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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025001209
(43)【公開日】2025-01-08
(54)【発明の名称】クレーンの診断方法およびシステム
(51)【国際特許分類】
   B66C 15/00 20060101AFI20241225BHJP
   B66C 13/16 20060101ALI20241225BHJP
【FI】
B66C15/00 A
B66C13/16 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023100681
(22)【出願日】2023-06-20
(71)【出願人】
【識別番号】000005902
【氏名又は名称】株式会社三井E&S
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【弁理士】
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【弁理士】
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】岩成 真司
(72)【発明者】
【氏名】國本 隆司
(72)【発明者】
【氏名】吉田 健治
(72)【発明者】
【氏名】小川 靖之
【テーマコード(参考)】
3F204
【Fターム(参考)】
3F204AA01
3F204CA07
3F204GA03
3F204GA04
(57)【要約】
【課題】フィードバック制御が組み込まれた制御システムを診断対象として、その制御システムの状態をより忠実に把握するクレーンの診断方法および診断システムを提供する。
【解決手段】フィードバック制御が組み込まれている制御システム1の状態を演算装置12により診断するクレーンの診断方法において、制御システム1の状態が異常ではない状況で、指令値T*と実電力Pとの相関関係を取得しておき、指令値T*と予め把握しているその相関関係とに基づいて実電力Pの推定値P*を推定するデータ処理を演算装置12により行うとともに、実電力Pを電力取得装置11により取得し、推定した推定値P*と取得した実電力Pとの乖離度ΔPを算出するデータ処理を演算装置12により行って、算出したその乖離度ΔPを指標として用いて制御システム1の状態を診断する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クレーンの電動機を制御対象として、出力取得装置により取得された前記電動機の出力値と制御装置に入力された入力値との差分に基づいて、前記制御装置により指令値を生成し、生成したその指令値によりインバータから前記電動機に電力を供給させて、前記電動機を駆動させるフィードバック制御が組み込まれている制御システムの状態を演算装置により診断するクレーンの診断方法において、
前記制御システムの状態が異常ではない状況で、前記指令値とその指令値に基づいて前記インバータから前記電動機に実際に供給された実電力との相関関係を取得しておき、
前記指令値と予め把握しているその相関関係とに基づいて前記実電力の推定値を推定するデータ処理を前記演算装置により行うとともに、前記実電力を電力取得装置により取得し、
推定した前記推定値と前記電力取得装置により取得した前記実電力との乖離度を算出するデータ処理を前記演算装置により行って、算出したその乖離度を指標として用いて前記制御システムの状態を診断するクレーンの診断方法。
【請求項2】
前記出力値ごとに異なる複数の前記相関関係を取得しておき、複数の前記相関関係の中から前記出力取得装置により取得された前記出力値に応じた相関関係を選択するデータ処理を前記演算装置により行って、前記推定値の推定に選択したその相関関係を用いる請求項1に記載のクレーンの診断方法。
【請求項3】
前記制御システムの状態が異常ではない状況で、前記指令値と前記出力値との相関関係を取得しておき、
前記指令値と予め把握しているその相関関係とに基づいて前記出力値の推定値を推定するデータ処理を前記演算装置により行い、
推定したその推定値と前記出力取得装置により取得した前記出力値との乖離度を算出するデータ処理を前記演算装置により行って、前記制御システムの状態の診断では、複数の前記乖離度を指標として用いる請求項1に記載のクレーンの診断方法。
【請求項4】
前記制御システムの状態が異常ではない状況で、前記指令値とその指令値に基づいた前記電動機の駆動により作動する作動部の状態を示す測定値との相関関係を取得しておき、
前記指令値と予め把握しているその相関関係とに基づいて前記測定値の推定値を推定するデータ処理を前記演算装置により行い、
推定したその推定値と状態取得装置により取得した前記測定値との乖離度を算出するデータ処理を前記演算装置により行って、前記制御システムの状態の診断では、複数の前記乖離度を指標として用いる請求項1に記載のクレーンの診断方法。
【請求項5】
前記乖離度が基準よりも高い場合に、前記演算装置により前記制御システムの状態が異常であると判断する請求項1~4のいずれか1項に記載のクレーンの診断方法。
【請求項6】
前記乖離度が基準よりも高くなった回数が所定数よりも多くなった場合に、前記演算装置により前記制御システムの状態が異常であると判断する請求項1~4のいずれか1項に記載のクレーンの診断方法。
【請求項7】
電動機、制御装置、インバータ、および、出力取得装置を有していて、前記制御装置が前記出力取得装置により取得された前記電動機の出力値と前記制御装置に入力された入力値との差分に基づいて指令値を生成するデータ処理を実行することにより、前記インバータが生成されたその指令値に基づいた電力を前記電動機に供給して、制御対象である前記電動機が駆動するフィードバック制御が組み込まれている制御システムの状態を診断する演算装置を備えているクレーンの診断システムにおいて、
前記インバータから前記電動機に実際に供給された実電力を取得する電力取得装置を備えていて、
前記演算装置が、前記制御システムの状態が異常ではない状況での前記指令値および前記実電力の相関関係を示すデータベースを有していて、前記指令値と前記データベースとに基づいて前記実電力の推定値を推定するデータ処理と、推定したその推定値と前記電力取得装置により取得した前記実電力との乖離度を算出するデータ処理と、算出したその乖離度を指標として用いて前記制御システムの状態を診断するデータ処理と、を実行する構成であるクレーンの診断システム。
【請求項8】
前記データベースには、前記出力値ごとの複数の前記相関関係が存在しており、
前記演算装置が、複数の前記相関関係の中から前記出力取得装置により取得された前記出力値に応じた相関関係を選択するデータ処理を実行して、前記推定値を推定するデータ処理では、選択したその相関関係が用いられる構成である請求項7に記載のクレーンの診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クレーンの診断方法およびシステムに関し、より詳細には、フィードバック制御が組み込まれた制御システムを診断対象として、その制御システムの状態をより忠実に把握するクレーンの診断方法およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
コンテナターミナルなどの物流施設で荷物を荷役するクレーンに故障が発生すると、荷役作業が中断して物流に大きな支障が生じる。特に制御装置(例えば、PLC)やインバータなどの長納期品が故障した場合、クレーンの復旧に多大な時間を要して荷役作業の中断が長期に渡るおそれがある。それ故、クレーンに対しては、点検や診断を定期的に行い維持管理することが必要となっている。
【0003】
クレーンなどの機械、あるいは、クレーンの各部品を診断対象として、機械部品の期待耐用年数の推定方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この提案されている推定方法は、作業サイクルのプロセスデータとして、作業サイクルの始点位置および終点位置、機器の速度、荷重、パワー、消費、温度、油圧条件などが集積したデータベースを用いて、故障パターンを分析している。
【0004】
上記の提案されている推定方法では、プロセスデータが機械または部品の機械的な動作の状態を表しており、機械的な故障パターンを分析することにより、機械または部品の耐用年数を推定している。しかしながら、機械的な動作の状態の変動に基づいた故障パターンでは、制御システムの内部の電気的な故障傾向まで把握することができない。特に、フィードバック制御が組み込まれたクレーンの制御システムでは、そのフィードバック制御により、電動機の出力値(例えば、回転速度や出力トルク)が入力値(例えば、操作装置の操作による入力値)に一致するような補正が制御システムの内部で行われている。つまり、電動機の出力値は、制御システムの内部に故障の前兆である異常が生じていても、制御システムの内部で補正されることにより概ね正常な値を示すことになる。それ故、フィードバック制御が組み込まれたクレーンの制御システムを診断対象として、その制御システムの状態をより忠実に把握するには、改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-14092号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、フィードバック制御が組み込まれた制御システムを診断対象として、その制御システムの状態をより忠実に把握するクレーンの診断方法およびシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成する本発明のクレーンの診断方法は、クレーンの電動機を制御対象として、出力取得装置により取得された前記電動機の出力値と制御装置に入力された入力値との差分に基づいて、前記制御装置により指令値を生成し、生成したその指令値によりインバータから前記電動機に電力を供給させて、前記電動機を駆動させるフィードバック制御が組み込まれている制御システムの状態を演算装置により診断するクレーンの診断方法において、前記制御システムの状態が異常ではない状況で、前記指令値とその指令値に基づいて前記インバータから前記電動機に実際に供給された実電力との相関関係を取得しておき、前記指令値と予め把握しているその相関関係とに基づいて前記実電力の推定値を推定するデータ処理を前記演算装置により行うとともに、前記実電力を電力取得装置により取得し、推定した前記推定値と前記電力取得装置により取得した前記実電力との乖離度を算出するデータ処理を前記演算装置により行って、算出したその乖離度を指標として用いて前記制御システムの状態を診断することを特徴とする。
【0008】
上記の目的を達成する本発明のクレーンの診断システムは、電動機、制御装置、インバータ、および、出力取得装置を有していて、前記制御装置が前記出力取得装置により取得された前記電動機の出力値と前記制御装置に入力された入力値との差分に基づいて指令値を生成するデータ処理を実行することにより、前記インバータが生成されたその指令値に基づいた電力を前記電動機に供給して、制御対象である前記電動機が駆動するフィードバック制御が組み込まれている制御システムの状態を診断する演算装置を備えているクレーンの診断システムにおいて、前記インバータから前記電動機に実際に供給された実電力を取得する電力取得装置を備えていて、前記演算装置が、前記制御システムの状態が異常ではない状況での前記指令値および前記実電力の相関関係を示すデータベースを有していて、前記指令値と前記データベースとに基づいて前記実電力の推定値を推定するデータ処理と、推定したその推定値と前記電力取得装置により取得した前記実電力との乖離度を算出するデータ処理と、算出したその乖離度を指標として用いて前記制御システムの状態を診断するデータ処理と、を実行する構成であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、推定値が制御システムの状態が異常ではない状況での理論値を表しており、実電力が診断時の制御システムの状態での実測値を表している。即ち、推定値と実電力との乖離度は、フィードバック制御により内部的に補正された度合いを示している。制御システムの状態が異常な状況では良好の状況に比して乖離度が高くなり、その増加分は、制御システムの経時的な劣化の進行や突発的な異常の発生による状態の変化と見做すことができる。そのため、この乖離度を用いることで、フィードバック制御が組み込まれた制御システムの状態をより忠実に把握するには有利になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】クレーンの診断システムの実施形態を例示する説明図である。
図2】データベースを例示する説明図である。
図3】クレーンの診断方法の手順を例示するフロー図である。
図4図2のデータベースで示される指令値と実電力との相関関係を例示するグラフ図である。
図5】実施形態の変形例1での手順を例示するフロー図である。
図6】変形例1で用いるデータベースを例示する説明図である。
図7図6のデータベースで示される出力値ごとの指令値と実電力との相関関係を例示するグラフ図である。
図8】実施形態の変形例2での手順を例示するフロー図である。
図9】変形例2で用いる指令値と出力値との相関関係を例示する説明図である。
図10】実施形態の変形例3を例示する説明図である。
図11】変形例3で用いるデータベースを例示する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明のクレーンの診断方法およびシステムを、図に示す実施形態に基づいて説明する。
【0012】
図1に例示するクレーンの診断システム10の実施形態を用いて、クレーンの診断方法が実施される。この診断システム10および診断方法は、クレーンの制御システム1を診断するために使用される。即ち、この実施形態によって、後述するように、制御システム1の診断結果が出力される。
【0013】
まず、制御システム1について説明する。
【0014】
制御システム1は、図示しないクレーンの荷役時に、吊具の昇降装置、トロリの横行装置、構造物の走行装置などを作動させる電動機2を制御対象としている。クレーンは、公知の種々のクレーンを用いることができる。クレーンは、例えば、物流施設であるコンテナターミナルに存在する蔵置レーンを跨いで蔵置レーンに沿って走行するトランスファクレーン(門型クレーン)である。物流施設は、物流の拠点となっているコンテナターミナル(港湾施設)や倉庫施設などの公知の種々の物流施設を用いることができる。なお、物流施設には、鋼板などを製造および出荷する製造施設も含む。クレーンとしては、天井クレーン、ガントリークレーン、ジブクレーン、移動式クレーン(トラッククレーン、鉄道クレーン)も用いることができる。作動部は、クレーンの荷役時に作動する部位を示し、吊具および昇降装置の組み合わせ、ブームおよび旋回装置の組み合わせ、トロリおよび横行装置の組み合わせ、および、ガータを有する構造物および走行装置の組み合わせなどが該当する。作動部は電動機2を駆動源とするものであればよく、特に限定されるものではない。
【0015】
制御システム1は、電動機2の回転速度あるいは出力トルクをフィードバック制御により調節する公知のシステムを用いることができる。制御システム1は、電動機2、操作装置3、制御装置4、インバータ5、および、出力取得装置6を有している。制御システム1は、制御装置4により入力値ω*と出力値ωとの差分に基づいた指令値T*を生成し、生成した指令値T*によりインバータ5から電動機2に電力を供給させて、電動機2を駆動させるフィードバック制御が組み込まれている。組み込まれたフィードバック制御により、制御システム1は、出力値ωが入力値ω*に一致するように調節している。
【0016】
電動機2は、作動部に連結されていて、作動部の作動の駆動源となっている。電動機2は、三相誘導電動機や同期電動機などの公知の電動機を用いることができる。なお、電動機2と作動部との間に減速機などの変速機が介在されていてもよい。
【0017】
操作装置3は、ボタン、レバー、ハンドルなどの人的に操作される公知の種々の操作装置を用いることができる。操作装置3は、クレーンに設置された運転室やクレーンから離間した位置に設置された操作室などに配置されている。操作装置3の操作により入力値ω*が生成されて、生成されたその入力値ω*が制御装置4に入力される。操作装置3は必須ではなく、操作装置3の代わりに入力値ω*を生成する演算装置を有していてもよい。また、その演算装置と操作装置3とを併用して、演算装置による自動運転と操作装置3による手動運転とを切り替える構成でもよい。
【0018】
制御装置4は、プログラマブルロジックコントローラ(PLC)やダイレクトデジタルコントローラなどの公知の種々のコンピュータを用いることができる。制御装置4は、中央演算処理部(CPU)、主記憶部(メモリ)、補助記憶部(例えば、HDD)、入出力部(例えば、I/Oモジュールやネットワワークアダプタ)を有している。制御装置4は、操作装置3から入力された入力値ω*と出力取得装置6が取得した出力値ωとが入力されて、所定のプログラムにより指示されたデータ処理を実行することにより指令値T*を生成している。制御装置4は、インバータ5と一体化していてもよい。
【0019】
インバータ5は、物流施設で使用されている交流電源やクレーンに設置された交流電源、あるいは、クレーンに設置されたバッテリなどの直流電源などの電力源から供給された電力を変換して電動機2に電力を供給する公知の種々のインバータを用いることができる。インバータ5は、制御装置4が生成した指令値T*に基づいた電力を電動機2に供給している。インバータ5は電動機2と一体化していてもよい。
【0020】
出力取得装置6は、電動機2の出力値ωを取得している。出力取得装置6は、速度センサ(パルスジェネレータ)などの公知の種々のセンサを用いることができる。出力値ωは電動機2の出力を示しており、例えば、回転速度や出力トルクである。出力値ωは、制御装置4に入力される入力値ω*と同種であり、出力取得装置6には入力値ω*に応じたセンサが選択される。入力値ω*が回転速度の場合、出力取得装置6は出力値ωとして電動機2の回転速度を取得する。なお、出力取得装置6は、電動機2の出力値ωを間接的に取得する構成でもよく、例えば、出力取得装置6が作動部の状態(移動量、移動速度、荷重など)を示す測定値を取得して、取得した測定値から電動機2の出力値ωを取得してもよい。この場合、制御装置4が、出力取得装置6が取得したその測定値と電動機2から作動部までの動力伝達経路での変速などに基づいて、電動機2の出力値ωを算出するデータ処理を実行してもよい。
【0021】
図1中では、入力値ω*および出力値ωが回転速度を示している。指令値T*がトルクを示している。なお、指令値T*として三相電流指令値iq*を用いてもよい。
【0022】
制御システム1は、速度制御系と電流制御系との二つの制御系により構成されている。速度制御系では、出力値ωを入力値ω*に一致させるフィードバック制御を用いている。電流制御系では、センサレスベクトル制御やエンコーダフィードバック付きベクトル制御(PG付ベクトル制御)などの公知の種々のベクトル制御を用いている。電流制御系では、例えば、エンコーダフィードバック付きベクトル制御を用いており、出力取得装置6をエンコーダとして用いている。出力取得装置6の代わりに、電動機2の内部に設置された磁気センサを用いてもよく、出力取得装置6が出力値ωとして出力トルクを取得する構成の場合に、出力取得装置6とは別体の速度センサを用いてもよい。制御システム1は、ベクトル制御に限定されるものではなく、V/f制御を用いてもよい。
【0023】
次に、診断システム10の実施形態について説明する。
【0024】
診断システム10は、電力取得装置11と演算装置12とを備えている。診断システム10は、診断対象の制御システム1が複数でもよく、物流施設で運用されている多数のクレーンのそれぞれが有する多数の制御システム1を診断することも可能である。
【0025】
電力取得装置11は、公知の種々の電力取得装置を用いることができ、インバータ5から電動機2に実際に供給された実電力を取得している。電力取得装置11は、例えば、二つの電圧計11aと二つの電流計11bとを有している。電圧計11aは、インバータ5から電動機2に供給される三相電圧を直に取得してもよいが、制御装置4からインバータ5に出力される三相電圧指令値Vu、Vv、Vwを三相電圧と見做して、その三相電圧指令値Vu、Vv、Vwを取得している。電流計11bは、インバータ5から電動機に供給される三相電流の中の所定の二相電流iu、iwを取得している。電力取得装置11は、インバータ5から電動機2に実際に供給された実電力、あるいは、実電圧および実電流を取得できればよく、特に限定されるものではない。なお、電力取得装置11は、電圧計11aと電流計11bとを有する一つの装置に限定されるものではなく、電圧計11aと電流計11bとが別体の装置でもよい。
【0026】
演算装置12は、公知の種々のコンピュータを用いることができる。演算装置12は、中央演算処理部(CPU)13、主記憶部(メモリ)14、補助記憶部(例えば、HDD)15、入出力部16(例えば、キーボード、マウス、ディスプレイ、I/Oモジュールやネットワワークアダプタなど)を有している。補助記憶部15には、所定のプログラムと、データベースD1とが記憶されている。演算装置12は、所定のプログラムが起動されて実行されると、そのプログラムにより指示された各データ処理を実行する。そして、各データ処理を実行して制御システム1の診断結果を出力する。
【0027】
演算装置12は、クレーンに設置されていてもよく、クレーンの外部に設置されていてもよい。演算装置12がクレーンの外部に設置されている場合、演算装置12と制御装置4および電力取得装置11とが公知の種々のネットワークにより通信可能に接続される。なお、演算装置12と電力取得装置11とは、互いに直に通信可能に接続されていなくてもよく、制御装置4を介して間接的に通信可能に接続されていてもよい。
【0028】
図2に例示するデータベースD1は、制御システム1の状態が異常ではない状況(制御システム1の状態が良好な状況)での多数の指令値T*(T*1、T*2、・・・、T*n)についての実電力P(P1、P2、・・・、Pn)を有している。即ち、データベースD1は、制御システム1の状態が異常ではない状況での指令値T*と実電力Pとの相関関係を示している。
【0029】
詳述するとデータベースD1は、表の左列に記載された指令値T*のサンプルに基づいてインバータ5から電動機2に実際に供給された実電力Pが多数、集積している。指令値T*のサンプル(T*1、T*2、・・・、T*n)は、指令値T*におけるサンプル番号(1~n)を示している。
【0030】
実電力Pは、電力取得装置11により取得されている。実電力Pは、三相電圧値と三相電流値とに基づいて算出される電力値で示されていてもよく、それらの三相電圧値と三相電流値とで示されていてもよい。
【0031】
データベースD1は、演算装置12により、制御システム1の状態が異常ではない状況でのクレーンの荷役作業中に取得されたデータを用いて作成される。具体的に、クレーンの荷役作業中に制御装置4で生成された指令値T*が演算装置12の補助記憶部15に記憶される。また、記憶されたその指令値T*に基づいてインバータ5から電動機2に実際に供給された実電力Pが電力取得装置11により取得されて、演算装置12の補助記憶部15に記憶される。データベースD1は、補助記憶部15に記憶されたそれらの指令値T*と実電力Pとを用いて作成される。また、データベースD1は、クレーンの製造業者やクレーンを管理運用する物流施設の管理者などが従来から蓄積している膨大な指令値T*と実電力Pを用いることができる。また、データベースD1は、クレーンの研究開発での多数の実験、試験の結果やコンピュータシミュレーション結果などのラボデータも用いることができる。
【0032】
次に、クレーンの診断方法の実施形態について説明する。
【0033】
図3に例示するようにクレーンの診断方法の手順としては、まず、演算装置12による推定値P*の推定と電力取得装置11による実電力Pの取得が行われる(S110~S130)。次いで、演算装置12により乖離度ΔPを算出して(S140)、算出した乖離度ΔPを指標として制御システム1の状態を診断する(S150)。以下に、各ステップ(S110~S150)の詳細について説明する。
【0034】
ステップ(S110)では、演算装置12により、制御装置4が生成した指令値T*とデータベースD1とに基づいて実電力Pの推定値P*を推定するデータ処理が実行される。具体的に、操作装置3により制御装置4に入力された入力値ω*に基づいて制御装置4が生成した指令値T*を演算装置12が受信する。次いで、演算装置12が、受信した指令値T*と、データベースD1を用いて予め把握している指令値T*および実電力Pの相関関係(推定モデル20)と、に基づいて推定値P*を推定する。
【0035】
図4に例示する指令値T*と実電力Pとの相関関係を示すグラフ図は、データベースD1に基づいて作成されたものである。図4中の黒点は、データベースD1の指令値T*と実電力Pの該当位置にプロットしたものである。このプロットした黒点群から推定モデル20(指令値T*と実電力Pとの相関関係)を求めるには、一般化線形モデルを用いる線形回帰や非線形モデルを用いる非線形回帰などの公知の種々の回帰分析を用いることができる。図4では、黒点群を直線に近似した直線が推定モデル20を示す。
【0036】
ステップ(S120)では、電力取得装置11により、インバータ5から電動機2に実際に供給された実電力Pを取得する。実電力Pは、ステップ(S110)での推定値P*の推定に用いた指令値T*に基づいて、インバータ5から電動機2に実際に供給された電力を示す。なお、ステップ(S110)とステップ(S120)は順不同であり、並列処理も可能である。
【0037】
指令値T*が変更されたか否かを判定するステップ(S130)では、演算装置12により、制御装置4が生成した指令値T*が変更された、即ち、操作装置3から制御装置4に新たな入力値ω*が入力されたか否かを判定するデータ処理が実行される。このステップ(S130)は必須ではなく、省略することができる。ただし、このステップ(130)を行うことで、指令値T*が変更されるまでの期間で複数の実電力Pを取得することが可能になり、サンプル数(取得された実電力Pの数)が増える。また、指令値T*に基づいてインバータ5から供給された電力で駆動する電動機2の回転速度は、経時的に可変であり、それに伴って実電力Pも経時的に可変する。つまり、サンプルの種類数(値の異なる実電力Pの数)も増える。このように、多種多様なサンプルを用いることにより、診断結果の信頼度の向上には有利になる。
【0038】
乖離度ΔPを算出するステップ(S140)では、演算装置12により、推定した推定値P*と取得した実電力Pとの乖離度ΔPを算出するデータ処理が実行される。乖離度ΔPの算出には、公知の種々の算出手法を用いることができる。算出手法は、推定値P*と実電力Pとを一対一で比較する手法に限定されず、推定値P*と指令値T*が変更されるまでの期間での複数の実電力Pとを比較する手法を用いてもよい。
【0039】
推定値P*は制御システム1の状態が異常ではない状況での実電力Pの理論値を示しており、実電力Pは診断時の制御システム1の状態での実測値である。即ち、乖離度ΔPは、推定値P*と実電力Pと乖離がフィードバック制御により内部的に補正された度合いを示している。乖離度ΔPが低いほど実電力Pが推定値P*に近似し、乖離度ΔPが高いほど実電力Pが推定値P*から大きく相違する。
【0040】
乖離度ΔPとしては、推定値P*および実電力Pの差分の他、公知の精度評価指数、情報量基準、仮説検定の結果などを用いることができる。精度評価指数としては、平均二乗誤差、平均絶対誤差、決定係数、および、平均平方二乗誤差などが例示される。情報量基準としては、最小記述長(MDL)、ベイズ情報量基準(BIC)、および、赤池情報量基準(AIC)などが例示される。仮説検定としては、χ二乗検定、Kolmogorov-Smirnov検定(KS検定)、Anderson-Darling検定(AD検定)、Shapiro-Wilk検定(SW検定)などが例示される。なお、複数の実電力Pは、そのまま用いてもよいが、指令値T*が変更されるまでの期間の移動平均を用いてもよい。このように、複数の実電力Pを用いる場合は、移動平均を用いることで経時的に変動する実電力Pを平滑化することにより、複数の実電力Pのばらつきによる誤診断を抑制するには有利になる。
【0041】
ステップ(S150)では、演算装置12により、算出した乖離度ΔPを指標として用いて、制御システム1の状態を診断するデータ処理が実行される。診断する制御システム1の状態とは、制御システム1の内部での電気的な処理の状態である。具体的には、出力取得装置6の出力値ωの取得状態、各装置間での信号の送受信状態、制御装置4でのデータ処理状態、インバータ5の出力状態などである。制御システム1の内部での電気的な処理の状態が悪化すると、制御システム1の内部での実測値は理論値から大きく相違する。乖離度ΔPは、実測値と理論値との乖離の度合いを示すので、乖離度ΔPの高さは、制御システム1の内部での電気的な処理の状態の悪化を意味している。そこで、乖離度ΔPを指標にすれば、制御システム1の状態を把握できる。例えば、乖離度ΔPが低いほど制御システム1の内部での電気的な処理の状態が良好であり、乖離度ΔPが高いほど制御システム1の内部での電気的な処理の状態が異常であると推定できる。このように、算出した乖離度ΔPの高低に基づいて、制御システム1の状態をより忠実に把握することが可能となる。
【0042】
制御システム1の状態の程度(良好か異常かの程度)は、クレーンの製造業者やクレーンを管理運用する物流施設の管理者などの当業者であれば、クレーンの荷役中のデータの蓄積、多数の実験や試験データの蓄積、あるいは、コンピュータシミュレーション結果の蓄積などに基づいて概ね把握されている。また、制御システム1を適用したクレーンの診断を継続することで得られる診断結果の蓄積に基づいて概ね把握できる。以上のような当業者の知見や診断結果の蓄積を利用して制御システム1の良好な状態以外の状態が制御システム1の異常な状態として検知される。
【0043】
具体的には、制御システム1の状態が良好な状況を基準として定めて、その基準を示す閾値を用いる。乖離度ΔPが基準よりも高い場合(乖離度ΔPがその閾値よりも高い場合)に、制御システム1の状態が異常であると推定できる。また、乖離度ΔPが基準よりも高くなった回数を用いて、その回数が所定数よりも多くなった場合に、制御システム1の状態が異常であると推定できる。乖離度ΔPの高低の閾値(基準のレベル)は任意に設定することができる。閾値は、制御システム1の状態が良好である状況と制御システム1の状態が異常である状況とを比較して、制御システム1の各装置での突発的に生じた異常や各装置の経時的な劣化を把握できるように設定すればよい。なお、閾値は、制御システム1の状態が良好な状況のデータと異常な状況のデータとを機械学習により生成された分類モデルを用いて分類して、算出することもできる。同様に、所定数も任意に設定することができる。所定数は、突発的な異常ではなく、経時的な劣化による異常を把握できるように設定すればよい。
【0044】
診断結果は、演算装置12の入出力部16に出力される。入出力部16からの診断結果の出力は、例えば、モニタへの診断結果の表示、他のコンピュータへの診断結果の通知などである。なお、制御システム1の状態が異常である診断結果のみを出力してもよく、診断結果として制御システム1の状態の異常が把握されると、演算装置12によりその診断結果をモニタに表示したり、他のコンピュータに通知したりするデータ処理が実行されてもよい。
【0045】
診断結果は、乖離度ΔPを出力してもよい。また、診断結果は、乖離度ΔPと閾値との差分に応じて設定された異常度を出力してもよい。異常度は、制御システム1の良好の状態(異常のない状態)から経時的な劣化が進行した度合いを示す。異常度が高いほど制御システム1の状態が異常であり、異常度が低いほど制御システム1の状態が良好である。また、診断結果は、乖離度ΔPを用いて、インバータ5から電動機2に供給される電力の低下率として出力することができる。診断結果は、例えば、最大電力のX(X:1~100)%で表すことができ、電圧および電流を個別に表してもよい。このように、診断結果として、制御システム1の状態を良好あるいは異常で表すのではなく、その状態を数値化することで制御システム1の状態の変動をより具体的に把握するには有利になる。
【0046】
実施形態の一例では、推定値P*と実電力Pとの乖離度ΔPを用いたが、インバータ5から電動機2に供給される電力の電圧と電流とのそれぞれの推定値を推定して、電圧と電流とのそれぞれの乖離度を指標として用いて制御システム1の状態を診断してもよい。この場合、データデータD1には、実電力Pとして、三相電圧や三相電流が集積することになる。
【0047】
以上のように、本実施形態によれば、推定値P*が制御システム1の状態が良好な状況での理論値を表しており、実電力Pが診断時の制御システム1の状態での実測値を表している。即ち、推定値P*と実電力Pとの乖離度ΔPは、フィードバック制御により内部的に補正された度合いを示している。制御システム1の状態が異常な状況では良好の状況に比して乖離度ΔPが高くなり、その増加分は、制御システム1の経時的な劣化の進行や突発的な異常の発生による状態の変化と見做すことができる。そのため、この乖離度ΔPを用いることで、フィードバック制御が組み込まれた制御システム1の状態をより忠実に把握するには有利になる。
【0048】
制御装置4やインバータ5、あるいは出力取得装置6などの制御システム1の内部での電気的な処理を行う機器が実際に故障して制御システム1が機能しなくなると、クレーンの荷役作業が中断して、物流施設に大きな支障が生じる。しかしながら、制御システム1には、フィードバック制御が組み込まれていることから、それらの機器の故障傾向の把握は難しく、従来では、主に使用年数に基づいた交換やオーバーホールなどの保全メンテナンスなどの時間基準保全が推奨実施されていた。本実施形態によれば、制御システム1の状態をより忠実に把握することにより、機器の故障傾向を把握できる。それ故、機器の故障を事前に把握して、状態基準保全(不要な機器交換やメンテナンスを行わずに、状態が悪化したときに実施されるメンテナンス)を実施することができる。これにより、事後保全や時間基準保全に比してメンテナンスに要するコストを大幅に削減しつつ、機器の故障による荷役作業の中断の頻度を大幅に低下することができる。また、診断結果の履歴を確認することで、機器の故障の発生時の故障原因を特定することが可能になり、突発的な故障による荷役作業の中断を即時復旧することが可能となる。
【0049】
特に、制御装置4やインバータ5などの長納期品の故障傾向を把握することで、予め長納期品を手配することができる。これにより、クレーンの荷役作業の中断の時間をより短縮するには有利になる。また、診断結果に基づいて、物流施設でのクレーンの運用計画を見直すことが可能となり、荷役作業の長期的な生産性の向上に大いに寄与する。
【0050】
次に、クレーンの診断方法およびシステムの実施形態の変形例1について説明する。
【0051】
図5は変形例1でのクレーンの診断方法の手順の一例を示す。変形例1では、上述した図3の手順に対して別のステップ(S210)が追加されている。即ち、変形例1の手順では、推定値P*の推定(S110)の前に、演算装置12により、複数の推定モデル(20a、20b、20c、20d)の中から出力値ωに応じた対象推定モデル(例えば、推定モデル20b)の選択(S210)が行われる。したがって、変形例1では、演算装置12により、選択された対象推定モデルを推定モデル20として用いて推定値P*が推定される(S110)。
【0052】
図6は、変形例1で用いるデータベースD1aの一例を示している。データベースD1aは、上述した図2のデータベースD1に対して、表の最右列に出力値ω(ω1、ω2、・・・、ωn)が追加されている。電動機2が吊具の昇降装置に連結されている場合、電動機2の状態は、吊具が荷物を吊っていない状態と吊具が荷物を吊った状態とがあり、更に、荷物の重量に応じてそれぞれ異なる状態がある。即ち、同じ指令値T*でも、状態が異なると出力値ωが異なる。データベースD1aに出力値ωが追加されることで、電動機2のそれぞれの状態に応じた指令値T*と実電力Pとの複数の相関関係を把握することが可能となる。
【0053】
ステップ(S210)では、演算装置12により、複数の推定モデル(20a、20b、20c、20d)の中から出力取得装置6が取得した出力値ωに応じた対象推定モデル(例えば、推定モデル20b)を選択するデータ処理が実行される。出力取得装置6が取得した出力値ωは、ステップ(S110)での推定値P*の推定に用いた指令値T*に基づいて、インバータ5から供給された電力により駆動した電動機2の実際の出力を示す。
【0054】
図7に例示する指令値T*と実電力Pとの相関関係を示すグラフ図は、データベースD1aに基づいて作成されたものである。図7中の各点(白丸点、黒丸点、黒四角点、黒三角点)は、データベースD1aの指令値T*と実電力Pの該当位置にプロットしたものである。各点の分類(相違)は、出力値ωの分類(相違)を表している。出力値ωは、例えば、1m/sごとに細かく分類することも可能であるが、分類が細かくなるほどデータベースD1aのサンプル数(n)が膨大になる。そこで、出力値ωは、所定の範囲ごとに分類するとよい。図7中では、出力値ωが四つの範囲に分類されており、白丸点、黒丸点、黒四角点、黒三角点の順にそれぞれに属する出力値ω(回転速度)が低くなっている。このプロットした各点群から出力値ωごと(分類された範囲ごと)の推定モデル20a~20d(指令値T*と実電力Pとの相関関係)を求めるには、出力値ωごとに公知の種々の回帰分析を用いることができる。図7では、それぞれの点群を直線に近似した四つの直線が出力値ωごとの推定モデル20a~20dを示す。
【0055】
従来、状態が変化する機器に対しては、特定の状態でのデータのみを抽出して、抽出したデータに基づいた診断が実施されていた。クレーンでは、例えば、空荷(吊具が荷物を吊っていない状況)の状況で診断されていた。それ故、機器が特定の状態に維持された短い期間での診断結果しか得られないことに加えて、特定の状態を除いた残りの状態での診断結果が得られなかった。上述した変形例1では、複数の推定モデル20a~20dの中から出力値ωに応じた対象推定モデルが選択されて(S210)、指令値T*と選択された対象推定モデルとに基づいて実電力Pの推定値P*が推定される(S110)。それ故、電動機2の状態が変化しても、その変化に応じた推定モデル(相関関係)を用いることにより、電動機2の状態に依らずに制御システム1の状態を診断することができる。この結果、より長い期間、かつ、より多数の状況での制御システム1の状態を把握するには有利になる。
【0056】
クレーンにおいては、吊具の昇降、トロリの横行、および、構造物の走行での作動開始地点から作動終了地点までの間の移動量が、予め設定された固定の加速度、定格速度、および、減速度を用いて、加速度期間、定格速度期間、および、減速度期間で設定されている場合がある。加速度期間中は、作動部の作動が安定しないことに起因して、診断精度が低下するおそれがある。そこで、演算装置12により、加速度期間では、制御システム1の状態の診断を禁止することが望ましい。これにより、診断精度の向上には有利になる。
【0057】
次に、クレーンの診断方法およびシステムの実施形態の変形例2について説明する。
【0058】
図8は変形例2でのクレーンの診断方法の手順の一例を示す。変形例2では、上述した図3の手順に対して別のステップ(S310~S340)が追加されている。即ち、変形例2の手順では、乖離度ΔPの算出とは別に、演算装置12により乖離度Δωが算出される(S310~S340)。したがって、変形例2では、演算装置12により、乖離度ΔPと乖離度Δωとの複数の指標を用いて制御システム1の状態が診断される(S150)。以下に、各ステップ(S310~S340)の詳細について説明する。
【0059】
ステップ(S310)では、演算装置12により、制御装置4が生成した指令値T*とデータベースD1aとに基づいて出力値ωの推定値ω**を推定するデータ処理が実行される。具体的に、操作装置3により制御装置4に入力された入力値ω*に基づいて制御装置4が生成した指令値T*を演算装置12が受信する。次いで、演算装置12が、受信した指令値T*と、データベースD1aを用いて予め把握している指令値T*および出力値ωの相関関係と、に基づいて推定値ω**を推定する。
【0060】
図9に例示する指令値T*と出力値ωとの相関関係を示すグラフ図は、データベースD1aに基づいて作成されたものである。図9中の黒点は、データベースD1aの指令値T*と出力値ωの該当位置にプロットしたものである。このプロットした黒点群から指令値T*と出力値ωとの相関関係を求めるには、公知の種々の回帰分析を用いることができる。図9では、黒点群を直線に近似した直線が指令値T*と出力値ωとの相関関係を示す。
【0061】
ステップ(S320)では、出力取得装置6により、電動機2から出力された出力値ωを取得する。出力値ωは、ステップ(S310)での推定値ω**の推定に用いた指令値T*に基づいてインバータ5から供給された電力により駆動した電動機2の実際の出力を示す。
【0062】
ステップ(S330)は、上述した図3に示すステップ(S130)と同様のため、その詳細な説明は省略する。
【0063】
ステップ(S340)では、演算装置12により、推定した推定値ω**と取得した出力値ωとの乖離度Δωを算出するデータ処理が実行される。乖離度Δωの算出には、乖離度ΔPの算出手法と同様に公知の種々の算出手法を用いることができる。乖離度Δωは、推定値ω**と出力値ωとの乖離の度合いを示している。推定値ω**はフィードバック制御が適用された電動機2の出力の理論値を示しており、出力値ωは診断時の電動機2の出力の実測値である。乖離度Δωが低いほど出力値ωが推定値ω**に近似し、乖離度Δωが高いほど出力値ωが推定値ω**から大きく相違する。
【0064】
制御システム1の状態を診断するステップ(S150)では、演算装置12により、算出した乖離度ΔPと乖離度Δωとの両方を指標として用いて、制御システム1の状態を診断するデータ処理が実行される。乖離度Δωの高さは、制御システム1の内部での電気的な処理の中の出力取得装置6の出力値ωの取得状態の悪化を意味している。そこで、乖離度Δωを指標にすれば、出力取得装置6の出力値ωの取得状態を把握できる。例えば、乖離度Δωが低いほど出力取得装置6の出力値ωの取得状態が良好(出力値ωの精度が高い状態)であり、乖離度Δωが高いほど出力取得装置6の出力値ωの取得状態が異常(出力値ωの精度が低い状態)であると推定できる。
【0065】
乖離度ΔPを指標として用いた制御システム1の状態の診断では、制御システム1の内部での電気的な処理の状態を診断できるが、その電気的な処理には、出力取得装置6の出力値ωの取得状態、各装置間での信号の送受信状態、制御装置4でのデータ処理状態、インバータ5の出力状態などが含まれる。そこで、変形例2によれば、乖離度ΔPに加えて乖離度Δωを指標として用いることで、制御システム1に発生している異常の原因を切り分けることが可能となる。乖離度Δωが高いに場合は、出力取得装置6の出力値ωの取得状態が悪化しているため、出力取得装置6が制御システム1に発生している異常の原因と推定できる。乖離度Δωが低く、かつ、乖離度ΔPが高い場合は、各装置間での信号の送受信状態、制御装置4でのデータ処理状態、インバータ5の出力状態などが悪化しているため、制御装置4およびインバータ5が制御システム1に発生している異常の原因と推定できる。このように、制御システム1に発生している異常の原因を切り分けることにより、故障傾向の装置の特定には有利になる。
【0066】
次に、クレーンの診断方法およびシステムの実施形態の変形例3について説明する。
【0067】
図10に例示する診断システム10の実施形態の変形例3では、上述した図1の制御システム1の構成に状態取得装置7が追加されている。また、診断システム10の演算装置12の補助記憶部15には、データベースD1bが記憶されている。
【0068】
状態取得装置7は、指令値T*に基づいた電動機2の駆動により作動する作動部の状態を示す測定値を取得する。状態取得装置7は、測定値を取得できればよく、ロードセルなどの公知の種々のセンサを用いることができる。状態取得装置7は、例えば、ロードセルを用いていて、作動部の状態を示す測定値として、クレーンの吊具を吊り上げ支持するワイヤーロープに作用する荷重Nを取得している。状態取得装置7が取得した荷重Nに基づいて、制御装置4が過荷重を検知しており、過荷重が検知された場合に電動機2の駆動を停止している。
【0069】
図11は、変形例3で用いるデータベースD1bの一例を示している。データベースD1bは、上述した図2のデータベースD1に対して、表の最右列に荷重N(N1、N2、・・・、Nn)が追加されている。
【0070】
変形例3でのクレーンの診断方法の手順は、上述した図8の手順と同様であり、使用するデータが異なるのみである。したがって、その診断方法の手順を例示するフロー図を省略する。変形例3での手順では、演算装置12により、指令値T*とデータベースD1bにより予め把握されている指令値T*および荷重Nの相関関係とを用いて、荷重Nの推定値N*を推定する。次いで、推定した推定値N*と荷重取得装置7が取得した荷重Nとの乖離度ΔNを算出する。したがって、変形例3では、演算装置12により、乖離度ΔPと乖離度ΔNとの複数の指標を用いて制御システム1の状態を診断する。
【0071】
乖離度ΔNの高さは、荷重取得装置7の荷重Nの取得状態の悪化を意味している。そこで、乖離度ΔNを指標にすれば、荷重取得装置7の荷重Nの取得状態を把握できる。例えば、乖離度ΔNが低いほど荷重取得装置7の荷重Nの取得状態が良好(荷重Nの精度が高い状態)であり、乖離度ΔNが高いほど荷重取得装置7の荷重Nの取得状態が異常(荷重Nの精度が低い状態)であると推定できる。
【0072】
以上のように、変形例3によれば、電動機2の駆動により作動する作動部の状態を示す測定値を取得する状態取得装置7の状態も把握することができる。これにより、作動部の作動状況をより高精度に把握することが可能となる。
【0073】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明のクレーンの診断方法およびシステムは特定の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【0074】
既述した実施形態では、制御システム1の制御対象を電動機2としたが、制御対象を作動部としてもよい。制御対象を作動部とした場合、入力値および出力値は、電動機2の出力値に対して電動機2から作動部までの動力伝達経路における変速比などを考慮すればよい。
【0075】
出力取得装置6は、電動機2の出力トルクを取得してもよい。出力取得装置6としては、公知のトルクセンサを用いることができる。出力取得装置6としてトルクセンサを用いる場合、荷重取得装置7が取得した荷重Nに基づいて電動機2に作用するトルクを算出して、算出したトルクと出力取得装置6が取得した出力値とに基づいて電動機2の回転速度を算出することができる。なお、出力取得装置6は、速度センサとトルクセンサとの二種類のセンサで構成することもできる。
【0076】
上述した変形例1では、出力値ωを有するデータベースD1aを用いたが、荷重Nを有するデータベースD1bを用いることもできる。即ち、複数の推定モデル(相関関係)を荷重Nごとに取得しておき、複数の推定モデルの中から荷重取得装置7により取得された荷重Nに応じた対象推定モデルを選択するデータ処理を演算装置12により行って、推定値ΔPの推定に選択したその対象推定モデルを用いる。なお、データベースD1aとデータベースD1bを統合したデータベースを用いることもできる。
【0077】
上述した変形例1~変形例3を併せて適用することもできる。例えば、変形例2や変形例3と用いる推定モデルを、変形例1のように複数の推定モデルの中から選択してもよい。変形例1~変形例3を併せて適用することにより、制御システム1の状態の診断に用いる指標が多種多様になり、制御システム1に発生した異常の原因の特定には有利になる。
【符号の説明】
【0078】
1 制御システム
2 電動機
3 操作装置
4 制御装置
5 インバータ
6 出力取得装置
7 荷重取得装置
10 診断システム
11 電力取得装置
12 演算装置
ω 出力値
ω* 入力値
T* 指令値
P 実電力
P* 推定値
ΔP 乖離度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11