(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024095633
(43)【公開日】2024-07-10
(54)【発明の名称】高分子ゲル及びその製造方法、当該高分子ゲルを含むゲル材料
(51)【国際特許分類】
C08F 265/10 20060101AFI20240703BHJP
A61B 5/1459 20060101ALI20240703BHJP
A61B 5/1473 20060101ALI20240703BHJP
A61L 15/24 20060101ALI20240703BHJP
A61L 15/42 20060101ALI20240703BHJP
A61L 15/44 20060101ALI20240703BHJP
A61L 15/60 20060101ALI20240703BHJP
A61P 17/02 20060101ALI20240703BHJP
A61K 8/81 20060101ALI20240703BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20240703BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20240703BHJP
A61Q 5/00 20060101ALI20240703BHJP
A61K 31/405 20060101ALI20240703BHJP
A61K 31/196 20060101ALI20240703BHJP
A61K 38/18 20060101ALI20240703BHJP
A61K 31/5415 20060101ALI20240703BHJP
A61K 31/7068 20060101ALI20240703BHJP
A61K 31/513 20060101ALI20240703BHJP
A61K 31/4745 20060101ALI20240703BHJP
A61K 31/337 20060101ALI20240703BHJP
A61K 9/70 20060101ALI20240703BHJP
A61P 7/04 20060101ALI20240703BHJP
A61F 13/00 20240101ALI20240703BHJP
C07D 209/28 20060101ALN20240703BHJP
C07D 453/02 20060101ALN20240703BHJP
C07H 19/073 20060101ALN20240703BHJP
C07D 239/553 20060101ALN20240703BHJP
C07D 491/22 20060101ALN20240703BHJP
C07D 305/14 20060101ALN20240703BHJP
【FI】
C08F265/10
A61B5/1459
A61B5/1473
A61L15/24 100
A61L15/42 100
A61L15/44 100
A61L15/60 100
A61P17/02
A61K8/81
A61K47/32
A61Q19/00
A61Q5/00
A61K31/405
A61K31/196
A61K38/18
A61K31/5415
A61K31/7068
A61K31/513
A61K31/4745
A61K31/337
A61K9/70
A61P7/04
A61F13/00 301G
C07D209/28
C07D453/02
C07H19/073
C07D239/553 A
C07D491/22
C07D305/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023222959
(22)【出願日】2023-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2022212176
(32)【優先日】2022-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、研究成果展開事業、研究タイプ「研究成果最適展開支援プログラム 産学共同(育成型)」、研究課題、研究題目「皮膚に対する接着/脱離スイッチングを実現するスマートハイドロゲル表面の開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】305013910
【氏名又は名称】国立大学法人お茶の水女子大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】秋元 文
(72)【発明者】
【氏名】榎本 孝文
(72)【発明者】
【氏名】小泉 友紀
(72)【発明者】
【氏名】太田 裕治
【テーマコード(参考)】
4C038
4C050
4C057
4C076
4C081
4C083
4C084
4C086
4C206
4J026
【Fターム(参考)】
4C038KK00
4C038KK10
4C038KL01
4C038KL07
4C038KL09
4C038KM00
4C038KY02
4C038KY04
4C038KY11
4C050AA01
4C050AA07
4C050BB04
4C050CC07
4C050DD02
4C050EE02
4C050FF02
4C050GG03
4C050HH04
4C057BB02
4C057CC03
4C057DD01
4C057LL17
4C057LL19
4C076AA72
4C076BB31
4C076CC18
4C076CC19
4C076EE13
4C076EE50
4C076FF31
4C076FF34
4C076FF68
4C081AA12
4C081BA11
4C081BA14
4C081BB06
4C081CA101
4C081CA102
4C081CC03
4C081CE02
4C081DA02
4C081DA12
4C081DC04
4C083AD091
4C083AD092
4C083CC02
4C083CC31
4C083EE06
4C083EE11
4C083EE21
4C083FF01
4C084AA03
4C084BA44
4C084DB54
4C084MA05
4C084MA32
4C084MA63
4C084NA11
4C084NA13
4C084NA14
4C084ZA53
4C084ZA89
4C086AA01
4C086AA02
4C086BA02
4C086BC15
4C086BC43
4C086CB17
4C086CB22
4C086EA17
4C086MA01
4C086MA02
4C086MA06
4C086MA32
4C086MA63
4C086NA11
4C086NA13
4C086NA14
4C086ZA53
4C086ZA89
4C206AA01
4C206AA02
4C206FA31
4C206KA01
4C206MA01
4C206MA02
4C206MA06
4C206MA52
4C206MA83
4C206NA11
4C206NA13
4C206NA14
4C206ZA53
4C206ZA89
4J026AA50
4J026AC19
4J026AC26
4J026AC31
4J026AC35
4J026BA30
4J026BA32
4J026BB01
4J026CA01
4J026CA04
4J026CA06
4J026DA05
4J026DA07
4J026DA08
4J026DA14
4J026DB07
4J026DB08
4J026DB19
4J026EA05
4J026FA09
4J026GA01
4J026GA08
(57)【要約】
【解決課題】
体表面に強固に貼り付けることが可能であり、必要な際には皮膚に負担をかけることなく容易に脱離することができるゲル材料を提供すること。
【解決手段】
バルク領域と表面領域を有する高分子ゲルであって、前記バルク領域はベースゲルにより構成されており、表面領域において、前記ベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖が導入されており、表面領域はバルク領域とは異なる化学構造を有する、該高分子ゲル。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バルク領域と表面領域を有する高分子ゲルであって、
前記バルク領域はベースゲルにより構成されており、
表面領域において、前記ベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖が導入されており、
表面領域はバルク領域とは異なる化学構造を有する、該高分子ゲル。
【請求項2】
前記ベースゲルの少なくとも一部は、アミノ基を含有する親水性モノマーのホモポリマー、及び、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマー(共重合体)からなる群から選択される少なくとも1つの親水性ポリマーであり、ここで、親水性モノマーのホモポリマー、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマーは、架橋剤モノマーをコモノマーとして含有してもよい、請求項1に記載の高分子ゲル。
【請求項3】
前記アミノ基を含有する親水性モノマーが、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミドである、請求項2に記載の高分子ゲル。
【請求項4】
前記ベースゲルが、前記親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルである、請求項1に記載の高分子ゲル。
【請求項5】
表面領域は温度を変化させることによって少なくとも疎水性度を含む物理特性を変化させ、バルク領域は温度の変化による疎水性度を含む物理特性の変化が表面領域よりも小さいことを特徴とする、請求項1に記載の高分子ゲル。
【請求項6】
体温付近では表面領域が高い接着性を示し、体温から十分に離れた低温領域では表面領域の接着性が下がることを特徴とする、請求項5に記載の高分子ゲル。
【請求項7】
表面領域は、ゲルの表面から内部に向かって200μm以下の距離の範囲にある、請求項1に記載の高分子ゲル。
【請求項8】
表面領域は、ゲルの表面から内部に向かって100μm以下の距離の範囲にある、請求項7に記載の高分子ゲル。
【請求項9】
前記グラフトポリマーは、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、N-イソプロピルアクリルアミドと他のコモノマーとの共重合体からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の高分子ゲル。
【請求項10】
バルク領域を構成するベースゲルに、原子移動ラジカル重合開始剤を導入し、その後溶液中で表面開始重合を行い、表面領域のみにおいて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入する工程を含む、請求項1に記載の高分子ゲルの製造方法。
【請求項11】
バルク領域を構成するベースゲルと、当該ベースゲルと反応することができる反応性基を含むグラフトポリマー鎖とを反応させて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入する工程を含む、請求項1に記載の高分子ゲルの製造方法。
【請求項12】
テープ状の基材の一面に、請求項1に記載の高分子ゲルを、その表面領域を外側にして固定し貼り付け面としたゲル材料であって、創傷被覆材、ドレッシング材又は止血材として用いられる、当該ゲル材料。
【請求項13】
テープ状の基材の一面に、請求項1に記載の高分子ゲルを、その表面領域を外側にして固定し貼り付け面とし、これを2個、互いの貼り付け面が向かい合う方向で組み合わせ、
温度の上下によって張り付き・剥がしを制御できる面ファスナーを構成したことを特徴とする、当該ゲル材料。
【請求項14】
請求項1に記載の高分子ゲルに、治療用薬剤、化粧品及び美容成分からなる群から選択される1以上を含有させたゲル材料。
【請求項15】
請求項1に記載の高分子ゲルに治療用薬剤を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して薬剤を経皮的に投与するために使用される、該ゲル材料。
【請求項16】
請求項1に記載の高分子ゲルに皮膚用化粧料を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して皮膚用化粧料を経時的に滲出させるために使用される、該ゲル材料である
【請求項17】
請求項1に記載の高分子ゲルに美容成分を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して美容成分を経時的に滲出させるために使用される、該ゲル材料。
【請求項18】
請求項1に記載の高分子ゲルを含むゲル材料であって、細胞間質液を経皮的に取得して生体情報を取得する検査装置に用いられる、該ゲル材料。
【請求項19】
請求項1に記載の高分子ゲルに導電性の高分子を含浸させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、ゲル材料を介して体表面に電圧を印加する装置、または、ゲル材料を介して体表面の電位を測定する装置に使用される、該ゲル材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な高分子ゲルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイドロゲルは、三次元網目構造の高分子と水から構成される材料であり、それ自体は水と非常に高い親和性を有するがそれ自体は水には不溶である。そのため、高分子の三次元的な構造を保持しながらも自重の数百倍にも及ぶ大量の水を保持するなど、大きな特徴を有している。含水性や柔軟性は生体が持つ機能の大きな因子でもあり、科学的、工学的な研究対象として大きな意義を有している。工学的な応用では、止血材料やウエアラブルデバイスなど、生体と医療機器を媒介する役割が格別な注目をされ、その主要な一方向として接着性ゲルの分子設計にかかわる研究・開発が近年盛んに行われている。
【0003】
医療技術の進展により社会は高齢化しているがその副次的な一側面としては、長期にわたる慢性病の治療が増加している。慢性病の治療現場では褥瘡を伴うことも多く、創傷被覆材、ドレッシング材、止血材などを長期にわたり同じ場所に貼り続けることが必要とされる。この時、これらの材料は皮膚に強力に接着される必要があるが、反面貼り直す際には強力な接着力がそのまま皮膚へのダメージとなってしまう。
【0004】
また、血糖値測定においては、痛みを伴う毎日の採血が患者にとっての大きな苦痛であったが、体表面に貼り付けたセンサで細胞間液を採取することによる非観血かつ連続モニタリングが可能な測定方法が開発され、一気に普及しつつある。
この例に代表されるように、ウエアラブルおよび連続モニタリングは治療から予防へ向かう医療変革の重要な流れである。
【0005】
このような環境でセンサは、同じ場所に長時間、長期間にわたり繰り返し接着させる必要があるため褥瘡や皮膚トラブルが避けられない課題である。すなわち、ウェアラブルセンサ材料には動きへの追従性およびかぶれにくさへの要求から、柔軟かつ開放系の含水材料であるハイドロゲルが好適な材料であるものの、他方、その表面は、体表面に強固に貼り付けることが可能でありながら、必要な際には皮膚に負担をかけることなく容易に脱離できるという相反した特性が要求され、これらを両立することが大きな課題となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Chem. Commun., 2016,52, 11064
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、バルク領域と表面領域という2つの領域を有する新規な高分子ゲルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の論理的に相反した課題を以下の考え方で科学的に解決するに至った。すなわち、ゲルをゲル本体(ベース部分)とゲルの表面部分にわけ、それぞれを好適な材料で構成することとした。具体的には、本体はハイドロゲルを用いることによって柔軟性、高い含水率を保持したまま、表面領域に限定的に、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入することにより、上記課題を解決することができることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の構成を有するものである。
[1]バルク領域と表面領域を有する高分子ゲルであって、
前記バルク領域はベースゲルにより構成されており、
表面領域において、前記ベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖が導入されており、
表面領域はバルク領域とは異なる化学構造を有する、該高分子ゲル。
[2]前記ベースゲルの少なくとも一部は、アミノ基を含有する親水性モノマーのホモポリマー、及び、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマー(共重合体)からなる群から選択される少なくとも1つの親水性ポリマーであり、ここで、親水性モノマーのホモポリマー、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマーは、架橋剤モノマーをコモノマーとして含有してもよい、[1]に記載の高分子ゲル。
[3]前記アミノ基を含有する親水性モノマーが、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミドである、[2]に記載の高分子ゲル。
[4]前記ベースゲルが、前記親水性ポリマーが架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の高分子ゲル。
[5]表面領域は温度を変化させることによって少なくとも疎水性度を含む物理特性を変化させ、バルク領域は温度の変化による疎水性度を含む物理特性の変化が表面領域よりも小さいことを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1項に記載の高分子ゲル。
[6]体温付近では表面領域が高い接着性を示し、体温から十分に離れた低温領域では表面領域の接着性が下がることを特徴とする、[5]に記載の高分子ゲル。
[7]表面領域は、ゲルの表面から内部に向かって200μm以下の距離の範囲にある、[1]~[6]のいずれか1項に記載の高分子ゲル。
[8]表面領域は、ゲルの表面から内部に向かって100μm以下の距離の範囲にある、[7]に記載の高分子ゲル。
[9]前記グラフトポリマーは、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、N-イソプロピルアクリルアミドと他のコモノマーとの共重合体からなる群から選択される少なくとも1つである、[1]~[8]のいずれか1項に記載の高分子ゲル。
[10]バルク領域を構成するベースゲルに、原子移動ラジカル重合開始剤を導入し、その後溶液中で表面開始重合を行い、表面領域のみにおいて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入する工程を含む、[1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルの製造方法。
[11]バルク領域を構成するベースゲルと、当該ベースゲルと反応することができる反応性基を含むグラフトポリマー鎖とを反応させて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入する工程を含む、[1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルの製造方法。
[12]テープ状の基材の一面に、[1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルを、その表面領域を外側にして固定し貼り付け面としたゲル材料であって、創傷被覆材、ドレッシング材又は止血材として用いられる、当該ゲル材料。
[13]テープ状の基材の一面に、[1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルを、その表面領域を外側にして固定し貼り付け面とし、これを2個、互いの貼り付け面が向かい合う方向で組み合わせ、温度の上下によって張り付き・剥がしを制御できる面ファスナーを構成したことを特徴とする、当該ゲル材料。
[14][1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルに、治療用薬剤、化粧品及び美容成分からなる群から選択される1以上を含有させたゲル材料。
[15][1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルに治療用薬剤を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して薬剤を経皮的に投与するために使用される、該ゲル材料。
[16][1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルに皮膚用化粧料を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して皮膚用化粧料を経時的に滲出させるために使用される、該ゲル材料である。
[17][1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルに美容成分を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して美容成分を経時的に滲出させるために使用される、該ゲル材料。
[18][1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルを含むゲル材料であって、細胞間質液を経皮的に取得して生体情報を取得する検査装置に用いられる、該ゲル材料。
[19][1]~[9]のいずれか1項に記載の高分子ゲルに導電性の高分子を含浸させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、ゲル材料を介して体表面に電圧を印加する装置、または、ゲル材料を介して体表面の電位を測定する装置に使用される、該ゲル材料。
【発明の効果】
【0010】
本発明の高分子ゲルは、バルク領域と表面領域という2つの領域を有することで、ゲル全体としてはハイドロゲル本来の性質を保ったまま、表面の疎水性さらには接着性を温度で制御できる新たな材料を提供することができる。
また、本発明の高分子ゲルを用いることで、体表面に強固に貼り付けることが可能であり、必要な際には皮膚に負担をかけることなく容易に脱離することができるゲル材料を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明のゲルの概念図である。1はベースゲルを構成する主鎖、2がグラフト鎖である。
【
図2】表面領域においてベースゲルにグラフトポリマー鎖を導入した本発明の高分子ゲルの特質を概念的に示す図である。
【
図3】発明者らにより作製されたATRP開始剤NHSエステルの化学構造式である。
【
図4】実施例1で行った一連の化学反応をまとめたスキームである。
【
図5】本発明の製造方法2の概念図、及び同方法で使用するベースポリマー、グラフトポリマー鎖の非限定的な例を示す。
【
図6】表面領域に各条件でグラフト重合したゲルの重量を示すグラフである。
【
図7】表面領域に導入されたグラフト鎖が高温において疎水化した領域を示す図。スケールバーは100μmである。
【
図8】25℃と50℃に設定したヒーター上での未改質ゲル(NGゲル)とSGゲルの接触角測定の結果の比較を示す。
【
図9】接着力測定装置の模式図を示す。81:被接着物質、82:ステージ、83;アクチュエータ、84:温度センサ、85:測定対象ゲル、86:ゲル保持部、87:ひずみセンサ
【
図10】ゲルの接着力を測定した典型的な結果を示す。
【
図11】実施例で用いた接着力測定装置の構造、原理の詳細と、キャリブレーションカーブを示す。
【
図12】低温(25℃)および高温(50℃)における、ベークライト板に対する各種ゲルの接着強度の違いを示すグラフである。
【
図13】SG’ゲルの断面を共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す(スケールバー:100μm)。
【
図14】SG’ゲルの表面を共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果を示す(スケールバー:10μm)。
【
図15】SG’ゲルの温度依存的な接着力測定結果を示す。
【
図16】実施例3で作製したSMゲルにおけるベースゲルとグラフト鎖の化学構造を示す。
【
図17】実施例3で作製したSMゲルを用いて行った接着力測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.高分子ゲル
本発明の1つの実施態様は、バルク領域と表面領域を有する高分子ゲルであって、前記バルク領域はベースゲルにより構成されており、表面領域において、前記ベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖が導入されており、表面領域はバルク領域とは異なる化学構造を有する、該高分子ゲルである(以下「本発明の高分子ゲル」とも言う)。
【0013】
本発明の高分子ゲルは、バルク領域と表面領域を有することが重要である。本発明の高分子ゲルの模式図を
図1に示す。
図1の1は、バルク領域を構成するベースゲル(以下単に「ベースゲル」とも言う)を表し、2は、表面領域において、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部に導入されたグラフトポリマー鎖(以下「グラフト鎖」とも言う)を表す。
このように、本発明の高分子ゲルは、表面領域とバルク領域とは異なる化学構造を有するものである。本発明の高分子ゲルでは、表面領域において限定的に、ベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入する構造を有することにより、温度などの環境条件を変化させることにより、バルク領域ではベースゲルが本来有している物性を維持し、表面領域のみにおいて物性を変化させることが可能となる。
【0014】
本明細書中において、「ゲル」とは、一般に、高粘度で流動性を失った高分子の分散系である。また、「ハイドロゲル」は、水を含有するゲルである。
【0015】
本発明の高分子ゲルにおいて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部は、アミノ基を含有する親水性モノマーのホモポリマー、及び、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマー(共重合体)からなる群から選択される少なくとも1つの親水性ポリマーであることが好ましい。ベースゲルの少なくとも一部がこれらのいずれかのポリマーであると、バルク領域を柔軟かつ開放系の含水材料であるハイドロゲルを形成させるとともに、グラフト鎖を導入させることが可能である。
ここで、アミノ基を含有する親水性モノマーのホモポリマーは膨潤性が高すぎて扱いづらい場合があるが、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマーではこのような傾向はなくより扱いやすいため、より好ましい。
【0016】
本発明の高分子ゲルにおいて、親水性モノマーはバルク領域を柔軟かつ開放系の含水材料であるハイドロゲルを形成させる役割を担う。そのため、親水性モノマーであれば特に限定なく使用することが可能である。親水性モノマーとしては、例えば、N,N-ジメチルアクリルアミド、アクリルアミド、4-アクリロイルモルホリン、オリゴ(エチレングリコール)メタクリレート、2-(メタクリロイル)エチル-ホスホリルコリン(MPC)、ヒドロキシエチルアクリルアミドなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
本発明の高分子ゲルにおいて、ベースゲルにおけるアミノ基を含有する親水性モノマーは、後述するグラフトポリマー鎖を表面領域において導入するに際して、ベースゲルへの原子移動ラジカル重合(ATRP)開始剤を導入するモノマー部位としての役割を有する。したがって、アミノ基を含有する親水性モノマーとしては、ラジカル重合可能な第一級アミンを有する親水性モノマーあれば特に限定なく使用することができる。一例を挙げると、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミドなどである。
【0018】
ここで、「バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部は、アミノ基を含有する親水性モノマーのホモポリマー、及び、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマー(共重合体)からなる群から選択される少なくとも1つの親水性ポリマーである」とは、ベースゲルを構成するポリマーが複数種ある場合に、その1種類以上が当該親水性ポリマー(「親水性ポリマー1」とも言う)であることを意味する。したがって、バルク領域を構成するベースゲルには親水性ポリマー1以外のポリマー(他の親水性ポリマー等)が含まれていてもよい。
また、親水性ポリマー1である、親水性モノマーのホモポリマー、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマー(共重合体)は、架橋剤としての役割を有する別のモノマー(上記の親水性モノマー、アミノ基を含有する親水性モノマー以外の架橋剤モノマー)をコモノマーとして含有してもよい。このような架橋剤として機能するモノマーとしては、N,N-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、N,N’-(エタン-1,2-ジイル)ジアクリルアミド等が挙げられる。
また、親水性モノマーのホモポリマーにおいて親水性モノマーの一部をNHS(N-ヒドロキシスクシンイミド)等の架橋剤と反応させてゲルを形成させてもよく、また、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマーにおいて、親水性モノマー、及び/又はアミノ基を含有する親水性モノマーの一部をNHS(N-ヒドロキシスクシンイミド)等の架橋剤と反応させてゲルを形成させてもよい。
【0019】
親水性ポリマー1の1つの好ましい非限定的な例は、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミド(NAPMAm)、N,N-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)の共重合体である。
ここで、MBAAmは、架橋剤(架橋剤モノマー)としての役割を有し、通常、DMAAm、NAPMAm、MBAAmの各モノマーの重合反応(ポリマー化)と、MBAAmの架橋反応が同時に進行し、当該共重合体のゲルを得ることができる。
DMAAm、NAPMAm、MBAAmの含有量(mol/L)としては、好ましくは、DMAAmが1~4mol/L、NAPMAmが0.05~0.2mol/L、MBAAmが0.05~0.2mol/Lである。
【0020】
バルク領域を構成するベースゲル全体中の親水性ポリマー1の含有量は、ベースゲルを構成する総ポリマー含有量に対して、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上、更に好ましくは95重量%以上、とりわけ好ましくは100重量%である。
【0021】
本発明の高分子ゲルの1つの好ましい側面は、ベースゲルが、親水性ポリマー1が架橋されることにより3次元網目構造を形成した構造を有するハイドロゲルである。ベースゲルがこのような構造を有することにより、バルク領域を柔軟かつ開放系の含水材料とすることが可能である。
親水性ポリマー1を架橋させるには、上記したように、親水性ポリマー1に架橋剤としての役割を有するモノマーをコモノマーとして含有させて各モノマーの重合反応(ポリマー化)との架橋反応を同時に進行させる方法や、アミノ基とNHS等を反応させる等により行うことができる。
【0022】
本発明の高分子ゲルの1つの好ましい態様においては、表面領域は温度を変化させることによって少なくとも疎水性度を含む物理特性を変化させ、バルク領域は温度の変化による疎水性度を含む物理特性の変化が表面領域よりも小さいという特質を有する。かかる特質について
図2に概略図を示す。
本発明の高分子ゲルにおいて、グラフトポリマー鎖として導入されるポリマーは、好ましくは、体温付近(
図2では32℃を例示している)の低い臨界溶液温度 (LCST)の熱応答性ポリマーである。このような熱応答性ポリマーは、低温では親水性になって膨潤しており、高温では疎水性になって凝集するという特性を有する。
グラフトポリマー鎖がこのような特性を有することにより、本発明の高分子ゲルは、温度を体温付近から上げると表面領域は少なくとも疎水性度が増大し、体温付近から下げると表面領域は少なくとも疎水性度が低下し親水性となる。一方、バルク領域は温度の変化による疎水性度の変化が小さく、その変化の程度は表面領域よりも小さい。
【0023】
ここで、疎水性度の評価は、水滴接触角を測定することにより行うことができる。水滴接触角は静的接触角測定、動的接触角測定のいずれでも行うことができるが、疎水性度を評価する場合には、通常、静的接触角の測定を行う。
一般に、水滴接触角が90度より大きいと疎水性であり、それより小さいと親水性であると判定することができる。
【0024】
更に、このような特質を有する本発明の高分子ゲルにおいては、温度を体温付近から上げると表面領域は少なくとも疎水性度が増大し、体温付近から下げると表面領域は少なくとも疎水性度が低下し親水性となることにより、表面領域の疎水性度の変化に伴う物理特性も変化させることも可能である。
このような物理特性としては、例えば、濡れ性、接着性、粘弾性などが挙げられる。
【0025】
すなわち、本発明の高分子ゲルの1つの好ましい側面は、体温付近では表面領域が高い接着性を示し、体温から十分に離れた低温領域では表面領域の接着性が下がる高分子ゲルである。
【0026】
ここで、接着性の評価は、一般的な引張試験法や剥離試験法では接着強度を測定することもできるが、本発明の高分子ゲルが軟らかい場合は、一般的な引張試験法や剥離試験法では接着強度を定量的に測定することは困難である。このような場合にも、固体材料にハイドロゲル片が付着したときの単位面積当たりの剥離強度を定量的に測定できる装置を実施例に例示した。この装置は原子間力顕微鏡(AFM)での力曲線測定と同じ原理に基づいており、主にプローブとして使用されるステンレス平行板ばねと、接着対象物を載せる電動ステージから構成されるものである(
図9及び10を参照)。平行板ばねにひずみゲージセンサーを取り付け、ばねの先端に試料を固定して測定する。制御可能なパラメータは、
図10のステップ3の上昇速度/距離とステップ4の下降速度/距離である。
図11の検量線から、この装置の定量性能が良いことが示されている。
【0027】
ここで、体温付近(例えば、34~37℃程度)での表面領域の接着性と、体温から十分に離れた低温領域(例えば、20~25℃程度)での表面領域の接着性の差としては、後者に対する前者の比が好ましくは3~500である。この場合の接着性は、上記した原子間力顕微鏡(AFM)での力曲線測定と同じ原理に基づく装置で測定される接着度であることが好ましい。
【0028】
本発明の高分子ゲルにおいてグラフトポリマー鎖として導入されるポリマーとしては、温度を体温付近から上げると表面領域は少なくとも疎水性度が増大し、体温付近から下げると表面領域は少なくとも疎水性度が低下し親水性となる特性を示すポリマーであれば好適に使用することができるが、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAAm)、N-イソプロピルアクリルアミドと他のコモノマーとの共重合体からなる群から選択される少なくとも1つが好ましい。
これらのポリマーは、高温では疎水性になって凝集し、低温では親水性になって膨潤するため、上記した特質を発揮することができる。また、PNIPAAmは、これに曝露された細胞が既に臨床移植に使用されているため、非生物毒性物質でもあり、この点からも好ましい。
【0029】
以下にN-イソプロピルアクリルアミドをモノマー単位とするポリマー(PNIPAAm)の化学構造式(nは重合度である)を示す。
【0030】
ここで、本発明の高分子ゲルにおいては、PNIPAAmやN-イソプロピルアクリルアミドと他のコモノマーとの共重合体などの熱応答性ポリマーを表面領域に限定してグラフトポリマー鎖として導入することが重要である。
例えば、非特許文献1に記載されているように、このような熱応答性ポリマーを、バルク領域を構成するベースゲルとしても用いると、バルク領域と表面領域がともに体温付近の温度で疎水性を向上させるという物性を有することになるため、温度を変化させることにより、ベースゲルから構成されるバルク領域は物性を維持し、表面領域のみ物性を変化させるということができなくなる。
また、PNIPAAm等をバルク全体にグラフトする(つまり、バルクハイドロゲルのバルク全体に温度応答性高分子をグラフトする)と、表面の疎水性が温度に応じて変化し、同時に体積相転移を起こす。この体積変化は、例えば、皮膚の引っ張りを誘発する可能性があるため、ドレッシング材として使用する場合は望ましくない。また、一般的なPNIPAAmゲルは一度高温で収縮すると、水を供給しないと相転移温度以下になっても膨潤しない。
これに対して、本発明者らは、研究を重ねることにより、表面領域に限定的に、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖が導入されている構造を採用し、更に、表面領域とバルク領域とを異なる化学構造を有するように設計することにより、表面領域の疎水性及びこれに伴う接着性等の物理特性を温度によって制御することに成功した。
【0031】
N-イソプロピルアクリルアミドとの共重合体を形成できる他のコモノマーとしては、疎水性コモノマー、親水性コモノマー、カチオン性コモノマー、アニオン性コモノマー、及びこれらの2種以上の組み合わせからなる群から選択される。
【0032】
本発明の高分子ゲルにおいては、N-イソプロピルアクリルアミドのホモポリマー、及びN-イソプロピルアクリルアミドと他のコモノマーとの共重合体は、体温付近の低い臨界溶液温度(LCST)の熱応答性ポリマーとしての役割を有し、高温では疎水性になって凝集し、低温では親水性になって膨潤するという特性を発揮することから、共重合体に含まれる他のコモノマーとしては、ラジカル重合が可能な疎水性モノマー、ラジカル重合できる親水性モノマー、ラジカル重合が可能なカチオン性モノマー、ラジカル重合が可能なアニオン性コモノマーであれば、その種類は特に限定されない。
疎水性コモノマーとしては、例えば、メトキシエチルアクリレート、ブチルメタクリレート、tert-ブチルメタクリレート、ブチルメタクリレート等が挙げられるが、これらに限定されない。
親水性コモノマーとしては、例えば、N,N-ジメチルアクリルアミド、アクリルアミド、4-アクリロイルモルホリン、オリゴ(エチレングリコール)メタクリレート、2-(メタクリロイルオキシ)エチル-ホスホリルコリン(MPC)、ヒドロキシエチルアクリルアミドなどが挙げられるが、これらに限定されない。
カチオン性コモノマーとしては、例えば、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミド、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、ジエチルアクリルアミド、ジメチルアミノプロピルアクリルアミド塩化メチル4級塩、ジメチルアミノエチルアクリレートベンジルクロライド4級塩などが挙げられるが、これらに限定されない。
アニオン性コモノマーとしては、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
N-イソプロピルアクリルアミドと他のコモノマーとの共重合体におけるN-イソプロピルアクリルアミドの含有率は、好ましくは80mol%以上、より好ましくは80~98mol%であり、更に好ましくは90~98mol%であり、とりわけ好ましくは95~98mol%である。N-イソプロピルアクリルアミドの含有率がこの範囲にあると、温度応答性の性能が優れている。
【0034】
表面領域は、ゲルの最表面から内部に向かって、200μm以下の距離の範囲にあることが好ましく、100μm以下の距離の範囲にあることが更に好ましい。表面領域の深さをこの範囲にすることにより、バルク物性を維持しながら表面領域を機能化することができる。
ここで、表面領域の深さの測定は、疎水性領域に集積して発光する性質のある物質、例えばNileRedを暴露した状態でゲルを共焦点レーザー顕微鏡により観察することで、高温で疎水化したグラフト領域の深さを可視化することができる。
【0035】
グラフトポリマーの鎖長は、後述する本発明の高分子ゲルの製造方法で説明する、原子移動ラジカル重合開始剤を導入して表面開始重合によりグラフトポリマー鎖を導入する方法によって通常得られるグラフトポリマーの鎖長であることができる。具体的には、グラフトポリマーの鎖長は、通常10nmから数μmの範囲であり、好ましくは10~500nmの範囲である。
【0036】
本発明の高分子ゲルには、高分子ゲルの機能を損なわない範囲で、他のポリマーを含有させることができる。このようなポリマーとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン:ポリスチレンスルホン酸)等が挙げられる。
【0037】
本発明の高分子ゲル全体における高分子含有量(即ち、ベースゲル、ベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖が導入されたポリマー、及び任意の他のポリマーの総含有量)は、通常70~95重量%、好ましくは80~90重量%である。
【0038】
本発明の高分子ゲルは、通常溶媒を含み、溶媒としては、水、有機溶媒、液体状高分子、イオン液体、又はこれらの任意の2種以上の組み合わせを用いることができる。有機溶媒としては、エタノールなどのアルコール類、DMSOなどの極性溶媒を用いることができる。液体状高分子としては、ポリエチレングリコールなどを用いることができる。また、イオン液体としては、イミダゾリウム塩類などを用いることができる。好ましくは、溶媒は水である。溶媒として水を用いる場合、かかる溶媒を含有する高分子ゲルはハイドロゲルである。
【0039】
2.高分子ゲルの製造方法
本発明のもう1つの実施態様は、バルク領域を構成するベースゲルに、原子移動ラジカル重合開始剤を導入し、その後水溶液中で表面開始重合を行い、表面領域のみにおいて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入する工程を含む、本発明の高分子ゲルの製造方法である(以下「本発明の製造方法」とも言う)。
【0040】
バルク領域を構成するベースゲルは、ベースゲルを構成するモノマーユニットまたはポリマーユニットを準備又は調製し、当該モノマーユニットまたはポリマーユニットを、溶液中でのゲル化反応(架橋反応等)によってベースゲルを形成させて調製することができる。通常は、モノマーを混合して重合反応(ポリマー化)と架橋反応を同時に行う。また、ポリマーを準備してポリマーの状態で架橋反応を行うゲル作製方法を行うことも可能である。
架橋反応は、N,N’-メチレンビスアクリルアミド等の架橋剤を添加する、アミンとNHSを反応させる等により行うことができる。
【0041】
ベースゲルの少なくとも一部(つまり、ベースゲルを構成するポリマーユニットの少なくとも一部)は、アミノ基を含有する親水性モノマーのホモポリマー、及び、親水性モノマーとアミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマー(共重合体)からなる群から選択される少なくとも1つの親水性ポリマー(親水性ポリマー1)であることが好ましい。
ここで、ベースゲルの少なくとも一部が親水性ポリマー1であるとは、ベースゲルを構成するポリマーが複数種ある場合に、その1種類以上が親水性ポリマー1であることを意味する。したがって、バルク領域を構成するベースゲルには親水性ポリマー1以外のポリマー(他の親水性ポリマー等)が含まれていてもよい。
【0042】
親水性モノマー、アミノ基を含有する親水性モノマーのコポリマー、親水性ポリマー1の詳細については、本発明の高分子ゲルにおいて詳述した通りである。
【0043】
親水性ポリマー1の1つの好ましい非限定的な例は、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミド(NAPMAm)、N,N-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)の共重合体である。
ここで、N,N-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)は、架橋剤(架橋剤モノマー)としての役割を有し、通常、DMAAm、NAPMAm、MBAAmの各モノマーの重合反応(ポリマー化)と、MBAAmの架橋反応が同時に進行し、当該共重合体のゲルを得ることができる。
DMAAm、NAPMAm、MBAAmの含有量(mol/L)としては、好ましくは、DMAAmが1~4mol/L、NAPMAmが0.05~0.2mol/L、MBAAmが0.05~0.2mol/Lである。
【0044】
このようにして形成させたベースゲルは、シート状、ディスク状等の形状を有することができる。
【0045】
バルク領域を構成するベースゲルを調製したのちに、当該ベースゲルに原子移動ラジカル重合開始剤を導入する。
【0046】
原子移動ラジカル重合開始剤としては、2-ブロモイソブチレートN-ヒドロキシコハク酸エステル(BiB-NHS)を用いることができる。また、原子移動ラジカル重合を開始させることが可能な化学構造にNHS構造が付加されている化合物であれば同様に使用することができる。
【0047】
原子移動ラジカル重合開始剤を、溶媒、例えば、水に溶解し、これに塩基(例えば、ピリジン、トリエチルアミン等)を添加した溶液を調製し、当該溶液にベースゲルを入れて、室温(25℃程度)で所定の時間(数分間~5分間程度)撹拌し、ベースゲルの表面領域にATRP開始剤を導入することができる。
ベースゲルの表面領域にATRP開始剤を導入した後、ベースゲルを所定時間大気中で乾燥させてもよい。
【0048】
ベースゲルの少なくとも一部に導入するグラフトポリマー鎖のモノマーとしては、N-イソプロピルアクリルアミド、及び、N-イソプロピルアクリルアミドと共重合体を形成できる他のコモノマーである。他のコモノマーの詳細については、本発明の高分子ゲルにおいて詳述した通りである。
【0049】
N-イソプロピルアクリルアミドのモノマーの初期濃度は、50~1000mMが好ましく、80~500mMがより好ましい。
【0050】
また、N-イソプロピルアクリルアミド等のベースゲルの少なくとも一部に導入するグラフトポリマー鎖のモノマーの初期濃度を高濃度にすると、生成される高分子ゲルの表面領域にリンクルパターンを形成させることが可能である。
理論に拘束されることを意図するものではないが、グラフトポリマー鎖のモノマーの初期濃度を高濃度にすると、ゲルの表面には分子量の大きいPNIPAAm等のグラフト鎖が形成され、これにより、高分子ゲルでは表面グラフトに伴うゲル表面上の膨潤度ミスマッチが生じ、リンクルパターンが出現すると考えられる。
また、実施例でも示したように、高温,低温のいずれの温度においてもリンクルパターンの凸部分は親水的,凹部分は疎水的であることが確認されており、そのため、リンクル量が多いほど、即ち温度が高いほど、疎水的な凹部が接着に関与しやすく高い接着力を生起する。
【0051】
グラフトポリマー鎖のモノマーに、臭化銅(II)水溶液、トリス[2-(ジメチルアミノ)エチル]アミン、水を加えてモノマー水溶液を調製し、表面領域にATRP開始剤(2-ブロモイソブチレートN-ヒドロキシコハク酸エステル(BiB-NHS))を導入したベースゲルを当該溶液中に加えて、室温付近で容器を振盪等して、表面開始重合を行う。これにより、表面領域のみにおいて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入することができる。
【0052】
本発明の製造方法の非限定的な例である化学反応のスキームを
図4に示す。
【0053】
本発明のもう1つの実施態様は、バルク領域を構成するベースゲルと、当該ベースゲルと反応することができる反応性基を含むグラフトポリマー鎖とを反応させて、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部にグラフトポリマー鎖を導入する、本発明の高分子ゲルの製造方法である(以下「本発明の製造方法2」とも言う)。
【0054】
本発明の製造方法2においては、予め重合した反応性基を含むグラフトポリマー鎖とベースゲルとを反応させる。
【0055】
本発明の製造方法2で使用されるベースゲルについては、本発明の高分子ゲル、本発明の製造方法で詳述したのと同様である。
【0056】
反応性基を含むグラフトポリマー鎖は、モノマー単位として、N-イソプロピルアクリルアミド及び反応性基を含むコモノマーを含む共重合体が好ましい。
反応性基としては、例えば、エポキシ基、N-ヒドロキシコハク酸エステル(NHS)等がある。
【0057】
反応性基を含むコモノマーとしては、本発明の高分子ゲルについて詳述した疎水性コモノマー、親水性コモノマー、カチオン性コモノマー又はアニオン性コモノマーから選択される1種以上に、上記の反応性基を導入したコモノマーを使用することができる。
このようなコモノマーとしては、例えば、グリシジルメタクリレート、アクリル酸 N-スクシンイミジル等が挙げられる。
【0058】
また、反応性基を含むグラフトポリマー鎖は、モノマー単位として、N-イソプロピルアクリルアミド及び反応性基を含むコモノマー以外に、他のコモノマー(本発明の高分子ゲルについて詳述した疎水性コモノマー、親水性コモノマー、カチオン性コモノマー又はアニオン性コモノマーから選択される1種以上)を含む共重合体であってもよい。
【0059】
反応性基を含むグラフトポリマー鎖は、N-イソプロピルアクリルアミド、反応性基を含むコモノマー及び任意に他のコモノマーを、フリーラジカル重合法などにより得ることができる。
反応性基を含むグラフトポリマー鎖におけるN-イソプロピルアクリルアミド等のモノマー単位と、反応性基を含むコモノマー単位の含有量(前者と後者のmol/mol)としては、好ましくは、90/10~50/50(mol/mol)である。
【0060】
本発明の製造方法2の概念図、及び同方法で使用するベースポリマー、グラフトポリマー鎖の非限定的な例を
図5に示す。
【0061】
バルク領域を構成するベースゲルと反応性基を含むグラフトポリマー鎖との反応は、反応性基がエポキシ基でベースゲルのアミノ基と反応させる場合は、冷蔵庫内で、溶媒として水を用い、触媒を用いずに行うことができる。また、反応性基がNHSでベースゲルのアミノ基と反応させる場合は、冷蔵庫内で、溶媒として水を用い、塩基(ピリジンなど)の存在下で行うことができる。
この場合、グラフトポリマー鎖のポリマーを0.2~10重量%の濃度で溶解させた水溶液に、バルク領域を構成するベースゲルに0.5~24時間浸漬させることで、表面近傍にのみポリマーが浸透され、表面修飾ゲルを得ることができる。
【0062】
本発明の製造方法2で得られる高分子ゲルは、バルク領域と表面領域を有する高分子ゲルであって、バルク領域を構成するベースゲルの少なくとも一部(表面領域)において、ベースゲルを構成する成分の一つであるアミノ基を含有する親水性モノマー単位の少なくとも一部がエポキシ基等の反応性基と反応して、グラフトポリマー鎖(好ましくは、N-イソプロピルアクリルアミド、及び、アミノ基と反応性基が反応した残基を含むコモノマー単位を含むグラフトポリマー鎖)が導入された高分子ゲルである。
【0063】
3.本発明の高分子ゲルの適用
本発明の高分子ゲルは、体温付近では表面領域が高い接着性を示し、体温から十分に離れた低温領域では表面領域の接着性が下がるという特質を有することから、本発明の高分子ゲルを用いて、体(身体)表面に強固に貼り付けることが可能であり、必要な際には皮膚に負担をかけることなく容易に脱離することができるゲル材料を提供することが可能である。本発明の高分子ゲルを用いたゲル材料は、止血材料やウエアラブルデバイスなどの様々な用途に適用することが可能であるが、その代表的な実施の形態を以下に記載する。
【0064】
(1)実施の形態1(経皮薬物送達システムへの応用)
本発明の実施の形態1として経皮薬物送達システム(TDDS)への応用について記載する。TDDSはそのほかの薬物送達方法と比較して、長時間にわたり安定した血中濃度で投薬できるという特徴がある(Nat Biotechnol. 2008 Nov; 26(11): 1261-1268等)。他方で、TDDSが数日以上に渡って使用され、かつ毎日新しい貼付剤を張り替えるような場合には、貼り付けている際の皮膚への負担が大きく、特に張り替える際の機械的刺激により皮膚のただれや損傷が危惧される。
【0065】
即ち、本発明の1つの態様は、本発明の高分子ゲルに治療用薬剤を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して薬剤を経皮的に投与するために使用される、該ゲル材料である(以下「本発明のゲル材料1」とも言う)。
【0066】
本明細書において、ゲル材料を貼り付ける体表面は、ヒト、ウマ、ブタ、イヌ、ネコ、モルモット、ウサギ、ラット及びマウスからなる群から選択される哺乳動物の体表面である。典型的には、ヒトの体表面である。
【0067】
本発明のゲル材料1では、ゲル材料全体の厚みを1~5mmとし、グラフトポリマー鎖を導入した表面領域を望ましくは10μm~50μmで構成した本発明の高分子ゲルを支持体上に付着させ、ゲル部分に適切な濃度の薬剤を含む水溶液を含浸させておく。
【0068】
即ち、本発明のゲル材料1の1つの側面は、本発明の高分子ゲルに治療用薬剤を含有させたゲル材料を支持体上に設けてなり、当該ゲル材料の表面領域を体表面に貼り付けるように構成し、ゲル材料を介して薬剤を経皮的に投与する、該ゲル材料である。
本発明のゲル材料1は、経皮薬物送達システムに好適に用いることができる。
【0069】
また、本発明のゲル材料1で使用する治療用薬剤としては、治療すべき疾患等により任意に選択されるが、その非限定的な例として、鎮痛剤(例えば、インドメタシン、ジクロフェナク等)、創傷治療剤(例えば、塩基性線維芽増殖因子(bFGF)、ソルコセリル、塩化リゾチーム、トレチノイントコフェリル、ブクラデシンナトリウム、アルプロスタジル等) 、抗炎症剤(例えば、アズレンスルホン酸ナトリウム、プラノプロフェン、ジクロフェナクナトリウム、ブロムフェナクナトリウム)、抗菌剤(例えば、キノロン系、より具体的には、レボフロキサシン、オフロキサシン、ノルフロキサシン、トスフロキサシン、シプフロキサシン、スパルフロキサシン、ロメフロキサシン、フレロキサシン、エノキサシン等、テトラサイクリン系、より具体的には、テトラサイクリン、ミノサイクリン、ドキシサイクリン、デメチルクロルテトラサイクリン等)、抗アレルギー剤(例えば、メキタジン、マレイン酸クロルフェニラミン、フマル酸クレマスチン、塩酸ホモクロルシクリジン、塩酸ヒドロキシジン、塩酸シプロヘプタジン、塩酸アゼラスチン、エバスチン、フマル酸エメダスチン、塩酸オロパタジン、フマル酸ケトチフェン、オキサトミド、セチリジン、塩酸エピナスチン、ベポタスチン、フェキソフェナジン、ロラタジン)、骨形成能を有するタンパク質、抗癌剤(例えば、ゲムシタビン、フルオロウラシル、イリノテカン、オキサリプラチン、テガフール、ウラシル、サイメリン、ニドラン、シスプラチン、カルボプラチン、ドセタキセル等)、チトクロームc、スルファジアジン銀、硝酸銀、酢酸銀、尿素等が挙げられる。薬剤は、液状の薬剤でも固体状の薬剤でもよい。
【0070】
本発明の高分子ゲルには、上記の治療用薬剤以外に、アルコール及び多価アルコール、溶剤、皮膚吸収助剤、保湿剤、粘着付与樹脂、界面活性剤、pH調節剤、充填剤、抗酸化剤、紫外線吸収剤、防腐剤等の慣用の成分を適宜配合できる。その他の慣用の成分は、本発明の高分子ゲル自体の保形性、薬物の皮膚透過性、皮膚刺激性等を考慮して、その種類及び配合量を適宜選択できる。
【0071】
本発明の高分子ゲルに治療用薬剤を含有させたゲル材料を支持体上に設ける場合は、当該ゲル材料を支持体上に直接設けることができる。また、当該ゲル材料と支持体の間に固定用粘着テープ(例えば、テープ基材と粘着剤層とから構成されたもの)を介して当該ゲル材料を支持体上に設けることもできる。
テープ基材の材質は特に制限されず、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-ビニルアルコール共重合体、塩化ビニル、ポリウレタン、ポリエチレンテレフタレ-ト、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどのポリエステル、ナイロンなどのポリアミド、ポリアクリロニトリル、セルロースまたはその誘導体、アルミニウムなどの金属箔などの素材から選ばれる1種または2種以上を組み合わせてフィルム状または布帛(織布、不織布、編布)にしたものが挙げられる。
固定用粘着テープの上記粘着剤層には、天然ゴム系、合成ゴム系、アクリル系、シリコーン系、ポリビニルアルコール系、ポリアミド系など各種の粘着剤を使用することができる。
【0072】
支持体としては、例えば、不織布、織布、編布、フィルム又はシート、多孔質体、発泡体、紙、並びにこれらのうち二種以上を積層してなる複合材料を用いることでできる。
【0073】
前記不織布としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、レーヨン、ポリアミド、ポリエステルエーテル、ポリウレタン、ポリアクリル樹脂、ポリビニルアルコール、スチレン-イソプレン-スチレン共重合体、およびスチレン-エチレン-プロピレン-スチレン共重合体等の繊維からなる材料が挙げられる。
また織布、編布としては、例えば、コットン、レーヨン、ポリアクリル樹脂、ポリエステル樹脂およびポリビニルアルコール等の繊維からなる材料が挙げられる。
【0074】
上記フィルム・シートとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂、ポリメチルメタクリレート、ポリエチルメタクリレート等のポリアクリル樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、セロハン、ポリカーボネート、ポリビニルアルコール、エチレン-ビニルアルコール共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリアクリロニトリル、フッ素樹脂、スチレン-イソプレン-スチレン共重合体、スチレン-ブタジエンゴム、ポリブタジエン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、ポリアミドおよびポリスルホン等からなるフィルム・シートが挙げられる。しかしながら、材料はこれらに限定されない。
上記紙としては、例えば含浸紙、コート紙、上質紙、クラフト紙、和紙、グラシン紙および合成紙等が挙げられる。
【0075】
本発明のゲル材料1では、本発明の高分子ゲルの表面、即ち、支持体が高分子ゲルの一方の面に配置された態様の場合においてその面とは反対側の高分子ゲルの表面を保護する目的で、離型フィルムを設けることができる。該離型フィルムは(剥離ライナー・剥離紙などともいう)は、経皮薬物送達システムを使用する際に剥がされるものであり、体表面と接する表面領域を使用するまで保護し、変質を防止するために設けられるものである。
離型フィルムは経皮吸収製剤や貼付製品(貼付材、貼付剤)の技術分野において慣用のものを使用することができ、例えば、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等)、ポリプロピレン(無延伸、延伸等)、ポリエチレン、ポリウレタン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-ビニルアルコール共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリアミド、ポリアクリロニトリル等のプラスチックフィルム;上質紙、グラシン紙、パーチメント紙、クラフト紙等の紙や合成紙;前記プラスチックフィルム、紙又は合成紙、合成繊維等にシリコーン樹脂やフッ素樹脂等の剥離性能を有する剥離剤をコーティングした剥離加工紙;アルミ箔;これらフィルム・シートを種々積層したラミネート加工紙、及び該ラミネート加工紙に剥離剤をコーティングしたラミネート剥離加工紙などの、無色又は着色したシートを挙げることができる。
【0076】
また、本発明のゲル材料1においては、治療用薬剤に代えて、化粧品を内包させることができる。
化粧品としては、皮膚用の化粧料、毛髪化粧料等いずれの化粧品であってもよい。
【0077】
即ち、本発明のもう1つの態様は、本発明の高分子ゲルに皮膚用化粧料を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して皮膚用化粧料を経時的に滲出させるために使用される、該ゲル材料である(以下「本発明のゲル材料1a」とも言う)。
【0078】
皮膚用の化粧料としては、例えば、スキンケア化粧料(化粧水、美容液、乳液、クリーム、美白化粧料等)、日焼け止め化粧料、化粧下地クリーム、ファンデーション、口紅等のメークアップ化粧料等を挙げることができるが、これらに制限されない。
【0079】
また、本発明のゲル材料1においては、治療用薬剤に代えて、美容成分をゲル中に内包させることができる。美容成分は、時間が経つにつれ滲出し、持続的に肌へ美容成分を与えるため、保湿効果を得ることができる。
即ち、本発明のもう1つの態様は、本発明の高分子ゲルに美容成分を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、体表面に貼り付けるように構成され、ゲル材料を介して美容成分を経時的に滲出させるために使用される、該ゲル材料である(以下「本発明のゲル材料1b」とも言う)。
【0080】
美容成分としては、ヒアルロン酸、コラーゲン、アミノ酸、ビタミンA、ビタミンA誘導体、ビタミンC、ビタミンC誘導体、ビタミンD、ビタミンE、プラセンタエキス、セラミド、アルブチン、レチノール、エラスチン、エラグ酸、ハイドロキノン、トラネキサム酸、コウジ酸、コエンザイムQ10、αリポ酸、レシチン及びピロロキノリンキノン(PQQ)からなる群から選択される。
【0081】
本発明のもう1つの態様は、本発明の高分子ゲルに、治療用薬剤、化粧品(皮膚用化粧料、毛髪化粧料等)及び美容成分からなる群から選択される1以上を含有させたゲル材料である。
【0082】
本発明のゲル材料1で詳述した構成、支持体、離形フィルムは、本発明のゲル材料1a~1bについても同様に適用することができる。
【0083】
本発明のゲル材料1(1a~1bを含む)は、貼り付け時には体表面にあててしばらく押さえつけておくと、体温により高分子ゲルの温度応答性のグラフトポリマー鎖部分が疎水構造となり、皮膚に対して粘着力を発揮する。また、体温は維持されるため粘着力も維持される。交換の際には、15℃以下の冷水を含ませた布地等を10~20秒押さえつけることにより、高分子ゲルのグラフト鎖部分の構造が皮膚への粘着力を持たない親水構造に変化するため、容易に皮膚から除去することが可能となる。これにより、同じ場所に長期間貼付剤を貼り付けて経皮薬物送達を行なっても、皮膚にもたらすダメージを最小限にすることが可能となる。
【0084】
(2)実施の形態2
本実施の形態1で記載したことは、DDS的機能を有していない場合でも同様のメリットを期待することができる。すなわち、単純に創傷被覆材、ドレッシング材、止血剤などへの応用においても同じ場所に長時間貼り続けることによる患者への負担は同様である。
より強力な接着は剥がす際の負担になるので、本発明を応用することにより、貼り付け時は体温によって接着力を発揮し、剥がす時には冷却することによって接着力を弱め、軽い力で剥がすことが可能となるため患者への負担を軽減することが可能となる。
【0085】
即ち、本発明のもう1つの態様は、テープ状の基材の一面に、本発明の高分子ゲルを、その表面領域を外側にして固定し貼り付け面としたゲル材料であって、創傷被覆材、ドレッシング材又は止血材として用いられる、当該ゲル材料(以下「本発明のゲル材料2」とも言う)。
【0086】
ここで、テープ状の基材としては、基材上に粘着剤層を設けたものが挙げられる。
粘着剤層には、天然ゴム系、合成ゴム系、アクリル系、シリコーン系、ポリビニルアルコール系、ポリアミド系など各種の粘着剤を使用することができる。
また、基材としては、本発明のゲル材料1で詳述したものを用いることができる。
【0087】
また、本発明のもう1つの態様は、テープ状の基材の一面に、本発明の高分子ゲルを、その表面領域を外側にして固定し貼り付け面とし、これを2個、互いの貼り付け面が向かい合う方向で組み合わせ、温度の上下によって張り付き・剥がしを制御できる面ファスナーを構成したことを特徴とする、当該ゲル材料(以下「本発明のゲル材料3」とも言う)。
ここで、テープ状の基材については、本発明のゲル材料2で説明した通りである。
【0088】
本発明のゲル材料3は、温度で着脱することができる面ファスナー(例えば、マジックテープ(登録商標)、ベルクロ(登録商標)のような製品として一般的に知られている)として用いることができる。本発明のゲル材料3の用途として、例えば医療用器具としては、けが人や身体障害者の四肢固定用器具、車いすからの落下防止ベルト、血圧測定器などが挙げられる。
【0089】
(3)実施の形態3
体表面から細胞間質液を集取して細胞間質液のグルコース濃度を連続的にモニタリングする方法を筆頭に、ウェアラブルセンサは各種実用化されている。例えば、細胞間質液のグルコースセンサと体表面を本発明の高分子ゲルを介して貼り付けることにより、長時間同じ場所に貼り続けながらも剥がす際の人体への負担を軽減することが可能となる。
【0090】
即ち、本発明のもう1つの態様は、本発明の高分子ゲルを含むゲル材料であって、細胞間質液を経皮的に取得して生体情報を取得する検査装置に用いられる、該ゲル材料である(以下「本発明のゲル材料4」とも言う)。
本発明のゲル材料4は、好適には、ゲル材料を介して細胞間質液を経皮的に取得して生体情報を連続的に取得する検査装置に用いられる。
【0091】
本発明のゲル材料4が使用される、細胞間質液を経皮的に取得する検査装置としては、例えば、流体を抽出する毛管作用または送液作用などのマイクロ流体技法を用いる複数のマイクロニードルを用いた検査装置が挙げられる。
マイクロニードルは、通常、多孔質で、円錐形状を成し、円錐の底辺側の後端部の周囲にフランジ部を有していてもよい。マイクロニードルは、内部に流路を有し、表面に、流路に連通した複数の開口を有している。流路は、マイクロニードルの内部に網状に延びていてもよく、ポーラス体から成るマイクロニードルの空隙部分により形成されていてもよい。
マイクロニードルは、通常、精細な高分子網目構造を持つハイドロゲルや、これを乾燥させたキセロゲル、ハイドロゲル材料、樹脂、酸化物、金属、生分解性材料などにより構成されている。
複数のマイクロニードルを本発明のゲル材料4に立設させて用いることができる。また、複数のマイクロニードルとマイクロニードル基板を一体化させたマイクロニードルアレイを1又は複数個、本発明の高分子ゲルに立設させて用いることもできる。複数のマイクロニードル又は1以上のマイクロニードルアレイは本発明のゲル材料4に接合して用いることができる。
マイクロニードル基板は、マイクロニードルと同じ材料から形成されていてもよく、異なる材料から形成されていてもよい。
【0092】
本発明のゲル材料4は、使用される時に体表面に貼り付けるように構成される。この場合、ゲル材料の表面領域を体表面に貼り付けるように構成される。したがって、複数のマイクロニードル又は1以上のマイクロニードルアレイは本発明のゲル材料4に接合する場合は、ゲル材料の表面領域に複数のマイクロニードル又は1以上のマイクロニードルアレイを接合することが好ましい。
【0093】
細胞間質液を経皮的に取得して生体情報を取得する検査装置には、通常センサが設けられている。本発明の好ましい態様においては、本発明のゲル材料の裏面にセンサ又は検出器が設けられている。
即ち、本発明のもう1つの実施態様は、多孔質のマイクロニードル、本発明の高分子ゲルを含むゲル材料(本発明のゲル材料4)、及び当該ゲル材料の裏面に設けられているセンサ又は検出器を含む、検査装置である(以下「本発明の検査装置」とも言う)。
【0094】
本発明のゲル材料4に設けられるセンサは、取得した細胞間質液からの生体情報を測定することができる。センサとしては、様々な形態のものを用いることができるが、例えば、マイクロニードルアレイのマイクロニードルのそれぞれを形成するポリマー性材料と会合する少なくとも1つのフルオロフォアセンサを含有し、かつ/またはそれでコーティングされるものが挙げられる。この場合、目的とする生体物質である検体(例えば、グルコース)の存在下で、フルオロフォアセンサは、患者の流体サンプルにおける目的の検体の濃度を示し、かつ/またはそれに正比例する、蛍光シグナルを放射し、そのような蛍光シグナルを、検出器により受信して、これにより被験者の流体サンプル内に存在する目的の検体の濃度に特異的な蛍光シグナルに基づいて、相互に関連付けられる。上記検出器を高分子ゲルの裏面に設けることが好ましい。
【0095】
また、本発明のゲル材料4の裏面に設けるセンサとして、血糖値センサを設けることもできる。血糖値センサには、グルコースオキシダーゼとグルコースペルオキシダーゼの2種類の酵素と染料色素(テトラメチルベンジジン等)を組み合わせ、発色明度の変化を指標として、血糖値の高低を肉眼で容易に測定することができる。
この場合に用いるセンサとして、紙を利用したセンサ(紙基板センサ)を使用することができる。
【0096】
本発明のゲル材料4において、取得できる生体情報は、好適には、血糖値である。また、血糖値以外の生体情報としては、種々のバイオマーカー等がある。このような生体情報としては、例えば、ポリヌクレオチド、ペプチドまたはタンパク質等が挙げられる。
【0097】
(4)実施の形態4
心電計や、脳波計などは多くの場合銀塩を含むゲルを用いた電極を体表面に貼り付けることがある。これらの用途にもゲル部分に本発明の高分子ゲルを用いることにより、より低侵襲で長時間の装着が可能となりこれらの測定方法を長時間モニタリングすることが可能となる。また、微弱な電圧の低周波を人体に引火して筋肉を刺激する場合にも銀塩や電解質を含有した本発明のゲルを用いたゲル電極を使用することにより、長時間使用する場合の侵襲性を下げることが可能となる。
【0098】
即ち、本発明のもう1つの態様は、本発明の高分子ゲルに導電性の高分子を含有させたゲル材料であって、当該ゲル材料は、ゲル材料を介して体表面に電圧を印加する装置、または、ゲル材料を介して体表面の電位を測定する装置に使用される、該ゲル材料である(以下「本発明のゲル材料5」とも言う)。
【0099】
導電性の高分子としては、PEDOT:PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン:ポリスチレンスルホン酸)等が挙げられる。
【0100】
ゲル材料を介して体表面の電位を測定する装置としては、心電計や、脳波計が挙げられる。心電計としては、通常診断・検査用に使用される体表面心電計を用いることができる。このような体表面心電計は、心臓に近い体表面に多数のスポット電極を配設し、各電極から 心臓の鼓動に同期して発生する心電位を採取して、複数点の心電位から総合的に心臓の電気現象を判断する体表面電位分布図を3次元的に作成する装置である。
本発明のゲル材料5は、このような装置の電極として、あるいは電極の一部として使用することができる。
【0101】
ゲル材料を介して体表面に電圧を印加する装置としては、例えば、TENS(経皮的電気刺激療法)やEMS(神経筋電気刺激療法)に用いる装置がある。また、人間が感知できない微弱電流を発生させる電流刺激装置があり、一例として、マイクロカレント発生器が挙げられる。
マイクロカレント発生器は、経皮を電流刺激することにより筋出力の向上または低下をさせ、身体の運動機能障害を回復させるために使用される。
また、マイクロカレント発生器は、皮膚状態を処置するための皮膚有効成分を含有させた美容トリートメントシートマスクに組み込んで、複数のトリートメントを使用者の皮膚のさまざまな標的領域に送達し、使用者の顔面の様々な領域の異なる皮膚状態に対処し得る美容トリートメント送達シートマスクに用いることもできる。
【0102】
マイクロカレント発生器は、例えば電流密度プロファイル又はタイミング制御などの、機能のさらなる制御のためのマイクロプロセッサを含んでもよい。電源又はバッテリに加えて、各マイクロカレント発生器は、マイクロカレントを皮膚に供給する2つの電極を含む。
本発明のゲル材料5は、上記のゲル材料を介して体表面に電圧を印加する装置(TENS、EMS、マイクロカレント発生器)の電極として、あるいは電極の一部として使用することができる。
【実施例0103】
以下、本発明の実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に制限されるものではなく、工業的にこれを応用して実施することは当然可能である。
【0104】
[実施例1]
本発明のゲルは一例として以下の方法で作製できた。
(ベースゲル(NGゲル)の合成方法)
サンプル管にN,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm、和光純薬製、27.00mmol、アルミナカラムを用いて重合禁止剤を除去)、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミド塩酸塩(NAPMAm塩酸塩、和光純薬製、1.500mmol)、N,N-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm、和光純薬製、1.500mmol)、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン(TEMED、和光純薬製、0.300mmol)を量り取り純水(メルク社製純水製造システムを用いて実験室内で調整、19mL、以下同じ)に溶かし、氷浴に置き30分間のバブリングすることで溶液中の酸素をアルゴンに置換し、冷蔵庫内(庫内温度4℃)に静置させた。
次にシリコーンシートにカッターを用いておよそ4cm×6cmの穴を切り開け,10分間のオゾン照射(フィルジェン製UVオゾンクリーナーUV253H)を両面に行ったスライドグラスで挟み込んで密着させ、ビニールテープで固定した。冷蔵庫から取り出した溶液に対し、過硫酸アルミニウム(APS、和光純薬製、0.300mmol)を純水1mLに溶かしたものを加えて混ぜ合わせた後、速やかにシリコーンシートの穴に注ぎ入れ、これを冷蔵庫内で一晩静置させシート状のゲルを作製した。中のゲルが傷つかないよう慎重にスライドグラスを取り外してゲルを露出させた後、純水で2日間透析を行った。
なお、このベースゲルにおいてモノマーのモルパーセント比の初期値([物質名]0)は[DMAAm]0:[NAPMAm]0:[MBAAm]0=90:5:5となるように調整を行った。このゲルをNGゲルと呼称する。
【0105】
(ベースゲルへの原子移動ラジカル重合(ATRP)開始剤の導入)
サンプル管にピリジン(和光純薬製)1mLと純水28mLを入れ,ベースゲルをこの溶液の中に投入した。研究室内で作製されたATRP開始剤NHSエステル(
図3)79.2mgを量り取りジメチルスフホキシド(DMSO、和光純薬)1mLに溶かしたものをこの溶液に入れ、室温(およそ25℃)で5分間撹拌し、ベースゲルの表面領域にATRP開始剤を導入した。撹拌後にベースゲルを純水でよく洗い、新たに用意した50mLサンプル管に移し、純水で2日間透析を行った。
【0106】
(表面領域へのPNIPAAmの導入)
PNIPAAmをグラフト重合する前にベースゲルを24時間大気中にて乾燥させた。
50mLサンプル管を3個用意し、精製済みNIPAAmをそれぞれ0.400、0.800、1.60mmol入れ、さらにすべてのサンプル管に臭化銅(II)水溶液(和光純薬製、13.4mg/mL)を667μL(0.0400mmol)、Me6TRENを107μL(0.400mmol)、純水を溶液総体積が20mLとなるように18559μL入れ、溶け残りがないことを確認した後L-アスコルビン酸水溶液(和光純薬製、52.9 mg/mL)を667μL(0.200mmol)滴下し振盪器上でARGET ATRP重合を行った。3時間後にサンプル管から溶液を捨て、ゲルを純水でよく洗浄し、5日間純水で透析したものを表面グラフトゲル(SGゲル)とした。重合反応においてNIPAAmの初期濃度はそれぞれ20、40、80mMであったので,以降それぞれの初期濃度からグラフトされた表面グラフトゲルをSG20、SG40、SG80と呼ぶ。また、後述する乾燥質量測定のために、上記のプレゲル溶液からNIPAAmだけを除いた溶液にゲルを入れ、同様に振盪器上に設置し、3時間後に純水で洗浄したゲルを用意した。これをSoakedゲルと呼ぶ。
【0107】
(高分子ゲルの評価)
<グラフト重合導入量の評価>
重合が行われたことをゲルの質量の増加から確認するために乾燥質量の測定を行った。
ディスク状のIMゲル、Soakedゲル、SG20、SG40、SG80を10個取り出し、シャーレの中に敷いたアルミホイルの上で2日間大気中にて乾燥させた後、真空引きしたデシケーター内で2日間乾燥させた。質量を測定する直前にデシケーターから取り出し、精密天秤を用いて乾燥質量を測定した。測定した実験室内の室温は19.5℃、湿度は45%であった。測定の際、ゲルが空気中の水分を吸収してしまうのを防ぐため、十分に乾燥剤を入れた容器内にゲルを保存しながら測定を行った。測定結果を
図6に示す。
【0108】
<表面領域の評価>
SG80ゲルに導入されたグラフト鎖が高温において疎水化したかどうか、その領域はどれくらいの深さであるかを確認するために、疎水性領域にて発光する性質を有するNileRedをゲルに暴露した状態での低温(25℃)及び高温(40℃)における共焦点レーザー顕微鏡による観察(FV3000、OLYMPUS)を行った。観察条件は全サンプルについてレーザー波長:488nm、吸収波長:588-678nmとした。測定結果を
図7に示す。
【0109】
<表面の疎水性の評価>
接触角計(協和界面科学製、DMs-301)を用いてNGゲルとSG80ゲルの表面に対する2.0μLの純水液滴の接触角を,25℃(室温)と50℃(サーモプレートによる昇温維持)それぞれの温度で測定した。
温度変化に伴うゲル自体の形状変化の要因を除くため、一定時間の範囲での接触角の変化を測定したものが
図8である。SGゲルではP=0.00041と有意差を示したが、NGゲルでは有意差を示さなかった。
この結果は、本発明の新規ゲルが高温にすることにより表面の疎水性を向上させたことを証明している。非特許文献1で記載された内容とは異なり、本発明の構成ではバルク領域では温度の変化による構造変化は発生しないため、ゲル全体としては保水性を保ちながら、表面の疎水性のみを温度で制御することが可能となった。また、非特許文献1に記載の構成ではバルク領域と表面領域で温度変化に伴う膨張率がことなるため表面に皺が発生したが、本発明においては温度変化の下でも表面はなめらかさを保っていることを目視で確認できた。
【0110】
<接着性の評価>
以下、本発明のゲルが温度によってその接着力を制御できた具体例を示す。
図9に示す装置は本計測のために発明者らによって設計した接着力測定装置である。被接着物質(81)はステージ(82)上に固定されている。ステージ(82)はアクチュエータ(83)によって精密に上下させることができる。また、被接着物質(81)は温度センサー(84)によって温度が計測され、ステージ(82)上に設置されたヒーターによって温度は一定に保たれている。測定対象のゲル(85)はあらかじめゲル保持部(86)に接着剤で貼り付けられている。ゲル保持部(86)は上下方向の力が加わった際、移動は鉛直方向に限定されておりさらにゲル保持部(86)は板ばねで支えられているため、移動量と反発力は比例する構造となっている。また、ゲル保持部(86)の移動量はひずみセンサ(87)によって測定され、ひずみセンサの出力はあらかじめキャリブレートされており、上下方向の力として測定できる。本装置によって測定したゲル(85)と被接着物質(81)の接着力測定の典型的な例を
図11に示す。時間とともにアクチュエータ(83)によって、ステージ(82)が上方向に移動する。aのときゲル(85)と被接着物質(81)が接触し、これ以降は上方向に力が加わる。bの地点で、アクチュエータを逆転し下方向に運転する。この時ひずみセンサには下方向の力が加わる。ステージ(82)出発点より下に行くとゲル(85)と被接着物質(81)の接着力によって、下方向の力は維持される。cにおいて下方向への移動による歪みによって発生した、ばねの上方向への力が接着力を上回るとゲル保持部(86)は解放され、以降はばねの特性による減衰振動となる。出発地点と、cの時のゲル保持部(86)にかかる力の差をゲル(85)と被接着物質(81)の接着力と判定した。
【0111】
本装置の構造、原理の詳細と、キャリブレーションカーブを
図11に示す。
【0112】
本装置を用いて、表面領域を有しないベースゲル(NG)、本発明の表面領域に温度応答性を持たせたゲル(SG80)でそれぞれ、25℃および50℃でのベークライト板に対する接着力を測定した。なお測定は各々10回行い、誤差を考慮して集計した結果を
図12に示す。ベースゲル(NG)では25℃および50℃での接着力の差異は誤差内であった。一方、本発明のゲル(SG80)では3倍以上の有意な差が見られ、高温で強く接着し、体温以下の低温では接着力が低減することが証明できた。ここでは高温の環境として50℃を用いて本発明のコンセプトを実証した。
【0113】
[実施例2]
(ベースゲル(NG’ゲル)の合成方法)
サンプル管にN,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm、和光純薬製、38mmol、アルミナカラムを用いて重合禁止剤を除去)、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミド塩酸塩(NAPMAm塩酸塩、和光純薬製、2mmol)、N,N-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm、和光純薬製、2.4mmol)、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン(TEMED、和光純薬製、0.300 mmol)を量り取り純水(メルク社製純水製造システムを用いて実験室内で調整、19mL、以下同じ)に溶かした。
次にシリコーンシートにカッターを用いておよそ4cm×6cmの穴を切り開け、10分間のオゾン照射(フィルジェン製UVオゾンクリーナーUV253H)を両面に行ったスライドグラスで挟み込んで密着させ、ビニールテープで固定した。反応溶液に対し、過硫酸アルミニウム(APS、和光純薬製、0.300 mmol)を純水1mLに溶かしたものを加えて混ぜ合わせた後、速やかにシリコーンシートの穴に注ぎ入れ、これを冷蔵庫内で一晩静置させシート状のゲルを作製した。中のゲルが傷つかないよう慎重にスライドグラスを取り外してゲルを露出させた後、純水で2日間透析を行った。
なお、このベースゲルにおいてモノマーのモルパーセント比の初期値([物質名]0)は[DMAAm]0:[NAPMAm]0:[MBAAm]0=89.6:4.7:5.6となるように調整を行った。このゲルをNG‘ゲルと呼称する。
【0114】
(ベースゲルへの原子移動ラジカル重合(ATRP)開始剤の導入)
サンプル管にピリジン(和光純薬製)1mLと純水28mLを入れ、ベースゲルをこの溶液の中に投入した。研究室内で作製されたATRP開始剤NHSエステル(
図3)79.2mgを量り取りジメチルスフホキシド(DMSO、和光純薬)1mLに溶かしたものをこの溶液に入れ、室温(およそ25℃)で5分間撹拌し、ベースゲルの表面領域にATRP開始剤を導入した。撹拌後にベースゲルを純水でよく洗い、新たに用意した50mLサンプル管に移し、純水で2日間透析を行った。
【0115】
(表面領域へのPNIPAAmの導入)
PNIPAAmをグラフト重合する前にベースゲルを24時間大気中にて乾燥させた。
50mLサンプル管を3個用意し、精製済みNIPAAmをそれぞれ6.4mmol入れ、さらにすべてのサンプル管に臭化銅(II)水溶液(和光純薬製、13.4mg/mL)を667μL(0.0400mmol)、Me6TRENを107μL(0.400mmol)、純水を溶液総体積が20mLとなるように18559μL入れ、溶け残りがないことを確認した後L-アスコルビン酸水溶液(和光純薬製、52.9 mg/mL)を667μL(0.200mmol)滴下し振盪器上でARGET ATRP重合を行った。3時間後にサンプル管から溶液を捨て、ゲルを純水でよく洗浄し、5日間純水で透析したものを表面グラフトゲル(SG’ゲル)とした。
【0116】
<表面領域の評価>
上記で得たSG’ゲルの断面を実施例1と同様の方法により共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ、低温(25℃)及び高温(40℃)の両方の温度においてゲルと水の界面が発光することが確認された(
図13)。また、SG’ゲルにおいて発光した箇所は、ギザギザの形状をしており,ゲル表面に特異なパターン形状が形成されていることを示唆した。
【0117】
そこで、NileRed水溶液に浸漬させたSG’ゲルの表面を共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ、低温(25℃)及び高温(40℃)の両方の温度において表面グラフトに由来すると考えられる特異なパターン形状が観察された(
図14)。
SG’ゲルの表面グラフトプロセスにおけるNIPAAm仕込み濃度はSG80ゲルの4倍であるため、SG’ゲルの表面にはSG80ゲルより分子量の大きいPNIPAAmが修飾されていると考えられる。これにより、SG’ゲルでは表面グラフトに伴うゲル表面上の膨潤度ミスマッチが生じ、リンクルパターンが出現したと考えられる。また、発光箇所は低温(25℃)及び高温(40℃)の両方の温度においてパターンの凹部分に局在していることが確認された。これより、温度に依存せずパターンの凸部分は親水的,凹部分は疎水的であることが分かる。SG’ゲルのリンクルパターンの凹部分は低温(25℃)においてもPNIPAAmが強制的に高密度な凝集形態を取らされる形となり疎水化したのではないかと考えられる。
低温(25℃)と高温(40℃)での結果を比較すると、高温(40℃)の方が低温(25℃)と比較して単位面積あたりのリンクルの量が増えることが分かった(
図14)。これは、40℃においてPNIPAAmが収縮したことに起因すると考えられる。
また、SG’ゲルの温度依存的な接着力測定結果を
図15に示す。
上記のように、高温,低温のいずれの温度においてもリンクルパターンの凸部は親水的,凹部は疎水的であったため、リンクル量が多いほど、即ち温度が高いほど、疎水的な凹部が接着に関与しやすく高い接着力を生起することが予想され、この予想は接着力結果(
図15)と一致する。
【0118】
[実施例3]
本発明の製造方法2を用いて本発明の高分子ゲルを調製した。具体的には,NIPAAmとグリシジルメタクリレート(GMA)の共重合体poly(NIPAAm-co-GMA)をラジカル重合により合成し、GMAに含まれるエポキシ基をベースゲル(poly(NIPAAm-co-NAPMAm))のNAPMAmに含まれるアミノ基とカップリング反応させることでSM(Surface-modified)ゲルを得た(
図16参照)。
【0119】
(ベースゲル(NG’ゲル)の合成方法)
サンプル管にN,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm、和光純薬製、38mmol、アルミナカラムを用いて重合禁止剤を除去)、N-(3-アミノプロピル)メタクリルアミド塩酸塩(NAPMAm塩酸塩、和光純薬製、2 mmol)、N,N-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm、和光純薬製、2.4 mmol)、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン(TEMED、和光純薬製、0.300 mmol)を量り取り純水(メルク社製純水製造システムを用いて実験室内で調整、19mL、以下同じ)に溶かした。
次にシリコーンシートにカッターを用いておよそ4cm×6cmの穴を切り開け,10分間のオゾン照射(フィルジェン製UVオゾンクリーナーUV253H)を両面に行ったスライドグラスで挟み込んで密着させ、ビニールテープで固定した。反応溶液に対し、過硫酸アルミニウム(APS、和光純薬製、0.300 mmol)を純水1mLに溶かしたものを加えて混ぜ合わせた後、速やかにシリコーンシートの穴に注ぎ入れ、これを冷蔵庫内で一晩静置させシート状のゲルを作製した。中のゲルが傷つかないよう慎重にスライドグラスを取り外してゲルを露出させた後、純水で2日間透析を行った。
なお、このベースゲルにおいてモノマーのモルパーセント比の初期値([物質名]0)は[DMAAm]0:[NAPMAm]0:[MBAAm]0=89.6:4.7:5.6となるように調整を行った。このゲルをNG‘ゲルと呼称する。
【0120】
(エポキシ基を有する温度応答性高分子の合成)
フリーラジカル重合法により高分子合成を行った。50mLナスフラスコ内にNIPAAm(15.7mmol)、GMA(1.9mmol)、AIBN(0.20mmol)、DMF37mLを混合し、アルゴンガス置換を行った後、70℃で22時間加熱することで合成を行った。合成を行った後、水中で透析を行い、未反応のモノマーなどを取り除いた。凍結乾燥を行うことで目的の高分子poly(DMAAm-co-GMA)を得た。
【0121】
(表面領域へのPNIPAAmの導入)
poly(DMAAm-co-GMA)をD-PBSに1wt%の濃度で溶解させた。冷蔵庫内でNG’ゲルをこの溶液に30分間浸漬させることで、表面近傍にのみポリマーが浸透され、表面修飾ゲルを得た。この方法で作製したゲルをSMゲルと呼称する。
【0122】
作製したSMゲルを用いて行った接着力測定結果を
図17に示す.温度上昇に伴って接着力が増大することが確認され,CuBr
2を用いないPNIPAAmの表面修飾に成功した。