(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024093725
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】アルミニウム合金鍛造品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20240702BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20240702BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240702BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/047
C22F1/00 602
C22F1/00 604
C22F1/00 624
C22F1/00 630A
C22F1/00 631A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692Z
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210279
(22)【出願日】2022-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100137017
【弁理士】
【氏名又は名称】眞島 竜一郎
(72)【発明者】
【氏名】荒山 卓也
(57)【要約】
【課題】常温における機械的特性に優れたアルミニウム合金鍛造品及びその製造方法を提供することである。
【解決手段】本発明のアルミニウム合金鍛造品は、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下、Znを0.25質量%以下、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金からなるアルミニウム合金鍛造品において、合金組織の平均結晶粒径が5μm以上60μm以下の範囲内であり、かつ、平均粒子径が2.0μm以上のAIFeSi系化合物を含まない。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金から構成されるアルミニウム合金鍛造品であって、
合金組織の平均結晶粒径が5μm以上60μm以下の範囲内であり、かつ、平均粒子径が2.0μm以上のAIFeSi系化合物を含まない、アルミニウム合金鍛造品。
【請求項2】
サスペンションアーム用である、請求項1に記載のアルミニウム合金鍛造品。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアルミニウム合金鍛造品の製造方法であって、
前記アルミニウム合金鍛造品と同じ合金組成のアルミニウム合金溶湯を形成する合金溶湯形成工程と、
前記合金溶湯形成工程で得られたアルミニウム合金溶湯を冷却し凝固してアルミニウム合金鋳造品を形成する鋳造工程と、
前記アルミニウム合金鋳造品を、370℃以上560℃以下の温度範囲で2時間以上10時間以下保持して均質化熱処理を行う均質化熱処理工程と、
前記均質化熱処理工程後のアルミニウム合金鋳造品に、加熱温度450℃以上560℃以下の温度で鍛造加工を行う鍛造工程と、
前記鍛造工程で得られた鍛造品に、530℃以上560℃以下の処理温度で0.3時間以上3時間以下保持する溶体化処理を行う溶体化処理工程と、
前記溶体化処理工程後5秒以上60秒以下の範囲内に鍛造品の全ての表面を焼き入れ水に接触させ、1分以上30分以下の間、水槽内で焼き入れを行う焼き入れ処理工程と、
前記焼き入れ処理工程後の鍛造品に170℃以上210℃以下の加熱温度で0.5時間以上7時間以下の間、時効処理を行う時効処理工程と、を有する、アルミニウム合金鍛造品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金鍛造品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アルミニウム合金は、軽量性を生かして各種製品の構造部材としての用途が拡大しつつある。例えば、自動車の足廻りやバンパー部品では、今まで高張力鋼が用いられてきた。一方、近年は高強度アルミニウム合金材が用いられるようになっている。
【0003】
また、自動車部品、その中でも、例えば、サスペンションアームのような長尺状部品には、専ら鉄系材料が使用されていた。一方、近年は軽量化を主目的として、アルミニウム材料又はアルミニウム合金材料に置き換えられることが多くなってきた。
【0004】
これらの自動車部品では、優れた耐食性、高強度及び優れた加工性が要求されることから、アルミニウム合金材料としてAl-Mg-Si系合金、特にA6061が多用されている。そして、このような自動車部品は、強度の向上を図るため、アルミニウム合金材料を加工用素材として塑性加工の1つである鍛造加工を行って製造される。
【0005】
また、最近では、コストダウンを図る必要があるため、押出をせずに鋳造部材をそのまま素材として鍛造した後、溶体化処理と人工時効処理を行う処理(T6処理)して得たサスペンション部品が実用化され始めており、さらなる軽量化を目的として、従来のA6061に代わる高強度合金の開発が進められている(例えば、特許文献1~3を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5-59477号公報
【特許文献2】特開平5-247574号公報
【特許文献3】特開平6-256880号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年のCO2排出量の削減の観点より、自動車の軽量化が求められている中、アルミニウムの需要は増加傾向にある。但し、鉄鋼材からの代替としては更なる高強度化が必要となる。一方、アルミニウムの高強度化の1つの手法として、塑性加工及び溶体化処理工程において再結晶組織になることを抑制し、結晶粒径を微細化することが知られている。
【0008】
しかしながら、上述したAl-Mg-Si系の高強度合金は、鍛造及び熱処理工程において加工組織が再結晶し、粗大な結晶粒が発生することにより、十分な高強度を得ることができないという問題があった。そのため、粗大な再結晶粒生成防止のため、Zr(ジルコニウム)を添加して再結晶を防止しているものがある(例えば、上記特許文献1、2を参照。)。
【0009】
しかしながら、Zrを添加することは、再結晶防止に効果があるものの、次のような問題点があった。
(1)Zrの添加により、Al-Ti-B系合金の結晶粒微細化効果が弱められ、鋳造品自体の結晶粒が粗くなり、塑性加工後の加工品(鍛造品)の強度低下を招く。
(2)鋳造品自体の結晶粒微細化効果が弱められるため、鋳造品に割れが発生し易くなり、内部欠陥が増加し、歩留まりが悪化する。
(3)Zrは、Al-Ti-B系合金と化合物を形成し、合金溶湯を貯留する炉の底に化合物が堆積し、炉を汚染すると共に、製造した鋳造品においてもこれら化合物が鋳造品中に粗大に晶出し、強度を低下させる。
【0010】
このように、Zrの添加は、再結晶防止に効果があるものの、強度の安定性を維持するのが困難であった。
【0011】
本発明は、このような技術的背景に鑑みてなされたものであって、常温における機械的特性に優れたアルミニウム合金鍛造品及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0013】
本発明の態様1は、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金から構成されるアルミニウム合金鍛造品であって、合金組織の平均結晶粒径が5μm以上60μm以下の範囲内、かつ、平均粒子径が2.0μm以上のAIFeSi系化合物を含まないアルミニウム合金鍛造品である。
【0014】
本発明の態様2は、態様1のアルミニウム合金鍛造品がサスペンションアーム用である。
【0015】
本発明の態様3は、態様1又は2のアルミニウム合金鍛造品の製造方法であって、前記アルミニウム合金鍛造品と同じ合金組成のアルミニウム合金溶湯を形成する合金溶湯形成工程と、前記合金溶湯形成工程で得られたアルミニウム合金溶湯を冷却し凝固してアルミニウム合金鋳造品を形成する鋳造工程と、前記アルミニウム合金鋳造品を、370℃以上560℃以下の温度範囲で2時間以上10時間以下保持して均質化熱処理を行う均質化熱処理工程と、前記均質化熱処理工程後のアルミニウム合金鋳造品に、加熱温度450℃以上560℃以下の温度で鍛造加工を行う鍛造工程と、前記鍛造工程で得られた鍛造品に、530℃以上560℃以下の処理温度で0.3時間以上3時間以下保持する溶体化処理を行う溶体化処理工程と、前記溶体化処理工程後5秒以上60秒以下の範囲内に鍛造品の全ての表面を焼き入れ水に接触させ、1分以上30分以下の間、水槽内で焼き入れを行う焼き入れ処理工程と、前記焼き入れ処理工程後の鍛造品に170℃以上210℃以下の加熱温度で0.5時間以上7時間以下の間、時効処理を行う時効処理工程と、を有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、人工時効処理によって形成される析出物の構造を従来以上に高度に制御して、より優れた機械的特性を有するアルミニウム合金鍛造品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品の一例を示す平面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品を製造するための水平連続鋳造装置の鋳型付近の一例を示す断面図である。
【
図3】
図2に示す水平連続鋳造装置の冷却水キャビティ付近の要部を拡大した断面図である。
【
図4】水平連続鋳造装置の冷却壁部の熱流束を説明する説明図である。
【
図5】本実施例で得られたアルミニウム合金鍛造品から機械的特性評価用試験片の作製用として採取した中央部の採取位置を示す平面図である。
【
図6】本実施例で作製した機械的特性評価用試験片を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品について図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0019】
[アルミニウム合金鍛造品]
本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品について説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品の一例の平面図である。
図1に示すアルミニウム合金鍛造品1bは、3つの連結部4c,4d,4eを有する。連結部4cと連結部4dは長尺部2で接続され、連結部4dと連結部4eとは、長尺部2よりも相対的に長さが短く短尺部5で接続されている。連結部4cには、貫通孔が設けられている。このアルミニウム合金鍛造品1bは、例えば、L型サスペンションアームとして用いることができる。
【0020】
本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品であって、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金から構成されている。
【0021】
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品の材料であるアルミニウム合金は、MgとSiを含む点で6000系アルミニウム合金に相当する。
【0022】
(Cu:0.25質量%以上0.45質量%以下)
Cuは、アルミニウム合金中でMg-Si系化合物を微細に分散させる作用や、Q’相を始めとするAl-Cu-Mg-Si系化合物として析出することでアルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Cuの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0023】
(Mg:0.95質量%以上1.25質量%以下)
Mgは、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。アルミニウム母相へMgが固溶する、あるいは、β”相などのMg-Si系化合物(Mg2Si)、またはQ’相を始めとするAl-Cu-Mg-Si系化合物(AlCuMgSi)として析出することで、アルミニウム合金の強化に寄与する。また、Mg2Siは、アルミニウム合金中でのCuAl2相の生成を抑制する作用がある。CuAl2相の生成が抑制されることによって、アルミニウム合金鍛造品の耐食性が向上する。Mgの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性とともに耐食性を向上させることができる。
【0024】
(Si:0.60質量%以上0.85質量%以下)
Siは、Mgと同様にアルミニウム合金鍛造品1aの常温における機械的特性と共に耐食性を向上させる作用を有する。但し、アルミニウム合金にSiを過剰に添加すると、粗大な初晶Si粒が晶出することにより、アルミニウム合金の引張強さが低下するおそれがある。Siの含有率が上記の範囲内にあることによって、初晶Siの晶出を抑えつつ、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性と共に耐食性を向上させることができる。
【0025】
(Mn:0.05質量%以上0.20質量%以下)
Mnは、アルミニウム合金中でAl-Mn-Fe-SiやAl-Mn-Cr-Fe-Siなどの金属間化合物を含む微細な粒状の晶出物を形成することで、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Mnの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0026】
(Fe:0.15質量%以上0.42質量%以下)
Feは、アルミニウム合金中でAl-Mn-Fe-Si、Al-Mn-Cr-Fe-Si、Al-Fe-Si、Al-Cu-Fe、Al-Mn-Feなどの金属間化合物を含む微細な晶出物として晶出することで、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用がある。Feの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0027】
(Cr:0.15質量%以上0.35質量%以下)
Crは、アルミニウム合金中でAl-Mn-Cr-Fe-SiやAl-Fe-Crなどの金属間化合物を含む微細な粒状の晶出物を形成することで、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Crの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0028】
(Ti:0.01質量%以上、0.1質量%以下)
Tiは、アルミニウム合金の結晶粒を微細化し、展伸加工性を向上させる作用を有する。Ti含有率が0.01質量%未満の場合、結晶粒の微細化効果が十分に得られないおそれがある。一方、Ti含有率が0.1質量%を超えると、粗大な晶出物を形成し、展伸加工性が低下するおそれがある。また、アルミニウム合金鍛造品1aにTiを含む粗大な晶出物が多量に混入すると靭性が低下する場合がある。したがって、Tiの含有率は0.012質量%以上、0.035質量%以下とする。Tiの含有率は、好ましくは0.015質量%以上、0.050質量%以下である。
【0029】
(B:0.0010質量%以上0.030質量%以下)
Bは、アルミニウム合金の結晶粒を微細化し、展伸加工性を向上させる作用を有する。上述したTiと共にBをアルミニウム合金に添加することによって、結晶粒の微細化効果が向上する。Bの含有率が0.0010質量%未満では、結晶粒の微細化効果が十分に得られないおそれがある。一方、Bの含有率が0.030質量%を超えると、粗大な晶出物を形成し、介在物としてアルミニウム合金鍛造品1aに混入するおそれがある。また、アルミニウム合金の最終製品にBを含む粗大な晶出物が多量に混入すると靭性が低下する場合がある。したがって、Bの含有率は0.0010質量%以上、0.030質量%とする。Bの含有率は、好ましくは0.0050質量%以上、0.025質量%である。
【0030】
(Zn:0.250質量%以下)
Znは0.250質量%以下であればよい。Znの含有率が0.250質量%を超えるとMgZn2が生成し、Al母相から粒界に析出することで粒界腐食を起こし、アルミニウム合金鍛造品の耐食性の低下につながる。このため、Znの含有率は、0.250質量%以下、あるいは全く含まないことが好ましい。
【0031】
(不可避不純物)
不可避不純物は、原料又は製造工程から不可避的にアルミニウム合金に混入する不純物である。不可避不純物の例としては、Ni、Sn、Beなどを挙げることができる。これらの不可避不純物の含有率は0.1質量%を超えないことが好ましい。
【0032】
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品は、アルミニウム合金鍛造品の最大主応力がかかる部分の断面組織において、合金組織の平均結晶粒径が5μm以上、60μm以下であり、平均粒子径が2.0μm以上のAIFeSi系化合物を含まない。
【0033】
ここで、「平均結晶粒径」とは、電子顕微鏡像やEBSD像において、各結晶粒ごとに、同等の面積を有する円としたときの直径(円相当径)をその結晶粒の粒径として、その平均をとったものを指す。解析ソフトによって自動的に算出されたものでもよい。「平均結晶粒径」は、380個以上の結晶粒の平均をとったものとする。
【0034】
平均結晶粒径が60μmを超えると、ホールペッチ則の関係より、満足した引張、疲労特性を得ることができない。一方、平均結晶粒径が5m未満では、靭性が悪化し衝撃性が低下する。このため、平均結晶粒径が5μm以上、60μm以下の範囲に制御する必要がある。
また、結晶粒径の標準偏差は30以下であることが好ましい。結晶粒径のばらつきが抑制されていると耐衝撃性が高くなるからである。結晶粒径の標準偏差は25以下であることがより好ましく、20以下であることがさらに好ましく、15以下であることがもっと好ましい。
【0035】
結晶方位差15%以上の結晶粒界(大角粒界)は、再結晶化の進行程度の指標となる。この比率が27%以下であると再結晶化が十分に抑制されており、優れた機械的特性に繋がる。結晶方位差15%以上の結晶粒界の比率は、EBSD像から得ることができる。
【0036】
(常温での0.2%耐力)
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品は、常温での0.2%耐力が270MPaであることが好ましく、300MPaであることがより好ましく、320MPaであることがさらに好ましく、350MPaであることがもっと好ましい。
【0037】
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品は、長尺部2と連結部4における長手方向の強度や耐久性が高く、かつ軽量であるため、自動車などの車両のサスペンションアーム用として有利に使用することができる。
【0038】
[アルミニウム合金鍛造品の製造方法]
次に、本実施形態のアルミニウム合金鍛造品の製造方法について説明する。
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品の製造方法は、例えば、溶湯形成工程と、鋳造工程と、均質化熱処理工程と、鍛造工程と、溶体化処理工程と、焼き入れ処理工程と、時効処理工程とを含む。
【0039】
(溶湯形成工程)
溶湯形成工程は、原料を溶解して組成を調整したアルミニウム合金溶湯を得る工程である。アルミニウム合金溶湯の組成は、アルミニウム合金鍛造品の組成と同じである。すなわち、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる合金組成になるように調整して6000系アルミニウム合金の溶湯を得る。
【0040】
上記組成のアルミニウム合金溶湯を用いてこれ以降の工程を行うことで、常温における機械的特性に優れたAl-Mg-Si系のアルミニウム合金鍛造品を得ることができる。なお、アルミニウム新塊とは、鉱物から製造されたアルミナに、電解精錬と呼ばれる電気分解を行うことで得られる濃度99%以上のアルミニウムである。アルミニウム合金溶湯は、アルミニウム合金を加熱して溶融させることによって得ることができる。また、アルミニウム合金の原料となる元素の単体若しくは元素を2種以上含む化合物を、目的のアルミニウム合金を生成する割合で含む混合物を溶融させることによって成形してもよい。例えば、鋳造工程で生成させるアルミニウム合金の結晶粒径を制御する目的で、TiやBをAl-Ti-Bロッドなどの結晶粒微細化材として混合してもよい。
【0041】
また、アルミニウム合金溶湯の原料として1000系、2000系、3000系、4000系、5000系、6000系、7000系のアルミニウム合金のスクラップ材を10%以上使用し、残部がアルミニウム新塊、上記の添加元素であるものを用い、これらを溶解して組成を調製したアルミニウム合金溶湯を得てもよい。この場合、常温における機械的特性に優れたAl-Mg-Si系アルミニウム合金鍛造品を得ることができる。なお、アルミニウム新塊とは、鉱物から製造されたアルミナに、電解精錬と称される電気分解を行うことで得られる、例えば純度が99%以上のアルミニウムである。
【0042】
(鋳造工程)
鋳造工程では、アルミニウム合金の溶湯(液相)を冷却して固体(固相)に凝固させて、アルミニウム合金鋳造品を得る。鋳造工程は、例えば、水平連続鋳造法を用いることができる。
【0043】
ここで、本実施形態のアルミニウム合金鋳造品の製造に用いることができる水平連続鋳造装置を
図2及び
図3に示す。
なお、
図2は、水平連続鋳造装置10の鋳型12付近の一例を示す断面図である。
図3は、水平連続鋳造装置10の冷却水キャビティ24付近の要部を拡大した断面図である。
【0044】
図2及び
図3に示す水平連続鋳造装置10は、溶湯受部(タンディッシュ)11と、中空円筒状の鋳型12と、この鋳型12の一端側12aと溶湯受部11との間に配される耐火物製板状体(断熱部材)13とを有している。
【0045】
溶湯受部11は、上記の溶湯形成工程で得られたアルミニウム合金溶湯Mを受ける溶湯流入部11a、溶湯保持部11b、鋳型12の中空部21への流出部11cから構成されている。
【0046】
溶湯受部11は、アルミニウム合金溶湯Mの上液面のレベルを鋳型12の中空部21の上面よりも高い位置に維持し、且つ、多連鋳造の場合には、それぞれの鋳型12にアルミニウム合金溶湯Mを安定的に分配するものである。
【0047】
溶湯受部11内の溶湯保持部11bに保持されたアルミニウム合金溶湯Mは、耐火物製板状体13に設けられた注湯用通路13aから鋳型12の中空部21内に注湯される。そして、中空部21内に供給されたアルミニウム合金溶湯Mは、後述する冷却装置23によって冷却されて固化し、凝固鋳塊であるアルミニウム合金棒Bとして、鋳型12の他端側12bから引き出される。
【0048】
鋳型12の他端側12bには、鋳造されたアルミニウム合金棒Bを一定速度で引き出す引出駆動装置(図示略)が設置されていればよい。また、連続して引き出されたアルミニウム合金棒Bを任意の長さに切断する同調切断機(図示略)が設置されていることも好ましい。
【0049】
耐火物製板状体13は、溶湯受部11と鋳型12との間の熱移動を遮断する部材であり、例えば、ケイ酸カルシウム、アルミナ、シリカ、アルミナとシリカの混合物、窒化珪素、炭化珪素、グラファイト等の材料で構成されていてもよい。こうした耐火物製板状体13は、互いに構成材料の異なる複数の層から構成することもできる。
【0050】
鋳型12は、本実施形態では中空円筒状の部材であり、例えば、アルミニウム、銅、若しくはそれらの合金から選ばれる1種又は2種以上を組み合わせた材料から形成されている。こうした鋳型12の材料は、熱伝導性、耐熱性、機械強度の点から最適な組み合わせを選択すればよい。
【0051】
鋳型12の中空部21は、鋳造するアルミニウム合金棒Bを円筒棒状にするために断面円形に形成されており、この中空部21の中心を通る鋳型中心軸(中心軸)Cがほぼ水平方向に沿うように鋳型12が保持されている。
【0052】
鋳型12の中空部21の内周面21aは、アルミニウム合金棒Bの鋳造方向(
図2を参照)に向けて鋳型中心軸Cに対して0°~3°(より好ましくは0°~1°)の仰角で形成されている。すなわち、内周面21aは、鋳造方向に向かってコーン状に開いたテーパー状に構成されている。そしてそのテーパーのなす角度が仰角である。
【0053】
仰角が0°未満では、アルミニウム合金棒Bが鋳型12から引き出される際に、鋳型出口である他端側12bで抵抗を受けるために鋳造が困難になるおそれがある。一方、仰角が3°を越えると、内周面21aのアルミニウム合金溶湯Mへの接触が不十分になり、アルミニウム合金溶湯Mやこれが冷却固化した凝固殻から鋳型12への抜熱効果が低下することによって凝固が不十分になるおそれがある。その結果、アルミニウム合金棒Bの表面に再溶融肌が生じ、又は、アルミニウム合金棒Bの端部から未凝固のアルミニウム合金溶湯Mが噴出するなどの鋳造トラブルにつながるおそれがあるので好ましくない。
【0054】
なお、鋳型12の中空部21の断面形状(鋳型12の中空部21を他端側21bから見たときの平面形状)は、本実施形態の円形以外にも、例えば、三角形や矩形断面形状、多角形、半円、楕円若しくは対称軸や対称面を持たない異形断面形状を有した形状など、鋳造するアルミニウム合金棒の形状に合わせて選択されればよい。
【0055】
鋳型12の一端側12aには、鋳型12の中空部21内に潤滑流体を供給する流体供給管22が配置されている。流体供給管22から供給される潤滑流体としては、気体潤滑材、液体潤滑材から選ばれる何れか1種又は2種以上の潤滑流体とすることができる。気体潤滑材と液体潤滑材を両方供給する場合には、それぞれ流体供給管を別々に設けることが好ましい。流体供給管22から加圧供給された潤滑流体は、環状の潤滑材供給口22aを通って鋳型12の中空部21内に供給される。
【0056】
本実施形態では、圧送された潤滑流体が潤滑材供給口22aから鋳型12の内周面21aに供給される。なお、液体潤滑材は加熱されて分解気体となって、鋳型12の内周面21aに供給される構成であってもよい。また、潤滑材供給口22aに多孔質材料を配して、この多孔質材料を介して潤滑流体を鋳型12の内周面21aに滲出させる構成であってもよい。
【0057】
鋳型12の内部には、アルミニウム合金溶湯Mを冷却、固化させる冷却手段である冷却装置23が形成されている。本実施形態の冷却装置23は、鋳型12の中空部21の内周面21aを冷却するための冷却水Wを収容する冷却水キャビティ24と、この冷却水キャビティ24と鋳型12の中空部21とを連通させる冷却水噴射通路25とを有している。
【0058】
冷却水キャビティ24は、鋳型12の内部で中空部21の内周面21aよりも外側に、中空部21を取り巻くように環状に形成され、冷却水供給管26を介して冷却水Wが供給される。
【0059】
鋳型12は、冷却水キャビティ24に収容される冷却水Wによって内周面21aが冷却されることにより、鋳型12の中空部21内に充満したアルミニウム合金溶湯Mの熱を鋳型12の内周面21aに接触する面から奪って、アルミニウム合金溶湯Mの表面に凝固殻を形成させる。
【0060】
また、冷却水噴射通路25は、中空部21に臨むシャワー開口25aから、鋳型12の他端側12bにおいてアルミニウム合金棒Bに向けて直接、冷却水Wを当ててアルミニウム合金棒Bを冷却する。こうした冷却水噴射通路25の縦断面形状は、本実施形態の円状以外にも、例えば、半円、洋ナシ形状、馬蹄形状であってもよい。
【0061】
なお、本実施形態では、冷却水供給管26を介して供給される冷却水Wを、先ず冷却水キャビティ24に収容して鋳型12の中空部21の内周面21aの冷却を行い、更に冷却水キャビティ24の冷却水Wを冷却水噴射通路25からアルミニウム合金棒Bに向けて噴射しているが、これらをそれぞれ別系統の冷却水供給管によって供給する構成にすることもできる。
【0062】
冷却水噴射通路25のシャワー開口25aの中心軸の延長線が、鋳造されたアルミニウム合金棒Bの表面に当る位置から、鋳型12と耐火物製板状体13との接触面までの長さを有効モールド長Lと称し、この有効モールド長Lは、例えば、10mm以上40mm以下であるのが好ましい。この有効モールド長Lが、10mm未満では、良好な皮膜が形成されない等から鋳造不可となり、40mmを超えると、強制冷却の効果が低くなり、鋳型壁による凝固が支配的になって、鋳型12とアルミニウム合金溶湯M又はアルミニウム合金棒Bとの接触抵抗が大きくなって、鋳肌に割れが生じたり、鋳型内部で千切れたりする等、鋳造が不安定になるおそれがあるので好ましくない。
【0063】
これら冷却水キャビティ24への冷却水Wの供給や、冷却水噴射通路25のシャワー開口25aからの冷却水Wの噴射は、制御装置(図示略)からの制御信号によってそれぞれ動作を制御できることが好ましい。
【0064】
冷却水キャビティ24は、鋳型12の中空部21寄りの内底面24aが、鋳型12の中空部21の内周面21aに対して、互いに平行面になるように形成されている。
【0065】
なお、ここでいう平行とは、冷却水キャビティ24の内底面24aに対して、鋳型12の中空部21の内周面21aが0°~3°の仰角で形成されている場合、すなわち、内底面24aが内周面21aに対して0°を超えて3°まで傾斜している場合も含む。
【0066】
図2に示すように、こうした冷却水キャビティ24の内底面24aと鋳型12の中空部21の内周面21aとが対向する部分である鋳型12の冷却壁部27は、中空部21のアルミニウム合金溶湯Mから冷却水キャビティ24の冷却水Wに向かう単位面積当たりの熱流束値が10×10
5W/m
2以上、50×10
5W/m
2以下の範囲内になるように形成されている。
【0067】
こうした鋳型12の冷却壁部27の厚みt、即ち冷却水キャビティ24の内底面24aと鋳型12の中空部21の内周面21aとの間隔が、例えば、0.5mm以上3.0mm以下、好ましくは0.5mm以上2.5mm以下の範囲内になるように鋳型12が形成されていればよい。また、鋳型12の少なくとも冷却壁部27の熱伝導率が100W/m・K以上400W/m・K以下の範囲内になるように、鋳型12の形成材料が選択されればよい。
【0068】
図2において、溶湯受部11中のアルミニウム合金溶湯Mは、耐火物製板状体13を経て鋳型中心軸Cがほぼ水平になるように保持された鋳型12の一端側12aから供給され、鋳型12の他端側12bで強制冷却されてアルミニウム合金棒Bとなる。
【0069】
アルミニウム合金棒Bは、鋳型12の他端側12b近くに設置された引出駆動装置(図示略)によって一定速度で引き出されるため、連続的に鋳造されて長尺のアルミニウム合金棒Bが形成される。引き出されたアルミニウム合金棒Bは、例えば、同調切断機(図示略)によって所望の長さに切断される。
【0070】
なお、鋳造されたアルミニウム合金棒Bの組成比は、例えば、「JIS H 1305」に記載されているような光電測光式発光分光分析装置(装置例:日本島津製作所製、PDA-5500)による方法で確認できる。
【0071】
溶湯受部11内に貯留されたアルミニウム合金溶湯Mの液面レベルの高さと、鋳型12の上側の内周面21aとの高さの差は、0mm~250mm(より好ましくは50mm~170mm。)とするのが好ましい。こうした範囲にすることで、鋳型12内に供給されるアルミニウム合金溶湯Mの圧力と潤滑油及び潤滑油が気化したガスとが好適にバランスするために鋳造性が安定する。
【0072】
液体潤滑材は、潤滑油である植物油を用いることができる。例えば、菜種油、ひまし油、サラダ油を挙げることができる。これらは環境への悪影響が小さいので好ましい。
【0073】
潤滑油供給量は0.05mL/分~5mL/分(より好ましくは0.1mL/分以上、1mL/分以下。)であるのが好ましい。供給量が過少だと、潤滑不足によってアルミニウム合金棒Bのアルミニウム合金溶湯Mが固まらずに鋳型12から漏れるおそれがある。供給量が過多であると、余剰分がアルミニウム合金棒B中に混入して内部欠陥となるおそれがある。
【0074】
鋳型12からアルミニウム合金棒Bを引き抜く速度である鋳造速度は、200mm/分以上、1500mm/分以下(より好ましくは400mm/分以上、1000mm/分以下。)であるのが好ましい。それは、この範囲内の鋳造速度であれば、鋳造で形成される晶出物のネットワーク組織が均一微細となり、高温下でのアルミニウム生地の変形に対する抵抗が増し、高温機械的強度が向上するためである。
【0075】
冷却水噴射通路25のシャワー開口25aから噴射される冷却水量は、鋳型当り10L/分以上、50L/分以下(より好ましくは25L/分以上、40L/分以下。)であるのが好ましい。冷却水量がこれよりも少ないと、アルミニウム合金溶湯Mが固まらずに鋳型12から漏れるおそれがある。また、鋳造したアルミニウム合金棒Bの表面が再溶融して不均一な組織が形成され、内部欠陥として残存するおそれがある。一方、冷却水量がこの範囲よりも多い場合、鋳型12の抜熱が大き過ぎて途中で凝固してしまうおそれがある。
【0076】
溶湯受部11内から鋳型12へ流入するアルミニウム合金溶湯Mの平均温度は、例えば、650℃以上、750℃以下(より好ましくは680℃以上、720℃以下。)であるのが好ましい。アルミニウム合金溶湯Mの温度が低すぎると、鋳型12及びその手前で粗大な晶出物を形成してアルミニウム合金棒Bの内部に内部欠陥として取り込まれるおそれがある。一方、アルミニウム合金溶湯Mの温度が高すぎると、アルミニウム合金溶湯M中に大量の水素ガスが取り込まれやすく、アルミニウム合金棒B中にポロシティーとして取り込まれ、内部の空洞となるおそれがある。
【0077】
そして、鋳型12の冷却壁部27において、中空部21のアルミニウム合金溶湯Mから冷却水キャビティ24の冷却水Wに向かう単位面積当たりの熱流束値は、10×105W/m2以上、50×105W/m2以下の範囲内にすることによって、アルミニウム合金棒Bの焼き付きが発生することを防止できる。
【0078】
鋳型12の冷却壁部27は、アルミニウム合金溶湯Mからの抜熱によって熱を受け、この熱を冷却水キャビティ24に収容される冷却水Wで冷却することで熱交換を行っているが、この熱交換の状態について、
図4に示す説明図のように、単位面積あたりの熱流束に着目した。単位面積あたりの熱流束は、フーリエの法則にて以下の式(1)で表される。
Q=-k×(T1-T2)/L・・・(1)
Q:熱流束
k:熱を通過する箇所(本実施形態では鋳型12の冷却壁部27)の熱伝導率(W/m・K)
T1:熱が通過する箇所の低温側温度(本実施形態では冷却水キャビティ24の内底面24a)
T2:熱が通過する箇所の高温側温度(本実施形態では鋳型12の中空部21の内周面21a)
L:熱が通過する箇所の区間長さ(mm)(本実施形態では鋳型12の冷却壁部27の厚みt)
【0079】
鋳造時に潤滑油量を減らしても良好な結果が得られた鋳型材質、厚み、測温データに基づいて、単位面積当たりの熱流束値が10×105W/m2以上になるように鋳型12の冷却壁部27を構成することで、鋳造したアルミニウム合金棒Bの焼き付きを防止することができる。また、単位面積当たりの熱流束値が50×105W/m2以下にすることが好ましい。
【0080】
鋳型12の冷却壁部27をこうした熱流束値の範囲にするために、鋳型12の冷却壁部27の厚みtを例えば、0.5mm以上、3.0mm以下の範囲になるように鋳型12を形成すればよい。また、鋳型12の少なくとも冷却壁部27の熱伝導率を100W/m・K以上、400W/m・K以下の範囲にすればよい。
【0081】
本実施形態のアルミニウム合金棒Bを製造する際には、上述した水平連続鋳造装置10を用いて、溶湯受部11内に貯留されたアルミニウム合金溶湯Mを、鋳型12の一端側12aから中空部21内に連続して供給する。また、冷却水キャビティ24に冷却水Wを供給すると共に、流体供給管22から潤滑流体、例えば潤滑油を供給する。
【0082】
そして、中空部21内に供給されたアルミニウム合金溶湯Mを、冷却壁部27における単位面積当たりの熱流束値が10×105W/m2以上の条件で冷却、凝固させてアルミニウム合金棒Bを鋳造する。また、アルミニウム合金棒Bを鋳造時において、冷却水Wによって冷却される鋳型12の冷却壁部27の壁面温度を100℃以下にすることが好ましい。
【0083】
こうして得られるアルミニウム合金棒Bは、冷却壁部27における単位面積当たりの熱流束値が10×105W/m2以上の条件で冷却、凝固させることによって、潤滑油のガスとアルミニウム合金溶湯Mとの接触による反応生成物、例えば炭化物の固着が抑制される。これにより、アルミニウム合金棒Bの表面の炭化物等を切削除去する必要がなく、高収率でアルミニウム合金棒Bを製造することができる。
【0084】
アルミニウム合金溶湯Mから鋳造品を得る鋳造工程は、上述の水平連続鋳造法に限定されるものではなく、垂直連続鋳造法など公知の連続鋳造法を用いることができる。垂直連続鋳造法は、アルミニウム合金溶湯Mのモールド(鋳型12)への供給方式によってフロート法やホットトップ法に分類されるが、以下では、ホットトップ法を用いる場合について簡単に説明する。
【0085】
ホットトップ法に用いられる鋳造装置は、モールド、溶湯受容器(ヘッダー)等を備えている。溶湯受部へ供給された溶湯は、出湯口を通り、ヘッダーを通ることで流速を調整され、ほぼ水平に設置された筒状鋳型内に入り、ここで強制冷却されて溶湯の外表面に凝固殻が形成される。
【0086】
さらに、鋳型から引き出された鋳造品に冷却水が直接放射され、鋳造品内部まで金属の凝固が進行しつつ鋳造品が連続的に引き出される。一般的にモールドは熱伝導性の良い金属部材が用いられ、内部に冷媒を導入するための中空構造を有している。
【0087】
使用する冷媒は、工業的に利用可能なものから適宜選べばよいが、利用しやすさの観点から水が推奨される。
【0088】
本実施形態で使用するモールドは、溶湯との接触部における伝熱性能及び耐久性の観点から銅やアルミニウムなどの金属、若しくはグラファイトから適宜選択する。ヘッダーは、一般に耐火物製であり、モールドの上側に設置されている。ヘッダーの材料やサイズは鋳造する合金の成分範囲や鋳造品の寸法によって適宜選択すればよく、特に制約されるものではない。
【0089】
鋳造時の平均冷却速度は、例えば10~300℃/秒などの一般的に推奨される範囲から適宜選定すればよい。鋳造速度は水平連続鋳造において一般的な範囲から適宜選択すればよく、例えば200~600mm/分の範囲から適宜選定すればよい。
【0090】
以上に記載した鋳造方法によって、中型~大型の鋳造品であっても、均一な金属組織が得られるようになる。対象とする鋳造品の直径は特に制限されるものでなく、直径30~100mmの棒材に対して好適に用いられる。
【0091】
(均質化熱処理工程)
均質化熱処理工程は、鋳造工程で得られたアルミニウム合金鋳造品に対して均質化熱処理を行うことによって、凝固によって生じたミクロ偏析の均質化、過飽和固溶元素の析出及び準安定相の平衡相への変化を行う工程である。
【0092】
本実施形態では、鋳造工程で得られた鋳造品を370℃以上、560℃以下の温度で、2時間~10時間保持する均質化熱処理を行う。この温度範囲で均質化熱処理を施すことにより、鋳造品の均質化と溶質原子の溶入化が十分になされるため、その後の時効処理によって必要とされる十分な強度が得られるものとなる。
【0093】
(鍛造工程)
鍛造工程は、鋳造後、または均質化熱処理工程後のアルミニウム合金鋳造品を所定のサイズに成形して鍛造用素材を得て、得られた鍛造用素材を所定の温度に加熱し、その後プレス機で圧力をかけて金型成型する工程である。
【0094】
本実施形態では、鍛造用素材に対して、加熱温度450℃以上、560℃以下で鍛造加工を行って鍛造品(例えば自動車のサスペンションアーム部品等)を得る。この時、鍛造素材の鍛造の開始温度は450℃以上、560℃以下とする。開始温度が450℃未満になると変形抵抗が高くなって十分な加工ができなくなり、560℃を超えると鍛造割れや共晶融解等の欠陥が発生し易くなるためである。
【0095】
(溶体化処理工程)
溶体化処理工程は、鍛造工程で得られた鍛造品を加熱して溶体化させることにより、鍛造工程で導入された歪みを緩和し、溶質元素の固溶を行う工程である。
【0096】
本実施形態では、鍛造品を530℃以上、560℃以下の処理温度で0.3以上、3時間以下で保持することにより溶体化処理を行う。室温から上述した処理温度までの昇温速度は、5.0℃/分以上であることが好ましい。処理温度が530℃未満であると、溶質元素の固溶が不十分となるおそれがある。一方、560℃を超えると、溶質元素の固溶がより促進されるものの、共晶融解や再結晶が生じ易くなるおそれがある。また、昇温速度が5.0℃/分未満である場合は、Mg-Si系化合物が粗大析出し、析出物の形成に寄与するMgおよびSiが減少してしまう。一方、溶体化が進まず、時効析出による高強度化を実現できなくなる。処理温度が560℃を超えると、溶質元素の固溶がより促進されるものの、共晶融解や再結晶が生じやすくなる。
【0097】
(焼き入れ処理工程)
焼き入れ処理工程は、溶体化処理工程によって得られた固溶状態の鍛造品を急速に冷却せしめて、過飽和固溶体を形成する工程である。本実施形態では、水(焼き入れ水)が貯留された水槽に鍛造品を投入して、鍛造品を水没させることによって焼き入れ処理を行う。水槽内の水温は、20℃以上、60℃以下であることが好ましい。鍛造品の水槽への投入は、溶体化処理後に5秒以上、60秒以下で鍛造品の全ての表面が水に接触するように行うことが好ましい。鍛造品の水没時間は、鍛造品のサイズによっても異なるが、例えば、1分を超え30分以内の間である。
【0098】
(時効処理工程)
時効処理工程は、鍛造品を比較的低温で加熱保持し過飽和に固溶した元素を析出させて、適度な硬さを付与する工程である。本実施形態では、焼き入れ処理工程後の鍛造品を170℃以上、210℃以下の温度で加熱し、その温度で0.5時間以上、7時間以下で保持することにより時効処理を行う。処理温度が170℃未満、若しくは保持時間が0.5時間未満では、引張強さを向上させるMg2Si系析出物が十分に成長できなくなるおそれがある。一方、処理温度が190℃を超える場合、若しくは保持時間が7時間を超える場合、Mg2Si系析出物が粗大になり過ぎて引張強さを十分に向上させることができなくなるおそれがある。
【実施例0099】
次に、本発明の具体的実施例について説明するが、本発明はこれら実施例のものに特に限定されるものではない。
【0100】
[実施例1~3及び比較例1~3]
(鋳造品の作製)
先ず、実施例1~3及び比較例1~3について下記の表1に示す合金組成(残部はアルミニウム)のアルミニウム合金を用意した。用意したアルミニウム合金を用いて、直径82mmの断面円形の鋳造品を作製した。
【0101】
【0102】
(アルミニウム合金鍛造品の製造)
次に、得られた連続鋳造品に対して、均質化熱処理工程、鍛造加工工程、溶体化処理工程、焼き入れ処理工程、人工時効処理工程をこの順で行って、
図5に示す形状のアルミニウム合金鍛造品1bを得た。均質化熱処理工程、鍛造加工工程、溶体化処理工程、焼き入れ処理工程、人工時効処理工程の条件を下記の表2に示す。
【0103】
【0104】
[評価]
以上のようにして得られた実施例1~3及び比較例1~3のアルミニウム合金鍛造品における、長尺部2の長さ方向の中央部2aについて、下記の評価を行った。長尺部2の中央部2aの評価結果を下記の表3に示す。
【0105】
<機械的特性(0.2%耐力)評価>
アルミニウム合金鍛造品の長尺部2と連結部4における長手方向の中央部2aを、
図5に示すように切断して、機械的特性評価用試験片の作製用の角柱体を採取した。得られた角柱体を加工して、
図6に示す円柱状の機械的特性評価用試験片を作製した。機械的特性評価用試験片の平行部直径Aは6.4mm、標点間距離Gは25.4mmとした。機械的特性評価用試験片について、常温(25℃)で引張試験を行って、0.2%耐力を測定した。得られた0.2%耐力を下記の基準に基づいて判定して、機械的特性を評価した。
(判定基準)
「O」 ・・・常温での0.2%耐力が270MPa以上である。
「×」 ・・・常温での0.2%耐力が270MPa未満である。
【0106】
実施例1~3の0.2%耐力(常温)は270MPa以上であり、最小の実施例2でも328MPaであったのに対して、比較例1~3の0.2%耐力(常温)は270MPa未満であり、最大の比較例2でも251MPaであった。
【0107】
<微細化評価、再結晶・結晶粗大化評価>
アルミニウム合金製鍛造品1aの長尺部2と連結部4における長手方向の中央部2aを、中央部2aの表面に対して垂直方向に切断して、微細化評価用試験片の作製用の板状体(厚さ2mm)を採取した。得られた板状体を7mm角に切断して、7mm×7mm×厚さ2mmの微細化評価用の試験片とした。採取した微細化評価用の試験片の表面(中央部2aの断面)について、SEM-EBSD(走査型電子顕微鏡-電子線後方散乱回折装置)を用いて、2.0μm以上のAlFeSi系化合物の数、平均結晶粒径、結晶粒径の標準偏差、及び、結晶方位差15゜以上の大角粒界の比率を測定した。得られた2.0μm以上のAlFeSi系化合物の数、平均結晶粒径、結晶粒径の標準偏差及び大角粒界の比率をそれぞれ下記の基準に基づいて判定して、結晶粒子の微細化及び再結晶・結晶粗大化を評価した。なお、SEM-EBSDの測定条件は、加速電圧を15kV、測定ピッチを0.5μm/px、解析領域を500×500μm2、粒界定義角を15゜とした。
【0108】
(2.0μm以上のAlFeSi系化合物の数の判定基準)
「O」・・・無い場合(0個)。
「×」・・・有る場合。
(平均結晶粒径の判定基準)
「O」・・・5μm以上、60μm以下である。
「×」・・・5μm未満または60μm超えである。
(結晶粒径の標準偏差の判定基準)
「O」・・・30以下である。
「×」・・・30超えである。
(大角粒界の比率の判定基準)
「O」・・・27%以下である。
「×」・・・27%超えである。
【0109】
<総合評価>
常温での0.2%耐力、2.0μm以上のAlFeSi系化合物の数、平均結晶粒径、結晶粒径の標準偏差、15°以上の大角粒界の比率の4つの評価結果を、下記の判定基準に基づいて評価した。
(判定基準)
「〇」…5つの評価の全てが「〇」である。
「×」…5つの評価のうち1つ以上が「×」である。
【0110】