(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025152833
(43)【公開日】2025-10-10
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼箔、電極、及び、電池
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20251002BHJP
H01M 4/66 20060101ALI20251002BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20251002BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20251002BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20251002BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
H01M4/66 A
H01M10/0562
C22C38/50
C21D9/46 R
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024054954
(22)【出願日】2024-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小椋 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】禰宜 教之
(72)【発明者】
【氏名】佐脇 直哉
(72)【発明者】
【氏名】海野 裕人
(72)【発明者】
【氏名】石川 典明
【テーマコード(参考)】
4K037
5H017
5H029
【Fターム(参考)】
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA12
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA35
4K037EB02
4K037EB06
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4K037FB00
4K037FG00
4K037FG03
4K037FJ02
4K037FJ05
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037JA06
5H017AA04
5H017AS02
5H017EE01
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5H017HH01
5H029AJ06
5H029AJ13
5H029AK01
5H029AK03
5H029AK05
5H029AL02
5H029AL03
5H029AL06
5H029AL07
5H029AL11
5H029AM12
5H029DJ07
5H029DJ09
5H029EJ01
5H029HJ01
(57)【要約】
【課題】酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制されるフェライト系ステンレス鋼箔を提供する。
【解決手段】本開示のフェライト系ステンレス鋼箔は、化学組成が、質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.050%以下、S:0.030%以下、N:0.050%以下、Mo:1.00%以下、Cr:14.00~18.00%、Ni:0.60%以下、Ti:[Timin]~1.00%、Nb:0~1.00%、及び、Zr:0~0.80%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)を満たす。
(Mo+Cr)/Ti≦80 (1)
ここで、[Timin]は以下のとおり定義される。
式(2)で定義されるXが0.10以上である場合:[Timin]=X
式(2)で定義されるXが0.10未満である場合:[Timin]=0.10
X=16×(C+N) (2)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.050%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
N:0.050%以下、
Mo:1.00%以下、
Cr:14.00~18.00%、
Ni:0.60%以下、
Ti:[Timin]~1.00%、
Nb:0~1.00%、及び、
Zr:0~0.80%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1)を満たす、
フェライト系ステンレス鋼箔。
(Mo+Cr)/Ti≦80 (1)
ここで、[Timin]は以下のとおり定義される。
式(2)で定義されるXが0.10以上である場合:[Timin]=X
式(2)で定義されるXが0.10未満である場合:[Timin]=0.10
X=16×(C+N) (2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼箔と、
前記フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層と、を備える、
電極。
【請求項3】
請求項2に記載の電極と、
電解質と、を備える、
電池。
【請求項4】
請求項3に記載の電池であって、
前記電解質は、硫化物系固体電解質である、
電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フェライト系ステンレス鋼箔、そのフェライト系ステンレス鋼箔を集電体として用いた電極、及び、その電極を用いた電池に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに様々な電子機器の電源として、一次電池及び二次電池等の電池が用いられてきた。近年さらに、家庭用ビデオカメラ、ノートパソコン、及び、スマートフォン等の小型電子機器の普及により、リチウムイオン電池に代表される二次電池が急速に普及してきている。
【0003】
二次電池は、正極及び負極を有する電極と、電解質とを備える。正極及び負極ではいずれも、集電体の上に電極合剤層が形成されている。電極合剤層は、活物質を含む層である。集電体は、電流を活物質に供給する機能、及び、電極合剤層を保持する基材としての機能を有する。
【0004】
従来、二次電池の電解質としては、電解液が用いられている。しかしながら、電解液は可燃性の有機溶媒を含むため、使用できる温度域が狭かった。そのため近年では、電解液に代えて固体電解質を用いた全固体電池の開発が進められている。全固体電池は有機溶媒を含まないため、幅広い温度域で安定した電池性能が得られる。全固体電池に用いられる固体電解質の中でも特に、LPS(Lithium Phosphorus Sulfide)をはじめとする硫化物系固体電解質は、高いイオン電導度を有している。そのため、硫化物系固体電解質を用いることにより、全固体電池の高出力化を実現することができる。
【0005】
一方で、硫化物系固体電解質を用いる場合、硫化物により集電体が腐食される場合がある。集電体が腐食されれば、電池性能が低下する。つまり、集電体には高い耐食性が求められる。そのため、集電体の素材として、ステンレス鋼の適用が検討されている。ステンレス鋼は、表面に酸化被膜(不動態被膜ともいう。)を備える。酸化被膜が腐食に対する保護膜として機能するため、ステンレス鋼では高い耐食性が得られる。ステンレス鋼の中でも特に、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼と比較して、電気抵抗が低く、導電性が高い。そのため、フェライト系ステンレス鋼は、集電体の素材に適している。
【0006】
集電体用途に適用可能なフェライト系ステンレス鋼に関する技術が、国際公開第2021/006089号(特許文献1)に提案されている。
【0007】
特許文献1に開示された硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板は、C:0.001~0.050%、Si:0.01~2.00%、Mn:0.01~1.00%、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Cr:18.00~32.00%、Ni:0.01~4.00%、Al:0.001~0.150%およびN:0.050%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する。このフェライト系ステンレス鋼板では、Cr含有量を18.00%以上に高めることで、優れた耐硫化性が得られる、と特許文献1には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に開示されるフェライト系ステンレス鋼板では、Cr含有量を高めることにより、耐食性を高めている。しかしながら、フェライト系ステンレス鋼のCr含有量を高めるにつれ、フェライト系ステンレス鋼の加工性は低下する。そのため、このような加工性の低下を抑制しつつ、十分な耐食性を確保するためには、Cr含有量を高めずに、他の手段によって耐食性を高める必要がある。ここで、Cr含有量を高めずにフェライト系ステンレス鋼の耐食性を高める手段として、表面の酸化被膜を厚くすることが有効である。
【0010】
しかしながら、集電体用途のフェライト系ステンレス鋼箔では、表面の酸化被膜が厚くなるにつれ、フェライト系ステンレス鋼箔の上に形成される電極合剤層との界面抵抗が大きくなる。集電体と電極合剤層との界面抵抗が大きいと、電池の内部抵抗が増大し、出力が低下するため好ましくない。したがって、耐食性を高めるために酸化被膜を厚くしても、界面抵抗の増加が十分に抑制されるフェライト系ステンレス鋼箔の開発が求められている。
【0011】
本開示の目的は、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制されるフェライト系ステンレス鋼箔、そのフェライト系ステンレス鋼箔を集電体として用いた電極、及び、その電極を用いた電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示のフェライト系ステンレス鋼箔は、
化学組成が、質量%で、
C:0.050%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
N:0.050%以下、
Mo:1.00%以下、
Cr:14.00~18.00%、
Ni:0.60%以下、
Ti:[Timin]~1.00%、
Nb:0~1.00%、及び、
Zr:0~0.80%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1)を満たす。
(Mo+Cr)/Ti≦80 (1)
ここで、[Timin]は以下のとおり定義される。
式(2)で定義されるXが0.10以上である場合:[Timin]=X
式(2)で定義されるXが0.10未満である場合:[Timin]=0.10
X=16×(C+N) (2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0013】
本開示の電極は、
前記フェライト系ステンレス鋼箔と、
前記フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層と、を備える。
【0014】
本開示の電池は、
前記電極と、
電解質と、を備える。
【発明の効果】
【0015】
本開示のフェライト系ステンレス鋼箔では、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制される。本開示の電極では、集電体として用いられるフェライト系ステンレス鋼箔の酸化被膜を厚くしたときに、電極合剤層との界面抵抗の増加が十分に抑制される。本開示の電池では、集電体として用いられるフェライト系ステンレス鋼箔の酸化被膜を厚くしたときに、電極合剤層との界面抵抗の増加が十分に抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、界面抵抗増加率評価試験において、Cole-Coleプロットのフィッティングに用いる等価回路を示す図である。
【
図2】
図2は、界面抵抗増加率評価試験における、フィッティング後のCole-Coleプロットの一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を十分に抑制できるフェライト系ステンレス鋼箔について、化学組成の観点から検討を行った。その結果、Cr含有量を18.00%以下に抑え、Mo含有量を1.00%以下に抑えることで、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加度が低下することが判明した。この理由は定かではないが、例えば次の事項が要因の一つとして考えられる。フェライト系ステンレス鋼箔に含有されるCr及びMoは、酸化被膜の修復能力を高める。そのため、Cr含有量及びMo含有量を低下させることで、酸化被膜に微細な欠損が生じたときの修復に要する時間が長くなる。その結果、酸化被膜の単位厚さあたりに含まれる欠損の数が増加し、界面抵抗の増加が抑制されていると考えられる。
【0018】
上述の知見を踏まえ、本発明者らは、化学組成が、質量%で、C:0.050%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.050%以下、S:0.030%以下、N:0.050%以下、Mo:1.00%以下、Cr:14.00~18.00%、Ni:0.60%以下、Ti:[Timin]~1.00%、Nb:0~1.00%、及び、Zr:0~0.80%、を含有し、残部がFe及び不純物からなるフェライト系ステンレス鋼箔であれば、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を十分に抑制することができると考えた。
ここで、[Timin]は以下のとおり定義される。
式(2)で定義されるXが0.10以上である場合:[Timin]=X
式(2)で定義されるXが0.10未満である場合:[Timin]=0.10
X=16×(C+N) (2)
なお、式(2)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0019】
しかしながら、上述の化学組成を有するフェライト系ステンレス鋼箔であっても、集電体として用いた場合に、酸化被膜を厚くしたときの電極合剤層との界面抵抗の増加を十分に抑制することができない場合が生じた。そのため、本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼箔の化学組成についてさらに検討を行った。その結果、上述の化学組成を有しつつ、さらに式(1)を満たすことで、酸化被膜を厚くしたときの電極合剤層との界面抵抗の増加を十分に抑制できることが判明した。
(Mo+Cr)/Ti≦80 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0020】
式(1)を満たすことで、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を十分に抑制できるようになる理由は定かではないが、次の事項が要因として考えられる。Tiは酸化被膜中に濃化して、酸化被膜の電気抵抗を低下させる可能性がある。そのため、上述のとおり、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加度を高めてしまうCrとMoとの合計含有量に応じて、Ti含有量を適切に調整することで、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を十分に抑制することができると考えられる。
【0021】
なお、上記メカニズムは推定である。したがって、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、上記と異なるメカニズムにより、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が抑制されている可能性もある。しかしながら、フェライト系ステンレス鋼箔が上述の化学組成を満たし、かつ、式(1)を満たすことにより、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を十分に抑制できることは、後述の実施例で証明されている。
【0022】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔、本実施形態の電極、及び、本実施形態の電池は以上の技術思想により完成したものであり、次の構成を有する。
【0023】
第1の構成のフェライト系ステンレス鋼箔は、
化学組成が、質量%で、
C:0.050%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.00%以下、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
N:0.050%以下、
Mo:1.00%以下、
Cr:14.00~18.00%、
Ni:0.60%以下、
Ti:[Timin]~1.00%、
Nb:0~1.00%、及び、
Zr:0~0.80%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1)を満たす。
(Mo+Cr)/Ti≦80 (1)
ここで、[Timin]は以下のとおり定義される。
式(2)で定義されるXが0.10以上である場合:[Timin]=X
式(2)で定義されるXが0.10未満である場合:[Timin]=0.10
X=16×(C+N) (2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0024】
第1の構成の電極は、
第1の構成のフェライト系ステンレス鋼箔と、
前記フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層と、を備える。
【0025】
第1の構成の電池は、
第1の構成の電極と、
電解質と、を備える。
【0026】
第2の構成の電池は、
第1の構成の電池であって、
前記電解質は、硫化物系固体電解質である。
【0027】
以下、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔、本実施形態の電極、及び、本実施形態の電池について詳述する。なお、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0028】
[フェライト系ステンレス鋼箔]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体と、箔本体の表面に形成される酸化被膜とを備える。ここで、フェライト系ステンレス鋼とは、Cr含有量が10.5%以上であり、ミクロ組織がフェライトを主体とする鋼を意味する。本明細書において、ミクロ組織がフェライトを主体とするとは、ミクロ組織において、フェライトの体積率が95%以上であることを意味する。さらに、本明細書において、フェライト系ステンレス鋼箔の化学組成とは、箔本体の化学組成のことを意味する。酸化被膜は、主にCrの酸化物からなる。
【0029】
[化学組成]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の化学組成は、次の元素を含有する。
【0030】
C:0.050%以下
炭素(C)は、フェライト系ステンレス鋼箔の強度を高める。Cが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
一方、C含有量が0.050%以下であれば、Cr炭化物の生成による、Cr欠乏層の形成を抑制できる。その結果、酸化被膜の脆化が抑制され、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、C含有量は0.050%以下である。
C含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
C含有量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.025%である。
【0031】
Si:1.00%以下
シリコン(Si)は、製鋼工程において鋼を脱酸する。Siが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
一方、Si含有量が1.00%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。
したがって、Si含有量は1.00%以下である。
Si含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Si含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0032】
Mn:1.00%以下
マンガン(Mn)は、フェライト系ステンレス鋼箔の強度を高める。Mnが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
一方、Mn含有量が1.00%以下であれば、発銹の起点となるMnSの生成が抑制される。その結果、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、Mn含有量は1.00%以下である。
Mn含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Mn含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0033】
P:0.050%以下
りん(P)は、不純物である。P含有量が0.050%を超えれば、Pが粒界に偏析する。その結果、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性及び耐食性が低下する。
したがって、P含有量は0.050%以下である。
P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量を過度に低減すれば、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%である。
P含有量の好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.040%である。
【0034】
S:0.030%以下
硫黄(S)は不純物である。S含有量が0.030%を超えれば、Sが粒界に偏析する。その結果、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性及び耐食性が低下する。
したがって、S含有量は0.030%以下である。
S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量を過度に低減すれば、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%である。
S含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.015%である。
【0035】
N:0.050%以下
窒素(N)は不純物である。N含有量が0.050%を超えれば、Cr炭窒化物を生成して、Cr欠乏層を発生させる。その結果、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性及び耐食性が低下する。
したがって、N含有量は0.050%以下である。
N含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、N含有量を過度に低減すれば、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、N含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%である。
N含有量の好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0036】
Mo:1.00%以下
モリブデン(Mo)は、フェライト系ステンレス鋼箔の強度と耐食性とを高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
一方、Mo含有量が1.00%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。さらに、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を抑制することができる。
したがって、Mo含有量は1.00%以下である。
Mo含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Mo含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0037】
Cr:14.00~18.00%
クロム(Cr)は、酸化被膜を形成し、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を高める。Cr含有量が14.00%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、Cr含有量が18.00%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。さらに、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を抑制することができる。
したがって、Cr含有量は14.00~18.00%である。
Cr含有量の好ましい下限は14.50%であり、さらに好ましくは15.00%である。
Cr含有量の好ましい上限は17.50%であり、さらに好ましくは17.00%である。
【0038】
Ni:0.60%以下
ニッケル(Ni)は、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
一方、Ni含有量が0.60%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。
したがって、Ni含有量は0.60%以下である。
Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Ni含有量の好ましい上限は0.50%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%である。
【0039】
Ti:[Timin]~1.00%
ここで、[Timin]は以下のとおり定義される。
式(2)で定義されるXが0.10以上である場合:[Timin]=X
式(2)で定義されるXが0.10未満である場合:[Timin]=0.10
X=16×(C+N) (2)
ここで、式(2)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
チタン(Ti)は、C及びNを固定し、Cr炭窒化物の生成を抑制する。そのため、Cr欠乏層の形成が抑制される。その結果、酸化被膜の脆化が抑制され、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。Xは、フェライト系ステンレス鋼箔に含有されるC及びNを固定するために必要なTi含有量の指標である。Xが0.10以上である場合、Ti含有量がX(%)以上であれば、上記効果が十分に得られる。Xが0.10未満である場合、Ti含有量が0.10%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、Ti含有量が1.00%以下であれば、介在物起因のへげ疵の発生や、酸化被膜中へのTiの過度な濃化を抑制することができる。その結果、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、Ti含有量は[Timin]~1.00%である。
Xが0.10以上である場合、Ti含有量の好ましい下限はX+0.05(%)であり、さらに好ましくはX+0.10(%)である。
Xが0.10未満である場合、Ti含有量の好ましい下限は0.15%であり、さらに好ましくは0.20%である。
Ti含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0040】
Nb:0~1.00%
ニオブ(Nb)は、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。
Nbが含有される場合、つまり、Nb含有量が0%超である場合、NbはC及びNを固定し、Cr炭窒化物の生成を抑制する。そのため、Cr欠乏層の形成が抑制される。その結果、酸化被膜の脆化が抑制され、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
一方、Nb含有量が1.00%以下であれば、介在物起因のへげ疵の発生や、酸化被膜中へのNbの過度な濃化を抑制することができる。その結果、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、Nb含有量は0~1.00%である。
Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Nb含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0041】
Zr:0~0.80%
ジルコニウム(Zr)は、含有されなくてもよい。つまり、Zr含有量は0%であってもよい。
Zrが含有される場合、つまり、Zr含有量が0%超である場合、ZrはC及びNを固定し、Cr炭窒化物の生成を抑制する。そのため、Cr欠乏層の形成が抑制される。その結果、酸化被膜の脆化が抑制され、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
一方、Zr含有量が0.80%以下であれば、介在物起因のへげ疵の発生や、酸化被膜中へのZrの過度な濃化を抑制することができる。その結果、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、好ましいZr含有量は0~0.80%である。
Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Zr含有量の好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0042】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、フェライト系ステンレス鋼箔を工業的に製造する際に、原料又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0043】
[式(1)について]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の化学組成はさらに、式(1)を満たす。
(Mo+Cr)/Ti≦80 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の質量%での含有量が代入される。
【0044】
F1を次のとおり定義する。
F1=(Mo+Cr)/Ti
Mo及びCrは、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を助長する。一方で、Mo及びCrの合計含有量に応じてTi含有量を高めることで、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加度が低下する。F1が80以下であれば、Mo及びCrの合計含有量に対して、Ti含有量が十分に高い。この場合、フェライト系ステンレス鋼箔の化学組成の各元素含有量が上述の範囲を満たすことを前提として、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加を十分に抑制できる。
【0045】
F1の下限は特に限定されないが、例えば18である。フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を考慮すれば、F1の好ましい下限は20であり、さらに好ましくは30であり、さらに好ましくは40である。
F1の好ましい上限は75であり、さらに好ましくは70である。
【0046】
[板厚]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の板厚は特に限定されない。本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の板厚は例えば、5~20μmである。
【0047】
[酸化被膜]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔に備えられる酸化被膜の厚さは特に限定されない。酸化被膜の厚さは、例えば0.5~25.0nmである。なお、酸化被膜の厚さは、フェライト系ステンレス鋼箔の製造工程における熱処理工程等で適宜調整することができる。
【0048】
酸化被膜が厚いほど、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性は高まる。そのため、酸化被膜の厚さの好ましい下限は0.8nmであり、さらに好ましくは1.0nmである。
酸化被膜が薄いほど、フェライト系ステンレス鋼箔を集電体として用いた場合の、電極合剤層との界面抵抗は小さくなる。そのため、酸化被膜の厚さの好ましい上限は20.0nmであり、さらに好ましくは15.0nmである。
【0049】
[酸化被膜の厚さの測定方法]
酸化被膜の厚さは、次の方法で求める。
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔から、試験片を採取する。試験片の大きさは特に限定されない。試験片の一方の表面を測定面とする。測定面に対して、電界放出型オージェ電子分光(FE-AES:Field Emission Auger Electron Spectroscopy)分析を実施する。使用するFE-AESは例えば、日本電子製の商品名:JAMP-9500Fである。FE-AES分析により、測定面からの深さ方向の成分プロファイルを測定する。酸素の検出強度が、最大値の50%となった深さまでを、酸化被膜の厚さ(nm)とする。なお、スパッタリング速度と深さ位置を換算する際の標準試料には、SiO2を用いる。
【0050】
[フェライト系ステンレス鋼箔の用途]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、集電体として用いた場合に、酸化被膜を厚くしたときの電極合剤層との界面抵抗の増加が十分に抑制される。そのため、耐食性を高めるために酸化被膜を厚くすることが求められる、硫化物系固体電解質を用いた全固体電池の集電体用途に好適である。なお、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、二次電池の集電体以外の用途にも適用可能である。
【0051】
[フェライト系ステンレス鋼箔の製造方法]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法の一例を説明する。以降に説明するフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有するフェライト系ステンレス鋼箔は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法の好ましい一例である。
【0052】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法の一例は、素材準備工程と、中間冷間圧延工程と、中間焼鈍工程と、最終冷間圧延工程とを含む。
【0053】
[素材準備工程]
素材準備工程では、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔を製造するための素材として、板厚数百μm~数mmのフェライト系ステンレス鋼板を準備する。素材は、例えば、熱間圧延コイルに冷間圧延を実施した冷間圧延コイルである。素材は製造して準備してもよく、第三者から購入することによって準備してもよい。すなわち、素材を準備する工程は特に限定されない。
【0054】
素材を製造する場合、例えば、次の方法で製造する。上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法によりスラブを製造する。製造されたスラブに対して熱間加工、及び、冷間圧延を実施して、板厚数百μm~数mmの鋼板を製造する。以上の工程により、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の素材が準備される。
【0055】
[中間冷間圧延工程]
中間冷間圧延工程では、準備された素材に対して冷間圧延を実施し、板厚数十μm~数百μmの中間鋼板を製造する。中間冷間圧延工程では例えば、複数の圧延スタンドを備える連続圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良いし、リバース圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良い。中間冷間圧延工程における累計圧下率は特に限定されない。
【0056】
[中間焼鈍工程]
中間焼鈍工程では、中間冷間圧延工程後の中間鋼板に対して光輝焼鈍を実施する。光輝焼鈍とは、極低酸素雰囲気下で実施される焼鈍処理である。光輝焼鈍が実施された中間鋼板は、その表面がほとんど酸化されず、表面光沢を保つことができる。光輝焼鈍における極低酸素雰囲気とは、好ましくは、H2ガスとN2ガスとの混合ガス雰囲気である。雰囲気ガス中のN2分率は、例えば、体積率で35~65%である。光輝焼鈍の加熱温度は、例えば800~1200℃である。
【0057】
なお、中間冷間圧延工程と中間焼鈍工程とは、複数回交互に繰り返して実施してもよい。例えば、中間冷間圧延工程と中間焼鈍工程とを2回交互に繰り返して実施する場合、1回目の中間冷間圧延工程と、1回目の中間焼鈍工程とを実施した後、2回目の中間冷間圧延工程と、2回目の中間焼鈍工程とを実施する。
【0058】
[最終冷間圧延工程]
最終冷間圧延工程では、中間焼鈍工程後の中間鋼板に対して、再度冷間圧延を実施し、所定の板厚のフェライト系ステンレス鋼箔を得る。最終冷間圧延工程では例えば、複数の圧延スタンドを備える連続圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良いし、リバース圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良い。最終冷間圧延工程における累計圧下率は特に限定されない。
【0059】
以上の製造方法により、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔が製造される。本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法は、上述の工程以外の工程を含んでもよい。例えば、最終冷間圧延工程後のフェライト系ステンレス鋼箔に対して、熱処理工程を実施してもよい。熱処理工程では、最終冷間圧延工程後のフェライト系ステンレス鋼箔を、所定の温度に加熱保持する。これにより、フェライト系ステンレス鋼箔に蓄積されている残留応力の除去や、延性の付与ができる。また、フェライト系ステンレス鋼箔に備えられる酸化被膜の厚さを調整することができる。熱処理温度は、例えば300~1000℃である。
【0060】
[電極]
本実施形態の電極は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔と、当該フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層とを備える。つまり、本実施形態の電極では、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔が集電体として用いられている。本実施形態の電極は、正極であってもよく、負極であってもよい。すなわち、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔と、電極合剤層とを備えていれば、本実施形態の電極の構成は特に限定されない。
【0061】
[電極合剤層]
本実施形態の電極では、電極合剤層は特に限定されず、周知の構成を有していればよい。電極合剤層は、活物質を含む。なお、電極合剤層には、活物質以外の物質を含有してもよい。電極合剤層は例えば、バインダー及び導電助剤を含有してもよい。また、全固体電池に用いられる電極合剤層は例えば、固体電解質を含有してもよい。
【0062】
[活物質]
本実施形態の電極では、電極合剤層に含まれる活物質は特に限定されず、周知の活物質を用いることができる。電極が正極の場合、正極活物質は例えば、LiCoO2であってもよく、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2に代表される三元系であってもよく、LiFePO4に代表されるオリビン系であってもよく、さらにはS、Fe2S、Mo3S4、及び、硫黄変性ポリアクリロニトリルに代表される硫黄系であってもよい。電極が負極の場合、負極活物質は例えば、黒鉛に代表される炭素系材料であってもよく、CuSn合金及びNiTiSi合金に代表される合金材料であってもよく、Si及びSiOに代表されるSi系材料であってもよく、Li4Ti5O12に代表される酸化物系であってもよい。
【0063】
[バインダー]
本実施形態の電極では、電極合剤層に含まれるバインダーは特に限定されず、周知のバインダーを用いることができる。バインダーは例えば、スチレン・ブタジエンゴム及びイソプレンゴムに代表されるゴム状高分子であってもよく、ポリエチレン、ポリイミド、ポリアクリル酸、及び、ポリアミドに代表される合成樹脂であってもよく、スチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体又はその水素添加物であってもよく、スチレン・エチレン・ブタジエン、スチレン共重合体、スチレン・イソプレン、若しくは、スチレンブロック共重合体又はそれらの水素化物等の熱可塑性エラストマーであってもよく、シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエン、エチレン・酢酸ビニル共重合体、及び、エチレンと炭素数3~12のα-オレフィンとの共重合体に代表される軟質樹脂状高分子であってもよく、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニデンフルオライド、ポリペンタフルオロプロピレン、及び、ポリヘキサフルオロプロピレンに代表されるフッ素化高分子であってもよい。
【0064】
[導電助剤]
本実施形態の電極では、電極合剤層に含まれる導電助剤は特に限定されず、周知の導電助剤を用いることができる。導電助剤は例えば、アセチレンブラックであってもよく、カーボンブラックであってもよく、ケッチェンブラックであってもよい。
【0065】
[電極の製造方法]
本実施形態の電極の製造方法は、特に限定されない。本実施形態の電極は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔を集電体として、周知の方法により製造される。本実施形態の電極の製造方法は例えば、電極スラリー準備工程と、電極合剤層形成工程とを含む。
【0066】
[電極スラリー準備工程]
電極スラリー準備工程では、電極合剤層を形成するための組成物(電極スラリー)を準備する。電極スラリーは、得ようとする電極合剤層に応じて準備すればよい。例えば、活物質と、バインダーと、溶媒とを混練して準備してもよい。例えばさらに、活物質と、導電助剤と、バインダーと、溶媒とを混練して準備してもよい。また、全固体電池に用いられる電極スラリーを準備する場合は例えば、活物質と、溶媒と、固体電解質と、バインダーとを混練して準備してもよい。混練の方法は、活物質、導電助剤、バインダー、固体電解質、及び、溶媒に応じて、適宜調整する。すなわち、電極スラリー準備工程は、周知の方法で実施すればよい。
【0067】
[電極合剤層形成工程]
電極合剤層形成工程では、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の表面上に、電極合剤層を形成する。具体的には、混練された電極スラリーを、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔に塗工する。塗工方法は特に限定されず、周知の方法でよい。例えば、ギャップが設けられたアプリケータを用いて塗工してもよい。例えばさらに、スプレーを用いて噴霧して塗工してもよい。
【0068】
以上の工程により、本実施形態の電極を製造することができる。
【0069】
[電池]
本実施形態の電池は、本実施形態の電極と、電解質とを備える。本実施形態の電池は、本実施形態の電極を備えていれば、その他の構成は周知の構成でよく、特に限定されない。本実施形態の電池は例えばさらに、セパレータを備えていてもよい。本実施形態の電池の形状は、特に限定されず、円筒形であってもよく、角形であってもよく、コイン型であってもよく、シート型であってもよい。また、本実施形態の電池は、二次電池であってもよく、一次電池であってもよい。本実施形態による電池が二次電池である場合、例えば非水系電解質二次電池であってもよく、水系電解質二次電池であってもよく、全固体二次電池であってもよい。
【0070】
[電解質]
電解質は、正極及び負極との間でイオンを伝導する。本実施形態の電池では、電解質は特に限定されず、周知の電解質を用いることができる。電解質は、液体の電解液であってもよく、固体電解質であってもよい。
【0071】
本実施形態の電池に備えられる電極には、集電体として本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔が用いられる。そのため、集電体の耐食性を高めるために酸化被膜を厚くしても、電極合剤層との界面抵抗の増加が十分に抑制される。したがって、本実施形態の電池の電解質には、集電体に対する腐食性が高い硫化物系固体電解質を用いることができる。硫化物系固体電解質は例えば、Li3PS4やLi7P3S11に代表されるLPS系であってもよく、Li6PS5ClxBr(1-x)(0≦x≦1)に代表されるアルジロダイト型であってもよく、Li10GeP2S12やLi9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3に代表されるチオリシコンであってもよい。
【0072】
[電池の製造方法]
本実施形態の電池の製造方法は、特に限定されない。本実施形態の電池は例えば、周知の方法により、本実施形態の電極と、電解質と、対極とを積層した積層物を、電池ケースに収めて、製造される。
【実施例0073】
実施例により本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔はこの一条件例に限定されない。
【0074】
フェライト系ステンレス鋼箔を製造する素材として、表1に示す化学組成からなる鋼板を準備した。鋼板の板厚は300μmであった。
【0075】
【0076】
各試験番号の素材に対して、中間冷間圧延工程を1回実施し、中間鋼板を製造した。中間冷間圧延工程後の中間鋼板に対して、中間焼鈍工程を1回実施した。具体的には、各試験番号の中間鋼板に対して、35~65体積%のN2ガスと、残部がH2ガスとの混合ガス雰囲気下で光輝焼鈍を実施した。光輝焼鈍では、中間鋼板を900~1200℃で加熱保持した後、室温まで冷却した。中間焼鈍工程後の中間鋼板に対して、最終冷間圧延工程を実施した。最終冷間圧延工程では、各試験番号の中間鋼板に対して、リバース圧延機を用いた冷間圧延を実施し、板厚が10μmのフェライト系ステンレス鋼箔を製造した。
【0077】
以上の製造工程により、各試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔を製造した。
【0078】
[評価試験について]
製造された各試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔に対して、次の方法で界面抵抗増加率評価試験を実施した。
【0079】
[界面抵抗増加率評価試験]
各試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔から、試験片を3枚採取した。試験片の大きさは特に限定されないが、例えば100mm×100mmである。3枚の試験片をそれぞれ、試験片A、試験片B、及び、試験片Cとした。試験片Bに対して、露点を-20℃に制御した窒素雰囲気下において、400℃で5分間の熱処理を実施した。試験片Cに対して、露点を14℃に制御した大気雰囲気下において、400℃で5分間の熱処理を実施した。その後、上述の[酸化被膜の厚さの測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号の試験片A、試験片B、及び、試験片Cに備えられる酸化被膜の厚さ(nm)をそれぞれ測定した。
【0080】
各試験番号の試験片A、試験片B、及び、試験片Cを用いて、評価セルを作製した。具体的には、試験片Aから、直径11mmの円形状の集電体サンプルAを2枚採取した。同様にして、試験片Bから直径11mmの円形状の集電体サンプルBを、試験片Cから直径11mmの円形状の集電体サンプルCを、それぞれ2枚ずつ作製した。また、硫化物系固体電解質として、Li3PS4を0.12g測り取り、内径11mmの円形状の金型にセットした。315MPaの圧力で一軸プレスを実施して、Li3PS4ペレットを作製した。1つのLi3PS4ペレットを2枚の集電体サンプルAで挟み込んで、内径11mmの測定用セルに封入した。このようにして、評価セルAを作製した。同様にして、1つのLi3PS4ペレットを2枚の集電体サンプルBで挟み込んだ評価セルB、及び、1つのLi3PS4ペレットを2枚の集電体サンプルCで挟み込んだ評価セルCを作製した。なお、Li3PS4ペレットの作製から、測定用セルへの封入までの工程は、Ar雰囲気のグローブボックス内で実施した。
【0081】
各試験番号の評価セルA、評価セルB、及び、評価セルCを60℃の恒温槽で、8時間保持した。高温保持後の各評価セルに対して、周波数特性分析器を用いて交流インピーダンス測定を実施した。測定周波数は1Hz~1MHzとし、振幅は10mVとした。測定結果に基づいて、横軸を実数成分(Z´)、縦軸を虚数成分(Z´´)とするCole-Coleプロットを作成した。さらに、
図1に示す等価回路を用いて、20kHz~1MHzの範囲でフィッティングを行った。
図1において、R
eは集電体サンプルと硫化物系固体電解質との界面抵抗を表し、R
SEは硫化物系固体電解質に起因する抵抗を表す。また、CPEは、当該等価回路におけるConstant Phase Elementを表す。
【0082】
フィッティング後のCole-Coleプロットの一例を示す模式図を
図2に示す。
図2に示すとおり、円弧の左端における実数成分の値が界面抵抗R
e(Ω)を表す。なお、円弧の右端における実数成分の値と、円弧の左端における実数成分の値との差が、硫化物系固体電解質に起因する抵抗値R
SE(Ω)を表す。このようにして、フィッティング後のCole-Coleプロットから、各評価セルの界面抵抗R
e(Ω)を算出した。試験番号ごとに、評価セルA~Cの界面抵抗R
e(Ω)を、各評価セルに用いた試験片に備えられる酸化被膜の厚さ(nm)に対してプロットした。得られたプロットを線形近似して、横軸を酸化被膜の厚さ(nm)、縦軸を界面抵抗R
e(Ω)とするグラフの傾きを求めた。得られた各試験番号のグラフの傾きを、当該試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔における界面抵抗増加率(Ω/nm)とした。
【0083】
各試験番号の界面抵抗増加率(Ω/nm)を表2に示す。界面抵抗増加率が2.50Ω/nm以下であった場合は、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制されたと判断した。界面抵抗増加率が2.50Ω/nmを超えた場合は、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制されなかったと判断した。
【0084】
【0085】
[評価結果]
表1及び表2を参照して、試験番号1~4のフェライト系ステンレス鋼箔では、化学組成における各元素の含有量が上述の範囲を満たし、かつ、F1が式(1)を満たした。そのため、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制された。
【0086】
一方、試験番号5では、Mo含有量が高すぎた。その結果、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制されなかった。
【0087】
試験番号6では、Cr含有量が高すぎた。その結果、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制されなかった。
【0088】
試験番号7では、F1が式(1)を満たさなかった。その結果、酸化被膜を厚くしたときの界面抵抗の増加が十分に抑制されなかった。
【0089】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。