(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025018233
(43)【公開日】2025-02-06
(54)【発明の名称】優れた焼入性および耐造形割れ性を有する積層造形用高熱伝導熱間工具鋼粉末およびこれを用いた積層造形体
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250130BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250130BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20250130BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20250130BHJP
B22F 10/362 20210101ALI20250130BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20250130BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20250130BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C22C38/00 304
B22F1/00 S
B22F10/28
B22F10/362
B33Y70/00
B33Y80/00
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023121766
(22)【出願日】2023-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】辻井 佑夏
(72)【発明者】
【氏名】萩谷 透
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA24
4K018BA13
4K018BB04
(57)【要約】
【課題】大型の積層造形においても、深部まで焼きが入りやすく、造形体および造形体と積層母材との界面に割れが発生しにくく、高い熱伝導率を有する、積層造形用熱間工具鋼粉末およびこれを用いた積層造形体を提供する。
【解決手段】質量%で、必須添加成分として、C:0.10%超~0.45%未満、Ni:2.00%超~8.00%未満、任意的添加成分として、Si:0.60%未満、Mn:5.00%未満、Cr:2.00%未満、Mo:1.20%未満、W:2.00%未満、V:0.60%未満、Al:0.10%未満、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、Ni+Mn:8.50%未満である積層造形用熱間工具鋼粉末およびこの粉末を用いて積層造形された造形体。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
必須添加成分として、
C:0.10%超~0.45%未満、
Ni:2.00%超~8.00%未満、
任意的添加成分として、
Si:0.60%未満、
Mn:5.00%未満、
Cr:2.00%未満、
Mo:1.20%未満、
W:2.00%未満、
V:0.60%未満、
Al:0.10%未満、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、
Ni+Mn:8.50%未満である
積層造形用熱間工具鋼粉末。
【請求項2】
請求項1に記載の積層造形用熱間工具鋼粉末を用いて積層造形された造形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形用の高熱伝導性の熱間工具鋼粉末およびこれを用いた積層造形体に関するものである。すなわち、本発明は、積層造形法(3Dプリンタ、三次元造形法、Additive Manufacturing、付加製造法などとも呼ばれる)による金型をはじめとした各種工具となる造形体および原料粉末に関し、とりわけ、大型の造形体でも、十分な焼入性、高い耐造形割れ性、高い熱伝導率を示すとともに、高い機械的特性も有する熱間工具鋼に関する。
【0002】
なお、ここでいう高い耐造形割れ性とは、積層造形による急速溶融、凝固にともなう熱応力などにより、造形体そのもの(特に切欠きとなる部位)や、造形体と造形母材との界面に割れが発生しにくいことを指す。
【背景技術】
【0003】
積層造形法は、従来工法とは異なり、複雑形状や三次元構造を持つ部材を製造することが可能であり、近年、目覚しい技術発展および適用範囲拡大が進みつつある。積層造形法の各種工具への適用の検討が試みられており、とりわけ、内部に三次元構造の複雑な冷却水管を内在するダイカスト金型において実用化が図られつつある。
【0004】
さて、熱間工具鋼を用いた工具は様々な部品の加工にも用いられるが、加工方法や部品形状に応じ、その形状や大きさも様々である。もっとも、積層造形の工具への適用は、次のような造形割れがあるため、比較的小型のものに限定されざるを得なかった。
【0005】
一般に積層造形は原料となる粉末やワイヤーをレーザーや電子ビームなどの細く絞られた熱源により短時間加熱することで急速に溶融、凝固させ、その繰り返しにより凝固層を積層することで複雑な三次元形状の部品の製造を可能にしている。この工程では、部品の一部分のみが加熱され、溶融、凝固することから、局所的な凝固収縮や熱膨張・熱収縮によって熱応力が発生する。このとき、造形される材料や造形母材が硬く、脆い材料であれば、発生する熱応力に耐えられず、造形体そのものや母材との界面に造形割れを発生してしまう。
【0006】
このような熱応力は、大きな造形体を積層造形する場合にさらに大きくなり、結果として造形割れが発生しやすくなる。一般に工具にはJIS規格のSKD61のような高硬度合金が多用されるため造形割れが発生しやすい。こうした理由から、従来、積層造形の工具への適用は、熱応力が比較的小さい小型のものに限定されてきた。
【0007】
ダイカスト金型をはじめとした熱間工具の表面は、加工される高温の部品(ワーク)に接することから温度が上昇し、ヒートチェックをはじめとした損傷を受けやすい。また、特に温度上昇の激しい部位では焼付きを起こしやすい。
【0008】
これらを回避するために、熱間工具表面を効率よく冷却することは重要であり、熱間工具の材質としては高い熱伝導率の合金を使用することで、工具内部に配置された水冷管などによる冷却効果を熱間工具表面まで最大限利用することができる。
【0009】
また熱間工具を用いた部品加工においては、ひとつの部品を加工した後、次の部品を加工する前には工具が冷えている必要があるから、効率よく(短時間で)所定の温度まで工具を冷却できることは、部品の加工サイクルの短縮や、部品の生産効率を向上させるメリットもある。
【0010】
このような熱伝導率の高い熱間工具鋼による積層造形体として、出願人は、たとえば、質量%で0.20<C<0.60、Si<0.60、Mn<0.90、Cr<4.00、Ni<2.00、Mo<1.20、W<2.00、V<0.60、Al<0.10を含有し、残部をFeおよび不可避的不純物からなるFe基合金粉末から作製された、以下の式(1)~(3)を満足する造形体を提案されている(特許文献1参照)。
T1=71.7-5.9Mn-6.3Cr-2.8V-5.7Mo-1.1W-23.1C-5.8Ni-1.9Si-0.5Al-0.6PC>32.0・・・式(1)
T2=80.1+2.4Mn+1.6Si+7.1Cr-12.0PC>50.0・・・式(2)
造形体に含まれる炭化物の平均サイズ(μm):PC<3.0・・・式(3)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述の特許文献1では、各種の元素の添加量の増加により熱伝導率が低下することから、これら元素の添加量やT1パラメータの上限を規定することで高い熱伝導率を実現しようとしている。すなわち、熱間工具として多く用いられる汎用鋼であるSKD61に比して、各添加元素量を低下させることで高い熱伝導率を得ようとしている。
【0013】
もっとも、各種添加元素は焼入性の向上にも寄与することから、これら元素の添加量が低下することで焼入性の低下も同時に招いてしまう。
【0014】
従来は熱応力による造形割れ発生の観点から、実際上は、積層造形は、比較的小型の熱間工具に適用場面が限定されざるを得なかった。そこで、大型工具の深部であれば、焼入時の冷却速度が十分に得られない(十分な焼入焼戻硬さが得られない。)比較的焼入性の低い合金であっても、比較的小型の造形体であるから、問題が顕在化することなく適用が可能であった。
【0015】
もっとも、近年の積層造形法による工具の適用範囲を拡大したいとの流れや、より大型の熱間工具にも積層造形体を利用したいとの要請に応えていくためには、各種添加元素量よって相反関係となる焼入性と高熱伝導率とをより高い水準で両立させる必要がある。従来の合金では両特性を高く維持することができなかった。
【0016】
また、積層造形は急速冷却工法であることから、造形したままで疑似的に焼入が施された状態になることがあるので、造形後にさらに焼入処理を施すことなく、焼戻または歪取り熱処理のみ施して使用される場合もある。ところが大型造形体の中心部では造形の熱源により熱が蓄積され温度が高くなり、急速冷却工法でありながら急冷効果が発揮されにくく、やはり焼入性の低い合金では造形体深部の硬さが低くなる傾向があるので、大型化を阻害してしまう。
【0017】
さらに、造形時に造形母材を予熱することで造形割れが軽減されることが知られているが、造形装置の設計上、予熱温度として80~300℃程度の範囲が多く用いられるところ、この場合は大型だけでなく小型の造形体でも造形時の急冷却果が発揮されにくくなり、焼入性の低い合金では造形体深部の硬さが低くなってしまう傾向があり問題であった。
【0018】
また、各種工具の最適な使用硬さは用途によって異なり、40HRC程度が好ましい用途や、50HRC程度が好ましい用途もあるが、焼入性の悪さにより表層と深部で硬さが異なると、工具全体を最適な使用硬さに調整することが困難となり、不具合を起こしてしまう。そこで、硬さの絶対値とは別に、部位による硬さのバラツキを低減することも重要となる。
【0019】
以上のことから、本発明は、大型の積層造形においても、深部まで焼きが入りやすく、造形体および造形体と積層母材との界面に割れが発生しにくく、高い熱伝導率を有する、積層造形用熱間工具鋼粉末およびこれを用いた積層造形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記の背景から、本発明者らは、大型造形体でも十分な焼入硬さが得られるだけの焼入性と高い熱伝導率を有する積層造形用熱間工具鋼について鋭意成分開発を行い、高い焼入性を実現するとともに熱伝導率の低下を極力小さくできる元素としてNiに着目し、検討の結果、NiとともにCrなどの添加量を厳しく規定することで、両特性が高い次元で両立することを見出し、本発明に至った。
【0021】
さらに、上述のように大型の積層造形においては発生する熱応力も大きくなり、造形割れも起こしやすくなるが、Ni、CrとともにCなどの添加量を規定することで造形したままの硬さを低減でき、耐造形割れ性にも優れることを見出した。すなわち、本発明は、主に小型の造形体に適用されてきた従来に比してより大型の造形体にも実用的に適用できるものであって、NiをはじめCr、Cの添加量範囲を最適化して焼入性を向上するとともに、熱伝導率の低下を極力小さく、さらに大型造形でも造形割れ性しない合金に改善したものである。
【0022】
そこで、本発明の課題を解決するための第1の手段は、質量%で、必須添加成分として、C:0.10%超~0.45%未満、Ni:2.00%超~8.00%未満、任意的添加成分として、Si:0.60%未満、Mn:5.00%未満、Cr:2.00%未満、Mo:1.20%未満、W:2.00%未満、V:0.60%未満、Al:0.10%未満、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ、Ni+Mn:8.50%未満である積層造形用熱間工具鋼粉末である。
【0023】
また、その第2の手段は、第1の手段に記載の積層造形用熱間工具鋼粉末を用いて積層造形された造形体である。
【発明の効果】
【0024】
本発明の手段によると、大型の積層造形においても、深部まで焼きが入りやすく、造形体および造形体と積層母材との界面に割れが発生しにくく、高い熱伝導率を有する、積層造形用熱間工具鋼粉末およびこれを用いた積層造形体を提供できる。
【0025】
また、本発明の手段によると、焼入が省略された工程や、小型の造形、予熱された造形工程で造形体を得る場合に適用したときでも、高い焼入性と高熱伝導率を両立しうるなど、優れた効果を発揮できる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明を実施するための形態の説明に先立って、本発明の造形体に用いる積層造形用熱間工具鋼粉末の成分を規定する理由について説明する。なお、各成分についての%は質量%である。成分の残部はFe及び不可避的不純物である。
【0027】
C:0.10%超~0.45%未満
Cは、マトリックスであるマルテンサイト相に固溶すること、および、微細な炭化物を析出することで、高い焼入焼戻硬さを得るための必須の成分である。もっとも、Cが0.10%以下では高い焼入焼戻し硬さを得ることができない。この観点から、Cは0.10%超とする。好ましくはCは0.20%超であり、さらに好ましくはCは0.30%超である。一方、Cが0.45%以上になると造形したままの硬さが過度に高くなり、耐造形割れ性を劣化させる効果が他成分と比べ比較的大きいとともに、固溶C量が増加して熱伝導率が低下する。そこで、Cは0.45%未満とする。好ましくはCは0.42%未満であり、より好ましくはCは0.40%未満である。
【0028】
Ni:2.00%超~8.00%未満
Niは、焼入性を向上させ、大型造形体の深部においても焼入焼戻硬さを向上させるための必須の成分であり、他の成分より熱伝導率の低下効果が比較的小さいことから、本発明におけるもっとも重要な成分である。また、Niは造形時の冷却におけるマルテンサイト変態を遅らせる効果もあり、軟質で造形割れしにくいオーステナイトを比較的低温まで維持することで耐造形割れ性改善の効果もある。しかしながら、Niが2.00%以下ではその効果が不十分であるから、Niは2.00%超とする。この観点から好ましくは、Niは2.30%超、より好ましくは、Niは3.00%超である。他方、Niが8.00%以上ではマトリックス中の固溶量が増加して熱伝導率を大きく低下させる。そこで、Niは8.00%未満とする。好ましくはNiは6.50%未満であり、より好ましくはNiは5.00%未満である。
【0029】
Si:0.60%未満
Siは、マトリックスに固溶することで硬さを向上させる成分である。また、軟化抵抗を向上させる効果もある。そこで、Siは0~0.60%未満とする。しかしながら、Siが0.60%以上になると、固溶Si量が増加して熱伝導率を大きく低下させる。そこで、Siの上限を0.60%未満としている。好ましくは、Siは0.40%未満であり、より好ましくはSiは0.24%未満である。他方、Siは0%でもよいが、硬さや軟化抵抗性を向上させる成分であるから、Siを添加する場合は、0.04%超が好ましく、より好ましくは0.10%超である。
【0030】
Mn:5.00%未満
Mnは、焼入性を向上させ、大型造形体の深部においても焼入焼戻硬さを向上させる成分である。また、軟化抵抗を向上させる効果もある。そこで、Mnは0~5.00%未満とする。しかしながら、Mnが5.00%以上になると、固溶Mn量が増加して熱伝導率を低下させる。そこで、Mnは5.00%未満とする。好ましくはMnは1.00%未満であり、より好ましくはMnは0.41%未満である。他方、Mnは0%でもよいが、Mnを添加する場合は、深部焼入焼戻し硬さを向上させたり、軟化抵抗を向上させる観点から、好ましくはMnは0.05%超であり、より好ましくはMnは0.11%超である。
【0031】
Ni+Mn:8.50%未満
またMnはNiと類似の効果を持つ成分である。そこで、MnとNiとの合計量が8.50%以上であると、マトリックス中の固溶量が増加して熱伝導率を大きく低下させる。そこで、Ni+Mnは8.50%未満とする。好ましくはNi+Mnは7.00%未満であり、さらに好ましくは5.00未満である。
【0032】
Cr:2.00%未満
Crは、焼入性を向上させ、大型造形体の深部においても焼入焼戻硬さを向上させる成分である。また、軟化抵抗を向上させる効果もある。しかしながら、Crが2.00%以上になると、固溶Cr量が増加して熱伝導率を低下させ、その低下効果が他の成分と比べ、比較的大きい。そこで、Crは0~2.00%未満とする。好ましくはCrは1.50%未満であり、より好ましくはCrは1.15%未満である。Crは、0%であってもよいが、焼入性を向上させ、大型造形体の深部においても焼入焼戻硬さを向上させる成分であり、また軟化抵抗を向上させる効果もあるから、Crを添加する場合は、好ましくは0.50%超であり、より好ましくは0.85%超である。
【0033】
Mo:1.20%未満
Moは、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める成分である。Moは添加により熱伝導率を低下するが寄与が少なく、硬さ向上の効果が大きい。そこで、Moは0~1.20%未満とする。Moは好ましくはMoは1.05%未満であり、より好ましくは0.95%未満である。Moは0%であってもよいが、Moを添加する場合は、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高めつつも、添加により熱伝導率を低下するが寄与が少なく、硬さ向上の効果が大きいので、好ましくはMoは0.60%超とし、より好ましくは0.75%超とする。
【0034】
W:2.00%未満
Wは、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める成分である。Wは添加により熱伝導率を低下するが寄与が少なく、硬さ向上の効果が大きい。そこで、Wは0~2.00%未満とする。Wは好ましくは1.00%未満であり、より好ましくはWは0.50%未満である。Wは0%であってもよいが、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める成分であるり、添加により熱伝導率を低下するが寄与が少なく、硬さ向上の効果が大きいことから、Wを添加する場合は、好ましくはWは0.05%超であり、より好ましくは0.10%超である。
【0035】
V:0.60%未満
Vは、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める成分であるが、過度な添加は熱伝導率を低下する。そこで、Vは0~0.60%未満とする。好ましくはVは0.55%未満であり、より好ましくは0.50%未満である。Vは0%であってもよいが、焼戻し時の二次硬化を促進し、焼入焼戻し硬さを高める成分であるので、添加する場合、好ましくはVは0.20%超であり、より好ましくは0.30%超である。
【0036】
Al:0.10%未満
Alは、窒化物を形成し焼入れにおける結晶粒の粗大化を抑制する成分である。しかしながら、Alは0.10%以上添加すると、過剰のAl窒化物の形成により、靱性が低下する。また、熱伝導率も低下させる。そこで、Alは0~0.10%未満とする。好ましくはAlは0.07%未満であり、より好ましくは0.04%未満である。また、Alは0%であってもよいが、窒化物を形成し焼入れにおける結晶粒の粗大化を抑制する成分であるから、Alを添加する場合には、好ましくはAlは0.001%超であり、より好ましくは0.002超%である。なお、Alは意図的添加ではなくガスアトマイズの溶解に使用する耐火物などから混入する場合もあるが、Alの含有による効果はいずれの場合でも同様である。
【0037】
(実施例)
表1に本発明の実施例No.1~19、比較例No.1~6の鋼粉末の成分組成を示す(数値は質量%である。)。なお、残部はFeおよび不可避的不純物である。また、これらの実施例は本発明における実施形態の一例であって、特許の請求範囲がこれらのみに制限されるものではない。
【0038】
【0039】
[原料粉末の製造]
本発明の積層造形用熱間工具鋼粉末として、ガスアトマイズ法により表1に記載の成分組成の粉末を得た。なお、これらの粉末を用いた積層造形後の造形体の成分組成もこれら粉末の成分組成と同等である。さて、粉末の具体的な製造手順は次のとおりである。まず、真空およびアルゴン雰囲気にて、アルミナ坩堝中に装入した溶解原料を高周波加熱により溶解した。この合金溶湯を、坩堝底の直径5mmのノズルから出湯し、直後に高圧アルゴンガスで噴霧した。この噴霧により合金溶湯は微細な液滴に分断され、アトマイズ装置のタワー内を落下しながら冷却、凝固し、合金粉末となる。この合金粉末を目開き63μmの網で振るい、その篩を通過した下側の粉末を、以降の積層造形における原料粉末として用いた。
【0040】
[積層造形]
積層造形は、レーザー加熱のパウダーベッド方式の装置(商品名:EOS-M290)を用い、装置に指定されているマルエージング鋼の標準造形条件(MS1条件)相当により、予熱温度を180℃として実施した。
【0041】
造形母材となるプレートはS45Cの焼鈍材とし、この上に、直径180mm×高さ120mmの円柱(プレートと造形体の接合界面の外周と、円柱のトップ面外周にR10の曲率を付けた)と、幅15mm×長さ150mm×高さ17mmの角柱を造形した。
【0042】
[評価]
表2に、各実施例及び比較例の造形体の表層の硬さと中心の硬さ、それらの硬さの差異、熱伝導率、造形時の割れの有無について示す。
【0043】
【0044】
大型造形体の表層部および深部の焼入焼戻し硬さとして、直径180mm×高さ120mmの大型円柱をプレートからワイヤーカットで切断し、大気炉で焼入焼戻し、表面部と深部から切り出した試験片のロックウェル硬さを評価した。焼入として1030℃で1時間保持し油冷した。その後、焼戻として600℃で4時間保持し空冷した。焼戻は同じ処理を2回実施した。(実施例No.18および19では焼入はせず、焼き戻しのみ実施した。)これら焼入焼戻後の大型円柱の、高さの中央位置における最外周部と中心部からそれぞれ10mm角のブロックを切り出し、ロックウェル硬さを測定した。
【0045】
また、各種工具の最適な使用硬さは用途によって異なり、40HRC程度が好ましい用途や、50HRC程度が好ましい用途もあるが、焼入性の悪さにより表層と深部で硬さが異なると、工具全体を最適な使用硬さに調整することが困難となり、不具合を起こしてしまうので、硬さの絶対値とは別に、部位による硬さのバラツキを表層と中心の硬さの差異として評価した。
【0046】
また、同様に焼入焼戻後の大型円柱の、高さ中央位置における最外周部から切り出した試験片により、熱伝導率を測定した。直径5mm×厚さ1mmの円板形状に仕上げた試験片を用い、レーザーフラッシュ法にて室温の熱伝導率を測定した。
【0047】
なお、急速急冷凝固であることから、硬さおよび熱伝導率について、一部の実施例(No.18、No.19)では、上記の焼入をすることなく、焼戻のみ実施している。
【0048】
耐造形割れ性の評価には、幅15×長さ150×高さ17mmの角柱を用いた。この角柱には大型円柱のようなプレートとの界面の曲率を設けていないことから、界面が直角であり、この部位に熱応力が集中する。また、熱応力は熱変形量の大きい長手方向で大きくなる。これらの結果として、耐造形割れ性の低い造形体の場合、長さ150mmの端部におけるプレートと造形体の界面で造形割れを起こす。したがって、この部位を拡大鏡で目視し、割れの有無、割れの長さで耐造形割れ性を評価した。
【0049】
本発明の実施例No.1~19の造形体は、いずれも表層硬さ、中心硬さが40HRC以上と優れた硬さを備え、表層と中心の硬さの差異が1.5HRC以内で硬さのばらつきが抑制されており、かつ、熱伝導率も25W/m/K以上で(その大半は30W/m/K以上)と硬さと熱伝導率のいずれにも優れている。また、造形割れについても、大半は造形割れが認められず、造形割れが認められる場合も、その割れの長さは0.5mmに留まっており、優れた耐造形割れ性を呈した。
【0050】
比較例No.1、2はNiが過少であり、造形体の中心と表層の硬さにばらつきがあり、大きな造形割れが認められた。
比較例No.3はNiが過多であり、熱伝導率が低いものとなった。
比較例No.4はCrが過多であり、熱伝導率が低いものとなった。
比較例No.5はCが過少であり、造形体の硬さが低いものとなった。
比較例No.6はCが過多であり、大きな造形割れが認められた。