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  • 特開-ノカルジア症用ワクチン 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098785
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】ノカルジア症用ワクチン
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/74 20150101AFI20240717BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20240717BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
A61K35/74 A
A61P31/04
A61P31/04 171
A61P37/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002497
(22)【出願日】2023-01-11
(71)【出願人】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 豪司
(72)【発明者】
【氏名】富山 貴文
【テーマコード(参考)】
4C087
【Fターム(参考)】
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BC16
4C087NA14
4C087ZB09
4C087ZB35
(57)【要約】
【課題】本発明の目的は、ノカルジア症に対する有効なワクチンを提供することである。
【解決手段】前記課題は、本発明の増殖能を有さない光子線照射ノカルジア菌を有効成分として含む、ノカルジア症用ワクチンによって解決することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
増殖能を有さない光子線照射ノカルジア菌を有効成分として含む、ノカルジア症用ワクチン。
【請求項2】
請求項1に記載のノカルジア症用ワクチンを魚に投与する工程を含む、魚類のノカルジア症の予防又は治療方法。
【請求項3】
ノカルジア菌に光子線を照射する工程を含む、ノカルジア症用ワクチンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノカルジア症用ワクチンに関する。本発明によれば、魚類のノカルジア症を効果的に予防又は治療することができる。
【背景技術】
【0002】
魚類で発生するノカルジア症は、国内の養殖で最も被害額の大きな感染症の一つである(特許文献1~2、非特許文献1~2)。原因菌であるノカルジアは宿主の細胞内で増殖するため、細胞内に浸透しにくい抗生物質及び合成抗菌剤によるノカルジア症の治療は困難である。ホルマリン不活化ワクチンは、抗体の産生を促進するが、抗体は細胞内に浸透しにくく、ノカルジア症には有効ではない。弱毒生ワクチンは細胞性免疫を誘導できるため、細胞内寄生性の細菌感染症に対して有効である。しかし、海上生簀で群管理する魚類養殖においては、弱毒菌株の水平伝播及び病原性の復帰が懸念されるため、弱毒生ワクチンは使用できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-171621号公報
【特許文献2】特開2013-184916号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「フィッシュ・アンド・シェルフィッシュ・イムノロジー(Fish & Shellfish Immunology)」(米国)2019年、第95巻、p357-367
【非特許文献2】「プロス・ワン(PLoS ONE)」(米国)2015年、第10巻、e0141577
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ノカルジア症に対する有効なワクチンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、ノカルジア症に対する有効なワクチンについて、鋭意研究した結果、驚くべきことに、ノカルジア菌に光子線を照射して得られた菌が、増殖能を有さないが、効果的にノカルジア症の発症を抑制することを見出した。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
従って、本発明は、
[1]増殖能を有さない光子線照射ノカルジア菌を有効成分として含む、ノカルジア症用ワクチン、
[2][1]に記載のノカルジア症用ワクチンを魚に投与する工程を含む、魚類のノカルジア症の予防又は治療方法、及び
[3]ノカルジア菌に光子線を照射する工程を含む、ノカルジア症用ワクチンの製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明のワクチンによれば、魚類のノカルジア症を効果的に予防することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】ガンマ線照射により得られたノカルジア症用ワクチンを小川培地で培養し、増殖能を調べた写真である。
図2】ガンマ線照射により得られたノカルジア症用ワクチンをギンブナに接種し、病原性の消失を確認したグラフである。
図3】ノカルジア症用ワクチン接種後の攻撃試験における累積死亡率を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔1〕ノカルジア症用ワクチン
本発明のノカルジア症用ワクチンは、増殖能を有さないガンマ線照射ノカルジア菌を有効成分として含む。
【0010】
《ノカルジア症》
魚類のノカルジア症は、ノカルジア菌の感染によって発症する疾患であり、致死に至ることもある。
例えば、ノカルジア・セリオラエ(Nocardia seriolae)は、ブリ、カンパチ、シマアジ、ヒラメ、イサキ、スズキ、ギンブナ、キンギョ、カワハギ、メナダ、ハコフグ、マアジ、又はトラフグなどに感染する。ノカルジア・セリオラエによるノカルジア症は、体表に小突起を形成し、内臓に結節を形成する結節型と、体表及び内臓に結節を形成せず、鰓のみに結節を形成する鰓結節型とが知られている。
【0011】
《ノカルジア菌》
本発明のノカルジア症用ワクチンに用いられるノカルジア菌は、ノカルジア症の発症を予防又は治療できる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えばノカルジア・セリオラエ、ノカルジア・アステロイデス又はノカルジア・サルモニシーダが挙げられる。これらのノカルジア菌は、抗原交叉性があるため、例えばノカルジア・セリオラエによるノカルジア症を、ノカルジア・アステロイデス又はノカルジア・サルモニシーダを用いてワクチンによって、予防又は治療することができる。また、ノカルジア・アステロイデスによるノカルジア症を、ノカルジア・セリオラエ、又はノカルジア・サルモニシーダを用いてワクチンによって、予防又は治療することができる。
【0012】
本発明のノカルジア症用ワクチンは、いわゆる光子線照射による不活化ワクチンである。本明細書において「増殖能を有さない」とは、ノカルジア菌がin vitroの培地、又は生体内で増殖しないことを意味する。in vitroの培地で増殖しないことは、実施例に示したように、例えば1%小川培地に、菌体を含む液体を播種し、コロニーが見られないことによって確認することができる。この場合、陽性コントロールとして、ガンマ線照射等の不活化処理をしていない菌体を1%小川培地に播種して、培養することが好ましい。一方、ワクチンとして用いるノカルジア菌は、増殖能は有さないが、一定期間、呼吸活性及び/又はエステラーゼ活性を有していることが好ましい。呼吸活性の維持期間は、ワクチンとして効果を示す限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば2日以上であり、ある態様では5日以上であり、ある態様では10日以上であり、ある態様では20日以上であり、ある態様では30日以上であり、ある態様では40日以上であり、ある態様では50日以上である。上限は増殖能を有さない限りにおいて、特に限定されるものではないが、1年以下であり、ある態様では6カ月以下である。エステラーゼ活性の維持期間も、ワクチンとして効果を示す限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば2日以上であり、ある態様では5日以上であり、ある態様では10日以上であり、ある態様では20日以上であり、ある態様では30日以上であり、ある態様では40日以上であり、ある態様では50日以上である。上限は増殖能を有さない限りにおいて、特に限定されるものではないが、1年以下であり、ある態様では6カ月以下である。
【0013】
《光子線照射》
本発明における光子線照射は、ノカルジア菌の増殖能を喪失させることができる限りにおいて、特に限定されるものではない。光子線としては、限定されるものではないが、ガンマ線又はX線が挙げられる。特に、光子線照射の照射量の下限は、ノカルジア菌の増殖能を喪失させることができる限りにおいて、限定されるものではない。例えば、ノカルジア菌が増殖中であれば、比較的低い光子線照射によってもDNAの破壊がおき、増殖能を失う。一方、ノカルジア菌が増殖していない場合は、DNAの破壊に比較的高い光子線照射が必要である。更に、ノカルジア菌の状態が悪い場合は、比較的低い光子線照射によっても、増殖能が喪失するが、ノカルジア菌の状態が良好な場合は、比較的高い光子線照射が必要である。当業者であれば、本明細書に記載を参考に、光子線照射の照射量を検討することができる。すなわち、どの程度の照射量でノカルジア菌の増殖能を喪失させることができるかを容易に確認することができる。
例えば、ガンマ線照射量の下限は、11kGy以上であり、ある態様では12kGy以上であり、ある態様では15kGy以上であり、ある態様では18kGy以上である。ガンマ線照射量の上限も、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば40kGy以下であり、ある態様では35kGy以下である。前記上限と下限とは、適宜組み合わせて、ガンマ線照射量の範囲とすることができる。
【0014】
《魚類》
本発明のワクチンが使用される魚類は、ノカルジア菌が感染し、ノカルジア症を発症する可能性のある魚類であれば特に限定されるものではないが、例えばブリ、カンパチ、シマアジ、ヒラメ、イサキ、スズキ、ギンブナ、キンギョ、カワハギ、メナダ、ハコフグ、マサバ、トラフグ、ネオンテトラ、ニジマス、カワマス、ギンザケ、ボラ、ラージマウスバス、ストライプトバス、アカネフエダイ、コトヒキ、マルコバン、クロホシマンジュウウダイ、ハタ、スリーストライプドタイガーフィッシュ、又はタイワンドジョウが挙げられる。
本発明のワクチンは、これらの魚類のノカルジア症を予防又は治療することができる。
【0015】
〔2〕魚類のノカルジア症の予防又は治療方法
本発明の魚類のノカルジア症の予防又は治療方法は、本発明のノカルジア症用ワクチンを魚に投与する工程を含む。
本発明の予防又は治療方法が適用されるノカルジア症は、魚類のノカルジア症である限りにおいて限定されるものではないが、例えばノカルジア・セリオラエ、ノカルジア・アステロイデス又はノカルジア・サルモニシーダによるノカルジア症が挙げられる。
【0016】
本発明の予防又は治療方法を適応することができる魚類としては、ノカルジア菌が感染し、ノカルジア症を発症する可能性のある魚類であれば特に限定されるものではないが、例えばブリ、カンパチ、シマアジ、ヒラメ、イサキ、スズキ、ギンブナ、キンギョ、カワハギ、メナダ、ハコフグ、マアジ、トラフグ、ネオンテトラ、ニジマス、カワマスギンザケ、ボラ、ラージマウスバス、ストライプトバス、アカネフエダイ、コトヒキ、マルコバン、クロホシマンジュウウダイ、ハタ、スリーストライプドタイガーフィッシュ、又はタイワンドジョウが挙げられる。
【0017】
ノカルジア症用ワクチンの接種法(投与法)は、例えば、経口投与、筋肉内注射、腹腔内注射、及び液浸が挙げられるが、好ましくは腹腔内注射又は筋肉内注射である。投与量は、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば、下限は1×10CFU/fish以上であり、ある態様では5×10CFU/fish以上であり、ある態様では1×10CFU/fish以上であり、ある態様では5×10CFU/fish以上である。上限は、例えば1×1010CFU/fish以下であり、ある態様では5×10CFU/fish以下であり、ある態様では1×10CFU/fish以下であり、ある態様では5×10CFU/fish以下である。前記下限と上限とは、任意に組み合わせて、投与量の範囲とすることができる。また、ノカルジア症用ワクチンは、ガンマ線等の照射により、増殖能を喪失し、コロニーを形成しない。従って「CFU(コロニーフォーミングユニット)」は、ガンマ線照射前のノカルジア菌のCFUに換算した値を意味する。
【0018】
本発明のノカルジア症用ワクチンは、そのまま投与してもよいが、アジュバントと混合して投与してもよい。アジュバントは、免疫系を刺激して抗原に対する免疫反応を高めるものであり、主にワクチンに補助剤として添加される。代表的なアジュバントとしては、例えば、アルミニウム化合物、ポリヌクレオチド又は細菌の菌体成分などが知られている。
【0019】
〔3〕ノカルジア症用ワクチンの製造方法
ノカルジア症用ワクチンの製造方法は、ノカルジア・セリオラエ、ノカルジア・アステロイデス又はノカルジア・サルモニシーダにガンマ線を照射する工程を含む。
【0020】
前記ノカルジア症用ワクチンは、限定されるものではないが、ノカルジア・セリオラエ、ノカルジア・アステロイデス又はノカルジア・サルモニシーダに光子線(例えばガンマ線又はX線を照射することによって製造することができる。
ガンマ線の照射量は、ノカルジア菌の増殖能を喪失させることができる限りにおいて、特に限定されるものではないが、下限は、例えば11kGy以上であり、ある態様では12kGy以上であり、ある態様では15kGy以上であり、ある態様では18kGy以上である。上限は、例えば40kGy以下であり、ある態様では35kGy以下である。前記上限と下限とは、適宜組み合わせて、ガンマ線照射量の範囲とすることができる。
照射方法は、特に限定されないが、50mLのコニカルチューブにノカルジア菌を25mLの菌液(1.0×10CFU/mL程度)として入れて、常法に従って前記の照射量のガンマ線を照射することができる。
【0021】
《作用》
本発明のノカルジア症用ワクチンが、ブリ等に対するノカルジア症を抑制できるメカニズムは、詳細に解析されたわけではないが、以下のように推定される。しかしながら、本発明は以下の推定によって限定されるものではない。
本発明のノカルジア症用ワクチンは、ガンマ線照射等により、ノカルジア菌の遺伝子を破壊するが、ノカルジア菌のタンパク質には大きな影響を与えないと考えられる。従って、ノカルジア症用ワクチンをブリ等の魚類に投与すると、ガンマ線照射されてノカルジア菌は、細胞に侵入することによって、ブリ等の魚類に免疫反応を誘導すると考えられる。しかし、ノカルジア菌の遺伝子が損傷しているため、ノカルジア菌の増殖は起こらないと推定される。そして、ノカルジア菌が感染した場合は、ワクチンによって誘導された免疫により、感染防御が起きると考えられる。
【実施例0022】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0023】
《実施例1》
本実施例では、ガンマ線照射により、ノカルジア症用ワクチンを製造した。
1%小川培地で培養したN.seriolae(TUMSAT-NS001)をかきとり、BHI液体培地で菌湿重量12mg/mLとなるよう懸濁した。なお、この菌液は4.9×10CFU/mLであり、濁度はOD600=1.33であった。この菌液を50mLチューブに25mL分注し、株式会社コーガアイソトープにて、5、10、20、30kGyのγ線を照射した。また、同様に調整した菌液を121℃で15分間加熱滅菌したもの(HKC)を陰性対照、上記同様に調製し、不活化処理を行わなかった菌液を陽性対照とした。
まず、これらγ線不活化菌液を1%小川培地に植菌し25℃で14日間培養し、増殖能の有無を調べた。また、これら菌液にwater-soluble tetrazolium(WST)試薬を加え、3時間25℃でインキュベートした後、450nmにおける吸光度を測定し、各菌液の呼吸(NADPH)活性の変化を30日間観察した。さらに、carboxyfluorescein diacetate succinimidyl(CFDA)試薬を菌液に加えてフローサイトメトリーで測定し、各菌液のエステラーゼ活性の変化を75日間調べた。
培養試験の結果、5及び10kGy照射区ではコロニーが観察されたが、20及び30kGy照射区ではコロニーの生育は観察されなかった(図1)。γ線照射不活化した菌は照射6日後までは生菌と同様の呼吸活性を示し、少なくとも75日後までエステラーゼ活性を維持できることがわかった。
以上の結果から、γ線照射によりN.seriolaeの増殖能は失われるものの、代謝活性は維持されることが示された。また、20kGy及び30kGyのγ線照射不活化菌体は、N.seriolae攻撃に対してある程度の感染防御効果を有すると考えられた。
【0024】
前記不活化処理を行わなかった菌液(0kGY)及び20kGy、又は30kGyのγ線を照射した菌液、及びPBSを1.0×10CFU/fishとなるようにギンブナの腹腔内に注射投与し、28日間観察した。図2に示すように、未処理菌接種区(0kGy)でのみ死亡が認められたが、その他の試験区では28日後までに死亡はみられず、外観症状もみられなかった。
【0025】
《実施例2》
本実施例では、ノカルジア症用ワクチンを投与したギンブナにN.seriolaeを摂取し攻撃試験を行った。
実施例1で得られたγ線照射不活化菌液を1.0×10CFU/fishとなるようにギンブナの腹腔内に注射投与した。また、一般的な方法によりホルマリンで不活化した菌液(1.0×10CFU/fish)(FKC)も同様に投与した。30日間飼育後、生残魚にN.seriolaeの生菌を1.0×10CFU/fishとなるように腹腔内接種し、攻撃試験を行った。
攻撃試験における累積死亡率はPBS接種区で80%及びホルマリン不活化菌体接種区(FKC)では75%であったのに対し、20kGy接種区では15%及び30kGy接種区では35%となった。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明のノカルジア症用ワクチンは、魚類のノカルジア症の予防又は治療に用いることができる。
図1
図2
図3