(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025156087
(43)【公開日】2025-10-14
(54)【発明の名称】豚の細菌感染に対する抵抗性および感受性の判別方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6827 20180101AFI20251002BHJP
C12Q 1/6881 20180101ALI20251002BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20251002BHJP
A01K 67/02 20060101ALI20251002BHJP
【FI】
C12Q1/6827 Z ZNA
C12Q1/6881 Z
C12N15/11 Z
A01K67/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2025049244
(22)【出願日】2025-03-25
(31)【優先権主張番号】P 2024052189
(32)【優先日】2024-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター、イノベーション創出強化研究推進事業(抗病性指標の評価を活用した健全養豚実現体系の構築)、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】391016842
【氏名又は名称】岐阜県
(71)【出願人】
【識別番号】593028562
【氏名又は名称】一般社団法人家畜改良事業団
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】新開 浩樹
(72)【発明者】
【氏名】上西 博英
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 香澄
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 豪
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 智仁
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA05
4B063QA13
4B063QA17
4B063QQ02
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS28
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】マイコプラズマ性肺炎や豚胸膜肺炎、小腸炎を含む細菌感染と関連するDNAマーカー、及びその利用を提供する。
【解決手段】豚の細菌感染に対する抵抗性又は感受性の判別方法であって、対象となる豚のゲノムの、FCGR2遺伝子、LRRFIP1遺伝子、STING1遺伝子、IFI16遺伝子、CD14遺伝子、RKDC遺伝子、TRIM40遺伝子、CGAS遺伝子、RIGI遺伝子、MX1遺伝子、TRIM21遺伝子、及びMSR1遺伝子から選択されるいずれかを解析することを含む、方法、及び該方法であって、対象となる豚のゲノムの、表の1~17からなる群より選択される少なくとも1つの一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)について抵抗型か感受型かの解析を行う、方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
豚の細菌感染に対する抵抗性又は感受性の判別方法であって、対象となる豚のゲノムの、FCGR2遺伝子、LRRFIP1遺伝子、STING1遺伝子、IFI16遺伝子、CD14遺伝子、PRKDC遺伝子、TRIM40遺伝子、CGAS遺伝子、RIGI遺伝子、MX1遺伝子、TRIM21遺伝子、及びMSR1遺伝子から選択されるいずれを解析することを含む、判別方法。
【請求項2】
請求項1に記載の判別方法であって、対象となる豚のゲノムの、下表より選択される少なくとも1つの一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)について抵抗型か感受型かの解析を行う、判別方法。
【請求項3】
請求項2に記載の判別方法であって、対象となる豚のゲノムが、少なくとも1つのSNPが表中の抵抗型である場合に、対象となる豚を細菌感染に対して抵抗性であると判別する、判別方法。
【請求項4】
細菌感染が、マイコプラズマ性肺炎、豚胸膜肺炎、サルモネラ症、萎縮性鼻炎、豚丹毒、増殖性腸炎を含む小腸炎、浮腫病、及びグレーサー病から選択される少なくとも1つの細菌感染症の原因菌への感染である、請求項1に記載の判別方法。
【請求項5】
細菌感染が、マイコプラズマ・ハイオニューモニエ、アクチノバシラス・プルロニューモニエ、サルモネラ・コレラスイス、サルモネラ・ティフィムリウム、ボルデテラ・ブロンキセプティカ、パスツレラ・マルトシダ、エリジペロスリックス・ルジオパシエ、ローソニア・イントラセルラリス、エシェリキア・コリ、ヘモフィルス・パラスイスから選択される少なくとも1つの細菌の感染である、請求項1に記載の判別方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の判別方法に使用するための、配列番号1~17に記載のいずれか1つの塩基配列又はその相補配列の一部に相補的であり、かつ15塩基以上の長さを有する、オリゴヌクレオチド。
【請求項7】
請求項1から5のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜することを含む、細菌感染抵抗性の豚の育種方法。
【請求項8】
請求項1から5のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、豚の育種方法。
【請求項9】
請求項1から5のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、細菌感染抵抗性の豚の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、豚の細菌感染に対する抵抗性および感受性の判別方法に関する。本発明は、動物衛生管理、診断・治療、動物の育種、養豚業等において有用である。
【背景技術】
【0002】
養豚業において生産性を低下させる疾病は数多く存在するが、マイコプラズマ性肺炎や豚胸膜肺炎、小腸炎等の細菌性疾患は多くの豚が罹患し、他の細菌やウイルスの二次感染を引き起こし、発育不良や飼料効率を低下させる重要な疾病である。ワクチンは存在するものの制圧には至っておらず、世界的に抗菌薬の使用も制限されていく中で、新たな対策として豚自身の抗病性の遺伝的改良が期待されている。
【0003】
マイコプラズマ性肺炎と関連するQTLが第2染色体に検出されており、抵抗性集団が造成されている(非特許文献1)。また、既存の抗病性改良DNAマーカーであるNLRP3-2906がマイコプラズマ性肺炎、NOD2-2197及びTLR5-1205が豚胸膜肺炎と関連することが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
一方、豚サーコウイルス2型抵抗性と関連する第13染色体の2個のDNAマーカーが、ゲノムワイド関連解析(GWAS)により特定されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Okamura T et al (2012) A genome-wide scan for quantitative trait loci affecting respiratory disease and immune capacity in Landrace pigs. Anim. Genet. 43, 721-729. doi: 10.1111/j.1365-2052.2012.02359.
【非特許文献2】Suzuki K et al (2022) Polymorphisms in pattern recognition receptor genes are associated with respiratory disease severity in pig farms. Animals 12, 3163. doi:10.3390/ani12223163
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
QTL解析の結果は責任遺伝子やメカニズムが明らかになるわけではなく、他の集団にその結果を応用することは困難であるため、汎用性のあるDNAマーカーとはなり得ない。マイコプラズマ性肺炎や豚胸膜肺炎、小腸炎を含む細菌感染と関連するDNAマーカーがあれば望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願は以下を提供する。
[1] 豚の細菌感染に対する抵抗性又は感受性の判別方法であって、対象となる豚のゲノムの、FCGR2遺伝子、LRRFIP1遺伝子、STING1遺伝子、IFI16遺伝子、CD14遺伝子、PRKDC遺伝子、TRIM40遺伝子、CGAS遺伝子、RIGI遺伝子、MX1遺伝子、TRIM21遺伝子、及びMSR1遺伝子から選択されるいずれを解析することを含む、判別方法。
[2] 1に記載の判別方法であって、対象となる豚のゲノムの、下表の1~17からなる群より選択される少なくとも1つの一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)について抵抗型か感受型かの解析を行う、判別方法。
【0009】
[3] 1または2に記載の判別方法であって、対象となる豚のゲノムが、少なくとも1つのSNPが表中の抵抗型である場合に、対象となる豚を細菌感染に対して抵抗性であると判別する、判別方法。
[4] 細菌感染が、マイコプラズマ性肺炎、豚胸膜肺炎、サルモネラ症、萎縮性鼻炎、豚丹毒、増殖性腸炎を含む小腸炎、浮腫病、及びグレーサー病から選択される少なくとも1つの細菌感染症の原因菌への感染である、1から3のいずれか1項に記載の判別方法。
[5] 細菌感染が、マイコプラズマ・ハイオニューモニエ、アクチノバシラス・プルロニューモニエ、サルモネラ・コレラスイス、サルモネラ・ティフィムリウム、ボルデテラ・ブロンキセプティカ、パスツレラ・マルトシダ、エリジペロスリックス・ルジオパシエ、ローソニア・イントラセルラリス、エシェリキア・コリ、ヘモフィルス・パラスイスから選択される少なくとも1つの細菌の感染である、1から4のいずれか1項に記載の判別方法。
[6] 1から5のいずれか1項に記載の判別方法に使用するための、配列番号1~17に記載のいずれか1つの塩基配列又はその相補配列の一部に相補的であり、かつ15塩基以上の長さを有する、オリゴヌクレオチド。
[7] 1から6のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜することを含む、細菌感染抵抗性の豚の育種方法。
[8] 1から7のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、豚の育種方法。
[9] 1から8のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、細菌感染抵抗性の豚の生産方法。
【0010】
本発明はまた、以下を提供する。
[1] 豚の細菌感染に対する抵抗性又は感受性の判別方法であって、対象となる豚のゲノムの、FCGR2遺伝子、LRRFIP1遺伝子、STING1遺伝子、IFI16遺伝子、CD14遺伝子、PRKDC遺伝子、TRIM40遺伝子、CGAS遺伝子、RIGI遺伝子、及びMX1遺伝子から選択されるいずれを解析することを含む、方法。
[2] 1に記載の方法であって、対象となる豚のゲノムの、下表の1~13からなる群より選択される少なくとも1つの一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)について抵抗型か感受型かの解析を行う、方法。
【0011】
[3] 1または2に記載の方法であって、対象となる豚のゲノムが、少なくとも1つのSNPが表中の抵抗型である場合に、対象となる豚を細菌感染に対して抵抗性であると判別する、方法。
[4] 細菌感染が、マイコプラズマ性肺炎、豚胸膜肺炎、サルモネラ症、萎縮性鼻炎、豚丹毒、増殖性腸炎、浮腫病、及びグレーサー病から選択される少なくとも1つの細菌感染症の原因菌への感染である、1から3のいずれか1項に記載の方法。
[5] 細菌感染が、マイコプラズマ・ハイオニューモニエ、アクチノバシラス・プルロニューモニエ、サルモネラ・コレラスイス、サルモネラ・ティフィムリウム、ボルデテラ・ブロンキセプティカ、パスツレラ・マルトシダ、エリジペロスリックス・ルジオパシエ、ローソニア・イントラセルラリス、エシェリキア・コリ、ヘモフィルス・パラスイスから選択される少なくとも1つの細菌の感染である、1に記載の判別方法。
[6] 1から5のいずれか1項に記載の判別方法に使用するための、配列番号1~12に記載のいずれか1つの塩基配列又はその相補配列の一部に相補的であり、かつ15塩基以上の長さを有する、オリゴヌクレオチド。
[7] 1から5のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜することを含む、細菌感染抵抗性の豚の育種方法。
[8] 1から5のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、豚の育種方法。
[9] 1から5のいずれか1項に記載の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、細菌感染抵抗性の豚の生産方法。
【発明の効果】
【0012】
本願で提供されるDNAマーカーを用いることにより、三元交雑豚のマイコプラズマ性肺炎、豚胸膜肺炎および小腸炎に対する抵抗性または感受性と関連する豚の選抜が可能となる。適切な種豚を選択できるようになることで養豚業における肺炎および小腸炎による豚の損耗の抑制、ワクチンや抗菌薬等の衛生経費の削減につながると期待できる。
【0013】
本願により提供されるDNAマーカーは、従来のランドレース種やデュロック種等の豚品種集団単位の解析で得られたものではないため、開発したDNAマーカーは、特定の豚品種に限られず、消費者への最終生産物である三元交雑豚に対しても効果が期待できる。
【0014】
本願では責任遺伝子が特定されているため、DNAマーカーが効果を発揮する分子および細胞レベルでの機能解析にも役立つ。比較メカニズムが明らかになることでの応用性や訴求力の向上も見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】解析に用いた4つの豚集団におけるマイコプラズマ性肺炎スコアおよび豚胸膜肺炎スコアの概要(箱ひげ図)と、小腸炎病変を有する/有さない豚の頭数を示した。
【
図2】上記4つの集団における肺炎スコアおよび小腸炎病変の有無とSNP遺伝子型との関連解析の結果を、検出された遺伝子/SNPごとに集団間での効果の違いも分かるように図示した。
【
図3】同定したSNPの周辺塩基配列(配列番号1~17の配列)。多型の位置を[ ]で示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
数値範囲を「m~n」で表すときは、特に記載した場合を除き、その範囲は両端mおよびnを含む。
【0017】
[判別方法、多型マーカー]
本実施態様は、細菌感染抵抗性の高い豚(細菌感染抵抗性の豚ということもある。)を、豚のゲノム上に存在する多型を検出することにより、判別する方法を提供する。細菌感染抵抗性は、直接的または間接的な形質を含む。直接的な免疫形質は、細菌感染の感染のしにくさ、血中細菌感染量の少なさ、発症のしにくさ、発症した場合の重症化のしにくさを含む。間接的な形質は、サイトカイン産生能、サイトカイン受容体遺伝子の産生能等、豚の細菌感染抵抗性を直接的には裏付けないが、その形質と細菌感染抵抗性との関係が推認できる形質を指す。
【0018】
本実施態様で細菌というときは、特に記載した場合を除き、豚に感染可能な病原性の細菌を指し、これにはマイコプラズマ性肺炎、豚胸膜肺炎、サルモネラ症、萎縮性鼻炎、豚丹毒、増殖性腸炎を含む小腸炎、浮腫病、及びグレーサー病から選択される少なくとも1つの細菌感染症の原因菌が含まれる。
【0019】
本実施態様の細菌は、より具体的には、マイコプラズマ・ハイオニューモニエ、アクチノバシラス・プルロニューモニエ、サルモネラ・コレラスイス、サルモネラ・ティフィムリウム、ボルデテラ・ブロンキセプティカ、パスツレラ・マルトシダ、エリジペロスリックス・ルジオパシエ、ローソニア・イントラセルラリス、エシェリキア・コリ、ヘモフィルス・パラスイスを含む。
【0020】
本実施態様の判定方法は、マイコプラズマ性肺炎、豚胸膜肺炎および小腸炎の原因となる細菌の感染に対して抵抗性であるか否かを判定するために好適に用いることができる。本実施態様に関し、細菌感染というときは、細菌の感染を受け、感染症状を発症した状態のみならず、発症していない状態も含む。
【0021】
豚マイコプラズマ性肺炎は、マイコプラズマ・ハイオニューモニエを原因菌とする呼吸器疾患である。豚マイコプラズマ性肺炎は、世界各国で罹患率がきわめて高い。マイコプラズマに感染した豚は、明らかな臨床症状が認められない場合でも、発育の遅延や飼料効率の低下などによる経済的損失をもたらす。また、マイコプラズマに感染した豚は、生体防御機能が低下し、他の細菌又はウイルスに感染しやすくなる。このため、豚マイコプラズマ性肺炎は豚呼吸器複合病の基礎疾患としても非常に重要な疾患である。対象豚(本実施形態の判別方法に供する豚)が豚マイコプラズマ性肺炎であるか否かは、獣医師等が判断できる。必要であれば、と殺した豚から肺を取り出して、右前葉、右中葉、左前葉、左中葉の病変についてスコアリングすることで、重篤度を表すことができる。
【0022】
豚胸膜肺炎は アクチノバシラス・プルロニューモニエを原因菌とする呼吸器疾患である。感染すると、死亡の他、複合感染等による病性の悪化 や、発育不良等を引き起こす等、肥育豚生産において大きな経済的被害を及ぼす。原因菌は1~12の血清型に分類され、日本では2型、5型、1型の順に発生が見られている。本実施態様の判定方法は、いずれの血清型の細菌に対しても有効であり得る。対象豚が豚胸膜肺炎であるか否かは、獣医師等が判断できる。判断は、肺と横隔膜などとの癒着の程度に基づくことができる。豚胸膜肺炎は、食肉として流通する過程での検査項目でもあるため、と畜検査場の獣医師用のマニュアルがある。判断手法及び判断方法は当業者にはよく知られているといえる。
【0023】
豚の小腸炎では、増殖性腸炎の原因菌であるローソニア・イントラセルラリスの感染が最も疑われる。それ以外には、クロストリジウムやサルモネラ、ロタウイルス等が原因となり得る。小腸炎は肥育中期~後期にみられ、血便、貧血、発育不良など様々な症状がみられるが、重篤の場合には死亡も起こる。食肉として流通する過程での検査項目であり、と畜検査場において獣医師により「小腸炎」と診断された場合には、内臓の一部ないし全部が廃棄される。
【0024】
本実施形態に関し、豚というときは、品種は特に限定されない。本実施形態の判別方法は、デュロック種、大ヨークシャー種、ランドレース種、バークシャー種、ハンプシャー種、これらの交配種の豚に対して、適用することができる。交配種には、普通豚(三元交配豚)が含まれる。
【0025】
判別は、対象豚が細菌感染抵抗性の豚であるか否かを技術的に意義のある確からしさで判別すること、対象豚が感受性の豚であるか否かを技術的に意義のある確からしさで判別することを含む。判別は、識別、鑑定、鑑別、判定、検査等と表現されることもある。判別の確からしさは、用いる多型の種類、数、組合せ等を検討することにより、高めることができると考えられる。
【0026】
判別は、特定の多型部位において、抵抗型か感受型かを検出することにより行うことができる。多型とは、同じ生物種の集団のうちに遺伝子型の異なる個体が存在すること、またはその異なる遺伝子・DNA配列のことをいう。多型には一塩基多型(SNP)、Insertion/Deletion(挿入/欠失)多型、制限断片長多型、タンデム反復数多型(variable number of tandem repeats:VNTR)、超可変領域、ミニサテライト、ジヌクレオチド反復、トリヌクレオチド反復、テトラヌクレオチド反復、および単純配列反復が含まれる。
【0027】
一塩基多型(SNP)は1個のヌクレオチドからなる多型部位において、その1個のヌクレオチドが別のもの(ヌクレオチド、またはジ~テトラヌクレオチド、オリゴもしくはポリヌクレオチド)で置換されて起こる。一塩基多型は、参照対立遺伝子と比較して1個のヌクレオチドが欠失するか、または1個のヌクレオチドが挿入されるかによっても起こる。なお多型を表す場合に、関与するヌクレオチドの種類を便宜上そのヌクレオチドを構成する塩基の種類(A、G、TまたはC)を用いて示すことがある。
【0028】
本実施形態の判別方法においては、豚ゲノム中に存在するSNPをマーカーとして利用する。本実施形態のSNPは、FCGR2遺伝子、LRRFIP1遺伝子、STING1遺伝子、IFI16遺伝子、CD14遺伝子、PRKDC遺伝子、TRIM40遺伝子、CGAS遺伝子、RIGI遺伝子、MX1遺伝子、TRIM21遺伝子、及びMSR1遺伝子より選択されるいずれかに関わる。
【0029】
本実施形態の判別方法は、具体的には、下表より選択される少なくとも1つの多型について、下表にしたがって抵抗性・感受性を判別するものである。
【0030】
【0031】
表中、dbSNPIDは、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)が管理するSNPのデータベースでの固有の番号である。
【0032】
上記の多型は、肺炎抵抗性に関し、非特許文献2のNLRP3-2906、NOD2-2197、及びTLR5-1205のうち、少なくともNLRP3-2906、及びNOD2-2197より優れた効果があると期待できる。本発明者らは今般のSNPと肺炎重症度との関連解析において、上記の新規マーカー群に加えて、NLRP3-2906、NOD2-2197、及びTLR5-1205も同時にモデルに投入して解析を行ったが、TLR5-1205では有意差が検出されたが、NLRP3-2906、NOD2-2197では検出されなかった。
【0033】
上記の多型のうち、FCGR2遺伝子とLRRFIP1遺伝子の多型は、マイコプラズマ性肺炎と豚胸膜肺炎の両方かつ複数解析集団で多型との関連が検出されているので(
図2)、これらの多型の影響は大きく、衛生環境の異なる様々な集団でも一様に効果があると期待できる。
【0034】
上記の多型が表中の抵抗型であるかの判別は、当業者にはよく知られた様々な多型解析方法によって実施できる。そのような多型解析方法には、直接塩基の配列を決定する方法(ダイレクトシークエンス法)、SNP Type Assay(PCR法による増幅の際、プライマーに共通タグ配列を付加し、この配列にアニーリングするユニバーサル蛍光プライマーを検出に使用する)、TaqMan(登録商標)PCR法(リアルタイムPCRシステムを使ったSNPタイピング)、RFLP法、PCR-SSCP法、ASOハイブリダイゼーション、ARMS法、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法、RNase A切断法、化学切断法、DOL法、インベーダー法、MALDI-TOF/MS法、TDI法、モレキュラー・ビーコン法、ダイナミック・アレルスペシフィック・ハイブリダイゼーション法、パドロック・プローブ法、UCAN法、DNAチップ又はDNAマイクロアレイを用いた核酸ハイブリダイゼーション法、及びECA法が含まれる。
【0035】
多型の解析に用いられる試料は、例えば、対象豚の毛根、血液、肉片、精液である。これらの試料から、適切な方法でDNAを抽出し、多型解析に用いることができる。
【0036】
[プライマー、プローブ、キット]
本実施形態は、上記の細菌感染抵抗性の豚の判別に利用するための、オリゴヌクレオチド、オリゴヌクレオチドを含む、組成物(例えば、そのようなオリゴヌクレオチドと緩衝剤とを含む溶液、その凍結物。)、キットに関する。
【0037】
オリゴヌクレオチドは、上記の多型を検出するための、PCR用のプライマー、プライマー対、及びプローブ、それらのセットであり得る。
【0038】
オリゴヌクレオチドが、多型を検出するためのPCR用のプライマーである場合、その長さは、通常15 塩基長~100 塩基長であり、好ましくは17 塩基長~30 塩基長である。またオリゴヌクレオチドが、PCRで増幅された産物を検出するためのプローブである場合、その長さは、通常15 塩基長~100 塩基長であり、好ましくは17 塩基長~30 塩基長である。プライマーおよびプローブは、従来のプライマーの設計方法やプローブの設計方法を参考に、適宜設計できる。プライマーの設計方法のためには、ソフトウェアが市販されており、本実施形態のためにも使用できる。プライマーまたはプローブとして用いるオリゴヌクレオチドは、例えば市販のオリゴヌクレオチド合成機により作製することができる。
【0039】
プローブは、標識してされていることが好ましい。標識する方法としては、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて、ポリヌクレオチドの5'端を32Pでリン酸化することにより標識する方法、およびクレノウ酵素等のDNAポリメラーゼを用い、ランダムヘキサマーポリヌクレオチド等をプライマーとして32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を取り込ませる方法(ランダムプライム法等)を例示することができる。
【0040】
本実施形態の、オリゴヌクレオチドを含む組成物は、上記のオリゴヌクレオチドの他に、滅菌水、pH緩衝剤、安定化剤等を含んでいてもよい。
【0041】
本実施形態のキットは、上記のオリゴヌクレオチド、組成物の他に、例えば、dNTP(デオキシヌクレオチド三リン酸)、耐熱性DNAポリメラーゼ、Mg2+、PCR緩衝液、対照標品、反応容器、及び説明書を含んでもよい。キットはまた、検体採取のための用具を含んでもよい。
【0042】
上記の識別もしくは判別用試薬(本実施形態の検査薬)においては、有効成分であるポリヌクレオチド以外に、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、タンパク質安定剤(BSAやゼラチンなど)、保存剤等が必要に応じて混合されていてもよい。
【0043】
[育種方法]
以上のように、本実施形態により、細菌感染抵抗性の豚の判別方法が提供される。したがって、本実施形態により、目的の形質(細菌感染抵抗性)を有する豚を予測することが幼少期の段階で可能となるため、効率的に所望の形質を有する豚集団または系統を造成するのに役立つ。よって本実施形態は、本実施形態の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜することを含む、細菌感染抵抗性の豚の育種方法を提供する。
【0044】
所定の形質の豚を選択し、育成、または繁殖する豚の育種方法として、例えば、ある系統に、本実施形態により選抜された細菌感染抵抗性の豚またはその後代を、ある好ましい形質(例えば産肉能力が高いこと、強健性であること、繁殖能力が高いこと、等)を有する豚との交配に用いることにより、ある形質を有し、かつ細菌感染抵抗性の豚の系統が造成可能である。よって本実施形態は、本実施形態の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、細菌感染抵抗性の豚の育種方法、並びに本実施形態の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚またはその後代を交配に用いることを含む、細菌感染抵抗性の豚の生産方法を提供する。なお、本実施形態の判別方法により、細菌感染抵抗性の豚を選抜し、選抜した豚を交配に用いることを含む、細菌感染抵抗性の豚の生産方法により生産された豚を繁殖させ、後代を得ることもまた、後代について本実施形態の判別方法により細菌感染抵抗性の豚を選抜する/しないに関わらず、本実施形態により提供される多型マーカーと関連した細菌感染抵抗性の後代が得られる限り、本実施形態の生産方法の範疇に含まれる。
【0045】
[多型効果の検証、その他]
本願によって開示される多型が目的の効果を有するものであることは、種々の方法により検証できる。例えば、遺伝型が異なる細胞を血液から単離し、細菌感染に対する応答を見ることにより、検証できる。また、細菌感染抵抗性の豚集団および基礎集団以外の集団を用いた、免疫能や疾病関連形質(例えば、肺炎罹患率等)と多型との関連を調査することにより、検証することができる。このような検証手段は当業者にはよく知られており、当業者であれば、適宜実験を計画し、実施することができる。
【0046】
本実施形態により、細菌感染抵抗性の遺伝子型を有する個体の割合が多い豚集団が提供される。本実施形態で豚に関し、集団というときは、特に記載した場合を除き、他の個体、集団とは区別可能なように飼育されている少なくとも10頭以上の群をいう。
【0047】
また本実施形態は、本実施形態により育種された細菌感染抵抗性の豚、または本実施形態の方法により生産された細菌感染抵抗性の豚から得られる、繁殖材料(例えば、選別精液、
凍結精液)、並びに肉および肉の加工品(例えば、ハム、ソーセージ、ベーコン、焼豚等)を提供する。
【実施例0048】
[解析1:解析対象集団における遺伝子型判定]
岐阜県の一般農場で2016年に採材されたA農場(280頭)およびB農場(279頭)、2019年に採材されたA農場(178頭)およびC農場(125頭)の合計862頭の豚(三元交雑豚)を解析対象とした。これらの豚は、と畜場で測定されたマイコプラズマ性肺炎スコア、豚胸膜肺炎スコアおよび小腸炎病変の有無のデータを保有している。データの概要を、肺炎について箱ひげ図で、小腸炎病変について頭数で示した(
図1)。
【0049】
マイコプラズマ性肺炎スコア:Goodwinスコアとも呼ばれる。肺葉の肝変化病変を、右前葉、右中葉、左前葉、左中葉を各10点、右後葉、副葉、左後葉を各5点、合計0~55点で評価。
豚胸膜肺炎スコア:肺と胸腔・横隔膜などとの癒着の程度を0~4点で評価。
小腸炎病変の有無:と畜検査場において、小腸の一部ないし全部に肥厚が認められた場合を「病変あり」、認められなかった場合を「病変なし」と評価。
【0050】
豚ゲノムデータベースSscrofa11.1(https://asia.ensembl.org/Sus_scrofa/Info/Index?db=core;g=ENSSSCG00000005503;r=1:258044610-258058970)より、肺炎および小腸炎に対する感受性/抵抗性と関連する可能性のある23個の免疫関連遺伝子から62個のアミノ酸置換を伴う一塩基多型(SNP)の情報を抽出し、上記4つの集団でSNP Type Assay法(スタンダード・バイオツールズ社)により遺伝子型判定を行った(表1)。
【0051】
【0052】
一部の解析対象集団では、豚ゲノムデータベース Sscrofa11.1より他の免疫関連遺伝子のアミノ酸置換を伴うSNPの情報を抽出して、シークエンス解読による遺伝子型判定を行った。
【0053】
[解析2:アミノ酸多型と肺炎スコアとの関連解析]
上記4つの集団において、肺炎スコアおよび小腸炎病変の有無とSNP遺伝子型との関連を単変量解析により解析し(マイコプラズマ性肺炎の場合は分散分析、豚胸膜肺炎の場合はクラスカル・ウォリス検定、小腸炎の場合はカイ二乗検定)、算出された有意確率(P)とP < 0.2となった箇所をアスタリスク(*)で示した(表2)。
【0054】
【0055】
P < 0.2となったSNPについて、各集団におけるアリル頻度を表3(マイコプラズマ性肺炎スコア)、表4(豚胸膜肺炎スコア)および表5(小腸炎病変の有無)に示した。また、同一遺伝子内にP < 0.2となったSNPが複数ある場合(表2に四角で表示)、連鎖して遺伝することが予想されるためハプロタイプ推定を行い、そのアリル頻度を表3、表4および表5に示した。
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
P < 0.2となったSNPおよびハプロタイプについて、肺炎スコアと遺伝子型との関連を一般化線形混合モデル、小腸炎病変の有無と遺伝子型との関連をステップワイズ法に基づくロジスティック回帰分析により解析した。性、採材日の影響を考慮して遺伝子型がマイコプラズマ性肺炎(表6)、豚胸膜肺炎(表7)および小腸炎(表8)に及ぼす効果を推定し、P < 0.05となった箇所を*、P < 0.01となった箇所を**で示した。検出された遺伝子/SNPごとに集団間での効果の違いも分かるように図示した(
図2)。
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
重複を除くと、肺炎スコアおよび小腸炎病変の有無と関連のあるアミノ酸多型(新規抗病性改良DNAマーカー候補)として12遺伝子17個のSNPを同定し、抵抗型アリル/感受型アリルを区別してまとめた(表9)。これらの遺伝子には細菌を構成する共通の分子を認識して免疫応答を活性化する機能があり、マイコプラズマ性肺炎、豚胸膜肺炎および小腸炎だけでなく他の細菌感染症に対する抵抗性/感受性にも影響する可能性がある。
【0064】
【0065】
なお、dbSNPIDは、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)が管理するSNPのデータベースでのIDである。
【0066】
同定したSNPの周辺塩基配列をSscrofa11.1から得て、配列表に配列番号1~17として示した。
【0067】
[配列表に掲載した配列]
SEQ ID NO:1 rs320243268の周辺配列
SEQ ID NO:2 rs331355666の周辺配列
SEQ ID NO:3 rs319566914の周辺配列
SEQ ID NO:4 rs81218215の周辺配列
SEQ ID NO:5 rs80915627の周辺配列
SEQ ID NO:6 rs81218902の周辺配列
SEQ ID NO:7 rs80900450の周辺配列
SEQ ID NO:8 rs327309867の周辺配列
SEQ ID NO:9 rs339299789の周辺配列
SEQ ID NO:10 rs329876422の周辺配列
SEQ ID NO:11 rs334436029の周辺配列
SEQ ID NO:12 rs81214124の周辺配列
SEQ ID NO:13 rs55618275の周辺配列
SEQ ID NO:14 rs81411505の周辺配列
SEQ ID NO:15 rs340330924の周辺配列
SEQ ID NO:16 rs80855305の周辺配列
SEQ ID NO:17 rs325112499の周辺配列