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特開2025-12944ニッケル硫化物原料の処理方法、並びに硫黄回収方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025012944
(43)【公開日】2025-01-24
(54)【発明の名称】ニッケル硫化物原料の処理方法、並びに硫黄回収方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 17/027 20060101AFI20250117BHJP
   C22B 3/10 20060101ALI20250117BHJP
   C22B 3/04 20060101ALI20250117BHJP
   C22B 3/22 20060101ALI20250117BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20250117BHJP
   C22B 3/46 20060101ALI20250117BHJP
   C22B 23/00 20060101ALN20250117BHJP
【FI】
C01B17/027 Z
C22B3/10
C22B3/04
C22B3/22
C22B3/44 101B
C22B3/46
C22B23/00 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023116153
(22)【出願日】2023-07-14
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】田中 雄大
(72)【発明者】
【氏名】服部 和樹
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 英明
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA07
4K001AA19
4K001BA06
4K001BA10
4K001DB04
4K001DB13
4K001DB16
4K001DB24
(57)【要約】
【課題】ニッケル硫化物原料を塩素浸出する工程で発生する塩素浸出残渣を昇温した塩素浸出残渣溶融物の固液分離性の悪化を防いで、その塩素浸出残渣から効率的に硫黄を回収することを可能にする、ニッケル硫化物原料の処理方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、鉄及び砒素を含むニッケル硫化物原料の処理方法であり、2価銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液とニッケル硫化物原料とを混合し、ニッケル硫化物原料中のニッケルを置換浸出することで銅イオンが除去されたセメンテーション終液とセメンテーション残渣とを得るセメンテーション工程と、セメンテーション残渣をレパルプして得られるセメンテーション残渣スラリーに塩素ガスを吹込んで塩素浸出スラリーを生成させ、塩素浸出液と塩素浸出残渣とを得る塩素浸出工程と、を含み、塩素浸出工程では、塩酸を添加して、生成する前記塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、その塩素浸出液のpHを-0.1以下とする。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不純物として鉄及び砒素を含むニッケル硫化物原料の処理方法であって、
2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液とニッケル硫化物原料とを混合し、該含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンによって該ニッケル硫化物原料中のニッケルを置換浸出することで、銅イオンが除去された含鉄粗塩化ニッケル水溶液と硫化銅を含む沈澱物との混合物であるセメンテーションスラリーを生成させ、固液分離によってセメンテーション終液とセメンテーション残渣とに分離するセメンテーション工程と、
前記セメンテーション残渣をレパルプしてセメンテーション残渣スラリーとした後、該セメンテーション残渣スラリーに塩素ガスを吹き込んで該セメンテーション残渣中の重金属を浸出して塩素浸出スラリーを生成させ、固液分離によって塩素浸出液と塩素浸出残渣とに分離する塩素浸出工程と、を含み、
前記塩素浸出液を前記含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液として繰り返すことで構成される原料処理プロセスにおいて、
前記塩素浸出工程では、塩酸を添加して、生成する前記塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、該塩素浸出液のpHを-0.1以下とする、
ニッケル硫化物原料の処理方法。
【請求項2】
前記塩素浸出スラリーから分離して得られる前記塩素浸出残渣中の鉄品位を0.3質量%以下、砒素品位を0.2質量%以下とする、
請求項1に記載のニッケル硫化物原料の処理方法。
【請求項3】
前記塩素浸出残渣を融解槽中で加熱することによって該塩素浸出残渣に含まれる硫黄分を融解して塩素浸出残渣溶融物にし、該塩素浸出残渣溶融物を固液分離して液体硫黄と融解残渣とを得る硫黄回収工程をさらに含み、
前記硫黄回収工程での固液分離の処理において、回分式リーフ型濾過装置で濾過したときの通液性を制御する、
請求項1に記載のニッケル硫化物原料の処理方法。
【請求項4】
前記硫黄回収工程での固液分離の処理において、回分式リーフ型濾過装置で濾過したときの通液性として、単位濾過面積当たりの硫黄回収量が40kg/m以上である、
請求項3に記載のニッケル硫化物原料の処理方法。
【請求項5】
不純物として鉄及び砒素を含むニッケル硫化物原料を塩素浸出して得られる塩素浸出残渣から硫黄を回収する方法であって、
2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液とニッケル硫化物原料とを混合し、該含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンによって該ニッケル硫化物原料中のニッケルを置換浸出することで、銅イオンが除去された含鉄粗塩化ニッケル水溶液と硫化銅を含む沈澱物との混合物であるセメンテーションスラリーを生成させ、固液分離によってセメンテーション終液とセメンテーション残渣とに分離するセメンテーション工程と、
前記セメンテーション残渣をレパルプしてセメンテーション残渣スラリーとした後、該セメンテーション残渣スラリーに塩素ガスを吹き込んで該セメンテーション残渣中の重金属を浸出して塩素浸出スラリーを生成させ、固液分離によって塩素浸出液と塩素浸出残渣とに分離する塩素浸出工程と、を含み、
前記塩素浸出液を前記含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液として繰り返すことで構成される原料処理プロセスにおいて、
さらに、前記塩素浸出残渣を融解槽中で加熱することによって該塩素浸出残渣に含まれる硫黄分を融解して塩素浸出残渣溶融物にし、該塩素浸出残渣溶融物を固液分離して液体硫黄と融解残渣とを得る硫黄回収工程を含み、
前記塩素浸出工程では、塩酸を添加して、生成する前記塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、該塩素浸出液のpHを-0.1以下とする、
硫黄回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル、コバルト、銅及び硫黄を含むとともに、不純物として鉄及び砒素を含むニッケル硫化物を原料として、塩素によりニッケルやコバルトを浸出させる塩素浸出工程で発生する塩素浸出残渣から効率的に硫黄を回収することを可能にするニッケル硫化物原料の処理方法、並びにその処理方法を経て得られた塩素浸出残渣から硫黄を回収する硫黄回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルの湿式製錬プロセス(以下、「MCLEプロセス」ともいう)では、原料であるニッケルマットやニッケル・コバルト混合硫化物(MS:ミックスサルファイド)を塩素浸出し、得られた浸出液(塩素浸出液)から不純物を除去する浄液工程等を経て、電解工程にて電気ニッケルや電気コバルトの形態としてニッケルやコバルトを回収する。MCLEプロセスの技術については、例えば、特許文献1、特許文献2に開示されている。
【0003】
図1に示すように、塩素浸出を行う塩素浸出工程から得られた塩素浸出液は、セメンテーション工程との間に備えられた脱銅電解工程において余剰の銅が除去され、さらに、脱鉄工程において鉄や砒素等の不純物が除去された後、コバルト溶媒抽出工程に送られる。コバルト溶媒抽出工程では、溶媒抽出によりニッケルとコバルトとが分離し、粗塩化ニッケル溶液(NiCl)と粗塩化コバルト溶液(CoCl)とが得られる。粗塩化ニッケル溶液は、浄液工程においてさらに不純物が除去され高純度となってニッケル電解工程に送られる。そして、ニッケル電解工程では、電解採取により電気ニッケルが製造される。一方、粗塩化コバルト溶液についても、浄液工程においてさらに不純物が除去され高純度となってコバルト電解工程に送られ、コバルト電解工程にて電解採取により電気コバルトが製造される。
【0004】
また、MCLEプロセスでは、塩素浸出により得られた塩素浸出液(含銅塩化ニッケル水溶液)中に含まれる不純物である銅イオンを除去する工程として、セメンテーション工程を有している。セメンテーション工程では、塩素浸出液中に含まれる2価銅イオンの酸化力を利用してニッケルマットやMS(以降、これらを総称して「ニッケル硫化物原料」とも表記することがある)中のニッケル、コバルトを浸出するとともに、ニッケルマットやMSの還元力を利用して塩素浸出液中に含まれる銅イオンや銀イオンを固体側へ分配させて除去している。
【0005】
さて、塩素浸出工程から塩素浸出液と分離して得られる塩素浸出残渣には、溶け残った金属含有成分(ニッケル、コバルト、銅の硫化物等)も含まれているが、主成分は単体硫黄で構成されている。そのため、分離した塩素浸出残渣を硫黄回収工程に送り、塩素浸出残渣に含まれる硫黄を回収して副産物とする処理が行われる。具体的には、硫黄回収工程では、硫黄の融点が比較的低いことを利用して、塩素浸出残渣に含まれる硫黄のみが融解して液体硫黄となる温度にその塩素浸出残渣を昇温して塩素浸出残渣溶融物とした後、融体専用のメッシュフィルターを用いて固液分離を行うことで、純度の高い硫黄を回収することができる。
【0006】
このとき、金属含有成分の融点は非常に高いため溶融はしないものの、それらの金属含有成分の一部がメッシュフィルターの目を詰まらせることが原因で、固液分離性(メッシュフィルターによる液体硫黄の通液性)を著しく悪化させることがある。このことから、塩素浸出残渣中には固液分離性を悪化させる要因となり得る成分の含有量が少ないことが好ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2018-3104号公報
【特許文献2】特開2019-81920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、硫黄回収工程での固液分離においてメッシュフィルターによる通液性の悪化を防ぐためには、塩素浸出残渣に含まれる、固液分離性を悪化させる成分の含有量を抑制する必要があり、その手段が求められている。ここで、メッシュフィルターとは、濾過材が金網状もしくは多孔板状の固液分離装置を指すが、例えば、回分式リーフ型濾過装置がそれに相当する。
【0009】
硫黄回収工程における固液分離処理では、通常の水溶液と固体との混合物であるスラリーの濾過操作とは違い、常温では固体である硫黄を昇温により液体化した液体硫黄と固体との混合物であるスラリーの濾過操作を行うため、通液性の悪化は液体硫黄の通液量の低下を意味し、液温の低下によって更なる通液性の悪化を引き起す。またさらには、通液不能な状態に至ることもある。より詳しく説明すると、当然のことながら固液分離装置は配管も含めてシェル側には保温が施されてはいるものの、濾板等の内部部品には加温又は保温が施されていない。よって、通液量が低下すると塩素浸出残渣溶融物そのものが保有する顕熱が少なからず放散するため、塩素浸出残渣溶融物の温度が低下し、粘度が上昇する。粘度が上昇すると、さらに通液量が低下し、温度が低下する。温度が硫黄の融点以下にまで低下すると、固体硫黄が析出し、通液不能となることもある。
【0010】
ニッケル硫化物原料やセメンテーション残渣を塩素浸出して得られる塩素浸出残渣は、そのニッケル硫化物原料やセメンテーション残渣を構成する各化合物の粒子構造に基づけば、硫黄以外の金属含有成分の溶け残りであっても、非浸出成分がスポンジのようにポーラス状に残留しているため、濾過性は良好である。ところが、塩素浸出の反応中に二次的に生成する沈澱物については、微細な粒子となるため、著しく濾過性を悪化させることが分かった。
【0011】
本発明は、このような実情に鑑みて提案されたものであり、ニッケル硫化物を原料として塩素によりニッケルやコバルトを浸出させる塩素浸出工程で発生する塩素浸出残渣を昇温した塩素浸出残渣溶融物の固液分離性の悪化を防いで、その塩素浸出残渣から効率的に硫黄を回収することを可能にする、ニッケル硫化物原料の処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、ニッケル硫化物原料に含まれる不純物である鉄及び砒素が、塩素浸出によって一旦は液中に溶出するものの、その一部が再度沈殿物を形成して塩素浸出残渣に分配され、塩素浸出残渣中で難溶性の砒酸鉄(FeAsO)の形態となり、これが硫黄回収工程での固液分離においてメッシュフィルターの目を詰まらせる原因となって、固液分離性を悪化させることが分かった。そこで、MCLEプロセスの塩素浸出工程において、塩酸を添加して、生成する塩素浸出液の塩酸濃度を調整して、その塩素浸出液のpHを-0.1以下とすることで、塩素浸出残渣中の鉄や砒素の品位を低下させることができ、難溶性物質であるFeAsOの生成量を抑えることが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
(1)本発明の第1の発明は、不純物として鉄及び砒素を含むニッケル硫化物原料の処理方法であって、2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液とニッケル硫化物原料とを混合し、該含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンによって該ニッケル硫化物原料中のニッケルを置換浸出することで、銅イオンが除去された含鉄粗塩化ニッケル水溶液と硫化銅を含む沈澱物との混合物であるセメンテーションスラリーを生成させ、固液分離によってセメンテーション終液とセメンテーション残渣とに分離するセメンテーション工程と、前記セメンテーション残渣をレパルプしてセメンテーション残渣スラリーとした後、該セメンテーション残渣スラリーに塩素ガスを吹き込んで該セメンテーション残渣中の重金属を浸出して塩素浸出スラリーを生成させ、固液分離によって塩素浸出液と塩素浸出残渣とに分離する塩素浸出工程と、を含み、前記塩素浸出液を前記含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液として繰り返すことで構成される原料処理プロセスにおいて、前記塩素浸出工程では、塩酸を添加して、生成する前記塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、該塩素浸出液のpHを-0.1以下とする、ニッケル硫化物原料の処理方法である。
【0014】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記塩素浸出スラリーから分離して得られる前記塩素浸出残渣中の鉄品位を0.3質量%以下、砒素品位を0.2質量%以下とする、ニッケル硫化物原料の処理方法である。
【0015】
(3)本発明の第3の発明は、第1の発明において、前記塩素浸出残渣を融解槽中で加熱することによって該塩素浸出残渣に含まれる硫黄分を融解して塩素浸出残渣溶融物にし、該塩素浸出残渣溶融物を固液分離して液体硫黄と融解残渣とを得る硫黄回収工程をさらに含み、前記硫黄回収工程での固液分離の処理において、回分式リーフ型濾過装置で濾過したときの通液性を制御する、ニッケル硫化物原料の処理方法である。
【0016】
(4)本発明の第4の発明は、第3の発明において、前記硫黄回収工程での固液分離の処理において、回分式リーフ型濾過装置で濾過したときの通液性として、単位濾過面積当たりの硫黄回収量が40kg/m以上である、ニッケル硫化物原料の処理方法である。
【0017】
(5)本発明の第5の発明は、不純物として鉄及び砒素を含むニッケル硫化物原料を塩素浸出して得られる塩素浸出残渣から硫黄を回収する方法であって、2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液とニッケル硫化物原料とを混合し、該含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンによって該ニッケル硫化物原料中のニッケルを置換浸出することで、銅イオンが除去された含鉄粗塩化ニッケル水溶液と硫化銅を含む沈澱物との混合物であるセメンテーションスラリーを生成させ、固液分離によってセメンテーション終液とセメンテーション残渣とに分離するセメンテーション工程と、前記セメンテーション残渣をレパルプしてセメンテーション残渣スラリーとした後、該セメンテーション残渣スラリーに塩素ガスを吹き込んで該セメンテーション残渣中の重金属を浸出して塩素浸出スラリーを生成させ、固液分離によって塩素浸出液と塩素浸出残渣とに分離する塩素浸出工程と、を含み、前記塩素浸出液を前記含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液として繰り返すことで構成される原料処理プロセスにおいて、さらに、前記塩素浸出残渣を融解槽中で加熱することによって該塩素浸出残渣に含まれる硫黄分を融解して塩素浸出残渣溶融物にし、該塩素浸出残渣溶融物を固液分離して液体硫黄と融解残渣とを得る硫黄回収工程を含み、前記塩素浸出工程では、塩酸を添加して、生成する前記塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、該塩素浸出液のpHを-0.1以下とする、硫黄回収方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ニッケル硫化物を原料として塩素によりニッケルやコバルトを浸出させる塩素浸出工程で発生する塩素浸出残渣を昇温した塩素浸出残渣溶融物の固液分離性の悪化を防いで、その塩素浸出残渣から効率的に硫黄を回収することを可能にする、ニッケル硫化物原料の処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】ニッケルの湿式製錬プロセス(MCLEプロセス)の流れを概略的に示す工程図である。
図2】ニッケル硫化物原料の処理方法をMCLEプロセスにおける処理に適用したときの流れの一例を示す工程図である。
図3】メッシュフィルターに付着した固体成分のEDS分析(A)、XRD分析(B)の結果を示す図である。
図4】塩素浸出工程にて得られる塩素浸出液のpHと、塩素浸出残渣中の鉄品位(A)、砒素品位(B)、並びに塩素浸出残渣中の鉄及び砒素の含有比率(鉄/砒素)(C)との相関を示すグラフである。
図5】塩素浸出工程にて得られる塩素浸出液のpHと、得られた塩素浸出残渣を用いて硫黄回収の処理を行ったときの硫黄回収量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0021】
≪1.ニッケル硫化物原料の処理方法≫
本実施の形態に係るニッケル硫化物原料の処理方法は、不純物として鉄及び砒素を含むニッケル硫化物原料の処理方法である。
【0022】
例えば、そのニッケル硫化物原料は、ニッケルの湿式製錬プロセス(MCLEプロセス)において原料として用いられる原料が挙げられる。したがって、詳しくは後述するように、セメンテーション工程と、塩素浸出工程と、を含むMCLEプロセスにおける処理に、当該処理方法を適用することができる。
【0023】
図2は、この処理方法をMCLEプロセスにおける処理に適用したときの流れの一例を示す工程図である。具体的に、本実施の形態に係るニッケル硫化物原料の処理方法は、2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液とニッケル硫化物原料とを混合し、含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンによってニッケル硫化物原料中のニッケルを置換浸出することで、水溶液中の銅イオンを除去するセメンテーション工程S1と、セメンテーション残渣をレパルプしてセメンテーション残渣スラリーとした後、セメンテーション残渣スラリーに塩素ガスを吹き込んで重金属を浸出させて塩素浸出液と塩素浸出残渣とを得る塩素浸出工程S2と、を含み、塩素浸出液を含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液として繰り返すことで構成される原料処理プロセスである。
【0024】
そして、この処理方法では、塩素浸出工程において、塩酸を添加して、塩素浸出を経て生成する塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、その塩素浸出液のpHを-0.1以下とする、ことを特徴としている。
【0025】
このようなニッケル硫化物原料の処理方法によれば、塩素浸出により生成する塩素浸出残渣中の鉄や砒素の品位を低下させることができ、難溶性物質である砒酸鉄(FeAsO)の生成量を抑えることが可能となる。そしてその結果、塩素浸出残渣に含まれる硫黄の回収に際して、塩素浸出残渣を昇温した塩素浸出残渣溶融物の固液分離性の悪化を防いで、効率的に硫黄を回収することを可能にする。なお、このことから、本実施の形態に係る方法は、ニッケル硫化物原料を塩素浸出して得られる塩素浸出残渣から硫黄を回収する方法(硫黄回収方法)と定義することもできる。
【0026】
[1.セメンテーション工程]
セメンテーション工程S1では、2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液とニッケル硫化物原料とを混合し、含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンを固定化し除去する。
【0027】
ニッケル硫化物原料は、鉄及び砒素を不純物として含有する。また、そのニッケル硫化物原料としては、ニッケル酸化鉱石を原料とする湿式製錬プロセスで製造されたニッケル及びコバルトを含有する混合硫化物(MS)や、ニッケルの乾式製錬法で製造されたニッケルマット等が挙げられる。
【0028】
より具体的には、セメンテーション工程S1では、不純物として鉄及び砒素を含むニッケル硫化物原料を、2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液と混合して、その含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンによってニッケル硫化物原料中のニッケルを置換浸出することで、含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液中の銅イオンを固定化し除去する。このようなセメンテーション反応により、銅イオンが除去された含鉄粗塩化ニッケル水溶液と、銅イオンが硫化物として固定化されて生成した硫化銅を含む沈澱物との混合物であるセメンテーションスラリーが生成する。
【0029】
なお、ニッケル硫化物原料と混合する、2価の銅イオンを含む含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液は、後述する塩素浸出工程S2での塩素浸出の処理を経て得られる塩素浸出液である。このように、この処理方法におけるプロセスは、塩素浸出液を含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液として繰り返すことで構成される原料処理プロセスである。
【0030】
セメンテーション工程S1では、生成したセメンテーションスラリーを固液分離することにより、セメンテーション終液(含鉄粗塩化ニッケル水溶液)と、セメンテーション残渣(硫化銅を含む沈澱物)とが得られる。なお、固液分離の方法としては、特に限定されず、例えば遠心分離機やフィルタープレス等の周知の方法によって行うことができ、セメンテーション残渣である硫化銅の沈澱物を効率的に分離できる。
【0031】
セメンテーション工程S1を経て得られたセメンテーション終液は、脱鉄工程S3を含む浄液工程に送られる。後述するが、脱鉄工程S3では、セメンテーション終液(含鉄粗塩化ニッケル水溶液)に含まれる不純物である鉄を除去する。なお、図1図2は表記方法が異なるもののいずれも電気ニッケル製造プロセス(MCLEプロセス)のフロー図であり、「脱鉄工程」、「コバルト溶媒抽出工程」、「浄液工程」の全てを、浄液工程と見なすことができる。また、例えば、図1に表記された「脱銅電解工程」は図2では省略しており、図2に表記された「硫黄回収工程」は図1では省略している。
【0032】
一方で、セメンテーション工程S1において固定化された硫化銅を含むセメンテーション残渣は、再び塩素浸出工程S2に送られ、塩素浸出処理に供される。
【0033】
[2.塩素浸出工程]
塩素浸出工程S2では、上述したセメンテーション工程S1を経て生成したセメンテーション残渣をレパルプしてスラリー(セメンテーション残渣スラリー)とした後、そのセメンテーション残渣スラリーに塩素ガスを吹き込むことによって塩素浸出の処理を行う。このような塩素浸出処理により、セメンテーション残渣中のニッケルや銅等の重金属を水溶液中に浸出させる。
【0034】
塩素浸出工程S2では、塩素浸出処理を経て生成した塩素浸出スラリーを固液分離することにより、塩素浸出液と、塩素浸出残渣とが得られる。得られる塩素浸出液は、上述したように、セメンテーション残渣に含まれていたニッケルや銅等の重金属を水溶液中に浸出させて得られた溶液である。また、この塩素浸出液には、鉄も含まれている。したがって、塩素浸出液は、含銅含鉄粗塩化ニッケル水溶液である。
【0035】
より具体的に、塩素浸出の処理について説明する。塩素浸出工程S2では、例えば、下記[1]~[3]式に示す反応が生じる。
Cl+2Cu → 2Cl+2Cu2+ ・・・[1]
NiS+2Cu2+ → Ni2++S+2Cu ・・・[2]
CuS+2Cu2+ → 4Cu+S ・・・[3]
【0036】
すなわち、塩素浸出工程S2では、セメンテーション残渣スラリーが送液されると、セメンテーション残渣に含まれる硫化ニッケル(NiS)及び硫化銅(CuS)等の金属成分が、塩素ガスにより酸化された「2価銅イオン」によって酸化浸出される。これにより、塩素浸出液である、銅イオンを含有する塩化ニッケル水溶液が生成する。なお、[1]式に示す通り、塩素浸出工程S2では、2価銅イオンを電子キャリヤーとした酸化浸出が行われていると推定される。また、[2]式のNiSはMSの主成分を、[3]式のCuSはセメンテーション残渣の主成分を表す。
【0037】
塩素浸出工程S2にて生成した塩素浸出液は、2価の銅イオンを含む含銅含鉄塩化ニッケル水溶液として繰り返し用いられ、上述したようにセメンテーション工程S1に送液され、ニッケル硫化物原料と混合されて、銅イオンを沈澱除去する処理が行われる。一方で、塩素浸出工程S2では、単体硫黄Sを主成分とした塩素浸出残渣が固相に残存する。
【0038】
また、上記の[2]~[3]式に示す反応で生成した単体硫黄Sに対しては、下記[4]式に示すような直接の塩素ガスによる強酸化反応が生じ、硫酸並びに塩酸が生成する。
+3Cl+4HO → HSO+6HCl ・・・[4]
【0039】
塩素浸出においては、このような反応が進むに従って塩素浸出液のpHは低下していくことになるが、最終的なpHは、ニッケル硫化物原料中に含まれる硫黄量や種々の条件によって支配されるため実質的に成り行きとなる。
【0040】
一方で、上述したように、ニッケル硫化物原料には不純物として鉄及び砒素が含まれており、塩素浸出工程S2での処理条件等によって塩素浸出液や塩素浸出残渣に分配される。塩素浸出における鉄及び砒素の挙動について説明すると、pHが低い場合には両者(鉄、砒素)ともに塩素浸出液中への分配が上昇するが、pHが高い場合には塩素浸出液中への分配が低下するため、塩素浸出残渣中に一部固体として残存することになる。
【0041】
さて、詳しくは後述するが、塩素浸出により得られる塩素浸出残渣は、単体硫黄Sを主成分とするものである。そのため、塩素浸出液と分離した塩素浸出残渣を硫黄回収工程に送り、塩素浸出残渣に含まれる硫黄を回収して副産物とする処理が行われる。硫黄回収工程では、硫黄の融点が比較的低いことを利用し、塩素浸出残渣に含まれる硫黄のみを融解するために液体硫黄となる温度に昇温して塩素浸出残渣溶融物とした後、融体専用のメッシュフィルターを用いて固液分離を行うことによって硫黄を回収する。
【0042】
ここで、上述したように、塩素浸出工程S2での処理条件等によって、ニッケル硫化物原料に不純物として含まれる鉄及び砒素の一部は、塩素浸出残渣中に固体として残存するが、本発明者らによる研究の結果、鉄及び砒素が残存した塩素浸出残渣中には、難溶性の砒酸鉄(FeAsO)が二次的に生成した沈殿物として取り込まれていることが分かった。具体的に、塩素浸出残渣を硫黄のみが融解する温度に昇温して塩素浸出残渣溶融物とし、リーフメッシュフィルターを用いた濾過操作により固液分離の処理を行った後、そのフィルターに付着している固体成分についてSEM装置内蔵のEDS分析を実施したところ、回収対象物質の硫黄や酸化物に含まれる酸素以外の成分として、砒素品位が最も高く11.9質量%であり、次いで鉄品位が8.6質量%であることが確認された。また、その固体成分をXRD分析した結果でも、難溶性物質であるFeAsOのピークが観察された。なお、図3に、リーフメッシュフィルターに付着した固体成分のEDS分析(A)、XRD分析(B)の結果を示す。
【0043】
つまり、分析結果から、塩素浸出残渣に分配された、鉄及び砒素により生成した難溶性物質であるFeAsOが、硫黄回収工程での固液分離においてメッシュフィルターの目を詰まらせ、固液分離性を悪化させる原因となるものであることが分かった。
【0044】
一方で、塩素浸出液のpHは、上述したように実質的には成り行きとなるが、鉄及び砒素の塩素浸出液や塩素浸出残渣への分配はpHに依存するため、鉄及び砒素の塩素浸出液や塩素浸出残渣への分配も実質上成り行きとなる。
【0045】
そこで、本実施の形態に係るニッケル硫化物原料の処理方法では、塩素浸出工程S2において、塩酸を添加することにより、塩素浸出を経て生成する塩素浸出液の塩酸濃度を調整して、その塩素浸出液のpHが-0.1以下となるようにする。
【0046】
図4は、塩素浸出工程S2にて得られる塩素浸出液のpHと、塩素浸出残渣中の鉄品位(A)、砒素品位(B)、並びに塩素浸出残渣中の鉄品位を砒素品位で除した含有比率(鉄/砒素)(C)との相関を示すグラフである。図4の各グラフに示されるように、塩素浸出液のpHが上昇するほど塩素浸出残渣への鉄及び砒素の分配率が大きくなり、塩素浸出液のpHが低下するほど塩素浸出残渣への鉄及び砒素の分配率が小さくなることが分かる。そして、塩素浸出残渣中の鉄及び砒素の品位が低下すると、難溶性物質であるFeAsOの生成量も低下することが想定される。
【0047】
また、図5は、塩素浸出工程S2にて得られる塩素浸出液のpHと、その塩素浸出により得られた塩素浸出残渣を用いて硫黄回収の処理を行ったときの硫黄回収量との関係を示すグラフである。なお、硫黄回収の処理は、塩素浸出残渣をその残渣に含まれる硫黄のみが融解する温度に昇温して塩素浸出残渣溶融物とし、その塩素浸出残渣溶融物をメッシュフィルターを備えた濾過機により濾過することで行った。なお、メッシュフィルターとして、濾過面積が44mの回分式リーフ型濾過装置を使用した。図5に示されるように、塩素浸出液のpHと硫黄回収量(濾過機1回稼働あたりの硫黄回収量)との間には相関があることが分かる。そして、塩素浸出液のpHが低下することで、特にpHが-0.1以下となることにより、硫黄回収量が増加することが分かる。すなわち、このことは、硫黄回収の処理における固液分離性(メッシュフィルターによる液体硫黄の通液性)の悪化を防いで、その性能を維持して、良好に液体硫黄を回収できることを意味している。
【0048】
なお、塩素浸出液のpHは、-0.2以下であることがより好ましく、-0.4以下であることがより好ましい。
【0049】
このように、塩素浸出工程S2において、塩酸を添加して、塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、その塩素浸出液のpHを-0.1以下とすることで、塩素浸出残渣への鉄及び砒素の分配を抑え、塩素浸出残渣中の鉄品位及び砒素品位を低くすることができる。具体的には、塩素浸出残渣中の鉄品位を0.3質量%以下、砒素品位を0.2質量%以下の低いレベルに制御することができる。
【0050】
そして、このように塩素浸出残渣中の鉄品位、砒素品位を低く抑えることができることから、塩素浸出残渣中において難溶性物質であるFeAsOの生成量を抑えることが可能となり、その結果、塩素浸出残渣から硫黄を回収する際の固液分離性(メッシュフィルターによる液体硫黄の通液性)を良好な状態に維持することができる。
【0051】
なお、換言すると、塩素浸出工程S2において、塩酸を添加して、塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、その塩素浸出液のpHを-0.1以下とすることで、硫黄回収の際の固液分離処理において、回分式リーフ型濾過装置で濾過したときの通液性を制御することができる。具体的には、回分式リーフ型濾過装置で濾過したときの濾過性として、単位濾過面積当たりの硫黄回収量が40kg/m以上となる。
【0052】
塩酸の添加は、塩素浸出工程S2における塩素浸出処理のいずれの段階の水溶液(スラリーを含む)に対して行ってもよい。例えば、塩素浸出工程S2に供するセメンテーション残渣スラリーに塩酸を添加してよく、あるいは塩素浸出により生成する塩素浸出スラリー(固液分離する前のスラリー)に対して行ってもよい。
【0053】
塩素浸出工程S2での塩素浸出の処理は、直列に連結された複数の反応槽(合計n段の反応槽)を備えた塩素浸出装置を用いて実行することができる。このとき、塩素浸出液への塩酸添加による塩酸濃度の調整は、直列に連結された複数の反応槽の最終段目(第n段目)の反応槽に含まれる塩素浸出スラリーに塩酸を添加することにより行うことができる。塩素浸出反応は、その反応が進行するに従って塩素浸出液のpHは低下していくことになるが、複数の反応槽の最終段目の反応槽に含まれる塩素浸出スラリーに塩酸を添加して塩酸濃度を調整することで、塩素浸出液の最終的なpHを的確に調整することができる。
【0054】
[3.脱鉄工程]
上述したように、セメンテーション工程S1を経て得られたセメンテーション終液は、脱鉄工程S3に送られる。セメンテーション終液は、セメンテーション工程S1において銅イオンが除去された含鉄粗塩化ニッケル水溶液であるが、不純物として鉄イオン及び砒素イオンを含む塩化ニッケル水溶液(含鉄砒素塩化ニッケル水溶液)である。なお、水溶液中の砒素については、電位やpH条件に応じて、砒酸イオン(AsO 3-)、亜砒酸イオン(AsO2-)、砒素イオン(As3+)等、様々な形態を取ることが知られているが、本明細書においては、以降、オキソ酸イオンも含めた様々な価数のイオンを総称して「砒素イオン」と呼称する。
【0055】
具体的に、脱鉄工程S3では、セメンテーション終液を酸化中和することによって、そのセメンテーション終液中の鉄を中和澱物として沈澱させ、固液分離によって脱鉄終液と脱鉄澱物とを得る。酸化中和法は、鉄等の重金属が高次の酸化イオンになると低いpH領域で水酸化物になりやすい性質を利用したものである。
【0056】
脱鉄工程S3では、下記[5]式の反応により不純物の鉄を除去する。
2Fe2++Cl+3NiCO+3HO→
2Fe(OH)+3Ni2++2Cl+3CO ・・・[5]
【0057】
[5]式に示すように、脱鉄工程S3では、セメンテーション終液である含鉄砒素塩化ニッケル水溶液から、除去対象となる鉄等の不純物元素の水酸化物沈澱を形成させ、不純物を除去した塩化ニッケル水溶液(脱鉄終液)を得る。
【0058】
一般に、酸化中和法に用いられる薬剤は、酸化剤としては、塩素ガスのほかに次亜塩素酸、酸素、空気等を用いることができる。また、中和剤としては、炭酸ニッケルのほかに苛性ソーダ等の水酸化物、アンモニア等を用いることができる。これらの薬剤はプロセス条件に適合した組み合わせで使用されるが、ニッケル硫化物原料を用いた湿式製錬プロセスにおいては、酸化剤として塩素ガス、中和剤として炭酸ニッケルを用いることが好ましい。例えば、塩素ガスは、プロセス内で発生する強酸化剤であって、利用し易いためである。また、中和剤として炭酸ニッケルを用いる理由は、プロセス全体のニッケル、ナトリウム、硫酸等のイオン濃度を制御できるとともに、酸化中和の際の反応性に優れるためである。
【0059】
ここで、セメンテーション終液は、不純物として鉄と共に砒素も含まれている含鉄砒素塩化ニッケル水溶液である。砒素イオンは、鉄イオンとの共沈作用により沈澱することが知られており、そのため、酸化中和反応に供されるセメンテーション終液中の鉄濃度を砒素濃度で除した鉄砒素比率(鉄/砒素)は、極めて重要な反応指標となる。例えば、セメンテーション終液中の鉄砒素比率(鉄/砒素)は、その値が大きい方が鉄及び砒素の除去には有利に作用するものの、その数値の範囲に変動が生じると酸化中和反応が安定せず、効率的に鉄及び砒素を除去できないことがある。
【0060】
上述したように、本実施の形態に係るニッケル硫化物原料の処理方法では、塩素浸出工程S2において、塩酸を添加して、塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、その塩素浸出液のpHを-0.1以下としている。これにより、鉄及び砒素の分配挙動を安定化させ、塩素浸出残渣への鉄及び砒素の分配を抑制するようにしている。このことは、セメンテーション工程S1を経て得られるセメンテーション終液、言い換えると脱鉄工程S3に供されるセメンテーション終液における、鉄濃度を砒素濃度で除した鉄砒素比率(鉄/砒素)のばらつきを抑えて所定の範囲に安定的に調整することができることを意味する。
【0061】
したがって、脱鉄工程S3に供されるセメンテーション終液は、ニッケル硫化物原料から持ち込まれる鉄砒素比率(鉄/砒素)を調整することによって、容易に、鉄砒素比率(鉄/砒素)が所定の範囲に安定的に調整されたものとすることができる。このことから、脱鉄工程S3における酸化中和を経て、セメンテーション終液から鉄イオン及び砒素イオンを効率的にかつ効果的に除去することができる。例えば、脱鉄終液中の鉄イオンを0.01g/L以下、砒素イオンを0.001g/L以下の低濃度にまで効率的に低減することができる。
【0062】
[4.他の工程]
脱鉄工程S3にて鉄等の不純物元素を除去して得られた脱鉄終液は、続いてコバルト溶媒抽出工程S4に送られる。コバルト溶媒抽出工程S4では、脱鉄終液から溶媒抽出によりニッケルとコバルトとを分離して、粗塩化ニッケル溶液(NiCl)と粗塩化コバルト溶液(CoCl)とを得る。
【0063】
得られた粗塩化ニッケル溶液と粗塩化コバルト溶液はそれぞれ、浄液工程S5に送られ、不純物元素が除去された高純度な塩化ニッケル溶液及び塩化コバルト溶液となる。なお、浄液工程S5では、溶液の不純物組成に応じて、種々の不純物除去処理を組み合わせて構成することができる。例えば、上述した脱鉄工程での処理とは条件を変えた酸化中和法による脱鉛処理や、イオン交換法による脱亜鉛処理等を組み合わせることができる。
【0064】
このようにして得られた高純度な塩化ニッケル溶液と塩化コバルト溶液はそれぞれ、電解工程S6(ニッケル電解工程、コバルト電解工程)に送られる。電解工程S6では、塩化ニッケル溶液から電解採取により電気ニッケルを製造し、また、塩化コバルト溶液から電解採取により電気コバルトを製造する。
【0065】
≪2.塩素浸出残渣からの硫黄回収>
上述したニッケル硫化物原料の処理方法を経て塩素浸出工程S2から得られた塩素浸出残渣については、主成分の単体硫黄Sを回収する硫黄回収の処理に供することができる。
【0066】
なお、上述したニッケル硫化物原料の処理方法における一つの工程として、塩素浸出残渣から硫黄を回収する硫黄回収工程を設けることもできる(図2の工程図を参照)。以下、硫黄回収工程S7について詳細に説明する。
【0067】
硫黄回収工程S7では、塩素浸出工程S2を経て塩素浸出液と分離した塩素浸出残渣を用いて、その塩素浸出残渣から硫黄を回収する。具体的には、塩素浸出残渣を融解槽に装入し、融解槽中で加熱することによってその塩素浸出残渣に含まれる硫黄分を融解して塩素浸出残渣溶融物にし、その後、塩素浸出残渣溶融物を固液分離することによって液体硫黄(液相)と融解残渣(固相)とを得る。なお、塩素浸出残渣を加熱して得られた液体硫黄が、例えば冷却されてフレーク状やボタン状の製品硫黄となる。
【0068】
塩素浸出残渣を加熱する際には、上述したように、塩素浸出残渣に含まれる硫黄分が融解する温度で加熱する。塩素浸出残渣は、主成分は単体硫黄Sで構成されているが、その他に塩素浸出されずに残存したニッケルや、不純物である鉄及び砒素等の成分を含有する。硫黄回収の処理においては、硫黄の融点が他の成分と比較して低いことを利用して、硫黄のみが融解して液体硫黄となる温度に加熱(昇温)してスラリー状にする。具体的には、120~140℃程度に加熱すればよいが、蛇管等の間接加熱装置において熱源として蒸気を用いることで、比較的容易に加熱することができる。
【0069】
硫黄回収の処理においては、塩素浸出残渣を塩素浸出残渣溶融物にした後、その塩素浸出残渣溶融物をメッシュフィルターを備えた濾過機等を使用して固液分離することによって、塩素浸出残渣溶融物を構成する液相の液体硫黄と、固相の融解残渣とを得る。ここで、メッシュフィルターとは、濾過材が金網状もしくは多孔板状の固液分離装置を指すが、例えば、回分式リーフ型濾過装置がそれに相当する。
【0070】
ここで、塩素浸出残渣からの硫黄回収の処理に際し、上述したように塩素浸出残渣を加熱することで、硫黄分は融解して液体硫黄となる一方で、他の成分は融点が高いため融解せずに固体として残存し、その結果、液体硫黄(液相)と他の成分の固体(固相)とで構成されるスラリーとなる。このようなスラリーをメッシュフィルターにより濾過して固液分離するとき、固体として残存した他の成分がメッシュフィルターの目を詰まらせる原因となることがある。特に、MCLEプロセスの原料であるニッケル硫化物(ニッケル硫化物原料)には、不純物として鉄及び砒素が含まれており、その鉄及び砒素が、塩素浸出によって一旦は液中に溶出するものの、その一部が難溶性の砒酸鉄(FeAsO)の形態の沈殿物を形成して塩素浸出残渣に分配されて残存することが分かっている。
【0071】
この点、本実施の形態においては、ニッケル硫化物原料の処理方法における塩素浸出工程S2にて、塩酸を添加して、生成する塩素浸出液の塩酸濃度を調整することにより、その塩素浸出液のpHを-0.1以下とするようにしており、これにより、塩素浸出残渣への鉄及び砒素の分配量を抑えるようにしている。したがって、難溶性物質であるFeAsOの生成量を抑えることができ、得られる塩素浸出残渣中の鉄品位及び砒素品位を少なくすることができる。
【0072】
そしてこのことから、その塩素浸出残渣から硫黄を回収する際においても、メッシュフィルターの目詰まりを防いで、良好な通液性を維持することができ、効果的に液体硫黄(製品硫黄)を回収することができる。
【実施例0073】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0074】
≪実施例、比較例≫
ニッケル硫化物原料を用いたMCLEプロセスにおいて、塩素浸出工程での塩酸添加の有無の違いにより、塩素浸出残渣における鉄及び砒素の含有量(品位)について調査した。また、塩素浸出工程から得られた塩素浸出残渣から硫黄を回収する処理を行い、硫黄回収量及びメッシュフィルターによる通液性について調査した。
【0075】
塩素浸出残渣から硫黄を回収する処理では、塩素浸出残渣を融解槽に装入し、その塩素浸出残渣に含まれる硫黄分が融解する温度に加熱して塩素浸出残渣溶融物とした後、リーフメッシュフィルターを備えた濾過機により濾過を行って、液体硫黄(液相)と融解残渣(固相)とを分離した。メッシュフィルターとして、濾過面積が44mの回分式リーフ型濾過装置を使用した。なお、硫黄回収量は、濾過機1回稼働あたり(1バッチあたり)の硫黄回収量とした。また、メッシュフィルターによる通液性については、単位濾過面積当たりの硫黄回収量で評価した。
【0076】
[比較例1]
比較例1では、塩素浸出工程において、直列に連結された複数の反応槽の最終段目の反応槽の塩素浸出スラリーに塩酸を添加せず、その反応槽中の塩素浸出液のpHを成り行きとした。
【0077】
その結果、塩素浸出液中のpHの平均値は0.3であった。また、得られた塩素浸出残渣中の鉄品位は0.8質量%、砒素品位は1.5質量%となり、鉄品位を砒素品位で除した鉄砒素比率(鉄/砒素)は0.6となり、ニッケル硫化物原料中の鉄及び砒素の多くが塩素浸出残渣に分配したことが分かった。
【0078】
そして、このようにして得られた塩素浸出残渣から硫黄を回収したところ、硫黄回収量は1.43t/バッチであった。また、メッシュフィルターによる通液性は33kg/mであった。
【0079】
[比較例2]
比較例2では、塩素浸出工程において、直列に連結された複数の反応槽の最終段目の反応槽の塩素浸出スラリーに塩酸を添加し、塩素浸出液の塩酸濃度を調整することによってそのpHが0.1付近に維持されるようにした。
【0080】
その結果、塩素浸出液のpHのばらつきはほとんどなかった。また、得られた塩素浸出残渣中の鉄品位は0.5質量%、砒素品位は0.5質量%となり、比較例1よりは減少したものの、ニッケル硫化物原料中の鉄及び砒素の一部が塩素浸出残渣に分配したことが分かった。また、塩素浸出残渣中の鉄濃度を砒素濃度で除した鉄砒素比率(鉄/砒素)は1.0となった。
【0081】
そして、このようにして得られた塩素浸出残渣から硫黄を回収したところ、硫黄回収量は1.68t/バッチであった。また、メッシュフィルターによる通液性は38kg/mであった。
【0082】
[実施例1]
実施例1では、塩素浸出工程において、直列に連結された複数の反応槽の最終段目の反応槽の塩素浸出スラリーに塩酸を添加し、塩素浸出液の塩酸濃度を調整することによってそのpHが-0.1付近に維持されるようにした。
【0083】
その結果、塩素浸出液のpHのばらつきはほとんどなかった。また、得られた塩素浸出残渣中の鉄品位は0.3質量%、砒素品位は0.2質量%となり、比較例1、2よりも鉄及び砒素の塩素浸出残渣への分配量を抑えることができた。また、塩素浸出残渣中の鉄濃度を砒素濃度で除した鉄砒素比率(鉄/砒素)は1.4となった。
【0084】
そして、このようにして得られた塩素浸出残渣から硫黄を回収したところ、硫黄回収量は2.01t/バッチであり、比較例1、2よりも増加した。また、メッシュフィルターによる通液性についても46kg/mであり、良好な通液性が維持された。
【0085】
下記表1に、比較例1、2、及び実施例1の結果をまとめて示す。
【0086】
【表1】
【0087】
以上の結果から、実施例1での処理のように、塩素浸出工程において塩酸を添加し、生成する塩素浸出液の塩酸濃度を調整して、その塩素浸出液のpHが-0.1以下となるようにすることで、塩素浸出残渣への鉄及び砒素の分配を抑えることができることが分かった。これにより、塩素浸出工程において難溶性物質であるFeAsOの生成量を抑えることができることが分かった。そしてその結果、塩素浸出残渣からの硫黄回収に際し、メッシュフィルターの目詰まりを防いで、通液性の悪化を防ぐことができることが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5