(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002129
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】半導体カーボンナノチューブを備える積層体
(51)【国際特許分類】
C01B 32/168 20170101AFI20241226BHJP
B01D 21/26 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
C01B32/168
B01D21/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102073
(22)【出願日】2023-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】丹下 将克
(72)【発明者】
【氏名】加藤 大
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA12
4G146AB06
4G146AC16A
4G146AC16B
4G146AD23
4G146CB10
4G146CB17
(57)【要約】
【課題】CNT凝集体の存在または金属的CNTの混在を抑え、基板上に孤立分散した半導体CNTを備える積層体を提供する。
【解決手段】積層体は、導電性基板と、半導体CNT含有層を備えている。半導体CNT含有層は、この導電性基板上に設けられている。半導体CNT含有層は、半導体CNTと、半導体CNTのチューブ構造を識別できる疎水性分散剤を含んでいる。半導体CNT含有層は、吸光度0.01以上で、LW
Int80%が35meV以下およびLW
Int50%が70meV以下の一方以上の光吸収ピークを近赤外波長領域に有する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性基板と、
前記導電性基板上に設けられ、半導体カーボンナノチューブと、前記半導体カーボンナノチューブのチューブ構造を識別できる疎水性分散剤とを含む半導体カーボンナノチューブ含有層と、
を有し、
前記半導体カーボンナノチューブ含有層が、吸光度0.01以上で、LWInt80%が35meV以下およびLWInt50%が70meV以下の一方以上の光吸収ピークを近赤外波長領域に有する積層体。
【請求項2】
請求項1において、
前記導電性基板の表面粗さRaが1.0nm以下である積層体。
【請求項3】
請求項2において、
前記導電性基板がカーボン基板である積層体。
【請求項4】
電気化学的手法によって被検出物質を検出するための修飾電極であって、
請求項1から3のいずれかの積層体を有する修飾電極。
【請求項5】
半導体カーボンナノチューブと、前記半導体カーボンナノチューブのチューブ構造を識別できる疎水性分散剤と、分散媒とを含有する分散液を、遠心力7,000×g-20,000×gで1時間以上遠心分離処理して上澄み液を得る遠心分離工程と、
導電性基板上に前記上澄み液を設置し、前記分散媒を蒸発させて、前記半導体カーボンナノチューブと前記疎水性分散剤とを含む半導体カーボンナノチューブ含有層を前記導電性基板上に形成する被覆工程と、
を有する積層体の製造方法。
【請求項6】
請求項5において、
前記被覆工程では、前記導電性基板の表面に向かってらせん状の気流を付与しながら、前記らせん状の気流の内側で前記分散媒を蒸発させて、半導体カーボンナノチューブ含有層を形成する積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、電気化学的手法によってバイオ分子などの被検出物質を検出する修飾電極等に利用できる積層体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
伝導帯および価電子帯のエネルギー準位がチューブ構造に応じて変化する半導体カーボンナノチューブ(以下「カーボンナノチューブ」を「CNT」と記載することがある)は、電気化学的手法によってバイオ分子などの被検出物質を検出する電極の修飾材料となり得る。バイオ分子を検出するためのCNT修飾電極の電極基板として、一般にガラス状炭素が使用されている(例えば非特許文献1)。
【0003】
しかしながら、ガラス状炭素にCNT分散液をそのままコートして得られた積層体は、CNT凝集体の存在または金属的CNTの混在によって、半導体CNTによる被検出物質の電極応答を妨げてしまう。また、一般的なガラス状炭素の表面にCNTを修飾して得られた積層体は、表面の平坦さの実現が困難である。積層体表面の平坦度が低いことも、半導体CNTによる被検出物質の電極応答を妨げる原因である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】V. Goornavar et al., Mater. Sci. Eng. C 40 (2014) 299-307
【非特許文献2】M. Takemoto et al., Analytical Sciences 36 (2020) 441-446
【非特許文献3】Y. Hirana et al., Scientific Reports 3 (2013) 2959
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願は、このような事情に鑑みてなされたものであり、CNT凝集体の存在または金属的CNTの混在を抑え、基板上に孤立分散した半導体CNTを備える積層体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願の積層体は、導電性基板と、導電性基板上に設けられ、半導体カーボンナノチューブと、半導体カーボンナノチューブのチューブ構造を識別できる疎水性分散剤とを含む半導体カーボンナノチューブ含有層とを有し、半導体カーボンナノチューブ含有層が、吸光度0.01以上で、LWInt80%が35meV以下およびLWInt50%が70meV以下の一方以上の光吸収ピークを近赤外波長領域に有する。本願の修飾電極は、電気化学的手法によって被検出物質を検出するための修飾電極であって、本願の積層体を有する。
【0008】
本願の積層体の製造方法は、半導体カーボンナノチューブと、半導体カーボンナノチューブのチューブ構造を識別できる疎水性分散剤と、分散媒とを含有する分散液を、遠心力7,000×g-20,000×gで1時間以上遠心分離処理して上澄み液を得る遠心分離工程と、導電性基板上に上澄み液を設置し、分散媒を蒸発させて、半導体カーボンナノチューブと疎水性分散剤とを含む半導体カーボンナノチューブ含有層を導電性基板上に形成する被覆工程を有する。
【発明の効果】
【0009】
本願の積層体では、半導体CNT含有層が、近赤外波長領域に所定の光吸収ピークを有する。すなわち、本願の積層体の半導体CNT含有層は、CNT凝集体の存在および金属的CNTの混在が抑えられている。このため、本願の積層体は、被検出物質の電極応答性に優れる修飾電極等に利用できる。本願の修飾電極は、本願の積層体を備えている。このため、本願の修飾電極によれば、被検出物質の電極応答性に優れる修飾電極が得られる。本願の積層体の製造方法では、半導体CNTと、半導体CNTを分散する疎水性分散剤と、分散媒とを含有する分散液に、所定の遠心分離処理を施している。このため、本願の積層体の製造方法によれば、CNT凝集体の存在および金属的CNTの混在を抑えた積層体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1の混合液の光吸収スペクトル(-)と、実施例1の半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトル(〇)。
【
図2】実施例1の半導体SWCNT分散液の2次元PLマップ。
【
図3】実施例1Aの半導体SWCNT複合体の光吸収スペクトル。
【
図4】実施例1Bの半導体SWCNT複合体の光吸収スペクトル。
【
図5】実施例1Cの半導体SWCNT複合体の上面模式図。
【
図6】実施例1のRu(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線。
【
図7】実施例1のFe(CN)
6
3-/4-のCV曲線。
【
図9】比較例のSWCNT分散液の光吸収スペクトル。
【
図10】比較例のSWCNT複合体の光吸収スペクトル。
【
図11】比較例のRu(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線。
【
図12】比較例のFe(CN)
6
3-/4-のCV曲線。
【
図14】実施例2の半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトル。
【
図15】実施例2の半導体SWCNT分散液の2次元PLマップ。
【
図16】実施例2Aの半導体SWCNT複合体の光吸収スペクトル。
【
図17】実施例2Bの半導体SWCNT複合体の光吸収スペクトル。
【
図18】実施例2のRu(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線。
【
図19】実施例2のFe(CN)
6
3-/4-のCV曲線。
【
図21】らせん気流を用いて半導体CNT含有層を形成する装置の断面模式図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本願の積層体、修飾電極、および積層体の製造方法について、実施形態と実施例に基づいて説明する。本願で「-」を用いて2つの数値の間の範囲を表わす場合、これら2つの数値もこの範囲に含まれる。なお、重複説明は適宜省略する。本願の実施形態の積層体は、導電性基板と、半導体CNT含有層を備えている。導電性基板は、電気伝導度が0.5S/cm-5000S/cmである基板である。導電性基板の電気伝導度は、20S/cm-200S/cmであることが好ましい。
【0012】
導電性基板の表面粗さRaは、2.0nm以下であることが好ましく、1.0nm以下であることがより好ましい。導電性基板表面の平坦度が積層体表面の平坦度に反映され、積層体表面での被検出物質の電極応答性が向上するからである。表面粗さRaは、日本産業規格(JIS)に沿って、表面粗さ測定装置を用いた表面の凹凸の測定結果に基づいて算出される。導電性基板としては、カーボン基板が挙げられる。カーボン基板は、カーボンから構成されていてもよいし、カーボン以外の基板の表面の一部以上、例えば半導体CNT含有層を設ける一面以上または表面全体に、カーボン膜が設けられたものであってもよい。
【0013】
半導体CNT含有層は、導電性基板上に設けられている。半導体CNT含有層は、半導体CNTと、半導体CNTのチューブ構造を識別できる疎水性分散剤を含んでいる。半導体CNTのチューブ直径は、0.6nm-1.7nmが好ましいが、特に制限がない。また、半導体CNTの合成方法にも特に制限がない。実用性から、半導体CNTは半導体SWCNTであることが好ましい。
【0014】
半導体CNTのチューブ構造を識別できる分散剤とは、複数種のCNTを含有するCNT混在物と混合すると、半導体CNTを選んで分散媒中に分散する分散剤をいう。カイラル指数と呼ばれる後述のチューブ構造指数(n,m)を用いてCNTのチューブ構造を表した場合、2n+mの値を3で割った剰余が1または2のときは半導体CNTで、剰余がそれ以外のときは金属的CNTである。金属的CNTは、この分散剤によって、分散媒中に孤立状態では分散されずに、分散液中で凝集する。このため、複数種のCNTとこの分散剤を含む分散液を遠心分離などによって上澄み液と沈殿物に分離すれば、上澄み液から半導体CNTが回収できる。
【0015】
疎水性分散剤は、25℃の水への溶解度が0.5g/L未満である分散剤をいう。なお、界面活性剤をCNTの分散剤として用いる場合、溶媒を重水とすることがある。このため、疎水性分散剤は、25℃の重水への溶解度が0.5g/L未満である分散剤であってもよい。疎水性分散剤は、フルオレン系ポリマー、チオフェン系ポリマー、およびカルバゾール系ポリマーの一種以上であることが好ましい。
【0016】
具体的な疎水性分散剤としては、Poly(9,9-di-n-octylfluorenyl-2,7-diyl)(PFO)、Poly(9,9-di-n-dodecylfluorenyl-2,7-diyl)(PFD)、9,9-ジオクチルフルオレン-ベンゾチアジアゾール交互ポリマー(Poly(9,9-dioctylfluorene-alt-benzothiadiazole))(F8BT)、Poly[(9,9-dioctylfluorenyl-2,7-diyl)-alt-(2,6-pyridine)](PFOPy)、Poly[(9,9-dioctylfluorenyl-2,7-diyl)-alt-(6,6’-{2,2’-bipyridine})](PFO-BPy)、Poly[(9,9-dihexylfluorenyl-2,7-diyl)-co-(9,10-anthracene)](PFH-A)、Regioregular poly(3-dodecylthiophene)(rr-P3DDT)、およびPoly(N-decyl-2,7-carbazole)などが挙げられる。
【0017】
フルオレン系ポリマー、チオフェン系ポリマー、またはカルバゾール系ポリマーなどの半導体CNTのチューブ構造を識別できる非水溶性ポリマーのうち、ドデシルアルキル側鎖を有するフルオレンホモポリマーのPoly(9,9-di-n-dodecylfluorenyl-2,7-diyl)(PFD)は、半導体CNTと金属的CNTの混在物から、様々なチューブ構造指数(n,m)を備える半導体CNTを選んで、キシレンまたはトルエンなどの分散媒に分散させる。
【0018】
PFDで識別されなかった半導体CNT以外の各種CNTは、分散液中で凝集して遠心分離処理で沈降除去しやすくなる。また、チューブ構造を識別できるPoly(9,9-dioctylfluorene-alt-benzothiadiazole)(F8BT)またはPFDのようなポリマーを分散剤とすることで、遠心力20,000×g(g:重力加速度)以下の低速遠心分離処理によって、一般に孤立分散が困難であるチューブ直径1.2nm以上の大きな半導体CNTを含む分散液が得られやすくなる。
【0019】
半導体CNT含有層は、吸光度0.01以上で、LWInt80%が35meV以下およびLWInt50%が70meV以下の一方以上の光吸収ピークを近赤外波長領域に有する。「LWInt80%が35meV以下およびLWInt50%が70meV以下の一方以上」は、LWInt80%が35meV以下、LWInt50%が70meV以下、またはLWInt80%が35meV以下かつLWInt50%が70meV以下を表している。以下、「吸光度0.01以上で、LWInt80%が35meV以下およびLWInt50%が70meV以下の一方以上の光吸収ピーク」を、「所定の光吸収ピーク」と記載することがある。
【0020】
近赤外波長領域は、波長900nm-2000nmである。LWInt80%は、波長領域900nm-2000nmにおける吸光度の最小値を基線とし、この基線からのピーク吸光度が光吸収ピークの4/5となるときの吸光度における光吸収スペクトルの線幅である。また、LWInt50%は、上記基線からのピーク吸光度が光吸収ピークの1/2となるときの吸光度における光吸収スペクトルの線幅である。
【0021】
光吸収ピークは、近赤外波長領域に複数あってもよい。これら複数の光吸収ピークのうち、1つ以上が所定の光吸収ピークであればよい。しかし、吸光度0.01以上の複数の光吸収ピークの全てが所定の光吸収ピークであることが好ましい。半導体CNT含有層が近赤外波長領域に所定の光吸収ピークを有することによって、電気化学的手法によってバイオ分子などの被検出物質を検出する修飾電極に実施形態の積層体を使用したときに、被検出物質の酸化および還元による電極応答が鮮明になる。加えて、芳香環を有する分子など、π-π相互作用や水素結合の一種であるCH-π相互作用が可能な被検出物質では、凝集体の存在で見出しづらい「チューブ構造に応じた電極応答」が起こりやすくなる。したがって、半導体CNTのチューブ構造による電極応答性の向上が期待できる。
【0022】
本願の実施形態の修飾電極は、電気化学的手法によって被検出物質を検出するための修飾電極であって、実施形態の積層体を備えている。この修飾電極は、バイオ分子などのセンサーの作用電極として用いられる。このセンサーは、例えば、作用電極と、参照電極と、対極(対向電極)と、作用電極と参照電極間の電極電位を制御するポテンシオスタットと、ポテンシオスタットに組み込まれ、作用電極と対極の間に流れる電流を測定する電流計と、電解液を備える電気化学計測システムによって構築できる。この電流測定手法によるセンサーは、バイオ分子などの被検出物質を含む電解液と電解液のみを測定溶液として、電位掃引を行った際の酸化・還元反応に伴う電位の位置と電流値の変化によって、被検出物質を感知する。なお、修飾電極を作用電極として、電位差測定手法による電気化学計測システムでバイオ分子などのセンサーを構築することもできる。
【0023】
本願の実施形態の積層体の製造方法は、遠心分離工程と、被覆工程を備えている。遠心分離工程では、遠心力7,000×g-20,000×gで1時間以上、分散液を遠心分離処理して上澄み液を得る。以下、遠心力7,000×g-20,000×gで1時間以上の遠心分離処理を「所定の遠心分離処理」と記載することがある。遠心力は15,000×g-20,000×gであることが好ましい。遠心分離処理時間は、1時間以上であることが好ましく、2時間以上であることがより好ましい。
【0024】
分散液は、半導体CNTと、半導体CNTのチューブ構造を識別できる疎水性分散剤と、分散媒を含有している。この疎水性分散剤は、分散媒に半導体CNTを分散させるが、金属的CNTを孤立状態でほとんど分散させない。疎水性分散剤が溶解または高分散するように、分散媒は疎水性分散媒であることが好ましい。疎水性分散媒としては、p-キシレン、o-キシレン、m-キシレン、キシレン(混合物)、トルエン、ベンゼン、メシチレン、エチルベンゼン、およびスチレンなどが挙げられる。
【0025】
被覆工程では、導電性基板上に上澄み液を設置し、この上澄み液から分散媒を蒸発させて、半導体CNT含有層を導電性基板上に形成する。上澄み液は、ドロップキャスト法、超音波スプレー法、またはスピンコート法などの方法によって、導電性基板上に設置される。上澄み液には、半導体CNTと疎水性分散剤が含まれているが、金属的CNTがほとんど含まれていない。したがって、この半導体CNT含有層は、半導体CNTと疎水性分散剤を含んでいる。そして、分散媒の蒸発過程で、疎水性分散剤が半導体CNTの凝集を抑制している。このため、半導体CNT含有層中の半導体CNTは、比較的分散された状態で存在している。
【0026】
被覆工程では、導電性基板の表面に向かってらせん状の気流(以下「らせん状の気流」を「らせん気流」と記載することがある)を付与しながら、らせん気流の内側で分散媒を蒸発させて、半導体CNT含有層を形成することが好ましい。半導体CNT含有層中の半導体CNTを、より分散できるからである。らせん気流の内側で分散媒を蒸発させるには、例えば、らせん気流の内側で、導電性基板上の分散媒から離れる方向の直線状の気流を生じさせればよい。
【0027】
図21(a)は、らせん気流を用いて半導体CNT含有層を形成する装置10の断面を模式的に示している。装置10は、上澄み液Dから半導体CNT含有層を作製する。装置10は、筐体Hと、基台12と、吸引部材14と、気流調整部材16と、気流カバー18を備えている。筐体Hの側部には、外部から気体を取り入れる2つの通気口Haが設けられている。また、筐体Hの
図21(a)での背部にも、1つの通気口(不図示)が設けられている。
【0028】
基台12は、導電性基板(不図示)と上澄み液Dを設置する。基台12には、導電性基板と上澄み液Dを収容した容器Cを設置してもよいし、導電性基板と上澄み液Dをそのまま設置してもよい。吸引部材14は、基台12と対向するように設けられている。吸引部材14は、上澄み液Dの分散媒を蒸発させる。吸引部材14は、円筒状の吸引口14aと、吸引口14aに接続されたポンプ(不図示)を備えている。このポンプを作動させれば、基台12に設置された上澄み液Dの分散媒が蒸発して蒸気になり、この蒸気が吸引口14aに吸い込まれ、筐体Hの外部に排出される。
【0029】
気流調整部材16は、吸引口14aに装着されている。気流調整部材16は、吸引部材14の作動によって、基台12に向かうらせん気流SFと、らせん気流SFの内側で基台12から離れる直線状の気流LF(以下「直線状の気流」を「直線気流」と記載することがある)を生じさせる。気流調整部材16がらせん気流SFと直線気流LFを生じさせる機構は後述する。
【0030】
図1(b)は、気流調整部材16の側面を模式的に示している。
図1(c)は、気流調整部材16の断面を模式的に示している。気流調整部材16は、円筒状の第一基部16aと、円筒状の第二基部16bと、気流形成部16cと、バネ16dを備えている。第一基部16aと第二基部16bは、内径の差が少しだけあり、段部が形成されるように一体化されている。また、第一基部16aの外径は、第二基部16bの外径より少しだけ大きい。
【0031】
気流形成部16cは、第二基部16bの外側に装着されている。気流形成部16cは、支柱(ガイド)となる第二基部16bの外壁に沿って第一基部16aの下端に向かって移動できる。気流形成部16cは、中央に円柱中空部が形成された円錐台形状を備えている。気流形成部16cが第二基部16bから脱離しないように、第二基部16bの下端の外径は、気流形成部16cの内径より大きくなっている。気流形成部16cの外周には、らせん状の溝(以下「らせん溝」と記載することがある)16cgが形成されている。
【0032】
バネ16dは、第一基部16aの下端と気流形成部16cの上端の間で、第二基部16bの周囲に設けられている。バネ16dによって反発力を受けながら、第一基部16aの下端から気流形成部16cの上端までの長さを調整できる。バネ16dは、例えば、分散液から分散媒を除去するときに、この分散液が収容されている容器の口と気流形成部16cを押圧させながら密着させる。
【0033】
気流カバー18は、上澄み液Dを囲むように、基台12の上面に設けられている。気流カバー18は、上澄み液Dの表面にらせん気流SFを効率よく付与するための部材である。気流カバー18は、壁部18aと、円筒部18bを備えている。壁部18aは、中空円錐台形状を備え、上面と下面が開いており、吸引部材14に向かって内径が小さくなる。円筒部18bは、壁部18aの内径が小さい方の開口18asに接続されている。本実施形態では、壁部18aと円筒部18bは一体物である。気流形成部16cの上端の周囲は、らせん溝16cgの上端の開口部を除いて、円筒部18bの内壁に接している。すなわち、気流カバー18の最上端18cが、らせん溝16cgより上に配置されている。
【0034】
このため、気流カバー18の内部に取り込まれる空気は、らせん溝16cgの上端の開口かららせん溝16cgを通過することになり、らせん気流SFが上澄み液Dの表面に効率よく付与される。気流形成部16cの上端以外の周囲が、気流カバー18の最上端18cの内壁に接していてもよい。気流カバー18の最上端18cの内壁が気流形成部16cの上端以外の周囲で接していても、らせん溝16cgの途中かららせん溝16cgを通過した空気が、気流カバー18の内部に取り込まれる。この場合、気流カバー18の内部に取り込まれる空気がらせん溝16cgを長く通過できるように、気流形成部16cの高さの2/3より高い位置で、気流カバー18の最上端18cの内壁に接することが好ましい。なお、気流カバー18は、中空円錐台状の壁部18aのみから構成されていてもよい。
【0035】
ポンプが作動すると、吸引口14aから筐体Hの内部の空気が吸い込まれる。すなわち、基台12から吸引口14aに向かって、直線気流LFが発生する。それと同時に、筐体Hの内外の圧力差を解消するために、通気口Haを通じて、筐体Hの外部から筐体Hの内部に空気が取り込まれる。この取り込まれた空気は、らせん溝16cgを通過して気流カバー18の内部に入り、基台12に向かう。このとき、らせん溝16cgに沿って空気が移動するとともに、気流カバー18によって空気の拡散が制限されているので、気流調整部材16から基台12に向かって、らせん気流SFが発生する。
【0036】
らせん気流SFによって上澄み液Dが環状に撹拌され、上澄み液Dに生じる遠心力によって半導体CNTが中心方向に凝集しにくくなる。らせん気流SFの内側、すなわち上澄み液Dの中心付近では直線気流LFによって分散媒が蒸発するので、半導体CNTは中心方向にも引き寄せられる。半導体CNTに加わる遠心力と中心方向への力の均衡によって、半導体CNTの凝集を抑えた乾燥が可能となり、半導体CNTが分散された半導体CNT含有層が得られる。
【実施例0037】
実施例1
PFD(Sigma-aldrich社、分子量8,195(以下同じ))約20mgと、プラズマトーチ法で合成したSWCNT粉体(Raymor Industries Inc.、PlasmaTube Single-Wall Carbon Nanotube(RN-220)、チューブ直径0.9nm-1.5nm(比較例でも同じ))約5mgを、有機分散媒のp-キシレン中で混合し、超音波分散処理によって実施例1の混合液を調製した。
【0038】
この超音波分散処理では、約10時間のバス型超音波洗浄器(As-one製ULTRASONIC CLEANER、USK-1R、40kHz、55W)による超音波照射と、10分間のチップ型超音波撹拌・破砕機(QSONICA製超音波ホモジナイザー、Q700、20kHz、700W)による超音波照射を行った。遠心力15,000×g(日立工機株式会社製超遠心機、CS120FNX)で、実施例1の混合液を2時間遠心分離処理して上澄み液を得た。この上澄み液の約8割を採取して、カーボン基板を表面修飾するための実施例1の半導体SWCNT分散液を得た。
【0039】
分光光度計(HITACHI、U-4100(以下同じ))を用いて、実施例1の混合液と半導体SWCNT分散液のそれぞれの光吸収スペクトルを得た。なお、分散媒の光吸収は、有機分散媒のp-キシレンを用いたベースライン測定によって補正した(以下同じ)。
図1に、実施例1の混合液(図中「遠心分離処理前のCNT分散液」、実線)と実施例1の半導体SWCNT分散液(図中「実施例1の原料」、丸)の光吸収スペクトルを示す。
図1に示すように、混合液では波長645nm付近および690nm付近に金属的SWCNTの光吸収ピーク(M1)が観測された。
【0040】
一方、半導体SWCNT分散液では、金属的SWCNTの光吸収ピークが観測されず、波長領域700-1100nmにある明瞭な光吸収ピーク(S2)に加えて、波長1200nm以上の近赤外領域に鋭い光吸収ピーク(S1)が観測された。なお、
図1のM1は、金属的SWCNTの第1特異点間(第1バンド間)で起こる光学遷移を示し、S1、S2、およびS3は、半導体SWCNTの第1特異点間、第2特異点間、および第3特異点間で起こるそれぞれの光学遷移を示す。
【0041】
近赤外フォトルミネッセンス測定装置(SHIMADZU製、NIR-PL system(以下同じ))を用い、実施例1の半導体SWCNT分散液の2次元発光(PL)スペクトルを測定した。なお、励起波長と検出波長をそれぞれ5nmと2nmの間隔で走査した。
図2は、実施例1の半導体SWCNT分散液の2次元PLマップである。
図2の縦軸は励起波長で、横軸は発光波長(検出波長)である。
【0042】
様々なチューブ構造指数(n,m)の半導体SWCNTによる発光が観測された。特に、チューブ構造指数(11,9)の半導体SWCNTは、
図1の光吸収スペクトルにおいて波長1640nm付近にS1の光吸収ピークを有する。
図2に示すように、このチューブ構造指数(11,9)の半導体SWCNTのチューブ直径は1.377nmである。ここで、チューブ直径d
tはチューブ構造指数(n,m)を用いた下記式より算出した(以下同じ)。なお、炭素原子間距離a
c-cは0.144nmとした。
【0043】
【0044】
光吸収スペクトル(
図1)および2次元PLマップ(
図2)の解析から、実施例1の半導体SWCNT分散液は、チューブ直径1.03nm-1.52nmの半導体SWCNTを含むことが分かった。石英基板またはカーボン基板などの基板上に、鋭い光吸収ピークを有するこのような半導体SWCNT分散液をコートすることで、基板と、基板上に孤立分散した半導体SWCNTを備える積層体が得られやすい。
【0045】
実施例1の半導体SWCNT分散液279μLを用いて、ドロップキャスト法と下記に示す「らせん気流法」の2種類の方法によって、石英基板とこの石英基板上の半導体SWCNT含有層を備える積層体である実施例1A(ドロップキャスト法)と実施例1B(らせん気流法)の半導体SWCNT複合体をそれぞれ作製した。なお、この石英基板は分光測定用石英基板で、表面粗さRaは約1.5nmで、2.0nm以下である(以下同じ)。実施例1Bのらせん気流法は、石英基板上の半導体SWCNT分散液の表面に向かってらせん気流を付与しながら、らせん気流の内側で分散媒を蒸発させて、石英基板上に半導体SWCNT含有層を形成する方法である。
【0046】
より具体的には、容量125mLの三角フラスコ内に、表面に半導体SWCNT分散液を塗布した石英基板を入れ、らせん気流を利用するエバポレーター(株式会社バイオクロマト、コンビニ・エバポC1、フローメーターCEFM、Spiral Plug SP-P4(以下同じ))を使用し、石英基板の表面に流量15L/minでらせん気流を付与しながら実施例1の半導体SWCNT分散液を約8.5時間乾燥させて、実施例1Bの半導体SWCNT複合体を得た。らせん気流法によれば、半導体SWCNT含有層の形成時に半導体SWCNTの凝集をより抑制できる。
【0047】
分光光度計を用いて、実施例1Aと実施例1Bの半導体SWCNT複合体の光吸収スペクトルを測定した。なお、石英基板の光吸収は、同じ分光測定用石英基板を用いたベースライン測定によって補正した(以下同じ)。
図3と
図4は、実施例1Aと実施例1Bの半導体SWCNT複合体のそれぞれの光吸収スペクトルである。なお、
図3と
図4の下部横軸は光子エネルギーである。
図3に示すように、ドロップキャスト法によって得られた実施例1Aの半導体SWCNT複合体は、波長1669nm(光子エネルギー0.7428eV)に約33meVのLW
Int80%の近赤外光吸収ピークを示した。
【0048】
また、
図4に示すように、らせん気流法によって得られた実施例1Bの半導体SWCNT複合体は、波長1590nm(光子エネルギー0.7797eV)および波長1664nm(光子エネルギー0.7450eV)に約22meVおよび約26meVのLW
Int80%の近赤外光吸収ピークを示した。すなわち、らせん気流法によって、LW
Int80%が極めて狭い半導体SWCNT複合体が得られた。このように実施例1の半導体SWCNT分散液を用いることで、基板上に形成された半導体SWCNT複合体は、LW
Int80%が35meV以下のスペクトル線幅の狭い近赤外光吸収ピークを1つ以上有する。なお、実施例1Bの半導体SWCNT複合体では、作製過程で基板加熱による乾燥処理を行っていない。
【0049】
電気化学計測用修飾電極を作製するため、急峻な光吸収ピークを有する実施例1の半導体SWCNT分散液を用いて、平坦なカーボン基板であるカーボン電極基板と、このカーボン電極基板上の半導体SWCNT含有層を備える積層体である実施例1Cの半導体SWCNT複合体を以下の手順で作製した。特許文献1と非特許文献2に記載されているアドバンストマグネトロンスパッタ(UBMスパッタ)法によって、直径3インチのp型シリコンウェハー上に、sp2結合およびsp3結合を有する膜厚約40nmの導電性カーボン層を形成した。
【0050】
このとき、ターゲット材は焼結カーボンで、アルゴンガスの圧力は0.6Paで、ターゲットパワーは400Wであった。このp型シリコンウェハーとこの導電性カーボン層でカーボン電極基板を構成している。この導電性カーボン層の表面粗さRaは約0.3nmで、1.0nm以下であった。なお、後述のプレート電極評価セルキットを用いて電極特性を評価するため、このカーボン電極基板を縦17~25mm×横12~15mmの長方形にカットした。
【0051】
容量50mLの三角フラスコ内に、実施例1の半導体SWCNT分散100μLを導電性カーボン層の表面に塗布したこのカーボン電極基板を入れた。らせん気流を利用するエバポレーターを使用し、このカーボン電極基板のこの表面に、流量5L/minでらせん気流を付与しながら半導体SWCNT分散液を約20分間乾燥させて、直径約8mmの円形状の半導体SWCNT含有層を備える実施例1Cの半導体SWCNT複合体(以下「実施例1Cの半導体SWCNT複合体」を「実施例1の修飾電極」と記載することがある)を得た。
図5は、実施例1Cの半導体SWCNT複合体の上面を示している。半導体SWCNT含有層が電極応答部として機能する。実施例1Cの半導体SWCNT複合体は、チューブ直径1.03nm-1.52nmの半導体SWCNTを含む半導体SWCNT含有層を備えている。
【0052】
電気化学アナライザー(ビーエーエス製ポテンシオスタット、ALS1240B)とプレート電極評価セルキット(ビーエーエス製電極セルキット、反応体積約1mL、接液部分の電極内径約7.8mm)を用いて、実施例1Cの半導体SWCNT複合体を作用電極、Ag/AgCl電極を参照電極、Ptワイヤを対極とした三電極法で、電位掃引速度0.1V/sにて電気化学的手法であるサイクリックボルタンメトリー(CV)を行った。電極特性を評価するための検定物質として、可逆な酸化還元化学種である塩化ヘキサアミンルテニウム(III)(Ru(NH3)6
2+/3+)もしくはフェリシアン化カリウム(Fe(CN)6
3-/4-)、または芳香環を有するバイオ分子の一種である3-ヒドロキシ-DL-キヌレニン(3HK)を用いた。
【0053】
図6は、Ru(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線である。1mMでRu(NH
3)
6
2+/3+が含まれる1MのKCl水溶液を測定サンプルとした。Ru(NH
3)
6
2+/3+は、一般に電極の表面状態に敏感ではない物質として知られている。
図6に示すように、電位-0.134Vに明瞭な酸化ピーク(E
pa)と、電位-0.223Vに明瞭な還元ピーク(E
pc)を示した。酸化と還元のピーク電位差(ΔE
p)は89mVであった。
【0054】
図7は、Fe(CN)
6
3-/4-のCV曲線である。1mMでFe(CN)
6
3-/4-が含まれる1MのKCl水溶液を測定サンプルとした。Fe(CN)
6
3-/4-は、一般に電極の表面状態に敏感な物質として知られている。
図7に示すように、電位0.309Vに明瞭な酸化ピークと、電位0.204Vに明瞭な還元ピークを示した。酸化と還元のピーク電位差は105mVであった。
【0055】
図8は、3HKのCV曲線である。1mMで3HKが含まれる50mMのリン酸緩衝液(pH7.0)を測定サンプルとした。3HKは、トリプトファンの代謝物である芳香族アミノ酸である。
図8に示すように、電位0.632Vに明瞭な酸化ピークを示した。
【0056】
比較例(弱い遠心力で短時間の遠心分離)
遠心力5,000×g(Sigma製マイクロミニ遠心機、1-14PP)で、実施例1の混合液を5分間遠心分離処理して上澄み液を得た。この上澄み液の約8割を採取して、カーボン基板を表面修飾するための比較例のSWCNT分散液を得た。実施例1より弱い遠心力で、かつ短い時間だけ遠心分離処理したので、比較例のSWCNT分散液は、半導体SWCNTだけでなく、実施例1の半導体SWCNT分散液と比較してかなり多くの金属的SWCNTを含んでいる。
【0057】
分光光度計を用いて、比較例のSWCNT分散液の光吸収スペクトルを得た。
図9に、比較例のSWCNT分散液の光吸収スペクトル(図中「比較例の原料(CNT分散液)」、実線)を示す。なお、
図9には、実施例1の半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトル(図中「実施例1の原料(半導体CNT分散液)」、点線)も示した。
図9に示すように、比較例のSWCNT分散液では波長645nm付近および690nm付近に金属的SWCNTの光吸収ピーク(M1)が観測された。また、凝集体などが混在した比較例のSWCNT分散液は、実施例1の半導体SWCNT分散液よりも遥かにブロードな光吸収ピーク(S1、S2)を示した。
【0058】
比較例のSWCNT分散液279μLを用いて、ドロップキャスト法により、石英基板上にSWCNT含有層を形成し、この石英基板とこの石英基板上のSWCNT含有層を備える積層体である比較例のSWCNT複合体を作製した。
図10に、このSWCNT複合体(図中「半導体CNT複合体(ドロップキャスト法)」の光吸収スペクトルを示す。なお、
図10の下部横軸は光子エネルギーである。
図10に示すように、比較例のSWCNT複合体の光吸収スペクトルは、ブロードなスペクトル形状を示した。
【0059】
また、波長1666nm(光子エネルギー0.7441eV)の近赤外光吸収ピークでは、基線からのピーク吸光度の85%で見積もったスペクトル線幅(LWInt85%)でさえ約37meVであり、35meVを超えていた。比較例のSWCNT複合体は、LWInt80%が35meV以下のスペクトル線幅を有する実施例1Aおよび実施例1Bの半導体SWCNT複合体と比較して、遥かにブロードな近赤外光吸収ピークを示した。
【0060】
比較例のSWCNT分散液175μLを用いて、約20時間自然乾燥させるドロップキャスト法によって、実施例1Cと同じ導電性カーボン層上に、直径約10mmの円形状の比較例のSWCNT含有層を備える比較例の修飾電極を得た。実施例1と同じ装置および同じ検定物質を用いて、実施例1と同じ測定条件で、比較例の修飾電極を作用電極としたCV測定を行った。
【0061】
図11は、比較例の修飾電極を作用電極として測定したRu(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線(実線)である。なお、
図11には、実施例1の修飾電極を作用電極として測定したRu(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線(図中「本発明の修飾電極」、点線)も示した。比較例の修飾電極を用いたCV曲線は、電位-0.127V付近の酸化ピークと、電位-0.235V付近の還元ピークを示した。酸化と還元のピーク電位差は108mVであった。
【0062】
図12は、比較例の修飾電極を作用電極として測定したFe(CN)
6
3-/4-のCV曲線(実線)である。なお、
図12には、実施例1の修飾電極を作用電極として測定したFe(CN)
6
3-/4-のCV曲線(図中「本発明の修飾電極」、点線)も示した。
図12に示すように、
図11と同様に、比較例の修飾電極を用いたCV曲線は、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線よりも遥かにブロードとなった。また、比較例の修飾電極を用いたCV曲線は、電位0.419V付近の酸化ピークと、電位0.005V付近の還元ピークを示した。比較例の修飾電極を用いたCV曲線の酸化と還元のピーク電位差414mVは、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線の酸化と還元のピーク電位差105mV(
図7参照)の約4倍であった。
【0063】
図13は、比較例の修飾電極を作用電極として測定した3HKのCV曲線(実線)である。なお、
図13には、実施例1の修飾電極を作用電極として測定した3HKのCV曲線(図中「本発明の修飾電極」、点線)と、比較例の修飾電極を作用電極として測定したリン酸緩衝液(濃度50mM、pH7.0)のCV曲線(図中「バックグラウンド(phosphate buffer)」、破線)も示した。実施例1の修飾電極を用いたCV曲線とは異なり、比較例の修飾電極を用いたCV曲線では、電位を0.7Vまで掃引しても酸化ピークが観測されず、0.9Vまで掃引した際に電位0.84V付近に酸化ピークが観測された。
【0064】
なお、
図13の比較例の修飾電極を作用電極として測定したバックグラウンドのCV曲線から分かるように、高電位側へ掃引するとバックグラウンド電流の増加がわずかながら生じてしまう。したがって、比較例の修飾電極を作用電極として測定した3HKのCV曲線は、0.7V以上の高電位側におけるバックグラウンド電流の影響によって、酸化ピークが不明瞭になりやすい。
【0065】
比較例と実施例1の修飾電極は、プラズマトーチ法で合成した同じSWCNT粉体と同じ分散剤(PFD)を含む同じ混合液が原料である。しかし、混合液からSWCNT分散液を調製するときの遠心分離処理が比較例と実施例1で異なる。このため、
図11から
図13に示すように、比較例の修飾電極を用いたCV曲線は、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線よりも遥かにブロードとなった。すなわち、実施例1の修飾電極は、比較例の修飾電極と比べて、いろいろな種類の被検出物質の電極応答性に優れていることが分かった。
【0066】
実施例2
プラズマトーチ法に代えてHiPco法(High-pressure carbon monoxide method)で合成したSWCNT粉体(NanoIntegris Inc.、HiPco(Raw Powder)、Batch#HR31-96A、チューブ直径0.8nm-1.2nm)を用いた点と、混合液の遠心分離時間を1時間に変更した点を除いて、実施例1と同様にして、実施例2の半導体SWCNT分散液を得た。
【0067】
実施例1と同様にして、実施例2の半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトルを得た。
図14に、この半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトル(図中「実施例2の原料(半導体SWCNT分散液)」、丸)を示す。なお、
図14には、実施例1の半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトル(図中「実施例1の原料(半導体SWCNT分散液)」、実線)も示した。
【0068】
実施例1の半導体SWCNT分散液と比較してチューブ直径が小さい半導体SWCNTが含まれる実施例2の半導体SWCNT分散液でも、
図14に示すように、実施例1の半導体SWCNT分散液と同様に、波長領域550-850nmに明瞭な光吸収ピーク(S2)と、波長950nm以上の近赤外領域に鋭い光吸収ピーク(S1)があった。ただし、実施例2の半導体SWCNT分散液の光吸収ピーク(S1、S2)は、分散液に含まれる半導体SWCNTのチューブ直径が小さいため、実施例1の半導体SWCNT分散液の光吸収ピーク(S1、S2)と比較して、それぞれやや短波長側に現れている。なお、実施例2の半導体SWCNT分散液の近赤外光吸収ピークの最大吸光度(約0.279)は、実施例1の半導体SWCNT分散液の近赤外光吸収ピークの最大吸光度(約0.260)と同程度であった。
【0069】
検出波長を1nmの間隔で走査した点を除いて、実施例1と同様にして、実施例2の半導体SWCNT分散液の2次元PLスペクトルを測定した。
図15は、実施例2の半導体SWCNT分散液の2次元PLマップである。
図15に示すように、実施例2の半導体SWCNT分散液に含まれる半導体SWCNTのうち、特にチューブ構造指数(6,5)、(7,5)、(7,6)、(8,6)、(8,7)、(9,5)、および(10,3)の各種半導体SWCNTが顕著に発光した。
【0070】
なお、光吸収スペクトル(
図14)および2次元PLマップ(
図15)の解析から、実施例2の半導体SWCNT分散液は、顕著に発光した上記半導体SWCNTのほかに、波長815nmでの光励起によって波長1435nm付近で弱く発光したチューブ構造指数(9,8)の半導体SWCNTなども含まれており、チューブ直径0.757nm-1.17nmの半導体SWCNTを含んでいることが分かった。また、特に、チューブ構造指数(7,6)の半導体SWCNTは、
図14に示すように、波長1130nm付近にS1の光吸収ピークを有する。このチューブ構造指数(7,6)の半導体SWCNTのチューブ直径は、
図15に記載したように、0.895nmである。
【0071】
実施例1Aと実施例1Bと同様にして、実施例2の半導体SWCNT分散液279μLを用いて、ドロップキャスト法とらせん気流法の2種類の方法によって、石英基板とこの石英基板上の半導体SWCNT含有層を備える積層体である実施例2A(ドロップキャスト法)と実施例2B(らせん気流法)の半導体SWCNT複合体をそれぞれ作製した。分光光度計を用いて、実施例2Aと実施例2Bの半導体SWCNT複合体の光吸収スペクトルを測定した。
【0072】
図16と
図17は、実施例2Aと実施例2Bの半導体SWCNT複合体のそれぞれの光吸収スペクトルである。なお、
図16と
図17の下部横軸は光子エネルギーである。
図16に示すように、ドロップキャスト法によって得られた実施例2Aの半導体SWCNT複合体は、波長1144nm(光子エネルギー1.0837eV)に約62meVのLW
Int50%(半値全幅)の近赤外光吸収ピークを示した。
【0073】
また、
図17に示すように、らせん気流法によって得られた実施例2Bの半導体SWCNT複合体は、波長1137nm(光子エネルギー1.0904eV)、波長1281nm(光子エネルギー0.9678eV)、および波長990nm(光子エネルギー1.2523eV)に、LW
Int50%がそれぞれ約34meV、約41meV、および約49meVである近赤外光吸収ピークを示した。このように、半導体SWCNT分散液に含まれるSWCNTの合成法が、実施例1の半導体SWCNT分散液に含まれるSWCNTの合成法と異なっていても、
図16および
図17に示すように、実施例2Aと実施例2Bの半導体SWCNT複合体は、LW
Int50%が70meV以下の幅が狭い近赤外光吸収ピークを1つ以上有する。
【0074】
さらに、らせん気流の流量を10L/minに変更した点を除いて、実施例1と同様にして、実施例2の半導体SWCNT分散液を用いて、導電性カーボン層とこの導電性カーボン層上の半導体SWCNT含有層を備える積層体である実施例2Cの半導体SWCNT複合体(以下「実施例2Cの半導体SWCNT複合体」を「実施例2の修飾電極」と記載することがある)を得た。そして、実施例1と同じ装置および同じ検定物質を用いて、実施例1と同じ測定条件で、実施例2の修飾電極を作用電極としたCV測定を行った。
【0075】
図18は、実施例2の修飾電極を作用電極として測定したRu(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線(実線)である。なお、
図18には、実施例1の修飾電極を作用電極として測定したRu(NH
3)
6
2+/3+のCV曲線(点線)も示した。実施例2の修飾電極を用いたCV曲線は、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線と類似しており、電位-0.131V付近の酸化ピークと、電位-0.224V付近の還元ピークを示した。酸化と還元のピーク電位差は93mVであり、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線の酸化と還元のピーク電位差89mV(
図6参照)と同程度の狭い電位幅であった。
【0076】
図19は、実施例2の修飾電極を作用電極として測定したFe(CN)
6
3-/4-のCV曲線(実線)である。なお、
図19には、実施例1の修飾電極を作用電極として測定したFe(CN)
6
3-/4-のCV曲線(点線)も示した。
図19に示すように、実施例2の修飾電極を用いたCV曲線は、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線と類似しており、電位0.311V付近の酸化ピークと、電位0.204V付近の還元ピークを示した。酸化と還元のピーク電位差は107mVであり、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線の酸化と還元のピーク電位差105mV(
図7参照)と同程度の狭い電位幅であった。
【0077】
図20は、実施例2の修飾電極を作用電極として測定した3HKのCV曲線(実線)である。なお、
図20には、実施例1の修飾電極を作用電極として測定した3HKのCV曲線(点線)も示した。
図20に示すように、実施例2の修飾電極を用いたCV曲線は、電位0.468V付近の酸化ピークを示した。実施例1の修飾電極を用いたCV曲線の酸化ピーク電位0.632V(
図8参照)と比較して、実施例2の修飾電極を用いたCV曲線の酸化ピーク電位は、低電位側に0.164Vシフトした。
【0078】
電極特性の評価のために用いた検定物質のRu(NH3)6
2+/3+およびFe(CN)6
3-/4-のCV曲線と異なり、分子骨格に芳香環を有する3HKのCV曲線では、実施例1と実施例2の修飾電極に含まれる半導体SWCNTのチューブ構造の違いによって、酸化ピーク電位が低電位側に大きくシフトした。このピーク電位のシフトは、実施例1の修飾電極に含まれるチューブ構造指数(11,9)の半導体SWCNT(dt:1,377nm)と、実施例2の修飾電極に含まれるチューブ構造指数(7,6)の半導体SWCNT(dt:0.895nm)のそれぞれの電子ポテンシャルから推定した修飾電極の電位差(約0.175V)に近い値であった。
【0079】
半導体SWCNTの電子ポテンシャルによる電極電位差を推定する際には、例えばPL分光電気化学的手法を用いて電子ポテンシャルを評価した非特許文献3が参照できる。また、
図20に示すように、実施例1の修飾電極に含まれる半導体SWCNTよりチューブ直径d
tが減少(チューブ曲率が増大)した半導体SWCNTを含む実施例2の修飾電極を用いたCV曲線は、実施例1の修飾電極を用いたCV曲線と比較して、酸化ピーク電流(I
pa)が著しく低下するなどの明確な違いが生じた。