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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025149644
(43)【公開日】2025-10-08
(54)【発明の名称】新規乳酸菌、及びその用途
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20251001BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20251001BHJP
   A61Q 19/08 20060101ALI20251001BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20251001BHJP
   A61P 17/18 20060101ALI20251001BHJP
   A61P 17/16 20060101ALI20251001BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20251001BHJP
   A61K 35/747 20150101ALI20251001BHJP
   A61K 8/9728 20170101ALI20251001BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20251001BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C12N1/20 E
A61Q19/00
A61Q19/08
A61P17/00
A61P17/18
A61P17/16
A61P43/00 105
A61K35/747
A61K8/9728
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024050407
(22)【出願日】2024-03-26
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】591183625
【氏名又は名称】フジッコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀江 祐範
(72)【発明者】
【氏名】田畑 祥之
(72)【発明者】
【氏名】相磯 知里
(72)【発明者】
【氏名】後藤 弥生
【テーマコード(参考)】
4B065
4C083
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA15X
4B065BD44
4B065CA44
4C083AA031
4C083AA032
4C083CC02
4C083EE12
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC56
4C087CA09
4C087MA52
4C087MA63
4C087NA14
4C087ZA89
4C087ZB21
(57)【要約】
【課題】ラクチプランチバシラス・ムダンジャンゲンシスに属する新規乳酸菌、及びその用途を提供する。
【解決手段】 本発明の乳酸菌は、D-キシロースに対して糖資化能を有する、単離されたL.ムダンジャンゲンシス(Lactiplantibacillus mudanjiangensis)に属する乳酸菌である。当該乳酸菌は、ケラチノサイトにおける酸化ストレス抑制作用、及びヒアルロン酸産生促進作用等を有することから、当該乳酸菌含有組成物は肌改善剤として有用である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-キシロースに対して糖資化能を有する、単離されたラクチプランチバシラス・ムダンジャンゲンシス(Lactiplantibacillus mudanjiangensis)に属する乳酸菌。
【請求項2】
Lactiplantibacillus mudanjiangensis IYO1739(受託番号:NITE P-03937)、若しくはその原株、又はそれらの継代株である、請求項1に記載する乳酸菌。
【請求項3】
ケラチノサイトにおける、ヘムオキシゲナーゼ1遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素1遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素3遺伝子、スフィンゴミエリン合成酵素1遺伝子、スフィンゴミエリン合成酵素2遺伝子、スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1遺伝子、I型コラーゲン遺伝子、インボルクリン遺伝子、及びトランスグルタミナーゼ-1遺伝子からなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量を増加する作用を有する、請求項1又は2記載の乳酸菌。
【請求項4】
請求項3に記載する乳酸菌を含有する組成物。
【請求項5】
ケラチノサイトにおける、酸化ストレス抑制用組成物、ヒアルロン酸産生促進用組成物、スフィンゴ脂質産生促進用組成物、コラーゲン産生促進用組成物、及びケラチノサイト分化促進用組成物からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項4に記載する組成物。
【請求項6】
経口組成物又は外用組成物である、請求項5に記載する組成物。
【請求項7】
肌改善剤である、請求項6に記載する組成物。
【請求項8】
前記肌改善が、前記組成物の酸化ストレス抑制作用、ヒアルロン酸産生促進作用、スフィンゴ脂質産生促進作用、コラーゲン産生促進作用、及びケラチノサイト分化促進作用よりなる群から選択される少なくとも1つの肌に対する作用に起因するものである、請求項7に記載する組成物。
【請求項9】
請求項3に記載する乳酸菌を被験組成物に配合して、当該被験組成物に、酸化ストレス抑制作用、ヒアルロン酸産生促進作用、スフィンゴ脂質産生促進作用、コラーゲン産生促進作用、及びケラチノサイト分化促進作用よりなる群から選択される少なくとも1つの作用を付与するための、請求項3に記載する乳酸菌の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクチプランチバシラス・ムダンジャンゲンシスに属する新規乳酸菌、及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は体表面を覆う人体最大の臓器である。皮膚には様々な役割があるが、その一つに外部刺激からの保護作用がある。紫外線や摩擦等の外部刺激から体を守るとともに、体内からの水分喪失を防いでいる。皮膚の健康は生体機能の維持だけでなく、肌の質感、見た目に影響する事からアンチエイジングの観点からも重要視される。
【0003】
老化によって皮膚は薄くなりシミやしわができるが、これらの皮膚の加齢変化は紫外線による光老化が原因のほとんどであると言われている。皮膚に影響を及ぼす紫外線にはUV-AとUV-Bがあり、それぞれ波長が異なる。UV-Bは波長が短く一時的な日焼けのように表皮にダメージを与えるのに対し、UV-Aは波長が長いことから真皮層まで届く。UV-Aによるダメージは長期的に蓄積され、シミやしわなど皮膚に深刻な影響を及ぼす。特にUV-Aが皮膚細胞内で発生させた一重項酸素などの活性酸素種(Reactive oxygen species;ROS)は光老化を加速させる。このため、皮膚の老化を防ぐためにはUV-AによるROSの影響を防ぐことが重要と考えられる。
【0004】
乳酸菌は古くから発酵食品に利用されており、経口摂取によって整腸作用や免疫調節作用などの保健効果をもたらすことが分かっている。皮膚への作用も報告されており、例えばラクトバチルス・ガセリN320株には、皮膚のヒアルロン酸産生を促す作用があり、これを経口摂取することによって皮膚の紫外線ダメージが改善されることが報告されている(特許文献1)。また、特許文献2には、ティンダル化した乳酸菌死菌体を経口摂取することで、紫外線照射によって誘発された皮膚水分の損失が抑制され、皮膚保湿又はしわ改善効果が得られることが記載されている。さらに、特許文献3には、ラクトバチルスプランタラムCJLP55株を含む組成物を経口摂取することで、皮膚の油分や皮脂が減少し、水分量を維持しながら皮膚の酸度を改善して皮膚状態を改善させることができることが記載されている。
【0005】
また、乳酸菌を皮膚に塗布することで種々の効果を発揮することが知られている。例えば、特許文献4には、菌体粒子のメジアン径が1.0μm以下になるように粉砕した乳酸菌末を、皮膚に塗布することで皮膚創傷の創部炎症が抑制され、治癒が促進されることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2019-205371号公報
【特許文献2】特表2017-534589号公報
【特許文献3】特表2022-543755号公報
【特許文献4】特開2022-40258号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Chun Tao Gu, et al., Lactobacillus mudanjiangensis sp. nov., Lactobacillus songhuajiangensis sp. nov. and Lactobacillus nenjiangensis sp. nov., isolated from Chinese traditional pickle and sourdough, International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology, Vol. 63,4698-4706(2013) https://doi.org/10.1099/ijs.0.054296-0
【非特許文献2】「石鎚黒茶」のご紹介- 愛媛県西条市ホームページ(city.saijo.ehime.jp)(https://www.city.saijo.ehime.jp/soshiki/sangyoshinko/ishidutikurocya.html)
【非特許文献3】Horie, M., et al., Regional characteristics of Lactobacillus plantarum group strains isolated from two kinds of Japanese post-fermented teas, Ishizuchi-kurocha and Awa-bancha, Bioscience of Microbiota, Food and Health, vol. 38 (1) ,11-22, 2019
【非特許文献4】C. T. Gu et al., Lactobacillus mudanjiangensis sp. nov.,Lactobacillus songhuajiangensis sp. nov. and Lactobacillus nenjiangensis sp. nov.,isolated from Chinese traditional pickle and sourdough. Int. J. System. Evol. Microbiol.63,4698-4706 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ラクチプランチバシラス・ムダンジャンゲンシス(以下、「L.ムダンジャンゲンシス」とも称する)に属する新規乳酸菌、及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、愛媛県西条市の石鎚地区の特産品である石鎚黒茶から単離した乳酸菌をヒトケラチノサイトに添加したところ、酸化ストレスへの防御系である抗酸化関連酵素遺伝子の発現量、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子、コラーゲン関連遺伝子、及びケラチノサイト分化関連遺伝子の発現量が増加することを見出し、さらに、当該乳酸菌には、実際にケラチノサイトにおいて、一重項酸素による酸化ストレスを抑制する作用、ヒアルロン酸産生能、スフィンゴ脂質産生能、コラーゲン産生能、及び/又はケラチノサイト分化能を促進する作用があることを見出した。
【0010】
また当該乳酸菌は、生菌であっても加熱処理菌体(死菌)であっても、ケラチノサイトへの付着性が高く、このことから、皮膚に塗布又は経口摂取することで、皮膚内や腸内で一定期間滞留し、前述する生体機能改善作用(酸化ストレス抑制作用;ヒアルロン酸、スフィンゴ脂質及びコラーゲンの産生促進作用;ケラチノサイト分化促進作用等)が有効に享受できるものと考えられる。
【0011】
さらに本発明者らは、16SrRNA遺伝子による相同性検索、及び菌学的性質、特に糖資化能(「炭素源資化性」ともいう)から、当該乳酸菌はL.ムダンジャンゲンシスに属する乳酸菌であるものの、公知のL.ムダンジャンゲンシスとは異なる新規の乳酸菌であることを確認した。
【0012】
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものであり、L.ムダンジャンゲンシスに属する新規な乳酸菌を、好ましくは新たな機能性素材として提供するものである。また本発明は、当該新規乳酸菌を含む組成物を提供するものである。制限されないものの、本発明は、当該組成物として、ケラチノサイトにおいて、酸化ストレス抑制作用、ヒアルロン酸産生促進作用、スフィンゴ脂質産生促進作用、コラーゲン産生促進作用、及び/又はケラチノサイト分化促進作用を有する外用又は経口組成物を提供するものである。
【0013】
本発明には、下記の態様が含まれる。
(I)新規乳酸菌
(I-1)D-キシロース に対して糖資化能を有する、単離されたラクチプランチバシラス・ムダンジャンゲンシス(Lactiplantibacillus mudanjiangensis)に属する乳酸菌。
(I-2) Lactiplantibacillus mudanjiangensis IYO1739(受託番号:NITE P-03937)、若しくはその原株、又はそれらの継代株である、(I-1)に記載の乳酸菌。
(I-3)至適温度が37±3℃である、(I-1)又は(I-2)に記載する乳酸菌。
(I-4)ケラチノサイトにおける、ヘムオキシゲナーゼ1遺伝子(HO-1遺伝子)、ヒアルロン酸合成酵素1遺伝子(HAS1遺伝子)、ヒアルロン酸合成酵素3遺伝子(HAS3遺伝子)、スフィンゴミエリン合成酵素1遺伝子(SGMS1遺伝子)、スフィンゴミエリン合成酵素2遺伝子(SGMS2遺伝子)、スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1遺伝子(SMPD1遺伝子)、I型コラーゲン遺伝子(Colla1遺伝子)、インボルクリン遺伝子(Involucrin遺伝子)、及びトランスグルタミナーゼ-1遺伝子(TGM-1遺伝子)よりなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量を増加する作用を有する、(I-1)~(I-3)のいずれかに記載する乳酸菌。
【0014】
(II)新規乳酸菌の用途
(II-1)(I-1)~(I-4)のいずれか一項に記載する乳酸菌を含有する組成物。
(II-2)経口組成物又は外用組成物である、(II-1)に記載する組成物。
(II-3)前記経口組成物が発酵飲食物である、(II-2)に記載する組成物。
(II-4)ケラチノサイトにおける、酸化ストレス抑制用組成物、ヒアルロン酸産生促進用組成物、スフィンゴ脂質産生促進用組成物、コラーゲン産生促進用組成物、及びケラチノサイト分化促進用組成物よりなる群から選択される少なくとも1つの組成物である、(II-1)~(II-3)のいずれかに記載する組成物。
(II-5)肌改善剤である、(II-4)に記載する組成物。
(II-6)前記肌改善が、前記組成物の酸化ストレス抑制作用、ヒアルロン酸産生促進作用、スフィンゴ脂質産生促進作用、コラーゲン産生促進作用、及びケラチノサイト分化促進作用よりなる群から選択される少なくとも1つの作用に起因するものである、(II-5)に記載する組成物。
(II-7)肌の酸化ストレスを抑制することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のヒアルロン酸の産生を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のスフィンゴ脂質の産生を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のコラーゲン産生を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のインボルクリン産生促進及び/又はトランスグルタミナーゼ産生促進によるケラチノサイト分化を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示、又は、ヘムオキシゲナーゼ1遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素1遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素3遺伝子、スフィンゴミエリン合成酵素1遺伝子、スフィンゴミエリン合成酵素2遺伝子、スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1遺伝子、I型コラーゲン遺伝子、インボルクリン遺伝子、及びトランスグルタミナーゼ1遺伝子からなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子の発現量を増加することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示、を付した、(II-5)又は(II-6)に記載する組成物。
(II-8)(I-1)~(I-4)のいずれか一項に記載する乳酸菌を被験組成物に配合して、当該被験組成物にケラチノサイトにおける、酸化ストレス抑制作用、ヒアルロン酸産生促進作用、スフィンゴ脂質産生促進作用、コラーゲン産生促進作用、及びケラチノサイト分化促進作用よりなる群から選択される少なくとも1つの作用を付与するための、(I-1)~(I-4)のいずれか一項に記載する乳酸菌の使用方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、L.ムダンジャンゲンシスに属する新規な乳酸菌を提供することができる。
また本発明によれば、前記乳酸菌が有する各種の有用な作用効果(HO-1遺伝子、HAS1遺伝子、HAS3遺伝子、SGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子、SMPD1遺伝子、Colla1遺伝子、Involucrin遺伝子、及び/又はTGM-1遺伝子の発現量増加作用;ケラチノサイトにおいて酸化ストレスを抑制して、酸化ストレスによる肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生を促進し、ヒアルロン酸量の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるスフィンゴ脂質産生を促進し、スフィンゴ脂質量の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるコラーゲン産生を促進し、コラーゲン量の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるインボルクリン産生促進及び/又はTGM-1産生促進によるケラチノサイト分化の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する)に基づいて、当該作用効果を有する前記乳酸菌含有組成物を提供することができる。当該乳酸菌含有組成物は、肌改善剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実験例2において、本乳酸菌IYO1739(図1(A))及び同属の乳酸菌DSM28402T図1(B))を、それぞれ25℃、30℃、又は37℃で培養し、培地の菌体濃度から、各乳酸菌の生育(増殖)量を評価した結果を示す。
図2】実験例3において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tについて、正常ヒト表皮角化細胞(Normal Human Epidermal Keratinocyte)に対する付着性を評価した結果を、図2(A)示す。また、本乳酸菌IYO1739(生菌)及びIYO1739H(加熱処理菌体:死菌)について、正常ヒト表皮角化細胞に対する付着性を細胞染色により評価した結果をそれぞれ図2(B)及び図2(C)に示す。
図3】実験例4において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tで各々処理した正常ヒト表皮角化細胞について、それらの抗酸化関連酵素(ヘムオキシゲナーゼ1:HO-1)遺伝子の発現量を比較した結果を示す。
図4】実験例4において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tで各々処理した正常ヒト表皮角化細胞について、それらのヒアルロン酸合成酵素(HAS1及びHAS3)遺伝子の発現量を比較した結果を、それぞれ図4(A)及び図4(B)に示す。
図5】実験例4において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tで各々処理した正常ヒト表皮角化細胞について、それらのスフィンゴ脂質合成酵素(SGMS 1、SGMS2及びSMPD1)遺伝子の発現量を比較した結果を、それぞれ図5(A)、図5(B)及び図5(C)に示す。
図6】実験例4において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tで各々処理した正常ヒト表皮角化細胞について、それらのI型コラーゲン(Colla1)遺伝子の発現量を比較した結果を示す。
図7】実験例4において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tで各々処理した正常ヒト表皮角化細胞について、それらのケラチノサイト分化関連遺伝子であるインボルクリン(Involucrin)遺伝子の発現量を比較した結果を示す。
図8】実験例4において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tで各々処理した正常ヒト表皮角化細胞について、それらのケラチノサイト分化関連遺伝子であるトランスグルタミナーゼ-1(TGM-1)遺伝子の発現量を比較した結果を示す。
図9】実験例5において、本乳酸菌IYO1739(生菌)及びIYO1739H(加熱処理菌体:死菌)を各々投与した正常ヒト表皮角化細胞について、それらの抗酸化関連酵素(ヘムオキシゲナーゼ1:HO-1)遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素(HAS1及びHAS3)遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素(SGMS 1、SGMS2及びSMPD1)遺伝子、及びケラチノサイト分化関連遺伝子(TGM-1遺伝子)の発現量を比較した結果を、それぞれ図9(A)、図9(B)、図9(C)、図9(D)、図9(E)、図9(F)、及び図9(G)に示す。
図10】実験例6において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、JCM1149T、及びIYO1739Hで各々処理した後、1mMのエンドパーオキサイド(EP)で処理するか、又は処理しなかった正常ヒト表皮角化細胞内のROSレベルを比較した結果を示す。
図11】実験例7において、本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tを各々投与し、6時間培養した正常ヒト表皮角化細胞について、ヒアルロン酸産生量を比較した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(I)新規乳酸菌(本乳酸菌)
本乳酸菌は、石鎚黒茶の茶葉(二次発酵後の茶葉)から単離されたラクチプランチバシラス・ムダンジャンゲンシス(Lactiplantibacillus mudanjiangensis)(L.ムダンジャンゲンシス)に属する乳酸菌であって、D-キシロースに対して糖資化能を有することを特徴とする。
【0018】
石鎚黒茶は、日本国愛媛県西条市の石鎚地区の特産品である後発酵茶の一つである。
後発酵茶とは、ツバキ科チャから摘採した茶葉を加熱した後に微生物により発酵させたお茶で、石鎚黒茶は、糸状菌により好気発酵させた後、乳酸菌により嫌気発酵を行うことによって製造される二段発酵茶である(非特許文献2)。石鎚黒茶(茶葉)の製法、及びその茶葉から本乳酸菌を単離する方法は、実験例1に詳説する。
【0019】
本乳酸菌の菌学的性質(形態的・生理学的特徴、炭素源資化性)は、以下の通りである。
(a)菌学的性質
本乳酸菌を、MRS液体培地(ペプトン、肉エキス、酵母エキス、ブドウ糖、Tween80、リン酸水素二カリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン(pH 5.7±0.2)を用いて、37℃、好気的条件下で一晩、静置培養した場合の菌学的性質(形態的・生理学的特徴、炭素源資化性)を、表1及び2に記載する。なお、各表において「+」は陽性又は有り、「-」は陰性又は無し、「±」はやや有りを意味する。
【0020】
【表1】
【0021】
【表2】
【0022】
(b)その他、当該微生物を特徴づける性質
以上の諸性質を、非特許文献1に照らし、また16SrRNA遺伝子による相同性検索の結果から、本乳酸菌は登録されている既存のLactiplantibacillus mudanjiangensis 11050T(DSM28402T)(以下、「公知L.ムダンジャンゲンシス菌」とも称する)と100%の相同性を有しており、 Lactiplantibacillus mudanjiangensisに属する菌株と同定された。本乳酸菌の16SrRNA遺伝子の塩基配列を配列表の配列番号1に記載する。
【0023】
実験例1に説明するように、公知L.ムダンジャンゲンシス菌は、D-キシロースに対して糖資化能を有しない。このため、本乳酸菌は、D-キシロースに対して糖資化能を有する点で、公知L.ムダンジャンゲンシス菌とは異なる菌学的性質を有する新規なL.ムダンジャンゲンシスに属する乳酸菌である。
【0024】
また実験例2に説明するように、本乳酸菌は嫌気的条件下、25~37℃の温度条件下で生育するが、なかでも37℃の培養温度で最もよく生育(増殖)する(37℃>30℃>25℃)。これに対して、公知L.ムダンジャンゲンシス菌は、30℃及び37℃での生育状態に差異はなく(37℃=30℃>25℃)、しかも37℃での生育は本乳酸菌と比較して明らかにに劣る。つまり、37℃での生育(増殖)能において、本乳酸菌は公知L.ムダンジャンゲンシス菌とは異なる特性を有する、新規な乳酸菌である。
【0025】
本乳酸菌の一部は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、2023年7月5日付けで、識別の表示:IYO1739、受託番号:NITE P-03937として国内寄託されている。
【0026】
本乳酸菌は、上記の菌学的性質等に加えて、ケラチノサイトにおいて抗酸化関連酵素遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子、コラーゲン関連遺伝子、及び/又はケラチノサイト分化関連遺伝子の発現量を増加する作用を有する。なお、本発明においてケラチノサイトは、その由来は制限されないものの、ヒトを含む哺乳動物である。好ましくはヒトである。
【0027】
本発明において、抗酸化関連酵素遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子、及びスフィンゴ脂質合成酵素遺伝子とは、それぞれ、少なくともケラチノサイトにおける酸化ストレス抑制、ケラチノサイトにおけるヒアルロン酸合成、及びケラチノサイトにおけるスフィンゴ脂質合成に関する酵素(タンパク質)をコードする遺伝子である。また、コラーゲン関連遺伝子、並びにケラチノサイト分化関連遺伝子とは、それぞれ、少なくともコラーゲン、並びにインボルクリン及び/又はトランスグルタミナーゼ-1をコードする遺伝子である。具体的には、下記の遺伝子が該当する。
【0028】
[抗酸化関連酵素遺伝子]
・ヘムオキシゲナーゼ1(Heme oxygenase 1)遺伝子
本明細書では、これを「HO-1遺伝子」、そのタンパク質を「HO-1」とも称する。
【0029】
[ヒアルロン酸合成酵素遺伝子]
・ヒアルロン酸合成酵素1(Human Hyaluronan Synthase 1)遺伝子
本明細書では、これを「HAS1遺伝子」、そのタンパク質を「HAS1」とも称する。
・ヒアルロン酸合成酵素3(Human Hyaluronan Synthase 3)遺伝子
本明細書では、これを「HAS3遺伝子」、そのタンパク質を「HAS3」とも称する。
【0030】
[スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子]
・スフィンゴミエリン合成酵素1(Sphingomyelin synthase 1)遺伝子
本明細書では、これを「SGMS1遺伝子」、そのタンパク質を「SGMS1」とも称する。
・スフィンゴミエリン合成酵素2(Sphingomyelin synthase 2)遺伝子
本明細書では、これを「SGMS2遺伝子」、そのタンパク質を「SGMS2」とも称する。
・スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1(Sphingomyelin Phosphodiesterase 1)遺伝子
本明細書では、これを「SMPD1遺伝子」、そのタンパク質を「SMPD1」とも称する。
【0031】
[コラーゲン関連遺伝子]
・I型コラーゲン(Type 1 collagen)遺伝子
本明細書では、これを「Colla1遺伝子」、そのタンパク質を「I型コラーゲン」又は単に「コラーゲン」とも称する。
【0032】
[ケラチノサイト分化関連遺伝子]
・インボルクリン(Involucrin)遺伝子
本明細書では、これを「Involucrin遺伝子」、そのタンパク質を「インボルクリン」とも称する。
・トランスグルタミナーゼ-1遺伝子
本明細書では、これを「TGM-1遺伝子」、そのタンパク質を「TGM-1」とも称する。
【0033】
実験例4に示すように、ケラチノサイトを本乳酸菌の存在下で培養すると、HO-1遺伝子の発現が誘導され、ケラチノサイトでのHO-1遺伝子の発現量が増加する(HO-1遺伝子発現誘導及び発現量増加作用)。これに対して、公知L.ムダンジャンゲンシス菌、及びL.プランタラムに属する乳酸菌はいずれも、HO-1遺伝子の発現量を増加させる作用を有しない(図3参照)。
【0034】
また、実験例6に示すように、ケラチノサイトに本乳酸菌を添加すると、エンドパーオキサイドにより生じる細胞内活性酸素(ROS)レベルを低下させることで、酸化ストレスを低下させることができる。つまり、本乳酸菌は、細胞内でROS消去能(抗酸化能)を発揮する。これに対して、公知L.ムダンジャンゲンシス菌は、ROS消去能(抗酸化能)を有しない。さらに、ケラチノサイトに本乳酸菌の加熱処理菌体(以下、「死菌」とも称する)を添加すると、エンドパーオキサイドにより生じる細胞内活性酸素(ROS)レベルを低下させることで、酸化ストレスを低下させることができる。つまり、本乳酸菌は、生菌でも死菌であっても細胞内でROS消去能(抗酸化能)を発揮する(図10参照)。
【0035】
活性酸素により、ケラチノサイト中のコラーゲンやエラスチンが減少したりメラニン色素が増加して、しわ、たるみ、乾燥、及びシミなどの肌トラブルが増加することが知られている。前述する作用から、本乳酸菌によれば、生菌及び死菌の別に関わらず、皮膚(肌)においてROS消去能(抗酸化能)を発揮することで肌の酸化ストレスを抑制し、酸化ストレスによる前記肌トラブルを予防又は改善することができる。
【0036】
実験例4に示すように、ケラチノサイトを本乳酸菌の存在下で培養すると、HAS1遺伝子及びHAS3遺伝子の発現が誘導され、それらの発現量が増加する(HAS1遺伝子及びHAS3遺伝子の発現誘導及び発現量増加作用)。これに対して、公知L.ムダンジャンゲンシス菌は、HAS1遺伝子及びHAS3遺伝子の発現を誘導し、それらの発現量を増加する作用があるものの、HAS1遺伝子及びHAS3遺伝子の発現量を増加する作用は本乳酸菌の方が勝っている。(図4(A)及び(B)参照)。また、L.プランタラムに属する乳酸菌は、HAS3遺伝子の発現を誘導し、その発現量を増加する作用があるものの、HAS1遺伝子の発現量を増加させる作用を有しない。
【0037】
また、実験例7に示すように、本乳酸菌によればケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生量を増加させることができる。つまり、本乳酸菌は、ケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生を促進する作用を有する(図11参照)。一方、図11に示すように、公知L.ムダンジャンゲンシス菌は、ヒアルロン酸産生促進作用を有しない。
【0038】
ケラチノサイトにおいてヒアルロン酸は水を抱えて真皮の主要構成要素であるコラーゲンとエラスチンの隙間を埋めることで乾燥を防ぎ、肌の潤いを生み出している。このため、ヒアルロン酸は、肌の水分量を保ち、肌の細胞の弾力性を維持する上で重要な役割を担っている。しかし、体内のヒアルロン酸産生量は40代後半を境に、加齢とともに減少していくことが知られている。前述する作用から、本乳酸菌によれば、ケラチノサイトにおけるヒアルロン酸の産生を促進することで、ヒアルロン酸量の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌の乾燥、潤い低下、弾力性低下等)を予防又は改善することができる。
【0039】
実験例4に示すように、ケラチノサイトを本乳酸菌の存在下で培養すると、SGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及びSMPD1遺伝子の発現が誘導され、それらの発現量が増加する(SGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及びSMPD1遺伝子の発現誘導及び発現量増加作用)。公知L.ムダンジャンゲンシス菌も同様にSGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及びSMPD1遺伝子の発現を誘導し発現量を増加する作用を有するが、その能力は本乳酸菌のほうが勝っている(図5(A)、(B)、及び(C)参照)。
【0040】
スフィンゴ脂質の1種であるスフィンゴミエリンはセラミドを基本骨格にもち、本骨格の第一級アルコール性水酸基がホスホコリンで修飾されている。この脂質は細胞膜構成リン脂質の約10%を占め、細胞膜の構造維持に関わると考えられている。角層中のセラミドはスフィンゴミエリンとグルコシルセラミドを前駆物質として合成される。スフィンゴミエリンホスホジエステラーゼは、スフィンゴ脂質の代謝に関与する加水分解酵素であり、ケラチノサイトにおいてスフィンゴミエリンをホスホコリンとセラミドに分解する役割を果たす。このため、スフィンゴミエリンを肌に使用すると、セラミドとして働き、皮膚バリアの補強によって機能を改善させるといわれている。
【0041】
こうしたことから、SGMS1、SGMS2及びSMPD1は、スフィンゴ脂質の1種であるセラミドの合成に関与する酵素であり、ケラチノサイトにおいて協働してセラミドの産生を促進する作用を有する。このため、実験例4の結果から、本乳酸菌は、ケラチノサイトにおけるスフィンゴ脂質産生を誘導及び促進する作用を有し、ケラチノサイトにおけるスフィンゴ脂質の産生量を増加させることができると考えられる。
セラミドは表皮の角質層に存在し、細胞間の隙間を埋めて外部の刺激を抑制し(バリア機能)、水分を挟み込んで逃がさないようにしている(保湿機能)。セラミドの保湿機能は、コラーゲンやヒアルロン酸以上に強く、しかも持続力があることが知られている。
本乳酸菌は、ケラチノサイトにおけるSGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及びSMPD1遺伝子の発現量を増加し、SGMS1、SGMS2及びSMPD1の産生を促進することで、皮膚(肌)におけるスフィンゴミエリン量やセラミド量の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下等)を予防又は改善することができる。
【0042】
実験例4に示すように、ケラチノサイトを本乳酸菌の存在下で培養すると、Colla1遺伝子の発現が誘導され、それらの発現量が増加する傾向がある(Colla1遺伝子の発現誘導及び発現量増加作用)。公知L.ムダンジャンゲンシス菌も同様にColla1遺伝子の発現を誘導し発現量を増加する傾向があるが、その能力は本乳酸菌のほうが勝っている(図6参照)。
【0043】
I型コラーゲンは真皮の膠原線維の主要成分であり、真皮のコラーゲンの90%を占め、線維芽細胞により産生される。体内に最も大量に存在するコラーゲンであり、骨や皮膚を形成し、肌の弾力性を持たせる働きがある。体内のコラーゲンは、加齢とともに減少し、体内で新しくコラーゲンを作り出す力も衰えていく。よって、コラーゲンの産生量を増加させることによって肌の弾力性を改善させるといわれている。
【0044】
このため、実験例4の結果から、本乳酸菌によれば、ケラチノサイトにおけるコラーゲン産生を誘導及び促進する作用を有し、ケラチノサイトにおけるコラーゲンの産生量を増加させることができると考えられる。
本乳酸菌は、ケラチノサイトにおけるColla1遺伝子の発現量を増加し、コラーゲンの産生を促進することで、皮膚(肌)におけるコラーゲン量の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下、弾力性低下等)を予防又は改善することができる。
【0045】
実験例4に示すように、ケラチノサイトを本乳酸菌の存在下で培養すると、Involucrin遺伝子の発現が誘導され、それらの発現量が増加する(Involucrin遺伝子の発現誘導及び発現量増加作用)。公知L.ムダンジャンゲンシス菌も同様にInvolucrin遺伝子の発現を誘導し発現量を増加する作用を有するが、培養4時間での能力は本乳酸菌のほうが勝っている(図7参照)。
【0046】
インボルクリンはケラチノサイトの細胞膜を裏打ちするコーニファイドエンベロープを構成するタンパク質の一つであり、ケラチノサイトの分化を示す分子マーカーとしても知られている。なお、ケラチノサイトの分化は、表皮ターンオーバーの指標ともなる。つまり、「ケラチノサイト分化」には、表皮ターンオーバーの意味が含まれる。インボルクリンの産生を促進することで、ケラチノサイトの分化を促進し、健全な角層の形成を促すことによって、皮膚(肌)におけるインボルクリン低下に伴う肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下等)を予防又は改善することができる。
【0047】
実験例4に示すように、ケラチノサイトを本乳酸菌の存在下で培養すると、TGM-1遺伝子の発現が誘導され、それらの発現量が増加する(TGM-1遺伝子の発現誘導及び発現量増加作用)。公知L.ムダンジャンゲンシス菌も同様にTGM-1遺伝子の発現を誘導し発現量を増加する作用を有するが、培養4時間及び24時間での能力は本乳酸菌のほうが勝っている(図8参照)。
【0048】
トランスグルタミナーゼ-1(TGM-1)はコーニファイドエンベロープの形成を触媒する酵素である。TGM-1はインボルクリンなどのコーニファイドエンベロープを構成するタンパク質群の共有結合を触媒し、架橋構造を形成させる。これらの構造が細胞膜の裏打ちとなり、皮膚表面の物理的強度の向上や保湿機能の向上に寄与する。このためTGM-1の産生を促進することで、皮膚(肌)における肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下等)を予防又は改善することができる。
【0049】
実験例3に示すように、本乳酸菌は、公知L.ムダンジャンゲンシス菌及びL.プランタラムに属する乳酸菌と比較して、ケラチノサイトへの付着性が高い。このため、本乳酸菌は、化粧品等の皮膚に適用する外用組成物に配合して皮膚に塗布されるか、及び/又は飲食物等の経口組成物に配合して経口的に摂取されることで、上記作用効果(ケラチノサイトにおいて酸化ストレスを抑制して、酸化ストレスによる肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生を促進し、ヒアルロン酸量の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるスフィンゴ脂質産生を促進し、スフィンゴ脂質量の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるコラーゲン産生を促進し、コラーゲン量の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する;ケラチノサイトにおけるインボルクリン産生及び/又はTGM-1産生を促進し、ケラチノサイト分化の低下に伴う肌トラブルを予防又は改善する)を有効に発揮することができると考えられる。
【0050】
本乳酸菌には、受託番号:NITE P-03937として日本国の特許微生物寄託センターに国内寄託されている菌株IYO1739(寄託菌)及びその原株のみならず、前述する本乳酸菌の特性を有する、それらの継代株も含まれる。なお、ここで原株とは、IYO1739株(寄託菌)のもとの菌株(オリジナル菌株)であり、これは別途、発明者が所属する国立研究開発法人産業技術総合研究所において前述する菌学的性質が維持された状態で保管されている。また継代株には、前記原株の継代株及び前記寄託菌の継代株の両方が含まれる。継代株は、前記原株又は寄託菌株を植え継ぎすることで増殖された菌株であり、前記原株及び寄託菌がそれぞれ有する前述の菌学的性質を継承して同様に有している。
IYO1739株(寄託菌)又はその原株の継代は、乳酸菌の継代に一般的に使用される定法に従って行うことができ、特に制限されない。例えば、前記MRS液体培地(pH 5.7±0.2)を入れた試験管にIYO1739株又はその原株を植菌して、至適温度37℃程度で12~48時間程度培養する方法を挙げることができる。培養により継代された本乳酸菌は、グリセロールを最終濃度が10~30w/v% となるように添加し、使用するまで-80℃で保存することができる。
【0051】
本乳酸菌の培地としては、前記MRS培地のほか、炭素源、窒素源、無機イオン、さらに必要に応じ有機微量栄養素を含有する通常の培地を使用することができる。炭素源としては、資化可能な炭素源を含有するものであればよく(表2参照)、D-キシロースの他、例えば、D-グルコース、D-ガラクトース、D-フルクトース、D-マンノース、及びD-ラクトースなどの単糖又は二糖類が良好に用いられる。窒素源としては、資化可能な窒素化合物またはこれを含有するものであればよく、例えば、硫安、カザミノ酸、酵母エキス、ペプトンなどが使用される。また、リン酸、鉄、カリウム、マグネシウム、亜鉛、マンガン、銅、カルシウムなどの無機塩類を適宜使用することができる。さらに必要に応じて、菌の生育に必要なアミノ酸、ビオチン、リボフラビン、ピリドキシン、ニコチン酸、パントテン酸、葉酸、チアミンなどのビタミン類などを培地に添加して用いることができる。
【0052】
本乳酸菌の培養は、温度25~37℃程度、好ましくは30~37℃ 程度、より好ましくは37℃で、pH5~7、好ましくはpH5.5~6程度で行うことにより増殖を促進することができる。本乳酸菌の培養は、好気的又は嫌気的条件下での静置培養により行うこともできるが、好ましくは嫌気的条件下で行うことにより増殖を促進することができる。
【0053】
本乳酸菌は、その作用効果を有する限り、培地から単離した後、真空乾燥や噴霧乾燥等の乾燥処理をすることで乾燥物として調製されてもよいし、また、培地成分または賦形剤などの他成分とともに乾燥処理して乾燥物として調製することもできる。ちなみに、本乳酸菌は加熱処理されて死菌になった状態でも、前述する作用効果を有する(実験例5参照)。そのため、本乳酸菌は、生菌及び死菌の別を問わない。
【0054】
(II)本乳酸菌を含有する組成物
本発明は、前述する本乳酸菌を含有する組成物を提供する。
本発明の組成物(以下、「本組成物」とも称する)は、本乳酸菌を含み、本乳酸菌が有する前述する作用効果を発揮する限りにおいて、本乳酸菌の培養物、培養物の濃縮物、または精製物、それらの凍結乾燥物または噴霧乾燥物であってもよい。本組成物は、本乳酸菌を生きた状態(生菌)で含んでいても、また加熱処理された状態(死菌)で含んでいてもよい。外用組成物に使用される場合は加熱処理された状態(死菌)で含むことが好ましいが、その限りではない。
【0055】
上記培養物は、制限されないものの、例えば、本乳酸菌に適した培地、例えば、前述するMRS液体培地(pH 5.7±0.2)などを用いて、温度25~37℃程度(好ましくは30~37℃程度、より好ましくは37℃)で12~48時間程度培養することにより得ることができる。また本乳酸菌の菌体は、上記培養後、培養物を、例えば3000rpmで10分間程度遠心分離して集菌することによって得ることができる。これらは常法に従い精製することもできる。更に、上記菌体は凍結乾燥または噴霧乾燥することもできる。かくして得られる乾燥菌体も本組成物の有効成分として利用することができる。本明細書において、本乳酸菌、その培養物、培養物の濃縮物乃至精製物、及びこれらの乾燥品を総括して「本乳酸菌及びその培養物」とも称する。
【0056】
本組成物中には、必要に応じて更に、本乳酸菌の生育維持や増殖などに適した栄養成分を、適量含有させることができる。該栄養成分の具体例としては、微生物の培養のための培養培地に利用される、例えばD-キシロース、D-グルコース、D-ガラクトース、D-フルクトース、D-ラクトース、D-マンノースなどの炭素源;例えば酵母エキス、ペプトンなどの窒素源;ビタミン類、ミネラル類、微量金属元素、その他の栄養成分などの各成分を挙げることができる。
【0057】
(1)経口組成物
本組成物には経口組成物が含まれる。つまり、本発明によれば、前述する本乳酸菌を含有する経口組成物を提供することができる。経口組成物には、飲食物、内服用医薬部外品、内服用医薬組成物が含まれるが、好ましくは飲食物である。当該飲食物には、後述する発酵飲食物も含まれる。
【0058】
当該飲食物は、本乳酸菌又はその培養物に、適当な可食性担体(飲食物素材)を配合して飲食物形態に調製することで、製造することができる。また、当該飲食物は、適当な製剤学的に許容される賦形剤または希釈剤等の製剤用原料を利用して製剤形態に調製することもできる。製剤形態を有する飲食物としては、具体的には錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、マイクロカプセル及びカプセル剤等の固形製剤;並びに液剤、懸濁剤、シロップ及び乳剤等の液状製剤などの製剤形態を有する飲食物を挙げることができる。製剤形態を有する飲食物として、好ましくは乾燥した状態の固形製剤である。当該製剤形態の飲食物は、医薬組成物と同様に、製剤担体として、通常、この分野で使用される充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、滑沢剤などの希釈剤あるいは賦形剤を用いて製造することができる。
【0059】
飲食物等の経口組成物に配合される本乳酸菌の量は、本乳酸菌の作用効果が発揮される量であればよく、その限りにおいて、広範囲から適宜選択することができる。通常、1摂取(投与)単位形態中に1×10~1×1011(cfu)程度含有されることが好ましい。上記経口組成物は経口的に摂取されるものであれば、その投与方法は特に制限がなく、各種形態、対象者の年齢、性別その他の条件、皮膚の状態などに応じて決定される。
【0060】
本乳酸菌を含有する経口組成物は、摂取(投与)されると、前述する本乳酸菌の作用効果に基づいて、有用な生理作用を発揮することが期待される。具体的には、経口組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるROS消去能(抗酸化能)に基づいて、肌の酸化ストレスを抑制し、酸化ストレスによる肌トラブル(しわ、たるみ、乾燥、及びシミ等)を予防又は改善する効果が期待できる。また、経口組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生促進作用に基づいてヒアルロン酸産生促進作用を発揮し、皮膚細胞のヒアルロン酸量の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌の乾燥、潤い低下、弾力性低下等)を予防又は改善する効果が期待できる。さらに、経口組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるSGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及びSMPD1遺伝子の発現量増加作用(SGMS1、SGMS2及びSMPD1の産生促進作用)に基づいてスフィンゴミエリンやセラミド等のスフィンゴ脂質の産生を促進する作用を発揮し、皮膚(肌)におけるスフィンゴ脂質量の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下等)を予防又は改善する効果が期待できる。
【0061】
また、本経口組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるColla1遺伝子の発現量増加作用に基づいてコラーゲンの産生を促進する作用を発揮し、皮膚(肌)におけるコラーゲン量の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下、弾力性低下等)を予防又は改善する効果が期待できる。
【0062】
さらに、本経口組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるInvolucrin遺伝子の発現量増加作用及び/又はTGM-1遺伝子の発現量増加作用に基づいてケラチノサイトの分化を促進する作用を発揮し、皮膚(肌)のケラチノサイト分化の低下、特に表皮ターンオーバーの低下に伴う肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下等)を予防又は改善する効果が期待できる。
【0063】
なお、ここで「予防」には、肌トラブルの抑制、遅延、又は進行(悪化)阻止の意味が含まれる。また「改善」に、肌膚症状の好転(保湿性や潤い向上、弾力性向上等)の意味が含まれる。
このため、本発明の経口組成物は、肌改善剤として有効に利用することができる。
【0064】
本発明の経口組成物には、特定の機能を有し、健康維持などを目的として摂食される飲食物が含まれる。これらの飲食物には、前記の作用や用途を表示または謳って製造販売される飲食物、例えば保健機能食品(栄養機能食品、機能性表示食品、特定保健用食品)、特別用途食品(特定保健用食品)、及びこれに類する健康食品等が含まれる。当該飲食物には、例えば、肌の酸化ストレスを抑制することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のヒアルロン酸の産生を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のスフィンゴ脂質の産生を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のコラーゲンの産生を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;肌のインボルクリン産生促進及び/又はTGM-1産生促進によりケラチノサイト分化を促進することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示;又は、HO-1遺伝子、HAS1遺伝子、HAS3遺伝子、SGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子、SMPD1遺伝子、Colla1遺伝子、Involucrin遺伝子、及びTGM-1遺伝子からなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子の発現量を増加することにより、肌機能の維持又は調整を行うために用いられる旨の表示を付した飲食物が含まれる。なお、ここで「肌機能の維持又は調整」には、前述する肌トラブルの予防又は改善の意味が含まれる。
【0065】
(2)発酵飲食物、及び発酵飲食物の製造方法
前述する経口組成物のうち、飲食物には発酵飲食物も含まれる。当該発酵飲食物は、本乳酸菌又はその培養物を使用して、適当な可食性担体(飲食物素材)を配合して発酵することで製造することができる。
【0066】
本発明の発酵飲食物の製造方法は、本乳酸菌を含有することを特徴とする。かかる発酵飲食物は、定法に従って製造することができ、例えば、本乳酸菌の栄養源を含む適当な発酵用原料(例えば牛乳、豆乳(大豆乳化液)、穀物、野菜類、果実類を含む原料)に本乳酸菌を植菌し、これを培養して該原料を発酵させることによって製造することができる。
【0067】
本乳酸菌を用いた発酵は、予めスターターを用意し、これを発酵用原料に接種して発酵させる方法が好ましい。ここでスターターとしては、前述する本発明の発酵用種菌を挙げることができる。こうしたスターターは、本乳酸菌の生菌数が1×10~1×10(cfu/ml)程度含んでいることが好ましい。
【0068】
上記の発酵用原料には、必要に応じて本乳酸菌の良好な生育のための発酵促進物、例えばグルコース、ガラクトース、フルクトース、ラクトース、マンノース、などの炭素源;酵母エキス、ペプトンなどの窒素源;ビタミン類、ミネラル類、微量金属元素、その他の栄養成分ななどを加えることができる。
【0069】
本乳酸菌の接種量は、例えば牛乳を発酵用原料に使用した場合は、牛乳の中に本乳酸菌が1×10(cfu/ml)以上、好ましくは1×10~1×10(cfu/ml)前後含まれる量から選ばれるのが適当である。培養条件は、一般に、発酵温度25℃以上、好ましくは35~40℃程度、発酵時間3~24時間程度から選ばれる。
【0070】
尚、上記の如くして得られる発酵物は、カード状形態(ヨーグルトまたはプディング様の形態)を有している場合があり、このものはそのまま固形食品として摂取することもできる。該カード状形態の発酵物は、これを更に均質化することにより、所望の飲料形態とすることができる。この均質化は、一般的な乳化機(ホモゲナイザー)を用いて実施することができる。こうした均質化によって、滑らかな食感を有する飲料を得ることができる。尚、この均質化にあたっては、必要に応じて適当に希釈したり、pH調整のための有機酸類を添加したり、また、糖類、果汁、増粘剤、界面活性剤、香料などの飲料の製造に通常用いられる各種の添加剤を適宜添加することもできる。かくして得られる飲料は、適当な容器に無菌的に充填して最終製品とすることができる。
【0071】
その摂取(投与)量は、これを摂取する生体の年齢、性別、体重、疾患の程度などに応じて適宜決定され、特に限定されるものではない。一般には本乳酸菌が約1×10~1×1011(cfu/ml)となる範囲から選ばれるのがよい。当該組成物は、一般にその約50~1,000mLを1日ヒト1人あたりに摂取されるように調製することができる。
【0072】
(3)外用組成物
本組成物には外用組成物が含まれる。つまり、本発明によれば、前述する本乳酸菌を含有する外用組成物を提供することができる。外用組成物には、化粧品、外用医薬部外品、外用医薬組成物が含まれるが、好ましくは化粧品である。
【0073】
本発明の外用組成物が医薬品である場合、その製剤形態としては特に限定されず、所望の形状(固形状[粉末状]、半固形状[ゲル状、クリーム状、軟膏状等]、液体[乳液状、ローション状、懸濁状、エアゾール状等]、パップ状[パック、マスク])を有することができる。これらの製剤は、第17改正日本薬局方製剤総則に記載の方法等に従い製造することができる。本発明の外用組成物が医薬部外品又は化粧品である場合も、その形態は特に限定されず、前述する所望の形状を有することができる。化粧品には、スキンケア化粧品、日焼け止め化粧品、メークアップ化粧品(化粧下地、コンシーラー、ファンデーション、フェースパウダー、チーク、アイシャドウ等)が含まれる。好ましくはスキンケア化粧品である。制限されないが、例えばスキンケア化粧品には、化粧水(ローション)、美容液、マッサージクリーム、乳液、モイスチャークリーム、バニシングクリーム、クレンジングクリーム、リップクリーム等が含まれる。なお、前記スキンケア化粧品には、保湿用化粧品、美白用化粧品、収れん用化粧品、拭き取り用化粧品等が含まれる。
【0074】
本発明の外用組成物は、本乳酸菌の作用効果を妨げないことを限度として、本乳酸菌に、医薬品、医薬部外品、又は化粧品に通常使用される基剤又は担体、及び必要に応じて添加剤や有用成分を混合して、医薬品、医薬部外品、又は化粧品として調製することができる。
【0075】
外用組成物に配合される本乳酸菌の量は、本乳酸菌の作用効果が発揮される量であればよく、その限りにおいて、広範囲から適宜選択することができる。通常、1回適用量中に1×10~1×1011(cfu)程度含有されることが好ましい。上記外用組成物は皮膚に塗布適用されるものであれば、その使用方法は特に制限がなく、各種形態、対象者の年齢、性別その他の条件、皮膚の状態などに応じて決定される。
【0076】
本乳酸菌を含有する外用組成物は、皮膚に適用(塗布)されると、前述する本乳酸菌の作用効果に基づいて、有用な生理作用を発揮することが期待される。具体的には、外用組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるROS消去能(抗酸化能)に基づいて、肌の酸化ストレスを抑制し、酸化ストレスによる肌トラブル(しわ、たるみ、乾燥、及びシミ等)を予防又は改善する効果が期待できる。また、外用組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生促進作用に基づいてヒアルロン酸産生促進作用を発揮し、皮膚細胞のヒアルロン酸量の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌の乾燥、潤い低下、弾力性低下等)を予防又は改善する効果が期待できる。さらに、外用組成物は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるSGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子、SMPD1遺伝子、Colla1遺伝子、Involucrin遺伝子、及び/又はTGM-1遺伝子の発現量増加作用(SGMS1、SGMS2、SMPD1、コラーゲン、インボルクリン及び/又はTGM-1の産生促進作用)に基づいてスフィンゴミエリンやセラミド等のスフィンゴ脂質の産生を促進する作用、コラーゲンの産生を促進する作用、インボルクリンの産生を促進する作用、及び/又はTGM-1の産生を促進する作用を発揮し、皮膚(肌)におけるスフィンゴ脂質量の低下、コラーゲン量の低下、及び/又はケラチノサイト分化(特に表皮ターンオーバー)の低下に伴う肌トラブル(例えば、肌のバリア機能低下、肌の乾燥、保湿性低下等)を予防又は改善する効果が期待できる。
なお、ここで「予防」には、肌トラブルの抑制、遅延、又は進行(悪化)阻止の意味が含まれる。また「改善」に、肌膚症状の好転(保湿性や潤い向上、弾力性向上等)の意味が含まれる。
このため、本発明の外用組成物は、肌改善剤として有効に利用することができる。
【0077】
ここで適用する皮膚表面としては、特に制限されず、例えば額、目元、目尻、頬、顎、鼻及びその周辺、唇や口元等の顔面;首及びその周り;手指、手の甲、手のひらなどの手や手首;足指、足の甲、足の裏やかかと、足首;肘、腕、脚、胸、胸元、腹部、背中などを挙げることができる。好ましくは、顔面、首及びその周り、手指や手甲などの手であり、より好ましくは顔面である。
【0078】
(III)本乳酸菌の使用方法
本発明は、前述する本乳酸菌の使用方法を提供する。
第1に、本乳酸菌は、適用対象とする経口組成物又は外用組成物(本発明では、これらを総称して「被験組成物」とも称する)に対してケラチノサイトにおけるHO-1遺伝子の発現量を増加する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。好ましくは、本乳酸菌は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるROS消去能(抗酸化能)に基づいて、被験組成物に対してケラチノサイトにおける酸化ストレスを抑制する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。より好ましくは、本乳酸菌は、被験組成物に対して酸化ストレスによる肌トラブルを予防又は改善する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。
被験組成物に対する本乳酸菌の配合割合は、前記作用を付与できる有効量であればよく、1~80質量%の範囲から適宜選択することができる。前記作用が付与されているか否かは、後述する実験例4、5及び6に記載する方法に従って判断することができる。
【0079】
第2に、本乳酸菌は、被験組成物に対してケラチノサイトにおけるHAS1遺伝子及び/又はHAS3遺伝子の発現量を増加する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。好ましくは、本乳酸菌は、本乳酸菌が有するケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生促進作用に基づいて、被験組成物に対して皮膚細胞におけるヒアルロン酸産生促進作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。
被験組成物に対する本乳酸菌の配合割合は、前記作用を付与できる有効量であればよく、1~80質量%の範囲から適宜選択することができる。前記作用が付与されているか否かは、後述する実験例4、5及び7に記載する方法に従って判断することができる。
【0080】
第3に、本乳酸菌は、被験組成物に対してケラチノサイトにおけるSGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及び/又はSMPD1遺伝子の発現量を増加する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。好ましくは、本乳酸菌は、本乳酸菌が有するスフィンゴ脂質産生促進作用に基づいて、被験組成物に対して皮膚細胞におけるスフィンゴ脂質産生促進作用を抑制する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。
被験組成物に対する本乳酸菌の配合割合は、前記作用を付与できる有効量であればよく、1~80質量%の範囲から適宜選択することができる。前記作用が付与されているか否かは、後述する実験例4及び5に記載する方法に従って判断することができる。
【0081】
第4に、本乳酸菌は、被験組成物に対してケラチノサイトにおけるColla1遺伝子の発現量を増加する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。好ましくは、本乳酸菌は、本乳酸菌が有するI型コラーゲン産生促進作用に基づいて、被験組成物に対して皮膚細胞におけるコラーゲン産生作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。
被験組成物に対する本乳酸菌の配合割合は、前記作用を付与できる有効量であればよく、1~80質量%の範囲から適宜選択することができる。前記作用が付与されているか否かは、後述する実験例4及び5に記載する方法に従って判断することができる。
【0082】
第5に、本乳酸菌は、被験組成物に対してケラチノサイトにおけるInvolucrin遺伝子及び/又はTGM-1遺伝子の発現量を増加する作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。好ましくは、本乳酸菌は、本乳酸菌が有するインボルクリン産生促進作用及び/又はTGM-1産生促進作用に基づいて、被験組成物に対して皮膚細胞におけるインボルクリン産生作用及び/又はTGM-1産生作用を付与するために、被験組成物に配合して用いられる。
被験組成物に対する本乳酸菌の配合割合は、前記作用を付与できる有効量であればよく、1~80質量%の範囲から適宜選択することができる。前記作用が付与されているか否かは、後述する実験例4及び5に記載する方法に従って判断することができる。
【0083】
以上、本明細書において、「含む」及び「含有する」の用語には、「からなる」及び「から実質的になる」という意味が含まれる。
【実施例0084】
以下、本発明の構成及び効果について、その理解を助けるために、実験例を用いて本発明を説明する。但し、本発明はこれらの実験例によって何ら制限を受けるものではない。以下の実験は、特に言及しない限り、室温(25±5℃)、及び大気圧条件下で実施した。なお、特に言及しない限り、以下に記載する「%」は「質量%」、「部」は「質量部」を意味する。
【0085】
下記の実験で使用した原料の入手先又は入手方法は次の通りである。
[乳酸菌株]
・DSM28402T:L.ムダンジャンゲンシスに属する乳酸菌(German Collection of Microorganisms and Cell Cultures GmbH; DSMZ, Braunschweig, Germany)。生育至適温度30℃。非特許文献1において、L. mudanjiangensis 11050Tとして報告。16SrRNA遺伝子配列のAccession No. HF679037。
・IYO1653:ラクチプランチバシラス・プランタラム(L. plantarum)に属する乳酸菌(石鎚黒茶から単離同定)
・JCM1149T:ラクチプランチバシラス・プランタラム(L. plantarum)に属する乳酸菌(国立研究開発法人理化学研究所バイオリソース研究センター)
【0086】
[培養細胞]
・正常ヒト表皮角化細胞:Normal Human Epidermal Keratinocyte(NHEK)、製品番号:KK-4109(倉敷紡績株式会社から入手)、ヒトケラチノサイト由来細胞
【0087】
[培地]
・MRS液体培地(メルク社製):ペプトン、肉エキス、酵母エキス、ブドウ糖、Tween80、リン酸水素二カリウム、酢酸ナトリウム、クエン酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン(pH 5.7±0.2)
・HuMedia-KG2:表皮角化細胞増殖用無血清液体培地(倉敷紡績株式会社製)、製品番号:KK-2150S(pH 7.4)
・MRS寒天培地:MRS液体培地に寒天を添加したもの(pH 5.7±0.2)
【0088】
・エンドパーオキサイド:一重項酸素発生試薬 (EP試薬)(ワケンビーテック社製)
・細胞浸透性蛍光プローブDCFH-DA:2’, 7’-Dichlorodihydrofluorescin diacetate(メルク社製)。DCFH-DAは細胞内のエステラーゼによってDCFHになり、DCFHは活性酸素と反応後DCF(蛍光物質)に変化する。
・Hyaluronan Quantification Kit:ヒアルロン酸測定用試薬キット(コスモバイオ社製HA-96KIT)
【0089】
実験例1 本乳酸菌の単離及び同定
(1)乳酸菌の単離
本発明の乳酸菌(本乳酸菌)は、次の方法で石鎚黒茶より単離した。
【0090】
(1-1)石鎚黒茶の調製
栽培した茶(ツバキ科チャ)の葉を枝ごと収穫し、蒸し器に入る程度の長さに切断した(摘採)。水で洗浄した後、枝ごと蒸し器に入れ、1時間蒸煮した(殺青)。蒸煮した茶葉から枝を取り除き、桶に詰め、蓋をした。桶にブルーシートを被せ、山間の冷涼な環境下で、一次発酵(好気的カビ発酵)を1週間行った(カビ付け)。白いカビが発生し、十分に発酵した茶葉を桶から取り出し、手でよく揉んだ(揉捻)。茶葉をビニール袋に入れ、十分に空気を抜きながら容器に詰めた後、上に重石と漬物蓋をのせ、二次発酵(嫌気的バクテリア発酵)を2週間行った。
【0091】
(1-2)本乳酸菌の単離
前記で調製した二次発酵後の茶葉から、非特許文献3の記載に従って乳酸菌を単離した。
具体的には、二次発酵後の湿った茶葉を滅菌蒸留水に添加し、滅菌蒸留水で段階希釈した。希釈液をMRS寒天培地に塗抹し、37℃で2日間嫌気的条件で培養した。培養環境における嫌気的条件の作製には、酸素吸収・炭酸ガス発生剤であるアネロパック(登録商標)・ケンキ(三菱ガス化学社製)を用いた。具体的には、製品のアルミ袋を破って中の小袋を培養環境に置いて、嫌気的条件を作製した。培養後、単独コロニーを釣菌して、MRS液体培地に接種し、37℃で一晩培養した。
斯くして単離した本乳酸菌(以下、これを「IYO1739」とも称する)のMRS培養物を試料として、下記の方法により、単離菌の菌種を同定した。
【0092】
(2)本乳酸菌の同定
本乳酸菌(IYO1739)の分類学的な性質(菌学的性質:形態的性質、生理学的特徴、炭素源資化性)は次のとおりであった。なお、これらの性質は、上記で単離した本乳酸菌(IYO1739)をMRS液体培地を用いて37℃で、好気的条件で一晩静置培養した後に評価した。
【0093】
(2-1)菌学的性質
(i)形態的性質
(a)コロニーの色:白色
(b)コロニー形状:円形(半球状)直径約1.0mm
(c)細胞形態:桿菌(大きさ:0.3~1μm×1.5~4μm程度)
(d)胞子形成:なし
【0094】
(ii)生理学的特徴
(a)グラム染色:陽性
(b)カタラーゼ活性:陰性
(c)運動性:なし
(d)芽胞形成:なし
(e)酵素に対する態度:通性嫌気性
(f)生育温度(至適生育温度):25℃~37℃(好ましくは37℃)
(g)10℃での生育:生育不可
(h)45℃での生育:生育不可
(i)生育pH(至適pH):pH3~10(好ましくはpH6.0)
(j)乳酸発酵:ホモ型
(k)グルコースからのガス発生:なし
(l)乳酸旋光性:D及びL
【0095】
(iii)炭素源資化性
細菌同定検査キット(「アピ50CHL培地」シスメックス・ビオメリュー社製)を用い、37℃で48時間培養して表3に記載する炭素源の資化性を評価した。結果を表3に示す。
表3中、「+」は資化性があること(培地の色:黄色)を、「±」はごくわずかに資化性があること(培地の色:緑色)を、「-」は資化性がないこと(培地の色:紫色)を意味する。
【0096】
【表3】
【0097】
表3に記載するように、本乳酸菌(IYO1739)は、D-Xyloseに対して糖資化能を有する点で、公知のL.ムダンジャンゲンシスに属する乳酸菌(DSM28402T)と相違していた。また、D-Xylose、D-Sorbose、D-Sorbitol、及びD-Turanoseに対して糖資化能を有し、且つL-Arabinose、Methyl-α-D-Mannopyranoside、Methyl-α-D-Glucopyranoside、D-Melibiose、及びD-Rafinoseに糖資化能を有しない点で、公知のL.プランタラムに属する乳酸菌(IYO1653)と相違していた。
【0098】
(2-2)16SrRNA遺伝子による相同性検索
上記の方法により石鎚黒茶から単離した本乳酸菌(IYO1739)について、定法に従って16SrRNA遺伝子解析を行った。得られた本乳酸菌(IYO1739)の16SrRNAの塩基配列(配列番号1)をもとに、BLAST(NCBIのDNAデータベース)を用いてホモロジー検索を行った。その結果、本乳酸菌は登録されている既存のL.ムダンジャンゲンシス11050T(L. mudanjiangensis 11050T)(株名:DSM28402T)(Accession No. HF679037)と100%の相同性を有していた。
【0099】
(2-3)総括
本乳酸菌(IYO1739)の上記諸性質を、非特許文献4の記載に照らし、また、上記16SrRNA遺伝子による相同性検索の結果から、本乳酸菌(IYO1739)は、L.ムダンジャンゲンシスに属する菌株であると同定された。そこで、本乳酸菌(IYO1739)をLactiplantibacillus mudanjiangensis IYO1739と命名し、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8に住所を有する独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に「識別の表示:IYO1739」という名称で2023年7月5日(受託日)付けで国内寄託した(受託番号:NITE P-03937)。
【0100】
実験例2 乳酸菌の生育温度の評価
L.ムダンジャンゲンシスに属する本乳酸菌(IYO1739)及び公知の乳酸菌(DSM28402T)について、生育温度を評価した。
【0101】
(1)測定方法
本乳酸菌(IYO1739)及び公知の乳酸菌(DSM28402T)を、MRS液体培地を用いて、それぞれ37℃及び30℃で24時間、前培養した。得られた前培養液を、それぞれ新しいMRS液体培地に1%濃度になるように植菌し、25℃~37℃の温度条件(25℃、30℃、37℃)で培養し、経時的(培養から2、4、6、8及び10時間後)に培養液を採取して菌体濃度を測定し、各乳酸菌の生育状況を確認した。これらの培養は、好気的条件で実施した。なお、培養液中の菌体濃度の測定は、経時的に採取した培養液を採取して620nmの吸光度(OD620)を計測することにより行った。
【0102】
(2)測定結果
本乳酸菌(IYO1739)及び公知の乳酸菌(DSM28402T)について行った実験結果を、それぞれ図1(A)及び(B)に示す。図1(A)に示すように、本乳酸菌(IYO1739)は37℃の培養温度で最もよく生育(増殖)することが確認された。これに対して、公知の乳酸菌(DSM28402T)は、30℃及び37℃での生育状態に差異はないものの、いずれの温度条件であっても、本乳酸菌(IYO1739)の37℃での生育よりも劣ることが確認された。この結果から、本乳酸菌(IYO1739)の生育温度は25~37℃、好ましい生育温度は30~37℃、より好ましい生育温度(生育至適温度)は37℃であることが確認された。
【0103】
実験例3 培養細胞に対する乳酸菌の付着性評価
乳酸菌4株(L.ムダンジャンゲンシスに属する本乳酸菌IYO1739及びDSM28402T、並びにL.プランタラムに属するIYO1653及びJCM1149T)、及びIYO1739の加熱処理菌体(以下、「IYO1739H」とも称する)について、ヒトケラチノサイト由来細胞(正常ヒト表皮角化細胞)に対する付着性を評価した。
【0104】
(1)培養細胞の調製
正常ヒト表皮角化細胞は、12ウェルプレートを用いて、HuMedia-KG2に2×105 cells/mlの濃度になるように播種し、CO2インキュベーター内で5%CO2下、37℃、5日間培養し、約80%コンフルエントの状態とした。
【0105】
(2)乳酸菌の菌液調製
本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149T は37℃にて、MRS液体培地で培養した。培養菌液を7,000×gで10分間遠心分離して集菌し、滅菌蒸留水で1回洗浄した。滅菌蒸留水に再懸濁して菌数をカウントし、HuMedia-KG2で1×107 cells/mlとなるように菌液を調製した。また、調製した本乳酸菌IYO1739の菌液をブロックヒーターで99℃で30分間加熱処理して、IYO1739Hを調製した。
【0106】
(3)実験方法1(付着菌数評価)
(1)で約80%コンフルエントにしたwell中の培養細胞液から培養液を除き、これに(2)で調製した菌液を1ml/wellの割合で添加し、CO2インキュベーター内にて5%CO2下37℃で保持した。2時間後にアスピレーターで菌懸濁液を吸引除去し、1mlの滅菌PBSを添加した。マイルドミキサーを用いて滅菌PBSで3回、5分間ずつ洗浄した。HuMedia-KG2を加え、さらにCO2インキュベーター内にて5%CO2下37℃で4時間保持した。滅菌蒸留水を2ml/wellの割合で添加し、マイルドミキサーで10分保持し細胞をバーストさせたのち、液を回収し、滅菌PBSで10倍ずつ段階希釈した。段階希釈液100μlをMRS寒天培地に塗抹し、嫌気ジャーに入れ、37℃で1~2日間培養したのち、生じたコロニーを計数した。
【0107】
(4)実験方法2(細胞染色試験)
正常ヒト表皮角化細胞は、滅菌した丸型スライドグラスを入れた12ウェルプレートを用いて、HuMedia-KG2に2×105 cells/mlの濃度になるように播種し、CO2インキュベーター内で5%CO2下、37℃、5日間培養し、約80%コンフルエントの状態とした。
上記で約80%コンフルエントにしたwell中の培養細胞液から培養液を除き、これに(2)で調製したIYO1739又はIYO1739Hの菌液を1ml/wellの割合で添加し、CO2インキュベーター内にて5%CO2下37℃で保持した。2時間後にアスピレーターで菌懸濁液を吸引除去し、1mlの滅菌PBSを添加した。マイルドミキサーを用いて滅菌PBSで3回、5分間ずつ洗浄した。100%エタノールを1ml/wellの割合で添加し、室温で30分間保持し、細胞を固定した。蒸留水で50倍希釈したギムザ染色液を1ml/wellの割合で添加し、室温で1時間保持した。染色液を除去し、蒸留水で1回洗浄し、風乾させたのち、細胞面を下にしてスライドガラスに封緘し、顕微鏡で観察した。
【0108】
(5)実験結果
本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tについて、正常ヒト表皮角化細胞に対して付着した菌数を図2(A)に示す。また、本乳酸菌IYO1739及びIYO1739Hについて、正常ヒト表皮角化細胞に対する付着性を細胞染色試験により評価した結果を、それぞれ図2(B)及び(C)に示す。
図2(A)に示すように、本乳酸菌IYO1739は、DSM28402T、IYO1653、及びJCM1149Tと比較して、正常ヒト表皮角化細胞に対して高い付着性を有することが確認された。特に、本乳酸菌IYO1739の正常ヒト表皮角化細胞への付着性は、同属の乳酸菌であるDSM28402Tの2倍以上も高く、 L. plantarumに属する乳酸菌であるIYO1653、及びJCM1149Tの100倍近くも高いことが確認された。
図2(B)及び(C)に示すように、本乳酸菌IYO1739(生菌)及びIYO1739H(死菌)の正常ヒト表皮角化細胞への付着性は、生菌及び死菌の別に関わらず同じであり、両者は正常ヒト表皮角化細胞に高い付着性を有することが確認された。
【0109】
実験例4 ケラチノサイトにおける遺伝子発現解析
乳酸菌4株(本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、 JCM1149T)を正常ヒト表皮角化細胞に添加して培養し、抗酸化関連酵素遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子、コラーゲン関連遺伝子、及びケラチノサイト分化関連遺伝子に与える影響を検証した。ターゲット遺伝子として、抗酸化関連酵素であるヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)の遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素であるヒアルロン酸合成酵素1(HAS1)の遺伝子及びヒアルロン酸合成酵素3(HAS3)の遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素であるスフィンゴミエリン合成酵素1(SGMS1)の遺伝子、スフィンゴミエリン合成酵素2(SGMS2)の遺伝子及びスフィンゴミエリンホスホジエステラーゼ1(SMPD1)の遺伝子、コラーゲン関連遺伝子であるI型コラーゲン(Colla1)遺伝子、並びにケラチノサイト分化関連遺伝子であるインボルクリン(Involucrin)遺伝子及びトランスグルタミナーゼ-1(TGM-1)遺伝子を用いた。
実験例4~7において、統計解析として2試験区間を比較する場合はStudentのt検定を行い、3群以上を比較する場合は一元配置分散分析ならびにその事後検定としてDunnett検定またはTukey検定を行い、有意水準p<0.05を有意差ありとした。
【0110】
(1)実験方法
実験例3の(1)と同様に、約80%コンフルエントとした正常ヒト表皮角化細胞に、各乳酸菌の菌液を添加して、CO2インキュベーター内にて5%CO2下37℃で保持し、培養した。対照実験として、菌液に代えてHuMedia-KG2を添加して同様に培養した。培養から4時間後及び24時間後に細胞から、RNeasy Plus Mini Kit(キアゲン社製)を用いて、キット添付のプロトコルに従いmRNAを回収した。回収したmRNAからPrimeScriptTM RT Master Mix (Perfect Real Time)(タカラバイオ社製)を用いてcDNAを得た。このcDNAを鋳型とし、TB Green Premix Ex Taq II (Tli RNaseH Plus)(タカラバイオ社製)を用いてThermal Cycler Dice Real Time System III(タカラバイオ社製)によりリアルタイムPCRを行った。ターゲット遺伝子のプライマーは、タカラバイオ社で合成したものを用いた。
【0111】
(2)実験結果
各乳酸菌で処理した正常ヒト表皮角化細胞におけるHO-1遺伝子の発現量を比較した結果を図3に示す。図3において、**は有意差水準p<0.01を示す。これからわかるように、本乳酸菌IYO1739により正常ヒト表皮角化細胞中のHO-1遺伝子の発現量が有意に増加することが確認された。一方、他の乳酸菌(DSM28402T、IYO1653、JCM1149T)ではこうした作用は認められなかった。
【0112】
各乳酸菌で処理した正常ヒト表皮角化細胞におけるHAS1遺伝子及びHAS3遺伝子の発現量を比較した結果を図4(A)及び(B)に示す。図4(A)及び(B)において、*は有意差水準p<0.05、**は有意差水準p<0.01を示す。図4(A)に示すように、正常ヒト表皮角化細胞中のHAS1遺伝子の発現量は本乳酸菌IYO1739又はDSM28402Tにより増加したが、L.プランタラムに属する乳酸菌(IYO1653、JCM1149T)では増加は認められなかった。一方、図4(B)に示すように、正常ヒト表皮角化細胞中のHAS3遺伝子の発現量は本乳酸菌IYO1739のみならず、その他全ての乳酸菌によっても有意に増加した。
【0113】
各乳酸菌で処理した正常ヒト表皮角化細胞におけるSGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及びSMPD1遺伝子の発現量を比較した結果を、図5(A)、(B)及び(C)に示す。図5(A)、(B)及び(C)において、*は有意差水準p<0.05、**は有意差水準p<0.01を示す。図5(A)に示すように、正常ヒト表皮角化細胞中のSGMS1遺伝子の発現量は培養24時間後において、IYO1739、DSM28402T、又はIYO1653によっていずれも増加したものの、本乳酸菌IYO1739による処理によって最も多く増加した。また図5(B)に示すように、正常ヒト表皮角化細胞中のSGMS2遺伝子の発現量はIYO1739、又はDSM28402Tによって増加したものの、本乳酸菌IYO1739による処理によって最も多く増加した。さらに図5(C)に示すように、正常ヒト表皮角化細胞中のSMPD1遺伝子の発現量は本乳酸菌IYO1739又はDSM28402Tによって増加したものの、本乳酸菌IYO1739による処理によって最も多く増加した。
【0114】
各乳酸菌で処理した正常ヒト表皮角化細胞におけるColla1遺伝子の発現量を比較した結果を図6に示す。これからわかるように、Colla1遺伝子の発現量は、培養24時間後において、本乳酸菌IYO1739を始めとする全ての乳酸菌の処理によって増加傾向が見られ、特に本乳酸菌IYO1739による増加傾向は、同属の乳酸菌であるDSM28402Tによる増加傾向よりも高かった。
【0115】
各乳酸菌で処理した正常ヒト表皮角化細胞におけるInvolucrin遺伝子の発現量を比較した結果を図7に示す。図7において、*は有意差水準p<0.05、**は有意差水準p<0.01を示す。これからわかるように、Involucrin遺伝子の発現量は、培養4時間後において、IYO1739、DSM28402T、又はJCM1149Tによって有意に増加したものの、本乳酸菌IYO1739によって最も多く増加した。
【0116】
各乳酸菌で処理した正常ヒト表皮角化細胞におけるTGM-1遺伝子の発現量を比較した結果を図8に示す。図8において、*は有意差水準p<0.05、**は有意差水準p<0.01を示す。これからわかるように、TGM-1遺伝子の発現量は、培養4時間及び24時間後において、IYO1739又はDSM28402Tによって有意に増加したものの、本乳酸菌IYO1739によって最も多く増加した。
【0117】
以上のことから、本乳酸菌IYO1739は、正常ヒト表皮角化細胞における抗酸化関連酵素遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子、コラーゲン関連遺伝子、及びケラチノサイト分化関連遺伝子の発現量をいずれも増加させる作用を有し、その作用は、同属の乳酸菌であるDSM28402Tよりも高いことが確認された。
【0118】
実験例5 加熱処理菌体を用いた遺伝子発現解析
本乳酸菌IYO1739、又はIYO1739Hを正常ヒト表皮角化細胞に添加して培養し、抗酸化関連酵素遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子、及びケラチノサイト分化関連遺伝子に与える影響を検証した。ターゲット遺伝子として、抗酸化関連酵素遺伝子としてHO-1遺伝子;ヒアルロン酸合成酵素遺伝子としてHAS1遺伝子、HAS3遺伝子;、スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子としてSGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子、SMPD1遺伝子;及びケラチノサイト分化関連遺伝子としてTGM-1遺伝子を用いた。
【0119】
(1)実験方法
実験例3の(2)と同様にして調製した本乳酸菌IYO1739とIYO1739Hの菌液を用いて、実験例4の(1)と同様にして遺伝子を調製し、遺伝子発現を解析した。
【0120】
(2)実験結果
本乳酸菌IYO1739又はIYO1739Hで処理した正常ヒト表皮角化細胞におけるHO-1遺伝子の発現量を比較した結果を図9(A);HAS1遺伝子及びHAS3遺伝子の発現量を比較した結果を、それぞれ図9(B)及び(C);SGMS1遺伝子、SGMS2遺伝子及びSMPD1遺伝子の発現量を比較した結果を、それぞれ図9(D)、(E)及び(F);TGM-1遺伝子の発現量を比較した結果を図9(G)に示す。各図9において、**は有意差水準p<0.01を示す。これらの図からわかるように、IYO1739Hにより、正常ヒト表皮角化細胞中の抗酸化関連酵素(HO-1)遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素(HAS1及びHAS3)遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素(SGMS1、SGMS2及びSMPD1)遺伝子、及びケラチノサイト分化関連遺伝子(TGM-1遺伝子)の発現量はIYO1739と同様に有意に増加することが確認された。
【0121】
以上のことから、本乳酸菌IYO1739の加熱処理菌(死菌)であるIYO1739Hは、正常ヒト表皮角化細胞における抗酸化関連酵素遺伝子、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子、スフィンゴ脂質合成酵素遺伝子及びケラチノサイト分化関連遺伝子の発現量を有意に増加する作用を有し、その作用は、本乳酸菌IYO1739(生菌)と同程度であることが確認された。
【0122】
実験例6 一重項酸素による細胞内酸化ストレスに対する乳酸菌の影響
エンドパーオキサイドを細胞に作用させると一重項酸素による細胞内酸化ストレスを発生させることが出来る。一重項酸素は紫外線(UV-A)の皮膚への照射により発生し、皮膚への酸化ストレスを通して、メラノサイトの増加やシミ・しわの増加を引き起こす。
この実験では、ヒトケラチノサイト由来細胞(正常ヒト表皮角化細胞)に対して本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、JCM1149T、又はIYO1739Hを投与した後、エンドパーオキサイドとしてEP試薬を添加し、細胞内のROSレベルを調べることで、酸化ストレスへの影響を調べた。
【0123】
(1)実験方法
実験例3の(1)と同様に、約80%コンフルエントとした正常ヒト表皮角化細胞に、各乳酸菌の菌液を添加して、CO2インキュベーター内にて5%CO2下37℃で2時間保持し、培養した。対照実験として、菌液に代えてHuMedia-KG2を添加して同様に培養した(コントロール群)。培養2時間後にアスピレーターで菌懸濁液を吸引除去し、1mlの滅菌PBSを添加した。マイルドミキサーを用いて滅菌PBSで3回、5分間ずつ洗浄した。滅菌PBSを除き、HuMedia-KG2を加え、さらに5%CO2下37℃のCO2インキュベーター内で4時間インキュベートした。
培地を吸引除去し、0.1mMのエンドパーオキサイド(EP)を含むHuMedia-KG2又はEPを含まないHuMedia-KG2を添加して、CO2インキュベーター内で37℃にて1時間保持した。次いで、培地を吸引除去し、細胞浸透性蛍光プローブDCFH-DAを含むHuMedia-KG2を添加し、30分間インキュベートした。その後細胞を回収し、FACS(fluorescence-activated cell sorting)でDCF の蛍光(励起波長480 nm/蛍光波長530 nm)を測定した。
【0124】
(2)実験結果
本乳酸菌IYO1739、DSM28402T、IYO1653、JCM1149T、又は IYO1739Hで処理した正常ヒト表皮角化細胞、及びコントロール群の正常ヒト表皮角化細胞について、EP添加後の細胞内のROSレベルを、EP非添加(EP濃度0mM)と比較した結果を図10に示す。図10に示すよう、コントロール群及びDSM28402TではEPの添加によって細胞内ROSレベルが増加する傾向が確認された。これに対して、本乳酸菌IYO1739、IYO1653、JCM1149T、及びIYO1739Hでは、EPの添加によって細胞内ROSレベルが減少する傾向が確認された。
また、正常ヒト表皮角化細胞を本乳酸菌IYO1739又は IYO1739Hで処理することにより、EPを添加した場合の細胞内ROSレベルが、EPを添加しない場合と比較して減少することが確認された。これに対して、同属の乳酸菌であるDSM28402Tの処理では、EP添加により細胞内ROSレベルは減少せず、むしろ増加することが確認された。
【0125】
この結果から、ヒトケラチノサイト由来細胞は、本乳酸菌IYO1739、又はその加熱処理菌であるIYO1739H(死菌)で処理することで、細胞内酸化ストレスに強くなるものと考えられる。前述するように、この作用効果は同属乳酸菌であるDSM28402Tでは認められず、生菌及び死菌の別に関わらず、本乳酸菌IYO1739特有のものであることが確認された。
【0126】
実験例7 ケラチノサイトにおけるヒアルロン酸産生に対する乳酸菌の影響
正常ヒト表皮角化細胞に6時間乳酸菌を作用させて、ヒアルロン酸産生に対する影響を評価した。乳酸菌として、本発明IYO1739、DSM28402T、IYO1653及びJCM1149Tを用いた。
【0127】
(1)実験方法
実験例3の(1)と同様に、約80%コンフルエントとした正常ヒト表皮角化細胞に、各乳酸菌の菌液を添加して、CO2インキュベーター内にて5%CO2下37℃で2時間保持し、培養した。対照実験として、菌液に代えてHuMedia-KG2を添加して同様に培養した。培養2時間後にアスピレーターで菌懸濁液を吸引除去し、1mlの滅菌PBSを添加した。マイルドミキサーを用いて滅菌PBSで3回、5分間ずつ洗浄した。滅菌PBSを除き、HuMedia-KG2を加え、さらに5%CO2下37℃のCO2インキュベーター内で6時間インキュベートした。培養から6時間後に培養上清300μlを回収して、培養上清中のヒアルロン酸量を、Hyaluronan Quantification Kitを用いて定量した。
【0128】
(2)実験結果
結果を図11に示す。図11において、**は有意差水準p<0.01を示す。
対照(Control)と比べて、L.ムダンジャンゲンシスに属する本乳酸菌IYO1739を作用させることで、正常ヒト表皮角化細胞におけるヒアルロン酸の産生量が有意に増加することが確認された。これに対して、同じ乳酸菌に属するDSM28402T、並びにL. plantarumに属する乳酸菌であるIYO1653及びJCM1149Tには、ヒアルロン酸の産生能は認められなかった。
【0129】
実験例8 本乳酸菌による発酵飲食物の製造
(1)実験方法
殺菌済みの豆乳(有機豆乳無調整)(マルサンアイ社製)に本乳酸菌IYO1739を植菌(1%)し、その至適温度(37℃)で8時間培養し、本乳酸菌IYO1739を活性化させた(スターター)。次いで、別途用意した殺菌済みの豆乳に、上記で調製したスターターを植菌し、37℃の条件で8時間発酵させた後、冷却(4℃)を開始し、発酵を抑えることで発酵物を得た。得られた発酵物のpHを下記の方法により、測定した。
[pHの測定]
発酵物中のpHは、発酵物を10℃に調整したうえで、pHメーターF-52(堀場製作所社製)を用いて測定した。
【0130】
(2)実験結果
発酵物のpHは4.81であった。発酵物はカードを形成し、適度な酸味と良好な風味を有しており、発酵飲食物(豆乳ヨーグルト)として好適であることが確認された。
【配列表フリーテキスト】
【0131】
配列番号1は、Lactiplantibacillus mudanjiangensisに属する菌株と同定された本乳酸菌の16SrRNA遺伝子の塩基配列を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
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