IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 富士フイルム株式会社の特許一覧

特開2025-152853多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法
<>
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図1
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図2
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図3
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図4
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図5
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図6
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図7
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図8
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図9
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図10
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図11
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図12
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図13
  • 特開-多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法 図14
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025152853
(43)【公開日】2025-10-10
(54)【発明の名称】多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/118 20150101AFI20251002BHJP
   G02B 1/18 20150101ALI20251002BHJP
   G02B 3/00 20060101ALI20251002BHJP
   G02B 1/111 20150101ALI20251002BHJP
   G02B 7/02 20210101ALI20251002BHJP
【FI】
G02B1/118
G02B1/18
G02B3/00 Z
G02B1/111
G02B7/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024055000
(22)【出願日】2024-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 裕樹
【テーマコード(参考)】
2H044
2K009
【Fターム(参考)】
2H044AD02
2K009AA02
2K009CC03
2K009CC21
2K009EE05
(57)【要約】
【課題】優れた親水性と光触媒性を有する多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法を提供する。
【解決手段】基板上に設けられる多層膜であって、モスアイ構造を表面に有し親水性を発現する酸化シリコン層と、酸化シリコン層に接して配置された、光触媒機能を発現する酸化チタン層とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に設けられる多層膜であって、
モスアイ構造を表面に有し親水性を発現する酸化シリコン層と、
前記酸化シリコン層に接して配置された、光触媒機能を発現する酸化チタン層とを備える、
多層膜。
【請求項2】
前記酸化チタン層は、前記酸化シリコン層と前記基板の間に配置される
請求項1に記載の多層膜。
【請求項3】
前記酸化シリコン層は、親水性を発現する官能基を備える
請求項1に記載の多層膜。
【請求項4】
前記モスアイ構造の高さは、120nm~400nmであり、
周期は80nm~220nmである、
請求項1に記載の多層膜。
【請求項5】
前記酸化チタン層の膜厚は250nm~500nmであり、
光触媒活性に必要な紫外線照射エネルギーが7J/cm2以下である、
請求項1に記載の多層膜。
【請求項6】
水の接触角が5°以下である、請求項1に記載の多層膜。
【請求項7】
ヘイズが3.2%以下である、請求項1に記載の多層膜。
【請求項8】
前記基板と、前記酸化チタン層との間に、反射防止機能を有する中間層を有する、
請求項1に記載の多層膜。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1項に記載の多層膜と、
前記多層膜が表面に設けられた前記基板とを備え、
前記基板が、表面が平坦な平板基板もしくは所定の曲率を有する光学レンズである、光学部材。
【請求項10】
波長400nm~700nmの光を垂直入射させた場合の反射率が0.05%以下である、請求項9に記載の光学部材。
【請求項11】
請求項9に記載の光学部材を備える撮像機器。
【請求項12】
請求項1に記載の多層膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、多層膜、光学部材、撮像機器および多層膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カメラ等に用いられる光学部材は、結露によって光学部材表面に水滴が形成されると、水滴が光を散乱し、カメラにおいては画質を劣化させる。さらに、結露と乾燥を繰り返すと、光学部材表面に汚れが残留し、汚れが光を散乱および遮蔽し、画質を劣化させる。また、汚れは親水性の低下を生じ、水滴が形成されやすくなる。閉じた空間に配置された光学部材においては、水滴と汚れの除去が困難である。対策として、光学部材表面に親水性層を配置し、水滴の形成を抑制するとともに、光触媒層を配置し、汚れに含まれる有機物を分解する手段が有る。また、光学部材は入射光に対する反射率が低いことが望まれる。
【0003】
特許文献1には、基板の表面上に反射防止層を備え、反射防止層の表面に酸化チタンからなる光触媒層を備え、光触媒層の表面に、酸化シリコンからなり、微細な細孔が形成された、親水性、光触媒性および低反射率の特性を有する多層膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2020/129558号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、優れた親水性と光触媒性を有する多層膜、多層膜を備えた光学部材、および多層膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の多層膜は、基板上に、モスアイ構造を表面に有し親水性を発現する酸化シリコン層と、酸化シリコン層に接して配置された、光触媒機能を発現する酸化チタン層とを備えた多層膜である。
【0007】
本開示の多層膜の酸化チタン層は、酸化シリコン層と基板の間に配置されることが好ましい。
【0008】
本開示の多層膜の酸化シリコン層は、親水性を発現する官能基を備えることが好ましい。
【0009】
本開示の多層膜のモスアイ構造の高さは、120nm~400nmが好ましく、周期は80nm~220nmであることが好ましい。
【0010】
本開示の多層膜は、酸化チタン層の膜厚は250nm~500nmが好ましく、光触媒活性に必要な紫外線照射エネルギーが7J/cm2以下であることが好ましい。
【0011】
本開示の多層膜は、5°以下であることがより好ましい。水の接触角は、市販の接触角計により測定することができる。本明細書において水の接触角は、水滴量1μLで測定した静的接触角とする。
【0012】
本開示の多層膜は、ヘイズが3.2%以下であることが好ましい。
【0013】
本開示の多層膜は、基板と、酸化チタン層との間に、反射防止機能を有する中間層を有することが好ましい。
【0014】
本開示の光学部材は、本開示の多層膜と、多層膜が表面に設けられた基板とを備え、
基板が、表面が平坦な平板基板もしくは所定の曲率を有する光学レンズである、光学部材である。
【0015】
本開示の光学部材は、波長400nm~700nmの光を垂直入射させた場合の反射率が0.05%以下であることが好ましい。
【0016】
本開示の撮像機器は、本開示の光学部材を備えた撮像機器である。
【0017】
本開示の多層膜の製造方法は、本開示の多層膜を製造する製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本開示の技術によれば、優れた親水性と光触媒性を有する多層膜、多層膜を備えた光学部材および多層膜の製造方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】一実施形態の光学部材の断面模式図である。
図2】変形例の光学部材の断面模式図である。
図3】一実施形態の光学部材の製造工程を示す図である。
図4】マスク形成工程の詳細示す図である。
図5】エッチング工程の詳細を示す図である。
図6】一実施形態の撮像機器の斜視図である。
図7】サンプル1-1~1-8の空間周波数スペクトルを示す図である
図8図8(1A)はサンプル1-8の表面SEM画像の一例であり、図8(1B)はサンプル1-8の断面SEM画像の一例である。図8(2A)はサンプル1-8の窒化アルミニウム膜の代わりに、酸化アルミニウム膜を成膜したサンプルの表面SEM画像の一例であり、図8(2B)はサンプル1-8の窒化アルミニウム膜の代わりに、酸化アルミニウム膜を成膜したサンプルの断面SEM画像の一例である。
図9】サンプル2-1~2-8とサンプル3-1~3-8の、凹凸平均高さと凹凸平均周期を示す図である。
図10】サンプル4-1~4-5の光触媒活性の紫外線照射エネルギー依存性を示す図である。
図11】比較サンプルの光触媒活性の紫外線照射エネルギー依存性を示す図である。
図12】モスアイ構造の屈折率変化を示す図である。
図13】サンプル5-1の反射率を示す図である。
図14】サンプル5-4の反射率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して本開示の実施形態について説明する。なお、視認容易のため、各層の膜厚やそれらの比率は、適宜変更して描いており、必ずしも実際の膜厚や比率を反映したものではない。本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0021】
図1は一実施形態の光学部材の断面図を示す。光学部材1は、表面が平坦な光学基板10と、一実施形態の多層膜3とを備える。多層膜3は、光学基板10上に備えられた酸化チタン層20と、モスアイ構造32を表面に有する酸化シリコン層30とを備える。本例において、酸化チタン層20は、酸化シリコン層30と光学基板10との間に配置されている。酸化シリコン層30は、モスアイ構造32を表面に有し、親水性を発現する。酸化チタン層は、光触媒機能を有する。これにより、多層膜3は、親水性を有し、かつ、光触媒活性を有する。多層膜3の表面における水の接触角は10°以下であることが好ましく、5°以下であることがより好ましい。水の接触角は、市販の接触角計により測定することができる。本明細書において水の接触角は、水滴量1μLで測定した静的接触角とする。
【0022】
光学基板10は本開示の基板の一例である。光学基板10の形状は特に限定なく、表面が平坦な平板基板、所定の曲率を有する凹レンズ又は凸レンズなどの光学レンズなど、主として光学装置に用いられる透明な基板であり、正又は負の所定の曲率を有する曲面と平面の組み合わせで構成された基板であってもよい。
【0023】
酸化チタン層20は、気相成膜法により作製された膜であることが好ましい。具体的には、酸化チタン層20は、スパッタリング法によって成膜されたスパッタ膜、又は蒸着法によって成膜された蒸着膜などであることが好ましい。酸化チタン層20はアナターゼ型であることが好ましい。
【0024】
酸化チタン層20に含まれる酸化チタンの組成をTiOxで表した場合に、1.90≦x≦2.00であることが好ましく、1.95≦x≦2.00であることがより好ましい。
【0025】
酸化チタン層20の膜厚は250nm~500nmであり、光触媒活性に必要な紫外線照射エネルギーが7J/cm2以下であることが好ましい。光触媒活性の観点から見れば、酸化チタン層20の膜厚は300nm以上が望ましく、400nm以上がより望ましく、500nmが最も望ましい。ただし、紫外線照射エネルギーと反射率のバランスの観点から見れば、酸化チタン層20の膜厚は250nm~300nmが望ましい。
【0026】
酸化シリコン層30は、モスアイ構造32を有する。酸化シリコン層30中において、アルミニウムの含有率は0.25wt.%以下、カルシウムの含有率は2.0wt.%以下、ホウ素の含有率は2.0wt.%以下、かつ、炭素の含有率は6.0wt.%以下である。アルミニウムの含有率は0.1wt.%以下が好ましく、カルシウムの含有率は1.0wt.%以下が好ましく、ホウ素の含有率は1.0wt.%以下が好ましく、炭素の含有率は4.0wt.%以下が好ましい。なお、酸化シリコン層30の含有成分の含有率は、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)によって測定することができる。
【0027】
酸化シリコン層30に含まれる酸化シリコンの組成をSiOxで表した場合に、1.90≦x≦2.00であることが好ましく、1.95≦x≦2.00であることがより好ましい。
【0028】
モスアイ構造32は、酸化シリコン層30の底面(基板側)から表面に向かって断面積が徐々に小さくなる形状の凸部を複数含む構造である。図1においては、モスアイ構造32は断面三角形状の凸部が規則的に配置された構造であるが、本明細書におけるモスアイ構造としては、先端先細り形状の凸部が規則的あるいは不規則に多数配置された構造をいうものとする。なお、このような形状に起因して、モスアイ構造は底面から表面に向けて徐々に屈折率が小さくなり、最表面で略空気と同等の屈折率1となる屈折率変化を示す。
【0029】
モスアイ構造32の平均高さは、120nm~400nmが好ましく、平均周期は80nm~220nmであることが好ましい。平均高さは300nm以下がより好ましく、180nm以下がさらに好ましい。平均周期は130nm以下がさらに好ましい。
【0030】
平均高さと平均周期の測定方法については、後記の実施例において説明する。
【0031】
酸化シリコン層30は、表面に親水性を発現する官能基を備えていることが好ましい。酸化シリコン層30は、表面が水酸基(-OH)で覆われることで、水の表面自由エネルギーと光学部材の表面自由エネルギーとの差が小さくなり、親水性を示すことが知られている。さらに表面をモスアイ構造32にすることにより、表面が平滑な場合と比較して単位空間あたりの表面積が増加し、単位空間あたりの水酸基の濃度が高くなる。このため、さらに高い親水性を発現する。また、モスアイ構造32の凹凸の隙間を、水が浸入可能なサイズにすることで、さらに高い親水性を発現する。
【0032】
一方、親水性を示す官能基としては、水酸基の他に、アミノ基、カルボニル基、カルボキシル基、フェニル基、メチル基などがあり、酸化シリコン層30の表面にこれらのうちのいずれかが修飾されていてもよい。水酸基以外の官能基は、これらを含んだ液体物質中に多層膜を浸漬させた後に酸化シリコン多層膜表面に対してプラズマ処理を行うことにより、酸化シリコン層30の表面に修飾させることができる。
【0033】
多層膜3は、ヘイズが3.2%以下であることが好ましい。ヘイズは小さい方がより好ましい。多層膜3のヘイズが小さいほど、光学部材内における散乱が小さくなり、光学部材としての品質が高まる。そのため、多層膜3のヘイズは小さいほど好ましい。ヘイズの測定は、市販のヘイズメーターにより測定することができる。
【0034】
以上の通り、本実施形態の多層膜3は、光学基板10上に設けられた酸化チタン層20と、酸化チタン層20上に設けられた表面にモスアイ構造32を有する酸化シリコン層30を備える。酸化シリコン層30の表面にモスアイ構造32を有することにより、酸化シリコン層30の表面積を大きくすることができる。結果として、水の表面自由エネルギーと多層膜3の表面自由エネルギーとの差が小さくなる。水の表面自由エネルギーと多層膜3の表面自由エネルギーとの差が小さいほど、高い親水性を示す。なお、酸化シリコン層30の表面をモスアイ構造32とすることで、多孔質膜の酸化シリコン層、斜方膜の酸化シリコン層を備えた場合と比較しても表面積を大きくすることができ、高い親水性が得られる。また、酸化シリコン層30がモスアイ構造32であり凹凸の凹の底部と光触媒層である酸化チタン層20との距離が近いため、低い紫外線エネルギーで活性種が発生し、多層膜3の最表面での活性種濃度を高めることができる。すなわち、酸化チタン層20による光触媒作用を低い紫外線エネルギーで生じさせることができる。
【0035】
本実施形態の多層膜3は、酸化シリコン層30が、アルミニウムの含有率が0.25wt.%以下、カルシウムの含有率が2.0wt.%以下、ホウ素の含有率が2.0wt.%以下、かつ、炭素の含有率が6wt.%以下である。このような構成であれば、光学部材1を作製する場合において、酸化シリコン層30を気相エッチングする際に、エッチングガスと反応してエッチングを阻害する化合物の発生を抑制できる。従って、モスアイ構造32が形成し易い。
【0036】
なお、酸化シリコン層30が気相成膜法で作製した膜、例えば、スパッタリング法あるいは蒸着法等で作製したスパッタ膜あるいは蒸着膜である場合には、不純物濃度を十分に低減した膜とすることが可能である。
【0037】
モスアイ構造32の平均高さは、120nm~400nmが好ましく、平均周期は80nm~220nmである場合、ヘイズを抑制できる。
【0038】
(変形例)
図2は変形例の光学部材2の断面図を示す。図2において、図1と同一の構成要素には同一の符号を付している。光学部材2は、光学基板10と、変形例の多層膜4とを備える。変形例の多層膜4は、光学基板10と酸化チタン層20との間に、入射光に対する反射率を低下させる反射防止機能を有する中間層12を備えている。本明細書において、「中間層」とは、光学基板10と酸化チタン層20との間に備えられている層であることを意味する。
【0039】
中間層12は、図2中(a)に示すように、相対的に高い屈折率を有する高屈折率層12aと、相対的に低い屈折率を有する低屈折率層12bとが交互に積層していることが好ましい。図2中(a)では、光学基板10側から低屈折率層12b、高屈折率層12aがこの順に交互に2層積層されているが、多層膜の層数は特に制限はなく、図2中(b)に示すように、中間層12は6層構成であってもよい。
【0040】
高屈折率層12aは低屈折率層12bの屈折率に対して高い屈折率を有するものであり、低屈折率層12bは高屈折率層12aの屈折率に対して低い屈折率を有するものであればよいが、高屈折率層12aの屈折率が光学基板10の屈折率よりも高く、低屈折率層12bの屈折率が光学基板10の屈折率よりも低いものであることがより好ましい。
【0041】
高屈折率層12a同士、または低屈折率層12b同士は、同一の屈折率でなくても構わないが、同一材料で同一屈折率とすれば、材料コストおよび成膜コスト等を抑制する観点から好ましい。
【0042】
高屈折率層12aを構成する材料としては、五酸化ニオブ(Nb)、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコニウム(ZrO)、五酸化タンタル(Ta)、酸窒化シリコン(SiON)、窒化シリコン(Si)および酸化シリコンニオブ(SiNbO)などが挙げられる。
【0043】
低屈折率層12bを構成する材料としては、酸化シリコン(SiO)、酸窒化シリコン(SiON)、酸化ガリウム(Ga)、酸化アルミニウム(Al)、酸化ランタン(La)、フッ化ランタン(LaF)、フッ化マグネシウム(MgF)、フッ化ナトリウムアルミニウム(NaAlF)などが挙げられる。
【0044】
いずれの化合物も化学量論比の組成比からずれた構成元素比となるように制御したり、成膜密度を制御したりして成膜することにより、屈折率をある程度変化させることができる。
【0045】
多層膜4は反射防止機能を有する中間層12を備えることにより、反射防止膜としても機能する。多層膜4は、波長400nm~700nmに対する平均反射率が0.1%以下であることが好ましく、0.05%以下であることがより好ましい。
【0046】
多層膜4を備えた光学部材2は、波長400nm~700nmの光を基板面に垂直に入射させた場合の平均の反射率が0.1%以下であることが好ましく、0.05%以下であることがより好ましい。平均の反射率とは波長400nm~700nmの内の各波長における反射率の平均値を意味する。反射率が低いほど反射防止性能が高い。
【0047】
光学部材2に対して入射角度5°で光を入射させ、波長毎の反射率を測定する。反射率の波長依存性は市販の分光測定機で測定することができる。
【0048】
酸化シリコン層30の表面のモスアイ構造32は、膜厚方向における屈折率が、光学基板10側から表面側に向かって屈折率が徐々に小さくなる(例えば、図12参照)。このような屈折率変化をすることによって、表面側から入射した光の反射を防止する効果があり、このモスアイ構造32と中間層12を備えることの相乗効果により、顕著な反射防止効果が得られる。
【0049】
(製造方法)
一実施形態の多層膜3の製造方法を含む光学部材1の製造方法を説明する。
【0050】
図3に示すように、光学部材1の製造方法は、工程A~工程Cを含む。工程Aは、光学基板10上に酸化チタン層20および酸化シリコン層30を成膜する工程である。工程Bは、酸化シリコン層30上にマスク40を形成するマスク形成工程である。工程Cは、マスク40とエッチングガスGを用いて酸化シリコン層30を気相エッチングするエッチング工程である。
【0051】
成膜工程(工程A)において、光学基板10の一面に気相成膜法により酸化チタン層20および酸化シリコン層30を順に成膜する。気相成膜法としては、スパッタリング法、真空蒸着法および化学気相成長法などが挙げられ、特には、スパッタリング法が好適である。気相成膜法を用いることにより、酸化チタン層20および酸化シリコン層30中に不純物が混入するのを抑制できる。すなわち、スパッタリング法により成膜されたスパッタ膜、あるいは、真空蒸着法により成膜された蒸着膜などは、ターゲット以外の元素(すなわち、不純物)の混入が十分抑制された膜といえる。
【0052】
スパッタリング法により酸化シリコン層30を成膜する場合、SiOターゲットを用い、成膜室中に酸素を導入し、その酸素の流量を調整することにより酸化シリコン(SiOx)のxを任意に調整できる。
【0053】
酸化チタン層20の膜厚は、例えば、250nm~500nmである。
酸化シリコン層30の膜厚は、例えば、500nm~1500nmである。
【0054】
マスク形成工程(工程B)の詳細を図4に示す。マスク形成工程は、一例として、図4に示すように、工程B-1:酸化シリコン層30上にアルミニウムを含む薄膜42(以下において、Al含有薄膜42とする。)を成膜するAl含有薄膜成膜工程、および、工程B-2:Al含有薄膜42を温水処理する温水処理工程とを含む。
【0055】
Al含有薄膜成膜工程(工程B-1)では、気相成膜法を用いて、Al含有薄膜42を成膜する。気相成膜法としては、スパッタリング法、真空蒸着法および化学気相成長法などが挙げられ、特には、スパッタリング法が好適である。酸化シリコン層30をスパッタリング法で成膜する場合は、同一チャンバ内で、連続してAl含有薄膜42を成膜することが好ましい。
【0056】
Al含有薄膜42としては、アルミニウム膜、酸化アルミニウム膜、および窒化アルミニウム膜などが挙げられる。Al含有薄膜42の膜厚は、10nm~40nmであることが好ましい。なお、窒化アルミニウム膜を用いることが特に好ましい。
【0057】
温水処理工程(工程B-2)における温水処理とは、60℃以上の温水に20秒以上晒す処理をいう。温水処理には、例えば、Al含有薄膜42が形成された積層体を室温の水(特には純水が好ましい。)に浸漬した後に水を煮沸する方法、高温に維持された温水に上記積層体を浸漬する方法、あるいはAl含有薄膜42を高温水蒸気に曝す方法等が挙げられる。本実施形態では、水槽5に収容された純水6を加熱し、加熱された純水6中に光学基板10、酸化チタン層20、酸化シリコン層30およびAl含有薄膜42からなる積層体毎浸漬させて温水処理する。煮沸や浸漬する時間は、特には3分以上、15分以下が適する。温水の温度は、特には、90℃より高温であることが望ましい。温度が高いほど処理の時間が短くて済む傾向にある。
【0058】
上記温水処理により、工程B-3に示すように、Al含有薄膜42が、アルミナの水和物を主成分とする凹凸構造層に変化する。凹凸構造層がマスク40に相当する。以下において、凹凸構造層40と記載するのはマスク40と同義である。凹凸構造層40を構成するアルミナの水和物とは、アルミナ1水和物であるベーマイト(Al23・H2OあるいはAlOOHと表記される。)、アルミナ3水和物(水酸化アルミニウム)であるバイヤーライト(Al23・3H2OあるいはAl(OH)3と表記される。)などである。
【0059】
凹凸構造層40は、凹凸構造は凹凸の高さ及び周期がランダムであり、凸部の大きさ(頂角の大きさ)および向きは様々であるが概ね鋸歯状の断面を有している。
【0060】
エッチング工程(工程C)の詳細を図5に示す。エッチング工程は、一例として、図5に示すように、工程C-1:凹凸構造層40をその形状通りに物理的にエッチングする物理エッチング工程と、その後に実施される工程C-2:凹凸構造層40の凹部に露出する酸化シリコン層30を選択的にエッチングする反応性エッチング(化学エッチング)工程とを含む。
【0061】
物理エッチング工程(工程C-1)では、アルミナの水和物からなる凹凸構造層40をエッチングして、凹凸構造層40の凹部に酸化シリコン層30を露出させる。ここでは、エッチングガスG1としては、例えば、アルゴン(Ar)とCHF(トリフルオロメタン)の混合ガスが用いられる。物理エッチング時間は、例えば、15秒から60秒程度が好ましく、30秒から45秒がより好ましい。
【0062】
化学エッチング工程(工程C-2)では、凹部に露出する酸化シリコン層30をエッチングする。エッチングガスG2としては、例えば、SF(六フッ化硫黄)とCHFとの混合ガスが用いられる。この場合、反応性ガスであるSFをSiOに作用させ、SiFを生成、気化させてSiOを化学的にエッチングする。この化学エッチング工程では、酸化シリコン層30の光学基板10側の面からモスアイ構造の最大凸部の頂までの距離d2が成膜直後の酸化シリコン層30の膜厚d1よりも小さくなるまで、エッチングを実施する。化学エッチング時間は、例えば、1分から35分が好ましく、1分から25分がより好ましく、10分から25分が特に好ましい。
【0063】
なお、化学エッチング工程の後には、酸化シリコン層30の表面に残留する凹凸構造層40を除去するため、洗浄処理工程(工程C-3)が実施される。
【0064】
洗浄処理工程(工程C-3)では、SH(硫酸と過酸化水素との混合溶液)により、凹凸構造層40を除去し、乾燥させた後、紫外線(UV)照射を行う。紫外線照射は、製造過程にて混入した不要な有機物を分解する目的で行う。混入を無視できる製造環境では、紫外線照射は必須ではない。
【0065】
以上の工程により、光学部材1を作製することができる。
【0066】
なお、中間層12および酸化チタン層20を備える光学部材2を作製する場合には、光学基板10上に酸化シリコン層30を形成する前に中間層12および酸化チタン層20を成膜する。中間層12および酸化チタン層20の成膜についても気相成膜法を用いることが好ましい。気相成膜によれば多様な屈折率および層厚の積層構造を容易に形成することができる。
【0067】
なお、上記の化学エッチングを実施するに際して、酸化シリコン層30中にエッチングガスと反応してガス化しにくい化合物を生成する不純物元素が含まれている場合、SiOと反応性ガスとの反応を阻害する可能性がある。SiOと反応性ガスとの反応が阻害されると、エッチングレートが遅くなったり、エッチングレートが不安定になったり、エッチングが進まなくなったりするという問題が生じる。SFと反応してガス化しにくいフッ素化合物を生成する不純物元素としては、アルミニウム、カルシウム、ホウ素および炭素が挙げられる。上述のように、SiOターゲットを用いてスパッタ成膜等の気相成膜法により酸化シリコン層30を成膜すれば、ゾルゲル等の液相成膜法で成膜する場合と比較してこれらの不純物元素の混入を十分抑制でき、化学エッチング工程におけるエッチング阻害の問題を生じさせない。
【0068】
また、カバーガラスやレンズなどに用いられる光学基板には、軟化点を下げる、あるいは屈折率を調整する、などの目的で、Si以外の金属(例えば、Al、Ca)を含んでいる場合がある。そのため、光学基板の表面をエッチングして光学部材の表面に直接凹凸構造を形成しようとすると、工程C-2の化学エッチング工程で上記問題が生じ、凹凸構造形成に時間がかかる、あるいは十分な深さの凹凸構造の形成ができない可能性がある。本光学部材1の製造方法においては、光学基板10上に酸化シリコン層30を成膜するので、光学基板10に不純物元素が混入していても問題なく、光学基板10の材質を問わず適用可能である。
【0069】
上述の光学部材1、2は親水性が高く、かつ、セルフクリーニング機能が高いので、内視鏡カメラ、監視カメラおよび車載カメラ等の光学レンズなど結露が付着しやすい部分に配置されている光学部材として好適である。
【0070】
本開示の実施形態に係る撮像機器について説明する。図6は、本開示の一実施形態に係る撮像機器であるカメラ130の外観を示す斜視図である。カメラ130は、いわゆるミラーレスタイプのデジタルカメラであり、交換レンズ120を取り外し自在に装着可能である。交換レンズ120は、鏡筒内に収納されたズームレンズを含んで構成されている。例えば、ズームレンズを構成する光学レンズのうち最も外側に配置されるレンズに本開示の一実施形態の光学部材101が適用される。光学部材101は、外部に露出する面側に本開示の一実施形態の多層膜103を備える。
【0071】
カメラ130はカメラボディ131を備え、カメラボディ131の上面にはシャッターボタン132、および電源ボタン133が設けられている。また、カメラボディ131の図示しない背面には、操作部および表示部が設けられている。表示部は、撮像された画像および撮像される前の画角内にある画像を表示可能である。
【0072】
カメラボディ131の前面中央部には、撮影対象からの光が入射する撮影開口が設けられ、その撮影開口に対応する位置にマウント137が設けられ、マウント137を介して交換レンズ120がカメラボディ131に装着される。
【0073】
カメラボディ131内には、交換レンズ120によって形成された被写体像に応じた撮像信号を出力するCCD(Charge Coupled Device)又はCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)等の撮像素子、その撮像素子から出力された撮像信号を処理して画像を生成する信号処理回路、およびその生成された画像を記録するための記録媒体等が設けられている。
【実施例0074】
多層膜および光学部材の実施例および比較例となるサンプルを作製し、各種試験を行い、本開示の多層膜および光学部材について検証した結果について説明する。
【0075】
各試験に用いたサンプルの作製において、成膜装置としては、RFマグネトロンスパッタリング装置BMS-800II(シンクロン株式会社)を用いた。各膜の成膜条件は後述する。
【0076】
各サンプルの諸特性は以下の測定方法で測定した。
【0077】
(水の接触角)
水の接触角の測定には、接触角計(DM300:協和界面科学株式会社)を用いた。ここでは、水滴量を1μLとして、静的接触角を測定した。なお、本明細書においては、親水性の尺度を水の接触角によって記述しているが、水以外の液体を用いた接触角で記述しても良い。例えば、水に代えて、n-ヘキサデカンやエチレングリコールなどを用いて接触角を測定し、親水性の評価を行っても良い。表面自由エネルギーが水の表面自由エネルギー(72.8mN/m)よりも小さい液体を接触角測定用の液体として用いても良い。更に詳細な定義をすると、使用される液体の表面エネルギーの分散成分が水の表面エネルギーの分散成分と近い値を示す液体であれば水の接触角の大小関係と同様の接触角の大小関係で親水性を評価することができる。使用される液体の分散成分の数値については特許第4012891号公報に記載されている数値を使用すれば良い。
【0078】
(凹凸の平均高さ)
凹凸の平均高さは、酸化シリコン層の表面に形成された微細凹凸構造(モスアイ構造)の凹部の底から凸部の頂までの平均高さであり、以下のようにして導出した。
まず、光学部材の断面を、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で5万倍の倍率で撮像し、SEM画像を取得した。SEM画像を2値化して凹凸構造のエッジを検出し、凹部を埋める塗りつぶし処理を行い、ノイズを除去し、凹凸の表面である空気と凹凸との境界を決定した。これらの処理により、最深位置を高さ0とした凹凸の境界線が求められる。求めた境界線内の凹凸高さを積分して平均すると、凹凸の平均高さを求めることが出来る。
【0079】
(凹凸の平均周期)
平均周期は、それぞれ空間周波数スペクトルを求め、その最大強度を取る空間周波数値を求め、この空間周波数値から周期を求める。詳細には、走査型電子顕微鏡により1万倍の倍率で微細凹凸構造(モスアイ構造)の平面視したSEM画像を取得し、SEM画像から1000×680ピクセルの範囲を切り出し、二次元フーリエ変換を施した。得られた二次元の空間周波数の二乗強度スペクトルを方位角方向に積算し、空間周波数の大きさに対応するスペクトルの強度を求めることで一次元の空間周波数とスペクトル強度の関係(図7参照)を算出した。そして、頂点近傍をガウス関数でフィッティングすることで最大強度(ピーク)を取る空間周波数値を求めた。例えば、最大強度を示す空間周波数値が5μm-1である場合、周期[μm]は1/5=0.2であり、平均周期は200nmである。
【0080】
(ヘイズ)
ヘイズの測定には、ヘイズメーター(SH7000:日本電色工業株式会社)を用いた。
ヘイズ[%]=(拡散透過光量/(垂直透過光量+拡散透過光量))×100
で表される。ヘイズが大きいほど拡散透過光量が大きいことを意味する。
【0081】
(画像評価方法)
汎用ポータブルTVカメラ(本体:Sony HDC-4300、レンズ:Fujinon UA18×7.6BERD)にサンプルをそれぞれレンズフィルタとして装着し、被写体を撮影して、撮影画像をモニター上に映し出した。この撮影画像を以下の評価基準で官能評価した。
A:Hazeが全く気にならない。クリアな画像(黒部)が得られる。
B:注意して画像を見ないと散乱発生に気が付かないレベル。
C:画像に散乱の影響があることがわかるレベル。
D:明らかに画像の黒部分に散乱の影響があり、白く見えるレベル。
【0082】
(光触媒活性の紫外線照射エネルギー依存性(WAX試験))
綿棒を用いて自動車用ワックス(商品名「New Willson」 Willson製)をサンプル表面に擦りつけ、ワックス塗布から24時間以上経過した後、サンプル表面に塗布されたワックスを中性洗剤と水とで除去し、ワックスが除去されたサンプル表面の水との接触角θ1を測定した。そして、サンプル表面に紫外光を照射し、照射後に、再びサンプル表面の水との接触角θ2を測定した。なお、紫外光の光源には三共電気製UV-B紫外線ランプ20WGL20SEを使用し、照射条件はUV照度3mw/cm、照射時間0.5分から42分とした。0.1~7.5J/cmに相当する。また、接触角測定装置には、協和界面科学製DM300を使用した。
【0083】
(膜の屈折率)
エリプソメトリー(J. A. Woolam社 VASE)にて測定した。
【0084】
「試験1」
光学基板上に、酸化シリコン層を備え、酸化シリコン層の表面に窒化アルミニウム膜からなるモスアイ構造を備えたマスクのサンプル1-1~1-8と、サンプル1-8にエッチング処理を行い、酸化シリコン層からなるモスアイ構造を備えたサンプル2-1~2-8を作製し、各種評価を行った。
【0085】
(サンプル作製方法)
サンプル1-1~1-8の作製方法は以下の通りとした。
光学基板として、直径80mm、厚さ2mmの白板基板(B270i:SCHOTT社製)を用いた。この白板基板上に、スパッタリング法で酸化シリコン層を1000nm成膜し、さらにスパッタリング法で窒化アルミニウム膜を、10nmまたは40nm成膜した。次に、酸化シリコン層および窒化アルミニウム膜が積層された白板基板を80℃または100℃の温水中に20秒または3分浸漬させる温水処理を施した。これにより、窒化アルミニウム膜をアルミナの水和物からなる微細凹凸層に変化させた。各サンプル1-1~1-8についての窒化アルミニウム膜厚、温水処理温度、および浸漬時間は後記の表1に示す。
【0086】
酸化シリコン層の成膜にはSiOターゲットを用い、窒化アルミニウム膜の成膜にはAlターゲットを用いた。スパッタ条件は、以下の通りとした。
【0087】
-酸化シリコン層のスパッタ条件-
ターゲット投入電力:500W
真空度:0.2Pa、O雰囲気(O流量:200sccm)
基板加熱なし
【0088】
-窒化アルミニウム膜のスパッタ条件-
ターゲット投入電力:600W
真空度:0.2Pa、N雰囲気(N流量:150sccm)
基板加熱なし
【0089】
上記のようにして作製したサンプル1-1~1-8について、サンプルの作製条件と凹凸構造の高さと周期を測定した結果を表1に示す。また、図7にサンプル1-1~1-8の空間周波数スペクトル(空間周波数とスペクトル強度の関係)を示す。図7に示す空間周波数スペクトルの強度ピークを示す空間周波数の逆数を凹凸周期として算出した。
【0090】
【表1】
【0091】
表1に示す通り、窒化アルミニウムの膜厚、温水処理温度および浸漬時間によって、形成される微細凹凸層の凹凸高さ、および凹凸周期を変えることができる。各サンプル1-1~1-8について、ヘイズは0.18%以下と非常に小さい値であった。なお、微細凹凸層をマスクとして酸化シリコン層をエッチングすると、微細凹凸層の凹凸が酸化シリコン層に転写される。すなわち、酸化シリコン層にはマスクの微細凹凸層の凹凸周期に応じた凹凸周期のモスアイ構造が形成されることになる。ヘイズの小さいマスクを用いてエッチングして得られたモスアイ構造の酸化シリコン層を備えた多層膜であれば、小さいヘイズとなることが期待される。
【0092】
マスクのサンプル1-8について、微細凹凸層をマスクとしてエッチング処理を実施し、酸化シリコン層からなるモスアイ構造を備えたサンプル2-1~2-8を作製した。エッチング処理としては、まず、物理エッチングを実施して、引き続き、化学エッチングを行った。物理エッチングで微細凹凸層の凹部を貫通させ、酸化シリコン層を露出させる。その後、化学エッチングにより微細凹凸層の凹部に露出する酸化シリコン層をエッチングした。物理エッチングおよび化学エッチングの条件はそれぞれ下記の通りとした。
【0093】
-物理エッチング条件-
ICP(Inductively Coupled Plasma)出力:300W、バイアス出力:120W
エッチング圧力:3Pa
エッチングガス:Ar(100sccm)、CHF(10sccm)
基板温度:10℃
エッチング時間:45sec.
【0094】
-化学エッチング条件-
ICP出力:500W、バイアス出力:15W
エッチング圧力:0.6Pa
エッチングガス:SF(40sccm)、CHF(40sccm)
基板温度:10℃
エッチング時間:1min.~35min.(サンプルによって異なる。)
各サンプル2-1~2-8についてのエッチング時間は後記の表2に示す。
【0095】
サンプル2-1~2-8について、化学エッチング時間と、ヘイズの測定結果と、画像の官能評価と、水の接触角の測定結果と、凹凸高さの測定結果と、凹凸周期の測定結果を表2に示す。
【0096】
【表2】
【0097】
本試験1において、画像評価方法における官能評価の結果からヘイズは3.2%以下が望ましく、1.5%以下がさらに望ましく、0.44%以下が最も望ましいとの指標を得た。ヘイズの少なさと水の接触角の小ささは相反する関係にあるが、凹凸高さが120nm~300nm、凹凸周期が80nm~220nmの範囲に、ヘイズの少なさ(ヘイズ3.2%以下)と水の接触角の小ささ(接触角5°以下)を両立する範囲が存在することを確認した。また、凹凸高さと凹凸周期が小さくなると、ヘイズが低減する傾向を確認した。
【0098】
「試験2」
上記サンプル1-1~1-8には、マスク材料として窒化アルミニウムを用いた。これに対し、マスク材料として酸化アルミニウムを用いたサンプルAを作製し、酸化アルミニウムを用いた場合と比較した。具体的には、サンプル1-8において、窒化アルミニウム膜の代わりに、酸化アルミニウム膜を成膜して微細凹凸層を形成したサンプルAを作製した。サンプルAは、酸化アルミニウム膜を膜厚40nmで成膜し、サンプル1-8と同一条件で温水処理を実施して作製した。すなわち、サンプルAの温水処理条件は温水処理温度100℃、浸漬時間180秒とした。図8の(1A)はサンプル1-8の表面SEM画像であり、図8の(1B)はサンプル1-8の断面SEM画像である。また、図8の(2A)はサンプルAの表面SEM画像であり、図8の(2B)は断面SEM画像である。
【0099】
図8の(1A)~(2B)から同じ条件で温水処理をした場合、凹凸高さ、凹凸周期ともに、窒化アルミニウム膜のほうが、酸化アルミニウム膜よりも小さいことが分かる。具体的には、サンプル1-8の微細凹凸層は凹凸周期が86nm、凹凸高さが176nmであったのに対し、サンプルAの微細凹凸層の凹凸周期は300nm、凹凸高さが280nmであった。また、サンプルAのヘイズは3%~5%程度であり、サンプル1-1~1-8と比較して非常に大きいものであった。
【0100】
さらに、サンプルA(サンプル1-8について窒化アルミニウムに代えて酸化アルミニウムを用いたサンプル)について、サンプル2-1~2-8と同じ条件でエッチング処理を実施してサンプル3-1~3-8を作製した。サンプル3-1~3-8についてもサンプル2-1~2-8と同様に凹凸高さ、および凹凸周期を測定した。図9は、モスアイ構造に対するマスク材料依存性を示すグラフである。窒化アルミ膜マスクであるサンプル2-1~2-8および酸化アルミ膜マスクであるサンプル3-1~3-8の各サンプルが、凹凸周期(図9中においてモスアイ凹凸周期)を縦軸、凹凸高さ(図9中においてモスアイ凹凸高さ)を横軸としたグラフ上にプロットされている。図9から、同じ凹凸高さで比較すると、マスク材料に窒化アルミニウム膜を用いた方が、凹凸周期が小さくなることが分かる。
【0101】
試験1及び試験2の結果から、本開示の多層膜を作製するにあたって、マスクにアルミナ水和物からなる微細凹凸層を用いる場合には、マスク材料として、酸化アルミニウムよりも窒化アルミニウムを用いた方がヘイズ抑制の観点から好ましいと考えられる。
【0102】
「試験3」
酸化チタン層の膜厚が異なる複数のサンプル4-1~4-5を作製し、光触媒機能について評価した。
サンプル4-1~4-5は、光学基板上に、それぞれ表3に示す膜厚の酸化チタン層を成膜した後、モスアイ構造を備えた酸化シリコン層を形成することにより作製した。サンプル4-1~4-5のモスアイ構造を備えた酸化シリコン層の作製条件はサンプル2-4と同一条件とした。
【0103】
【表3】
【0104】
サンプル4-1から4-5について、光触媒活性の紫外線照射エネルギー依存性(WAX試験)を測定した結果を図10に示す。図10の縦軸は、サンプル表面への紫外線照射後に測定した水の接触角θ2である。サンプル4-1~4-5のWAX試験前の水の接触角は概ね5°以下であり、かつ、WAX試験における接触角θ1はいずれも60°程度であった。θ2が小さいほどセルフクリーニング効果が高いことを意味する。サンプル4-1~4-5では、酸化チタン層を300nm以下、紫外線照射エネルギーを2J/cmとした場合に、水の接触角θ2が5°を下回り、高効率のセルフクリーニング効果を生じることを確認した。
【0105】
比較サンプルとして、白板基板上に酸化チタン層および酸化シリコン層を形成したサンプルを作製した。比較サンプルにおいては、酸化シリコン層の表面をモスアイ構造とせず、平滑な表面を有する酸化シリコン層を備えたものとした。酸化チタン層の膜厚は300nmに固定し、酸化シリコン膜の膜厚を10nm、20nm、40nm、80nmおよび100nmの比較サンプルを作製し、WAX試験を実施した。図11に、比較サンプルについての光触媒活性の紫外線照射エネルギー依存性を測定した結果を示す。各比較サンプルのWAX試験前の水の接触角は概ね5°~10°程度であり、かつ、WAX試験における接触角θ1はいずれも60°程度であった。表面が平滑な酸化シリコン層の場合、膜厚が10nm~20nmかつ、紫外線照射量が6.5J/cm以上で水の接触角θ2を10°以下とでき、膜厚10nmかつ、紫外線照射量が7.0J/cm以上とすることで、水の接触角θ2を5°程度まで低下させることができた。比較サンプルの場合、十分なセルフクリーニング効果を生じさせるために紫外線照射量を大きくする必要があることが分かった。また、酸化シリコン層が厚くなるほど、酸化チタン層による光触媒機能が発揮されなくなるということ分かった。
【0106】
図10および図11の比較から、モスアイ構造を表面に有する酸化シリコン膜を備えることにより、その下層に備えられている酸化チタン層による光触媒機能を効果的に発揮させることが可能であることが明らかである。
【0107】
「試験4」
図2に示した光学部材2のように、中間層を含む多層膜を備えた光学部材のサンプル5-1~5-6を作製し、光触媒機能及び反射防止機能について評価した。
サンプル5-1は、光学基板上に、酸化チタン層(TiO2-x)および酸窒化シリコン層(SiO)を一層ずつ積層してなる中間層を成膜した後、光触媒機能を発現する酸化チタン層を成膜し、さらにモスアイ構造を備えた酸化シリコン層(SiOモスアイ)を形成することにより作製した。モスアイ構造を備えた酸化シリコン層の作製条件は、上述のサンプル2-4と同一条件とした。サンプル5-1の層構造を表4に示す。層No.3~4が中間層であり、層No.2が光触媒機能を発現する酸化チタン層である。
【0108】
【表4】
【0109】
サンプル5-2は、サンプル5-1の層No.2の光触媒機能を発現する酸化チタン層の膜厚を250nmに変更した。サンプル5-3は、サンプル5-1の層No.2の光触媒機能を発現する酸化チタン層の膜厚を500nmに変更した。
【0110】
サンプル5-4は、サンプル5-1の中間層に代えて、酸化チタン層と酸窒化シリコン層を交互に計6層積層した中間層を備えた構成とした。サンプル5-4の層構造を表5に示す。層No.3~8が中間層であり、層No.2が光触媒機能を発現する酸化チタン層である。
【0111】
【表5】
【0112】
サンプル5-5は、サンプル5-4の層No.2の光触媒機能を発現する酸化チタン層の膜厚を250nmに変更した。サンプル5-6は、サンプル5-4の層No.2の光触媒機能を発現する酸化チタン層の膜厚を500nmに変更した。
【0113】
図12は酸化シリコン層のモスアイ構造の屈折率分布を示す。モスアイ構造を有する酸化シリコン層の屈折率は1~1.46の間で変化する。酸化シリコン層の屈折率は、光学基板側の屈折率が最も高く、光学基板外からの光が入射する表面側の屈折率が最も低い。また、光学基板側から表面側への単位長さあたりの屈折率の変化量を微小な量としている。このような屈折率分布においては、反射率の波長帯域特性と入射角度特性が優れた特性となる。
【0114】
各サンプルの反射率は以下の測定方法で測定した。
【0115】
(反射率)
反射率の測定には、顕微分光測定機(USPM-PU:オリンパス光学工業株式会社)を用いた。光学部材に入射角5°(垂直入射)で入射させた場合の波長毎の反射率を測定した。
【0116】
サンプル5-1の反射率の測定結果を図13に示す。サンプル5-4の反射率の測定結果を図14に示す。モスアイ構造と中間層を併せ持つことで、非常に良好な反射防止機能を備えた光学部材が得られた。
【0117】
サンプル5-1~サンプル5-6の各種評価結果を表6に示す。酸化チタンからなる光触媒層が薄いと、平均反射率を小さくすることができるが、WAX試験後の水の接触角が大きく、セルフクリーニング効果が小さいと考えられる。特性バランスの良いのは光触媒層が300nmの場合であった。
【0118】
【表6】
【0119】
以上の実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
(付記1)
基板上に設けられる多層膜であって、
モスアイ構造を表面に有し親水性を発現する酸化シリコン層と、
酸化シリコン層に接して配置された、光触媒機能を発現する酸化チタン層とを備える、
多層膜。
(付記2)
酸化チタン層は、酸化シリコン層と基板の間に配置される
付記1に記載の多層膜。
(付記3)
酸化シリコン層は、親水性を発現する官能基を備える
付記1又は付記2に記載の多層膜。
(付記4)
モスアイ構造の高さは、120nm~400nmであり、
周期は80nm~220nmである、
付記1から付記3のいずれか一つに記載の多層膜。
(付記5)
酸化チタン層の膜厚は250nm~500nmであり、
光触媒活性に必要な紫外線照射エネルギーが7J/cm2以下である、
付記1から付記4のいずれか一つに記載の多層膜。
(付記6)
水の接触角が5°以下である、付記1から付記5のいずれか一つに記載の多層膜。
(付記7)
ヘイズが3.2%以下である、付記1から付記6のいずれか一つに記載の多層膜。
(付記8)
基板と、酸化チタン層との間に、反射防止機能を有する中間層を有する、
付記1から付記7のいずれか一つに記載の多層膜。
(付記9)
付記1から8のいずれか一つに記載の多層膜と、
多層膜が表面に設けられた基板とを備え、
基板が、表面が平坦な光学基板もしくは所定の曲率を有する光学レンズである、光学部材。
(付記10)
波長400nm~700nmの光を垂直入射させた場合の反射率が0.05%以下である、付記9に記載の光学部材。
(付記11)
付記9又は付記10に記載の光学部材を備える撮像機器。
(付記12)
付記1から付記9のいずれか一つに記載の多層膜の製造方法であって、
光学基板上に、酸化チタン層及び酸化シリコン層をスパッタリング法により順次成膜する成膜工程と、
酸化シリコン層の表面にアルミナ水和物による微細凹凸層を形成するマスク形成工程と、
微細凹凸層をマスクとして、酸化シリコン層をエッチングするエッチング工程とを含む、多層膜の製造方法。
【符号の説明】
【0120】
1、2 光学部材
3、4 多層膜
5 水槽
6 純水
10 光学基板
12 中間層
12a 高屈折率層
12b 低屈折率層
20 酸化チタン層
30 酸化シリコン層
32 モスアイ構造
40 凹凸構造層(マスク)
42 Al含有薄膜
101 光学部材
103 多層膜
120 交換レンズ
130 カメラ
131 カメラボディ
132 シャッターボタン
133 電源ボタン
137 マウント
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14