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特開2024-98975繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法
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  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図1
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図2
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図3
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図4
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図5
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図6
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図7
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図8
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図9
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図10
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図11
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図12
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図13
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図14
  • 特開-繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法 図15
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024098975
(43)【公開日】2024-07-24
(54)【発明の名称】繊維状ケイ素/炭素複合電極材及び繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/38 20060101AFI20240717BHJP
   D01F 8/08 20060101ALI20240717BHJP
   D01F 9/22 20060101ALI20240717BHJP
   D04H 1/4242 20120101ALI20240717BHJP
   D04H 1/4382 20120101ALI20240717BHJP
   H01M 4/48 20100101ALI20240717BHJP
   H01M 4/58 20100101ALI20240717BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20240717BHJP
   H01G 11/30 20130101ALI20240717BHJP
   H01G 11/40 20130101ALI20240717BHJP
   C01B 33/18 20060101ALI20240717BHJP
【FI】
H01M4/38 Z
D01F8/08
D01F9/22
D04H1/4242
D04H1/4382
H01M4/48
H01M4/58
H01M4/36 C
H01G11/30
H01G11/40
C01B33/18 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024002362
(22)【出願日】2024-01-11
(31)【優先権主張番号】P 2023002546
(32)【優先日】2023-01-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2023058617
(32)【優先日】2023-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】山下 友義
【テーマコード(参考)】
4G072
4L037
4L041
4L047
5E078
5H050
【Fターム(参考)】
4G072AA25
4G072BB05
4G072DD04
4G072DD05
4G072DD06
4G072GG02
4G072HH01
4G072JJ47
4G072RR12
4G072TT01
4G072UU30
4L037CS02
4L037CS03
4L037PA55
4L037PA57
4L037PC05
4L037PS02
4L037UA04
4L037UA20
4L041AA02
4L041AA05
4L041BA02
4L041BA24
4L041BD20
4L041CA48
4L041CA49
4L041CA52
4L041CB01
4L041CB04
4L041DD01
4L047AA03
4L047AA29
4L047AB07
4L047AB09
4L047CC08
4L047CC16
5E078AA01
5E078AA02
5E078AB01
5E078BA14
5E078BA30
5E078BA31
5E078BA32
5E078BA62
5H050AA07
5H050AA08
5H050AA19
5H050BA16
5H050CA17
5H050CB01
5H050CB02
5H050CB11
5H050EA08
5H050FA16
5H050FA17
5H050FA18
5H050GA01
5H050GA02
5H050GA10
5H050HA04
5H050HA05
(57)【要約】
【課題】炭素繊維にケイ素を複合化した繊維状ケイ素/炭素複合電極材であって、Si粒子の脱落の問題がなく、Si含有層への電解質の侵入を抑制することができ、この結果、高容量で充放電サイクル特性に優れた二次電池又はキャパシターを実現し得る繊維状ケイ素/炭素複合電極材を提供する。
【解決手段】芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、該芯鞘構造の芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなる微粒子状ケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材であって、前記芯鞘構造を構成する鞘層を該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡(20万倍)で観察した際に空孔が存在しない領域が、前記芯部を囲うように連続的に存在している、繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、該芯鞘構造の芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなる微粒子状ケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材であって、
前記芯鞘構造を構成する鞘層を該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡観察で観察(20万倍)した際に、空孔が存在しない領域が前記芯部を囲うように連続的に存在している、繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項2】
前記芯鞘構造を構成する鞘層を該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡(20万倍)で観察した際に空孔が存在せず、かつ、最大径が10nm以上の微粒子状ケイ素含有物質が存在しない領域が、前記芯部を囲うように連続的に存在している、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項3】
前記芯部に多孔質構造を有する、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項4】
前記芯部に存在する、微粒子状ケイ素含有物質の分布、または、多孔質構造が、繊維軸に沿って配向して分布している、請求項3に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材
【請求項5】
前記多孔質構造が、前記微細孔が離散的に分布した海島状の多孔質構造である、請求項3に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項6】
前記空孔が存在しない領域の径方向における厚さが15nm~2000nmである、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項7】
前記ケイ素含有物質が、粒径10nm~1000nmのナノ微粒子である、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項8】
前記ケイ素含有物質が、SiOx(0≦X<2)で表されるケイ素若しくは酸化ケイ素、及び炭化ケイ素のいずれかを含む、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項9】
前記炭素繊維の繊維長さが100μm以上である、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項10】
前記炭素繊維の繊維径が、3μm~20μmである、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項11】
前記炭素繊維のアスペクト比が3以上である、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項12】
編布又は不織布の形態である、請求項1に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項13】
二次電池又はキャパシターの負極材である、請求項1~請求項12のいずれか1項に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【請求項14】
請求項13に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材を含む、二次電池又はキャパシター。
【請求項15】
断面同心円状の芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなるケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材を製造する方法であって、
少なくとも以下の工程1)~5)を芯鞘構造プレカーサーの製造工程として含むことを特徴とする繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
1)炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に、ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満の微粒子として分散したスラリーを製造する工程
2)該スラリーに該原料ポリマーを溶解させたドープ1を製造する工程
3)炭素繊維の原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に該原料ポリマーを溶解させたドープであって、前記ケイ素含有物質非含有のドープ2を製造する工程
4)断面同心円状芯鞘ノズルを用い、該ドープ1を該芯鞘ノズルの中心吐出口から、該ドープ2を該芯鞘ノズルの外周側吐出口から、それぞれ凝固浴中へ吐出させて凝固させることにより芯鞘構造線状体を得る工程
5)芯鞘構造線状体を洗浄して芯鞘構造湿熱糸を延伸し、キャビテーションを誘発させる工程
【請求項16】
断面同心円状の芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、該芯鞘構造の最内層である芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなるケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材を製造する方法であって、
少なくとも以下の工程1)~2)、4’)、5)を芯鞘構造プレカーサーの製造工程として含むことを特徴とする繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
1)炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に、ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満の微粒子として分散したスラリーを製造する工程
2)該スラリーに該原料ポリマーを溶解させたドープ1を製造する工程
4’)断面同心円状芯鞘ノズルを用い、該ドープ1を該芯鞘ノズルの中心吐出口から凝固浴中へ吐出させて凝固させることにより芯鞘構造線状体を得る工程
5)該芯鞘構造線状体を洗浄して芯鞘構造湿熱糸を延伸し、キャビテーションを誘発させる工程
【請求項17】
前記ドープ1が、凝固時の相分離構造を調整する調整ポリマー、及び/又は、離散的微粒子分散構造を形成するための助剤ポリマーを含む、請求項15又は請求項16に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
【請求項18】
前記スラリーの前記ケイ素含有物質濃度が1質量%~17質量%である、請求項15又は請求項16に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
【請求項19】
前記原料ポリマーが、アクリロニトリル系重合体である、請求項15又は請求項16に記載の繊維状ケイ素/炭素複合負極材の製造方法。
【請求項20】
前記調整ポリマーが、ポリジアセテート、ポリメチルメタクリレート、及びポリメチルアクリレートよりなる群から選ばれる1種又は2種以上であり、前記助剤ポリマーが架橋ポリマー微粒子である、請求項17に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次電池又はキャパシターの負極材として有用な繊維状ケイ素/炭素複合電極材と、この繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、非水系リチウム二次電池の負極材として、炭素材料に酸化ケイ素を複合化させたケイ素/炭素複合材料が多用されており、近年では、大容量化及び不可逆容量の低減等において有効であることから、ケイ素を含む炭素繊維が開発されるようになってきている。
例えば、特許文献1には、「繊維(その平均径が0.5μm~6.5μm、その平均長さが5μm~65μm)である炭素-珪素複合材(珪素含有量が20~96質量%)であって、前記炭素-珪素複合材はカーボンブラックと珪素粒子とを有してなり、樹脂熱分解物が、0.05~3μm(粒径)の珪素粒子の表面に、存在してなる炭素-珪素複合材。」が提案されている。
また、特許文献2には、下記の[要件1]~[要件4]、更に下記[要件5]が満足される炭素繊維が提案されている。
[要件1]
前記炭素繊維の直径:0.5~6.5μm
前記炭素繊維の長さ:5~65μm
(前記炭素繊維の直径)<(前記炭素繊維の長さ)
[要件2]
前記炭素繊維は「うねり」を有する。
[要件3]
前記炭素繊維は凸を有する。
前記凸の突出高さ:20~300nm
前記凸の数:炭素繊維1μm長(炭素繊維に沿っての長さ)当たり、3~25個
[要件4]
前記炭素繊維はカーボンブラックを有する。
[要件5]
前記炭素繊維はSi粒子を有する。
[前記Si粒子の質量]/[前記カーボンブラックの質量+前記Si粒子の質量]=20~94%
特許文献1,2のケイ素含有炭素繊維は、いずれもポリビニルアルコール、ケイ素粒子、カーボンブラック及び溶媒を含む分散液を調製し、これを遠心紡糸する工程を経て製造されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6283800号公報
【特許文献2】特許第6142332号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1,2で提案されているケイ素含有炭素繊維は、単層構造であるため、以下の(1),(2)の理由により炭素繊維の外周面から電解質が侵入し易く、電解質の侵入で劣化し易い問題がある。
(1) 紡糸によりSi微粒子が脱落する可能性が高く、Si粒子の脱落部が欠陥となり、そこから電解質が侵入し、劣化が進行する。
(2) Siの膨張収縮によっても、炭素繊維内部に空隙が形成され、欠陥が誘発され易く、充放電サイクルが増すごとに、加速的に電解質が侵入し、劣化が進行する。
更に、特許文献1,2のケイ素含有炭素繊維では、以下の(3),(4)の問題もある。
(3) 多孔質構造でないため、Siの膨張収縮時の応力の緩和ができず、膨張時の欠陥の形成や炭素繊維全体の膨張による炭素繊維の脱落、電極破壊が起きる可能性がある。
(4) 遠心紡糸では、比重分布ができ、Siの均一分散性、繊維形状の安定性が悪く、得られるケイ素含有炭素繊維の不均一性や品質のバラツキで、サイクル劣化等、電池性能を低下させる可能性がある。
【0005】
本発明は、上記従来技術の問題点を解決し、炭素繊維にケイ素を複合化した繊維状ケイ素/炭素複合電極材であって、Si粒子の脱落の問題がなく、Si含有層への電解質の侵入を抑制することができ、この結果、高容量で充放電サイクル特性に優れた二次電池又はキャパシターを実現し得る繊維状ケイ素/炭素複合電極材と、このような繊維状ケイ素/炭素複合電極材を安定に且つ高い生産性で製造し得る繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、炭素繊維を、芯鞘構造とし、芯部に、微粒子状ケイ素含有物質を含有させ、芯鞘構造を構成する鞘層に、該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡観察で観察(20万倍)した際に空孔が存在しない領域を、芯部を囲うように連続的に存在させることで、上記課題を解決することができること、また、このような繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、芯鞘ノズルを用いた凝固浴へのドープの押し出し工程を経て連続生産にて安定かつ効率的に製造することができることを見出した。
即ち、本発明は以下を要旨とする。
【0007】
[1] 芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、該芯鞘構造の芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなる微粒子状ケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材であって、
前記芯鞘構造を構成する鞘層を該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡観察で観察(20万倍)した際に、空孔が存在しない領域が前記芯部を囲うように連続的に存在している、繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0008】
[2] 前記芯鞘構造を構成する鞘層を該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡(20万倍)で観察した際に空孔が存在せず、かつ、最大径が10nm以上の微粒子状ケイ素含有物質が存在しない領域が、前記芯部を囲うように連続的に存在している、[1]に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0009】
[3] 前記芯部に多孔質構造を有する、[1]又は[2]に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0010】
[4] 前記芯部に存在する、微粒子状ケイ素含有物質の分布、または、多孔質構造が、繊維軸に沿って配向して分布している、[1]~[3]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0011】
[5] 前記多孔質構造が、前記微細孔が離散的に分布した海島状の多孔質構造である、[3]又は[4]に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0012】
[6] 前記空孔が存在しない領域の径方向における厚さが15nm~2000nmである、[1]~[5]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0013】
[7] 前記ケイ素含有物質が、粒径10nm~1000nmのナノ微粒子である、[1]~[6]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0014】
[8] 前記ケイ素含有物質が、SiOx(0≦X<2)で表されるケイ素若しくは酸化ケイ素、及び炭化ケイ素のいずれかを含む、[1]~[7]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0015】
[9] 前記炭素繊維の繊維長さが100μm以上である、[1]~[8]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0016】
[10] 前記炭素繊維の繊維径が、3μm~20μmである、[1]~[9]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0017】
[11] 前記炭素繊維のアスペクト比が3以上である、[1]~[10]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0018】
[12] 編布又は不織布の形態である、[1]~[11]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材。
【0019】
[13] 二次電池又はキャパシターの負極材である、[1]~[12]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材、並びに、二次電池又はキャパシター。
【0020】
[14] [13]に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材を含む、二次電池又はキャパシター。
【0021】
[15] 断面同心円状の芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなるケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材を製造する方法であって、
少なくとも以下の工程1)~5)を芯鞘構造プレカーサーの製造工程として含むことを特徴とする繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
1)炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に、ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満の微粒子として分散したスラリーを製造する工程
2)該スラリーに該原料ポリマーを溶解させたドープ1を製造する工程
3)炭素繊維の原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に該原料ポリマーを溶解させたドープであって、前記ケイ素含有物質非含有のドープ2を製造する工程
4)断面同心円状芯鞘ノズルを用い、該ドープ1を該芯鞘ノズルの中心吐出口から、該ドープ2を該芯鞘ノズルの外周側吐出口から、それぞれ凝固浴中へ吐出させて凝固させることにより芯鞘構造線状体を得る工程
5)芯鞘構造線状体を洗浄して芯鞘構造湿熱糸を延伸し、キャビテーションを誘発させる工程
【0022】
[16] 断面同心円状の芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、該芯鞘構造の最内層である芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなるケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材を製造する方法であって、
少なくとも以下の工程1)~2)、4’)、5)を芯鞘構造プレカーサーの製造工程として含むことを特徴とする繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
1)炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に、ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満の微粒子として分散したスラリーを製造する工程
2)該スラリーに該原料ポリマーを溶解させたドープ1を製造する工程
4’)断面同心円状芯鞘ノズルを用い、該ドープ1を該芯鞘ノズルの中心吐出口から凝固浴中へ吐出させて凝固させることにより芯鞘構造線状体を得る工程
5)該芯鞘構造線状体を洗浄して芯鞘構造湿熱糸を延伸し、キャビテーションを誘発させる工程
【0023】
[17] 前記ドープ1が、凝固時の相分離構造を調整する調整ポリマー、及び/又は、離散的微粒子分散構造を形成するための助剤ポリマーを含む、[15]又は[16]に記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
【0024】
[18] 前記スラリーの前記ケイ素含有物質濃度が1質量%~17質量%である、[15]~[17]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
【0025】
[19] 前記原料ポリマーが、アクリロニトリル系重合体である、[15]~[18]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
【0026】
[20] 前記調整ポリマーが、ポリジアセテート、ポリメチルメタクリレート、及びポリメチルアクリレートよりなる群から選ばれる1種又は2種以上であり、前記助剤ポリマーが架橋ポリマー微粒子である、[17]~[19]のいずれかに記載の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材によれば、芯鞘構造の鞘層において、芯部を囲うように連続して存在する、該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡観察(20万倍)で観察した際に空孔が存在しない領域で、微粒子状ケイ素含有物質を含有する芯部と電解質との接触を遮断し、SEI膜の増大に伴う不可逆容量の増大を抑制することができる。
また、前記芯部に多孔質構造を有することで、Liイオンの充放電における微粒子状ケイ素含有物質の膨張収縮に伴う炭素マトリックスへの応力を緩和することができ、良好なサイクル特性を確保することができる。
なお、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、炭素繊維よりなるため高導電性であり、かつケイ素含有物質を含有するため、高容量である。しかも、繊維状であることにより、繊維の側周面からのLiの吸蔵/放出効率に優れ、充放電特性に優れる。
加えて、繊維状であることにより、近年注目されているドライ電極や不織布自立電極にも容易に適用することができ、その繊維長さ等を調整することで、多様な電極材の寸法や形態にも自在に対応することができる。
【0028】
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法によれば、このような繊維状ケイ素/炭素複合電極材を、連続製造による高い生産性で低コストに製造することができ、しかも製品品質のバラツキを防止して安定生産を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の一実施形態に係る該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面の模式図である。
図2】本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の別の実施形態に係る該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面の模式図である。
図3】本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の別の実施形態に係る該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面の模式図である。
図4】本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の別の実施形態に係る該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面の模式図である。
図5】実施例1で製造した芯鞘構造プレカーサーの透過型蛍光顕微鏡写真である。
図6】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面のTEM写真(5万倍)である。
図7】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面の芯部を取り囲む鞘層の緻密領域の様子を示すTEM写真(20万倍)である。
図8】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面の中央部のTEM写真(20万倍)である。
図9】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に沿う断面における外周部付近のTEM写真(5万倍)である。
図10】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に沿う断面における中央部のTEM写真(5万倍)である。
図11】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に沿う断面における芯部を取り囲む鞘層の緻密領域の様子を示すTEM写真(20万倍)である。
図12】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面における中央部のTEM写真(20万倍)である。
図13】比較例1で製造したSi-NP単層CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面のTEM写真(5万倍)である。
図14】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材を用いた電池の初期充放電特性を示すグラフである。
図15】実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材を用いた電池と、比較例1で製造した鞘層を有しないSi-NP単層CF電極材を用いた電池の放電サイクル特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施することができる。
【0031】
[繊維状ケイ素/炭素複合電極材]
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、該芯鞘構造の芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなる微粒子状ケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材であって、前記芯鞘構造を構成する鞘層を該炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面を透過電子顕微鏡(20万倍)で観察した際に空孔が存在しない領域(以下、この領域を「緻密領域」と称す場合がある。)が、前記芯部を囲うように連続的に存在していることを特徴とする。
なお、本明細書において、炭素繊維、即ち、繊維状ケイ素/炭素複合電極材の繊維長さ方向に直交する断面(横断面)を単に「断面」と称し、炭素繊維の長さ方向に沿う断面を「縦断面」と称す。
【0032】
[芯鞘構造]
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の芯鞘構造については特に制限はなく、炭素繊維の長さ方向に沿う中心部の芯部と、この芯部を覆う鞘層とを有するものであればよい。
【0033】
図1図4に、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の芯鞘構造の具体的態様を示す。
図1に示す芯鞘構造は、芯部11を鞘層15が囲んでいるものであり、鞘層15は、芯部11を同心円状に連続して囲む緻密領域12とその表面側の最表領域13とを有する。
【0034】
図2に示す芯鞘構造は、図1の芯鞘構造において、鞘層15の芯部11との界面側に最内領域14を有するものである。
【0035】
図3に示す芯鞘構造は、鞘層15がすべて緻密領域12とされているものである。
【0036】
図4に示す芯鞘構造は、図4の芯鞘構造において、鞘層15の芯部11との界面側に最内領域14を有するものである。
【0037】
なお、図1~4は、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の芯鞘構造の断面を模式的に示すものであり、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の断面形状を限定するものではない。
即ち、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の断面形状は、図1~4に示すような円形に限らず、楕円形、ラグビーボール形、その他の異形形状であってもよい。
また、芯部と鞘層とは、必ずしも同心円状に存在する必要はないが、緻密領域は、断面において芯部を囲むように連続的に存在する必要がある。
また、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材において、鞘層の緻密領域、最内領域、最表領域は、図1~4に示されるように明確に界面が区別されるものではなく、これらの領域の界面には、両領域の特性を兼備する領域が存在する場合もある。
【0038】
<緻密領域>
鞘層の緻密領域12は、前述の通り、断面を透過電子顕微鏡(20万倍)で観察した際に空孔が存在しない領域である。
即ち、炭素繊維の断面を透過電子顕微鏡(20万倍)で観察した際の空孔の検出限界は通常直径10nm程度であるため、緻密領域とは、直径10nm以上の空孔が存在しない領域である。
【0039】
また、緻密領域は、10nm以上の微粒子状ケイ素含有物質が存在しない領域であることが好ましい。緻密領域に10nm以上の微粒子状ケイ素含有物質が存在しないことで、芯部の微粒子状ケイ素含有物質と電解質との接触を遮断する本発明の効果を十分に得ることができる。この理由としては、緻密領域に10nm以上の粒子状ケイ素含有物質が存在しなければ、充放電時の粒子の膨張収縮においてその絶対変位量が極めて小さいため、炭素マトリックスに欠陥を誘発する可能性が低く、製造過程で応力集中に伴うキャビテーション欠陥も誘発されにくいためであると考えられる。
ここで、緻密領域中に10nm以上の微粒子状ケイ素含有物質が含有されているかどうかは、透過電子顕微鏡(20万倍)及びエネルギー分散型X線分光法(EDS)により確認することができる。なお、本発明において微粒子状ケイ素含有物質は後述に説明する通りである。
【0040】
このような緻密領域は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、複合紡糸におけるケイ素含有物質を含有しない鞘層形成用のドープ2を乾湿式または湿式紡糸で凝固浴中(溶媒に少なくともある程度の水を混合した溶媒)に吐出することにより、外周部を急激に凝固させることで形成することができる。
【0041】
径方向における緻密領域12の厚さ(例えば、図1のd12の値)は、鞘層が緻密領域のみで構成されるか、或いは鞘層に緻密領域と最表領域及び/又は最内領域が存在するかによっても異なるが、15nm以上2000nm以下であることが好ましい。
緻密領域12の厚さが上記下限以上であれば、緻密領域12が存在することによる前述の効果を有効に得ることができる。緻密領域12の厚さは、50nm以上であることがより好ましく、80nm以上であることが更に好ましい。この厚さが大きいほど電解液の内部への侵入を抑制する効果が大きくなるため好ましい。
一方、緻密領域12の厚さの上限は、1000nm以下であることがより好ましく、500nm以下であることが更に好ましい。この値が小さいほど、芯部の体積が相対的に大きくなり、微粒子状ケイ素含有物質の含有量を確保できるため好ましい。
なお、緻密領域が存在することによる本発明の効果を有効に得る観点から、緻密領域の厚さは、緻密領域全体に亘ってほぼ同等であることが好ましい。ここで、厚さがほぼ同等とは、厚さの変動幅が±25%以内であることをさす。
【0042】
このような厚さの緻密領域12は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、ドープ1,2を吐出させる芯鞘ノズルとして、ドープ2を吐出させる吐出口の幅を調整することや、ドープ1に対するドープ2の吐出量を調整することや、ドープ2の原料ポリマーの濃度や、凝固浴内部の有機溶媒と水の混合比を適度に選定することにより、凝固速度を変え、凝固速度を調整して形成することができる。
ここで述べる芯鞘ノズルは、ノズル内の個々の吐出口が、略同心円状に構成されているものであり、ノズル内に該吐出口が1つ以上存在するものである。このことで、断面が同心円状の繊維状物を一度に繊維束(以下トウと呼ぶ)として製造することができる。その数が多いほど生産性は向上し、繊維束も大きくなる。
好ましい該吐出口の数は、100個以上、100000個以下である。該吐出口の数が上記下限以上であれば、生産性を大きく損なうことがない。該吐出口の数が上記上限以下であれば、トウが大きすぎて、紡糸、乾燥、焼成及び、巻き取りなどの紡糸以降の工程において大きな負荷がかかることがなく、またノズルの製造コストも抑えられる。
【0043】
<最内領域>
最内領域14は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、芯鞘ノズルから吐出されたドープ1とドープ2がその界面において混合されることにより形成される領域であり、透過電子顕微鏡(20万倍)で観察した際に空孔が存在する、或いは該空孔と該微粒子状ケイ素含有物質が存在する領域である。つまり、最内領域14は後述の芯部11と同様に多孔質構造を有していてもよい。
【0044】
多孔質構造を有する最内領域が存在すれば、該領域が膨張収縮の応力の緩和領域として機能し、微粒子状ケイ素含有物質の膨張に伴う炭素繊維の膨張破壊を抑制する効果が得られる。
【0045】
このような最内領域14の厚さ(例えば、図2のd14の値)は1000nm以下であることが好ましい。
最内領域14の厚さが上記上限以下であれば、鞘層に占める最内領域14の厚さを小さくして、緻密領域12による効果をより有効に得ることができる。
この観点から、最内領域14の厚さは1000nm以下であることが好しく、さらに500nm以下が更に好ましく、200nm以下が最も好ましい。
一方、上述の通り、最内領域14の存在により応力緩和が期待できるために、この観点から、該最内領域の厚さは50nm以上であることが好ましく、100nm以上であることが特に好ましい。
なお、最内領域は図1及び3に示されるように存在しなくてもよい。
このように最内領域の厚さを小さくするには、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、芯部に用いる原料ポリマーや調整ポリマーのドープ粘度を高めたり、調整ポリマーの分子量を大きくしたりするなど、それらの鞘層への凝固に至るまでの拡散距離を小さくすることや、また凝固速度を高めたり、及び/又は、離散的微粒子分散構造を形成するための助剤ポリマーの微粒子の大きさを必要以上に小さくしないことなどが挙げられる。
【0046】
上記最内領域は、芯部と鞘部の界面における言わば混合層であり、この層の大きさは、芯部における微粒子状ケイ素含有物質の量や、空隙の量に関するLiの吸蔵や放出に伴う、該微粒子の膨張収縮量とその応力緩和能力や、一方緻密領域の大きさも加味して補完的に設計する必要があり、また場合によっては、必ずしも必要な領域とは限らない。
【0047】
<最表領域>
最表領域13は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、工程5)で得られた芯鞘構造湿熱系の表面に油剤、特に、シリコン系油剤を塗布した場合、この油剤が、後述の工程6)の耐炎化工程または、工程7)の炭素化工程で若干内部に拡散、そして分解することで、分解生成物(残渣)としてのケイ素含有物質が生成すると共に、この油剤に起因して空孔が不規則に生成することで形成される領域である。なお、シリコン油剤を用いず、非シリコン油剤を使用すれば、上記ケイ素含有物質は生成しないが、空孔が生成する場合もある。
【0048】
このような最表領域13の厚さ(例えば、図1のd13の値)は200nm以下であることが好ましい。
最表領域13の厚さが上記上限以下であれば、鞘層に占める最表領域13の厚さを小さくして、緻密領域12による効果をより有効に得ることができる。
この観点から、最表領域13の厚さは100nm以下であることが好ましい。
なお、最表領域は図3及び4に示されるように存在しなくてもよい。
このように最表領域の厚さを小さくするには、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、内部拡散性の低い油剤を用いることや、油剤塗布後すぐに130~170℃で乾燥ロールにて油剤水分を即座に飛ばしながら繊維表面を融解して緻密化させるなどの手法(緻密化乾燥)を実施し、油剤の内部の浸透を抑制することが有効な手段として挙げられる。
【0049】
<鞘層の厚さ>
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の鞘層15の総厚(例えば、図1のd15)は20nm~2000nmであることが好ましい。
鞘層の厚さが上記下限以上であれば、鞘層を設けることによる前述の効果を有効に得ることができる。鞘層の厚さは、50nm以上であることがより好ましく、100nm以上であることが更に好ましい。この厚さが大きいほど電解液の内部への侵入を抑制する効果が大きくなるため好ましい。
一方、鞘層の厚さの上限は、1000nm以下であることがより好ましく、500nm以下であることが更に好ましい。この値が小さいほど、芯部の体積が相対的に大きくなり、ケイ素含有物質の含有量を確保できるため好ましい。
【0050】
このような厚さの鞘層は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、ドープ1,2を吐出させる芯鞘ノズルとして、ドープ2を吐出させる吐出口の幅を調整することや、ドープ1に対するドープ2の吐出量調整することや、ドープ2の原料ポリマーの濃度や、紡浴内部の有機溶媒と水の混合比を適度に選定することにより、凝固速度を変えて調整して形成することができる。
【0051】
[芯部]
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の芯部は微粒子状ケイ素含有物質を含有する。本発明に係る微粒子状ケイ素含有物質の粒子径については後述する。
【0052】
[微粒子状ケイ素含有物質]
本発明における微粒子状ケイ素含有物質のケイ素含有物質とは、ケイ素(ケイ素単体)及びケイ素系化合物(ケイ素含有化合物)のいずれでもよいが、ケイ素含有物のLiイオン吸蔵量の大きさから、SiOx(0≦X<2)で表されるケイ素若しくは酸化ケイ素、及び炭化ケイ素のいずれかを含むことが好ましく、このうち、特に、酸化性の低いケイ素化合物ほどLiイオン吸蔵量が大きいことから、SiOx(0≦X≦1)で表される酸化ケイ素であることがより好ましい。
【0053】
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材に含まれる微粒子状ケイ素含有物質は、粒径10nm~1000nmのナノ微粒子であることが好ましい。
微粒子状ケイ素含有物質の粒径を上記下限以上とすることにより、微粒子状ケイ素含有物質どうしの強い凝集を抑えることができやすくなる傾向がある。また、ナノ微粒子の製造コストを抑えることができる。
一方、微粒子状ケイ素含有物質の粒径が上記上限以下とすることにより、ケイ素化合物がLiイオンを吸蔵しても、その膨張応力に耐えやすくなり、活物質としての機能を維持しやすくなる。また膨張量の絶対値を抑えることができるため繊維状ケイ素/炭素複合電極材自体の破壊を防ぎやすくなる。
ここで、微粒子状ケイ素含有物質の粒径は、微粒子状ケイ素含有物質が凝集して凝集粒子(複数粒子の合体構造)となっている場合は、当該凝集粒子の粒径をさす。
【0054】
本明細書において、微粒子状ケイ素含有物質の粒径は、電子顕微鏡による炭素繊維の繊維長さ方向に直交する断面の観察において、500nm~1000nm×500nm~1000nmの視野に観察されるケイ素含有物質微粒子の長径(最も大きい径)を測定することで求めることができる。
また、この測定値から平均値を算出して平均粒径とすることができる。
微粒子状ケイ素含有物質の粒径は、20nm以上であることがより好ましく、40nm以上であることが更に好ましい。一方、300nm以下が好ましく、150nm以下がより好ましい。
また、微粒子状ケイ素含有物質の平均粒径は、30nm以上が好ましく、50nm以上がより好ましい。一方、150nm以下が好ましく、100nm以下がより好ましい。
【0055】
このような粒径のケイ素含有物質のナノ微粒子を繊維状ケイ素/炭素複合電極材に含有させるには、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、工程1)のスラリーの製造方法を、後述の通り、工程1A)とそれに続く工程1B)との2段階に分けて行うのが好ましい。即ち、まず、第1のスラリーとしてケイ素含有物質を、原料ポリマーを溶解できる溶媒と混合させた、第1のスラリーを製造し(工程1A))、次いで、その第1のスラリーを湿式粉砕処理することで粉砕の程度を調整すると共に、該スラリーの分散液(第2のスラリー)を、原料ポリマーの溶媒とし(工程1B))、粉砕後の第2のスラリーに、直接原料ポリマー、調整ポリマー等のそれぞれ所望量を直接添加してドープを調製して紡糸すればよい。
【0056】
なお、本発明の芯鞘構造を有する炭素繊維の芯、または、鞘層の内部には、目的物である炭素繊維自体の導電性をさらに向上させるため、必要であれば、カーボンブラック(CB)やカーボンナノチューブ(CNT)などの導電性ナノ微粒子を少量添加しても良い。その場合は、上記製造工程の第2のスラリーに、原料ポリマー、調整ポリマー等に合わせて、所望量の導電性ナノ微粒子を直接添加してドープを調製して紡糸をすれば良い。
【0057】
芯部の微粒子状ケイ素含有物質含有量は、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の微粒子状ケイ素含有物質含有量が後述の好適含有量となるような量であればよいが、通常、20質量%以上、特に40質量%以上で、80質量%以下、特に60質量%以下であることが好ましい。
【0058】
上記のような好適な微粒子状ケイ素含有物質を含有する芯部は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において用いるドープ1のケイ素含有物質濃度を調整することにより形成することができる。
【0059】
芯部は、微粒子状ケイ素含有物質を含有すると共に、多孔質構造を有することが好ましい。
芯部における微細孔の存在量は、以下に記載する透過型顕微鏡(20万倍)の画像解析により測定され、後述の個々の微細孔面積の総和Aの値を用い、1000nm×1000nmの観察領域の総面積で除した値で求めることができる。芯部における微細孔の存在量の下限は、10%以上であることが好ましく、20%以上であることがより好ましく、30%以上であることが更に好ましい。この値が大きいほど、微粒子状ケイ素含有物質がLiイオンを吸蔵し膨張した場合に、その応力や体積膨張を炭素繊維内部で吸収することができ、繊維状ケイ素/炭素複合電極材全体が膨張または破壊してしまう可能性を低減できる。一方、芯部における微細孔の存在量の上限は、80%以下であることが好ましく、60%以下であることがより好ましく、40%以下が更に好ましい。この値が小さいほど、繊維状ケイ素/炭素複合電極材内の炭素密度が大きくなり、マトリックスの強度や繊維自体の強度が大きくなり好ましい。なお、空隙の中に微粒子状ケイ素含有物質が含まれるところは、それも空隙面積としてカウントする。
【0060】
但し、上記微細孔の存在量や分布状態は、微粒子状ケイ素含有量やそれらの分布状態によって大きく依存する。
その理由としては、微粒子がある近い距離おいて複数集合して存在する場合、(また単独粒子であっても、延伸時の張力によっては)微粒子への応力集中が起こり、高分子マトリックスの微粒子周辺に応力場が形成され、微粒子集合体の場合は特に、応力場がそれら粒子間に集中し、微粒子周辺のマトリックスに穴が開く(以降この現象をキャビテーションと呼ぶ)。上述したように、これらは粒子の濃度や大きさ、その分布状態、引っ張り応力の度合いなどに大きく依存する。
また、Li吸蔵時の微粒子の膨張における、マトリックスに及ぼす応力や、上記キャビテーションによる、該マトリックスでの応力緩和は極めて複雑な機構であり、上記微粒子や空隙の量のみならず、それらの分布状態(配置や配向状態)、炭素マトリックスの微視的な形態や構造、空隙を含めた炭素マトリックスの弾性など、様々な要因が絡んでくる。従って、上述した微細孔の存在割合にのみ依存するものではなく、本発明はそれに限定されるものではない。
【0061】
上記のような多孔質構造を有する芯部は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において用いるドープ1の調整ポリマー及び/又は助剤ポリマー濃度や、芯鞘複合紡糸におけるドープの乾湿式または湿式紡糸において、凝固浴中(溶媒に少なくともある程度の水を混合した溶媒、あるいは水のみ)に吐出し、凝固浴中の溶媒と水の混合比や浴中の温度を調整することで、ポリマーと凝固液との相分離速度と凝固速度を制御しながら凝固させ、その後温水で溶媒を洗浄除去しながら1.5倍以上の延伸を行ってキャビテーションを誘発するか、次いで乾燥するか、焼成工程にて、調整ポリマーや助剤ポリマーを熱分解除去し、微細孔サイズを調整して形成することができる。
【0062】
芯部11の長径(図1のd11の値)は、2.0μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましく、6μm以上であることが更に好ましい。この長径が上記下限以上であれば、多くの微粒子状ケイ素含有物質を含有することができ、また同一体積の電極材を製造する場合、繊維状ケイ素/炭素複合電極材の表面積が小さくなり、SEI膜の形成量が少なくなって、Liの不可逆容量を小さくでき好ましい。一方、芯部11の長径(図1のd11の値)は、20μm以下が好ましく、14μm以下がより好ましく、10μm以下が更に好ましい。芯部の長径が大きすぎると、体積当たりの繊維状ケイ素/炭素複合電極材の表面積は小さくなり不可逆容量低減の観点からは好ましいが、相分離、凝固過程や焼成過程において、芯部内の内側と外側、場合によっては最内領域14も含み顕著な多孔質構造に関する違いが現れ性能が安定せず、また繊維状ケイ素/炭素複合電極材の剛性が大きくなり、ハンドリングに支障が出てくる恐れがある。
【0063】
このような長径を有する芯部11は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法においてドープ1,2を吐出させる芯鞘ノズルとして、ドープ1を吐出させる吐出口の直径や、そこからのドープの吐出線速度(単位時間の吐出量と吐出口の大きさによって決まる)と紡糸の引き取り速度、並びにその後の延伸倍率などによって調整しながら形成することができる。
【0064】
<微細孔を有する多孔質構造>
前述の最内領域及び芯部における多孔質構造は、好ましくは、以下に定義される孔径が10nm~1000nm、好ましくは20~500nmの微細孔を有する多孔質構造である。
【0065】
(孔径の定義)
本発明に係る炭素繊維の孔径を定義することは極めて複雑であるが、基本的に微粒子形状ケイ素含有物質が、その周辺に形成された微粒子を含む微細孔や、マトリックスに存在する微細孔などによって、Liイオンを吸蔵した微粒子形状ケイ素含有物質の体積膨張を炭素繊維全体で吸収出来れば良く、本発明が、微細孔の形態に制限されるものではない。
該空隙の観察方法としては、該繊維長さ方向に直交する、または、並行する断面のTEM画像(20万倍)において観察できる。しかし、孔径が小さい場合は、サンプルの変形を伴わない測定を考慮すると、TEM観察に供するサンプル試片の電子線透過方向の厚さにも、限界(70~100nm)があるため、微細孔やマトリックスの炭素部分が重なり合って、著しくコントラストが低下して細孔の可視化が著しく困難となる。
【0066】
なお、ここで、微細孔の孔径は、先に述べたように、TEM画像で比較的明るくみえる空隙部分を抽出し、それをもとに判断し、横断面、縦断面の全体にわたって空隙数Nを計数する方法もある。ただし、空隙の中にケイ素化合物が含まれるところは、それも微細孔面積としてカウントする。
【0067】
多孔質構造の微細孔の孔径は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、芯鞘複合紡糸におけるドープを乾湿式、または湿式紡糸において凝固浴中(溶媒に少なくともある程度の水を混合した溶媒)に吐出し、凝固浴中の溶媒と水、各種ポリマー(原料ポリマー、調整ポリマー、助剤ポリマー)の混合比や浴中の温度を調整することで、ポリマー間と凝固液との相分離速度と凝固速度を制御しながら凝固させ、その後、調整ポリマーとして水溶性のポリマーを使用する場合は、温水で溶媒と該ポリマーを洗浄除去しながら延伸、次いで乾燥することで微細孔サイズを調整することができる。一方、調整ポリマーとして非水溶性のポリマーを使用する場合は、後の焼成プロセスにて、該ポリマーや助剤ポリマーを熱分解して除去することで、微細孔を形成できる。
【0068】
本発明に係る多孔質構造としては、具体的には、以下の(1)~(3)が挙げられる。
(1) 微細孔が炭素繊維の繊維長さ方向に連続的につながった連続変調構造の多孔質構造
(2) 微細孔が離散的に分布した海島状の多孔質構造
(3) ケイ素化合物微粒子の周辺に、延伸や炭素化過程において応力が集中し形成されたキャビテーションとしての多孔質構造
【0069】
本発明における多孔質構造の微細孔の孔径は、観察面によって複雑に異なるのが一般的である。(1)の上記連続変調構造の場合は、繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造時に延伸工程が存在するため、極めて繊維軸方向に細長い構造をとることが多いが、この場合は繊維軸方向の空孔の長さや、微細孔の開孔幅(繊維軸と垂直方向)などで微細孔のサイズや有無は判断できる。
また、(2)の海島構造においては、離散的孔径の形状の平均値が目安となる。
また、(3)は一般的にケイ素化合物微粒子の周辺や、それらの微粒子間で発生する傾向にあり、離散的で不定形な形が多い。この場合は平均的な孔径で判断する。
特に、ケイ素化合物の粒径や芯鞘湿熱糸の延伸倍率などを調整し、積極的に(3)の手法を用いて多孔化を行うのが、工程的にも複雑にならず、また、部材コストも低減でき、最も望ましい。
【0070】
上記の通り、本発明における多孔質構造の微細孔の孔径は、10nm~1000nmの範囲内にあることが好ましいが、なかでも、20nm以上であることがさらに好ましく、50nm以上であることが特に好ましく、一方、500nm以下であることがさらに好ましく、200nm以下であることが特に好ましい。
【0071】
即ち、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法における相分離・凝固工程において、炭素繊維原料となる原料ポリマーに対する良溶媒、例えばジメチルアセトアミド(DMAc)と、該原料ポリマーの貧溶媒である、例えば水と原料ポリマーに混合した系において、それらの量と系の温度などの条件を適度に選択することで、3元系(又は調整ポリマーを1つ以上含む4元系以上)における、凝固と熱力学的な混合溶媒と原料ポリマー(又は1つ以上の調整ポリマーも含む)にてスピノーダル分解を起こすことで、(1)の微細孔が炭素繊維の繊維長さ方向に連続的につながった連続変調構造が得られ、これら混合溶媒や水溶性調整ポリマーを洗浄乾燥することで多孔質構造とすることができ、または、連続変調構造を形成する調整ポリマーを焼成過程で熱分解除去することで、多孔質連続構造を得ることができる。
【0072】
一方、上記原料ポリマーに、高温にて炭素化せず分解除去できる、原料ポリマーと非相溶性にある調整ポリマーや、架橋粒子化された助剤ポリマーをさらに少量加えることで、これらポリマーを凝固過程において、例えば、非相溶な調整ポリマーを熱力学的にバイノーダル分解させ、または、助剤ポリマーをマトリックス中に、分散固定させることにより、海島構造を誘発させることができる。後にこの構造体を高温の焼成過程で炭素化することで、上記調整ポリマーや助剤ポリマーが熱分解除去され(2)の微細孔が離散的に分布した海島状の多孔質構造を得ることができる。この微細孔の大きさも、混合溶媒の種類や原料ポリマー、調整ポリマー及び助剤ポリマーの相溶性や混合比によって海島構造のディメンションや助剤ポリマー粒子の凝集状態が変わるため、詳細にこれら条件を詰めることで制御することができる。
また、上記においては、連続構造と海島構造による多孔質構造が共存することもある。
いずれにしても、これらのように、条件が定まれば、熱力学的相分離を用いることで、容易に各種多孔質構造を制御して得られる利点は大きい。また、海島構造の多孔質構造を得るためには、助剤ポリマーとして粒子径20~1000nm程度の架橋ポリマー微粒子を微粒子分散させて、後の焼成炭素化工程により熱分解除去させても良い。
いずれにしても、これら海島多孔質構造形成手段は、上記のものに限定されるものではない。
【0073】
[その他の層構成]
前記芯部に存在する、微粒子状ケイ素含有物質や、多孔質構造を、繊維長さ(繊維軸)方向に沿って配向した分布として形成させることが好ましい。
特に多くの量の微粒子や多孔質構造が芯内部に高い濃度で存在する場合、大きな局所的集合体となって存在し、Liイオンの吸蔵において、上記微粒子の集合体から発生される膨張応力により、また同時に多孔質構造が局所的に集合化している要因もあり、炭素マトリックスが、応力に耐えきれずに、局所的に破壊し、ケイ素含有微粒子と該炭素マトリックスの導電性のパス切れを起こし、負極材としての劣化を起こす可能性がある。
一方、適度な延伸を加え、上記微粒子や多孔質構造に、大きな局所的集合体を形成させることなく、繊維軸方向に略垂直な方向における帯状の幅で、繊維長さ方向に引き延ばされた配向分布を形成させることにより、炭素マトリックスとの接触面積が大きくなり、局所的な破壊と微粒子の脱落を抑制し、効率的な導電接点を維持することができる。この幅としては1500nm以下が好ましく、更に1000nm以下がより好ましい。
【0074】
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、鞘層と芯部とを有する芯鞘構造であればよく、鞘層は緻密領域さえ有していれば、複数の層から構成されていてもよい。また、芯部も複数の層からなる多層積層構造であってもよい。この多層積層構造を製造する場合は、芯鞘ノズルの芯そして/または鞘の吐出口を複数の同心円状の積層構造ノズルにしておけば良い。
この場合、多層積層構造を構成する各層は、微細孔の存在量(空隙率)及び/又は微粒子状ケイ素含有物質の含有量の異なる層であることが好ましく、最内層の芯部側から、鞘層の最表側へ向けて微粒子状ケイ素含有物質の含有量が徐々に少なくなり、かつ微細孔の存在量が徐々に少なくなるように、これらが連続的又は段階的に変化するグラデーション多層積層構造であっても良く、膨張時の繊維の破壊応力は、一般に外周部の膨張変位量が大きいところに集中しそこから破壊が進む傾向にあるため、繊維状ケイ素/炭素複合電極材の膨張破壊強度の観点から好ましい。
なお、本発明の芯鞘構造を有する炭素繊維中に、目的物である炭素繊維自体の導電性をさらに向上させるため、CBやCNTなどの少量の導電性ナノ微粒子を添加したものであっても良い。
【0075】
[炭素繊維]
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の基体となる炭素繊維については特に制限はないが、一般的に用いられる原料であることから安価であり、破壊強度の高い炭素繊維であり、また、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法により高い生産性で安定に製造可能であることから、PAN系炭素繊維であることが好ましい。
【0076】
また、該炭素繊維の繊維径(本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の繊維径)は3μm以上であることが好ましく、6μm以上であることがより好ましく、7μm以上であることが更に好ましい。繊維径が小さいと、SEI膜が繊維状ケイ素/炭素複合電極材外周部に形成されるため、同一体積の電極材を製造する場合、その表面積が大きくなり、SEI膜の形成量が多くなり、Liの不可逆容量を大きくしてしまい好ましくない。一方、該炭素繊維の繊維径は、20μm以下であることが好ましく、14μm以下であることがより好ましく、10μm以下であることが更に好ましい。該炭素繊維の繊維径が大きすぎると、体積当たりの繊維状ケイ素/炭素複合電極材の表面積が低下する。表面積の低下は、不可逆容量低減の観点からは好ましいが、製造プロセスとの関係で、相分離、凝固過程や焼成過程において、外周に近いところと、中心部に顕著な多孔質構造に関する違いが現れ性能が安定せず、また繊維状ケイ素/炭素複合電極材の剛性が大きくなり、ハンドリングに支障が出てくる恐れがある。
【0077】
また、該炭素繊維の繊維長さ(本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の繊維長さ)は5μm~50μmの短繊維であるか、100μm以上の長繊維であることが好ましい。
炭素繊維が繊維長さ5μm~50μmの短繊維であれば、現状の電極製造時の塗工工程を使用することができる。
炭素繊維の繊維径にもよるが、炭素繊維が繊維長さ100μm以上の長繊維であれば、これらを不織布化でき、または何らかの繊維の集合体による集電材を伴わない自立電極や、塗工溶剤を用いないドライ電極として活用することにも有効である。また、全固体電池の固体電解質や、クレイ電池、ポリマー電池、固体電解質と電極材の界面にごく少量の電解液を用いたような、半固体電池に用いられる固体電解質の界面を、該繊維によって柔軟に折衝かつ侵入させ、Liイオンの充放電に伴う、電極厚みの微小変化と固体電解質との接触を維持する効果も期待できる。
【0078】
短繊維の炭素繊維の繊維長さは10μm以上であることがより好ましく、20μm以上であることが更に好ましい。一方、40μm以下であることがより好ましく、30μm以下であることが更に好ましい。
長繊維の不織布化においては、炭素繊維の繊維長さは500μm以上であることがより好ましく、700μm以上であることが更に好ましい。一方、5000μm以下であることが好ましく、3000μm以下であることがより好ましい。
【0079】
なお、ここで、炭素繊維の繊維径及び繊維長さは、光学顕微鏡測定により測定される値である。
【0080】
後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法によれば、ほぼ均一の繊維径の繊維状ケイ素/炭素複合電極材を得ることができるので、上記繊維径は平均繊維径とみなすことができる。繊維断面外周において微細なうねりが存在する場合があり、その時はうねりの凹凸中心部を外周線として、画像処理より平均径を求める。
長繊維の繊維長さについては、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法における連続的に得られる繊維状ケイ素/炭素複合電極材を切断した場合は、同等の繊維長さとなるように切断できるため、上記繊維長さは平均繊維長さとみなすことができる。
また、短繊維の繊維長さについては、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法における粉砕工程の粉砕方法にもよるが、ほぼ平均繊維長さに等しいとみなすことができる。
【0081】
本発明に係る炭素繊維のアスペクト比(本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材のアスペクト比)は3以上であることが好ましい。小さな空隙サイズを有する(例えば200nm以下)の連続変調構造である場合、繊維の切断面から電解液の粘度にもよるが、それは繊維内部に侵入しにくく問題ないが、空隙が大きくなると、切断面からの内部への電解液の浸透が時間をかけて起こる可能性があり、それにより繊維状ケイ素/炭素複合電極材の充放電サイクル特性が劣化する恐れがある。この場合、アスペクト比ができるだけ大きい方がよい。アスペクト比が3以上、特に4以上であれば、断面からの電解液の侵入の影響をかなり抑制することができる。
ただし、海島構造による離散的な多孔質であれば、そもそも繊維断面から電解液は入りにくいのでアスペクト比3未満であってもよい。
炭素繊維のアスペクト比は、前述のようにして測定された平均繊維長さを平均繊維径で除すことにより求めることができる。
炭素繊維が前述の短繊維の場合、アスペクト比は3以上が好ましく、より好ましくは5以上、さらに好ましくは7以上である。
炭素繊維が長繊維の場合、アスペクト比は好ましくは10以上であり、その上限には特に制限はない。
【0082】
炭素繊維の繊維径は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、用いる芯鞘ノズルの吐出口の直径と、各々の層のドープの吐出量を制御することにより調整することができる。
また、炭素繊維の繊維長は、後述の本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法において、最終工程の粉砕の有無、ないしは粉砕条件、連続繊維の切断条件などにより調整することができる。
【0083】
[形態]
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、前述の通り、編布(織布)又は不織布の形態とすることができる。
【0084】
[用途]
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、高容量で充放電特性に優れることから、二次電池又はキャパシターの負極材として有用である。
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、特にその繊維状の形態から、ドライ電極や集電材フリーな不織布自立電極等にも容易に適用することができる。
【0085】
〔負極材〕
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材は、特に二次電池又はキャパシターの負極材として有用である。
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材を含む負極材(以下、「本発明の負極材」と称す場合がある。)は、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の1種のみを含むものであってもよく、炭素繊維の繊維長さや繊維径、アスペクト比、ケイ素含有物質含有率、多層構造や多孔質構造等の異なる2種以上を含有するものであってもよい。特に、繊維長さ及び/又は繊維径の異なる2種以上の繊維状ケイ素/炭素複合電極材を混合して用いる場合は、長繊維又は太繊維の繊維状ケイ素/炭素複合電極材により形成された空隙を、短繊維又は細繊維の繊維状ケイ素/炭素複合電極材で埋めることにより、高密度の負極を形成することができ、好ましい。
【0086】
また、本発明の負極材は、本発明の目的を損なわない範囲で、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材以外の従来公知の負極材を、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材と共に含むものであってもよい。
例えば、本発明の負極材には、負極材全体の集電材方向への導電性を向上させるため、CNT、カーボンナノファイバー、並びにCBなどの導電助剤を混合して用いても良い。特に負極材として単層カーボンナノチューブ(SW-CNT)を負極材中に0.1~0.3質量%添加することで、導電性向上に関して高い効果を示す。
また、他の負極材活物質として、該繊維状ケイ素/炭素複合電極材と従来の天然、または、人工グラファイトなどの活物質を混合して使用しても良い。
【0087】
〔繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法〕
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法は、第1の実施形態において、上述のような本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造に好適な方法であり、少なくとも以下の工程1)~5)を芯鞘構造プレカーサーの製造工程として含むことを特徴とする。
1)炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に、ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満の微粒子として分散したスラリーを製造する工程
2)該スラリーに該原料ポリマーを溶解させたドープ1を製造する工程
3)炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に、該原料ポリマーを溶解させたドープであって、前記ケイ素含有物質非含有のドープ2を製造する工程
4)断面同心円状芯鞘ノズルを用い、該ドープ1を該芯鞘ノズルの中心吐出口から、該ドープ2を該芯鞘ノズルの外周側吐出口から、それぞれ凝固浴中へ吐出させて凝固させることにより芯鞘構造線状体を得る工程
5)該芯鞘構造線状体を洗浄して芯鞘構造湿熱糸を延伸し、キャビテーションを誘発させる工程
【0088】
また、本発明の第2の実施形態の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法は、断面同心円状の芯鞘構造を有する炭素繊維よりなり、該芯鞘構造の最内層である芯部に、ケイ素及び/又はケイ素系物質よりなるケイ素含有物質を含有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材を製造する方法であって、少なくとも以下の工程1)~2)、4’)、5)を芯鞘構造プレカーサーの製造工程として含むことを特徴とする。
1)炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に、ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満の微粒子として分散したスラリーを製造する工程
2)該スラリーに該原料ポリマーを溶解させたドープ1を製造する工程
4’)断面同心円状芯鞘ノズルを用い、該ドープ1を該芯鞘ノズルの中心吐出口から凝固浴中へ吐出させて凝固させることにより多層構造線状体を得る工程
5)芯鞘構造線状体を洗浄して芯鞘構造湿熱糸を延伸し、キャビテーションを誘発させる工程
【0089】
いずれの繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法においても、工程1)は、以下の工程1A)とそれに続く以下の工程1B)を経て行うことが好ましい。
1A)ケイ素含有物質を、炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に混合して第1のスラリーを調製する工程
1B)該第1のスラリーを粉砕処理することにより、該ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満の微粒子として分散した第2のスラリーを製造する工程
【0090】
また、いずれの繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法においても、好ましくは工程5)の後に以下の工程6)と工程7)を含む。
6)キャビテーションを誘発させた前記芯鞘構造湿熱糸(芯鞘構造プレカーサー)を200℃~300℃の酸化性ガス雰囲気中で熱処理して芯鞘構造耐炎化糸を得る工程
7)前記芯鞘構造耐炎化糸を更に窒素または、不活性ガス雰囲気にて800℃~2000℃で加熱して炭素化することにより、繊維状ケイ素/炭素複合電極材を得る工程
【0091】
以下、各工程について説明する。なお、上記第2の実施形態の好適態様が、前記第1の実施形態であるので、以下においては、第1の実施形態の好適態様に従って、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造方法を説明する。
【0092】
<工程1A)>
工程1A)は、ケイ素含有物質を、炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に混合して第1のスラリーを調製する工程である。
ここで、ケイ素含有物質については、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材におけるケイ素含有物質について説明した通りであり、ケイ素(ケイ素単体)、ケイ素系化合物(ケイ素含有化合物)のいずれでもよいが、ケイ素含有物のLiイオン吸蔵量の大きさから、SiOx(0≦X<2)で表されるケイ素若しくは酸化ケイ素、及び炭化ケイ素のいずれかを含むことが好ましく、このうち、特に、酸化性の低いケイ素化合物ほどLiイオン吸蔵量が大きいことから、SiOx(0≦X≦1)で表される酸化ケイ素であることが
より好ましい。
【0093】
第1のスラリーの調製に用いるケイ素含有物質の粒径については特に制限はないが、通常0.1μm~50μm程度である。
【0094】
炭素繊維原料となる原料ポリマーとしては特に制限はないが、緻密な領域を形成し得ることから、アクリロニトリル系重合体が好ましい。
【0095】
アクリロニトリル系重合体とは、アクリロニトリル(AN)の単独重合体(PAN単独重合体)、又はアクリロニトリルと他のモノマーとの共重合体(PAN系共重合体)である。以下、PAN単独重合体とPAN系共重合体を合わせて、適宜「PAN系重合体」と略記する。
後段の工程4)における吐出安定性を高め、炭素繊維の品位並びに性能を向上させるために、PAN系重合体は、AN由来の構造単位を90.0モル%以上99.98モル%以下含むことが好ましい。AN由来の構造単位が多すぎると後段の工程4)における吐出安定性が低下し、少なすぎると工程5)で得られる芯鞘構造湿熱糸の耐熱性が低下するため、続く耐炎化工程で、線状体同士の融着が発生しやすくなる。PAN系重合体におけるAN由来の構造単位の含有割合は94.0モル%以上99.9モル%がより好ましい。
【0096】
共重合するモノマーとしては、ANと共重合可能なモノマーであれば特に制限されず、例えばアクリル酸メチル、アクリル酸エチル等のアクリル酸エステル類;メタクリル酸エチル等のメタクリル酸エステル類;アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、アクリルアミド等の不飽和モノマー類;メタリルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸及びこれらのアルカリ金属類などが挙げられる。これら他のモノマーは1種単独又は2種以上を併用して使用することができる。
【0097】
このような原料ポリマーを溶解し得る溶媒としては、ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)などの極性溶媒が挙げられる。これらの溶媒は、1種のみを用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0098】
第1のスラリーのケイ素含有物質の含有量(ケイ素含有物質濃度)は、1質量%~17質量%であることが好ましい。第1のスラリーのケイ素含有物質の含有量が上記下限以上であれば、繊維状ケイ素/炭素複合電極材の最内層の芯部及び得られる繊維状ケイ素/炭素複合電極材のケイ素含有物質の含有量を高めることができる。一方、第1のスラリーのケイ素含有物質の含有量が上記上限以下であれば、繊維状ケイ素/炭素複合電極材の強度を損ねることなくLiイオンを有効的に吸蔵できるレベルの量のケイ素含有物質を内包させることができる。
第1のスラリーのケイ素含有物質濃度は、2質量%以上であることがより好ましく、3質量%以上であることが更に好ましい。一方、12質量%以下であることがより好ましく、9質量%以下であることが更に好ましい。
【0099】
第1のスラリーは前記溶媒に所定量のケイ素含有物質を添加して撹拌混合することにより調製することができる。
【0100】
なお、第1のスラリーのpHが高いと、粉砕工程でナノ微粒子化する過程において、多量のケイ素含有物質の粉砕面に伴う活性面が現れ、該ケイ素含有物質の表面にそれぞれ薄い酸化膜が形成され、その量は粉砕されて新たに表れた上記活性面の全面積において酸化されるため、それに応じた酸化膜量により、若干Liイオン吸蔵量が低下する可能性がある。この酸化反応を抑制するには、酸性よりのスラリーを用いることが有効である。従って、第1のスラリーはpH8未満、例えばpH3以上、特にpH4以上で、pH7以下、特にpH6以下といった弱酸性であることが好ましい。
【0101】
<工程1B)>
工程1B)は、第1のスラリーを湿式粉砕処理することにより、ケイ素含有物質が平均粒径1μm未満、例えば30nm~200nmの微粒子として分散した第2のスラリーを製造する工程である。
工程1B)における粉砕処理は、50~100μmのビーズミル等を用いて行うことができる。効率的な低エネルギーでの均一で微細な粉砕が可能なことから、ビーズミル粉砕が好ましい。
【0102】
第2のスラリーについても、第1のスラリーと同様の理由から、第1のスラリーと同様の酸性スラリーであることが好ましい。
【0103】
<工程2)>
工程2)は、第2のスラリーに、前述の原料ポリマーを溶解させたドープ1を製造する工程である。原料ポリマーとしての前述のアクリロニトリル系重合体は、1種のみを用いてもよく、共重合組成や物性等の異なるものの2種以上を混合して用いてもよい。
【0104】
ドープ1におけるポリマーの含有量(原料ポリマー、または、調整ポリマー、または助剤ポリマーを含む)は、10質量%~30質量%であることが好ましい。ドープ1のポリマー濃度は15質量%以上がより好ましく、17質量%以上が更に好ましい。この下限濃度が低いと紡糸の最適粘土から逸脱した低粘度となり、乾湿式、または湿式紡糸が困難となる。一方、ドープ1の原料ポリマー濃度は、25質量%以下がより好ましく、23質量%以下が更に好ましい。この上限濃度を上回ると粘度が高すぎて、極端に紡糸が困難となる。
【0105】
(炭素マトリックスとなる原料ポリマーとケイ素含有物質との関係)
また、ドープ1に含まれるケイ素含有物質と原料ポリマーの濃度比(質量比)は、ケイ素含有物質:原料ポリマー=1:2~25、特に1:3~10であることが好ましい。濃度比が上記範囲内であれば、繊維状ケイ素/炭素複合電極材のマトリックス強度を著しく低下させることなく、ケイ素含有物質を適度に含有することによる高容量化を達成することができる。
【0106】
ドープ1には、必要に応じて、凝固時の相分離構造を調整する調整剤としての調整ポリマーを溶解させてもよい。
このような調整ポリマーとしては、ポリジアセテート、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリメチルアクリレート(PMA)などが挙げられる。
これらの調整ポリマーは、1種のみを用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
また、離散的微粒子分散構造を得るためには、助剤ポリマーとして粒子径20~1000nm程度の架橋ポリマー微粒子を分散させても良い。助剤ポリマーとしては例えば、製品名IR371(三菱ケミカル(株)製)の芯がブチルアクリレート(BA:コア)系微粒子であって、その周辺にPANと比較的相溶性の良いポリメチルメタアクルレイト(PMMA:シェル)をグラフト架橋したようなコア/シェル型微粒子などが挙げられる。
いずれにしても、これら海島多孔質構造形成手段は、上記のものに限定されるものではない。
【0107】
ドープ1における調整ポリマー及び/又は助剤ポリマーの含有量(以下「助剤ポリマー濃度」と称す)は、凝固時の相分離構造の形態によって適宜設計されるが、原料ポリマー添加量に対して、好ましくは5質量%以上、より好ましくは10質量%以上、更に好ましくは15質量%以上である。この下限より添加濃度が小さいと、焼成過程において必要な空隙量が得られない。一方、上限としては、好ましくは80質量%以下、より好ましくは50質量%以下、更に好ましくは30質量%以下である。助剤ポリマー濃度がこの上限値を超えると、焼成過程における過剰な分解反応が起こり、必要以上の空隙形成と繊維状
ケイ素/炭素複合電極材の強度低下が懸念される。また、ケイ素含有物質を多く含む場合、キャビテーションによる多孔質化効果が大きい場合には、5%未満の使用か、または使用しなくても良い。
【0108】
ドープ1は、均一ドープを得るために、-20℃~-10℃に冷却した第2のスラリーに、原料ポリマーと必要に応じて助剤ポリマーの所定量を添加して撹拌混合し、次いで120℃~140℃の温度にて30分~90分攪拌溶解した後に、80℃以下に下げて製造することができる。
ただし、ドープ1の製造条件は上記条件に限るものではない。
【0109】
<工程3)>
工程3)は、炭素繊維原料となる原料ポリマーを溶解し得る溶媒に原料ポリマーを溶解させたドープであって、ケイ素含有物質非含有のドープ2を製造する工程である。
原料ポリマー及び原料ポリマーを溶解し得る溶媒については、前述の通りである。ただし、ドープ2に用いる原料ポリマー及び溶媒は、ドープ1に用いた原料ポリマー及び溶媒と同じものである必要はないが、通常は材料調達の利便性等から同じものが用いられる。なお、このドープ2は、ケイ素含有物質及び前述の助剤ポリマーは含まない。
【0110】
ドープ2における原料ポリマーの含有量(原料ポリマー濃度)は、17質量%以上であることが好ましく、19質量%以上がより好ましく、21質量%以上が更に好ましい。ドープ2の原料ポリマー濃度が上記下限を下回ると、紡糸の最適粘度から逸脱した低粘度となり、繊維強度も弱く、芯鞘構造の乾湿式、または湿式紡糸が困難となる。一方、ドープ2の原料ポリマー濃度は、30質量%以下が好ましく、25質量%以下がより好ましく、23質量%以下が更に好ましい。ドープ2の原料ポリマー濃度がこの上限濃度を上回ると粘度が高すぎて、極端に紡糸が困難となる。また、鞘層の炭素化収率が高くなり、繊維状ケイ素/炭素複合電極材全体でのケイ素含有化合物濃度が低くなるので注意が必要である。
【0111】
なお、本発明の芯鞘構造を有する繊維状ケイ素/炭素複合電極材の製造法において、芯部、または鞘層の内部に、目的物である炭素繊維の導電性をさらに向上させる目的から、CBやCNTなどの導電性ナノ微粒子を、少量あらかじめドープ1、またはドープ2に所望量添加したものを調製して使用しても良い。
【0112】
<工程4)>
工程4)は、断面同心円状芯鞘ノズルを用い、ドープ1を芯鞘ノズルの中心吐出口から、ドープ2を多層ノズルの外周側吐出口から、それぞれ凝固浴中へ吐出させて凝固させることにより芯鞘構造線状体を得る工程である。
【0113】
断面同心円状芯鞘ノズルとしては、製造する繊維状ケイ素/炭素複合電極材の芯鞘構造に倣う形状の吐出口を有するものであればよい。
吐出口径としては、最終的目標とする繊維径にもよるが、20μm以上が好ましく、30μm以上がより好ましい。一方、100μm以下が好ましく、80μm以下がより好ましい。吐出口径が小さすぎると、芯鞘ノズルの製造が難しくなり好ましくない。一方、吐出口径が大きすぎると、所望の細い径の繊維を紡糸する際に、かなりの延伸倍率を必要とし、生産工程において、糸切れが多発するリスクが高くなり好ましくない。
通常延伸倍率は、ケイ素含有ナノ微粒子の大きさや、量にもよるが、1.5~10倍程度が好ましい。
また、吐出ドープの粘度としては、80℃の温度において、5000cP以上が好ましく、より好ましくは10000cP以上、更に好ましくは15000cP以上である。吐出ドープの粘度が上記下限未満では、粘度が低すぎて安定に繊維形態を維持することが難しく紡糸が困難となる。吐出ドープの粘度の上限としては、同じく80℃の温度において50000cP以下が好ましく、40000cP以下がより好ましく、30000cP以下が更に好ましい。この上限を超えると粘度が高すぎて、ノズルの吐出圧が異常に高くなり、ノズルへの負荷が高くなり変形のおそれがある。また紡糸において糸を引き出すことが困難となり、糸切れに繋がるおそれがある。
【0114】
凝固浴としては、ドープ1及びドープ2の相分離・凝固を適度に生起させるものであればよく、通常、80質量%以下の有機溶媒と水との混合水溶液、又は水が用いられる。
ここで用いられる有機溶媒としては、ドープ1及びドープ2に含まれる溶媒、即ち、前述のDMAc、DMSO、DMFの1種又は2種以上を用いることが、溶媒の回収、再利用の観点から好ましい。
【0115】
凝固浴の有機溶媒濃度は、80質量%以下であって、好ましくは75質量%以下、より好ましくは70質量%以下である。この値の上限を超えると、凝固が不完全となり、また紡糸張力が低下し、安定な繊維を得ることが難しくなるか、別途低濃度凝固浴が必要となるため好ましくない。一方、下限に関しては、凝固が起こり紡糸は可能であるが、所望の鞘層の厚さと芯部の層の相分離構造との関係から、好適な濃度条件を選定すればよい。
【0116】
凝固浴の温度は、-5℃~60℃、特に15℃~50℃であることが好ましい。凝固浴の温度が上記下限未満であると、冷却するためのコストがかかり好ましくない。また、凝固浴の温度が上記下限未満であると、凝固速度も低下する。凝固浴の温度が上記上限を超えると凝固スピードが速くなり相分離制御が難しくなる。
【0117】
なお、断面同心円状芯鞘ノズルから吐出させるドープ1及びドープ2の温度には特に制限はないが、通常60℃~100℃の範囲内とすることが、紡糸粘度の適正の観点から好ましい。
【0118】
芯鞘プレカーサーの紡糸工程において、該鞘層をより厚くするほど、微粒子状ケイ素含有物質を芯部へより高濃度(例えば60質量%以上)に添加しても、外周部(鞘層)からの強度補強の観点から、ノズル吐出直後の凝固過程や延伸過程において、糸切れを防止する効果があり、安定な紡糸が実現できる。従って、微粒子状ケイ素含有物質を芯部に高濃度添加する場合は、紡糸可能な芯鞘プレカーサーの鞘層の厚みと、微粒子含有量と、芯部の大きさを適度に選定することが極めて重要となってくる。
【0119】
<工程5)>
工程5)は、工程4)で得られた芯鞘構造線状体を洗浄して芯鞘構造湿熱糸を延伸し、キャビテーションを誘発させる工程である。この洗浄により、溶媒を除去して凝固浴による相分離を停止させる。
洗浄は、熱水を用いて行うことができる。洗浄に用いる熱水の温度は、50℃以上、特に70℃以上で、とりわけ沸騰水であることが好ましい。洗浄水の温度が上記下限未満では洗浄効果が低減するので好ましくない。
【0120】
洗浄は、ドープや凝固浴で用いた有機溶媒の混合液が残存しないようにすることが、構造固定の観点から重要である。また、この高温の洗浄工程において、徐々に溶媒を抜きながら数倍程度延伸することで、多孔化させつつも、繊維としての強度を持たせることができる。
【0121】
なお、上記洗浄時の延伸は、ケイ素化合物の添加量にも依存するが、必要に応じて、多層構造線状体を1.5~10倍程度に延伸するよう行うことが好ましい。さらに好ましくは、3~8倍である。延伸を行う場合、繊維強度を高めることができ、また、芯部に添加されているケイ素含有物質ナノ微粒子、並びそれら集合体周辺で、延伸時の応力集中によりキャビテーションを起こさせ、芯部の多孔質化を同時に誘発させる効果がある。
また、得られた芯鞘構造湿熱糸を、後の熱処理工程におけるトウを構成する繊維間の融着や膠着を防ぐために、油剤を表面に塗布することが好ましい。油剤にはシリコン系油剤が好ましく、1~1.5質量%の油剤水溶液につけて、130~170℃で緻密化乾燥させるのがシリコン油剤の内部への混入を抑制するには最も良い。乾燥工程は、これに限ったことではない。
【0122】
この乾燥工程により、繊維内部に浸透した水の膨潤状態をなくし、長期的に安定な、乾燥した芯鞘構造湿熱糸(本発明において、「芯鞘構造プレカーサー」と呼称する。)を最終的に得ることができる。
【0123】
<工程6)>
工程6)は、工程5)で得られた芯鞘構造プレカーサーを200℃~300℃の酸化性ガス雰囲気中で熱処理して芯鞘構造耐炎化糸を得る工程である。
工程6)における耐炎化処理の熱処理温度が200℃未満では、十分な耐炎化構造が得られないか、非常に長い時間が処理に必要であり、好ましくない。一方、300℃を超えると、急激な耐炎化反応が加速的に起こり(暴走反応)、大きな発熱ともに繊維が切れてしまう可能性がある。
熱処理温度は220℃以上がより好ましく、240℃以上であることが更に好ましい。一方、280℃以下であることがより好ましく、260℃以下であることが更に好ましい。この熱処理温度は徐々に段階的に上げてもよい。
【0124】
耐炎化処理の酸化性ガスとしては、通常、空気が用いられるが、酸化反応速度の制御から窒素や不活性ガスとの混合ガスとして、酸素濃度を調整したものを用いてもよい。
【0125】
熱処理時間は、熱処理の温度や酸化性ガス雰囲気の酸化性ガス濃度によっても異なるが、通常、15分~60分程度である。
【0126】
<工程7)>
工程7)は、工程6)で得られた芯鞘構造耐炎化糸を更に不活性ガス雰囲気にて800℃~2000℃で加熱して炭素化することにより、最終的に繊維状ケイ素/炭素複合電極材を得る工程である。
【0127】
炭素化処理の加熱温度が800℃以上、特に1000℃以上であれば、窒素含有量が少ない効率的な炭素化を行うことができる。ただし、好ましい態様としては、第1段として500~900℃において、前炭素化処理を1~5分程度行い、その後、好ましくは1200℃以上で炭素化するのが良い。特に、粉砕段階においてケイ素ナノ微粒子表面外周部に数ナノレベルの薄い酸化膜(1~3.5nm厚)が形成される場合があるが、前炭素化処理後に800℃~2000℃で炭素化処理することにより大部分を純粋なケイ素に還元させることができる。
なかでも、周辺の炭素マトリックスと徐々に界面反応し、より酸化膜を還元除去しやすくするために、炭素化処理の温度は1300℃以上であることが好ましく、1400℃以上であることが特に好ましい。
一方、炭素化温度が低いと、十分な炭素構造が発達せずに、焼成後の炭素マトリックスの導電性が低下する可能性があるので、上限としては、2000℃以下が好ましく、より好ましくは1700℃以下、更に好ましくは1500℃以下である。この温度が高いと、必要以上に炭素化のためのエネルギーコストがかかり、収率も低下し弾性率が大きくなり脆性化しすぎて好ましくない。またケイ素酸化物の種類にもよるが、融点を大幅に超えて流動性が増加し、ケイ素化合物の流れにより再凝集が起こる可能性がある。また場合によっては、ケイ素化合物の沸点を超えることもあり、ガスの急激な発生により繊維構造体の破壊につながるリスクもある。
【0128】
炭素化処理の不活性ガス雰囲気としては、通常、窒素ガスが用いられるが、何らこれらに限定されるものではない。ただし、炭素化処理が1300℃を超える焼成の場合、処理時間にもよるが、窒素ガスを用いるとケイ素化合物の微粒子周辺に窒化ケイ素の絶縁膜が形成される場合があるので、その場合はアルゴンガスを用いるのが好ましい。
【0129】
炭素化処理時間は、加熱温度や繊維直径の大きさによっても異なるが、通常、1分~30分程度である。
【0130】
<粉砕工程>
上記工程7)で得られた繊維状ケイ素/炭素複合電極材は長繊維状であるため、用途に応じて、粉砕処理して適当な長さ、例えば平均繊維長さ5μm~50μm程度の短繊維としてもよい。
この粉砕処理には、ジェットミルや乾式ビーズミル等を用いることができる。また繊維長が数百ミクロンを超える場合は直接所望の長さに、回転刃などによる定長切断機を用いることができる。
【0131】
<その他電極>
本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材を繊維長さ方向に並列に配置して面電極のバイポーラ電極として、また集電材フリーの自立電極として用いることもできる。
また、これら繊維を紙漉き法などにより、不織布として面電極化しても良い。この場合、必要であれば、活物質の密度を向上させるためグラファイト微粒子を練りこむなどの電極材としも応用できる。
またこれら上記面電極材に直接電解液を浸み込ませ、電池作成工程において乾燥工程を省略し低コスト化が図れる、いわゆるドライ電極として活用することにも有効である。
【0132】
<メカニズム>
上記の工程1)~7)を経て、本発明の繊維状ケイ素/炭素複合電極材を製造することができるメカニズムについては以下の通りである。
【0133】
以下においては、原料ポリマーとしてのPAN系ポリマー、場合によってはそれに調整ポリマーを加え、溶媒としてDMAcを用いる場合について説明する。
PAN系ポリマーは、DMAc溶媒と相溶性が良く、DMAcはPAN系ポリマーや調整ポリマーの良溶媒であり、それらの混合物であるドープは均一溶液として存在する。
しかし、凝固浴は一般に水を含むDMAcとの混合溶媒(凝固液)であり、水はDMAcと相溶性は良いので、水と油のように相分離はせず均一である。一方、水は、PAN系ポリマーとは全く相溶しない貧溶媒である。
ドープの吐出法には、乾湿式(ノズルの吐出面がわずかに凝固浴上面とわずかなエアーギャップがあり、そこを介してドープが凝固浴に入る紡糸方法。利点はこのギャップで凝固前にかなりの延伸が可能)と、直接ノズルが凝固浴中に初めから入り込んでいる湿式紡糸法(吐出後すぐに凝固するので、隣の繊維と融着しないのでノズルのホール数密度を著しく高めることができ生産性が高い)があるが、いずれも凝固浴に、ドープが接触した瞬間に凝固液が繊維内部へ浸透し、凝固が繊維の外側から進行する。PAN系ポリマーや調整ポリマーはドープ1として混合された段階で、ある程度の相分離は液系で起こっているが、凝固過程では、水がドープ内部に深く入ることによって、PAN系ポリマーや調整ポリマー内部の相分離構造もある程度固定化されるが、正確には水を含めた多元系の相分離が最終的に誘発され固定化される。すなわち、調整ポリマーの水との親和性の程度も最終的相分離構造に大きな影響を及ぼす。すなわち、水、DMAc、PAN系ポリマー、及び調整ポリマーを含む多元系の相分離と凝固時間を含めた設計が必要である。
このように凝固と相分離は、内部への液の入りやすさなどに起因して、液組成が変わりながら内部に拡散し、相分離サイズやその成長速度を決定する。系の温度、上記多元系の濃度分配によっても、その挙動が大きく異なる。
この相分離と凝固は、先の多元系の組成比によって決まるが、構造の発展過程で熱力学的に平衡状態ではなく、言わば非平衡な多元分子の拡散過程で膨潤した状態でもある。拡散過程であるということは、相分離や凝固には、正確に言うと時間がかかるが、ノズルから吐出される繊維形状のドープが数10μmしかないので、一瞬で内部まで拡散し起こる現象と言える。
また、DMAcがいつまでも残った状態でいると、可塑化効果によりPAN系ポリマーや調整ポリマーの重心は長い時間かけて動けるので、長時間洗浄せずに放置すると、制御された相分離構造が変わってしまう可能性がある。
温水洗浄した段階では水は残るが、DMAcはほとんど除去されるので構造変化は完全に止まる。しかし、水は内部に含んでいる状態であるので、その後、高温でポリマーの緻密化を行いながら水を乾燥させることで繊維径の収縮を伴い、炭素繊維の芯鞘構造プレカーサーが得られる。
【0134】
なお、上記の製造方法に限定されず、本発明に係る繊維状ケイ素/炭素複合電極材が得られる限りにおいて、その他の製造方法により繊維状ケイ素/炭素複合電極材を製造してもよい。その他の製造方法としては、例えば、炭素繊維の材料として溶融ピッチを用いたメルトブロー法などが挙げられる。この場合、メルトブロー法では(乾)湿式紡糸同様、芯鞘構造のノズルが用いられ、芯にはケイ素化合物微粒子が含有された溶融ピッチが、その外周から鞘材としてのケイ素化合物非含有の溶融ピッチがそれぞれ吐出される。またこれら芯鞘ノズルから芯及び鞘材が溶融状態で融合しながら吐出され、該芯鞘ノズル孔のさらに外周部から、高温の不活性ガスが高速ブローされ、その高速気流によって対面に設置されたロールに繊維が連続的に蓄積され、直接芯鞘構造を有する繊維の不織布が連続的に得られる。その後、該不織布を不融化、炭素化の高温処理工程を通し、最終的に芯鞘構造CFの不織布電極材が得られる。また、他の手法としては、やはり芯鞘ノズルを用い、PAN系ドープ溶液、または溶融ピッチを用いたエレクトロスピンイング法などで製造する方法が挙げられる。
【実施例0135】
以下、具体的な実施例を挙げる。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、且つ、本発明の特長が大きく損なわれない限り、各種応用例も本発明に含まれる。
【0136】
[実施例1]
炭素繊維の原料ポリマーとして、アクリロニトリル(AN)とアクリルアミド(AAm)とメタクリル酸(MAA)とを96:3:1の質量割合で共重合したポリアクリロニトリル(PAN)系共重合体を用いた(以下「PAN系ポリマー」と呼称する)。またそれを溶解しうる溶媒にジメチルアセトアミド(DMAc)を用いた。
【0137】
ケイ素含有物質のナノ微粒化、並びに、そのサイズを調整するため、純ケイ素微粒子(レーザ回折法による粒度分布測定での平均粒子サイズD50=1.9μm)を6質量%の濃度で、上記DMAc中に分散させ分散液を作製した。次に、この分散液に粒径約100μmの酸化ジルコニウムのビーズを混合して、ビーズミル粉砕装置により湿式粉砕を行った。このナノ微粒子に粉砕されたケイ素微粒子/DMAc分散液を、ビーズミル粉砕装置からフィルターを介して取り出し、更にDMAcで3.2倍に希釈し、最終的に、純ケイ素換算で約1.9質量%の、平均粒径1μm未満のケイ素ナノ微粒子が分散したスラリーを得た。
【0138】
一般に平均粒子径が100~200nmを下回る微粒子においては、レーザ回折粒度分布計では、粒径サイズの測定精度が不充分であり、走査電子顕微鏡(SEM)観察に頼らざるを得ない。そのため、上記スラリーを固形分のみにするため乾燥させた後、SEM画像により観測したところ、上記で得られたスラリーは、最大粒子径:約170nm以下、平均粒子径:70~90nm程度のケイ素ナノ微粒子の分散液であることがわかった。
【0139】
次にPAN系ポリマーがDMAcに対して18質量%となるように、-20℃にて上記スラリーにPAN系ポリマーを均一分散させた後、攪拌しながら130℃にて1時間加熱して溶解させ、その後80℃まで温度を下げてケイ素含有ドープ1を作製した。
【0140】
一方、該PAN系ポリマーを、DMAcのみの溶媒に濃度20質量%となるように、ドープ1と同様の手法にて、ケイ素非含有のドープ2を作製した。
【0141】
口径70μmで、ホール数400の断面同心円状芯鞘ノズルを用い、該ドープ1を該芯鞘ノズルの中心吐出口から、該ドープ2を該芯鞘ノズルの外周側の吐出口から合流させ、温度38℃、DMAc濃度65質量%の水溶液からなる凝固浴中へ吐出凝固させることにより、芯鞘構造線状体を得た。
次に、該芯鞘構造線状体を、沸騰水である洗浄浴に導糸して洗浄しながら、7.7倍延伸を行い、巻き取り機にて紙管に巻き取り、芯鞘構造湿熱糸を得た。
【0142】
更に、耐炎化の熱処理において単繊維同士が融着しないように、該芯鞘構造湿熱糸を1質量%のシロキ酸系の油剤水溶液中に導糸して、芯鞘構造湿熱糸の表面に油剤を塗布した後、170℃の熱ロールを通して、表面を乾燥緻密化させた後、最終的な炭素繊維の前駆体繊維である、芯層にケイ素ナノ微粒子を含有した芯鞘構造プレカーサーを得た(図5)。
【0143】
次いで、前記芯鞘構造プレカーサーを、エアー雰囲気にて230℃から250℃まで段階的に温度を上げて50分間耐炎化炉にて酸化熱処理を施し、芯鞘構造耐炎化糸を得た。
【0144】
前記芯鞘構造耐炎化糸を、窒素雰囲気において350℃から700℃まで徐々に温度を上げながら1分間前炭素化処理を行い、次いで、同様に窒素雰囲気化にて1200℃から1300℃まで1分間加熱し炭素化を行い、最終的に、芯層にケイ素ナノ微粒子を純ケイ素換算で約10質量%含有した芯鞘構造炭素繊維(「Si-NP芯鞘CF」と呼称する。)電極材を得た。
【0145】
図6は、前記Si-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面をTEM(5万倍)により観察したものである。
なお、図6の断面右端最表面の120nm程度の灰色の層はカーボンを保護膜として蒸着した部分である。即ち、TEMで観察するサンプルは、CF電極材の繊維からイオンビームを用いて切り出し加工して取り出すが、同時に切り出し部分の幅形状を事前確認するため、同イオンビームでスキャンして確認する。その時にサンプルにダメージを与えないようにカーボンを蒸着した保護膜であり、電極材サンプルとは関係のない部分である。
切り出したTEMの試料厚みは120nm程度であり、凝固糸の洗浄時の延伸における、ケイ素ナノ微粒子(黒い部分)、並びに、その集合領域に応力集中においてキャビテーションにより形成された、離散的に分布した海島構造の空隙構造(白い部分)が多数観測された。なおサンプル断面の厚さ方向に内部に埋もれている空隙構造は、その埋まり度合いによって、薄い白い部分として観察されている。一方、黒い部分がケイ素ナノ微粒子であるが、これも同様に、内部に埋もれた部分は黒い部分が薄く観察されている。
また矢印部分は、電解液が芯層方向へ侵入することを遮断する鞘層に相当する部分であり、芯部を取り囲むように観察された。今回作製した芯鞘構造を有する電極材の芯部の直径は、おおよそ6μm程度であり、鞘の厚さは、芯層の位置ブレもあり、方向によって異なるが、おおよそ0.3~1.2μm程度であった。Si-NP芯鞘CF電極材の直径は平均的におおよそ7.4μm程度で、一方、鞘の平均的厚さは0.76μm程度であった。
【0146】
図7は、前記Si-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面の芯部を取り囲む鞘層の緻密領域を20万倍で測定したTEM写真である。空孔が存在せず、かつ、最大径が10nm以上のケイ素ナノ微粒子が存在しない領域が、前記芯部を囲うように連続的に存在していた。
断面の周辺のカーボン蒸着した層付近に存在する、数~30nm程度の大きさの空隙は、芯鞘構造湿熱糸の表層に塗布した油剤が乾燥工程で侵入し、後の耐炎化または炭素化において分解蒸発して形成されたものであり、図1における最表領域13に相当する部分である。
【0147】
図8は、前記Si-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に直交する断面の中央部(芯部)を20万倍で測定したTEM写真である。図6及び図8からわかるように、約10~100nmの範囲にケイ素ナノ微粒子や空隙が存在していた。
【0148】
図9図11は、前記Si-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に沿う断面(縦断面)における外周部付近をそれぞれ5万倍、20万倍で測定したTEM写真である。外周部に約1μm程度の厚さを有する鞘層があり、また、図11のTEM写真(20万倍)からは、鞘層内に緻密領域が存在することがわかる。
【0149】
図10図12は、それぞれ、前記Si-NP芯鞘CF電極材の繊維長さ方向に沿う断面の中央部を5万倍、20万倍で測定したTEM写真である。これらの図から、繊維軸方向にケイ素ナノ微粒子やその近傍で誘発されたキャビテ-ションによる空隙が、数百nmの幅をなして、繊維軸方向に配向分布していることが分かる。しかし、これらケイ素ナノ微粒子や空隙は、図12のTEM写真(20万倍)で見られるように、微視的に見ても離散的であって、繊維長さ方向に引き延ばされていることで、極度に凝集した大きな接触結合したドメイン構造を造りにくく、炭素マトリックスとケイ素ナノ微粒子が効率的に接触結合しており、該ケイ素ナノ微粒子が多量にLiイオンを吸収して膨張しても、その膨張体積分を、ケイ素ナノ微粒子を脱落させることなく、空隙の効果も含めて、炭素マトリックスの応力緩和を引き起こすことが期待できる。
【0150】
以上が実施例であるが、次に比較例として、ケイ素は含有しているが、鞘層を有していない、単層のCF(「Si-NP単層CF」と呼称する。)電極材の比較例について説明する。
【0151】
[比較例1]
純ケイ素換算で約10質量%含有したSi-NP単層CFとなるように、ケイ素ナノ微粒子添加量をスラリー製造の段階で調整し、単層ノズルにて、他は実施例と同様の条件で、鞘を有しないSi-NP単層CF電極材を製造した。
【0152】
図13はその繊維長さ方向に直交する断面を5万倍で測定したTEM写真である。図13より、周辺部の極表面付近にまで、ケイ素ナノ微粒子や空隙が存在しており、ケイ素ナノ微粒子や空隙の存在により表面形状は凹凸が激しく、電解液との接触面積は大きくなることが分かる。こうした部分がLiイオンの充放電によって、更にケイ素ナノ微粒子集合体が体積で400~500%程度膨張し、ケイ素ナノ微粒子周辺に空隙部分が新たに形成されて広がる可能性を含む。そして、こうしたケイ素ナノ微粒子の、充放電時の膨張と収縮において新たな空隙形成がなされ、拡張することが懸念される。そこへ周辺部表層から電解質が侵入し、徐々にSi-NP単層CF電極材の電池特性を副反応(SEI膜形成)により劣化させる可能性が高くなる。こうした劣化は、ケイ素ナノ微粒子の添加量が多いほど増長され、それにつれて電池特性の劣化の程度も大きくなると考えられる。
【0153】
仮に該Si-NP単層CF電極材の直径が7.4μmとして、表層僅か0.3μmの深さにおいて劣化が起こったとすると、体積比から約15%程度の劣化の影響が懸念されることになる。
【0154】
[電池特性の評価]
電池特性の評価として、以下の通り、リチウムイオン電池のコインセルを作製した。
実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材と比較例1で製造したSi-NP単層CF電極材をそれぞれ3mm程度にカットして、カットした電極材を95質量%、カルボキシメチルセルロース(CMC)3質量%、スチレン-ブタジエン共重合体ラバー(SBR)1.7質量%、及びCNT0.3質量%の割合で用いて水中に分散混練し、得られた分散液(固形分濃度40質量%)を銅箔上に塗工し、乾燥プレスして負極電極を作製した。
一方、対局にはリチウム箔を用いた。
また、電解液には、エチレンカーボネート(EC)/エチルメチルカーボネート(MEC)/フルオロエチレンカーボネート(FEC)=3/6/1質量比で混合したものに、電解質として1Nの六フッ化リン酸リチウム(LiPF)を分散させた液を用いた。
これらを用いて常法に従って、コインセルを作製した。
【0155】
前記コインセルに、初回(1回目)は充放電レート:0.05Cで充放電を行った。実施例1で製造したSi-NP芯鞘CF電極材の充放電特性を図14に示す。
初期放電容量は、558mAh/gと大きな値を示した。比較例1で製造した鞘層を有しないSi-NP単層CF電極材に関しても、それはほぼ同等の値であった。
【0156】
また2回目から5回目までは充放電レート0.1Cで充放電を繰り返し、6回目以降は、充放電レート0.5Cで放電容量を測定し、Si-NP芯鞘CF電極材と、鞘層を有しないSi-NP単層CF電極材に関する放電容量のレート依存性を比較すると共に、電池特性として最も重要な充放電サイクルにおける劣化挙動を両者の電極に関して調べた。いずれの測定においても、放電電圧は0.01V~1.5Vで行った。
充放電試験機には、ASKA CHARGE DISCHARGE SYSTEM ACD-M01A(ASKA Electronic Co.,Ltd)を用いた。
図15は、Si-NP芯鞘CF電極材と、鞘層を有しないSi-NP単層CF電極材のサイクル特性の比較結果である。
充放電レート特性に関しては両者に大きな差はなかったが、一方、充放電レート0.5Cにおけるサイクル特性については差異が認められた。即ち、Si-NP芯鞘CF電極材の放電容量は、0.5Cのレートにおける40サイクルの間において、ほぼ安定した放電容量が得られたが、Si-NP単層CF電極材に関しては、対Si-NP芯鞘CF電極材に対して対8~9%の放電容量の低下がみられた。
【符号の説明】
【0157】
11 芯部
12 緻密領域
13 最表領域
14 最内領域
15 鞘層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15