(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009542
(43)【公開日】2024-01-23
(54)【発明の名称】分光分析システム及び分光分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20240116BHJP
G01N 21/27 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
G01N21/64 Z
G01N21/27
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111148
(22)【出願日】2022-07-11
(71)【出願人】
【識別番号】503460323
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテクサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】野島 彰紘
(72)【発明者】
【氏名】加賀 祐介
(72)【発明者】
【氏名】神林 琢也
(72)【発明者】
【氏名】堀込 純
(72)【発明者】
【氏名】丸山 魁
【テーマコード(参考)】
2G043
2G059
【Fターム(参考)】
2G043AA04
2G043CA01
2G043CA03
2G043CA05
2G043DA06
2G043EA01
2G043FA06
2G043HA09
2G043JA03
2G043JA04
2G043KA02
2G043KA03
2G043LA02
2G043NA01
2G059AA01
2G059AA05
2G059BB04
2G059BB08
2G059BB11
2G059BB13
2G059BB14
2G059DD13
2G059EE07
2G059EE12
2G059JJ03
2G059JJ05
2G059JJ22
2G059MM01
(57)【要約】
【課題】測定時間等に制約がある場合でも適切に測定を行えるようにする分光分析システム等を提供する。
【解決手段】分光分析システム100は、試料の分光分析スペクトルの測定に関するユーザ設定条件として、分光分析スペクトルの測定時間の上限値、及び測定精度の下限値のうちの少なくとも一方の入力を受け付ける操作パネル21と、ユーザ設定条件を満たすような所定の推奨測定条件を導き、推奨測定条件を表示部22に表示させる制御部32と、を備え、推奨測定条件は、分光分析スペクトルの測定に用いられる光の波長範囲、光の波長のサンプリング間隔、光を分光する分光器の回折格子2a,8aのスリット幅、及び、光の波長の掃引速度のうちの少なくとも一つである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の分光分析スペクトルの測定に関するユーザ設定条件として、前記分光分析スペクトルの測定時間の上限値、及び測定精度の下限値のうちの少なくとも一方の入力を受け付ける入力部と、
前記ユーザ設定条件を満たすような所定の推奨測定条件を導き、当該推奨測定条件を表示装置に表示させる制御部と、を備え、
前記推奨測定条件は、前記分光分析スペクトルの測定に用いられる光の波長範囲、前記光の波長のサンプリング間隔、前記光を分光する分光器の回折格子のスリット幅、及び、前記光の波長の掃引速度のうちの少なくとも一つである、分光分析システム。
【請求項2】
前記制御部は、前記推奨測定条件を前記表示装置に表示させるとともに、蛍光指紋分析に基づく前記分光分析スペクトルも前記表示装置に表示させ、
前記表示装置に表示される前記分光分析スペクトルには、前記推奨測定条件の前記波長範囲として、励起波長の範囲及び蛍光波長の範囲で特定される測定波長領域が示されること
を特徴とする請求項1に記載の分光分析システム。
【請求項3】
前記表示装置において、前記推奨測定条件及び前記分光分析スペクトルの両方が一画面に表示されること
を特徴とする請求項2に記載の分光分析システム。
【請求項4】
前記測定波長領域の数がユーザによる前記入力部を介した操作に基づいて設定される、
又は、
前記測定波長領域の数の範囲がユーザによる前記入力部を介した操作に基づいて設定されること
を特徴とする請求項2に記載の分光分析システム。
【請求項5】
前記制御部は、前記測定波長領域を選択する際の手法である波長領域選択手法として、複数の候補を前記表示装置に表示させ、複数の前記候補の中から、ユーザによる前記入力部を介した操作で選択される所定の波長領域選択手法を実行すること
を特徴とする請求項2に記載の分光分析システム。
【請求項6】
前記制御部は、前記分光分析スペクトルの解析で用いる多変量解析の回帰手法として、複数の候補を前記表示装置に表示させ、複数の前記候補の中から、ユーザによる前記入力部を介した操作で選択される所定の回帰手法を実行すること
を特徴とする請求項1に記載の分光分析システム。
【請求項7】
前記制御部は、前記分光分析スペクトルを蛍光指紋分析に基づいて測定する際、励起波長及び蛍光波長のうちの一方の波長を固定し、他方の波長を所定のサンプリング間隔で掃引した場合、前記所定のサンプリング間隔で掃引したn個ずつ(ただし、nは自然数)の前記他方の波長のそれぞれについて、n個の前記他方の波長に一対一で対応しているn個の蛍光強度のうちの一部又は全部の和をとった値をn個の前記他方の波長のうちのいずれかに対応付けたデータ、又は、前記和をとった値をn個の前記他方の波長の平均値に対応付けたデータに基づいて、疑似的な分光分析スペクトルを新たに生成し、前記疑似的な分光分析スペクトルに基づいて、前記分光分析スペクトルの解析用の予測モデルを生成すること
を特徴とする請求項1に記載の分光分析システム。
【請求項8】
前記制御部は、前記疑似的な分光分析スペクトルに基づく前記推奨測定条件で、分光分析スペクトルの測定を実際に行い、当該測定で得られた分析スペクトルに基づいて、解析用の予測モデルを再び生成すること
を特徴とする請求項7に記載の分光分析システム。
【請求項9】
前記推奨測定条件に含まれる励起波長及び蛍光波長のうちの少なくとも一方のサンプリング間隔が異なるものが、複数の前記測定波長領域の中に混在していること
を特徴とする請求項2に記載の分光分析システム。
【請求項10】
複数の前記測定波長領域における前記少なくとも一方のサンプリング間隔は、遺伝的アルゴリズムに基づいて設定されること
を特徴とする請求項9に記載の分光分析システム。
【請求項11】
前記制御部は、前記測定波長領域の探索を遺伝的アルゴリズムに基づいて行い、前記遺伝的アルゴリズムにおいて、前記分光分析スペクトルの解析用の予測モデルの適合度の指標であるRMSECVに対して、過学習の度合いを示す所定のペナルティ関数を付与し、前記ペナルティ関数に基づいて、前記予測モデルを評価し、
前記RMSECVは、クロスバリデーションにおける平均二乗誤差の平均値であること
を特徴とする請求項2に記載の分光分析システム。
【請求項12】
前記制御部は、産業プラントで前記試料のインライン測定を行う際、前記産業プラントの状態に応じて、複数の予測モデルの中から、前記試料の分光分析スペクトルの解析に実際に用いる予測モデルを切り替えること
を特徴とする請求項1に記載の分光分析システム。
【請求項13】
試料の分光分析スペクトルの測定に関するユーザ設定条件として、前記分光分析スペクトルの測定時間の上限値、及び測定精度の下限値のうちの少なくとも一方の入力を受け付ける入力処理と、
前記ユーザ設定条件を満たすような所定の推奨測定条件を導き、当該推奨測定条件を表示装置に表示させる表示処理と、を含み、
前記推奨測定条件は、前記分光分析スペクトルの測定に用いられる光の波長範囲、前記光の波長のサンプリング間隔、前記光を分光する分光器の回折格子のスリット幅、及び、前記光の波長の掃引速度のうちの少なくとも一つである、分光分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光分析システム等に関する。
【背景技術】
【0002】
物質が光を吸収又は放射する際の光のスペクトルを測定し、物質の組成判別や濃度定量を行う手法として、分光分析法が知られている。このような分光分析法の一つである蛍光指紋分析に関して、例えば、特許文献1には、「抽出した複数のサンプルに対して、それぞれ、照射する励起波長および観測する蛍光波長を段階的に変化させながら蛍光強度を測定して、複数の蛍光指紋情報を蛍光指紋連続体情報として取得する」ことが記載されている。
【0003】
また、非特許文献1には、「蛍光指紋(または励起・蛍光マトリックス:Excitation-Emission Matrix)計測においては,励起光の波長条件および観察する蛍光の波長条件の両方を変えながら蛍光の強度を計測する(
図2実線矢印).すなわち,対象試料において電子励起が起こるかどうか,蛍光が放出されるかどうかを総当たり的に調査する.」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】蔦瑞樹,他1名,「蛍光指紋による食品の品質評価技術とその応用」,日本農芸化学会誌「化学と生物」,2015年,第53巻,第5号,285-292頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えば、分光分析法において全波長領域で高分解能の測定結果を得ようとすると、測定に長時間を要する。一方、フィルタ分光等によって特定の波長のみを測定した場合には、重要なスペクトルのデータが得られなくなる可能性がある。分光分析法に基づく測定時間等に制約がある場合でも適切に測定できるようにすることが望ましい。
【0007】
そこで、本発明は、測定時間等に制約がある場合でも適切に測定を行えるようにする分光分析システム等を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような課題を解決するために、本発明に係る分光分析システムは、試料の分光分析スペクトルの測定に関するユーザ設定条件として、前記分光分析スペクトルの測定時間の上限値、及び測定精度の下限値のうちの少なくとも一方の入力を受け付ける入力部と、前記ユーザ設定条件を満たすような所定の推奨測定条件を導き、当該推奨測定条件を表示装置に表示させる制御部と、を備え、前記推奨測定条件は、前記分光分析スペクトルの測定に用いられる光の波長範囲、前記光の波長のサンプリング間隔、前記光を分光する分光器の回折格子のスリット幅、及び、前記光の波長の掃引速度のうちの少なくとも一つであることとした。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、測定時間等に制約がある場合でも適切に測定を行えるようにする分光分析システム等を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第1実施形態に係る分光分析システムの構成図である。
【
図2A】第1実施形態に係る分光分析システムで得られる分光分析スペクトルの一例を示す図である。
【
図2B】第1実施形態に係る分光分析システムで得られる分光分析スペクトルに所定の前処理が施された状態の図である。
【
図2C】第1実施形態に係る分光分析システムで得られる分光分析スペクトルを1次元化したデータの説明図である。
【
図3】第1実施形態に係る分光分析システムが備える制御部の機能ブロック図である。
【
図4】第1実施形態に係る分光分析システムの制御部の処理を示すフローチャートである。
【
図5】第1実施形態に係る分光分析システムにおける測定条件等の設定画面の表示例である。
【
図6】第1実施形態に係る分光分析システムにおける測定・解析結果の画面の表示例である。
【
図7A】第1実施形態に係る分光分析システムでGAWLSPLS法が用いられる場合において、対象となる波長領域の範囲が変更される様子を示す説明図である。
【
図7B】第1実施形態に係る分光分析システムでGAWLSPLS法が用いられる場合において、GAWLSPLS法に基づいて設定された測定波長領域を示す説明図である。
【
図8】第1実施形態に係る分光分析システムにおいて、蛍光波長を固定し、励起波長を所定に掃引した場合の例を示す説明図である。
【
図9】第1実施形態に係る分光分析システムの蛍光指紋分析における実験結果を示す説明図である。
【
図10A】第2実施形態に係る分光分析システムの制御部の処理を示すフローチャートである。
【
図10B】第2実施形態に係る分光分析システムの制御部の処理を示すフローチャートである。
【
図11A】第4実施形態に係る分光分析システムにおいて、適合度の指標としてRMSECVを用いた場合の実験結果を示す図である。
【
図11B】第4実施形態に係る分光分析システムにおいて、適合度の指標としてC1を用いた場合の実験結果を示す図である。
【
図12A】第4実施形態に係る分光分析システムにおいて、適合度の指標としてRMSECVを用いた場合の検証用サンプルの予測結果を示す図である。
【
図12B】第4実施形態に係る分光分析システムにおいて、適合度の指標としてC1を用いた場合の検証用サンプルの予測結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
≪第1実施形態≫
図1は、第1実施形態に係る分光分析システム100の構成図である。
図1に示す分光分析システム100は、分光分析法に基づいて、試料の組成判別や濃度定量等を行うシステムである。分光分析法とは、試料が光を吸収又は放射する際の光のスペクトルに基づいて、試料の組成判別や濃度定量等を行う方法である。このような分光分析法の対象となる試料として、例えば、人又は動物の細胞や血液の他、培養液や食品、飲料、染料、鉱物(例えば、宝石)が挙げられるが、これに限定されるものではない。その他にも、大気中の浮遊物の測定等に分光分析法が用いられてもよい。分光分析法には、蛍光指紋分析や吸光分光法が含まれるが、以下では一例として、蛍光指紋分析が用いられる場合について説明する。
【0012】
図1に示すように、分光分析システム100は、光度計部10と、操作部20と、データ処理部30と、を含んで構成されている。光度計部10は、試料M1に励起光を照射し、これに伴って試料M1から放射される蛍光を測定する装置である。なお、外部から光度計部10に光が入らないように、筐体(図示せず)で光度計部10が遮蔽されている。
【0013】
例えば、試料M1に光が照射されると、試料M1の分子に含まれる電子が光のエネルギを吸収し、エネルギ準位がより高い軌道に遷移して励起状態になる。このような現象を生じさせる光が「励起光」である。また、励起状態の電子が元の基底状態に戻る際に放射される光が「蛍光」である。
【0014】
蛍光指紋分析では、試料M1に照射する励起光の波長、及び、測定される蛍光の波長のをそれぞれ変化させ、蛍光の強度を測定するようにしている。これによって、励起波長・蛍光波長・蛍光強度の3つを成分とする分光分析スペクトル(3次元蛍光スペクトル、蛍光指紋)が得られる。このような分光分析スペクトルは物質に固有のものであるため、物質(試料)の組成判別や濃度定量を行うことが可能になる。なお、蛍光指紋分析において、「分光分析スペクトルの測定に用いられる光」は、励起光及び蛍光である。
【0015】
図1に示すように、光度計部10は、光源1と、励起側分光器2(分光器)と、ビームスプリッタ3と、モニタ検出器4と、励起側フィルタ5と、試料設置部6と、蛍光側フィルタ7と、蛍光側分光器8(分光器)と、検出器9と、を備えている。また、光度計部10は、前記した構成の他に、励起側パルスモータ11と、蛍光側パルスモータ12と、励起側フィルタパルスモータ13と、蛍光側フィルタパルスモータ14と、を備えている。
【0016】
光源1は、所定の光を放射するものである。このような光源1として、例えば、キセノンランプやハロゲンランプや中圧水銀灯が用いられる。励起側分光器2は、光源1から放射される光を所定に分光するものである。励起側分光器2は、さまざまな波長を含む光から所定範囲の波長の光を取り出すための回折格子2aを備えている。回折格子2aは、例えば、光学材料の表面に複数の微細な溝が所定間隔で平行に設けられた構成になっている。そして、回折格子2aの回転角に応じて、回折格子2aへの光の入射角が変化し、それに伴って、回折格子2aから取り出される光の波長が変化するようになっている。励起側パルスモータ11は、制御部32からの指令に基づいて、励起側分光器2の回折格子2aの回転角を調整する。
【0017】
ビームスプリッタ3は、励起側分光器2からの光を2つに分光する(光束を2つに分割する)ものである。モニタ検出器4は、ビームスプリッタ3で分割された光束のうち一方の光の強度を測定する。モニタ検出器4の測定結果は、所定の電気信号として、A/D変換器31に出力される。励起側フィルタ5は、所定範囲の波長の光を透過させ、残りの光を遮断するフィルタであり、ビームスプリッタ3と試料設置部6との間に配置されている。励起側フィルタ5は、例えば、複数のカットフィルタ(図示せず)を備えている。そして、複数のカットフィルタの中から所定に選択されたカットフィルタが、励起側フィルタパルスモータ13によって光路上に配置されるようになっている。励起側フィルタパルスモータ13は、制御部32からの指令に基づいて、励起側フィルタ5に含まれる所定のカットフィルタを光路上に移動させる。
【0018】
試料設置部6は、蛍光指紋分析の対象となる試料M1を設置するためのホルダである。なお、試料M1が液体又は気体である場合には、試料M1を入れた容器等(図示せず)が試料設置部6に設置される。そして、励起側フィルタ5を透過した光(励起光)が試料M1に入射するようになっている。
【0019】
蛍光側フィルタ7は、所定範囲の波長の光を透過させ、残りの光を遮断するフィルタであり、試料設置部6と蛍光側分光器8との間に配置されている。蛍光側フィルタ7は、例えば、複数のカットフィルタ(図示せず)を備えている。そして、複数のカットフィルタの中から所定に選択されたカットフィルタが、蛍光側フィルタパルスモータ14によって光路上に配置されるようになっている。蛍光側フィルタパルスモータ14は、制御部32からの指令に基づいて、蛍光側フィルタ7に含まれる所定のカットフィルタを光路上に移動させる。
【0020】
蛍光側分光器8は、試料M1から放射された光(蛍光)を分光するものであり、回折格子8aを備えている。蛍光側パルスモータ12は、制御部32からの指令に基づいて、蛍光側分光器8の回折格子8aの回転角を調整する。検出器9は、蛍光側分光器8からの光(蛍光)を所定の電気信号に変換するものである。検出器9からの電気信号(アナログ信号)は、A/D変換器31に出力される。なお、
図1に示す構成は一例であり、光度計部10の構成は、これに限定されるものではない。
【0021】
図1に示す操作部20は、ユーザによるデータ入力を受け付けたり、制御部32の処理結果を表示したりするものである。操作部20は、操作パネル21(入力部)と、表示部22(表示装置)と、を備えている。操作パネル21は、ユーザの操作に基づいて、蛍光指紋分析の測定条件等の入力を受け付けるものであり、所定のキー(図示せず)やボタン(図示せず)を備えている。なお、操作パネル21に代えて、キーボード(図示せず)やマウス(図示せず)が用いられてもよい。表示部22は、例えば、ディスプレイであり、測定条件等の設定画面の他、制御部32の処理結果等を所定に表示する。
【0022】
図1に示すデータ処理部30は、A/D変換器31と、制御部32と、を備えている。A/D変換器31は、モニタ検出器4や検出器9から入力されるアナログ信号をデジタル信号に変換する。制御部32は、A/D変換器31から入力されるデジタル信号の他、操作部20を介して入力されるデータに基づいて、所定の処理を実行する。例えば、制御部32は、試料M1に照射される励起光の波長を固定しつつ、試料M1から放射される蛍光の波長を所定のサンプリング間隔で掃引した後、次の励起波長に移すといった処理を繰り返すことで、励起波長と蛍光波長の組合せで発せられる蛍光の強度を網羅的に測定する。このようにして、励起波長・蛍光波長・蛍光強度の3つを成分とする分光分析スペクトル(3次元蛍光スペクトル、蛍光指紋)が得られる。前記したように、分光分析スペクトルは、物質の組成に固有のものである。なお、以下の説明では、試料M1の符号を適宜に省略するものとする。
【0023】
図2Aは、分光分析システムで得られる分光分析スペクトルの一例を示す図である。
なお、
図2Aの縦軸は、試料に照射される励起光の波長(励起波長)である。
図2Aの横軸は、試料から放射される蛍光の波長(蛍光波長)である。
図2Aでは、試料から放射される蛍光の強度(蛍光強度)の大きさに応じて、分光分析スペクトルを等高線で表している。
図2Aに示す非蛍光領域R1や散乱光に関連する領域R2,R3は、蛍光とは特に関係がなく不要なデータであるため、次に説明するように、解析の対象から除かれる。
【0024】
図2Aに示す非蛍光領域R1は、蛍光波長が励起波長よりも短くなっている領域である。実際には、蛍光のエネルギが励起光のエネルギよりも小さいため、蛍光波長が励起波長よりも短くなる(つまり、エネルギが大きくなる)といった現象は特に生じない。したがって、蛍光の定義から外れる非蛍光領域R1は、解析の対象から除かれる。
【0025】
また、励起光が試料の表面で反射してそのまま検出されたものは、1次の散乱光であるため、解析の対象から除かれる。例えば、励起波長と蛍光波長とが等しい直線(図示せず)を基準として、±30[nm]以内の領域R2が解析の対象から除かれる。また、高次(2次や3次)の散乱光の領域R3も解析の対象から除かれる。なお、非蛍光領域R1や散乱光に関連する領域R2,R3を解析の対象から除く処理の主体は、制御部32(
図1参照)である。
【0026】
図2Bは、分光分析スペクトルに所定の前処理が施された状態の図である。
なお、解析には特に必要がない非蛍光領域R1や散乱光に関連する領域R2,R3(
図2A参照)が分光分析スペクトルから除かれたもの(前処理が施されたもの)が、
図2Bである。制御部32(
図1参照)は、次の
図2Cに示すように、前処理後の分光分析スペクトルの1次元化を行う。
【0027】
図2Cは、分光分析スペクトルを1次元化したデータの説明図である。
なお、
図2Cの横軸は、励起波長ごとの蛍光波長である。つまり、
図2Cの横軸は、分光分析スペクトルにおける複数の励起波長のうちの一つに着目した場合の蛍光波長である。
図2Cの縦軸は、蛍光強度である。
図2Cに示すように、例えば、励起波長を250[nm]とした場合、蛍光波長が285[nm]~800[nm]の範囲内で所定のスペクトルが得られている。なお、他の励起波長でも同様にして、所定のスペクトルが得られる。制御部32(
図1参照)は、これらのデータを励起波長ごとに一列に整列させ、ベクトルに展開した上で多変量解析を行う。なお、多変量解析の詳細については後記する。
【0028】
図3は、分光分析システムが備える制御部32の機能ブロック図である。
図3に示す制御部32は、そのハードウェア構成として、図示はしないが、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、各種インタフェース等の電子回路を含んで構成されている。そして、ROMに記憶されたプログラムを読み出してRAMに展開し、CPUが各種処理を実行するようになっている。なお、制御部32が1つの装置で構成されている必要は特になく、信号線を介して接続された複数の装置で構成されていてもよいし、また、ネットワーク(図示せず)を介して接続されたサーバ(図示せず)を含む構成であってもよい。
【0029】
図3に示すように、制御部32は、記憶部321と、演算部322と、通信インタフェース323と、を含んで構成されている。記憶部321には、測定条件データ321aと、解析条件データ321bと、測定データ321cと、解析データ321dと、回帰モデル321eと、を含むデータが格納される。
【0030】
測定条件データ321aは、試料の分光分析スペクトルの測定条件(
図5参照)を示すデータである。解析条件データ321bは、試料の分光分析スペクトルの解析条件(
図5参照)を示すデータである。測定データ321cは、試料の測定で得られた分光分析スペクトル等のデータである。解析データ321dは、試料の解析結果を示すデータである。回帰モデル321eは、試料の解析に用いられる予測モデルである。なお、以下の説明では、回帰モデル321eの符号を適宜に省略するものとする。
【0031】
図3に示す演算部322は、条件設定部322aと、測定制御部322bと、波長領域生成部322cと、モデル生成部322dと、モデル評価部322eと、表示制御部322fと、を備えている。
条件設定部322aは、操作パネル21(
図1参照)を介して所定の測定条件や解析条件が入力された場合、測定条件データ321aや解析条件データ321bとして記憶部321に格納する。
測定制御部322bは、光度計部10(
図1参照)を用いて、試料の分光分析スペクトルを測定する。
波長領域生成部322cは、分光分析スペクトルが測定された後、回帰モデル321eの生成に用いられる波長領域の候補の集合を生成する。なお、波長領域は、励起波長及び蛍光波長の各範囲で特定される。
【0032】
モデル生成部322dは、分光分析スペクトルに基づいて、所定の目的変数(試料の組成や濃度等)を得るための回帰モデル321eを生成する。
モデル評価部322eは、回帰モデル321eの予測性能や測定時間を評価する。
表示制御部322fは、測定データ321cや解析データ321dの他、モデル評価部322eの評価結果等を表示部22(
図1参照)に表示させる。
通信インタフェース323は、A/D変換器31(
図1参照)の他、操作パネル21(
図1参照)や表示部22(
図1参照)との間でデータの入出力を行う。
【0033】
例えば、工場や施設のベルトコンベア(図示せず)で次々に搬送されてくる試料を対象として、試料の蛍光指紋分析を順次に行う(つまり、インライン測定を行う)場合、その測定時間が長すぎると、単位時間当たりの試料(製品)の処理数が少なくなる。また、仮に、特定の励起波長や蛍光波長のみに着目して測定を行った場合、測定時間が短くなるものの、試料の組成判別や濃度定量を行うための重要なスペクトルが得られなくなる可能性がある。そこで、第1実施形態では、1つの試料の蛍光指紋分析を行う際の測定時間の上限値をユーザが設定し、この測定時間内で高精度な分析結果が得られるような回帰モデル321eを制御部32が生成するようにしている。
【0034】
図4は、分光分析システムの制御部の処理を示すフローチャートである(適宜、
図1も参照)。
なお、
図4のフローチャートは、例えば、工場や施設でのインライン測定に先立って、推奨測定条件や回帰モデルを生成するために事前に行われる処理である。ちなみに、分光分析システム100(
図1参照)の用途は、インライン測定に限定されるものではなく、生産ラインの外で行われるオフライン測定であってもよいし、また、医療関連や食品関連の検査や研究の他、個別の実験といったさまざまな用途に用いることが可能である。
【0035】
ステップS101において制御部32は、条件設定部322a(
図3参照)によって、測定時間の上限値を設定する。すなわち、制御部32は、ユーザによる操作パネル21(入力部)を介した操作に基づいて、試料の分光分析スペクトルの測定に関するユーザ設定条件として、分光分析スペクトルの測定時間の上限値の入力を受け付ける(入力処理)。なお、「測定時間の上限値」とは、1つの試料の測定に要する時間に関して、ユーザが許容できる範囲の上限値である。
【0036】
次に、ステップS102において制御部32は、条件設定部322a(
図3参照)によって、測定条件を設定する。すなわち、制御部32は、ユーザによる操作パネル21を介した操作に基づいて、分光分析システム100における測定条件を設定する。
【0037】
図5は、測定条件等の設定画面の表示例である。
なお、
図5の設定画面は、分光分析法に基づく測定時間の上限値(
図5の「最大測定時間」)や所定の測定条件をユーザが入力する際、表示部22(
図1参照)に表示される。
図5に示す「測定条件」とは、前記したように、試料の分光分析スペクトルを測定する際の条件である。このような「測定条件」として、
図5の例では、励起波長範囲、蛍光波長範囲、励起光サンプリング間隔、蛍光サンプリング間隔、励起光スリット幅、蛍光スリット幅、及び波長スキャン速度が設定される(
図4のS102)。
【0038】
図5に示す「励起波長範囲」とは、蛍光指紋分析を行う際の励起波長の範囲である。「蛍光波長範囲」とは、蛍光指紋分析を行う際の蛍光波長の範囲である。「励起光サンプリング間隔」とは、励起波長が掃引される際のサンプリング間隔である。「蛍光サンプリング間隔」とは、蛍光波長が掃引される際のサンプリング間隔である。
【0039】
図5に示す「励起光スリット幅」とは、励起側分光器2(
図1参照)の回折格子2aのスリット幅である。「蛍光スリット幅」とは、蛍光側分光器8(
図1参照)の回折格子8aのスリット幅である。「波長スキャン速度」とは、励起波長及び蛍光波長のうち一方を固定し、他方を掃引する際の掃引速度(スキャン速度)である。
【0040】
これらの測定条件として、例えば、励起波長範囲及び蛍光波長範囲のそれぞれが、250~750[nm]の範囲(又はその一部の範囲)に設定されてもよい。また、励起波長のサンプリング間隔が10[nm]、蛍光波長のサンプリング間隔が5[nm]、励起光・蛍光のスリット幅が5[nm]、波長スキャン速度が60000[nm/min]に設定されてもよい。なお、前記した各数値は一例であり、測定条件を限定するものでは特にない。また、測定条件の各項目の数値として、所定のデフォルト値が表示され、ユーザが各項目の値をデフォルト値から適宜に変更できるようにしてもよい。
【0041】
図5に示す「解析条件」とは、試料の分光分析スペクトルに基づいて、所定の解析が行われる際の条件である。なお、「最大測定時間」は測定及び解析の両方に関わるものであるが、
図5の例では「解析条件」の方に表示するようにしている。ユーザによる操作パネル21(
図1参照)を介した操作に基づいて、「最大測定時間」が入力された場合、制御部32は、この「最大測定時間」を測定時間の上限値として設定する(
図4のS101)。「最大測定時間」は、例えば、10秒以下の値であってもよいし、また、10秒よりも長い所定の値であってもよい。
【0042】
図5に示す「波長領域選択手法」とは、ユーザが設定した「励起波長範囲」及び「蛍光波長範囲」の中から所定の測定波長領域を選択する際の手法である。すなわち、制御部32(
図1参照)は、所定の測定波長領域を選択する際の手法である波長領域選択手法として、複数の候補を表示部22(表示装置:
図1参照)に表示させ、複数の候補の中から、ユーザによる操作パネル21(入力部:
図1参照)を介した操作で選択される所定の波長領域選択手法を実行する。これによって、波長領域選択手法を設定する際のユーザの自由度が高められる。なお、波長領域選択手法として、乱数を用いた手法や他の周知の手法が用いられる。
【0043】
図5に示す「回帰手法」とは、多変量解析に基づく回帰モデルの生成に用いられる手法である。すなわち、制御部32(
図1参照)は、分光分析スペクトルの解析で用いる多変量解析の回帰手法として、複数の候補を表示部22(表示装置:
図1参照)に表示させ、複数の候補の中から、ユーザによる操作パネル21(入力部:
図1参照)を介した操作で選択される所定の回帰手法を実行する。詳細については後記するが、回帰手法の候補として、例えば、部分的最小二乗法(PLS:Partial Least Squares)やLasso回帰の他、重回帰分析や主成分回帰分析、RF回帰、SVM回帰が適宜に用いられる。
なお、「波長領域選択手法」や「回帰手法」に関して、複数の候補をプルダウンメニューで表示させ、複数の候補の中から一つが選択されるようにしてもよい。また、
図5の測定条件や解析条件の各項目の全てをユーザが設定する必要は特になく、
図5に示すものの一部であってもよい。
【0044】
図5に示す「除外領域」とは、前記した非蛍光領域R1(
図2A参照)や散乱光の領域R2,R3(
図2A参照)といったような、データの解析には特に必要のない領域である。
図5に示す「測定結果」は、分光分析法(例えば、蛍光指紋分析)に基づく測定・解析の結果である。分光分析法に基づく測定・解析の結果が得られた後、「測定結果」の具体的内容が表示される(
図6参照)。
【0045】
再び、
図4に戻って説明を続ける。
測定時間の上限値を設定し(S101)、さらに、測定条件を設定した後(S102)、ステップS103において制御部32は、測定制御部322bによって、蛍光指紋データを測定する。すなわち、制御部32は、ステップS102で設定した測定条件に基づいて、所定の試料を対象とした蛍光指紋分析を行う。なお、試料の組成判別や濃度定量を行うために、濃度や組成が異なる複数の試料が用意され、それぞれの試料について順次に蛍光指紋データの測定が行われる。そして、蛍光指紋データの測定によって、分光分析スペクトル(
図2A参照)が生成される。
【0046】
次に、ステップS104において制御部32は、波長領域生成部322c(
図3参照)によって、波長領域の候補の集合を生成する。すなわち、制御部32は、測定条件(S102)で設定された励起波長・蛍光波長の各範囲で特定される全領域の中から、波長領域の候補の集合を生成する。ここで、「波長領域」とは、励起波長及び蛍光波長の各範囲で特定される領域である(
図7Aの波長領域G3,G4を参照)。例えば、制御部32は、所定の乱数に基づいて、回帰モデルの生成に用いる波長領域の候補の集合を生成する。なお、波長領域の候補の集合には、複数の波長領域が含まれていることが望ましい。複数の波長領域を含めることで、個別の波長領域の大きさを特に広くせずとも、試料の組成判別や濃度定量を行う際の寄与が大きい複数の箇所を含めることができるからである。
【0047】
図4のステップS105において制御部32は、モデル生成部322d(
図3参照)によって、各波長領域の回帰モデルを生成する。すなわち、制御部32は、組成や濃度が異なる複数のサンプルの分光分析スペクトルに基づいて、各波長領域の候補に対応する回帰モデル(予測モデル)を生成する。回帰モデルを生成する際の多変量解析の手法としては、例えば、PLS回帰分析やLasso回帰が用いられる。
【0048】
次に、ステップS106において制御部32は、波長領域の候補の集合のうち、測定時間が所定の上限値以下であるものが存在するか否かを判定する。なお、測定時間の算出方法は、光度計部10(
図1参照)での具体的な測定方法に依存する。例えば、励起波長を固定しながら蛍光波長を掃引し、蛍光波長の掃引が終わったときには、励起波長を変えた上で蛍光波長を再び掃引するという処理が繰り返される場合には、制御部32は、次のように測定時間を算出する。すなわち、制御部32は、蛍光波長の掃引時間、蛍光波長の戻し時間、及び、励起波長の移動時間の総和に基づいて、測定時間を算出する。
【0049】
ステップS106において、測定時間が上限値以下であるものが存在しない場合(S106:No)、制御部32の処理はステップS102に戻る。この場合には、ユーザに測定条件を変更を促すための所定のメッセージが表示部22(
図1参照)に表示される。そして、ユーザによる操作パネル21(
図1参照)を介した操作に基づいて、測定条件が適宜に変更される。
【0050】
また、ステップS106において、複数の波長領域のうち、測定時間が上限値以下であるものが存在する場合(S106:Yes)、制御部32の処理はステップS107に進む。ステップS107において制御部32は、モデル評価部322e(
図3参照)によって、回帰モデルの予測性能を検証する。なお、ステップS107の対象となるのは、複数の波長領域のうち、蛍光指紋分析に基づく測定時間が所定の上限値以下であるものに対応付けられた回帰モデルである。
【0051】
回帰モデルの予測性能の検証方法として、例えば、クロスバリデーションが用いられる。クロスバリデーションを行う場合、制御部32は、学習データ(複数の試料のそれぞれの分光分析スペクトル)を複数のグループに分割する。具体例として、ここでは、学習データを5つのグループに分割した場合を考える(5-fold クロスバリデーション)。例えば、濃度や組成が既知である計20個の試料が存在する場合、制御部32は、計20個の試料の分光分析スペクトルのデータを4個ずつの計5つのグループに分割する。
【0052】
5-fold クロスバリデーションにおいて、制御部32は、所定の1つのグループを予測性能の検証用として取っておき、残り4つのグループで回帰モデルを改めて生成する。そして、制御部32は、予測性能の検証用のグループを順次に変えることで、回帰モデルの生成を計5回行う。そして、制御部32は、所定のクロスバリデーションに基づいて、ハイパーパラメータを決定する。なお、「ハイパーパラメータ」とは、機械学習のアルゴリズムの挙動を設定するための所定のパラメータである。
【0053】
例えば、回帰モデルの生成の際にPLS回帰が用いられる場合には、PLSの成分数がハイパーパラメータになる。予測性能の評価指標として、例えば、平均二乗誤差(RMSE:Root-Mean Square Error)や平均絶対誤差(MAE:Mean Absolute Error)が用いられる。具体例を挙げると、予測性能を評価する際にRMSEが用いられる場合、制御部32は、5回繰り返したクロスバリデーションにおけるRMSEの平均値をRMSECVとして、予測性能の評価指標とする。
【0054】
そして、制御部32は、予測性能の評価指標であるRMSECVが最小になるようにハイパーパラメータを設定する。このようにして、ステップS108において制御部32は、所定の測定条件及び波長領域において最適化したハイパーパラメータ(PLSの成分数)に基づいて、RMSECVを算出する。なお、予測性能の評価指標(例えば、RMSECV)については、ステップS106の条件を満たしている回帰モデルのそれぞれについて算出される。
【0055】
次に、ステップS108において制御部32は、予測性能が最も高い回帰モデルを選択する。例えば、制御部32は、最適化したPLS成分数において、RMSECVの値が最も小さい回帰モデルを選択する。
ステップS109において制御部32は、モデル評価部322e(
図3参照)によって、予測性能が所定の目標値を満たしているか否かを判定する。例えば、制御部32は、ステップS108で選択した回帰モデルにおけるRMSECVが所定値以下であるか否かを判定する。前記した所定値は、予測性能の目標値であり、予め設定されている。
【0056】
ステップS109において、予測性能が目標値を満たしていない場合(S109:No)、制御部32の処理はステップS102に戻る。この場合には、ユーザに測定条件を変更を促すためのメッセージが表示部22(
図1参照)に表示される。また、ステップS109において、予測性能が目標値を満たしている場合(S109:Yes)、制御部32の処理はステップS110に進む。
【0057】
ステップS110において制御部32は、表示制御部322f(
図3参照)によって、測定・解析の結果を表示する。すなわち、制御部32は、測定時間に関するユーザ設定条件を満たすような所定の推奨測定条件を導き、この推奨測定条件を表示部22(表示装置:
図1参照)に表示させる(表示処理)。これによって、ユーザは、測定時間を所定の上限値以下に抑えつつ、予測性能が比較的高い測定を行うための推奨測定条件を把握できる。このような測定・解析の結果は、ユーザが工場や施設で試料のインライン測定等を行う際に用いられる。ステップS110の処理を行った後、制御部32は一連の処理を終了する(END)。
【0058】
図6は、測定・解析結果の画面の表示例である。
図6では、インライン測定等を行う場合の推奨測定条件として、分光分析スペクトルの測定における励起光サンプリング間隔や蛍光サンプリング間隔の他、励起光スリット幅や蛍光スリット幅、励起波長範囲、波長スキャン速度、測定時間が表示部22(
図1参照)に表示されている。この推奨測定条件は、測定時間が所定の上限値を満たすものの中で予測性能が最も高い回帰モデル(
図4のS106:Yes、S108)を用いた場合の測定条件である。なお、
図6では推奨測定条件の各欄の数値が特に表示されていないが、実際には具体的な数値が表示される。また、推奨測定条件に蛍光波長範囲が含まれるようにしてもよい。
【0059】
また、
図6の例では、制御部32が、推奨測定条件を表示部22(表示装置:
図1参照)に表示させるとともに、蛍光指紋分析に基づく分光分析スペクトルも表示部22に表示させている。表示部22に表示される分光分析スペクトルには、推奨測定条件の波長範囲として、励起波長の範囲及び蛍光波長の範囲で特定される測定波長領域G1,G2が示されている。例えば、制御部32が測定波長領域G1,G2を他の領域とは異なる色やパターンで表示したり、その境界を太枠線で表示したりすることで、強調表示するようにしてもよい。これによって、どの領域を分光分析スペクトルの測定に用いればよいのかをユーザが一目で把握できる。
【0060】
また、
図6に示すように、表示部22(表示装置:
図1参照)において、推奨測定条件及び分光分析スペクトルの両方が一画面に表示されることが好ましい。これによって、ユーザが推奨測定条件の各項目の値を確認しつつ、分光分析スペクトルにおける測定波長領域G1,G2も同じ画面上で確認できる。したがって、ユーザが推奨測定条件や測定波長領域G1,G2を確認する際の視認性が高められる。
【0061】
また、測定波長領域G1,G2の数(
図6の例では2つ)がユーザによる操作パネル21(入力部:
図1参照)を介した操作に基づいて設定されるようにしてもよい。これによって、制御部32に測定波長領域G1,G2を生成させる際のユーザの自由度が高められる。なお、測定波長領域の数の範囲がユーザによる操作パネル21を介した操作に基づいて設定されるようにしてもよい。例えば、ユーザによる操作パネル21の操作によって、測定波長領域の数が2つ以上かつ5つ以内に設定された場合、波長領域生成部322c(
図3参照)によって、測定波長領域の数が2つ、3つ、4つ、5つのそれぞれの場合について波長領域の候補の集合が生成される。
【0062】
なお、予測性能が高い回帰モデルを作成するためには、多くの波長領域について検証を行うことが重要になるが、総当たり的な方式で波長領域を生成すると、予測性能の改善に長時間を要する可能性がある。そこで、例えば、波長領域の最適化を行う際、制御部32が遺伝的アルゴリズムに基づくGAWLSPLS(Genetic Algorithm based Wavelength Selection Partial Least Squares)を行うようにしてもよい。なお、以下のGAWLSPLSに関する説明は、
図4のステップS104~S108の処理に対応している。
【0063】
図7Aは、GAWLSPLS法が用いられる場合において、対象となる波長領域の範囲が変更される様子を示す説明図である。
GAWLSPLS法において制御部32(
図1参照)は、まず、選択する波長の領域数を指定する。
図7Aの例では、2つの波長領域G3,G4が指定されている。これらの波長領域G3,G4は、励起波長・蛍光波長を掃引する際の開始励起波長、開始蛍光波長、及び各領域の大きさ(励起波長範囲の長さ、蛍光波長範囲の長さ)で規定される。遺伝的アルゴリズムでは、それぞれの波長領域G3,G4の開始励起波長と領域の大きさを所定の染色体に割り付ける。
【0064】
そして、各染色体から解析に使用する波長領域が導出される。これらの波長領域に基づいて、例えば、試料に含まれる所定物質の濃度(目的変数)に対する予測モデル(検量モデル)が構築される。GAWLSPLSでは、遺伝的アルゴリズムの適合度の指標として、例えば、前記したRMSECVが用いられる。そして、染色体から解析波長領域(解析対象の波長領域)が決まり、この解析波長領域に対する適合度が算出される。
【0065】
GAWLSPLS法では、遺伝的アルゴリズムに基づいて適合度の指標であるRMSECVを最小化するという観点から、好適な染色体が選定される。なお、波長領域の測定に要する時間が所定の上限値(最大測定時間)以下であることが、拘束条件として設定される。制御部32(
図1参照)は、所定の波長領域の数の染色体(初期集団)を生成し、適合度を算出して評価する。そして、制御部32は、これらの染色体の中で測定時間が所定の上限値以下になるものを選択する。
【0066】
ユーザが規定した所定の収束条件を満たす場合には、その集団において適合度の指標であるRMSECVが最も低い染色体が解になる。所定の収束条件が満たされていない場合、制御部32は、集団からの染色体の選択・交叉・変異によって次世代の集団を生成し、この集団を評価する。このような一連の処理を所定の収束条件が満たされるまで制御部32が繰り返すことで、好適な解析波長領域が導かれる。また、制御部32が波長の領域数や乱数の発生法を適宜に変化させることで、複数の解析波長領域を得るようにしてもよい。
【0067】
図7Bは、GAWLSPLS法に基づいて設定された測定波長領域G5,G6を示す説明図である。
図7Bの例では、インライン測定等の蛍光指紋分析に用いられる波長領域として、台形状の2つの測定波長領域G5,G6が設定されている。なお、励起波長・蛍光波長の範囲で特定される波長領域が矩形状である必要は特になく、
図7Bに示すような台形状であってもよい。前記したGAWLSPLS法を用いることで、遺伝的アルゴリズムに基づいて、所定条件を満たす波長領域を効率的に特定できる。
【0068】
また、複数の条件のそれぞれについて測定を行った場合、分光分析スペクトルの測定に長時間を要する場合がある。そこで、次に説明するように、ある特定の測定条件で取得した分光分析スペクトルを用いて、制御部32が、異なる測定条件での分光分析スペクトルを疑似的に生成するようにしてもよい。このような方法を用いた場合の実験結果の一例を以下に示す。
【0069】
実験では、食用油中のビタミンE濃度(15サンプル)を目的変数として、励起波長範囲が250~450[nm]、励起波長のサンプリング間隔が1[nm]、蛍光波長範囲が250~450[nm]、蛍光波長のサンプリング間隔が2[nm]の条件で測定を行った。測定条件としては、励起波長のサンプリング間隔が、前記した1[nm]である場合の他、2[nm]や3[nm]の場合も含めて、計3通りのそれぞれについて測定を行った。励起波長及び蛍光波長の領域の最適化については、GAWLSPLS法を用いた。また、測定時間の上限値(最大測定時間)を50秒とした。励起波長のサンプリング間隔を広げていく場合には、蛍光強度を積算していく(つまり、蛍光強度の和をとる)ことで、分光分析スペクトルを生成するようにした。
【0070】
図8は、蛍光波長を固定し、励起波長を所定に掃引した場合の一例を示す説明図である。
例えば、
図8に示すように、測定時の励起波長のサンプリングとして、250[nm]、251[nm]、252[nm]、・・・といったように、1[nm]のサンプリング間隔でデータが取得される場合を考える。このように1[nm]ごとの励起波長のサンプリングで得られたデータを活用して、励起波長のサンプリングを3[nm]とした場合の分光分析スペクトルを疑似的に生成することも可能である。
【0071】
分光分析スペクトルを疑似的に生成する方法としては、例えば、励起波長が251[nm]や252[nm]といったデータを特に用いないという方法がある。つまり、励起波長が250[nm]+3k(kは整数)のデータを用いる一方、251[nm]+3k、及び、252[nm]+3kのデータを解析に用いないという方法である。このように、いわばデータを間引くことで測定時間を短縮できる。
【0072】
その他にも、例えば、励起波長が250[nm]、251[nm]、及び252[nm]のときの各蛍光強度を積算するという方法がある。つまり、励起波長が250[nm]+3k(kは整数)、251[nm]+3k、及び252[nm]+3kにおける蛍光強度の和をとり、例えば、251[nm]+3kに対応付けるようにしてもよい。このように、所定のサンプリング間隔で隣り合っている3個ずつの励起波長における蛍光強度の和を、3個のいずれかの励起波長(又は3個の励起波長の平均値)に対応付けることで、測定時間を短縮できる。
また、例えば、励起波長が250[nm]及び252[nm]のときの各蛍光強度を積算するという方法もある。つまり、励起波長が250[nm]+3k(kは整数)、及び、251[nm]+3kにおける蛍光強度の和をとり、例えば、250[nm]+3kに対応付けるようにしてもよい。このような方法で、分光分析スペクトルを疑似的に生成することも可能である。
疑似的な分光分析スペクトルは、1[nm]のサンプリング間隔で測定した場合の元の分光分析スペクトルとは異なる別のデータとして扱われる。なお、励起波長に代えて、蛍光波長を掃引する場合にも同様のことがいえる。
【0073】
このように、制御部32は、分光分析スペクトルを蛍光指紋分析に基づいて測定する際、励起波長及び蛍光波長のうちの一方の波長を固定し、他方の波長を所定のサンプリング間隔で掃引する。この場合において制御部32は、所定のサンプリング間隔で掃引したn個ずつ(ただし、nは自然数)の他方の波長のそれぞれについて、n個の他方の波長に一対一で対応しているn個の蛍光強度のうちの一部又は全部の和をとった値をn個の他方の波長のうちのいずれかに対応付けたデータを生成する。なお、制御部32が、前記した和をとった値をn個の他方の波長の平均値に対応付けたデータを生成するようにしてもよい。そして、制御部32は、生成したデータに基づいて、疑似的な分光分析スペクトルを新たに生成し、この疑似的な分光分析スペクトルに基づいて、分光分析スペクトルの解析用の予測モデルを生成する。
【0074】
実験では、励起波長が250[nm]、251[nm]、及び252[nm]における各蛍光強度を積算する(つまり、蛍光強度の和をとる)方法を採用した。これによって、蛍光指紋分析におけるS/N比が改善された。これは、蛍光強度を積算することで、蛍光の光量が増大した場合の測定結果を実際に得るのと同様の効果が奏されたためである。
【0075】
なお、値が異なる2つの励起波長における蛍光強度を積算する(つまり、和をとる)場合には、制御部32が、励起光のスリット幅を2倍にするようにしてもよい。また、3つの励起波長における蛍光強度を積算した場合には、制御部32が、励起光のスリット幅を3倍にするようにしてもよい。これによって、S/N比の改善を図ることができる。その他、蛍光波長のスキャン速度等を制御部32が適宜に調整するようにしてもよい。
【0076】
図9は、蛍光指紋分析における実験結果を示す説明図である。
図9の例では、予測性能の指標であるRMSECVが最も小さくなったのは、励起波長のサンプリング間隔が2[nm]の場合であり、この場合での測定時間は49.5秒であった。このように励起波長のサンプリング間隔を2[nm]にすることで、所定の上限値(最大測定時間)以下の測定時間で、予測精度が比較的高い推奨測定条件を特定できた。また、励起波長のサンプリング間隔を3[nm]に拡大した場合には、予測性能の指標であるRMSECVが若干劣るものの、測定時間としては15.3秒になり、より短い時間で同程度の予測精度を得ることができた。
【0077】
<効果>
第1実施形態によれば、ユーザのニーズに応じた測定時間の上限値以下の時間で、物質判別や濃度定量を高精度に行うための推奨測定条件や回帰モデルを制御部32が導出する。これによって、産業プロセス向けのインライン測定のように、測定時間の制約が重要なユースケースにおいても、高精度な物質判別や濃度定量を行うことができる。また、産業プロセスで求められる所定の条件に応じて、測定時間の上限値を適宜に設定することも可能になる。このように、第1実施形態によれば、測定時間等に制約がある場合でも適切に測定を行えるようにする分光分析システム100を提供できる。
【0078】
≪第2実施形態≫
第2実施形態は、分光分析スペクトルに基づいて測定条件を最適化した場合、その最適化された測定条件で学習データを再度測定し、再度測定した学習データを用いて、回帰モデルを生成する点が第1実施形態とは異なっている。なお、その他(分光分析システム100の構成等:
図1参照)については、第1実施形態と同様である。したがって、第1実施形態とは異なる部分について説明し、重複する部分については説明を省略する。
【0079】
図10A、
図10Bは、第2実施形態に係る分光分析システムの制御部32の処理を示すフローチャートである(適宜、
図1も参照)。
なお、
図10AのステップS101、S102、S104~S109については、第1実施形態(
図4参照)と同様であるから、説明を省略する。
図10Aに示すステップS103aにおいて制御部32は、所定の試料の蛍光指紋データ(分光分析スペクトル)を実際に測定する他、この蛍光指紋データに基づいて、疑似的な蛍光指紋データを算出する。
【0080】
例えば、制御部32は、励起波長が250[nm]+3k(kは整数)、251[nm]+3k、及び252[nm]+3kにおける蛍光強度の和をとり、蛍光強度の和を251[nm]+3kの励起波長に対応付ける。なお、分光分析スペクトルを疑似的に算出する方法については、第1実施形態で説明したものと同様であるから、説明を省略する。
また、ステップS109において予測性能が所定の目標値を満たしている場合(S109:Yes)、制御部32の処理は、
図10BのステップS120に進む。
【0081】
図10BのステップS121において制御部32は、最適化した測定条件で蛍光指紋データ(分光分析スペクトル)を再び測定する。なお、ステップS121の処理では、試料の分光分析スペクトルが実際に測定される。
ステップS122において制御部32は、波長領域の回帰モデルを生成する。この「波長領域」とは、予測性能が目標値を満たした所定の回帰モデル(
図10AのS109:Yes)に対応付けられている所定の波長領域である。このように、制御部32は、疑似的な分光分析スペクトルに基づく推奨測定条件で、分光分析スペクトルの測定を実際に行い(S121)、この測定で得られた分光分析スペクトルに基づいて、分光分析スペクトルの解析用の回帰モデル(予測モデル)を再び生成する(S122)。制御部32が回帰モデルを改めて生成することで、ステップS103a(
図10A参照)で疑似的な分光分析スペクトルを用いたことに伴う誤差の影響を低減し、予測性能の高い回帰モデルを得ることができる。
【0082】
次に、ステップS123において制御部32は、回帰モデルの予測性能を検証する。なお、回帰モデルの予測性能の検証方法については、ステップS107(
図10A参照)と同様であるから、説明を省略する。
ステップS124において制御部32は、回帰モデルの予測性能が所定の目標値を満たしているか否かを判定する。ステップS124において、予測性能が目標値を満たしていない場合(S124:No)、制御部32の処理はステップS102(
図10A参照)に戻る。この場合には、ユーザに測定条件を変更を促すためのメッセージが表示部22(
図1参照)に表示される。
【0083】
また、ステップS124において、予測性能が所定の目標値を満たしている場合(S124:Yes)、制御部32の処理はステップS125に進む。ステップS125において制御部32は、測定結果や解析結果を表示部22に表示させる。ステップS125の処理を行った後、制御部32は一連の処理を終了する(END)。
【0084】
<効果>
・第2実施形態によれば、所定の数学的処理に基づいて、疑似的な分光分析スペクトルが生成される。したがって、検査員が測定条件をさまざまに変えた上で分光分析スペクトルを測定するといったことを行う必要がなくなるため、検査員の作業負担を軽減できる他、予測性能の高い回帰モデルの特定に要する時間を短縮できる。また、制御部32は、最適化した測定条件で分光分析スペクトルを再び測定し、その測定結果に基づいて回帰モデルを生成する。これによって、疑似的な分光分析スペクトルを用いた場合でも、回帰モデルの予測精度を十分に確保できる。
【0085】
≪第3実施形態≫
第3実施形態は、推奨測定条件におけるサンプリング間隔等が複数の波長領域で異なっている点が、第1実施形態とは異なっている。なお、その他(分光分析システム100の構成等:
図1参照)については第1実施形態と同様である。したがって、第1実施形態とは異なる部分について説明し、重複する部分については説明を省略する。
【0086】
第3実施形態については、
図6を用いて説明する。例えば、励起波長のサンプリング間隔や蛍光波長のサンプリング間隔については、複数の測定波長領域G1,G2のそれぞれで設定することが望ましい。具体例を挙げると、分光分析スペクトルにおける所定の測定波長領域G1では高い分解能にすることで、分光分析スペクトルの詳細な形状のデータが得られる。これによって、制御部32が試料の組成判別や濃度定量を行う際の精度を高めることができる。また、分光分析スペクトルにおける別の測定波長領域G2については、ピーク強度を積分した情報が重要であることもある。このような場合は積分に時間を要するため、制御部32が分解能を落とすことで、比較的短時間で高い予測性能を得ることができる。このように、分光分析スペクトルに含まれる複数の領域のそれぞれの特性に応じて、制御部32が測定条件を変更するようにしてもよい。
【0087】
このように、所定の推奨測定条件に含まれる励起波長及び蛍光波長のうちの少なくとも一方のサンプリング間隔が異なるものが、複数の測定波長領域の中に混在していることが好ましい。また、複数の測定波長領域における励起波長及び蛍光波長の少なくとも一方のサンプリング間隔は、例えば、遺伝的アルゴリズムに基づいて設定される。なお、検査員が過去の実験データに基づいて、測定波長領域G1,G2における励起波長・蛍光波長のサンプリング間隔を設定するようにしてもよい。
【0088】
<効果>
第3実施形態によれば、励起波長・蛍光波長の各範囲で特定される複数の測定波長領域G1,G2の特性に基づいて、制御部32が異なる測定条件を設定するようにしている。これによって、試料の組成判別や濃度定量等を高精度で行うことができる。
【0089】
≪第4実施形態≫
第4実施形態は、いわゆるオーバーフィッティング(過学習)を回避するために、RMSECVとは異なる所定の評価指標を用いる点が、第1実施形態とは異なっている。なお、その他については第1実施形態と同様である。したがって、第1実施形態とは異なる部分について説明し、重複する部分については説明を省略する。
【0090】
第4実施形態については、
図1を用いて説明する。前記した第1実施形態では、予測性能の指標としてRMSECVが用いられる場合について説明したが、PLS回帰等の回帰分析でRMSECVを最小化するようにした場合、オーバーフィッティング(過学習)が生じることもある。そこで、予測モデルの作成時に使用した分光分析スペクトルのデータに対する過剰な適合を抑制し、汎化性能を高めるために、制御部32が以下の処理を行うようにしてもよい。
【0091】
例えば、GAWLSPLS法において、複数の解析波長領域の中から好適な波長領域を選択する際のオーバーフィッティングへの対処方法として、RMSECVに代わる指標を用いて、予測モデルを作成するようにしてもよい。具体的には、次のような評価指標を用いることで、オーバーフィッティングを抑制できる。
なお、以下の式(1)に含まれるjはPLSの成分数であり、B2は回帰係数ベクトルのユークリッドノルムであり、bは回帰係数ベクトルである。また、式(2)に含まれるDWは、正規化された回帰係数ベクトルの1次微分である。また、式(3)に含まれるJは、回帰係数の変化量のユークリッドノルムである。
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
例えば、回帰係数にノイズ成分が含まれていた場合、回帰係数の絶対値の和が増大するため、各指標(B2,DW,J)の値が大きくなる。したがって、これらの各指標(B2,DW,J)が、回帰係数ベクトルの複雑性を示す評価指標として適宜に用いられるようにしてもよい。例えば、RMSECVが比較的小さい場合でも、予測モデルの複雑性が高いときには、それをペナルティとすることが望ましい。具体的には、未知モデルへの予測性能を高めるためには、各指標(B2,DW,J)のいずれについても値が小さいことが望ましい。RMSECVが小さいほど、また、各指標(B2,DW,J)が小さいほど、未知サンプルに対する予測性能が高くなる。
【0096】
RMSECVと各指標(B2,DW,J)とは異なる単位であるため、次に説明するPLS成分数C1を決めることで、回帰モデルの汎化性能を高めることができる。なお、式(4)に含まれるjはPLS成分数であり、RMSECVminはRMSECVの最小値であり、RMSECVmaxはRMSECVの最大値である。また、式(4)に含まれるIは、前記したB2、DW、Jのうちのいずれかであり、IjはPLS成分数jのときの値である。また、IminはIの最小値であり、ImaxはIの最大値である。式(4)の右辺第1項は、最大-最小値で規格化されたRMSECVの値である。また、式(4)の右辺第2項は、最大-最小値で規格化されたIの値である。
【0097】
【0098】
第4実施形態では、式(4)に含まれるIとして、前記したB2(回帰係数ベクトルのユークリッドノルム)を用いる他、C1を予測精度の指標としてGAWLSPLS法を適用するようにしている。このように、制御部32(
図1参照)は、測定波長領域の探索を遺伝的アルゴリズムに基づいて行い、遺伝的アルゴリズムにおいて、分光分析スペクトルの解析用の予測モデルの適合度の指標であるRMSECVに対して、過学習の度合いを示す所定のペナルティ関数として、例えば、C1を付与する。そして、制御部32は、ペナルティ関数に基づいて、予測モデルを評価する。前記したように、RMSECVは、クロスバリデーションにおける平均二乗誤差(RMSE)の平均値である。
【0099】
<実験結果>
一例として、培養液中のグルコース濃度の近赤外分光による定量の検証を行った場合について説明する。CHО細胞には、CRL-12445(ATCC)を用い、また、培地にはDMEM-low glucose(Sigma-Aldrich社製)を用いた。培養液は、培地にCHO細胞を拡散した後、細胞数を自動蛍光細胞計数装置LUNA-FL(Logos Biosystems社製)で測定し、細胞数が1×105~3×105程度になるように培地を添加して調製した。この培養液をスピナーフラスコに播種し、スターラで培養液を攪拌した状態でインキュベータ(温度:37℃、CO2濃度:5%、Air濃度:95%)に保存した。
【0100】
インキュベータには、Personal CO2 MULTIGAS INCUBATOR APM50DR(アステックス社製)を用いた。検量モデルの構築用のサンプルを作成するための培養を4回行った(22サンプル)。また、作成した予測モデル(検量モデル)の予測性能の検証を行うサンプル作成のための培養を6回い、合計23のサンプルを調製した。
【0101】
そして、実培養液サンプルに加えて、培養前の培養液、培養後の培養液、及びグルコースを混合し、疑似培養液サンプルを作成して測定に用いた。培養後の培養液は、培養開始から7日後の培養液を0.2[μm]のフィルタで細胞等を除去してから、疑似培養液サンプルの作製に用いた。これらの混合液のグルコース濃度が0.5~0.6[g/L]の濃度刻みで、総グルコース濃度が0~8[g/L]の範囲内になるように、合計102サンプルを調製した。
【0102】
また、疑似培養液を一括で検量モデル構築用データとして処理した他、疑似培養液のデータを用いて転移学習を行うようにした。転移学習の方法として、Frustratingly Easy Domain Adaption法を用いた。前処理法として、Savitzky-Golay法のフィッティングを行う際の波長の点数を21とし、フィッティングを行うための多項式の次数を2とし、その後に行う微分の次数を1として解析を実施した。
【0103】
このようにして取得したスペクトルデータ(分光分析スペクトル)と、酵素電極法で測定されたグルコース濃度と、に基づいて、予測モデルを構築した。波長領域の選択には、GAWLSPLS法を用いた。最大測定時間は600秒とした。遺伝的アルゴリズムの適合度の指標として、RMSECV及びC1の2通りを用いた。波長領域の数は1~10の範囲内とし、各領域数に対して10回の繰り返し演算を行い、合計100通りの波長領域のデータを得た。この100通りの波長領域のデータに基づく予測モデルで、検証用サンプルのグルコース濃度(23サンプル)を予測し、その予測結果からRMSEP(Root-Mean Square Error Prediction)を算出した。その結果を
図11A、
図11Bに示す。
【0104】
図11Aは、適合度の指標としてRMSECVを用いた場合の実験結果を示す図である。
なお、
図11Aの横軸はRMSECVであり、縦軸はRMSEPである。適合度の指標としてRMSECVを用いた場合には、
図11Aに示すように、RMSECVの値が小さくなったときにRMSEPが小さくなるといった傾向は特にない。
【0105】
図11Bは、適合度の指標としてC1を用いた場合の実験結果を示す図である。
なお、
図11Bの横軸・縦軸については、
図11Aの横軸・縦軸と同様である。
適合度の指標としてC1を用いた場合には、
図11Bに示すように、RMSECVが小さくなるにつれて、RMSEPも小さくなるという傾向が確認された。つまり、適合度の指標としてC1を用いることで、オーバーフィッティングが抑制され、検証用サンプルに対する予測性能が向上した。
【0106】
次に、それぞれの条件(適合度の指標:RMSECV又はC1)において、RMSECVを最小化した解析波長範囲を用いて、検証用サンプルの予測を行った。なお、
図11Aでは、RMSECVが最小のデータを丸印Q1で示している。同様に、
図11Bでは、RMSECVが最小のデータを丸印Q2で示している。このように、RMSECVを最小化した解析波長範囲での予測結果を
図12A、
図12Bに示す。
【0107】
図12Aは、適合度の指標としてRMSECVを用いた場合の検証用サンプルの予測結果を示す図である。
なお、
図12Aの縦軸は、検証用サンプルのグルコース濃度の予測値である。また、
図12Aの横軸は、酵素電極法で測定したグルコース濃度の実測値である。
図12Aには、予測値と実測値が等しくなる直線L1も示している。この直線上にデータ点が集まっていることは、検証用サンプルに対する予測性能が高いことを示している。
【0108】
図12Bは、適合度の指標としてC1を用いた場合の検証用サンプルの予測結果を示す図である。
なお、
図12Bの縦軸・横軸は、
図12Aと同様である。また、
図12Bには、予測値と実測値が等しくなる直線L2も示している。
図12Bに示すように、C1を適合度の指標とした場合には、RMSECVを適合度の指標として転移学習を行わなかった場合(
図12B参照)に比べて予測性能の向上が認められる。RMSEPとしては、0.46[g/L]からC1を適合度の指標とした場合に0.33[g/L]に改善している。また、適合度の指標をC1とし、さらに転移学習を行った場合には、RMSEPが0.26[g/L]となった。適合度の変更と転移学習の適用を併せて行うことで、予測精度がさらに改善することができる。
【0109】
<効果>
・第4実施形態によれば、適合度の指標としてC1の値等を用いることで過学習を抑制し、予測モデルの予測性能を高めることができる。したがって、試料の組成判別や濃度定量等を高精度で行うことができる。
【0110】
≪変形例≫
以上、本発明に係る分光分析システム100等について各実施形態で説明したが、本発明はこれらの記載に限定されるものではなく、種々の変更を行うことができる。
例えば、第1実施形態では、分光分析スペクトルの測定時間の上限値をユーザが設定する場合について説明したが、これに限らない。すなわち、分光分析スペクトルの測定精度の下限値をユーザが設定するようにしてもよい。なお、制御部32の処理の流れとしては、
図4のステップS101に代わる処理として、制御部32は、ユーザの入力操作に応じて、測定精度の下限値を設定する。また、ステップS106に代わる処理として、制御部32は、測定精度が下限値以上であるものが存在するか否かを判定する。このような処理を行うことで、分光分析スペクトルを測定する際の測定精度をユーザが設定できるため、ユーザにとっての使い勝手がよくなる。なお、測定精度として、その値が小さいほど測定精度が高くなるRMSECVが用いられる場合には、「測定精度の下限値」として、RMSECVの許容範囲での最大値が用いられる。
また、測定時間の上限値、及び、測定精度の下限値の両方をユーザが設定できるようにしてもよい。すなわち、試料の分光分析スペクトルの測定に関するユーザ設定条件として、分光分析スペクトルの測定時間の上限値、及び測定精度の下限値のうちの少なくとも一方の入力が操作パネル21(入力部:
図1参照)の操作で受け付けられるようにしてもよい。これによって、測定時間及び測定精度の一方又は両方でユーザが望むような推奨測定条件を探索できる。なお、測定精度の下限値の設定等については、第2~第4実施形態に適用することも可能である。
【0111】
また、各実施形態では、ステップS102(
図4参照)で測定条件が設定される際、
図5に示すように、励起光サンプリング間隔、蛍光サンプリング間隔、励起光スリット幅、蛍光スリット幅、及び、波長スキャン速度の各項目に1つの所定の値が入力される場合について説明したが、これに限らない。すなわち、前記した測定条件の一部又は全部について、候補となる複数の値や所定の数値範囲をユーザが入力するようにしてもよい。そして、制御部32が、遺伝的アルゴリズム等に基づいて、各項目の最適な値を設定するようにしてもよい。
【0112】
また、各実施形態では、分光分析法の例として蛍光指紋分析が用いられる場合について説明したが、これに限らない。例えば、分光分析法の一つである吸光分光法(吸収分光法ともいう)が用いられるようにしてもよい。吸光分光法が用いられる場合には、試料に照射された光のうち、試料が吸収した光のスペクトルを測定することで、所定の物質の濃度定量等が行われる。なお、吸光分光法において、「分光分析スペクトルの測定に用いられる光」は、試料に吸収された光である。
【0113】
また、各実施形態では、推奨測定条件として、
図6に示すように、励起光サンプリング間隔や蛍光サンプリング間隔の他、励起光スリット幅や蛍光スリット幅、励起波長範囲、蛍光波長範囲、波長スキャン速度が設定される場合について説明したが、これに限らない。すなわち、推奨測定条件は、分光分析スペクトルの測定に用いられる光の波長範囲、光の波長のサンプリング間隔、光を分光する分光器(例えば、励起側分光器2や蛍光側分光器8:
図1参照)の回折格子のスリット幅、及び、光の波長の掃引速度(スキャン速度)のうちの少なくとも一つであってもよい。このような場合でも、所定の測定時間や測定精度が満たされるように、制御部32が所定の推奨測定条件を探索できる。
【0114】
また、例えば、制御部32が複数の予測モデルを記憶部321(
図3参照)に格納し、インライン測定を含むプロセスの状態に応じて、予測モデルを使い分けるようにしてもよい。すなわち、制御部32が、産業プラントで試料のインライン測定を行う際、産業プラントの状態に応じて、複数の予測モデルの中から、試料の分光分析スペクトルの解析に実際に用いる予測モデルを切り替えるようにしてもよい。ここで、複数の予測モデルに一対一で対応付けられる測定波長領域での分光分析スペクトルの測定時間は、それぞれ異なるものとする。また、「産業プラント」は、工場に限定されるものではなく、研究施設等のさまざまな設備が含まれる。
例えば、インライン測定を含む産業プロセスが定常的かつ安定的に動作している場合には、制御部32は、1つの試料の測定に要する時間を比較的長い所定時間とする。また、産業プロセスが通常とは異なる状態になったことを検知した場合、制御部32は、産業プロセスを定常的かつ安定な状態に移行させるために、1つの試料の測定に要する時間を短くする。このように、産業プロセスの状態に応じて制御部32が予測モデルを使い分けることで、インライン測定を含む産業プロセスを適切に制御できる。
【0115】
また、第1実施形態では、分光分析スペクトルの測定時間が上限値以下であるものが存在するか否かを制御部32が判定した後(
図4のS106)、予測性能が最も高い回帰モデルを選択する場合について説明したが(S108)、これに限らない。例えば、制御部32が、各波長領域の回帰モデルのうち予測性能が最も高いものから順に、測定時間に関する判定を行うようにしてもよい。このような処理でも同様の効果が奏される。
【0116】
また、第1実施形態では、光度計部10(
図1参照)が励起側フィルタ5(
図1参照)や蛍光側フィルタ7(
図1参照)を備える場合について説明したが、これらを適宜に省略してもよい。
また、第1実施形態では、制御部32(
図1参照)の処理結果が表示部22(
図1参照)に表示される場合について説明したが、これに限らない。例えば、制御部32の処理結果が、携帯電話やスマートフォン、タブレットといった携帯端末(図示せず)に送信されるようにしてもよい。この場合には、携帯端末のディスプレイが表示部として機能する。
また、第1実施形態では、ユーザによる入力部(
図1参照)の操作で測定時間等が入力される場合について説明したが、これに限らない。例えば、ユーザによる携帯端末(
図1参照)の操作に基づいて、測定時間等が入力されるようにしてもよい。この場合には、携帯端末のボタンやタッチパネルが「入力部」として機能する。なお、第2~第4実施形態についても同様のことがいえる。
【0117】
また、各実施形態で説明した分光分析システム100等の機能(分析分析方法)を実現するプログラムの全部又は一部を、サーバ(図示せず)等の一つ又は複数のコンピュータが実行するようにしてもよい。前記したプログラムは、通信回線を介して提供することもできるし、CD-ROM等の記録媒体に書き込んで配布することも可能である。
【0118】
また、各実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に記載したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されない。また、実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。また、前記した機構や構成は説明上必要と考えられるものを示しており、製品上必ずしも全ての機構や構成を示しているとは限らない。
【符号の説明】
【0119】
1 光源
2 励起側分光器(分光器)
2a 回折格子
3 ビームスプリッタ
4 モニタ検出器
5 励起側フィルタ
6 試料設置部
7 蛍光側フィルタ
8 蛍光側分光器(分光器)
8a 回折格子
9 検出器
10 光度計部
21 操作パネル(入力部)
22 表示部(表示装置)
32 制御部
321e 回帰モデル(予測モデル)
100 分光分析システム
G1,G2 測定波長領域
M1 試料