(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025152866
(43)【公開日】2025-10-10
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼箔、電極、及び、電池
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20251002BHJP
H01M 4/66 20060101ALI20251002BHJP
H01M 4/13 20100101ALI20251002BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20251002BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20251002BHJP
C22C 38/50 20060101ALI20251002BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20251002BHJP
C21D 1/76 20060101ALN20251002BHJP
C21D 1/26 20060101ALN20251002BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
H01M4/66 A
H01M4/13
H01M10/052
H01M10/0562
C22C38/50
C21D9/46 R
C21D1/76 F
C21D1/26 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024055029
(22)【出願日】2024-03-28
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】米村 光治
(72)【発明者】
【氏名】小椋 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】禰宜 教之
(72)【発明者】
【氏名】佐脇 直哉
【テーマコード(参考)】
4K037
5H017
5H029
5H050
【Fターム(参考)】
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA12
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
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4K037FJ07
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4K037FM01
5H017AA03
5H017CC01
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5H029AJ13
5H029AK01
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5H029AL03
5H029AL07
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5H029AM12
5H029DJ07
5H029EJ01
5H029HJ01
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5H050AA18
5H050BA17
5H050CA01
5H050CA08
5H050CA11
5H050CB02
5H050CB03
5H050CB08
5H050CB11
5H050DA06
5H050HA01
5H050HA12
5H050HA13
(57)【要約】
【課題】優れた耐食性が得られるフェライト系ステンレス鋼箔を提供する。
【解決手段】本開示のフェライト系ステンレス鋼箔は、フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体を備え、箔本体の表面を起点とした0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)と、箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とが、式(1)を満たす。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体を備え、
前記箔本体の表面を起点とした0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)と、前記箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とが、式(1)を満たす、
フェライト系ステンレス鋼箔。
|DM-DL|≦0.0008 (1)
【請求項2】
請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼箔であって、
前記箔本体の化学組成が、質量%で、
C:0.001~0.030%、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.01~1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
Ni:0.01~0.50%、
Cr:12.00~20.00%、
Mo:0.01~2.50%、
N:0~0.100%、
Ti:0~0.80%、
Nb:0~0.80%、及び、
Zr:0~0.80%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなる、
フェライト系ステンレス鋼箔。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼箔と、
前記フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層と、を備える、
電極。
【請求項4】
請求項3に記載の電極と、
電解質と、を備える、
電池。
【請求項5】
請求項4に記載の電池であって、
前記電解質は、硫化物系固体電解質である、
電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フェライト系ステンレス鋼箔、そのフェライト系ステンレス鋼箔を集電体として用いた電極、及び、その電極を用いた電池に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに様々な電子機器の電源として、一次電池及び二次電池等の電池が用いられてきた。近年さらに、家庭用ビデオカメラ、ノートパソコン、及び、スマートフォン等の小型電子機器の普及により、リチウムイオン電池に代表される二次電池が急速に普及してきている。
【0003】
二次電池は、正極及び負極を有する電極と、電解質とを備える。正極及び負極ではいずれも、集電体の上に電極合剤層が形成されている。電極合剤層は、活物質を含む層である。集電体は、電流を活物質に供給する機能、及び、電極合剤層を保持する基材としての機能を有する。
【0004】
従来、二次電池の電解質としては、電解液が用いられている。しかしながら、電解液は可燃性の有機溶媒を含むため、使用できる温度域が狭かった。そのため近年では、電解液に代えて固体電解質を用いた全固体電池の開発が進められている。全固体電池は有機溶媒を含まないため、幅広い温度域で安定した電池性能が得られる。全固体電池に用いられる固体電解質の中でも特に、LPS(Lithium Phosphorus Sulfide)をはじめとする硫化物系固体電解質は、高いイオン電導度を有している。そのため、硫化物系固体電解質を用いることにより、全固体電池の高出力化を実現することができる。
【0005】
一方で、硫化物系固体電解質を用いる場合、硫化物により集電体が腐食される場合がある。集電体が腐食されれば、電池性能が低下する。つまり、集電体には高い耐食性が求められる。そのため、集電体の素材として、耐食性の高いステンレス鋼の適用が検討されている。ステンレス鋼の中でも特に、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼と比較して、電気抵抗が低く、導電性が高い。そのため、フェライト系ステンレス鋼は、集電体の素材に適している。
【0006】
しかしながら、フェライト系ステンレス鋼を集電体として用いた場合でも、全固体電池中における硫化物系固体電解質による腐食反応は依然として進行する。そのため、フェライト系ステンレス鋼の耐食性をさらに高める技術が求められている。
【0007】
集電体用途のフェライト系ステンレス鋼の耐食性を高める技術が、国際公開第2021/006089号(特許文献1)に提案されている。
【0008】
特許文献1に開示された硫化物系固体電池の集電体用のフェライト系ステンレス鋼板は、C:0.001~0.050%、Si:0.01~2.00%、Mn:0.01~1.00%、P:0.050%以下、S:0.010%以下、Cr:18.00~32.00%、Ni:0.01~4.00%、Al:0.001~0.150%およびN:0.050%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する。このフェライト系ステンレス鋼板では、Cr含有量を18.00%以上と高めることで、優れた耐硫化性が得られる、と特許文献1には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に開示されるフェライト系ステンレス鋼板とは異なる手段により、フェライト系ステンレス鋼の耐食性を高めてもよい。
【0011】
本開示の目的は、優れた耐食性が得られるフェライト系ステンレス鋼箔、そのフェライト系ステンレス鋼箔を集電体として用いた電極、及び、その電極を用いた電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示のフェライト系ステンレス鋼箔は、
フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体を備え、
前記箔本体の表面を起点とした0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)と、前記箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とが、式(1)を満たす。
|DM-DL|≦0.0008 (1)
【0013】
本開示の電極は、
前記フェライト系ステンレス鋼箔と、
前記フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層と、を備える。
【0014】
本開示の電池は、
前記電極と、
電解質と、を備える。
【発明の効果】
【0015】
本開示のフェライト系ステンレス鋼箔では、優れた耐食性が得られる。本開示の電極は、本開示のフェライト系ステンレス鋼箔を備える。本開示の電池は、本開示の電極を備える。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を高める手段について検討した。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0017】
特許文献1では、フェライト系ステンレス鋼のCr含有量を高め、その耐食性を高めている。このように、耐食性を高める合金元素を含有させることは、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を高めるために有効である。しかしながら、合金元素の含有量を高めれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が低下したり、製造コストが増加したりする。そのため、本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体を備えるフェライト系ステンレス鋼箔において、箔本体の化学組成ではなく、箔本体に蓄積されている残留応力に着目した。
【0018】
圧延などの外部応力によって箔本体に蓄積された残留応力は、箔本体中で局所的な塑性変形を引き起こす。また、当該塑性変形が箔本体の表層で発生した場合、不動態被膜に欠損が生じる場合もある。このような局所的な塑性変形が生じた箇所及び不動態被膜の欠損箇所では、腐食が優先的に進行する。
【0019】
残留応力は、均一格子ひずみを観測することにより評価することができる。均一格子ひずみは、格子面間隔の変化を伴う結晶格子の弾性ひずみである。均一格子ひずみの大きさは、残留応力の大きさに比例する。ここで、任意の格子面の間隔が、表層と内部とで大きく異なる場合、箔本体内で均一格子ひずみの分布に大きな偏りが生じている。この場合、蓄積されている残留応力の分布の偏りも大きい。残留応力の分布の偏りが大きいと、局所的に大きな残留応力が付与される領域が生じ、上述の塑性変形が生じやすくなる。換言すれば、表層と内部とにおける格子面間隔の差が小さければ、蓄積された残留応力による局所的な塑性変形の発生は抑制される。この場合、腐食の進行を抑制することができ、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を高めることができる。
【0020】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、箔本体における表層と内部との格子面間隔の差と、耐食性との関係について検討を行った。その結果、箔本体の表面を起点とした0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)と、箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とが、次の式(1)を満たせば、フェライト系ステンレス鋼箔において優れた耐食性が得られることを、本発明者らは見出した。
|DM-DL|≦0.0008 (1)
【0021】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔、本実施形態の電極、及び、本実施形態の電池は以上の技術思想により完成したものであり、次の構成を有する。
【0022】
第1の構成のフェライト系ステンレス鋼箔は、
フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体を備え、
前記箔本体の表面を起点とした0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)と、前記箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とが、式(1)を満たす。
|DM-DL|≦0.0008 (1)
【0023】
第2の構成のフェライト系ステンレス鋼箔は、
第1の構成のフェライト系ステンレス鋼箔であって、
前記箔本体の化学組成が、質量%で、
C:0.001~0.030%、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.01~1.00%、
P:0.050%以下、
S:0.030%以下、
Ni:0.01~0.50%、
Cr:12.00~20.00%、
Mo:0.01~2.50%、
N:0~0.100%、
Ti:0~0.80%、
Nb:0~0.80%、及び、
Zr:0~0.80%、を含有し、
残部がFe及び不純物からなる。
【0024】
第1の構成の電極は、
第1又は第2の構成のフェライト系ステンレス鋼箔と、
前記フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層と、を備える。
【0025】
第1の構成の電池は、
第1の構成の電極と、
電解質と、を備える。
【0026】
第2の構成の電池は、
第1の構成の電池であって、
前記電解質は、硫化物系固体電解質である。
【0027】
以下、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔、本実施形態の電極、及び、本実施形態の電池について詳述する。なお、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0028】
[フェライト系ステンレス鋼箔の構成]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体を備える。つまり、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、フェライト系ステンレス鋼からなる箔本体のみから構成されてもよい。ここで、フェライト系ステンレス鋼とは、Cr含有量が10.5%以上であり、ミクロ組織がフェライトを主体とする鋼を意味する。本明細書において、ミクロ組織がフェライトを主体とするとは、ミクロ組織において、フェライトの体積率が95%以上であることを意味する。
【0029】
[式(1)について]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔では、箔本体の表面を起点とした0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)と、箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とが、式(1)を満たす。
|DM-DL|≦0.0008 (1)
【0030】
ここで、箔本体における表面から2.82μm深さ位置までの領域を表層と定義する。箔本体の表面を起点とした0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)は、表層での{110}面の平均格子面間隔を表す。また、箔本体における表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域を内部と定義する。箔本体の板厚が9.20μm未満の場合、箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)は、箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置から板厚中央深さ位置までの{110}面の平均格子面間隔(nm)とする。なお、板厚中央深さ位置とは、箔本体の板厚をt(μm)としたとき、箔本体の表面を起点としたt/2(μm)深さ位置に相当する。ここで、箔本体の内部では、{110}面の平均格子面間隔はほとんど一定である。そのため、箔本体の板厚が9.20μm以上の場合、箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)は、箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置から4.60μm深さ位置までの{110}面の平均格子面間隔(nm)とする。箔本体の表面を起点とした2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)は、内部での{110}面の平均格子面間隔を表す。
【0031】
ΔDを次のとおり定義する。
ΔD=|DM-DL|
ΔDは、箔本体の表層と内部とにおける{110}面の平均格子面間隔の差の絶対値を表す指標である。なお、{110}面は、箔本体の体心立方格子における最密原子面である。上述のとおり、残留応力によって引き起こされる局所的な塑性変形は、腐食の進行を助長する。このような塑性変形を抑制するためには、表層と内部とにおける格子面間隔の差は小さい方が好ましい。
【0032】
ΔDが0.0008以下であれば、表層と内部とにおける格子面間隔の差が十分に小さい。この場合、残留応力の指標である均一格子ひずみの分布の偏りが小さく、局所的な塑性変形の発生は抑制される。その結果、フェライト系ステンレス鋼箔では優れた耐食性が得られる。
したがって、ΔDは式(1)を満たす。
【0033】
ΔDの下限は特に限定されない。通常の工業生産を考慮すれば、ΔDの下限は例えば0.0001である。
ΔDの好ましい上限は0.0007であり、さらに好ましくは0.0006である。
【0034】
[平均格子面間隔の測定方法]
0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)、及び、2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)は、次の方法で求める。
【0035】
フェライト系ステンレス鋼箔における箔本体の表面を観察面とする試験片を採取する。試験片の大きさは特に限定されない。試験片を採取する位置も特に限定されないが、例えば箔本体の幅中央部である。試験片の観察面に対して、斜入射X線回折法(GIXD:Grazing Incidence X-ray Diffraction)により測定を実施する。測定には例えば、株式会社リガク製の商品名:SmartLabを用いることができる。測定では、線源をCoKα線、管電圧を40kV、管電流を135mAとする。ミラーでX線束を平行化する。入射側に5.0°のソーラースリット、受光側にソーラースリット5.0°を設置し、平行スリットアナライザー(PSA)0.5°、受光スリット1(RS1)=1.0mm、受光スリット2(RS2)=openとする。X線の入射方向は、圧延方向と箔本体の表面に垂直な方向とを含む面に平行とする。
【0036】
斜入射X線回折法の各入射角での観察面からの測定深さは、線吸収係数をμとしてμt=1を満たすX線侵入深さtから換算することができる。線吸収係数μの算出には、SUS444に相当する19.11Cr-1.77Mo-78.38Fe(mass%)の質量吸収係数を用い、密度は7.75g/cm3を用いる。当該換算方法に基づけば、入射角が2.0°~15.0°の場合、測定深さは0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までに対応する。そこで、入射角を2.0°、3.0°、4.0°、5.0°、6.0°、8.0°、10.0°、12.0°、及び、15.0°とする計9条件で測定を実施する。入射角ごとに得られる回折プロファイルから{110}面のピークを特定し、ブラッグの法則に基づいて格子面間隔D(nm)を求める。2.0°~15.0°の範囲での9条件の入射角における格子面間隔Dの算術平均値を、0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)とする。
【0037】
さらに、箔本体の板厚が9.20μm未満の場合、上述の測定深さの換算方法に基づいて、板厚中央深さ位置に対応する入射角αMAX(°)を求める。入射角を15.0°~αMAX(°)の範囲で任意に変更し、計5条件で測定を実施する。入射角ごとに得られる回折プロファイルから{110}面のピークを特定し、ブラッグの法則に基づいて格子面間隔D(nm)を求める。15.0°~αMAX(°)の範囲での5条件の入射角における格子面間隔Dの算術平均値を、2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とする。
【0038】
一方で、箔本体の板厚が9.20μm以上の場合、入射角を15.0°~25.0°の範囲で任意に変更し、計5条件で測定を実施する。なお、上述の測定深さの換算方法に基づけば、板厚が9.20μmの箔本体での板厚中央深さ位置に相当する、4.60μm深さ位置に対応する入射角が25.0°である。入射角ごとに得られる回折プロファイルから{110}面のピークを特定し、ブラッグの法則に基づいて格子面間隔D(nm)を求める。15.0°~25.0°の範囲での5条件の入射角における格子面間隔Dの算術平均値を、2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)とする。
【0039】
得られたDM及びDLに基づいて、ΔDを算出する。なお、ΔDは、小数第五位を四捨五入して得られる小数第四位までの値である。
【0040】
[化学組成]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔において、箔本体の化学組成は、周知のフェライト系ステンレス鋼の化学組成からなるものであってもよい。
【0041】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の箔本体の化学組成は例えば、JIS G 4305(2015)に規定されるSUS405、SUS410L、SUS429、SUS430、SUS430LX、SUS430J1L、SUS434、SUS436L、SUS436J1L、SUS443J1、SUS444、SUS445J1、SUS445J2、SUS447J1、及び、SUSXM27からなる群から選択されるいずれか1種を満たすものであってもよい。
【0042】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の箔本体の化学組成は、例えばさらに、ASTM A 240(2006)に規定される403、405、409L、410、410L、410S、415、420J1、420J2、420、429、429J1、430、430J1L、430LX、430Ti、434、436、436J1L、439、441、444、445、445J1、445J2、446、447、及び、448からなる群から選択されるいずれか1種を満たすものであってもよい。
【0043】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の箔本体の化学組成は、例えば、次の元素を含有するものであってもよい。
【0044】
C:0.001~0.030%
炭素(C)は、フェライト系ステンレス鋼箔の強度を高める。C含有量が0.001%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、C含有量が0.030%以下であれば、Cr炭化物の生成による、Cr欠乏層の形成を抑制できる。その結果、酸化被膜の脆化が抑制され、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、好ましいC含有量は0.001~0.030%である。
C含有量のさらに好ましい下限は0.003%であり、さらに好ましくは0.005%である。
C含有量のさらに好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0045】
Si:0.01~1.00%
シリコン(Si)は、製鋼工程において鋼を脱酸する。Si含有量が0.01%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、Si含有量が1.00%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。
したがって、好ましいSi含有量は0.01~1.00%である。
Si含有量のさらに好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Si含有量のさらに好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0046】
Mn:0.01~1.00%
マンガン(Mn)は、フェライト系ステンレス鋼箔の強度を高める。Mn含有量が0.01%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、Mn含有量が1.00%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、好ましいMn含有量は0.01~1.00%である。
Mn含有量のさらに好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Mn含有量のさらに好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0047】
P:0.050%以下
りん(P)は、不純物である。P含有量が0.050%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性及び耐食性が高まる。
したがって、好ましいP含有量は0.050%以下である。
P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量を過度に低減すれば、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%である。
P含有量のさらに好ましい上限は0.045%であり、さらに好ましくは0.040%である。
【0048】
S:0.030%以下
硫黄(S)は不純物である。S含有量が0.030%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性及び耐食性が高まる。
したがって、好ましいS含有量は0.030%以下である。
S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量を過度に低減すれば、製造コストが高くなる。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.010%である。
S含有量のさらに好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0049】
Ni:0.01~0.50%
ニッケル(Ni)は、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を高める。Ni含有量が0.01%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、Ni含有量が0.50%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。
したがって、好ましいNi含有量は0.01~0.50%である。
Ni含有量のさらに好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Ni含有量のさらに好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0050】
Cr:12.00~20.00%
クロム(Cr)は、酸化被膜を形成し、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を高める。Cr含有量が12.00%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、Cr含有量が20.00%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。
したがって、好ましいCr含有量は12.00~20.00%である。
Cr含有量のさらに好ましい下限は12.50%であり、さらに好ましくは13.00%である。
Cr含有量のさらに好ましい上限は19.00%であり、さらに好ましくは18.00%である。
【0051】
Mo:0.01~2.50%
モリブデン(Mo)は、フェライト系ステンレス鋼箔の強度と耐食性とを高める。Mo含有量が0.01%以上であれば、上記効果が十分に得られる。
一方、Mo含有量が2.50%以下であれば、フェライト系ステンレス鋼箔の加工性が高まる。
したがって、好ましいMo含有量は0.01~2.50%である。
Mo含有量のさらに好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Mo含有量のさらに好ましい上限は2.40%であり、さらに好ましくは2.30%である。
【0052】
N:0~0.100%
窒素(N)は、含有されなくてもよい。
一方、Nが0.100%以下で含有されれば、フェライト系ステンレス鋼箔の強度が高まる。
したがって、好ましいN含有量は0~0.100%である。
N含有量のさらに好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.003%である。
N含有量のさらに好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%である。
【0053】
Ti:0~0.80%
チタン(Ti)は、含有されなくてもよい。
一方、Tiが0.80%以下で含有されれば、Cを固定し、Cr炭化物の生成を抑制する。そのため、Cr欠乏層の形成が抑制される。その結果、酸化被膜の脆化が抑制され、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、好ましいTi含有量は0~0.80%である。
Ti含有量のさらに好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Ti含有量のさらに好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0054】
Nb:0~0.80%
ニオブ(Nb)は、含有されなくてもよい。
一方、Nbが0.80%以下で含有されれば、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、好ましいNb含有量は0~0.80%である。
Nb含有量のさらに好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Nb含有量のさらに好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0055】
Zr:0~0.80%
ジルコニウム(Zr)は、含有されなくてもよい。
一方、Zrが0.80%以下で含有されれば、フェライト系ステンレス鋼箔の耐食性が高まる。
したがって、好ましいZr含有量は0~0.80%である。
Zr含有量のさらに好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Zr含有量のさらに好ましい上限は0.70%であり、さらに好ましくは0.60%である。
【0056】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の箔本体の好ましい化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、フェライト系ステンレス鋼箔を工業的に製造する際に、原料又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0057】
[板厚]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の箔本体の板厚は特に限定されない。本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の箔本体の板厚は例えば、6~20μmである。
【0058】
[本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の用途]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、耐食性に優れる。そのため、腐食性の高い硫化物系固体電解質を用いた全固体電池の集電体用途に好適である。なお、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔は、二次電池の集電体以外の用途にも適用可能である。
【0059】
[本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法]
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法の一例を説明する。以降に説明するフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔を製造するための一例である。したがって、上述の構成を有するフェライト系ステンレス鋼箔は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法の好ましい一例である。
【0060】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程1)素材準備工程
(工程2)中間冷間圧延工程
(工程3)中間焼鈍工程
(工程4)最終冷間圧延工程
以下、各工程について説明する。
【0061】
[(工程1)素材準備工程]
素材準備工程では、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔を製造するための素材として、板厚数百μm~数mmのフェライト系ステンレス鋼板を準備する。素材は、例えば、熱間圧延コイルに冷間圧延を実施した冷間圧延コイルである。素材は製造して準備してもよく、第三者から購入することによって準備してもよい。すなわち、素材を準備する工程は特に限定されない。
【0062】
素材を製造する場合、例えば、次の方法で製造する。所望の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて連続鋳造法によりスラブを製造する。製造されたスラブに対して熱間加工、及び、冷間圧延を実施して、板厚数百μm~数mmの鋼板を製造する。以上の工程により、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の素材が準備される。
【0063】
[(工程2)中間冷間圧延工程]
中間冷間圧延工程では、準備された素材に対して冷間圧延を実施し、板厚数十μm~数百μmの中間鋼板を製造する。中間冷間圧延工程では例えば、複数の圧延スタンドを備える連続圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良いし、リバース圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良い。中間冷間圧延工程における累計圧下率は特に限定されない。
【0064】
[(工程3)中間焼鈍工程]
中間焼鈍工程では、中間冷間圧延工程後の中間鋼板に対して光輝焼鈍を実施する。光輝焼鈍とは、極低酸素雰囲気下で実施される焼鈍処理である。光輝焼鈍が実施された中間鋼板は、その表面がほとんど酸化されず、表面光沢を保つことができる。光輝焼鈍における極低酸素雰囲気とは、好ましくは、H2ガスとN2ガスとの混合ガス雰囲気である。雰囲気ガス中のN2分率は、例えば、体積率で35~65%である。
【0065】
中間焼鈍工程で実施される光輝焼鈍では、極低酸素雰囲気下の熱処理炉内で、中間鋼板を所定の速度で通板させる。熱処理炉は、中間鋼板が通板される順に、加熱室と徐冷室と急冷室とに分かれている。加熱室では、中間鋼板を所定の加熱温度T(℃)で加熱保持する。加熱温度Tは例えば、800~1200℃である。徐冷室では、加熱温度T(℃)から400℃まで、中間鋼板を所定の冷却速度で冷却する。急冷室では、400℃まで冷却された中間鋼板を室温まで急冷する。急冷方法は特に限定されないが、例えば空冷である。
【0066】
なお、中間冷間圧延工程と中間焼鈍工程とは、複数回交互に繰り返して実施してもよい。例えば、中間冷間圧延工程と中間焼鈍工程とを2回交互に繰り返して実施する場合、1回目の中間冷間圧延工程と、1回目の中間焼鈍工程とを実施した後、2回目の中間冷間圧延工程と、2回目の中間焼鈍工程とを実施する。
【0067】
中間焼鈍工程では、次の条件を満たす。なお、中間焼鈍工程を複数回実施する場合、最後に実施する中間焼鈍工程において次の条件が満たされればよい。
(条件1)加熱温度T(℃)から400℃までの平均冷却速度CRが195℃/秒以下である。
以下、条件1について説明する。
【0068】
[平均冷却速度CRについて]
中間焼鈍工程では、中間冷間圧延工程で付与された残留応力が、熱によって解放する。しかしながら、加熱温度T(℃)から400℃までの平均冷却速度CRが速いと、中間鋼板の表層と内部とで残留応力の解放度合に差が生じる。加熱温度T(℃)から400℃までの平均冷却速度CRが195℃/秒を超えれば、残留応力の分布の偏りが大きくなりすぎる。この場合、表層と内部とにおける格子面間隔の差が大きくなりすぎて、ΔDは式(1)を満たすことができない。
【0069】
一方で、平均冷却速度CRが195℃/秒以下であれば、最終冷間圧延工程が後述する条件2を満たすことを前提として、製造されるフェライト系ステンレス鋼箔のΔDが式(1)を満たす。したがって、加熱温度T(℃)から400℃までの平均冷却速度CRは195℃/秒以下とする。
平均冷却速度CRの下限は特に限定されない。通常の工業生産を考慮すれば、平均冷却速度CRの下限は、例えば20℃/秒である。
【0070】
[(工程4)最終冷間圧延工程]
最終冷間圧延工程では、中間焼鈍工程後の中間鋼板に対して、再度冷間圧延を実施し、所定の板厚の箔本体を備えるフェライト系ステンレス鋼箔を得る。最終冷間圧延工程では、周知の冷間圧延機を用いればよい。例えば、一列に配置された複数の圧延スタンドを備える連続圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良いし、リバース圧延機を用いて冷間圧延を実施しても良い。最終冷間圧延工程における累計圧下率は特に限定されない。
【0071】
最終冷間圧延工程では、次の条件を満たす。
(条件2)1パスでの最大圧下率RMAXが30%以下である。
以下、条件2について説明する。
【0072】
[1パスでの最大圧下率RMAXについて]
ここで「パス」とは、被圧延材が、1機の圧延スタンドを1回通過する動作を意味する。最終冷間圧延工程では、複数のパスからなる冷間圧延を実施する。「1パスでの最大圧下率RMAX」とは、最終冷間圧延工程における最も圧下率が大きいパスでの圧下率を意味する。圧下率が大きすぎるパスで中間鋼板へ付与される残留応力は、表層と内部とで分布の偏りが大きい。1パスでの最大圧下率RMAXが30%を超える場合、圧下率が30%を超えるパスが少なくとも1つ以上存在することを意味する。この場合、箔本体に蓄積される残留応力の分布の偏りが大きくなりすぎる。その結果、ΔDは式(1)を満たすことができない。
【0073】
一方で、1パスでの最大圧下率RMAXが30%以下である場合、圧下率が30%を超えるパスが存在しないことを意味する。この場合、中間焼鈍工程が条件1を満たすことを前提として、製造されるフェライト系ステンレス鋼箔のΔDが式(1)を満たす。したがって、1パスでの最大圧下率RMAXは30%以下とする。
1パスでの最大圧下率RMAXの下限は特に限定されない。通常の工業生産を考慮すれば、1パスでの最大圧下率RMAXの下限は、例えば5%である。
【0074】
以上の製造方法により、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔が製造される。
【0075】
[電極]
本実施形態の電極は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔と、当該フェライト系ステンレス鋼箔の表面上に形成される電極合剤層とを備える。つまり、本実施形態の電極では、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔が集電体として用いられている。本実施形態の電極は、正極であってもよく、負極であってもよい。すなわち、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔と、電極合剤層とを備えていれば、本実施形態の電極の構成は特に限定されない。
【0076】
[電極合剤層]
本実施形態の電極では、電極合剤層は特に限定されず、周知の構成を有していればよい。電極合剤層は、活物質を含む。なお、電極合剤層には、活物質以外の物質を含有してもよい。電極合剤層は例えば、バインダー及び導電助剤を含有してもよい。また、全固体電池に用いられる電極合剤層は例えば、固体電解質を含有してもよい。
【0077】
[活物質]
本実施形態の電極では、電極合剤層に含まれる活物質は特に限定されず、周知の活物質を用いることができる。電極が正極の場合、正極活物質は例えば、LiCoO2であってもよく、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2に代表される三元系であってもよく、LiFePO4に代表されるオリビン系であってもよく、さらにはS、Fe2S、Mo3S4、及び、硫黄変性ポリアクリロニトリルに代表される硫黄系であってもよい。電極が負極の場合、負極活物質は例えば、黒鉛に代表される炭素系材料であってもよく、CuSn合金及びNiTiSi合金に代表される合金材料であってもよく、Si及びSiOに代表されるSi系材料であってもよく、Li4Ti5O12に代表される酸化物系であってもよい。
【0078】
[バインダー]
本実施形態の電極では、電極合剤層に含まれるバインダーは特に限定されず、周知のバインダーを用いることができる。バインダーは例えば、スチレン・ブタジエンゴム及びイソプレンゴムに代表されるゴム状高分子であってもよく、ポリエチレン、ポリイミド、ポリアクリル酸、及び、ポリアミドに代表される合成樹脂であってもよく、スチレン・ブタジエン・スチレンブロック共重合体又はその水素添加物であってもよく、スチレン・エチレン・ブタジエン、スチレン共重合体、スチレン・イソプレン、若しくは、スチレンブロック共重合体又はそれらの水素化物等の熱可塑性エラストマーであってもよく、シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエン、エチレン・酢酸ビニル共重合体、及び、エチレンと炭素数3~12のα-オレフィンとの共重合体に代表される軟質樹脂状高分子であってもよく、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニデンフルオライド、ポリペンタフルオロプロピレン、及び、ポリヘキサフルオロプロピレンに代表されるフッ素化高分子であってもよい。
【0079】
[導電助剤]
本実施形態の電極では、電極合剤層に含まれる導電助剤は特に限定されず、周知の導電助剤を用いることができる。導電助剤は例えば、アセチレンブラックであってもよく、カーボンブラックであってもよく、ケッチェンブラックであってもよい。
【0080】
[電極の製造方法]
本実施形態の電極の製造方法は、特に限定されない。本実施形態の電極は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔を集電体として、周知の方法により製造される。本実施形態の電極の製造方法は例えば、電極スラリー準備工程と、電極合剤層形成工程とを含む。
【0081】
[電極スラリー準備工程]
電極スラリー準備工程では、電極合剤層を形成するための組成物(電極スラリー)を準備する。電極スラリーは、得ようとする電極合剤層に応じて準備すればよい。例えば、活物質と、バインダーと、溶媒とを混練して準備してもよい。例えばさらに、活物質と、導電助剤と、バインダーと、溶媒とを混練して準備してもよい。また、全固体電池に用いられる電極スラリーを準備する場合は例えば、活物質と、溶媒と、固体電解質と、バインダーとを混練して準備してもよい。混練の方法は、活物質、導電助剤、バインダー、固体電解質、及び、溶媒に応じて、適宜調整する。すなわち、電極スラリー準備工程は、周知の方法で実施すればよい。
【0082】
[電極合剤層形成工程]
電極合剤層形成工程では、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の表面上に、電極合剤層を形成する。具体的には、混練された電極スラリーを、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔に塗工する。塗工方法は特に限定されず、周知の方法でよい。例えば、ギャップが設けられたアプリケータを用いて塗工してもよい。例えばさらに、スプレーを用いて噴霧して塗工してもよい。
【0083】
以上の工程により、本実施形態の電極を製造することができる。
【0084】
[電池]
本実施形態の電池は、本実施形態の電極と、電解質とを備える。本実施形態の電池は、本実施形態の電極を備えていれば、その他の構成は周知の構成でよく、特に限定されない。本実施形態の電池は例えばさらに、セパレータを備えていてもよい。本実施形態の電池の形状は、特に限定されず、円筒形であってもよく、角形であってもよく、コイン型であってもよく、シート型であってもよい。また、本実施形態の電池は、二次電池であってもよく、一次電池であってもよい。本実施形態による電池が二次電池である場合、例えば非水系電解質二次電池であってもよく、水系電解質二次電池であってもよく、全固体二次電池であってもよい。
【0085】
[電解質]
電解質は、正極及び負極との間でイオンを伝導する。本実施形態の電池では、電解質は特に限定されず、周知の電解質を用いることができる。電解質は、液体の電解液であってもよく、固体電解質であってもよい。
【0086】
本実施形態の電池に備えられる電極には、集電体として本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔が用いられる。そのため、当該集電体は優れた耐食性を有する。したがって、本実施形態の電池の電解質には、集電体に対する腐食性が高い硫化物系固体電解質を用いることができる。硫化物系固体電解質は例えば、Li3PS4やLi7P3S11に代表されるLPS系であってもよく、Li6PS5ClxBr(1-x)(0≦x≦1)に代表されるアルジロダイト型であってもよく、Li10GeP2S12やLi9.54Si1.74P1.44S11.7Cl0.3に代表されるチオリシコンであってもよい。
【0087】
[電池の製造方法]
本実施形態の電池の製造方法は、特に限定されない。本実施形態の電池は例えば、周知の方法により、本実施形態の電極と、電解質と、対極とを積層した積層物を、電池ケースに収めて、製造される。
【実施例0088】
実施例により本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼箔はこの一条件例に限定されない。
【0089】
フェライト系ステンレス鋼箔を製造する素材として、表1に示す化学組成からなる鋼板を準備した。鋼板の板厚は300μmであった。
【0090】
【0091】
各試験番号の素材に対して、中間冷間圧延工程を1回実施し、中間鋼板を製造した。具体的には、リバース圧延機を用いて、各試験番号の素材を冷間圧延した。
【0092】
中間冷間圧延工程後の中間鋼板に対して、中間焼鈍工程を1回実施した。具体的には、各試験番号の中間鋼板に対して、35~65体積%のN2ガスと、残部がH2ガスとの混合ガス雰囲気下で光輝焼鈍を実施した。光輝焼鈍では、中間鋼板を800~1200℃で加熱保持した後、平均冷却速度CR(℃/秒)で400℃まで冷却した。その後、空冷により室温まで急冷した。各試験番号での平均冷却速度CR(℃/秒)を表2に示す。
【0093】
【0094】
中間焼鈍工程後の中間鋼板に対して、最終冷間圧延工程を実施した。最終冷間圧延工程では、各試験番号の中間鋼板に対して、リバース圧延機を用いた冷間圧延を実施し、板厚が10μmの箔本体を備えるフェライト系ステンレス鋼箔を製造した。各試験番号における1パスでの最大圧下率RMAX(%)を表2に示す。
【0095】
以上の製造工程により、各試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔を製造した。
【0096】
[評価試験について]
製造された各試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔に対して、次の評価試験を実施した。
(試験1)平均格子面間隔測定試験
(試験2)耐食性評価試験
以下、各試験について説明する。
【0097】
[(試験1)平均格子面間隔測定試験]
上述の[平均格子面間隔の測定方法]に記載の方法に基づいて、各試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔の箔本体における、0.38μm深さ位置から2.82μm深さ位置までの領域での{110}面の平均格子面間隔DM(nm)、及び、2.82μm深さ位置以上の深さの領域での{110}面の平均格子面間隔DL(nm)を測定した。得られたDM及びDLに基づいて、ΔDを算出した。各試験番号のΔDを表3に示す。
【0098】
【0099】
[(試験2)耐食性評価試験]
各試験番号のフェライト系ステンレス鋼箔の耐食性を、次の方法で評価した。
初めに、フェライト系ステンレス鋼箔の箔本体から直径11mmの円形状の試験片を採取した。試験片の一方の表面を評価面とした。試験片の評価面において、ISO25178-2:2012に規定される展開面積比Sdrを測定した。展開面積比Sdrは、平坦な面と比較したときの測定表面の表面積の増加率を表す指標である。腐食反応は箔本体の表面を起点として進行するため、試験片の展開面積比Sdrが大きいほど、腐食の進行速度が速まる。
【0100】
試験片の評価面における展開面積比Sdrは、レーザー顕微鏡を用いて測定した。レーザー顕微鏡は、Keyence社製の商品名:VK-X100を使用した。観察倍率を2000倍として、280μm×200μmの測定領域を測定した。具体的には、当該測定領域内の全範囲を測定できるように、145μm×109μmの観察視野で当該測定領域内の4か所を測定し、表面画像を得た。得られた4つの表面画像を付属の画像連結ソフトにより連結し、280μm×200μmの測定領域の表面画像を得た。測定領域の表面画像を解析して得られた表面形状プロファイルから、輝度の低い側から0.3%の領域をカットして基準面を設定し、三次元画像を生成した。この際、カットオフ波長50μmのハイパスフィルターを用いて、フィルター処理を実施した。フィルター処理方法はガウシアンフィルターを使用した。得られた三次元画像の200μm×150μmの領域において、ISO25178-2:2012に規定される展開面積比Sdrを求めた。
【0101】
展開面積比Sdrを測定した各試験番号の試験片を用いて、硫化物系全固体電池を模した評価セルを作製した。具体的には、硫化物系固体電解質を内径11mmの金型に0.12g投入した後、300MPaで加圧して、厚さが700μm、底面が直径11mmの円柱状の硫化物系固体電解質のペレットを形成した。硫化物系固体電解質には、β-Li3PS4を用いた。作製したペレットを各試験番号の試験片の評価面の上に配置した。さらに、硫化物系固体電解質のペレットの上に、厚さが1.2mm、底面が直径11mmの円柱状の金属Li箔を配置した。これらを、外気を遮断できる内径11mmの測定セルに入れ、ボルト締めにより5MPaの圧力をかけて密閉した。なお、硫化物系固体電解質のペレットの作成から、評価セルの密閉までの工程は、Ar雰囲気のグローブボックス内で実施した。以上の工程により、各試験番号の評価セルを作製した。
【0102】
作製した各試験番号の評価セルを用いて、サイクリックボルタンメトリー(CV:Cyclic Voltammetry)測定を実施した。サイクリックボルタンメトリー測定では、試験片を作用極とし、金属Li箔を対極及び参照極とした。具体的には、60℃で24時間保持した評価セルに対して、電圧を開放電圧VOC(V)から3.0Vまで掃引した後、0.005Vまで掃引し、再び開放電圧VOC(V)まで掃引し、流れた電流密度(μA/cm2)を測定した。掃引速度は5mV/秒とした。なお、開放電圧VOCは、いずれの試験番号の評価セルにおいても2.0~2.5Vであった。
【0103】
測定結果に基づいて、開放電圧V
OC(V)から3.0Vまでの掃引過程で流れた電流密度(μA/cm
2)を、掃引にかかった時間(秒)で積算した。さらに、当該積算値を、試験片の評価面の微細な凹凸の影響を除外するために展開面積比Sdrで除した値を求めた。得られた値を積算電流値C(μC/cm
2)と定義し、試験片での腐食反応の進行度を表す指標とした。すなわち、積算電流値C(μC/cm
2)は、開放電圧V
OC(V)から3.0Vまでの掃引を開始してから経過した時間を試験時間t(秒)とし、3.0Vに到達した時間をt
3.0(秒)とし、試験時間t(秒)のときに評価セルに流れた電流密度をI(t)(μA/cm
2)とし、試験片の展開面積比をSdrとしたとき、次の式で求められる。
【数1】
【0104】
各試験番号の積算電流値C(μC/cm2)を表3に示す。積算電流値Cが1000μC/cm2以下であった場合は、優れた耐食性が得られたと判断した。積算電流値Cが1000μC/cm2を超えた場合は、優れた耐食性が得られなかったと判断した。
【0105】
[評価結果]
表1~3を参照して、試験番号1~6のフェライト系ステンレス鋼箔では、ΔDが式(1)を満たした。そのため、優れた耐食性が得られた。
【0106】
一方、試験番号7では、中間焼鈍工程における平均冷却速度CR(℃/秒)が速すぎた。そのため、ΔDが式(1)を満たさなかった。その結果、優れた耐食性が得られなかった。
【0107】
試験番号8では、最終冷間圧延工程における1パスでの最大圧下率RMAX(%)が大きすぎた。そのため、ΔDが式(1)を満たさなかった。その結果、優れた耐食性が得られなかった。
【0108】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。