(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025001978
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】モールド成型に適した赤外線透過ガラス
(51)【国際特許分類】
C03C 4/10 20060101AFI20241226BHJP
C03C 3/32 20060101ALI20241226BHJP
G02B 1/00 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
C03C4/10
C03C3/32
G02B1/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023101817
(22)【出願日】2023-06-21
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度及び3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「毒物フリー赤外線カメラ用レンズの製造技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】角野 広平
(72)【発明者】
【氏名】北村 直之
(72)【発明者】
【氏名】森本 智之
(72)【発明者】
【氏名】芦田 修平
(72)【発明者】
【氏名】小倉 拓也
【テーマコード(参考)】
4G062
【Fターム(参考)】
4G062AA04
4G062BB18
4G062DA01
4G062DA10
4G062DB01
4G062DC01
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4G062DE01
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4G062EA01
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4G062HH13
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4G062HH17
4G062JJ01
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4G062KK01
4G062KK03
4G062KK05
4G062KK07
4G062KK10
4G062MM02
4G062NN15
4G062NN29
4G062NN40
(57)【要約】
【課題】カルコゲナイドガラスであって、大気の窓を十分にカバーでき、As等の毒性の高い元素を含まず、しかも精度のよいモールド成型に適した赤外線透過ガラスを提供することを目的とする
【解決手段】Gaを1~30原子%、Sbを10~50原子%、Snを1~20原子%、Sを40~70原子%並びにBi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~20原子%を含有する、赤外線透過ガラス
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Gaを1~30原子%、
Sbを10~50原子%、
Snを1~20原子%、
Sを40~70原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~20原子%
含有する、赤外線透過ガラス。
【請求項2】
Gaを5~20原子%、
Sbを10~40原子%、
Snを5~15原子%、
Sを50~65原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~10原子%
含有する、請求項1に記載のガラス。
【請求項3】
Gaを10~15原子%、
Sbを10~30原子%、
Snを5~10原子%、
Sを50~60原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~5原子%
含有する、請求項1に記載のガラス。
【請求項4】
上記Sの一部がSeに置き換わった、請求項1に記載のガラス。
【請求項5】
更に、Geを5原子%以下で含有する、請求項1に記載のガラス。
【請求項6】
Asを含有しない、請求項1に記載のガラス。
【請求項7】
赤外線透過限界波長が12μm以上である、請求項1に記載のガラス。
【請求項8】
結晶化温度(Tc)とガラス転移温度(Tg)との差(ΔT)が、50K以上である、請求項1に記載のガラス。
【請求項9】
緩和時間(τ2)が2000秒以下である、請求項1に記載のガラス。
【請求項10】
光学素子を製造するために使用される、請求項1~9の何れか一項に記載のガラス。
【請求項11】
前記光学素子が、幾何光学素子、回折素子、光偏向素子又は偏光素子である、請求項10に記載のガラス。
【請求項12】
前記幾何光学素子が、平板、平板レンズ、自由曲面レンズ、球面レンズ、非球面レンズ、レンズアレイ及びマイクロレンズからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項11に記載のガラス。
【請求項13】
請求項1~9の何れか一項に記載の赤外線透過ガラスで形成される、光学素子。
【請求項14】
幾何光学素子、回折素子、光偏向素子又は偏光素子である、請求項12に記載の光学素子。
【請求項15】
前記幾何光学素子が、平板、平板レンズ、自由曲面レンズ、球面レンズ、非球面レンズ、レンズアレイ及びマイクロレンズからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項14に記載の光学素子。
【請求項16】
請求項15に記載の光学素子を備えるレンズユニット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モールド成型に適した赤外線透過ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
セキュリティ、セイフティ等の分野では、防犯、認証機器等として赤外線カメラ、赤外線センサ等が利用されている。製品には赤外線が使用されており、センサに用いられている光学素子は赤外線を透過する赤外線透過材料から構成されている。より具体的には、「大気の窓」と呼ばれる波長が3~5μm及び8~12μmの赤外線を透過する赤外線透過材料が必要とされている。
【0003】
近年、セキュリティ、セイフティ等に対する意識の高まり、社会的要請等から、これらの機器も高性能且つ小型であり、さらに高い汎用性が求められるようになってきている。従って、これらの機器に用いられるセンサについても小型化が望まれ、光学素子も高性能且つ小型で、しかもその製造工程においては高い生産性が求められている。
【0004】
ゲルマニウムやセレン化合物等の結晶材料は、材料そのものが高価であり、レンズ等に成型するためには切削加工を必要とし、そのコストを下げることは困難であることから、民生用の赤外線光学機器等に用いることが難しい。
【0005】
非結晶の赤外線透過材料として、S、Se、Te、Ge、Sb、As等を主成分としたカルコゲナイドガラスがあり、光学素子の量産に有利となるモールド成型に適したガラス、高いガラス形成能を有するガラス等が各種提案されている(非特許文献1)。カルコゲナイドガラスは、ガラス素材であるがゆえに本質的に大量生産に向いており、モールド成型によってレンズなどへの成型加工も容易であることから低コスト化が見込まれる。
【0006】
代表的なカルコゲナイドガラスとして、セレン系ガラス、テルル系ガラス及びイオウ系ガラス等が知られている。
【0007】
中でも、セレン系ガラスである、Ge-Sb-Se、Ge-As-Se等を主成分とするガラスは、モールド成形が容易で、現在、広く用いられつつある(非特許文献2)。
【0008】
また、テルル系ガラスとしては、Ge-Ga-Teを基本成分とするガラスが開発されモールド成型により作製されたレンズ等が実用に供されている(非特許文献3)。
【0009】
また、イオウ系ガラスとして、Ge-Sb-S系ガラス(特許文献1)やGa-Sb-S系ガラス(特許文献2)が実用化されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第5339720号
【特許文献2】特許第6661611号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】:“Non-Crystalline Chalcogenides”, Kluwer Academic Publishers, (Dordrecht) (2000).
【非特許文献2】:Journal of Non-Crystalline Solids, 326&327, 519 (2003).
【非特許文献3】:松下佳雅; 赤外線アレイセンサフォーラム2019講演予稿集, 5-14 (立命館大学2019).
【非特許文献4】Journal of Non-Crystalline Solids, 517, 44 (2019)
【非特許文献5】Journal of Non-Crystalline Solids, 492, 126 (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ゲルマニウムやセレン化亜鉛等に代表されるセレン化合物の結晶材料は、材料そのものが高価であり、レンズなどに成型するためには切削加工を必要とし、コストを下げることは困難であることから、民生用の赤外線光学機器等に用いることは、極めて困難である。また、現在普及しているセレン系ガラスは、ヒ素やセレンといった毒物に指定されている元素を多量に含むことから、民生用として広く用いられる素材としては懸念がある。
【0013】
新たに開発されて実用に供されているテルル系ガラスには、毒性元素は含まれていないものの、一般的に熱的な安定性に乏しく、これをモールド成型に適用するためには、高度な技術が必要であるとされる。
【0014】
これらに対して、イオウ系ガラスは熱的に安定なガラスが報告されている。例えば、特許文献1には、ヒ素及びセレンフリーのモールド成型が可能な赤外透過ガラスが報告されている。しかし、特許文献1に開示されるGe-Sb-S系ガラスの透過限界波長は、大気の窓を完全にカバーできないという欠点があった。一方、特許文献2に開示されるGa-Sb-S系ガラスは、同じくヒ素及びセレンフリーであり、熱的にも安定でモールド成型可能という特徴に加えて、透過限界波長が大気の窓をカバーすることができ、上記のGe-Sb-S系ガラスの欠点も克服している。
【0015】
しかしながら、このようなイオウ系ガラスの特徴として、高温での加圧に対してガラスの変形速度が遅くなる性質を有しており、精度の良いモールド成型には、長時間の加圧が必要であるという課題が、最近明らかになってきた(非特許文献4)。すなわち、加圧に対して変形が滑らかに起こるカルコゲナイドガラスの開発が要望されている。
【0016】
本発明は、カルコゲナイドガラスであって、大気の窓を十分にカバーでき、ヒ素等の毒性の高い元素を含まず、しかもモールド成型を精度よく行うことができる赤外線透過ガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定組成のカルコゲナイドガラスが所望の性能を備えた赤外線透過ガラスになり得ることを見出し、本発明を完成するに至った。よって、本発明は、下記に示す態様の発明を広く包含する。
【0018】
項1
Gaを1~30原子%、
Sbを10~50原子%、
Snを1~20原子%、
Sを40~70原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~20原子%
含有する、赤外線透過ガラス。
【0019】
項2
Gaを5~20原子%、
Sbを10~40原子%、
Snを5~15原子%、
Sを50~65原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~10原子%
含有する、項1に記載のガラス。
【0020】
項3
Gaを10~15原子%、
Sbを10~30原子%、
Snを5~10原子%、
Sを50~60原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~5原子%
含有する、項1に記載のガラス。
【0021】
項4
上記Sの一部がSeに置き換わった、項1~3の何れか一項に記載のガラス。
【0022】
項5
更に、Geを5原子%以下で含有する、項1~4の何れか一項に記載のガラス。
【0023】
項6
Asを含有しない、項1~5の何れか一項に記載のガラス。
【0024】
項7
赤外線透過限界波長が12μm以上である、項1~6の何れか一項に記載のガラス。
【0025】
項8
結晶化温度(Tc)とガラス転移温度(Tg)との差(ΔT)が、50K以上である、項1~7の何れか一項に記載のガラス。
【0026】
項9
緩和時間(τ2)が2000秒以下である、項1~7の何れか一項に記載のガラス。
【0027】
項10
光学素子を製造するために使用される、項1~9の何れか一項に記載のガラス。
【0028】
項11
前記光学素子が、幾何光学素子、回折素子、光偏向素子又は偏光素子である、項10に記載のガラス。
【0029】
項12
前記幾何光学素子が、平板、平板レンズ、自由曲面レンズ、球面レンズ、非球面レンズ、レンズアレイ及びマイクロレンズからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項11に記載のガラス。
【0030】
項13
項1~9の何れか一項に記載の赤外線透過ガラスで形成される、光学素子。
【0031】
項14
幾何光学素子、回折素子、光偏向素子又は偏光素子である、項12に記載の光学素子。
【0032】
項15
前記幾何光学素子が、平板、平板レンズ、自由曲面レンズ、球面レンズ、非球面レンズ、レンズアレイ及びマイクロレンズからなる群より選択される、少なくとも1種である、項14に記載の光学素子。
【0033】
項16
項13~15の何れか一項に記載の光学素子を含有するレンズユニット。
【発明の効果】
【0034】
本発明の赤外線透過ガラスは、波長が3~12μmの赤外線を透過する点で大気の窓を十分にカバーすることができることに加えて、赤外線透過ガラスの1つ態様では、As等の毒性の高い元素を含む必要がない点で安全性も向上している。また、非結晶のカルコゲナイドガラスである点でモールド成型に適しており、非球面レンズ、レンズアレイ等の複雑な形状の光学素子であってもモールド成型により簡便に赤外線透過性を有する光学素子を作製することができる。このようなモールド成型は、加圧に対して変形が滑らかに起こり、従来のカルコゲナイドガラスよりも、更に精度のよいモールド成型が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】
図1は、実施例1~5で製造した各ガラスの赤外透過スペクトルを示す。
【
図2】
図2は、実施例1、8、13及び14で製造した各ガラスの赤外透過スペクトルを示す。
【
図3】
図3は、実施例16、17、19及び20で製造した各ガラスの赤外透過スペクトルを示す。
【
図4】
図4は、試験例にて実施例2のガラスの回折溝の転写性を確認した結果を示す。
【
図5】
図5は、試験例にて比較例2のガラスの回折溝の転写性を確認した結果を示す。
【
図6】
図6は、試験例にて実施例2のガラスの回折溝の写真像を示す。
【
図7】
図7は、試験例にて実施例2のガラスの回折溝の拡大写真像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の赤外線透過ガラスについて説明する。なお、以下において、特に断らない限り、数値範囲を示す「~」との標記は、「未満」及び「超過」の意味ではなく「以上」及び「以下」を示す。つまり、「A~B」は「A以上B以下」を意味し、A及びBも含まれる。
【0037】
本明細書において、ある成分を「含む」又は「含有する」の表現には、当該成分を含み、さらに他の成分を含んでいてもよい意味のほか、「実質的にからなる」及び「のみからなる」の概念も包含される。
【0038】
本発明の赤外線透過ガラスは、
Gaを1~30原子%、
Sbを10~50原子%、
Snを1~20原子%、
Sを40~70原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~20原子%
を含有する。
【0039】
上記組成を有する本発明の赤外線透過ガラスは、波長が3~12μmの赤外線を透過する点で大気の窓を十分にカバーすることができることに加えて、赤外線透過ガラスの1つの態様では、As等の毒性の高い元素を含む必要がない点で安全性も向上している。また、結晶でないカルコゲナイドガラスである点でモールド成型に適しており、非球面レンズ、レンズアレイ等の複雑な形状の光学素子であっても、モールド成型により簡便に赤外線透過性を有する光学素子を作製することができる。当該モールド成型は、加圧に対して変形が滑らかに起こるので、従来のカルゴゲナイドガラスよりも、更に精度のよいモールド成型を実施することができる。
【0040】
以下、本発明の赤外線透過ガラスの各成分について説明する。多成分系ガラス材料においては、各成分が相互に影響してガラス材料の固有の特性を決定するため、各成分の量的範囲を各成分の特性に応じて論じることは必ずしも妥当ではないが、以下に、本発明の赤外線透過ガラスの各成分の量的範囲を規定した根拠を述べる。
【0041】
本発明の赤外線透過ガラスに含有される成分は、1~30原子%のGa、10~50原子%のSb、1~20原子%のSn、40~70原子%のS並びに1~20原子%のBi及び/又はTeである。
【0042】
本発明の赤外線透過ガラスに含有されるGaは、適正な含有量にてガラスの網目構造を形成する役割がある。Gaの含有量が1%未満である場合又は30%を超える場合には、赤外線透過ガラスが容易に結晶化してしまうことが避けられない、いわゆるガラス形成領域が存在する。本発明の赤外線透過ガラスにおけるGaの含有量は、5~20原子%程度とすることが好ましく、10~15原子%程度とすることがより好ましい。
【0043】
本発明の赤外線透過ガラスに含有されるSbは、ガラスの網目構造を形成すると同時に、Gaが形成する網目構造を安定化する役割がある。当該成分においても適正な含有量が存在し、Sbの含有量が10原子%未満である場合又は50原子%を超える場合には、赤外線透過ガラスが容易に結晶化してしまう。本発明の赤外線透過ガラスにおけるSbの含有量は、10~40原子%程度とすることが好ましく、10~30原子%程度とすることがより好ましい。
【0044】
本発明の赤外線透過ガラスに含有されるSnは、ガラスの熱安定性を向上させる役割がある。当該成分に関してもSnの含有量が1原子%未満である場合又は20原子%を超える場合には、赤外線透過ガラスが容易に結晶化したりモールド成型性が低下したりする。本発明の赤外線透過ガラスにおけるSnの含有量は、5~15原子%程度とすることが好ましく、5~10原子%程度とすることがより好ましい。
【0045】
本発明の赤外線透過ガラスに含有されるSは、ガラスの骨格構造を形成する役割がある。Sの含有量が40原子%未満である場合又は70原子%を超える場合には、赤外線透過ガラスのガラス形成能が低下する又は熱安定性が損なわれてしまうため、容易に結晶化したり、モールド成型性が低下したりする。本発明の赤外線透過ガラスにおけるSの含有量は、50~65原子%程度とすることが好ましく、50~60原子%程度とすることがより好ましい。
【0046】
本発明の赤外線透過ガラスは、Bi及びTeのどちらかが含有されるものとすることができる。本発明の赤外線透過ガラスに含有されるBi及びTeは、共にガラスの熱安定性を損なうことなくガラスの成型性を向上させる役割がある。Bi及び/又はTeの含有量が1原子%未満である場合は、ガラスの成型性を向上させる効果は低い。また、20原子%を超える場合には、赤外線透過ガラスのガラス形成能が低下するため容易に結晶化してしまう。本発明の赤外線透過ガラスにおけるBi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種の含有量は、1~10原子%程度とすることが好ましく、1~5原子%程度とすることがより好ましい。
【0047】
よって、本発明の赤外線透過ガラスの好ましい態様は、
Gaを5~20原子%、
Sbを10~40原子%、
Snを5~15原子%、
Sを50~65原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~10原子%
含有するものである。
【0048】
また、本発明の赤外線透過ガラスの更に好ましい態様は、
Gaを10~15原子%、
Sbを10~30原子%、
Snを5~10原子%、
Sを50~60原子%並びに
Bi及びTeからなる群より選択される少なくとも一種を1~5原子%
含有するものである。
【0049】
本発明の赤外線透過ガラスに含有される各成分は、それぞれの数値範囲を組み合わせても、上記本発明の効果が発揮される。すなわち、上記各成分を適宜の含有量で組み合わせたとしても、本発明の効果が発揮される。
【0050】
本発明の赤外線透過ガラスに含有されるSは、その一部がSeに置き換わっていても本発明の効果を発揮できる。
【0051】
本発明の赤外線透過ガラスには、更にGeを含有していてもよい。このように、本発明の赤外線透過ガラス含有されるGeは、一般に、ガラスの網目構造を形成する元素として知られているが、本発明では必須成分ではない。Geを含有する場合には5%以下の量とすることができ、好ましくは3%程度以下である。Geの含有量を5%程度以下とすることにより、赤外線透過限界波長が短波長側にシフトすることを抑制することができ、大気の窓を十分にカバーした赤外線透過ガラスを確保することができる。
【0052】
本発明の赤外線透過ガラスは、As等の毒性の高い元素を含む必要がないので、安全性が向上している。
【0053】
本発明の赤外線透過ガラスには、上記成分の他に、ガラスの熱安定性向上の効果を付与する目的で、Ag、Cu、及びInからなる群から選択される少なくとも1種の成分を含有することができる。また、ガラスを形成しやするする目的で、Cs、Ba、Cl、Br及びIからなる群から選択される少なくとも1種の成分を含有することができる。これらの成分の含有量は、本発明の効果を阻害しない程度において特に限定されず、例えば、本発明の赤外線透過ガラスの全量に対して、通常、5~20%程度とすることができる。
【0054】
本発明の赤外線透過ガラスの赤外線透過性能は、波長が12μm以上の赤外線を透過する。当該赤外線透過限界波長は、具体的には、厚さ1.5mmのガラス試料を用いて測定した透過スペクトルのうち、最高の透過率の半分になる波長で定めた長波長側の赤外線透過限界波長を意味する。
【0055】
本発明の赤外線透過ガラスの結晶化温度(Tc)とガラス転移温度Tgとの差(△T)は、本発明の効果を発揮する範囲において特に限定されず、例えば、50K程度以上であることが好ましい。当該△T値が大きいほどガラスは熱的安定性が高くモールド成形性が良好であることを意味し、△Tが100K以上である場合には、モールド成形性が極めて高いといえる。
【0056】
本発明の赤外線透過ガラスの緩和時間(τ2)は、本発明の効果を発揮する範囲において特に限定されず、例えば、2000秒程度以下であることが好ましく、1500秒程度以下とすることが更に好ましい。当該緩和時間は、加圧に対して変形が滑らかに起こり、より精度のよいモールド成型能を評価することができ、緩和時間が1000秒程度以下である場合には、モールド成形性の精度が極めて高いといえる。
【0057】
なお、上記の緩和時間は、測定温度によってその値が変動するので、285℃以上の温度で測定して得られた値とすることが好ましい。上記の緩和時間は、例えば、非特許文献4及び5等を参照に、後記する実施例の記載に準じて算出することができる。
【0058】
本発明の赤外線透過ガラスを製造するに当たっては、公知の製造方法を適宜採用することができる。例えば、石英アンプル内に各成分の原料の所定量を封入し、熱処理により内容物をガラス化させる方法により製造できる。
【0059】
上記の原料は、特に限定されず、例えば、Ge,Ga,Sb,S,Sn,Ag,Cu,Te,Br2,I2等の単体、Ga2S3,Ga2Te3,Sb2S3,Sb2Te3,SnS,SnTe,Ag2S,Ag2Te,Cu2S,Cu2Te等のカルコゲン化合物、AgCl、AgBr、AgI、CuCl、CuBr、CuI、CsCl、CsBr、CsI等のハロゲン化物、Ge:Ga、Ga:Sb等の合金等を挙げることができる。これらの原料は、2種以上を任意に組み合わせて使用できる。
【0060】
上記製造方法により製造する際は、使用する石英アンプルは真空乾燥機により十分に内部を乾燥させることが好ましい。また、ガラス化の際は、500~1000℃程度で加熱することが好ましく、700~950℃程度で加熱することがより好ましい。熱処理時間は内容物が十分にガラス化される時間であれば良いが、一般に3~48時間程度が好ましく、6~24時間程度がより好ましい。
【0061】
本発明のモールド成型用赤外線透過ガラスはモールド成型性が極めて高い。モールド成型する際には、前記ガラスを軟化点付近まで加熱し、例えば、上型と下型とで挟み込んで熱プレスすることにより所望の形状に成型する。成型に要する加熱温度は限定的ではないが、屈伏点よりー20~80℃程度の温度範囲が好ましく、屈伏点より10~60℃程度高い温度がより好ましい。
【0062】
本発明の赤外線透過ガラスは、様々な用途に応用することができるが、特に、光学素子を製造するために好適に使用される。このような光学素子は、広く公知の赤外線を透過する性質が求められる、あらゆる光学素子の中から選択することができ、例えば、幾何光学素子、回折素子、光偏向素子、偏光素子等を挙げることができる。
【0063】
前記幾何光学素子とは、特に限定されず、例えば、平板、平板レンズ、自由曲面レンズ、球面レンズ、非球面レンズ、レンズアレイ、マイクロレンズ等を挙げることができる。
【0064】
本発明は、上記する本発明の赤外線透過ガラスで形成される光学素子を包含する。
【0065】
本発明は、上記本発明の光学素子を備えるレンズユニットを包含する。本発明のレンズユニットには、上記光学素子の他に、フィルター、筐体、アパーチャー、センサ等が含まれていてもよい。これらのフィルター、フィルター、筐体、アパーチャー、センサ等は、広く公知のものを適宜採用することができ、それらの使用態様も、通常、使用されるものとすることができる。
【実施例0066】
以下に、本発明をより詳細に説明するための実施例を示す。なお、本発明が以下に示す実施例に限定されないのは言うまでもない。
【0067】
実施例1~21及び比較例1~3
(赤外線透過ガラスの作製及び得られたガラスの評価)
ガラスの作製を真空封管した石英ガラス管を用いて行った。用いる石英ガラス管の内径が作製するガラスの直径となり、内径8~15mmの石英ガラス管を用いた。長さ約200~250mmの石英ガラス管の一端を酸水素バーナーで閉じた。他端からロータリー真空ポンプで減圧にしながら外からバーナーで熱した。この石英ガラス管にガラス原料となる金属元素(Ga,Sb,Sn,Bi等)とSを、下記の表1に示すガラス組成の所定量になるように投入し、ロータリー真空ポンプで真空に引きながら酸水素バーナーで封管した。原料の投入量は作製するガラスの大きさにもよるが8g(直径8~10mm)から50g(直径15mm)程度である。
【0068】
真空封管した石英ガラス管を約6時間で室温から500℃まで昇温し、その温度で10時間以上保持した。その後、約6時間で900~1000℃まで昇温し、4時間以上その温度で保持した。約700℃以上の温度では、電気炉を揺動させるなどしてシリカガラス管内のガラス原料を撹拌した。次に、石英ガラス管を電気炉から取り出し室温で急冷してシリカガラス管内の試料をガラス化させて、実施例1~21及び比較例1~3のガラスを製造した。
【0069】
【0070】
【0071】
実施例1~21及び比較例1~3がガラス化しているかどうかは、目視とX線回折実験によって確認した。その結果、ほぼどの試料もガラス化していることが確認された。
【0072】
次に、試料のガラス転移温度や結晶化温度を測定するために、10K/minの昇温速度で示差熱分析を行った。更にガラス転移温度から10K低い温度で4時間熱処理を行った。得られたガラス試料を厚さ1.5mmに成型し両面を光学研磨して赤外、可視吸収スペクトルを測定した。
図1に、実施例1~5の赤外透過スペクトルを示す。
図2に、実施例1、8、13及び14の赤外透過スペクトルを示す。
図3に実施例1、17、19及び20の赤外透過スペクトルを示す。
【0073】
ついで、厚さ約4mm、直径10mmのディスク状ガラス試料を作製し、粘弾性挙動を測定した。具体的な緩和時間の測定方法は、以下の通りである。
【0074】
1)密度測定 ρ[kg/m
3
]
アルキメデス法
浸液:蒸留水、室温
天秤:エーアンドディ―製、HA-180M
【0075】
2)弾性率測定 E0(ヤング率)、G0(剛性率)、K0(体積弾性率)、ν(ポアソン比)
超音波パルスエコー法
超音波パルサー/レシーバ:米国Imaginant社製、DPR300
探触子:縦波10MHz、横波5MHz、室温
【0076】
3)熱機械測定(TMA)
上記評価試料の直径方向の伸びを測定し、ガラス転移点Tgおよび屈伏点Atを測定
測定条件:昇温速度5℃/min、荷重50mN、窒素雰囲気
熱膨張計:日立ハイテクノロジー社(旧SII)製、TMASS/6300
【0077】
一軸加圧試験(クリープ試験)
平行平板間評価試料を設置し、これを一定温度に加熱しながら一定荷重を一軸方向に加えた。その結果、軟化したガラスが変形する変位εを逐次記録し、このデータから緩和剛性率G(t)を得て、緩和時間を評価した。
【0078】
試験温度:At+30℃またはAt+40℃
荷重:400N(一定荷重)
雰囲気:窒素
平板:ガラス状炭素板(光学研磨)
データ取り込み周期:20ms(1秒間隔でデータ抽出)
ガラス成形機:芝浦機械製、GMP-311V
【0079】
取得データ例
時間:0,1,・・・・、6000~10000秒
変位:0、*.****mm、・・・・
温度:285℃、285℃、・・・一定値
荷重:400N、400N・・・一定値
【0080】
このうち、時間と変位のデータのみを使用した。
1)上記、時間と変位の逐次データから逐次のクリープコンプライアンスJ(t)を計算。
2)クリープコンプライアンスJ(t)に10項のべき乗関数をフィッティングによりパラメータを最適化。
3)最適化されたべき乗関数をラプラス変換して遅延スペクトル
(s)[ラプラス像]を計算。
4)算術計算により緩和スペクトル
(s)[ラプラス像]を計算。
5)数値計算により逆ラプラス変換を行い、緩和剛性率G(t)を得る。
6)G(t)に2項のMaxwellモデルを用いて最適化させてモデル要素G1,τ1、G2,τ2を得る
G、τはモデルの剛性率成分と緩和時間を表す。
注)G1>G2、τ1<τ2となるように要素は最適化される。遅い緩和時間の方がモールド成型能、特に残留応力や滑らかな成型性に影響が大きいと考えられる。
【0081】
なお、解析方法は、M. Arai, Y. Kato, T. Kodera, J. Therm. Stresses 32 (2009) 1235-1255の記載を参考にした。具体的には、上記の通り、時間と変位の2項の緩和時間にて解析を行った。粘度は、A.N. Gent, Br. J. Appl. Phys. 11 (1960) 85-87及びE.H. Fontana, Ceram. Bull. 49 (1970) 594-597の記載を参照に評価した。
【0082】
表1及び2に実施例及び比較例で得た各試料の組成、ガラス転移温度(Tg;℃)、結晶化温度(Tc;℃)、ΔT(ガラス転移温度と結晶化温度との差)、緩和時間(τ2)、緩和時間の測定温度(℃)及び粘度(log η;log (Pa・s))を示す。
【0083】
表1に示すように、Biを含有しない比較例1~3は、全て緩和時間が2000秒を超えることから、実施例1~21に示す本発明の赤外線透過ガラスは、加圧に対して変形が滑らかに起こり、従来のカルコゲナイドガラスよりも、更に精度のよいモールド成型が可能となることが明らかとなった。
【0084】
また、
図1~3に示す結果から、どのガラスも波長3~12μmの赤外線を透過し大気の窓をカバーすることができることが明らかとなった。
【0085】
<試験例>
上記の実施例2及び比較例2の組成について製造した回折レンズを、常法に基づいてプレス成型した。この際の、回折溝の転写性を白色光の干渉の原理を利用した白色干渉計により評価した結果を
図4(実施例2)及び
図5(比較例2)に示す。なお、周辺の回折溝は、被測定物を傾けて測定した。併せて、上記に製造した実施例2の組成の回折レンズの写真像を
図6及び7に示す。
【0086】
図4及び5に示す結果から、実施例2における回折溝の転写性のほうが、転写不良が観察される(破断線が見受けられる)比較例2における回折溝の転写性よりも良好であることが明らかとなった。また、実施例2における緩和時間(τ2)が1200秒と2000秒以下である一方で、比較例2における緩和時間(τ2)が3300秒と2000秒を超えていることに関連することが考察される。