(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024094041
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】クラスターイオンビームの生成方法及びクラスターイオンの注入方法
(51)【国際特許分類】
H01J 27/20 20060101AFI20240702BHJP
H01L 21/265 20060101ALI20240702BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20240702BHJP
H01J 37/317 20060101ALI20240702BHJP
【FI】
H01J27/20
H01L21/265 Z
H01J37/08
H01J37/317 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022210748
(22)【出願日】2022-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100179903
【弁理士】
【氏名又は名称】福井 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 諒
【テーマコード(参考)】
5C101
【Fターム(参考)】
5C101AA25
5C101DD04
5C101DD31
5C101DD33
5C101FF02
(57)【要約】
【課題】軽水素及び重水素を同時に含むイオンビームを安定的に制御して生成することのできるクラスターイオンビーム生成方法を提供する。
【解決手段】重水素を含む第1の炭化水素系化合物と、少なくとも一部に軽水素を含む第2の炭化水素系化合物とを混合して炭化水素系化合物混合原料を得る炭化水素系化合物混合工程と、前記炭化水素系化合物混合材料をイオン化して、軽水素を含むクラスターイオン及び重水素を含むクラスターイオンの両方を含む質量数の選択範囲を選択してクラスターイオンビームの収束範囲を決定する質量数選択工程と、を含み、前記第1の炭化水素系化合物原料と前記第2の炭化水素系化合物原料とは同じ炭素骨格である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重水素を含む第1の炭化水素系化合物と、少なくとも一部に軽水素を含む第2の炭化水素系化合物とを混合して炭化水素系化合物混合原料を得る炭化水素系化合物混合工程と、
前記炭化水素系化合物混合材料をイオン化して、軽水素を含むクラスターイオン及び重水素を含むクラスターイオンの両方を含む質量数の選択範囲を選択する質量数選択工程と、を含み、
前記第1の炭化水素系化合物原料と前記第2の炭化水素系化合物原料とは同じ炭素骨格である、クラスターイオンビーム生成方法。
【請求項2】
前記第1の炭化水素系化合物及び前記第2の炭化水素系化合物は、炭化水素である、請求項1に記載のクラスターイオンビームの生成方法。
【請求項3】
前記第1の炭化水素系化合物は、一般式CnHxDy(x+y=2n+2であって、nは5~7の整数)であり、前記第2の炭化水素系化合物は、一般式CnH2n+2(nは5~7の整数)である、請求項2に記載のクラスターイオンビームの生成方法。
【請求項4】
前記第1の炭化水素系化合物は一般式CmHzDw(z+w=2mであって、mは5~7の整数)であり、前記第2の炭化水素系化合物は、一般式CmH2m(mは5~7の整数)である、請求項2に記載のクラスターイオンビームの生成方法。
【請求項5】
請求項1~4に記載のクラスターイオンビームの生成方法を用いて生成したクラスターイオンビームをシリコンウェーハの表面に注入する、クラスターイオンの注入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラスターイオンビームの生成方法及びクラスターイオンの注入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本明細書において単に水素又は水素原子と記載する場合、広義の水素(又は水素原子)を指し、陽子1つの水素原子全てを指す。そして、陽子1つだけ(すなわち質量数1)のものを軽水素と記載し、化学記号Hで示す。また、陽子1つに対し中性子1つ(質量数2)のものを二重水素と記載し化学記号Dで示す。なお、中性子が2つ(質量数3)の三重水素(トリチウム:化学記号T)も広義の重水素に含まれるが、本明細書において単に「重水素」と記載するときは二重水素を指す。
【0003】
近年、固体表面に衝突させる表面加工技術として、クラスターイオンビーム技術が半導体デバイス、磁性・誘電体デバイス、光学デバイスなど、種々のデバイスへのナノ加工プロセスにおいて、注目されている。
【0004】
特許文献1において、C(炭素)及びH(軽水素)を構成元素に含むクラスターイオンを所定のビーム電流にてシリコンウェーハに照射し、該シリコンウェーハの表層部に、前記クラスターイオンの構成元素が固溶した改質層を形成するクラスターイオンビーム照射工程と、前記シリコンウェーハの改質層上にエピタキシャル層を形成する工程と、を有するエピタキシャルシリコンウェーハの製造方法を提案されている。ここでいうクラスターイオンは、電子衝撃法により、炭化水素系化合物混合材料としてのガス状分子に電子を衝突させてガス状分子の結合を解離させることで得られる種々の原子数のイオンのことである。
【0005】
特許文献1に記載の技術では、優れたゲッタリング能力が得られるだけでなく、クラスターイオンに含まれる軽水素により、エピタキシャル層における点欠陥のパッシベーション効果も得ることが期待されている。
【0006】
また、特許文献2では、ウェーハに対し重水素でアニール処理を行う方法が開示されている。特許文献2によれば、軽水素アニール処理では、トレンチの内壁層の結晶欠陥は十分に修復されず、また、トレンチの内壁層に界面(表面)準位が形成される傾向があったところ、重水素でアニールすることによりこれらの問題点が解消される。具体的には、ウェーハ中に生じた結晶欠陥に重水素原子が結合することで、結晶欠陥が修復され、内壁層の結晶欠陥に重水素原子が結合することで、トレンチの内壁層に形成される界面準位も低減される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2016-051729号公報
【特許文献2】特開2005-150415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
軽水素は、拡散及び反応性に優れる利点がある一方で、重水素には結合力が強いという利点がある。本発明者はシリコンウェーハに炭素、軽水素及び重水素の両方を構成元素とするクラスターイオンビームを注入することにより、炭素及び軽水素からなるクラスターイオンを注入する場合との異同を解明したいと考えた。しかしながら、軽水素と重水素との両者を構成元素に含むクラスターイオンビームを工業利用可能な程度に安定的に生成する方法自体が未確立である。
【0009】
そこで、本発明は上記課題に鑑み、軽水素及び重水素を同時に含むイオンビームを安定的に制御して生成することのできるクラスターイオンビーム生成方法を提供することを目的とする。さらに、本発明は、こうして生成したクラスターイオンビームをシリコンウェーハの表面に注入する、クラスターイオンの注入方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく本発明者は鋭意検討した。そして、重水素を含む炭化水素系化合物と、少なくとも一部に軽水素を含む炭化水素系化合物とを原料として用いることを本発明者は着想した。そして、イオン化の際に適切な質量数の選択範囲を選択して所望のクラスターイオンを抽出することで、軽水素及び重水素を同時に含むイオンビームを安定的に制御して生成できることを本発明者は知見した。上記知見に基づき完成した本発明の要旨構成は以下のとおりである。
【0011】
(1) 重水素を含む第1の炭化水素系化合物と、少なくとも一部に軽水素を含む第2の炭化水素系化合物とを混合して炭化水素系化合物混合原料を得る炭化水素系化合物混合工程と、
前記炭化水素系化合物混合材料をイオン化して、軽水素を含むクラスターイオン及び重水素を含むクラスターイオンの両方を含む質量数の選択範囲を選択する質量数選択工程と、を含み、
前記第1の炭化水素系化合物原料と前記第2の炭化水素系化合物原料とは同じ炭素骨格である、クラスターイオンビーム生成方法。
【0012】
(2) 前記第1の炭化水素系化合物及び前記第2の炭化水素系化合物は、炭化水素である、前記(1)に記載のクラスターイオンビームの生成方法。
【0013】
(3) 前記第1の炭化水素系化合物は、一般式CnHxDy(x+y=2n+2であって、nは5~7の整数)であり、前記第2の炭化水素系化合物は、一般式CnH2n+2(nは5~7の整数)である、前記(2)に記載のクラスターイオンビームの生成方法。
【0014】
(4) 前記第1の炭化水素系化合物は一般式CmHzDw(z+w=2mであって、mは5~7の整数)であり、前記第2の炭化水素系化合物は、一般式CmH2m(mは5~7の整数)である、前記(2)に記載のクラスターイオンビームの生成方法。
【0015】
(5) 前記(1)~(4)に記載のクラスターイオンビームの生成方法を用いて生成したクラスターイオンビームをシリコンウェーハの表面に注入する、クラスターイオンの注入方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、軽水素及び重水素を同時に含むクラスターイオンビームを安定的に制御して生成することのできるクラスターイオンビーム生成方法を提供することができる。さらに、本発明は、こうして生成したクラスターイオンビームをシリコンウェーハの表面に注入する、クラスターイオンの注入方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明におけるクラスターイオンビームの生成方法の基本原理を説明するための模式図である。
【
図2】本発明者の実験による、炭化水素系化合物混合材料としてのシクロヘキサン(C
6D
12)及びシクロヘキサン(C
6H
12)から得られる種々のクラスターイオンのマススペクトルを示すグラフである。
【
図3】実施例1において質量数選択値を42としたときの、シリコンウェーハの炭素、重水素及び軽水素の濃度プロファイルを示すグラフである。
【
図4】実施例2において質量数選択値を46としたときの、シリコンウェーハの炭素、重水素及び軽水素の濃度プロファイルを示すグラフである。
【
図5】実施例3において質量数選択値を48としたときの、シリコンウェーハの炭素、重水素及び軽水素の濃度プロファイルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(クラスターイオンビーム生成方法)
本発明に従うクラスターイオンビーム生成方法は、重水素を含む第1の炭化水素系化合物と、少なくとも一部に軽水素を含む第2の炭化水素系化合物とを混合して炭化水素系化合物混合原料を得る炭化水素系化合物混合工程と、炭化水素系化合物混合材料をイオン化して、軽水素を含むクラスターイオン及び重水素を含むクラスターイオンの両方を含む質量数の選択範囲を選択する、質量数選択工程と、を含む。また、第1の炭化水素系化合物原料と第2の炭化水素系化合物原料とは同じ炭素骨格である。以下、各工程の詳細を順次説明する。
【0019】
<炭化水素系化合物混合工程>
まず、炭化水素系化合物混合工程では、重水素を含む第1の炭化水素系化合物と、軽水素を含む第2の炭化水素系化合物とを混合して炭化水素系化合物混合原料を得る。炭化水素系化合物混合原料は第1及び第2の炭化水素系化合物の他に、必要であれば別途の化合物及び不可避の不純物を含んでいてもよい。
【0020】
<<第1の炭化水素系化合物>>
第1の炭化水素系化合物は、重水素を含む炭化水素系化合物であれば、特に分子種や構造は限定されない。ここでいう「重水素を含む」とは、炭化水素系化合物の炭素骨格中の構成元素のうちの軽水素原子を重水素原子に人工的に一定量置換させた炭化水素化合物である。なお、自然界に存在する水素原子のうち重水素の割合は0.015%である。そのため、本明細書における第1の炭化水素系化合物は、天然の炭化水素系化合物に意図せずに含まれた重水素の含有割合とは大幅に異なる。
【0021】
第1の炭化水素系化合物は、市販品を用いてもよいし、合成品を用いてもよい。合成方法としては、一般的には、重水素を含む炭化水素系化合物は、重水素還元による付加反応を用いて重水素を付加することにより得ることができる。なお、当該炭化水素化合物に含まれる重水素の割合は1H-NMR等によって確認することができるが、測定方法は限定されない。また、天然の炭化水素系化合物に含まれる重水素含有の炭化水素系化合物を抽出して当該抽出したものを濃縮して得たものを第1の炭化水素系化合物に用いてもよい。
【0022】
第1の炭化水素系化合物は重水素を含む。そのため、後述する質量数選択工程におけるイオン化の際に、第1の炭化水素系化合物から得られる種々のクラスターイオンの中には、構成元素の少なくとも一部に重水素を含むクラスターイオンが含まれる。
【0023】
<<第2の炭化水素系化合物>>
第2の炭化水素系化合物は、少なくとも一部に軽水素を含む炭化水素系化合物である。ここで、「少なくとも一部に軽水素を含む」とは、炭化水素化合物の少なくとも一部に軽水素を含んでいればよく、水素原子の全てが軽水素であってもよい。
【0024】
ここで、第1の炭化水素系化合物と、第2の炭化水素系化合物とは同じ炭素骨格であるものを採用する。ここで本発明において、「同じ炭素骨格である」とは、水素原子のすべてを軽水素に置換した場合に互いに同じ骨格構造式となる形である場合いう。
【0025】
第2の炭化水素系化合物は、市販品を用いてもよいし、合成品を用いてもよいが、第1の炭化水素系化合物と軽水素原子数及び重水素原子数が全く同一のものは除くものとする。なお、当該炭化水素化合物に含まれる重水素の割合は1H-NMR等によって確認することができるが、測定方法は限定されない。
【0026】
第2の炭化水素系化合物は少なくとも一部に軽水素を含む。そのため、後述する質量数選択工程におけるイオン化の際に、第2の炭化水素系化合物から得られる種々のクラスターイオンの中には、構成元素の少なくとも一部に軽水素を含むクラスターイオンが含まれる。
【0027】
第1の炭化水素系化合物及び第2の炭化水素系化合物は炭化水素であることが好ましく、鎖式飽和炭化水素、鎖式不飽和炭化水素、環式炭化水素、芳香族炭化水素のいずれであってもよいし、官能基を有してもよいし、炭素素及び水素以外に酸素原子、リン原子、ヒ素原子、アンチモン原子を有してもよい。なかでも、第1の炭化水素系化合物及び第2の炭化水素化合物はイオン化の際に、所望のクラスターイオンを容易に抽出できる化合物であることが好ましい。例えば、第1の炭化水素系化合物は、一般式CnHxDy(x+y=2n+2であって、nは5~7の整数)であり、第2の炭化水素系化合物は、一般式CnH2n+2(nは5~7の整数)であることが好ましい。他にも、第1の炭化水素系化合物は一般式CmHzDw(z+w=2mであって、mは5~7の整数)であり、第2の炭化水素系化合物は、一般式CmH2m(mは5~7の整数)であることも好ましい。なお、このとき、x、y、z、wはそれぞれ整数である。例えば、シクロヘキサンにおいて、水素が全て二重水素に置換されたもの(すなわち、一般式:C6D12)を第1の炭化水素化合物として用い、この場合にシクロヘキサンC6H12を第2の炭化水素に用いることができる。
【0028】
<質量数選択工程>
質量数選択工程では、前工程で得た炭化水素系化合物混合材料をイオン化して、軽水素を含むクラスターイオン及び重水素を含むクラスターイオンの両方を含む質量数の選択範囲を選択する。以下で、質量数選択工程について
図1を用いて模式的に例示説明する。
【0029】
まず、第1の炭化水素系化合物と第2の炭化水素系化合物とを混合して得られた炭化水素系化合物混合原料をイオン化チャンバ内に供給する。次に電子衝撃法により、イオン化チャンバ内にて炭化水素系化合物混合原料に電子を衝突させて炭化水素系化合物混合原料に含まれる第1及び第2の炭化水素系化合物のそれぞれの結合を解離させ、イオン化した種々のクラスターイオンを生成する。第1及び第2の炭化水素系化合物は同じ炭素骨格を有するため、気化条件及びイオン化に要するエネルギーが近く、同一チャンバ内でのイオン化条件において同時にそれぞれのクラスターイオンを生成することができる。
【0030】
生成されたクラスターイオンのうち、第1の炭化水素系化合物に由来するイオンの中には重水素を含むものがあり、第2の炭化水素系化合物に由来するイオンの中には少なくとも一部に軽水素を含むものがある。この段階で重水素を含むクラスターイオン及び軽水素を含むクラスターイオンがチャンバ内でそれぞれ得られる。そして、生成したクラスターイオンのうち、重水素を含むクラスターイオン及び軽水素を含むクラスターイオンの両方を得られるように、所望の質量数の選択範囲を選択して質量分離を行って、クラスターイオンを選択的に抽出する。次いで、当該クラスターイオンを所定の加速電圧により引き出し、クラスターイオンを真空中で加速及び集束してクラスターイオンビームの形態とする。こうして得られたクラスターイオンビームには、炭素、軽水素及び重水素が少なくとも含まれる。
【0031】
本工程をより具体的に説明する。第1の炭化水素系化合物としてシクロヘキサン(C
6D
12)を用い、第2の炭化水素系化合物としてシクロヘキサン(C
6H
12)を用いた場合の炭化水素系化合物混合材料のマススペクトル(実線)を
図2に示す。
図2ではさらに、この実線部分のマススペクトルから、シクロヘキサン(C
6D
12)単体でイオン化した場合のマススペクトルを破線でスペクトル分離し、シクロヘキサン(C
6H
12)単体でイオン化した場合のマススペクトルを点線でスペクトル分離した。混合物から得られる実線部分のマススペクトルにおいて、破線及び点線の両方のピークを有する質量数の範囲からクラスターイオンビームとして収束させることで、重水素及び軽水素の両方を含むクラスターイオンを抽出することができる。
【0032】
質量数の選択範囲は、例えば重水素及び軽水素のクラスターイオンに由来する狙いの二つのピークを共に含む質量数の値を選択してもよいが、選択値から前後にある程度幅を持った範囲でビーム収束させる方が、ビーム電流を増大でき、好ましい。例えば、軽水素を含むクラスターイオンに由来するピークについては質量数41を選び、重水素を含むクラスターイオンに由来するピークについては質量数43を選ぶために、質量数の選択範囲としては質量数選択値42±1とすることができる。例として
図2に質量数選択値を42とした場合の質量数選択範囲42±3の範囲を点線枠で示す。
【0033】
質量数選択工程では、質量数選択値±3以内の範囲のクラスターイオンをビームとして収束させることが好ましい。クラスターイオンを抽出する質量数の選択範囲を選択値そのものよりも大きな範囲とすることにより、多くのクラスターイオンをビームとして収束しやすいためである。
【0034】
<<クラスターイオンのピーク>>
クラスターイオンのピークは、最も質量分解能が高い条件でイオンビームを形成した後に、測定されるビーム電流値の質量数依存性を測定したスペクトルを用いる。
【0035】
クラスターイオンの質量数の制御は、ノズルから噴出されるガスのガス圧力および真空容器の圧力、イオン化する際のフィラメントへ印加する電圧などを調整することにより行うことができる。なお、各クラスターイオンの質量数は、四重極高周波電界による質量分析またはタイムオブフライト質量分析により各クラスターの個数分布を求め、各クラスターの個数の平均値をとることにより求めることができる。そうしてクラスターイオンビームとして収束させるための特定のクラスターイオンは、イオン化された種々の原子数のクラスターイオンの質量分離を行って、特定の質量数のクラスターイオンを抽出することで得ることができる。
【0036】
(クラスターイオンの注入方法)
また、本発明によるクラスターイオンの注入方法は、上述のクラスターイオンビームの生成方法を用いて生成したクラスターイオンビームをシリコンウェーハSの表面に注入する方法である(
図1参照)。
【0037】
上述のクラスターイオンビームの生成方法で得られたクラスターイオンビームは、任意のシリコンウェーハの表面に対して照射することができる。なお、シリコンウェーハは、チョクラルスキ法(CZ法)や浮遊帯域溶融法(FZ法)により育成された単結晶シリコンインゴットをワイヤーソー等でスライスしたシリコンウェーハを使用することができる。また、シリコンウェーハには、炭素および/または窒素を添加してもよい。また、任意の不純物ドーパントを添加して、n型またはp型としてもよい。また、シリコンウェーハとしては、バルクのシリコンウェーハ表面にシリコンエピタキシャル層が形成されたエピタキシャルシリコンウェーハを用いることもできる。
【0038】
また、クラスターイオンの注入条件は、クラスターイオンのサイズ(質量数選択範囲)、ドーズ量、加速電圧、ビーム電流値およびイオン照射時間を制御することにより調整することができる。クラスターイオンの炭素原子当たりのドーズ量は、例えば1.0×1012~1.0×1016atoms/cm2とすることができる。このような原理を用いたクラスターイオン注入装置として、例えば日新イオン機器株式会社製のCLARIS(登録商標)を用いることができる。
【0039】
こうして得られたシリコンウェーハは表層部において軽水素及び重水素をそれぞれ含むことができる。
【実施例0040】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
イオン発生装置(日新イオン機器社製、型番:CLARIS(登録商標))を用いて、シクロヘキサン(C6H12;質量数84.16)10g及びシクロヘキサン(C6D12;質量数96.23)10gを原料として用いてイオン化チャンバ内に導入し、質量数選択値を42としてクラスターイオンビームを生成した。また、クラスターイオンの注入条件は、加速電圧80keV/Cluster(水素1原子あたりの加速電圧1.9keV/atom、炭素1原子あたりの加速電圧22.8keV/atom)とし、ドーズ量を3.3×1014ion/cm2(炭素1原子あたりのドーズ量としては1.0×1015ion/cm2)とした。また、得られたクラスターイオンのビーム電流値は700μAであった。
【0042】
(実施例2)
質量数選択値を46とした以外は実施例1と同様の条件でクラスターイオンビームを生成した。
【0043】
(実施例3)
質量数選択値を48とした以外は実施例1と同様の条件でクラスターイオンビームを生成した。
【0044】
実施例1~3でクラスターイオンのイオン化の際に得られたマススペクトルは先に参照した
図2のとおりである。また、生成したクラスターイオンビームを注入したエピタキシャルシリコンウェーハの、深さ方向におけるイオン注入プロファイルを
図3~5に示し、炭素、軽水素及び重水素のプロファイルをそれぞれ実線、破線及び点線で示した。
【0045】
<SIMSによる水素及び重水素の濃度プロファイル評価>
上記の製造条件で得た、クラスターイオンビームを注入したエピタキシャルシリコンウェーハについて、SIMS測定により、エピタキシャル層表面からの深さ方向における炭素、軽水素及び重水素の濃度プロファイルを測定した。その結果、シリコンウェーハの表層部50nm付近において、水素(軽水素)のピークが観察され、100nm付近において、重水素のピークが観察され、それぞれ深さの異なる領域に存在が確認された。
【0046】
また、
図3~5で示されるように、質量数選択値を42とした場合には水素の濃度の方が重水素の濃度よりも大きく、質量数選択値を上げていくのに従い、重水素の割合が増加し、質量数選択値が48の結果では重水素の割合の方が水素の割合より大きいことが確認できる。このことは、
図2で確認したクラスターイオンのマススペクトルにおいて、質量数40以上の領域においては、質量数が多いものほど重水素を含むクラスターイオンの量が多くなっていることと整合する。したがって、この実施例1~3を踏まえると、軽水素及び重水素の注入量のバランスを考慮すれば、質量数選択値の最適値として47を選択することが考えられる。
本発明によれば、本発明によれば、軽水素及び重水素を同時に含むクラスターイオンビームを安定的に制御して生成することのできるクラスターイオンビーム生成方法を提供することができる。さらに、本発明は、こうして生成したクラスターイオンビームをシリコンウェーハの表面に注入する、クラスターイオンの注入方法を提供することができる。