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特開2025-104568予測方法、コンピュータプログラム、予測装置及び金属有機構造体の製造方法
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  • 特開-予測方法、コンピュータプログラム、予測装置及び金属有機構造体の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025104568
(43)【公開日】2025-07-10
(54)【発明の名称】予測方法、コンピュータプログラム、予測装置及び金属有機構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G16C 60/00 20190101AFI20250703BHJP
   G16C 20/70 20190101ALI20250703BHJP
【FI】
G16C60/00
G16C20/70
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023222463
(22)【出願日】2023-12-28
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】小森 翔平
(72)【発明者】
【氏名】菊地 悠太
(57)【要約】
【課題】金属有機構造体の吸着特性を予測することができる予測方法等を提供する。
【解決手段】予測方法は、金属有機構造体の初期構造を取得し、モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する処理をコンピュータが実行する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属有機構造体の初期構造を取得し、
モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、
求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する
処理をコンピュータが実行する予測方法。
【請求項2】
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより被吸着体の配置を求めた後、さらに分子動力学法を用いたシミュレーションにより被吸着体の配置を求める
請求項1に記載の予測方法。
【請求項3】
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーション及び前記分子動力学法を用いたシミュレーションを繰り返し実行する
請求項2に記載の予測方法。
【請求項4】
前記分子動力学法を用いたシミュレーション後の被吸着体の位置又は運動量に基づいて前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションを再度実行する
請求項2に記載の予測方法。
【請求項5】
前記モンテカルロ法がギブスアンサンブルモンテカルロ法又はグランドカノニカルモンテカルロ法である
請求項1又は請求項2に記載の予測方法。
【請求項6】
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションにおいて、前記初期構造の金属有機構造体の体積を変化させる
請求項1又は請求項2に記載の予測方法。
【請求項7】
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションにおいて、金属有機構造体のシミュレーションセルの体積と被吸着体のシミュレーションセルの体積との合計が一定となるように各シミュレーションセルの体積を変化させることにより、前記初期構造の金属有機構造体の体積を変化させる
請求項1又は請求項2に記載の予測方法。
【請求項8】
前記モンテカルロ法における被吸着体の並進及び回転の試行が採択される確率をゼロと設定する
請求項1又は請求項2に記載の予測方法。
【請求項9】
前記吸着特性は最大吸着量又は吸着等温線を含む
請求項1又は請求項2に記載の予測方法。
【請求項10】
力場としてのニューラルネットワークポテンシャルに基づいて、前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションを実行する
請求項1又は請求項2に記載の予測方法。
【請求項11】
金属有機構造体の初期構造を取得し、
モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、
求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する
処理をコンピュータに実行させるコンピュータプログラム。
【請求項12】
金属有機構造体の初期構造を取得し、
モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、
求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する
処理を実行する制御部を備える
予測装置。
【請求項13】
複数の金属有機構造体の初期構造を取得する工程と、
各金属有機構造体について、モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求める工程と、
求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する工程と、
取得した前記吸着特性の予測値が所定条件を満たす金属有機構造体を選別する工程と、
選別した金属有機構造体を得る工程と、を含む
金属有機構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、予測方法、コンピュータプログラム、予測装置及び金属有機構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、計算機を用いたシミュレーションにより材料の物性を予測することが行われている。例えば特許文献1には、分子動力学法に基づくシミュレーションにより、金属材料の界面エネルギーなどを簡単に予測する物性予測方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2022-62524号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の技術は、金属有機構造体の吸着特性を予測するものではない。
【0005】
本開示の目的は、金属有機構造体の吸着特性を予測することができる予測方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様に係る予測方法は、金属有機構造体の初期構造を取得し、モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する処理をコンピュータが実行する。
【0007】
本開示の一態様に係るコンピュータプログラムは、金属有機構造体の初期構造を取得し、モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する処理をコンピュータに実行させる。
【0008】
本開示の一態様に係る予測装置は、金属有機構造体の初期構造を取得し、モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する処理を実行する制御部を備える。
【0009】
本開示の一態様に係る金属有機構造体の製造方法は、複数の金属有機構造体の初期構造を取得する工程と、各金属有機構造体について、モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求める工程と、求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する工程と、取得した前記吸着特性の予測値が所定条件を満たす金属有機構造体を選別する工程と、選別した金属有機構造体を得る工程と、を含む。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、金属有機構造体の吸着特性を予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】製造システムの構成例を示すブロック図である。
図2】予測装置が実行する予測処理手順の一例を示すフローチャートである。
図3】予測装置が実行する選別処理手順の一例を示すフローチャートである。
図4】吸着等温線の予測値及び実験値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示をその実施の形態を示す図面を参照して具体的に説明する。
【0013】
(第1実施形態)
図1は、製造システム100の構成例を示すブロック図である。製造システム100は、予測装置1と製造装置2とを備える。製造システム100は、新規物質、代替物質の研究、開発などのために、複数の候補物質の物性を予測することにより製造対象となり得る物質を探索し、探索結果に応じた物質を製造する。本実施形態の製造システム100は、多孔質材料の吸着特性を予測することにより、所望の吸着特性を満たす多孔質材料を製造する。本明細書において、「吸着特性」とは、金属有機構造体が有する、被吸着体を吸着する特性のことをいう。「被吸着体」は、原子又は分子であってよい。
【0014】
以下では、金属有機構造体(Metal Organic Framework。以下、MOFとも称する。)の水吸着特性を予測するものとする。MOFは、多孔性配位高分子(PCP:Porous Coordination Polymer)とも呼ばれる材料であり、金属と有機配位子との相互作用(例えば、配位結合)により形成された高表面積の配位ネットワーク構造を有する。MOFは、上述した構造により水やガス、有機分子等の被吸着体を吸着又は脱着する特性を示すことから、多様な材料として利用されている。
【0015】
なお、吸着特性の予測対象となる分子は水に限らず、例えばガス、有機分子等であってもよい。ガスとしては、例えば二酸化炭素、水素、一酸化炭素、酸素、窒素、炭素数1~4の炭化水素、希ガス、硫化水素、アンモニア、硫黄酸化物、窒素酸化物、シロキサン等が挙げられる。有機分子としては、例えば炭素数5~8の炭化水素、炭素数1~8のアルコール、炭素数1~8のアルデヒド、炭素数1~8のカルボン酸、炭素数1~8のケトン、炭素数1~8のアミン、炭素数1~8のエステル、炭素数1~8のアミド等が挙げられる。前記有機分子は芳香環を含んでいてもよい。
【0016】
物性の予測対象となる多孔質材料はMOFに限らず、例えばゼオライト、ポーラスシリカ、多孔質ポリマー等であってもよい。
【0017】
予測装置1は、種々の情報処理、情報の送受信が可能な情報処理装置であり、例えばパーソナルコンピュータ、サーバコンピュータ、量子コンピュータ等である。予測装置1は、候補となる複数のMOFの水吸着特性を予測する。予測結果に基づいて、候補物質の中から所望の水吸着特性を満たし得るMOFを選別することができる。
【0018】
製造装置2は、選別されたMOFを製造する。製造装置2は、例えばMOFの原材料を混合する混合部(不図示)を備え、MOFの原材料を混合してMOFを製造する。なお、製造装置2は、製造対象となる物質に応じて適宜構成されてよい。
【0019】
図1に示すように、予測装置1は、制御部11、記憶部12、通信部13、入力部14、及び出力部15等を備える。予測装置1は、複数台のコンピュータで構成し分散処理する構成でもよく、1台のサーバ内に設けられた複数の仮想マシンによって実現されていてもよく、クラウドサーバを用いて実現されていてもよい。
【0020】
制御部11は、一又は複数のCPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)等を用いたプロセッサを備える。制御部11は、内蔵するROM(Read Only Memory)又はRAM(Random Access Memory)等のメモリ、クロック、カウンタ等を用い、各構成部を制御して処理を実行する。なお、制御部11の機能部は、ソフトウェアで実現してもよいし、一部又は全部を、例えばASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)等のハードウェアで実現してもよい。
【0021】
記憶部12は、例えばハードディスク、フラッシュメモリ、SSD(Solid State Drive)等の不揮発性メモリを備える。記憶部12は、予測装置1に接続された外部記憶装置であってもよい。記憶部12は、制御部11が参照する各種コンピュータプログラム及びデータを記憶する。本実施形態の記憶部12は、物性の予測に関する処理をコンピュータに実行させるためのプログラム1Pを記憶している。
【0022】
プログラム1Pを含むコンピュータプログラム(プログラム製品)は、当該コンピュータプログラムを読み取り可能に記録した非一時的な記録媒体1Aにより提供されてもよい。記憶部12は、不図示の読出装置によって記録媒体1Aから読み出されたコンピュータプログラムを記憶する。記録媒体1Aは、例えば磁気ディスク、光ディスク、半導体メモリ等である。また、通信ネットワークに接続されている外部サーバからコンピュータプログラムをダウンロードし、記憶部12に記憶させてもよい。プログラム1Pは、単一のコンピュータプログラムでも複数のコンピュータプログラムにより構成されるものでもよく、また、単一のコンピュータ上で実行されても通信ネットワークによって相互接続された複数のコンピュータ上で実行されてもよい。
【0023】
通信部13は、不図示のネットワークを介して外部装置と通信するための通信モジュールを備える。制御部11は、通信部13を介して外部装置との間でデータを送受信する。通信部13は省略されてもよい。
【0024】
入力部14は、物性予測に用いる初期情報、計算条件、要求物性等、物性予測の実施に必要な各種データの入力を受け付ける。入力部14は、受け付けた入力内容を制御部11へ送出する。入力部14は、例えばキーボード、マウス、ディスプレイ内蔵のタッチパネルデバイス、外部からデータを取り込むインタフェース等を備える。
【0025】
出力部15は、予測された物性、候補物質の選別結果等、物性予測の実施に伴う各種データを出力する。出力部15は、制御部11からの指示に従って各種の情報を出力する。出力部15は、例えばディスプレイ装置を備える。
【0026】
予測装置1は、外部に接続されたコンピュータを通じて操作を受付け、通知すべき情報を外部のコンピュータへ出力する構成であってもよい。この場合、予測装置1は、入力部14及び出力部15を備えていなくてもよい。
【0027】
本実施形態の予測方法は、モンテカルロ(MC)法によるシミュレーション工程と、分子動力学(MD)法によるシミュレーション工程とを含み、それら2工程を繰り返し実行する。2種類のシミュレーション工程を組み合わせることにより、物性予測の精度向上が図られる。
【0028】
図2は、予測装置1が実行する予測処理手順の一例を示すフローチャートである。以下の各フローチャートにおける処理は、予測装置1の記憶部12に記憶するプログラム1Pに従って制御部11によって実行される。
【0029】
予測装置1の制御部11は、シミュレーション対象となるMOFの組成に応じた初期構造を取得する(ステップS11)。初期構造とは、組成に応じて決定される暫定的な結晶構造データであって、各原子の位置を表す情報を含む。制御部11は、例えば、コンピュータ上で候補となるMOFを生成して、生成したMOFを構成する各原子に対して暫定的な座標を割り当てることで、初期構造を決定する。ステップS11で取得する初期構造は、BFGS法のような最適化手法を用いて最適化された構造であってもよい。
【0030】
制御部11は、シミュレーション対象のMOFに対する初期状態を取得する(ステップS12)。初期状態は、シミュレーション対象のMOFに応じて予め設定される。初期状態には、例えば水の圧力(分圧)、及び系の温度等が含まれる。分圧は、水蒸気(気体状態の被吸着体)の相対圧P/P0で表されてもよい。ここで、Pは水蒸気の平衡圧力を示し、P0は飽和蒸気圧を示す。分圧P/P0は、複数設定されてもよく、例えば0.05~0.5の間における一又は複数の値であってもよい。初期状態は、一連のシミュレーション工程における計算条件に用いられる。
【0031】
制御部11は、シミュレーションに適用する力場(ポテンシャル)を取得する(ステップS13)。本実施形態では、力場としてニューラルネットワークポテンシャル(Neural Network Potential。以下、NNPとも称する。)を用いる。ニューラルネットワークポテンシャルは、ニューラルネットワークを用いて原子の相互作用が学習された機械学習ポテンシャルの1種であり、汎用性に優れる。ニューラルネットワークポテンシャルは、公知の手法を用いて定義することができる。
【0032】
制御部11は、取得した初期構造、初期状態及び力場に基づいて、モンテカルロ法を用いたシミュレーションを実行して(ステップS14)、粒子の最適な配置を算出する。具体的には、制御部11は、取得した初期構造及び初期状態に基づいて、シミュレーションに用いるセルに粒子を配置したモデルを生成する。セルは、例えば直方体又は立方体として定義される。セルの大きさは、セル内に配置するMOFや水分子の合計数に応じて適宜設定することができる。制御部11は、生成したモデルについて、水を吸着又は脱着させた場合の粒子の最適な配置を算出するためにモンテカルロ法を用いて評価し、吸着又は脱着後の構造を求める。最適な配置とは、最も安定した、最も実現可能性の高い配置であってもよい。
【0033】
モンテカルロ法とは、統計力学の分配関数の計算を配置空間で数値的に実行する手法である。モンテカルロ法としては、グランドカノニカルアンサンブルのモンテカルロ法(以下、GCMC法とも称する。)が好ましい。GCMC法では、系の温度が全てのシミュレーションを通して一定となるように制御され、系はエネルギー及び粒子(具体的には、原子や分子)の交換が可能である。
【0034】
GCMC法は、MOF及び粒子の混合系であるセルの相平衡状態を計算する。GCMC法では、上記セルの体積を一定として、粒子の確率的な移動(並進、回転)、挿入、削除の繰返しにより様々な熱力学的平衡状態を再現する。
【0035】
制御部11は、所定の計算条件に従いモンテカルロ計算を行う。計算条件は、予め人手により設定されて、記憶部12に記憶されてもよい。計算条件には、MCステップ数、境界条件、相互作用のカットオフ距離、試行確率等が含まれてもよい。試行確率とは、移動操作、挿入操作、削除操作の確率を含む。各操作の採択はメトロポリス法により決定されてもよい。計算条件は従来技術に従い適宜選択され得る。
【0036】
上述の試行確率のうち、移動操作、すなわち並進及び回転の試行確率はゼロに設定されてもよい。本実施形態では、後述する分子動力学計算工程により、MOF及び水分子の並進及び回転に相当する挙動をシミュレーション可能である。従って、モンテカルロ計算工程では、並進及び回転の試行が採択される確率をゼロとすることで、計算負荷を低減できる。
【0037】
モンテカルロ計算には、公知のモンテカルロ計算ソフトを使用することができる。所定のMCステップ終了後のMOF及び当該MOF内に配置された水分子の最終構造が、モンテカルロ法を用いたシミュレーションを実行後の構造に対応する。
【0038】
制御部11は、各分圧及び温度下でのMOFの水吸着特性の予測値を取得する(ステップS15)。水吸着特性は、水が吸着される量(水吸着量)であってもよく、当該水吸着量と分圧との関係性を示す吸着等温線であってもよい。吸着量は、MOF1gあたりに吸着された水(被吸着体)の質量(g)で表される。水吸着量は、例えばMCステップごとの水吸着量、それら一連の水吸着量のうちの最大水吸着量、一連の水吸着量の平均値等を含んでもよい。水吸着量は、MOFの水吸着量とMCステップとの関係性を示すグラフにより表されてもよい。吸着等温線は、所定のMCステップから最終ステップまでにおける水吸着量の平均値を、各圧力に対してプロットすることで生成される。
【0039】
制御部11は、モンテカルロ法を用いたシミュレーションを実行後のMOF及び水分子の構造に対して、分子動力学法を用いたシミュレーションを実行して(ステップS16)、粒子の最適な配置を算出する。分子動力学法とは、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことにより、粒子の運動をシミュレーションする手法である。分子動力学計算により、MOF自体の構造変化を考慮して、水を吸着又は脱着させた後のMOFの構造を緩和することができる。
【0040】
制御部11は、予め設定される計算条件に従い分子動力学計算を行う。計算条件には、MDステップ数、アンサンブル等が含まれてもよい。アンサンブルとしては、カノニカルアンサンブル(NVTアンサンブル)が好ましい。カノニカルアンサンブルでは、シミュレーションにおいて系の粒子数、体積及び温度が一定に維持される。カノニカルアンサンブルの手法は特に限定されず、適宜の手法を使用することができる。なお、ステップS13で取得した力場は、分子動力学法を用いたシミュレーションにも適用される。本実施形態では、上述の通りNNPを用いる。分子動力学計算には、公知の分子動力学計算ソフトを使用することができる。
【0041】
制御部11は、分子動力学法を用いたシミュレーションを実行後、シミュレーションの繰り返し回数をインクリメントし、分子動力学計算による計算結果を記憶部12に記憶する(ステップS17)。計算結果には、繰り返し回数、分子動力学法を用いたシミュレーションを実行後のMOF及び当該MOF内に配置された水分子の構造(水分子の位置)、及び水分子の運動量等が含まれる。
【0042】
制御部11は、カウントした繰り返し回数が予め設定された繰り返し数に到達したか否かを判定することにより、シミュレーションを終了するか否かを判定する(ステップS18)。
【0043】
カウントした繰り返し回数が予め設定された繰り返し数未満であることによりシミュレーションを終了しないと判定した場合(S18:NO)、制御部11は、ステップS17にて記憶した水分子の位置及び運動量を次サイクルにおける初期構造として適用する(ステップS19)。制御部11は、処理をステップS14に戻して、新たな初期構造に基づいて、モンテカルロ法及び分子動力学法を用いたシミュレーションを繰り返す。今サイクルの分子動力学計算後における水分子の位置及び運動量を次サイクルへ引き継ぐことで、サイクル間における水分子の配置及び運動方向の連続性を担保することができる。
【0044】
カウントした繰り返し回数が予め設定された繰り返し数以上であることによりシミュレーションを終了すると判定した場合(S18:YES)、制御部11は、シミュレーション結果を記憶部12に記憶する(ステップS20)。制御部11は、例えば、MOFの初期構造、中間構造、シミュレーション後の最終構造、及び水吸着特性の予測値等を対応付けて記憶部12に記憶する。
【0045】
制御部11は、水吸着特性の予測値を含む結果情報を出力部15を通じて出力する(ステップS21)。制御部11は、例えば、MOFの初期構造、水吸着量、及び吸着等温線を表す情報をディスプレイ装置へ表示する。ステップS21は省略されてもよい。制御部11は、一連の処理を終了する。
【0046】
上述の処理において、ステップS15の水吸着特性の取得処理は、ステップS16の分子動力学法を用いたシミュレーションの実行後に行われてもよい。
【0047】
予測装置1は、シミュレーション対象となる複数のMOFそれぞれについて上述した一連の処理を実行して、各MOFに対する水吸着特性を予測及び記憶する。これにより、製造候補となる複数のMOFの水吸着特性が収集される。予測装置1は、収集した各MOFの水吸着特性の予測結果に基づいて、製造対象となるMOFの選別を行う。
【0048】
図3は、予測装置1が実行する選別処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0049】
予測装置1の制御部11は、製造対象となるMOFに要求される要求物性を取得する(ステップS31)。要求物性には、水吸着量が含まれてもよい。要求物性としての水吸着量は、水が吸着される量の下限値(例えば、0.2g/g)であってもよい。要求物性には、分圧の上限値及び下限値(例えば、P/P0が0.2~0.4)がさらに含まれてもよい。制御部11は、例えば入力部14を介して、ユーザからの入力を受け付けることで要求物性を取得する。制御部11は、通信接続された外部装置から送信される情報を受信することにより要求物性を取得してもよく、予め設定された要求物性を記憶部12から読み出すことにより要求物性を取得してもよい。
【0050】
制御部11は、記憶部12に記憶するシミュレーション結果に基づいて、水吸着特性を予測した複数のMOFの中から、要求物性を満たすMOFを選別する(ステップS32)。具体的には、制御部11は、P/P0が0.2~0.4において、水吸着量の予測値が0.2g/g以上であるMOFを抽出する。制御部11は、水吸着量が高いものから順に所定数のMOFを優先的に選別してもよい。
【0051】
制御部11は、選別結果を出力部15を通じて出力する(ステップS33)。制御部11は、選別した各MOFについて、MOFの初期構造、水吸着量、及び吸着等温線を表す情報を対応付けて出力してもよい。制御部11は、一連の処理を終了する。
【0052】
上述の処理において、制御部11は、ステップS33で選別したMOFに対する吸脱着特性の実測値を取得し、ステップS33で選別したMOFの中から、取得した吸脱着特性の実測値が要求物性を満たすMOFのみを最終選別してもよい。
【0053】
本実施形態において、上述の予測及び選別方法を適用した金属有機構造体の製造方法を提供できる。実施形態の金属有機構造体の製造方法は、
(1)複数の金属有機構造体の初期構造を取得する工程と、
(2)各金属有機構造体について、モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求める工程と、
(3)求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する工程と、
(4)取得した前記吸着特性の予測値が所定条件を満たす金属有機構造体を選別する工程と、
(5)選別した金属有機構造体を得る工程と、を含む。
【0054】
上記工程のうち、工程(1)~(4)は、上述の図2及び図3で説明した予測及び選別工程に対応する。工程(5)は、製造装置により行われる工程に対応する。
【0055】
上記選別した金属有機構造体を得る工程では、例えば水熱合成法又はソルボサーマル合成法を用いて、金属イオン源と有機配位子又はその塩とを混合することによりMOFを得ることができる。例えば、特表2013-512223号に記載の製造方法により、MOFを得ることができる。
【0056】
図4は、吸着等温線の予測値及び実験値の一例を示す図である。図4の縦軸は水分子の吸着量(g/g)、横軸は分圧P/P0である。図4Aは、MOF1、MOF2、MOF3、MOF4及びMOF5について、本実施形態のGCMC法を用いた予測方法により得られた吸着等温線を示し、図4Bは、上記5種類のMOFの吸着等温線の実験値を示す。本実施形態の予測方法による予測結果はいずれも、吸着等温線の実験値の定性的な傾向を良好に再現しており、本開示の手法の予測精度が高いことが確認された。
【0057】
本実施形態によれば、2種類のシミュレーション手法を用いて被吸着体及び多孔質材の挙動を精度よくシミュレーションすることができ、吸着特性の予測精度向上を図ることができる。モンテカルロ法による物質の静的性質のシミュレーションと、分子動力学法による物質の動的性質のシミュレーションとを組み合わせて構造最適化することで、被吸着体の吸着脱離と、多孔質材の運動とを考慮したシミュレーションが可能となる。被吸着体の吸着に応じて、被吸着体のみではなく多孔質材自体も構造が変化する可能性があることから、特にMOFのように柔軟性を有する物質の予測において、2手法の組み合わせによる予測精度の向上効果が発揮される。
【0058】
シミュレーションでは、グランドカノニカルアンサンブルを生成することで、多孔質材の内部に被吸着体が吸着する実験系を好適に計算することができる。力場にNNPを用いることで、多様な物質に対し広く適用することができ、未知の材料の探索を行うという目的により適したシミュレーションが可能となる。特に多様な元素を含有するMOFの挙動の予測にNNPを用いることで、予測精度の向上効果が発揮される。
【0059】
一連のサイクル終了後の被吸着体の位置及び運動量を初期情報として用いて次サイクルのシミュレーションを行うことで、複数サイクルを繰り返すシミュレーションの連続性を担保し、予測の信頼性を向上し得る。
【0060】
(第2実施形態)
第2実施形態では、MOFの変形に伴う体積変化を加味して予測を行う。第2実施形態では、主に第1実施形態との相違点を説明し、第1実施形態と共通する構成については同一の符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0061】
MOFの中には、被吸着体が吸着することにより、MOFのフレームが膨張又は収縮するものがある。従って、シミュレーションにおいてMOFの膨張又は収縮に伴う体積変化が考慮されることが好ましい。本開示の一実施形態では、MOFの体積変化を考慮するために、ギブスアンサンブルのモンテカルロ法であるギブスアンサンブルモンテカルロ(以下、GEMC法とも称する。)によりシミュレーションを行ってもよい。
【0062】
キブスアンサンブルは、グランドカノニカルアンサンブルを拡張したアンサンブルである。キブスアンサンブルでは、系は複数の部分系により構成され、各部分系の間で体積及び粒子の交換が可能である。グランドカノニカルアンサンブルと同様、系の温度はシミュレーション全体を通して一定に制御される。
【0063】
本実施形態では、モデルとしてMOFの系を表す第1セル、及び被吸着体(例えば水分子)の系を表す第2セルを生成し、初期状態では第2セルにのみ被吸着体を配置する。GEMC法では、全セルの合計体積及び合計粒子数を一定として、被吸着体の確率的な移動(並進、回転)、セル間の粒子交換、セルの拡大縮小の繰返しにより様々な熱力学的平衡状態を再現する。セル間の粒子交換操作とは、水の挿入、削除に相当する。粒子交換操作では、最終的に、両セル内の水の化学ポテンシャルが一致するように、第1セル内に水分子が配置される。
【0064】
セルの拡大縮小操作とは、セルの体積交換に相当する。拡大縮小操作では、第1セル及び第2セルの合計体積が一定となるよう、一方のセルが拡大され、他方のセルが縮小される。予測装置1は、例えば、3次元で示される第1セルの各軸方向(XYZ方向)に対し独立して乱数を生成し、生成した乱数に従い第1セルの各辺の長さを拡大又は縮小させる。予測装置1は、拡大又は縮小後の第1セルの体積に基づいて、第1セルと第2セルとの体積の和が一定値となるよう、第2セルの各辺の長さを調整する。拡大縮小操作により、MOFの体積を変化させることができる。
【0065】
GEMC法においても、第1実施形態で説明したGCMC法と同様に、試行確率を含む計算条件が設定される。第2実施形態の試行確率は、例えば移動操作、粒子交換操作、拡大縮小操作の確率を含む。拡大縮小操作の試行確率を適宜設定することで、所望の体積変化を実施し得る。移動操作の試行確率は、第1実施形態と同様にゼロであってもよい。
【0066】
予測装置1は、モンテカルロ法としてGEMC法を用いること以外は、第1実施形態と同様にして、図2のフローチャートで説明した予測処理を実行する。予測装置1は、ステップS14のモンテカルロ法を用いたシミュレーション処理において、MOFの体積変化発生させることができる。
【0067】
上記では、GEMC法によるシミュレーション工程において体積変化を含むシミュレーション処理を実行する構成を説明したが、体積変化の処理は、別途実行されてもよい。例えば予測装置1は、拡大縮小操作以外の操作の試行確率をゼロに設定してGEMC法によるシミュレーションを実行することでMOFの体積を変化させてもよい。その後、予測装置1は、第1実施形態と同様にGCMC法によるシミュレーションを実行してもよい。
【0068】
GEMC法よる一実施形態によれば、MOFの膨張又は収縮に伴う体積変化がシミュレーションに反映されるため、予測精度の更なる向上が図られる。
【0069】
以上の実施形態に関し、さらに以下の付記を開示する。
(付記1)
金属有機構造体の初期構造を取得し、
モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより前記初期構造の金属有機構造体へ被吸着体を吸着させた場合の被吸着体の配置を求め、
求めた配置に応じた構造の金属有機構造体の吸着特性の予測値を取得する
処理をコンピュータが実行する予測方法。
(付記2)
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションにより被吸着体の配置を求めた後、さらに分子動力学法を用いたシミュレーションにより被吸着体の配置を求める
付記1に記載の予測方法。
(付記3)
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーション及び前記分子動力学法を用いたシミュレーションを繰り返し実行する
付記2に記載の予測方法。
(付記4)
前記分子動力学法を用いたシミュレーション後の被吸着体の位置又は運動量に基づいて前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションを再度実行する
付記2又は付記3に記載の予測方法。
(付記5)
前記モンテカルロ法がギブスアンサンブルモンテカルロ法又はグランドカノニカルモンテカルロ法である
付記1から付記4のいずれか1つに記載の予測方法。
(付記6)
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションにおいて、前記初期構造の金属有機構造体の体積を変化させる
付記1から付記5のいずれか1つに記載の予測方法。
(付記7)
前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションにおいて、金属有機構造体のシミュレーションセルの体積と被吸着体のシミュレーションセルの体積との合計が一定となるように各シミュレーションセルの体積を変化させることにより、前記初期構造の金属有機構造体の体積を変化させる
付記1から付記6のいずれか1つに記載の予測方法。
(付記8)
前記モンテカルロ法における被吸着体の並進及び回転の試行が採択される確率をゼロと設定する
付記1から付記7のいずれか1つに記載の予測方法。
(付記9)
前記吸着特性は最大吸着量又は吸着等温線を含む
付記1から付記8のいずれか1つに記載の予測方法。
(付記10)
力場としてのニューラルネットワークポテンシャルに基づいて、前記モンテカルロ法を用いたシミュレーションを実行する
付記1から付記9のいずれか1つに記載の予測方法。
【0070】
本開示の実施形態は、全ての点で例示であって、制限的なものではない。各実施例にて記載されている技術的特徴は互いに組み合わせることができる。本発明の範囲は、特許請求の範囲内での全ての変更及び特許請求の範囲と均等の範囲が含まれる。
各実施形態に示すシーケンスは限定されるものではなく、矛盾の無い範囲で、各処理手順はその順序を変更して実行されてもよく、また並行して複数の処理が実行されてもよい。各処理の処理主体は限定されるものではなく、矛盾の無い範囲で、各装置の処理を他の装置が実行してもよい。
【符号の説明】
【0071】
100 製造システム
1 予測装置
11 制御部
12 記憶部
13 通信部
14 入力部
15 出力部
1P プログラム
1A 記録媒体
2 製造装置
図1
図2
図3
図4