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特開2025-103513圧電膜を有する積層基板、積層基板の製造方法、及び圧電素子
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  • 特開-圧電膜を有する積層基板、積層基板の製造方法、及び圧電素子 図1
  • 特開-圧電膜を有する積層基板、積層基板の製造方法、及び圧電素子 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025103513
(43)【公開日】2025-07-09
(54)【発明の名称】圧電膜を有する積層基板、積層基板の製造方法、及び圧電素子
(51)【国際特許分類】
   H10N 30/853 20230101AFI20250702BHJP
   H10N 30/076 20230101ALI20250702BHJP
   H10N 30/20 20230101ALI20250702BHJP
   H10N 30/30 20230101ALI20250702BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/076
H10N30/20
H10N30/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023220951
(22)【出願日】2023-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 康教
(72)【発明者】
【氏名】柴田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】黒田 稔顕
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 和俊
(57)【要約】
【課題】圧電膜を有する積層基板において、圧電膜の配向性の低下を抑制しつつ、基板と圧電膜との間の密着性を向上させる。
【解決手段】基板と、基板上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、基板のうち、圧電膜が製膜された基板の面から、圧電膜が製膜された基板の面とは反対側の面に向かって1μmの深さまでの範囲にわたる領域をSIMS分析した際、カリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、ナトリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、圧電膜を構成する結晶の(001)面方位への配向率が96%以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記基板のうち、前記圧電膜が製膜された前記基板の面から、前記圧電膜が製膜された前記基板の前記面とは反対側の面に向かって1μmの深さまでの範囲にわたる領域をSIMS分析した際、カリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、ナトリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、
前記圧電膜を構成する結晶の(001)面方位への配向率が96%以上である、
積層基板。
【請求項2】
前記圧電膜の圧電定数e31が7C/m以上である請求項1に記載の積層基板。
【請求項3】
前記基板は、半導体基板、樹脂基板、ガラス基板、及び金属基板のうちのいずれかである、請求項1又は2に記載の積層基板。
【請求項4】
前記基板は、シリコン基板であり、
前記基板には、半導体素子が形成されている、
請求項1又は2に記載の積層基板。
【請求項5】
前記基板には、前記半導体素子を保護する保護膜が形成されている、請求項4に記載の積層基板。
【請求項6】
基板を用意する工程と、
前記基板上に、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜をスパッタリング法により製膜する工程と、を備え、
前記圧電膜を製膜する工程では、製膜温度を400℃以上500℃未満とし、酸素分圧を0.0025Pa以上0.01Pa未満とし、雰囲気圧力を0.03Pa以上0.1Pa未満とする、
積層基板の製造方法。
【請求項7】
基板と、
前記基板上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記基板のうち、前記圧電膜が製膜された前記基板の面から、前記圧電膜が製膜された前記基板の前記面とは反対側の面に向かって1μmの深さまでの範囲にわたる領域をSIMS分析した際、カリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、ナトリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、
前記圧電膜を構成する結晶の(001)面方位への配向率が96%以上である、
圧電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧電膜を有する積層基板、積層基板の製造方法、及び圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体は、センサ、アクチュエータ等の機能性電子部品に広く利用されている。圧電体の材料としては、鉛系材料、特に、組成式Pb(Zr1-xTi)Oで表されるPZT系の強誘電体が広く用いられている。PZT系の圧電体は鉛を含有しているため、公害防止の面等から好ましくない。そこで、鉛非含有の圧電材料として、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含む圧電材料(KNN)が提案されており、基板と、基板上に製膜された下部電極膜と、下部電極膜上に、KNNを用いて製膜された圧電膜を有する積層基板が提案されている(例えば特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007-184513号公報
【特許文献2】特開2008-159807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、圧電膜を有する積層基板において、圧電膜の配向性の低下を抑制しつつ、基板と圧電膜との間の密着性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様によれば、
基板と、
前記基板上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記基板のうち、前記圧電膜が製膜された前記基板の面から、前記圧電膜が製膜された前記基板の前記面とは反対側の面に向かって1μmの深さまでの範囲にわたる領域をSIMS分析した際、カリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、ナトリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、
前記圧電膜を構成する結晶の(001)面方位への配向率が96%以上である、
積層基板又は圧電素子が提供される。
【0006】
本開示の他の態様によれば、
基板を用意する工程と、
前記基板上に、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜をスパッタリング法により製膜する工程と、を備え、
前記圧電膜を製膜する工程では、製膜温度を400℃以上500℃未満とし、酸素分圧を0.0025Pa以上0.01Pa未満とし、雰囲気圧力を0.03Pa以上0.1Pa未満とする、
積層基板の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、圧電膜を有する積層基板において、圧電膜の配向性の低下を抑制しつつ、基板と圧電膜との間の密着性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本開示の一態様にかかる圧電積層体の断面構造の一例を示す図である。
図2】本開示の一態様にかかる簡易圧電素子の構造の一例を示す図である。
図3】本開示の一態様にかかる圧電素子の概略構成の一例を示す図である。
図4】本開示の一態様にかかる圧電デバイスモジュールの概略構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<本開示の一態様>
以下、本開示の一態様について図面を参照しながら説明する。
【0010】
(1)積層基板の構成
図1に示すように、本態様にかかる圧電膜を有する積層基板(積層体)10(以下、積層体10とも称する)は、基板1と、基板1上に製膜された下部電極膜2と、下部電極膜2上に製膜された圧電膜(圧電薄膜)3と、圧電膜3上に製膜された上部電極膜4と、を備えている。なお、本開示における「製膜」によって得られた膜は、基板1上に直接堆積させた膜であり、基板1上に貼り合わせた(接合した)膜を含まない。
【0011】
基板1として、例えば半導体基板を用いることができる。具体的には、基板1として、熱酸化膜又はCVD(Chemical Vapor Deposition)酸化膜等の表面酸化膜(SiO膜)1bが形成された単結晶シリコン(Si)基板1a、すなわち、表面酸化膜を有するSi基板を好適に用いることができる。また、基板1としては、表面酸化膜1bの代わりに、SiO以外の絶縁性材料により形成された絶縁膜を有するSi基板1aを用いることもできる。また、基板1としては、表面にSi(100)面又はSi(111)面等が露出したSi基板1a、すなわち、表面酸化膜1b又は絶縁膜を有さないSi基板を用いることもできる。また、基板1としては、SOI(Silicon On Insulator)基板、石英ガラス(SiO)基板を用いることもできる。単結晶Si基板1aの厚さは例えば300μm以上1000μm以下、表面酸化膜1bの厚さは例えば1nm以上4000nm以下とすることができる。
【0012】
下部電極膜2は、例えば白金(Pt)を用いて形成することができる。下部電極膜2は、多結晶膜である。以下、Ptを用いて製膜した多結晶膜をPt膜とも称する。Pt膜は、その(111)面が基板1の主面に対して平行である((111)面が基板1の主面に対して±5°以内の角度で傾斜している場合を含む)こと、すなわち、Pt膜は(111)面方位に配向していることが好ましい。Pt膜が(111)面方位に配向しているとは、圧電膜3の表面で測定したX線回折(XRD)により得られたX線回折パターンにおいて(111)面に起因するピーク以外のピークが観測されないことを意味する。このように、下部電極膜2の主面(圧電膜3の下地となる面)は、Pt(111)面により構成されていることが好ましい。下部電極膜2は、スパッタリング法、蒸着法等の手法により製膜することができる。下部電極膜2の材料として、Pt以外に、金(Au)、ルテニウム(Ru)、又はイリジウム(Ir)等の各種金属、これらを主成分とする合金、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO、略称:SRO)又はニッケル酸ランタン(LaNiO、略称:LNO)等の金属酸化物等を用いて形成することもできる。なお、金属酸化物を用いて下部電極膜2を製膜する場合、下部電極膜2を構成する結晶は、基板1の表面に対して(001)面方位に優先配向していることが好ましい。下部電極膜2は、上記各種金属、上記各種金属を主成分とする合金、又は金属酸化物等を用いて形成された単層膜とすることができる。下部電極膜2は、Pt膜とPt膜上に設けられたSROを主成分とする膜との積層体や、Pt膜とPt膜上に設けられたLNOを主成分とする膜との積層体等であってもよい。下部電極膜2の厚さ(下部電極膜2が積層体である場合は、各層の合計厚さ)は例えば100nm以上400nm以下とすることができる。
【0013】
基板1と下部電極膜2との間には、これらの密着性を高めるため、密着層6が設けられていてもよい。密着層6は、例えば、亜鉛(Zn)及び酸素(O)を主成分として含む層(以下、「ZnO層」とも称する)とすることができる。ZnO層は、例えば酸化亜鉛を用いて形成することができる。ZnO層を構成するZn及びOの組成比はZn:O=1:1の関係を満たすことが好ましいが、これに限定されるものではなく、多少のばらつきがあってもよい。ZnO層は、多結晶層である。ZnO層は、その(0001)面が基板1の主面に対して平行である((0001)面が基板1の主面に対して±5°以内の角度で傾斜している場合を含む)こと、すなわち、ZnO層は(0001)面方位に配向していることが好ましい。ZnO層が(0001)面方位に配向しているとは、圧電膜3の表面で測定したXRDにより得られたX線回折パターンにおいて、(0002)面に起因するピークの強度が高いことを意味する。このように、ZnO層の主面(下部電極膜2の下地となる面)は、ZnO(0001)面により構成されていることが好ましい。ZnO層は、スパッタリング法、蒸着法等の手法により製膜することができる。ZnO層の厚さは例えば1nm以上200nm以下、好ましくは10nm以上50nm以下とすることができる。密着層6として、例えば、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、酸化チタン(TiO)、ニッケル(Ni)、ルテニウム酸化物(RuO)、イリジウム酸化物(IrO)等を主成分とする層が設けられていてもよい。このような密着層6も、スパッタリング法、蒸着法等の手法により製膜することができ、密着層6の厚さは例えば1nm以上200nm以下、好ましくは10nm以上50nm以下とすることができる。本明細書では、基板1と下部電極膜2との間に設けられる密着層6を、下部密着層6と称することもある。
【0014】
圧電膜3は、例えば、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、ニオブ(Nb)、及び酸素(O)を含有するアルカリニオブ酸化物から形成される膜である。すなわち、圧電膜3は、K、Na、Nb、及びOを含有するアルカリニオブ酸化物を主成分とする膜である。圧電膜3は、組成式(K1-xNa)NbOで表されるアルカリニオブ酸化物、すなわち、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN)を用いて形成することができる。上述の組成式中の係数x[=Na/(K+Na)]は、0<x<1、好ましくは0.4≦x≦0.8の範囲内とすることができる。圧電膜3は、KNNの多結晶膜(以下、KNN膜3とも称する)となる。また、KNNの結晶構造はペロブスカイト構造となる。すなわち、KNN膜3はペロブスカイト構造を有している。また、KNN膜3を構成する結晶群のうち半数以上の結晶が柱状構造を有していることが好ましい。なお、本明細書では、KNNの結晶系を正方晶系とみなすこととする。KNN膜3は、スパッタリング法により製膜することができる。KNN膜3の厚さは、例えば0.5μm以上5μm以下、好ましくは1μm以上3μm以下とすることができる。
【0015】
KNN膜3を構成する結晶は、基板1(基板1が例えば表面酸化膜1b又は絶縁膜等を有するSi基板1aである場合はSi基板1a)の主面に対して(001)面方位に優先配向している。すなわち、KNN膜3の主面(上部電極膜4の下地となる面)は、主にKNN(001)面により構成されている。例えば、主面が主にPt(111)面により構成されているPt膜(下部電極膜2)上にKNN膜3を直接製膜することにより、主面が主にKNN(001)面により構成されたKNN膜3を得ることができる。なお、本明細書において、KNN膜3を構成する結晶が(001)面方位に配向しているとは、KNN膜3を構成する結晶の(001)面が基板1の主面に対して平行又は略平行であることを意味する。また、KNN膜3を構成する結晶が(001)面方位に優先配向しているとは、(001)面が基板1の主面に対して平行又は略平行である結晶が多いことを意味する。
【0016】
また、KNN膜3を構成するアルカリニオブ酸化物は、リチウム(Li)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、ビスマス(Bi)、アンチモン(Sb)、バナジウム(V)、インジウム(In)、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、クロム(Cr)、Ti、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、銀(Ag)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、Ni、アルミニウム(Al)、Si、ゲルマニウム(Ge)、スズ(Sn)、及びガリウム(Ga)からなる群より選択される少なくとも一種の元素(ドーパント)をさらに含有してもよい。アルカリニオブ酸化物中におけるこれらの元素の濃度は、例えば5at%以下(上述の元素を複数含有している場合は合計濃度が5at%以下)とすることができる。
【0017】
上部電極膜4は、例えば、Pt、Au、Al、Cu等の各種金属又はこれらの合金を主成分としている。上部電極膜4は、スパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法等の手法により製膜することができる。上部電極膜4は、下部電極膜2のようにKNN膜3の結晶構造に大きな影響を与えるものではない。そのため、上部電極膜4の材料、結晶構造、製膜手法は特に限定されない。なお、KNN膜3と上部電極膜4との間には、これらの密着性を高めるため、例えば、RuO、IrO、Ti、Ta、TiO、Ni等を主成分とする密着層7が設けられていてもよい。上部電極膜4の厚さは例えば50nm以上5000nm以下、好ましくは50nm以上300nm以下、密着層7を設ける場合には密着層7の厚さは例えば1nm以上200nm以下、好ましくは5nm以上50nm以下とすることができる。本明細書では、KNN膜3と上部電極膜4との間に設けられる密着層7を、上部密着層7と称することもある。
【0018】
詳しくは後述するが、本態様では、積層体10の作製過程において、低温、高酸素分圧、及び低雰囲気圧力の条件でKNN膜3を製膜している。これにより、本態様における積層体10は、後述する特徴1及び特徴2の両方を備えることとなる。また、本態様における積層体10は、後述する特徴3をさらに備え得る。以下、本態様の積層体10が有し得る種々の特徴について説明する。
【0019】
(特徴1)
KNN膜3を製膜する際、アルカリ金属(カリウム原子、ナトリウム原子)が下部電極膜2(及び下部密着層6)を介して基板1まで拡散することがある。アルカリ金属が基板1まで拡散すると、基板1と下部電極膜2(下部密着層6を有する場合は下部密着層6)との間の密着性が低下することがある。結果、積層体10を加工することで得られる後述の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の駆動時に、KNN膜3が繰り返し大きく変形すること等により下部電極膜2の周辺(部材)に過大な外力が繰り返し加わると、下部電極膜2ひいてはKNN膜3が基板1から剥離してしまうことがある。
【0020】
このような課題に対し、本態様では、積層体10の作製過程において、KNN膜3を低温で製膜している。これにより、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制することに成功している。具体的には、本態様における積層体10は、基板1の表層領域を二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS)により分析した際、カリウムの濃度(K濃度)が5E15cm-3以下であり、ナトリウムの濃度(Na濃度)が5E15cm-3以下である、という特徴(特徴1)を有している。
【0021】
このように、KNN膜3を低温で製膜することで、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制でき、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度が低い積層体10が得られることは、本発明者等の鋭意検討の結果初めて見出された新規知見である。
【0022】
なお、本明細書における「基板1の表層領域」とは、基板1の上面から(基板1が表面酸化膜1bを有する場合は、表面酸化膜1bの上面から)、基板1の厚さ方向に(基板1の下面に向かって)1μmの深さまでの範囲にわたる領域である。また、「基板1の上面」とは、基板1が有する2つの主面のうち下部電極膜2等が製膜されている面であり、「基板1の下面」とは、基板1が有する2つの主面のうち、基板1の上面とは反対側の面である。
【0023】
基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれが5E15cm-3以下であることで、基板1と下部電極膜2(又は下部密着層6)との間の密着性を向上させることができる。これにより、後述の圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の駆動時に、下部電極膜2の周辺に過大な外力が繰り返し加わったとしても、下部電極膜2ひいてはKNN膜3の基板1からの剥離を回避できる。その結果、圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の信頼性を向上させることが可能となる。
【0024】
基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度が低いほど、基板1と下部電極膜2(又は下部密着層6)との間の密着性をより向上させることが可能となる。基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれが3E14cm-3以下であることが好ましく、これにより、上記密着性をより向上させることが可能となる。また、基板1の表層領域におけるK濃度は例えば1E14cm-3以下であることがより好ましく、これにより、上記密着性をさらに向上させることが可能となる。
【0025】
基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度の下限値は特に限定されない。なお、現時点でのSIMS分析によるK濃度の検出限界は1E14cm-3程度であり、Na濃度の検出限界は3E14cm-3程度である。
【0026】
(特徴2)
KNN膜3を低温で製膜すると、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制できるものの、KNN膜3の(001)配向率が低下してしまうことがある。
【0027】
このような課題に対し、本態様では、積層体10の作製過程において、低温、高酸素分圧、及び低雰囲気圧力の条件でKNN膜3を製膜している。すなわち、KNN膜3の製膜条件を低温にするだけでなく、高酸素分圧及び低雰囲気圧力にしている。これにより、低温で製膜しても、(001)配向率が高い(結晶の配向性が高い)KNN膜3を得ることに成功している。このことは、本発明者等の鋭意検討の結果初めて見出された新規知見である。
【0028】
具体的には、積層体10は、特徴1に加えて、KNN膜3の(001)配向率が例えば96%以上、好ましくは98%以上であるという特徴(特徴2)をさらに有する。
【0029】
なお、KNN膜3の(001)配向率とは、KNN膜3を構成する結晶の(001)面方位への配向率である。「KNN膜3の(001)配向率が96%以上である」とは、KNN膜3を構成する結晶のうち例えば96%以上の結晶が基板1の主面に対して(001)面方位に配向していることを意味する。なお、本明細書における「配向率」とは、KNN膜3に対してXRD測定を行うことにより得られたX線回折パターン(2θ/θ)のピーク強度に基づいて、下記式(1)により算出した値である。
【0030】
配向率(%)={(001)ピーク強度/((001)ピーク強度+(110)ピーク強度)}×100・・・(1)
【0031】
上記式(1)における「(001)ピーク強度」とは、KNN膜3に対してXRD測定を行うことにより得られるX線回折パターンにおいて、KNN膜3を構成する結晶のうち(001)面方位に配向する結晶(すなわち、(001)面が基板1の主面に対して平行である結晶)に起因する回折ピークの強度であり、2θが20°~23°の範囲内に現れるピークの強度である。2θが20°~23°の範囲内に複数のピークが現れる場合は、最も高いピークの強度である。また、上記式(1)における「(110)ピーク強度」とは、KNN膜3に対してXRD測定を行うことにより得られるX線回折パターンにおいて、KNN膜3を構成する結晶のうち(110)面方位に配向する結晶(すなわち、(110)面が基板1の主面に対して平行である結晶)に起因する回折ピークの強度であり、2θが30°~33°の範囲内に現れるピークの強度である。なお、2θが30°~33°の範囲内に複数のピークが現れる場合は、最も高いピークの強度である。
【0032】
なお、この特徴を発現させるためには、KNN膜3がペロブスカイト構造を有する必要がある。KNN膜3がペロブスカイト構造を有しない場合、XRD測定を行うことにより得られるX線回折パターンにおいて、少なくとも2θが20°~23°の範囲内にピークを観察できず、結果、(001)配向率を算出できないからである。
【0033】
(特徴3)
本態様では、積層体10の作製過程において、低温、高酸素分圧、及び低雰囲気圧力の条件でKNN膜3を製膜している。これにより、低温で製膜しても、(001)配向率が高いKNN膜3を得ることに成功している。結果、圧電定数が高いKNN膜3を得ることも可能となる。
【0034】
具体的には、積層体10は、上記特徴1及び特徴2に加えて、KNN膜3の圧電定数e31の絶対値が例えば7C/m以上、好ましくは10C/m以上であるという特徴(特徴3)をさらに有し得る。
【0035】
(2)圧電素子及び圧電デバイスモジュールの構成
図2に、上述の積層体10をエッチング等により所定の形状に成形することで得られる素子(デバイス)20(KNN膜3を有する素子20、以下、圧電素子20とも称する)の概略構成図を示す。なお、本明細書では、図2に示す圧電素子20を簡易圧電素子20aとも称する。
【0036】
また、圧電素子20は、メンブレン構造、カンチレバー構造等を有していてもよい。このような圧電素子20の一例として、図3に、簡易圧電素子20aをさらに成形することで得られるメンブレン型MEMS圧電素子20bの概略構成図を示す。圧電素子20bは、簡易圧電素子20aに対してDeep-RIE又はウエットエッチングを行い、基板1の裏面側(基板1が有する2つの主面のうち、下部電極膜2等が製膜された面とは反対側の面)から、基板1の一部を除去することで得られる。また、圧電素子20bは、絶縁膜8と、メタル配線9a,9bと、をさらに備えている。
【0037】
メタル配線9aは、下部電極膜2に接続され(接触し)、上部電極膜4に接続されない(接触しない)ように設けられている。また、メタル配線9bは、上部電極膜4に接続され、下部電極膜2に接続されないように設けられている。メタル配線9a,9bは、それぞれ、例えば、Au、Al、Ti、Cr等の各種金属、これらの各種金属を主成分とする合金を用いて形成することができる。メタル配線9a,9bは、単層膜であってもよく、複数層を積層した積層体であってもよい。メタル配線9a,9bは、スパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法等の手法により製膜することができる。
【0038】
絶縁膜8は、メタル配線9bと下部電極膜2との間を絶縁するように設けられている。絶縁膜8は、例えば、KNN膜3の側面の一部を覆うように、上部電極膜4から基板1にかけて設けられている。絶縁膜8は、酸化シリコン(SiO)、酸化アルミニウム(Al)、酸化タンタル(Ta)等の酸化物等を用いて形成することができる。絶縁膜8は、単層膜であってもよく、複数層を積層した積層体であってもよい。絶縁膜8は、CVD法、スパッタリング法等の手法により製膜することができる。
【0039】
図4に、本態様にかかるKNN膜3を有するデバイスモジュール30(以下、圧電デバイスモジュール30とも称する)の概略構成図を示す。圧電デバイスモジュール30は、図3に示す圧電素子20bと、圧電素子20bに接続される電圧印加部11aまたは電圧検出部11bと、を少なくとも備えている。なお、圧電デバイスモジュール30は、図3に示す圧電素子20bの代わりに、図2に示す簡易圧電素子20aを備えていてもよい。
【0040】
電圧印加部11aは、下部電極膜2と上部電極膜4との間(電極間)に電圧を印加する手段であり、電圧検出部11bは、下部電極膜2と上部電極膜4との間(電極間)に発生した電圧を検出する手段である。電圧印加部11a、電圧検出部11bとしては、公知の種々の手段を用いることができる。
【0041】
電圧印加部11aを、圧電素子20の下部電極膜2と上部電極膜4との間に接続することで、圧電デバイスモジュール30をアクチュエータとして機能させることができる。電圧印加部11aにより下部電極膜2と上部電極膜4との間に電圧を印加することで、KNN膜3を変形させることができる。この変形動作により、圧電デバイスモジュール30に接続された各種部材を作動させることができる。この場合、圧電デバイスモジュール30の用途としては、例えば、インクジェットプリンタ用のヘッド、スキャナー用のMEMSミラー、超音波発生装置用の振動子等が挙げられる。
【0042】
電圧検出部11bを、圧電素子20の下部電極膜2と上部電極膜4との間に接続することで、圧電デバイスモジュール30をセンサとして機能させることができる。KNN膜3が何らかの物理量の変化に伴って変形すると、その変形によって下部電極膜2と上部電極膜4との間に電圧が発生する。この電圧を電圧検出部11bによって検出することで、KNN膜3に印加された物理量の大きさを測定することができる。この場合、圧電デバイスモジュール30の用途としては、例えば、角速度センサ、超音波センサ、圧カセンサ、加速度センサ等が挙げられる。
【0043】
(3)圧電積層体、圧電素子、圧電デバイスモジュールの製造方法
上述の積層体10、圧電素子20、及び圧電デバイスモジュール30の製造方法について説明する。
【0044】
(基板の用意)
まず、基板1として、表面酸化膜1bを有するSi基板を用意する。
【0045】
(下部密着層及び下部電極膜の製膜)
基板1の表面酸化膜1b上に、例えばスパッタリング法により下部密着層6(例えばZnO層)及び下部電極膜2(例えばPt膜)をこの順に製膜する。なお、いずれかの主面上に、下部密着層6や下部電極膜2が予め製膜された基板1を用意してもよい。
【0046】
下部密着層6としてのZnO層を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。下部密着層6の製膜時間は、目標とする下部密着層6の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:ZnO焼結体
温度(基板温度):200℃以上700℃以下、好ましくは300℃以上700℃以下、より好ましくは500℃以上700℃以下
放電パワー密度:2W/cm以上6W/cm以下、好ましくは3W/cm以上5W/cm以下
雰囲気:アルゴン(Ar)ガスと酸素(O)ガスとの混合ガスの雰囲気(以下、「Ar/O混合ガス雰囲気」とも称する)
ガスに対するArガスの分圧の比(Arガス分圧/Oガス分圧):5/1~30/1、好ましくは7/1~20/1、より好ましくは10/1~15/1
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
厚さ:1nm以上200nm以下、好ましくは10nm以上50nm以下
【0047】
本明細書における「5/1~30/1」のような数値範囲の表記は、下限値及び上限値がその範囲に含まれることを意味する。他の数値範囲についても同様である。また、本明細書における「基板温度」とは、各膜(各層)の製膜時の基板1の表面温度を意味する。
【0048】
なお、下部密着層6としてTi層等を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。
ターゲット:Ti板等
温度(基板温度):100℃以上500℃以下、好ましくは200℃以上400℃以下
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
その他の条件は、ZnO層を設ける際の条件と同様の条件とすることができる。
【0049】
下部電極膜2としてのPt膜を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。下部電極膜2の製膜時間は、目標とする下部電極膜2の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:Pt板
温度(基板温度):200℃以上600℃以下、好ましくは300℃以上500℃以下
放電パワー密度:1W/cm以上5W/cm以下、好ましくは2W/cm以上4W/cm以下
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
厚さ:100nm以上400nm以下
【0050】
(KNN膜の製膜)
下部密着層6及び下部電極膜2の製膜が終了したら、続いて、下部電極膜2上に、RFマグネトロンスパッタリング法等のスパッタリング法によりKNN膜3を製膜する。KNN膜3の組成は、例えばスパッタ製膜時に用いるターゲットの組成を制御することで調整可能である。ターゲットは、KCO粉末、NaCO粉末、Nb粉末等を混合させて焼成すること等により作製することができる。ターゲットの組成は、KCO粉末、NaCO粉末、Nb粉末等の混合比率を調整することで制御することができる。CuやMn等の上述の元素を含むKNN膜3を製膜する場合は、上述の各粉末に加えてCu粉末(又はCuO粉末)や、Mn粉末(又はMnO粉末)等を所定の比率で混合したターゲットを用いればよい。
【0051】
本態様では、KNN膜3の製膜条件を、低温にし、酸素分圧を高くし、さらに、雰囲気圧力を低くしている。具体的には、KNN膜3を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。KNN膜3の製膜時間は、目標とするKNN膜3の厚さに応じて適宜調整される。
温度(基板温度):400℃以上500℃未満、より好ましくは400℃以上450℃以下
雰囲気:Ar/O混合ガス雰囲気
雰囲気中の酸素分圧(Oガス分圧):0.0025Pa以上0.01Pa未満、好ましくは、0.003Pa以上0.01Pa未満
雰囲気圧力(チャンバ圧力):0.03Pa以上0.1Pa未満、好ましくは、0.03Pa以上0.08Pa以下
放電パワー密度:2.7W/cm以上4.1W/cm以下、好ましくは2.8W/cm以上3.8W/cm以下
製膜速度:0.5μm/hr以上4μm/hr以下、好ましくは0.5μm/hr以上2μm/hr以下
厚さ:0.5μm以上5μm以下、好ましくは1μm以上3μm以下
【0052】
上述の条件でKNN膜3を製膜することで、特に、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力を上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することで、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれを5E15cm-3以下であって、KNN膜3の(001)配向率が96%以上である積層体10を得ることができる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることができる。
【0053】
特に、製膜温度を上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することで、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制することが可能となる。その結果、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれを5E15cm-3以下にすることができる。すなわち、上述の特徴1を備える積層体10を得ることが可能となる。
【0054】
KNN膜3の製膜温度が500℃以上である場合、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制できないことがある。
【0055】
KNN膜3の製膜温度が500℃未満であることで、アルカリ金属の拡散を抑制でき、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれを低減できる。結果、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれを5E15cm-3以下にすることができる。また、KNN膜3の製膜温度が例えば450℃以下であることで、アルカリ金属の拡散を確実に抑制でき、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれをより低減できる。例えば、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれを3E14cm-3以下、さらには、基板1の表層領域におけるK濃度を1E14cm-3以下にすることができる。
【0056】
KNN膜3の製膜温度が400℃未満である場合、アルカリ金属の基板1への拡散抑制効果が頭打ちになる一方、KNN膜3の(001)配向率が低下する場合がある。その結果、KNN膜3の製膜時の酸素分圧及び雰囲気圧力を所定条件の範囲内にしたとしても、KNN膜3の(001)配向率を96%以上にできないことがある。
【0057】
KNN膜3の製膜温度が400℃以上であることで、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制しつつ、(001)配向率が96%以上であるKNN膜3を確実に得ることが可能となる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることが可能となる。
【0058】
また、KNN膜3の製膜時の酸素分圧が0.0025Pa未満である場合、KNN膜3の(001)配向率を充分に高めることができないことがある。したがって、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満である場合において酸素分圧が0.0025Pa未満であると、KNN膜3の(001)配向率を96%以上にできないことがある。結果、圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にできないこともある。
【0059】
酸素分圧が0.0025Pa以上であることで、KNN膜3の(001)配向率を充分に高めることができ、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満であってもKNN膜3の(001)配向率を96%以上にすることが可能となる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることが可能となる。また、酸素分圧が0.0025Pa以上であることで、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満であっても、KNN膜3の圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にすることも可能となる。すなわち、上述の特徴1~3の全てを有する積層体10を得ることが可能となる。酸素分圧が0.003Pa以上であることでKNN膜3の(001)配向率をさらに高めることができ、KNN膜3の(001)配向率を98%以上にしたり、KNN膜3の圧電定数e31の絶対値を10C/m以上にしたりすることも可能となる。
【0060】
酸素分圧が0.01Pa以上である場合、KNN膜3の結晶化に必要なスパッタエネルギーが酸素の電離によって奪われるため、KNN膜3の(001)配向率が低下しやすくなる。したがって、製膜温度が400℃以上500℃未満である場合において酸素分圧が0.01Pa以上であると、KNN膜3の(001)配向率を96%以上にできないことがある。結果、圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にできないこともある。
【0061】
酸素分圧が0.01Pa未満であることでKNN膜3の(001)配向率の低下を抑制でき、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満であってもKNN膜3の(001)配向率を96%以上にすることが可能となる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることが可能となる。また、酸素分圧が0.01Pa未満であることで、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満であっても、圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にすることも可能となる。
【0062】
また、KNN膜3の製膜中の雰囲気圧力が0.1Pa以上である場合、KNN膜3の(001)配向率を充分に高めることができないことがある。したがって、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満である場合において雰囲気圧力が0.1Pa以上であると、KNN膜3の(001)配向率を96%以上にできないことがある。結果、圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にできないこともある。
【0063】
雰囲気圧力が0.1Pa未満であることで、KNN膜3の(001)配向率を充分に高めることができ、KNN膜3の(001)配向率を96%以上にすることが可能となる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることが可能となる。また、雰囲気圧力が0.1Pa未満であることで、KNN膜3の圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にすることも可能となる。また、雰囲気圧力が0.08Pa以下であることで、KNN膜3の(001)配向率をさらに高めることができ、KNN膜3の(001)配向率を98%以上にしたり、KNN膜3の圧電定数e31の絶対値を10C/m以上にしたりすることも可能となる。
【0064】
また、雰囲気圧力が0.03Pa未満である場合、KNN膜3の(001)配向率を充分に高めることができないことがある。したがって、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満である場合において雰囲気圧力が0.03Pa未満であると、KNN膜3の(001)配向率を96%以上にできないことがある。結果、圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にできないこともある。
【0065】
雰囲気圧力が0.03Pa以上であることでKNN膜3の(001)配向率を充分に高めることができ、KNN膜3の製膜温度が400℃以上500℃未満であってもKNN膜3の(001)配向率を96%以上にすることが可能となる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることが可能となる。また、雰囲気圧力が0.03Pa以上であることで、KNN膜3の圧電定数e31の絶対値を7C/m以上にすることも可能となる。
【0066】
これらのように、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することではじめて、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10、さらには、上述の特徴1、特徴2、及び特徴3の全てを有する積層体10が得られる。製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の条件のうち少なくともいずれかが上記条件の範囲外であると、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体が得られないことがある。
【0067】
(上部密着層及び上部電極膜の製膜)
KNN膜3の製膜が終了したら、KNN膜3上に、例えばスパッタリング法により、上部密着層7(例えばRuO層)及び上部電極膜4(例えばPt膜)をこの順に製膜する。
【0068】
上部密着層7としてのRuO層等を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。上部密着層7の製膜時間は、目標とする上部密着層7の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:Ru板等
温度(基板温度):室温(25℃)以上500℃未満、好ましくは室温(25℃)以上450℃以下
放電パワー密度:0.3W/cm以上2W/cm以下、好ましくは0.5W/cm以上1W/cm以下
雰囲気:Ar/O混合ガス雰囲気
ガスに対するArガスの分圧の比(Arガス分圧/Oガス分圧):3/5~1/1、好ましくは3/4~1/1
雰囲気圧力:0.1Pa以上1.0Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.7Pa以下
厚さ:1nm以上200nm以下、好ましくは5nm以上50nm以下
【0069】
上部電極膜4としてのPt膜等を製膜する際の条件としては、下記条件が例示される。上部電極膜4の製膜時間は、目標とする上部電極膜4の厚さに応じて適宜調整される。
ターゲット:Pt板等
温度(基板温度):室温(25℃)以上500℃未満、好ましくは室温(25℃)以上450℃以下
放電パワー密度:1W/cm以上5W/cm以下、好ましくは2W/cm以上4W/cm以下
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力:0.1Pa以上0.5Pa以下、好ましくは0.2Pa以上0.4Pa以下
厚さ:50nm以上5000nm以下、好ましくは50nm以上300nm以下
【0070】
上述の条件で上部密着層7及び上部電極膜4を製膜することで、特に、製膜温度を上述の所定条件の範囲内として上部密着層7及び上部電極膜4を製膜することで、アルカリ金属の基板1への拡散をより確実に抑制できる。その結果、基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれを5E15cm-3以下である積層体10をより確実に得ることができる。
【0071】
上述のように、下部密着層6、下部電極膜2、KNN膜3、上部密着層7、上部電極膜4を順に製膜することにより、図1に示すような積層体10が得られる。
【0072】
(圧電素子の作製)
図1に示すような積層体10を作製した後、積層体10を加工して、簡易圧電素子20aを作製する。
【0073】
具体的には、まず、例えばArガス又は反応性ガスを用いたドライエッチングにより、上部電極膜4(上部密着層7を含む)及びKNN膜3に対して、それぞれ個別にパターン加工を行う。パターン加工では、上部電極膜4(上部密着層7を含む)及びKNN膜3を、それぞれ、所定形状に成形するとともに、下部電極膜2の一部を露出させる。また、パターン加工では、エッチングマスクとしてフォトレジストを用いることができる。
【0074】
図2に示すような簡易圧電素子20aを作製した後、例えばArガス又は反応性ガスを用いたドライエッチングにより、下部電極膜2及び下部密着層6に対して、それぞれパターン加工を行い、下部電極膜2及び下部密着層6をそれぞれ所定形状に成形する。このパターン加工では、エッチングマスクとしてフォトレジストを用いることができる。
【0075】
下部電極膜2及び下部密着層6のパターン加工が終了したら、絶縁膜8及びメタル配線9a,9bを設ける。具体的には、まず、KNN膜3の側面を覆うように、上部電極膜4から基板1にかけて絶縁材料からなる層(すなわち絶縁膜8)を、CVD法、スパッタリング法等の手法により設ける。そして、Arガス、又はCFガス等の反応性ガスを用いたドライエッチングや、ウエットエッチングにより、絶縁膜8に対してパターン加工を行い、絶縁膜8を所定形状に成形する。
【0076】
絶縁膜8を設けた後、スパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法等の手法により、金属を含む材料からなる層(メタル配線層)を設ける。そして、Arガス又は反応性ガスを用いたドライエッチングや、ウエットエッチングにより、メタル配線層に対してパターン加工を行い、メタル配線9a,9bを形成する。メタル配線9aは、下部電極膜2に接続され、上部電極膜4に接続されないように形成(パターニング)されており、メタル配線9bは、上部電極膜4に接続され、下部電極膜2に接続されないように形成されている。
【0077】
なお、絶縁膜8及びメタル配線9a,9bの形成時のパターン加工におけるエッチング条件、及び圧電積層体10を圧電素子20に加工する際の基板1のエッチング条件は、KNN膜3の絶縁性を劣化させない条件であれば、半導体デバイス製造プロセスで利用されている一般的なエッチング条件とすることができる。
【0078】
また、Deep-RIE又はウエットエッチングにより、基板1の裏面側から、基板1の一部を除去する。これにより、図3に示すような圧電素子20bが得られる。
【0079】
(圧電デバイスモジュールの作製)
得られた圧電素子20(20b)に電圧印加部11a又は電圧検出部11bを接続することで、KNN膜3を有するデバイスモジュール30(以下、圧電デバイスモジュール30とも称する)が得られる。
【0080】
(4)効果
本態様によれば、以下に示す1つ又は複数の効果が得られる。
【0081】
(a)本態様では、積層体10の作製過程において、製膜温度が400℃以上500℃未満、酸素分圧が0.0025Pa以上0.01Pa未満、雰囲気圧力が0.03Pa以上0.1Pa未満の条件でKNN膜3を製膜している。
【0082】
製膜温度を400℃以上500℃未満としてKNN膜3を製膜することで、基板1へのアルカリ金属の拡散を抑制できる。その結果、得られる積層体10は、「基板1の表層領域におけるK濃度及びNa濃度のそれぞれが5E15cm-3以下である」という特徴(特徴1)を有することが可能となる。
【0083】
また、酸素分圧及び雰囲気圧力を上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することにより、KNN膜3を低温(400℃以上500℃未満)で製膜しながらも、(001)配向率の高いKNN膜3が得られる。その結果、得られる積層体10は、「KNN膜3の(001)配向率が96%以上である」という特徴(特徴2)をさらに有することが可能となる。
【0084】
このように、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することで、得られる積層体10は、上記特徴1及び特徴2の両方を有することが可能となる。
【0085】
積層体10が上記特徴1を有することで、基板1と下部電極膜2(下部密着層6)との間の密着性を向上させることが可能となる。これにより、圧電素子20(圧電デバイスモジュール30)の駆動時に、KNN膜3が繰り返し大きく変形すること等により下部電極膜2の周辺(部材)に過大な外力が繰り返し加わっても、下部電極膜2ひいてはKNN膜3の基板1からの剥離を回避できる。その結果、圧電素子20ひいては圧電デバイスモジュール30の信頼性を向上させることが可能となる。
【0086】
また、積層体10が特徴1及び特徴2の両方を備えることで、信頼性が高く、かつ、圧電特性に優れる積層体10(圧電素子20、圧電デバイスモジュール30)を得ることが可能となる。
【0087】
(b)製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することにより、KNN膜3を低温で製膜しながらも、圧電定数の高いKNN膜3を得ることが可能となる。結果、積層体10は、上記特徴1及び特徴2に加え、「KNN膜3の圧電定数e31の絶対値が例えば7C/m以上である」という特徴(特徴3)を有し得る。これにより、KNN膜3ひいては積層体10は、優れた圧電特性を確実に有することが可能となる。
【0088】
なお、貼り合わせ(接合)を用いた手法で圧電積層体を作製することも提案されている。すなわち、第1基板上に、第1電極膜、KNN膜、第2電極膜をこの順に製膜し、第2電極膜の上面に第2基板を貼り合わせ、その後、第1基板を除去することにより、圧電積層体を作製する手法も提案されている。貼り合わせの手法を用いて作製した圧電積層体では、アルカリ金属は第2基板に拡散していないと考えられる。なお、この手法を用いて作製した圧電積層体では、第2電極膜が下部電極膜として機能し、第1電極膜が上部電極膜として機能することとなる。しかしながら、このような貼り合わせを用いた手法で作製した圧電積層体では、基板(第2基板)と下部電極膜(第2電極膜)との間の密着性が非常に低いという課題がある。また、貼り合わせを用いた手法では、圧電積層体の作製の工程数が増えることから、作製工程の複雑化、生産性の低下、コスト増大等の懸念もある。これに対し、本態様では、貼り合わせの手法を用いることなく積層体10を作製し、さらに、その作製過程において、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制している。これにより、基板1と下部電極膜2(下部密着層6)との間の密着性を向上させることに成功している。また、貼り合わせの手法を用いることなく積層体10を作製していることから、本態様にかかる積層体10(ひいては、圧電素子20、圧電デバイスモジュール30)には、貼り合わせに由来する痕跡がない。すなわち、本態様にかかる積層体10(ひいては、圧電素子20、圧電デバイスモジュール30)では、基板1とKNN膜3との間の界面、基板1と下部電極膜2(下部密着層6を有する場合は下部密着層6)との間の界面、又は、下部電極膜2とKNN膜3との間の界面に、貼り合わせに由来する痕跡がない。なお、ここでいう「貼り合わせに由来する痕跡」としては、貼り合わせに用いる介在物(例えば接着剤)の存在(分布)や、製膜処理に由来しない不純物(例えば接着剤に由来する不純物)の存在(分布)が例示される。
【0089】
(5)変形例
本態様は、以下の変形例のように変形することができる。なお、以下の変形例の説明において、上述の態様と同一の構成要素には同一の符号を付し、その説明を省略する。また、上述の態様及び以下の変形例は任意に組み合わせることができる。
【0090】
(変形例1)
基板1として、例えば、熱履歴を小さくすることが求められる半導体基板を用いることも可能である。具体的には、基板1として、いずれかの主面上に半導体素子が形成された半導体基板(例えばSi基板)を用いることも可能である。
【0091】
半導体素子は、例えば、p型MOSFETとn型MOSFETとを備え、これらが相補的に機能するCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)構造を有することができる。また、基板1には、半導体素子を保護する酸化膜や窒化膜等の保護膜がさらに形成されていてもよく、また、保護膜を半導体素子に含めて考えてもよい。なお、半導体素子の形成には公知の種々の手法を用いることができる。また、半導体素子が有するn型領域及びp型領域の形成には、ドーパントを熱拡散させる手法、イオン注入及びアニールによりイオンを活性化させる手法等の手法を用いることができる。
【0092】
また、基板1が表面酸化膜1b又は絶縁膜を有する場合、本変形例では、表面酸化膜1b又は絶縁膜は、基板1の上面(半導体素子が形成された基板1の面)のうち、半導体素子の形成箇所以外に形成されている。
【0093】
また、本変形例では、下部電極膜2は、基板1の上面のうち、半導体素子の形成箇所とは異なる位置(基板1が表面酸化膜1b又は絶縁膜等を有する場合は表面酸化膜1b又は絶縁膜上)に形成されている。したがって、圧電素子20を、基板1の上面上の、半導体素子の形成位置とは異なる位置に形成することができる。また、圧電素子20を、半導体素子上(保護膜上)に形成することもできる。これらの場合、基板1の表層領域は、圧電素子20と基板1との間の界面、又は、圧電素子20と半導体素子(保護膜)との間の界面から基板1の裏面に向かって1μmの深さまでの範囲にわたる領域となる。
【0094】
本変形例においても、積層体10の作製過程において、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することで、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制しながら、KNN膜の(001)配向率を高めることが可能となる。結果、上述の態様と同様の効果が得られる。すなわち、少なくとも特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10が得られる。
【0095】
なお、上述の手法を用いて形成したCMOS構造は熱に弱い。例えば、n型領域やp型領域が加熱された場合、ドーパントがマイグレーションしてドーパント濃度が変化してしまうことがある。本変形例では、KNN膜3を400℃以上500℃未満の低温で製膜することから、半導体素子に対する熱履歴を小さくしつつ、半導体素子と圧電素子とを同一の基板1上に形成することが可能となる。また、半導体素子に対する熱履歴が小さくなることで、半導体素子の寿命短縮や性能劣化を抑制することができる。
【0096】
また、本変形例では、下部電極膜2、下部密着層6の製膜温度をそれぞれ500℃未満とすることが好ましい。具体的には、下部電極膜2の製膜温度を、例えば200℃以上500℃未満、好ましくは300℃以上450℃以下とし、下部密着層6としてZnO層を製膜する場合は、製膜温度を、例えば200℃以上500℃未満、好ましくは300℃以上450℃以下、より好ましくは400℃以上450℃以下とし、下部密着層6としてTi層等を製膜する場合は、製膜温度を、例えば100℃以上500℃未満、好ましくは200℃以上400℃以下とすることが好ましい。これにより、半導体素子に対する熱履歴を確実に小さくでき、半導体素子の寿命短縮や性能劣化を確実に抑制することができる。
【0097】
(変形例2)
上述の変形例1では、半導体素子がCMOS構造を有する例について説明した。しかしながら、半導体素子は、熱に弱い素子構造を有するものであれば、CMOSに限定されない。n型領域又はp型領域の形成にドーパントの熱拡散やイオン注入の手法を用いて形成した素子は熱に弱い。したがって、半導体素子がこれらの手法を用いて形成されている場合、すなわち、半導体素子がp型又はn型のドーパントを熱拡散させた領域、または、前記ドーパントがイオン注入された領域のいずれかを有する場合にも、本態様は好適に適用でき、上述の態様や変形例と同様の効果が得られる。
【0098】
(変形例3)
上述のようにKNN膜3を400℃以上500℃未満の低温で製膜することから、基板1として、熱履歴を小さくすることが求められる他の基板を用いることも可能である。
【0099】
例えば、基板1として、CMUT(Capacitive Micro-machined Ultrasound Transducer)構造が形成された基板を用いることも可能である。
【0100】
また例えば、基板1として、熱に弱い樹脂基板又はガラス基板のいずれかを用いることも可能である。
【0101】
樹脂基板として、例えば、ポリイミド、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリサルホン、ポリアリレート、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート(PET)、アクリル樹脂からなる基板を用いることができる。また、樹脂基板として、例えば、ガラスエポキシ樹脂基板、紙フェノール基板、紙エポキシ基板、ガラスコンポジット基板、フッ素樹脂基板を用いることもできる。また、樹脂基板として、上述の樹脂基板中に、例えば、酸化ケイ素粒子、金属ナノ粒子、無機酸化物ナノ粒子、無機窒化物ナノ粒子、金属系・無機系のナノファイバー又はマイクロファイバー等を含んだ複合樹脂基板を用いることもできる。樹脂基板の厚さは、例えば10μm以上1000μm以下とすることができる。
【0102】
基板1として上述の基板を用いた場合であっても、積層体10の作製過程において、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することで、熱履歴を小さくすることが求められる基板1や熱に弱い基板1上に、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制しながら、(001)配向率が高いKNN膜3を製膜できる。結果、本変形例においても、少なくとも特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることができる。
【0103】
また、基板1として、CMUT構造が形成された基板、熱に弱い樹脂基板、又はガラス基板を用いる場合、下部電極膜2、下部密着層6の製膜温度をそれぞれ500℃未満とすることが好ましい。具体的には、下部電極膜2の製膜温度を、例えば200℃以上500℃未満、好ましくは300℃以上450℃以下とし、下部密着層6としてZnO層を製膜する場合は、製膜温度を、例えば200℃以上500℃未満、好ましくは300℃以上450℃以下、より好ましくは400℃以上450℃以下とし、下部密着層6としてTi層等を製膜する場合は、製膜温度を、例えば100℃以上500℃未満、好ましくは200℃以上400℃以下とすることが好ましい。これにより、基板1対する熱履歴を確実に小さくできる。
【0104】
さらにまた、基板1として金属基板を用いることも可能である。金属基板として、例えば、白金(Pt)、金(Au)、鉄(Fe)、チタン(Ti)、銅(Cu)、モリブデン(Mo)、ニッケル(Ni)、アルミニウム(Al)、タングステン(W)、パラジウム(Pd)を主成分として含む基板を用いることができる。また、金属基板として、例えば、ステンレス鋼(Stainless Steel:SUS)、パーマロイ、インコネルからなる基板を用いることもできる。金属基板の厚さは、例えば10μm以上1000μm以下とすることができる。この場合においても、積層体10の作製過程において、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することで、少なくとも特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10を得ることができる。
【0105】
(変形例4)
上述の態様や変形例では、下部密着層6及び下部電極膜2を設ける例について説明したがこれに限定されない。下部密着層6及び下部電極膜2は設けられていなくてもよい。すなわち、基板1上に直接KNN膜3が製膜されていてもよい。
【0106】
本変形例においても、積層体10の作製過程において、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜3を製膜することで、アルカリ金属の基板1への拡散を抑制ながら、KNN膜の(001)配向率を高めることが可能となる。結果、本態様においても、上述の態様や変形例等と同様の効果が得られる。すなわち、少なくとも特徴1及び特徴2の両方を有する積層体10が得られる。
【0107】
また、本変形例においても、KNN膜3を400℃以上500℃未満の低温で製膜することから、基板1として、上述の変形例1~3に記載のいずれかの基板を用いることができる。
【0108】
<他の態様>
以上、本開示の態様及び変形例を具体的に説明した。但し、本開示は上述の態様や変形例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0109】
また、上述の態様では基板1と下部電極膜2との間に下部密着層6を設け、KNN膜3と上部電極膜4との間に上部密着層7を設ける場合について説明したが、これに限定されない。必要な密着性が確保できれば、下部密着層6、上部密着層7は設けられていなくてもよい。
【実施例0110】
以下、上述の態様の効果を裏付ける実験結果について説明する。
【0111】
(サンプル1)
基板として、表面が(100)面方位であり、厚さが610μmであり、直径が6インチであり、表面に厚さが500nmの熱酸化膜(SiO膜)が形成されたSi基板を用意した。そして、この基板上(熱酸化膜上)に、下部密着層としてのZnO層(厚さ:25nm)、下部電極膜としてのPt膜(厚さ:200~300nm)、圧電膜としてのKNN膜(厚さ:2μm)を順に製膜することにより、圧電積層体(サンプル1)を作製した。サンプル1では、下部密着層、下部電極膜、及びKNN膜は、いずれも、RFマグネトロンスパッタリング法により製膜した。なお、
【0112】
下部密着層としてのZnO層を製膜する条件は、以下の通りとした。
ターゲット:ZnO焼結体
基板温度:500℃
放電パワー密度:4W/cm
雰囲気:Ar/O混合ガス雰囲気
雰囲気圧力(チャンバ圧力):0.3Pa
Arガス分圧/Oガス分圧:10/1
製膜時間:3分(厚さ25nm)
【0113】
下部電極膜としてのPt膜を製膜する条件は、以下の通りとした。
ターゲット:Pt板
基板温度:500℃
放電パワー密度:2W/cm
雰囲気:Arガス雰囲気
雰囲気圧力(チャンバ圧力):0.3Pa
製膜時間:20分(厚さ200nm)
【0114】
KNN膜を製膜する際の条件は、下記の通りとした。
ターゲット:KNN焼結体
放電パワー密度:3W/cm
雰囲気:Ar/O混合ガス雰囲気
製膜温度:490℃
酸素分圧:0.003Pa
雰囲気圧力(チャンバ圧力):0.05Pa
製膜時間:120分(厚さ2000nm(2μm))
【0115】
(サンプル2~13)
サンプル2~13では、KNN膜製膜時の温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力をそれぞれ表1に記載の通りとした。その他の条件は、サンプル1と同一の条件で製膜した。
【0116】
【表1】
【0117】
[評価]
サンプル1~13のそれぞれについて、基板の表層領域におけるK濃度及びNa濃度、KNN膜の(001)配向率、圧電定数e31、及び基板と下部密着層(下部電極膜)との間の密着性を評価した。
【0118】
(K濃度及びNa濃度の測定)
基板の表層領域におけるK濃度及びNa濃度の測定はSIMS分析により行った。なお、SIMS分析は、分析精度を上げるため、KNN膜をエッチングにより除去した状態の各サンプルを用いて行った。基板の表層領域におけるK濃度及びNa濃度の測定結果を下記の表2に示す。なお、表2中、K濃度の1E14cm-3以下とは、基板の表層領域におけるK濃度がSIMS分析による下限値の検出限界以下であることを意味し、Na濃度の3E14cm-3以下とは、基板の表層領域におけるNa濃度がSIMS分析による下限値の検出限界以下であることを意味する。
【0119】
(KNN膜の(001)配向率の評価)
KNN膜の(001)配向率は、KNN膜に対してXRD測定を行うことにより得られるX線回折パターン(2θ/θ)のピーク強度に基づき、上記式(1)により算出することで評価した。(001)配向率の算出結果を下記の表2に示す。なお、表2における「配向率」とは、KNN膜の(001)配向率を意味する。
【0120】
(圧電定数の評価)
KNN膜の圧電定数e31は以下のように測定(評価)した。まず、各サンプルから、幅2.5mm×長さ20mmの長方形状の試験片をそれぞれ作製した。作製した各試験片の長手方向における一端を固定して固定端とし、他端を自由端として、カンチレバー(片持ち梁)構造を有する簡易的な圧電素子を作製し、この圧電素子に電圧印加手段を接続した。そして、各試験片(圧電素子)が有するKNN膜に電圧を印加しながら、試験片の自由端の変位量をレーザで測定した。測定した変位量を用い、下記(数2)により圧電定数e31を算出した。下記(数2)において、s11,sは各サンプルが有する基板(Si基板)のヤング率であり、hは各サンプルが有する基板の厚みであり、Lは梁長(14.5mm)であり、δは測定した変位量に基づく出力変位であり、Vは圧電膜に印加した電圧である。なお、圧電定数e31の測定時における交流電界(交流電圧)の周波数は350Hzであり、KNN膜に印加した電圧の最大値は20Vである。圧電定数e31の単位はC/mである。圧電定数e31の測定結果を下記表2に示す。
【0121】
(数2)
【0122】
(密着性の評価)
基板と下部密着層(下部電極膜)との間の密着性は、以下の交流電圧印加試験により評価した。まず、各サンプルから、幅2.5mm×長さ20mmの長方形状の試験片をそれぞれ2片ずつ作製した。作製した各試験片の長手方向における一端を固定して固定端とし、他端を自由端として、カンチレバー(片持ち梁)構造を有する簡易的な圧電素子を作製し、この圧電素子に電圧印加手段を接続した。そして、試験片(圧電素子)が有するKNN膜に交流電圧を2片のうち一方に100時間、他方に200時間印加し続けた。なお、交流電圧の周波数は350Hzであり、KNN膜に印加した電圧の最大値は30Vである。電圧印加後に下部密着層(下部電極膜)の剥離の有無を走査型電子顕微鏡で確認した。評価結果を下記の表2に示す。なお、表2中、「○」は交流電圧を200時間印加した圧電素子において下部電極膜の剥離が確認されなかった(剥離がなかった)ことを意味し、「△」は交流電圧を100時間印加した圧電素子において下部電極膜の剥離が確認されなかったものの、200時間印加した圧電素子において下部電極膜の剥離が確認されたことを意味し、「×」は交流電圧を100時間印加した圧電素子において下部電極膜の剥離が確認されたことを意味する。
【0123】
【表2】
【0124】
表2から、製膜温度が400℃以上500℃未満、酸素分圧が0.0025Pa以上0.01Pa未満、雰囲気圧力が0.03Pa以上0.1Pa未満の条件でKNN膜を製膜したサンプル1,2,3,6,8,10,12では、基板の表層領域におけるK濃度及びNa濃度がそれぞれ5E15cm-3以下であるとともに、KNN膜の(001)配向率が96%以上であることが確認できる。このことから、サンプル1,2,3,6,8,10,12では、基板へのアルカリ金属の拡散が抑制されており、また、KNN膜を低温で製膜してもKNN膜の(001)配向率が充分に高められていることが分かる。さらに、サンプル1,2,3,6,8,10,12では、圧電定数e31が7C/m以上であることも確認できる。このように、製膜温度、酸素分圧、及び雰囲気圧力の全てを上述の所定条件の範囲内としてKNN膜を製膜したサンプルでは、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体、さらには、上述の特徴1~3の全てを有する積層体が得られることが確認できる。
【0125】
また、上述の特徴1及び特徴2の両方を有するサンプル(積層体)のうち、製膜温度が400℃以上450℃以下のサンプル2,3,6,8,10,12では、基板の表層領域におけるK濃度及びNa濃度がそれぞれ3E14cm-3以下、さらには基板の表層領域におけるK濃度が1E14cm-3以下であることが確認できる。すなわち、400℃以上450℃以下の条件でKNN膜を製膜すると、KNN膜の(001)配向率の低下を回避しつつ、基板へのアルカリ金属の拡散がより確実に抑制され、SIMS分析によるK濃度及びNa濃度の下限値の検出限界以下の値まで低減できることが分かる。また、これらのサンプルでは、周波数:350Hz、最大電圧値:30Vの交流電圧を200時間印加しても、下部電極膜の剥離が確認されなかった。すなわち、サンプル2,3,6,8,10,12は、サンプル1よりも高い密着性を有することが分かった。
【0126】
また、表2から、サンプル4では、基板の表層領域におけるK濃度及びNa濃度がそれぞれ5E15cm-3超であることが確認できる。このことから、KNN膜の製膜温度が500℃(500℃以上)である場合、KNN膜製膜時の酸素分圧及び雰囲気圧力が所定条件の範囲内であっても、基板へのアルカリ金属の拡散が抑制できないことが分かる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体が得られないことが分かる。
【0127】
また、表2から、サンプル5では、KNN膜の(001)配向率が96%未満であることが確認できる。このことから、KNN膜の製膜温度が390℃(400℃未満)である場合、KNN膜製膜時の酸素分圧及び雰囲気圧力が所定条件の範囲内であっても、KNN膜の(001)配向率を充分に高めることができないことが分かる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体が得られないことが分かる。
【0128】
また、表2から、サンプル7,9では、KNN膜の(001)配向率が96%未満であり、圧電定数e31が7.0C/m未満であることが確認できる。このことから、KNN膜製膜時の酸素分圧が0.01Pa(0.01Pa以上)である場合や、KNN膜製膜時の酸素分圧が0.002Pa(0.0025Pa未満)である場合、KNN膜の(001)配向率を充分に高めることができないことが分かる。このため、KNN膜の製膜温度が500℃未満であるとKNN膜の(001)配向率が96%未満になることが分かる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体が得られないことが分かる。また、KNN膜の(001)配向率が96%未満である結果、圧電定数e31も7.0C/m未満になることがあることも分かる。
【0129】
また、表2から、サンプル11,13では、KNN膜の(001)配向率が96%未満であり、圧電定数e31が7.0C/m未満であることが確認できる。このことから、KNN膜製膜時の雰囲気圧力が0.1Pa(0.1Pa以上)である場合や、KNN膜製膜時の雰囲気圧力が0.025Pa(0.03Pa未満)である場合、KNN膜の(001)配向率を充分に高めることができないことが分かる。このため、KNN膜の製膜温度が500℃未満であるとKNN膜の(001)配向率が96%未満になることが分かる。すなわち、上述の特徴1及び特徴2の両方を有する積層体が得られないことが分かる。また、KNN膜の(001)配向率が96%未満である結果、圧電定数e31も7.0C/m未満になることがあることも分かる。
【0130】
<本開示の好ましい態様>
以下、本開示の好ましい態様について付記する。
【0131】
(付記1)
本開示の一態様によれば、
基板と、
前記基板上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記基板のうち、前記圧電膜が製膜された前記基板の面から、前記圧電膜が製膜された前記基板の前記面とは反対側の面に向かって1μmの深さまでの範囲にわたる領域をSIMS分析した際、カリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、ナトリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、
前記圧電膜を構成する結晶の(001)面方位への配向率が96%以上である、
積層基板が提供される。
【0132】
(付記2)
付記1に記載の積層基板であって、
前記圧電膜の圧電定数e31が7C/m以上である。
【0133】
(付記3)
付記1又は2に記載の積層基板であって、
前記基板は、半導体基板、樹脂基板、ガラス基板、及び金属基板のうちのいずれかである。
【0134】
(付記4)
付記1~3のいずれか1項に記載の積層基板であって、
前記基板は、シリコン基板であり、
前記基板には、半導体素子が形成されている。
【0135】
(付記5)
付記4に記載の積層基板であって、
前記基板は、前記半導体素子を保護する保護膜を有する。
【0136】
(付記6)
付記4又は5に記載の積層基板であって、
前記半導体素子は、p型又はn型のドーパント(不純物)を拡散させた領域、または、前記ドーパントがイオン注入された領域のいずれかを有する。
【0137】
(付記7)
付記1~6のいずれか1項に記載の積層基板であって、
前記基板と前記圧電膜との間に製膜された下部電極膜を備える。
【0138】
(付記8)
本開示の他の態様によれば、
基板を用意する工程と、
前記基板上に、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜をスパッタリング法により製膜する工程と、を備え、
前記圧電膜を製膜する工程では、製膜温度を400℃以上500℃未満とし、酸素分圧を0.0025Pa以上0.01Pa未満とし、雰囲気圧力を0.03Pa以上0.1Pa未満とする、
積層基板の製造方法が提供される。
【0139】
(付記9)
本開示のさらに他の態様によれば、
基板と、
前記基板上に製膜された下部電極膜と、
前記基板上に製膜された、カリウム、ナトリウム、ニオブ、及び酸素を含むアルカリニオブ酸化物で構成される圧電膜と、を備え、
前記基板のうち、前記圧電膜が製膜された前記基板の面から、前記圧電膜が製膜された前記基板の前記面とは反対側の面に向かって1μmの深さまでの範囲にわたる領域をSIMS分析した際、カリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、ナトリウムの濃度が5E15cm-3以下であり、
前記圧電膜を構成する結晶の(001)面方位への配向率が96%以上である、
圧電素子又は圧電デバイスモジュールが提供される。
【0140】
(付記10)
付記9に記載の圧電素子又は圧電デバイスモジュールであって、
前記圧電膜上に製膜された上部電極膜を備える。
【0141】
(付記11)
付記9又は10に記載の圧電素子又は圧電デバイスモジュールであって、
前記基板と前記圧電膜との間に製膜された下部電極膜を備える。
【0142】
(付記12)
付記1~7のいずれか1項に記載の積層基板、または、付記9~11のいずれかに記載の圧電素子又は圧電デバイスモジュールであって、
前記基板と前記圧電膜との間の界面、前記基板と前記下部電極膜(下部密着層を含む場合は下部密着層)との間の界面、又は、前記下部電極膜と前記圧電膜との間の界面に、貼り合わせに由来する痕跡がない。なお、貼り合わせに由来する痕跡とは、貼り合わせに用いる介在物や製膜処理に由来しない不純物の分布等を意味する。
【符号の説明】
【0143】
1 基板
2 下部電極膜
3 圧電膜
4 上部電極膜
6 下部密着層
7 上部密着層
8 絶縁膜
9a,9b メタル配線
10 積層体
20 圧電素子
30 圧電デバイスモジュール
図1
図2
図3
図4