施形態において、肝細胞は、培養工程を通して90%以上が多角形を示す。
【0022】
(肝細胞の培養)
培養の間、肝細胞が包埋されたハイドロゲルは、当該肝細胞の培養に適切な液体培養培地中に浸漬される。そのような液体培養培地は、例えば、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、Ham F12培地、ウィリアムスE培地、CS-C培地、ウェイマウスMB 752/1培地、ライホビッツL-15又はこれらの混合培地であり得る。液体培養培地には、ウシ血清アルブミン(BSA)、インスリン、ヒドロコルチゾンなどが添加されてもよい。液体培養培地に市販キット(例えば、Hepatocyte Culture Medium BulletKit; Lonza)を利用してもよい。
肝細胞の培養は、当該分野において公知の任意の方法を用いて行うことができる。例えば、培養は5% CO2インキュベーター内にて、培養する肝細胞が由来する動物の体温付近の温度で行うことができる。ヒト肝細胞については、培養温度は、例えば約35~39℃、より具体的には37℃であり得る。
【0023】
培養は、例えば1~21日間又はそれ以上継続され、より具体的には5~21日間継続され、より具体的には7~21日間継続され、より具体的には10~21日間、より具体的には10~14日間継続され得る。この間、1~2日ごとに培地を交換することが好ましい。
培養は培養基材上で行うことができる。培養基材は、細胞培養に使用できるものであれば特に限定されないが、簡便化の観点からは、無孔性培養基材が、特別な装置及び/又は方法を要しないため好ましい。無孔性培養基材の材質の例として、ガラス、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネートなどが挙げられる。培養基材は、シャーレ、マルチウェルなどの形態であり得る。
【0024】
後述する実施例に示されるように、上記の本発明の培養方法を用いることにより、肝細胞における少なくとも1つの肝機能の発現低下を抑制し若しくは該肝機能の低下した発現を増大させ、及び/又は肝細胞の上皮間葉転換を抑制することができる。
よって、第2の観点から、本発明は、肝細胞を、ハイドロゲル内で培養する工程を含み、ここで、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に0 cells/mlより大きく10×106cells/ml以下の密度にて分散状態で存在する、肝細胞における少なくとも1つの肝機能の発現低下を抑制し若しくは該肝機能の低下した発現を増大させ、及び/又は肝細胞の上皮間葉転換を抑制する方法(以下、単に「本発明の改変方法」とも呼ぶ。)を提供する。
肝細胞を培養する工程について、本発明の培養方法に関して上述した事項が全て該当する。
【0025】
少なくとも1つの肝機能を維持する遺伝子は、例えば、アルブミン、第I相薬物代謝酵素、第II相薬物代謝酵素、核内受容体及びトランスポーターからなる群より選択される少なくとも1つであり得る。
第I相薬物代謝酵素は、チトクロムP450の少なくとも1つの分子種であり得る。チトクロムP450の分子種は、例えば、CYP1A1(Cyp1a1)、CYP2B1(Cyp2b1)、CYP2B2(Cyp2b2)、CYP2B21(Cyp2b21)、CYP2C24(Cyp2c24)、CYP3A23/1(Cyp3a23/1)、CYP3A23/3A1(Cyp3a23/3a1)、CYP2C6V1(Cyp2c6v1)、CYP2C12(Cyp2c12)及びCYP26A1(Cyp26a1)からなる群より選択され、より好ましくはCYP2B1(Cyp2b1)、CYP2B2(Cyp2b2)及びCYP3A23/1(Cyp3a23/1)からなる群より選択され得る(括弧内は遺伝子名を示す。以下同じ)。
【0026】
第II相薬物代謝酵素は、UDPグルクロン酸転移酵素(UGT)及びスルホトランスフェラーゼからなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり得る。UGTの分子種は、例えば、UGT1A1(Ugt1a1)、UGT1A2(Ugt1a2)、UGT1A3(Ugt1a3)、UGT1A5(Ugt1a5)、UGT1A6(Ugt1a6)、UGT1A7(Ugt1a7)及びUGT1A8(Ugt1a8)からなる群より選択され得る。スルホトランスフェラーゼの分子種はSULT1B1(Sult1b1)であり得る。
核内受容体は、アリールハイドロカーボン受容体(AHR;Aryl hydrocarbon Receptor)、構成的アンドロスタン受容体(CAR;constitutive androstane receptor)、プレグナンX受容体(PXR;pregnane X receptor)、α型ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR;Peroxisome proliferator-activated receptor)及びレチノイドX受容体(RXR;retinoid X receptor)からなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり得る。
トランスポーターは、有機アニオントランスポーターファミリー (例えばSlco1a1)及びATP結合カセットファミリー (例えば、Abcb11、Abcc2及びAbcc3)からなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり得る。
【0027】
本発明において、肝機能は、アルブミン、核内受容体、第I相薬物代謝酵素、第II相薬物代謝酵素及びトランスポーターからなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現変動により評価され得る。
肝細胞(例えば、初代肝細胞又は幹細胞由来肝細胞)における少なくとも1つの肝機能の発現低下の抑制又は肝細胞(例えば、肝癌細胞)における少なくとも1つの肝機能の低下した発現の増大は、本発明の改変方法に供された肝細胞における、肝機能を維持する遺伝子(例えば、アルブミン、核内受容体、第I相薬物代謝酵素、第II相薬物代謝酵素及びトランスポーターからなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子)の発現量を、従来の培養方法(例えば、オンゲル法又はゲルサンドイッチ法)に同期間供された肝細胞における当該遺伝子の発現量と比較して評価することができる。本発明の改変方法に供された肝細胞における前記遺伝子の発現量が、従来の培養方法に供された肝細胞における該遺伝子の発現量より高ければ、本発明の改変方法により当該肝機能の発現低下が抑制された又は当該肝機能の低下した発現が増大したと評価することができる。
【0028】
或いは、肝細胞における少なくとも1つの肝機能の発現低下の抑制は、本発明の改変方法に供された肝細胞における、肝機能を維持する遺伝子(例えば、アルブミン、核内受容体、第I相薬物代謝酵素、第II相薬物代謝酵素及びトランスポーターからなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子)の発現量を、生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の当該遺伝子の発現量と比較して評価することもできる。例えば、当該遺伝子の発現量が、従来の培養方法によれば、生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の当該遺伝子の発現量の1/10未満に低下する場合、本発明の改変方法に供された肝細胞における当該遺伝子の発現量が、生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/10以上であれば、本発明の改変方法により当該肝機能の発現低下が抑制されたと評価することができる。1つの実施形態において、肝機能を維持する遺伝子の発現量は生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/10以上である。別の1つの実施形態において、肝機能を維持する遺伝子の発現量は生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/5以上である。別の1つの実施形態において、肝機能を維持する遺伝子の発現量は生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/2以上である。
【0029】
肝細胞の上皮間葉転換(EMT)の指標として、例えば、当該肝細胞におけるEMT関連遺伝子の発現量を用いることができる。よって、本発明において、上皮間葉転換は、EMT関連遺伝子であって、転写因子、細胞骨格及び細胞外マトリクスからなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現変動により評価され得る。EMT関連遺伝子は、EMTの誘導により肝細胞におけるその発現量が増加又は減少する遺伝子であれば限定されないが、転写因子、細胞骨格及び細胞外マトリクスからなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子であり得る。
転写因子は、トランスフォーミング増殖因子(TGF;Transforming growth factor)、特にトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)の少なくとも1つの分子種であり得る。TGFβの分子種はTGF-β2 (Tgfb2)であり得る。細胞骨格は、アクチンActa2(actin alpha 2)、Actb(actin beta)及びVim (Vimentin)からなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり得る。細胞外マトリクスは、コラーゲン(本明細書中、単に「Col」と表記することもある)、ビトロネクチン及びフィブロネクチンより選択される少なくとも1つの分子種であり得る。コラーゲンの分子種はタイプIコラーゲン(例えばColla1)であり得る。EMT関連遺伝子は、例えばTgfb2、Col1a1、Vim、Acta2及びActbからなる群より選択され、好ましくはActa2、Actb及びVimからなる群より選択される。
肝細胞の上皮間葉転換(EMT)の抑制は、本発明の改変方法に供された肝細胞におけるEMT関連遺伝子の発現量を、従来の培養方法(例えば、オンゲル法又はゲルサンドイッチ法)に同期間供された肝細胞における該遺伝子の発現量と比較して評価することができる。EMT関連遺伝子がEMT誘導によりアップレギュレートされるものである場合、本発明の改変方法に供された肝細胞における当該遺伝子の発現量が、従来の培養方法に供された肝細胞における該遺伝子の発現量より低ければ、本発明の改変方法によりEMTが抑制されたと評価することができる。また、EMT関連遺伝子がEMT誘導によりダウンレギュレートされるものである場合、本発明の改変方法に供された肝細胞における当該遺伝子の発現量が、従来の培養方法に供された肝細胞における該連遺伝子の発現量より高ければ、本発明の改変方法によりEMTが抑制されたと評価することができる。
【0030】
或いは、肝細胞のEMTの抑制は、本発明の改変方法に供された肝細胞におけるEMT関連遺伝子の発現量を、生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量と比較して評価することもできる。
例えば、従来の培養方法により発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の10倍以上に増加するEMT関連遺伝子をEMTの指標として用いる場合、本発明の改変方法に供された肝細胞における当該遺伝子の発現量が、生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の10倍未満であれば、本発明の改変方法によりEMTが抑制されたと評価することができる。一方、例えば、従来の培養方法により発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/10倍未満に減少するEMT関連遺伝子をEMTの指標として用いる場合、本発明の改変方法に供された肝細胞における当該遺伝子の発現量が、生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/10倍以上であれば、本発明の改変方法によりEMTが抑制されたと評価することができる。
1つの実施形態において、EMT関連遺伝子Tgfb2及び/又はVimの発現量は生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の10倍未満である。別の1つの実施形態において、Tgfb2及び/又はVimの発現量は生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の5倍未満である。別の1つの実施形態において、Tgfb2及び/又はVimの発現量は生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の2倍未満である。
【0031】
本明細書において、肝細胞における遺伝子発現量に言及する場合、当該発現量は、例えば、本発明の培養方法に供された肝細胞に関しては、少なくとも1つのハイドロゲルに含まれる全肝細胞における全発現量として求め、その他の肝細胞に関しては、略同数の肝細胞における全発現量として求め、倍数値はこれら発現量に基づいて求めることができる。
【0032】
第3の観点から、本発明は、ハイドロゲル内に肝細胞を含み、前記ハイドロゲルは0.05~115 kPaの硬さを有し、前記肝細胞は前記ハイドロゲル内に1×106~10×106 cells/mlの密度にて分散状態で存在する、細胞培養物を提供する。
ハイドロゲル及び肝細胞については、本発明の培養方法に関して上述したとおりである。
1つの実施形態において、培養物中の肝細胞は初代培養肝細胞、肝癌細胞及び幹細胞由来肝細胞からなる群より選択される少なくとも1つの細胞である。好適な実施形態において、培養物中の肝細胞は初代培養肝細胞である。
別の1つの実施形態において、培養物中の肝細胞は多形状である。
別の1つの実施形態において、培養物中の肝細胞は、第I相薬物代謝酵素遺伝子及び/又は第II相薬物代謝酵素遺伝子の発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の1/10以上であるか、或いはEMT関連遺伝子である転写因子遺伝子及び/又は細胞骨格遺伝子及び/又は細胞外マトリクス遺伝子の発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の10倍未満である。ここで、第I相薬物代謝酵素は、チトクロムP450の分子種であり得、第II相薬物代謝酵素は、UDPグルクロン酸転移酵素(UGT)の分子種であり得、転写因子は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)の分子種であり得、前記細胞骨格は、Acta2(actin alpha 2)、Actb(actin beta)及びVim (Vimentin)からなる群より選択される少なくとも1つの分子種であり得る。
別の1つの実施形態において、培養物中の肝細胞は、EMT関連遺伝子Tgfb2及び/又はVimの発現量が生体肝臓内での対応する正常肝細胞中の発現量の10倍未満である。すなわち、培養物中の肝細胞はEMTが開始していないか又はEMTの初期段階にある。
別の1つの実施形態において、培養物は2以上のハイドロゲルを含み、該ハイドロゲルは略半球状又は略ドーム状で培養基材上に固定されている。この場合、ハイドロゲルの数は、例えば2~100、より具体的には5~100、より具体的には10~100、より具体的には10~50、より具体的には20~50であり得る。培養基材は、例えば無孔性培養基材であり、その材質は、例えば、ガラス、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネートなどであり得る。培養基材は、シャーレ、マルチウェルなどの形態であり得る。
【0033】
本発明の細胞培養物は、肝細胞、好ましくは初代肝細胞を、上記の本発明の培養方法又は上記の本発明の改変方法に供することにより製造することができる。本培養物は、例えば4~21日間、より具体的には7~21日間、より具体的には10~21日間、より具体的には10~14日間の培養を経たものであり得る。
培養物中の肝細胞は、従来の培養物(例えば、サンドイッチ法による培養物)と比較して、肝機能を維持する遺伝子(特に、核内受容体及び/又は第I相薬物代謝酵素)の発現低下が抑制されている(肝細胞が、例えば、初代肝細胞又は幹細胞由来肝細胞である場合)か又は該遺伝子の低下した発現が増大されている(肝細胞が、例えば、肝癌細胞である場合)ため、肝機能(特に、薬物応答能)が生体肝臓中の正常肝細胞に比較的類似している。したがって、本発明の培養物は、試験因子の肝機能に対する影響を評価するために適切である。試験因子は化合物(具体的には、薬物)であり得る。本培養物はまた、細胞移植医療や人工肝臓装置に用いることも可能であり得る。
【0034】
第4の観点から、本発明は、試験因子を、上述した本発明の培養方法又は本発明の抑制方法により得られる細胞培養物又は上述した本発明の細胞培養物中の肝細胞と接触させる工程を含む、試験因子の肝機能に対する影響を評価する方法を提供する。
試験因子は、物質、具体的には(特に、前臨床又は臨床試験中の)薬物、又は電磁波(例えばX線又はγ線)若しくは磁力であり得る。
肝機能は薬物代謝能であり得る。
肝機能への影響は、例えば、アルブミン生産能、尿素合成能、細胞増殖能、第I相薬物代謝酵素(例えば、チトクロムP450の分子種)及び/又は第II相薬物代謝酵素(例えば、UDPグルクロン酸転移酵素(UGT)の分子種、スルホトランスフェラーゼ(SULT)の分子種)の活性又は遺伝子発現、核内受容体の遺伝子発現を指標として測定することができる。
【0035】
薬物代謝能の指標は、例えば、CYP1A1、CYP2B1、CYP2B2、CYP2B21、CYP2C24、CYP3A23/1、CYP3A23/3A1、CYP2C6V1、CYP2C12及びCYP26A1からなる群より、好ましくはCYP2B1、CYP2B2及びCYP3A23/1からなる群より選択される少なくとも1つのチトクロムP450の活性であり得る。
薬物代謝能の指標はまた、例えば、Cyp1a1、Cyp2b1、Cyp2b2、Cyp2b21、Cyp2c24、Cyp3a23/1、yp3a23/3a1、Cyp2c6v1、Cyp2c12及びCyp26a1からなる群より選択され、好ましくはCyp2b1、Cyp2b2及びCyp3a23/1からなる群より選択される少なくとも1つのチトクロムP450遺伝子の発現(量)であり得る。
【0036】
薬物代謝能の指標は更に、例えば、UGT1A1、UGT1A2、UGT1A3、UGT1A5、UGT1A6、UGT1A7及びUGT1A8からなる群より選択される少なくとも1つのUDPグルクロン酸転移酵素(UGT)又はスルホトランスフェラーゼSULT1B1の活性であり得る。
薬物代謝能の指標は更にまた、例えば、Ugt1a1、Ugt1a2、Ugt1a3、Ugt1a5、Ugt1a6、Ugt1a7及びUgt1a8からなる群より選択される少なくとも1つのUGT遺伝子又はスルホトランスフェラーゼ遺伝子Sult1b1の発現(量)であり得る。
酵素活性の測定は、当該分野において公知の任意の方法を用いて行うことができる。例えば、チトクロムP450活性の測定には市販キット(例えば、P450-GloTM Assay System; Promega)を利用してもよい。遺伝子発現の測定もまた、当該分野において公知の任意の方法を用いて行うことができる。
【実施例0037】
(本発明の培養方法による初代肝細胞の培養)
コラゲナーゼ灌流法により、ラット肝臓から分取した初代肝細胞2~8×10
6 cellsを、0.4%中性タイプIコラーゲン溶液(pH7.4, 0.9% NaCl)1 mlに懸濁して肝細胞懸濁液を作製した。この間、初代肝細胞に物理刺激を加えないように留意した。
広口チップを装着したピペットマンを用いて、肝細胞懸濁液を培養プレート上に滴下して、ドーム状の液滴(体積約10 ul)を作製した。作製した液滴を、CO
2インキュベーター内で37℃に5分間加温することによりゲル化させた。完全なゲル化後、初代肝細胞を含有する、ドーム状のコラーゲンハイドロゲルが得られた(
図2)。得られたハイドロゲルの硬さは約0.2 kPaであった。
次いで、37℃に加温した培地(Hepatocyte Culture Medium BulletKit; Lonza)を、ゲルが完全に浸漬するように培養プレートに加え、CO
2インキュベーター内で37℃にて培養した。4~14日間の培養期間中、1~2日ごとに培地を交換した。Hepatocyte Culture Medium BulletKitは液体培地と複数の添加物から構成されているが、本培養法では添加物の1つであるEGF(増殖因子)は使用しない。
【0038】
(初代肝細胞の二次元培養)
上記と同様に分取した初代肝細胞を、タイプIコラーゲンコート培養プレート上に、1×105 cells/cm2にて播種した。ウェル内の細胞数は、上記の本発明の培養方法による培養時と同等であった。コラーゲンコート培養プレートの硬さは約1 GPaであった。37℃に加温した培地(Hepatocyte Culture Medium BulletKit; Lonza)を培養プレートに加え、CO2インキュベーター内で37℃にて培養した。4~14日間の培養期間中、1~2日ごとに培地を交換した。Hepatocyte Culture Medium BulletKitは液体培地と複数の添加物から構成されているが、本培養法では添加物の1つであるEGF(増殖因子)は使用しない。
【0039】
(ELISAによるアルブミン(ALB)の測定)
初代肝細胞を、本発明の培養方法により上記ハイドロゲル内で又は上記二次元培養法により14日間培養した。その間、48時間ごとに培養上清を回収して凍結保存した。
回収した培養上清について、ラットアルブミン測定ELISAキット(Bethyl Laboratories)を製造業者のマニュアルに従って用いてALBのELISAを実施した。その後、マイクロプレートリーダー(Infinite, TECAN)で吸光度を測定した。
結果を
図3に示す。
二次元培養法(2D)による初代肝細胞培養物では、ALB産生量が培養開始後4~8日目(Day4~Day8)の間に急激に低下し、8日目(Day8)でほぼ0となったため、肝細胞は培養後8日でほぼ死滅したと考えられる。
一方、本発明の培養方法によるハイドロゲル内の初代肝細胞培養物では、ALB産生量の低下は緩やかであり、14日目(Day14)でもALB産生が確認されたため、肝細胞は少なくとも14日目まで生存していたと考えられる。
【0040】
(T4代謝試験)
上記「(本発明の培養方法による初代肝細胞の培養)」の項に記載した方法に従ってラット初代肝細胞を含むコラーゲンハイドロゲル(細胞密度:8×106 cells/ml)を作製し、β-ナフトフラボン(BNF:核内受容体AHRのリガンド)及びプレグネノロン-16α-カルボニトリル(PCN:核内受容体PXRのリガンド)をそれぞれ0.001、0.01、0.1、1、10 uM及び0.3、1、3、10、30 uMの濃度で含む培地にて培養を開始した。コントロールとして、初代肝細胞の培養物にビヒクル(DMSO)を添加した。ビヒクル及び上記化合物添加培地を用いて、培養2日目、培養4日目と48時間ごとに培地交換を行った。培養4日目ではビヒクル及び化合物添加培地に5 uMの甲状腺ホルモンT4(サイロキシン)を加え培地交換を行い、48時間後に培養上清サンプルを回収した。
回収した培養上清サンプルに、等量の有機溶媒(アセトニトリル)を添加してボルテックスミキサーで攪拌後、遠心して上清を回収した。こうして、培養上清サンプルから、除タンパク質し、測定対象のサイロキシン(T4)及びその代謝物T4グルクロン酸抱合体(T4G)を上清に抽出した。
この上清と超純水との2:3混合液をLC-MS/MS(HPLC:LC-20ADシステム;島津製作所、MS:TSQ-Vantage;ThermoFisher Scientific)により測定し、外部標準法により、培養上清サンプル中のT4及びT4Gの濃度を算出し、コントロールの値を1として、相対T4-UGT活性を求めた。
【0041】
結果を
図4に示す。
本発明の培養方法により培養した初代肝細胞は、BNF及びPCNの暴露により、T4代謝が亢進した。
したがって、本発明の培養方法による初代培養肝細胞は、核内受容体を介した薬物代謝酵素誘導能および薬物代謝能を維持していることが確認できた。
【0042】
(肝細胞増殖試験)
<培養>
マウス(Crl:CD1, 雄, 10週齢)の肝臓からコラゲナーゼ灌流法により取得した初代肝細胞をメーカープロトコルに従ってパーコール(Sigma Aldrich)処理して、死細胞を除去した。得られた初代肝細胞を、上記「(本発明の培養方法による初代肝細胞の培養)」の項に記載した方法に従って作製したコラーゲンハイドロゲル(細胞密度:8×10
6 cells/ml)内で、48時間培養した後、PBSで洗い、フェノバルビタール(PB) 0.3, 0.1 mM、TCPOBOP (1,4-ビス(3,5-ジクロロ-2-ピリジニルオキシ)ベンゼン)(R & D systems) 30, 3, 0.3 nM、EGF 10 ng/mL、ビヒクル(DMSO)を各々添加した培地(Hepatocyte Culture Medium BulletKit; Lonza)中で更に培養した。24時間後、EdU(5-エチニル-2'-デオキシウリジン;Invitrogen) 5μMを各培地に添加して、更に24時間培養した。
陰性対照として、PBSで洗浄した上記肝細胞を、EGF 10 ng/mLを添加した培地中で24時間培養後、EdUを添加することなく更に24時間培養した群を調製した(
図5中「wo EdU EGF 10ng/ml」と表記)。
【0043】
<EdU染色>
得られたコラーゲンゲル包埋肝細胞培養物から培地を除去して、0.3% コラゲナーゼ(Sigma Aldrich)/HBSS(+) (Nacalai Tesque)で浸漬し、CO2インキュベーター内で37℃、10分間加温することによりコラーゲンゲルを分解して肝細胞を回収した。肝細胞を、DMEM (Nacalai Tesque) + 10% FBS(Corning)で2回、3% BSA(Sigma Aldrich)で1回洗浄した後、室温で4% PFA/PBS (Wako Fujifilm)を加えて15分間固定した。
Click-iTTM Plus EdU Cell Proliferation Kit for Imaging, Alexa FluorTM 647 dye (Invitrogen)をメーカープロトコル通りに用いて、固定した肝細胞中のEdUを染色し、その後DAPI(Dojindo)で核染色した。35 μmセルストレーナー(Falcon)を通過させてデブリスを除去した。
<FCM測定>
セルソーター (Sony MA900)により、100μmのソーティングチップを用いて、細胞分画 100,000イベントの蛍光強度を測定した。
【0044】
結果を
図5に示す。
EGFを培地に添加すると、ビヒクル添加時に比べ、DNAにEdUが組み込まれた肝細胞の割合がわずかに増加した。また、肝細胞増殖の陽性対照化合物として知られるPB又はTCPOBOPを培地に添加すると、用量依存的に、DNAにEdUが組み込まれた肝細胞の割合が増加した。この結果より、本発明の培養方法により3~4日間培養した初代肝細胞は増殖因子や化合物に応答して増殖する能力を維持していることが確認できた。
【0045】
(遺伝子発現解析(qPCR解析))
初代肝細胞を、本発明の培養方法(コラーゲンゲルの硬度:約0.2 kPa;細胞密度8×106cells/ml)により上記ハイドロゲル内で又は上記二次元培養法により7日間培養した後、細胞をチューブに回収した。本発明の培養方法による培養細胞は、ハイドロゲルに包埋された状態のままで回収した。
細胞を含むチューブに1 mlのRNA抽出試薬(ISOGENII, ニッポンジーン)を加えて細胞を溶解させた後、得られた細胞溶解液を凍結保存した。細胞溶解液から、ISOGENIIのマニュアルに従ってRNAを抽出した。分光光度計(NanoDrop, ThermoFisher Scientific)を用いてRNAの濃度を測定した。
【0046】
次いで、cDNA合成キット(LunaScript RT Super Mix Kit, NEB)をマニュアルに従って用いて、RNAをcDNAへ逆転写した。cDNAを滅菌水(Nuclease free water, ニッポンジーン)で所定の濃度に希釈し、プライマーとcDNA定量用試薬(Luna Universal qPCR Master Mix, NEB)との混合液としてqPCR専用プレート(Microamp Fast 96well reaction, Applied Biosystems)へアプライした。qPCR装置(QuantStudio,ThermoFisher Scientific)で各種cDNAを定量した。
【0047】
核内受容体遺伝子(Car、Ahr、Pxr、Pparα及びRxr)の発現解析については、細胞の回収は、培養直前(day0)並びに培養1日目(day1)、5日目(day5)及び7日目(day7)に行った。
結果を
図6に示す。
二次元培養法により培養された細胞では、培養期間が長くなると発現レベルが減少する傾向がみられる(
図6A)。一方、本発明の培養方法によりハイドロゲル内で培養された初代肝細胞では、培養期間が長くなると発現レベルが維持或いは上昇する傾向がみられる(
図6B)。
結論として、本発明の培養方法により培養された初代培養肝細胞は、二次元培養法により培養された細胞と比較して、高い遺伝子発現を維持し得る(特に5日目以降)。
【0048】
また、フェノバルビタール(PB)暴露後の発現遺伝子の変動を網羅的に解析した。
本発明の培養方法、上記二次元培養法若しくは通常のスフェロイド培養法により2日間培養したラット初代肝細胞の培養物にPB(100 uM)を3日間暴露した。暴露後、各培養物の細胞をチューブに回収した。本発明の培養方法による培養細胞は、ハイドロゲルに包埋された状態のままで回収した。生体肝臓中の正常細胞(
図7A中「肝臓」と表記)は、PB(1000 ppm)を混餌で3日間投与したラットから取得した。
回収した細胞における遺伝子発現解析(qPCR解析)の手順は上記のとおりである。
【0049】
PB暴露後の網羅的遺伝子発現解析の結果を
図7に示す。
図7Aに示されたヒートマップ及びクラスタリング解析から、本発明の培養方法により培養された肝細胞における遺伝発現パターン(薬物応答能)は、二次元培養法による培養細胞のものとの比較ではもちろんのこと、スフェロイド法による培養細胞のものよりも更に、生体肝臓の遺伝子発現パターンに近似していることが理解できる。すなわち、本発明の培養方法による培養肝細胞において、生体肝臓に近似する薬物応答が確認された。
また、本発明の培養方法による培養肝細胞は、二次元培養法による培養細胞と比較して、第I相代謝酵素(チトクロムP450)誘導能が向上しており、生体肝臓とほぼ同程度であった(
図7B)。
結論として、本発明の培養方法により培養された肝細胞においては、第I相代謝酵素誘導を含む薬物応答能が向上する。
【0050】
次に、異なるゲル形態が、上皮間葉転換(EMT)関連遺伝子及び肝機能を維持する遺伝子の発現に与える影響を調べた。
初代肝細胞を、(1)ゲルコートなしのプラスチックプレート(硬さ:約1 GPa)上で平面培養する二次元培養法(2D)、(2)ゲルコートなしのプラスチックプレート上での平面培養後に、ゲルで覆って更に培養するオーバーレイ法(Over Lay)、(3)ゲルコート済みプレート上で培養するオンゲル法(On Gel)、(4)ゲルコート済みプレート上での平面培養後に、ゲルで覆って更に培養するサンドイッチ法(Gel Sandwich)、(5)平面培養を経ずにハイドロゲル内で培養する本発明の培養方法(Col Dome)で4日間培養した。
各培養物及び生体肝臓(硬さ:約1.5~5 kPa)における肝機能を維持する遺伝子の発現解析の手順は上記のとおりである。
EMT関連遺伝子については、Tgfb2、Col1a1、Vim、Acta2及びActbを調べた。
肝機能を維持する遺伝子については、Ahr、Car及びPxr(核内受容体遺伝子);Cyp1a1、Cyp2b1、Cyp2b2及びCyp3a23/1(第I相薬物代謝酵素遺伝子);Ugt1a1、Ugt1a2、Ugt1a3、Ugt1a5、Ugt1a6、Ugt1a7、Ugt1a8及びSult1b1(第II相薬物代謝酵素遺伝子);Slco1a1、Abcb11、Abcc2及びAbcc3(トランスポーター遺伝子)を調べた。
【0051】
EMT関連遺伝子及び肝機能を維持する遺伝子の発現について結果をそれぞれ
図8及び
図9に示す。
図8から理解できるように、ゲルコートなしのプレート上で培養された肝細胞(「2D」及び「Over Lay」)では、調べたほぼすべてのEMT関連遺伝子の発現量が10倍以上に増加した。また、ゲルコート済みプレート上で培養された肝細胞(「On Gel」及び「Gel Sandwich」)でも、幾つかのEMT関連遺伝子について、10倍以上の発現量増加が観察された。
一方、本発明の培養方法により培養された肝細胞(「Col Dome」)では、EMT関連遺伝子の発現亢進は顕著に抑制され、生体肝臓中と同程度であった。
肝細胞の上皮間葉転換(EMT)は、肝機能の低下を誘導することが知られているので、前者4つの培養方法による培養肝細胞においては、肝機能が低下していると考えられる一方、本発明の培養方法による培養肝細胞(「Col Dome」)は、生体肝臓と同程度の肝機能を維持し得る。
【0052】
図9から、本発明の培養方法による培養肝細胞(「Col Dome」)が、調べた肝機能を維持する遺伝子の発現量について、生体肝臓中の正常肝細胞に最も近似していることが理解できる。このことは、上記のEMT関連遺伝子の発現量に基づく予測と一致する。
結論として、本発明の培養方法によれば、初代肝細胞を、その肝機能を保持したまま培養することが可能である。
【0053】
現在最も一般的な二次元培養法によれば、初代肝細胞は、1週間程度で死滅し、しかも、肝細胞の特徴的な機能である薬物応答能を数日以内に喪失する。また、薬物応答能の喪失と対応して、肝機能を維持する遺伝子(薬物代謝酵素及び核内受容体)の発現が48時間程度で消失する。
一方、本発明の培養方法によれば、初代肝細胞は、2週間以上生存し、加えて、肝臓に類似する薬物応答を示すことができる。薬物応答能の維持に対応して肝機能を維持する遺伝子の発現も2週間以上維持される。
したがって、本発明は、従来法により制限されていた初代肝細胞の利用可能性を大きく拡張させることができ、初代肝細胞の利用分野を、製薬及び農薬分野等での安全性試験に限らず、細胞移植医療や人工肝臓への応用など医療分野にも拡大させる可能性を提供するものである。
【0054】
上記の実施形態及び実施例は、本発明の理解を容易にするために例示として記載されたものであって、本発明は本明細書又は添付図面に記載された具体的な構成及び配置のみに限定されるものではないことに留意すべきである。本明細書に記載した具体的構成、手段、方法、及び装置は、本発明の精神及び範囲を逸脱することなく、当該分野において公知の他の多くのものと置換可能であることを、当業者は理解すべきであり、そして容易に認識する。