(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024093727
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】アルミニウム合金鍛造品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20240702BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20240702BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240702BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/047
C22F1/00 602
C22F1/00 624
C22F1/00 630A
C22F1/00 631A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692Z
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210281
(22)【出願日】2022-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100137017
【弁理士】
【氏名又は名称】眞島 竜一郎
(72)【発明者】
【氏名】荒山 卓也
(57)【要約】
【課題】より優れた機械的特性を有するアルミニウム合金鍛造品を提供することである。
【解決手段】本発明のアルミニウム合金鍛造品は、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下、Znを0.25質量%以下、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金からなるアルミニウム合金鍛造品で、C相の析出物の外周に複数のCu原子列を有し、前記外周に配置するCu原子列間の平均間隔が2~10nmのものが存在する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金から構成されるアルミニウム合金鍛造品であって、
透過型電子顕微鏡によってAl母相に対して<100>入射で観察した際に観察される金属間化合物からなる析出物として、C相の析出物の外周に複数のCu原子列を有し、前記外周に配置するCu原子列間の平均間隔が2~10nmのものが存在する、アルミニウム合金鍛造品。
【請求項2】
前記C相の析出物の前記外周の外側の、前記外周に配置する前記Cu原子列と隣接する格子位置にはCu以外の原子が配置する、請求項1に記載のアルミニウム合金鍛造品。
【請求項3】
前記析出物の内部に含まれるCu原子列数(ni)に対する、前記外周に配置する前記Cu原子列数(Ni)の比(Ni/ni)が1以上である、請求項1に記載のアルミニウム合金鍛造品。
【請求項4】
前記析出物において、前記外周に配置するCu原子列のうち、Al母相のAl原子列位置に一致するものが70%以上である、請求項1に記載のアルミニウム合金鍛造品。
【請求項5】
サスペンションアーム用である、請求項1に記載のアルミニウム合金鍛造品。
【請求項6】
請求項1~5に記載のアルミニウム合金鍛造品の製造方法であって、
前記アルミニウム合金鍛造品と同じ合金組成のアルミニウム合金溶湯を形成する合金溶湯形成工程と、
前記合金溶湯形成工程で得られたアルミニウム合金溶湯を冷却し凝固してアルミニウム合金鋳造品を形成する鋳造工程と、
前記アルミニウム合金鋳造品を、370℃以上560℃以下の温度範囲で2時間以上10時間以下保持して均質化熱処理を行う均質化熱処理工程と、
前記均質化熱処理工程後のアルミニウム合金鋳造品に、加熱温度450℃以上560℃以下の温度で鍛造加工を行う鍛造工程と、
前記鍛造工程で得られた鍛造品に、530℃以上560℃以下の処理温度で0.3時間以上3時間以下保持する溶体化処理を行う溶体化処理工程と、
前記溶体化処理工程後5秒以上60秒以下の範囲内に鍛造品の全ての表面を焼き入れ水に接触させ、1分以上30分以下の間、水槽内で焼き入れを行う焼き入れ処理工程と、
前記焼き入れ処理工程後の鍛造品に170℃以上210℃以下の加熱温度で0.5時間以上7時間以下の間、時効処理を行う時効処理工程と、を有する、アルミニウム合金鍛造品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金鍛造品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
6000系アルミニウム合金は、強度及び耐食性が良好なため、船舶、車両、陸上構造物、建築、ガードレール、家電製品、バスバー、電線、機械、自動車部品などといった構造体用の材料として好適に用いられている。近年、車両や自動車部品といった自動車用のアルミニウム合金鍛造材については、車重を軽くして燃費向上を図るなどの理由から、軽量化が強く望まれている。軽量化のためには素材自身の高強度化が必要であり、そのような素材開発が強く望まれていた。
【0003】
一般に知られている金属の強化機構の中で、6000系アルミニウム合金の場合には析出強化が主要な役割を果たす。溶体化処理後によって過飽和固溶体を形成させた後に低温焼戻し(人工時効処理)を行うことでナノサイズの化合物粒子を母相に微細析出させ、母相中の転位運動を阻害させることで母相自身が強化される。6000系アルミニウム合金の析出強化をより高める手法としてはCu添加がよく知られており、Cuが析出物に含まれることによって析出物の微細分散化に寄与することが知られている(非特許文献1)。
【0004】
また、Cu添加された6000系アルミニウム合金においては、人工時効の過程でQ’相やC相をはじめとする多種多様な準安定相が現れることが明らかとなっている(非特許文献2)。これらの析出物の原子構造および分散状態を高度に制御することで母材強度や耐食性を向上させようと、様々な取り組みがなされてきた(例えば特許公報1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】阿部晴彦,小松伸也,池田勝彦,櫻井健夫:「Al-1%Mg2Si合金の473 K時効挙動に及ぼす銅添加の影響の比抵抗法による検討」,軽金属,52 (2002),179-184.
【非特許文献2】Takeshi Saito, Eva A. Mortsell, Sigurd Wenner, Calin D. Marioara, Sigmund J. Andersen, Jesper Friis, Kenji Matsuda, and Randi Holmestad: “Atomic Structures of Precipitates in Al-Mg-Si Alloys with Small Additions of Other Elements”, Advanced Engineering Materials, 20 (2018), 1800125.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年のCO2排出量の削減の観点より、自動車の軽量化が求められている中、アルミニウムの需要は増加傾向にある。但し、鉄鋼材からの代替としては更なる高強度化が必要となる。
【0008】
本発明は、上記に事情に鑑みてなされたものであって、人工時効処理によって形成される析出物の構造を従来以上に高度に制御して、より優れた機械的特性を有するアルミニウム合金鍛造品及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0010】
本発明の態様1は、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金から構成されるアルミニウム合金鍛造品であって、透過型電子顕微鏡によってAl母相に対して<100>入射で観察した際に観察される金属間化合物からなる析出物として、C相の析出物の外周に複数のCu原子列を有し、前記外周に配置するCu原子列間の平均間隔が2~10nmのものが存在する、アルミニウム合金鍛造品である。
【0011】
本発明の態様2は、態様1のアルミニウム合金鍛造品において、C相の析出物の前記外周の外側の、前記外周に配置する前記Cu原子列と隣接する格子位置にはCu以外の原子が配置する。
【0012】
本発明の態様3は、態様1又は2のアルミニウム合金鍛造品において、前記析出物の内部に含まれるCu原子列数(ni)に対する、前記外周に配置する前記Cu原子列数(Ni)の比(Ni/ni)が1以上である。
【0013】
本発明の態様4は、態様1から態様3のいずれか一つのアルミニウム合金鍛造品において、前記析出物において、前記外周に配置するCu原子列のうち、Al母相のAl原子列位置に一致するものが70%以上である。
【0014】
本発明の態様5は、態様1から態様4のいずれか一つのアルミニウム合金鍛造品がサスペンションアーム用である。
【0015】
本発明の態様5は、態様1から態様5のいずれか一つのアルミニウム合金鍛造品の製造方法であって、前記アルミニウム合金鍛造品と同じ合金組成のアルミニウム合金溶湯を形成する合金溶湯形成工程と、前記合金溶湯形成工程で得られたアルミニウム合金溶湯を冷却し凝固してアルミニウム合金鋳造品を形成する鋳造工程と、前記アルミニウム合金鋳造品を、370℃以上560℃以下の温度範囲で2時間以上10時間以下保持して均質化熱処理を行う均質化熱処理工程と、前記均質化熱処理工程後のアルミニウム合金鋳造品に、加熱温度450℃以上560℃以下の温度で鍛造加工を行う鍛造工程と、前記鍛造工程で得られた鍛造品に、530℃以上560℃以下の処理温度で0.3時間以上3時間以下保持する溶体化処理を行う溶体化処理工程と、前記溶体化処理工程後5秒以上60秒以下の範囲内に鍛造品の全ての表面を焼き入れ水に接触させ、1分以上30分以下の間、水槽内で焼き入れを行う焼き入れ処理工程と、前記焼き入れ処理工程後の鍛造品に170℃以上210℃以下の加熱温度で0.5時間以上7時間以下の間、時効処理を行う時効処理工程と、を有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、人工時効処理によって形成される析出物の構造を従来以上に高度に制御して、より優れた機械的特性を有するアルミニウム合金鍛造品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品の一部において、Cu原子列の配列の様子を模式的に示す斜視模式図である。
【
図2】TEM像における析出物の典型的な形状及びその原子列配置を模式的に示す平面模式図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品の一例を示す平面図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品を製造するための水平連続鋳造装置の鋳型付近の一例を示す断面図である。
【
図5】
図4に示す水平連続鋳造装置の冷却水キャビティ付近の要部を拡大した断面図である。
【
図6】水平連続鋳造装置の冷却壁部の熱流束を説明する説明図である。
【
図7】本実施例で得られたアルミニウム合金鍛造品から機械的特性評価用試験片の作製用として採取した中央部の採取位置を示す平面図である。
【
図8】本実施例で作製した機械的特性評価用試験片を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品について図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0019】
[アルミニウム合金鍛造品]
図1に、本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品の一部において、Cu原子列の配列の様子を模式的に示す斜視模式図である。図中の各円はCu原子に対応し、<100>方向に並んだCu原子の列がCu原子列であり、
図1には10個のCu原子列を示している。
図1において、観察面である(100)面に配置するCu原子に模様を付している。
図2は、TEM像における析出物の典型的な形状(左図)及びその原子列配置を模式的に示す平面模式図である。
【0020】
本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品であって、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金から構成されている。
【0021】
本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品は、透過型電子顕微鏡によってAl母相に対して<100>入射で観察した際に観察される金属間化合物からなる析出物Segの中に、C相の析出物及びβ’’相の析出物が含まれている。C相の析出物の外周に複数のCu原子列を有し、前記外周に配置するCu原子列間の平均間隔が2nm以上10nm以下のものが10%以上含まれていることが好ましい。後述するように、実施例は、C相の析出物が引張強さ及び0.2%耐力を向上させることを示唆しているからである。
【0022】
本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品は、透過型電子顕微鏡によってAl母相に対して<100>入射で観察した際に観察される金属間化合物からなる析出物Segとして、化学組成としてMg、Si、Al及びCuのうちのいずれか2種以上の元素を含み、かつ析出物Segの外周に複数のCu原子列を有し、外周に配置するCu原子列間の平均間隔が10nm以下であるものが含まれていることが好ましく、7nm以下であるものが含まれていることがより好ましく、5nm以下であるものが含まれていることがさらに好ましく、3nm以下であるものが含まれていることがもっと好ましい。
例えば、C相の析出物の外周に複数のCu原子列を有し、前記外周に配置する前記Cu原子列間の平均間隔が10nm以下であるものが含まれていることが好ましい。
ここで、本明細書において、「透過型電子顕微鏡」には、走査型透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)も含む。
【0023】
本明細書において、「析出物」の範囲(析出物の内部及び外周に含まれる原子列と含まれない原子列との境界)は例えば、透過型電子顕微鏡法(TEM)で得られたTEM像によって確定することができる。Al母相また、TEM以外でも、原子番号(Z)に依存したコントラストが得られる高角度散乱環状暗視野法(HAADF-STEM)で得られたHAADF-STEM像(以下、単に「STEM像」という。)や、STEMでの電子線走査にエネルギー分散型X線分光分析法(EDS)を組み合わせることで得られた元素マッピング等によって確定することができる。
また、本明細書において、「析出物の外周」とは、TEM像、STEM像又は元素マッピングにおいて、析出物を構成する各原子列に対応する輝点の中心を結んで形成される形状(
図1中の点線P)である。「析出物の外周」を構成する原子列が「析出物の外周」に配置する原子列である。TEM像又はSTEM像においては、「析出物の外周」に配置する原子列の像はAl母相の原子列の像が並ぶ格子の連続性が途切れていることで、「析出物の外周」に配置する原子列を確定することができる。これによって「析出物」の範囲を確定できる。また、元素マッピングにおいては、原子列の像の元素種によって、「析出物の外周」に配置する原子列を確定し、「析出物」の範囲を確定できる。「析出物」の範囲に属する原子列において、「析出物の外周」に配置する原子列以外の原子列が「析出物の内部に含まれる」原子列である。
また、本明細書において、「外周に配置するCu原子列間の平均間隔」とは、「析出物の外周」によって囲まれた形状の面積S
0に等しい面積を有する円(相当円)の円周上に均等にCu原子列を並べたときの隣接するCu原子列間の距離のことである。すなわち、円相当径をRとし、析出物の外周に配置するCu原子列数をN
iとすると、「外周に配置するCu原子列間の平均間隔」l
Cu=2πr(相当円の円周長)/N
i(析出物の外周に配置するCu原子列数)、である。
【0024】
C相の析出物の外周の外側の、外周に配置するCu原子列と隣接する格子位置にはCu以外の原子が配置することが好ましい。
隣接する格子位置にCu以外の原子が配置することで変形が生じにくく、高強度を発揮することができる。
【0025】
また、本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品は、析出物の内部に含まれるCu原子列数(ni)に対する、外周に配置するCu原子列数(Ni)の比(Ni/ni)が1以上であることが好ましい。析出物の外周に配置するCu原子列は析出物が粗大化する際の障壁となるため、析出物の微細分散化に繋がるからである。
本明細書において、「析出物の内部に含まれるCu原子列数」とは、析出物内に含まれるCu原子列のうち、析出物の外周に配置するCu原子列を除いたCu原子列の数である。
【0026】
また、本実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品は、析出物において、外周に配置するCu原子列のうち、Al母相のAl原子列位置に一致するものが50%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、80%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることがもっと好ましい。Al母相のAl原子列位置に一致する位置に配置するCu原子列は安定に存在できるため、析出物の粗大化を抑制して析出物の微細分散化に繋がるからである。
本明細書において、「Al母相のAl原子列位置に一致する」とは、TEM像又はSTEM像において、仮に析出物がない場合には、Al母相のAl原子列が配置する位置に一致するということである。
【0027】
また本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金鍛造品について説明する。
図3に示すアルミニウム合金鍛造品1bは、3つの連結部4c,4d,4eを有する。連結部4cと連結部4dは長尺部2で接続され、連結部4dと連結部4eとは、長尺部2よりも相対的に長さが短く短尺部5で接続されている。連結部4cには、貫通孔が設けられている。このアルミニウム合金鍛造品1bは、例えば、L型サスペンションアームとして用いることができる。
【0028】
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品の材料であるアルミニウム合金は、MgとSiを含む点で6000系アルミニウム合金に相当する。
【0029】
(Cu:0.25質量%以上0.45質量%以下)
Cuは、アルミニウム合金中でMg-Si系化合物を微細に分散させる作用や、Q’相を始めとするAl-Cu-Mg-Si系化合物として析出することでアルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Cuの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0030】
(Mg:0.95質量%以上1.25質量%以下)
Mgは、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。アルミニウム母相へMgが固溶する、あるいは、β”相などのMg-Si系化合物(Mg2Si)、またはQ’相を始めとするAl-Cu-Mg-Si系化合物(AlCuMgSi)として析出することで、アルミニウム合金の強化に寄与する。また、Mg2Siは、アルミニウム合金中でのCuAl2相の生成を抑制する作用がある。CuAl2相の生成が抑制されることによって、アルミニウム合金鍛造品の耐食性が向上する。Mgの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性とともに耐食性を向上させることができる。
【0031】
(Si:0.60質量%以上0.85質量%以下)
Siは、Mgと同様にアルミニウム合金鍛造品1aの常温における機械的特性と共に耐食性を向上させる作用を有する。但し、アルミニウム合金にSiを過剰に添加すると、粗大な初晶Si粒が晶出することにより、アルミニウム合金の引張強さが低下するおそれがある。Siの含有率が上記の範囲内にあることによって、初晶Siの晶出を抑えつつ、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性と共に耐食性を向上させることができる。
【0032】
(Mn:0.05質量%以上0.20質量%以下)
Mnは、アルミニウム合金中でAl-Mn-Fe-SiやAl-Mn-Cr-Fe-Siなどの金属間化合物を含む微細な粒状の晶出物を形成することで、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Mnの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0033】
(Fe:0.15質量%以上0.42質量%以下)
Feは、アルミニウム合金中でAl-Mn-Fe-Si、Al-Mn-Cr-Fe-Si、Al-Fe-Si、Al-Cu-Fe、Al-Mn-Feなどの金属間化合物を含む微細な晶出物として晶出することで、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用がある。Feの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0034】
(Cr:0.15質量%以上0.35質量%以下)
Crは、アルミニウム合金中でAl-Mn-Cr-Fe-SiやAl-Fe-Crなどの金属間化合物を含む微細な粒状の晶出物を形成することで、アルミニウム合金の引張強さを向上させる作用を有する。Crの含有率が上記の範囲内にあることによって、アルミニウム合金鍛造品の常温における機械的特性を向上させることができる。
【0035】
(Ti:0.01質量%以上、0.1質量%以下)
Tiは、アルミニウム合金の結晶粒を微細化し、展伸加工性を向上させる作用を有する。Ti含有率が0.01質量%未満の場合、結晶粒の微細化効果が十分に得られないおそれがある。一方、Ti含有率が0.1質量%を超えると、粗大な晶出物を形成し、展伸加工性が低下するおそれがある。また、アルミニウム合金鍛造品1aにTiを含む粗大な晶出物が多量に混入すると靭性が低下する場合がある。したがって、Tiの含有率は0.012質量%以上、0.035質量%以下とする。Tiの含有率は、好ましくは0.015質量%以上、0.050質量%以下である。
【0036】
(B:0.0010質量%以上0.030質量%以下)
Bは、アルミニウム合金の結晶粒を微細化し、展伸加工性を向上させる作用を有する。上述したTiと共にBをアルミニウム合金に添加することによって、結晶粒の微細化効果が向上する。Bの含有率が0.0010質量%未満では、結晶粒の微細化効果が十分に得られないおそれがある。一方、Bの含有率が0.030質量%を超えると、粗大な晶出物を形成し、介在物としてアルミニウム合金鍛造品1aに混入するおそれがある。また、アルミニウム合金の最終製品にBを含む粗大な晶出物が多量に混入すると靭性が低下する場合がある。したがって、Bの含有率は0.0010質量%以上、0.030質量%とする。Bの含有率は、好ましくは0.0050質量%以上、0.025質量%である。
【0037】
(Zn:0.250質量%以下)
Znは0.250質量%以下であればよい。Znの含有率が0.250質量%を超えるとMgZn2が生成し、Al母相から粒界に析出することで粒界腐食を起こし、アルミニウム合金鍛造品の耐食性の低下につながる。このため、Znの含有率は、0.250質量%以下、あるいは全く含まないことが好ましい。
【0038】
(不可避不純物)
不可避不純物は、原料又は製造工程から不可避的にアルミニウム合金に混入する不純物である。不可避不純物の例としては、Ni、Sn、Beなどを挙げることができる。これらの不可避不純物の含有率は0.1質量%を超えないことが好ましい。
【0039】
(常温での0.2%耐力)
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品は、常温での0.2%耐力が270MPaであることが好ましく、300MPaであることがより好ましく、320MPaであることがさらに好ましく、350MPaであることがもっと好ましい。
【0040】
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品は、長尺部2と連結部4における長手方向の強度や耐久性が高く、かつ軽量であるため、自動車などの車両のサスペンションアーム用として有利に使用することができる。
【0041】
[アルミニウム合金鍛造品の製造方法]
次に、本実施形態のアルミニウム合金鍛造品の製造方法について説明する。
本実施形態のアルミニウム合金鍛造品の製造方法は、例えば、溶湯形成工程と、鋳造工程と、均質化熱処理工程と、鍛造工程と、溶体化処理工程と、焼き入れ処理工程と、時効処理工程とを含む。
【0042】
(溶湯形成工程)
溶湯形成工程は、原料を溶解して組成を調整したアルミニウム合金溶湯を得る工程である。アルミニウム合金溶湯の組成は、アルミニウム合金鍛造品の組成と同じである。すなわち、Cuを0.25質量%以上0.45質量%以下の範囲内、Mgを0.95質量%以上1.25質量%以下の範囲内、Siを0.60質量%以上0.85質量%以下の範囲内、Mnを0.05質量%以上0.20質量%以下の範囲内、Feを0.15質量%以上0.42質量%以下の範囲内、Znを0.25質量%以下の範囲内、Crを0.15質量%以上0.35質量%以下の範囲内、Tiを0.01質量%以上0.1質量%以下の範囲内、Bを0.0010質量%以上0.030質量%以下の範囲内で含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる合金組成になるように調整して6000系アルミニウム合金の溶湯を得る。
【0043】
上記組成のアルミニウム合金溶湯を用いてこれ以降の工程を行うことで、常温における機械的特性に優れたAl-Mg-Si系のアルミニウム合金鍛造品を得ることができる。なお、アルミニウム新塊とは、鉱物から製造されたアルミナに、電解精錬と呼ばれる電気分解を行うことで得られる濃度99%以上のアルミニウムである。アルミニウム合金溶湯は、アルミニウム合金を加熱して溶融させることによって得ることができる。また、アルミニウム合金の原料となる元素の単体若しくは元素を2種以上含む化合物を、目的のアルミニウム合金を生成する割合で含む混合物を溶融させることによって成形してもよい。例えば、鋳造工程で生成させるアルミニウム合金の結晶粒径を制御する目的で、TiやBをAl-Ti-Bロッドなどの結晶粒微細化材として混合してもよい。
【0044】
また、アルミニウム合金溶湯の原料として1000系、2000系、3000系、4000系、5000系、6000系、7000系のアルミニウム合金のスクラップ材を10%以上使用し、残部がアルミニウム新塊、上記の添加元素であるものを用い、これらを溶解して組成を調製したアルミニウム合金溶湯を得てもよい。この場合、常温における機械的特性に優れたAl-Mg-Si系アルミニウム合金鍛造品を得ることができる。なお、アルミニウム新塊とは、鉱物から製造されたアルミナに、電解精錬と称される電気分解を行うことで得られる、例えば純度が99%以上のアルミニウムである。
【0045】
(鋳造工程)
鋳造工程では、アルミニウム合金の溶湯(液相)を冷却して固体(固相)に凝固させて、アルミニウム合金鋳造品を得る。鋳造工程は、例えば、水平連続鋳造法を用いることができる。
【0046】
ここで、本実施形態のアルミニウム合金鋳造品の製造に用いることができる水平連続鋳造装置を
図4及び
図5に示す。
なお、
図4は、水平連続鋳造装置10の鋳型12付近の一例を示す断面図である。
図5は、水平連続鋳造装置10の冷却水キャビティ24付近の要部を拡大した断面図である。
【0047】
図4及び
図5に示す水平連続鋳造装置10は、溶湯受部(タンディッシュ)11と、中空円筒状の鋳型12と、この鋳型12の一端側12aと溶湯受部11との間に配される耐火物製板状体(断熱部材)13とを有している。
【0048】
溶湯受部11は、上記の溶湯形成工程で得られたアルミニウム合金溶湯Mを受ける溶湯流入部11a、溶湯保持部11b、鋳型12の中空部21への流出部11cから構成されている。
【0049】
溶湯受部11は、アルミニウム合金溶湯Mの上液面のレベルを鋳型12の中空部21の上面よりも高い位置に維持し、且つ、多連鋳造の場合には、それぞれの鋳型12にアルミニウム合金溶湯Mを安定的に分配するものである。
【0050】
溶湯受部11内の溶湯保持部11bに保持されたアルミニウム合金溶湯Mは、耐火物製板状体13に設けられた注湯用通路13aから鋳型12の中空部21内に注湯される。そして、中空部21内に供給されたアルミニウム合金溶湯Mは、後述する冷却装置23によって冷却されて固化し、凝固鋳塊であるアルミニウム合金棒Bとして、鋳型12の他端側12bから引き出される。
【0051】
鋳型12の他端側12bには、鋳造されたアルミニウム合金棒Bを一定速度で引き出す引出駆動装置(図示略)が設置されていればよい。また、連続して引き出されたアルミニウム合金棒Bを任意の長さに切断する同調切断機(図示略)が設置されていることも好ましい。
【0052】
耐火物製板状体13は、溶湯受部11と鋳型12との間の熱移動を遮断する部材であり、例えば、ケイ酸カルシウム、アルミナ、シリカ、アルミナとシリカの混合物、窒化珪素、炭化珪素、グラファイト等の材料で構成されていてもよい。こうした耐火物製板状体13は、互いに構成材料の異なる複数の層から構成することもできる。
【0053】
鋳型12は、本実施形態では中空円筒状の部材であり、例えば、アルミニウム、銅、若しくはそれらの合金から選ばれる1種又は2種以上を組み合わせた材料から形成されている。こうした鋳型12の材料は、熱伝導性、耐熱性、機械強度の点から最適な組み合わせを選択すればよい。
【0054】
鋳型12の中空部21は、鋳造するアルミニウム合金棒Bを円筒棒状にするために断面円形に形成されており、この中空部21の中心を通る鋳型中心軸(中心軸)Cがほぼ水平方向に沿うように鋳型12が保持されている。
【0055】
鋳型12の中空部21の内周面21aは、アルミニウム合金棒Bの鋳造方向(
図4を参照)に向けて鋳型中心軸Cに対して0°~3°(より好ましくは0°~1°)の仰角で形成されている。すなわち、内周面21aは、鋳造方向に向かってコーン状に開いたテーパー状に構成されている。そしてそのテーパーのなす角度が仰角である。
【0056】
仰角が0°未満では、アルミニウム合金棒Bが鋳型12から引き出される際に、鋳型出口である他端側12bで抵抗を受けるために鋳造が困難になるおそれがある。一方、仰角が3°を越えると、内周面21aのアルミニウム合金溶湯Mへの接触が不十分になり、アルミニウム合金溶湯Mやこれが冷却固化した凝固殻から鋳型12への抜熱効果が低下することによって凝固が不十分になるおそれがある。その結果、アルミニウム合金棒Bの表面に再溶融肌が生じ、又は、アルミニウム合金棒Bの端部から未凝固のアルミニウム合金溶湯Mが噴出するなどの鋳造トラブルにつながるおそれがあるので好ましくない。
【0057】
なお、鋳型12の中空部21の断面形状(鋳型12の中空部21を他端側21bから見たときの平面形状)は、本実施形態の円形以外にも、例えば、三角形や矩形断面形状、多角形、半円、楕円若しくは対称軸や対称面を持たない異形断面形状を有した形状など、鋳造するアルミニウム合金棒の形状に合わせて選択されればよい。
【0058】
鋳型12の一端側12aには、鋳型12の中空部21内に潤滑流体を供給する流体供給管22が配置されている。流体供給管22から供給される潤滑流体としては、気体潤滑材、液体潤滑材から選ばれる何れか1種又は2種以上の潤滑流体とすることができる。気体潤滑材と液体潤滑材を両方供給する場合には、それぞれ流体供給管を別々に設けることが好ましい。流体供給管22から加圧供給された潤滑流体は、環状の潤滑材供給口22aを通って鋳型12の中空部21内に供給される。
【0059】
本実施形態では、圧送された潤滑流体が潤滑材供給口22aから鋳型12の内周面21aに供給される。なお、液体潤滑材は加熱されて分解気体となって、鋳型12の内周面21aに供給される構成であってもよい。また、潤滑材供給口22aに多孔質材料を配して、この多孔質材料を介して潤滑流体を鋳型12の内周面21aに滲出させる構成であってもよい。
【0060】
鋳型12の内部には、アルミニウム合金溶湯Mを冷却、固化させる冷却手段である冷却装置23が形成されている。本実施形態の冷却装置23は、鋳型12の中空部21の内周面21aを冷却するための冷却水Wを収容する冷却水キャビティ24と、この冷却水キャビティ24と鋳型12の中空部21とを連通させる冷却水噴射通路25とを有している。
【0061】
冷却水キャビティ24は、鋳型12の内部で中空部21の内周面21aよりも外側に、中空部21を取り巻くように環状に形成され、冷却水供給管26を介して冷却水Wが供給される。
【0062】
鋳型12は、冷却水キャビティ24に収容される冷却水Wによって内周面21aが冷却されることにより、鋳型12の中空部21内に充満したアルミニウム合金溶湯Mの熱を鋳型12の内周面21aに接触する面から奪って、アルミニウム合金溶湯Mの表面に凝固殻を形成させる。
【0063】
また、冷却水噴射通路25は、中空部21に臨むシャワー開口25aから、鋳型12の他端側12bにおいてアルミニウム合金棒Bに向けて直接、冷却水Wを当ててアルミニウム合金棒Bを冷却する。こうした冷却水噴射通路25の縦断面形状は、本実施形態の円状以外にも、例えば、半円、洋ナシ形状、馬蹄形状であってもよい。
【0064】
なお、本実施形態では、冷却水供給管26を介して供給される冷却水Wを、先ず冷却水キャビティ24に収容して鋳型12の中空部21の内周面21aの冷却を行い、更に冷却水キャビティ24の冷却水Wを冷却水噴射通路25からアルミニウム合金棒Bに向けて噴射しているが、これらをそれぞれ別系統の冷却水供給管によって供給する構成にすることもできる。
【0065】
冷却水噴射通路25のシャワー開口25aの中心軸の延長線が、鋳造されたアルミニウム合金棒Bの表面に当る位置から、鋳型12と耐火物製板状体13との接触面までの長さを有効モールド長Lと称し、この有効モールド長Lは、例えば、10mm以上40mm以下であるのが好ましい。この有効モールド長Lが、10mm未満では、良好な皮膜が形成されない等から鋳造不可となり、40mmを超えると、強制冷却の効果が低くなり、鋳型壁による凝固が支配的になって、鋳型12とアルミニウム合金溶湯M又はアルミニウム合金棒Bとの接触抵抗が大きくなって、鋳肌に割れが生じたり、鋳型内部で千切れたりする等、鋳造が不安定になるおそれがあるので好ましくない。
【0066】
これら冷却水キャビティ24への冷却水Wの供給や、冷却水噴射通路25のシャワー開口25aからの冷却水Wの噴射は、制御装置(図示略)からの制御信号によってそれぞれ動作を制御できることが好ましい。
【0067】
冷却水キャビティ24は、鋳型12の中空部21寄りの内底面24aが、鋳型12の中空部21の内周面21aに対して、互いに平行面になるように形成されている。
【0068】
なお、ここでいう平行とは、冷却水キャビティ24の内底面24aに対して、鋳型12の中空部21の内周面21aが0°~3°の仰角で形成されている場合、すなわち、内底面24aが内周面21aに対して0°を超えて3°まで傾斜している場合も含む。
【0069】
図4に示すように、こうした冷却水キャビティ24の内底面24aと鋳型12の中空部21の内周面21aとが対向する部分である鋳型12の冷却壁部27は、中空部21のアルミニウム合金溶湯Mから冷却水キャビティ24の冷却水Wに向かう単位面積当たりの熱流束値が10×10
5W/m
2以上、50×10
5W/m
2以下の範囲内になるように形成されている。
【0070】
こうした鋳型12の冷却壁部27の厚みt、即ち冷却水キャビティ24の内底面24aと鋳型12の中空部21の内周面21aとの間隔が、例えば、0.5mm以上3.0mm以下、好ましくは0.5mm以上2.5mm以下の範囲内になるように鋳型12が形成されていればよい。また、鋳型12の少なくとも冷却壁部27の熱伝導率が100W/m・K以上400W/m・K以下の範囲内になるように、鋳型12の形成材料が選択されればよい。
【0071】
図4において、溶湯受部11中のアルミニウム合金溶湯Mは、耐火物製板状体13を経て鋳型中心軸Cがほぼ水平になるように保持された鋳型12の一端側12aから供給され、鋳型12の他端側12bで強制冷却されてアルミニウム合金棒Bとなる。
【0072】
アルミニウム合金棒Bは、鋳型12の他端側12b近くに設置された引出駆動装置(図示略)によって一定速度で引き出されるため、連続的に鋳造されて長尺のアルミニウム合金棒Bが形成される。引き出されたアルミニウム合金棒Bは、例えば、同調切断機(図示略)によって所望の長さに切断される。
【0073】
なお、鋳造されたアルミニウム合金棒Bの組成比は、例えば、「JIS H 1305」に記載されているような光電測光式発光分光分析装置(装置例:日本島津製作所製、PDA-5500)による方法で確認できる。
【0074】
溶湯受部11内に貯留されたアルミニウム合金溶湯Mの液面レベルの高さと、鋳型12の上側の内周面21aとの高さの差は、0mm~250mm(より好ましくは50mm~170mm。)とするのが好ましい。こうした範囲にすることで、鋳型12内に供給されるアルミニウム合金溶湯Mの圧力と潤滑油及び潤滑油が気化したガスとが好適にバランスするために鋳造性が安定する。
【0075】
液体潤滑材は、潤滑油である植物油を用いることができる。例えば、菜種油、ひまし油、サラダ油を挙げることができる。これらは環境への悪影響が小さいので好ましい。
【0076】
潤滑油供給量は0.05mL/分~5mL/分(より好ましくは0.1mL/分以上、1mL/分以下。)であるのが好ましい。供給量が過少だと、潤滑不足によってアルミニウム合金棒Bのアルミニウム合金溶湯Mが固まらずに鋳型12から漏れるおそれがある。供給量が過多であると、余剰分がアルミニウム合金棒B中に混入して内部欠陥となるおそれがある。
【0077】
鋳型12からアルミニウム合金棒Bを引き抜く速度である鋳造速度は、200mm/分以上、1500mm/分以下(より好ましくは400mm/分以上、1000mm/分以下。)であるのが好ましい。それは、この範囲内の鋳造速度であれば、鋳造で形成される晶出物のネットワーク組織が均一微細となり、高温下でのアルミニウム生地の変形に対する抵抗が増し、高温機械的強度が向上するためである。
【0078】
冷却水噴射通路25のシャワー開口25aから噴射される冷却水量は、鋳型当り10L/分以上、50L/分以下(より好ましくは25L/分以上、40L/分以下。)であるのが好ましい。冷却水量がこれよりも少ないと、アルミニウム合金溶湯Mが固まらずに鋳型12から漏れるおそれがある。また、鋳造したアルミニウム合金棒Bの表面が再溶融して不均一な組織が形成され、内部欠陥として残存するおそれがある。一方、冷却水量がこの範囲よりも多い場合、鋳型12の抜熱が大き過ぎて途中で凝固してしまうおそれがある。
【0079】
溶湯受部11内から鋳型12へ流入するアルミニウム合金溶湯Mの平均温度は、例えば、650℃以上、750℃以下(より好ましくは680℃以上、720℃以下。)であるのが好ましい。アルミニウム合金溶湯Mの温度が低すぎると、鋳型12及びその手前で粗大な晶出物を形成してアルミニウム合金棒Bの内部に内部欠陥として取り込まれるおそれがある。一方、アルミニウム合金溶湯Mの温度が高すぎると、アルミニウム合金溶湯M中に大量の水素ガスが取り込まれやすく、アルミニウム合金棒B中にポロシティーとして取り込まれ、内部の空洞となるおそれがある。
【0080】
そして、鋳型12の冷却壁部27において、中空部21のアルミニウム合金溶湯Mから冷却水キャビティ24の冷却水Wに向かう単位面積当たりの熱流束値は、10×105W/m2以上、50×105W/m2以下の範囲内にすることによって、アルミニウム合金棒Bの焼き付きが発生することを防止できる。
【0081】
鋳型12の冷却壁部27は、アルミニウム合金溶湯Mからの抜熱によって熱を受け、この熱を冷却水キャビティ24に収容される冷却水Wで冷却することで熱交換を行っているが、この熱交換の状態について、
図6に示す説明図のように、単位面積あたりの熱流束に着目した。単位面積あたりの熱流束は、フーリエの法則にて以下の式(1)で表される。
Q=-k×(T1-T2)/L・・・(1)
Q:熱流束
k:熱を通過する箇所(本実施形態では鋳型12の冷却壁部27)の熱伝導率(W/m・K)
T1:熱が通過する箇所の低温側温度(本実施形態では冷却水キャビティ24の内底面24a)
T2:熱が通過する箇所の高温側温度(本実施形態では鋳型12の中空部21の内周面21a)
L:熱が通過する箇所の区間長さ(mm)(本実施形態では鋳型12の冷却壁部27の厚みt)
【0082】
鋳造時に潤滑油量を減らしても良好な結果が得られた鋳型材質、厚み、測温データに基づいて、単位面積当たりの熱流束値が10×105W/m2以上になるように鋳型12の冷却壁部27を構成することで、鋳造したアルミニウム合金棒Bの焼き付きを防止することができる。また、単位面積当たりの熱流束値が50×105W/m2以下にすることが好ましい。
【0083】
鋳型12の冷却壁部27をこうした熱流束値の範囲にするために、鋳型12の冷却壁部27の厚みtを例えば、0.5mm以上、3.0mm以下の範囲になるように鋳型12を形成すればよい。また、鋳型12の少なくとも冷却壁部27の熱伝導率を100W/m・K以上、400W/m・K以下の範囲にすればよい。
【0084】
本実施形態のアルミニウム合金棒Bを製造する際には、上述した水平連続鋳造装置10を用いて、溶湯受部11内に貯留されたアルミニウム合金溶湯Mを、鋳型12の一端側12aから中空部21内に連続して供給する。また、冷却水キャビティ24に冷却水Wを供給すると共に、流体供給管22から潤滑流体、例えば潤滑油を供給する。
【0085】
そして、中空部21内に供給されたアルミニウム合金溶湯Mを、冷却壁部27における単位面積当たりの熱流束値が10×105W/m2以上の条件で冷却、凝固させてアルミニウム合金棒Bを鋳造する。また、アルミニウム合金棒Bを鋳造時において、冷却水Wによって冷却される鋳型12の冷却壁部27の壁面温度を100℃以下にすることが好ましい。
【0086】
こうして得られるアルミニウム合金棒Bは、冷却壁部27における単位面積当たりの熱流束値が10×105W/m2以上の条件で冷却、凝固させることによって、潤滑油のガスとアルミニウム合金溶湯Mとの接触による反応生成物、例えば炭化物の固着が抑制される。これにより、アルミニウム合金棒Bの表面の炭化物等を切削除去する必要がなく、高収率でアルミニウム合金棒Bを製造することができる。
【0087】
アルミニウム合金溶湯Mから鋳造品を得る鋳造工程は、上述の水平連続鋳造法に限定されるものではなく、垂直連続鋳造法など公知の連続鋳造法を用いることができる。垂直連続鋳造法は、アルミニウム合金溶湯Mのモールド(鋳型12)への供給方式によってフロート法やホットトップ法に分類されるが、以下では、ホットトップ法を用いる場合について簡単に説明する。
【0088】
ホットトップ法に用いられる鋳造装置は、モールド、溶湯受容器(ヘッダー)等を備えている。溶湯受部へ供給された溶湯は、出湯口を通り、ヘッダーを通ることで流速を調整され、ほぼ水平に設置された筒状鋳型内に入り、ここで強制冷却されて溶湯の外表面に凝固殻が形成される。
【0089】
さらに、鋳型から引き出された鋳造品に冷却水が直接放射され、鋳造品内部まで金属の凝固が進行しつつ鋳造品が連続的に引き出される。一般的にモールドは熱伝導性の良い金属部材が用いられ、内部に冷媒を導入するための中空構造を有している。
【0090】
使用する冷媒は、工業的に利用可能なものから適宜選べばよいが、利用しやすさの観点から水が推奨される。
【0091】
本実施形態で使用するモールドは、溶湯との接触部における伝熱性能及び耐久性の観点から銅やアルミニウムなどの金属、若しくはグラファイトから適宜選択する。ヘッダーは、一般に耐火物製であり、モールドの上側に設置されている。ヘッダーの材料やサイズは鋳造する合金の成分範囲や鋳造品の寸法によって適宜選択すればよく、特に制約されるものではない。
【0092】
鋳造時の平均冷却速度は、例えば10~300℃/秒などの一般的に推奨される範囲から適宜選定すればよい。鋳造速度は水平連続鋳造において一般的な範囲から適宜選択すればよく、例えば200~600mm/分の範囲から適宜選定すればよい。
【0093】
以上に記載した鋳造方法によって、中型~大型の鋳造品であっても、均一な金属組織が得られるようになる。対象とする鋳造品の直径は特に制限されるものでなく、直径30~100mmの棒材に対して好適に用いられる。
【0094】
(均質化熱処理工程)
均質化熱処理工程は、鋳造工程で得られたアルミニウム合金鋳造品に対して均質化熱処理を行うことによって、凝固によって生じたミクロ偏析の均質化、過飽和固溶元素の析出及び準安定相の平衡相への変化を行う工程である。
【0095】
本実施形態では、鋳造工程で得られた鋳造品を370℃以上、560℃以下の温度で、2時間~10時間保持する均質化熱処理を行う。この温度範囲で均質化熱処理を施すことにより、鋳造品の均質化と溶質原子の溶入化が十分になされるため、その後の時効処理によって必要とされる十分な強度が得られるものとなる。
【0096】
(鍛造工程)
鍛造工程は、鋳造後、または均質化熱処理工程後のアルミニウム合金鋳造品を所定のサイズに成形して鍛造用素材を得て、得られた鍛造用素材を所定の温度に加熱し、その後プレス機で圧力をかけて金型成型する工程である。
【0097】
本実施形態では、鍛造用素材に対して、加熱温度450℃以上、560℃以下で鍛造加工を行って鍛造品(例えば自動車のサスペンションアーム部品等)を得る。この時、鍛造素材の鍛造の開始温度は450℃以上、560℃以下とする。開始温度が450℃未満になると変形抵抗が高くなって十分な加工ができなくなり、560℃を超えると鍛造割れや共晶融解等の欠陥が発生し易くなるためである。
【0098】
(溶体化処理工程)
溶体化処理工程は、鍛造工程で得られた鍛造品を加熱して溶体化させることにより、鍛造工程で導入された歪みを緩和し、溶質元素の固溶を行う工程である。
【0099】
本実施形態では、鍛造品を530℃以上、560℃以下の処理温度で0.3以上、3時間以下で保持することにより溶体化処理を行う。室温から上述した処理温度までの昇温速度は、5.0℃/分以上であることが好ましい。処理温度が530℃未満であると、溶質元素の固溶が不十分となるおそれがある。一方、560℃を超えると、溶質元素の固溶がより促進されるものの、共晶融解や再結晶が生じ易くなるおそれがある。また、昇温速度が5.0℃/分未満である場合は、Mg-Si系化合物が粗大析出し、析出物の形成に寄与するMgおよびSiが減少してしまう。一方、溶体化が進まず、時効析出による高強度化を実現できなくなる。処理温度が560℃を超えると、溶質元素の固溶がより促進されるものの、共晶融解や再結晶が生じやすくなる。
【0100】
(焼き入れ処理工程)
焼き入れ処理工程は、溶体化処理工程によって得られた固溶状態の鍛造品を急速に冷却せしめて、過飽和固溶体を形成する工程である。本実施形態では、水(焼き入れ水)が貯留された水槽に鍛造品を投入して、鍛造品を水没させることによって焼き入れ処理を行う。水槽内の水温は、20℃以上、60℃以下であることが好ましい。鍛造品の水槽への投入は、溶体化処理後に5秒以上、60秒以下で鍛造品の全ての表面が水に接触するように行うことが好ましい。鍛造品の水没時間は、鍛造品のサイズによっても異なるが、例えば、1分を超え30分以内の間である。
【0101】
(時効処理工程)
時効処理工程は、鍛造品を比較的低温で加熱保持し過飽和に固溶した元素を析出させて、適度な硬さを付与する工程である。本実施形態では、焼き入れ処理工程後の鍛造品を170℃以上、210℃以下の温度で加熱し、その温度で0.5時間以上、7時間以下で保持することにより時効処理を行う。処理温度が170℃未満、若しくは保持時間が0.5時間未満では、引張強さを向上させるMg2Si系析出物が十分に成長できなくなるおそれがある。一方、処理温度が190℃を超える場合、若しくは保持時間が7時間を超える場合、Mg2Si系析出物が粗大になり過ぎて引張強さを十分に向上させることができなくなるおそれがある。
【0102】
<観察手法>
析出物周囲における原子構造を観察するには、透過電子顕微鏡法(TEM)を始めとする原子分解能での観察が可能な手法を用いる。中でも、原子番号に依存した(Z)コントラストが得られる高角度散乱環状暗視野法(HAADF-STEM)による観察が適している。析出物を構成する原子列、および析出物の外周を構成する原子列の元素種を詳細に明らかにする上で、STEM像の強度情報以外にも、エネルギー分散型X線分光分析法(EDS)によって原子カラムごとの元素マッピングを得ることで、析出物の外周における原子列の元素種および原子列数を簡便に把握することができる。また、析出物周囲の界面構造を高分解能で観察するためには、球面収差補正機能によって照射電子線を原子1個のサイズ以下にまで集束できる電子顕微鏡を使用することが望ましい。
【0103】
ここで、前記析出物を原子分解能で観察するための具体的な手順について説明する。入射電子線の加速電圧は薄膜試料を十分に透過でき、かつ試料に必要以上の損傷を与えない範囲から選択すればよく、一般的な設定である200kVとすれば十分である。6000系アルミニウム合金の析出物の原子構造を詳細に観察するため、電子線の入射方位は、β’’相を始めとする析出物が観察しやすいAl母相の<100>方位や<310>方位とするが望ましく、Al母相の格子配置との対応関係を解釈しやすいように<100>方位とすることがさらに望ましい。例えば倍率50万倍とした観察視野の中で析出物を数多く含む視野を選び、その中から形状および結晶構造の異なるものを5つ抽出する。それぞれの析出物の円相当半径riおよび外周上のCu原子列の個数Niを測定し、これらの測定結果を用いて、以下の式に従い、析出物外周におけるCu原子列の平均間隔を算出する(
図1及び
図2参照)。
【0104】
【数1】
ここで、Liは析出物iの円相当半径から算出した円周長である。
さらに、析出物内部に含まれるCu原子列数niを用いることで、析出物外周上のCu原子列数と析出物内部に含まれるCu原子列数の比をNi/niにより求めることができる。
また、Cu原子列がAl母相の(100)面の格子点上に一致しているかどうかは、電子線の入射方位をAl母相の<100>方位とすることによって、TEM像又はSTEM像上から十分に読み取ることができる。格子点位置の解析手法には特に制約はなく、画像解析ソフトを用いても良い。
【0105】
図2は、TEM像における析出物の典型的な形状(左図)及びその原子列配置を模式的に示す平面模式図である。
図中の析出物3に模式的に示した原子列像の配置は実際のSTEM像を再現している。針状形状の析出物はその外周に規則的にCu原子列が配置し、内部のCu原子列もその外周の規則的なCu原子列に対応するように規則的に配置するものが観察されている。
図中の析出物3において、点線で示した“latticex(Cu)”及び“latticey(Cu)”の直線は、Al母相のAl原子列の格子上にCu原子列に配置すること、すなわち、Cu原子列がAl母相のAl原子列位置が一致していることを示すものである。
【実施例0106】
次に、本発明の具体的実施例について説明するが、本発明はこれら実施例のものに特に限定されるものではない。
【0107】
[実施例1~3及び比較例1~3]
(鋳造品の作製)
先ず、実施例1~3及び比較例1~3について下記の表1に示す合金組成(残部はアルミニウム)のアルミニウム合金を用意した。用意したアルミニウム合金を用いて、直径82mmの断面円形の鋳造品を作製した。
【0108】
【0109】
(アルミニウム合金鍛造品の製造)
次に、得られた連続鋳造品に対して、均質化熱処理工程、鍛造加工工程、溶体化処理工程、焼き入れ処理工程、人工時効処理工程をこの順で行って、
図7に示す形状のアルミニウム合金鍛造品1bを得た。均質化熱処理工程、鍛造加工工程、溶体化処理工程、焼き入れ処理工程、人工時効処理工程の条件を下記の表2に示す。
【0110】
【0111】
[評価]
以上のようにして得られた実施例1~3及び比較例1~3のアルミニウム合金鍛造品における、長尺部2の長さ方向の中央部2aについて、下記の評価を行った。長尺部2の中央部2aの評価結果を下記の表3及び表4に示す。表3及び表4において、各実施例及び各比較例において、No.1~No.5はランダムに選択して分析した析出物を示す。
【0112】
<透過電子顕微鏡観察>
各アルミニウム合金鍛造品に含まれる析出物(No.1~No.5)の観察には、JEM-ARM200F(日本電子株式会社製)を使用し、照射系に搭載された球面収差補正装置(日本電子株式会社製)によって収差補正を行った。アルミニウム合金鍛造品の
図7中に示した部位から切り出した1辺10mmの立方体試料に対して、エメリー紙研磨およびArガスを用いたイオンミリングによって、試料厚さが300nm程度になるまで薄片化させ、TEM観察試料を得た。入射電子線の加速電圧は200kVとし、観察方位はAl母相の<100>方向入射とした。観察倍率は2000万倍とし、結像には広角散乱電子を用いることでHAADF-STEM観察を行った。なお、観察領域は析出物の数密度が代表的な値となる領域を対象とした。さらに、電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いてEELSスペクトルを取得し、ゼロロスピークとプラズモンピークの強度比から試料厚さを求め、厚さが300nm以下となる箇所のみを対象とした。
【0113】
<観察された析出物の種類>
表3から、実施例1~3はいずれも、No.1~No.5の析出物に、C相のもの、Q’相のもの、β’’相のもの3種類の準安定相が観察された。
表3において、C相のもの、Q’相のもの、β’’相のもの3種類の準安定相が観察されたか否かの評価を示した。
(判定基準)
「O」 ・・・3種類の準安定相が観察された。
「×」 ・・・C相が観察されなかった。
【0114】
<C相析出物の割合>
表3から、実施例1については、No.3及びNo.4の析出物がC相の析出物であり、No.1及びNo.5がβ’’相の析出物であり、No.2の析出物がQ’相の析出物であり、ランダムに選定した5個の析出物のうち、2個の析出物がC相であった。従って、析出物のうち40%がC相の析出物であった。
また、実施例2については、No.1がC相の析出物であり、No.2、3、5がQ’相の析出物であり、No.4がβ’’相の析出物であり、ランダムに選定した5個の析出物のうち、1個の析出物がC相であった。従って、析出物のうち20%がC相の析出物であった。
また、実施例3については、No.2及びNo.5の析出物がC相の析出物であり、No.1がβ’’相の析出物であり、No.3及びNo.4の析出物がQ’相の析出物であり、ランダムに選定した5個の析出物のうち、2個の析出物がC相であった。従って、析出物のうち40%がC相の析出物であった。
【0115】
これに対して、比較例1~3はいずれも、ランダムに選定した5個の析出物であるNo.1~No.5のいずれの析出物にもC相のものが観察されず、Q’相のもの及びβ’’相のものだけが観察された。
【0116】
<Cu原子列同士の平均間隔>
表3及び表4から、外周Cu原子列においてCu原子列同士の平均間隔は、実施例1については2.9nm、実施例2については3.0nm、実施例3については2.5nmであった。一方、比較例1について16.0nm、比較例2については23.0nm、比較例3については23.2nmであった。
実施例1~3のCu原子列同士の平均間隔はすべて2nm以上、10nm以下であり、最大でも実施例2の3.0nmであったのに対して、 比較例1~3のCu原子列同士の平均間隔はすべて10nmを超えており、最小の比較例1でも16.0nmであって15nmを超えていた。
【0117】
<外周上のCu原子列数と内部のCu原子列数の比>
表3及び表4から、外周上のCu原子列数と内部のCu原子列数の比(Ni/ni)は、実施例1については2.2、実施例2については1.2、実施例3については3.5であった。一方、比較例1について1.0、比較例2については1.0、比較例3については1.1であった。
外周上のCu原子列数と内部のCu原子列数の比については、実施例、比較例共に、1以上であった。
【0118】
<Al母相のAl原子列位置に一致するCu原子列の割合>
表3及び表4から、析出物外周上で観察されたCu原子列について、Al母相のAl原子列位置に一致するものの割合(一致率)は、実施例1については94%、実施例2については92%、実施例3については94%であった。一方、比較例1について22%、比較例2については35%、比較例3については29%であった。
実施例1~3の一致率は70%以上であり、いずれも90%を超えていたのに対して、比較例1~3の一致率は30%以下であった。
【0119】
<機械的特性(0.2%耐力)評価>
アルミニウム合金鍛造品の長尺部2と連結部4における長手方向を、
図7に示すように切断して、機械的特性評価用試験片の作製用の角柱体を採取した。得られた角柱体を加工して、
図8に示す円柱状の機械的特性評価用試験片を作製した。機械的特性評価用試験片の平行部直径Aは6.4mm、標点間距離Gは25.4mmとした。機械的特性評価用試験片について、常温(25℃)で引張試験を行って、0.2%耐力を測定した。得られた0.2%耐力を下記の基準に基づいて判定して、機械的特性を評価した。
(判定基準)
「O」 ・・・常温での0.2%耐力が270MPa以上である。
「×」 ・・・常温での0.2%耐力が270MPa未満である。
【0120】
実施例1~3の0.2%耐力(常温)は270MPa以上であり、最小の実施例2でも328MPaであったのに対して、比較例1~3の0.2%耐力(常温)は270MPa未満であり、最大の比較例2でも251MPaであった。
【0121】
<総合評価>
観察された析出物の種類及び機械的特性(0.2%耐力)の評価が「〇」であり、かつ、Cu原子列同士の平均間隔が2nm以上、10nm以下であり、外周上のCu原子列数と内部のCu原子列数の比が1以上であり、Al母相のAl原子列位置に一致するCu原子列の割合が70%以上である場合、総合評価を「〇」とした。
これに対して、これらの判定基準を1つでも満たさない場合は、総合評価を「×」とした。
【0122】
【0123】
表3及び表4に示すように、本発明の析出物構成を有するアルミニウム合金鍛造品は、比較例よりも優れた引張強さ及び0.2%耐力を有することが確認できた。すなわち、本発明の製造方法によって、機械的特性に優れたアルミニウム合金鍛造品が得ることが可能となる。
この優れた機械的特性は、析出物の原子スケールの結晶構造に起因するものであると考えられる。すなわち、析出物の外周に配置したCu原子列同士の平均間隔が比較例よりも実施例の方が狭いこと、すなわち、外周により密に配置していることで析出物がより微細分散化されていること、Cu原子列がAl母相の原子列位置(格子のマトリックス上の位置)に配置している割合が比較例よりも実施例の方が高いこと、すなわち、Cu原子列がより安定な位置に配置していることに起因すると考えられる。
本発明は、析出物の原子スケールの結晶構造を制御して機械的特性に優れたアルミニウム合金鍛造品を提供するものである。