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特開2024-9790酸化物誘電体シートおよびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024009790
(43)【公開日】2024-01-23
(54)【発明の名称】酸化物誘電体シートおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/853 20230101AFI20240116BHJP
   H10N 30/076 20230101ALI20240116BHJP
   H10N 30/082 20230101ALI20240116BHJP
   H10N 30/87 20230101ALI20240116BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/076
H10N30/082
H10N30/87
C23C14/06 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023113031
(22)【出願日】2023-07-10
(31)【優先権主張番号】P 2022111233
(32)【優先日】2022-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100184343
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100112911
【弁理士】
【氏名又は名称】中野 晴夫
(72)【発明者】
【氏名】片山 司
(72)【発明者】
【氏名】于 睿
(72)【発明者】
【氏名】ゴン 李治坤
(72)【発明者】
【氏名】太田 裕道
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA04
4K029AA24
4K029BA50
4K029BB02
4K029BB09
4K029CA01
4K029DA08
4K029DB20
4K029GA05
(57)【要約】
【課題】クラックが無く、良好な誘電体特性を有する大面積の酸化物誘電体シートおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】酸化物誘電体シートは、ペロブスカイトからなる誘電体膜と、アモルファス酸化物からなる酸化物保護膜とを含み、誘電体膜には、酸化物保護膜から圧縮歪が付加されている。酸化物誘電体シートの製造方法は、基板を準備する工程と、基板の上に、水溶性膜、ペロブスカイトからなる誘電体膜、およびアモルファス酸化物からなる酸化物保護膜からなるas-grown膜を堆積する工程と、as-grown膜を溶液中に浸漬して水溶性膜を溶かし、誘電体膜および酸化物保護膜からなる酸化物誘電体シートを基板から分離する工程とを含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペロブスカイトからなる誘電体膜と、
アモルファス酸化物からなる酸化物保護膜と、を含み、
誘電体膜には、酸化物保護膜から圧縮歪が付加されている酸化物誘電体シート。
【請求項2】
誘電体膜と、酸化物保護膜との間に、更に導電性の電極膜を含む請求項1に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項3】
誘電体膜は、Ba1-xSrTiO(0≦x≦0.5)からなる請求項1または2に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項4】
Ba1-xSrTiOは、c軸方向に伸張した請求項3に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項5】
酸化物保護膜は、アモルファスAlまたはアモルファスSiOからなる請求項1または2に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項6】
電極膜は、InTiOまたはRuOからなる請求項2に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項7】
誘電体膜の膜厚は、100nm~300nmである請求項1または2に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項8】
酸化物保護膜の膜厚は、10nm~1μmである請求項1または2に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項9】
酸化物保護膜の膜厚は、30nm~1μmである請求項8に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項10】
誘電体膜は、圧電定数が300~750pm/VのBaTiOである請求項3に記載の酸化物誘電体シート。
【請求項11】
基板を準備する工程と、
基板の上に、水溶性膜、ペロブスカイトからなる誘電体膜、およびアモルファス酸化物からなる酸化物保護膜からなるas-grown膜を堆積する工程と、
as-grown膜を溶液中に浸漬して水溶性膜を溶かし、誘電体膜および酸化物保護膜からなる酸化物誘電体シートを基板から分離する工程と、を含む酸化物誘電体シートの製造方法。
【請求項12】
誘電体膜と酸化物保護膜との間に、更に導電性の電極膜を堆積する工程を含み、
水溶性膜を溶かして、誘電体膜、電極膜および酸化物保護膜からなる酸化物誘電体シートを基板から分離する工程、を含む請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
水溶性膜の膜厚を調整することで、基板から分離した酸化物誘電体シートの形状を制御することを特徴とする請求項11または12に記載の製造方法。
【請求項14】
水溶性膜の膜厚を40nm~100nmの範囲内とすることで、基板から分離した酸化物誘電体シートを平坦にし、または、水溶性膜の膜厚を20nm~30nmの範囲内とすることで、基板から分離した酸化物誘電体シートをロール状にすることを特徴とする請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
水溶性膜は、SrAlからなる請求項11または12に記載の製造方法。
【請求項16】
誘電体膜は、Ba1-xSrTiO(0≦x≦0.5)からなる請求項11または12に記載の製造方法。
【請求項17】
酸化物保護膜は、アモルファスAlまたはアモルファスSiOからなる請求項11または12に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物誘電体シートおよびその製造方法に関し、特に、酸化物保護膜を備えた酸化物誘電体シートおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物誘電体は電子機器に必須の材料である。例えばスマートフォン1台について、500個以上の積層コンデンサ、電波の周波数を決める水晶振動子、手ブレ補正用の圧電ジャイロ素子、フィルタ素子、GPS用アンテナ素子等に酸化物誘電体が使用されている。このような酸化物誘電体では、通常3.7Vの電位の印加で大きな電荷・構造の変調が求められる。このため酸化物誘電体は薄膜状に加工され、上下に電極をつけることで大きな電界が印加できる構造となっている。また、更なる省エネルギーで高性能な酸化物誘電体の開発には、より結晶性の高い薄膜を、より安価に作製する方法が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Ultraflexible and Malleable Fe/BaTiO3 Multiferroic Heterostructures for Functional Devices:https://doi.org/10.1002/adfm.202009376
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
薄膜状の酸化物誘電体膜を作製する方法として、水溶性膜を利用して単結晶の酸化物誘電体膜を得る方法が提案されている。この方法では、単結晶基板上に水溶性膜と酸化物誘電体膜を順次エピタキシャル成長してヘテロ構造を作製した後に、水溶性膜を純水に溶かすことで、単結晶基板から酸化物誘電体膜を分離することで酸化物誘電体膜を得る。しかし、この方法で作製した酸化物誘電体膜にはクラックが生じやすく、良好な誘電体特性を有する大面積の酸化物誘電体膜が得られないという問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、クラックが無く、良好な誘電体特性を有する大面積の酸化物誘電体シートおよびその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一の態様は、
ペロブスカイトからなる誘電体膜と、
アモルファス酸化物からなる酸化物保護膜と、を含み、
誘電体膜には、酸化物保護膜から圧縮歪が付加されている酸化物誘電体シートである。
【0007】
一の態様において、
誘電体膜と、酸化物保護膜との間に、更に導電性の電極膜を含んでも良い。
【0008】
本開示の他の態様は、
基板を準備する工程と、
基板の上に、水溶性膜、ペロブスカイトからなる誘電体膜、およびアモルファス酸化物からなる酸化物保護膜からなるas-grown膜を堆積する工程と、
as-grown膜を溶液中に浸漬して水溶性膜を溶かし、誘電体膜および酸化物保護膜からなる酸化物誘電体シートを基板から分離する工程と、を含む酸化物誘電体シートの製造方法である。
【0009】
他の態様において、
誘電体膜と酸化物保護膜との間に、更に導電性の電極膜を堆積する工程を含み、
水溶性膜を溶かして、誘電体膜、電極膜および酸化物保護膜からなる酸化物誘電体シートを基板から分離する工程、を含んでも良い。
【発明の効果】
【0010】
本発明にかかる酸化物誘電体シートでは、高誘電率、低誘電損失で、かつ高い分極反転を示し、かつクラックの無い大面積の酸化物誘電体シートの提供が可能となる。
【0011】
また、本発明にかかる酸化物誘電体シートの製造方法では、基板の再利用が可能となり、安価な酸化物誘電体シートの提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施の形態にかかる酸化物誘電体シートの製造方法を示す。
図2】as-grown膜を純水に浸漬し、水溶性膜を溶かして酸化物誘電体シートを得る工程の一例を示す概略図である。
図3】純水に浸漬して60分、120分経過後のas-grown膜を、酸化物保護膜側から見た場合の表面写真を示す。
図4】水溶性膜の膜厚を変えた場合の、剥離後の酸化物誘電体シートの表面写真を示す。
図5】酸化物誘電体シートに力を加えることにより酸化物誘電体シート形状変化を示す写真を示す。
図6】(a)剥離前および(b)剥離後における酸化物誘電体シート(Ba0.75Sr0.25TiO)の面直X線回折(XRD)パターンを示す。
図7】単結晶基板から剥離後の酸化物誘電体シート(Ba0.75Sr0.25TiO)の表面写真を示す。
図8】比較例にかかる誘電体膜の製造方法を示す。
図9】比較例にかかる誘電体膜の単結晶基板から剥離後の表面写真を示す。
図10】酸化物誘電体シート(Ba0.75Sr0.25TiO)の強誘電ヒステリシスループを示す。
図11】酸化物誘電体シート(Ba0.75Sr0.25TiO)の比誘電率および誘電損失の周波数依存性を示す。
図12】酸化物誘電体シート(Ba0.75Sr0.25TiO)への印加電圧を変化させた場合の誘電率の変化を示す。
図13】酸化物誘電体シート(Ba0.75Sr0.25TiO)への印加電圧を変化させた場合の誘電損失の変化を示す。
図14】(a)剥離前および(b)剥離後における酸化物誘電体シート(Ba0.5Sr0.5TiO)の面直X線回折(XRD)パターンを示す。
図15】単結晶基板から剥離後の酸化物誘電体シート(Ba0.5Sr0.5TiO)の表面写真を示す。
図16】酸化物誘電体シート(Ba0.5Sr0.5TiO)への印加電圧を変化させた場合の誘電率の変化を示す。
図17】(a)剥離前および(b)剥離後における酸化物誘電体シート(BaTiO)の面直X線回折(XRD)パターンを示す。
図18】単結晶基板から剥離後の酸化物誘電体シート(BaTiO)の表面写真を示す。
図19】酸化物誘電体シート(BaTiO)の強誘電ヒステリシスループを示す。
図20】酸化物誘電体シート(BaTiO)の変位の電場依存性を示す。
図21】a-Al酸化物保護膜の膜厚を変えた場合の、剥離後の酸化物誘電体シート(BaTiO)の表面写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、本発明の実施の形態にかかる酸化物誘電体シート100の製造方法の各工程を示す。
【0014】
図1(a)に示すように、最初にSrTiO(001)の単結晶基板1を準備する。続いてパルスレーザー堆積法(PLD)を用いて、単結晶基板1の上に、SrAlからなる水溶性膜2をエピタキシャル成長する。基板温度は、例えば700℃~800℃である。水溶性膜2の膜厚は、例えば10nm~40nmである。
【0015】
続いて、同じくパルスレーザー堆積法(PLD)を用いて、水溶性膜2の上に、誘電体膜3をエピタキシャル成長する。基板温度は、例えば700℃~800℃である。誘電体膜3は、Ba1-xSrTiOからなり、x=0、0.25、0.50の3種類とする。膜厚は、例えば100nm~300nmである。
【0016】
続いて、誘電体膜3の上に、電極膜4を室温で堆積する。電極膜4は、a-ITO(Indium Tin Oxide)からなる。膜厚は、例えば50nm~100nmである。電極膜4は、結晶化(c-ITO)、RuOであってもよい。
【0017】
最後に、電極膜4の上に、酸化物保護膜5を室温で堆積する。酸化物保護膜5は、a-Alからなり、膜厚は、例えば30nm~1μmである。酸化物保護膜5は、a-SiOであってもよい。
【0018】
以上の工程で、単結晶基板1の上に、水溶性膜2、誘電体膜3、電極膜4、および酸化物保護膜5が積層されたas-grown膜10が形成される。
【0019】
最後に、as-grown膜10を純水中に浸漬することで、水溶性膜2を溶かす。これにより、誘電体膜3、電極膜4、および酸化物保護膜5の積層体が単結晶基板1から剥離され、図1(b)に示すような酸化物誘電体シート100を得ることができる。一方、単結晶基板1は再利用が可能である。
【0020】
単結晶基板1から剥離した酸化物誘電体シート100は、PET基板上に転写してもよい。剥離、転写工程では高温に加熱する必要がないため、PET基板のような耐熱温度の低い基板への転写も可能となる。
【0021】
図2は、積層形成したas-grown膜10を純水に浸漬し、水溶性膜2を溶かして酸化物誘電体シート100を得る工程の一例を示す概略図である。具体的には、SrTiO(001)単結晶基板1の上に、20nmまたは50nmのSrAl水溶性膜2、300nmのBaTiO誘電体膜3、100nmのa-ITO電極膜4、100nmのa-Al酸化物保護膜5を順次積層した後に、純水に浸漬して水溶性膜2を溶かして除去する。
【0022】
図2(a)は、純水に浸漬する前のas-grown膜10の概略図であり、SrTiO(001)単結晶基板1の上に、エピタキシャル成長させたSrAl水溶性膜2およびBa1-xSrTiO誘電体膜3が、単結晶基板1に疑似格子整合しながら形成されている。なお、図2(a)中に、SrAl水溶性膜2およびBaTiO誘電体膜3の結晶格子構造を併記する。
【0023】
図2(b)は、純水に浸漬して水溶性膜2を除去した後の酸化物誘電体シート100の概略図であり、水溶性膜2の膜厚を調整することで、剥離後の酸化物誘電体シート100の形状を、平坦なシート(左図)やロール状(右図)に制御できることが分かる。
【0024】
図3は、純水に浸漬した後、60分、120分経過後のas-grown膜10を、酸化物保護膜5側から見た場合の表面写真であり、時間の経過と共に剥離面積が大きくなっている。
【0025】
図4(a)は、水溶性膜2の膜厚を厚くした場合(50nm)の剥離後の酸化物誘電体シート100の表面写真であり、図4(b)は、水溶性膜2の膜厚を薄くした場合(20nm)の剥離後の酸化物誘電体シート100の表面写真および側面写真である。図4から分かるように、水溶性膜2の膜厚が厚い場合は、剥離後の酸化物誘電体シート100の形状は平坦になり、図2(b)の左図のようになる。一方、水溶性膜2の膜厚が薄い場合は、剥離後の酸化物誘電体シート100の形状はロール状に変形し、図2(b)の右図のようになる。
【0026】
これまでの実験では、水溶性膜2の膜厚を40nm~100nmとした場合に、酸化物誘電体シート100は平坦になり、一方、水溶性膜2の膜厚を20nm~30nmとした場合に、酸化物誘電体シート100はロール状になった。その間の膜厚では、酸化物誘電体シート100が湾曲し、例えば不完全なロール状となった。
【0027】
このように、水溶性膜2の膜厚により酸化物誘電体シート100の形状(反り量)を制御できる理由は以下のように考えられる。即ち、水溶性膜2の膜厚を40nm~100nmと厚くした場合、SrTiO(001)単結晶基板1とBaTiO誘電体膜3との間の格子不整合が、膜厚の厚い水溶性膜2中で緩和される。このため、BaTiO誘電体膜3は、SrTiO(001)単結晶基板1の結晶構造の影響は受けず、または殆ど受けず、BaTiO誘電体膜3本来の結晶構造で形成される。このため、水溶性膜2を除去しても、BaTiO誘電体膜3には応力は発生せず、酸化物誘電体シート100は湾曲することなく平坦な形状となる。
【0028】
これに対して、水溶性膜2の膜厚を20nm~30nmと薄くした場合、SrTiO(001)単結晶基板1とBaTiO誘電体膜3との間の格子不整合が、水溶性膜2中で完全には緩和されない。このため、BaTiO誘電体膜3は、SrTiO(001)単結晶基板1の結晶構造の影響は受け、a軸方向(界面方向)に圧縮方向に歪みを受けた状態で形成される。このため、水溶性膜2を除去すると、BaTiO誘電体膜3に加わる圧縮歪みも除去され、BaTiO誘電体膜3は拡張し、一方で酸化物保護膜5は拡張しないため、酸化物誘電体シート100はBaTiO誘電体膜3が外側になるように湾曲してロール状になる。
【0029】
図5は、酸化物誘電体シート100に力を加えることにより形状変化を示す写真であり、ガラス基板上に載せたロール状のシートを、長手方向に見た場合の写真である。図5(a)に、各写真に対応する酸化物誘電体シート100の形状の概略図を示す。
【0030】
図5の(b)はロール状シート(Rolled sheet)であり、上方から力を加えると、(c)断面が楕円形状に可逆的に変形する。(d)に示すようにさらに大きな力を加えると、力を除去しても形状は変形したままで、(e)ハーフロール状シート(Half-rolled sheet)となる。
【0031】
ハーフロール状シートは、(f)に示すように、さらに上方から力を加えた場合、可逆的に変形する。また、(g)シートを延ばす方向に(左から右に)力を加えることで、(h)折り畳み状シート(Folded sheet)に変形する。
【0032】
(i)に示すように、折り畳み状シートとガラスとの間に純水を入れて、(j)両者の間を純水で濡らすことで、純水の表面張力により、(k)に示すようにガラスの上に延ばして平坦なシートとすることができる。
【0033】
このように、水溶性膜2の膜厚を調整して作製したロール状の酸化物誘電体シート100は、力学的な力を加えることで、例えばハーフロール状シート、折り畳み状シート、平坦シートのような形状に変形させることができる。
【0034】
次に、作製した酸化物誘電体シート100の特性について説明する。誘電体膜3は、Ba1-xSrTiOからなり、[1]x=0.25、[2]x=0.50、[3]x=0の3種類について評価する。電極膜4はa-ITO([1]、[2])または結晶化ITO([3])、酸化物保護膜5はa-Alとした。
【0035】
[1]Ba0.75Sr0.25TiO(x=0.25の場合)
図6において、(a)は、酸化物誘電体シート100を単結晶基板1から剥離する前のas-grown膜10の面直X線回折(XRD)パターンであり、(b)は、単結晶基板1から剥離後の酸化物誘電体シート100のXRDパターンである。
【0036】
(a)剥離前、(b)剥離後の双方において、ペロブスカイト由来の001、002、003の回折ピークが観測され、剥離後においても酸化物誘電体シート100が非常に高い配向性を維持していることがわかる。
【0037】
図7は、単結晶基板1から剥離後の酸化物誘電体シート100の表面写真である。表面写真中で、色の濃い部分が酸化物誘電体シート100であり、10mm×10mmの大きさでクラックの無い酸化物誘電体シート100が得られている。なお、ここではパルスレーザー堆積に用いた成膜装置の仕様により、酸化物誘電体シート100の大きさは10mm×10mmとなったが、他の成膜装置を用いることにより、より大面積でクラックのない酸化物誘電体シート100の作製が可能となる。
【0038】
図8は、比較例として、SrTiO(001)の単結晶基板1の上に、SrAlからなる水溶性膜2、Ba0.75Sr0.25TiO(x=0.25)からなる誘電体膜3を順次エピタキシャル成長した後((a)参照)に、酸化物保護膜5は形成せずに、純水に浸漬して水溶性膜2を溶かして誘電体膜3を得たものである((b)参照)。
【0039】
図9は、図8(b)で得られた誘電体膜3の表面の表面写真である。無数の小さなクラックが観察され、クラックの無い誘電体膜3はせいぜい10μm×10μm程度となり、コンデンサ等の誘電体膜として使用できないことがわかる。これは、剥離工程の前後で、誘電体膜3の格子定数が大きく変化したことに起因すると考えられる。
【0040】
即ち、比較例では、SrAlの水溶性膜2の上にエピタキシャル成長させたBa0.75Sr0.25TiOの誘電体膜3は、水溶性膜2から受ける圧縮歪により、c軸方向(水溶性膜2と誘電体膜3との界面に垂直な方向)に伸張し、a軸方向(水溶性膜2と誘電体膜3との界面方向)には圧縮される。水溶性膜2を溶解して除去すると、水溶性膜2から誘電体膜3が受けていた圧縮歪が取り除かれ、誘電体膜3は、c軸方向に収縮し、a軸方向に延びる。この格子定数の変化に起因して誘電体膜3にクラックが入る。
【0041】
これに対して、本発明の実施の形態にかかる酸化物誘電体シート100では、水溶性膜2を除去した後も、誘電体膜3の上に酸化物保護膜5が存在し、水溶性膜2から誘電体膜3が受けていた圧縮歪が取り除かれても、酸化物保護膜5により圧縮歪が所定量維持される。このため、水溶性膜2を除去しても誘電体膜3中で大きな格子定数の変化は起こらず、クラックの発生も防止される。
【0042】
このように、本発明の実施の形態にかかる酸化物誘電体シート100では、酸化物保護膜5を有することで、剥離工程の前後での誘電体膜3の格子定数の変化を抑制し、コンデンサ等に適用するのに十分な面積でクラックの発生が無い酸化物誘電体シート100を得ることができる。
【0043】
図10は、酸化物誘電体シート100の強誘電ヒステリシスループを示し、横軸は印加電圧、縦軸は電気分極である。酸化物誘電体シート100誘電体特性の評価は、直径100μmの白金電極を誘電体膜3の上下に形成して行った([2]、[3]においても同じ)。図10から、酸化物誘電体シート100は明瞭な分極反転を示し、印加電圧0においても誘電分極が起きていることが分かる。残留分極は25μC/cmと、単結晶基板上に作製した場合と同程度である。
【0044】
図11は、酸化物誘電体シート100の、室温における、比誘電率(上側)および誘電損失(下側)の周波数依存性を示す。横軸は、印加する周波数、縦軸は、左側が比誘電率ε、右側が誘電損失tanδである。
【0045】
比誘電率のグラフ(図11の上側)から分かるように、全周波数帯域で比誘電率は1000を超える高い値が得られており、コンデンサに使用した場合に高い蓄電率が得られることがわかる。また、誘電損失のグラフ(図11の下側)から分かるように、誘電損失は0.008程度と非常に低い値となっており、誘電体材料として好ましいことがわかる。
【0046】
図12は、酸化物誘電体シート100への印加電圧を変化させた場合の誘電率の変化(tunability)を表し、図13は、酸化物誘電体シート100への印加電圧を変化させた場合の誘電損失の変化を示す。図12に示すように、印加電圧0の場合に比べて、電圧を印加することにより、誘電率を2.5倍程度変化させることができる。一方で、図13から、このように印加電圧を変化させた場合の誘電損失は、0.04~0.05と低い値に保たれていることが分かる。
【0047】
このように、本発明にかかる酸化物誘電体シート100では、印加電圧を変化させることで、誘電損失を低く抑えながら、誘電率を大きく変えることが可能となる。
【0048】
[2]Ba0.5Sr0.5TiO(x=0.50の場合)
図14において、(a)は、酸化物誘電体シート100を単結晶基板1から剥離する前のas-grown膜10のXRDパターンであり、(b)は、単結晶基板1から剥離後の酸化物誘電体シート100のXRDパターンである。
【0049】
(a)剥離前、(b)剥離後の双方において、ペロブスカイト由来の001、002、003の回折ピークが観測され、剥離後においても酸化物誘電体シート100が非常に高い配向性を維持していることがわかる。
【0050】
図15は、単結晶基板1から剥離後の、酸化物誘電体シート100の表面写真である。表面写真中で、色の濃い部分が酸化物誘電体シート100であり、比較的大きな面積でクラックのない酸化物誘電体シート100が得られている。
【0051】
図16は、酸化物誘電体シート100への印加電圧を変化させた場合の誘電率の変化(tunability)を示す。印加電圧0の場合に比べて、電圧を印加することにより、誘電率を3.5倍程度変化させることができる。
【0052】
[3]BaTiO(x=0の場合)
図17において、(a)は、酸化物誘電体シート100を単結晶基板1から剥離する前のas-grown膜10のXRDパターンであり、(b)は、単結晶基板1から剥離後の酸化物誘電体シート100のXRDパターンである。
【0053】
(a)剥離前、(b)剥離後の双方において、ペロブスカイト由来の001、002回折ピークが観測され、剥離後においても酸化物誘電体シート100が非常に高い配向性が維持されていることが分かる。
【0054】
図18は、単結晶基板1から剥離後の、酸化物誘電体シート100の表面写真である。表面写真中で、色の濃い部分が酸化物誘電体シート100であり、一部にしわが見られるものの、比較的大きな面積でクラックのない酸化物誘電体シート100が得られている。
【0055】
図19は、酸化物誘電体シート100の強誘電ヒステリシスループであり、横軸は印加電圧、縦軸は電気分極である。酸化物誘電体シート100は明瞭な強誘電反転を示し、印加電圧0においても誘電分極が起きていることが分かる。
【0056】
図20は、酸化物誘電体シート100の変位の電場依存性であり、横軸はBaTiO誘電体膜3の膜厚方向に印加される電場、縦軸は変位量であり、変異量は、例えばレーザドップラ振動計で測定する。
【0057】
図20から求めた圧電定数d33は、300~750pm/Vとなり、従来に比較して2倍程度の優れた圧電特性が得られる。
【0058】
図21は、SrTiO(001)単結晶基板1の上に、20nmのSrAl水溶性膜2、300nmのBaTiO誘電体膜3、100nmのa-ITO電極膜4を順次形成し、その上に(a)膜厚0nm、(b)10nm、(c)100nm、および(d)1000nmのa-Al酸化物保護膜5を形成し、水溶性膜2を溶かして除去した後の酸化物誘電体シート100の表面写真である。
【0059】
酸化物保護膜5の膜厚が0nm、即ち酸化物保護膜5が無い場合(a)は、全体に渡って微小なクラックが発生したが、酸化物保護膜5の膜厚が(b)10nm~(d)1000nmの範囲で、面積が1mm以上の、クラックの無い領域が得られた。
【0060】
このように、a-Al等の酸化物保護膜5を形成することにより、酸化物誘電体シート100のクラックの発生を抑制することができる。
【0061】
[1]~[3]の結果より、Ba1-xSrTiO(0≦x≦0.5)からなる誘電体膜3、a-ITOからなる電極膜4、およびa-Alからなる酸化物保護膜5の3層構造からなる酸化物誘電体シート100では、単結晶基板1から剥離後においても高いペルブスカイの配向性を維持すると共に、例えば10mm×10mmのような大面積の酸化物誘電体シート100をクラック無しに形成できることがわかる。
【0062】
また、このような酸化物誘電体シート100では、強誘電性を示す強誘電ヒステリシスループが得られ、印加電圧0においても誘電分極が見られ、酸化物誘電体シート100がコンデンサ等の強誘電体材料に適していることがわかる。
【0063】
さらに、酸化物誘電体シート100では、印加電圧を変化させることで、誘電損失を低く保持したままで、誘電率を大きく変えることができることがわかる。また、変位の電場依存性がみられ、電場を変えることで、酸化物誘電体シート100の形状をコントロールすることも考えられる。
【0064】
このように、本発明の実施の形態にかかる酸化物誘電体シート100では、酸化物誘電体シート100が酸化物保護膜5を有することで、剥離工程の前後において誘電体膜3の格子定数の変化を抑制し、誘電体膜3の配向性を維持することができる。この結果、高誘電率、低誘電損失で、かつ高い分極反転を示し、かつクラックの無い大面積の酸化物誘電体シートの提供が可能となる。
【0065】
また、本発明の実施の形態にかかる酸化物誘電体シート100の製造方法では、基板の再利用が可能となり、酸化物誘電体シート100を安価に提供することが可能となる。
【0066】
なお、[1]~[3]では、電極膜4としてa-ITOまたは結晶化ITOを用いたが、RuOを用いても同様の結果が得られる。また、電極膜4を形成せずに、誘電体膜3の上に直接酸化物保護膜5を作製しても構わない。
【0067】
[1]~[3]では、酸化物保護膜5としてa-Alを用いたが、a-SiOを用いても同様の結果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明にかかる酸化物誘電体シートは、積層コンデンサ、水晶振動子、圧電ジャイロ、圧電フィルタ、強誘電記憶素子等への適用が可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 単結晶基板
2 水溶性膜
3 誘電体膜
4 電極膜
5 酸化物保護膜
10 as-grown膜
100 酸化物誘電体シート
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図15
図16
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図20
図21