(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025016207
(43)【公開日】2025-01-31
(54)【発明の名称】窒化物半導体レーザ素子およびその製造方法、発光装置
(51)【国際特許分類】
H01S 5/12 20210101AFI20250124BHJP
H01S 5/22 20060101ALI20250124BHJP
H01S 5/323 20060101ALI20250124BHJP
H01S 5/343 20060101ALI20250124BHJP
H01S 5/028 20060101ALI20250124BHJP
H01S 5/11 20210101ALI20250124BHJP
【FI】
H01S5/12
H01S5/22
H01S5/323 610
H01S5/343 610
H01S5/028
H01S5/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023119337
(22)【出願日】2023-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100133215
【弁理士】
【氏名又は名称】真家 大樹
(72)【発明者】
【氏名】深町 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】上向井 正裕
(72)【発明者】
【氏名】片山 竜二
(72)【発明者】
【氏名】谷川 智之
【テーマコード(参考)】
5F173
【Fターム(参考)】
5F173AA08
5F173AB14
5F173AF32
5F173AF52
5F173AF72
5F173AH12
5F173AL04
5F173AR04
5F173AR14
5F173AS05
(57)【要約】
【課題】縦シングルモードで高出力が得られる半導体レーザ素子を提供する。
【解決手段】分布帰還型の半導体レーザ素子100において、積層構造110は、GaN基板112、n型半導体層120、活性層114、p型半導体層130を含み、リッジ型導波路が形成されている。第1回折格子150は、リッジ型導波路と隣接して両隣に形成される。第1回折格子の溝の深さdは、50nm≦d≦200nmの範囲に含まれており、デューティ比dutyは、回折光の次数に対して規定される定数a,b,c,nを用いた不等式(1)の範囲に含まれる。
【数1】
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分布帰還型の半導体レーザ素子であって、
GaN基板、第1導電型半導体層、発光層、第2導電型半導体層を含み、リッジ型導波路が形成されている積層構造と、
前記リッジ型導波路と隣接して両隣に形成された第1回折格子と、
を備え、
前記第1回折格子の溝の深さdは、50nm≦d≦200nmの範囲に含まれており、デューティ比dutyは、回折光の次数に対して規定される定数a,b,c,nを用いた不等式(1)
【数1】
の範囲に含まれることを特徴とする半導体レーザ素子。
【請求項2】
前記次数は3であり、a=1000000、b=0.889、c=75.3、n=4であり、75.3nm≦d≦200nmであることを特徴とする請求項1に記載の半導体レーザ素子。
【請求項3】
前記次数は1であり、a=7500000、b=0.738、c=54.9、n=8であり、54.9nm≦d≦200nmであることを特徴とする請求項1に記載の半導体レーザ素子。
【請求項4】
前記次数は5であり、a=7500000、b=0.929、c=88.9、n=4であり、88.9nm≦d≦200nmであることを特徴とする請求項1に記載の半導体レーザ素子。
【請求項5】
前記次数は7であり、a=23000000、b=0.947、c=100.6、n=4であり、100.6nm≦d≦200nmであることを特徴とする請求項1に記載の半導体レーザ素子。
【請求項6】
前記リッジ型導波路の上面に形成された第2回折格子をさらに備えることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の半導体レーザ素子。
【請求項7】
前記第2回折格子の溝の底面は、前記第1回折格子の溝の底面よりも高いことを特徴とする請求項6に記載の半導体レーザ素子。
【請求項8】
前記第1回折格子は位相シフト領域を有することを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の半導体レーザ素子。
【請求項9】
前記位相シフト領域は、前記半導体レーザ素子の低反射端面と高反射端面の間を、6:4~8:2の範囲で内分する位置に設けられることを特徴とする請求項8に記載の半導体レーザ素子。
【請求項10】
前記第1回折格子の内、少なくとも光が染み出る部分について、溝部は絶縁膜で覆われており、前記絶縁膜は少なくともSi,Zr,Al,Ta,Nb,Ti,In,O,Nの内の1つ以上の元素含むことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の半導体レーザ素子。
【請求項11】
請求項1から5のいずれかに記載の分布帰還型の半導体レーザ素子と、
前記分布帰還型の半導体レーザ素子の出射光の2次高調波を発生する非線形光学素子と、
前記2次高調波を透過するフィルタと、
を備えることを特徴とする発光装置。
【請求項12】
分布帰還型の半導体レーザ素子の製造方法であって、
、GaN基板、第1導電型半導体層、発光層、第2導電型半導体層を含む積層構造を形成するステップと、
前記積層構造にリッジストライプ構造を形成するステップと、
前記リッジストライプ構造と隣接して、第1回折格子を形成するステップと、
前記第1回折格子の溝の内部に絶縁膜を形成するステップと、
を備え、
前記第1回折格子の溝の深さdは、54.9nm≦d≦200nmの範囲に含まれており、デューティ比dutyは、回折光の次数に対して規定される定数a,b,c,nを用いた不等式(1)
【数2】
の範囲に含まれることを特徴とする製造方法。
【請求項13】
前記第1回折格子の形成と同時に、前記リッジストライプ構造と隣接する領域に第2回折格子を形成するステップをさらに備えることを特徴とする請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
前記絶縁膜は、原子層堆積(ALD)法により形成されることを特徴とする請求項12または13に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、窒化物半導体レーザ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで殺菌用途として、254nm紫外線殺菌灯などが広く用いられてきた。しかし、人に照射すると皮膚がんや角膜炎を発症させるリスクがあった。それに対し、近年KrClエキシマランプを用いた222nmの紫外線は、はるかに安全性が高いことが国内外の多くの医療機関や大学などから報告されている。加えて、新型コロナウィルスに対し効果があることも検証されつつある。このKrClエキシマランプを応用したウィルス不活化システムが、医療機関や学校、公共・商業施設、飲食施設などで人の活動を制限することなく、ウィルスの不活化ができ、パンデミックの抑制と、社会活動の両立に貢献できるものとして注目を集めている。
【0003】
このウィルス不活化システムの、更なる静音性向上や小型化には、KrClエキシマランプを、半導体発光素子を実装した半導体発光装置に置き換える方法が考えられる。しかし、222nm辺りで発光する半導体発光素子は未だ存在しない。そこで、波長変換素子による高調波発生を利用して、444nmの光を222nmの2次高調波(SHG:Second harmonic Generation波)に変換する方法が考えられる。
【0004】
SHG波の変換効率を高めるためには、444nmの光源として、縦シングルモードかつ高出力の半導体レーザが必要である。一般的に、縦シングルモードレーザとしては、分布帰還型レーザ(DFB-LD:Distributed FeedBack Laser Diode)が利用される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】"InGaAs/AlGaAs Quantum Well Laterally-Coupled Distributed Feedback Laser", Japanese Journal of Applied Physics, volume 43, Number 5R, pp.25-49 (2004)
【非特許文献2】"Continuous-wave operation of a semipolar InGaN distributed-feedback blue laser diode with a first-order indium tin oxide surface grating", Optics Letters vol.44 pp.3106-3109 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
紫外光や可視光の波長帯域の光を発光する半導体発光素子としてはGaN系材料が広く用いられている。しかし、GaN系材料では、十分な屈折率差を得るのが難しく、回折格子の光結合係数κを大きくすることが難しかった。
【0007】
本開示はかかる状況においてなされたものであり、そのある態様の例示的な目的のひとつは縦シングルモードで高出力が得られる半導体レーザ素子の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示のある態様は、分布帰還型の半導体レーザ素子に関する。半導体レーザ素子は、GaN基板、第1導電型半導体層、発光層、第2導電型半導体層を含み、リッジ型導波路が形成されている積層構造と、リッジ型導波路と隣接して両隣に形成された第1回折格子と、を備える。第1回折格子の溝の深さdは、50nm≦d≦200nmの範囲に含まれており、デューティ比dutyは、回折光の次数に対して規定される定数a,b,c,nを用いた不等式(1)の範囲に含まれる。
【数1】
【0009】
本開示の別の態様は、分布帰還型の半導体レーザ素子の製造方法に関する。この製造方法は、GaN基板、第1導電型半導体層、発光層、第2導電型半導体層を含む積層構造を形成するステップと、積層構造にリッジストライプ構造を形成するステップと、リッジストライプ構造と隣接して、第1回折格子を形成するステップと、第1回折格子の溝の内部に絶縁膜を形成するステップと、を備える。第1回折格子の溝の深さdは、54.9nm≦d≦200nmの範囲に含まれており、デューティ比dutyは、回折光の次数に対して規定される定数a,b,c,nを用いた不等式(1)の範囲に含まれる。
【0010】
なお、以上の構成要素を任意に組み合わせたもの、構成要素や表現を、方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明あるいは本開示の態様として有効である。さらに、この項目(課題を解決するための手段)の記載は、本発明の欠くべからざるすべての特徴を説明するものではなく、したがって、記載されるこれらの特徴のサブコンビネーションも、本発明たり得る。
【発明の効果】
【0011】
本開示のある態様に係る半導体レーザ素子によれば、縦シングルモードで高出力を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施形態1に係る分布帰還型の半導体レーザ素子の斜視図である。
【
図2】光と回折格子の相互作用を説明する図である。
【
図3】回折格子のデューティ比と光結合係数κの関係を示す図である。
【
図4】光結合係数κが10cm
-1となるときの、溝の深さdとデューティ比dutyの関係を示す図である。
【
図5】実施形態2に係る半導体レーザ素子の斜視図である。
【
図6】光と第1回折格子および第2回折格子の相互作用を説明する図である。
【
図7】実施形態1および実施形態2の光結合係数κを示す図である。
【
図8】半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図9】実施形態3に係る半導体レーザ素子の斜視図である。
【
図10】位相シフト領域を有する回折格子を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施形態の概要)
本開示のいくつかの例示的な実施形態の概要を説明する。この概要は、後述する詳細な説明の前置きとして、または、実施形態の基本的な理解を目的としている。同概要は、1つまたは複数の実施形態のいくつかの概念を簡略化して説明するものであり、発明あるいは開示の広さを限定するものではない。またこの概要は、考えられるすべての実施形態の包括的な概要ではなく、実施形態の欠くべからざる構成要素を限定するものではない。便宜上、「一実施形態」は、本明細書に開示するひとつの実施形態(実施例や変形例)または複数の実施形態(実施例や変形例)を指すものとして用いる場合がある。
【0014】
(実施形態の概要)
一実施形態に係る分布帰還型の半導体レーザ素子は、GaN基板、第1導電型半導体層、発光層、第2導電型半導体層を含み、リッジ型導波路が形成されている積層構造と、リッジ型導波路と隣接して両隣に形成された第1回折格子と、を備える。第1回折格子の溝の深さdは、50nm≦d≦200nmの範囲に含まれており、デューティ比dutyは、回折光の次数に対して規定される定数a,b,c,nを用いた不等式(1)の範囲に含まれる。
【数2】
【0015】
デューティ比を、回折格子の溝の深さをパラメータとして式(1)で規定される範囲に収めることで、大きな光結合係数κを得ることができ、半導体レーザ素子を高出力化できる。
【0016】
一実施形態において、次数は3であり、a=1000000、b=0.889、c=75.3、n=4であり、75.3nm≦d≦200nmであってもよい。
【0017】
一実施形態において、次数は1であり、a=7500000、b=0.738、c=54.9、n=8であり、54.9nm≦d≦200nmであってもよい。
【0018】
一実施形態において、次数は5であり、a=7500000、b=0.929、c=88.9、n=4であり、88.9nm≦d≦200nmであってもよい。
【0019】
一実施形態において、次数は7であり、a=23000000、b=0.947、c=100.6、n=4であり、100.6nm≦d≦200nmであってもよい。
【0020】
一実施形態において、半導体レーザ素子は、リッジ型導波路の上面に形成された第2回折格子をさらに備えてもよい。第1回折格子と第2回折格子は、同じ周期構造を有しており、平面視したときに、連続している。第2回折格子を設けることで、さらに光結合係数を高めることができる。さらに、第1回折格子と第2回折格子が同じ周期構造を有していることから、同じ製造プロセスを利用して同時に形成することができる。これにより、製造が容易となる。
【0021】
一実施形態において、第2回折格子の溝の底面は、第1回折格子の溝の底面よりも高くてもよい。
【0022】
一実施形態において、第1回折格子は位相シフト領域を有してもよい。一実施形態において、発振波長をλ、mを0または任意の正の整数、n0rを光が感じる平均屈折率とするとき、位相シフト領域の長さは、λ/4n0r×(2m+1)であってもよい。
【0023】
一実施形態において、位相シフト領域は、半導体レーザ素子の低反射端面と高反射端面の間を、6:4~8:2の範囲で内分する位置に設けられてもよい。
【0024】
一実施形態において、第1回折格子の内、少なくとも光が染み出る部分について、溝部は絶縁膜で覆われており、絶縁膜は少なくともSi,Zr,Al,Ta,Nb,Ti,In,O,Nの内の1つ以上の元素含んでもよい。
【0025】
一実施形態に係る発光装置は、上述のいずれかに記載の分布帰還型の半導体レーザ素子と、分布帰還型の半導体レーザ素子の出射光の2次高調波を発生する非線形光学素子と、2次高調波を透過するフィルタと、を備えてもよい。この構成によれば、安全性の高い紫外線を高効率に発生することができる。
【0026】
一実施形態に係る分布帰還型の半導体レーザ素子の製造方法は、GaN基板、第1導電型半導体層、発光層、第2導電型半導体層を含む積層構造を形成するステップと、積層構造にリッジストライプ構造を形成するステップと、リッジストライプ構造と隣接して、第1回折格子を形成するステップと、第1回折格子の溝の内部に絶縁膜を形成するステップと、を備える。第1回折格子の溝の深さdは、54.9nm≦d≦200nmの範囲に含まれており、デューティ比dutyは、回折光の次数に対して規定される定数a,b,c,nを用いた不等式(1)の範囲に含まれる。
【0027】
一実施形態に係る製造方法は、第1回折格子の形成と同時に、リッジストライプ構造と隣接する領域に第2回折格子を形成するステップをさらに備えてもよい。
【0028】
一実施形態において、絶縁膜は、原子層堆積(ALD)法により形成されてもよい。
【0029】
(実施形態)
以下、好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、開示や発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも開示や発明の本質的なものであるとは限らない。
【0030】
また図面に記載される各部材の寸法(厚み、長さ、幅など)は、理解の容易化のために適宜、拡大縮小されている場合がある。さらには複数の部材の寸法は、必ずしもそれらの大小関係を表しているとは限らず、図面上で、ある部材Aが、別の部材Bよりも厚く描かれていても、部材Aが部材Bよりも薄いこともあり得る。
【0031】
(実施形態1)
図1は、実施形態1に係る分布帰還型の半導体レーザ素子100の斜視図である。半導体レーザ素子100は、n型のGaN基板112、n型半導体層120、活性層114、p型半導体層130、n側電極140、p側電極142、回折格子150を備える。
【0032】
GaN基板112は、窒化物半導体であり、InxAlyGa1-x-yN(0≦x≦1、0≦y≦1、0≦x+y≦1)の組成を有することができる。444nmの青色のレーザ光を生成するためには、GaN基板112の材料はGaN(x=y=0)を選ぶことができる。
【0033】
n型半導体層120、活性層114、p型半導体層130は、エピタキシャル成長によってn型のGaN基板112上に順に形成され、積層構造110を構成する。
【0034】
n型半導体層120は、n型クラッド層122、n型ガイド層124を含みうる。たとえばn型クラッド層122の材料はn-Al0.05Ga0.95Nであり、n型ガイド層124の材料はn-GaNである。
【0035】
n型半導体層120の上には、量子井戸構造を有する活性層(発光層)114が形成される。発振波長を444nmとする場合、量子井戸構造の材料として、バリア層としてIn0.01Ga0.99Nを、井戸層としてIn0.15Ga0.85Nを選ぶことができる。
【0036】
n型半導体層120から活性層114への不純物の拡散を抑制するために、それらの間に、アンドープ窒化物ガイド層(不図示)In0.02Ga0.98Nを挿入することができる。
【0037】
p型半導体層130は、キャリアブロック(電子ブロックEB)層132、p型ガイド層134、p型クラッド層136、コンタクト層138を含みうる。たとえばp型ガイド層134の材料は、p-In0.02Ga0.98Nであり、p型クラッド層136の材料はp-Al0.04Ga0.96Nであり、コンタクト層138の材料はp-GaNである。
【0038】
p型半導体層130から活性層114への不純物の拡散を抑制するために、それらの間に、アンドープ窒化物ガイド層(不図示)を挿入することができる。
【0039】
n側電極140は、GaN基板112の裏面に形成され、p側電極142は、コンタクト層138の上面に形成される。
【0040】
p型クラッド層136にはリッジ(メサ)が形成され、リッジストライプ構造(リッジ構造)160が形成される。リッジの高さは数百nm、リッジの幅(メサ幅)は、数ミクロンとすることができる。たとえば高さ500nm、幅2μmとしてもよい。
【0041】
後述する光結合係数κはリッジ幅によっても変化し、メサ幅を狭くするほど光結合係数κが大きくなる。但し、メサ幅が1μm未満となるあたりから、横方向の閉じ込めが弱くなり、光結合係数も小さくなり始める。一方、メサ幅が3μmを超えると、横シングルモードから横マルチモードになる。そのため、横シングルモードで高い光結合係数κを得るためには、メサ幅Wmは、1μm≦Wm≦3μmとすることが好ましい。
【0042】
リッジストライプ構造160を有するp型クラッド層136は、活性層114、n型クラッド層122とともに、リッジ型導波路を形成する。
【0043】
p型クラッド層136のリッジストライプ構造160と隣接するメサ脇の部分には、回折格子150が形成される。
【0044】
なお、半導体レーザ素子100の出射側(前方)端面には、AR(無反射)コート(反射率2%以下)、反射側(後方)端面には、HR(高反射)コート(反射率90%以上)が施される。あるいは両端面をARコートとしてもよい。
【0045】
図2は、光と回折格子150の相互作用を説明する図である。
図2には半導体レーザ素子100の簡略化した断面図が示される。リッジ型導波路内を導波するレーザ光は、水平横方向に染み出し、染み出した部分がリッジストライプ構造160の脇にある回折格子150と相互作用する。これにより、分布帰還型レーザとして動作し、縦シングルモードでの発振が可能となる。
【0046】
回折格子150の溝の形状は、一般的には矩形のものが考えられるが、実効的に同様な効果が得られるならば、これに限るものではない。たとえば溝の断面形状は台形であってもよいし、くさび形であってもよいし、その他の形状であってもよい。溝の断面が非矩形の場合、その幅は、平均的な幅として定義してもよい。
【0047】
続いて、次に444nmで高出力を得るための回折格子150について説明する。長波長(赤~赤外域)の半導体レーザでは、回折格子の光結合係数κを容易に大きくすることができるが、青色のレーザでは、光結合係数κを大きくすることが難しく、回折格子150の構造は、半導体レーザ素子100の性能に大きく影響を与える。
【0048】
図3は、回折格子のデューティ比と光結合係数κの関係を示す図である。
図3は、1次、3次、5次、7次の回折光に対して、光結合係数κを計算したものである。溝の深さはそれぞれ、50nm,100nm,150nm,200nmとしている。回折格子のデューティ比は、回折格子の溝の幅と周期の比率で表され、溝の幅をw、周期をpとすると、duty=1-(w/p)となり、0≦duty≦1の範囲で規定され、溝の幅wが狭いほどデューティ比は高くなる。
【0049】
DFB-LDを設計する上で重要なパラメータの1つに規格化結合係数κLがある。ここで、κは光結合係数、Lは共振器長である.このκLは経験的に、κL≧0.5であること、より望ましくはκL≧1とするとよい。なぜなら、κLの小さいDFB-LDでは、駆動条件に依ってはFP(ファブリーペロー)モードとDFBモードが混在する場合があり、SMSR(サイドモード抑圧比)の高い縦シングルモード発振を実現できなくなるからである。また、横シングルモード窒化物半導体レーザでは、リッジ幅は2μm前後になるため、数10mW以上の光出力を得るには、経験上、共振器長を500μm以上にするのが望ましい。それは、一般的に通電に伴う発熱により光出力は熱飽和を起こすが、共振器長が短い場合、十分な光出力を得る前に熱飽和を起こしてしまうからである。これらのことから、DFB-LDの光結合係数κは、κ≧10cm-1となるように設計することが望ましい。
【0050】
図4は、
図3の結果から得られた光結合係数κが10cm
-1以上となるときの、溝の深さdとデューティ比dutyの範囲を示す図である。
図4は、
d=a×(duty-b)
n+c …(2)
という式(2)によってうまく表すことができる。
【0051】
a,b,c,nはフィッティングパラメータである。ある深さdに対して、式(2)によって囲まれる範囲内でデューティ比dutyを決めることにより、光結合係数κを10cm
-1より大きくできる。すなわち、デューティ比dutyは、以下の関係式(1)を満たすように決めればよい。
【数3】
【0052】
ここで、光結合係数κは、溝の深さdに依存し、溝を深く掘るほど光結合係数は単調に増大する傾向を示すが、エッチング技術の制約等で無制限に溝を深くすることはできず、せいぜい200nm程度である。また、回折格子dの深さを200nmより深くしようとした場合、十分な横方向の光閉じ込めを確保するにはリッジストライプ構造160の高さ(メサの高さ)を高くする必要があるが、これは駆動電圧の上昇を招いてしまう。このような制約条件を考慮すると、溝の深さdは、50~200nmの範囲とすることが好ましい。
【0053】
一実施例において、回折次数を3とすることができる。この場合、a=1000000、b=0.889、c=75.3、n=4であり、取り得る溝の深さdは、75.3nm≦d≦200nmとなる。
【0054】
一実施例において、回折次数を1とすることができる。この場合、a=7500000、b=0.738、c=54.9、n=8であり、取り得る溝の深さdは、54.9nm≦d≦200nmとなる。
【0055】
一実施例において、回折次数を5とすることができる。この場合、a=7500000、b=0.929、c=88.9、n=4であり、取り得る溝の深さdは、88.9nm≦d≦200nmとなる。
【0056】
一実施形態において、回折次数を7とすることができる。この場合、a=23000000、b=0.947、c=100.6、n=4であり、取り得る溝の深さdは、100.6nm≦d≦200nmとなる。
【0057】
(実施形態2)
図5は、実施形態2に係る半導体レーザ素子100Aの斜視図である。半導体レーザ素子100Aは、
図1の半導体レーザ素子100に加えて、第2回折格子152をさらに備えている。実施形態2において、リッジストライプ構造160と隣接する回折格子150を、第1回折格子150と称する。
【0058】
第2回折格子152は、第1回折格子150と同じ周期構造を有しており、半導体レーザ素子100Aを平面視したときに、第1回折格子150と第2回折格子152の対応する溝の位置は揃っており、連続している。
【0059】
図6は、光と第1回折格子150および第2回折格子152の相互作用を説明する図である。
図6には半導体レーザ素子100Aの簡略化した断面図が示される。リッジ型導波路内を導波するレーザ光は、水平横方向に染み出し、染み出した部分がリッジストライプ構造160の脇にある第1回折格子150と相互作用する。これに加えて、レーザ光は、垂直上方向にも染み出し、染み出した部分がリッジストライプ構造160の上にある第2回折格子152と作用する。これにより、実施形態1に比べてさらに光結合係数κを高めることができる。
【0060】
図7は、実施形態1および実施形態2の光結合係数κを示す図である。計算は、3次の回折光および1次の回折光に対して行った。3次の回折光では、溝の深さd=150nm、デューティ比を90%とし、1次の回折光では、溝の深さd=100nm、デューティ比を85%としている。実施形態2では、1次、3次のいずれの回折光に対しても、光結合係数κを高めることができる。
【0061】
さらに、実施形態2に係る半導体レーザ素子100Aは、第1回折格子と第2回折格子が同じ周期構造を有していることから、同じ製造プロセスを利用して同時に形成することができる。この場合、回折格子150と152の溝の深さは同程度となる。言い換えると、回折格子150の溝の底は、回折格子152の溝の底よりも高く位置することとなる。
【0062】
回折格子dの深さを200nmより深くしようとした場合、十分な横方向の光閉じ込めを確保するには、リッジストライプ構造160の高さ(メサの高さ)を高くする必要があるが、これは駆動電圧の上昇を招いてしまう。また、注入電流も、共振器方向に不均一になりやすい。これに対して回折格子の溝の深さdを50~200nmの範囲に制限することにより、メサの高さを高くする必要がないため、電圧上昇や電流の不均一の問題は生じない。
【0063】
図8は、半導体レーザ素子100Aの製造方法を説明する図である。工程S1において、メサを形成した積層構造201の上に、絶縁膜202を形成する。積層構造201は、
図1のGaN基板112、n型半導体層120、活性層114、p型半導体層130を含む積層構造である。積層構造の製造方法は公知技術を用いればよい。
【0064】
続く工程S2において、絶縁膜202の上にレジスト204を塗布した後に、回折格子150,152のパターンを形成する。
【0065】
続く工程S3において、絶縁膜202をエッチングし、レジスト204を除去する。続く工程S4において、絶縁膜202を除去する。
【0066】
溝の内部には、絶縁膜206を形成するとよい。絶縁膜206は、少なくとも、光が染み出す部分に形成することが好ましく、溝を完全に充填してもよい。工程S5では、この絶縁膜206が、ADL(原子層堆積)法によって形成される。ADL法を用いることで、溝の底面に絶縁膜206をうまく形成できる。絶縁膜206の材料としては、Si,Zr,Al,Ta,Nb,Ti,In,O,Nの内の1つ以上の元素を含む酸化物、具体的には、SiNx、SiO2、ZrO2、Al2O3、Ta2O5、Nb2O5、TiO2、AlN、AlON、AlInNなどを用いることができる。
【0067】
続く工程S6において、絶縁膜206のうち、メサの上面の一部分208が除去される。そして工程S7において、p側電極142が形成される。
【0068】
以上が半導体レーザ素子100Aの製造方法である。この半導体レーザ素子100Aによれば、第1回折格子150と第2回折格子152を同じプロセスで同時に形成することができる。
【0069】
実施形態1に係る半導体レーザ素子100では、メサを避けつつ、回折格子150を形成する必要があることから、製造の難易度が高い。すなわち回折格子150をメサの肩の直近まで近づけようとすれば、メサの側面に溝が形成されてしまう可能性が高まる。反対に、メサの側面の溝を防止しようとすると、回折格子150が、メサの肩から離れてしまい、光結合係数κが低下してしまう。実施形態2では、第1回折格子150と第2回折格子152を同じプロセスで同時に形成するため、このような問題が生じない。
【0070】
(実施形態3)
図9は、実施形態3に係る半導体レーザ素子100Bの斜視図である。第2回折格子152は、メサ上面に形成されるが、メサの側面から一定の幅には、溝が形成されない。これにより電流注入の不均一性を更に抑制できる。
【0071】
実施形態1~3において、回折格子150、152には、位相シフト領域を設けてもよい。
図10は、位相シフト領域151を有する回折格子150Cを示す断面図である。
図10の下段には比較のために、位相シフト領域151を備えない回折格子150が示される。位相シフト領域151は、回折格子150Cの山の部分に設けられる。位相シフト領域151の長さは、
λ/4n
0r×(2m+1)
とすることができる。λは発振波長、mは0または任意の正の整数、n
0rは光が感じる平均屈折率である。n
0rは半導体レーザ素子の構造や材料による値で、1<n
0r<3の範囲の値を取りうる。位相シフト領域151を設けることにより、縦シングルモードのサイドモード抑圧比(SMSR;Side Mode Suppression Ratio)を向上できる。
【0072】
位相シフト領域151は、共振器の中央よりも、高反射端面寄りに形成することが好ましい。たとえば位相シフト領域151は、半導体レーザ素子の低反射端面(出射端面)と高反射端面の間を、6:4乃至8:2の範囲で内分する位置に設けられてもよい。
【0073】
続いて半導体レーザ素子100の用途を説明する。
【0074】
図11は、実施形態に係る発光装置200を示す図である。発光装置200は、上述の半導体レーザ素子100(100A,100B)と、非線形光学素子210、フィルタ220を備える。
【0075】
半導体レーザ素子100は、λ=444nmの縦シングルモードで発振する。非線形光学素子210は、波長変換素子であり、半導体レーザ素子100の出射光の2次高調波λ/2(波長222nm)を発生する。非線形光学素子210としては、たとえばβ-BaB2O4(BBO)やCsLiB6O10(CLBO)などが用いられる。この波長変換素子に適切な方向から基本波(444nm)を入射させることで、2次高調波(222nm)を生成することができる。フィルタ220はショートパスフィルタであり、基本波λを除去し、2次高調波λ/2を出射する。
【0076】
実施の形態は、本発明の原理、応用を示しているにすぎず、実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められる。
【符号の説明】
【0077】
100 半導体レーザ素子
110 積層構造
112 GaN基板
120 n型半導体層
122 n型クラッド層
124 n型ガイド層
114 活性層
130 p型半導体層
132 キャリアブロック層
134 p型ガイド層
136 p型クラッド層
138 コンタクト層
140 n側電極
142 p側電極
150 第1回折格子
151 位相シフト領域
152 第2回折格子
160 リッジストライプ構造
200 発光装置
210 非線形光学素子
220 フィルタ