(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025149713
(43)【公開日】2025-10-08
(54)【発明の名称】リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体、修復材料、医療機器、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/32 20060101AFI20251001BHJP
A61L 27/42 20060101ALI20251001BHJP
A61K 6/818 20200101ALI20251001BHJP
A61K 6/838 20200101ALI20251001BHJP
【FI】
A61L27/32
A61L27/42
A61K6/818
A61K6/838
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024050521
(22)【出願日】2024-03-26
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】横井 太史
(72)【発明者】
【氏名】川下 将一
(72)【発明者】
【氏名】関野 徹
(72)【発明者】
【氏名】後藤 知代
(72)【発明者】
【氏名】金高 弘恭
(72)【発明者】
【氏名】陳 鵬
【テーマコード(参考)】
4C081
4C089
【Fターム(参考)】
4C081AB03
4C081AB04
4C081AB05
4C081AB06
4C081BA12
4C081BA13
4C081BB08
4C081CF011
4C081CF021
4C081CF031
4C081CF161
4C081CF22
4C081DC01
4C081EA04
4C081EA15
4C089AA06
4C089BA05
4C089BA16
4C089CA10
(57)【要約】
【課題】高い強度を有し、且つ、低い弾性率を有するアパタイト-酸化ジルコニウム複合体、修復材料、医療機器、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法を提供する。
【解決手段】リン酸三カルシウムと式(1):Ca
s(PO
4)
t(X)
uで表されるアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と酸化ジルコニウムとを含む(式(1)中、XはOH及びCO
3からなる群から選択される少なくとも1種を表し、sは8~10の数を表し、tは4~6の数を表し、uは1~2の数を表す。)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と、酸化ジルコニウムと、を含むリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
式(1):Cas(PO4)t(X)u
(式(1)中、
XはOH及びCO3からなる群から選択される少なくとも1種を表し、
sは8~10の数を表し、
tは4~6の数を表し、
uは1~2の数を表す。)
【請求項2】
前記原料複合体と前記酸化ジルコニウムの合計量に対して、前記原料複合体を5質量%~50質量%で含む、請求項1に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項3】
前記酸化ジルコニウムは、酸化物を固溶させた安定化ジルコニアである、請求項1に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項4】
前記酸化物は、酸化イットリウム、酸化セシウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項3に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項5】
前記酸化ジルコニウムは、主として正方晶である、請求項1に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項6】
前記酸化ジルコニウムは、複合体の断面において島状を呈し、前記原料複合体は、当該断面において前記酸化ジルコニウムの周囲の少なくとも一部を囲うように配されている、請求項1に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項7】
前記原料複合体は、前記リン酸三カルシウム及び前記アパタイトを含む層と前記炭素原子を含む層との積層構造である、請求項1に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項8】
最大曲げ強度が320MPa以上である、請求項1に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項9】
ヤング率が170GPa以下である、請求項1に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
【請求項10】
請求項1~請求項9のいずれか1項に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体、を含む修復材料。
【請求項11】
骨又は歯の治療に使用される、請求項10に記載の修復材料。
【請求項12】
請求項10又は請求項11に記載の修復材料、を含む医療機器。
【請求項13】
リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と酸化ジルコニウムとを成形して成形体を得る工程と、
前記成形体を焼成する工程と、
を有するリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
式(1):Cas(PO4)t(X)u
(式(1)中、
XはOH及びCO3からなる群から選択される少なくとも1種を表し、
sは8~10の数を表し、
tは4~6の数を表し、
uは1~2の数を表す。)
【請求項14】
前記成形体を得る工程と前記焼成する工程とを放電プラズマ焼結法により同時に実施する、請求項13に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
【請求項15】
前記原料複合体と前記酸化ジルコニウムの合計量に対して、前記原料複合体を5質量%~50質量%とする、請求項13に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
【請求項16】
前記酸化ジルコニウムは、酸化物を固溶させた安定化ジルコニアである、請求項13に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
【請求項17】
前記酸化物は、酸化イットリウム、酸化セシウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項16に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
【請求項18】
前記酸化ジルコニウムが主として正方晶となる、請求項13に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体、修復材料、医療機器、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水酸アパタイト(HAp)などのリン酸カルシウムは、骨の無機主成分と組成が類似していることから、医療材料、例えば人工骨等の材料として広く研究されている。非特許文献1には、リン酸三カルシウムと特定の化学式で表されるアパタイトと炭素原子とを含む複合体が開示されている。非特許文献1によれば、2価のカルボン酸イオンを有する特定の化学式で表されるリン酸八カルシウムを焼成することで、上記複合体を製造できることが開示されている。非特許文献1に開示された複合体は、上記リン酸三カルシウムと特定の化学式で表されるアパタイトの層と、上記炭素原子の層とが積層構造を呈し、これにより割れにくいといった特徴を有している。
【0003】
一方、ジルコニアとも称される酸化ジルコニウムは、常圧での融点が2715℃と高いため耐熱性セラミックスの材料として利用されている。酸化ジルコニウムは、結晶構造の相転移に伴って体積変化を起こすことに特徴がある。また、酸化ジルコニウムは、酸化イットリウム等の酸化物を固溶させると、室温において立方晶及び正方晶が安定又は準安定となる。このように、酸化物により安定化された酸化ジルコニウムは、その電気特性から、良好な伝導体として利用されている。また、酸化物により安定化された酸化ジルコニウムは、その優れた力学的特性から、人工歯根などの医療分野にも利用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Karen Kuroyama,et al.(2023)、Science and Technology of Advanced Materials,24:1,2261836
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
人工骨、人工歯根、これらとともに使用される医療機器等を形成するための材料としては、上述のようにリン酸カルシウムや酸化ジルコニウムが使用されてきた。これら材料については、強度及び弾性率が生体に内在する骨と同等であることが求められる。従来公知のリン酸カルシウム及びリン酸カルシウム複合体は、生体に内在する骨と比べると、十分に高い強度及び十分に低い弾性率をともに満足するものではないといった問題があった。
そこで、本開示は、従来公知のリン酸カルシウム及びリン酸カルシウム複合体よりも高い強度を有し、且つ、低い弾性率を有する、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体、修復材料、医療機器、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するため鋭意検討した結果、リン酸三カルシウムと特定の構造を有するアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と酸化ジルコニウムとの複合体が、高い強度を有し、且つ、低い弾性率を有することを見出し、本開示を完成するに至った。
【0007】
本開示は、以下を包含する。
<1> リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と、酸化ジルコニウムと、を含むリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
式(1):Cas(PO4)t(X)u
(式(1)中、
XはOH及びCO3からなる群から選択される少なくとも1種を表し、
sは8~10の数を表し、
tは4~6の数を表し、
uは1~2の数を表す。)
<2> 前記原料複合体と前記酸化ジルコニウムの合計量に対して、前記原料複合体を5質量%~50質量%で含む、<1>に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<3> 前記酸化ジルコニウムは、酸化物を固溶させた安定化ジルコニアである、<1>又は<2>に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<4> 前記酸化物は、酸化イットリウム、酸化セシウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選択される少なくとも1つである、<3>に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<5> 前記酸化ジルコニウムは、主として正方晶である、<1>~<4>のいずれか1つに記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<6> 前記酸化ジルコニウムは、複合体の断面において島状を呈し、前記原料複合体は、当該断面において前記酸化ジルコニウムの周囲の少なくとも一部を囲うように配されている、<1>~<5>のいずれか1つに記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<7> 前記原料複合体は、前記リン酸三カルシウム及び前記アパタイトを含む層と前記炭素原子を含む層との積層構造である、<1>~<6>のいずれか1つに記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<8> 最大曲げ強度が320MPa以上である、<1>~<7>のいずれか1つに記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<9> ヤング率が170GPa以下である、<1>~<8>のいずれか1つに記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体。
<10> <1>~<9>のいずれか1つに記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体、を含む修復材料。
<11> 骨又は歯の治療に使用される、<10>に記載の修復材料。
<12> <10>又は<11>に記載の修復材料、を含む医療機器。
<13> リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と酸化ジルコニウムとを成形して成形体を得る工程と、
前記成形体を焼成する工程と、
を有するリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
式(1):Cas(PO4)t(X)u
(式(1)中、
XはOH及びCO3からなる群から選択される少なくとも1種を表し、
sは8~10の数を表し、
tは4~6の数を表し、
uは1~2の数を表す。)
<14> 前記成形体を得る工程と前記焼成する工程とを放電プラズマ焼結法により同時に実施する、<13>に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
<15> 前記原料複合体と前記酸化ジルコニウムの合計量に対して、前記原料複合体を5質量%~50質量%とする、<13>又は<14>に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
<16> 前記酸化ジルコニウムは、酸化物を固溶させた安定化ジルコニアである、<13>に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
<17> 前記酸化物は、酸化イットリウム、酸化セシウム、酸化カルシウム及び酸化マグネシウムからなる群より選択される少なくとも1つである、<16>に記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
<18> 前記酸化ジルコニウムが主として正方晶となる、<13>~<17>のいずれか1つに記載のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、高い強度を有し、且つ、低い弾性率を有するリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体、修復材料、医療機器、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体を模式的に示す断面図である。
【
図2A】実施例1の試料を撮像した走査型電子顕微鏡写真である。
【
図2B】比較例1の試料を撮像した走査型電子顕微鏡写真である。
【
図2C】比較例2の試料を撮像した走査型電子顕微鏡写真である。
【
図2D】比較例3の試料を撮像した走査型電子顕微鏡写真である。
【
図3A】実施例1の試料を撮像した走査型電子顕微鏡写真を拡大した写真である。
【
図4A】実施例1で作製した試料を撮像した走査型電子顕微鏡写真、同試料についてCaの分布を示す写真、及び同試料についてZrの分布を示す写真である。
【
図4B】比較例3で作製した試料を撮像した走査型電子顕微鏡写真、同試料についてCaの分布を示す写真、及び同試料についてZrの分布を示す写真である。
【
図5】実施例1、比較例1及び比較例2で作製した試料に関する細胞増殖試験の結果を示す特性図である。
【
図6】試験例1~試験例4で作製した試料に関するX線回折分析の結果を示す特性図である。
【
図7】試験例1~試験例4で作製した試料について、擬似体液を用いた骨結合能試験の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の一例である実施形態について説明する。これらの説明及び実施例は、実施形態を例示するものであり、発明の範囲を制限するものではない。
以下の実施形態において、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合を除き、必須ではない。数値及びその範囲についても同様であり、本開示を制限するものではない。例えば、本開示は、趣旨を逸脱しない範囲で、数、量、位置、比率、材料、構成、種類、順番等について、付加、省略、置換、変更等が可能である。
【0011】
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ最小値及び最大値として含まれる。
本開示中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において、各成分には、該当する物質が複数種含まれていてもよい。組成物等の中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合、各成分の含有率又は含有量は、特に断らない限り、組成物等の中に存在する当該複数種の物質の合計の含有率又は含有量を意味する。
本開示において「層」との語には、当該層が存在する領域を観察したときに、当該領域の全体に形成されている場合に加え、当該領域の一部にのみ形成されている場合も含まれる。
【0012】
<リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体>
本開示の一実施形態として示すリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と、酸化ジルコニウムとを含んでいる。
式(1):Cas(PO4)t(X)u
(式(1)中、XはOH及びCO3からなる群から選択される少なくとも1種を表し、sは8~10の数を表し、tは4~6の数を表し、uは1~2の数を表す。)
【0013】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、酸化ジルコニウムを含む領域と、当該領域の間に配された原料複合体を含む領域から構成されている。本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、生体に内在する骨に対する結合性を備えるとともに、高い強度を有し、且つ、低い弾性率を有する。特に、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体において酸化ジルコニウムを含む領域では、亀裂(クラック(Clack)とも称される)によって酸化ジルコニウムにおける応力誘起相転移が生じ、亀裂の進行が抑制される。また、原料複合体を含む領域では、劈開により、酸化ジルコニウムを含む領域で生じた亀裂の進行方向を偏向することができる。これら酸化ジルコニウムを含む領域における応力誘起相転移と、原料複合体を含む領域における亀裂の進行方向を偏向する作用により、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は高い靭性を備えることができる。
【0014】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、前記原料複合体と前記酸化ジルコニウムの合計量に対して、前記原料複合体を5質量%~50質量%とすることが好ましい。また、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体において、前記原料複合体の含有割合は特に、5質量%~40質量%とすることがより好ましく、5質量%~30質量%とすることが更に好ましく、5質量%~20質量%とすることが更に好ましく、8質量%~12質量%とすることが更に好ましい。本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体において、前記原料複合体の含有割合を上記範囲とすることで、より高い強度を有し、且つ、より低い弾性率を達成することができる。
【0015】
<原料複合体>
本開示に係る原料複合体は、リン酸三カルシウムと上記式(1)で表されるアパタイトと炭素原子とを含むため亀裂の偏向を可能とする原料複合体となる。その理由は、次の通り推測される。リン酸カルシウム層(リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイト)と炭素原子層とが層状構造を形成しており、その層間の結合力が弱いため、亀裂はリン酸カルシウム層を破壊せず、リン酸カルシウム層と炭素原子層とを剥離するように進展するためと考えられる。そのため、本開示に係る原料複合体は、上記構成により、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体に亀裂進展抑制の効果を付与していると推測される。
【0016】
(アパタイト)
原料複合体は、リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイト(以下式(1)で表されるアパタイトを「特定アパタイト」とも称する)を含む。
式(1):Cas(PO4)t(X)u
式(1)中、
XはOH及びCO3からなる群から選択される少なくとも1種を表し、
sは8~10の数を表し、
tは4~6の数を表し、
uは1~2の数を表す。
【0017】
上述した亀裂進展抑制の効果を発現する原料複合体とする観点から、特定アパタイトは式(1-A)で表されるアパタイトであることが好ましい。
式(1-A):Ca10(PO4)6(X)2
式(1-A)中XはOH及びCO3からなる群から選択される少なくとも1種を表す。
【0018】
特定アパタイトとしては、具体的には、Ca10(PO4)6(OH)2、Ca10(PO4)6(CO3)2、及びCa10(PO4)6(OH)(CO3)からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0019】
リン酸三カルシウムの結晶系は特に限定されず、α-リン酸三カルシウム、α’-リン酸三カルシウム及びβ-リン酸三カルシウムのいずれであってもよい。
【0020】
特定アパタイト及びリン酸三カルシウムの合計の含有量は、複合体全体に対して、90質量%以上であることが好ましい。
【0021】
複合体は、下記式(2)で表されるアパタイトを含んでもよい。
式(2):A10(B)6C2
式(2)中、AはSr、Ba、Zn、Mg、Mn、Fe、Ra、Na、K、Al、Y、Ce、Nd、La又はCであり、BはHPO4、PO4、CO3、CrO4、VO4、UO4、SO4、SiO4、GeO4又はCであり、CはOH、OD、F、Cl、Br、BO、CO3又はOである。
【0022】
(炭素原子)
原料複合体は、炭素原子を含む。ここで、炭素原子とは、特定アパタイト及び式(2)で表されるアパタイトに含まれる炭素原子以外の炭素原子(以下「特定炭素原子」とも称する)を意味する。
【0023】
特定炭素原子は、リン酸八カルシウムに導入したカルボン酸の熱分解によって生成したものであり、特定炭素原子同士が結合を形成し、炭素原子からなる化合物の状態で存在していることが好ましい。炭素原子からなる化合物としては、例えば、無定形炭素、グラファイトなどが挙げられる。
【0024】
特定炭素原子の含有量は、原料複合体全体に対して、1質量%以上10質量%以下であることが好ましい。
【0025】
(原料複合体の構造)
本開示に係る原料複合体は、リン酸三カルシウム及び特定アパタイト(すなわち、式(1)で表されるアパタイト)を含む層(リン酸カルシウム層)と、特定炭素原子を含む層と、が積層していることが好ましい。
本開示に係る原料複合体が上記積層構造を有することで、当該積層構造においてより亀裂進展抑制効果の高い原料複合体となる。その理由としては以下の通り推測される。
原料複合体に力が加わり、例えばリン酸カルシウム層に亀裂が生じても、特定炭素原子を含む層が存在することで生じた亀裂が原料複合体全体に広がりにくくなる。そしてこれらの層が積層していることで、亀裂がより広がりにくくなる。
【0026】
(原料複合体の製造方法)
本開示に係る原料複合体の製造方法は、下記式(3)で表される化合物を含む粉末状のリン酸八カルシウム(以下「特定リン酸八カルシウム」とも称する)を焼成する工程(焼成工程)を有する。
【0027】
(特定リン酸八カルシウム)
特定リン酸八カルシウムは、式(3)で表される化合物を含むリン酸八カルシウムである。
式(3):Ca8(HPO4)2-a(Y)a(PO4)4・nH2O
式(3)中、Yは、2価のカルボン酸イオンを表し、aは、0~1であり、nは0を超える数を表す。
【0028】
ここで2価のカルボン酸イオンとは、カルボキシラートアニオン(-COO-)を2つ有する2価のアニオンである。すなわち、2価のカルボン酸に含まれるカルボキシ基のプロトンが解離して得られる2価のアニオンである。
【0029】
2価のカルボン酸イオンとしては、後述の2価のカルボン酸に含まれるカルボキシ基のプロトンが解離して得られる2価のアニオンが挙げられる。
【0030】
2価のカルボン酸イオンとしては、イソフタル酸イオン、フタル酸イオン、2,2’-ビピリジン-5,5’-ジカルボン酸イオン、マロン酸イオン、コハク酸イオン、グルタル酸イオン、アジピン酸イオン、ピメリン酸イオン、スベリン酸イオン、アゼライン酸イオン、セバシン酸イオン、マレイン酸イオン、フマル酸イオン、リンゴ酸イオン、メルカプトコハク酸イオン、メチルコハク酸イオン、アスパラギン酸イオン、グルタミン酸イオン、などが挙げられる。
【0031】
亀裂進展抑制効果の高い原料複合体とする観点から、2価のカルボン酸イオンが、イソフタル酸イオン、コハク酸イオン又はスベリン酸イオンであることが好ましい。
【0032】
特定リン酸八カルシウムの具体例としては、例えば、Ca8(HPO4)2(C6H4(COO)2)1(PO4)4・nH2O、Ca8(HPO4)2(C2H4(COO)2)1(PO4)4・nH2O、Ca8(HPO4)2(C6H12(COO)2)1(PO4)4・nH2O等が挙げられる。
上記特定リン酸八カルシウムの具体例を示す式中、nは式(3)におけるnと同義である。
【0033】
(準備工程)
本開示に係る原料複合体の製造方法は、粉末状の特定リン酸八カルシウムを準備する工程を有してもよい。特定リン酸八カルシウムを準備する方法としては、2価のカルボン酸と、カルシウム塩と、リン酸と、を反応させる方法が挙げられる。
【0034】
2価のカルボン酸としては、2価の脂肪族カルボン酸及び2価の芳香族カルボン酸が挙げられる。2価の脂肪族カルボン酸とは、2つのカルボキシ基が飽和脂肪族炭化水素基(アルキル基)又は不飽和脂肪族炭化水素基(アルケニル基、若しくはアルキニル基)に結合した化合物である。2価の芳香族カルボン酸とは、2つのカルボキシ基が芳香族炭化水素に結合した化合物である。
【0035】
2価の脂肪族カルボン酸が有する炭化水素基(すなわち、飽和脂肪族炭化水素基又は不飽和脂肪族炭化水素基)の炭素数は1以上20以下であることが好ましく、2以上10以下であることがより好ましく、2以上6以下であることが更に好ましい。2価の芳香族カルボン酸が有する芳香族炭化水素としては、ベンゼン、ナフタレン、フェナントレンなどが挙げられ、ベンゼンであることが好ましい。
【0036】
2価の脂肪族カルボン酸としては、具体的には、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸等が挙げられる。2価の脂肪族カルボン酸は、側鎖に置換基を有していてもよい。置換基としてはメチル基、メルカプト基、ヒドロキシ基、アミノ基などが挙げられる。2価の芳香族カルボン酸としては、具体的には、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸等が挙げられる。2価のカルボン酸としては、亀裂進展抑制効果の高い原料複合体とする観点から、イソフタル酸、コハク酸又はスベリン酸であることが好ましい。
【0037】
カルシウム塩としては、例えば、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、酢酸カルシウム、塩化カルシウム等が挙げられる。
【0038】
2価のカルボン酸、カルシウム塩及びリン酸の添加量の比(2価のカルボン酸:カルシウム塩:リン酸)は、モル比で、1以上:8:5であることが好ましい。
【0039】
2価のカルボン酸と、カルシウム塩と、リン酸と、を反応させる方法としては、水中に2価のカルボン酸を添加した後、アンモニア水で2価のカルボン酸を含む溶液のpHを5~7に調整し、その後カルシウム塩及びリン酸を添加して撹拌する方法が挙げられる。
上記方法で2価のカルボン酸と、カルシウム塩と、リン酸と、を反応させた後、必要に応じて塩酸等で反応溶液のpHを4~6に調整して余剰のカルシウム塩等を除去したあとで、溶液中に含まれる沈殿をろ過及び乾燥することで、粉末状の特定リン酸八カルシウムを得ることが好ましい。
【0040】
(焼成工程)
焼成工程は、粉末状の特定リン酸八カルシウムを焼成する工程である。
焼成工程は、粉末状の特定リン酸八カルシウムを500℃以上1000℃以下の温度で、1時間以上48時間以下の間焼成することが好ましい。
【0041】
焼成工程は、窒素等の不活性ガスを流入しながら行うことが好ましい。
窒素等の不活性ガスの流速は、焼成工程に用いる加熱装置の大きさなどに応じて適宜調整することが好ましい。
加熱装置として、炉内寸法が直径30mm、長さ500mmの管状炉を用いる場合、窒素の流速は10mL/min以上20mL/min以下とすることが好ましい。
【0042】
加熱装置としては、上記温度で成形体を不活性ガス雰囲気中において加熱することができる加熱装置であれば特に限定されないが、マッフル炉、管状炉、雰囲気炉等のバッチ式炉;スクリューコンベヤ炉、トンネル炉、ベルト炉、プッシャー炉、竪型連続炉等の連続炉が挙げられる。
【0043】
<酸化ジルコニウム>
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体に含まれる酸化ジルコニウムは、ZrO2で表され、ジルコニアとも称される。酸化ジルコニウムとしては、特に限定されないが、酸化物を固溶させた安定化ジルコニアを使用することが好ましい。酸化物としては、酸化イットリウム(Y2O3)、酸化セシウム(Cs2O)酸化カルシウム(CaO)及び酸化マグネシウム(MgO)等を挙げることができる。酸化ジルコニウムは、常温から高温になるにつれて単斜晶、正方晶及び立方晶の順に結晶相が転移する(相転移)。安定化ジルコニアとは、常温において、立方晶又は正方晶となっている酸化ジルコニウムのことを意味する。なお、安定化ジルコニアは、全体が立方晶又は正方晶となっているものに限定されず、部分的に結晶相が立方晶又は正方晶となっており、残部が単斜晶となっている部分安定化ジルコニアも包含する意味である。
【0044】
なかでも、酸化ジルコニウムとしては、酸化イットリウム(Y2O3)を安定化剤として固溶して、主として正方晶である安定化ジルコニアを使用することが好ましい。主として正方晶である安定化ジルコニアは、特に限定さればいが、酸化ジルコニウムと酸化イットリウムの合計に対して、酸化イットリウムを1mol%~10mol%の範囲で固溶する、好ましくは1mol/%~8mol/%の範囲で固溶する、より好ましくは1mol/%~6mol/%の範囲で固溶する、さらに好ましくは1mol/%~4mol/%の範囲で固溶する、最も好ましくは1mol/%~3mol/%で固溶する、例えば約3mol/%で固溶することで取得することができる。
【0045】
なお、X線回折により酸化ジルコニウムの結晶相を分析し、単斜晶に基づくピーク、正方晶に基づくピーク及び立方晶に基づくピークについてそれぞれ強度を測定し、分析した酸化ジルコニウムに含まれる結晶相の割合を算出することができる。本開示において、酸化ジルコニウムが主として正方晶であるとは、上述のように算出した結晶相の割合において、正方晶が90%以上であること、特に93%以上であること、95%以上であること、97%以上であること、99%以上であることを意味する。
【0046】
酸化ジルコニウムは、市販の酸化ジルコニウム製品を使用しても良いし、定法に従って作製したものであってもよい。市販の酸化ジルコニウム製品や定法に従って作製した酸化ジルコニウムには、原料に含まれる微量元素に由来する成分が含まれる。例えば、原料に含まれる微量元素としてはハフニウム、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、ニオブ等を挙げることができる。したがって、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体を作製する際に使用する、酸化ジルコニウムを含む原料には、これら微量元素に由来する成分を含んでいてもよい。
【0047】
<リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法>
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、リン酸三カルシウムと式(1)で表されるアパタイトと炭素原子とを含む原料複合体と酸化ジルコニウムとを成形して成形体を得る工程と、前記成形体を焼成する工程とにより製造することができる。この製造方法によれば、骨と同等の、高い強度を有し、且つ、低い弾性率を有するリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体を製造することができる。
【0048】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法において、前記原料複合体と前記酸化ジルコニウムの合計量に対して、前記原料複合体を5質量%~50質量%とすることが好ましい。また、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法において、前記原料複合体の含有割合は特に、5質量%~40質量%とすることがより好ましく、5質量%~30質量%とすることが更に好ましく、5質量%~20質量%とすることが更に好ましく、8質量%~12質量%とすることが更に好ましい。本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法において、前記原料複合体の含有割合を上記範囲とすることで、より高い強度を有し、且つ、より低い弾性率のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体を製造することができる。
【0049】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法において、原料複合体と酸化ジルコニウムとを成形して成形体を得る工程では、粉末化した原料複合体と粉末化した酸化ジルコニウムとを混合する。このとき、一般的に粉体を混合する混合器又は粉砕処理とともに粉体を混合できるミル装置を使用することができる。
【0050】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法において、原料複合体と酸化ジルコニウムとを成形して成形体を得る工程と、当該成形体を焼成する工程とは、放電プラズマ焼結法により同時に実施することができる。放電プラズマ焼結法(SPS法:Spark Plasma Sintering)とは、機械的な加圧とパルス通電加熱とによって、被加工物の焼結・接合・合成を行う加工法である。なお、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の製造方法では、SPS法を用いず、前記成形体を作製した後、当該成形体を焼成する方法でもよい。
【0051】
<リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の構造>
以上のように構成された、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、上述したように、酸化ジルコニウムを含む領域と、当該領域の間に配された原料複合体を含む領域を含んでいる。当該構造について理解するため、
図1に、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の断面図を模式的に示す。なお、
図1は、当該複合体の断面図を模式的に示すものであり、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の技術的範囲をなんら限定するものではない。
【0052】
図1に示すように、複合体の断面においては、酸化ジルコニウムを含む領域である領域R1が島状を呈し、前記原料複合体を含む領域である領域R2が当該断面において領域R1の周囲の少なくとも一部を囲うように配されている。本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体において領域R1に亀裂が生じると、酸化ジルコニウムの応力誘起相転移によって、亀裂の進行が抑制される。すなわち、
図1において模式的に示すと、亀裂Cが矢印A方向に進展するものの、亀裂Cにより酸化ジルコニウムに応力が負荷されることとなり、亀裂C近傍の正方晶が単斜晶に相転移する。この相転移に伴って体積が約4%増加するため、
図1における矢印B方向に圧力が負荷され、亀裂Cの進行が抑制される。また、亀裂Cが領域R2まで達したとしても、領域R2において、進行してきた亀裂Cを劈開により偏向することができる(
図1中矢印D)。これは、領域R2において、原料複合体がリン酸カルシウム層と炭素原子を含む層との積層構造であり、亀裂Cが積層方向に進展するよりも、層の間を劈開しやすいためである。このように、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体においては、領域R1における応力誘起相転移と、領域R2における亀裂Cの進行方向を偏向する作用により、高い靭性を備えることができる。
【0053】
<リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の物性>
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、上述した原料複合体にリン酸カルシウムを含むため、生体内の骨に対する結合性を備えることとなる。また、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、他のリン酸カルシウム及びリン酸カルシウム複合体と比較して生体内の骨に近い、高い強度及び低い弾性率を示すという特徴を有する。ここで、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の強度は、例えば、最大曲げ応力を他の材料と比較することで評価できる。また、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の弾性率は、例えば、ヤング率を他の材料と比較することで評価できる。
【0054】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体について、最大曲げ応力の測定手順は以下の通りである。まず、作製した焼成体を縦15mm×幅4mm×厚さ1.2mmの寸法に加工し試験片を作製した。作製した各試験片に対し、支点間距離10mmの条件で曲げ強度試験機(INSTRON5585、INSTRON、マサチューセッツ、米国)を用いて3点曲げ試験を行い、荷重変位を測定する(JISR1601 2008に一部準拠)。
また、超硬合金製丸棒を用いて支点間距離10mmの条件で3点曲げ試験を行い、曲げ治具の荷重変位を取得する。試験片の荷重変位から曲げ治具の荷重変位を差し引く数値処理を行い、測定データを得る。その際、測定データから試験片に荷重がかかる前までの範囲を取り除き、その後6次の多項式を用いて荷重変位曲線を近似し、近似式を算出する。近似式から係数を差し引く。次に、6次の多項式で近似した荷重変位曲線から以下の式を用いて応力-ひずみ曲線を作成する。
曲げひずみ=6hw/L2
曲げ応力=3PL/2bh2
ここで、上記式における変数は以下の通りである。
曲げ荷重:P、支点間距離:L、試験片の幅:b、試験片の厚さ:h、曲げ変位:w
この応力-ひずみ曲線の最大値をそれぞれ最大曲げひずみと最大曲げ応力とする。
【0055】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体についてヤング率の測定手順は以下の通りである。最大曲げひずみ及び最大曲げ応力の測定手順と同様にして得られる応力-ひずみ曲線のうち線形性が良好な範囲(すなわち、弾性域)を線形近似し、その傾きからヤング率を算出する。
【0056】
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、特に、最大曲げ応力が320MPa以上であることが好ましく、330MPa以上であることがより好ましく、340MPa以上であることがさらに好ましく、350MPa以上であることが更に好ましい。また、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、特に、ヤング率が170GPa以下であることが好ましく、160GPa以下であることがさらに好ましい。
【0057】
また、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体については、最大曲げひずみが高値を示し、ビッカース硬度が低値を示すといった優れた物性を備える。ビッカース硬度はJIS R 1610:2003に準じて測定する。すなわち、ビッカース硬度は、マイクロビッカース硬度計(商品名:HM-114、株式会社ミツトヨ社製)又はビッカース硬度計(商品名:HMV G20、株式会社島津製作所社製)を用いて、リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体に対して圧子を押し込むことで測定する。押し込み加重:0.05kgf、押し込み時間:15秒の測定条件で測定する。また、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体については、IF法(Indentation Fracture法)により算出される破壊靭性値Kcが優れた値を示す。なお、IF法は、JIS R1607に準じてビッカース硬度計を用いてビッカース圧子を試験面に圧入して、生じる圧痕と亀裂の長さを測定し、押し込み荷重と、圧痕の対角線長さと、亀裂長さと、弾性率とから破壊靭性値Kcを算出する。
【0058】
<リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の応用例1>
本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、上述のように、高い強度と低い弾性率を兼ね備えており、従来公知のリン酸カルシウム、リン酸カルシウム複合体等と比較して、生体内の骨に対する結合性を備え、骨の物性により近い材料であるといえる。このため、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、骨及び歯の修復材料として使用することができる。修復材料とは、骨又は歯の治療において欠損(人為的な切除を含む欠損)した部分を補填する材料を意味し、人工骨、人工関節、人工歯等を包含する意味である。
【0059】
(骨修復材料)
本開示の修復材料の一態様は、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体を含む骨修復材料である。本開示の骨修復材料の形状は、特に限定されず、骨の損傷部位に適合する形状とすることが好ましい。骨修復材料を、損傷した骨の修復に用いる場合、骨の損傷部の形状に適合する形状とすることが好ましい。
【0060】
(骨修復材料を使用した骨損傷部の修復方法)
本開示の骨修復材料を骨損傷部位に付設することで、骨損傷部位を修復することができる。骨修復材料を骨損傷部位に付設する方法としては、例えば、骨修復材料を骨損傷部位に埋め込む方法、ネジ等の固定器具を使用して骨損傷部位に骨修復材料を固定する方法等が挙げられる。
【0061】
骨修復材料を骨損傷部位に埋め込む方法としては、具体的には、骨損傷部位の形状に適合する形状を有する骨修復材料を骨損傷部位に埋め込む方法、又は骨損傷部位の形状に適合するように骨修復材料を成形した後に骨修復材料を骨損傷部位に埋め込む方法が挙げられる。
【0062】
ネジ等の固定器具を使用して骨損傷部位に骨修復材料を固定する方法としては、例えば、ネジを通す穴を備えた骨修復材料を使用し、骨修復材料の穴にネジを差し込み、骨損傷部位(生体骨)に当該ネジを差し込むことで固定する方法が挙げられる。また、ネジと架橋部材とを用いて、骨損傷部位に骨修復材料を固定する方法が挙げられる。
【0063】
<リン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体の応用例2>
本開示のアパタイト-酸化ジルコニウム複合体は、上述のように、高い強度と低い弾性率を兼ね備えており、従来公知のリン酸カルシウム、リン酸カルシウム複合体等と比較して、生体内の骨に対する結合性を備え、骨の物性により近い材料であるといえる。このため、本開示のリン酸カルシウム-炭素原子-酸化ジルコニウム複合体は、上述した修復材料に限定されず、人工骨、人工関節、人工歯等の修復材料を固定するネジ、架橋部材等の医療機器として使用することができる。医療機器とは、人工骨、人工関節、人工歯等の修復材料を除き、人若しくは動物の疾病の診断、治療若しくは予防に使用されること、又は人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等を意味する。特に、本開示の医療機器としては、人又は動物の骨又は歯に取り付けられる機械器具等であることが好ましい。このような医療機器の例としては、特に限定されないが、人工骨、人工関節、人工歯等を損傷部位に固定するためのネジ、架橋部材、骨プレート等が挙げられる。
【実施例0064】
以下、実施例により本開示を更に詳細に説明するが、本開示の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
[実施例1]
(原料複合体)
本実施例では、上述した原料複合体として、リン酸カルシウムを98質量%、炭素原子を2質量%で含む原料複合体を作製した。原料複合体の作成手順は以下の通りである。
60℃の超純水100mLに対して、2価の芳香族カルボン酸としてイソフタル酸25.0mmolを添加し、撹拌した。溶液中にアンモニア水を添加し、溶液のpHを5.5に調整した。続いて、カルシウム塩として炭酸カルシウム8.0mmol及びリン酸5.0mmolを溶液に添加し、60℃で6時間撹拌し、溶液中に沈殿が生じたことを確認した。その後、塩酸を用いて溶液のpHを5.0(60℃)に調整し、60℃で30分間撹拌した。溶液に含まれる沈殿をろ過し、40℃の恒温槽内でろ過した沈殿を乾燥することで粉末状の特定リン酸八カルシウム(Ca8(HPO4)2(C6H4(COO)2)0.94(PO4)4・nH2O(nは式(3)におけるnと同義である))を得た。
【0066】
(焼成工程)
粉末状の特定リン酸八カルシウムを、管状炉(炉内寸法が直径30mm、長さ500mm。以下同一とする。)の炉内に入れた。炉内の温度を5℃/分の昇温速度で昇温し、1000℃とした。その後、粉末状の特定リン酸八カルシウムを1000℃で、24時間焼成し、放冷することで複合体を得た。なお、焼成工程において、炉内に流した窒素の流速は15mL/minとした。
【0067】
(酸化ジルコニウム)
本実施例では、3mol%の酸化イットリウムを含む酸化ジルコニウムの粉末を使用した。当該酸化ジルコニウムの粉末は商品名TZ-3Y-E(東ソー株式会)を使用した。
【0068】
(加圧成形、焼成工程)
本実施例では、上述した酸化ジルコニウムの粉末と上述した原料複合体の粉末とを重量比で90:10となるように秤量し、十分に混合した。そして、本実施例では、放電プラズマ焼結装置として株式会社シンターランド社製のLABOX325Rを使用して、1250℃、3分、100MPaの真空条件で加圧成形と焼成工程を同時に実施し、円柱状の試料を作製した。
【0069】
[比較例1]
アパタイトのみを使用した以外は、実施例1と同様にして円柱状の試料を作製した。当該アパタイトは商品名HAP-200(太平化学産業株式会社)を使用した。
【0070】
[比較例2]
実施例1で使用した酸化ジルコニウムを使用し、原料複合体を使用しなかった以外は、実施例1と同様にして円柱状の試料を作製した。
【0071】
[比較例3]
実施例1で使用した酸化ジルコニウムと比較例1で使用したアパタイトとを重量比で90:10とした以外は実施例1と同様にして円柱状の試料を作製した。
【0072】
[比較例4]
実施例1で作製した粉末状の特定リン酸八カルシウムを、プレス機(RIKEN SEIKI社製、品名P-168)を用いて成形し、円盤状の成形体(直径20mm、厚さ2mm)を得た。そして、成形体を、管状炉(炉内寸法が直径30mm、長さ500mm。以下同一とする。)の炉内に入れた。炉内の温度を5℃/分の昇温速度で昇温し、1000℃とした。その後、成形体を1000℃で、24時間焼成し、放冷することで複合体を得た。なお、焼成工程において、炉内に流した窒素の流速は15mL/minとした。以上のように作製した円柱状の試料を比較例4とした。
【0073】
<物性評価>
実施例1、比較例1~比較例4で作製した試料について、以下のように、最大曲げ応力、最大曲げひずみ、ヤング率、ビッカース硬さ、破壊靭性値を既述の手順に従って測定した。その結果を表1に示した。なお、3点曲げ試験は、試験片サイズを縦15mm×幅4mm×厚さ1.2mmとし、インストロン万能試験機5582型により実施した。また、実施例1、比較例1~比較例3について、ビッカース硬さ試験はマイクロビッカース硬度計HM-114(株式会社ミツトヨ)を使用して実施した。比較例4について、ビッカース硬さ試験はビッカース硬度計(商品名:HMV G20、株式会社島津製作所社製)を使用して実施した。
【0074】
【0075】
表1において、実施例1の破壊靭性値は、亀裂長さを1μmと仮定して計算した参考値である。また、皮質骨について、最大曲げ応力は50MPa~150MPaとされており、ヤング率は7GPa~30GPaとされている。
【0076】
<微細組織観察>
実施例1、比較例1~比較例3で作製した試料について、走査型電子顕微鏡(SEM)により表面の微細組織を観察した。
図2(A)に実施例1の試料、
図2(B)に比較例1の試料、
図2(C)に比較例2の試料、
図2(D)に比較例3の試料のSEM写真を示した。また、
図3(A)に実施例1の試料について撮像したSEM写真を拡大して示し、
図3(B)に
図3(A)に示したSEM写真を更に拡大したものを示した。
【0077】
<元素分布評価>
実施例1で作製した試料及び比較例3で作製した試料について、Caの分布、Zrの分布をそれぞれ評価した。Caの分布は以下のように測定した。すなわち、走査型電子顕微鏡(SEM)で試料を観察しながら、SEMに付属するエネルギー分散型X線分光法により測定した。Zrの分布の分析方法はCaの分布の分析方法と同様である。
図4(A)に実施例1の試料について測定した結果の写真を示し、
図4(B)に比較例3の試料について測定した結果の写真を示した。
【0078】
<細胞増殖試験>
実施例1、比較例1及び比較例2で作製した試料について、細胞の増殖に与える影響を細胞増殖試験により評価した。細胞増殖試験は以下の手順で実施した。
<骨芽細胞株、培養及び播種プロトコル>
マウス骨芽細胞(MC3T3-E1)(RIKEN細胞バンク;日本、東京;Sudo,H et al.1983,J.Cell Biol.96(1):191-198)を、10%ウシ胎仔血清(Gibco社製)、100u/mlペニシリン及び100μm/mlストレプトマイシン(富士フィルム和光純薬社製)を添加した、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、SIGMA―ALDRICHにより供給されている)中で、95%空気及び5%CO
2の加湿した雰囲気中で維持し、4日ごとに標準的な技法を用いて継代した。細胞を播種する前に、各試料160℃で120分間乾熱滅菌し、滅菌水で2回すすぎ、無菌のフードの中で乾燥させた。MC3T3-E1細胞をトリプシン処理し、集めて試料を含むディッシュの上に、細胞成長の決定に関して1000細胞/cm
2、細胞面積の決定に関して6000細胞/cm
2の密度で、全て上記と同じ培地中で播種した。
<評価プロトコル>
Cell Counting Kit-8(CCK-8、同仁化学研究所社製)を用い、細胞内の脱水素酵素活性を吸光度測定することによって、細胞増殖を評価した。骨芽細胞(MC3T3-E1)を上記で述べたように培養した。各試料の上での細胞の増殖を、播種した3日、7日後に、細胞含む試料をPBSで洗って、試料上の細胞に1-(2-Methoxy-4-nitrophenyl)-3-(2,4-disulfophenyl)-5-(4-nitrophenyl)formazan, disodium salt hydrate(WST-8)含有培地を添加し、37℃に保持した5%CO
2インキュベーター内で3時間呈色反応を行った。呈色反応後、96ウェルプレートに反応した培地を移しマイクロプレートリーダー(GloMAX Discover System GM3000、Promega、Tokyo)で吸光度を測定した。検量線は、60mm培養ディッシュで培養した細胞を用いて作成した。
細胞増殖試験の結果を
図5に示した。
【0079】
<評価>
表1に示したように、実施例1の試料は、比較例1~比較例4の試料と比較して、高い強度と低いヤング率とを兼ね備えた物性であり、生体の骨により近似した物性であることが分かった。また、
図2~
図4に示したように、実施例1の試料では、酸化ジルコニウムを含む領域が島状となっており、この島状の領域の間に原料複合体を含む領域が配されていた。また、実施例1の試料における原料複合体を含む領域は、アパタイトの層と炭素原子の層とが積層した構造を示しており、亀裂の進展を劈開により偏向できる構造であることが示唆された。さらに、
図5に示すように、実施例1の試料は、細胞増殖に対する影響が比較例1の試料と同程度であり、比較例2の試料よりも優れていることが明らかとなった。
【0080】
[試験例1~試験例4]
試験例1~試験例4では、酸化イットリウムを含有しない酸化ジルコニウム(商品名264-01482,富士フィルム和光純薬株式会社)を使用し、酸化ジルコニウムと実施例1で作製したイソフタル酸含有リン酸八カルシウムとの重量比をそれぞれ100:0、90:10、80:20、50:50として成形体を作製し、1000℃、24時間、常圧条件で焼成工程を行い、試料を作製した。
【0081】
<X線回折分析>
試験例1~試験例4で作製した試料について、X線回折分析装置MiniFlex(株式会社リガク)を用いて結晶相の評価を行った。X線回折分析の結果を
図6にまとめて示した。
【0082】
<骨結合能の評価>
試験例1~試験例4で作製した試料について、擬似体液(Simulated Body Fluid:SBF)を用いて骨結合能を評価した。なお、SBFは、ヒトの血漿の無機イオン濃度とほぼ等しい組成を有する水溶液であり、アパタイトに対して過飽和な溶液である。したがって、SBF中に試料を浸漬したときにアパタイトを形成する場合、当該試料は生体内においても材料表面にアパタイトを形成し、骨と結合することが期待される。なお、SBFを用いた骨結合能の評価はISO 23317:2014に準拠している。
【0083】
試験例1~試験例4で作製した試料について、SBFに浸漬する前に撮像した写真と、SBFに浸漬した後に撮像した写真を
図7に示した。
【0084】
<結果>
図6に示したように、試験例2~試験例4で作製した試料については、酸化ジルコニウムとリン酸カルシウムとの複合体となっていることが確認できた。また、
図7に示したように、試験例2~試験例4で作製した試料については、SBFに浸漬することで旺盛なアパタイト生成を確認することができた。酸化ジルコニウムに添加するイソフタル酸含有リン酸カルシウムの量を10質量%~50質量%の範囲で、骨結合能を有する複合体を形成できることが示された。また、酸化ジルコニウムとリン酸カルシウムとの重量比が90:10である試験例2において、アパタイトの生成が極めて旺盛であることから、酸化ジルコニウムとリン酸カルシウムとの重量比が95:5であっても、骨結合能を有する複合体を形成できることが強く示唆された。
【0085】
これらの結果から、実施例1において、原料複合体と酸化ジルコニウムの合計量に対して、原料複合体を5質量%~50質量%で作製した試料についても、骨結合能を有し、高い強と低いヤング率を兼ね備えた複合体を作製できることが強く示唆された。