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特開2024-9754誘電体組成物、容量素子、可視光触媒材料および可視光電変換素子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009754
(43)【公開日】2024-01-23
(54)【発明の名称】誘電体組成物、容量素子、可視光触媒材料および可視光電変換素子
(51)【国際特許分類】
   C01G 35/00 20060101AFI20240116BHJP
   C01G 23/00 20060101ALI20240116BHJP
   H01G 4/10 20060101ALI20240116BHJP
   H01G 4/12 20060101ALI20240116BHJP
   C04B 35/495 20060101ALN20240116BHJP
【FI】
C01G35/00 Z
C01G23/00 C
H01G4/10
H01G4/12 270
H01G4/12 540
C04B35/495
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023081744
(22)【出願日】2023-05-17
(31)【優先権主張番号】P 2022111286
(32)【優先日】2022-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 久美子
(72)【発明者】
【氏名】加納 朱杜
(72)【発明者】
【氏名】鱒渕 友治
(72)【発明者】
【氏名】吉川 信一
【テーマコード(参考)】
4G047
4G048
5E001
5E082
【Fターム(参考)】
4G047CA05
4G047CB04
4G047CC02
4G047CD02
4G047CD08
4G048AA05
4G048AB01
4G048AC02
4G048AD02
4G048AD08
4G048AE05
5E001AE01
5E001AE02
5E001AE03
5E082FF05
5E082FG03
5E082FG27
5E082FG42
(57)【要約】
【課題】 比誘電率が良好な誘電体組成物等を得る。
【解決手段】 酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物である。ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内で酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークがラマン分光法で検出される。
【選択図】 図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物であって、
ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内で前記酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークがラマン分光法で検出される誘電体組成物。
【請求項2】
酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物であって、
ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内でピークがラマン分光法で検出され、
400℃以上1000℃以下で前記ピークの積分強度が減少する誘電体組成物。
【請求項3】
500℃以上700℃以下で前記ピークの積分強度が減少する請求項2に記載の誘電体組成物。
【請求項4】
酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物であって、
ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内でピークがラマン分光法で検出され、
角度分解顕微偏光ラマン分光を解析して得られた解析結果が、前記ピークの積分強度が回転角度依存性を有すること、および、前記酸窒化物の結晶構造が立方晶構造よりも対称性が低い結晶構造であることを示す誘電体組成物。
【請求項5】
前記酸窒化物がペロブスカイト型酸窒化物である請求項1~4のいずれかに記載の誘電体組成物。
【請求項6】
前記酸窒化物がLa、BaおよびSrから選択される1種以上を有する請求項1~4のいずれかに記載の誘電体組成物。
【請求項7】
請求項1~4のいずれかに記載の誘電体組成物を有する容量素子。
【請求項8】
請求項1~4のいずれかに記載の誘電体組成物を有する可視光触媒材料。
【請求項9】
請求項1~4のいずれかに記載の誘電体組成物を有する可視光電変換素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体組成物、容量素子、光触媒材料および光電変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタル機器の高性能化に伴い、容量素子には更なる高容量化が求められている。容量素子の高容量化の手段として、高誘電性を有する誘電性組成物を用いることが研究されている。また、高誘電性を有する誘電性組成物は可視光触媒材料および可視光電変換素子にも求められている。
【0003】
例えば、非特許文献1に記載されているようなBaTaO2Nのようなペロブスカイト型酸窒化物を用いることが研究されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Akira Hosono, Yuji Masubuchi, Shintaro Yasui, Masaki Takesada, Takashi Endo, Mikio Higuchi, Mitsuru Itoh,and Shinichi Kikkawa “Ferroelectric BaTaO2N Crystals Grown in a BaCN2 Flux“ Inorg. Chem. 58(24) 16752-16760, 2019.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、比誘電率が良好な誘電体組成物等を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の観点に係る誘電体組成物は、
酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物であって、
ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内で前記酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークがラマン分光法で検出される。
【0007】
本発明の第2の観点に係る誘電体組成物は、
酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物であって、
ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内でピークがラマン分光法で検出され、
400℃以上1000℃以下で前記ピークの積分強度が減少する。
【0008】
500℃以上700℃以下で前記ピークの積分強度が減少してもよい。
【0009】
本発明の第3の観点に係る誘電体組成物は、
酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物であって、
ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内でピークがラマン分光法で検出され、
角度分解顕微偏光ラマン分光を解析して得られた解析結果が、前記ピークの積分強度が回転角度依存性を有すること、および、前記酸窒化物の結晶構造が立方晶構造よりも対称性が低い結晶構造であることを示す。
【0010】
本発明の第1~第3の観点に係る誘電体組成物は、前記酸窒化物がペロブスカイト型酸窒化物であってもよい。
【0011】
本発明の第1~第3の観点に係る誘電体組成物は、前記酸窒化物がLa、BaおよびSrから選択される1種以上を有してもよい。
【0012】
本発明の容量素子は上記の誘電体組成物を有する。
【0013】
本発明の可視光触媒材料は上記の誘電体組成物を有する。
【0014】
本発明の可視光電変換素子は上記の誘電体組成物を有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例1のラマンスペクトルを測定して得られたチャートである。
図2】比較例2のラマンスペクトルを測定して得られたチャートである。
図3】実施例2のラマンスペクトルを測定して得られたチャートである。
図4】実施例2の昇温ラマンスペクトルを測定して得られたチャートである。
図5】対称心を有さないSrTaO2N結晶のラマンスペクトルを第一原理計算で算出して得られたチャートである。
図6】平行ニコルで単結晶体の角度分解顕微偏光ラマン分光を解析して得られたチャートである。
図7】直交ニコルで単結晶体の角度分解顕微偏光ラマン分光を解析して得られたチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施形態に基づき説明する。
【0017】
本実施形態に係る誘電体組成物は酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物であって、
ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内で前記酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークがラマン分光法で検出される誘電体組成物である。
【0018】
酸窒化物の種類には特に制限はない。例えば、ペロブスカイト型の酸窒化物であってもよい。酸窒化物はLa、BaおよびSrから選択される1種以上を有してもよい。
【0019】
酸窒化物は、具体的には、A1+αBOxy(AはAサイトイオン、BはBサイトイオン)で表される化合物からなっていてもよい。酸窒化物は、さらに具体的には、-0.3≦α≦0.3、0<x≦3.50、0<y≦1.00、6.70≦2x+3y≦7.30を満たす組成を有してもよい。Aサイトイオンの平均価数およびBサイトイオンの平均価数の合計が6.70~7.30であってもよい。
【0020】
平均価数とは、AサイトおよびBサイトに存在するイオンの価数を、その存在比に応じて平均化した値である。例えば、AサイトにSrとLaが4:1の比で存在し、BサイトにTaとTiが4:1の比で存在する場合について述べる。Srイオンの価数は2であり、Laイオンの価数は3である。よって、その平均価数をXAとした場合に、XAは以下の式(1)により算出される。また、Taイオンの価数は5であり、Tiイオンの価数は4である。よって、その平均価数をXBとした場合に、XBは以下の式(2)により算出される。そして、XA=2.2、XB=4.8となる。そして、平均価数の合計(XA+XB)は7となる。
【0021】
A=(Srイオンの価数)×(Srイオンの存在比)+(Laイオンの価数)×(Laイオンの存在比)
=2×4/5+3×1/5
=2.2 ・・・式(1)
【0022】
B=(Taイオンの価数)×(Taイオンの存在比)+(Tiイオンの価数)×(Tiイオンの存在比)
=5×4/5+4×1/5
=4.8 ・・・式(2)
【0023】
なお、本願の平均価数の合計の計算においては、α≠0である場合でも、α=0として計算する。例えば、上記の場合において、α=0.02の場合であっても、平均価数の合計は2.2+4.8=7.0である。
【0024】
1+αBOxyで表され、上記の範囲内の組成を有する化合物からなる誘電体は、2価のアニオンであるOと、3価のアニオンであるO1.5および/または3価のアニオンであるNと、が秩序ある配列をとる。なお、O1.5は実際にはO2の形で存在する。Bを囲むOおよび/またはNを頂点とする8面体と、別のBを囲むOおよび/またはNを頂点とする8面体と、で過剰なOを共有している。
【0025】
また、2価のアニオンであるOと、3価のアニオンであるO1.5および/または3価のアニオンであるNが秩序ある配列をとることができるのは、6.70≦2x+3y≦7.30であり、かつ、Aサイトイオンの平均価数およびBサイトイオンの平均価数の合計が6.70~7.30であるためである。
【0026】
A、Bの種類については特に限定はない。AはLa、Ba、Sr、Ca、Ce、Pr、Nd、Naから選ばれる1種類以上の元素であってもよく、La、BaおよびSrから選ばれる1種類以上の元素であってもよい。BはTa、Nb、Ti、Wから選ばれる1種類以上の元素であってもよく、Ta、Tiから選ばれる1種類以上の元素であってもよい。
【0027】
本実施形態に係る誘電体組成物は、特定の構造を有するため、XRDを実施した場合およびラマン分光法を実施した場合において特徴的な結果を示す。
【0028】
本実施形態に係る誘電体組成物は、XRDを実施した場合において、結晶を有することが確認される。本実施形態に係る誘電体組成物は、一つの結晶からなる単結晶体であってもよく、複数の結晶からなる多結晶体であってもよい。単結晶体であるか多結晶体であるかもXRDにより確認される。
【0029】
酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物の誘電性、特にペロブスカイト型の酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物の誘電性を向上させるためには、電圧の印加への応答として酸窒化物の結晶内に局所的に電荷の大きな偏りが発生することが好ましい。酸窒化物の結晶内に局所的に電荷の大きな偏りを発生させるためには、酸窒化物の結晶が対称心を有さないことが好ましい。しかし、酸窒化物の結晶が対称心を有するか否かを確認することは難しい。
【0030】
酸窒化物の結晶が対称心を有するか否かを確認するためには酸窒化物の結晶に含まれる軽元素の配列の秩序性、すなわち酸窒化物の結晶に含まれるOおよびNの配列の秩序性の有無を確認する必要がある。しかし、軽元素の配列の秩序性の有無をXRDで確認することは困難である。軽元素はX線に対する散乱能が小さいためである。
【0031】
中性子回折法を用いることで酸窒化物の結晶に含まれる軽元素の配列の秩序性の有無は確認できる。しかし、酸窒化物の結晶が対称心を有するか否かを確認するためには、回折法では確認できない局所的な極性構造であって軽元素の配列の秩序性に起因した局所的な極性構造を酸窒化物の結晶が有するか否かも確認する必要がある。
【0032】
ここで、酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物に対してラマン分光法を実施することにより、酸窒化物の結晶が対称心を有するか否かを確認できる。
【0033】
本実施形態に係る誘電体組成物は、ラマン分光法を実施する場合において、ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内で酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークが検出される。
【0034】
酸窒化物の結晶に対してラマン分光法を実施する場合には、結晶格子の格子振動の振動エネルギーに相当する波数にピークが現れたラマンスペクトルを得ることができる。酸窒化物の結晶のラマンスペクトルに関しては、第一原理計算から理論的に算出することが可能である。
【0035】
本発明者らは、酸窒化物の結晶の格子振動のうち、カチオンに関する振動(例えばカチオンとOとの振動、カチオンとNとの振動)に起因するピークが500cm-1以下の範囲に主に検出されることを見出した。本発明者らは、カチオンとは無関係な振動(例えばOとOとの振動、OとNとの振動、NとNとの振動)に起因するピークが500cm-1~1000cm-1の範囲に主に検出されることを見出した。そして、本発明者らは、酸窒化物の結晶が対称心を有さないことがカチオンに関する振動に寄与することを見出した。
【0036】
SrTaO2Nの酸窒化物の結晶が対称心を有さない場合において、SrTaO2Nの酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物に対してラマン分光法を実施して得られるラマンスペクトルを図1図3に示す。SrTaO2Nの酸窒化物の結晶が対称心を有する場合において、SrTaO2Nの酸窒化物の結晶を有する誘電体組成物に対してラマン分光法を実施して得られるラマンスペクトルを図2に示す。なお、図1が後述する実施例1の試験結果、図2が後述する比較例1の試験結果、図3が後述する実施例2の試験結果である。
【0037】
ここで、Nがcis型に配置され対称心を有さないSrTaO2Nの結晶のラマンスペクトルを第一原理計算から理論的に算出すると、図5に示すラマンスペクトルとなる。200cm-1付近、250cm-1付近、400cm-1付近にピークが見られる。
【0038】
逆にSrTaO2Nの結晶を含む酸窒化物に対してラマン分光法を実施して得られるラマンスペクトルにこれらのピークが観察されれば、これらのピークは酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークであると推測でき、酸窒化物の結晶が対称心を有さないと推測できる。例えば、図1図3では200cm-1付近、250cm-1付近、400cm-1付近にピークが見られる。図1では特に200cm-1付近に、図3では特に250cm-1付近に、大きなピークが見られる。これに対し、図2では200cm-1付近、250cm-1付近、400cm-1付近のいずれにもピークが見られない。
【0039】
次に、500cm-1以下の範囲内に検出されたピークが酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークか否かを確認する方法について説明する。
【0040】
本発明者らは、昇温in-situラマン測定により誘電体組成物の昇温ラマンスペクトルを測定する方法を見出した。昇温in-situラマン測定は、ラマン分光法によるラマンスペクトルを測定しながら誘電体組成物を昇温する測定である。昇温in-situラマン測定により、例えば図4に示す昇温ラマンスペクトルが得られる。
【0041】
誘電体組成物の昇温in-situラマン測定においては、温度が上昇するにつれて誘電体組成物が膨張する場合がある。誘電体組成物が膨張するとラマンの焦点がずれる場合がある。温度が上昇するにつれてラマンの焦点がずれるためにラマンスペクトルに含まれる各ピークのピーク強度が全体的に上昇する場合がある。そのような場合には互いに異なる温度のラマンスペクトルを適切に比較できない。
【0042】
上記のような場合でも互いに異なる温度のラマンスペクトルを適切に比較するためにピークの無い波数で規格化してもよい。
【0043】
図4は後述する実施例2の試験結果である。図4の横軸は波数、縦軸は経過時間である。5000秒が200℃、15000秒が550℃に相当する。200℃程度で誘電体組成物に吸着したH2Oが離脱すると考えられる。550℃程度で誘電体組成物に含まれるNの一部がN2として離脱すると考えられる。
【0044】
本発明者らは、図4に示すように、誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークの積分強度が400℃以上1000℃以下、または500℃以上700℃以下、または500℃以上600℃以下で減少することを見出した。これに対し、誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因しないピーク、例えば波数が200cm-1より小さい領域に含まれるピークの積分強度は1000℃以下、または700℃以下、または600℃以下では減少しないことを見出した。
【0045】
昇温によりラマンスペクトルにおける全てのピークの積分強度が減少するのであれば、昇温により誘電体組成物自体が分解しているとも考えられる。例えば、1000℃を上回る温度、または、700℃を上回る温度では誘電体組成物の種類によっては誘電体組成物自体が分解する場合もある。しかし、本発明者らは、昇温in-situラマン測定により誘電体組成物の昇温ラマンスペクトルを測定する場合に、400℃以上1000℃以下、または500℃以上700℃以下、または500℃以上600℃以下で、誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークの積分強度のみ減少したり誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークのみ消失したりすることを見出した。すなわち、昇温によるピークの積分強度の減少およびピークの消失はOおよびNの配列の秩序性に関する構造変化に起因するものであると考えられる。
【0046】
昇温in-situラマン測定により誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークの積分強度が減少したり誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークが消失したりする場合には、温度を室温に戻しても誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークの積分強度が増加することはなく、消失したピークが復活することもない。すなわち、昇温によるOおよびNの配列の秩序性に関する構造変化は不可逆的である。そして、昇温後の誘電体組成物は昇温前の誘電体組成物と比較して誘電性が劣る。
【0047】
誘電体組成物に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークの積分強度の減少割合については特に制限はない。例えば、室温でのピークの積分強度と比較して、400℃以上1000℃以下のいずれかの温度でのピークの積分強度が50%以上、減少していてもよく、20%以上、減少していてもよい。また、室温でのピークの積分強度と比較して、500℃以上700℃以下のいずれかの温度でのピークの積分強度が20%以上、減少していてもよく、10%以上、減少していてもよい。
【0048】
また、誘電体組成物が酸窒化物の単結晶体である場合には、角度分解顕微偏光ラマン分光により確認することができる。単結晶体のサイズには特に制限はない。例えば数μm程度であってもよい。
【0049】
通常のラマン分光法を実施して500cm-1以下の範囲内に検出されたピークについて角度分解顕微偏光ラマン分光を実施することにより、ピークの積分強度が酸窒化物の結晶の回転角度依存性を有すること、および、酸窒化物の結晶構造が立方晶構造よりも対称性が低い結晶構造であることを確認することができる。
【0050】
例えばBaTaO2Nの酸窒化物の結晶が対称心を有さない場合において、角度分解顕微偏光ラマン分光を実施して500cm-1以下の範囲内に検出されたピークの積分強度の変化を観察した結果を図6図7に示す。図6は平行ニコルで単結晶体の角度分解顕微偏光ラマン分光を解析して得られたチャートである。図7は直交ニコルで単結晶体の角度分解顕微偏光ラマン分光を解析して得られたチャートである。
【0051】
図6はBaTaO2Nの酸窒化物の結晶が基本的な立方ペロフスカイト構造の格子軸から45度傾いた2回対称分極を有すること、すなわち、ピークの積分強度が酸窒化物の結晶の回転角度依存性を有することを示している。図6はBaTaO2Nの酸窒化物の結晶が立方晶構造とは異なる極性局所結晶構造を有すること、すなわち、BaTaO2Nの酸窒化物の結晶が立方晶構造より低い対称性の結晶構造を有することを示す。具体的には、図6はBaTaO2Nの酸窒化物の結晶は局所構造が斜方晶系であり、分極軸の方向がシス型N配位を含むTaO42八面体エクアトリアル面の二面体方向であることを示している。すなわち、BaTaO2Nの酸窒化物の結晶が対称心を有さないことを示している。また、図6は対称心を有さない斜方晶構造であるBaTaO2Nの単一粒子結晶の結晶構造が対称心を有する立方晶構造より歪んだ構造であることを示している。
【0052】
500cm-1以下の範囲内に検出されたピークが酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークか否かを角度分解顕微偏光ラマン分光により確認する方法は、誘電体組成物が酸窒化物の多結晶体である場合には用いることができない。多結晶体に対して角度分解顕微偏光ラマン分光を行う場合には、互いに向きが異なる複数の結晶における試験結果を重ね合わせた結果が観察されるためである。
【0053】
誘電体組成物の製造方法
次に、本実施形態に係る誘電体組成物の製造方法について説明する。
【0054】
まず、誘電体組成物が薄膜形状である場合、すなわち誘電体組成物が誘電体薄膜である場合における誘電体組成物の製造方法について説明する。
【0055】
最終的に誘電体薄膜となる薄膜の成膜方法に特に制限はない。例えば、PLD法、スパッタ法などが例示される。また、成膜時に使用する原料には微少な不純物や副成分が含まれている場合があるが、薄膜の性能を大きく損なわない程度の量であれば特に問題はない。
【0056】
誘電体薄膜を成膜する箇所には特に制限はない。目的に応じて適宜選択してもよい。例えば、基板上に成膜してもよく、電極などの金属上に成膜してもよい。
【0057】
以下、PLD法により誘電体薄膜を成膜する方法について説明する。
【0058】
まず、ターゲットを作製する。ターゲットの作製方法については特に制限はなく、既知の方法を用いることができる。ターゲットの種類に特に制限はなく、作製する誘電体薄膜の構成元素である金属元素を含む金属酸化物焼結体の他、合金、窒化物焼結体、金属酸窒化物焼結体などを用いることができる。また、ターゲットにおいては各元素が平均的に分布していることが好ましいが、得られる誘電体薄膜の品質に影響がない範囲で分布にばらつきがあってもよい。さらに、ターゲットは必ずしも一つである必要はなく、誘電体薄膜の構成元素の一部を含むターゲットを複数用意して成膜に用いることも可能である。ターゲットの形状にも制限はなく、使用する成膜装置に適した形状とすればよい。
【0059】
次に、ラジカル発生装置を付設したPLD装置を準備する。そして、ラジカル発生装置からN2ラジカルを供給しながら誘電体薄膜を成膜する。必要であれば成膜箇所を加熱してもよい。
【0060】
本発明者らは、成膜時に成膜速度を遅くすることにより、得られる酸窒化物の結晶が対称心を有さない結晶になることを見出した。具体的には、成膜速度を8nm/min以下としてもよく、7nm/min以下としてもよい。また、2nm/min以上8nm/min以下としてもよく、2nm/min以上7nm/min以下としてもよい。酸窒化物を含む誘電体薄膜の成膜速度をこのような遅い成膜速度とすることは製造効率の低さのため、および、成膜による基板および下部電極へのダメージの大きさのために好ましくないと考えられていた。しかし、本発明者らは、このような遅い成膜速度とすることで、後述するアニール処理後の誘電体薄膜に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さない結晶となることを見出した。そして、得られる誘電体薄膜の比誘電率が高くなることを見出した。
【0061】
誘電体薄膜の厚みには特に制限はない。例えば0.05μm以上2μm以下であってもよい。
【0062】
成膜後の誘電体薄膜についてアニール処理を行う。アニール処理時の雰囲気には特に制限はない。例えばO2とN2とが共存する雰囲気としてもよい。アニール処理により誘電体薄膜に含まれる酸窒化物の結晶化を進行させ、酸窒化物の多結晶体とすることができる。アニール処理の温度には特に制限はない。酸窒化物の結晶化が十分に進行し、かつ、酸窒化物の結晶に対称心が生じない温度とする。アニール処理の温度は雰囲気等の条件に応じて変化させてもよい。例えば酸素を実質的に含まない窒素雰囲気中であれば300℃~750℃としてもよい。酸素を含む雰囲気中であれば、200℃~450℃としてもよい。アニール処理の時間には特に制限はない。例えば1分~60分としてもよい。
【0063】
以下、スパッタ法により誘電体薄膜を成膜する方法について説明するが、特に記載のない部分についてはPLD法により誘電体薄膜を成膜する方法と同一である。
【0064】
ターゲットを作製した後に、RFスパッタ装置を準備する。そして、誘電体薄膜を成膜する。成膜時に用いるガスの種類については特に制限はない。N2ガス等の窒素を含むガスは必ず用いる。その他のガスとして、例えばArガス、O2ガス等のガスから適宜選択してもよい。N2ガス等の窒素を含むガスを用いることで雰囲気中にN元素が含まれる。雰囲気中にN元素が含まれることで、誘電体薄膜の成膜と同時に、酸化物の窒化が進行して酸窒化物の結晶を含む誘電体薄膜が得られる。
【0065】
スパッタ法により誘電体薄膜を成膜する場合には成膜速度には特に制限はない。ただし、RFスパッタ時のRFプラズマのパワーを低くすることにより、得られる酸窒化物の結晶が対称心を有さない結晶になる。具体的には、RFプラズマのパワーを50W~120Wとしてもよい。成膜時のRFプラズマのパワーをこのような低さとする場合には成膜速度が低下しやすくなる。RFプラズマのパワーを低下させることで成膜速度を低下させることは製造効率の低さのため、および、成膜時に印加されるエネルギーにより基板および下部電極がうけるダメージが成膜時間の長時間化に伴い増大するために好ましくないと考えられていた。しかし、本発明者らは、このような低いパワーとすることで、後述するアニール処理後の誘電体薄膜に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さない結晶となることを見出した。そして、得られる誘電体薄膜の比誘電率が高くなることを見出した。
【0066】
また、成膜時において成膜箇所を加熱してもよい。具体的には成膜箇所の温度が室温以上750℃以下になるようにしてもよい。上記の通り、RFプラズマのパワーを低くする場合には、成膜箇所の温度が低すぎると誘電体薄膜に酸窒化物の結晶が生成せず誘電体薄膜がアモルファス誘電体となる。なお、成膜箇所の適切な温度は酸窒化物の種類等に応じて変化する。したがって、室温では成膜箇所の温度が低すぎる場合もある。
【0067】
RFスパッタにより誘電体薄膜を成膜する場合には、PLD法により誘電体薄膜を成膜する場合と異なり、アニール処理を行う必要はない。PLD法により誘電体薄膜を成膜する場合と同様にアニール処理を行ってもよい。
【0068】
次に、誘電体組成物がバルクである場合、例えば誘電体組成物が焼結体である場合の製造方法について説明する。
【0069】
まず、酸窒化物の粉末を準備する。酸窒化物の粉末を準備する方法には特に制限はない。例えば、窒化反応により酸窒化物となる前駆体の酸化物の粉末を準備する。次に、準備した前駆体の粉末に対して窒化反応を施し、酸窒化物の粉末を得る。窒化反応の方法には特に制限はない。
【0070】
次に、得られた酸窒化物の粉末を成形し、成形体を得る。成形体を得る際における成形体の密度を通常よりも低くしてもよく、最終的に得られる焼結体の相対密度が60%以下となるようにしてもよい。焼結体の相対密度には特に下限はないが、例えば40%以上とする。
【0071】
次に、成形体を焼成し、焼結体を得る。焼成条件には特に制限はない。例えば、焼成温度は1000℃~1400℃、焼成時間は1時間~16時間とする。また、焼成時の雰囲気における窒素分圧を0.1MPa~1MPaとする。焼成により酸窒化物を形成する窒素の一部が放出されるが、焼成時の雰囲気における窒素分圧を上記の範囲内、特に0.1MPa以上とすることで窒素が放出される量を制御することができる。
【0072】
次にアンモニアを供給しながらアニール処理を行う。焼結体の密度が十分に低い場合には、アンモニアを供給しながらアニール処理を行うことで、焼結体全体にアンモニアが供給される。焼結体全体で焼成時に放出された窒素が供給されて酸窒化物となる。アンモニアを供給しながらアニール処理を行うことにより、ラマン分光法を行う場合に酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークが検出される程度に対称心を有さない酸窒化物の結晶が生成されるようになる。アンモニアの供給速度には特に制限はないが、例えば50mL/min~200mL/min以下とする。アニール温度には特に制限はないが、例えば700℃~1000℃とする。
【0073】
通常、焼結体の密度は高い方が好ましい。しかし、本実施形態で焼結体の密度が高すぎる場合には、アンモニアを供給しながらアニール処理を行っても特に焼結体内部にアンモニアが供給されにくい。その結果、焼結体に対してラマン分光法を行っても酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークは検出されない。そして、得られる焼結体が所望の比誘電率を有さない。
【0074】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々異なる態様で実施し得ることは勿論である。
【0075】
なお、本発明に係る容量素子とは、誘電性を利用した素子のことであり、キャパシタ、コンデンサ、フィルタ、メモリ等を含む。上記の誘電体組成物を有することで、より好適な特性を有する容量素子となる。
【0076】
本発明に係る可視光触媒材料とは、可視光が当たると表面に電子と正孔とが生成する材料のことであり、水分解可視光触媒、有機物の分解触媒等を含む。また、可視光触媒材料は可視光応答光触媒材料とも呼ばれることがある。上記の誘電体組成物を有することで、より好適な特性を有する可視光触媒材料となる。
【0077】
本発明に係る可視光電変換素子とは、可視光応答の光電変換素子のことであり、可視光が入射されると可視光の量に応じた電気信号を出力する素子のことである。太陽電池、イメージセンサ等に用いられる。上記の誘電体組成物を有することで、より好適な特性を有する可視光電変換素子となる。
【実施例0078】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0079】
(実験例1)
(実施例1)
実施例1では、成膜用ターゲットとしてSr2Ta27のターゲットを準備した。
【0080】
次に、成膜用ターゲットをPLD装置に設置し、成膜用ターゲットと対向するように、Si/Pt基板を設置した。Si/Pt基板とは、表面に下部電極としてPt膜を有するSi基板のことである。
【0081】
そして、誘電体薄膜の厚みが0.4μmとなるようにPLD法で成膜した。ペロブスカイト型酸窒化物であるSrTaO2Nからなる誘電体薄膜を成膜するために、成膜と同時にN2ラジカルをPLD装置に付設されたラジカル発生装置から供給した。また、成膜時の成膜速度が4nm/minとなるようにした。
【0082】
成膜後に700℃で20分間、アニール処理を実施した。アニール処理時の雰囲気はO2とN2とが分子数比でO2:N2=2:1で共存する雰囲気とした。
【0083】
得られた誘電体薄膜の比誘電率を測定した。比誘電率の測定の準備として、得られた誘電体薄膜上に上部電極としてAgを蒸着させた。上部電極の形状は直径100μmの円形とした。上部電極が形成された誘電体薄膜に対して、LCRメータ Agilent E4980Aを用いて交流電圧を印加して静電容量を測定した。具体的には、基準温度25℃、周波数1kHz、電界強度0.5Vrms/μmとなるように交流電圧を印加して静電容量を測定した。静電容量および誘電体薄膜の厚みから比誘電率を算出した。結果を表1に示す。比誘電率が500以上である場合を良好とした。
【0084】
続いてレーザーラマン分光法によりラマンスペクトルを測定し、解析を行った。レーザーラマン分光法によるラマンスペクトルの測定は、誘電体薄膜のうち上部電極が形成されていない部分に対して、NRS-7100(日本分光)を用いて実施した。測定波数は50cm-1~1400cm-1、露光時間は120秒、積算回数は2回とした。得られたチャートを図1に示す。さらに、誘電体薄膜に含まれる酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークの有無を確認した。具体的には、200cm-1の付近におけるピークの有無を確認した。結果を表1に示す。
【0085】
続いてXRD(リガク社製全自動水平型多目的X線回折装置SmartLab)により誘電体薄膜が酸窒化物の結晶を有するか否かを確認した。結果を表1に示す。
【0086】
【表1】
【0087】
表1および図1より、実施例1の誘電体薄膜は酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークを有し、比誘電率が良好であった。
【0088】
(比較例1)
成膜時の成膜速度を15nm/minとした点以外は実施例1と同様に実施した。結果を表1および図2に示す。
【0089】
表1および図2より、比較例1の誘電体薄膜は対称心を有さないことに起因するピークを有さず、比誘電率が良好ではなかった。
【0090】
(実施例2)
実施例1からRFスパッタ装置を用いたRFスパッタ法に成膜方法を変更した。成膜時に用いられるガスは、ArガスおよびN2ガスとした。Arガスの供給量は100mL/minとした。N2ガスの供給量は40mL/minとした。RFプラズマのパワーは100Wとした。RFスパッタ時の基板温度は700℃とした。成膜後のアニール処理は実施しなかった。その他の条件は実施例1と同様とした。結果を表1および図3に示す。
【0091】
(比較例2)
RFプラズマのパワーを200Wとした点以外は実施例2と同様に実施した。結果を表1に示す。
【0092】
(実施例3)
成膜用ターゲットとしてLa2Ti27のターゲットを準備してペロブスカイト型酸窒化物であるLaTiO2Nからなる誘電体薄膜を成膜した点以外は実施例2と同様に実施した。結果を表1に示す。
【0093】
(比較例3)
成膜時の基板温度を室温とした点以外は実施例3と同様に実施した。結果を表1に示す。
【0094】
表1より、各実施例は酸窒化物の結晶を有し、ラマンシフトが500cm-1以下である範囲内で酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークが検出されていることが確認された。そして、各実施例はラマンシフトが500cm-1以下である範囲内で酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークが検出されなかった各比較例と比較して良好な比誘電率を有していた。
【0095】
(実験例2)
(実施例4)
実験例2では、ペロブスカイト型酸窒化物であるSrTaO2Nからなる誘電体粉末を作製した。誘電体粉末を作製する際に固相反応法を用いた。
【0096】
誘電体粉末の原料粉末として、炭酸ストロンチウム(SrCO3)粉末および酸化タンタル(Ta25)粉末を準備した。Srの物質量とTaの物質量とがほぼ同量となるように秤量した。SrCO3粉末およびTa25粉末を混合して得られた混合粉末を加熱してSr2Ta27前駆体を得た。加熱温度は1200℃とした。また、加熱は10時間おきに混合粉末を粉砕しながら25時間、行った。加熱時の雰囲気は空気中とした。
【0097】
得られたSr2Ta27前駆体に対して窒化反応を行い、ペロブスカイト型酸窒化物であるSrTaO2Nからなる誘電体粉末を得た。窒化反応にはロータリーキルン炉を用いた。炉内にNH3を100mL/minで供給しながらSr2Ta27前駆体を加熱してSrTaO2Nからなる誘電体粉末を得た。加熱温度は1000℃とした。また、加熱は30時間おきに前駆体を粉砕しながら100時間、行った。
【0098】
得られた誘電体粉末をCIP成形することで、直径5.2mm×厚さ1.7mmの円柱状の成形物を得た。CIP成形時の圧力は150MPaとした。
【0099】
得られた成形物を焼成し、アニール処理することで、SrTaO2Nからなる焼結体を得た。焼成時の雰囲気は窒素分圧0.2MPaのN2雰囲気とした。焼成時の熱処理条件は1400℃で3時間とした。アニール処理はNH3を50mL/minで供給しながら1000℃で12時間、行った。
【0100】
得られた焼結体の相対密度を測定した。具体的には、焼結体の体積および質量から算出される実測密度を無機結晶構造データ(ICSD 95373)に記載された計算密度で割ることにより測定した。なお、SrTaO2Nの計算密度は7.99g/cm3であった。
【0101】
得られた焼結体に含まれる酸窒化物の比誘電率は対数混合則に基づいて算出した。具体的には、焼結体の比誘電率をε、焼結体に含まれる酸窒化物の比誘電率をε1、焼結体に含まれる酸窒化物の体積分率をV1、焼結体に含まれる空気の比誘電率をε2、焼結体に含まれる空気の体積分率をV2として、logε=V1logε1+V2logε2によりε1を算出した。焼結体の比誘電率εはLCRメータ Agilent E4980Aにより測定した。空気の比誘電率ε2は1とした。上記の方法により測定された焼結体の相対密度は60%であった。したがって、V1=0.60、V2=0.40であった。
【0102】
続いてレーザーラマン分光法によりラマンスペクトルを測定し、解析を行った。レーザーラマン分光法によるラマンスペクトルの測定は、実験例1と同様に実施した。そして、得られたチャートにおいて酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークの有無を確認した。具体的には、200cm-1の付近におけるピークの有無を確認した。結果を表2に示す。
【0103】
続いてXRD(リガク社製全自動水平型多目的X線回折装置SmartLab)により焼結体が酸窒化物の結晶を有するか否かを確認した。結果を表2に示す。
【0104】
【表2】
【0105】
表2より、実施例4は酸窒化物の結晶を有し、ラマンシフト500cm-1以下である範囲内で酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークが検出されていることが確認された。そして、実施例4の焼結体は良好な比誘電率を有していた。
【0106】
(実験例3)
実験例1の実施例2で得られた誘電体薄膜において、昇温in-situラマン測定により昇温ラマンスペクトルを測定した。
【0107】
昇温in-situラマン測定では、NRS-7100(日本分光)に付属の昇温用治具に誘電体薄膜をセットし、雰囲気は大気中だがガスは流さないクローズドの状態でラマンスペクトルを測定しながら温度を変化させた。具体的には、室温(R.T.)から昇温速度2℃/minで600℃まで昇温し、600℃で10分間維持した。その後、200℃/minで室温まで冷却した。
【0108】
昇温in-situラマン測定の結果を図4に示す。図4に示す測定結果は200cm-1未満であって、ピークのない波数、例えばピークとピークの谷間等で規格化した測定結果である。規格化用のソフトとしてスペクトルマネージャ(日本分光)を用いた。縦軸は昇温開始からの経過時間を表す。概ね5000秒が200℃、概ね15000秒が550℃に相当する。また、概ね17000秒で冷却が開始された。
【0109】
図4には、温度が400℃、500℃、600℃になった時点での経過時間を示す。さらに、降温開始した時点での経過時間を破線で示す。600℃になった時点から降温開始した時点までの間では、温度が600℃で維持された。
【0110】
図4に示すように、200cm-1の付近におけるピーク(図4のpeak A)の積分強度が概ね15000秒で減少した。すなわち、200cm-1の付近におけるピークが酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークであることが確認された。また、ラマンシフトが500cm-1以下の範囲内にあるピークのうち、200cm-1の付近におけるピーク以外の複数のピークの積分強度も加熱により減少した。すなわち、これらのピークも酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークであることが確認された。また、peak Aは、400℃でのピーク強度が室温でのピーク強度よりも20%低下した。
【0111】
また、200cm-1未満である部分の複数のピーク(特に図4のpart Bに含まれる複数のピーク)の積分強度は加熱により減少しなかった。これらのピークは酸窒化物の結晶が対称心を有さないことに起因するピークではないことが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7