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特開2024-94292上気道細胞を含むシート状細胞構造体、ならびにその製造方法及び利用法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024094292
(43)【公開日】2024-07-09
(54)【発明の名称】上気道細胞を含むシート状細胞構造体、ならびにその製造方法及び利用法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20240702BHJP
   C12N 1/04 20060101ALI20240702BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240702BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240702BHJP
   A01K 67/027 20240101ALI20240702BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20240702BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20240702BHJP
   C12N 5/079 20100101ALN20240702BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240702BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N1/04
C12Q1/02
C12M1/34 A
A01K67/027
C12N5/10
C07K14/47
C12N5/079
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】40
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023218094
(22)【出願日】2023-12-25
(31)【優先権主張番号】P 2022210411
(32)【優先日】2022-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.プルロニック
2.TWEEN
3.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 徳重
(72)【発明者】
【氏名】大森 孝一
(72)【発明者】
【氏名】大西 弘恵
(72)【発明者】
【氏名】北田 有史
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB11
4B063QA05
4B063QQ08
4B063QR77
4B063QS40
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065BD09
4B065BD12
4B065BD39
4B065CA46
4H045AA20
4H045AA30
4H045CA40
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】多能性幹細胞から効率よく上気道細胞を含むシート状細胞構造物を構成する細胞を製造する方法を提供すること。
【解決手段】上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造方法であって、(1)嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団を分散し、単一細胞を得る工程(1)、(2)前記工程(1)で得られた前記単一細胞を精製し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を得る工程(2)であって、前記第二細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合が、前記第一細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合より高い、工程(2)、並びに、(3)前記工程(2)で得られた前記第二細胞集団を培養器材上に播種し、前記第二細胞集団を培養し、前記シート状細胞構造体を得る工程(3)、を含む、製造方法。が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造方法であって、
(1)嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団を分散し、単一細胞を得る工程(1)、
(2)前記工程(1)で得られた前記単一細胞を精製し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を得る工程(2)であって、前記第二細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合が、前記第一細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合より高い、工程(2)、並びに、
(3)前記工程(2)で得られた前記第二細胞集団を培養器材上に播種し、前記第二細胞集団を培養し、前記シート状細胞構造体を得る工程(3)、
を含む、製造方法。
【請求項2】
前記工程(1)における前記第一細胞集団の少なくとも20%が外胚葉由来の細胞であって、
前記外胚葉由来の細胞が、Six1、Sp8、Otx2、サイトケラチン、及びE-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも一つの嗅プラコード細胞マーカー又は嗅上皮幹細胞マーカーを発現する細胞を含有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(1)における前記第一細胞集団は、中枢神経系の細胞を更に含み、
前記中枢神経系の細胞が、
1)Pax6、Sox1、Sox2、Sox3、Dlx5、FoxG1、N-Cadherin、MAP2、RAX、及びVSX2からなる群より選ばれる少なくとも一つの中枢神経系マーカーを発現し、かつ
2)サイトケラチンを発現しない細胞である、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記工程(1)における前記第一細胞集団が、1)前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、かつ、
前記神経組織部の表面における少なくとも一部が、前記非神経上皮組織部で被覆されている三次元の立体的な組織、又は細胞塊であり、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含む、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記工程(1)における前記第一細胞集団が、1)前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、かつ、
前記非神経上皮組織部と前記神経組織部が、前記培養器材の同一の表面上に接着していて、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含む、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項6】
前記工程(1)における前記第一細胞集団が多能性幹細胞由来である、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項7】
前記工程(1)における前記第一細胞集団は、
(a)Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で多能性幹細胞を培養する工程(a)、
(b)BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で、前記工程(a)で培養した細胞を培養する工程(b)、並びに、
(c)FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記工程(b)で培養した細胞を培養し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む前記第一細胞集団を製造する工程(c)、
を含む方法によって製造される、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項8】
前記工程(a)の前に、前記多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、
1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、
2)未分化維持因子と、
を含む培地で培養する工程(i)を実施することを更に含む、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記工程(2)は、目的細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を回収することで、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得ることを含み、
前記目的細胞の細胞表面マーカーは、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、Cldn4、Cldn6、Cldn7、LAM1B、FREM2、TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1、SORL1からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項10】
前記工程(2)は、目的外細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記目的外細胞を除去することで、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得ることを更に含み、
前記目的外細胞の細胞表面マーカーは、ATP1B2、CD82、CDH6、CDON、CELSR2、CLU、CNTFR、COL11A1、CP、CRB2、DCT、DKK3、EFNB1、FBLN2、FBN2、FN1、GPM6B、ISLR2、LRP2、LRRC4B、MMRN1、PRELP、PRSS35、S1PR3、SDK2、SLC2A1、SORCS1、TFPI、THSD7A、THY1、TMEM132B、及びTSPAN18からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む、請求項9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記工程(2)は、蛍光活性化セルソーティング法(FACS)又は磁気ビーズによる細胞選別法(MACS)によって、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得る、請求項9に記載の製造方法。
【請求項12】
前記工程(2)は、前記第二細胞集団を凍結保存することを更に含み、
前記工程(3)は、凍結保存した前記第二細胞集団を解凍することを更に含む、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項13】
前記工程(3)は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記第二細胞集団を培養する、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項14】
前記ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、ソニック・ヘッジホッグタンパク質、SAG、Purmorphamine、20(S)-hydroxy Cholesterol及びGSA-10からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記BMPシグナル伝達経路阻害物質が、I型BMP受容体阻害剤であって、
前記I型BMP受容体阻害剤は、K02288、Dorsomorphin、LDN-193189、LDN-212854、LDN-214117、ML347、DMH1、DMH2、Compound 1、VU5350、OD52、E6201、Saracatinib、BYL719及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、請求項13に記載の製造方法。
【請求項16】
前記工程(3)は、ROCK阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、及びレチノイン酸シグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記第二細胞集団を培養する、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項17】
前記TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質がAlk5/TGFβR1阻害剤であって、
前記Alk5/TGFβR1阻害剤は、SB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01、A77-01、RepSox、BIBF-0775、TP0427736、TGFBR1-IN-1、SM-16、TEW-7197、LY3200882、LY2109761、R268712、IN1130、Galunisertib、AZ12799734、KRCA 0008、GSK 1838705、Crizotinib、Ceritinib、ASP 3026、TAE684、AZD3463及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、請求項16に記載の製造方法。
【請求項18】
前記工程(3)は、前記培養器材に設けられている物質透過性を有する膜上で前記第二細胞集団を培養する、請求項1又は請求項2に記載の製造方法。
【請求項19】
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質は、1)非古典的Wnt経路に対する阻害活性、2)Wntファミリータンパク質の細胞外分泌の阻害活性、3)Porcupineに対する阻害活性、4)RORに対する阻害活性からなる群より選ばれる少なくとも1つの活性を有する、請求項7に記載の製造方法。
【請求項20】
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質が、1)非古典的Wnt経路に対する阻害活性を有し、前記阻害活性がPorcupineによる標的タンパク質のアシル化又はパルミトイル化に対する阻害活性であり、
前記阻害活性を有する物質は、IWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、IWP-O1、LGK-974、Wnt-C59、ETC-131、ETC-159、GNF-1331、GNF-6231、Porcn-IN-1、RXC004、CGX1321、AZD5055及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、請求項19に記載の製造方法。
【請求項21】
前記Wntシグナル伝達経路阻害物質は、XAV-939、KY02111、KY03-I及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、請求項19に記載の製造方法。
【請求項22】
前記工程(a)から前記工程(c)のいずれか一つ以上の工程を、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、ROCK阻害物質及びJNKシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で実施する、請求項7に記載の製造方法。
【請求項23】
工程(c)をTAK1阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で実施する、請求項7に記載の製造方法。
【請求項24】
請求項1又は請求項2に記載の製造方法により製造される、上気道細胞を含むシート状細胞構造体。
【請求項25】
上気道細胞を含むシート状細胞構造体であって、
前記上気道細胞は、
1)p63、サイトケラチン5、及びp75からなる群より選ばれる少なくとも1つ以上の基底細胞マーカーを発現する基底細胞又はその前駆細胞、
2)Six1、Sp8、Otx2、Sox2、Dlx5、サイトケラチン、及びE-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅上皮幹細胞マーカーを発現する嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞、並びに、
3)βIIIチューブリン、Calretinin、Ebf1、Ebf2、Ebf3、NeuroD1、及びLhx2からなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅神経細胞マーカーを発現する嗅神経細胞又はその前駆細胞、
を含む、シート状細胞構造体。
【請求項26】
上気道細胞を含むシート状細胞構造体であって、
前記上気道細胞は、
1)FoxJ1、FoxN4、p73、MYB、アセチル化チューブリン及びβ4-Tubulinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の線毛上皮細胞マーカーを発現する線毛細胞、並びに、
2)ムチン1、ムチン2、ムチン3、ムチン4、ムチン5AC、ムチン5B、FoxA1、FoxA2、Nkx2.1/TTF-1及びSPDEFからなる群より選ばれる少なくとも1つの分泌細胞マーカーを発現する分泌細胞、
を含む、シート状細胞構造体。
【請求項27】
前記シート状細胞構造体は、
Ezrin、及びPKCζからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現する、頂端面を含み、
前記上気道細胞は、前記頂端面と培養器材との間に、上皮構造を形成していて、
前記上気道細胞は、上皮細胞極性を有し、
前記シート状細胞構造体を構成する細胞の少なくとも70%が、前記上皮構造中に局在していて、
前記上皮構造は、前記培養器材に接している基底細胞を含む、請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体。
【請求項28】
前記シート状細胞構造体は、ACE2、Tmprss2、NRP1、CTSB、CTSL、BSG、HSPA5、DPP4、FURIN、ANPEP、Tmprss11D、ST6GAL1、ST3GAL4、CEACAM1、シアル酸α2,6Gal及びシアル酸α2,3Galからなる群より選ばれる少なくとも1つのウイルス受容体又はウイルス感染関連因子を発現する上気道細胞を含有する、請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体。
【請求項29】
前記上気道細胞は、遺伝性疾患又は感染症に関連する遺伝子、及び、ウイルス受容体又はウイルス感染関連因子をコードする遺伝子からなる群より選ばれる一つ以上の遺伝子が欠損又は変異している、請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体。
【請求項30】
1)請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体、及び
2)前記上気道細胞以外の細胞、細胞集団のいずれか一つ以上、
を搭載するマイクロ流体チップ又は生体模倣システム。
【請求項31】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を用いた、疾患治療用化合物のスクリーニング方法。
【請求項32】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を含む、疾患治療用化合物のスクリーニングキット。
【請求項33】
上気道の疾患モデルとしての、請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材の利用方法。
【請求項34】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を用いた、対象物質の薬効又は毒性の評価方法。
【請求項35】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を含む、対象物質の薬効又は毒性の評価キット。
【請求項36】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を用いた、疾患特異的なバイオマーカーの探索方法。
【請求項37】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を含有する、移植用組成物。
【請求項38】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材の、ウイルス又は微生物の分離培養における使用。
【請求項39】
請求項25又は請求項26に記載のシート状細胞構造体が移植された、担上気道組織モデル動物又は担ヒト組織モデル動物。
【請求項40】
試料に含まれる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の精製方法であって、
前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を前記試料から回収することを含み、
前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の細胞表面マーカーは、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、Cldn4、Cldn6、Cldn7、LAM1B、FREM2、TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1、SORL1からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む、精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上気道細胞を含むシート状細胞構造物、ならびにその製造方法及び利用法に関する。上気道組織には、嗅上皮組織及び鼻腔上皮組織を含む。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1において、マウスiPS細胞から形成させた胚様体を、マウスから採取した嗅上皮又は嗅球の初代培養細胞と共培養することにより、一部の嗅神経細胞マーカーを発現する神経細胞が分化誘導されることが報告されている。非特許文献2において、ヒト多能性幹細胞から嗅覚プラコード細胞及び嗅神経細胞を製造したことが報告されている。非特許文献3において、ヒト鼻腔より採取した検体を培養して細胞塊を形成させ、その後鼻腔上皮のシートを得る方法が報告されている。非特許文献4において、ヒト鼻腔より採取した検体を浮遊培養して細胞塊を形成させる方法が報告されている。特許文献1において、マウスES細胞をフィーダー細胞上で培養し、分化誘導因子を添加することで、分化した細胞が嗅神経細胞のマーカーを発現することを報告している。特許文献2において、ヒト多能性幹細胞よりプレプラコードを含む細胞塊を製造したことを報告している。また、本願の発明者は、特許文献3および4において、ヒトES細胞及びiPS細胞より立体的な鼻腔上皮組織及び嗅上皮組織を製造可能であることを報告している。しかし、ヒト多能性幹細胞を出発材料とし、移植用の再生医療製品及び化合物の評価、感染症あるいは遺伝病等の疾患モデルの作製、オーガンオンチップ等のデバイスへの搭載に適したシート状の上気道組織を工業的に製造する方法は全く知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO/2009/098149
【特許文献2】US/2015/0125953
【特許文献3】WO/2020/039732
【特許文献4】WO/2022/026238
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Int. J. Clin. Exp. Pathol. 2017;10(7):8072-8081
【非特許文献2】STEM CELLS AND DEVELOPMENT Volume 31, Numbers 17-18, 2022
【非特許文献3】Mbio, 2022, 13.1: e03511-21.
【非特許文献4】Theranostics 2021, Vol. 11, Issue 2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1と2、及び非特許文献の1から4には、多能性幹細胞から上気道細胞を含むシート状細胞構造物を効率よく製造することは記載されていない。本発明の目的は、多能性幹細胞から効率よく上気道細胞を含むシート状細胞構造物を構成する細胞を製造する方法、及び上記シート状細胞構造物を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、多能性幹細胞が上気道組織へ分化する培養途上の細胞集団を解析することにより、上気道組織を構成する細胞の分離・精製に用いる特異的な表面抗原を複数同定した。さらに、同定した表面抗原を用いて、上気道組織への分化・培養途上の細胞集団から上気道組織を構成する細胞を効果的に分離・精製できるタイミングを見出した。さらに、シート状細胞構造体形成に適した培養器材、及び多能性幹細胞由来の上気道細胞の上皮形成に適した条件を同定することで、上気道組織のシート状細胞構造体を形成させる製造法を確立し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、以下に例示する上気道細胞を含むシート状細胞構造物の製造方法、上気道細胞を含むシート状細胞構造物、該細胞構造物の再生医療用製品としての使用方法、該細胞構造物の疾患モデルとしての使用方法、該細胞構造物の遺伝子治療評価システムとしての使用方法、該細胞構造物を含む器材、チップ、システム、デバイス等に関する。
[1] 上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造方法であって、
(1)嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団を分散し、単一細胞を得る工程(1)、
(2)前記工程(1)で得られた前記単一細胞を精製し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を得る工程(2)であって、前記第二細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合が、前記第一細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合より高い、工程(2)、並びに、
(3)前記工程(2)で得られた前記第二細胞集団を培養器材上に播種し、前記第二細胞集団を培養し、前記シート状細胞構造体を得る工程(3)、
を含む、製造方法。
[2] 前記工程(1)における前記第一細胞集団の少なくとも20%が外胚葉由来の細胞であって、
前記外胚葉由来の細胞が、Six1、Sp8、Otx2、サイトケラチン、及びE-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも一つの嗅プラコード細胞マーカー又は嗅上皮幹細胞マーカーを発現する細胞を含有する、[1]に記載の製造方法。
[3] 前記工程(1)における前記第一細胞集団は、中枢神経系の細胞を更に含み、
前記中枢神経系の細胞が、
1)Pax6、Sox1、Sox2、Sox3、Dlx5、FoxG1、N-Cadherin、MAP2、RAX、及びVSX2からなる群より選ばれる少なくとも一つの中枢神経系マーカーを発現し、かつ
2)サイトケラチンを発現しない細胞である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4] 前記工程(1)における前記第一細胞集団が、1)前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、かつ、
前記神経組織部の表面における少なくとも一部が、前記非神経上皮組織部で被覆されている三次元の立体的な組織、又は細胞塊であり、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含む、[1]から[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5] 前記工程(1)における前記第一細胞集団が、1)前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、かつ、
前記非神経上皮組織部と前記神経組織部が、前記培養器材の同一の表面上に接着していて、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含む、[1]から[3]のいずれかに記載の製造方法。
[6] 前記工程(1)における前記第一細胞集団が多能性幹細胞由来である、[1]から[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7] 前記工程(1)における前記第一細胞集団は、
(a)Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で多能性幹細胞を培養する工程(a)、
(b)BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で、前記工程(a)で培養した細胞を培養する工程(b)、並びに、
(c)FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記工程(b)で培養した細胞を培養し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む前記第一細胞集団を製造する工程(c)、
を含む方法によって製造される、[1]から[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8] 前記工程(a)の前に、前記多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、
1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つと、
2)未分化維持因子と、
を含む培地で培養する工程(i)を実施することを更に含む、[7]に記載の製造方法。
[9] 前記工程(2)は、目的細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を回収することで、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得ることを含み、
前記目的細胞の細胞表面マーカーは、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、Cldn4、Cldn6、Cldn7、LAM1B、FREM2、TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1、SORL1からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む、[1]から[8]のいずれか一項に記載の製造方法。
[10] 前記工程(2)は、目的外細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記目的外細胞を除去することで、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得ることを更に含み、
前記目的外細胞の細胞表面マーカーは、ATP1B2、CD82、CDH6、CDON、CELSR2、CLU、CNTFR、COL11A1、CP、CRB2、DCT、DKK3、EFNB1、FBLN2、FBN2、FN1、GPM6B、ISLR2、LRP2、LRRC4B、MMRN1、PRELP、PRSS35、S1PR3、SDK2、SLC2A1、SORCS1、TFPI、THSD7A、THY1、TMEM132B、及びTSPAN18からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む、[9]に記載の製造方法。
[11] 前記工程(2)は、蛍光活性化セルソーティング法(FACS)又は磁気ビーズによる細胞選別法(MACS)によって、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得る、[9]または[10]に記載の製造方法。
[12] 前記工程(2)は、前記第二細胞集団を凍結保存することを更に含み、
前記工程(3)は、凍結保存した前記第二細胞集団を解凍することを更に含む、[1]から[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13] 前記工程(3)は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記第二細胞集団を培養する、[1]から[12]のいずれかに記載の製造方法。
[14] 前記ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、ソニック・ヘッジホッグタンパク質、SAG、Purmorphamine、20(S)-hydroxy Cholesterol及びGSA-10からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[13]に記載の製造方法。
[15] 前記BMPシグナル伝達経路阻害物質が、I型BMP受容体阻害剤であって、
前記I型BMP受容体阻害剤は、K02288、Dorsomorphin、LDN-193189、LDN-212854、LDN-214117、ML347、DMH1、DMH2、Compound 1、VU5350、OD52、E6201、Saracatinib、BYL719及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[13]又は[14]に記載の製造方法。
[16] 前記工程(3)は、ROCK阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、及びレチノイン酸シグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記第二細胞集団を培養する、[1]から[15]のいずれかに記載の製造方法。
[17] 前記TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質がAlk5/TGFβR1阻害剤であって、
前記Alk5/TGFβR1阻害剤は、SB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01、A77-01、RepSox、BIBF-0775、TP0427736、TGFBR1-IN-1、SM-16、TEW-7197、LY3200882、LY2109761、R268712、IN1130、Galunisertib、AZ12799734、KRCA 0008、GSK 1838705、Crizotinib、Ceritinib、ASP 3026、TAE684、AZD3463及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[16]に記載の製造方法。
[18] 前記工程(3)は、前記培養器材に設けられている物質透過性を有する膜上で前記第二細胞集団を培養する、[1]から[17]のいずれかに記載の製造方法。
[19] 前記Wntシグナル伝達経路阻害物質は、1)非古典的Wnt経路に対する阻害活性、2)Wntファミリータンパク質の細胞外分泌の阻害活性、3)Porcupineに対する阻害活性、4)RORに対する阻害活性からなる群より選ばれる少なくとも1つの活性を有する、[7]又は[8]に記載の製造方法。
[20] 前記Wntシグナル伝達経路阻害物質が、1)非古典的Wnt経路に対する阻害活性を有し、前記阻害活性がPorcupineによる標的タンパク質のアシル化又はパルミトイル化に対する阻害活性であり、
前記阻害活性を有する物質は、IWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、IWP-O1、LGK-974、Wnt-C59、ETC-131、ETC-159、GNF-1331、GNF-6231、Porcn-IN-1、RXC004、CGX1321、AZD5055及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[19]に記載の製造方法。
[21] 前記Wntシグナル伝達経路阻害物質は、XAV-939、KY02111、KY03-I及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む、[19]に記載の製造方法。
[22] 前記工程(a)から前記工程(c)のいずれか一つ以上の工程を、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、ROCK阻害物質及びJNKシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で実施する、[7]又は[8]に記載の製造方法。
[23] 工程(c)をTAK1阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で実施する、[7]又は[8]に記載の製造方法。
[24] [1]から[23]のいずれかに記載の製造方法により製造される、上気道細胞を含むシート状細胞構造体。
[25] 上気道細胞を含むシート状細胞構造体であって、
前記上気道細胞は、
1)p63、サイトケラチン5、及びp75からなる群より選ばれる少なくとも1つ以上の基底細胞マーカーを発現する基底細胞又はその前駆細胞、
2)Six1、Sp8、Otx2、Sox2、Dlx5、サイトケラチン、及びE-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅上皮幹細胞マーカーを発現する嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞、並びに、
3)βIIIチューブリン、Calretinin、Ebf1、Ebf2、Ebf3、NeuroD1、及びLhx2からなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅神経細胞マーカーを発現する嗅神経細胞又はその前駆細胞、
を含む、シート状細胞構造体。
[26] 上気道細胞を含むシート状細胞構造体であって、
前記上気道細胞は、
1)FoxJ1、FoxN4、p73、MYB、アセチル化チューブリン及びβ4-Tubulinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の線毛上皮細胞マーカーを発現する線毛細胞、並びに、
2)ムチン1、ムチン2、ムチン3、ムチン4、ムチン5AC、ムチン5B、FoxA1、FoxA2、Nkx2.1/TTF-1及びSPDEFからなる群より選ばれる少なくとも1つの分泌細胞マーカーを発現する分泌細胞、
を含む、シート状細胞構造体。
[27] 前記シート状細胞構造体は、
Ezrin、及びPKCζからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現する、頂端面を含み、
前記上気道細胞は、前記頂端面と培養器材との間に、上皮構造を形成していて、
前記上気道細胞は、上皮細胞極性を有し、
前記シート状細胞構造体を構成する細胞の少なくとも70%が、前記上皮構造中に局在していて、
前記上皮構造は、前記培養器材に接している基底細胞を含む、[25]又は[26]に記載のシート状細胞構造体。
[28] 前記シート状細胞構造体は、ACE2、Tmprss2、NRP1、CTSB、CTSL、BSG、HSPA5、DPP4、FURIN、ANPEP、Tmprss11D、ST6GAL1、ST3GAL4、CEACAM1、シアル酸α2,6Gal及びシアル酸α2,3Galからなる群より選ばれる少なくとも1つのウイルス受容体又はウイルス感染関連因子を発現する上気道細胞を含有する、[24]から[27]のいずれかに記載のシート状細胞構造体。
[29] 前記上気道細胞は、遺伝性疾患又は感染症に関連する遺伝子、及び、ウイルス受容体又はウイルス感染関連因子をコードする遺伝子からなる群より選ばれる一つ以上の遺伝子が欠損又は変異している、[24]から[28]のいずれかに記載のシート状細胞構造体。
[30] 1)[24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体、及び
2)前記上気道細胞以外の細胞、細胞集団のいずれか一つ以上、
を搭載するマイクロ流体チップ又は生体模倣システム。
[31] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を用いた、疾患治療用化合物のスクリーニング方法。
[32] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を含む、疾患治療用化合物のスクリーニングキット。
[33] 上気道の疾患モデルとしての、[24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材の利用方法。
[34] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を用いた、対象物質の薬効又は毒性の評価方法。
[35] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を含む、対象物質の薬効又は毒性の評価キット。
[36] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を用いた、疾患特異的なバイオマーカーの探索方法。
[37] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材を含有する、移植用組成物。
[38] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体を含有する機器、チップ、システム、又は器材の、ウイルス又は微生物の分離培養における使用。
[39] [24]から[29]のいずれかに記載のシート状細胞構造体が移植された、担上気道組織モデル動物又は担ヒト組織モデル動物。
[40] 試料に含まれる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の精製方法であって、
前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を前記試料から回収することを含み、
前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の細胞表面マーカーは、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、Cldn4、Cldn6、Cldn7、LAM1B、FREM2、TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1、SORL1からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む、精製方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、多能性幹細胞から効率よく上気道細胞を含むシート状細胞構造物を製造することが可能になる。また、本発明によれば、上気道細胞を含むシート状細胞構造物を用いた再生医療用の移植用組成物、疾患モデル、疾患の治療薬のスクリーニング方法、スクリーニングキット、化合物の薬効又は毒性の評価方法及び評価キット等を提供することができる。また、別の態様として、本発明によって製造した上気道細胞を含むシート状細胞構造物を、インフルエンザウイルス、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)及び季節性コロナウイルスを含む感染症の研究、ウイルスの分離培養その他に供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本実施形態に係る上気道細胞を含むシート状細胞構造物を示す模式図である。
図2図2は、本実施形態に係る上気道細胞を含むシート状細胞構造物を示す模式図である。
図3A図3Aは、本実施形態に係る上気道細胞を含むシート状細胞構造物を示す模式図(上面図、断面図)である。
図3B図3Bは、本実施形態に係る上気道細胞を含むシート状細胞構造物を示す模式図(上面図、断面図)である。
図4図4は、実験1において、ヒトiPS細胞から嗅上皮幹細胞を含む細胞集団を作製する際の工程を模式的に示した図(上段)、及び培養開始23日目の嗅上皮幹細胞を含む細胞集団の倒立顕微鏡の明視野及び蛍光観察像(下段)である。
図5図5は、実験1の嗅上皮幹細胞を含む細胞集団を各マーカーで免疫染色した後の染色図である。
図6図6は、ヒトiPS細胞から嗅上皮幹細胞を含む細胞集団を作製する際の工程を模式的に示した図である(上段)。下段は、実験2において、培養開始20日後の細胞集団の倒立顕微鏡の明視野観察像である。
図7図7は、実験2の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。
図8図8は、実験2の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。DLX5、Pax6、Sp8、EpCAMの各遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図9図9は、実験2の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。SIX1、OTX2、SOX2、Ki67の各遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図10図10は、実験2の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。Ebf2、NeuroD1、Lhx2、Calretininの各遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図11図11は、実験2の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。SOX1、Vsx2の各遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図12図12は、嗅上皮幹細胞を含む細胞集団における細胞表面マーカー遺伝子の発現倍率を示す表である。
図13図13は、実験3の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、CLDN4の各遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図14図14は、実験3の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。CLDN6、CLDN7、LAMB1、FREM2の各遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図15図15は、実験3の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1の各遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図16図16は、実験3の嗅上皮オルガノイドにおけるシングルセル解析結果の二次元プロット図である。SORL1遺伝子の1細胞ごとの発現量解析の結果を示している。
図17図17は、実験4において第一細胞集団の嗅上皮オルガノイドから嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製する際の工程を模式的に示した図(上段)、及び精製後の細胞集団をFACSにより解析した結果(下段)である。
図18図18は、実験5においてマイクロウェルプレートを用いて製造した第一細胞集団の嗅上皮オルガノイドから嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製する際の工程を模式的に示した図(上段)、及び精製後の細胞集団をFACSにより解析した結果(下段)である。
図19図19は、実験6において、工程1、2、3を経て上気道細胞を含むシート状細胞構造体を製造する過程を模式的に表した図(上段)、及び工程3において各条件の培地で第二細胞集団を培養した際の倒立顕微鏡による明視野観察像(下段)である。
図20図20は、実験6において、嗅上皮幹細胞、基底細胞、嗅神経前駆細胞、未成熟嗅神経細胞を各マーカーで免疫染色した後の染色図である。
図21図21は、実験6において、嗅上皮幹細胞、基底細胞、嗅神経前駆細胞、未成熟嗅神経細胞を各マーカーで免疫染色した後の染色図である。
図22図22は、実験7において、嗅上皮幹細胞、基底細胞、嗅神経前駆細胞、未成熟嗅神経細胞を各マーカーで免疫染色した後の染色図である。
図23図23は、実験8において、工程1、2、3を経て上気道細胞を含むシート状細胞構造体を製造する過程を模式的に表した図(上段)、及び工程3において第二細胞集団を培養した際の倒立顕微鏡による明視野観察像(下段)である。
図24図24は、実験8において、嗅上皮幹細胞、基底細胞、分泌細胞、線毛細胞を各マーカーで免疫染色した後の染色図である。
図25図25は、実験9における、上気道細胞を含むシート状細胞構造体の走査型電子顕微鏡による観察像である。
図26図26は、実験10において、多能性幹細胞から嗅上皮様組織を含む非神経上皮組織を含む細胞塊を作製する際の工程を模式的に示した図(上段)、及び培養開始23日目の嗅上皮幹細胞を含む細胞集団の倒立顕微鏡の明視野及び蛍光観察像(下段)である。
図27図27は、実験10の嗅上皮幹細胞を含む細胞集団を各マーカーで免疫染色した後の染色図である。
図28図28は、実験11において、ヒトiPS細胞から上気道細胞シートを作成し、コラーゲンスポンジとの細胞シート・足場複合体を製造し、動物移植試験を実施する際の工程を模式的に示した図である(上段)。下段は、実験11において、移植試験実施後1週間目のラット鼻腔組織を固定して調製した試料の偏斜照明明視野観察像および蛍光管撮像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態(以下「本実施形態」と記す。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。本明細書において「A~Z」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上Z以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Zにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とZの単位とは同じである。本明細書において「~を含む」との表現は、「~からなる」、「~のみからなる」の概念を含む表現である。
【0011】
1.定義
本明細書において、用語の定義は下記のとおりである。
「幹細胞」とは、分化能及び増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等が含まれる。「多能性幹細胞」とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、生体を構成する全ての細胞に分化し得る能力(分化多能性:pluripotency)を有する幹細胞をいう。全ての細胞とは、外胚葉、中胚葉及び内胚葉の三胚葉由来の細胞である。「複能性幹細胞」とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。「単能性幹細胞」とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0012】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating Stress Enduring cell)、及び生殖細胞(例えば精巣)から作製されるGS細胞も多能性幹細胞に包含される。なお、ヒト胚性幹細胞は、受精14日以内のヒト胚から樹立されたものである。
【0013】
胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞集団をフィーダー細胞上又はleukemia inhibitory factor(LIF)を含む培地中で培養することにより製造することができる。ES細胞の製造方法は、例えば国際公開第96/22362号、国際公開第02/101057号、米国特許第5843780号明細書、米国特許第6200806号明細書、米国特許第6280718号明細書等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、市販品を購入することもできる。例えばヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はAmerican Type Culture Collection(ATCC)より、入手可能である。ES細胞の1つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞核を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0014】
EG細胞は、始原生殖細胞をマウス幹細胞因子(mSCF)、LIF及び塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む培地中で培養することにより製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0015】
「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。人工多能性幹細胞としては、具体的には線維芽細胞、末梢血単核球等に分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。2006年、山中らによりマウス細胞で人工多能性幹細胞が樹立された(Cell,2006,126(4)pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5)pp.861-872;Science,2007,318(5858)pp.1917-1920;Nat.Biotechnol.,2008,26(1)pp.101-106)。人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加などにより体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0016】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば末梢血単核球、T細胞等)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0017】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子(例えばOct3/4、Sox2、Klf4及びMycの4因子)の発現により初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。遺伝子を発現させるための手段としては、例えばウイルスベクター(例えばレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えばプラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えばリン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法等が挙げられる。
【0018】
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞、1383D2細胞、1383D6細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、hiPS β-actin GFP細胞株が、メルク社より購入可能である。
【0019】
多能性幹細胞は、遺伝子改変されていてもよい。遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などが挙げられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994)、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993)、バイオマニュアルシリーズ8、ジーンターゲッティング、ES細胞を用いた変異マウスの作製、羊土社(1995)等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0020】
具体的には、例えば改変する標的遺伝子(例えば細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子等)のゲノム遺伝子を単離し、単離されたゲノム遺伝子を用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0021】
標的遺伝子のゲノム遺伝子を単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley&Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法が挙げられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(Clontech製)などを用いることができる。
【0022】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993)、バイオマニュアルシリーズ8、ジーンターゲッティング、ES細胞を用いた変異マウスの作製、羊土社(1995)等に記載の方法に従って行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択又はポリA選択などの方法を用いることができる。選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等が挙げられる。
【0023】
多能性幹細胞として、ゲノム編集を行った多能性幹細胞を用いることもできる。「ゲノム編集」とは、ヌクレアーゼを用いた部位特異的なゲノムDNA鎖の切断、又は塩基の化学的変換等の原理により標的遺伝子もしくはゲノム領域を意図的に改変する技術である。部位特異的ヌクレアーゼとしては、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、TALEN、CRISPR/Cas3、9、13等が挙げられる。ゲノム編集技術を用いることにより、特定の遺伝子を欠失したノックアウト細胞株、特定の遺伝子座に人工的に別の配列を挿入したノックイン細胞株等を作製することができる。
【0024】
多能性幹細胞として、疾患特異的多能性幹細胞を用いてもよい。「疾患特異的多能性幹細胞」とは、疾患の発症に関与する遺伝子の変異又は遺伝的背景を有する多能性幹細胞を表す。疾患特異的多能性幹細胞は、対象となる疾患を発症している患者や近親者から前述の方法等により人工多能性幹細胞を樹立する方法、又は既に樹立済の多能性幹細胞のゲノムをジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、TALEN、CRISPRといったゲノム編集技術等により改変する方法等により作製することができる。
【0025】
多能性幹細胞として、他家移植の際に生じる免疫拒絶反応を抑制する機能を有する、低免疫原性の多能性幹細胞を用いてもよい。「低免疫原性の多能性幹細胞」は、ヒト白血球抗原(Human leukocyte antigen:HLA)のホモドナーから樹立した多能性幹細胞であってもよいし、免疫に関わる遺伝子を一つ以上、例えばHLA遺伝子群、B2M遺伝子、CIITA遺伝子、RFX5遺伝子、RFXAP遺伝子、RFXANK遺伝子等をゲノム編集技術等により欠失、機能改変させた多能性幹細胞、あるいはCD47、PD-L1遺伝子、HLA-G遺伝子等を発現するような多能性幹細胞であってもよい。ユニバーサルドナー細胞も低免疫原性の多能性幹細胞に含有される。上記のような多能性幹細胞は、例えば国際公開第1995/017911号公報、国際公開第98/42838号公報、国際公開第2016/183041号公報、国際公開第2012/145384号公報、国際公開第2013/158292号公報等に記載の方法によって製造可能である。
【0026】
「哺乳動物」には、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、ウサギ目、霊長類等が包含される。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。ウサギ目には、ウサギ等が含包される。「霊長類」とは、霊長目に属する哺乳類動物をいい、霊長類としては、キツネザル、ロリス、ツバイ等の原猿亜目、及びサル、類人猿、ヒト等の真猿亜目が含まれる。
【0027】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例えばマウス、ラット)又は霊長類(例えばヒト、サル)の多能性幹細胞であり、最も好ましくはヒトの多能性幹細胞である。
【0028】
「細胞接着(Cell adhesion)」には、細胞と細胞との接着(細胞-細胞接着)及び細胞と細胞外マトリクス(基質)との接着(細胞-基質接着)が含まれる。インビトロの人工培養環境下で生じる、細胞の培養器材等への接着も細胞接着に含有される。細胞-細胞接着において形成される結合は細胞-細胞結合(cell-cell junction)であり、細胞-基質接着において形成される結合は細胞-基質結合(cell-substratum junction)である。細胞接着の種類として、例えば固定結合(anchoring junction)、連絡結合(communicating junction)、閉鎖結合(occluding junction)が挙げられる。
【0029】
細胞-細胞結合として、「密着結合(tight junction)」、「接着結合(adherence junction)」が挙げられる。密着結合は比較的強い細胞-細胞結合であり、上皮細胞で生じ得る。細胞間に密着結合が存在しているかどうかは、例えば密着結合の構成成分に対する抗体(抗クローディン抗体、抗ZO-1抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0030】
「浮遊培養」とは、細胞が培養液に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養することをいう。すなわち浮遊培養は、細胞を培養器材及び培養器材上のフィーダー細胞等(以下、「培養器材等」と記す。)に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養)とは区別される。より詳細には、浮遊培養とは、細胞と培養器材等との間に、強固な細胞-基質結合を作らせない条件での培養をいう。培養している細胞が浮遊培養状態であるか接着培養であるかの判別は、例えば顕微鏡観察時の培養器材の揺動等によって当業者であれば容易に可能である。
【0031】
「接着培養」とは、細胞が培養器材等に接着して存在する状態を維持しつつ培養することをいう。ここで、細胞が培養器材等に接着するとは、例えば細胞と培養器材等との間に細胞接着の一種である強固な細胞-基質結合ができることをいう。
【0032】
浮遊培養中の細胞凝集体においては、細胞と細胞とが面接着する。浮遊培養中の細胞凝集体では、細胞と培養器材等との間に、強固な細胞-基質結合は形成されておらず、細胞-基質結合はほとんど形成されないか、形成されていてもその寄与が小さい。浮遊培養中の細胞凝集体の内部には、内在の細胞-基質結合が存在してもよい。「細胞と細胞とが面接着(plane attachment)する」とは、細胞と細胞とが面で接着することをいう。より詳細には、「細胞と細胞とが面接着する」とは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色、細胞接着因子(例えばE-cadherin、N-cadherin等)の免疫染色等により観察できる。
【0033】
接着培養を行う際に用いられる培養器材は、接着培養することが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器材としては、例えばフラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック及びオーガンオンチップ等の生体機能チップ、培養器材等が挙げられる。細胞接着性の培養器材としては、細胞との接着性を向上させる、あるいは細胞の性状を本発明にとって好ましい状態へ誘導または維持する目的で、培養器材の表面が人工的に処理されているもの等を使用できる。人工的な処理とは、例えば細胞外マトリクス、高分子等によるコーティング処理、及びガスプラズマ処理、正電荷処理等の表面加工が挙げられる。細胞が接着される細胞外マトリクスとしては、例えば基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等が挙げられる。高分子としては、ポリリジン、ポリオルニチン等が挙げられる。培養器材の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
【0034】
「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリクスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖及び3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1~α5)、β鎖(β1~β4)及びγ鎖(γ1~γ4)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511という。
【0035】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器材は、浮遊培養することが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器材としては、例えばフラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ及びローラーボトルが挙げられる。これらの培養器材は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器材としては、培養器材の表面に、細胞との接着性を向上させる目的で行われる上述の人工的な処理がされていないもの等を使用できる。細胞非接着性の培養器材として、細胞との接着性を低下させる目的で培養器材の表面が人工的に処理されたものを使用することもできる。培養器材の培養面は、平底、U底又はV底でもよいし、凹凸があってもよい。細胞との接着性を低下させる処理としては、例えば2‐methacryloyloxyethyl phosphorylcholine(MPC)ポリマー、Poly(2-hydroxyethyl methacrylate)(Poly-HEMA)、polyethylene glycol(PEG)等のコーティングによる超親水性処理、タンパク低吸着処理等が挙げられる。
【0036】
「振盪培養」とは、培養器材を揺動させることにより培養液を攪拌し、培養液中への酸素供給、細胞の周囲との物質交換等を促進する培養法である。攪拌培養、流路培養等を行うこともできる。
【0037】
浮遊培養を行う際に生じる剪断力等の物理的ストレスから細胞凝集体を保護し、また細胞が分泌する増殖因子及びサイトカイン類の局所濃度を高め、組織の発達を促進する目的から、細胞凝集体をゲルに包埋、又は物質透過性のあるカプセルに封入したのちに浮遊培養を実施することもできる(Nature,2013,501.7467:373)。上記封入した細胞凝集体を振盪培養してもよい。包埋に用いるゲル又はカプセルは、生体由来又は合成高分子製のいずれであってもよい。このような目的に用いるゲル又はカプセルとしては、例えばマトリゲル(Corning社製)、Cultrex UltiMatrix(R&D Systems社製)、PuraMatrix(3D Matrix社製)、VitroGel 3D(TheWell Bioscience社製)、コラーゲンゲル(新田ゼラチン社製)、アルギン酸ゲル(PGリサーチ社製)、Cell-in-a-Box(Austrianova社製)、Matrimix(ニッピ社製)等が挙げられる。
【0038】
「培養器材」とは、細胞培養を実施する際に細胞又は組織の足場となる材料を表す。培養器材には通常細胞を接着させて用いる。培養器材の材料としては例えばアルミナ、セラミックス、ガラス、シリカ、ジルコニア、チタン、リン酸カルシウム等の無機材料、ゼラチン、コラーゲン等のタンパク質、アルギン酸、セルロース等の多糖類、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリカプロラクトン、シリコーンゴム等の合成高分子材料等が用いられる。培養器材の形状としては、例えば膜状、ビーズ状、繊維状、中空糸状、メッシュ状、スポンジ状等の物が用いられる。培養器材として市販の物を用いることもできる。このような目的に用いる培養器材としては、例えばトランズウェル(Corning社製)、ad-MED Vitrigel 2(関東化学製)、3D Insert(Biotek社製)、ツェレッツ(ハイレックスコーポレーション社製)、NanoECM(ナノファイバー ソルーションズ社製)、SpongeCol コラーゲンスポンジ(Advanced Biomatrix社製)、CERAHIVE(クアーズテック社製)、Cellbed(日本バイリーン社製)等が挙げられる。
【0039】
細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばBasal Medium Eagle(BME)、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow Minimum Essential Medium(Glasgow MEM)、Improved MEM Zinc Option、Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium(IMDM)、Medium 199、Eagle Minimum Essential Medium(Eagle MEM)、Alpha Modified Eagle Minimum Essential Medium(αMEM)、Dulbecco’s Modified Eagle Medium(DMEM)、F-12培地、DMEM/F12、IMDM/F12、ハム培地、RPMI 1640、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地等が挙げられる。
【0040】
多能性幹細胞の培養には、上記基礎培地をベースとした多能性幹細胞培養用の培地、好ましく公知の胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞用の培地、フィーダーフリー下で多能性幹細胞を培養するための培地(フィーダーフリー培地)等を用いることができる。フィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium(64mg/l)、sodium selenium(14μg/1)、insulin(19.4mg/l)、NaHCO(543mg/l)、transferrin(10.7mg/l)、bFGF(100ng/mL)、及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2ng/mL)又はNodal(100ng/mL))を含む(Nature Methods,8,424-429(2011))。市販のフィーダーフリー培地としては、例えばEssential 8(Thermo Fisher Scientific社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Thermo Fisher Scientific社製)、hESF9、mTeSR1(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2(STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR Plus(STEMCELL Technologies社製)、StemFit(味の素社製)、ReproMed iPSC Medium(リプロセル社製)、NutriStem XF(Biological Industries社製)、NutriStem V9(Biological Industries社製)、Cellartis DEF-CS Xeno-Free Culture Medium(タカラバイオ社製)、Stem-Partner SF(極東製薬社製)、PluriSTEM Human ES/iPS Cell Medium(メルク社製)、StemSure hPSC MediumΔ(富士フイルム和光純薬社製)等が挙げられる。
【0041】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えばアルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール又はこれらの均等物等を適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、国際公開第98/30679号に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。市販の血清代替物としては、例えばKnockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)(以下、「KSR」と記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Thermo Fisher Scientific社製)、Glutamax(Thermo Fisher Scientific社製)、B27 Supplement(Thermo Fisher Scientific社製)、N2 Supplement(Thermo Fisher Scientific社製)等が挙げられる。
【0042】
浮遊培養及び接着培養で用いる無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0043】
調製の煩雑さを回避するために、無血清培地として、市販のKSR(Thermo Fisher Scientific社製)を適量(例えば約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えばF-12培地とIMDM培地の1:1混合液に1×chemically-defined Lipid concentrated、5%KSR及び450μM 1-モノチオグリセロールを添加した培地)を使用してもよい。あるいは、DMEM/F-12培地ないしAdvanced DMEM/F-12培地にN2 Supplement、B27 Supplement、HEPESを添加した無血清培地を用いてもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302に開示された培地が挙げられる。
【0044】
「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。当該培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、1-モノチオグリセロール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。血清は通常、ウシ、ウマ、ロバ、ヤギ、ウサギの胎児、新生仔、成体等より採取される。血清培地として最も汎用されるのはウシ胎児に由来する血清を用いた培地であるが、これに限定されない。
【0045】
本発明における培養は、好ましくはゼノフリー条件で行われる。「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。本発明における培養は、さらに好ましくはアニマルフリー条件で行われる。「アニマルフリー」とは、動物由来の成分が排除された条件を意味する。
【0046】
本発明に用いる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、含有成分が化学的に決定された培地(Chemically defined medium;CDM)である。
【0047】
「基底膜(Basement membrane)構造」とは、細胞外マトリクスより構成される薄い膜状の構造を意味する。生体においては、基底膜は上皮細胞の基底側(basal)に形成される。基底膜の成分としては、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)、エンタクチン/ニドゲン、サイトカイン、成長因子等が挙げられる。生体由来の組織中並びに本発明の製造方法等で作製された細胞集団中に基底膜が存在しているかどうかは、例えばPAM染色等の組織染色、並びに基底膜の構成成分に対する抗体(抗ラミニン抗体、抗IV型コラーゲン抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0048】
「基底膜標品」とは、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播種して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現等を制御する機能を有する基底膜構成成分を含むものをいう。本発明において、細胞の接着培養を行う際には、基底膜標品存在下で培養することができる。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層等との間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリクス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて支持体から除去することで作製することができる。基底膜標品としては、基底膜調製物として市販されている商品、例えばマトリゲル(Corning社製)、Geltrex(Thermo Fisher Scientific社製)、Cultrex Basement Membrane Extract(R&D Systems社製)基底膜成分として公知の細胞外マトリクス分子(例えばラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン等)を含むものが挙げられる。
【0049】
細胞又は組織の培養には、Engelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫等の組織又は細胞から抽出、可溶化されたマトリゲル(Corning社製)等の基底膜標品を用いることができる。同様に細胞培養に用いる基底膜成分として、ヒト可溶化羊膜(生物資源応用研究所社製)、HEK293細胞に産生させたヒト組み換えラミニン(BioLamina社製)、ヒト組み換えラミニン断片(ニッピ社製)、ヒト組み換えビトロネクチン(Thermo Fisher Scientific社製)等も用いることができる。異なる生物種由来の成分混入を回避する観点、及び感染症のリスクを回避する観点から、基底膜標品は、好ましくは成分の明らかな組み換えタンパク質を用いる。
【0050】
本明細書において、「物質Xを含む培地」及び「物質Xの存在下」とは、それぞれ外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地もしくは外来性の物質Xを含む培地、及び外来性の物質Xの存在下を意味する。外来性の物質Xは、例えば培地中に存在する細胞又は組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌又は産生する内在的な物質Xと区別される。培地中の物質Xは、物質Xの分解又は培地の蒸発による微量な濃度の変化が起こっていてもよい。
【0051】
本明細書において、物質Xの濃度がYである培地中での培養開始時とは、好ましくは培地中の物質Xの濃度がYで均一となった時点を指すが、培養容器が十分に小さい(例えば96ウェルプレートや、培養液が200μL以下での培養)場合、濃度がYとなるように後述する培地添加操作、半量培地交換操作又は全量培地交換操作を行った時点を濃度Yでの培養開始時と解釈する。また、培地中の物質Xの濃度がYであるとは、一定の培養期間を通じたXの平均の濃度がYである場合、物質XをYの濃度で含む期間が培養期間の50%以上である場合、物質XをYの濃度で含む期間が各工程において想定される培養期間のうち最も短い期間以上である場合等を含む。
【0052】
本明細書において、「物質Xの非存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加されていない培地もしくは外来性の物質Xを含まない培地、又は外来性の物質Xの存在しない状態を意味する。
【0053】
本明細書において、「ヒトタンパク質X」とは、タンパク質Xが、ヒト生体内で天然に発現するタンパク質Xのアミノ酸配列を有することを意味する。ヒトタンパク質Xは、好ましくは、ヒト生体内で天然に発現するタンパク質Xと同等のリン酸化、グリコシル化、ユビキチン化、S-ニトロシル化、メチル化、N-アセチル化、脂質化等の翻訳後修飾を受けている。
【0054】
「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。従って、「単離されたタンパク質X」には、培養対象の細胞や組織から産生され細胞や組織及び培地中に含まれている内在性のタンパク質Xは包含されない。「単離されたタンパク質X」の純度(総タンパク質重量に占めるタンパク質Xの重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。
【0055】
本明細書において、「誘導体」とは、特定の化合物に対して、当該化合物の分子内の一部が、他の官能基または他の原子と置換されることにより生じる化合物群を意図する。本明細書において、タンパク質の「改変体」とは、もとのタンパク質の特性を維持できる範囲でアミノ酸残基の欠失、付加、置換等の変異がされているタンパク質をいう。変異のアミノ酸の数としては、特に制限されないが、1~4、1~3、1~2、又は1個が挙げられる。タンパク質の「改変体」は、もとのタンパク質と少なくとも90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、又は99.5%以上の同一性を示すアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。改変体において変異したアミノ酸は、非天然型であってもよい。「タンパク質の融合体」又は「融合タンパク質」とは、あるタンパク質に同一又は他のタンパク質の全部、あるいは一部の機能に必要なアミノ酸配列を付加したタンパク質をいう。融合タンパク質は遺伝子工学等の手法により人工的に創製されたもの、染色体の転座などにより自然に生成したもののいずれであってもよい。融合タンパク質として例えば、精製及び検出を効率よく実施する為にグルタチオン-S-トランスフェラーゼを付加したGSTタグ融合タンパク質、タンパク質の局在等を明らかにするために蛍光タンパク質を付加したGFP等蛍光タンパク質融合タンパク質、タンパク質の安定性の向上等を目指してIgGのFcドメインを付加したFc融合タンパク質等が挙げられる。
【0056】
本明細書において、「A時間(A日)以降」とはA時間(A日)を含み、A時間(A日)から後のことをいう。「B時間(B日)以内」とは、B時間(B日)を含み、B時間(B日)から前のことをいう。
【0057】
「フィーダー細胞」とは、細胞を培養するときに共存させる当該細胞以外の細胞を指す。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞としては、例えばマウス線維芽細胞(MEF)、ヒト線維芽細胞、SNL細胞等が挙げられる。フィーダー細胞は、増殖抑制処理されていることが好ましい。増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えばマイトマイシンC)処理、γ線照射等が挙げられる。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞は、液性因子(好ましくは未分化維持因子)の分泌、細胞接着用の足場(細胞外基質)の作製により、多能性幹細胞の未分化維持に貢献する。
【0058】
本明細書において、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えばフィーダー細胞を添加していない条件、又はフィーダー細胞を実質的に含まない(例えば全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件が挙げられる。
【0059】
「細胞凝集体」又は「細胞塊」(cell aggregate)とは、細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊をいう。胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)、オルガノイド(Organoid)も細胞凝集体に包含される。細胞凝集体は、好ましくは細胞同士が面接着している。一部の態様において、細胞凝集体の一部分あるいは全部において、細胞同士が細胞接着し、例えば接着結合(adherence junction)を形成している。一部の態様において、細胞凝集体は細胞外基質を含んでいてもよい。一部の態様において、二つ以上の細胞凝集体同士をさらに人工的に接着又は凝集させることもできる。細胞集団同士をさらに接着又は凝集させた塊、及びアセンブロイド(assembloid)も細胞凝集体に含まれる。細胞凝集体の形態は球状に限らず、例えば双球状、数珠状、球の集合体状、紐状・分枝状(Scientific reports, 11:21421 (2021)、特願2021-078154に記載の形状)、シート状等の形態であってもよい。
【0060】
「均一な細胞凝集体」とは、複数の細胞凝集体を培養する際に各細胞凝集体の大きさが一定であることを意味する。細胞凝集体の大きさを最大径の長さで評価する場合、均一な細胞凝集体とは、最大径の長さの分散が小さいことを意味する。より具体的には、複数の細胞凝集体のうち75%以上の細胞凝集体において、その最大径が複数の細胞凝集体の最大径平均値の±100%以内、好ましくは最大径平均値の±50%以内、より好ましくは最大径平均値の±20%以内であることを意味する。
【0061】
「細胞集団」とは、2以上の細胞から構成される細胞群をいう。細胞集団は、一種の細胞から構成されていてもよいし、複数種の細胞から構成されていてもよい。細胞集団を構成する細胞は、培地中に浮遊していてもよいし、培養器材等に接着していてもよい。また、細胞集団を構成する細胞は、単一細胞であってもよいし、細胞集団の少なくとも一部において、細胞同士が細胞接着し、細胞集団を形成していてもよい。ここで「単一細胞」とは、例えば細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった細胞をいう。一部の態様において、単一細胞に分散されるとは、細胞―細胞間結合(例えば接着結合)がほとんどなくなった状態が挙げられる。細胞集団は、細胞凝集体、細胞塊、後述する組織を含んでよい。
【0062】
「組織」とは、形態又は性質が異なる複数種類の細胞が一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をさす。本実施形態の一側面において、上記組織は、細胞凝集体、細胞塊の一種と把握することもできる。
【0063】
「外胚葉」とは生物の初期発生の過程において卵の受精後に形成される3つの胚葉のうち、最も外側に存在する胚葉を表す。外胚葉は発生の進行に従い神経外胚葉と表層外胚葉に分かれ、さらに神経外胚葉は神経管と神経堤に分かれる。これら外胚葉から身体の各種器官が形成され、外胚葉から形成された器官は外胚葉に由来すると称される。例えば神経管からは脳及び脊髄等の中枢神経系の器官又は組織が形成される。例えば神経堤からは一部の中枢神経系細胞、顔面の骨及び軟骨、感覚神経細胞、自律神経細胞、色素細胞、間葉系細胞等が形成される。表層外胚葉からは嗅上皮を含む上気道組織、表皮、内耳、下垂体前葉等が形成される。プラコード及びプラコード由来組織は表層外胚葉に由来する。多能性幹細胞は、外胚葉に分化する過程で、例えばPax3、Otx2、Sox1といった外胚葉マーカーとして知られている遺伝子を発現する。
【0064】
「内胚葉」とは生物の初期発生の過程において卵の受精後に形成される3つの胚葉のうち、最も内側に存在する胚葉を表す。内胚葉からは例えば消化器、尿路、咽頭、気管、気管支、肺が形成される。多能性幹細胞は、内胚葉に分化する過程で、例えばSOX17、HNF-3β/FoxA2、Klf5、GATA4、GATA6、PDX-1といった内胚葉マーカーとして知られている遺伝子を発現する。
【0065】
「中胚葉」とは外胚葉と内胚葉の間に形成される胚葉を表す。中胚葉からは例えば循環器、骨格、筋肉といった器官又は組織が形成される。多能性幹細胞は、中胚葉に分化する過程で、例えばT/Brachury、SMA、ABCA4、Nkx2.5、PDGFRαといった中胚葉マーカーとして知られている遺伝子を発現する。
【0066】
「神経組織」とは、発生期又は成体期の大脳、中脳、小脳、脊髄、網膜、感覚神経、末梢神経等の神経系細胞によって構成される組織を意味する。本明細書において、「神経上皮組織」とは、神経組織が層構造をもつ上皮構造を形成したものを意味する。神経組織中の神経上皮組織は、光学顕微鏡を用いた明視野観察等により存在量を評価することができる。
【0067】
「中枢神経系」とは、神経組織が集積し、情報処理の中心をなす領域を表す。脊椎動物では、脳と脊髄が中枢神経系に含まれる。中枢神経系は外胚葉に由来する。
【0068】
「神経系細胞(Neural cell)」とは、外胚葉由来組織のうち表皮系細胞以外の細胞を表す。すなわち、神経系細胞には、神経系前駆細胞、ニューロン(神経細胞)、グリア細胞、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞、グリア前駆細胞等の細胞を含む。神経系細胞には、後述する網膜組織を構成する細胞(網膜細胞)、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、神経網膜細胞、網膜色素上皮細胞も包含される。神経系細胞は、Nestin、βIIIチューブリン(Tuj1)、PSA-NCAM、N-cadherin等をマーカーとして用いることによって、同定することができる。
【0069】
ニューロンは、神経回路を形成し情報伝達に貢献する機能的な細胞である。ニューロンは、TuJ1、Dcx、HuC/D等の幼若神経細胞マーカー、及び/又は、Map2、NeuN等の成熟神経細胞マーカーの発現を指標に同定することができる。
【0070】
グリア細胞としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミュラーグリア等が挙げられる。アストロサイトのマーカーとしてはGFAPが挙げられる。オリゴデンドロサイトのマーカーとしてはO4が挙げられる。ミュラーグリアのマーカーとしてはCRALBP等が挙げられる。
【0071】
神経幹細胞とは、神経細胞及びグリア細胞への分化能(多分化能)と、多分化能を維持した増殖能(自己複製能ということもある)を有する細胞である。神経幹細胞のマーカーとしてはNestin、Sox2、Musashi、Hesファミリー、CD133等が挙げられる。しかしながら、これらのマーカーは前駆細胞全般のマーカーであり神経幹細胞特異的なマーカーとは考えられていない。神経幹細胞の数は、ニューロスフェアアッセイ、クローナルアッセイ等により評価することができる。
【0072】
ニューロン前駆細胞とは、増殖能をもち、神経細胞を産生し、グリア細胞を産生しない細胞である。ニューロン前駆細胞のマーカーとしては、Tbr2、Tα1等が挙げられる。幼若神経細胞マーカー(TuJ1、Dcx、HuC/D)陽性かつ増殖マーカー(Ki67、pH3、MCM)陽性の細胞を、ニューロン前駆細胞として同定することもできる。グリア前駆細胞とは、増殖能もち、グリア細胞を産生し、神経細胞を産生しない細胞である。
【0073】
神経系前駆細胞(Neural Precursor cell)は、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞を含む前駆細胞の集合体である。神経系前駆細胞は、増殖能とニューロン及びグリア産生能とをもつ。神経系前駆細胞は、Nestin、GLAST、Sox2、Sox1、Musashi、Pax6等をマーカーとして同定することができる。神経系細胞のマーカー陽性かつ増殖マーカー(Ki67、pH3、MCM)陽性の細胞を、神経系前駆細胞として同定することもできる。
【0074】
「非神経上皮組織」とは、上皮構造を有する組織のうち神経上皮組織以外の組織を表す。上皮組織は、外胚葉、中胚葉、内胚葉、栄養外胚葉のいずれの胚葉からも形成される。上皮組織には上皮、中皮、内皮が含まれる。非神経上皮組織に含まれる組織の例としては、表皮、角膜上皮、鼻腔上皮、嗅上皮、口腔上皮、気管上皮、気管支上皮、気道上皮、腎上皮、腎皮質上皮、胎盤上皮等が挙げられる。上皮組織は通常種々の細胞間結合によりつながれており、単層又は重層化した層構造を有する組織を形成する。これらの上皮組織の有無の確認、存在量の定量は、光学顕微鏡による観察又は、上皮細胞マーカーに対する抗体(抗E-Cadherin抗体、抗N-Cadherin抗体、抗EpCAM抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により可能である。
【0075】
本発明において、「上皮細胞極性(Epithelial polarity)」とは上皮細胞内に空間的に形成されている構成成分および細胞機能の分布の偏りを表す。例えば、角膜上皮細胞は眼球の最も外層に局在し、頂端側(apical)では涙液を保持するための膜結合型ムチン(MUC-1、4、16)等の頂端側特異的なタンパク質を発現している。また、角膜上皮細胞は基底側(basal)では基底膜に接着するためのα6インテグリン、β1インテグリン等の基底側特異的なタンパク質を発現している。
【0076】
生体由来の組織中及び本実施形態の製造方法等で作製された細胞集団中において、上皮細胞及び上皮組織に、上皮細胞極性が存在しているかどうかは、Phalloidin、頂端側マーカー(抗MUC-1抗体、抗PKC-zeta抗体等)並びに基底側マーカー(抗α6インテグリン抗体、抗β1インテグリン抗体等)を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0077】
本発明において、「経上皮電気抵抗(TEER:Trans-epithelial electrical resistance)」とは、上皮細胞が形成するタイトジャンクションによって頂端面側と基底膜側との間でイオンの透過が制限されることによって生じる電気抵抗である。経上皮電気抵抗の値は、上皮組織のバリア性能、物質透過性等を反映している。経上皮電気抵抗の値は、例えばcellZscope(セルシード社製)、EVOM、EVOM2(WPI社製)、ミリセル(Millicell) ERS-2 抵抗値測定システム(メルク社製)、及び経上皮電気抵抗(TEER)測定装置(鶴賀電機社製)等の機器と、機器に付属の電極とを用いて計測することができる。経上皮電気抵抗の値は例として、単位面積抵抗:Ω・cmで表される。
【0078】
「プラコード(placode)」とは、主に脊椎動物の発生過程において表皮外胚葉の一部が肥厚して形成される器官の原基を表す。プラコードに由来する組織としては、水晶体、嗅上皮、内耳、三叉神経、下垂体等が挙げられる。プラコードのマーカー及びその前駆組織であるプレプラコード・前プラコード領域(preplacode region)のマーカーとしては、Six1、Six4、Dlx2、Dlx5、Eya2等が挙げられる。
【0079】
「嗅上皮プラコード・嗅プラコード(Olfactory placode)」とは、胚発生の過程で表皮外胚葉の領域に形成される肥厚した構造であって、嗅上皮前駆細胞マーカーを発現し、将来の嗅上皮となる器官の原基を表す。公知の嗅上皮プラコード・嗅プラコードで発現する遺伝子及び嗅上皮前駆細胞マーカーとしては、Pax6、Otx2、FoxG1(別名Bf1)、FoxD4、Sox2、Sox3、Pou2f1、Sp8、Chd7、Aldh1a1、Aldh1a3、Gata3、Dmrt4、N-Cadherin、E-Cadherin、EpCAM、CK18、PDGFRβ等が挙げられる。
【0080】
「呼吸器」とは、体外から酸素を取り入れ、体外へと二酸化炭素を排出する外呼吸に関与する器官、臓器を表す。呼吸器に含まれる器官、臓器の例として、鼻腔、咽頭、喉頭、気管、気管支、肺、胸郭等が挙げられる。呼吸器は解剖学的に上気道と下気道に分けられる。鼻孔、鼻腔、鼻咽腔、咽頭、喉頭は上気道に分類される。気管、気管支、細気管支、肺は下気道に分類される。鼻腔上皮及び嗅上皮は上気道組織の一つである。
【0081】
「鼻腔」とは、上気道組織の一つであり、顔の中心にある外鼻に空いている孔(鼻孔)より奥に存在する空間を表す。鼻腔は鼻孔より始まり、咽頭上部へと繋がっている。鼻腔は主として嗅部と呼ばれる嗅上皮が存在し、大気中のにおい物質を感知する部分、呼吸部と呼ばれる鼻腔上皮に覆われた部分、及び角化扁平重層上皮で覆われた皮膚と同様の性質を有している部分から構成される。
【0082】
「鼻腔上皮」とは鼻腔中にある上皮組織であり、主として後述する嗅上皮以外の領域を表す。鼻腔上皮の機能としては取り込んだ空気を温め、また表面に分泌された粘液と細胞表面の線毛の働きにより異物を除去する働きがある。鼻腔上皮は主として外胚葉性の非神経上皮に由来し、分泌細胞、線毛細胞、クラブ細胞、基底細胞、塩類細胞、神経内分泌細胞、孤立化学感覚上皮細胞等の細胞から構成されている。
【0083】
「口腔上皮」とは、口腔を形成する上皮組織及びその細胞を表す。口腔上皮としては、例えば口腔粘膜上皮、唾液腺上皮、歯原性上皮が挙げられる。口腔粘膜上皮は通常、重層扁平上皮からなる粘膜組織であり、結合組織と接した基底膜上に基底細胞、メルケル細胞、メラニン産生細胞等を含み、その上層に有刺細胞、顆粒細胞、角質層が形成される。口腔粘膜上皮は、例えばサイトケラチン7、8、13、14、19陽性の組織として検出され得る。
【0084】
「分泌細胞」とは呼吸器系の組織において粘液又は漿液の分泌を行う細胞を表す。杯細胞及び腺細胞は分泌細胞に属する。分泌細胞及びその前駆細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、例えばムチン1、ムチン2、ムチン3、ムチン4、ムチン5AC、ムチン5B、FoxA1、FoxA2、FOXA3、Nkx2.1/TTF-1、SPDEF等が挙げられる。また、本発明者らがWO/2022/026238にて見出した分泌細胞にて発現する遺伝子、転写産物及びマーカーとして、CEACAM5、LY6D、ADH1C、MSMB、PSCA、TSPAN1、BPIFB1、FAM3D、SCGB1A1、CYP2F1、ADH7、CRYM、CP、GSTA1、STEAP4、ALDH3A1、FMO3、CXCL8が挙げられる。
【0085】
「線毛細胞」(「線毛上皮細胞」ともいう。)とは、上皮組織を形成する細胞であって、細胞の表面に線毛を有する細胞を表す。線毛細胞は、呼吸器系、脳室、卵管等の上皮組織に存在し、線毛の運動により液体、液性因子、体内に侵入した異物、卵子等を特定の方向へ移送する働きがあることが知られている。線毛細胞及びその前駆細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、FoxJ1、FoxN4、p73、アセチル化チューブリン、β4チューブリン、DNAI1、DNAH5、SNTN等が挙げられる。組織又は細胞をヘマトキシリン・エオジン(HE)染色等を実施した後に顕微鏡で観察し、細胞表面の線毛構造を観察することにより、線毛細胞及びその前駆細胞の存在を確認することができる。例えばJ.Microsc.,211(2003),pp.103-111に記載の方法により、線毛運動周波数:ciliary beating frequency(CBF)の程度を計測することにより、線毛細胞の存在を観測することもできる。
【0086】
「線毛運動」とは、細胞表面にある線毛の動きであり、ヒトを含む哺乳動物の場合、呼吸器系では細菌やウイルスなどの病原体の排除、卵管では卵子の輸送等の機能を有する。線毛運動は通常、有効打と回復打からなる波動運動である。細胞が線毛運動を実施しているかは、例えば高倍率のレンズを用い、顕微鏡により動画を撮影することで検出できる。
【0087】
「クラブ細胞」(「クララ細胞」ともいう。)とは、上皮組織を形成する細胞であって、粘液又は漿液成分の分泌、cytochrome P450による化合物代謝、サイトカインの分泌、免疫機能の制御等の機能を有する細胞を表す。クラブ細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、SCGB1A1、SCGB3A2、CYP2f1、CYP2f2、uroplakin3a、Cldn10、Aox3、Pon1、Cckar等が挙げられる。また、サイトケラチン4、サイトケラチン13を発現し、バリア機能や免疫応答に関与していると考えられる「Hillock(ヒロック)細胞」も、クラブ細胞のサブ集団として含まれる。
【0088】
「基底細胞」は、上皮の基底層に存在する細胞を表す。基底細胞は分裂能を有し、組織幹細胞として生体組織の長期的な維持や傷害の際の修復に寄与する。鼻腔上皮の基底細胞及びその前駆細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、サイトケラチン5、サイトケラチン14、サイトケラチン15、p63、ΔNp63、p75等が挙げられる。
【0089】
塩類細胞(「イオノサイト:ionocyte」ともいう。)は、CFTRを発現し、粘膜粘液の粘稠性を制御する機能を有する細胞を示す。塩類細胞及びその前駆細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、CFTR、Foxi1、液胞型プロトンATPase(vacuolar H+-ATPase、V-ATPase)、Ascl3、Tfcp2l1、DMRT2等が挙げられる。
【0090】
神経内分泌細胞は、ホルモン及びペプチドを分泌し、生体の発生や恒常性を制御する機能を有する細胞を示す。神経内分泌細胞及びその前駆細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Ascl1、NeuroD1、Chromogranin A、Synaptophisin、神経特異エノラーゼ(NSE)、CALCA等が挙げられる。
【0091】
孤立化学感覚上皮細胞は、化学物質の感知と生体防御反応の制御等の機能を有する細胞を示す。タフト(Tuft)細胞、刷毛細胞、微絨毛細胞も同種の細胞を表す。孤立化学感覚上皮細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、ChAT/Trpm5、Pou2f3/Skn-1a、苦味受容体Tas2r、Gnat3、Plcb2、GNG13等が挙げられる。
【0092】
「嗅上皮」とは鼻腔中にある上皮組織であり、生体が匂いの情報を感知する嗅覚器官を表す。嗅上皮は上気道組織に分類される。嗅上皮はプラコードに由来する組織の一つであり、嗅覚受容体を発現し、空気中の揮発性分子を感知する嗅神経細胞、嗅神経細胞を支える支持細胞、嗅上皮の幹細胞及び前駆細胞である基底細胞、及び粘液を分泌するボーマン腺細胞等の細胞から構成されている。嗅上皮は形態的に表層、中間層、基底層に分類され、表層には支持細胞、中間層には嗅神経細胞、基底層には基底細胞が存在する。ボーマン腺は嗅上皮内に分枝管状の胞状腺を形成し、点在している。
【0093】
「嗅上皮の前駆組織」とは嗅上皮プラコードを含む。嗅上皮及び嗅上皮プラコードで発現する遺伝子及びマーカーとしては、上述のプラコード領域及び前プラコード領域のマーカーに加え、Pax6、Otx2、FoxG1(別名Bf1)、Sox2、Pou2f1、Sp8、Chd7、N-Cadherin、E-Cadherin、EpCAM、CK18、PDGFRβ等が挙げられる。また、本発明者らがWO/2022/026238にて見出した嗅上皮の前駆組織にて発現する遺伝子、転写産物及びマーカーとして、HIST1H4C、ZNF367、A2M、MGP、HIST1H1A、HIST1H2BH、NUSAP1、HIST1HIC、MCAM、RGS5、ESCO2、C11orf88、ZMYD10、MELK、HJURP、TOP2A、CEP152、CAV1、HMGB2、CENPW、OR2B11、SLC17A6、GADL1、SCN4B、SMIM35、AC245595.1、LINC00642、GNG13、JAKMIP1、LINGO2、ANO2、C7orf57、NXPH3、STOM、KRT74、NXNL2、SCGB2A1、GABBR2、TMPRSS6、HYDINが挙げられる。
【0094】
「嗅覚系組織」とは、胎児期又は成体の嗅覚系組織、例えば嗅上皮を構成する細胞(例えば嗅神経細胞、支持細胞、基底細胞、ボーマン腺細胞、嗅神経鞘細胞及びこれらの前駆細胞等)、嗅球を構成する細胞、嗅皮質を構成する細胞等が、一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞の存在は、公知の方法、例えば細胞特異的遺伝子の発現の有無、又は発現の程度等により確認できる。
【0095】
「嗅神経細胞」(olfactory receptor neuron:ORN)とは、鼻腔粘膜の嗅上皮中間層にある嗅覚を受容する神経細胞のことを表す。嗅神経細胞は表面の線毛にある嗅覚受容体で空気中の揮発性分子をとらえる。嗅神経細胞は、双極性の感覚細胞である。嗅神経細胞において、末梢側で発現している嗅覚受容体でとらえられた嗅覚情報は、中枢側の嗅糸と呼ばれる神経軸索に伝搬される。嗅糸は数十本ずつ集まって一つの束を形成し、嗅神経はこれらの束すべてを指す。嗅糸は頭蓋骨の篩骨篩板にある篩骨孔を通って脳の嗅球に達し、そこで僧帽細胞等にシナプス結合して、脳内の嗅覚中枢へ嗅覚情報を伝達する。嗅神経細胞及びその前駆細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、環状ヌクレオチド感受性チャンネルα2サブユニット(CNGA2)、環状ヌクレオチド感受性チャンネルα4サブユニット(CNGA4)、環状ヌクレオチド感受性チャンネルβ1bサブユニット、嗅覚特異性Gタンパク質(Golf)アデニル酸シクラーゼ、Olfactory Marker protein(OMP)、NCAM、OCAM(NCAM-2)、Ebf1、Ebf2、Ebf3、NeuroD、PGP9.5、Neuron Specific Enolase(NSE)、Growth Associated Protein 43(GAP-43/B50)、ビメンチン、Lhx2、Id3、β-Tubulin III(Tuj)、Calretinin、TrkB、Ctip2、Uncx及び各種の嗅覚受容体(olfactory receptor:OR)等が挙げられる。また、本発明者らがWO/2022/026238にて見出した嗅神経細胞にて発現する遺伝子、転写産物及びマーカーとして、NHLH1、GNG8、LHX9、OLIG2、TSHZ1、SPOCK2、PCDH8、INSM1、CARTPT、TUBA1A、DOC2B、MDM1、OLIG1、KCNMA1、ARHGDIG、TRIB3、ELAVL4、LINC02384、FNDC5が挙げられる。
【0096】
「支持細胞」(supporting cell/sustentacular cell)とは、嗅上皮の最も頂端面側に存在する多列円柱上皮様の細胞を表す。支持細胞は嗅神経細胞等の他の細胞の機能の発揮、生存や上皮構造の維持等に関わる。嗅上皮の微絨毛細胞(microvillar cell)は支持細胞のサブタイプである。支持細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Notch2、Notch3、Carbonyl reductase 2(Cbr2)、S-100、Ezrin、Reep6、Sox2、Tyro3、CYP2A6、SUS-1、SUS-4、EPAS1等が挙げられる。また、本発明者らがWO/2022/026238にて見出した支持細胞にて発現する遺伝子、転写産物及びマーカーとして、SEC14L3、GPX6、LINC02159、UCN3、ATP13A5、KLKB1、TMEM211、FGF20、CYP2A13、SCARA5、SLC14A1、ERMN、METTL7A、NOS2、B3GNT7、SLC5A8、PPP1R16B、CES1、DUOXA1、SLCO1A2が挙げられる。
【0097】
嗅上皮における「基底細胞」(basal cell)とは、嗅上皮の基底層に存在する細胞を表す。基底細胞は形態的に球状基底細胞(globose basal cell:GBC)と水平基底細胞(horizontal basal cell:HBC)に分けられる。これら二種の細胞のうち、球状基底細胞は恒常的に細胞分裂を生じ、新しい嗅神経細胞を供給する活動中の前駆細胞、幹細胞である。一方で、水平基底細胞は通常では細胞分裂の細胞周期が停止した状態にあり、嗅上皮の大規模な損傷等が生じた際に活性化される休眠状態の幹細胞である。水平基底細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、p63、サイトケラチン5、サイトケラチン14、ICAM-1等が挙げられる。球状基底細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、GAP43、GBC-1、Lgr5、Ascl1、LSD1、SEC8、c-Kit/CD117、Sox2、Hes1、Id、Bmi1等が挙げられる。また、本発明者らがWO/2022/026238にて見出した嗅上皮の基底細胞にて発現する遺伝子、転写産物及びマーカーとして、S100A2、NPPC、ADIRF、POSTN、ATF3、MYC、KRT17、FOSB、MEG3、CXCL14、SULT1E1、CD44、FHL2、FXYD3、TRIM29、CLDN1、SERPINF1、IGF1が挙げられる。
【0098】
「ボーマン腺細胞」(Bowman’s gland cell)とは、ボーマン腺(嗅腺)を構成する細胞を表す。ボーマン腺は嗅上皮に存在する分岐した細い管上の組織であり、嗅上皮を保護する粘液の分泌等の機能を有する。ボーマン腺細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、Sox9、E-Cadherin、Aquaporin5、Ascl3、サイトケラチン18等が挙げられる。
【0099】
「嗅神経鞘細胞」(olfactory ensheating glia:OEG)とは、嗅上皮及び嗅球に存在するグリア細胞の一種を表す。嗅神経鞘細胞はBDNF、NGF等の神経栄養因子を放出し、嗅神経の恒常的な再生に関わる細胞である。嗅神経鞘細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、p75NTR、S100β、Sox10、GFAP、BLBP、Aquaporin1、Integrin α7等が挙げられる。
【0100】
「嗅上皮周縁部」(lateral olfactory epithelium)とは、嗅上皮の周縁の領域であり、嗅上皮以外の非神経上皮と連続している領域を表す。本発明における「嗅上皮内側部」(medial olfactory epithelium)とは、嗅上皮周縁部に囲われた嗅上皮の中心領域を表す。嗅上皮周縁部と嗅上皮内側部では構成している細胞の割合が異なることが知られている(Development,2010,137:2471-2481)。嗅上皮周縁部で発現が高い遺伝子としてPbx1/2/3、Meis1、βIVTubulinが挙げられる。嗅上皮内側部で発現が高い遺伝子としてTuj1、Ascl1、Sox2が挙げられる。
【0101】
「性腺刺激ホルモン放出ホルモン陽性神経細胞」とは、主として中枢神経系の視床下部に存在し、生殖系の器官の制御に関与する性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone:GnRH)を分泌する神経細胞である。性腺刺激ホルモン放出ホルモン陽性神経細胞は、胎生期に嗅上皮で発生したのちに、中枢神経系へと移動する。性腺刺激ホルモン放出ホルモン陽性神経細胞で発現する遺伝子及びマーカーとしては、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone:GnRH)、Pou2f1、Dlx5、Meis1、Pbx1、Pknox1、Zeb1等が挙げられる。
【0102】
「嗅窩:Olfactory Pit」とは、発生中の胚において、嗅上皮プラコードが胚の内側に陥入し形成される嗅覚系組織の基となる組織である。嗅窩は主として将来の嗅上皮を構成する組織、細胞、及び嗅上皮と連続して形成される鼻腔上皮の組織、細胞より構成される。
【0103】
「骨組織」とは、骨を構成する細胞と、リン酸カルシウム、I型コラーゲン等から構成される骨基質を表す。骨を構成する細胞には、骨細胞、破骨細胞、骨芽細胞等が含まれる。
【0104】
本発明において「間葉系細胞」とは、主に中胚葉並びに神経堤に由来し、結合組織を形成する非上皮性の細胞である。これらの細胞のうちの一部は、間葉系幹細胞と呼ばれる複能性を有した体性幹細胞である。本発明の製造方法における第一細胞集団及び第二細胞集団、並びに、本発明の製造方法で製造されるシート状細胞構造体中に間葉系細胞が含まれるかどうかは、Nestin、Vimentin、Cadherin-11、Laminin、CD44といった間葉系細胞マーカーに対する抗体を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。間葉系幹細胞が含まれるかどうかは、CD9、CD13、CD29、CD44、CD55、CD59、CD73、CD105、CD140b、CD166、VCAM-1、STRO-1、c-Kit、Sca-1、Nucleostemin、CDCP1、BMPR2、BMPR1A及びBPMR1Bといった間葉系幹細胞マーカーに対する抗体を用いた免疫組織化学等の手法により検出することができる。
【0105】
本発明において、「ニッチ」、又は「幹細胞ニッチ」とは幹細胞の増殖、分化、性質の維持等に関わる微小環境をいう。生体におけるニッチの例としては、造血幹細胞ニッチ、毛包幹細胞ニッチ、腸管上皮幹細胞ニッチ、筋幹細胞ニッチ、下垂体ニッチ、基底細胞ニッチなどが挙げられる。これらのニッチにおいては、それぞれの組織特有の幹細胞とニッチを提供する支持細胞とが存在する。また、支持細胞が提供するサイトカイン、ケモカイン、細胞外マトリックス、細胞接着因子、細胞間シグナル伝達因子等により幹細胞が維持されている。
【0106】
「受容体タンパク質」とは、細胞膜、細胞質又は核内にあるタンパク質であり、ホルモン、サイトカイン、細胞増殖因子、化合物等の物質と結合し、各種の細胞の反応を惹起するタンパク質を表す。
【0107】
「嗅覚受容体」とは、嗅神経細胞及びその他の細胞で発現し、化合物等の感知に関わる受容体タンパク質を表す。
【0108】
「病原体」とは、宿主となる生物に病気を起こす性質を有するものをいう。ウイルス、真正細菌、菌類、原生動物、寄生虫、異常プリオンタンパク質等のタンパク質、核酸等が病原体として扱われる。
【0109】
「ウイルス受容体」とは、ウイルスが細胞、組織に感染する際に結合する宿主側の因子である。ウイルス受容体は通常、タンパク質又は糖鎖である。例えば、アンジオテンシン変換酵素2(Angiotensin-converting enzyme 2:ACE2)はSARS-CoV-2のウイルス受容体であり、SARS-CoV-2のSpikeタンパク質と結合することが報告されている。シアル酸α2,6Galは、ヒト季節性インフルエンザウイルス(H1N1、H3N2等)の受容体であることが報告されている。シアル酸α2,3Galは、トリインフルエンザウイルス(H5N1など)の受容体であることが報告されている。その他のウイルス受容体は、例えばNature reviews Molecular cell biology 4.1(2003):57-68等に記載されている。
【0110】
「ウイルス感染関連因子」とは、ウイルスが細胞及び組織に感染する際に影響する宿主側の因子を表す。例えば、TMPRSS2はタンパク質分解酵素の一種であり、細胞への感染の際にSARS-CoV-2のタンパク質を開裂し、活性型へと変換することが報告されている。
【0111】
「パターン認識受容体(PRRs)」とは、病原体などの異物を認識する機能をもつ受容体を表す。パターン認識受容体としてはレクチン、補体、膜受容体、細胞質タンパク質等が挙げられる。パターン認識受容体は病原体特有の分子パターン(pathogen-associated molecular patterns;PAMPs)を認識し、機能を発揮する。病原体特有の分子パターンとしては、核酸(DNA、RNA)、糖鎖、タンパク質等が挙げられ、パターン認識受容体は各々固有の標的と結合する。
【0112】
「サイトカイン」とは、生体が細胞間情報伝達に用いる一群のタンパク質を表す。サイトカインには例えばケモカイン、増殖因子、造血因子、インターフェロン、インターロイキン、腫瘍壊死因子等が含まれる。
【0113】
「免疫」とは、病原体及びウイルスなどの非自己物質、がん細胞等の自己由来であっても異常を有し有害な細胞、及び異物等を認識し、排除する又は無害化するための生体が有するシステムである。「免疫応答」とは、免疫が機能する際に免疫系の組織及び細胞が示す生理的反応である。
【0114】
「ウイルスの分離」とは、ウイルスの存在が予想される検体中に存在する特定のウイルスを増殖、同定することである。検体としては例えば、ヒトを含む動物、及び植物その他生物の組織、排泄物、及び分泌物等、並びに、環境中の試料が挙げられる。ウイルスの分離には、対象となるウイルスの種類、特性に応じ、培養細胞、動物等が用いられる。
【0115】
[2.上気道細胞を含むシート状細胞構造物の製造方法]
本発明は、上気道細胞を含むシート状細胞構造物の製造方法を提供する。
本発明の一態様は、
上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造方法であって、
(1)嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団を分散し、単一細胞を得る工程(1)、
(2)前記工程(1)で得られた前記単一細胞を精製し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を得る工程(2)であって、前記第二細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合が、前記第一細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合より高い、工程(2)、並びに、
(3)前記工程(2)で得られた前記第二細胞集団を培養器材上に播種し、前記第二細胞集団を培養し、前記シート状細胞構造体を得る工程(3)、
を含む。
【0116】
工程(1)における前記第一細胞集団は、
(a)Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で多能性幹細胞を培養する工程(a)、
(b)BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で、前記工程(a)で培養した細胞を培養する工程(b)、並びに、
(c)FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記工程(b)で培養した細胞を培養し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む前記第一細胞集団を製造する工程(c)、
を含む方法によって製造されることが好ましい。
【0117】
すなわち、上気道細胞を含むシート状細胞構造物の製造方法の好ましい他の一態様は、
上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造方法であって、
(a)Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で多能性幹細胞を培養する工程(a)、
(b)BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で、前記工程(a)で培養した細胞を培養する工程(b)、並びに、
(c)FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記工程(b)で培養した細胞を培養し、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団を製造する工程(c)、
(1)前記第一細胞集団を分散し、単一細胞を得る工程(1)、
(2)前記工程(1)で得られた前記単一細胞を精製し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を得る工程(2)であって、前記第二細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合が、前記第一細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合より高い、工程(2)、並びに、
(3)前記工程(2)で得られた前記第二細胞集団を培養器材上に播種し、前記第二細胞集団を培養し、前記シート状細胞構造体を得る工程(3)、
を含む。以下、第一細胞集団を製造する方法(工程(i)、工程(a)~工程(c))について説明した後に、前記第一細胞集団からシート状細胞構造物を製造する方法(工程(1)~工程(3))について説明する。
【0118】
<2-1.第一細胞集団を製造する方法>
<工程(i)>
工程(a)~工程(c)を説明するに先立って、多能性幹細胞の未分化維持培養である工程(i)について、説明する。
本実施形態に係る製造方法において、
後述する工程(a)の前に、多能性幹細胞をフィーダー細胞非存在下で、
を含む培地で培養する工程(i)を含んでもよい。
【0119】
多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル(Shh)伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で培養してから、工程(i)を開始することにより、多能性幹細胞の状態が変わり、分化しやすく、細胞死が生じにくく、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞集団(第一細胞集団)の製造効率が向上する。
【0120】
多能性幹細胞より製造された嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞集団は、国際公開第2020/039732号及び国際公開第2022/026238号の実施例に記載の方法によっても製造することができる。
【0121】
本実施形態において、多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞である。人工多能性幹細胞は、所定の機関より入手でき、市販品を購入することもできる。例えばヒト人工多能性幹細胞株201B7株は、京都大学より入手できる。HC-6 #10株、1231A3株及び1383D2株は国立研究開発法人理化学研究所より入手できる。hiPS β-actin GFP株はメルク社から入手できる。
【0122】
TGFβファミリーシグナル伝達経路(すなわちTGFβスーパーファミリーシグナル伝達経路)とは、形質転換増殖因子β(TGFβ)、Nodal/Activin、又はBMP等をリガンドとし、細胞内でSmadファミリーの物質により伝達されるシグナル伝達経路である。
【0123】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーの物質により伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβシグナル伝達経路阻害物質が好ましい。
【0124】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えばTGFβに直接作用する物質(例えばタンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、TGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えばTGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Leftyが挙げられる。
【0125】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができる。具体的には、SB431542(「SB431」と略記する場合がある。)(4-[4-(3,4-Methylenedioxyphenyl)-5-(2-pyridyl)-1H-imidazol-2-yl]benzamide)、SB505124(2-[4-(1,3-Benzodioxol-5-yl)-2-(1,1-dimethylethyl)-1H-imidazol-5-yl]-6-methylpyridine)、SB525334(6-[2-(1,1-Dimethylethyl)-5-(6-methyl-2-pyridinyl)-1H-imidazol-4-yl]quinoxaline)、LY2157299(4-[5,6-Dihydro-2-(6-methyl-2-pyridinyl)-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazol-3-yl]-6-quinolinecarboxamide)、LY2109761(4-[5,6-dihydro-2-(2-pyridinyl)-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazol-3-yl]-7-[2-(4-morpholinyl)ethoxy]-quinoline)、GW788388(4-{4-[3-(Pyridin-2-yl)-1H-pyrazol-4-yl]-pyridin-2-yl}-N-(tetrahydro-2H-pyran-4-yl)benzamide)、LY364947(4-[3-(2-Pyridinyl)-1H-pyrazol-4-yl]quinoline)、SD-208(2-(5-Chloro-2-fluorophenyl)pteridin-4-yl)pyridin-4-yl amine)、EW-7197(N-(2-fluorophenyl)-5-(6-methyl-2-pyridinyl)-4-[1,2,4]triazolo[1,5-a]pyridin-6-yl-1H-Imidazole-2-methanamine)、A83-01(3-(6-Methylpyridin-2-yl)-4-(4-quinolyl)-1-phenylthiocarbamoyl-1H-pyrazole)、RepSox(2-[5-(6-Methylpyridin-2-yl)-1H-pyrazol-4-yl]-1,5-naphthyridine)、SM16(4-[4-(1,3-Benzodioxol-5-yl)-5-(6-methyl-2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]bicyclo[2.2.2]octane-1-carboxamide)、R268712(4-[2-Fluoro-5-[3-(6-methyl-2-pyridinyl)-1H-pyrazol-4-yl]phenyl]-1H-pyrazole-1-ethanol)、IN1130(3-[[5-(6-Methyl-2-pyridinyl)-4-(6-quinoxalinyl)-1H-imidazol-2-yl]methyl]benzamide)、Galunisertib(4-[5,6-Dihydro-2-(6-methyl-2-pyridinyl)-4H-pyrrolo[1,2-b]pyrazol-3-yl]-6-quinolinecarboxamide)、AZ12799734(4-({4-[(2,6-dimethylpyridin-3-yl)oxy]pyridin-2-yl}amino)benzenesulfonamide)、A77-01(4-[3-(6-Methylpyridin-2-yl)-1H-pyrazol-4-yl]quinoline)、KRCA 0008(1,1-[(5-Chloro-2,4-pyrimidinediyl)bis[imino(3-methoxy-4,1-phenylene)-4,1-piperazinediyl]]bisethanone)、GSK 1838705(2-[[2-[[1-[(Dimethylamino)ethanoyl]-5-(methyloxy)-2,3-dihydro-1H-indol-6-yl]amino]-7H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidin-4-yl]amino]-6-fluoro-N-methylbenzamide)、Crizotinib(3-[(1R)-1-(2,6-Dichloro-3-fluorophenyl)ethoxy]-5-[1-(piperidin-4-yl)-1H-pyrazol-4-yl]-2-aminopyridine)、Ceritinib(5-Chloro-N2-[2-isopropoxy-5-methyl-4-(4-piperidyl)phenyl]-N4-(2-isopropylsulfonylphenyl)pyrimidine-2,4-diamine)、ASP 3026(N2-[2-Methoxy-4-[4-(4-methyl-1-piperazinyl)-1-piperidinyl]phenyl]-N4-[2-[(1-methylethyl)sulfone)、TAE684(5-Chloro-N2-[2-methoxy-4-[4-(4-methyl-1-piperazinyl)-1-piperidinyl]phenyl]-N4-[2-[(1-methylethyl)sulfonyl]phenyl]-2,4-pyrimidinediamine)、AZD3463(N-[4-(4-Amino-1-piperidinyl)-2-methoxyphenyl]-5-chloro-4-(1H-indol-3-yl)-2-pyrimidinamine)、TP0427736(6-[4-(4-methyl-1,3-thiazol-2-yl)-1H-imidazol-5-yl]-1,3-benzothiazole)、TGFBR1-IN-1(5-(1,3-benzothiazol-6-yl)-N-(4-hydroxyphenyl)-1-(6-methylpyridin-2-yl)pyrazole-3-carboxamide)、TEW-7197(2-fluoro-N-[[5-(6-methylpyridin-2-yl)-4-([1,2,4]triazolo[1,5-a]pyridin-6-yl)-1H-imidazol-2-yl]methyl]aniline)、LY3200882(2-[4-[[4-[1-cyclopropyl-3-(oxan-4-yl)pyrazol-4-yl]oxypyridin-2-yl]amino]pyridin-2-yl]propan-2-ol)、BIBF-0775((3Z)-N-Ethyl-2,3-dihydro-N-methyl-2-oxo-3-[phenyl[[4-(1-piperidinylmethyl)phenyl]amino]methylene]-1H-indole-6-carboxamide等のAlk5/TGFβR1阻害剤、SIS3(1-(3,4-dihydro-6,7-dimethoxy-2(1H)-isoquinolinyl)-3-(1-methyl-2-phenyl-1H-pyrrolo[2,3-b]pyridin-3-yl)-2-propen-1-one)等のSMAD3阻害剤、ITD-1(4-[1,1’-Biphenyl]-4-yl-1,4,5,6,7,8-hexahydro-2,7,7-trimethyl-5-oxo-3-quinolinecarboxylic acid ethyl ester)等の受容体分解促進剤及びこれら化合物の誘導体等が挙げられる。これらの物質は単独で又は組み合わせて用いてもよい。SB431542は、TGFβ受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤(すなわちTGFβR阻害剤)として公知の化合物である。SIS3は、TGFβ受容体の制御下にある細胞内シグナル伝達因子であるSMAD3のリン酸化を阻害するTGFβシグナル伝達経路阻害物質である。ITD-1は、TGF-β type II receptorのプロテアソーム分解促進剤である。上記の化合物等がTGFβシグナル伝達経路阻害物質としての活性を有することは当業者にとって公知である(例えばExpert opinion on investigational drugs, 2010, 19.1: 77-91.等に記載されている)。
【0126】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはAlk5/TGFβR1阻害剤を含む。Alk5/TGFβR1阻害剤は、好ましくはSB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01、RepSox、SM16、R268712、IN1130、Galunisertib、AZ12799734、A77-01、KRCA 0008、GSK 1838705、Crizotinib、Ceritinib、ASP 3026、TAE684、AZD3463、TP0427736からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはSB431542、RepSox又はA83-01を含む。
【0127】
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で用いる物質に応じて適宜設定することが可能である。工程(a)におけるTGFβ伝達経路阻害物質としてSB431542を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約100μM、より好ましくは約10nM~約50μM、さらに好ましくは約100nM~約50μM、特に好ましくは約1μM~約10μMの濃度で使用される。また、SB431542以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のSB431542と同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。なお、SB431542等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性は、当業者に周知の方法、例えばSmadのリン酸化をウエスタンブロッティング法で検出することで決定できる(Mol Cancer Ther.(2004) 3,737-45.等)。
【0128】
Shh伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えばHedgehogファミリーに属するタンパク質(例えばShh、Ihh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Smoアゴニスト、Purmorphamine(9-cyclohexyl-N-[4-(morpholinyl)phenyl]-2-(1-naphthalenyloxy)-9H-purin-6-amine)、GSA-10(Propyl 4-(1-hexyl-4-hydroxy-2-oxo-1,2-dihydroquinoline-3-carboxamido)benzoate)、Hh-Ag1.5、20(S)-Hydroxycholesterol、SAG(Smoothened Agonist:N-Methyl-N’-(3-pyridinylbenzyl)-N’-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane)、20(S)-hydroxy Cholesterol(3S,8S,9S,10R,13S,14S,17S)-17-[(2R)-2-hydroxy-6-methylheptan-2-yl]-10,13-dimethyl-2,3,4,7,8,9,11,12,14,15,16,17-dodecahydro-1H-cyclopenta[a]phenanthren-3-ol)等が挙げられる。これらの物質は単独で又は組み合わせて用いてもよい。上記の化合物等がShh伝達経路作用物質としての活性を有することは当業者にとって公知である(例えばMolecular BioSystems, 2010, 6.1: 44-54.に記載されている。)。
【0129】
Shhシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSAG、Purmorphamine、GSA-10からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはSAGを含む。培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で用いる物質に応じて適宜設定することが可能である。SAGは、工程(i)においては通常約1nM~約2000nM、好ましくは約10nM~約1000nM、より好ましくは約10nM~約700nM、さらに好ましくは約50nM~約700nM、特に好ましくは約100nM~約600nM、最も好ましくは約100nM~約500nMの濃度で使用される。また、SAG以外のShhシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。Shh伝達促進活性は、当業者に周知の方法、例えばGli1遺伝子の発現に着目したレポータージーンアッセイにて決定することができる(Oncogene(2007)26,5163-5168等)。
【0130】
本発明において、FGFシグナル伝達経路とは、線維芽細胞増殖因子(FGF)ファミリーに属するシグナリング分子により惹起される生理的反応を伝達するシグナル伝達経路を表す。FGFシグナル伝達経路は、FGFファミリー分子がFGF受容体へ結合し、その下流の細胞内シグナル伝達経路を活性化させるFGF受容体依存的な経路、及びFGFファミリー分子がFGF受容体と結合せずに生理的反応を惹起するFGF受容体非依存的な経路のいずれも含む。
【0131】
FGFシグナル伝達経路阻害物質としてはFGFにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、FGFと直接結合してトラップする物質、FGF受容体のキナーゼ活性を阻害する物質、FGF受容体の分解を誘導する物質、FGFによって活性化される細胞内シグナル伝達を阻害する物質、FGF刺激によって誘導される遺伝子発現を抑制する物質等が挙げられる。上記のような作用を有する物質としては、例えば抗FGF抗体、GP369(抗FGFR2抗体)、SU5402(3-[4-Methyl-2-[(2-oxo-1H-indol-3-ylidene)methyl]-1H-pyrrol-3-yl]propanoic acid)、BGJ398(3-(2,6-Dichloro-3,5-dimethoxyphenyl)-1-[6-[[4-(4-ethylpiperazin-1-yl)phenyl]amino]pyrimidin-4-yl]-1-methylurea)、PD173074(1-(Tert-Butyl)-3-(2-((4-(diethylamino)butyl)amino)-6-(3,5-dimethoxyphenyl)pyrido[2,3-d]pyrimidin-7-yl)urea)、AZD4547(rel-N-[5-[2-(3,5-Dimethoxyphenyl)ethyl]-1H-pyrazol-3-yl]-4-[(3R,5S)-3,5-dimethyl-1-piperazinyl]benzamide)、Erdafitinib(N-(3,5-dimethoxyphenyl)-N-(1-methylethyl)-N-[3-(1-methyl-1H-pyrazol-4-yl)quinoxalin-6-yl]ethane-1,2-diamine)、BYL719((2S)-N1-[4-Methyl-5-[2-(2,2,2-trifluoro-1,1-dimethylethyl)-4-pyridinyl]-2-thiazolyl]-1,2-pyrrolidinedicarboxamide)、GSK2636771(2-Methyl-1-[[2-Methyl-3-(trifluoroMethyl)phenyl]Methyl]-6-(4-Morpholinyl)-1H-benziMidazole-4-carboxylic acid)、Taselisib(2-Methyl-2-[4-[2-(5-Methyl-2-propan-2-yl-1,2,4-triazol-3-yl)-5,6-dihydroiMidazo[1,2-d][1,4]benzoxazepin-9-yl]pyrazol-1-yl]propanaMide)、Capivasertib(4-Amino-N-[(1S)-1-(4-chlorophenyl)-3-hydroxypropyl]-1-(7H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidin-4-yl)-4-piperidinecarboxamide)、Sapanisertib(2-(((1R,4R)-4-((((4-chlorophenyl)(phenyl)carbamoyl)oxy)methyl)cyclohexyl)methoxy)acetic acid)、Dabrafenib(N-[3-[5-(2-Amino-4-pyrimidinyl)-2-(tert-butyl)-4-thiazolyl]-2-fluorophenyl]-2,6-difluorobenzenesulfonamide)、Binimetinib(5-[(4-Bromo-2-fluorophenyl)amino]-4-fluoro-N-(2-hydroxyethoxy)-1-methyl-1H-benzimidazole-6-carboxamide)、Trametinib(N-[3-[3-Cyclopropyl-5-[(2-fluoro-4-iodophenyl)amino]-3,4,6,7-tetrahydro-6,8-dimethyl-2,4,7-trioxopyrido[4,3-d]pyrimidin-1(2H)-yl]phenyl]acetamide)、DGY-09-192及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0132】
工程(i)において用いられるFGFシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)1から4のいずれかに対する阻害活性を有する物質であり、さらに好ましくは線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)に対する阻害活性を有する物質である。より好ましくは線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)の受容体チロシンキナーゼ阻害物質である。線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)の受容体チロシンキナーゼ阻害活性は、例えばOncotarget. 2014; 5:4543-4553に記載のセルフリーキャリパーモビリティーシフトアッセイ及びATP競合阻害アッセイ等の手法により測定可能である。線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)に対する阻害活性を有する物質としては、好ましくはPD173074、Ponatinib、Sulfatinib、ON123300、SU5402、Lenvatinib、Danusertib、PD-166866、Brivanib、Sorafenib、SSR128129E及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはPD173074を含む。PD173074は、工程(i)においては通常約1nM~約2000nM、好ましくは約10nM~約1000nM、より好ましくは約10nM~約700nM、さらに好ましくは約20nM~約700nM、特に好ましくは約30nM~約500nM、最も好ましくは約50nM~約300nMの濃度で使用される。また、PD173074以外のFGFシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のPD173074と同等のFGFシグナル伝達経路阻害活性又は線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)の受容体チロシンキナーゼ阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。FGFシグナル伝達経路阻害活性は、当業者に周知の方法、線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)の受容体チロシンキナーゼ阻害活性は、例えばOncotarget. 2014; 5:4543-4553.に記載のセルフリーキャリパーモビリティーシフトアッセイ及びATP競合阻害アッセイ等の手法により測定可能である。
【0133】
工程(i)において用いられる培地は、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定されない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、プライムド多能性幹細胞(primed pluripotent stem cells)(例えばヒトES細胞、ヒトiPS細胞)の場合、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えばbFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。ヒト多能性幹細胞(例えばヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、工程(i)の培地においてFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない場合は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。あるいは、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含まず、bFGFを含む培地で一定期間培養し、その後FGFシグナル伝達経路阻害物質を含み、bFGFを含まない培地に変更してもよい。
【0134】
未分化維持因子は、通常哺乳動物の未分化維持因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。未分化維持因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよい。未分化維持因子は、好ましくは培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子である。例えばヒト多能性幹細胞の培養には、ヒト未分化維持因子(例えばbFGF、FGF4、FGF8、EGF、BMP、Nodal、ActivinA、ActivinB、TGFβ1、TGFβ2等)が用いられる。未分化維持因子は、好ましくは単離されている。オルガノイドを含む立体組織への効率の良い分化能を維持する多能性幹細胞の培養条件、及び添加する未分化維持因子の態様として、例えばStem Cell Reports Vol. 17 1-19 October 11, 2022に記載のBMP4、TGFβ1、ActivinA、Nodal、TGFβ3を同時に添加する組み合わせもまた好ましい。
【0135】
未分化維持因子は、培養対象である多能性幹細胞の未分化維持能を有する限り、いずれの宿主によって生産されたもの又は人工合成されたものを用いることができる。本発明に用いる未分化維持因子は、生体内で生じるものと同様の修飾を受けたものが好ましく、培養対象である多能性幹細胞と同種の細胞において異種成分を含まない条件下で産生されたものがさらに好ましい。
【0136】
本発明に係る製造方法の一態様は、単離された未分化維持因子を提供する工程を含む。本発明に係る製造方法の一態様は、工程(i)に用いる培地中へ、単離された未分化維持因子を外来的(又は外因的)に添加する工程を含む。工程(i)に用いる培地に予め未分化維持因子が添加されていてもよい。
【0137】
工程(i)において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば適宜設定することができる。例えばフィーダー細胞非存在下で未分化維持因子としてbFGFを用いる場合、その濃度は、通常約4ng/mL~約500ng/mL、好ましくは約10ng/mL~約200ng/mL、より好ましくは約30ng/mL~約150ng/mLである。未分化維持因子としてBMP4、TGFβ1、ActivinA、Nodal、TGFβ3を同時に添加する場合、その濃度は、通常BMP4が約0.01ng/mL~約5ng/mLであり、TGFβ1が約0.01ng/mL~約5ng/mLであり、ActivinAが約0.1ng/mL~約100ng/mLであり、Nodalが約10ng/mL~約500ng/mLであり、TGFβ3が約0.1ng/mL~約50ng/mLである。
【0138】
工程(i)は、フィーダー細胞非存在下で実施する。工程(i)における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養のいずれの条件で行われてもよいが、好ましくは接着培養により行われる。フィーダー細胞非存在下での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場であるマトリクスにより表面をコーティングした培養器材中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0139】
足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol.28,611-615(2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3,1236(2012))、基底膜標品(Nat Biotechnol 19,971-974(2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。マトリクスは、好ましくはラミニン511が用いられる(Nat Biotechnol 28,611-615(2010))。
【0140】
ラミニン断片は、多能性幹細胞への接着性を有しており、フィーダーフリー条件での多能性幹細胞の維持培養を可能とするものであれば特に限定されないが、好ましくはE8フラグメントである。ラミニンE8フラグメントは、ラミニン511をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J.,3:1463-1468,1984、J. Cell Biol.,105:589-598,1987)。ラミニン断片としては、好ましくはラミニン511のE8フラグメントが用いられる(Nat. Commun. 3,1236(2012)、Scientific Reports 4,3549(2014))。ラミニンE8フラグメントは、ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、組換え体であってもよい。遺伝子組換え動物(カイコ等)に産生させたものであってもよい。未同定成分の混入を回避する観点から、好ましくは組換え体のラミニン断片が用いられる。ラミニン511のE8フラグメントは市販されており、例えばニッピ株式会社等から購入可能である。
【0141】
未同定成分の混入を回避する観点から、本発明において用いられるラミニン又はラミニン断片は、単離されていることが好ましい。工程(i)におけるフィーダー細胞非存在下での多能性幹細胞の培養においては、好ましくは単離されたラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントによって、より好ましくはラミニン511のE8フラグメントによって表面をコーティングした培養器材中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0142】
工程(i)において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されない。フィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium(64mg/l)、sodium selenium(14μg/1)、insulin(19.4mg/l)、NaHCO(543mg/l)、transferrin(10.7mg/l)、bFGF(100ng/mL)、及びTGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2ng/mL)又はNodal(100ng/mL))を含む(Nature Methods,8,424-429(2011))。市販のフィーダーフリー培地としては、例えばEssential 8(Thermo Fisher Scientific社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル株式会社製)、StemFlex Medium、StemPro(Thermo Fisher Scientific社製)、hESF9、mTeSR1(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2(STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR Plus(STEMCELL Technologies社製)、StemFit(味の素株式会社製)、ReproMed iPSC Medium(リプロセル社製)、NutriStem XF(Biological Industries社製)、NutriStem V9(Biological Industries社製)、Cellartis DEF-CS Xeno-Free Culture Medium(タカラバイオ社製)、Stem-Partner SF(極東製薬社製)、PluriSTEM Human ES/iPS Cell Medium(メルク社製)、StemSure hPSC MediumΔ(富士フイルム和光純薬社製)、ciKIC iPS medium(関東化学株式会社製)、StemMACS iPS-Brew XF, human(ミルテニーバイオテック社製)、ExCellerate iPSC Expansion Medium, Animal Component-Free(R&D Systems社製)、STEMium Human Pluripotent Stem Cell Growth Medium(Clini Sciences社製)、CELRENA Medium (細胞科学研究所社製)、hPSC Growth Medium DXF(プロモセル社製)、PSGro hESC / iPSC Medium(システムバイオサイエンス社製)等が挙げられる。工程(i)ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することができる。StemFit培地は未分化維持成分としてbFGFを含有する(Scientific Reports(2014)4,3594)。
【0143】
工程(i)における多能性幹細胞は、プライム状態(Primed state)及びナイーブ様状態(Naive-like state)のいずれであってもよいが、好ましくはプライム状態である。ナイーブ様状態の多能性幹細胞は、プライム状態の多能性幹細胞を例えばCell, 2014, 158.6: 1254-1269.に記載の方法等、あるいは市販のReproNaive(リプロセル社製)、NaiveCult Induction Kit(STEMCELL Technologies社製)、RSeT Medium(STEMCELL Technologies社製)AlphaSTEM Culture System(ミネルバ バイオテクノロジー社製)等の培地で処理、培養することにより得ることができる。
【0144】
工程(i)において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよい。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、工程(i)において用いられる培地は、好ましくは無血清培地である。培地は、血清代替物を含んでいてもよい。
【0145】
工程(i)における多能性幹細胞の培養時間は、続く工程(a)において形成され得る細胞凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~72時間、さらに好ましくは12~60時間、特に好ましくは18~54時間であり、例えば48時間である。すなわち、工程(a)開始の0.5~144時間前、好ましくは18~54時間前に工程(i)を開始し、工程(i)を完了した後引き続き工程(a)が行われる。工程(i)の実施の好ましい一態様として、例えば工程(a)開始の54~42時間前にFGFシグナル伝達経路阻害物質を添加し、工程(a)開始の30~18時間前にTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質を添加する。
【0146】
工程(i)の好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、接着培養する。当該接着培養は、好ましくはラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした培養器材中で実施される。当該接着培養は、好ましくはフィーダーフリー培地としてStemFitを用いて実施される。
【0147】
工程(i)の好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、浮遊培養する。当該浮遊培養では、ヒト多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞の凝集体を形成してもよい。
【0148】
工程(i)及び後述する工程において、培養温度、CO濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃であってもよく、好ましくは約37℃である。CO濃度は、例えば約1%から約10%であってもよく、好ましくは約5%である。
【0149】
本発明に係る製造方法に用いる多能性幹細胞の調製、並びに、工程(i)及び以降の工程において、作業者間の手技の差による影響を排し、作業者に由来する異物等の混入を防止し、製造品質を安定させ、生産量を増大させる観点から、自動培養装置、自動培養ロボット、ラボオートメーション機器を用いることもまた好ましい。本発明の実施に用いることができる上記機器としては、例えば自動培養装置(パナソニック社製、川崎重工業社製、日立製作所社製、iACE2(ACC-200))、及びSLAS TECHNOLOGY: Translating Life Sciences Innovation,2020,2472630320972109に記載のロボット(ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社製、LabDroid)等が挙げられるが、これらに限定されない。上記機器を用いた本発明の実施にあたり、当業者であれば本発明に記載の製造方法及び工程を、使用する機器向けに調節又は変更することができる。
【0150】
本発明に係る製造方法に用いる多能性幹細胞の調製、並びに、工程(i)及び以降の工程において、製造品質を管理し安定させる観点から、製造物の中間評価を実施することもまた好ましい。上記中間評価は、製造中の細胞塊の一部を消費して実施する抜き取り検査、及び非侵襲的検査のいずれであってもよいが、好ましくは非侵襲的検査である。非侵襲的検査としては、例えば顕微鏡による光学観察、光干渉断層計(Optical Coherence Tomography:OCT)による測定、培地交換時に回収した培地中に含まれる代謝物、核酸、分泌タンパク質の定量等の手法が挙げられる。顕微鏡による光学観察の一態様としては、例えば国際公開第2017/090741号に記載の方法等を用いて、細胞塊の表面に形成された上皮構造、上気道組織、鼻腔上皮、嗅上皮等を光学的に観察及び検出し、数値化して評価することが挙げられる。上記光学観察の評価基準は、例えば当業者による目視の判断、又は撮影した画像の機械学習によるモデル構築等の手法により適宜設定することができる。評価基準としては、例えば細胞塊の表面が上皮に覆われている面積の割合、表面の上皮の厚さ、表面の上皮の割合、細胞塊の周囲における死細胞又はデブリの量等が使用され得る。光干渉断層計を用いた評価手法としては、例えばCell3iMager Estier(SCREENホールディングス社製)を用いて断層画像、3Dイメージ等を取得し、細胞塊の断層面積、体積、真球度、面粗度、内部空洞体積、表面の上皮の厚さ等を定量することにより実施することができる。回収した培地を用いた解析としては、例えばエクソソーム解析、メタボロミクス解析等が実施可能である。
【0151】
<工程(a)>
工程(a)では、Wntシグナル伝達経路阻害物質の存在下で多能性幹細胞を培養する。
【0152】
Wntシグナル伝達経路とは、Wntファミリー・タンパク質をリガンドとし、主としてFrizzledを受容体とするシグナル伝達経路である。当該シグナル経路としては、古典的Wnt経路(canonical Wnt pathway)、非古典的Wnt経路(non-canonical Wnt pathway)等が挙げられる。古典的Wnt経路は、β-cateninによって伝達される。非古典的Wnt経路としては、planar cell polarity(PCP)経路、Wnt/JNK経路、Wnt/Calcium経路、Wnt-RAP1経路、Wnt-Ror2経路、Wnt-PKA経路、Wnt-GSK3MT経路、Wnt-aPKC経路、Wnt-RYK経路、Wnt-mTOR経路等が挙げられる。非古典的Wnt経路では、Wnt以外の他のシグナル伝達経路でも活性化される共通のシグナル伝達因子が存在するが、本発明ではそれらの因子もWntシグナル伝達経路の構成因子とし、それらの因子に対する阻害物質もWntシグナル伝達経路阻害物質に含まれる。
【0153】
Wntシグナル伝達経路阻害物質は、Wntファミリー・タンパク質により惹起されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り限定されない。当該阻害物質は、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該阻害物質として例えばWntのプロセシングと細胞外への分泌を阻害する物質、Wntに直接作用する物質(例えばタンパク質、抗体、アプタマー等)、Wntをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。本実施形態において、Wntシグナル伝達経路阻害物質は、1)非古典的Wnt経路に対する阻害活性、2)Wntファミリータンパク質の細胞外分泌の阻害活性、3)Porcupineに対する阻害活性、4)RORに対する阻害活性からなる群より選ばれる少なくとも1つの活性を有することが好ましい。
【0154】
Wntシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、secreted Frizzled Related Protein(sFRP)クラスに属するタンパク質(sFRP1~5、Wnt Inhibitory Factor-1(WIF-1)、Cerberus)、Dickkopf(Dkk)クラスに属するタンパク質(Dkk1~4、Kremen)、APCDD1、APCDD1L、Draxinファミリーに属するタンパク質、IGFBP-4、Notum、SOST/Sclerostinファミリーに属するタンパク質等が挙げられる。
【0155】
Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、当業者に周知の化合物を使用することができる。古典的Wntシグナル伝達経路の阻害物質として例えばFrizzled阻害剤、Dishevelled(Dvl)阻害剤、Tankyrase(TANK)阻害剤、カゼインキナーゼ1阻害剤、カテニン応答性転写阻害剤、p300阻害剤、CREB-binding protein(CBP)阻害剤、BCL-9阻害剤、TCF分解誘導薬(Am. J. Cancer Res.2015;5(8):2344-2360)等が挙げられる。非古典的Wnt経路の阻害物質として、例えばPorcupine(PORCN)阻害剤、Calcium/calmodulin-dependent protein kinase II(CaMKII)阻害剤、(TGF-β-activated kinase 1(TAK1)阻害剤、Nemo-Like Kinase(NLK)阻害剤、LIM Kinase阻害剤、mammalian target of rapamycin(mTOR)阻害剤、Rac阻害剤、c-Jun NH 2-terminal kinase(JNK)阻害剤、protein kinase C(PKC)阻害剤、Methionine Aminopeptidase 2(MetAP2)阻害剤、Calcineurin阻害剤、nuclear factor of activated T cells(NFAT)阻害剤、ROCK阻害剤等が挙げられる。また、作用機序は報告されていないが、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてKY02111(N-(6-Chloro-2-benzothiazolyl)-3,4-dimethoxybenzenepropanamide)、KY03-I(2-(4-(3,4-dimethoxyphenyl)butanamide)-6-Iodobenzothiazole)が挙げられる。これらの物質は単独で又は組み合わせて用いてもよい。本実施形態の一側面において、前記Wntシグナル伝達経路阻害物質は、XAV-939(3,5,7,8-Tetrahydro-2-[4-(trifluoromethyl)phenyl]-4H-thiopyrano[4,3-d]pyrimidin-4-one)、KY02111、KY03-I及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0156】
Wntシグナル伝達経路阻害物質であるPORCN阻害剤は、小胞体に局在するアシル基転移酵素であるPorcupineの活性を阻害する物質である。Porcupineはpalmitoleoyl-CoAを基質とし、Wntファミリー・タンパク質間で保存されたモチーフ内セリン残基にパルミトレイン酸を付加する反応を触媒する酵素である。PORCN阻害剤は例えばNature volume 607, pages816-822 (2022)に記載の通り、Porcupineの332番目のセリン残基と結合し、酵素活性を阻害する物質である。
【0157】
被験物質のPORCN阻害剤としての活性は、例えばJ. Med. Chem. 2015, 58, 15, 5889-5899に記載のWnt3Aを常時発現するHEK293-STF細胞を用いるルシフェラーゼレポーター系と、Wnt3Aを発現しないHEK293-STF/Wnt細胞にWntを含有する馴化培地を用いるルシフェラーゼレポーター系を組み合わせた2重スクリーニング系により評価できる。被験物質がPORCN阻害剤としての活性を有している場合は、細胞からのWntの分泌が阻害される一方で馴化培地中のWntの活性には影響しないので、Wnt3A常時発現細胞を使用する系ではレポーター活性が低下し、Wnt含有馴化培地を使用する系では活性が低下しない。被験物質がPORCN阻害剤以外の、例えば細胞内のWntシグナル伝達経路の下流因子であるTankyrase阻害活性等を有している場合は、Wnt3A常時発現細胞を使用する系及びWnt含有馴化培地を使用する系のいずれでもレポーター活性が低下する。あるいは、被験物質のPORCN阻害剤としての活性は、Wnt3Aを常時発現するHEK293-STF細胞等の細胞を被験物質で処理した際の培地中に分泌されたWnt量を、ELISA等の手法により定量・比較することによっても、測定することができる。
【0158】
PORCN阻害剤として例えばIWP-2(N-(6-Methyl-2-benzothiazolyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-4-oxo-3-phenylthieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]-acetamide)、IWP-3(2-[[3-(4-fluorophenyl)-3,4,6,7-tetrahydro-4-oxothieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl]thio]-N-(6-methyl-2-benzothiazolyl)-acetamide)、IWP-4(N-(6-methyl-2-benzothiazolyl)-2-[[3,4,6,7-tetrahydro-3-(2-methoxyphenyl)-4-oxothieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl]thio]-acetamide)、IWP-L6(N-(5-phenyl-2-pyridinyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-4-oxo-3-phenylthieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]-acetamide)、IWP-12(N-(6-Methyl-2-benzothiazolyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-3,6-dimethyl-4-oxothieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]acetamide)、IWP-O1(1H-1,2,3-Triazole-1-acetamide,5-phenyl-N-(5-phenyl-2-pyridinyl)-4-(4-pyridinyl)-)、IWP-29 (N-(4-ethoxyphenyl)-2-{[4-phenyl-5-(pyridin-4-yl)-4H-1,2,4-triazol-3-yl]sulfanyl}acetamide)、LGK-974(2-(2’,3-Dimethyl-2,4’-bipyridin-5-yl)-N-(5-(pyrazin-2-yl)pyridin-2-yl)acetamide)、Wnt-C59(2-[4-(2-Methylpyridin-4-yl)phenyl]-N-[4-(pyridin-3-yl)phenyl]acetamide)、ETC-131、ETC-159(1,2,3,6-Tetrahydro-1,3-dimethyl-2,6-dioxo-N-(6-phenyl-3-pyridazinyl)-7H-purine-7-acetamide)、GNF-1331(N-(6-methoxy-1,3-benzothiazol-2-yl)-2-[(4-propyl-5-pyridin-4-yl-1,2,4-triazol-3-yl)sulfanyl]acetamide)、GNF-6231(N-[5-(4-Acetyl-1-piperazinyl)-2-pyridinyl]-2’-fluoro-3-methyl[2,4’-bipyridine]-5-acetamide)、Porcn-IN-1(N-[[5-fluoro-6-(2-methylpyridin-4-yl)pyridin-3-yl]methyl]-9H-carbazole-2-carboxamide)、WIC1( N-[4-(4-Ethyl-1-piperazinyl)phenyl]-2-oxo-2H-1-benzopyran-3-carboxamide)、RXC004、CGX1321、AZD5055及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの物質は単独で又は組み合わせて用いてもよい。またPORCN阻害剤として、例えばUS9045416B2、WO2013169631A2、US9783550B2、WO2016/055786等に、Wnt調節剤又はPORCN阻害剤として記載されている化合物を用いてもよい。
【0159】
JNK阻害剤としては、例えばJNK-IN-8((E)-3-(4-(dimethylamino)but-2-enamido)-N-(3-methyl-4-((4-(pyridin-3-yl)pyrimidin-2-yl)amino)phenyl)benzamide)、SP600125(Anthra[1-9-cd]pyrazol-6(2H)-one)、DB07268(2-[[2-[(3-Hydroxyphenyl)amino]-4-pyrimidinyl]amino]benzamide)、Tanzisertib(trans-4-[[9-[(3S)-Tetrahydro-3-furanyl]-8-[(2,4,6-trifluorophenyl)amino]-9H-purin-2-yl]amino]cyclohexanol)、Bentamapimod(1,3-Benzothiazol-2-yl)[2-[[4-[(morpholin-4-yl)methyl]benzyl]oxy]pyrimidin-4-yl]acetonitrile、TCS JNK 6o(N-(4-Amino-5-cyano-6-ethoxy-2-pyridinyl)-2,5-dimethoxybenzeneacetamide)、SU3327(5-[(5-Nitro-2-thiazolyl)thio]-1,3,4thiadiazol-2-amine)、CEP1347((9S,10R,12R)-5-16-Bis[(ethylthio)methyl]-2,3,9,10,11,12-hexahydro-10-hydroxy-9-methyl-1-oxo-9,12-epoxy-1H-diindolo[1,2,3-fg:3’,2’,1’-kl]pyrrolo[3,4-i][1,6]benzodiazocine-10-carboxylic acid methyl ester)、c-JUN peptide、AEG3482(6-Phenylimidazo[2,1-b]-1,3,4-thiadiazole-2-sulfonamide)、TCS JNK 5a(N-(3-Cyano-4,5,6,7-tetrahydrobenzo[b]thienyl-2-yl)-1-naphthalenecarboxamide)、BI-78D3(4-(2,3-Dihydro-1,4-benzodioxin-6-yl)-2,4-dihydro-5-[(5-nitro-2-thiazolyl)thio]-3H-1,2,4-triazol-3-one)、IQ-3(11H-Indeno[1,2-b]quinoxalin-11-one O-(2-furanylcarbonyl)oxime)、SR 3576(3-[4-[[[(3-Methylphenyl)amino]carbonyl]amino]-1H-pyrazol-1-yl]-N-(3,4,5-trimethoxyphenyl)benzamide)、IQ-1S(11H-Indeno[1,2-b]quinoxalin-11-one oxime sodium salt)、JIP-1(153-163)、CC-401(3-[3-[2-(1-Piperidinyl)ethoxy]phenyl]-5-(1H-1,2,4-triazol-5-yl)-1H-indazole dihydrochloride)及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。上記の化合物等がJNK阻害剤としての活性を有することは、例えばJ. Enzyme Inhib. Med. Chem. 2020; 35(1): 574-583に記載されており、当業者にとって公知である。
【0160】
Rac阻害剤としては、例えばEHT1864(5-(5-(7-(Trifluoromethyl)quinolin-4-ylthio)pentyloxy)-2-(morpholinomethyl)-4H-pyran-4-one dihydrochloride)、NSC23766(N6-[2-[[4-(Diethylamino)-1-methylbutyl]amino]-6-methyl-4-pyrimidinyl]-2-methyl-4,6-quinolinediamine trihydrochloride)、EHop-016(N4-(9-Ethyl-9H-carbazol-3-yl)-N2-[3-(4-morpholinyl)propyl]-2,4-pyrimidinediamine)、1A-116(N-(3,5-Dimethylphenyl)-N’-[2-(trifluoromethyl)phenyl]guanidine)、ZCL278(2-(4-broMo-2-chlorophenoxy)-N-(4-(N-(4,6-diMethylpyriMidin-2-yl)sulfaMoyl)phenylcarbaMothioyl)acetaMide)、MBQ-167(9-ethyl-3-(5-phenyl-1H-1,2,3-triazol-1-yl)-9H-carbazole)、KRpep-2d(actinium;[(2S)-1-[[(2S)-1-[[(2S)-1-[[(2S)-1-[[(3R,8R,11S,14S,20S,23S,26S,29S,32S,35S,38S)-8-[[(2S)-1-[[(2S)-1-[[(2S)-1-[[(2S)-1-amino-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]carbamoyl]-29-[(2R)-butan-2-yl]-20-(carboxymethyl)-26-(hydroxymethyl)-23,32-bis[(4-hydroxyphenyl)methyl]-35-(2-methylpropyl)-2,10,13,19,22,25,28,31,34,37-decaoxo-11-propan-2-yl-5,6-dithia-1,9,12,18,21,24,27,30,33,36-decazatricyclo[36.3.0.014,18]hentetracontan-3-yl]amino]-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-carbamimidamido-1-oxopentan-2-yl]azanide)、ARS-853(1-[3-[4-[2-[[4-Chloro-2-hydroxy-5-(1-methylcyclopropyl)phenyl]amino]acetyl]-1-piperazinyl]-1-azetidinyl]-2-propen-1-one)、Salirasib(2-(((2E,6E)-3,7,11-Trimethyldodeca-2,6,10-trien-1-yl)thio)benzoicacid)、ML141(4-(5-(4-methoxyphenyl)-3-phenyl-4,5-dihydropyrazol-1-yl)benzenesulfonamide)及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。上記の化合物等がRac阻害剤としての活性を有することは、例えばCancer research, 2018, 78.12: 3101-3111に記載されており、当業者にとって公知である。
【0161】
Wntシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはPORCN阻害剤、KY02111及びKY03-Iからなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはPORCN阻害剤を含む。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、Wntの非古典的Wnt経路への阻害活性を有する物質を含むこともまた好ましい。Wntシグナル伝達経路阻害物質は、より好ましくはWnt/Planar Cell Polarity(PCP)経路への阻害活性を有する物質を含む。本発明で用いられるPORCN阻害剤は、好ましくはIWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、Wnt-C59、ETC-159及びGNF-6231からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはIWP-2又はWnt-C59を含み、さらに好ましくはIWP-2を含む。
【0162】
本実施形態の一側面において、前記Wntシグナル伝達経路阻害物質が、1)非古典的Wnt経路に対する阻害活性を有し、前記阻害活性がPorcupineによる標的タンパク質のアシル化又はパルミトイル化に対する阻害活性であり、
前記阻害活性を有する物質は、IWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、IWP-O1、LGK-974、Wnt-C59、ETC-131、ETC-159、GNF-1331、GNF-6231、Porcn-IN-1、RXC004、CGX1321、AZD5055及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0163】
培地中のWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で、用いる物質に応じて適宜設定することが可能である。上気道組織を構成する細胞の製造効率向上の観点からは、例えばWntシグナル伝達経路阻害物質としてPORCN阻害剤の1種であるIWP-2を用いる場合は、その濃度は通常約10nM~約50μMであり、好ましくは約10nM~約30μMであり、さらに好ましくは約100nM~約10μMであり、最も好ましくは約0.5μMである。PORCN阻害剤の1種であるWnt-C59を用いる場合は、その濃度は通常約10pM~約1μMであり、好ましくは約100pM~約500nMであり、より好ましくは約50nMである。KY02111を用いる場合は、その濃度は通常約10nM~約50μMであり、好ましくは約10nM~約30μMであり、より好ましくは約100nM~約10μMであり、さらに好ましくは約5μMである。上記以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記の濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。Wntシグナル伝達経路阻害物質として効果は、当業者であれば例えばNat. Chem. Biol. 2009 Feb; 5(2): 100-107に記載のL-Wnt-STF細胞を用いた抗リン酸化LRP-6、抗リン酸化Dvl、抗β-Catenin抗体によるウエスタンブロット、ルシフェラーゼレポーターアッセイ等の手法により測定できる。PORCN阻害剤としての効果は、当業者であれば例えばScientific Reports volume 9, Article number: 4739 (2019)に記載のヒト皮膚リンパ管内皮細胞(HD-LEC)を用いたCell migration/scratch assay等の手法により測定可能である。
【0164】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の添加時期は、通常工程(a)の多能性幹細胞の培養開始より48時間以内、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内、さらに好ましくは培養開始と同時である。
【0165】
工程(a)の培地中には、TGFβシグナル伝達経路阻害物質がさらに存在することが好ましい。工程(a)において用いられるTGFβシグナル伝達経路阻害物質としては工程(i)で例示したものと同じものが用いられ得る。工程(i)及び工程(a)のTGFβシグナル伝達経路阻害物質は同一であっても異なっていてもよい。本願の工程(a)にて用いられるTGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、好ましくはSB431542、RepSox、乃至SB431542とRepSoxの併用である。
【0166】
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。TGFβ伝達経路阻害物質としてSB431542を用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約100μM、より好ましくは約100nM~約50μM、さらに好ましくは約500nM~約10μMの濃度で使用される。TGFβ伝達経路阻害物質としてRepSoxを用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約100μM、より好ましくは約100nM~約50μM、さらに好ましくは約500nM~約10μMの濃度で使用される。また、SB431542及びRepSox以外のTGFβシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のSB431542及びRepSoxと同等のTGFβシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。本発明の好ましい一態様として、SB431542とRepSoxを同時に添加して工程(a)を実施する場合は、例えばSB431542を約1μM、RepSoxを約1μM添加する。
【0167】
工程(a)及び以降の工程において、中内胚葉への分化を抑制し、プラコード領域及び上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織の製造効率を向上させる観点から、Transforming growth factor-β-activated kinase 1(TAK1)に対する阻害物質を添加することもまた好ましい。TAK1は、TGFβ、骨形成タンパク質(BMP)、インターロイキン1(IL-1)、TNF-α等により活性化されるシグナル伝達を媒介する、MAPキナーゼキナーゼキナーゼ(MAPKKK)ファミリーのセリンスレオニンタンパク質キナーゼである。
【0168】
TAK1阻害物質は、TAK1が媒介するシグナル伝達を抑制し得るものである限り限定されない。TAK1阻害物質は、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えばTAK1と基質の結合を阻害する物質、TAK1のリン酸化を阻害する物質、TAK1の脱リン酸化を促進する物質、TAK1の転写又は翻訳を阻害する物質、TAK1の分解を促進する物質等が挙げられる。
【0169】
TAK1阻害物質として、例えば(5Z)-7-Oxozeaenol((3S,5Z,8S,9S,11E)-3,4,9,10-tetrahydro-8,9,16-trihydroxy-14-methoxy-3-methyl-1H-2-benzoxacyclotetradecin-1,7(8H)-dione)、N-Des(aminocarbonyl)AZ-TAK1 inhibitor(3-Amino-5-[4-(4-morpholinylmethyl)phenyl]-2-thiophenecarboxamide)、Takinib(N1-(1-Propyl-1H-benzimidazol-2-yl)-1,3-benzenedicarboxamide)、NG25(N-[4-[(4-Ethyl-1-piperazinyl)methyl]-3-(trifluoromethyl)phenyl]-4-methyl-3-(1H-pyrrolo[2,3-b]pyridin-4-yloxy)-benzamide trihydrochloride)及びこれらの誘導体、類縁体が挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0170】
TAK1阻害物質は、好ましくは(5Z)-7-Oxozeaenolである。工程(1)におけるTAK1阻害物質として(5Z)-7-Oxozeaenolを用いる場合は、通常約1nM~約100μM、好ましくは約10nM~約50μM、より好ましくは約100nM~約25μM、さらに好ましくは約500nM~約10μMの濃度で使用される。また、(5Z)-7-Oxozeaenol以外のTAK1阻害物質を使用する場合、上記濃度の(5Z)-7-Oxozeaenolと同等のTAK1阻害活性を示す濃度で用いられることが好ましい。TAK1阻害物質としての活性は、当業者であれば例えばJ. Biol. Chem. 2003 May 16;278(20):18485-90に記載のキナーゼアッセイ等の手法により決定可能である。
【0171】
製造する細胞塊に含まれる嗅上皮幹細胞及びその前駆細胞の割合を制御する観点から、上記TAK1阻害物質は、工程(a)及び以降の工程の任意の段階で添加することができる。一態様として、得られた細胞集団における嗅上皮を構成する細胞の割合を増加させることを企図するのであれば、工程(a)の開始と同時にTAK1阻害物質を添加することが好ましい。得られた細胞集団における上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の割合を増加させることを企図するのであれば、後述する工程(c)の開始と同時、又は工程(c)の開始から一定期間以内、例えば工程(c)の開始から14日間以内にTAK1阻害物質を添加することが好ましい。
【0172】
工程(a)において用いられる培地は、上記定義の項で記載したようなものである限り特に限定されない。工程(a)において用いられる培地は血清培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。調製の煩雑さを回避するには、例えば市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。無血清培地としては、例えばIMDMとF-12の1:1の混合液に5%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1xChemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又はGMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸及び2-メルカプトエタノールが添加された培地が挙げられる。
【0173】
工程(a)の開始時において、細胞は接着状態又は浮遊状態のいずれでもよい。好ましい一態様として、多能性幹細胞を単一細胞に分散させた後に再凝集させ、浮遊状態の細胞凝集体を形成させる。このために、工程(a)の開始前に、工程(i)で得られた多能性幹細胞を単一細胞に分散する操作(工程(ii)ともいう。)を行うことが好ましい。分散させる操作により得られた「分散された細胞」は、好ましくは単一細胞であるが、例えば2以上100以下の少数の細胞からなる細胞の塊を含んでもよく、2以上50以下の細胞からなる細胞の塊を含んでもよい。「分散された細胞」は、例えば単一細胞を7割以上及び細胞の塊を3割以下含んでいてもよく、好ましくは単一細胞を8割以上及び細胞の塊を2割以下含む。別の一態様として、多能性幹細胞を単一細胞に分散させた後に細胞接着性の培養器材へと播種し、接着状態で培養を実施してもよい。
【0174】
多能性幹細胞を分散させる方法としては、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられ、これらの処理を単独で又は組み合わせて行ってもよい。細胞を分散させる方法としては、好ましくは細胞保護剤添加処理と同時に細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0175】
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、Rho-associated protein kinase(ROCK)阻害物質、ミオシン阻害物質、ポリアミン類、統合的ストレス応答(Integrated stress response:ISR)阻害剤、カスパーゼ阻害剤、細胞接着促進物質、血清、又は血清代替物等を挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒトの多能性幹細胞)の細胞死を抑制するために、ROCK阻害物質を第一工程の培養開始時から添加することは好ましい。ROCK阻害物質としては、Y-27632((R)-(+)-trans-4-(1-Aminoethyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexanecarboxamide,dihydrochloride)、Fasudil(HA1077)(1-(5-Isoquinolinylsulfonyl)homopiperazine,hydrochloride)、H-1152(5-[[(2S)-hexahydro-2-methyl-1H-1,4-diazepin-1-yl]sulfonyl]-4-methyl-isoquinoline,dihydrochloride)、HA-1100(Hydroxyfasudil)([1-(1-Hydroxy-5-isoquinolinesulfonyl)homopiperazine,hydrochloride)、Chroman 1((3S)-N-[2-[2-(dimethylamino)ethoxy]-4-(1H-pyrazol-4-yl)phenyl]-6-methoxy-3,4-dihydro-2H-chromene-3-carboxamide)、Belumosudil(KD025、2-[3-[4-[(1H-Indazol-5-yl)amino]quinazolin-2-yl]phenoxy]-N-isopropylacetamide)、HSD1590([2-Methoxy-3-(4,5,10-triazatetracyclo[7.7.0.02,6.012,16]hexadeca-1(9),2(6),3,7,10,12(16)-hexaen-11-yl)phenyl]boronic acid)、CRT0066854((S)-3-phenyl-N1-(2-pyridin-4-yl-5,6,7,8-tetrahydrobenzo[4,5]thieno[2,3-d]pyrimidin-4-yl)propane-1,2-diamine)、RKI1447(1-(3-hydroxybenzyl)-3-(4-(pyridin-4-yl)thiazol-2-yl)urea)、Ripasudil(4-Fluoro-5-[[(2S)-hexahydro-2-methyl-1H-1,4-diazepin-1-yl]sulfonyl]isoquinoline)、GSK269962A(N-[3-[2-(4-amino-1,2,5-oxadiazol-3-yl)-1-ethylimidazo[4,5-c]pyridin-6-yl]oxyphenyl]-4-(2-morpholin-4-ylethoxy)benzamide)、GSK429286A(N-(6-fluoro-1H-indazol-5-yl)-2-methyl-6-oxo-4-(4-(trifluoromethyl)phenyl)-1,4,5,6-tetrahydropyridine-3-carboxamide)、Y-33075((R)-4-(1-Aminoethyl)-N-1H-pyrrolo[2,3-b]pyridin-4-ylbenzamide)、LX7101(N,N-Dimethylcarbamic acid 3-[[[4-(aminomethyl)-1-(5-methyl-7H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidin-4-yl)-4-piperidinyl]carbonyl]amino]phenyl ester)、AT13148((alphaS)-alpha-(Aminomethyl)-alpha-(4-chlorophenyl)-4-(1H-pyrazol-4-yl)benzenemethanol)、SAR407899(6-(piperidin-4-yloxy)isoquinolin-1(2H)-one hydrochloride)、GSK180736A(4-(4-fluorophenyl)-N-(1H-indazol-5-yl)-6-methyl-2-oxo-1,2,3,4-tetrahydropyrimidine-5-carboxamide)、Hydroxyfasudil(1-(1-hydroxy-5-isoquinolinesulfonyl)homopiperazine,HCl)、bdp5290(4-Chloro-1-(4-piperidinyl)-N-[3-(2-pyridinyl)-1H-pyrazol-4-yl]-1H-pyrazole-3-carboxamide)、sr-3677(N-[2-[2-(Dimethylamino)ethoxy]-4-(1H-pyrazol-4-yl)phenyl-2,3-dihydro-1,4-benzodioxin-2-carboxamidehydrochloride)、CCG-222740(N-(4-Chlorophenyl)-5,5-difluoro-1-(3-(furan-2-yl)benzoyl)piperidine-3-carboxamide)、ROCK inhibitor-2(N-[(1R)-1-(3-methoxyphenyl)ethyl]-4-pyridin-4-ylbenzamide)、Rho-Kinase-IN-1(N-[1-[(4-methylsulfanylphenyl)methyl]piperidin-3-yl]-1H-indazol-5-amine)、ZINC00881524(N-(4,5-dihydronaphtho[1,2-d]thiazol-2-yl)-2-(3,4-dimethoxyphenyl)acetamide)、SB772077B((3S)-1-[[2-(4-Amino-1,2,5-oxadiazol-3-yl)-1-ethyl-1H-imidazo[4,5-c]pyridin-7-yl]carbonyl]-3-pyrrolidinamine dihydrochloride)、Verosudil(N-(1,2-Dihydro-1-oxo-6-isoquinolinyl)-alpha-(dimethylamino)-3-thiopheneacetamide)、GSK-25(4-(4-chloro-2-fluorophenyl)-2-(2-chloropyridin-4-yl)-1-(6-fluoro-1H-indazol-5-yl)-6-methyl-4H-pyrimidine-5-carboxamide)及びこれらの誘導体等を挙げることができる。細胞接着促進物質としては、例えばアドへサミン及びアドヘサミン-RGDS誘導体(長瀬産業社製)等が挙げられる。細胞保護剤としては、調製済みの細胞保護剤を用いることもできる。調製済みの細胞保護剤としては、例えばRevitaCell Supplement(Thermo Fisher Scientific社製)、CloneR、CloneR2(Stemcell Technologies社製)等が挙げられる。これらの物質は単独で又は組み合わせて用いてもよい。工程(a)において、細胞保護剤としてROCK阻害物質であるY-27632を添加する場合は、通常約10nM~約10mM、好ましくは約100nM~約1mM、より好ましくは約1μM~約100μMの濃度となるように培養環境中に添加する。工程(a)において、細胞保護剤としてROCK阻害物質であるChroman 1を添加する場合は、通常約10pM~約1mM、好ましくは約100pM~約100μM、より好ましくは約1nM~約10μMの濃度となるように培養環境中に添加する。細胞保護剤としてY-27632及びChroman 1以外の物質を用いる場合は、例えばNature Biotechnology volume 25, pages681-686 (2007)に記載のヒトES細胞によるコロニー形成アッセイ等により添加する濃度を決定することができる。
【0176】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase、及びパパイン等の酵素、並びに、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤の少なくとも1つを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えばTripLE Select、TripLE Express(Thermo Fisher Scientific社製)、Accutase、Accumax(Innovative Cell Technologies社製)等を用いることもできる。工程(i)の後に得られた多能性幹細胞の工程(ii)の処理における好ましい細胞分散液は、5mMのEDTAを添加したリン酸緩衝液(PBS)であるが、これに限定されない。
【0177】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。分散された細胞は上記培地中に懸濁される。
【0178】
多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば多能性幹細胞のコロニーをROCK阻害物質の存在下で、エチレンジアミン四酢酸又はAccumaxで処理し、さらにピペッティングにより分散させる方法が挙げられる。
【0179】
工程(a)において浮遊培養を実施する場合は、分散された多能性幹細胞の懸濁液を非細胞接着性の培養器材中に播種する。培養器材が非接着性である場合、細胞は浮遊培養され、複数の多能性幹細胞が集合して細胞凝集体を形成する。
【0180】
浮遊培養する際、分散された多能性幹細胞を、10cmディッシュのような比較的大きな培養器材に播種することにより、1つの培養器材中に複数の細胞凝集体を同時に形成させてもよい。一方、細胞凝集体ごとの大きさのばらつきを生じにくくする観点からは、例えば非細胞接着性の96ウェルマイクロプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底)の各ウェルに一定数の分散された多能性幹細胞を播種することが好ましい。これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルに1個の細胞凝集体を形成させることができる。例えば培養器材の表面に超親水性のポリマーをコートする等の加工により培養器材を非細胞接着性とすることができる。非細胞接着性のマルチウェルプレートとしては、例えばPrimeSurface 96V底プレート(MS-9096V、住友ベークライト社製)等が挙げられる。より迅速に細胞凝集体を形成させるために遠心操作を行ってもよい。各ウェルで形成された細胞凝集体を複数のウェルから回収することにより、均一な細胞凝集体の集団を得ることができる。細胞凝集体が均一であれば、その後の工程において、ウェルごと及び反復実験ごとの製造効率をより安定させることができ、より再現性よく上気道組織を構成する細胞を製造することができる。
【0181】
分散された多能性幹細胞から細胞凝集体を形成させるための別の態様としては、一つのウェルが複数のマイクロウェルに分割され、2つ以上の細胞塊が形成される培養器材を用いる方法が挙げられる。言い換えると、本実施形態の一側面において、前記工程(a)、前記工程(b)前記工程(c)のいずれか一つ以上の任意の工程の浮遊培養を、少なくとも1つのウェルが形成されている培養器材中で実施し、前記ウェルは、複数のマイクロウェルに分割されていて、前記マイクロウェルの1つにつき、1つの細胞塊が形成されるように浮遊培養を実施し、1つのウェルにつき分割されたマイクロウェルに相当する数の細胞塊を調製してもよい。上記マイクロウェルとして、底面に細胞が一ヶ所に沈降して凝集体の形成が促進されるすり鉢、下向きの四角錐、凹状等の加工、グリッド、若しくは隆起等が複数形成されている培養器材、又は、凝集体を形成しやすいように、底面の一部のみに細胞が接着可能な加工が施されている培養器材等を用いることもできる。マイクロウェルを有する培養器材のウェル一つ当たりの培養面積は特に限定されないが、細胞塊を効率よく生産する観点から、好ましくは底面積が1cm(48ウェルプレート相当)より大きく、より好ましくは2cm(24ウェルプレート相当)より大きく、さらに好ましくは4cm(12ウェルプレート相当)より大きい。上記のような培養器材としては、例えば胚様体形成プレートAggreWell(StemCell Technologies社製)、PAMCELL(ANK社製)、スフェロイドマイクロプレート(Corning社製)、NanoCulture Plate/Dish(Organogenix社製)、Cell-able(東洋合成社製)、EZSPHERE(AGCテクノグラス社製)、SPHERICALPLATE 5D(水戸工業社製)、TASCL(シムスバイオ社製)、マイクロウェルバッグ(例、Scientific reports, 2022, 12.1: 1-11に記載のもの)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0182】
分散された多能性幹細胞から細胞凝集体を形成させるための培養器材としては、各ウェル内に細胞凝集体が入ったままの状態でプレート全体の培地を一度に交換することが可能な三次元細胞培養容器を用いることもまた好ましい。このような三次元細胞培養容器としては、例えばPrimeSurface 96スリットウェルプレート(住友ベークライト社製)等が挙げられる。このプレートには96ウェルのそれぞれの上部に培地が出入りできる細い開口部(スリット)が設けられている。スリットは細胞凝集体が通過しにくい幅に設定されているため、細胞凝集体同士の癒着を防止しながら、プレート全体の培地を一度に交換することができ、操作の効率性及び細胞凝集体の質を向上させることができる。
【0183】
工程(a)における多能性幹細胞の濃度(細胞の密度)は、細胞凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96ウェルマイクロウェルプレートを用いてヒト多能性幹細胞(例えば工程(i)から得られたヒトiPS細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり通常約1×10から約1×10細胞、好ましくは約3×10から約5×10細胞、より好ましくは約4×10から約2×10細胞、さらに好ましくは約4×10から約1.8×10細胞、特に好ましくは約8×10から約1.5×10細胞となるように調製した液を各ウェルに添加し、プレートを静置して細胞凝集体を形成させる。例えば1ディッシュあたり約260個のマイクロウェルを有する培養器材であるEZSPHERE SP ディッシュ35mm Type905を用いてヒト多能性幹細胞(例えば工程(i)から得られたヒトiPS細胞)を浮遊培養する場合、1ディッシュあたり通常約1×10から約1×10細胞、好ましくは約3×10から約5×10細胞、より好ましくは約4×10から約2×10細胞、さらに好ましくは約4×10から約1.6×10細胞、特に好ましくは約8×10から約1.2×10細胞となるように調製した液をディッシュに添加し、ディッシュを静置して細胞凝集体を形成させる。例えば1ウェルあたり約1800個のマイクロウェルを有する培養器材であるAggreWell 800, 6-well plateを用いてヒト多能性幹細胞(例えば工程(i)から得られたヒトiPS細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり通常約1×10から約1×10細胞、好ましくは約3×10から約5×10細胞、より好ましくは約4×10から約2×10細胞、さらに好ましくは約4×10から約1.6×10細胞、特に好ましくは約8×10から約1.2×10細胞となるように調製した液を各ウェルに添加し、プレートを遠心して細胞凝集体を形成させる。細胞数は、血球計算盤乃至自動セルカウンター等で計数することによって求めることができる。
【0184】
細胞凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が凝集体を形成する工程に分けられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えばヒト多能性幹細胞(ヒトiPS細胞等)の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内である。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでは、例えばヒト多能性幹細胞(ヒトiPS細胞等)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内である。細胞凝集体を形成するまでの時間は、細胞を凝集させる用具又は、遠心条件等を調整することにより適宜調節することが可能である。
【0185】
多能性幹細胞を迅速に集合させて細胞凝集体を形成させると、形成された細胞凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。細胞凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えばウェルの小さなプレート(例えばウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0cm程度のプレート)又はマイクロポア等を用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88cm程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0cm程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35cm程度、内径6~8mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。好ましくは96ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。なお、本実施形態において「ウェルの底面の形状が真円である」とは、幾何学的な真円に限らず略真円の形状も含まれる。他の形状についても同様である。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、外周部が高く内部が低くくぼんだ構造であることが好ましく、例えばU底、V底、M底が挙げられ、好ましくはU底又はV底、最も好ましくはV底が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、細胞培養皿(例えば60mm~150mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸又はくぼみがあるものを用いてもよい。ウェルの小さなプレートの底面は、細胞非接着性の底面、好ましくは細胞非接着性コートした底面を用いるのが好ましい。
【0186】
細胞凝集体を形成させる別の手法として、立体印刷機、3Dプリンターを用いることもまた好ましい。分散された単一の細胞、若しくは複数の細胞から構成されるスフェロイドを、生体適合性を有するインク(バイオインク)に懸濁し、バイオ3Dプリンター(例えばCellink社製 BIO X等)で出力する、又は、細胞集団をニードルに刺して積み上げる(サイフューズ社製 Spike等)といった手法により、所望の形態の細胞凝集体を調製することができる。
【0187】
細胞凝集体が形成されたことは、細胞凝集体のサイズ及び細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態及びその均一性、分化及び未分化マーカーの発現及びその均一性、分化マーカーの発現制御及びその同期性、並びに、分化効率の凝集体間の再現性等に基づき判断することが可能である。
【0188】
工程(a)の開始時において、好ましい一態様として、接着培養を実施する。工程(i)後の培養器材上の多能性幹細胞をそのまま工程(a)に用いてもよいし、多能性幹細胞を工程(ii)の処理により単一細胞に分散させた後に再度接着性の培養器材に播種してもよい。多能性幹細胞の単一細胞への分散後の再播種を実施する際に、適切な細胞外マトリクス又は合成細胞接着分子を足場として培養器材の表面にコーティングしてもよい。上記足場により、表面をコーティングした培養器材中で、多能性幹細胞を接着培養できる。細胞外マトリクスは、好ましくはマトリゲル又はラミニンである。合成細胞接着分子としては、ポリ-D-リジン、RGD配列等細胞接着性のドメインを含有する合成ペプチド等が挙げられる。工程(a)の接着培養における細胞の播種数としては、細胞接着性の平底96ウェルプレートに播種する場合、1ウェルあたり通常約1×10から約1×10細胞、好ましくは約1×10から約1×10細胞、より好ましくは約2×10から約5×10細胞、さらに好ましくは約1×10から約2×10細胞、特に好ましくは約2×10から約1×10細胞である。上述の播種数となるように調製した液を各ウェルに添加し、接着培養を実施することが可能になる。異なる大きさの培養器材を用いる場合は、培養面積及び培地量に応じて上記細胞の播種数を適宜変更可能である。
【0189】
接着性の培養器材として、温度応答性細胞培養基材を用いることもまた好ましい。本願に記載の方法によって製造される細胞を含む接着性細胞は、一般に一定程度の疎水性表面に接着しやすく、親水性表面においては接着が阻害される性質を有している。このため、温度応答によって適度な疎水性から親水性へ、又はその逆方向に変化する表面を有する基材を用いることにより、接着細胞の表面への接着を温度変化により制御することが可能となる。その結果、タンパク質分解酵素又はキレート剤を用いることなく、細胞-細胞間の接着を保ったまま、例えば上皮細胞をシートのまま、上記培養器材から回収することが可能となる。上記のような性能を有する培養器材を一般に「温度応答性細胞培養基材」と称する。温度応答性細胞培養基材は、例えばポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)を表面に固定化することにより製造される。上記のような温度応答性細胞培養基材としては、例えばUpCell(セルシード社製)、特許第5846584号公報に記載の器材等が挙げられる。
【0190】
接着性の培養器材として、マイクロパターンが施された培養器材を用いることもまた好ましい。培養器材上のマイクロパターンは、細胞接着性領域と細胞非接着性領域から構成することができ、細胞接着性領域で細胞が接着培養されることが好ましい。細胞接着性領域は、好ましくは細胞非接着性領域により同一表面上で囲われている。前記細胞接着性領域の形状は適宜設定可能であるが、例えば円形、楕円形、三角形、正方形、長方形、五角形、六角形、八角形、星形等の形態に設定することができる。細胞接着性領域の形状は好ましくは円形、正方形または長方形のいずれかであるが、これに限定されない。細胞接着性領域と細胞非接着性領域は、一つの培養器材上に単一の領域が形成されていてもよいし、複数個形成されていてもよい。前記細胞接着性領域は細胞接着性の処理(ガスプラズマ処理等)が実施されているか、細胞接着を促進する物質で処理されていることが好ましい。本態様における好ましい細胞接着促進物質は好ましくはラミニンであり、さらに好ましくはラミニン511ないし521であるが、これに限定されない。ラミニンは、E8断片であっても良い。前記細胞接着性領域は、前記温度応答性細胞培養基材であるか、温度応答性を有するポリマーによって処理されたものであっても良い。前記細胞非接着性領域は、細胞接着性の処理が実施されていない状態であるか、細胞接着を阻害する処理を実施されていることが好ましい。本態様における好ましい細胞接着阻害処理としては、例えば2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine(MPC)ポリマー、Poly(2-hydroxyethyl methacrylate)(Poly-HEMA)、polyethylene glycol(PEG)等のコーティングによる超親水性処理、タンパク低吸着処理等が挙げられる。前記細胞接着性領域の面積は適宜設定可能であるが、例えば0.1cmから100cmであり、好ましくは0.3 cmから80cmであり、さらに好ましくは0.5 cmから60cmであるが、これに限定されない。前記マイクロパターンを有する培養器材に播種する多能性幹細胞の細胞数は、細胞接着性領域の面積当たり例えば1×10 cells/cm~1×10 cells/cm、好ましくは1×10 cells/cm~1×10 cells/cmであるが、これに限定されない。
【0191】
マイクロパターンが施された培養器材としては、例えばCYTOOchip(CYTOO社製)、ibidi Micropatterning(ibidi社製)等が挙げられる。PDMS製モールドとマトリクス等を用いて培養器材を調製することもできる。または、細胞外マトリックス、細胞接着を促進する基質等でコートされた培養器材を例えば細胞プロセシング装置(Model:CPD-017、片岡製作所社製)等を用いてレーザー等で加工し、細胞接着性領域と細胞非接着性領域を任意の形状に作成してもよい。工程(i)で得られた多能性幹細胞をマイクロパターンが施された培養器材上で培養する場合、例えば既報の方法を参照し実施することができる(Nature protocols,11(11),2223-2232.)。
【0192】
培養器材が培地の灌流を行なうための流路(マイクロ流路)を有することも好ましく、工程(a)及びその後の工程において、灌流環境下で細胞を培養してもよい。このような培養器材をマイクロ流体チップともいう。培養器材(例えばマイクロ流体チップ)には、センサーを備えていてもよい。培養器材の流路には、バルブを備えていてもよい。培養器材は、本発明の製造方法において培養される細胞以外の細胞又は組織を培養する他の培養器材と流路により接続されていてもよい。これにより、上気道組織と他の細胞又は組織との相互作用を再現することができる。上気道組織と共培養する他の細胞又は組織としては、上気道組織の成長、分化、成熟、生存を促進する組織、例えば間葉系細胞、並びに、脳、頭頚部、血管、骨、筋肉、脂肪、甲状腺、肝臓、副腎、精巣、卵巣及び乳房の細胞及び組織等が挙げられるが、これらに限定されない。上気道組織と共培養する他の細胞は、細胞株、初代培養細胞、幹細胞、及び、幹細胞由来の分化した細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。培地の灌流の為の方法としては、例えばマグネティックスターラー、ペリスタルティックポンプ、シリンジポンプ、ダイアフラムバルブ等の使用が挙げられるが、これに限定されない。
【0193】
培養器材は、酸素又は培地を透過可能な膜(「物質透過性を有する膜」と記載する場合がある。)を有してもよい。培養器材は、化合物、増殖因子等の濃度勾配を形成可能であってもよい。上記膜は、例えば多孔質膜である。このような膜を有する培養器材においては、膜で隔てた一方で本発明の製造方法によって細胞を培養し、他方でそれ以外の細胞又は組織、フィーダー細胞などを培養することができる。これにより、上気道組織を構成する細胞又はその前駆細胞及びこれらを含む細胞集団と、他の細胞又は組織とをコンタミネーションさせることなく培養することができる。培養器材は、以降の工程で培養器材として用いてもよい。
【0194】
工程(a)及び以降の工程において、培地の交換操作を行う場合、例えば元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0195】
ある時点で、特定の成分を添加する場合、例えば終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作)を行ってもよい。ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞又は細胞凝集体を別の培養容器に移してもよい。培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えばピペッター、ピペットマン(登録商標)、マルチチャンネルピペット、連続分注器等が挙げられる。例えば培養器材として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルピペットを使ってもよい。
【0196】
工程(a)における培養の時間は、通常8時間~6日間程度、好ましくは12時間~48時間程度である。
【0197】
細胞の分化の方向性の制御、並びに、細胞又は組織の生存及び増殖を促進する観点から、工程(a)及び以降の工程のいずれか1つ以上の工程を、Wntシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともできる。前述の通り、Wntシグナル伝達経路として古典的Wnt経路、非古典的Wnt経路等が挙げられる。
【0198】
Wntシグナル伝達経路作用物質とは、Wntファミリー・タンパク質により惹起されるシグナル伝達を活性化し得るものである限り限定されない。Wntシグナル伝達経路作用物質は、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、Wntの自己分泌を促進する物質、Wntを安定化させて分解を抑制する物質、Wntの組換えタンパク質、Wntの部分配列ペプチド及びその派生物又は誘導体、Wnt受容体に作用し活性化させる物質、Wntの細胞内シグナル伝達機構を活性化させる物質、Wntの細胞内シグナル伝達因子及びその改変体(β-Catenin S33Y等)、並びに、Wnt応答配列下流の遺伝子発現を活性化させる物質等を挙げることができる。Wntシグナル伝達経路作用物質として知られているタンパク質として、Wnt、R-スポンジンが挙げられる。
【0199】
Wntシグナル伝達経路作用物質としてWntの組換えタンパク質を用いる場合は、由来は特に限定されず、対象の細胞に対し活性を有する限り各種生物由来のWntタンパク質を用いることができる。中でも、哺乳動物由来のWntタンパク質であることが好ましい。哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ブタ、ウサギ等が挙げられる。より好ましくは、本発明に係る細胞集団の製造に用いられる多能性幹細胞と同種に由来する組換えタンパク質である。哺乳動物のWntタンパク質としては、例えばWnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、及びWnt16等が挙げられるがこれらに限定されない。例えばMolecular Cancer volume 8, Article number: 90 (2009)に記載の通り、Wntタンパク質のうち、Wnt1、Wnt2、Wnt2B、Wnt3、Wnt8A、Wnt8B、Wnt10A、及びWnt10Bは、主としてWnt canonical経路を活性化させるWntシグナル伝達経路作用物質である。また、Wnt4、Wnt5A、Wnt5B、Wnt6、Wnt7A、Wnt7B、及びWnt11は、主としてWnt non-canonical経路を活性化させるWntシグナル伝達経路作用物質である。本発明に係る細胞集団の製造において、Wntタンパク質は、単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。本発明に係る細胞集団の製造に用いることができるWntの組換えタンパク質は、例えばR&D Systems社、富士フイルム和光純薬社から入手が可能である。本発明に係る細胞集団の製造において、用いられるWntタンパク質は、好ましくはWnt canonical経路を活性化させるWntシグナル伝達経路作用物質である。
【0200】
本発明に係る細胞集団の製造において、Wntの組換えタンパク質を培地中で安定させ、活性を維持する物質を添加することもできる。上記のような活性を有する物質として、例えばアファミンが挙げられる。アファミンはアルブミンファミリーに属する糖タンパク質であり、疎水性の高いWntのタンパク質の凝集及び不活性化を抑制し、活性を維持することが知られている。アファミンの組換えタンパク質は、例えばR&D Systems社から入手が可能である。アファミンとWntの組換えタンパク質との混合物は、MBLライフサイエンス社から入手が可能である。
【0201】
Wntシグナル伝達経路作用物質として用いることができるR-スポンジンとしては、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3及びR-スポンジン4からなるR-スポンジンファミリーに属するタンパク質が挙げられる。R-スポンジンファミリーは、分泌タンパク質であり、例えばNature volume 485, pages195-200 (2012)に記載の通り、細胞膜表面上のWnt受容体量を負に制御する7回膜貫通型ユビキチンリガーゼZNRF/43/RNF43の活性を阻害し、Wntシグナル伝達経路の活性化及び制御に関わる。本発明に係る細胞集団の製造において、R-スポンジンを複数種組み合わせて用いてもよい。本発明に係る細胞集団の製造に用いることができるR-スポンジンの組換えタンパク質は、例えばR&D Systems社、富士フイルム和光純薬社から入手が可能である。
【0202】
Wntシグナル伝達経路作用物質として、当業者に周知の化合物を使用することもできる。Wntシグナル伝達経路作用物質としての活性を有する化合物として、例えばGSK3βに対する阻害活性を有する化合物、Wnt脱アシル化酵素に対する阻害活性を有する化合物、AAK1に対する阻害活性を有する化合物等が挙げられる。上記のような活性を有する化合物として、例えば塩化リチウム、SGC AAK1 1(N-(6-(3-((N,N-diethylsulfamoyl)amino)phenyl)-1H-indazol-3-yl)cyclopropanecarboxamide)、Foxy 5(N-formyl-L-methionyl-L-alpha-aspartyl-glycyl-L-cysteinyl-L-alpha-glutamyl-L-leucine)、CHIR99021(6-[2-[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(4-methyl-1H-imidazol-2-yl)pyrimidin-2-ylamino]ethylamino]pyridine-3-carbonitrile)、CHIR98014(N6-[2-[[4-(2,4-Dichlorophenyl)-5-(1H-iMidazol-2-yl)-2-pyriMidinyl]aMino]ethyl]-3-nitro-2,6-pyridinediaMine)、TWS119(3-[6-(3-amino-phenyl)-7H-pyrrolo[2,3-D]pyrimidin-4-yloxy]-phenol)、SB216763(3-(2,4-dichlorophenyl)-4-(1-methyl-1H-indol-3-yl)-2,5-dihydro-1H-pyrrole-2,5-dione)、SB415286(3-[(3-chloro-4-hydroxyphenyl)amino]-4-(2-nitrophenyl)-1H-pyrrol-2,5-dione)、BIO((2Z,3E)-6-bromoindirubin-3-oxime)、AZD2858(3-Amino-6-[4-[(4-methyl-1-piperazinyl)sulfonyl]phenyl]-N-3-pyridinyl-pyrazinecarboxamide)、AZD1080(2-Hydroxy-3-(5-(morpholinomethyl)pyridin-2-yl)-1H-indole-5-carbonitrile)、AR-A014418(N-(4-Methoxybenzyl)-n-(5-nitro-1,3-thiazol-2-yl)urea)、TDZD-8(4-Benzyl-2-methyl-1,2,4-thiadiazolidine-3,5-dione)、LY2090314(7-(2,5-Dihydro-4-imidazo[1,2-a]pyridin-3-yl-2,5-dioxo-1H-pyrrol-3-yl)-9-fluoro-1,2,3,4-tetrahydro-2-(1-piperidinylcarbonyl)pyrrolo[3,2,1-jk][1,4]benzodiazepine)、IM-12(3-(4-fluorophenethylaMino)-1-Methyl-4-(2-Methyl-1H-indol-3-yl)-1H-pyrrole-2,5-dione)、Indirubin([2,3-Biindolinylidene]-2,3-dione)、Bikinin(4-((5-Bromo-2-pyridinyl)amino)-4-oxobutanoic acid)、A-1070722(1-(7-Methoxyquinolin-4-yl)-3-[6-(trifluoromethyl)pyridin-2-yl]urea)、3F8(5-Ethyl-7,8-dimethoxy-1H-pyrrolo[3,4-c]isoquinoline-1,3(2H)-dione)、Kenpaullone(9-Bromo-7,12-dihydro-indolo[3,2-d][1]benzazepin-6(5H)-one)、10Z-Hymenialdisine((4Z)-4-(2-Amino-1,5-dihydro-5-oxo-4H-imidazol-4-ylidene)-2-bromo-4,5,6,7-tetrahydro-pyrrolo[2,3-c]azepin-8(1H)-one)、Indirubin-3’-oxime(3-[1,3-dihydro-3-(hydroxyimino)-2H-indol-2-ylidene]-1,3-dihydro-2H-indol-2-one)、NSC 693868(1H-pyrazolo[3,4-b]quinoxalin-3-amine)、TC-G 24(N-(3-Chloro-4-methylphenyl)-5-(4-nitrophenyl)-1,3,4-oxadiazol-2-amine)、TCS 2002(2-Methyl-5-[3-[4-(methylsulfinyl)phenyl]-5-benzofuranyl]-1,3,4-oxadiazole)、TCS 21311(3-[5-[4-(2-Hydroxy-2-Methyl-1-oxopropyl)-1-piperazinyl]-2-(trifluoroMethyl)phenyl]-4-(1H-indol-3-yl)-1H-pyrrole-2,5-dione)、CP21R7(3-(3-Aminophenyl)-4-(1-methyl-1H-indol-3-yl)pyrrole-2,5-dione)、BML-284(AMBMP hydrochloride、N4-(1,3-benzodioxol-5-ylmethyl)-6-(3-methoxyphenyl)-2,4-pyrimidinediamine hydrochloride)、SKL2001(N-(3-(1H-imidazol-1-yl)propyl)-5-(furan-2-yl)isoxazole-3-carboxamide)、WAY-262611(1-[4-(2-Naphthalenyl)-2-pyrimidinyl]-4-piperidinemethanamine)、IIIC3a(9-Carboxy-3-(dimethyliminio)-6,7-dihydroxy-10-methyl-3H-phenoxazin-10-ium iodide)、Methyl Vanillate、IQ-1(2-[(4-Acetylphenyl)azo]-2-(3,4-dihydro-3,3-diMethyl-1(2H)-isoquinolinylidene)acetaMide)及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0203】
工程(a)において、Wntシグナル伝達経路阻害物質を添加しているが、作用点の異なるWntシグナル伝達経路作用物質とWntシグナル伝達経路阻害物質を併用することで、前述の複数あるWntシグナル伝達経路のうち特定の経路のみを活性化、あるいは阻害することができる。Wntシグナル伝達経路作用物質は、工程(a)にて添加するWntシグナル伝達経路阻害物質の下流の因子に作用する物質であることが好ましい。添加するWntシグナル伝達経路作用物質が古典的Wnt経路を活性化させる物質であることもまた好ましく、細胞内のWntシグナル伝達因子であるβカテニンの分解の阻害、安定化作用によりWntシグナル伝達経路を活性化させる物質であることがさらに好ましい。βカテニンの分解の阻害、安定化作用を有する物質としては、例えばGSK3阻害剤及びBML-284、SKL2001等が挙げられる。添加するWntシグナル伝達経路作用物質がβカテニン応答性転写(β-catenin responsive transcription:CRT)を促進又は活性化させる物質であることもまた好ましい。
【0204】
GSK3阻害剤としては、CHIR99021、CHIR98014、TWS119、SB216763、SB415286、BIO、AZD2858、AZD1080、AR-A014418、TDZD-8、LY2090314、IM-12、Indirubin、Bikinin、A 1070722、3F8、Kenpaullone、10Z-Hymenialdisine、Indirubin-3’-oxime、NSC 693868、TC-G 24、TCS 2002、TCS 21311、CP21R7及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0205】
好ましいWntシグナル伝達経路作用物質とWntシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせとして、GSK3阻害剤とPORCN阻害剤が挙げられる。GSK3阻害剤とPORCN阻害剤を併用した場合、古典的Wnt経路は活性化され、非古典的Wnt経路は阻害される。GSK3阻害剤とPORCN阻害剤とを併用した場合、GSK3阻害剤は、好ましくはCHIR99021、CHIR98014、SB216763、SB415286、及びBIOからなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはCHIR99021を含む。GSK3阻害剤とPORCN阻害剤とを併用した場合、PORCN阻害剤は、好ましくはIWP-2、IWP-3、IWP-4、IWP-L6、IWP-12、LGK-974、ETC-159、GNF-6231、及びWnt-C59からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはIWP-2を含む。また、GSK3阻害剤とKY02111又はその誘導体等とを組み合わせて用いてもよい。GSK3阻害剤とは作用機序の異なるβカテニンの分解の阻害、安定化作用を有する物質としては例えばBML-284、SKL2001が挙げられ、これら化合物又はその誘導体もPORCN阻害剤、KY02111又はその誘導体等と組み合わせて用いてもよい。さらに好ましいWntシグナル伝達経路作用物質とWntシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせとして、GSK3阻害剤とPORCN阻害剤及びJNK阻害剤とが挙げられる。GSK3阻害剤とPORCN阻害剤及びJNK阻害剤とを併用した場合、JNK阻害剤は、好ましくはJNK-IN-8を含む。
【0206】
培地中のWntシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。細胞塊内部における神経系細胞又は組織の生存及び増殖を促進する観点からは、Wntシグナル伝達経路作用物質としてCHIR99021を用いる場合は、通常約10pM~約10mM、好ましくは約100pM~約1mM、より好ましくは約1nM~約100μM、さらに好ましくは約10nM~約30μM、最も好ましくは約100nM~約3μMの濃度で使用される。また、CHIR99021以外のWntシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のCHIR99021と同等のWntシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。Wntシグナル伝達経路促進活性は、例えばHEK293細胞を用いたTopflashレポーターアッセイによって決定することができる。
【0207】
工程(a)及び以降の工程において、嗅上皮様組織の製造効率を向上させる観点から、プラコード領域への分化を促進する化合物を添加することもまた好ましい。上記のような作用を有する化合物として、例えば米国特許出願公開第2016/0326491号明細書に記載のBRL-54443、Phenanthroline、Parthenolide等が挙げられる。プラコード領域への分化を促進する化合物として、BRL-54443を用いる場合は通常10nM~100μMの濃度で用いられ、Phenanthrolineを用いる場合は通常10nM~100μMの濃度で用いられ、Parthenolideを用いる場合は通常10nM~100μMの濃度で用いられる。
【0208】
<工程(b)>
工程(b)は、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で、工程(a)で培養した細胞を培養する。工程(a)で細胞を浮遊培養している場合は、工程(b)でも引き続き形成された細胞凝集体を浮遊培養すればよい。工程(a)で細胞を接着培養している場合は、工程(b)でも引き続き細胞を接着培養すればよい。工程(a)で細胞を浮遊培養した後、工程(b)で接着培養してもよい。工程(a)で細胞を接着培養した後、工程(b)で浮遊培養してもよい。
【0209】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPにより媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4及びBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、並びに、BMP部分ペプチド等が挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。生物学的活性の見地からのBMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、マウス前駆軟骨細胞株ATDC5、マウス頭蓋冠由来細胞株MC3T3-E1、及びマウス横紋筋由来細胞株C2C12等の細胞に対する骨芽細胞様細胞への分化誘導能、及びアルカリホスファターゼ産生誘導能を有する物質が挙げられる。上記活性を有する物質としては、例えばBMP2、BMP4、BMP5、BMP6、BMP7、BMP9、BMP10、BMP13/GDF6、BMP14/GDF5、GDF7等が挙げられる。
【0210】
BMP2タンパク質及びBMP4タンパク質は、例えばR&D Systemsから入手可能である。BMP7タンパク質は、例えばBiolegend社から入手可能である。GDF7タンパク質は、例えば富士フィルム和光純薬株式会社から入手可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはBMP2、BMP4、BMP7、BMP13及びGDF7からなる群より選ばれる少なくとも1つのタンパク質を含み、より好ましくはBMP4を含む。
【0211】
培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の製造効率向上の観点から、BMPシグナル伝達経路作用物質としてBMP4を用いる場合は、通常約1pM~約100nM、好ましくは約10pM~約50nM、より好ましくは約25pM~約25nM、さらに好ましくは約25pM~約5nM、特に好ましくは約100pM~約5nM、最も好ましくは約500pM~約2nMの濃度で使用される。また、BMP4以外のBMPシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上述の濃度のBMP4と同等のBMPシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。当業者であれば、BMPシグナル伝達経路作用物質として例えば市販の組換えBMPタンパク質等を用いる場合、製品の添付書類に記載の活性、例えばマウス前駆軟骨細胞株ATDC5に対するアルカリホスファターゼ産生誘導能のED50等の値と、上述のBMP4の濃度と活性を比較することにより、添加するBMPシグナル伝達経路作用物質濃度を容易に決定することができる。
【0212】
BMPシグナル伝達経路作用物質として、当業者に周知の化合物を使用することもできる。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばSmurf1阻害物質、Chk1阻害物質等が挙げられる。上記のような活性を有する化合物としては、例えばA-01([4-[[4-Chloro-3-(trifluoromethyl)phenyl]sulfonyl]-1-piperazinyl][4-(5-methyl-1H-pyrazol-1-yl)phenyl]methanone)、PD 407824(9-Hydroxy-4-phenyl-pyrrolo[3,4-c]carbazole-1,3(2H,6H)-dione)及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0213】
工程(b)において用いられる培地は、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む限り特に限定されない。工程(b)において用いられる培地としては、例えば工程(a)に挙げた培地が挙げられる。
【0214】
嗅上皮の製造効率向上の観点から、工程(b)の開始時期は、工程(a)における培養開始から好ましくは0.5時間以降6日以内であり、より好ましくは0.5時間以降72時間以内であり、さらに好ましくは12時間以降60時間以内であり、18時間以降60時間以内であってもよい。浮遊培養を実施する場合、Wntシグナル経路阻害物質存在下で、上記期間に工程(b)を開始すると、細胞凝集体の表面に非神経上皮様の組織が形成され、極めて効率よく嗅上皮を構成する細胞又はその前駆細胞が形成される。
【0215】
工程(a)で浮遊培養を行なっている場合、上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の製造効率の向上の観点から、工程(b)の開始時期は、好ましくは工程(a)において形成された細胞凝集体の表層における1割以上10割以下、より好ましくは3割以上10割以下、さらに好ましくは5割以上10割以下の細胞が互いに密着結合を形成している時期である。細胞凝集体において密着結合が形成しているかは、例えば抗ZO-1抗体を用いた免疫染色等の手法により判別することができる。
【0216】
工程(b)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下での培養開始は、工程(a)を行った培養容器を用いて、上述の培地交換操作(例えば培地添加操作、半量培地交換操作、全量培地交換操作等)を行ってもよいし、細胞を別の培養容器に移してもよい。
【0217】
工程(b)におけるBMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地での培養の期間は、適宜設定できる。工程(b)における培養の時間は、通常8時間~6日間程度、好ましくは10時間~108時間程度、より好ましくは12時間~96時間程度、さらに好ましくは18時間~72時間程度、最も好ましくは24時間~60時間程度である。本実施形態の一側面において、工程(b)における培養の時間は、通常8時間~6日間程度、好ましくは10時間~96時間程度、より好ましくは12時間~72時間程度、さらに好ましくは14時間~48時間程度、最も好ましくは16時間~36時間程度である。
【0218】
工程(b)において、工程(i)又は工程(a)において用いた添加物、例えばWntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、TAK1阻害物質等を引き続き添加することもまた好ましい。工程(b)で添加するWntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質又はTGFβシグナル伝達経路阻害物質は、それ以前の工程に用いられた物質と異なっていてもよいが、好ましくは同一である。添加物の濃度及び種類については、適宜調整することができる。これらの物質の添加時期は、工程(b)の開始と同時であってもよいし、異なっていてもよい。
【0219】
<工程(c)>
工程(c)では、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、工程(b)で培養した細胞を培養する。工程(b)で細胞を浮遊培養している場合は、工程(c)でも引き続き細胞凝集体を浮遊培養すればよい。工程(b)で細胞を接着培養している場合は、工程(c)でも引き続き細胞を接着培養すればよい。工程(b)で細胞を浮遊培養した後、工程(c)で接着培養してもよい。工程(b)で細胞を接着培養した後、工程(c)で浮遊培養してもよい。工程(c)の培養を行うことで、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団が得られる。
【0220】
工程(c)において、FGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質の少なくとも一方を培地に添加する。本実施形態の一側面において、FGFシグナル伝達経路作用物質とBMPシグナル伝達経路阻害物質とを両方とも添加して細胞を培養してもよい。
【0221】
FGFシグナル伝達経路作用物質は、FGF(線維芽細胞増殖因子)により媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である限り特に限定はされない。FGFシグナル伝達経路作用物質としては、例えばFGF1、FGF2(「bFGF」と称することもある。)、FGF3、FGF7、FGF8、及びFGF10等のFGFタンパク質、抗FGF受容体抗体、並びに、FGF部分ペプチド等が挙げられる。これらの物質は、タンパク質の改変体又は融合体であってもよい。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。本発明に用いられるFGFシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)又は線維芽細胞増殖因子受容体2(FGFR2)へと結合し、受容体チロシンキナーゼとしての活性を向上させる物質である。上記活性を有する物質は、例えばCancer Metastasis Rev. (2015) 34:479-496に記載のFGF1、FGF2、FGF3、FGF4、FGF5、FGF6、FGF7、FGF8、FGF9、FGF10、FGF16、FGF17、FGF18、FGF19、FGF20、FGF21、FGF22、FGF23である。
【0222】
FGF2タンパク質及びFGF8タンパク質は、例えば富士フィルム和光純薬株式会社から入手可能である。FGFシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはFGF1、FGF2、FGF3、FGF4、FGF5、FGF6、FGF7、FGF8、FGF9、FGF10、FGF16、FGF17、FGF18、FGF19、FGF20、FGF21、FGF22、FGF23であり、より好ましくはFGF2、FGF3、FGF8及びFGF10、並びにこれらの改変体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはFGF2を含み、その上好ましくは組換えヒトFGF2を含む。
【0223】
培地中のFGFシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。上気道組織、嗅上皮又は鼻腔上皮を構成する細胞への分化、並びに、細胞の生存及び増殖を促進する観点からは、FGFシグナル伝達経路作用物質としてFGF2を用いる場合は、通常約1pg/ml~約100μg/mlの濃度で使用され、好ましくは約10pg/ml~約50μg/mlの濃度で使用され、より好ましくは約100pg/ml~約10μg/mlの濃度で使用され、さらに好ましくは約500pg/ml~約1μg/mlの濃度で使用され、最も好ましくは約1ng/ml~約200ng/mlの濃度で使用される。また、FGF2以外のFGFシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のFGF2と同等のFGFシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。添加する物質のFGFシグナル伝達経路促進活性については、例えば3T3細胞を用いた細胞増殖試験、線維芽細胞増殖因子受容体1を用いたキナーゼアッセイ等の手法により測定することができる。
【0224】
培地中でのFGFタンパク質の活性を保持する作用を有する物質を添加することもまた好ましい。上記のような作用を有する物質としては、例えばヘパリン、ヘパラン硫酸が挙げられる。ヘパリンは、ナトリウム塩として、例えば富士フィルム和光純薬株式会社から入手可能である。培地中のヘパリン又はヘパラン硫酸の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。培地中のヘパリンナトリウムの濃度は、通常約1ng/ml~約100mg/mlであり、好ましくは約10ng/ml~約50mg/mlであり、より好ましくは約100ng/ml~約10mg/mlであり、さらに好ましくは約500ng/ml~約1mg/mlであり、最も好ましくは約1μg/ml~約200μg/mlである。ヘパラン硫酸を用いる場合、上記濃度のヘパリンと同様のFGFタンパク質保護の活性をもつ濃度であることが好ましい。37℃等での細胞培養環境下でFGFタンパク質の活性を保持する目的から、例えば米国特許第8772460号明細書に記載のThermostable FGF2及びFGF-1/FGF-2 chimera等のFGFの改変体、又は、生分解性ポリマーにFGF2を結合させたStemBeads FGF2等のFGF徐放性ビーズを用いることもまた好ましい。Thermostable FGF2は、例えばHumanZyme社から入手可能である。FGF-1/FGF-2 chimeraは、例えば医学生物学研究所社から入手可能である。StemBeads FGF2は例えばStemCulture社から入手可能である。
【0225】
BMPシグナル伝達経路阻害物質とは、BMPファミリー・タンパク質により惹起されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り限定されない。BMPシグナル伝達経路阻害物質は、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えばBMPのプロセシングと細胞外への分泌を阻害する物質、BMPに直接作用する物質(例えばタンパク質、抗体、アプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体とBMPの結合を阻害する物質、及び、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMP受容体にはI型BMP受容体とII型BMP受容体が存在する。I型BMP受容体としては、BMPR1A、BMPR1B、ACVRが知られている。II型BMP受容体としては、TGF-beta R-II、ActR-II、ActR-IIB、BMPR2、MISR-IIが知られている。
【0226】
BMPシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、例えばNoggin、Chordin、Follistatin、Gremlin、Inhibin、Twisted Gastrulation、Coco、DANファミリーに属する分泌タンパク質等が挙げられる。これらの物質はタンパク質の改変体又は融合体であってもよい。上記工程(b)において培養液中にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加していることから、以降のBMPシグナル伝達経路をより効果的に阻害するという観点から、工程(c)におけるBMPシグナル伝達経路阻害物質は、細胞外へのBMPの分泌よりも後のシグナル伝達経路を阻害する物質、例えばBMP受容体とBMPとの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質等を含むことが好ましく、より好ましくはI型BMP受容体の阻害剤を含む。
【0227】
BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することもできる。BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、例えばI型BMP受容体の阻害物質が挙げられる。上記のような活性を有する化合物としては、例えばK02288(3-[(6-Amino-5-(3,4,5-trimethoxyphenyl)-3-pyridinyl]phenol,3-[6-Amino-5-(3,4,5-trimethoxyphenyl)-3-pyridinyl]-phenol)、Dorsomorphin(6-[4-[2-(1-Piperidinyl)ethoxy]phenyl]-3-(4-pyridinyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)、LDN-193189(4-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]quinoline dihydrochloride)、LDN-212854(5-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyriMidin-3-yl]quinoline)、LDN-214117(1-(4-(6-methyl-5-(3,4,5-trimethoxyphenyl)pyridin-3-yl)phenyl)piperazine)、ML347(5-[6-(4-Methoxyphenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]quinoline))、DMH1(4-(6-(4-Isopropoxyphenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline)、DMH2(4-[6-[4-[2-(4-Morpholinyl)ethoxy]phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]-quinoline)、M4K2163 dihydrochloride(1-[4-[5-(4-Fluoro-3,5-dimethoxyphenyl)-4-methyl-3-pyridinyl]phenyl]piperazine dihydrochloride)及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、例えばACS Omega 2021 6 (32), 20729-20734に記載のAlk2に対する阻害活性を有する物質を用いることもできる。BMPシグナル伝達経路阻害物質のAlk2に対する阻害活性は、例えばACS Chem. Biol. 2013 June 21; 8(6): 1291-1302に記載のキナーゼアッセイ及びC2C12細胞を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイ等の手法により測定することができる。
【0228】
BMPシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはI型BMP受容体阻害剤であり、より好ましくはK02288、Dorsomorphin、LDN-193189、LDN-212854、LDN-214117、ML347、DMH1及びDMH2からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはK02288を含む。
【0229】
培地中のBMPシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の形成効率の観点から、工程(c)におけるBMP伝達経路阻害物質としてK02288を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約50μMの濃度で使用され、より好ましくは約100nM~約50μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約500nM~約25μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてLDN-193189を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約10μMの濃度で使用され、より好ましくは約25nM~約1μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約100nM~約500nMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてLDN-212854を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約10μMの濃度で使用され、より好ましくは約25nM~約5μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約250nM~約3μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてML-347を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約50μMの濃度で使用され、より好ましくは約100nM~約50μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約1μM~約25μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてDMH2を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約10μMの濃度で使用され、より好ましくは約25nM~約5μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約250nM~約3μMの濃度で使用される。また、K02288以外のBMPシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のK02288と同等のBMPシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。BMPシグナル伝達経路阻害活性は、例えばACS Chem. Biol. 2013 Jun 21; 8(6): 1291-1302.に記載のキナーゼアッセイ、ルシフェラーゼアッセイ等の手法により測定可能である。
【0230】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の形成効率の観点から、工程(c)の開始時期は、工程(b)のBMPシグナル伝達経路作用物質の添加から好ましくは0.5時間以降240時間以内であり、より好ましくは6時間以降192時間以内であり、さらに好ましくは9時間以降120時間以内であり、特に好ましくは12時間以降72時間以内である。工程(c)におけるFGFシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質それぞれの添加時期は同時でもよいし、異なっていてもよい。
【0231】
工程(c)における一態様としては、まずFGFシグナル伝達経路作用物質を添加し、その後にBMPシグナル伝達経路阻害物質を添加してもよい。具体的には、例えば工程(b)の開始後48時間以内にまずFGFシグナル伝達経路作用物質を添加し、その後、96時間以内にBMPシグナル伝達経路阻害物質を添加してもよい。または、細胞集団中に混入する未分化細胞の増殖を抑制する観点からの別の一態様としては、例えば工程(2)の開始後72時間以降120時間以内にFGFシグナル伝達経路作用物質とBMPシグナル伝達経路阻害物質を添加してもよい。
【0232】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の形成効率の観点から、工程(c)の開始時期は、工程(b)のBMPシグナル伝達経路作用物質の添加後に細胞凝集体の表面に非神経上皮組織が形成されるよりも前に開始することが好ましい。細胞凝集体の表面に非神経上皮組織が形成されたかを調べるためには、顕微鏡等により細胞凝集体表面に上皮様の組織が形成されたかを観察、又は細胞凝集体の切片を作製し、サイトケラチン、E-Cadherin、EpCAM等の非神経上皮組織で発現するマーカーに対する蛍光免疫染色等の手法により行うことができる。
【0233】
浮遊培養を行なっている場合、工程(c)の培養は、例えば細胞凝集体中に上気道組織、嗅上皮及び鼻腔上皮のいずれかの細胞が分化するまで行えばよい。鼻腔上皮細胞への分化は、例えば細胞の免疫染色によって確認することができる。このとき、マーカーとしてはサイトケラチン15、サイトケラチン18、および前記した鼻腔上皮を構成する各種細胞のマーカー遺伝子等を用いることができる。または、工程(c)の培養は、嗅神経前駆細胞が分化するまで行えばよい。嗅神経前駆細胞への分化は、例えば細胞の免疫染色によって確認することができ、マーカーとしてはEbf2、NeuroD、Lhx2、Tuj1、NCAM、Calretininを用いることができる。
【0234】
工程(c)において用いられる培地は、特に限定されないが、工程(1)において用いられる培地の他、NeurobasalにB27 Supplementが添加された培地、DMEM/F-12にN2 Supplementが添加された培地、StemPro NSC SFM 無血清ヒト神経幹細胞培養培地(Thermo Fisher Scientific社製)等の調製済の神経細胞培養用の培地が挙げられる。
【0235】
工程(c)において、以前の工程において用いた添加物、例えばWntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、TAK1阻害物質等を引き続き添加することもまた好ましい。工程(c)で添加するWntシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質及びTAK1阻害物質は、以前の工程において用いられた物質と異なっていてもよいが、好ましくは同一である。添加物の濃度及び種類については、適宜調整することができる。工程(c)において使用される添加物は、好ましくはWntシグナル伝達経路阻害物質を含み、さらに好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質、JNKシグナル伝達経路阻害物質及びTAK1阻害物質を含む。本実施形態の一側面において、工程(c)をTAK1阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、及びEGFシグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で実施することが好ましい。
【0236】
嗅上皮の形成、並びに、細胞の生存及び増殖を促進する観点から、工程(c)は、EGFシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともまた好ましい。EGFシグナル伝達経路作用物質とは、上皮成長因子(EGF)により媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。EGFシグナル伝達経路作用物質としては、例えばEGF、TGF-α、AR(アンフィレギュリン)、EPG、HB-EGF(ヘパリン結合EGF様増殖因子)、BTC(ベータセルリン)、及びEPR(エピレグリン)等のEGFRリガンドタンパク質、NRG(ニューレグリン)1~4のErbB3/4(上皮成長因子受容体、HRE)リガンドタンパク質、並びに、アルプレノール、及びカルベジロール等の低分子化合物等が挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。EGFタンパク質は、例えばThermo Fisher Scientific社及びPrimeGene社から入手可能である。TGF-α及びHB-EGFタンパク質は、例えばR&D Systems社から入手可能である。EGFシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはEGFまたはTGF-αを含む。
【0237】
培地中のEGFシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。EGFシグナル伝達経路作用物質としてEGFを用いる場合は、通常約1pg/ml~約100μg/mlの濃度で使用され、好ましくは約10pg/ml~約50μg/mlの濃度で使用され、より好ましくは約100pg/ml~約10μg/mlの濃度で使用され、さらに好ましくは約500pg/ml~約1μg/mlの濃度で使用され、最も好ましくは約1ng/ml~約200ng/mlの濃度で使用される。またEGF以外のEGFシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のEGFと同等のEGFシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。EGFシグナル伝達経路作用物質としての活性は、例えばScience 223:1079に記載のBalb/3T3細胞の細胞増殖アッセイ等の手法により測定可能である。
【0238】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中における細胞の分化傾向の調節、並びに細胞の生存及び増殖を促進する観点からは、工程(c)は、Shhシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともできる。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、上記工程(i)にて記載のもの等を用いることができる。工程(c)におけるShhシグナル伝達経路作用物質は、工程(i)で用いるものと同じでもよいし、異なっていてもよいが、好ましくは同一の物質である。工程(c)におけるShhシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSAG、Purmorphamine、及びGSA-10からなる群より含まれる少なくとも1つを含み、より好ましくはSAGを含む。培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SAGは、工程(c)においては通常約1nM~約10μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約7μMの濃度で使用され、より好ましくは約50nM~約5μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約100nM~約3μMの濃度で使用され、特に好ましくは約300nM~約2μMの濃度で使用され、最も好ましくは約500nM~約1.5μMの濃度で使用される。また、SAG以外のShhシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0239】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中の細胞の分化傾向の調節の観点から、工程(c)は、レチノイン酸シグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともまた好ましい。レチノイン酸伝達経路作用物質としては、例えばレチノイン酸受容体(RAR)又はレチノイドX受容体(RXR)に結合し、下流の転写を活性化させる物質等が挙げられる。上記のような作用を有する化合物としては、例えばオールトランスレチノイン酸、イソトレチノイン、9-cisレチノイン酸、TTNPB(4-[(E)-2-[(5,5,8,8-Tetramethyl-5,6,7,8-tetrahydronaphthalene)-2-yl]-1-propenyl]benzoic acid)、Ch55(4-[(E)-3-(3,5-di-tert-butylphenyl)-3-oxo-1-propenyl]benzoic acid)、EC19(3-[2-(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)ethynyl]benzoic acid)、EC23(4-[2-(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)ethynyl)-benzoicacid)、Fenretinide(4-hydroxyphenylretinamide)、Acitretin((all-e)-9-(4-methoxy-2,3,6-trimethylphenyl)-3,7-dimethyl-2,4,6,8-nonatetraen)、Trifarotene、Adapalene、AC 261066(4-[4-(2-Butoxyethoxy-)-5-methyl-2-thiazolyl]-2-fluorobenzoicacid)、AC 55649(4-N-Octylbiphenyl-4-carboxylic acid)、AM 580(4-[(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)carboxamido]benzoic acid)、AM80(4-[(5,5,8,8-Tetramethyl-6,7-dihydronaphthalen-2-yl)carbamoyl]benzoic acid)、BMS 753(4-[[(2,3-Dihydro-1,1,3,3-tetramethyl-2-oxo-1H-inden-5-yl)carbonyl]amino]benzoicacid)、BMS 961(3-Fluoro-4-[(r)-2-hydroxy-2-(5,5,8,8-tetramethyl-5,6,7,8-tetrahydro-naphthalen-2-yl)-acetylamino]-benzoic acid)、CD1530(4-(6-Hydroxy-7-tricyclo[3.3.1.13,7]dec-1-yl-2-naphthalenyl)benzoicacid)、CD2314(5-(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-anthracenyl)-3-thiophenecarboxylic acid)、CD437(2-naphthalenecarboxylicacid,6-(4-hydroxy-3-tricyclo(3.3.1.1(3,7))dec-1-ylphenyl)、CD271(6-[3-(1-Adamantyl)-4-methoxyphenyl]-2-naphthalene carboxylic acid)及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの物質は単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0240】
工程(c)におけるレチノイン酸伝達経路作用物質は、好ましくはEC23を含む。培地中のレチノイン酸伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲であれば特に限定されない。レチノイン酸伝達経路作用物質としてEC23を用いる場合は、例えばEC23の濃度が約10pM~約30μMであり、好ましくは約100pM~約20μMであり、より好ましくは約10nM~約10μMであり、さらに好ましくは約100nM~約5μMである。EC23以外のレチノイン酸伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のEC23と同等のレチノイン酸伝達経路作用活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0241】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中の細胞の分化傾向の調節の観点からは、工程(c)は、Notchシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行うこともまた好ましい。本発明において、Notchシグナル伝達経路とは、細胞膜上に発現する受容体であるNotchタンパク質と、隣接細胞の膜上に発現するNotchリガンド(Delta、Jagged等)と、の直接相互作用により活性化されるシグナル伝達経路を表す。Notchシグナルが伝達された細胞においては、Notchタンパク質が段階的にプロセシングを受けて膜上で切り出された細胞内ドメインが核内へと運ばれて下流遺伝子の発現を制御する。
【0242】
当該物質として例えば、機能欠失型のNotch受容体及びそのリガンド、Notchのプロセシング(S1切断)を阻害する物質、Notch及びNotchリガンドの糖鎖修飾を阻害する物質、細胞膜移行を阻害する物質、Notchの細胞内ドメイン(NICD)のプロセシング(S2切断、S3切断)を阻害する物質(γセクレターゼ阻害剤)、NICDを分解する物質、NICD依存的な転写を阻害する物質等を挙げることができる。
【0243】
Notchシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することもできる。Notchシグナル伝達経路阻害物質としての活性を有する化合物として、例えばDAPT(N-[N-(3,5-difluorophenacetyl)-l-alanyl]-S-phenylglycine t-butyl ester)、DBZ((2S)-2-[[2-(3,5-difluorophenyl)acetyl]amino]-N-[(7S)-5-methyl-6-oxo-7H-benzo[d][1]benzazepin-7-yl]propanamide)、MDL28170(benzyl N-[(2S)-3-methyl-1-oxo-1-[[(2S)-1-oxo-3-phenylpropan-2-yl]amino]butan-2-yl]carbamate)、FLI-06(cyclohexyl 2,7,7-trimethyl-4-(4-nitrophenyl)-5-oxo-1,4,6,8-tetrahydroquinoline-3-carboxylate)、L-685,458(tert-butyl N-[6-[[1-[(1-amino-1-oxo-3-phenylpropan-2-yl)amino]-4-methyl-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-benzyl-3-hydroxy-6-oxo-1-phenylhexan-2-yl]carbamate)、CB-103(6-(4-tert-butylphenoxy)pyridin-3-amine)及びこれらの誘導体等、並びにOnco Targets Ther.2013;6:943-955に記載の物質等が挙げられる。Notchシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはDAPTを含む。
【0244】
培地中におけるNotchシグナル阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲であれば特に限定されない。例えばNotchシグナル伝達経路阻害物質としてDAPTを用いる場合は、例えばDAPTの濃度が約100pM~約50μMであり、好ましくは約1nM~約30μMであり、より好ましくは約100nM~約20μMであり、さらに好ましくは約1μM~約10μMである。DAPT以外のNotchシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のDAPTと同等のNotchシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0245】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中の細胞の分化傾向の調節の観点からは、工程(c)および以降の工程を、Hippo/YAPシグナル伝達経路調節物質の存在下で行うこともまた好ましい。本発明において、Hippo/YAPシグナル伝達経路とは、細胞増殖又はアポトーシス、幹細胞における自己複製の制御、器官のサイズ調節等に関与するシグナル伝達経路であって、Mst1/2又はLATS1/2等により構成されるキナーゼカスケードと、転写因子YAP/TAZにより制御されるシグナル伝達経路とを表す。例えば、細胞の増殖と幹細胞の未分化性の維持とを企図する場合は、当業者であれば、Hippo経路を阻害し、YAP/TAZタンパク質の脱リン酸化と核内移行を促進する作用を有する物質、YAP/TAZにより惹起される転写を促進する物質等を添加することにより行うことができる。細胞の分化促進を企図する場合は、当業者であれば、Hippo経路を活性化し、YAP/TAZタンパク質のリン酸化とユビキチン・プロテオソーム系等による分解を促進する作用を有する物質、YAP/TAZにより惹起される転写を抑制する物質等を添加することにより行うことができる。
【0246】
Hippo経路阻害物質としては上流のキナーゼカスケードを阻害し、またはYAP/TAZにより惹起される下流の標的遺伝子の転写若しくは細胞応答を亢進させるものである限り特に限定されない。
【0247】
Hippo経路活性化物質としてはYAP/TAZにより惹起される下流の遺伝子の転写又は細胞応答を抑制させるものである限り特に限定されない。Hippo経路活性化物質は核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。Hippo経路活性化物質としては、例えば、TEAD阻害物質、YAP-TEAD結合阻害物質、AMPK活性化剤、YAP/TAZ転写活性阻害物質、細胞間および細胞外マトリックスへの接着刺激の擬似活性化物質等が挙げられる。上記のような作用を有する物質としては例えばVerteporfin(3-[(23S,24R)-14-ethenyl-22,23-bis(methoxycarbonyl)-5-(3-methoxy-3-oxopropyl)-4,10,15,24-tetramethyl-25,26,27,28-tetrazahexacyclo[16.6.1.13,6.18,11.113,16.019,24]octacosa-1,3,5,7,9,11(27),12,14,16,18(25),19,21-dodecaen-9-yl]propanoic acid;3-[(23S,24R)-14-ethenyl-22,23-bis(methoxycarbonyl)-9-(3-methoxy-3-oxopropyl)-4,10,15,24-tetramethyl-25,26,27,28-tetrazahexacyclo[16.6.1.13,6.18,11.113,16.019,24]octacosa-1,3,5,7,9,11(27),12,14,16,18(25),19,21-dodecaen-5-yl]propanoic acid)、AICAR(5-amino-1-[(2R,3R,4S,5R)-3,4-dihydroxy-5-(hydroxymethyl)oxolan-2-yl]imidazole-4-carboxamide)、K-975(N-(3-(4-chlorophenoxy)-4-methylphenyl)acrylamide)、MYF-01-37(1-[3-methyl-3-[3-(trifluoromethyl)anilino]pyrrolidin-1-yl]prop-2-en-1-one)、TED-347(2-chloro-1-[2-[3-(trifluoromethyl)anilino]phenyl]ethanone)、VT107(N-[(1S)-1-(6-aminopyridin-2-yl)ethyl]-5-[4-(trifluoromethyl)phenyl]naphthalene-2-carboxamide)、YAP-TEAD-IN-1((4S)-4-[[(2S)-1-[(2S)-1-[(2S)-2-[[(3S,6S,9S,12S,15S,24S,27S,30S,33S)-15-[[(2S)-2-[[(2S)-1-[(2S)-2-acetamido-3-methylbutanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-3-(3-chlorophenyl)propanoyl]amino]-6-(4-aminobutyl)-24-benzyl-3-butyl-9-(3-carbamimidamidopropyl)-27-(hydroxymethyl)-30-methyl-12-(2-methylpropyl)-2,5,8,11,14,23,26,29,32-nonaoxo-18,19-dithia-1,4,7,10,13,22,25,28,31-nonazabicyclo[31.3.0]hexatriacontane-21-carbonyl]amino]-6-aminohexanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-5-amino-5-oxopentanoic acid)、Super-TDU((4S)-5-amino-4-[[(2S)-1-[(2S)-1-[(2S)-6-amino-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-1-[(2S)-2-[[(2S)-6-amino-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-1-[(2S)-2-[[(2S,3S)-2-[2-[(3S)-6-amino-1-[(2S)-1-[(2S)-2-[[(2S)-4-amino-2-[[(2R)-2-[[(2S,3S)-2-[[(2S)-6-amino-2-[[(2S)-1-[(2S)-4-amino-2-[[2-[[(2S)-2-[[2-[[2-[[(2S,3R)-2-[[(2S)-5-amino-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S,3S)-2-[[(2S)-2-[[2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-6-amino-2-[[(2R)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-3-carboxy-2-[[(2S)-3-carboxy-2-[[(2S)-2-[2-[(2S)-1-hydroxy-3-oxopropan-2-yl]hydrazinyl]-3-methylbutanoyl]amino]propanoyl]amino]propanoyl]amino]-3-(1H-imidazol-5-yl)propanoyl]amino]-3-phenylpropanoyl]amino]propanoyl]amino]hexanoyl]amino]-3-hydroxypropanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]amino]acetyl]amino]-3-carboxypropanoyl]amino]-3-hydroxybutanoyl]amino]-3-(1H-indol-3-yl)propanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]amino]-5-oxopentanoyl]amino]-3-methylpentanoyl]amino]acetyl]amino]acetyl]amino]-3-hydroxypropanoyl]amino]acetyl]amino]-4-oxobutanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]hexanoyl]amino]-3-hydroxybutanoyl]amino]propanoyl]amino]-4-oxobutanoyl]amino]-3-methylbutanoyl]pyrrolidin-2-yl]-1,2,6-trioxohexan-3-yl]hydrazinyl]-3-hydroxybutanoyl]amino]-3-methylbutanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-4-methylsulfanylbutanoyl]amino]-5-carbamimidamidopentanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]amino]-5-carbamimidamidopentanoyl]amino]hexanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-3-carboxypropanoyl]amino]-3-hydroxypropanoyl]amino]-3-phenylpropanoyl]amino]-3-phenylpropanoyl]amino]hexanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-5-oxopentanoic acid)およびこれらの誘導体等が挙げられる。
【0248】
上記の物質等がHippo経路阻害物質又はHippo経路活性化物質としての活性を有することは、例えば、Current drug targets, 2017, 18.4: 447-454に記載されており、当業者にとって公知である。上記文献に記載の物質等をHippo経路阻害物質又はHippo経路活性化物質として用いることもできる。
【0249】
前述の通り、上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中の細胞の分化傾向の調節の観点からは、工程(c)は、Wntシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともまた好ましい。培地中のWntシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中の細胞の分化傾向の調節の観点からは、Wntシグナル伝達経路作用物質としてCHIR99021を用いる場合は、通常約10pM~約10mMの濃度で使用され、好ましくは約100pM~約1mMの濃度で使用され、より好ましくは約1nM~約100μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約10nM~約30μMの濃度で使用され、最も好ましくは約100nM~約3μMの濃度で使用される。また、CHIR99021以外のWntシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のCHIR99021と同等のWntシグナル伝達経路促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。Wntシグナル伝達経路促進活性は、例えばHEK293細胞を用いたTopflashレポーターアッセイを用いて決定することができる。
【0250】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中の細胞の分化傾向の調節の観点から、工程(c)及び以降の工程をアクチビン/TGF-βシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともまた好ましい。アクチビン/TGF-βシグナル伝達経路作用物質とは、アクチビン/TGF-βにより媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。アクチビン/TGF-βシグナル伝達経路作用物質としては、例えばアクチビン、及びTGF-β等の組換えタンパク質、並びに、Alantolactone等のアクチビン/TGF-βシグナル伝達経路を活性化させる物質等が挙げられる。これらの物質は、単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。生物学的活性の見地からのアクチビン/TGF-βシグナル伝達経路作用物質としては、例えばヒト慢性骨髄性白血病由来細胞株K562等の細胞に対するヘモグロビン発現誘導能を有する物質が挙げられる。アクチビン/TGF-βシグナル伝達経路作用物質としてヒト組換えアクチビン(R&D Systems社製)を用いる場合は、通常1pg/ml~1mg/mlの範囲の濃度で用い、好ましくは100pg/ml~10μg/mlの範囲の濃度で用い、より好ましくは1ng/ml~100ng/mlの範囲の濃度で用いる。ヒト組換えアクチビン以外のアクチビン/TGF-βシグナル伝達経路作用物質を用いる場合は、当業者にとって周知の、前記ヒト組替アクチビン添加濃度と同様の生理活性を示す濃度で添加すればよい。工程(c)より以前の工程においてアクチビン/TGF-βシグナル伝達経路阻害物質を添加している場合は、例えば細胞凝集体を培養器材から回収後、アクチビン/TGF-βシグナル伝達経路阻害物質を含まない培地、緩衝液等で複数回洗浄し、新しい培養器材に細胞凝集体を移設したあとアクチビン/TGF-βシグナル伝達経路作用物質を含む培地を添加することが好ましい。
【0251】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中における細胞の分化傾向を調節する観点から、工程(c)及び以降の工程をFGFシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行うこともまた好ましい。FGFシグナル伝達経路阻害物質としてはFGFにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、FGFと直接結合してトラップする物質、FGF受容体のキナーゼ活性を阻害する物質、FGFによって活性化される細胞内シグナル伝達を阻害する物質、FGF刺激によって誘導される遺伝子発現を抑制する物質等が挙げられる。上記のような作用を有する物質としては、例えば抗FGF抗体、GP369(抗FGFR2抗体)、SU5402(3-[4-Methyl-2-[(2-oxo-1H-indol-3-ylidene)methyl]-1H-pyrrol-3-yl]propanoic acid)、BGJ398(3-(2,6-Dichloro-3,5-dimethoxyphenyl)-1-[6-[[4-(4-ethylpiperazin-1-yl)phenyl]amino]pyrimidin-4-yl]-1-methylurea)、PD173074(1-(Tert-Butyl)-3-(2-((4-(diethylamino)butyl)amino)-6-(3,5-dimethoxyphenyl)pyrido[2,3-d]pyrimidin-7-yl)urea)、AZD4547(rel-N-[5-[2-(3,5-Dimethoxyphenyl)ethyl]-1H-pyrazol-3-yl]-4-[(3R,5S)-3,5-dimethyl-1-piperazinyl]benzamide)、Erdafitinib(N-(3,5-dimethoxyphenyl)-N-(1-methylethyl)-N-[3-(1-methyl-1H-pyrazol-4-yl)quinoxalin-6-yl]ethane-1,2-diamine)、BYL719((2S)-N1-[4-Methyl-5-[2-(2,2,2-trifluoro-1,1-dimethylethyl)-4-pyridinyl]-2-thiazolyl]-1,2-pyrrolidinedicarboxamide)、GSK2636771(2-Methyl-1-[[2-Methyl-3-(trifluoroMethyl)phenyl]Methyl]-6-(4-Morpholinyl)-1H-benziMidazole-4-carboxylic acid)、Taselisib(2-Methyl-2-[4-[2-(5-Methyl-2-propan-2-yl-1,2,4-triazol-3-yl)-5,6-dihydroiMidazo[1,2-d][1,4]benzoxazepin-9-yl]pyrazol-1-yl]propanaMide)、Capivasertib(4-Amino-N-[(1S)-1-(4-chlorophenyl)-3-hydroxypropyl]-1-(7H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidin-4-yl)-4-piperidinecarboxamide)、Sapanisertib(2-(((1R,4R)-4-((((4-chlorophenyl)(phenyl)carbamoyl)oxy)methyl)cyclohexyl)methoxy)acetic acid)、Dabrafenib(N-[3-[5-(2-Amino-4-pyrimidinyl)-2-(tert-butyl)-4-thiazolyl]-2-fluorophenyl]-2,6-difluorobenzenesulfonamide)、Binimetinib(5-[(4-Bromo-2-fluorophenyl)amino]-4-fluoro-N-(2-hydroxyethoxy)-1-methyl-1H-benzimidazole-6-carboxamide)、Trametinib(N-[3-[3-Cyclopropyl-5-[(2-fluoro-4-iodophenyl)amino]-3,4,6,7-tetrahydro-6,8-dimethyl-2,4,7-trioxopyrido[4,3-d]pyrimidin-1(2H)-yl]phenyl]acetamide)及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0252】
FGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞を効率よく製造できる範囲で適宜設定することができる。FGFシグナル伝達経路阻害物質としてSU5402を用いる場合には、工程(c)におけるFGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、通常1nMから100mMであり、好ましくは10nM~10mMであり、より好ましくは100nM~1mMである。FGFシグナル伝達経路阻害物質としてPD173074を用いる場合には、工程(c)におけるFGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、1nMから100mMであり、好ましくは10nM~10mMであり、より好ましくは100nM~1mMである。上記以外のFGFシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記濃度のSU5402と同等のFGFシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが好ましい。工程(c)及びより以前の工程においてFGFシグナル伝達経路作用物質を添加していた場合の操作として、そのままFGFシグナル伝達経路阻害物質を添加してもよいし、細胞を別の滅菌済み容器(15mlチューブ、浮遊培養用シャーレ等)に回収し、培地又は生理食塩水等で洗浄したのちに移してもよい。その際の移設後の培養に用いる培養容器は、工程(c)までで用いていたものと同様の物(96ウェルプレート等)でもよいし、別の容器(浮遊培養用ディッシュ等)でもよい。
【0253】
工程(c)におけるFGFシグナル伝達経路阻害物質の添加時期は、例えばFGFシグナル伝達経路作用物質又はBMPシグナル伝達経路阻害物質の添加後24時間後以降であり、好ましくは48時間後以降であり、より好ましくは72時間後以降であり、さらに好ましくは96時間後以降である。FGFシグナル伝達経路阻害物質の添加時期の別の態様は、FGFシグナル伝達経路作用物質又はBMPシグナル伝達経路阻害物質の添加後に細胞塊の表面に上皮様の構造が形成された以降の時期である。
【0254】
上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織中における細胞の分化傾向を調節する観点から、工程(c)及び以降の工程を再度BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で行うこともまた好ましい。工程(c)における再添加時のBMPシグナル伝達経路作用物質の種類は、工程(b)で添加したものと同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。工程(c)における再添加時のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質としてBMP4を用いる場合は、通常約1pM~約100nMの濃度で使用され、好ましくは約10pM~約50nMの濃度で使用され、より好ましくは約25pM~約25nMの濃度で使用され、さらに好ましくは約25pM~約5nMの濃度で使用され、特に好ましくは約100pM~約5nMの濃度で使用され、最も好ましくは約500pM~約2nMの濃度で使用される。工程(c)においてBMPシグナル伝達経路阻害物質を添加していた場合の操作として、細胞を別の滅菌済み容器(15mlチューブ、浮遊培養用シャーレ等)に回収し、培地又は生理食塩水等で洗浄したのちに移してもよい。その際の移設後の培養に用いる培養容器は、工程(c)までで用いていたものと同様の物(96ウェルプレート等)でもよいし、別の容器(浮遊培養用ディッシュ等)でもよい。
【0255】
浮遊培養を実施している場合、工程(c)及び以降の工程において細胞凝集体同士の接着を抑制する観点、細胞の保護の観点、及び生体の物理的環境を模して上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織の製造効率を向上させる観点から、増粘剤を含有し、粘性を有する培地中で細胞凝集体を培養することもできる。
【0256】
培地に粘性を付与する手段は特に制限されないが、例えば、一般に増粘剤として知られる物質を適当な濃度で培地に添加することにより実施されうる。増粘剤としては、培地に上記の適度な粘度を付与し得るものであって、当該粘度を付与し得る濃度範囲において、細胞に悪影響を及ぼさない(細胞毒性がない)ものであれば、いかなる増粘剤も使用することができる。増粘剤としては、例えばペクチン、グアーガム、キサンタンガム、タマリンドガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、ジェランガム、デキストリン、ダイユータンガム、デンプン、タラガム、アルギン酸、カードラン、カゼインナトリウム、カロブビーンガム、キチン、キトサン、グルコサミン、プルラン、食物繊維及びこれらの化学修飾された物質又は誘導体、セルロース及びアガロースなどの多糖、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルエチルセルロース、ヒドロキシプロピルエチルセルロース、エチルヒドロキシエチルセルロース、ジヒドロキシプロピルセルロース及びヒドロキシエチルヒドロキシプロピルセルロースなどの多糖のエーテル、ポリアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリビニルピロリドン、エチレングリコール/プロピレングリコール共重合体、ポリエチレンイミンポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸及びマレイン酸共重合体などの合成高分子、並びに、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸及びデキストランなどの生体高分子並びにそれらを模倣した人工高分子(例えば、エラスチン様ペプチドなど)が挙げられる。好ましくは、これら増粘剤は単独で用いてもよいし、何種類かの増粘剤の混合物として用いることもできる。また、増粘剤として用いられる水溶性高分子の共重合体を用いてもよい。好ましくは、メチルセルロース、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース又はそれらの混合物、より好ましくはメチルセルロースを用いることができる。
【0257】
粘性を有する培地は、培養環境として好適に用いられる37℃条件下で、通常100mPa・S以上の粘性を有するもの、好ましくは250mPa・S以上の粘性を有するもの、より好ましくは500mPa・S以上の粘性を有するもの、さらに好ましくは1000mPa・S以上の粘性を有するものが用いられる。上記粘性の上限は、特に制限されないが例えば、1000Pa・S以下であってもよい。上記粘性は、例えば日本産業規格(JIS)に基づき、細管粘度計、落球粘度計、回転粘度計、振動粘度計等を用いて測定することが可能である。
【0258】
培地に添加される増粘剤の濃度は、粘性を付与可能であり細胞に対する障害性を有しない限り適宜調製可能である。増粘剤としてメチルセルロース(4000cP)を用いる場合は、通常0.1質量%から10質量%の濃度で用いられ、好ましくは0.3質量%から7.5質量%の濃度で用いられ、さらに好ましくは0.5質量%から5質量%の濃度で用いられる。「質量%」は「w/w%」と表記することも可能である。
【0259】
浮遊培養を実施している場合、工程(c)及び以降の工程において細胞凝集体同士の接着又は凝集を抑制する観点、剪断力等の物理的刺激からの細胞の保護の観点、及び生体の物理的環境を模して上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮様組織の製造効率を向上させる観点から、界面活性作用を有する物質を添加することもできる。このような物質としては例えば、アラキドン酸、リノール酸、リノレイン酸、ミリスチン酸、オレイン酸、パルミチン酸、パルミトイル酸、及びステアリン酸等の脂肪酸、プルロニック F-68、及びTween 80等の界面活性剤、並びに、コレステロールが挙げられる。
【0260】
浮遊培養を実施している場合、工程(c)及び以降の工程において製造される細胞塊のサイズを均一にし、分化誘導の効率を制御する観点から、形成された細胞塊同士の接着を防止するような処置を講じることも望ましい。上記を実現する手段としては例えば、国際公開第2016/121737号に記載のリゾリン脂質類の添加、国際公開第2019/131941号に記載のトロンビン受容体アゴニストの添加、国際公開第2016/121840号に記載の細胞間接着の阻害物質の添加等の手段が挙げられるが、これらに限定されない。細胞塊同士の接着を防止する別の態様として、細胞接着を制御するRhoシグナル伝達経路に対する阻害物質の添加が挙げられる。細胞塊同士の接着を防止するRhoシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはROCK阻害物質である。細胞塊同士の接着を防止する目的でROCK阻害物質であるY-27632又はChroman 1を添加する場合は、細胞保護物質として使用する場合と同様の条件にて添加することができる。ROCK阻害物質であるY-27632を添加する場合は、通常10nMから10mM、好ましくは100nMから1mM、より好ましくは1μMから100μMの濃度となるように培養環境中に添加する。ROCK阻害物質であるChroman 1を添加する場合は通常10pMから1mM、好ましくは100pMから100μM、より好ましくは1nMから10μMの濃度となるように培養環境中に添加する。
【0261】
工程(b)まで浮遊培養を実施している場合、工程(c)及び以降の工程において形成された上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の分化成熟を促進する観点から、形成された細胞凝集体を接着培養することもまた好ましい。浮遊培養から接着培養への移行の際には細胞凝集体をそのまま細胞培養ディッシュ上に静置することで接着させてもよいし、カッティング処置、又は細胞分散処置等を実施し、より小さな細胞凝集体又は単離された細胞の懸濁液を調製し、播種後に接着させてもよい。
【0262】
細胞を接着させる培養器材として、前述した平面の細胞培養ディッシュ、又はTranswell等の物質透過性を有する薄膜状の細胞培養器材のいずれの形態でも用いることができる。培養器材は、細胞の接着を促進するために基底膜標品、ラミニン等の細胞外マトリクス、ポリ-D-リジン等の合成細胞接着分子等でコーティングされていてもよい。
【0263】
工程(c)及び以降の工程において、上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の生存及び分化成熟を促進する観点から、細胞凝集体を気相液相境界面培養法で培養することもまた好ましい。気相液相境界面培養法(Air liquid interface culture)とは、細胞又は組織の少なくとも一面が大気に暴露されているか、極めて近い位置にある条件での培養を表す。気相液相境界面培養法を実施するためには、例えば細胞又は組織を多孔性メンブレン上又はカルチャーインサート内で培養し、インサート内(内腔側)の培養液を抜き取り、インサート外側のウェル内の培養液のみで培養する方法、アガロース等のハイドロゲルを培養ディッシュ内に置き、その上に細胞又は組織等を置いてディッシュ内の培地から露出しつつ乾燥しない条件下で培養する方法、及び、アガロース等に包埋後、振動刃ミクロトーム等で細胞凝集体を薄切し、セルインサート内で薄切片を培養する方法等が挙げられる。主として酸素による大気への暴露の毒性を軽減する目的から、PDMS等の酸素透過性の膜又は板を細胞又は組織等の上に置き、暴露条件を調節することもできる。上記のような気相液相境界面培養法は、例えばRespiratory research 18.1(2017):195、Sci Rep 6,21472、Nat Neurosci.2019 Apr;22(4):669-679等を参照して実施することができる。
【0264】
工程(c)及び以降の工程において、上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の生存及び分化成熟を促進する観点から、細胞凝集体をゲル中に包埋して培養する工程を含んでもよい。ゲルとしては、例えばアガロース、メチルセルロース、コラーゲン、及びマトリゲル等を用いたゲルが挙げられ、マトリゲルを用いることが好ましい。
【0265】
工程(c)及び以降の工程のゲル中に包埋して細胞を培養する工程において、細胞凝集体をそのまま包埋してもよいし、分散及び単離した後の細胞をゲル中に播種してもよい。セルソーター等を用いて基底細胞等特定の細胞腫を分取した後に播種してもよい。ゲル中に包埋する培養法のさらなる一態様として、線維芽細胞、間葉系細胞、血管系の細胞等の上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮以外の細胞との共培養を実施することもできる。上記のようなゲル包埋培養は、例えばNature 501,373-379(2013)、Nature,499,481-484(2013)、Nat Protoc 14,518-540(2019)、Genes 2020,11,603等を参照して実施することができる。
【0266】
工程(c)及び以降の工程において、細胞への栄養及び酸素の供給を改善し、物質交換を改善し、細胞塊同士の融合を抑制する目的から、細胞が物理的に揺動される培養方法を実施することも好ましい。このような培養方法としては、静置培養以外の方法、例えば振盪培養、回転培養、及び攪拌培養等の方法が挙げられる。振盪培養、回転培養、攪拌培養等を実施するための手段は特に限定されないが、例えば細胞を培養している培養器材をローテーター、シェーカー等に設置する、又は細胞をスターラー等が回転している環境下に置くことにより実施することができる。振盪培養、回転培養、攪拌培養の速度等のパラメーターは当業者であれば細胞への障害が生じない範囲で適宜設定可能である。例えば波動形揺動の3Dシェーカー(例えばMini-Shaker 3D、Biosan社製)を用いて振盪培養を実施する場合は、例えば5~60rpm、好ましくは5~40rpm、より好ましくは5~20rpmの範囲で振盪速度範囲を設定可能である。往復式のシェーカー(例えばNS-LR、アズワン社製)を用いて振盪培養を実施する場合は、例えば15~60rpm、好ましくは15~50rpm、より好ましくは15~45rpmの範囲で振盪速度範囲を設定可能である。シーソー式のシェーカー(例えばNS-S、アズワン社製)を用いて振盪培養を実施する場合は、例えば5~50rpm、好ましくは5~40rpm、より好ましくは5~30rpmの範囲で振盪速度範囲を設定可能である。細胞凝集体を攪拌培養、回転培養で培養する場合は、例えばスピナーフラスコ(例えば3152、コーニング社製)をマグネティックスターラー上に設置し、細胞凝集体が目視で沈降しない程度の回転数で培養を実施することもできる。三次元回転浮遊培養装置(例えばCellPet CUBE、ジェイテック社製;Clinostar、Celvivo社製)を用いて培養を実施することもできる。細胞への摩擦等の物理的な障害を抑制する観点から、前記のゲルに包埋した細胞凝集体を振盪培養、回転培養又は攪拌培養することもまた好ましい。細胞への摩擦等の物理的な障害を抑制する別の態様としては、細胞が物理的に揺動される培養方法を間欠的に実施することもまた好ましい。前述したシェーカー、スターラー等とタイムスイッチ、間欠タイマー等を組み合わせることにより、振盪培養、回転培養、攪拌培養等を間欠的に実施することができる。間欠運転の時間条件は適宜設定可能である。間欠タイマー(例えばFT-011、東京器械硝子社製)と往復式のシェーカーを用いて間欠運転を実施する場合は、例えば静止15秒から12時間、作動1秒から60分の範囲で、好ましくは静止30秒から6時間、作動1秒から10分の範囲で、より好ましくは静止60秒から2時間、作動2秒から5分の範囲で、間欠運転の時間条件を設定できる。
【0267】
工程(c)及び以降の工程において、細胞死を抑制し、細胞の増殖を促進する観点から、培地中にさらなる増殖因子を添加することもまた好ましい。添加される増殖因子の種類は、上記目的を達成可能な限り特に限定されない。かかる目的で用いられる増殖因子としては、例えば、インスリン様成長因子(insulin-like growth factor:IGF)、神経成長因子(nerve growth factor:NGF)、脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)、ニューロトロフィン3、ニューロトロフィン4/5、毛様体神経栄養因子(ciliary neurotrophic factor:CNTF)、血管内皮細胞増殖因子(vesicular endothelial growth factor:VEGF)、色素上皮由来因子(pigment epithelium-derived factor:PEDF)、肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor:HGF)等が挙げられる。これらの増殖因子は、上記目的を達成可能な濃度で添加すればよい。
【0268】
工程(c)及び以降の工程において、細胞死を抑制し、細胞の増殖を促進する観点から、血小板由来成長因子(platelet-derived growth factor:PDGF)等の血小板由来成長因子受容体作用物質を培地中に添加することもまた好ましい。PDGFにはA、B、C、Dの四種類の遺伝子が存在し、AA、AB、BB、CC、DDのホモ又は特定の組み合わせのヘテロの二量体を形成してリガンドとして機能する。PDGF受容体にはα及びβの二種類の遺伝子が存在し、αα、αβ、ββの組み合わせのホモ又はヘテロの二量体を形成して受容体として機能する。このうち、プラコードを含む非神経外胚葉ではPDGFRβがよく発現している。本発明で用いる血小板由来成長因子受容体作用物質は、好ましくはPDGFRββ又はPDGFRαβに対する作用を有している。上記血小板由来成長因子受容体作用物質は、より好ましくはPDGF-AB、PDGF-BB、PDGF-CC及びPDGF-DDのからなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはPDGF-BB及びPDGF-CCからなる群より選ばれる少なくとも1つを含む。PDGF-AB、PDGF-BB、PDGF-CC及びPDGF-DDは、組換えタンパク質としてR&D systems社、GenScript社等から入手可能である。
【0269】
工程(c)及び以降の工程において、細胞死を抑制し、細胞の増殖を促進する観点から、高酸素の雰囲気下で培養することもまた好ましい。培養過程における高酸素条件は、例えば細胞を培養するインキュベーターに酸素ボンベを接続し、人工的に酸素を供給することにより実現できる。かかる目的での酸素濃度は、通常25体積%から80体積%であり、より好ましくは30体積%から60体積%である。
【0270】
工程(c)及び以降の工程において、細胞凝集体を培養する培地中への酸素供給量を増やす観点から、ガス交換効率の高い培養器材を用いることもできる。このような培養器材の例として、細胞培養ディッシュ、プレートの底面をガス透過性のフイルムとしたLumoxディッシュ(ザルスタット株式会社製)、VECELL 96well plate(株式会社ベセル製)等が挙げられる。前述した高酸素濃度条件下での培養と組み合わせて用いることもまた好ましい。
【0271】
工程(c)及び以降の工程において、細胞凝集体中における上皮組織の構造を維持する観点から、細胞保護剤を培地に添加することもできる。工程(c)及び以降の工程において用いられる細胞保護剤としては、上述したFGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、ROCK阻害物質、基底膜標品、ミオシン阻害物質、ポリアミン類、ISR阻害剤、カスパーゼ阻害剤、血清、及び血清代替物等が挙げられる。ミオシン阻害物質としては、例えば非筋型ミオシンII ATPアーゼの阻害物質であるBlebbistatin、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)の阻害物質であるML-7、ML-9、W-7、MLCK inhibitor peptide 18及びこれらの誘導体等が挙げられる。添加する細胞保護剤は、工程(a)で添加したものと同一であっても異なっていてもよいが、好ましくは同一である。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。工程(c)及び以降の工程において、細胞保護剤としてROCK阻害物質であるY-27632を添加する場合は、通常10nMから10mMの濃度となるように、好ましくは100nMから1mMの濃度となるように、より好ましくは1μMから100μMの濃度となるように培養環境中に添加する。ROCK阻害物質であるChroman 1を添加する場合は、通常10pMから1mMの濃度となるように、好ましくは100pMから100μMの濃度となるように、より好ましくは1nMから10μMの濃度となるように培養環境中に添加する。細胞保護剤として非筋型ミオシンII ATPアーゼの阻害物質であるBlebbistatinを添加する場合は、通常10nMから10mMの濃度となるように、好ましくは100nMから1mMの濃度となるように、より好ましくは1μMから100μMの濃度となるように培養環境中に添加する。
【0272】
工程(c)及び以降の工程において、細胞保護剤以外の、上皮組織の構造を維持する作用を有する物質を添加することもできる。上記のような物質として、例えば細胞接着を促進する物質、基底膜成分の合成を促進する物質、基底膜成分の分解を阻害する物質等が挙げられる。細胞接着を促進する物質は、細胞-細胞間の接着、細胞-基底膜間の接着、細胞-培養器材間の接着等いずれを促進するものであってもよいし、細胞接着に関与する因子の産生を促すものであってもよい。細胞接着を促進する物質として例えばアドヘサミン、アドヘサミン-RGDS誘導体、Pyrintegrin、Biotin tripeptide-1、Acetyl Tetrapeptide-3、RGDS Peptide及びこれらの誘導体等が挙げられる。基底膜成分の合成を促進する物質として例えばアスコルビン酸誘導体等が挙げられる。アスコルビン酸誘導体としては、例えばアスコルビン酸リン酸ナトリウム、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸2-グルコシド、3-O-エチルアスコルビン酸、テトラヘキシルデカン酸アスコルビル、パルミチン酸アスコルビル、ステアリン酸アスコルビル、アスコルビン酸-2リン酸-6パルミチン酸、グリセリルオクチルアスコルビン酸等が挙げられる。基底膜成分の分解を阻害する物質として、例えばマトリックスメタロプロテアーゼ及びセリンプロテアーゼの阻害剤等が挙げられる。基底膜成分の合成を促進する物質であるアスコルビン酸誘導体の一種であるアスコルビン酸2-リン酸を添加する場合は、通常10μg/ml以上1000μg/ml以下の濃度となるように、好ましくは30μg/ml以上500μg/ml以下の濃度となるように、さらに好ましくは50μg/ml以上300μg/ml以下の濃度となるように培養環境中に添加する。他のアスコルビン酸及びアスコルビン酸の誘導体等を添加する際は、上記の濃度とモル当量が同程度となるように添加すればよい。
【0273】
工程(c)及び以降の工程において、上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の生存を促進する観点から、酸化ストレスを軽減する作用を有する物質を添加することも好ましい。上記のような活性を有する物質として例えば抗酸化物質、フリーラジカルスカベンジャー作用を有する物質、NADPHオキシダーゼ阻害物質、シクロオキシゲナーゼ阻害物質、リポキシゲナーゼ(LOX)阻害物質、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)様物質、Nrf2活性化剤等が挙げられる。上記のような活性を有する物質として例えばアスコルビン酸、N-アセチル-L-システイン、酢酸(±)-α-トコフェロール、Apocynin(4’-Hydroxy-3’-methoxyacetophenone)、ニコチンアミド、タウリン(2-アミノエタンスルホン酸)、IM-93(1-Isopropyl-3-(1-methyl-1H-Indole-3-yl)-4-(N,N-dimethyl-1,3-propanediamine)-1H-Pyrrole-2、5H-dione)、Caffeic Acid(3,4-Dihydroxycinnamic Acid)、Celastrol(3-Hydroxy-24-nor-2-oxo-1(10),3,5,7-friedelatetraen-29-oic Acid;Tripterin)、Ebselen(2-Phenyl-1,2-benzisoselenazol-3(2H)-one)、(-)-Epigallocatechin Gallate((2R,3R)-2-(3,4,5-Trihydroxyphenyl)-3,4-dihydro-1[2H]-benzopyran-3,5,7-triol-3-(3,4,5-trihydroxybenzoate))、EUK-8(N,N’-Bis(salicylideneamino)ethane-manganese(i))、Edaravone(3-Methyl-1-phenyl-2-pyrazolin-5-one)、MnTBAP(Mn(III)tetrakis(4-benzoic acid)porphyrin Chloride)、Nordihydroguaiaretic Acid、Resveratrol(trans-3,4,5-Trihydroxystilbene)及びこれらの誘導体等が挙げられるが、これらに限定はされない。細胞培養用に調製済の試薬(例えば抗酸化サプリメント、Sigma Aldrich社製、A1345)を用いることもできる。本発明で用いる酸化ストレスを軽減する作用を有する物質は、好ましくはアスコルビン酸、N-アセチル-L-システイン及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含む。アスコルビン酸は、例えばその誘導体であるアスコルビン酸2リン酸として、1nMから1Mの濃度で、好ましくは10nMから100mMの濃度で、より好ましくは100nMから10mMの濃度で、さらに好ましくは1μMから3mMの濃度で培地中に添加することができる。N-アセチル-L-システインは、例えば1nMから1Mの濃度で、好ましくは10nMから100mMの濃度で、より好ましくは100nMから10mMの濃度で、さらに好ましくは1μMから5mMの濃度で培地中に添加することができる。
【0274】
工程(c)及び以降の工程において、上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の生存を促進する観点から、ストレス応答シグナル伝達経路に対する阻害物質(ストレスに対する細胞内シグナル伝達機構を阻害する物質)を添加することもまた好ましい。ストレス応答性MAPキナーゼ経路(stress-activated protein kinase:SAPK)はストレスに対する細胞内シグナル伝達機構の主要なものの一つである。ストレス応答性MAPキナーゼ経路の阻害剤としては例えばMAP3K阻害剤、MAP2K阻害剤、ASK阻害剤、MEK阻害剤、Akt阻害剤、Rhoファミリーキナーゼ阻害剤、JNK阻害剤、p38阻害剤、MSK阻害剤、STAT阻害剤、NF-κB阻害剤、CAMK阻害剤等が挙げられる。
【0275】
MEK阻害剤としては、例えばSelumetinib(AZD6244,6-(4-bromo-2-chloroanilino)-7-fluoro-N-(2-hydroxyethoxy)-3-methylbenzimidazole-5-carboxamide)、Mirdametinib(PD0325901,N-[(2R)-2,3-dihydroxypropoxy]-3,4-difluoro-2-(2-fluoro-4-iodoanilino)benzamide)、Trametinib(GSK1120212,N-[3-[3-cyclopropyl-5-(2-fluoro-4-iodoanilino)-6,8-dimethyl-2,4,7-trioxopyrido[4,3-d]pyrimidin-1-yl]phenyl]acetamide)、U0126(1,4-diamino-2,3-dicyano-1,4-bis(2-aminophenylthio)butadiene)、PD184352(CI-1040,2-(2-chloro-4-iodoanilino)-N-(cyclopropylmethoxy)-3,4-difluorobenzamide)、PD98059(2-(2-amino-3-methoxyphenyl)chromen-4-one)、BIX 02189(3-[N-[3-[(dimethylamino)methyl]phenyl]-C-phenylcarbonimidoyl]-2-hydroxy-N,N-dimethyl-1H-indole-6-carboxamide)、Pimasertib(AS-703026,N-[(2S)-2,3-dihydroxypropyl]-3-(2-fluoro-4-iodoanilino)pyridine-4-carboxamide)、Pelitinib(EKB-569,(E)-N-[4-(3-chloro-4-fluoroanilino)-3-cyano-7-ethoxyquinolin-6-yl]-4-(dimethylamino)but-2-enamide)、BIX 02188(3-[N-[3-[(dimethylamino)methyl]phenyl]-C-phenylcarbonimidoyl]-2-hydroxy-1H-indole-6-carboxamide)、TAK-733(3-[(2R)-2,3-dihydroxypropyl]-6-fluoro-5-(2-fluoro-4-iodoanilino)-8-methylpyrido[2,3-d]pyrimidine-4,7-dione)、AZD8330 (2-(2-fluoro-4-iodoanilino)-N-(2-hydroxyethoxy)-1,5-dimethyl-6-oxopyridine-3-carboxamide)、Binimetinib(MEK162,6-(4-bromo-2-fluoroanilino)-7-fluoro-N-(2-hydroxyethoxy)-3-methylbenzimidazole-5-carboxamide)、SL-327((Z)-3-amino-3-(4-aminophenyl)sulfanyl-2-[2-(trifluoromethyl)phenyl]prop-2-enenitrile)、Refametinib(RDEA119,N-[3,4-difluoro-2-(2-fluoro-4-iodoanilino)-6-methoxyphenyl]-1-[(2S)-2,3-dihydroxypropyl]cyclopropane-1-sulfonamide)、GDC-0623(5-(2-fluoro-4-iodoanilino)-N-(2-hydroxyethoxy)imidazo[1,5-a]pyridine-6-carboxamide)、BI-847325(3-[3-[N-[4-[(dimethylamino)methyl]phenyl]-C-phenylcarbonimidoyl]-2-hydroxy-1H-indol-6-yl]-N-ethylprop-2-ynamide)、RO5126766(CH5126766,3-[[3-fluoro-2-(methylsulfamoylamino)pyridin-4-yl]methyl]-4-methyl-7-pyrimidin-2-yloxychromen-2-one)、Cobimetinib(GDC-0973,[3,4-difluoro-2-(2-fluoro-4-iodoanilino)phenyl]-[3-hydroxy-3-[(2S)-piperidin-2-yl]azetidin-1-yl]methanone)及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0276】
p38阻害剤としては、例えば、SB203580(4-[4-(4-fluorophenyl)-2-(4-methylsulfinylphenyl)-1H-imidazol-5-yl]pyridine)、Doramapimod(BIRB 796,1-[5-tert-butyl-2-(4-methylphenyl)pyrazol-3-yl]-3-[4-(2-morpholin-4-ylethoxy)naphthalen-1-yl]urea)、SB202190(FHPI,4-[4-(4-fluorophenyl)-5-pyridin-4-yl-1H-imidazol-2-yl]phenol)、Ralimetinib dimesylate(5-[2-tert-butyl-4-(4-fluorophenyl)-1H-imidazol-5-yl]-3-(2,2-dimethylpropyl)imidazo[4,5-b]pyridin-2-amine;methanesulfonic acid)、VX-702(6-(N-carbamoyl-2,6-difluoroanilino)-2-(2,4-difluorophenyl)pyridine-3-carboxamide)、PH-797804(3-[3-bromo-4-[(2,4-difluorophenyl)methoxy]-6-methyl-2-oxopyridin-1-yl]-N,4-dimethylbenzamide)、Neflamapimod(VX-745,5-(2,6-dichlorophenyl)-2-(2,4-difluorophenyl)sulfanylpyrimido[1,6-b]pyridazin-6-one)、TAK-715(N-[4-[2-ethyl-4-(3-methylphenyl)-1,3-thiazol-5-yl]pyridin-2-yl]benzamide)、PD 169316(4-[4-(4-fluorophenyl)-2-(4-nitrophenyl)-1H-imidazol-5-yl]pyridine)、TA-02(4-[2-(2-fluorophenyl)-4-(4-fluorophenyl)-1H-imidazol-5-yl]pyridine)、SD 0006(1-[4-[3-(4-chlorophenyl)-4-pyrimidin-4-yl-1H-pyrazol-5-yl]piperidin-1-yl]-2-hydroxyethanone)、Pamapimod(6-(2,4-difluorophenoxy)-2-(1,5-dihydroxypentan-3-ylamino)-8-methylpyrido[2,3-d]pyrimidin-7-one)、BMS-582949(4-[5-(cyclopropylcarbamoyl)-2-methylanilino]-5-methyl-N-propylpyrrolo[2,1-f][1,2,4]triazine-6-carboxamide)、SB239063(4-[4-(4-fluorophenyl)-5-(2-methoxypyrimidin-4-yl)imidazol-1-yl]cyclohexan-1-ol)、Skepinone-L(13-(2,4-difluoroanilino)-5-[(2R)-2,3-dihydroxypropoxy]tricyclo[9.4.0.03,8]pentadeca-1(11),3(8),4,6,12,14-hexaen-2-one)、DBM 1285(N-cyclopropyl-4-[4-(4-fluorophenyl)-2-piperidin-4-yl-1,3-thiazol-5-yl]pyrimidin-2-amine;dihydrochloride)、SB 706504(1-cyano-2-[2-[[8-(2,6-difluorophenyl)-4-(4-fluoro-2-methylphenyl)-7-oxopyrido[2,3-d]pyrimidin-2-yl]amino]ethyl]guanidine)、SCIO 469(2-[6-chloro-5-[(2R,5S)-4-[(4-fluorophenyl)methyl]-2,5-dimethylpiperazine-1-carbonyl]-1-methylindol-3-yl]-N,N-dimethyl-2-oxoacetamide)、Pexmetinib(1-[5-tert-butyl-2-(4-methylphenyl)pyrazol-3-yl]-3-[[5-fluoro-2-[1-(2-hydroxyethyl)indazol-5-yl]oxyphenyl]methyl]urea)、UM-164(2-[[6-[4-(2-hydroxyethyl)piperazin-1-yl]-2-methylpyrimidin-4-yl]amino]-N-[2-methyl-5-[[3-(trifluoromethyl)benzoyl]amino]phenyl]-1,3-thiazole-5-carboxamide)、p38 MAPK Inhibitor(4-(2,4-difluorophenyl)-8-(2-methylphenyl)-7-oxido-1,7-naphthyridin-7-ium)、p38 MAP Kinase Inhibitor
III(4-[5-(4-fluorophenyl)-2-methylsulfanyl-1H-imidazol-4-yl]-N-(1-phenylethyl)pyridin-2-amine)、p38 MAP Kinase Inhibitor IV(3,4,6-trichloro-2-(2,3,5-trichloro-6-hydroxyphenyl)sulfonylphenol)、CAY105571(4-[5-(4-fluorophenyl)-2-[4-(methylsulfonyl)phenyl]-1H-imidazol-4-yl]-pyridine)及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0277】
JNK阻害剤としては、例えば工程(a)で記載したものと同様の物が挙げられる。本発明で用いるストレスに対する細胞内シグナル伝達機構を阻害する物質は、好ましくはMEK阻害剤、p38阻害剤、及びJNK阻害剤からなる群から選ばれる一つ以上である。p38阻害剤としてSB203580を用いる場合は、通常1nMから1mMの濃度で、好ましくは10nMから100μMの濃度で、より好ましくは100nMから10μMの濃度で、さらに好ましくは500nMから5μMの濃度で、培地中に添加することができる。MEK阻害剤としてPD0325901を用いる場合は、通常1nMから1mMの濃度で、好ましくは10nMから100μMの濃度で、より好ましくは100nMから10μMの濃度で、さらに好ましくは500nMから5μMの濃度で、培地中に添加することができる。JNK阻害剤としてJNK-IN-8を用いる場合は、工程(a)に記載の濃度と同様の濃度で、培地中に添加することができる。他のMEK阻害剤、p38阻害剤、JNK阻害剤を用いる場合は上記阻害剤の添加濃度と同等の阻害活性を有する濃度で添加することが好ましい。JNK阻害剤の阻害活性は、例えばProc Natl Acad Sci U S A. 2008 Oct 28; 105(43): 16809-16813に記載のDELFIAアッセイ、キナーゼアッセイ等の手法により測定可能である。
【0278】
本実施形態の一側面において、前記工程(a)から前記工程(c)のいずれか一つ以上の工程を、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、ROCK阻害物質及びJNKシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で実施することが好ましい。
【0279】
<2-2.第一細胞集団からシート状細胞構造物を製造する方法>
<工程(1)>
工程(1)では、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団を分散し、単一細胞を得る。上記単一細胞は、細胞懸濁液として調製されていてもよい。上記第一細胞集団は、好ましくは多能性幹細胞に由来する。なお、上記第一細胞集団に含まれる細胞が単一細胞になった状態も、便宜上「第一細胞集団」と呼ぶ。
【0280】
工程(1)に供する嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団は、培地中に浮遊していてもよいし、培養器材等に接着していてもよいが、好ましくは培地中に浮遊している。第一細胞集団に含まれる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞は好ましくは組織を形成している。工程(1)に供する第一細胞集団は、細胞凝集体、細胞塊、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)、オルガノイド(Organoid)等であってもよいが、好ましくは嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含むオルガノイドである。上記オルガノイドは、例えばヒト多能性幹細胞かWO2020/039732、WO2022/026238に記載の工程、又は本願に記載の工程(i)、工程(ii)、(a)、工程(b)、及び工程(c)を実施することにより製造することができる。
【0281】
上記第一細胞集団に含まれる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞は、嗅上皮及び嗅上皮プラコードマーカー遺伝子を発現している。嗅上皮及び嗅上皮プラコードマーカー遺伝子としては、Six1、Six4、Dlx5、Eya2、Pax6、Otx2、FoxG1(別名Bf1)、Sox2、Pou2f1、Sp8、Chd7、N-Cadherin、E-Cadherin、EpCAM、CK18、PDGFRβ等が挙げられる。
【0282】
本実施形態の一側面において、前記第一細胞集団の少なくとも20%が外胚葉由来の細胞であって、前記外胚葉由来の細胞が、Six1、Sp8、Otx2、サイトケラチン、及びE-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも一つの嗅プラコード細胞マーカー又は嗅上皮幹細胞マーカーを発現する細胞を含有することが好ましい。嗅プラコード細胞マーカー又は嗅上皮幹細胞マーカーを発現する細胞以外の「外胚葉由来の細胞」としては、例えば、中枢神経系細胞、眼組織細胞、頭頚部組織細胞、鼻腔上皮細胞、及び口腔上皮細胞等が挙げられる。上記第一細胞集団における上記外胚葉由来の細胞の含有割合は、好ましくは20%以上であり、より好ましくは50%以上であり、さらに好ましくは80%以上である。
【0283】
上記第一細胞集団は、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞以外の細胞を含んでいてもよい。上記「嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞以外の細胞」としては、例えば中枢神経系細胞、眼組織細胞、頭頚部組織細胞、鼻腔上皮細胞、及び口腔上皮の細胞が挙げられる。上記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞以外の細胞は、好ましくは組織を形成している。
【0284】
本実施形態の一側面において、前記第一細胞集団は、中枢神経系の細胞を更に含み、
前記中枢神経系の細胞が、
1)Pax6、Sox1、Sox2、Sox3、Dlx5、FoxG1、N-Cadherin、MAP2、RAX、及びVSX2からなる群より選ばれる少なくとも一つの中枢神経系マーカーを発現し、かつ
2)サイトケラチンを発現しない細胞であることが好ましい。
【0285】
本実施形態の他の側面において、前記第一細胞集団が、1)前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、かつ、
前記神経組織部の表面における少なくとも一部が、前記非神経上皮組織部で被覆されている三次元の立体的な組織、又は細胞塊であり、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含むことが好ましい。ここで「三次元の立体的な」形状とは、幅、奥行き、及び高さを有する形状であって、二次元的な広がりを主とする形状(例えば、シート状)とは区別される概念である。
【0286】
本実施形態の他の側面において、前記第一細胞集団が、1)前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む非神経上皮組織部、及び、2)神経系細胞又はその前駆細胞を含む神経組織部を含み、かつ、
前記非神経上皮組織部と前記神経組織部が、前記培養器材の同一の表面上に接着していて、
前記神経系細胞又はその前駆細胞は、中枢神経系を構成する神経系細胞又はその前駆細胞を含むことが好ましい。なお、「培養器材の同一の表面」における表面は、平面であってもよいし、波打っている表面であってもよいし、凹凸を有する表面であってもよい。
【0287】
上記第一細胞集団に含まれる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられ、これらの処理を単独で、又は複数種を組み合わせて行ってもよい。細胞分散液処理としては、ある細胞分散液で処理した後に、異なる細胞分散液で処理してもよい。細胞を分散させる方法としては、好ましくは細胞保護剤添加処理と同時に細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0288】
工程(1)において用いられる細胞分散液に含まれる酵素としては、細胞を分散し得る酵素である限り特に限定されないが、例えば、パパイン、EDTA;トリプシン、コラゲナーゼ(コラゲナーゼ タイプI~VII)、メタロプロテアーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、ディスパーゼ、及びデオキシリボヌクレアーゼ等の酵素又はこれらの混合物が挙げられる。細胞分散液としては、例えば上記工程(a)に記載の溶液を用いることもできる。工程(1)における好ましい細胞分散液は、パパインを含む緩衝液及びDNaseを含む緩衝液であるが、これらに限定されない。細胞分散液としては、EDTA、L-システイン、2-メルカプトエタノール、硫酸マグネシウム等の、酵素の安定化又は酵素活性の増強等に関わる物質を更に含んでいてもよい。また、当該細胞分散液処理を促進させるために、当該処理前に、細胞集団を物理的に細断する工程(例えばメス、ハサミ等を用いて細断する工程)、又は細胞集団に物理的に切れ込みを入れる工程(例えばメス、ハサミ等を用いて切れ込みを入れる工程)を行ってもよい。工程(1)における好ましい細胞分散液処理の一態様としては、上記第一細胞集団に含まれる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞をパパイン、EDTA、L-システイン、2-メルカプトエタノール、及びY-27632を含むHBSS緩衝液で処理し、次いで機械的分散処理を行い、続けてDNase及び硫酸マグネシウムを含むHBSS緩衝液で処理をすることが挙げられる。
【0289】
工程(1)においてタンパク質分解酵素を含有する細胞分散液処理を実施した後に、タンパク質分解酵素阻害物質を添加し、反応を停止することもまた好ましい。添加するタンパク質分解酵素阻害物質は、細胞分散液に含まれるタンパク質分解酵素に対する阻害活性を有する限り、特に限定はされない。タンパク質、ペプチド、化合物等、何れであってもよい。上記のような物質として例えばトリプシンインヒビター、アプロチニン、ペプスタチンA、キモスタチン、アンチパイン、ロイペプチン、エブセレン、E-64 等が挙げられる。工程(1)において細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としてパパインを用いた場合、好ましくは、タンパク質分解酵素阻害物質としてE-64を用いるが、これに限定されない。
【0290】
<工程(2)>
工程(2)では、工程(1)で調製した細胞より嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製する。
工程(2)では、工程(1)で得られた前記単一細胞を精製し、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を得る。工程(2)は、単一細胞を含む第一細胞集団を精製し、第二細胞集団を得る工程と把握することもできる。前記第二細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合は、前記第一細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合より高い。前記第二細胞集団における前記嗅プラコード細胞及び嗅上皮幹細胞の含有割合は、好ましくは、50%以上であり、より好ましくは、80%以上である。当該含有割合は、例えば、免疫染色によるカウント、画像解析、蛍光活性化セルソーティング法(FACS)、又はシングルセル解析による分析等の手法で算出することが可能である。
【0291】
工程(2)において細胞集団から嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製する方法として、例えば、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞に特異的なマーカーを用いた手法が挙げられる。精製には、細胞表面マーカーに特異的親和性を有する試薬を用いることもできる。ここで、特異的親和性を有する試薬とは、抗体、アプタマー、ペプチドまたは特異的に認識する化合物等であり、好ましくは、抗体またはその断片である。抗体はポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体であってよい。抗体の断片として、抗体の一部(例えばFab断片)または合成抗体断片(例えば、一本鎖Fv断片「ScFv」)が例示される。嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製する為に、2種以上の「細胞表面マーカーに特異的親和性を有する試薬」を組み合わせて用いることもできる。
【0292】
細胞表面マーカーを発現する細胞を認識または単離するために、当該親和性を有する試薬は、例えば、蛍光標識、放射性標識、化学発光標識、酵素、ビオチンおよびストレプトアビジン等の検出可能な物質、または、プロテインA、プロテインG、ビーズおよび磁気ビーズ等の単離抽出を可能とする物質と、結合されていてもよい。当該親和性を有する試薬はまた、間接的に標識されていてもよい。間接的標識の手法としては例えば、抗体に特異的に結合する予め標識された抗体(二次抗体)を用いることが挙げられる。当業者にとって周知の事実であるが、2種以上の「細胞表面マーカーに特異的親和性を有する試薬」を組み合わせて用いる場合、上記単離抽出を可能とする物質は、試薬ごとに異なるものが結合、又は間接的に標識されていることが好ましい。
【0293】
細胞を単離する方法として、親和性を有する試薬を粒子に結合させ沈降させる方法、磁気ビーズを用いて磁性により細胞を選別する方法(例えば、MACS)、蛍光標識を用いてセルソーターを用いる方法(例えば、FACS)、または抗体等が固定化された担体(例えば、細胞濃縮カラム)を用いる方法等が例示されるが、これらに限定されない。すなわち、工程(2)は、蛍光活性化セルソーティング法(FACS)又は磁気ビーズによる細胞選別法(MACS)によって、第一細胞集団を精製して第二細胞集団を得てもよい。
【0294】
上述の細胞表面マーカーに特異的親和性を有する試薬を用いた精製方法には、(1)目的細胞の細胞表面マーカーに特異的親和性を有する試薬を用いて、当該目的細胞を回収することで精製する方法と、(2)目的外細胞の細胞表面マーカーに特異的親和性を有する試薬を用いて、当該目的外細胞を除去回収することで精製する方法が挙げられる。ここで「目的細胞」とは、精製の対象となっている細胞を意味する。「目的外細胞」とは、「精製の対象となっている細胞」以外の細胞を意味する。
【0295】
工程(2)において用いる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を標識し、精製可能なマーカーとしては、例えばEpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、Cldn4、Cldn6、Cldn7、LAM1B、FREM2、TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1、SORL1を利用することもできる。すなわち、本実施形態の一側面において、工程(2)は、目的細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を回収することで、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得ることを含むことが好ましく、細胞表面マーカーとしてSORL1を利用することもできる。
前記目的細胞の細胞表面マーカーは、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、Cldn4、Cldn6、Cldn7、LAM1B、FREM2、TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1、SORL1からなる群より選ばれる少なくとも一つを含むことが好ましい。
【0296】
上記目的細胞は、工程(2)においてさらに、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞である、と把握することもできる。
【0297】
本実施形態の他の側面において、工程(2)は、目的外細胞の細胞表面マーカーに対する特異的親和性を有する試薬を用いて、前記目的外細胞を除去することで、前記第一細胞集団を精製して前記第二細胞集団を得ることを更に含むことが好ましく、
前記目的外細胞の細胞表面マーカーで、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞以外の目的外細胞を標識し、精製過程において嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含有する陰性画分を回収し、第一細胞集団から目的外細胞を除去する工程によって実施することもできる。嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を標識せず、目的外細胞を標識し、除去可能なマーカーとしては例えばATP1B2、CD82、CDH6、CDON、CELSR2、CLU、CNTFR、COL11A1、CP、CRB2、DCT、DKK3、EFNB1、FBLN2、FBN2、FN1、GPM6B、ISLR2、LRP2、LRRC4B、MMRN1、PRELP、PRSS35、S1PR3、SDK2、SLC2A1、SORCS1、TFPI、THSD7A、THY1、TMEM132B、及びTSPAN18からなる群より選ばれる少なくとも一つを含むことが好ましい。上記目的外細胞は、中胚葉・内胚葉の細胞、中枢神経系の細胞、網膜細胞、残存する多能性幹細胞、分化抵抗性の多能性幹細胞を含む。第一細胞集団中より造腫瘍性を有する細胞を除去する観点から、既知の未分化多能性幹細胞特異的に発現する細胞表面マーカーを認識する試薬を用いることもできる。細胞除去のために添加される上記目的外細胞を認識する試薬は、毒素、細胞傷害性の化合物等との複合体であってもよい。
【0298】
工程(2)において第一細胞集団から嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製する別の態様として、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞特異的に代謝される化合物であって、細胞を標識する作用を有する化合物等を用いることもできる。上記のような化合物としては、例えばiScience. 2022 May 20; 25(5): 104222.に記載のCoumarin、gGlu-HMRG及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0299】
工程(1)で調製した単一細胞を含む第一細胞集団の細胞懸濁液から嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製し、第二細胞集団を得る別の方法として、細胞に結合する試薬を添加しない、ラベルフリー細胞分離・分析システムを用いることもできる。精製には、細胞の形態、サイズ、照射光の散乱、誘電スペクトル、電気的特性等の非侵襲的に計測可能なパラメーターに基づき嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製する。上記のようなラベルフリー細胞分離・分析システム及び方法としては、例えばELESTA CROSSORTER(SCREEN社製)、Science, 2018, 360.6394: 1246-1251に記載のGhost cytometry等が挙げられる。
【0300】
工程(2)において調製した精製前の細胞または精製後の細胞を、凍結保存することもできる。すなわち、本実施形態の一側面において、工程(2)は、第二細胞集団を凍結保存することを更に含んでもよい。凍結保存を実施することにより、中間製造物の保存、品質評価、輸送が容易となる。精製後の細胞の凍結保存の為の方法としては、分散した細胞を凍結保存用媒体に懸濁し、所定の温度及び低温条件にて処理することにより細胞の凍結保存サンプルが調製可能である。凍結保存用媒体は、凍結保護物質を含んでいてもよい。凍結保存用の凍結方法は特に限定されないが、ガラス化方法又は緩慢法のいずれも用いられる。ガラス化法は、例えば凍結保存液に懸濁した細胞が入れられたチューブを、直接液体窒素に浸して行われる。緩慢法は、例えば、凍結保存液に懸濁した細胞が入れられたチューブを、プログラムフリーザー又はディープフリーザーで、約-1℃/分の冷却速度で-80℃まで冷却して行われる。本発明においては、好ましくは緩慢法が用いられる。精製後の細胞の凍結保存は、WO2020/013247に記載の方法によって凍結保存することもできる。
【0301】
凍結保存用媒体としては、細胞の凍結保存に適した媒体であればよく、例えば、それぞれ後述する凍結保護物質が添加された、生理食塩水、PBS、EBSSもしくはHBSSなどの緩衝液、DMEM、GMEMもしくはRPMIなどの培地、血清、血清代替物、又はこれらの混合物などの媒体が挙げられる。
【0302】
凍結保護物質は、細胞の凍結保存を行う際、細胞の機能又は生存率をできるだけ維持し、凍結に由来する様々な障害を防止するために添加される。凍結保護物質としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)などのスルホキシド;エチレングリコール、グリセロール、プロパンジオール、プロピレングリコール、ブタンジオール、及びポリエチレングリコールなどの鎖状ポリオールが挙げられる。好ましくはさらにスクロース、トレハロース、ラクトース、及びラフィノースなどのオリゴ糖を含む。また、アセトアミドなどのアミド化合物、パーコール、フィコール70、フィコール70000、ポリビニルピロリドンなどを含めてもよい。スルホキシドの場合、終濃度で5~15%(w/v)、好ましくは9~13%(w/v)、より好ましくは11%(w/v)前後添加してもよい。鎖状ポリオールの場合、終濃度で4~15%(w/v)、好ましくは4.5%~8%(w/v)、より好ましくは5.5%(w/v)前後添加してもよい。オリゴ糖の場合は、終濃度で5~20%(w/v)、好ましくは8~12%(w/v)、より好ましくは10%(w/v)前後添加してもよい。凍結保護物質として前述の細胞保護物質を用いることもできる。本発明における凍結保護物質は、好ましくはROCK阻害剤を含む。
【0303】
凍結保存用媒体として、STEM-CELLBANKER(日本全薬工業株式会社)、セルバンカー1、1プラス、2、3(十慈フィールド株式会社)、TCプロテクター(DSファーマバイオメディカル株式会社)、Freezing Medium for human ES/iPS Cells(株式会社リプロセル)、クライオスカーレスDMSOフリー(株式会社バイオベルデ)、ステムセルキープ(株式会社バイオベルデ)、EFS溶液(NK system)などの市販の媒体を用いることもできる。
【0304】
工程(2)において調製した精製後の細胞を、拡大培養することもできる。拡大培養は、接着培養、浮遊培養のいずれでもよいが、好ましくは接着培養である。拡大培養は、凍結保存後に起眠した細胞を用いて実施してもよい。または、拡大培養を実施後に細胞を凍結保存してもよい。
【0305】
工程(2)の接着培養による拡大培養において、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の接着を促進する観点、あるいは細胞の性状を本発明にとって好ましい状態へ誘導または維持する観点から、物質透過性を有する膜の表面が前記した人工的に処理されている培養器材等を使用できる。工程(2)の接着培養による拡大培養における好ましい処理の一態様は、細胞接着性のドメイン(例えば、RGD配列を含むドメイン)を含有する合成ペプチド(シンセマックス/コーニング社製)およびラミニンE8断片(iMatrix-511/ニッピ社製)の混合物による培養器材のコーティング処理である。
【0306】
工程(2)の拡大培養に用いる培地は、前述の動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。工程(2)の拡大培養に用いる培地は、好ましくは無血清培地である。無血清培地は、適宜、前述の血清代替物、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。工程(2)の拡大培養には、上記基礎培地をベースとした調製済の培地、好ましくは公知の上皮細胞、呼吸器系細胞を培養するための培地等を用いることもできる。上記の様な培地として例えばPneumaCult-Ex、Ex Plus、ALI、Airway organoid seeding medium、Airway organoid differentiation medium(StemCell Technologies社製)、Airway Epithelial Cell Growth Medium(PromoCell社製)、CnT-Prime, Epitherial Culture Medium、CnT-Prime Airway, Epithelial Culture Medium、CnT-Prime Airway Differentiation Medium(CELLnTEC社製)、BEGM Bronchial Epithelial Cell Growth Medium(Lonza社製)等が挙げられるが、これらに限定されない。公知の呼吸器系細胞培養用の培地として例えばStem Cell Reports. 2018 Jan 9;10(1):101-119またはNat Protoc. 2015 Mar;10(3):413-25に記載の培地を使用してもよい。
【0307】
<工程(3)>
工程(3)では、工程(2)で調製した嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞集団を播種し、培養し、上気道細胞を含むシート状細胞構造物を得る。工程(3)に用いる細胞は、工程(2)において凍結保存したものであってもよい。工程(3)に用いる細胞は、工程(2)の精製後に培養したものであってもよい。すなわち、本実施形態の一側面において、前記工程(2)は、前記第二細胞集団を凍結保存することを更に含み、前記工程(3)は、凍結保存した前記第二細胞集団を解凍することを更に含んでいてもよい。
【0308】
工程(3)において、工程(2)で調製した嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団の培養は、好ましくは物質透過性を有する膜上にて実施される。工程(3)は、培養器材に設けられている物質透過性を有する膜上で第二細胞集団を培養する、と把握することもできる。物質透過性を有する膜は、例えば多孔質膜、繊維から形成される膜である。多孔質膜は、例えばポリカーボネート、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリテトラフルオロエチレン製の多孔質膜等が使用可能である。多孔質膜は、例えばトラックエッチング法により製造される。多孔質膜のポアサイズは物質透過性を有する限り特に限定されないが、好ましくは細胞非透過性を有するポアサイズである。上記のような多孔質膜のポアサイズは、例えば約8μm以下であり、好ましくは約5μm以下であり、特に好ましくは約3μm以下である。上記多孔質膜のポアサイズの下限値は特に制限されないが、例えば、0.2μm以上である。これら物質透過性を有する膜は、生体適合性を有する材料を原料とすることが好ましい。
【0309】
工程(3)において嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の接着を促進する観点、あるいは細胞の性状を本発明にとって好ましい状態へ誘導または維持する観点から、物質透過性を有する膜の表面が前記した人工的に処理されている培養器材等を使用できる。工程(3)における好ましい処理の一態様は、細胞接着性のドメイン(例えば、RGD配列を含むドメイン)を含有する合成ペプチド(シンセマックス/コーニング社製)およびラミニンE8断片(iMatrix-511/ニッピ社製)の混合物による培養器材のコーティング処理である。
【0310】
工程(3)において用いられる物質透過性を有する膜からなる培養器材としては、例えばセルカルチャーインサート(サーモフィッシャー社製)、トランズウェル(コーニング社製)、ミリセル セルカルチャーインサート(メルク社製)、ad-MEDビトリゲル(関東化学社製)等が挙げられる。
【0311】
工程(3)において第二細胞集団に含まれる嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の培養器材への播種密度は、シート状細胞構造体が形成可能である限り特に限定されない。通常約1×10から約1×10細胞/cm、好ましくは約2×10から約5×10細胞/cm、より好ましくは約5×10から約2×10細胞/cm、さらに好ましくは約1×10から約1×10細胞/cm、特に好ましくは約2×10から約1×10細胞/cmとなるように調製した嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を懸濁した培地を培養器材に添加し、培養を開始する。
【0312】
工程(3)における培養日数もシート状細胞構造体が形成される限り特に限定されないが、例えば1日以上、2日以上、3日以上、4日以上、5日以上である。工程(3)における培養日数の上限は、特に制限されないが、例えば、200日以下であってもよい。工程(3)において播種した嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞が、培養器材へと接着したかどうか、細胞間の接着が生じているかどうか、上皮構造が生じ、シート状細胞構造体を形成したかどうかは、当業者であれば例えば光学顕微鏡による観察、前記した細胞接着因子及び上皮細胞マーカー(E―Cadherin、EpCAM、ZO-1等)を用いた免疫染色等の手法で判別可能である。
【0313】
工程(3)では、好ましくはソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Shhシグナル伝達経路作用物質)及びBMPシグナル伝達経路阻害物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記第二細胞集団を培養する。
【0314】
工程(3)において用いられるShhシグナル伝達経路作用物質は、工程(i)において用いられるものと同一でもよいし、異なっていてもよいが、好ましくは同一である。工程(3)において用いられるShhシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはSAG、Purmorphamine、20(S)-hydroxy Cholesterol及びGSA-10からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、より好ましくはSAGを含む。培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で用いる物質に応じて適宜設定することが可能である。SAGは、工程(3)においては、通常約1nM~約2000nMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約1000nMの濃度で使用され、より好ましくは約10nM~約700nMの濃度で使用され、さらに好ましくは約50nM~約700nMの濃度で使用され、特に好ましくは約100nM~約600nMの濃度で使用され、最も好ましくは約100nM~約500nMの濃度で使用される。また、SAG以外のShhシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0315】
工程(3)において用いられるBMPシグナル伝達経路阻害物質は、工程(c)において用いられるものと同一でもよいし、異なっていてもよいが、好ましくは同一である。工程(3)において用いられるBMPシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはI型BMP受容体阻害剤であり、より好ましくはK02288、Dorsomorphin、LDN-193189、LDN-212854、LDN-214117、ML347、DMH1、DMH2、Compound 1、VU5350、OD52、E6201、Saracatinib、BYL719及びこれらの誘導体からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはK02288を含む。
【0316】
培地中のBMPシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。上気道組織、嗅上皮、鼻腔上皮を構成する細胞の形成効率の観点から、工程(3)におけるBMP伝達経路阻害物質としてK02288を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約50μMの濃度で使用され、より好ましくは約100nM~約50μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約500nM~約25μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてLDN-193189を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約10μMの濃度で使用され、より好ましくは約25nM~約1μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約100nM~約500nMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてLDN-212854を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約10μMの濃度で使用され、より好ましくは約25nM~約5μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約250nM~約3μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてML-347を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約50μMの濃度で使用され、より好ましくは約100nM~約50μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約1μM~約25μMの濃度で使用される。BMP伝達経路阻害物質としてDMH2を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約10μMの濃度で使用され、より好ましくは約25nM~約5μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約250nM~約3μMの濃度で使用される。また、K02288以外のBMPシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のK02288と同等のBMPシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0317】
工程(3)では、好ましくはROCK阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、及びレチノイン酸シグナル伝達経路作用物質からなる群より選ばれる少なくとも1つの存在下で、前記第二細胞集団を培養する。
【0318】
工程(3)において用いられるROCK阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質及びEGFシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは前記工程(i)及び工程(a)~(c)と同様の物質、終濃度で添加する。
【0319】
工程(3)において用いられるWntシグナル伝達経路作用物質は、前記工程(i)及び(a)~(c)で用いる物質と同じでもよいし、異なっていてもよい。工程(3)における好ましいWntシグナル伝達経路作用物質はGSK3β阻害剤であり、より好ましくはCHIR99021である。工程(3)においてWntシグナル伝達経路作用物質としてCHIR99021を用いる場合は、通常約10pM~約10mMの濃度で使用され、好ましくは約100pM~約1mMの濃度で使用され、より好ましくは約1nM~約100μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約10nM~約30μMの濃度で使用され、最も好ましくは約100nM~約3μMの濃度で使用される。
【0320】
工程(3)において用いられるTGFβシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはAlk5/TGFβR1阻害剤を含む。Alk5/TGFβR1阻害剤は、好ましくはSB431542、SB505124、SB525334、LY2157299、GW788388、LY364947、SD-208、EW-7197、A83-01、A77-01、RepSox、BIBF-0775、TP0427736、TGFBR1-IN-1、SM-16、TEW-7197、LY3200882、LY2109761、R268712、IN1130、Galunisertib、AZ12799734、KRCA 0008、GSK 1838705、Crizotinib、Ceritinib、ASP 3026、TAE684、AZD3463、からなる群より選ばれる少なくとも1つを含み、さらに好ましくはSB431542、RepSox又はA83-01を含む。
【0321】
培地中のTGFβシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で用いる物質に応じて適宜設定することが可能である。工程(3)におけるTGFβ伝達経路阻害物質としてSB431542を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約100μMの濃度で使用され、より好ましくは約10nM~約50μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約100nM~約50μMの濃度で使用され、特に好ましくは約1μM~約10μMの濃度で使用される。工程(3)におけるTGFβ伝達経路阻害物質としてRepSoxを用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約100μMの濃度で使用され、より好ましくは約10nM~約50μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約100nM~約50μMの濃度で使用され、特に好ましくは約1μM~約10μMの濃度で使用される。工程(3)におけるTGFβ伝達経路阻害物質としてA83-01を用いる場合は、通常約1nM~約100μMの濃度で使用され、好ましくは約10nM~約100μMの濃度で使用され、より好ましくは約20nM~約50μMの濃度で使用され、さらに好ましくは約100nM~約50μMの濃度で使用され、特に好ましくは約200nM~約3μMの濃度で使用される。工程(3)におけるTGFβ伝達経路阻害物質の好ましい一態様は、SB431542、RepSox、及びA83-01の併用である。
【0322】
工程(3)において用いられるレチノイン酸伝達経路作用物質としては、例えばレチノイン酸受容体(RAR)又はレチノイドX受容体(RXR)に結合し、下流の転写を活性化させる物質等が挙げられる。上記のような作用を有する化合物としては、例えばオールトランスレチノイン酸、イソトレチノイン、9-cisレチノイン酸、TTNPB(4-[(E)-2-[(5,5,8,8-Tetramethyl-5,6,7,8-tetrahydronaphthalene)-2-yl]-1-propenyl]benzoic acid)、Ch55(4-[(E)-3-(3,5-di-tert-butylphenyl)-3-oxo-1-propenyl]benzoic acid)、EC19(3-[2-(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)ethynyl]benzoic acid)、EC23(4-[2-(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)ethynyl)-benzoicacid)、Fenretinide(4-hydroxyphenylretinamide)、Acitretin((all-e)-9-(4-methoxy-2,3,6-trimethylphenyl)-3,7-dimethyl-2,4,6,8-nonatetraen)、Trifarotene、Adapalene、AC 261066(4-[4-(2-Butoxyethoxy-)-5-methyl-2-thiazolyl]-2-fluorobenzoicacid)、AC 55649(4-N-Octylbiphenyl-4-carboxylic acid)、AM 580(4-[(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-naphthalenyl)carboxamido]benzoic acid)、AM80(4-[(5,5,8,8-Tetramethyl-6,7-dihydronaphthalen-2-yl)carbamoyl]benzoic acid)、BMS 753(4-[[(2,3-Dihydro-1,1,3,3-tetramethyl-2-oxo-1H-inden-5-yl)carbonyl]amino]benzoicacid)、BMS 961(3-Fluoro-4-[(r)-2-hydroxy-2-(5,5,8,8-tetramethyl-5,6,7,8-tetrahydro-naphthalen-2-yl)-acetylamino]-benzoic acid)、CD1530(4-(6-Hydroxy-7-tricyclo[3.3.1.13,7]dec-1-yl-2-naphthalenyl)benzoicacid)、CD2314(5-(5,6,7,8-Tetrahydro-5,5,8,8-tetramethyl-2-anthracenyl)-3-thiophenecarboxylic acid)、CD437(2-naphthalenecarboxylicacid,6-(4-hydroxy-3-tricyclo(3.3.1.1(3,7))dec-1-ylphen)、CD271(6-[3-(1-Adamantyl)-4-methoxyphenyl]-2-naphthalene carboxylic acid)及びこれらの誘導体等が挙げられる。これらの物質は、単独で又は複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0323】
工程(3)におけるレチノイン酸伝達経路作用物質は、好ましくはEC23を含む。培地中のレチノイン酸伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲であれば特に限定されない。レチノイン酸伝達経路作用物質としてEC23を用いる場合は、例えばEC23の濃度が約10pM~約30μMであり、好ましくは約100pM~約20μMであり、より好ましくは約10nM~約10μMであり、さらに好ましくは約100nM~約5μMである。EC23以外のレチノイン酸伝達経路作用物質を使用する場合、上記濃度のEC23と同等のレチノイン酸伝達経路作用活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0324】
シート状細胞構造体に含まれる細胞の分化傾向の調節の観点からは、工程(3)は、Notchシグナル伝達経路阻害物質の存在下で行うこともまた好ましい。本発明において、Notchシグナル伝達経路とは、細胞膜上に発現する受容体であるNotchタンパク質と隣接細胞の膜上に発現するNotchリガンド(Delta、Jagged等)との直接相互作用により活性化されるシグナル伝達経路を表す。Notchシグナルが伝達された細胞においては、Notchタンパク質が段階的にプロセシングを受け膜上で切り出された細胞内ドメインが核内へと運ばれて下流遺伝子の発現を制御する。
【0325】
Notchシグナル伝達経路阻害物質は、Notchにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Notchシグナル伝達経路阻害物質は、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。 Notchシグナル伝達経路阻害物質は、Notchにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Notchシグナル伝達経路阻害物質は、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、機能欠失型のNotch受容体及びリガンド、Notchのプロセシング(S1切断)を阻害する物質、Notch及びNotchリガンドの糖鎖修飾を阻害する物質、細胞膜移行を阻害する物質、Notchの細胞内ドメイン(NICD)のプロセシング(S2切断、S3切断)を阻害する物質(γセクレターゼ阻害剤)、NICDを分解する物質、NICD依存的な転写を阻害する物質等を挙げることができる。
【0326】
Notchシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することもできる。Notchシグナル伝達経路阻害物質としての活性を有する化合物として、例えばDAPT(N-[N-(3,5-difluorophenacetyl)-L-alanyl]-S-phenylglycine t-butyl ester)、DBZ((2S)-2-[[2-(3,5-difluorophenyl)acetyl]amino]-N-[(7S)-5-methyl-6-oxo-7H-benzo[d][1]benzazepin-7-yl]propanamide)、MDL28170(benzyl N-[(2S)-3-methyl-1-oxo-1-[[(2S)-1-oxo-3-phenylpropan-2-yl]amino]butan-2-yl]carbamate)、FLI-06(cyclohexyl 2,7,7-trimethyl-4-(4-nitrophenyl)-5-oxo-1,4,6,8-tetrahydroquinoline-3-carboxylate)、L-685,458(tert-butyl N-[6-[[1-[(1-amino-1-oxo-3-phenylpropan-2-yl)amino]-4-methyl-1-oxopentan-2-yl]amino]-5-benzyl-3-hydroxy-6-oxo-1-phenylhexan-2-yl]carbamate)、CB-103(6-(4-tert-butylphenoxy)pyridin-3-amine)及びこれらの誘導体等、並びにOnco Targets Ther.2013;6:943-955に記載の物質等が挙げられる。Notchシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはDAPTを含む。
【0327】
培地中におけるNotchシグナル阻害物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲であれば特に限定されない。例えばNotchシグナル伝達経路阻害物質としてDAPTを用いる場合は、例えばDAPTの濃度が約100pM~約50μMであり、好ましくは約1nM~約30μMであり、より好ましくは約100nM~約20μMであり、さらに好ましくは約1μM~約10μMである。DAPT以外のNotchシグナル伝達経路阻害物質を使用する場合、上記濃度のDAPTと同等のNotchシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0328】
シート状細胞構造体に含まれる細胞の分化傾向の調節の観点からは、工程(3)および以降の工程を、Hippo/YAPシグナル伝達経路調節物質の存在下で行うこともまた好ましい。本発明において、Hippo/YAPシグナル伝達経路とは、細胞増殖又はアポトーシスの制御、幹細胞の自己複製の制御、器官のサイズ調節等に関与する、Mst1/2、LATS1/2等により構成されるキナーゼカスケードと、転写因子YAP/TAZにより制御されるシグナル伝達経路とを表す。例えば、細胞の増殖と幹細胞の未分化性の維持とを企図する場合は、当業者であれば、Hippo経路を阻害し、YAP/TAZタンパク質の脱リン酸化と核内移行を促進する作用を有する物質、YAP/TAZにより惹起される転写を促進する物質等を添加することにより行うことができる。細胞の分化促進を企図する場合は、当業者であれば、Hippo経路を活性化し、YAP/TAZタンパク質のリン酸化とユビキチン・プロテオソーム系等による分解を促進する作用を有する物質、YAP/TAZにより惹起される転写を抑制する物質等を添加することにより行うことができる。
【0329】
Hippo経路阻害物質としては上流のキナーゼカスケードを阻害し、またはYAP/TAZにより惹起される下流の標的遺伝子の転写・細胞応答を亢進させるものである限り特に限定されない。Hippo経路阻害物質は核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。Hippo経路阻害物質としては、例えば、増殖因子、サイトカイン、Sphingosine-1-phosphate receptor 2(S1PR2)活性化物質、mammalian sterile 20-like kinase (MST) 1/2阻害物質、large tumor suppressor kinase 1 and 2 (LATS1/2) 阻害物質、annexin A2 (ANXA2)結合阻害物質、TAZ活性化物質等が挙げられる。上記のような作用を有する物質としては例えばCYM-5520(1-[2-(1-benzyl-2,5-dimethylpyrrol-3-yl)-2-oxoethyl]-6-oxopyridine-3-carbonitrile)、XMU-MP-1(4-[(2,9-dimethyl-8-oxo-6-thia-2,9,12,14-tetrazatricyclo[8.4.0.03,7]tetradeca-1(14),3(7),4,10,12-pentaen-13-yl)amino]benzenesulfonamide)、PY-60(5-phenyl-N-(3-(thiazol-2-yl)propyl)isoxazole-3-carboxamide)、GA-017([(E)-2-(1-(2,4-dihydroxy-3-methylphenyl)propylidene)-N-(3-hydroxybenzyl)hydrazine-1-carboxamide])、Lats-IN-1(N-(3-benzyl-1,3-thiazol-2-ylidene)-1H-pyrrolo[2,3-b]pyridine-3-carboxamide)、IBS008738([3-(4-methylphenyl)-5-[(E)-morpholin-4-ylmethylideneamino]imidazol-4-yl]-phenylmethanone)、TM-25659(2-butyl-5-methyl-6-pyridin-3-yl-3-[[4-[2-(2H-tetrazol-5-yl)phenyl]phenyl]methyl]imidazo[4,5-b]pyridine)、SBP-3264(N-[1-[5-(3-chlorophenyl)-7H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidin-4-yl]piperidin-4-yl]acetamide)、VT02956、TDI-011536およびこれらの誘導体等が挙げられる。
【0330】
Hippo経路阻害物質は核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。Hippo経路阻害物質としては、例えば、増殖因子、サイトカイン、Sphingosine-1-phosphate receptor 2(S1PR2)活性化物質、mammalian sterile 20-like kinase (MST) 1/2阻害物質、large tumor suppressor kinase 1 and 2 (LATS1/2) 阻害物質、annexin A2 (ANXA2)結合阻害物質、TAZ活性化物質等が挙げられる。上記のような作用を有する物質としては例えばCYM-5520(1-[2-(1-benzyl-2,5-dimethylpyrrol-3-yl)-2-oxoethyl]-6-oxopyridine-3-carbonitrile)、XMU-MP-1(4-[(2,9-dimethyl-8-oxo-6-thia-2,9,12,14-tetrazatricyclo[8.4.0.03,7]tetradeca-1(14),3(7),4,10,12-pentaen-13-yl)amino]benzenesulfonamide)、PY-60(5-phenyl-N-(3-(thiazol-2-yl)propyl)isoxazole-3-carboxamide)、GA-017([(E)-2-(1-(2,4-dihydroxy-3-methylphenyl)propylidene)-N-(3-hydroxybenzyl)hydrazine-1-carboxamide])、Lats-IN-1(N-(3-benzyl-1,3-thiazol-2-ylidene)-1H-pyrrolo[2,3-b]pyridine-3-carboxamide)、IBS008738([3-(4-methylphenyl)-5-[(E)-morpholin-4-ylmethylideneamino]imidazol-4-yl]-phenylmethanone)、TM-25659(2-butyl-5-methyl-6-pyridin-3-yl-3-[[4-[2-(2H-tetrazol-5-yl)phenyl]phenyl]methyl]imidazo[4,5-b]pyridine)、SBP-3264(N-[1-[5-(3-chlorophenyl)-7H-pyrrolo[2,3-d]pyrimidin-4-yl]piperidin-4-yl]acetamide)、VT02956、TDI-011536およびこれらの誘導体等が挙げられる。
【0331】
Hippo経路活性化物質としては、YAP/TAZにより惹起される下流の遺伝子の転写・細胞応答を抑制させるものである限り特に限定されない。Hippo経路活性化物質は核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。Hippo経路活性化物質としては、例えば、TEAD阻害物質、YAP-TEAD結合阻害物質、AMPK活性化剤、YAP/TAZ転写活性阻害物質、細胞間および細胞外マトリックスへの接着刺激の擬似活性化物質等が挙げられる。上記のような作用を有する物質としては例えばVerteporfin(3-[(23S,24R)-14-ethenyl-22,23-bis(methoxycarbonyl)-5-(3-methoxy-3-oxopropyl)-4,10,15,24-tetramethyl-25,26,27,28-tetrazahexacyclo[16.6.1.13,6.18,11.113,16.019,24]octacosa-1,3,5,7,9,11(27),12,14,16,18(25),19,21-dodecaen-9-yl]propanoic acid;3-[(23S,24R)-14-ethenyl-22,23-bis(methoxycarbonyl)-9-(3-methoxy-3-oxopropyl)-4,10,15,24-tetramethyl-25,26,27,28-tetrazahexacyclo[16.6.1.13,6.18,11.113,16.019,24]octacosa-1,3,5,7,9,11(27),12,14,16,18(25),19,21-dodecaen-5-yl]propanoic acid)、AICAR(5-amino-1-[(2R,3R,4S,5R)-3,4-dihydroxy-5-(hydroxymethyl)oxolan-2-yl]imidazole-4-carboxamide)、K-975(N-(3-(4-chlorophenoxy)-4-methylphenyl)acrylamide)、MYF-01-37(1-[3-methyl-3-[3-(trifluoromethyl)anilino]pyrrolidin-1-yl]prop-2-en-1-one)、TED-347(2-chloro-1-[2-[3-(trifluoromethyl)anilino]phenyl]ethanone)、VT107(N-[(1S)-1-(6-aminopyridin-2-yl)ethyl]-5-[4-(trifluoromethyl)phenyl]naphthalene-2-carboxamide)、YAP-TEAD-IN-1((4S)-4-[[(2S)-1-[(2S)-1-[(2S)-2-[[(3S,6S,9S,12S,15S,24S,27S,30S,33S)-15-[[(2S)-2-[[(2S)-1-[(2S)-2-acetamido-3-methylbutanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-3-(3-chlorophenyl)propanoyl]amino]-6-(4-aminobutyl)-24-benzyl-3-butyl-9-(3-carbamimidamidopropyl)-27-(hydroxymethyl)-30-methyl-12-(2-methylpropyl)-2,5,8,11,14,23,26,29,32-nonaoxo-18,19-dithia-1,4,7,10,13,22,25,28,31-nonazabicyclo[31.3.0]hexatriacontane-21-carbonyl]amino]-6-aminohexanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-5-amino-5-oxopentanoic acid)、Super-TDU((4S)-5-amino-4-[[(2S)-1-[(2S)-1-[(2S)-6-amino-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-1-[(2S)-2-[[(2S)-6-amino-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-1-[(2S)-2-[[(2S,3S)-2-[2-[(3S)-6-amino-1-[(2S)-1-[(2S)-2-[[(2S)-4-amino-2-[[(2R)-2-[[(2S,3S)-2-[[(2S)-6-amino-2-[[(2S)-1-[(2S)-4-amino-2-[[2-[[(2S)-2-[[2-[[2-[[(2S,3R)-2-[[(2S)-5-amino-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S,3S)-2-[[(2S)-2-[[2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-6-amino-2-[[(2R)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-2-[[(2S)-3-carboxy-2-[[(2S)-3-carboxy-2-[[(2S)-2-[2-[(2S)-1-hydroxy-3-oxopropan-2-yl]hydrazinyl]-3-methylbutanoyl]amino]propanoyl]amino]propanoyl]amino]-3-(1H-imidazol-5-yl)propanoyl]amino]-3-phenylpropanoyl]amino]propanoyl]amino]hexanoyl]amino]-3-hydroxypropanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]amino]acetyl]amino]-3-carboxypropanoyl]amino]-3-hydroxybutanoyl]amino]-3-(1H-indol-3-yl)propanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]amino]-5-oxopentanoyl]amino]-3-methylpentanoyl]amino]acetyl]amino]acetyl]amino]-3-hydroxypropanoyl]amino]acetyl]amino]-4-oxobutanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]hexanoyl]amino]-3-hydroxybutanoyl]amino]propanoyl]amino]-4-oxobutanoyl]amino]-3-methylbutanoyl]pyrrolidin-2-yl]-1,2,6-trioxohexan-3-yl]hydrazinyl]-3-hydroxybutanoyl]amino]-3-methylbutanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-4-methylsulfanylbutanoyl]amino]-5-carbamimidamidopentanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]amino]-5-carbamimidamidopentanoyl]amino]hexanoyl]amino]-4-methylpentanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-3-carboxypropanoyl]amino]-3-hydroxypropanoyl]amino]-3-phenylpropanoyl]amino]-3-phenylpropanoyl]amino]hexanoyl]pyrrolidine-2-carbonyl]pyrrolidine-2-carbonyl]amino]-5-oxopentanoic acid)およびこれらの誘導体等が挙げられる。
【0332】
工程(3)において用いられる培地は、上記定義の項で記載したようなものである限り特に限定されない。工程(3)において用いられる培地は血清培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。工程(3)において用いられる無血清培地としては、例えばDMEM/F12培地乃至Advanced DMEM/F12培地にN2 Supplement、B27 Supplement、HEPESが添加された培地等が挙げられる。
【0333】
細胞構造体に含まれる細胞の生存及び分化成熟を促進する観点から、工程(3)を気相液相境界面培養法の条件下で実施することもまた好ましい。気相液相境界面培養法(Air liquid interface culture)とは、細胞又は組織の少なくとも一面が大気に暴露されているか、極めて近い位置にある条件での培養を表す。気相液相境界面培養法を実施するためには、例えば細胞又は組織を多孔性メンブレン上又はカルチャーインサート内で培養し、インサート内(内腔側)の培養液を抜き取り、インサート外側のウェル内の培養液のみで培養する方法、アガロース等のハイドロゲルを培養ディッシュ内に置き、その上に細胞又は組織等を置いてディッシュ内の培地から露出しつつ乾燥しない条件下で培養する方法、及び、アガロース等に包埋後、振動刃ミクロトーム等で細胞凝集体を薄切し、セルインサート内で薄切片を培養する方法等が挙げられる。主として酸素による大気への暴露の毒性を軽減する目的から、PDMS等の酸素透過性の膜や板を細胞又は組織等の上に置き、暴露条件を調節することもできる。上記のような気相液相境界面培養法は、例えばRespiratory research 18.1(2017):195、Sci Rep 6,21472、Nat Neurosci.2019 Apr;22(4):669-679等を参照して実施することができる。
【0334】
シート状細胞構造体に含まれる細胞の生存又は増殖の促進の観点及び分化傾向の調節の観点からは、工程(3)を神経栄養因子の存在下で実施することもまた好ましい。神経栄養因子とは、神経の生存と機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体へのリガンドである。神経栄養因子としては、例えば、Nerve Growth Factor (NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)、Neurotrophin 3 (NT-3)、Neurotrophin 4/5 (NT-4/5)、Neurotrophin 6 (NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor (EGF)、Hepatocyte Growth Factor (HGF)、Insulin、Insulin Like Growth Factor 1(IGF 1)、Insulin Like Growth Factor 2 (IGF 2)、Glia cell line-derived Neurotrophic Factor (GDNF)、TGF-β2、TGF-β3、Interleukin 6 (IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor (CNTF)およびLIFなどが挙げられる。また、これらの一種を単独で又は二種以上を適宜組み合わせて用いてもよい。
【0335】
工程(3)において、得られたシート状細胞構造体の積層化を行ってもよい。シート状細胞構造体の積層化は、例えば、上記製造方法によって得られたシート状細胞構造体を複数枚重ね合わせた状態で2~30分程度インキュベートすることなどで実施できる。積層されるシート状細胞構造体の枚数は特に限定しない。例えば、2枚、3枚、4枚、5枚のシート状細胞構造体を積層することができる。積層するシート状細胞構造体の枚数が3枚以上である場合、一度に3枚積層してもよく、1枚ずつ追加で積層してもよく、積層したシート状細胞構造体同士を積層してもよい。
【0336】
また、積層化の際に、シート状細胞構造体の間に任意の物質を添加することができる。添加する物質としては、例えば、シート状細胞構造体同士の接着を促進する物質(例えば、スキャフォルド、マトリクスなど)、シート状細胞構造体間の細胞連絡を促進する物質(例えば、伸長誘導因子、遊走誘導因子など)、フィブロネクチン、増殖促進因子、栄養因子、分化促進若しくは分化抑制因子、又はそれらの組合せなどが挙げられる。添加の方法も特に限定しない。例えば、シート状細胞構造体表面に直接塗布、噴霧、滴下することにより、又は物質を投与した培地中に浸漬することにより添加を行うことができる。
【0337】
工程(3)において、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を播種する物質透過性を有する膜の面の反対面に、上気道細胞以外の細胞を共培養しておくこともできる(両面培養、例えば、図2図3A図3B)。共培養する上気道細胞以外の細胞としては例えば、神経堤細胞、間葉系幹細胞、間葉系間質細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞、中枢神経系の細胞、気管、気管支、肺の細胞、周皮細胞、アストロサイト、マイクログリア、脈絡叢上皮細胞、上衣細胞等が挙げられる。共培養する上気道細胞以外の細胞は初代細胞、株化細胞のいずれであってもよい。上記共培養する上気道細胞以外の細胞は、好ましくはヒトiPS細胞に由来する分化した細胞である。
【0338】
両面培養の具体的な手法としては例えば、物質透過性を有する膜からなる培養器材としてad-MEDビトリゲルカルチャーインサートを用いる場合、カルチャーインサートの裏面を上に向けた後にシリコーン製等の培地保持用の囲い器具を設置し、共培養する細胞を播種し、少なくとも細胞が接着するまで培養する。その後、培地を除き、囲い器具を外し、培地中に裏面を下にしてインサートを設置した後に、インサート内部のウェルに嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞集団を播種することにより、両面培養が実施可能である。
【0339】
工程(3)の別の態様として、第二細胞集団を培養器材へと播種後に、得られたシート状細胞構造体を培養器材から単離し、培養器材を含まないシート状細胞構造体を製造することもできる。上記のようなシート状細胞構造体は、例えば前記した温度応答性細胞培養基材を用いることにより製造することができる。得られた培養器材を含まないシート状細胞構造体は、前記したシート状細胞構造体の積層化等に用いることもできる。
【0340】
工程(3)の別の態様として、嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第二細胞集団を、マイクロパターンを有する培養器材上に播種し、シート状細胞構造体を製造することもできる。前記マイクロパターンは、細胞接着性領域と細胞非接着性領域から構成することができ、細胞接着性領域で細胞が接着培養されることが好ましい。前記マイクロパターンを有する培養器材は、物質透過性を有していてもよい。前記細胞接着性領域は細胞接着性の処理(ガスプラズマ処理等)が実施されているか、細胞接着を促進する物質で処理されていることが好ましい。細胞接着性領域と細胞非接着性領域は、一つの培養器材上に単一の領域が形成されていてもよいし、複数個形成されていてもよい。本態様における好ましい細胞接着促進物質は好ましくはラミニンであり、さらに好ましくはラミニン511ないし521であるが、これに限定されない。ラミニンは、E8断片であってもよい。前記細胞接着性領域は、前記温度応答性細胞培養基材であるか、温度応答性を有するポリマーによって処理されたものであってもよい。前記細胞非接着性領域は、細胞接着性の処理が実施されていない状態であるか、細胞接着を阻害する処理を実施されていることが好ましい。本態様における好ましい細胞接着阻害処理としては、例えば2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine(MPC)ポリマー、Poly(2-hydroxyethyl methacrylate)(Poly-HEMA)、polyethylene glycol(PEG)等のコーティングによる超親水性処理、タンパク低吸着処理等が挙げられる。
【0341】
マイクロパターンを有する培養器材における細胞接着性領域は、好ましくは細胞非接着性領域により囲われている。前記細胞接着性領域の形状は適宜設定可能であるが、例えば円形、楕円形、三角形、正方形、長方形、五角形、六角形、八角形、星形等の形態に設定することができる。細胞接着性領域の形状は好ましくは円形、正方形または長方形のいずれかであるが、これに限定されない。前記細胞接着性領域の面積は適宜設定可能であるが、例えば0.1cmから100cmであり、好ましくは0.3 cmから80cmであり、さらに好ましくは0.5 cmから60cmであるが、これに限定されない。前記マイクロパターンを有する培養器材に播種する第二細胞集団の細胞数は、細胞接着性領域の面積当たり例えば1×10 cells/cm~1×10 cells/cm、好ましくは1×10 cells/cm~1×10 cells/cmであるが、これに限定されない。マイクロパターンを有する培養器材としては前記したものを用いるか、PDMS製モールドとマトリクス等を用いて培養器材を調製したものを用いることも好ましい。
【0342】
[3.上気道細胞を含むシート状細胞構造体]
本明細書において、「細胞」及び「組織」という表記は、それぞれ生体内に存在する対応する細胞及び組織と同様のマーカーによる免疫染色、形状観察その他特定の方法によってその存在を確認することができるが、「細胞」及び「組織」の機能、遺伝子発現、構造等は生体内に存在する細胞及び組織と必ずしも同一であるとは限らない。本明細書において、「細胞構造体」という表記は、細胞を含む2以上の要素から構成される物体を表す。細胞構造体は培養器材等、細胞及び生体以外の物を含んでいてもよい。「シート状」とは、2次元の面としての広がりを有し、厚みの距離を隔てて対向する第一主面および第二主面を有する形状を意味する。「シート状」は、フィルム状、膜状、箔状と把握することもできる。
【0343】
本発明の一実施形態は、上気道細胞を含むシート状細胞構造体を提供する。上記シート状細胞構造体は、上述の製造方法により製造されてもよい。本発明のシート状細胞構造体を構成する細胞数は特に限定されないが、好ましくは30個以上であり、より好ましくは500個以上である。上記シート状細胞構造体を構成する細胞数の上限は、特に限定されないが例えば、1×10個以下であってもよいし、5×10個以下であってもよい。シート状細胞構造体の大きさ(主面の面積)は、特に限定されないが、好ましくは0.4cm以上、より好ましくは1cm以上であり、さらに好ましくは3cm以上である。シート状細胞構造体の大きさの上限は、特に制限されないが、例えば、50cm以下であってもよい。シート状細胞構造体の厚さは特に限定されないが、好ましくは10μm以上、より好ましくは15μm以上であり、さらに好ましくは20μm以上である。シート状細胞構造体の厚さの上限は、特に制限されないが、例えば、5000μm以下であってもよい。
【0344】
シート状細胞構造体を構成する細胞は、好ましくは上皮構造を形成している。細胞が形成する上皮構造は、一層の細胞から構成される単層上皮、すべての細胞が基底面に接しており、なおかつ頂底方向に2つ以上の細胞が配置する偽重層上皮、複数の細胞が重なって配置されている重層上皮のいずれの構造であってもよいが、好ましくは偽重層上皮又は重層上皮である。本発明のシート状細胞構造体は、一部がひだ状に折りたたまれたシート状であってもよいし、一部が収縮したシート状等であってもよい。または、Science. 2022 Jan 7;375(6576)に記載の方法等によって、腸の陰窩及び絨毛様構造、嗅上皮のボーマン腺等を模した立体構造(凸部及び凹部を有する立体構造)をシート状に形成してもよい。上記立体構造の凸部の高さ、凹部の深さ、及びこれらの直径等の値は適宜設定可能であるが、例えば凸部の高さ及び凹部の深さは通常10μmから2mmの範囲で、好ましくは30μmから1mmの範囲で、より好ましくは50μmから500μmの範囲で設定される。立体構造の直径は、通常20μmから1mmの範囲で、好ましくは50μmから800μmの範囲で、より好ましくは100μmから500μmの範囲で設定される。
【0345】
本発明の一実施形態において、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、細胞及び生体以外の物として、好ましくは物質透過性を有する膜を含む。
【0346】
本発明の一実施形態において、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、1)基底細胞又はその前駆細胞、2)嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞、3)嗅神経細胞又はその前駆細胞の少なくとも3種の上気道細胞を含む。
【0347】
基底細胞又はその前駆細胞は、p63、サイトケラチン5、p75からなる群より選ばれる少なくとも1つ以上の基底細胞マーカーを発現している細胞を指し、さらにWt1及びLgr5を発現していることが好ましい。
【0348】
嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞は、Six1、Sp8、Otx2、サイトケラチン、E-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞のマーカーを発現している細胞を指し、さらにSox2、Sox3、Dlx5、Emx2、Pax6、EpCAM、N-Cadherinを発現していることが好ましい。
【0349】
嗅神経細胞又はその前駆細胞は、βIIIチューブリン、Calretinin、Ebf2、Lhx2からなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅神経細胞又はその前駆細胞のマーカーを発現している細胞を指し、さらにNCAM、N-Cadherin、Ebf1、Ebf3、NeuroD、Ascl1を発現していることが好ましい。また、本発明のシート状細胞構造体に含まれる嗅神経細胞は、好ましくは嗅覚受容体を発現しており、より好ましくは生体内の嗅上皮に局在する嗅神経細胞と同様に嗅覚情報を受容し、中枢神経系へ情報を伝達することができる。嗅神経細胞の前駆細胞とは、成熟すると嗅神経細胞となる細胞を指し、嗅神経細胞への分化能を有する細胞も含む。嗅神経細胞の前駆細胞は、好ましくは嗅上皮プラコードに存在する神経細胞と同様の性質を示す。
【0350】
すなわち、本実施形態のシート状細胞構造体は、上気道細胞を含むシート状細胞構造体であって、
前記上気道細胞は、
1)p63、サイトケラチン5、及びp75からなる群より選ばれる少なくとも1つ以上の基底細胞マーカーを発現する基底細胞又はその前駆細胞、
2)Six1、Sp8、Otx2、Sox2、Dlx5、サイトケラチン、及びE-Cadherinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅上皮幹細胞マーカーを発現する嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞、並びに、
3)βIIIチューブリン、Calretinin、Ebf1、Ebf2、Ebf3、NeuroD1、及びLhx2からなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の嗅神経細胞マーカーを発現する嗅神経細胞又はその前駆細胞、
を含んでもよい(例えば、図1の(A)及び図2の(A))。
【0351】
本発明の一実施形態において、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、嗅上皮を構成する細胞又はその前駆細胞を更に含んでもよい。前記細胞としては、例えば支持細胞、ボーマン腺細胞及び嗅神経鞘細胞が挙げられる。
【0352】
支持細胞又はその前駆細胞は、HIF2α、Sox2、Hes1、Hes5及びSix1からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞を指す。
【0353】
ボーマン腺細胞又はその前駆細胞は、サイトケラチン及びAscl3からなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞を指す。
【0354】
嗅神経鞘細胞又はその前駆細胞はS100、Sox10及びビメンチンからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現している細胞を指す。嗅神経鞘細胞又はその前駆細胞のマーカーとして、例えばBrain Structure and Function 222.4(2017):1877-1895.に記載のマーカーを用いることもできる。
【0355】
支持細胞、ボーマン腺細胞もしくは嗅神経鞘細胞又はこれらの前駆細胞は、好ましくは生体内の嗅上皮又は嗅上皮プラコードに存在する支持細胞、ボーマン腺細胞もしくは嗅神経鞘細胞又はこれらの前駆細胞と同様の性質を示す。
【0356】
本発明の他の実施形態において、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、1)線毛細胞、2)分泌細胞の少なくとも2種の上気道細胞を含む。
【0357】
線毛細胞は、FoxJ1、FoxN4、p73、アセチル化チューブリン及びβ4-Tubulinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の線毛上皮細胞マーカーを発現している細胞を指す。
【0358】
分泌細胞はムチン1、ムチン2、ムチン3、ムチン4、ムチン5AC、ムチン5B、FoxA1、FoxA2、Nkx2.1/TTF-1及びSPDEFからなる群より選ばれる少なくとも1つの分泌細胞マーカーを発現している細胞を指す。
【0359】
すなわち、本実施形態のシート状細胞構造体は、上気道細胞を含むシート状細胞構造体であって、
前記上気道細胞は、
1)FoxJ1、FoxN4、p73、MYB、アセチル化チューブリン及びβ4-Tubulinからなる群より選ばれる少なくとも一つ以上の線毛上皮細胞マーカーを発現する線毛細胞、並びに、
2)ムチン1、ムチン2、ムチン3、ムチン4、ムチン5AC、ムチン5B、FoxA1、FoxA2、Nkx2.1/TTF-1及びSPDEFからなる群より選ばれる少なくとも1つの分泌細胞マーカーを発現する分泌細胞、
を含んでもよい(例えば、図1の(B)及び図2の(B))。
【0360】
本実施形態の他の側面において、前記シート状細胞構造体は、
Ezrin、及びPKCζからなる群より選ばれる少なくとも1つを発現する、頂端面を含み、
前記上気道細胞は、前記頂端面と培養器材との間に、上皮構造を形成していて、
前記上気道細胞は、上皮細胞極性を有し、
前記シート状細胞構造体を構成する細胞の少なくとも70%が、前記上皮構造中に局在していて、
前記上皮構造は、前記培養器材に接している基底細胞を含むことが好ましい(例えば、図1図2)。
【0361】
本発明の他の実施形態において、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、鼻腔上皮を構成する細胞又はその前駆細胞を更に含んでもよい。前記細胞としては、例えばクラブ細胞、基底細胞、塩類細胞、神経内分泌細胞、孤立化学感覚上皮細胞等が挙げられる。鼻腔上皮を構成する細胞は、これらの細胞を少なくとも1種、好ましくは複数種の細胞を含む。
【0362】
鼻腔上皮は主として外胚葉性の非神経上皮に由来するため、鼻腔上皮を構成する細胞又はその前駆細胞は、好ましくは外胚葉マーカーを発現する。鼻腔上皮を構成する細胞の前駆細胞とは、成熟すると鼻腔上皮を構成する細胞になる細胞を指し、鼻腔上皮を構成する細胞への分化能を有する細胞も含む。
【0363】
鼻腔上皮を構成する細胞は、好ましくはクラブ細胞を含む。クラブ細胞又はその前駆細胞は、SCGB1A1、SCGB3A2、Cyp2f2、uroplakin3a、Cldn10、Aox3、Pon1及びCckarからなる群から選ばれる少なくとも1つを発現している細胞と定義することができる。クラブ細胞は、サイトケラチン4及びサイトケラチン13から選ばれる少なくとも1つを発現しているHillock細胞を含んでいてもよい。
【0364】
鼻腔上皮を構成する細胞は、好ましくは基底細胞を含む。基底細胞は、非神経上皮組織の基底面に位置し、好ましくは基底膜構造上に整列する。基底細胞又はその前駆細胞は、好ましくはサイトケラチン5、サイトケラチン14、サイトケラチン15、p63、ΔNp63及びp75からなる群から選ばれる少なくとも1つを発現している細胞と定義することができる。
【0365】
鼻腔上皮を構成する細胞は、好ましくは塩類細胞を含む。塩類細胞又はその前駆細胞は、CFTRを発現し、好ましくはFoxi1、液胞型プロトンATPase(vacuolar H+-ATPase、V-ATPase)、Ascl3、Tfcp2l1及びDMRT2からなる群から選ばれる少なくとも1つを発現している細胞と定義することができる。
【0366】
鼻腔上皮を構成する細胞は、好ましくは神経内分泌細胞を含む。神経内分泌細胞又はその前駆細胞は、Ascl1、NeuroD1、Chromogranin A、Synaptophisin、神経特異エノラーゼ(NSE)からなる群から選ばれる少なくとも1つを発現している細胞と定義することができる。
【0367】
鼻腔上皮を構成する細胞は、好ましくは孤立化学感覚上皮細胞を含む。孤立化学感覚上皮細胞又はその前駆細胞は、ChAT/Trpm5、Pou2f3/Skn-1a、Tas2r、Gnat3、Plcb2からなる群から選ばれる少なくとも1つを発現している細胞と定義することができる。
【0368】
本発明の一実施形態において、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、シート状細胞構造体の第一主面に上気道細胞を含み、第二主面に上気道細胞以外の細胞を含む細胞構造体である(例えば、図2の(A)及び(B))。上記シート状細胞構造体に含まれる上気道細胞以外の細胞は特に限定されないが、上記第二主面における上気道細胞の生存、増殖、分化成熟、及び機能発揮、並びに、シート状細胞構造体の移植先組織への生着等を促進する作用がある細胞が好ましい。
【0369】
別の上記シート状細胞構造体に含まれる上気道細胞以外の細胞としては、上記第二主面における上気道細胞との相互作用、ウイルス・病原体等の伝播が生じる細胞であることもまた好ましい。上記シート状細胞構造体に含まれる上気道細胞以外の細胞としては例えば、神経堤細胞、間葉系幹細胞、間葉系間質細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞、中枢神経系の細胞、気管、気管支、肺の細胞、周皮細胞、アストロサイト、マイクログリア、脈絡叢上皮細胞、上衣細胞等が挙げられる。上記シート状細胞構造体に含まれる上気道細胞以外の細胞は、初代細胞、株化細胞のいずれであってもよい。上記シート状細胞構造体に含まれる上気道細胞以外の細胞は、好ましくはヒトiPS細胞に由来する細胞である。
【0370】
上記シート状細胞構造体に含まれる上気道細胞は、嗅上皮を構成する細胞を含むか、又は鼻腔上皮を構成する細胞を含む。上記シート状細胞構造体はさらに物質透過性を有する膜を含み、上気道細胞は物質透過性を有する膜のある面(第一主面側の面)に接着し、上気道細胞以外の細胞はその反対面(第二主面側の面)に接着している。
【0371】
本発明の一実施形態において、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、細胞及び生体以外のものとして、好ましくは物質透過性を有する膜を更に含む。本実施形態の一側面において、上記細胞が接着している上記膜は足場材料の表面に設置されていて、細胞シートと足場材料との複合体が形成されていてもよい。
【0372】
上記足場材料は、生体への移植の実施の観点から、生体適合性を有する材料であることが好ましい。上記のような材料としては、例えばハイドロキシアパタイト、β-TCPなどのリン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の無機化合物、チタン等の金属、及び高分子材料等が挙げられる。当該高分子は、合成高分子と天然高分子の2種類に分けられる。合成高分子としては、例えば生分解性ポリウレタン、ポリL-乳酸(PLLA)、ポリグリコール酸(PGA)、乳酸とグリコール酸の共重合体(PLGA)、及びポリカプロラクトン(PCL)等が挙げられる。天然高分子としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、グリコサミノグリカン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、及びポリペプチド等が挙げられる。上記高分子は、好ましくは生分解性または生体吸収性の材料である。
【0373】
上記高分子は、好ましくは物質透過性を有する多孔質体ハイドロゲルとして形成される。上記高分子を繊維、不織布、織物、スポンジ等の材料に加工し、目的とする組織の形状に合わせてロープ、シート、チューブ、ブロック状等の形に成形して足場材料に利用することができる。
【0374】
本発明の上気道細胞を含むシート状細胞構造体に含有される細胞は、好ましくは感染症に関連する因子、例えばウイルス受容体、ウイルス感染関連因子、パターン認識受容体を発現している。ウイルス受容体、ウイルス感染関連因子としては、上気道に感染するウイルスの受容体又はウイルス感染関連因子であってよい。ウイルス受容体、ウイルス感染関連因子は、例えばACE2、Tmprss2、NRP1、CTSB、CTSL、BSG、HSPA5、DPP4、FURIN、ANPEP、Tmprss11D、ST6GAL1、ST3GAL4、CEACAM1、シアル酸α2,6Gal及びシアル酸α2,3Gal等が含まれる。
【0375】
本発明の上気道細胞を含むシート状細胞構造体に含有される細胞は、ウイルス感染関連因子又は疾患関連遺伝子が欠損若しくは変異していてもよい。すなわち、前記上気道細胞は、遺伝性疾患又は感染症に関連する遺伝子、及び、ウイルス受容体又はウイルス感染関連因子をコードする遺伝子からなる群より選ばれる一つ以上の遺伝子が欠損又は変異していてもよい。このような細胞を含む細胞集団は、例えば後述する再生医療用途の移植用細胞(移植用組成物)、疾患モデル(例えば、上気道の疾患モデル)、化合物(例えば、疾患治療用化合物)のスクリーニング等に利用できる。ウイルス感染関連因子は、例えばウイルス受容体を含み、ACE2を含む。ウイルス感染関連因子を欠損又は変異させることにより、ウイルス感染に対する抵抗性を有することが期待される。
【0376】
疾患関連遺伝子は、例えば遺伝性疾患に関連する遺伝子又は感染症に関連する遺伝子である。遺伝子が欠損若しくは変異した嗅上皮または鼻腔上皮を構成する細胞、或いはそれらの前駆細胞は、遺伝病の患者から樹立又はゲノム編集を施した多能性幹細胞から分化させて得ることができる。疾患としては、例えば嚢胞性線維症、線毛機能不全症候群、カルマン症候群、カルタゲナー症候群、ムコ多糖症、喘息等が挙げられる。別の態様の疾患関連遺伝子は、鼻腔又は上気道の癌及び腫瘍発生に関わる遺伝子である。このような疾患関連遺伝子としては、例えばABL1、BRAF、DDR、EGFR、EPHA2、ERBB2、ERBB4、FGFR1、FGFR2、FLT1、FLT4、FRK、KDR、KIT、MAPK11、PDGFRA、PDGFRB、RAF1、RET、TEK、TRNAK2、VEGFA、VEGFB、VEGFC、TP53、CDKN2A、PIK3CA、PTEN、KMT2D、FBXW7、SMARCB1、PREX2、ARID1A、FANCA、IDH2、PRKDC、HRAS、NOTCH2、NOTCH1、NF1、TSC2、EPHA7、CDKN2B、ATRX、ARID2、AKT3、BRCA2、BCL6、ASXL1、AR、及びALK等が挙げられるが、これらに限定されない。鼻腔又は上気道組織の正常部及び病変部から細胞を採取し、iPS細胞を樹立し、本願に記載のシート状細胞構造体に含有される細胞を調製することもできる。
【0377】
製造された上気道細胞を含むシート状細胞構造体中に含まれる細胞及び組織を検出する手法については特に限定されないが、信頼性と再現性が高く簡便に実施できる手法が好ましい。一例として顕微鏡による光学的な観察、各細胞又は組織マーカーに対する抗体を用いた免疫染色、マーカー遺伝子に対するリアルタイムPCR法等の遺伝子発現解析、シングルセルRNA-Seq解析、電子顕微鏡による細胞種特異的な微細構造物の観察、マウス、ラット等への移植等が挙げられる。好ましくは上記記載のマーカーに対する抗体を用いた免疫染色又はシングルセルRNA-Seq解析である。
【0378】
免疫染色の結果の解釈は、当業者の目視による判別、又は撮影した画像に対する画像解析ソフト等を用いた定量的な解析等、当業者に周知の方法により行うことができる。免疫染色の結果の解釈に当たっては、例えば蛋白質核酸酵素Vol.54 No.2(2009)P185-192等を参照し、自家蛍光、二次抗体の非特異的吸着、多重染色時の蛍光の漏れこみ等により生じる偽陽性を排除せねばならない。
【0379】
シングルセルRNA-Seq解析の結果は、例えば得られた細胞集団の発現プロファイルを公知のデーターベース等の生体の組織のプロファイルと比較し、その遺伝子発現、構成する細胞集団の類似性から製造された細胞集団中に含まれる細胞及び組織を推定することができる。
【0380】
本実施形態に係るマイクロ流体チップ又は生体模倣システムは、
1)上記シート状細胞構造体、及び
2)前記上気道細胞以外の細胞、細胞集団のいずれか一つ以上、
を搭載する(例えば、図3A図3B)。上記マイクロ流体チップ又は生体模倣システムは、疾患治療用化合物のスクリーニング方法及びスクリーニングキット、上気道の疾患モデルとしての利用、対象物質の薬効又は毒性の評価方法及び評価キット、疾患特異的なバイオマーカーの探索方法、移植用組成物、ウイルス又は微生物の分離培養、並びに、担上気道組織モデル動物又は担ヒト組織モデル動物として用いることが可能である。
【0381】
本発明の一実施形態は、上述の「上気道細胞を含むシート状細胞構造体」を用いた上気道のインビトロ疾患モデルを提供する。より具体的には、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、ウイルス及び微生物等の病原体による感染症の疾患モデルとして使用することができる。上気道細胞を含むシート状細胞構造体のインビトロ疾患モデルとしての使用方法は、例えば上記構造体に病原体を接触させる工程と、病原体の増殖を検出する等の構造体における病原体の感染を確認する工程と、を含む。さらに、感染した細胞を解析することで、病原体の標的細胞の同定、宿主因子の解析を行うこともできる。上気道細胞を含むシート状細胞構造体の他のインビトロ疾患モデルとしての使用方法は、例えば上記シート状細胞構造体に病原体を接触させる工程と、評価対象物質を接触させる工程と、病原体の増殖を検出する工程を含み、評価対象物質の薬効評価系として利用できる。上気道のインビトロ疾患モデルとしては、例えばWO2022/026238に記載の方法によって行ってもよい。
【0382】
本発明の一実施形態は、上述の「上気道細胞を含むシート状細胞構造体」を用いた上気道の遺伝子治療の評価システムを提供する。より具体的には、上気道細胞を含むシート状細胞構造体は、遺伝子治療に用いるベクターの目的遺伝子の細胞への導入効率、ウイルス及び微生物等の病原体による感染症の疾患モデルとして使用することができる。上気道細胞を含むシート状細胞構造体の遺伝子治療の評価システムとしての使用方法は、例えば上記シート状細胞構造体にベクターを接触させる工程と、病原体の増殖を検出する等の構造体における病原体の感染を確認する工程と、を含む。さらに、感染した細胞を解析することで、病原体の標的細胞の同定、宿主因子の解析を行うこともできる。上気道細胞を含むシート状細胞構造体の他のインビトロ疾患モデルとしての使用方法は、例えば上記シート状細胞構造体に病原体を接触させる工程と、評価対象物質を接触させる工程と、病原体の増殖を検出する工程を含み、評価対象物質の薬効評価系として利用できる。上気道のインビトロ疾患モデルとしては、例えばWO2022/026238に記載の方法によって行ってもよい。
【実施例0383】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。また、使用する試薬及び材料は特に限定されない限り商業的に入手可能である。本明細書において、細胞の免疫染色結果の判断基準は、国際公開第2020/039732号の予備実験1と同じである。免疫染色結果の判断基準は、当業者であれば適宜設定可能であるが、例えば対象の試料の連続切片を用いて、染色時に一次抗体を添加せず蛍光標識二次抗体のみで処理する陰性対象を調製し、陰性対象上の組織の近傍領域の染色結果に対して少なくとも3倍の輝度・蛍光強度を示す結果を陽性とみなすことができる。
【0384】
[実験1:嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞塊の製造方法]
図4の上段に示す培養工程に従って、多能性幹細胞から嗅上皮様組織を含む非神経上皮組織を含む細胞塊(嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団)を製造した。多能性幹細胞として、ヒトiPS細胞(1231A3株、理研BRCより入手及びβ-actin GFP株、メルク社より購入)を用いた。多能性幹細胞は、国際公開第2020/039732号に記載の通り、Scientific Reports,4,3594(2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で維持培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK02N、味の素株式会社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(株式会社ニッピ製)を用いた。StemFit培地は未分化維持因子としてbFGFを含む培地である。
【0385】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフルエントになったヒトiPS細胞を、5mM EDTA/PBSにて2回洗浄後、さらに5mM EDTA/PBSで37℃10分間インキュベート処理した。インキュベート処理後の培養器材(培養ディッシュ)より5mM EDTA/PBSを除去した後、StemFit培地を添加してピペッティングを行い、培養ディッシュ表面から細胞を剥がし、単一細胞へ分散した。その後、単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、富士フィルム和光純薬株式会社製、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(Corning社製、細胞培養用、培養面積9.5cm)を用いた場合、単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は5×10細胞/ウェル、10cmディッシュ(Corning社製、細胞培養用、培養面積58cm)を用いた場合3×10細胞/ディッシュとした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に1回、Y27632を含まないStemFit培地にて全量培地交換した。播種後7日間、サブコンフルエント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0386】
培養したヒトiPS細胞を分化誘導に用いる際には、播種した6日後にSB431542(TGF-βシグナル伝達経路阻害物質、富士フイルム和光純薬株式会社製、終濃度5μM、図4等では「SB431」と表記)とSAG(Shhシグナル経路作用物質、Enzo Life Sciences社製、終濃度300nM)を添加して24時間培養した(工程(i)開始)。
【0387】
調製したサブコンフルエントのヒトiPS細胞を、上記継代時と同様に5mM EDTA/PBSにてインキュベート処理した。分化誘導用の無血清培地を添加し、ピペッティングを行って培養ディッシュ表面から細胞を剥がし、単一細胞へ分散した。
【0388】
その後、単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、非細胞接着性の96ウェル培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、MS-9096V、住友ベークライト株式会社製)に、1ウェルあたり1.35×10細胞になるように100μlの無血清培地に懸濁し、37℃、5%COの条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地には、F-12+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)とIMDM+Glutamax培地(Thermo Fisher Scientific社製)との混合液(体積比1:1)に、5% Knockout Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific社製)、450μM 1-モノチオグリセロール(富士フィルム和光純薬株式会社社製)、1x Chemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific社製)、50unit/mlペニシリン-50μg/mlストレプトマイシン(ナカライテスク株式会社製)を添加した無血清培地を用いた(工程(a)開始)。以降、この無血清培地を5% KSR gfCDMともいう。
【0389】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(a)開始)に、上記無血清培地にY-27632(終濃度20μM)、IWP-2(Wntシグナル伝達経路阻害物質、Tocris Bioscience社製、終濃度1μM)、SB431542(TGFシグナル伝達経路阻害物質、富士フィルム和光純薬株式会社製、終濃度1μM)、RepSox(TGFシグナル伝達経路阻害物質、Cayman Chemicals社製、終濃度1μM)、JNK-IN-8(JNKシグナル伝達経路阻害物質、メルク社製、終濃度1μM)を添加した。
【0390】
浮遊培養開始後1日目に、Y-27632、IWP-2、SB431542、RepSox、JNK-IN-8、BMP4(BMPシグナル伝達経路作用物質、R&D Systems社製、終濃度0.5nM)を含む無血清培地を1ウェルあたり50μl加えた(工程(b)開始)。
【0391】
さらに、浮遊培養開始後3日目にBMP4を含まず、Y-27632、IWP-2、SB431542、RepSox、JNK-IN-8、5Z-7-Oxo Zeaenol(TAK1阻害物質、Cayman Chemicals社製、終濃度2μM)、K02288(BMPシグナル伝達経路阻害物質、Cayman Chemicals社製、終濃度300nM)を含む無血清培地を、1ウェルあたり50μl加えた(工程(c)開始)。以降、培養6、10、13、17、20日目に同様に半量培地交換を行った。培養10日目以降の培地交換の際に、1mM N-アセチル-L-システイン(NAC)、250μM アスコルビン酸2リン酸(AA2P)、500μM ニコチンアミド(NAD)、培養13日目以降の培地交換の際に、ヒト組替EGF(PrimeGene社製、終濃度20ng/ml)を添加した。
【0392】
浮遊培養開始後23日目に倒立顕微鏡(株式会社キーエンス製、BIOREVO)を用いて、β-actin GFP株由来の細胞凝集体の偏斜照明による明視野観察および蛍光観察を行った(図4のA及びB)。上記分化誘導法により直径約400μmから600μm程度の球状の細胞凝集体(第一細胞集団)が形成されていた。球状の細胞凝集体の表面には、観察時に明るく表示される、厚みを持った上皮様の構造が形成されており、肥厚した上皮であるプラコードの特徴を示していた。β-actin GFP株がβ-actinプロモーター下で恒常発現している蛍光タンパク質GFPに対する蛍光観察を実施したところ、細胞塊内部の細胞凝集部分と細胞塊表面の厚みを持った上皮様構造の二重構造を有していることが示された。1231A3株由来の細胞凝集体も、細胞凝集体の外側に厚みを持った上皮様の構造が形成されており、β-actin GFP株由来の細胞凝集体と同様の形態を呈していた。
【0393】
上記浮遊培養開始後23日目の1231A3株由来の細胞凝集体を、先端口径が太い200μlチップで培養用チューブに回収し、PBSで2回洗浄作業を行った後、4%パラホルムアルデヒド・リン酸緩衝液(富士フィルム和光純薬株式会社社製)で室温15分固定した。固定後の細胞凝集体をPBSで3回洗浄した後、20%スクロース/PBSに4℃で少なくとも一晩浸漬し凍結保護処理を行った。凍結保護処理後の凝集体をクリオモルド<2号>(Sakura Finetek社製)に移し、細胞凝集体の周囲の余分な20%スクロース/PBSをマイクロピペッターで除いた後にO.C.Tコンパウンド(Sakura Finetek社製)に包埋し、ドライアイスで冷却したアルミヒートブロック上で急速凍結し、凍結切片作製用のブロックを作製した。上記凝集体を包埋したブロックからライカCM1950クライオスタット(Leica社製)により10μm厚の凍結切片を作製し、クレストスライドグラスもしくはMASコートスライドグラス(松浪硝子工業株式会社製)に張り付けた。スライドグラス上の凍結切片の周囲を免疫組織化学用パップペン(大道産業株式会社製)で囲んだ後、0.2%Triton-X100/TBSで室温10分間透過処理し、続けてブロッキング試薬N-102(日油株式会社製)とSuperBlock(TBS)Blocking Buffer(Thermo Fisher Scientific社製)の混合液(体積比1:4)で室温30分間ブロッキング処理を行った。
【0394】
ブロッキング処理後の凍結切片に関し、SuperBlock(TBS)Blocking Bufferで希釈した一次抗体をスライドグラス1枚あたり250μl添加し、湿箱中にて4℃で一晩反応させた。一次抗体処理後の凍結切片を0.05% Tween-20/TBSで室温10分間処理する洗浄操作を3回行った後に、SuperBlock(TBS)Blocking Bufferで二次抗体を希釈し、希釈液をスライドグラス1枚あたり250μl添加し、室温の暗所で1時間反応させた。二次抗体処理後の凍結切片を0.05% Tween-20/TBSで室温10分間処理する洗浄操作を3回行った後に、純水で凍結切片を一回洗浄し、その後、NEOカバーグラス(松浪硝子工業株式会社製)とスライドグラス1枚当たり30μlのProlong Glass封入剤(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて凍結切片を封入した。封入後の標本を室温の暗所で一晩静置してProlong Glass封入剤を固化させたのち、透明のマニキュアでカバーグラスの周囲をコーティングし室温の暗所で風乾後、蛍光顕微鏡による観察を行った(図5)。標本の観察及び画像の取得には正立蛍光顕微鏡Axio Imager M2(Carl Zeiss社製)及び附属ソフトウェアのAxio Visionを用いた。
【0395】
一次抗体としては、表1に記載の抗体を用いた。二次抗体としては、表2に記載の蛍光標識抗体を用いた。これらの抗体を用いて多重染色を行った。核の対比染色には1μg/mlのHoechst33342(Sigma Aldrich社製)を二次抗体希釈液中に添加した。
【0396】
【表1】
【0397】
【表2】
【0398】
その結果、1231A3株由来の培養23日目の細胞凝集体の表面に、Six1、Sp8、サイトケラチン18、Pax6、Sox2、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin陽性の細胞を含む上皮様の構造が形成されていることが示された。また、細胞凝集体の表面はEzrin陽性であり頂端面側であった。細胞塊の内部は核の構造が崩れた死細胞が多く含まれていた。細胞塊の表面部分を中心に局在する生細胞のうち、少なくとも80%以上がOtx2陽性の外胚葉系の細胞であった。また、Ki67陽性の増殖性の細胞も当該生細胞中に含有されていた。上記遺伝子発現の結果から、上記細胞凝集体は少なくとも80%以上が外胚葉系の細胞であり、外胚葉系の細胞中に増殖性を有する嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含んでいることが示された。上記細胞凝集体は本願の第一細胞集団に相当し、上記分化誘導法にて第一細胞集団が製造可能なことが示された。
【0399】
[実験2:ヒトiPS細胞由来嗅上皮・鼻腔上皮オルガノイドに対するシングルセル解析]
実験1及び図6の上段に記載の方法で調製した培養20日目のヒトiPS細胞株1231A3株由来の、第一細胞集団に相当する嗅上皮・鼻腔上皮オルガノイドより調製した細胞を実験に用いた。具体的な手法としては、浮遊培養開始後20日目に倒立顕微鏡(株式会社キーエンス製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行った後に、シングルセル解析を実施した(図5のA)。シングルセル解析用の試料調製の条件としては、1条件あたりオルガノイド9個を低吸着15mlチューブ(住友ベークライト社製、ステムフル)に回収し、PBSで洗浄した。その後、10U/mL papain(ナカライテスク社製)及び100μg/mL DNase I(Worthington Biochemical社製、DP)により37℃20分間インキュベート処理した。その際の反応液にはHBSS(-)(ナカライテスク社製)に5mM L-Cystein(富士フイルム和光純薬社製)、6μM 2-メルカプトエタノール(富士フイルム和光純薬社製)、1mM EDTA(ナカライテスク社製)、10μM Y-27632を添加したものを用いた。
【0400】
上記パパインによる組織分散処理後にP1000のマイクロピペットを用いて単一細胞に分散後、4mlの5%KSR gfCDMを添加し、さらに孔径40μmのセルストレーナーを用いて夾雑物を除去した。上記細胞懸濁液をスイングローターで遠心し(1000rpm、5分)、上清を除いた後に細胞のペレットを10μM Y-27632及び100μg/mL DNase Iを添加した5%KSR gfCDMで懸濁し、37℃5分間インキュベート処理した後に細胞数を計測した。約3x10個の細胞を含有する懸濁液を再度スイングローターで遠心し(120G、5分)、上清を除いた後に、氷冷したBD Rhapsody Cartridge Reagent Kit中のSample Bufferを600μl添加し、細胞を再度懸濁した。以降の工程をキット付属の手順書に従い、BD Rhapsody Targeted mRNA and AbSeq Reagent Kitを用いてシングルセル解析用のcDNAライブラリを調製した。調製した各サンプルのcDNAライブラリを大規模シーケンサーHiSeqX_Ten(イルミナ社製)により塩基配列を解読し、得られたデータをSeven Bridge Genomics社のプラットフォームにより一次解析を実施して遺伝子発現マトリックスを算出した。その後、シングルセルデータ解析用ソフトSeqGeq v1.8(FlowJo社製)により二次解析を実施した。
【0401】
得られた遺伝子発現マトリックスに対し主成分解析(PCA)及びUMAP(Uniform Manifold Approximation and Projection)による次元削減を実施し、k最近傍法に基づくPhenoGraphアルゴリズムを適用したクラスタリングにより得られたプロット図を図7に示す。クラスタリングの結果、上記オルガノイドに含まれる細胞を嗅上皮・鼻腔上皮を含む非神経上皮・上気道細胞の細胞集団(OE/NE)と中枢神経系の細胞集団(CNS)に分類できた。各細胞集団はさらにサブクラスターに分類が可能であり、非神経上皮・上気道細胞の細胞集団にはDlx5、Pax6、Sp8、Six1、Otx2、Sox2、Ki67の発現が高い嗅神経幹細胞のクラスター、Ebf2、NeuroD1、Lhx2の発現が高い嗅神経前駆細胞のクラスター、Ebf2、NeuroD1、Lhx2、Calretininの発現が高く、Ki67の発現が低い未成熟嗅神経細胞のクラスターを含有していることが示された。中枢神経系の細胞集団にはSox1、Pax6、Ki67陽性の中枢神経性の神経前駆細胞、及びRax、Vsx2陽性の網膜細胞のクラスター、その他の神経核、領域特異的な神経のクラスターを含有していることが示された(図8、9、10、11)。
【0402】
[実験3:シングルセル解析によるヒトiPS細胞由来嗅上皮・鼻腔上皮細胞表面マーカーの同定]
実験2に記載の方法で得られたシングルセル解析データを用いて、ヒトiPS細胞由来嗅上皮幹細胞を含む嗅上皮・鼻腔上皮細胞集団において発現している表面マーカーの同定を試みた。具体的な手法としては、PLoS One 10: e0121314に記載の1492種のヒトの細胞表面タンパク質をコードする遺伝子のうち、嗅上皮・鼻腔上皮を含む非神経上皮・上気道細胞の細胞集団とそれ以外の細胞集団間で発現量差のある遺伝子を抽出した。上記手法で得られた遺伝子の発現量差の表及びシングルセル解析のプロット図を図12図16に示す。
【0403】
その結果、ヒトの細胞表面タンパク質をコードする遺伝子のうち、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin、Cldn4、Cldn6、Cldn7、LAM1B、FREM2、TACSTD2、IGSF1、F11R、FRAS1、SORL1が嗅上皮・鼻腔上皮を含む非神経上皮・上気道細胞の細胞集団において高発現しており、これらのタンパク質を特異的に認識する抗体等の試薬が、細胞塊からの嗅上皮幹細胞を含む嗅上皮・鼻腔上皮細胞の同定及び精製に応用可能であることが示された(図12、13、14、15、16)。加えて、ATP1B2、CD82、CDH6、CDON、CELSR2、CLU、CNTFR、COL11A1、CP、CRB2、DCT、DKK3、EFNB1、FBLN2、FBN2、FN1、GPM6B、ISLR2、LRP2、LRRC4B、MMRN1、PRELP、PRSS35、S1PR3、SDK2、SLC2A1、SORCS1、TFPI、THSD7A、THY1、TMEM132B、及びTSPAN18が神経前駆細胞、網膜細胞等を含む中枢神経系の細胞集団において高発現しており、これらのタンパク質を特異的に認識する抗体等の試薬が、細胞塊からの嗅上皮幹細胞を含む嗅上皮・鼻腔上皮細胞の同定及び精製する際に、副次的に生成する目的外細胞の除去に用いることができることが示された(図12)。
【0404】
[実験4:ヒトiPS細胞からの細胞塊の調製、及びEpCAM陽性嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の精製]
図17の上段及び実験1に記載の培養工程に従って製造した嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞塊から、EpCAM陽性嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製した。具体的な製造方法としては、図17上段に記載の通りヒトiPS細胞株1231A3由来の培養開始23日目の細胞塊(第一細胞集団)を低吸着15mlチューブ(住友ベークライト社製、ステムフル)に回収し、PBSで洗浄後、10U/mL papain(ナカライテスク社製)(終濃度)により37℃、20分間インキュベート処理した。その際の反応液にはHBSS(-)(ナカライテスク社製)に5mM L-Cystein(富士フイルム和光純薬社製)(終濃度)、6μM 2-メルカプトエタノール(富士フイルム和光純薬社製)(終濃度)、1mM EDTA(ナカライテスク社製)(終濃度)、10μM Y-27632(終濃度)を添加し、pHを7.2に調製したものを用いた。5分間に1回程度、チューブのタッピングにより沈殿した細胞塊を混和した。上記インキュベート処理後にP1000のマイクロピペットと低吸着チップを用いてピペッティングにより単一細胞に分散した。分散後の細胞懸濁液にHBSS(-)に5mM MgSO(終濃度)、200μg/ml DNAse I(終濃度)、20μM E-64(システインプロテアーゼ阻害剤、Cayman Chemicals社製)(終濃度)、10μM Y-27632(終濃度)を添加した反応液を等量添加し、室温で5分間処理し、パパインの不活化とDNAの切断処理による粘性の低減を実施した(工程(1))。
【0405】
前記工程(1)で得られた細胞懸濁液中の生細胞数をトリパンブルー染色法により計数した。その後、細胞懸濁液をスイングローターで遠心し(120G、5分間)、上清を除いた後に細胞のペレットを2x10cells/mlとなるように細胞分離用バッファーで再懸濁した。その際の細胞分離用バッファーには、HBSS(-)に2% Knockout Serum Replacement(終濃度)、1mM EDTA(終濃度)、10μM Y-27632(終濃度)を添加したものを用いた。前記細胞懸濁液の一部をFACSでの解析用に1.5mlチューブに分取した後、当該細胞懸濁液にBD Fc Block Reagent for Human(BD Biosciences社製)を当該細胞懸濁液の1/100量(体積比)添加し、氷上で15分間反応させた。反応後の細胞懸濁液に、CD326(EpCAM、前記実験3で同定した細胞表面タンパク質のうちの一つ)を特異的に認識するMicroBeads, human(Miltenyi Biotech社製、130-061-101)を反応液の1/10量(体積比)添加し、氷上で30分間反応させた。その際に、約10分ごとにタッピングにより沈殿した細胞を再度懸濁させた。反応後の細胞懸濁液に前記細胞分離用バッファーを添加して洗浄し、スイングローターで遠心し(120G、5分間)、上清を除いた後に細胞のペレットを2x10cells/mlとなるように細胞分離用バッファーで再懸濁した。得られた細胞懸濁液を、QuadroMACS Separator及びLS Columns(Miltenyi Biotech社製、130-091-051及び130-042-401)を用いて、機器の手順書に従いMACS陽性画分の細胞(第二細胞集団)を回収した(工程(2))。陽性画分の細胞の一部をFACSでの解析用に1.5mlチューブに分取した。
【0406】
工程(2)の途中で分取したMACS精製前の細胞集団(第一細胞集団)及び精製後の細胞集団(第二細胞集団)それぞれに、APC標識抗EpCAM抗体(Miltenyi Biotech社製、130-111-117)を添加し、氷上で30分間反応させた。反応後の細胞懸濁液それぞれに前記細胞分離用バッファーを添加して洗浄し、アングルローターで遠心(120G、5分)した。遠心処理後、上清を除いた後に細胞のペレットを1x10cells/mlとなるように細胞分離用バッファーで再懸濁した。その際に、死細胞判別の為にヨウ化プロピジウム(同仁化学研究所製、Cellstain PI solution、P378)を終濃度1μg/mlで添加した。上記染色後の細胞懸濁液を、セルソーター(SONY社製、MA900)により解析し、精製前及び精製後のEpCAM陽性細胞の割合を求めた(図17)。その際に、未染色の細胞懸濁液を陰性対象とした。その結果、精製前の細胞懸濁液(第一細胞集団)では約11.5%がEpCAM陽性であった。さらに、精製後の細胞懸濁液(第二細胞集団)では約88%がEpCAM陽性であり(図17、下段の左)、精製により、第一細胞集団と比較して嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む嗅覚系の細胞の割合が高まっていることが示された。また、MACS陰性の通過画分は99%以上がEpCAM陰性であった(図17、下段の右)。
【0407】
[実験5:分割されたマイクロウェルを有する培養器材を用いたヒトiPS細胞からの細胞塊の調製、及びEpCAM陽性嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞の精製]
図18の上段に記載の培養工程に従って製造した嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞塊から、EpCAM陽性嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を精製した。具体的な手法としては、以下の通りである。まず、AggreWell 800, 6-well plate(34821、STEMCELL Technologies社製)のウェルに2mlのAnti-Adherence Rinsing Solution(07010、STEMCELL Technologies社製)を添加した。上記6-well plateを、スイングローター遠心機によって遠心処理し、溶液中の気泡を除去した。遠心後にRinsing Solutionを除き、後述する分化誘導用の無血清培地によって各ウェルを洗浄した。その後、新しい無血清培地5mlを各ウェルに添加し、1時間程度、COインキュベーター中に静置し平衡化した。
【0408】
その後、工程(i)を実施し、調製したサブコンフルエントのヒトiPS細胞株β-actin GFP株を、上記継代時と同様に5mM EDTA/PBSにて処理した。細胞回収時に分化誘導用の無血清培地を添加し、ピペッティングを行って培養ディッシュ表面から細胞を剥がし、単一細胞へ分散した。事前に調製したAggreWell 800, 6-well plate中で、1ウェルあたり5.4×10細胞になるように平衡化した5mlの無血清培地に当該単一細胞を懸濁した。その後、当該単一細胞を37℃、5%COの条件下で浮遊培養した。その際の無血清培地には、5% KSR gfCDMを用いた(工程(a)開始)。
【0409】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程(a)開始)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)、IWP-2(終濃度1μM)、SB431542(終濃度1μM)、JNK-IN-8(終濃度1μM)を添加した。
【0410】
浮遊培養開始後1日目に顕微鏡にてマイクロウェル内に細胞凝集体が形成されているのを確認した後に、Y27632、IWP-2、SB431542、JNK-IN-8、及びBMP4(いずれも終濃度は、1nM)を含む無血清培地を1ウェルあたり1ml加えた(工程(b)開始)。
【0411】
さらに、浮遊培養開始後3日目に、ワイドボアの1000μlピペットチップを用いて細胞凝集体を37μm Reversible Strainer Large(27250、STEMCELL Technologies社製)に回収し、死細胞とデブリを除去後、10cm浮遊培養用ディッシュへと移送した。その際の培地には、BMP4を含まず、Y27632、IWP-2、SB431542、JNK-IN-8、K02288(終濃度1μM)、及び5Z-7-Oxo Zeaenol(いずれも終濃度は、2μM)を含む5% KSR gfCDMを12ml用いた(工程(c)開始)。以降、培養開始後6、10、13、及び17日目にディッシュより6mlの培地を、細胞凝集体を吸わないように回収し、新しい培地を6ml添加する半量培地交換を行った。培養開始後6日目以降の培地交換の際には、Y27632を添加しない培地を用いた。培養開始後10日目以降の培地交換の際に、N-アセチル-L-システイン(NAC)(終濃度1mM)、アスコルビン酸2リン酸(AA2P)(終濃度250μM)、及びニコチンアミド(NAD)(終濃度500μM)を添加した。培養開始後13日目以降の培地交換の際に、EGF(終濃度20ng/ml)を添加した。
【0412】
上記手法にて調製した培養20日目の細胞塊(第一細胞集団)を、実験4に記載の方法でMACSにより精製し第二細胞集団を得た(工程(1)及び工程(2))。その後、第一細胞集団及び第二細胞集団それぞれをFACSにより解析した(図18)。その結果、精製前の細胞懸濁液(第一細胞集団)では約41.9%がEpCAM陽性であった。さらに、精製後の細胞懸濁液(第二細胞集団)では約92・8%がEpCAM陽性であり(図18、下段の左)、分割されたマイクロウェルを有する培養器材を用いることによっても、嗅プラコード細胞・嗅上皮幹細胞を含むEpCAM陽性の細胞集団を調製可能であることがわかった。また、MACS陰性の通過画分は99%以上がEpCAM陰性であった(図18、下段の右)。
【0413】
[実験6:嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞塊からの嗅上皮様の上気道細胞・嗅上皮組織を含むシート状細胞構造体の製造]
実験4及び図17に記載の方法における工程(2)で得られた精製後の細胞(第二細胞集団)を、培地で懸濁した。得られた細胞懸濁液を培養器材へと播種することで、図19に記載の工程(3)を実施し、上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造を行った。その際の培地には、Advanced DMEM/F-12に1/100 N2 Supplement、1/50 B27 Supplement w/o VA、HEPES(サーモフィッシャー社製、12634010、17502048、12587010)(終濃度10mM)、L-アラニル-L-グルタミン(終濃度2mM)、N-アセチル-L-システイン(NAC)(終濃度1mM)、アスコルビン酸2リン酸(AA2P)(終濃度250μM)、ニコチンアミド(NAD)(ナカライテスク社製)(終濃度500μM)、Y27632(終濃度10μM)を添加したものを用いた。培養器材としては、細胞培養用カルチャーインサート(関東化学社製、ad-MEDビトリゲル2 24well、08364-96)に、PBSで希釈した20μg/ml シンセマックス-2、0.5μg/ml Laminin511E8を200μl添加し、37℃で1時間以上コーティング処理したものを用いた。播種の条件としては、カルチャーインサートのインナーウェルに精製後の細胞約2x10個を200μlの培地に懸濁して添加した。アウターウェルには細胞を含まない同組成の培地を800μl添加した。培養開始から3日毎又は4日毎に全量培地交換を実施した。
【0414】
さらに、培地条件を検討する為に、FGF、EGF、Wnt3a+R-Spondin、Noggin、BMP4、TGFβシグナル伝達経路阻害剤の添加について検討した。その結果、FGF、EGF、TGFβシグナル伝達経路阻害剤いずれかの添加により細胞の増殖が見られ、これらを組み合わせて用いることによりさらに増殖が促進された(図19)。
【0415】
上記検討により細胞増殖性が優れていたFGF、EGF、TGFβシグナル伝達経路阻害剤添加条件を基にさらに培地条件の検討を行った。具体的には、Shhシグナル伝達経路作用物質、BMP4、BMP阻害剤、Wnt/Porcupine阻害剤、Wntアゴニスト、レチノイン酸アナログの添加について検討した。その結果、Shhシグナル伝達経路作用物質とBMP阻害剤を組み合わせて添加した条件において、さらなる細胞の増殖が確認された(図19)。上記条件により、細胞間が接着した密な上皮シート様構造がカルチャーインサート上に形成されていた。
【0416】
上記のFGF、EGF、TGFβシグナル伝達経路阻害剤、Shhシグナル伝達経路作用物質とBMP阻害剤を組み合わせて添加した条件において製造した培養開始後28日目及び39日目のシート状細胞構造体を、免疫染色により解析した(図20、21)。
【0417】
その結果、形成されたシート状細胞構造体は、培養開始後28日目の時点でDlx5、Six1、Sp8、Pax6、Sox2、E-Cadherin、EpCAM、サイトケラチン陽性の嗅プラコード細胞・嗅上皮幹細胞を含有していることが示された。さらに、サイトケラチン5、p63、p75陽性の基底細胞、NeuroD1、Lhx2、Calretinin、Ebf2、Tuj1陽性の嗅神経前駆細胞・未成熟嗅神経細胞も含有していることが示された。さらに培養開始後39日目シート状細胞構造体は培養開始後28日目と比較して嗅プラコード細胞・嗅上皮幹細胞が保持されたままさらに肥厚化が進んでおり、シート状細胞構造体をインビトロで少なくとも15日間維持可能であることが示された。上記結果により、本願に記載の方法により嗅上皮幹細胞、神経細胞、基底細胞を含有するシート状細胞構造体を製造可能であることが分かった。
【0418】
[実験7:凍結保存した精製後の嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞からの嗅上皮様の上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造]
実験4に記載の方法で精製したEpCAM陽性嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含有する第二細胞集団を凍結保存後に解凍・起眠し、シート状細胞構造体を製造した。具体的な手法としては、培養開始後24日目の1231A3株由来の細胞凝集体をMACS精製した第二細胞集団をセルカウントの後に遠心し、4x10 cells/mlの濃度となるようにSTEM-CELLBANKER(日本全薬工業社製)で再懸濁した。その後、細胞密度が8x10 cells/200μl/vialとなるようにクライオチューブ(サーモフィッシャー社製)に、細胞懸濁液を分注し、4℃で予冷した凍結保存容器(日本フリーザー社製、BICELL)に格納した後に、-80℃に3時間以上静置し、緩慢凍結法による細胞凍結保存を実施した。
【0419】
その後、凍結した第二細胞集団を含むクライオチューブを37℃ウォーターバス中で振盪しながら液中に氷の小片が残る程度まで迅速に融解した。融解後直ちに15mlチューブに分注しておいた培地10ml程度に第二細胞集団を含む細胞懸濁液を混和し、遠心分離(120G、5分)し、アスピレーターで上清を取り除いた。遠心後の細胞のペレットを実験6に記載のFGF、EGF、TGFβシグナル伝達経路阻害剤、Shhシグナル伝達経路作用物質とBMP阻害剤を組み合わせて添加したAdvanced DMEM/F-12+N2B27培地で懸濁し、セルカウントにより生細胞数を計測した。その後、以降の条件を実験6と同様に工程(3)を実施し、培養開始後40日目まで培養し、シート状細胞構造体を製造した。製造したシート状細胞構造体について実験6と同様に免疫染色による解析を実施した(図22)。
【0420】
その結果、形成されたシート状細胞構造体はDlx5、Six1、Sp8、Pax6、Sox2、E-Cadherin、P-Cadherin、EpCAM、サイトケラチン陽性の嗅プラコード細胞・嗅上皮幹細胞、サイトケラチン5、p63、p75陽性の基底細胞、NeuroD1、Lhx2、Calretinin、Ebf2、Tuj1陽性の嗅神経前駆細胞・未成熟嗅神経細胞を含有していた。上記の結果から、本願に記載の方法により凍結保存・融解後の第二細胞集団より工程(3)を経て嗅上皮幹細胞、神経細胞、基底細胞を含有する嗅上皮様のシート状細胞構造体を製造可能であることが分かった。
【0421】
[実験8:凍結保存した精製後の嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞からの鼻腔上皮様の上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造]
実験5、実験6及び図23に記載の方法の工程(2)で得られた精製後の細胞(第二細胞集団)を、培地で懸濁し、培養器材へと播種する工程(3)を実施し、上気道細胞を含むシート状細胞構造体の製造を行った。具体的な手法としては、マイクロウェルプレートを用いて製造した培養開始後23日目のβ-actin GFP株由来の細胞凝集体をMACS精製した。精製により得られた第二細胞集団をセルカウントの後に遠心し、実験6の方法に従い2x10cells/1ml/vialの条件で凍結保存した。解凍後の細胞を細胞培養用T75セルカルチャーフラスコに1.8x10 cellsを播種し、4日間培養した。その際の培地には20mlのPneumaCult Ex-plus medium(StemCell Technologies社製)にY27632(終濃度10μM)を添加したものを用いた。また、セルカルチャーフラスコはSynthemax II(Corning社製)(終濃度0.01mg/ml)及びLaminin 511-E8(終濃度0.005μg/ml)を希釈したPBSを10ml添加し、37℃で少なくとも1時間処理し、コーティング処理を実施した。
【0422】
培養開始後4日目の細胞を5mM EDTA/PBSで2回洗浄した後、5mlのTrypLE Express(サーモフィッシャー社製)を添加し、37℃で10分間処理した。処理後の細胞に5mlのPneumaCult Ex-plus mediumを添加して細胞を回収し、遠心(120G、5分)を行った後、上清を除去した。得られた細胞を再度Y27632(終濃度10μM)を添加したPneumaCult Ex-plus mediumによって懸濁し、24well Transwellセルカルチャーインサート(Corning社製、#3470)のアッパーウェルに6.6x10cells/200μl/wellの条件で播種し、3日間培養した。カルチャーインサートのアウターウェルには500μlの同組成の培地を添加した。セルカルチャーインサートはSynthemax II(Corning社製)(終濃度0.01mg/ml)及びLaminin 511-E8(終濃度0.005μg/ml)を希釈したPBSを10ml添加し、37℃で少なくとも1時間処理し、コーティング処理を実施した。
【0423】
培養開始後3日目の細胞のインナーウェルの培地を全量除去し、アウターウェルの培地を500μlのPneumaCult ALI medium(StemCell Technologies社製)へと全量交換し、気相液相境界面培養(Air-Liquid Interface Culture)を実施した。培養開始から3日毎又は4日毎にアウターウェルの培地の全量培地交換を実施した。
【0424】
培養開始後27日目のカルチャーフラスコ培養時、培養30日目の気相液相境界面培養開始時及び培養開始後37、44、74日目に倒立顕微鏡により明視野観察を実施した(図23)。その結果、培養開始後27日目では敷石状の単層の上皮様だった細胞が、培養開始後30日目ではシート状の組織を形成していた。さらに、気相液相境界面培養により成熟し、培養開始後37、44、74日目には立体的な隆起が形成されていた。同時に、培養開始後37日目以降の細胞において、高倍率での観察により線毛運動が観察された。さらに培養開始後44日目及び74日目の細胞を固定し、免疫染色を実施した(図24)。
【0425】
その結果、形成された培養開始後44日目のシート状細胞構造体には、CK5、p75、p63、ICAM-1陽性の基底細胞、Pax6、Sox2、Six1陽性の嗅上皮幹細胞、MUC5B、MUC5AC陽性の分泌細胞が含有されていた。さらに、培養開始後74日目のシート状細胞構造体には、明視野観察によって線毛運動を確認した通り、アセチル化チューブリン陽性の構造を有する線毛細胞が含まれていた。上記の結果から、本出願に記載の製造法により嗅上皮幹細胞が鼻腔上皮へと一部分化転換を生じ、嗅上皮幹細胞、線毛細胞、基底細胞、分泌細胞を含有する鼻腔上皮様のシート状細胞構造体を製造可能であることが分かった。
【0426】
[実験9:凍結保存した精製後の嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞からの上気道細胞を含むシート状細胞構造体の電子顕微鏡による観察]
実験4に記載の方法で精製したEpCAM陽性嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含有する第二細胞集団を凍結保存後に解凍・起眠し、シート状細胞構造体を製造した。その後、製造したシート状細胞構造体について電子顕微鏡による解析を実施した。具体的な手法としては、まず、ヒトiPS細胞株 β-actin GFP株より、実験5に記載のマイクロウェルプレートを用いた製造法によって、培養開始後27日目の細胞凝集体である第一細胞集団を調製した。その後、調製した第一細胞集団を実験4に記載の方法によって精製し、第二細胞集団を得た。得られた第二細胞集団を10cmディッシュに播種し、3日間培養した後に回収し、凍結保存した。
【0427】
上記凍結保存した細胞を1.3x10cells/wellの条件で12ウェルサイズのビトリゲルカルチャーインサートに播種し、PneumaCult Ex Plus mediumにより14日間培養した。その後に培養した細胞を固定し、電子顕微鏡観察用の試料を調製した。試料の調製方法は、以下の通りである。まず、4%パラホルムアルデヒド/2.5%グルタルアルデヒドによって培養した細胞を一晩処理した、その後に当該細胞にオスミウム固定を実施し、さらに脱水、t-ブタノール凍結乾燥、白金パラジウムコーティングの工程を行った。試料の観察は走査型電子顕微鏡(日本電子社製、JSM-7900F)を用いて実施した。撮影した電子顕微鏡画像を図25に示す。
【0428】
その結果、製造されたシート状細胞構造体は表面が平滑で、細胞間が密に結合した構造を有していることが示された。さらに、一部の細胞は表面に線毛を有する、呼吸器系の細胞に特有の構造を有していた。上記の結果から、本出願に記載の製造法により形成された細胞構造体はシート状であり、呼吸器系組織の特徴を有した細胞を含有していることが示された。
【0429】
[実験10:嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む細胞塊の製造方法]
図26の上段に示す培養工程に従って、多能性幹細胞から嗅上皮様組織を含む非神経上皮組織を含む細胞塊(嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含む第一細胞集団)を製造した。使用するヒトiPS細胞株及びヒト多能性幹細胞の維持培養操作は実験1と同様に行った。
【0430】
培養した多能性幹細胞を分化誘導に用いる際には、播種した5日後にStemFit培地の培地交換と同時にPD173074(FGFシグナル経路阻害物質、Cayman Chemicals社製、終濃度100nM)、播種した6日後にSB431542とSAGを添加して約48時間及び24時間培養した(工程(i)開始)。
【0431】
上記工程(i)を実施して調製したサブコンフルエントのヒトiPS細胞を図26の上段および実験1に記載の方法で分化誘導を実施した。浮遊培養開始後23日目に倒立顕微鏡(株式会社キーエンス製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(図26のA)。上記分化誘導法により直径約400μmから600μm程度の球状の細胞凝集体(第一細胞集団)が形成されていた。球状の細胞凝集体の表面には、観察時に明るく表示される、厚みを持った上皮様の構造が形成されており、肥厚した上皮であるプラコードの特徴を示していた。β-actin GFP株がβ-actinプロモーター下で恒常発現している蛍光タンパク質GFPに対する蛍光観察を実施したところ、細胞塊内部の細胞凝集部分と細胞塊表面の厚みを持った上皮様構造の二重構造を有していることが示された。1231A3株由来の細胞凝集体も、細胞凝集体の外側に厚みを持った上皮様の構造が形成されており、β-actin GFP株由来の細胞凝集体と同様の形態を呈していた。
【0432】
さらに、実験1と同様の条件で、1231A3株由来細胞凝集体に対する免疫染色による解析を実施した。その結果、実験1と同様に、実験10の条件によっても1231A3株由来の培養23日目の細胞凝集体の表面に、Six1、Sp8、サイトケラチン18、Pax6、Sox2、EpCAM、E-Cadherin、P-Cadherin陽性の細胞を含む上皮様の構造が形成されていることが示された(図27)。また、細胞凝集体の表面はEzrin陽性であり頂端面側であった。細胞塊の内部は核の構造が崩れた死細胞が多く含まれており、細胞塊の表面を中心に局在する生細胞のうち、少なくとも80%以上がOtx2陽性の外胚葉系の細胞であり、Ki67陽性の増殖性の細胞も含有されていた。上記免疫染色の解析の結果から、工程(i)においてFGFシグナル伝達経路阻害剤による処理をさらに行う実験10の条件によっても、第一細胞集団が製造可能なことが示された。
【0433】
[実験11:上気道細胞を含むシート状細胞構造体の動物移植及び担ヒト上気道組織モデル動物の作出]
実験4に記載の方法で精製したヒトiPS細胞1231A3株由来EpCAM陽性嗅プラコード細胞又は嗅上皮幹細胞を含有する第二細胞集団を、実験7に記載の方法で凍結保存後に解凍・起眠し、シート状細胞構造体を製造した。その後、Tissue Eng Part C Methods. 2023 Nov;29(11):526-534.、特許第4496425号、特許第7066162号および特開2021-24825号公報を参照し、製造したシート状細胞構造体の動物への移植、及び担ヒト上気道組織モデル動物の作出を実施した。試験実施の概要を図28の上段に示した。
【0434】
シート状細胞構造体移植用の足場材料として、コラーゲンスポンジを調製した。コラーゲンスポンジ及び移植用剤型、即ち細胞シート-足場材料複合体の具体的な調製方法は、以下の通りである。
1) 18gのNMPコラーゲン PS(日本ハム株式会社製)を3Lの超純水(4℃)に投入し、4℃で3日間撹拌し、溶解させた。
2) 上記コラーゲン溶液を氷上に置き、1NのNaOHを加えた後、ガラス棒で激しく撹拌した。粘性が低下するまで撹拌し、さらに、スターラーを用いて5分間4℃で撹拌した。
3) 上記コラーゲン溶液を氷上に再び置き、pH7.0~7.3になるまで、撹拌しながら1N NaOHを添加した。
4) 上記コラーゲン溶液を2時間スターラーを用いて4℃で撹拌した。
5) 上記コラーゲン溶液がpH7.0~7.3の範囲にあることを再度確認した。pHが7.0未満の場合には3)及び4)を繰り返した。
6) 上記コラーゲン溶液に対して、3500g,30分,4℃の条件で遠心を行い、コラーゲンの沈殿を得た。
7) 得られたコラーゲン沈殿をプラスチックケースに入れ、-80℃で一晩以上静置して凍結させた。
8) トラップの温度を予め-80℃に冷却した凍結乾燥機にコラーゲン沈殿を入れ、4日間凍結乾燥を行った。乾燥後のコラーゲンは、すぐ使わない場合にはデシケーター内に保存した。
9) 乾燥コラーゲンから2.5gを秤量し、230mLの超純水に懸濁した。
10) 得られた懸濁液を撹拌機で2分間撹拌した後、0.1N 塩酸を14mL添加した。
11) 上記懸濁液をガラス棒で簡単に撹拌した後、撹拌機で一時間ごとに撹拌した。
12) 3日間、毎日3-7回程度撹拌機による1時間の撹拌をしながら、pHが3.0~3.3程度となるように0.1N 塩酸を上記懸濁液に適宜追加した。
13) 上記懸濁液中のコラーゲンが全て溶解した後、1%コラーゲン溶液としてコラーゲンスポンジ作製に使用した。すぐに使わない場合には4℃で保存した。
14) 1%コラーゲン溶液(4℃)をプラスチック容器に17.5mLコラーゲン溶液でコーティングされたポリプロピレンメッシュ(Bardメッシュ、日本ベクトンディッキンソン)を乗せ、その上に17.5mLの1%コラーゲン溶液(4℃)を重層し、-80℃で一晩静置した。
15) トラップの温度を予め-80℃に冷却しておいた凍結乾燥機に、上記コラーゲン溶液のプラスチック容器を入れ、1週間凍結乾燥を行った。
16) 予め140℃に加熱しておいたVacuum Drying Ovenに凍結乾燥後のコラーゲンを入れ、脱気しながら140℃での加熱を行った(熱脱水架橋)。
17) 熱脱水架橋後、エチレンオキサイドガスで上記コラーゲンを滅菌した。
18)実験7に記載の方法で製造した培養中の上気道細胞シートをカルチャーインサートから足場のビトリゲル膜ごと切り取り、上記工程を経て作成したコラーゲンスポンジの表面を覆うように貼り付け、移植用の細胞シート-足場材料複合体とした。
【0435】
動物移植の実施のため、免疫不全ラット(系統:F344-Il2rgem1IexasRag2em1Iexas、16-20週齢)に塩酸メデトミジン(0.14mg/kg)、ミダゾラム(1.9mg/kg)、酒石酸ブトルファノール(2.4mg/kg)を腹腔内投与して麻酔した。鼻骨の内鼻縫合線に沿って中心線の皮膚切開を実施し、鼻骨を露出させた。さらに、露出した鼻骨の内鼻縫合線の右側をドリルにより削開し、長さ2mm、幅1mmの鼻腔欠損部を作成した。コラーゲンスポンジをビトリゲル膜上に上気道細胞が生着しているもので被覆した細胞シート-足場材料複合体を、シートの頂点側が鼻腔に向かうように上記鼻腔欠損部に挿入し、切開した皮膚を縫合した。
【0436】
移植1週間後、移植したラットの頭部を摘出した。免疫染色用の切片試料の調製の為、灌流固定後、皮膚、大脳、眼球、下顎を除去した。さらに上記移植ラット頭部を4%PFAにより一晩浸漬固定した後に、10%EDTA脱灰液に浸漬し、10日間脱灰処理を実施した。その後、脱灰済の移植ラット頭部を10%、20%、30%の各濃度のスクロース溶液に各1日間ずつ浸漬し脱水処理した。上記凍結保護処理済の試料をモールド内に置き、O.C.Tコンパウンドに包埋して凍結し、切片作成用のブロックを作成した。作成したブロックからクライオスタットを用いて10μm厚の移植ラット鼻腔部の冠状切片を作成した。
【0437】
上記切片に対し、実験1に記載の方法によって蛍光免疫染色を実施した。標本の観察及び画像の取得には正立蛍光顕微鏡Axio Imager M2(Carl Zeiss社製)及び附属ソフトウェアのAxio Vision、及び倒立蛍光顕微鏡BZ-X800(キーエンス社製)及び附属ソフトウェアのBZ-X Viewerを用いた。一次抗体及び蛍光標識二次抗体としては、表1、表2及び表3に記載のものを用いた。
【0438】
【表3】
【0439】
その結果、移植したラットの鼻腔組織内に、移植組織が生着していることが示された。偏斜照明による明視野観察により、移植した上気道シートが検出可能であった(図28A)。さらに蛍光顕微鏡観察を実施したところ、移植組織はヒト細胞を特異的に検出する抗ヒト核抗体、ヒトLamin B1特異的抗体およびヒトNCAM特異的抗体陽性であり、さらにNCAM、Tuj1、EpCAM、EGFR、サイトケラチン陽性の嗅上皮・鼻腔上皮様の組織であることが示された(図28B-M)。上記の結果より、製造した上気道細胞シートが生体に移植、生着可能であること、および担ヒト上気道組織モデル動物が作出可能であることが示された。
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図15
図16
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図27
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