(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024092786
(43)【公開日】2024-07-08
(54)【発明の名称】多層重厚組織体、その製造方法及びその用途
(51)【国際特許分類】
C12M 3/04 20060101AFI20240701BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240701BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240701BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20240701BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240701BHJP
C12M 1/14 20060101ALI20240701BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20240701BHJP
A61K 35/12 20150101ALI20240701BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20240701BHJP
A61K 35/34 20150101ALI20240701BHJP
A61K 35/28 20150101ALI20240701BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240701BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20240701BHJP
C12N 5/0775 20100101ALI20240701BHJP
【FI】
C12M3/04 A
C12N5/071
C12N5/10
C12N5/077
C12N1/00 A
C12M1/14
C12M3/00 A
A61K35/12
A61K35/545
A61K35/34
A61K35/28
A61P9/00
A61P25/00
C12N5/0775
【審査請求】未請求
【請求項の数】27
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022208940
(22)【出願日】2022-12-26
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】517386996
【氏名又は名称】クオリプス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】劉 莉
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】李 俊君
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】伊東 絵望子
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC02
4B029DA03
4B029GA08
4B029GB09
4B065AA93X
4B065AB01
4B065BA01
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4B065BC21
4B065BC41
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA03
4C087BB44
4C087BB47
4C087BB64
4C087NA05
4C087NA14
4C087NA20
4C087ZA01
4C087ZA36
(57)【要約】
【課題】より重厚かつ機能的な多層組織体を迅速かつ簡便に作製する手段を提供し、以て、移植に適した組織を提供すること、特に、収縮力に寄与し得る程度に重厚かつ機能的な多層心筋組織を提供すること。また、培養肉をはじめとして、移植材料として以外の使用のための重厚多層組織体を提供すること。
【解決手段】生体適合性ポリマーからなる2枚以上のファイバーシートが、それぞれ約100~約200 μmの間隔で積層されてなる、多層組織用スキャフォールドであって、最下層のファイバーシートは細胞を保持するのに十分なファイバー密度を有し、それより上層のファイバーシートは播種した細胞の一部が最下層のファイバーシートに到達し得る程度のファイバー密度を有することを特徴とする、スキャフォールド。該スキャフォールドの最上層のファイバーシートに細胞を播種し、液体培地中で培養することを含む、多層組織培養物の製造方法。該方法により得られる多層組織培養物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合性ポリマーからなる2枚以上のファイバーシートが、それぞれ約100~約200 μmの間隔で積層されてなる、多層組織用スキャフォールドであって、最下層のファイバーシートは細胞を保持するのに十分なファイバー密度を有し、それより上層のファイバーシートは播種した細胞の一部が最下層のファイバーシートに到達し得る程度のファイバー密度を有することを特徴とする、スキャフォールド。
【請求項2】
各々のファイバーシートが配向性を有する、請求項1に記載のスキャフォールド。
【請求項3】
各ファイバーシートが等間隔で積層されてなる、請求項1又は2に記載のスキャフォールド。
【請求項4】
4~7枚のファイバーシートが積層されてなる、請求項1~3のいずれか一項に記載のスキャフォールド。
【請求項5】
最上層のファイバーシートと最下層のファイバーシートとの距離が約500~約1000 μmである、請求項1~4のいずれか一項に記載のスキャフォールド。
【請求項6】
生体適合性ポリマーが生分解性である、請求項1~5のいずれか一項に記載のスキャフォールド。
【請求項7】
生分解性ポリマーがポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体(PLGA)又は生体高分子である、請求項6に記載のスキャフォールド。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のスキャフォールドの最上層のファイバーシートに細胞を播種し、液体培地中で培養することを含む、多層組織培養物の製造方法。
【請求項9】
播種密度が0.7~3×107細胞/cm2である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
培養が動的培養である、請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
細胞播種が細胞外マトリクスの存在下で行われる、請求項8~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
細胞が多能性幹細胞から分化誘導された体細胞である、請求項8~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
多能性幹細胞が人工多能性幹(iPS)細胞である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
細胞が心筋細胞又は間葉系幹細胞である、請求項8~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
細胞がヒト由来である、請求項8~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
細胞が食用動物由来である、請求項8~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
請求項8~16のいずれか一項に記載の方法により得られる多層組織培養物。
【請求項18】
請求項1~7のいずれか一項に記載のスキャフォールドと、該スキャフォールド中の少なくとも2枚以上のファイバーシートに跨って形成された多層組織とを含む、多層組織培養物であって、組織の厚さが、同量の細胞を単層のファイバーシートに播種した場合に形成される組織の厚さよりも厚いことを特徴とする、組織培養物。
【請求項19】
播種密度が0.7~3×107細胞/cm2である、請求項16に記載の組織培養物。
【請求項20】
組織が心筋組織又は間葉系幹細胞の組織である、請求項18又は19に記載の組織培養物。
【請求項21】
組織が心筋組織であり、単層のファイバーシート上に形成された多層心筋組織培養物に比べて、以下の(a)~(d):
(a)組織の収縮能が高い、
(b)血管内皮増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)及びトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)から選ばれる1以上のサイトカインの分泌能が高い、
(c)心筋梗塞を有する対象に移植した場合の心機能回復効果が高い、
(d)心筋梗塞を有する対象に移植した場合の生着率が高く、線維化度が低い
から選ばれる1以上の特徴を有する、請求項18又は19に記載の組織培養物。
【請求項22】
組織が食用動物の可食部組織である、請求項18又は19に記載の組織培養物。
【請求項23】
請求項17~21のいずれか一項に記載の組織培養物を含有してなる医薬組成物。
【請求項24】
移植治療用である、請求項23に記載の医薬組成物。
【請求項25】
有効量の請求項17~21のいずれか一項に記載の組織培養物を、治療を必要とする哺乳動物に移植することを含む、該哺乳動物における疾患の治療方法。
【請求項26】
請求項22に記載の組織培養物を含有してなる食品。
【請求項27】
多層組織培養物の製造用培養デバイスであって、請求項1~7のいずれか一項に記載のスキャフォールドを、該デバイス底面に接触させることなく、該デバイス底面に対して15~45°の角度で固定することができるホルダーが設けられており、培地が下層のファイバーシート側から上層のファイバーシート側に流れるように培地の流れを発生させることができる手段を有する、培養デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層重厚組織体、その製造方法及びその用途に関する。より詳細には、複数のファイバーシートを適切な間隔で積層した支持体上に細胞を播種し、培養することによる多層重厚組織体の製造方法、当該方法に用いるための多層ファイバーシート及び培養デバイス、当該方法により得られる多層重厚組織体、並びに該多層重厚組織体を用いた疾患の治療、薬物の薬効・毒性評価、その他の用途等に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋梗塞をはじめとする重症心不全疾患の患者は日本で約80万人おり、年間約18万人が死亡している。成体の心筋細胞は自己複製能に乏しく、心筋組織が損傷を受けた場合、その修復は極めて困難であり、現在のところ心臓移植が唯一の有効な治療法である。しかしながら、日本では極めて深刻なドナー不足であり、また免疫拒絶反応などの問題を抱えている。
【0003】
近年、心臓移植に代わる治療法として、細胞・組織培養により作製した心筋細胞又は組織を患部に移植する試みがなされている。多能性幹細胞(例えば、胚性多能性幹細胞(ES)や人工多能性幹細胞(iPS))の樹立によって、心筋細胞補充療法により心筋機能を回復させることが出来ると期待されている。
【0004】
重症心不全に対する心筋細胞補充療法には、大別して、病変部位に直接心筋細胞を注入する方法(注射法)と、シート状にした心筋細胞を病変部位に貼付する方法(パッチ法)とがあるが、不全心においてはかなりの数の心筋細胞が失われており、いずれの方法においても治療には大量の心筋細胞が必要となる。また、注射法の場合、注入した細胞が流出し移植効率が低く、生着率も低いといった欠点もある。
【0005】
それに対して、パッチ法は心外膜の外側に心筋細胞シートを貼り付ける方法で、確実に注射法より安全である。2019年度から心筋細胞シートを用いた4例の臨床試験が実施された。現行の心筋細胞シート技術は細胞から分泌されるサイトカインを介したパラクライン効果により虚血性心筋症に対して有効性を示しているが、心筋細胞の機能が殆ど失われた重症心筋症に対しては、サイトカインによる血管新生効果が不十分なため、直接レシピエント心臓に力学的に作用するような、有効性の高い心筋組織の開発が急務である。
【0006】
パッチ法においては、より多くの心筋細胞を移植するため、組織の3次元化、重厚な心筋組織の開発が進められている。実際に、さまざまな方法で心筋組織の3次元化が図られており、移植組織でのより長期間の生着や心機能の改善を認めたことが報告されている(例えば、非特許文献1、2等)。これらの方法では、心筋細胞シート単位を積層して重厚な心筋組織片を作製するが、従来の平面培養では組織の厚みが増すと、中心部や培養容器と接する最下層の部分が低栄養、低酸素による細胞障害を受けやすく、単純な積層法では3層(約80 μm)が限界とされていた(非特許文献3)。
【0007】
この問題を解決すべく、例えば、心筋細胞シートと血管内皮細胞とを共培養してシート内に血管様のネットワークを形成させることにより、組織内部に栄養や酸素を供給する試みがなされているが、この内皮細胞ネットワークは未成熟な構造のため、インビトロの培養系においても栄養・酸素を供給するための血管網を組織内に導入する必要がある。重厚な心筋組織に効率的に血管網を導入するために、動静脈を含む組織片もしくはマイクロ流路を有するコラーゲンゲルを血管床として用い、灌流培養を行うことが報告されている(非特許文献4)。あるいは、心筋細胞、血管内皮細胞及び壁細胞からなる心血管細胞シートの間にゼラチンハイドロゲルミクロスフェアを挿入することで、組織内に適当な空間と培養液を供給することを可能にする方法も報告されている(非特許文献5)。しかしながら、いずれの方法も、煩雑な操作もしくは特殊な培養装置を必要とするものであり、重厚な多層心筋組織を、いかにして簡便に、かつ良好な生存状態で、インビトロで調製するかは、移植に適した心筋組織片を安価に提供する上で、未だ解決すべき重要な課題である。
【0008】
本発明者らは、エレクトロスピニング法を用いて作製した、生分解性のナノファイバーが一方向に配列したファイバーシートの足場を用いて、一工程で160 μmの厚みのある多層心筋組織片を製造することに成功し、当該組織片を虚血性心筋症モデルに移植すると心機能が有意に回復することを実証した(特許文献1、非特許文献6、7)。
しかしながら、治療効果には限界があり、サイトカイン分泌によるパラクライン効果だけでなく、収縮力に寄与し得るさらに厚みのある多層心筋組織の製造技術が求められている。
【0009】
また、心筋組織に限らず、細胞・組織シートを用いた再生医療研究は多方面で進められている。例えば、間葉系幹細胞(MSC)はその多分化能と入手のし易さから、移植治療に広く用いられている。本発明者らは、前記配向性ファイバーシートを用いて臍帯由来MSC(UC-MSC)の組織シート(厚さ約300 μm)を作製し、糖尿病性創傷モデルマウスに移植したところ、注射法に比べて優れた創傷治癒効果を示すことを見出している(非特許文献8)。しかし、移植治療の効果をより高めるためには、やはり厚みのある多層組織体が求められる。
【0010】
一方、動物を屠殺する必要がない、厳密な衛生管理が可能、食用動物を肥育するのと比べて地球環境への負荷が低い、抗生物質耐性菌リスクの低減などの利点から、従来の食肉に替わるものとして、培養肉が注目されており、現在70社以上のスタートアップが培養肉に参入し、牛・豚・鶏・子羊・鴨・魚・甲殻類・ウナギ・フォアグラ・ホタテなどの培養肉の研究開発が進行中である。それらの多くで細胞シート工学が用いられているが、ここでも、より商品価値を高めるために、厚みのある培養肉の製造技術の開発が必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Haraguchi, Y. et al., Nat. Protoc., 7(5): 850-858 (2012)
【非特許文献2】Fleischer, S. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114(8): 1898-1903 (2017)
【非特許文献3】Shimizu, T. et al., FASEB J, 20(6): 708-710 (2006)
【非特許文献4】Matsuo, T. et al., Sci. Rep., 3: 1316 (2015)
【非特許文献5】Sakaguchi, K. et al., Sci. Rep., 5: 16842 (2013)
【非特許文献6】Li, J. et al., Stem Cell Rep., 9: 1546-1559 (2017)
【非特許文献7】Suzuki, K. et al., J. Heart Lung Transplant., 40(8): 767-777 (2021)
【非特許文献8】Zhang, J. et al., Int. J. Mol. Sci., 23: 12697 (2022)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本発明の目的は、より重厚かつ機能的な多層組織体を迅速かつ簡便に作製する手段を提供し、以て、移植に適した組織を提供することであり、特に、収縮力に寄与し得る程度に重厚かつ機能的な多層心筋組織を提供することである。また、本発明の別の目的は、培養肉をはじめとして、移植材料として以外の使用のための重厚多層組織体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、生体適合性(特に生分解性)ポリマーからなる配向性ファイバーシート上に、1以上のより低密度の配向性ファイバーシートを適切な間隔をあけて積層し、該積層シートに上から心筋細胞を播種すると、その一部は上層のファイバーシートを通過して下層のファイバーシートに保持され、それらを培養したところ、各ファイバーシートに保持された心筋細胞がそれぞれ多層化・重厚化するとともに、それらの多層心筋組織同士が接着し、自己組織化することにより、最大で1 mmを超える厚さを有し、かつ生存度が高く、収縮機能及びサイトカイン分泌能がさらに向上した多層心筋組織片を得ることに成功した。
本発明者らはまた、上記多層ファイバーシートに脂肪組織由来の間葉系幹細胞(AD-MSC)を播種し、培養することにより、約2 mmの厚さを有する多層MSC組織体を製造することにも成功し、本技術が心筋以外の組織シート製造にも汎用可能であることを実証した。
本発明者らは、かかる知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0015】
即ち、本発明は以下のものを提供する。
[項1]生体適合性ポリマーからなる2枚以上のファイバーシートが、それぞれ約100~約200 μmの間隔で積層されてなる、多層組織用スキャフォールドであって、最下層のファイバーシートは細胞を保持するのに十分なファイバー密度を有し、それより上層のファイバーシートは播種した細胞の一部が最下層のファイバーシートに到達し得る程度のファイバー密度を有することを特徴とする、スキャフォールド。
[項2]各々のファイバーシートが配向性を有する、項1に記載のスキャフォールド。
[項3]各ファイバーシートが等間隔で積層されてなる、項1又は2に記載のスキャフォールド。
[項4]4~7枚のファイバーシートが積層されてなる、項1~3のいずれか一項に記載のスキャフォールド。
[項5]最上層のファイバーシートと最下層のファイバーシートとの距離が約500~約1000 μmである、項1~4のいずれか一項に記載のスキャフォールド。
[項6]生体適合性ポリマーが生分解性である、項1~5のいずれか一項に記載のスキャフォールド。
[項7]生分解性ポリマーがポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体(PLGA)又は生体高分子である、項6に記載のスキャフォールド。
[項8]項1~7のいずれか一項に記載のスキャフォールドの最上層のファイバーシートに細胞を播種し、液体培地中で培養することを含む、多層組織培養物の製造方法。
[項9]播種密度が0.7~3×107細胞/cm2である、項8に記載の方法。
[項10]培養が動的培養である、項8又は9に記載の方法。
[項11]細胞播種が細胞外マトリクスの存在下で行われる、項8~10のいずれか一項に記載の方法。
[項12]細胞が多能性幹細胞から分化誘導された体細胞である、項8~11のいずれか一項に記載の方法。
[項13]多能性幹細胞が人工多能性幹(iPS)細胞である、項12に記載の方法。
[項14]細胞が心筋細胞又は間葉系幹細胞である、項8~13のいずれか一項に記載の方法。
[項15]細胞がヒト由来である、項8~14のいずれか一項に記載の方法。
[項16]細胞が食用動物由来である、項8~14のいずれか一項に記載の方法。
[項17]項8~16のいずれか一項に記載の方法により得られる多層組織培養物。
[項18]項1~7のいずれか一項に記載のスキャフォールドと、該スキャフォールド中の少なくとも2枚以上のファイバーシートに跨って形成された多層組織とを含む、多層組織培養物であって、組織の厚さが、同量の細胞を単層のファイバーシートに播種した場合に形成される組織の厚さよりも厚いことを特徴とする、組織培養物。
[項19]播種密度が0.7~3×107細胞/cm2である、項16に記載の組織培養物。
[項20]組織が心筋組織又は間葉系幹細胞の組織である、項18又は19に記載の組織培養物。
[項21]組織が心筋組織であり、単層のファイバーシート上に形成された多層心筋組織培養物に比べて、以下の(a)~(d):
(a)組織の収縮能が高い、
(b)血管内皮増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)及びトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)から選ばれる1以上のサイトカインの分泌能が高い、
(c)心筋梗塞を有する対象に移植した場合の心機能回復効果が高い、
(d)心筋梗塞を有する対象に移植した場合の生着率が高く、線維化度が低い
から選ばれる1以上の特徴を有する、項18又は19に記載の組織培養物。
[項22]組織が食用動物の可食部組織である、項18又は19に記載の組織培養物。
[項23]項17~21のいずれか一項に記載の組織培養物を含有してなる医薬組成物。
[項24]移植治療用である、項23に記載の医薬組成物。
[項25]有効量の項17~21のいずれか一項に記載の組織培養物を、治療を必要とする哺乳動物に移植することを含む、該哺乳動物における疾患の治療方法。
[項26]項22に記載の組織培養物を含有してなる食品。
[項27]多層組織培養物の製造用培養デバイスであって、項1~7のいずれか一項に記載のスキャフォールドを、該デバイス底面に接触させることなく、該デバイス底面に対して15~45°の角度で固定することができるホルダーが設けられており、培地が下層のファイバーシート側から上層のファイバーシート側に流れるように培地の流れを発生させることができる手段を有する、培養デバイス。
【発明の効果】
【0016】
本発明の多層化スキャフォールドを用いた多層心筋組織の製造方法によれば、従来法により得られるものに比べて、重厚で、かつ機能的にも優れた心筋組織培養物が、一工程で得られるので、より移植に適した心筋組織培養物を迅速かつ簡便に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の多層化スキャフォールド(MLA: Multi-layer)の特性とその動的培養のための装置及び培養条件を示す図である。(a)最下層の高密度ファイバーシート及び上層の低密度ファイバーシートのファイバー密度(空隙率)を示す。(b)MLAを設置した培養皿の全体像及びその拡大写真。(c)スターラーの回転速度と培地の流速の関係を示す。(d)回転速度250 rpmの場合の培養容器内の流速分布を示す。(e) 回転速度250 rpmの場合の培養容器内のシェアストレス分布を示す。
【
図2】3種のMLA及び単層の配向性ファイバーシートを側面から見た断面図(上)及びその走査型電子顕微鏡(SEM)写真(中)、並びに、それらを用いて作製された多層心筋組織の切片のHE染色像(下)を示す図である。
【
図3】各層交互に垂直方向にファイバーシートを配向させたMLA(上段)とすべてのファイバーシートを同一方向に配向させたMLA(下段)の側面の断面図(左)及びそのSEM写真(中央)、並びにそれらを用いて作製された多層心筋組織の切片のTnT染色像(右)である。
【
図4】心筋細胞の播種時にラミニンを添加した場合と無添加の場合とで、ファイバーシートへの組織体の構築効率(上段)及び得られた心筋組織の電気生理学的特性(下段)を比較した図である。
【
図5】種々の播種密度で心筋細胞を播種し、静置培養又は回転培養により培養した場合に、得られる心筋組織をHE染色で観察・比較した図である。(a)HE染色像。(b)各播種密度における組織の厚みを示す。
【
図6】種々の播種密度で心筋細胞を播種し、動的培養により培養して得られた心筋組織の免疫染色像、及びTUNEL染色の結果を示す図である。左から0.5×10
7細胞/cm
2、1×10
7細胞/cm
2及び2×10
7細胞/cm
2の播種密度であり、上からTnT2及びCX43の二重染色像、α-アクチニン及びMYL2の二重染色像、I型コラーゲン及びIII型コラーゲンの二重染色像、TnT2及びフィブロネクチンの二重染色像、TUNEL染色像を示す。いずれもDAPIで核を対比染色している。下段は各播種密度で作製した心筋組織におけるアポトーシス率を示す。
【
図7】MLA群及びControl群(単層)の心筋組織のin vitroでの拍動解析の結果を示す図である。
【
図8】MLA群及びControl群(単層)の心筋組織の培養上清中に分泌した各種サイトカインの濃度を示す図である。Control群の分泌レベルを1とした相対濃度で示す。
【
図9】心筋梗塞ラットモデルへのMLA群及びControl群の心筋組織の移植及び移植後の心エコー分析の結果を示す図である。
【
図10】心筋梗塞ラットモデルへのMLA群及びControl群の心筋組織の移植後の生着を示す図である。(a)心臓切片のHE染色及びTnT2免疫蛍光染色像。(b)移植片/左室面積比。
【
図11】心筋梗塞ラットモデルへのMLA群及びControl群(単層)の心筋組織の移植後の組織の線維化(a,b)、境界領域における細胞サイズ(c,d)、境界領域における毛細管密度(e,f)及び炎症反応(g,h)を比較した結果を示す図である。
【
図12】MLAのSEM写真(左)、並びに、それを用いて作製された多層MSC組織の切片のHE染色像(右)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
[I]多層組織用スキャフォールド
本発明は、生体適合性ポリマーからなる2枚以上のファイバーシートが、各ファイバーシートに保持された細胞が培養を通じて隣接するファイバーシートに形成される組織と接触し、自己組織化し得る程度に増殖するのに必要かつ十分な間隔で積層されてなる、多層組織用スキャフォールド(以下、「本発明のスキャフォールド」という場合がある。)を提供する。当該間隔は、細胞の増殖速度や播種密度などによって変動するが、例えば、40~1000 μm、好ましくは80~500 μmであり得る。目的とする多層組織体が心筋組織等の移植用組織である場合、ファイバーシートの間隔として、例えば、それぞれ約100~約200 μmの間隔を挙げることができる。該スキャフォールドにおいて、最下層のファイバーシートは細胞を保持するのに十分なファイバー密度を有し、それより上層のファイバーシートは播種した細胞の一部が最下層のファイバーシートに到達し得る程度のファイバー密度を有するものである。
【0019】
本明細書において「スキャフォールド」とは、細胞の接着、増殖を支持するための足場となる基材を意味する。本発明のスキャフォールドは、生体適合性ポリマーからなる2枚以上のファイバーシートが、それぞれ上記した間隔で積層された構造を有する。
【0020】
本明細書において「ファイバーシート」とは、ファイバーが集積されてなるシート状の構造体を意味する。本発明で用いられるファイバーシートは、ファイバーがランダムに集積されたもの(ランダムファイバーシート)であっても、ファイバーが一方向に配向するように集積されたものであってもよいが、生体内の心筋構造をよく模倣できることから、配向性を有するファイバーシートが好ましい。
【0021】
本明細書において「配向性ファイバーシート」とは、ファイバーが一方向に配向するよう集積されてなるファイバーシートであって、特に、シートを構成するファイバーのうち60%以上のファイバーが配向方向(0°)の±20°以内にあるものを意味する。好ましくは、シートを構成するファイバーのうち70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上のファイバーが配向方向の±20°以内にある配向性ファイバーシートが用いられる。
【0022】
ファイバーシートのファイバーを構成する素材は、生体適合性ポリマーである。本明細書において「生体適合性ポリマー」とは、ある高分子材料を生体に装着あるいは移植した場合に、副作用等の有害事象を引き起こさず、また異物として認識され排除されることなく馴染む性質を有する高分子を意味する。生体適合性ポリマーは、使用目的に応じて、生体内で分解する(以下、「生分解性」という)ものであっても、生体内で分解されにくいものであってもよい。例えば、移植に用いる組織の製造に用いる場合には、生分解性のものが好適に用いられる。一方、薬物の薬効及び/又は毒性の評価系として用いる組織の製造に用いる場合には、非生分解性のポリマーも好適に用いられ得る。
【0023】
生分解性ポリマーとしては、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸(PLA)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリエチレン酢酸ビニル(PEVA)、ポリエチレンオキサイド(PE0)、ポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体(PLGA)等の合成ポリマーや、例えば、ゼラチン、コラーゲン、セルロース等の生体高分子が挙げられるが、それらに限定されない。合成の生分解性ポリマーとしては、好ましくはPLGAである。PLGAはPLAとPGAの重合比によって、分解速度を調節することが可能である。また、一実施態様においては、生分解性ポリマーとして生体高分子が好ましく用いられる場合がある。
【0024】
非生分解性ポリマーとしては、例えば、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)が挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、PMGI及びPSが挙げられる。
【0025】
本発明で用いられる生体適合性ポリマーの分子量は、後述の直径を有するファイバーを形成し得る限り特に制限されず、例えば、PLGAやPMGIの場合、20~200 kDa、好ましくは50~150 kDa、また、PSの場合は、50~500 kDa、好ましくは100~400 kDaの範囲で適宜選択することができる。
【0026】
ファイバーの直径は、用いるポリマー素材、ポリマー溶液の濃度、製造手法等によって変動し得る。当業者であれば、用いるポリマー素材や使用目的に応じて適宜最適な直径を選択することができる。例えば、PLGAやPSを素材として用いる場合、ファイバーの直径として、2~4 μmが例示される。
ファイバーシートの厚みとしては、例えば1~40 μm、好ましくは2~30 μm、より好ましくは3~20 μmが挙げられる。
【0027】
ファイバーシートのファイバー密度は、用いるファイバーの直径によって変動し得るが、例えば、ファイバー直径が2~4 μmのPLGA配向性ファイバーシートの場合、例えば、幅1 mmあたり10~3000本、好ましくは70~500本の密度を有するものを用いることができる。あるいは、ファイバーシートのファイバー密度は、空隙率によって表すことができる。例えば、ファイバー直径が1~1.5 μmのPLGA配向性ファイバーシートの場合、例えば、20~80%、好ましくは25~75%の空隙率を有するものを用いることができる。
【0028】
最下層のファイバーシートは、細胞を保持するのに十分なファイバー密度を有するものである。該ファイバーシートのファイバー密度が低すぎると、播種した細胞が保持されずに通過してしまい、細胞のロスを生じる。最下層のファイバーシートのファイバー密度(空隙率)は、例えば20~40%、好ましくは25~35%、より好ましくは約30%である。尚、本明細書において「約X」とは、X±0.1X(Xは任意の数値を示す)であることを意味する。
【0029】
本発明のスキャフォールドは、最下層のファイバーシートに加えて、1枚以上のファイバーシートが積層されている。上層のファイバーシートの数は特に制限はなく、目的とする多層組織体の用途に応じて適切な厚みとなるように適宜設定することができる。例えば、多層組織体が心筋組織等の移植用組織である場合、上層のファイバーシートの数は、例えば1~9枚、好ましくは2~7枚、より好ましくは3~6枚である。従って、最下層のファイバーシートを加えた本発明のスキャフォールドのファイバーシート数は、例えば2~10枚、好ましくは3~8枚、より好ましくは4~7枚である。一方、多層組織体が食用の培養肉である場合、cmオーダーの厚みとなるように、より多数のファイバーシート(例、10~20枚)を積層することができる。
【0030】
上層の各ファイバーシートは、最上層のファイバーシート上に播種された心筋細胞の一部が最下層のファイバーシートにまで到達し得る程度のファイバー密度、従って、最下層のファイバーシートよりも低いファイバー密度を有する。一方で、上層の各ファイバーシートは、適量の心筋細胞が播種された場合には、該心筋細胞の一部を保持し、それ自体が多層心筋組織の形成に寄与し得る程度のファイバー密度を有するものである。上層のファイバーシートのファイバー密度(空隙率)は、例えば60~80%、好ましくは65~75%、より好ましくは約70%である。上層の各ファイバーシートのファイバー密度は、上記の範囲であれば、同一であってもよいし、互いに異なっていてもよい。
【0031】
本発明のスキャフォールドを構成する各ファイバーシートの間隔は、例えば40~1000 μm、好ましくは80~500 μmの間で適宜設定することができる。目的とする多層組織体が心筋組織等の移植用組織である場合、各ファイバーシートの間隔は、約100~約200 μmの間で適宜設定することができるが、好ましくは約120~約180 μm、より好ましくは約150 μmである。各ファイバーシートは等間隔に配置されても、異なる間隔で配置されてもよいが、好ましくは等間隔で配置される。
最上層のファイバーシートと最下層のファイバーシートとの距離は、用いるファイバーシートの数と各ファイバーシートの間隔に応じて変動し得るが、例えば40~20000 μm、好ましくは200~10000 μmの範囲で適宜選択され得る。目的とする多層組織体が心筋組織等の移植用組織である場合、最上層のファイバーシートと最下層のファイバーシートとの距離は、約500~約1000 μmの範囲で適宜選択され得る。
【0032】
本発明のスキャフォールドに用いられるファイバーシートは配向性ファイバーシートであることが好ましいが、その場合、各配向性ファイバーシートの配向は同一であっても異なっていてもよい。例えば、すべてのファイバーシートを同一配向としてもよいし、あるいは、一層毎に90°で配向させてもよいが、それらに限定されない。
【0033】
本発明で用いられるファイバーシートは、例えば、エレクトロスピニング法、ドライスピニング法、コンジュゲート溶融紡糸法、メルトブロー法等により製造することができるが、簡便で応用性が広いエレクトロスピニング法が好ましく用いられる。
エレクトロスピニング法による場合、まず生体適合性ポリマーを適当な溶媒に溶解する。ここで用いられる溶媒としては、用いる生体適合性ポリマーを溶解し得る溶媒であれば、無機溶媒、有機溶媒を問わずいかなるものも使用可能であるが、例えば、ヘキサフルオロ-2-プロパノール、アセトン、卜リアセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセ卜アミド、テ卜ラヒドロフラン等が用いられ得る。複数の溶媒を混合して用いてもよい。
ポリマー溶液の濃度は、使用するポリマーの種類や分子量、溶媒により異なるが、好ましいファイバー径及び均一性を得るためには、例えば、0. 1~40wt%、好ましくは10~40wt%の範囲内で適宜選択することができる。
【0034】
エレクトロスピニング法は自体公知の手法に従って実施することができる。エレクトロスピニング法の原理は、電気の力で材料をスプレーし、ナノサイズのファイバーにすることである。ポリマー溶液をシリンジに充てんし、先端に注射針のようなノズルを設置したものに、シリンジポンプを接続して流速を与えるようにする。ノズルから適当な距離の位置にナノファイバーが収集するコレクタ(平板でもよいし、巻き取り式とすることもできる。平板なコレクタ上に後述の支持体を設置して、直接、支持体上にナノファイバーを形成させてファイバーシートとすることもできる)を設置し、ノズル側に電源の+極、コレクタ側に-極を接続する。シリンジポンプの電源を入れるとともに、電圧をかけることにより、コレクタ上にポリマーが噴射され、ファイバーが形成される。ここで、電圧、ノズルからコレクタまでの距離、ノズルの内径などにより、ファイバーの形態や直径が変動するが、当業者であれば、これらを適宜選択して所望のファイバー径を有し、かつ均一なファイバーを作製することができる。
配向性ファイバーシートを製造する場合、例えば、ファイバーのコレクタとなるシート、例えばアルミテープのような金属製シートを巻き付けた回転ドラムを用い、ドラムを回転させながらノズルから噴射されるファイバーを回転ドラム上へ巻き取ることで、ファイバーシートを得ることができるが、これに限定されるものではない。
【0035】
印加する電圧は、用いるポリマーの種類や物性により適宜設定すればよいが、例えば0.1~50kV、好ましくは、1~40kVとすることができる。ノズルとコレクタの距離は、用いるポリマーの種類や物性、印加電圧により適宜設定すればよいが、例えば10~1000mm、好ましくは30~30Ommとすることができる。
【0036】
エレクトロスピニングにおける紡糸時間を適宜変更することにより、ファイバーシートのファイバー密度を調整することができる。紡糸時間を長くすれば、より高密度のファイバーシートを製造することができる。
【0037】
ファイバーシートの大きさは特に制限はないが、例えば、3~30mm四方のものが挙げられる。
【0038】
好ましい一実施態様において、本発明のスキャフォールドを構成する各ファイバーシートは、その周囲にフレームを設け、該フレーム同士が接触するようにして積層することにより、各フレームの厚みに応じてファイバーシート間に所定の間隔を与えることができる。例えば、各フレームの厚みを同じにすることにより、各ファーバーシートを等間隔にはいちすることができる。そのようなフレームの素材としては、細胞培養に影響を及ぼさず、ファイバーシートから容易に剥がすことができるものであれば特に制限はないが、例えばポリジメチルシロキサン(PDMS)やセロハンテープやガラスを挙げることができる。フレームの取り付け方法としては、例えば、圧着や粘着剤を用いた接着が挙げられるが、それらに限定されない。粘着剤としては、細胞培養に影響を及ぼさず、後で剥がすことができるものであれば特に制限はないが、例えば、ファイバー製造に用いたポリマー溶液、PDMS、市販の生体適合性粘着剤(例、シリコーン液縮合型RVTゴム(信越KE-45-T))等を用いることができる。
【0039】
[II]多層組織体の培養方法
本発明は、前記本発明のスキャフォールドの最上層のファイバーシートに細胞を播種し、液体培地中で培養することを含む、多層組織培養物の製造方法(以下、「本発明の製法」という場合がある)を提供する。
ここで「多層組織」とは、2層以上の多層構造を有するシート状の組織を意味するが、本発明の製法により得られる多層組織は、例えば心筋組織の場合、20層以上、好ましくは30~200層、より好ましくは40~150層の多層構造を有する。また、間葉系幹細胞(MSC)組織の場合、 20層以上、好ましくは 30~600層、より好ましくは40~400層の多層構造を有する。
【0040】
(A)細胞
本発明の製法においては、まず本発明のスキャフォールドの最上層のファイバーシート上に細胞が播種される。
【0041】
播種される細胞は如何なる細胞であってもよく、目的とする多層組織体を構成する細胞が適宜選択され得る。例えば、目的とする多層組織体が移植用組織である場合、例えば、心筋、間葉系幹細胞(MSC)、角膜上皮、口腔粘膜、軟骨、鼻粘膜、歯根膜、線維芽細胞、肝臓、脳、子宮、腎臓、甲状腺、膵島等の組織を構成する細胞を挙げることができるが、それらに限定されない。あるいは、目的とする多層組織体が食用の培養肉組織である場合、例えば、牛・豚・鶏・子羊・鴨・魚・甲殻類・ウナギ・フォアグラ・ホタテなどの食用動物の筋芽細胞等の可食部組織の細胞を挙げることもできる。以下、代表的な移植用組織として、心筋組織及びMSC組織について詳述するが、本発明はそれらに何ら限定されない。
【0042】
本明細書において「心筋細胞」とは、自律的に拍動し、心筋細胞マーカーであるcTnT及び/又はCD172aを発現する細胞を意味する。心筋細胞は、他の1以上の心筋細胞マーカー、例えば、FLK1、PDGFα受容体、EMILIN2、VCAM等を発現していてもよい。
本発明の製法において用いられる心筋細胞は、心筋細胞を含む細胞集団であればいかなる由来のものであってもよく、例えば、哺乳動物(例、ヒト、マウス、ラット、イヌ、サル、ブタ等)、好ましくはヒト由来の多能性幹細胞、心筋組織幹細胞等から分化誘導された心筋細胞、あるいは、心筋線維芽細胞からダイレクトリプログラミングにより得られた心筋細胞などが挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、多能性幹細胞から分化誘導された心筋細胞である。尚、本明細書において、技術的に不適切でない限り、「心筋細胞」なる用語は、純化された心筋細胞のみならず、心筋細胞を含む細胞集団をも包含する意味で用いられる。
【0043】
(A-1)多能性幹細胞からの心筋細胞の調製
本発明で用いられる多能性幹細胞は、未分化状態を保持したまま増殖できる「自己再生能」と三胚葉系列すべてに分化できる「分化多能性」とを有する未分化細胞であれば特に制限されず、例えば、胚性幹(ES)細胞、iPS細胞の他、始原生殖細胞に由来する胚性生殖(EG)細胞、精巣組織からのGS細胞の樹立培養過程で単離されるmutipotent germline stem(mGS)細胞、骨髄から単離されるmultipotent adult progenitor cell(MAPC)、MUSE細胞等が挙げられる。ES細胞は体細胞から核初期化されて生じたES細胞であってもよい。好ましくはES細胞またはiPS細胞である。
【0044】
ES細胞は、哺乳動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848;Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147;H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
また、ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Research Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0045】
iPS細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら, Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。ここで「体細胞」とは、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)を意味し、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0046】
得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。例えば、主たるHLA(例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座、あるいはHLA-Cを加えた4遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる。
【0047】
初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。
【0048】
多能性幹細胞から心筋細胞を誘導する方法としては、様々な手法が知られており(例えば、Burridge et al., Cell Stem Cell. 2012 Jan 6;10(1):16-28; Kattman et al., Cell Stem Cell 2011; 8: 228-240; Zhang et al., Circ Res 2012; 111: 1125-1136; Lian et al., Nat Protoc 2013; 8: 162-175; WO 2016/076368; WO 2013/111875; Minami et al., Cell Rep. 2012, 2(5): 1448-1460等)、例えば、胚様体形成による方法、単層分化培養による方法、強制凝集による方法などが挙げられる。いずれの方法においても、中胚葉誘導因子(例えば、アクチビンA、BMP4、bFGF、VEGF、SCFなど)、心臓決定因子(例えば、VEG F、DKK1、Wntシグナル阻害剤(例えば、IWR-1、IWP-2、IWP-4等)、BMPシグナル阻害剤(例えば、NOGGIN等)、TGFβ/アクチビン/NODALシグナル阻害剤(例えば、SB431542等)、レチノイン酸シグナル阻害剤など)、心臓分化因子(例えば、VEGF、bFGF、DKK1など)を、順次作用させることにより誘導効率を高めることができる。一態様において、多能性幹細胞からの心筋細胞の分化誘導は、浮遊培養下で形成した胚様体に、(1) BMP4、(2) BMP4、bFGF及びアクチビンA、(3) IWR-1、並びに(4) VEGF及びbFGFを順次作用させることにより行うことができる。
【0049】
(A-2)多能性幹細胞以外の細胞からの心筋細胞の調製
心筋組織幹細胞は、例えば、心筋組織からLin陰性c-kit陽性の細胞分画、あるいはIsl-1陽性細胞分画を選別することにより採取することができる。得られた心筋組織幹細胞を例えば、END2細胞と共培養することにより心筋細胞に分化誘導することができる。
心筋線維芽細胞から心筋細胞へのダイレクトリプログラミングは、心筋線維芽細胞に、iPS細胞作製時と同様の手法を用いて、GATA-4、MEF2c及びTbx5を導入することにより行うことができる(Ieda et al., Cell, 142: 375-386、 2010)。
【0050】
(A-3)心筋細胞の精製
上記のようにして作製された心筋細胞を含む細胞集団から、心筋細胞を選別し、その純度を高めることができる。例えば、心筋細胞特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用い、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法等により心筋細胞を選別する方法が挙げられる。心筋細胞特異的な細胞表面マーカーとしては、例えば、CD172a、KDR(FLK1)、PDGFα受容体、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。あるいは、心筋細胞特異的プロモーターの制御下にあるマーカー遺伝子(例えば、蛍光タンパク質等のレポーター遺伝子、抗生物質等の薬剤耐性遺伝子など)を導入した多能性幹細胞から心筋細胞を分化誘導し、該マーカー遺伝子の発現を指標にして、心筋細胞を選別することもできる。心筋細胞特異的プロモーターとしては、例えば、NKX2-5、MYH6、MLC2V、ISL1遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。
本発明の製法に供される心筋細胞を含む細胞集団は、心筋細胞の純度が50%以上であれば、いかなる純度のものであってもよいが、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上の純度を有するものである。
【0051】
本発明の製法に供される心筋細胞は、多能性幹細胞等から心筋細胞を誘導する処理を施すことにより得られる細胞集団そのものであってもよいし、心筋細胞誘導後の細胞集団から心筋細胞を精製して純度を高めたものであっても、あるいは、心筋細胞誘導後の細胞集団から心筋細胞の一部を除去するか、もしくは精製した心筋細胞を他の細胞集団(例えば、心筋細胞精製後に残った非心筋細胞集団)と混合するかして、純度を低下させたものであってもよい。
【0052】
本発明で用いられる心筋細胞集団には、心筋細胞以外に、例えば、血管内皮細胞、平滑筋細胞、筋線維芽細胞、線維芽細胞等が含まれていてもよい。血管内皮細胞はCD-31陽性、平滑筋細胞はα-SMA陽性、筋線維芽細胞はα-SMA及びTE-7陽性、線維芽細胞はTE-7陽性を指標にして検出することができる。重厚な心筋組織を構築する際に、中心部等の低栄養・低酸素による細胞障害を低減させるために、血管内皮細胞と共培養し、組織内に血管内皮細胞のネットワークを形成する試みがなされている。また、心筋細胞集団に上記の心筋以外の細胞が含まれることにより、心筋細胞を90%以上の高純度で含む場合よりもサイトカイン産生能が高まることが知られている。
しかしながら、本発明においては、本発明のスキャフォールド培養を行うことにより、好ましくは動的培養を行うことにより、中心部の生存状態を良好に保つことができるので、心筋細胞をより高生存率・高純度で含ませることも可能である。
【0053】
本明細書において「間葉系幹細胞(MSC)」とは、骨髄、脂肪組織、臍帯、歯髄等に存在し、中胚葉系の骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、軟骨細胞だけでなく、内胚葉系の内臓組織や外肺葉系の神経等の細胞にも分化し得る多分化能を有する細胞をいう。MSCは、上記のように、例えば骨髄、脂肪組織、臍帯、歯髄等から、自体公知の方法を用いて、比較的容易に入手することができ、CD106、CD166、CD29、CD105、CD73、CD44、CD90、CD71、Stro-1等のマーカー陽性、CD31、CD18、CD56、CD45、CD34、CD14、CD11、CD80、CD86、CD40等のマーカー陰性を指標にして精製することができる。
あるいは、MSCは、iPS細胞等の多能性幹細胞から、例えば、npj Regenerative Medicine, 7: 47 (2022)等に記載の方法により作製することもできる。
【0054】
心筋細胞やMSC以外の移植用細胞についても、例えば、角膜上皮細胞、口腔粘膜細胞、軟骨細胞、鼻粘膜細胞、歯根膜細胞、繊維芽細胞等は、細胞シート工学を利用した臨床研究が進められており、それらで使用されている方法を用いて入手することができる。あるいは、例えば、肝臓、脳、子宮、腎臓、甲状腺、膵島等の組織を構成する細胞は、自体公知の方法により、iPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導することができる。
【0055】
さらに、目的とする多層組織体が食用の培養肉組織である場合、現在開発中の企業等から公表されている情報に従って、原料となる細胞を調製することができる。
【0056】
(B)細胞のスキャフォールドへの播種
細胞のスキャフォールドへの播種は、例えば、本発明のスキャフォールドを、細胞培養に通常使用される培養容器(例えば、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、低接着性デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック等)内に設置して、上記のようにして作製した細胞を、必要に応じて酵素及び/又はセルストレイナー等を用いて解離させた後、培地中に懸濁し、該細胞懸濁液を、該スキャフォールドの最上層のファイバーシート上に滴下することにより行うことができる。スキャフォールドは、培養容器の底面に接着させてもよいし、させなくてもよい。スキャフォールドの接着は、例えば圧着により、あるいは、粘着剤を用いて接着する等、種々の方法にて行うことができる。粘着剤としては、細胞培養に影響を及ぼさない物質であれば特に限定されず、例えば、ファイバーの製造に用いたものと同じポリマー溶液、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、市販の生体適合性粘着剤(例、シリコーン液縮合型RVTゴム(信越KE-45-T))が挙げられる。
【0057】
細胞用の培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、StemPro34(Invitrogen)、及びこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(FBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール(2ME)、チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。培地は、好ましい一実施態様においては、FBSを含有するDMEM、DMEM/F12培地であり得る。FBSの濃度は特に制限はないが、例えば、1~30%、好ましくは、5~20%の範囲内である。しかしながら、別の好ましい実施態様においては、培地は無血清培地であり得る。
培地には、さらに細胞死を抑制するためにROCK阻害剤(例えば、Y-27632等)を添加してもよく、ファイバーへの細胞の接着を促進するために、ラミニン、コラーゲン、マトリゲル等の細胞外マトリクスを添加してもよい。好ましくは、細胞外マトリクスとしてラミニンを用いることができる。
【0058】
本発明のスキャフォールドの最上層のファイバーシート上に播種された細胞の一部は該ファイバーシートに保持され、残りは下層のファイバーシートに移動する。該下層のファイバーシートでも一部の細胞が保持され、残りはさらに下層のファイバーシートに移動する。これを繰り返して、最終的に一部の細胞が最下層のファイバーシートに到達し、該ファイバーシートに保持される。播種される細胞の密度は、スキャフォールド中の少なくとも2枚以上のファイバーシート、即ち、最下層のファイバーシートと少なくとも1枚の上層のファイバーシートに跨って多層組織が形成される限り特に制限はなく、播種する細胞の種類、用いるファイバーシートの数、ファイバー密度、ファイバーシートの間隔等によって適宜変更すすることができるが、例えば心筋細胞の場合、0.5~4×107細胞/cm2、好ましくは、0.7~3×107細胞/cm2、より好ましくは約1~約2×107細胞/cm2、さらに好ましくは約2×107細胞/cm2である。あるいは、例えばMSCの場合、0.2~2×107細胞、好ましくは約0.5~1.5×107細胞、より好ましくは約1×107細胞である。
【0059】
(C)細胞の培養
播種した細胞が各ファイバーシートに接着すれば、該細胞を液体培地中で培養することにより、多層組織の培養物を作製することができる。播種後4時間程度で細胞は各ファイバーシートに接着し得るが、好ましい一実施態様においては、ファイバーシート上に播種された細胞を、そのまま培養容器内で前培養することができる。前培養は、静置培養、振とう培養等により行われ得るが、好ましくは静置培養である。培養は、例えば、CO2インキュベーター中、1~10%、好ましくは2~5%のCO2濃度の雰囲気下、30~40℃、好ましくは約37℃で、0.5~7日間、好ましくは2~5日間行われ得る。
【0060】
本発明のスキャフォールドに保持された細胞の培養は、特に制限されず、例えば、WO 2016/060260やStem Cell Rep., 9: 1546-1559 (2017)に記載の方法、WO 2020/067479に記載の方法、Int. J. Mol. Sci., 23: 12697 (2022)に記載の方法等により行うことができる。培地としては、スキャフォールドに細胞を播種及び該スキャフォールド中で細胞を前培養する際に例示したものと同様の培地を挙げることができる。培養は静置培養で行ってもよいが、好ましい一実施態様においては、培地中の酸素や栄養分が多層組織の内部に効率よく供給され、細胞からの老廃物が除去されるように、培地に流動性を付与した動的培養を行うことができる。また、細胞に適度な力学的刺激(シェアストレス)を与えることで組織の機能(例えば、心筋組織であれば収縮性)がさらに改善することが期待される。動的培養としては、例えば、回転子(スターラー)やスピナーフラスコを用いた撹拌培養やシェーカーを用いた振とう培養等が挙げられるが、それらに限定されない。動的培養においては、細胞への過度のシェアストレスによる悪影響を避けるために、培地の流れが下層のファイバーシート側から上層のファイバーシート側になるように設定することが好ましく、例えば、培養容器内にホルダーを設けて、スキャフォールドを底面に対して適切な角度(例えば15~45°、好ましくは約30°)となるように固定し、動的培養を行うことができる。動的培養における培地の流速は、例えば2.5~13cm/secの範囲内で適宜設定することができる。
培養は、1~10%、好ましくは2~5%のCO2濃度の雰囲気下、30~40℃、好ましくは約37℃で、2~10日間行われ得る。
【0061】
上記のようにして、本発明のスキャフォールドに播種された細胞を培養することにより、各ファイバーシートに保持された細胞が増殖して多層化した組織を形成するとともに、各層で形成された多層組織同士が接触し、自己組織化することによって、より重厚でかつ生存状態のよい多層組織培養物が、一工程で迅速かつ簡便に作製され得る。
【0062】
(D)動的培養用培養デバイス
上述のように、動的培養における細胞への過度のシェアストレスによる悪影響を避けるために、培養容器内にホルダーを設けて、スキャフォールドを底面に対して適切な角度となるように固定し、動的培養を行うことができる。従って、本発明はまた、多層組織培養物の製造用培養デバイスであって、本発明のスキャフォールドを、該デバイス底面に対して15~45°、好ましくは約30°の角度で固定することができるホルダーが設けられており、培地が下層のファイバーシート側から上層のファイバーシート側に流れるように培地の流れを発生させることができる手段を有する、培養デバイスを提供する。ここで「培地の流れを発生させることができる手段」は、該デバイスに専用に付属する物であってもよいし、使用者が汎用品を、動的培養を行う際に該デバイスに適用してもよい。当該手段としては、回転子(スターラー)やスピナーフラスコを用いた撹拌、シェーカーを用いた振とう等が挙げられるが、好ましくは回転子であり得る。また、ホルダーは、培地の流れをできるだけ不規則に変化させないように、本発明のスキャフォールドを該デバイス底面に接触させることなく、固定できるように設置することが好ましい。
【0063】
[III]多層組織の培養物
上記のようにして得られる組織培養物(以下、「本発明の組織培養物」ともいう。)は、重厚かつ組織全体にわたって良好な生存状態を保持する多層組織を含む。
本発明の組織培養物は、本発明のスキャフォールドと、該スキャフォールド中の少なくとも2枚以上のファイバーシートに跨って形成された多層組織とを含み、組織の厚さが、同量の細胞を単層のファイバーシートに播種した場合に形成される組織の厚さよりも厚いことを特徴とする。ここで「本発明の組織培養物」なる用語は、本発明のスキャフォールドを足場として形成されたものである限り、時間経過とともに、該スキャフォールドが分解されて消失した多層組織体をも包含する意味で使用される。
【0064】
本発明の組織培養物の厚さは、例えば200~20000 μmである。組織の厚さは、組織培養物の用途に応じて適宜設定することができ、ファイバーシートの数、ファイバーシートの間隔、細胞の播種密度、細胞の増殖速度を適宜調整することにより、所望の厚さを実現することができる。本発明の組織培養物が心筋組織である場合、該組織の厚さは、例えば200~2000 μm、好ましくは300~1500 μmである。また、本発明の組織培養物がMSC組織の場合、該組織の厚さは、例えば300~3000 μm、好ましくは500~2500 μmである。さらに、本発明の組織培養物が食用の培養肉組織である場合、該組織の厚さは、例えば5000~20000 μm、好ましくは10000~20000 μmである。
【0065】
本発明の組織培養物の組織の厚さは、組織がスキャフォールド中の何層のファイバーシートに跨って形成されるかに依存する。そして、何層のファイバーシートを利用できるかは、該スキャフォールド上に播種される初期細胞密度に依存する。本発明の組織培養物における播種密度は、例えば心筋組織の場合、0.5~4×107細胞/cm2、好ましくは、0.7~3×107細胞/cm2、より好ましくは約1~約2×107細胞/cm2、さらに好ましくは約2×107細胞/cm2である。あるいは、例えばMSC組織の場合、0.2~2×107細胞、好ましくは約0.5~1.5×107細胞、より好ましくは約1×107細胞である。ファイバーシートの数及び間隔が同じであれば、細胞の増殖速度が高いほど、播種密度は低くてすむ傾向があると考えられる。従って、同じスキャフォールドを用いて、別の細胞を播種する場合、心筋細胞やMSCの好適な播種密度とそれらに対する比増殖速度をもとに、適切な播種密度を選択することができる。一方、ファイバーシートの数が多くなると、それらのすべてを利用するためには、より高い播種密度が必要となる。従って、例えば培養肉のように、より多くのファイバーシートを用いてより厚みのある組織を形成させる必要がる場合、心筋細胞やMSCにおける好適な播種密度よりも高い播種密度で、原料となる細胞(筋芽細胞等)を播種することが好ましい。
播種密度が低過ぎると、最下層のファイバーシートしか利用することができず、従来の単層ファイバーシート上に形成された心筋組織培養物と同程度(約200 μm以下)の厚みしか得られず、組織の機能(例えば心筋組織の場合、収縮能やサイトカイン分泌能など)で、従来品と有意差はない。一方、播種密度が高すぎると、細胞の生依存率が低下し、重厚な多層組織培養物が得られない。
【0066】
本発明の組織培養物が心筋組織である場合、単層のファイバーシート上に形成された多層心筋組織培養物に比べて、
(a)組織の収縮能が高い、
(b)血管内皮増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)及びトランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)から選ばれる1以上のサイトカインの分泌能が高い、
(c)心筋梗塞を有する対象に移植した場合の心機能回復効果が高い、
(d)心筋梗塞を有する対象に移植した場合の生着率が高く、線維化度が低い
等の特徴を有する。
本発明の心筋組織培養物はまた、単層のファイバーシート上に形成された多層心筋組織培養物に比べて、心筋トロポニンT(TnT)、コネキシン43(CX43)、α-アクチニン等の心筋で特異的又は高度に発現するタンパク質、フィブロネクチン等の細胞接着因子、III型コラーゲンなどのいずれか1以上の発現が上昇していることを特徴とする。
【0067】
[IV]多層組織培養物の用途
本発明の組織培養物は、種々の目的で使用することができる。例えば、患者本人、又は該患者とHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から採取した体細胞や、該体細胞を用いて誘導したiPS細胞から分化させた体細胞を、特に生分解性ポリマーからなるファイバーシートで構成された本発明のスキャフォールド上に播種して作製した本発明の組織培養物は、ファイバーシートを除去することなく、そのまま該患者の病変部に移植することができ、自家もしくは同種異系移植による疾患の細胞療法剤としての臨床応用が可能となる。本発明の組織培養物は、多層からなるシート状の組織からなり、細胞外マトリクス(ECM)を維持した状態にあり、これが糊の役割を果たすので、縫合などの処置なしに周辺組織に十分生着することができ、高い生着率を実現し得る。
しかも、本発明の組織培養物は、従来法により作製される組織と比較して、十分な厚みと、組織全体にわたる良好な生存状態とを兼ね備えている。また、本発明の組織培養物が心筋組織の場合、さらにサイトカイン分泌によるパラクライン効果にとどまらず、収縮能に直接関与して心機能を回復させることができるので、十分量の質のよい心筋細胞を提供することができる。
【0068】
本発明の心筋組織培養物を用いて治療することができる心疾患としては、例えば、心筋梗塞(心筋梗塞に伴う慢性心不全を含む)、拡張型心筋症、虚血性心筋症、収縮機能障害(例えば、左室収縮機能障害)を伴う心疾患(例えば、心不全、特に慢性心不全)などが挙げられる。
【0069】
本発明の組織培養物が心筋以外の移植治療に用いることができる組織である場合も、同様に組織の種類に応じて、種々の疾患の治療用に用いることができる。例えば、角膜輪部や口腔粘膜上皮組織は、角膜上皮疲弊症などの治療に使用することができる。口腔粘膜上皮組織はまた、食道がんの内視鏡切除後の食道狭窄の予防、食道狭窄拡張術後の食道狭窄の再発抑制等にも使用することができる。また、軟骨組織は、例えば、変形性膝関節症等に対する軟骨再生治療に用いることができる。また、線維芽細胞組織は、例えば、術後気漏等の肺気漏の防止に用いることができる。
【0070】
別の好ましい実施態様において、本発明のMSC組織培養物は、幅広い疾患に対する移植療法剤として利用することができる。MSCは、骨髄、脂肪組織、臍帯、歯髄等から比較的容易に採取することができ、ES細胞のような倫理上の問題や、iPS細胞のような腫瘍化リスクの問題がなく、また、終末分化させることなく種々の臓器・組織に移植可能であることから、汎用性の高い再生治療用細胞である。さらに、MSCは免疫抑制作用を有することから、移植後の拒絶防止にも利用することができる。
【0071】
MSCの疾患に対する治療効果は、特定の細胞に分化することよりも、サイトカインや増殖因子の分泌によるパラクライン作用であるとされており、それにより、例えば、免疫系の制御、血管新生、抗炎症作用、抗酸化作用、抗アポトーシス作用、組織修復作用等の様々な生理活性を発揮することができる。従って、本発明のMSC組織培養物は、例えば、移植片対宿主病等の免疫疾患、脊髄損傷、糖尿病性足潰瘍等の創傷、心不全等の心疾患、炎症性疾患、脳梗塞等の脳血管疾患、視神経変性等の眼疾患などの治療に用いることができる。
【0072】
本発明の他の態様として、本発明の心筋組織培養物は、従来法により作製される心筋組織と比較して、高い活動電位を有し、拍動力が大きく、しかも、心筋の成熟度の一指標とされる種々のマーカー遺伝子の高発現も認められることから、生体内での心筋組織の状態をよく反映していると考えられる。従って、本発明の心筋組織培養物は、心疾患治療薬の薬効や心毒性のin vitro評価系としても好適に用いることができる。さらに原因が未解明の心疾患の病理学的研究のツールとしても好ましく用いられ得る。
同様に、心筋以外の本発明の組織培養物も、生体内での対応する組織の状態をよく反映していると考えられるので、該組織における疾患の治療薬の薬効や該組織への毒性のin vitro評価系としても好適に用いることができる。
【0073】
本発明の心筋組織培養物を、上記のようなin vitro評価系として使用する場合、自体公知の方法により、心筋拍動及び収縮力、活動電位、電動速度、Caトランジエント、機械的ストレス応答、細胞周期、細胞死等を検定することにより行うことができる。具体的には、例えば、WO 2016/060260に記載される種々の電気生理学的評価などを挙げることができる。心筋以外の組織培養物についても、各組織における公知のin vitro評価系で使用されている評価方法を用いることができる。
【0074】
本発明の組織培養物が、食用の培養肉組織である場合、生分解性ポリマー、好ましくはゼラチン、コラーゲン、セルロース等の生体高分子を自然に、あるいは酵素処理等により分解し、食用肉として、そのまま、あるいは種々の食品に加工して提供することができる。
【0075】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例0076】
実施例1 多層心筋組織培養物の調製及び評価
(1)ヒトiPS細胞の調製及び心筋細胞への分化誘導
HLA-ホモのヒトiPS細胞(QHJI14s04、入手先:CiRA, Master Cell bank (MCB))を常法により維持し、https://doi.org/10.3389/fcvm.2022.950829 (2022) に記載の方法により心筋細胞(以下、「iPSC-CM」という場合がある。)を分化誘導した。ヒトiPS細胞の使用を含む実験は、大阪大学のガイドラインに従って実施した。
【0077】
(2)多層ファイバースキャフォールドの製造
市販の電界紡糸装置 (NF-103, MECC, 日本) を用いて、エレクトロスピニングによりポリ乳酸-ポリグリコール酸共重合体 (PLGA) の配向性ファイバーシートを製造した。PLGA (PLA75/PGA25, Sigma, USA) を20% (w/w) 濃度となるようにヘキサフルオロ-2-プロパノール(富士フイルム和光純薬, 日本)に混合した。該PLGA溶液を内径0.7 mmの針つきの5 mLシリンジに入れた。高速回転ドラムの表面にアルミホイルを貼り付け、シリンジの針先端から150 mmの距離に設置した。針にプラス電極、高速回転ドラムにマイナス電極を設置し、高速回転ドラムを700 rpmで回転させた。装置より20 kVの電圧を印加し、回転ドラム上のアルミホイル上にファイバーを一方向に配向させて噴出した。噴出時間を変えて高密度(H-AF; 噴出時間:60分)及び低密度(L-AF; 噴出時間:10分)の配向性ファイバーシートを作製した。H-AF及びL-AFのファイバー密度(空隙率)はそれぞれ69.52±8.26%及び30.61%±1.85%であった(
図1a;n=7, p<0.001)。ファイバー噴出後、配向性ファイバーシートが収集されたアルミホイルを回収し、スコッチテープ(Scotch
TM, 3M、USA)のフレーム(外寸:1.5 cm × 1.5 cm; 内寸:1 cm × 1 cm)により剥離した。H-AFを有するスコッチテープのフレーム、ファイバーシートを有しないフレーム、及びL-AFを有するフレームを適宜結合させ、同一配向の多層ファイバーシート(MLA)を3種作製した(最上層のファイバーシートと最下層のファイバーシートとの距離はすべて600 μm)。比較のためにH-AFを有するフレームのみの単層ファイバーシート(Control)
MLA1:上層ファイバーシート(L-AF)×3+最下層ファイバーシート(H-AF)(200 μm間隔)
MLA2:上層ファイバーシート(L-AF)×4+最下層ファイバーシート(H-AF)(150 μm間隔)
MLA3:上層ファイバーシート(L-AF)×6+最下層ファイバーシート(H-AF)(100 μm間隔)
図2に各MLA及び単層ファイバーシートを側面から見た模式図(上)と断面の電子顕微鏡写真(中)を示す。
【0078】
(3)多層心筋組織培養物の調製
上記(1)で得られた心筋細胞を40 μmのストレイナー (BD Falcon, USA) に通し、血清培地(40% 高グルコースダルベッコ改変イーグル培地 (DMEM; Sigma-Aldrich)、40% イスコフ改変ダルベッコ培地 (IMDM; Sigma-Aldrich)、20% ウシ胎児血清(FBS; Gibco, USA)、1% 最小必須培地非必須アミノ酸 (Sigma-Aldrich)、0.1% ペニシリン/ストレプトマイシン (Gibco) 及び0.5% L-グルタミン (Sigma-Aldrich))に再懸濁した。細胞の生存を高めるために10 μM ROCK阻害剤 (Wako) を添加した。細胞懸濁液を2×10
7細胞/cm
2(単層ファイバーシートについては5×10
6細胞/cm
2)の密度で、上記(2)で作製したMLAの最上層のファイバーシート上に播種した。1時間後、MLAを設置した培養皿にさらに1 mLの培地を加えた。さらに3時間後、MLAをPDMS製のホルダーに挿入し(
図1b)、培養皿にさらに30 mLの培地を加えた。培養皿をインキュベーターに入れ、37℃、5% CO
2の条件下で1日間静置培養した。翌日から、マグネティックスターラーを用いて150 rpmの速度で撹拌しながら、5日間培養した(
図1b)。
尚、心筋細胞を播種せずにMLAを培養容器に設置し、スターラーの回転速度を変化させて培地の流速を変化させ(
図1c)、培養器内の流速及びシェアストレスの分布を測定し(回転速度250 rpmの結果を
図1d及び1eに示す)、シェアストレスが安全なレベルに保たれるようにスターラーの回転速度を設定した。
【0079】
(4)組織染色
上記(3)で得られた組織をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で3回洗浄し、4% パラホルムアルデヒドのPBS溶液で固定し、パラフィン包埋した。超薄切片を調製し、ヘマトキシリン-エオシン(HE)染色した。各切片をCKX41顕微鏡(オリンパス)で観察した。結果を
図2(下)に示す。MLA1~MLA3のいずれを用いた場合でも、単層ファイバーシートを用いた場合より重厚な多層心筋組織が得られた。特にMLA2を用いた場合に、約1200 μmの厚さのある重厚な多層心筋組織が得られた。このことから、MLAにおける各ファイバーシートの間隔として、150 μmが特に好ましいことが示された。
【0080】
実施例2 各ファイバーシートの配向性の効果
実施例1(4)において、MLA2[上層ファイバーシート(L-AF)×4+最下層ファイバーシート(H-AF)(150 μm間隔);
図2]を用いた場合に最も重厚な多層心筋組織が得られたので、以後の実験はMLA2を用いて行った。
各ファイバーシートを交互に垂直方向の配向となるように積層したMLAを作製し、すべて同一配向のMLA2と比較した。培養終了後、組織を固定化して、抗TnT抗体を用いて免疫染色し、組織の厚さを比較した。結果を
図3に示す。各ファイバーシートの配向性にかかわらず、いずれのMLAを用いても重厚な多層心筋組織が得られた。これらの結果から、各ファイバーシートの配向性を揃えることは重要でないことが分かった。
【0081】
実施例3 細胞外マトリクスの効果
心筋細胞の播種時に培地にラミニンを添加した場合と無添加の場合とで、実施例1と同様の実験を行った。結果を
図4に示す。播種時に培地にラミニンを添加した場合の方が、無添加の場合と比較して、より多くの細胞がファイバーシートに接着し、非接着の浮遊細胞はほとんど観察されなかった(
図4上)。また、得られた多層心筋組織を64チャネル多電極アレイ(USB-ME64-System、Multi-channel Systems、ドイツ)上に接着させて、電気生理学的データを記録した。その結果、ラミニンを添加した場合の方が、無添加の場合と比較して、より均一な高い電気信号の増幅度を示した。従って、以後の実験は、心筋細胞の播種時に培地にラミニンを添加して行った。
【0082】
実施例4 播種密度及び動的培養の効果
心筋細胞の播種密度を変えて実施例1と同様に培養した。また、動的培養を静置培養に変えて同様の実験を行った。結果を
図5に示す。0.5×10
7細胞/cm
2の心筋細胞を播種した場合、従来の単層ファイバーシートを用いて得られるのと同等の厚さの多層心筋組織が得られたが、1×10
7細胞/cm
2や2×10
7細胞/cm
2の心筋細胞を播種した場合は、より重厚な多層心筋組織が得られた(
図5a)。しかし、4×10
7細胞/cm
2の心筋細胞を播種した場合は、細胞の生存度が顕著に低下した(
図5a)。動的培養は、静置培養よりも細胞が密でよく組織化された組織形成をもたらした。動的培養により得られた多層心筋組織の厚さは、播種密度に応じて226.51±48.60 μm~878.64±193.45 μm (n=4) であった(
図5b)。
【0083】
次に、組織を4% パラホルムアルデヒドで0.5時間固定し、0.5% (v/v) Triton X-100のダルベッコPBS(D-PBS)溶液を用いて1時間膜透過処理を行った後、ブロッキング液中に4℃で一晩浸漬した。次に、組織を一次抗体と4℃で一晩インキュベートした。
(一次抗体)
抗α-アクチニン抗体 (1:1000; A7811; Sigma-Aldrich)
抗トロポニンT2抗体 (TnT2; 1:200; SC-20025; Santa Cruz Biotechnology, Dallas, TX, USA)
抗コネキシン43抗体 (Cx43; 1:200; C6219; Sigma-Aldrich)
抗I型コラーゲン抗体 (1:200; C2456; Sigma-Aldrich)
抗III型コラーゲン抗体 (1:200; ab7778; Abcam)
その後、組織をPBSで洗浄し、ブロッキング液で300倍希釈した二次抗体と室温で1時間インキュベートした。
(二次抗体)
Alexa Fluor 594標識抗マウスIgG (715-586-150; Jackson Immuno Research, West Grove, PA, USA)
DyLight-594標識抗マウスIgM (715-516-020; Jackson Immuno Research)
Alexa Fluor 647標識抗ウサギIgG (A21245; ThermoFisher)
Alexa Fluor 488標識抗ウサギIgG (A21206; ThermoFisher)
300 nM DAPI(富士フイルム和光純薬)を用いて30分間、核の対比染色を行った。共焦点顕微鏡 (NIKON A1; ニコン) を用いて画像を取り込んだ。得られた免疫染色像を
図6(上)に示す。多層心筋組織において、心筋マーカー、細胞間接着因子、細胞外基質などのタンパク質の高発現を示した。また、薄い組織と比較して、重厚な多層心筋組織ほど、III型コラーゲンの発現が高かった。
【0084】
常法によりTUNEL染色を行い、組織中の細胞の生存度を測定した。結果を
図6の中パネル及び下パネルに示す。1×10
7細胞/cm
2及び2×10
7細胞/cm
2の心筋細胞を播種した場合、アポトーシス率はそれぞれ10.59±2.47%及び14.68±6.75%で有意差はなかった。0.5×10
7細胞/cm
2の心筋細胞を播種した場合のアポトーシス率6.64±1.8%よりは高かったが、約85%以上の生存率を保持していることが示された。
【0085】
実施例5 MLAを用いて得られた多層心筋組織の特性評価(1)-in vitro評価
先行する実施例において、MLAとしてMLA2[上層ファイバーシート(L-AF)×4+最下層ファイバーシート(H-AF)(150 μm間隔)]を用い、ラミニンの存在下で2×107細胞/cm2の心筋細胞を播種し、動的培養により細胞を培養した場合に、最も重厚で、かつ良い生存性を示す多層心筋組織が得られたので、以後の実験では、当該条件下で作製した多層心筋組織(MLA群)と、従来の単層ファイバーシートに用いられるのと同等の播種密度であり、得られる心筋組織の厚さ(約200 μm)でも類似する、0.5×107細胞/cm2の心筋細胞を播種し同様に培養して作製した心筋組織(Control群)とで、種々の特性を評価・比較した。
【0086】
(1)拍動解析
心筋組織の収縮能を、Cell Motion Imaging System (SI8000; ソニー、東京) を用いて評価した。150フレーム/秒のフレーム速度、1024×1024ピクセルの解像度及び8ビットの深度でビデオ録画した。その結果、MLA群は、Control群に比べて収縮速度(75.91±28.51μm/s vs 19.70±5.81 μm/s)、弛緩速度(54.39±15.12 μm/s vs 14.74±1.39 μm/s)及び収縮変形距離(8.14±2.11 μm vs. 1.86±0.73 μm)が有意に高く、収縮能が向上していることが示された(
図7)。
【0087】
(2)サイトカイン分泌
次に、MLA群とControl群との間で、培養上清中に分泌された各種サイトカインの濃度をELISA法により測定し、比較した。その結果、MLA群はControl群に比べて、VEGF、HGF及びTGF-β1を高分泌していた(
図8)。
【0088】
実施例6 MLAを用いて得られた多層心筋組織の特性評価(2)-in vivo評価
(1)心筋梗塞ラットモデルの作製及び多層心筋組織の移植
動物実験は、大阪大学の倫理委員会により承認され、同大学のガイドラインに従って実施した(承認番号:01-062-000 )。ラット(系統F344/ NJcl-rnu/rnu、性別:雄性、8週齢、入手先:CLEA)を麻酔下で第4及び第5肋間腔にかけて開胸し、左冠状動脈前下行枝を結紮して心筋梗塞を誘発した。
移植に先立って、心筋組織を1% iMatrix 511(Nippi, Japan)と20%FBSを含むDMEM培地で室温下、5分間処理した(
図9a)。次に、フレームを切り取り、組織シートを心外膜上に置き、フィブリノゲン加第XIII因子(Beriplast P; CSL Behring, USA)で被覆した(
図9c)。環状アレイ探触子を装着した超音波装置 (Philips SONOS 7500, Amsterdam, Netherlands) を用いて、周波数12 MHzで心エコーを行った(
図9b)。下式を用いて、駆出率(EF)を算出した。
LVEF(%)=100 X (LVEDV-LVESV)/LVEDV
移植から4週間後にラットをサクリフィスし、心臓を回収して厚さ5 μmの凍結切片を調製して組織学的分析及び免疫染色に供した。
【0089】
(2)心筋梗塞モデルにおける心機能の回復効果
心エコーの結果、MLA群は移植後の左室駆出率(EF)を有意に改善したが(0週 vs. 4週: 38.8 ± 4.72 % vs. 53.1 ± 7.91 %, n=8, p = 0.0034)、Control群は有意な改善を示さなかった(0週 vs. 4週: 40.6±5.4% vs. 44.9±4.1%, n=8, p=0.37)(
図9d)。2群間の駆出率は、3週目 (p=0.0076) 及び4週目 (p=0.02) で有意に相違した。MLA群は、左室内径短縮率(FS)も有意に改善したが(0週 vs. 4週: 16.2±2.3% vs. 24.2±4.7%, n=8, p=0.0065)、Control群は有意な改善を示さなかった(0週 vs. 4週: 417.2±2.7% vs. 19.5±2.2%, n=8, p=0.027)(
図9e)。Control群では左室収縮末期径(LVIDs)が増大したのに対し(0週vs. 4週: 0.607±0.045 cm vs. 0.704±0.048 cm, n=8, p=0.0048)、MLA群では有意な増加は認められなかった(0週 vs. 4週: 0.598±0.08 cm vs. 0.66±0.098 cm, n=8, p=0.51)。
【0090】
(3)生着率の改善及び線維化抑制効果
上記(1)で調製した凍結切片のHE染色及び免疫蛍光染色により、移植組織の生着を評価した。MLA群、Control群とも、いずれの染色によっても移植した心筋組織の生存が確認された(
図10a)。MLA群は、Control群より有意に高い生着率(移植片/左心室面積比)を示した(MLA vs. Control: 8.0±2.9% vs. 4.6±2.2%, n=5, p=0.028)(
図10b)。
さらに、シリウスレッド染色により組織の線維化を評価した。また、抗イソレクチン抗体又は抗CD68抗体を用いた免疫蛍光染色により、毛細管密度と炎症反応を調べた。その結果、MLA群は、Control群に比べて、線維化の割合が有意に低かった(MLA vs. Control: 10.8±3.1% vs. 16.4±5.9%, n=7, p=0.024)(
図11a、b)。移植片とレシピエント心臓との境界領域の細胞のサイズ(
図11c、d)、毛細管密度(
図11e、f)は2群間で有意差はなかった。CD68染色の結果、移植から4週間後に両群において炎症反応は認められなかった。
【0091】
これらの結果は、MLAを用いた高用量の多層心筋組織の移植が梗塞した心臓において、従来品よりも優れた心機能回復効果、並びに高い生着率と線維化の低減効果を示すことを実証するものである。
【0092】
実施例7 多層MSC組織培養物の調製
実施例1(2)で作製したMLA2と同様の多層ファイバースキャフォールド(断面図のSEM写真を
図12左に示す)を用い、脂肪組織由来間葉系幹細胞(AD-MSC)の多層組織培養物を調製した。
その結果、単層ファイバーシートを用いて臍帯由来間葉系幹細胞(UC-MSC)の組織培養物を作製した場合(約300 μm;非特許文献8)よりも、重厚な多層MSC組織(約2 mm)が得られた。即ち、本発明の多層ファイバースキャフォールドによれば、心筋以外の組織についても、重厚な多層組織培養物を作製し得ることが明らかとなった。
本発明により得られる多層組織体は、重厚でかつ良好な生存状態を保持しており、しかも従来法により得られるものに比べて、機能的にも優れているので、より移植に適した組織材料として極めて有用である。また、本発明の多層組織培養物の製造方法によれば、一工程で迅速かつ簡便に重厚な多層組織体を得ることができるので、iPS細胞から分化誘導した体細胞や、MSC等を用いた疾患の移植療法の実用化に大いに寄与し得る。さらに、本発明の製造方法を食用の培養肉組織の作製に用いることにより、従来法により得られるものに比べてより重厚で、食感に優れた人工肉を提供することが可能となる。