(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025021327
(43)【公開日】2025-02-13
(54)【発明の名称】カンナビノイド類化合物の生産に用いられる放線菌及びそれを用いた生産方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20250205BHJP
C12P 7/22 20060101ALI20250205BHJP
C12N 15/52 20060101ALN20250205BHJP
C12N 15/54 20060101ALN20250205BHJP
C12N 9/00 20060101ALN20250205BHJP
C12N 9/10 20060101ALN20250205BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P7/22
C12N15/52 Z
C12N15/54
C12N9/00
C12N9/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023125160
(22)【出願日】2023-07-31
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公開の事実 (1)ウェブサイトの掲載日 別紙に記載 (2)ウェブサイトのアドレス 別紙に記載 (3)公開者 別紙に記載 (4)公開された発明の内容 別紙に記載の公開者が、別紙に記載のアドレスのウェブサイトにて、新家一男、末永光、工藤慧、渡来直生及び中村祐哉が発明したカンナビノイド類化合物の生産に用いられる放線菌及びそれを用いた生産方法について公開した。
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】522127324
【氏名又は名称】株式会社digzyme
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100151448
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 孝博
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100216839
【弁理士】
【氏名又は名称】大石 敏幸
(72)【発明者】
【氏名】新家 一男
(72)【発明者】
【氏名】末永 光
(72)【発明者】
【氏名】工藤 慧
(72)【発明者】
【氏名】渡来 直生
(72)【発明者】
【氏名】中村 祐哉
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AC16
4B064CA03
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA20
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA05
(57)【要約】
【課題】
より効率的にカンナビノイド類の生産するための放線菌及び当該放線菌を用いたカンナビノイド類の生産方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
ポリケチド合成酵素をコードする遺伝子及び環化酵素をコードする遺伝子が導入された、カンナビノイド類化合物を生産するための放線菌を用いる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリケチド合成酵素をコードする遺伝子及び環化酵素をコードする遺伝子が導入された、カンナビノイド類化合物を生産するための放線菌。
【請求項2】
前記ポリケチド合成酵素及び前記環化酵素は、前記カンナビノイド類化合物の前駆体であるオリベトール酸の合成を触媒することが可能な酵素である、請求項1に記載の放線菌。
【請求項3】
前記ポリケチド合成酵素は、(A1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(A2)配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列であってポリケチド合成酵素の活性を有するタンパク質、又は(A3)配列番号2に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であってポリケチド合成酵素の活性を有するタンパク質のいずれかである、請求項1に記載の放線菌。
【請求項4】
前記環化酵素は、(B1)配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(B2)配列番号3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列であって環化酵素の活性を有するタンパク質、又は(A3)配列番号3に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であって環化酵素の活性を有するタンパク質のいずれかである、請求項1に記載の放線菌。
【請求項5】
カンナビノイド類化合物の前駆体であるオリベトール酸の合成において利用されるヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素をコードする遺伝子が導入された、カンナビノイド類化合物を生産するための放線菌。
【請求項6】
前記ヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素は、(C1)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(C2)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質、又は(C3)配列番号1に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列を有するタンパク質のいずれかである、請求項5に記載の放線菌。
【請求項7】
ゲラニル基転移酵素をコードする遺伝子が導入された、カンナビノイド類化合物を生産するための放線菌。
【請求項8】
前記ゲラニル基転移酵素は、前記カンナビノイド類化合物の前駆体であるオリベトール酸に対するゲラニル基転移によるカンナビゲロール酸の合成を触媒することが可能な酵素である、請求項7に記載の放線菌。
【請求項9】
前記ゲラニル基転移酵素は、(D1)配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(D2)配列番号5に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質、又は(D3)配列番号5に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列を有するタンパク質のいずれかである、請求項7に記載の放線菌。
【請求項10】
前記カンナビノイド類化合物は、カンナビジオール、カンナビジオール酸及びカンナビゲロール酸のうちの少なくともいずれか一つである、請求項1に記載の放線菌。
【請求項11】
請求項1に記載の放線菌を培養する段階を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法。
【請求項12】
請求項5に記載の放線菌を培養する段階を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法。
【請求項13】
請求項7に記載の放線菌を培養する段階を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法。
【請求項14】
放線菌に対して、ヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素をコードする遺伝子を導入する段階と、
前記放線菌に対して、前記ヘキサノイル-CoAからオリベトール酸を合成するのに用いられるポリケチド合成酵素をコードする遺伝子及び環化酵素をコードする遺伝子を導入する段階と、
前記放線菌に対して、前記オリベトール酸からカンナビゲロール酸を合成するのに用いられるゲラニル基転移酵素をコードする遺伝子を導入する段階と、
前記ヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素をコードする遺伝子、前記ポリケチド合成酵素をコードする遺伝子、前記環化酵素をコードする遺伝子及びゲラニル基転移酵素をコードする遺伝子が導入された前記放線菌を培養する段階と、
を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、カンナビノイド類化合物の生産に用いられる放線菌及び当該放線菌を用いたカンナビノイド類化合物の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カンナビノイド類は、アサ(大麻草)に含まれる化学物質の一つとして知られる。このようなアサ由来のカンナビノイド類として、カンナビジオール、テトラヒドロカンナビノール、カンナビノール、カンナビゲロール等が存在し、その中でもとりわけカンナビジオールは医療用途だけではなく飲食料用途や嗜好品、化粧品用途などの様々な用途で用いられるようになった。しかし、このようなカンナビノイド類の生産においては栽培された大麻草から抽出する方法が主流となるにとどまり、その生産には圃場の整備や抽出工程の煩雑さなどの問題があった。
【0003】
特許文献1には、大気圧下で無溶媒状態でのカンナビジオールの前駆体化合物に塩基溶液を添加し、水及び溶媒を除去することによって合成する合成カンナビジオールの製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本開示は、より効率的にカンナビノイド類を生産するための放線菌及び当該放線菌を用いたカンナビノイド類の生産方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示者らは、上記課題を解決するために、カンナビノイド類化合物の前駆体の合成に関与する酵素をコードする遺伝子を導入した放線菌を用いることによって、効率的にカンナビノイド類化合物の生産が可能であることを見出した。したがって、本開示の第1の局面は、
(1)ポリケチド合成酵素をコードする遺伝子及び環化酵素をコードする遺伝子が導入された、カンナビノイド類化合物を生産するための放線菌である。
【0007】
本開示の好適な態様は、
(2)上記ポリケチド合成酵素及び上記環化酵素は、上記カンナビノイド類化合物の前駆体であるオリベトール酸の合成を触媒することが可能な酵素である、上記(1)に記載の放線菌である。
【0008】
本開示の好適な態様は、
(3)上記ポリケチド合成酵素は、(A1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(A2)配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列であってポリケチド合成酵素の活性を有するタンパク質、又は(A3)配列番号2に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であってポリケチド合成酵素の活性を有するタンパク質のいずれかである、上記(1)に記載の放線菌である。
【0009】
本開示の好適な態様は、
(4)上記環化酵素は、(B1)配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(B2)配列番号3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列であって環化酵素の活性を有するタンパク質、又は(A3)配列番号3に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であって環化酵素の活性を有するタンパク質のいずれかである、上記(1)に記載の放線菌である。
【0010】
本開示者らは、上記課題を解決するために、カンナビノイド類化合物の前駆体の合成に関与する酵素をコードする遺伝子を導入した放線菌を用いることによって、効率的にカンナビノイド類化合物の生産が可能であることをさらに見出した。したがって、本開示の第2の局面は、
(5)カンナビノイド類化合物の前駆体であるオリベトール酸の合成において利用されるヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素をコードする遺伝子が導入された、カンナビノイド類化合物を生産するための放線菌である。
【0011】
本開示の好適な態様は、
(6)上記ヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素は、(C1)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(C2)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質、又は(C3)配列番号1に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列を有するタンパク質のいずれかである、上記(5)に記載の放線菌である。
【0012】
本開示の好適な態様は、
(7)ゲラニル基転移酵素をコードする遺伝子が導入された、カンナビノイド類化合物を生産するための放線菌である。
【0013】
本開示者らは、上記課題を解決するために、カンナビノイド類化合物の前駆体に対するゲラニル基転移に関与する酵素をコードする遺伝子を導入した放線菌を用いることによって、より効率的にカンナビノイド類化合物の生産が可能であることをさらに見出した。したがって、本開示の第3の局面は、
(8)上記ゲラニル基転移酵素は、上記カンナビノイド類化合物の前駆体であるオリベトール酸に対するゲラニル基転移によるカンナビゲロール酸の合成を触媒することが可能な酵素である、上記(7)に記載の放線菌である。
【0014】
本開示の好適な態様は、
(9)上記ゲラニル基転移酵素は、(D1)配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、(D2)配列番号5に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質、又は(D3)配列番号5に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列を有するタンパク質のいずれかである、上記(7)に記載の放線菌である。
【0015】
本開示の好適な態様は、
(10)上記カンナビノイド類化合物は、カンナビジオール、カンナビジオール酸及びカンナビゲロール酸のうちの少なくともいずれか一つである、上記(1)に記載の放線菌である。
【0016】
本開示者らは、上記課題を解決するために、カンナビノイド類化合物の前駆体の合成に関与する酵素をコードする遺伝子を導入した放線菌を用いることによって、効率的にカンナビノイド類化合物の生産が可能であることを見出した。したがって、本開示の第4の局面は、
(11)上記(1)に記載の放線菌を培養する段階を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法である。
【0017】
本開示者らは、上記課題を解決するために、カンナビノイド類化合物の前駆体の合成に関与する酵素をコードする遺伝子を導入した放線菌を用いることによって、効率的にカンナビノイド類化合物の生産が可能であることをさらに見出した。したがって、本開示の第5の局面は、
(12)上記(5)に記載の放線菌を培養する段階を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法である。
【0018】
本開示者らは、上記課題を解決するために、カンナビノイド類化合物の前駆体の合成に関与する酵素をコードする遺伝子を導入した放線菌を用いることによって、効率的にカンナビノイド類化合物の生産が可能であることをさらに見出した。したがって、本開示の第6の局面は、
(13)上記(7)に記載の放線菌を培養する段階を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法である。
【0019】
本開示者らは、上記課題を解決するために、カンナビノイド類化合物の前駆体の合成に関与する酵素をコードする遺伝子を導入した放線菌を用いることによって、効率的にカンナビノイド類化合物の生産が可能であることをさらに見出した。したがって、本開示の第7の局面は、
(14)放線菌に対して、ヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素をコードする遺伝子を導入する段階と、上記放線菌に対して、上記ヘキサノイル-CoAからオリベトール酸を合成するのに用いられるポリケチド合成酵素をコードする遺伝子及び環化酵素をコードする遺伝子を導入する段階と、上記放線菌に対して、上記オリベトール酸からカンナビゲロール酸を合成するのに用いられるゲラニル基転移酵素をコードする遺伝子を導入する段階と、上記ヘキサノイル-CoAの合成活性を有する酵素をコードする遺伝子、上記ポリケチド合成酵素をコードする遺伝子、上記環化酵素をコードする遺伝子及びゲラニル基転移酵素をコードする遺伝子が導入された上記放線菌を培養する段階と、を含む、カンナビノイド類化合物の生産方法である。
【発明の効果】
【0020】
本開示は、より効率的にカンナビノイド類の生産するための放線菌及び当該放線菌を用いたカンナビノイド類の生産方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、カンナビジオールが生合成経路の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、構築された発現ベクターであるpKU592AT_aphII::CsTKS-CsOAC_GCの構成を示す図である。
【
図3】
図3は、オリベトール酸の標品とCsTKS-CsOACをコードする遺伝子が導入された放線菌によって生産されたマスクロマトグラムの比較結果を示す図である。
【
図4】
図4は、構築された発現ベクターであるpKU594AT_aac(3)IV::KSE_65520の構成を示す図である。
【
図5】
図5は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520のオリベトール酸の生産能力を示す図である。
【
図6】
図6は、構築された発現ベクターであるpKU565tsr_2-cistron::gps-nphB_A232S_Y288Aの構成を示す図である。
【
図7】
図7は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288Aのカンナビゲロール酸の生産能力を示す図である。
【
図8】
図8は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-Spru_nphB_A230S_Y286Aのカンナビゲロール酸の生産能力を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下で本開示のカンナビノイド類化合物の生産に用いられる放線菌及び当該放線菌を用いたカンナビノイド類化合物の生産方法を実施するための形態を詳細に説明する。ただし、以下の実施形態は、本開示を説明するための一例であり、本開示が当該実施形態のみに限定されるものではない。なお、本開示において「複数」という言葉が用いられているが、当該用語は特定の個数(例えば2個)のみに限定的に解釈されるわけではなく、例えば3個、4個などの任意の個数を含みうる。
【0023】
1.カンナビノイドの生合成経路
カンナビノイド類化合物は、アサ(大麻草)に含まれる化学物質の一つであるところ、本開示におけるカンナビノイド類化合物は、大麻草由来の抽出物に限らない。このようなカンナビノイド類化合物には、カンナビジオール(Cannabidiol:CBD)、テトラヒドロカンナビノール(Tetrahydrocannabinol:THC)、カンナビノール(Cannabinol:CBN)、カンナビゲロール(Cannabigerol:CBG)などのカンナビノイドに加えて、これらカンナビノイドの合成において生産されるその前駆体を含む。このような前駆体としては、一例としては、カンナビジオール酸(Cannabidiolic acid:CBDA)及びカンナビゲロール酸(Cannabigerolic acid:CBGA)、オリベトール酸(Olivetolic Acid:OA)が挙げられる。本開示では、カンナビノイド類化合物としては、その有用性の観点からカンナビジオール及びその前駆体(カンナビジオール酸若しくはカンナビゲロール酸)が特に好ましい例として挙げられる。
【0024】
図1は、カンナビジオールが生合成されるまでの例示的な経路を示す。
図1に示された経路には、カンナビジオールの前駆体であるオリベトール酸からカンナビジオールを生合成するためのカンナビノイド生合成経路に加えて、オリベトール酸の生成に用いられるマロニル-CoA生合成経路も含む。マロニル-CoAは、生体内において、アセチル-CoAのカルボキシル化をアセチル-CoAカルボキシラーゼ(ACC)が触媒することによって生成される。他方、ヘキサノイル-CoAは、脂肪酸生成経路においてアセチル-CoAから生合成されるヘキサノイルACP由来のヘキサン酸に対してリガーゼ(合成酵素)による触媒反応により生成される。なお、ヘキサン酸については、ここでは説明の便宜のために脂肪酸合成によって生成される例を挙げて説明したが、当然に脂肪酸分解によって生成されるものであってもよい。
【0025】
ここで、このような合成酵素としては、アサ(大麻草)や細菌及び真核生物等の生体において内因性の酵素であるか、宿主に導入可能な酵素であればいずれでも好適に利用することが可能である。このような合成酵素としては、大麻草における生合成経路において利用される合成酵素であるCsAAE1及びCsAAE3や、酵母における生合成経路において導入されうる合成酵素であるScFAA1、ScFAA2、ScFAA3、ScFAA4、ScFAT1及びScFAT2や、放線菌におけるカンナビノイド生合成経路において導入されうる合成酵素であるKSE_65520(配列番号1)が例として挙げられる。この中でも、合成酵素としては、カンナビジオールの生合成に用いられるオリベトール酸の高生産化という観点から、KSE_65520を好適に利用することができる。
【0026】
[配列番号1]
MTDRVPGTAPHALPNALPDGPFDATPDTAPDTTPAAASDGTPATTSATTSATTPAATPAAASDGRPGALPSLPDVLARRAVEQPDELAYAFLHNGEEVAETLTYRQLDARARAVAARLTALRLAGRSVLLLHPSGLGFVSDLLGCMYAGVAAAPVQVPSRARGLARLRAIADDAGTTVVLTTPEVRRDLLERFGALPELAGLTLHDPETLAAEAELTDPAAVAGWRPRPIGSEELALLQYTSGSTGTPKGVRVTHANFGANVDETDRLWPCRGDARVVNWLPLFHDMGMLFGVVLPLWAGIPSYLMAPDAFIRRPARWLEAVSRFGGTHAAAPSFAYELCVRAVGEEGLPSGLDLSSWRVAANGAEPVRWQTVRAFTEALAPAGFRPEAMCPGYGLAENTLKATGSPEDRVPTVLWLSAEELRAGRAVRVPRSDAPGVLPAVGCGAVVGDSLVRIVDPVERTTRPEGRVGEIWVSGPCVASGYHGRPEESEETFRARRSDRTEQRSWLRTGDLGFLADGELFVTGRIKDVVIRQGRNFYPQDIELSAESADPGLHPNCAAAFSADDGTSERLVLVVEADGRTLRGGGELLRERIRRAVHENQRLEADEILLVRRGSLPKTSSGKVQRRETLRRYLDGEFGSAQAVAPRERVEAGR
【0027】
より具体的には、本開示においては、カンナビノイド類化合物の生産において放線菌を利用する。そのため、放線菌において、ヘキサノイル-CoAなどの中鎖脂肪酸-CoAを生合成の中間体とする化合物の生成に関与する遺伝子を利用することによって、放線菌においてもオリベトール酸生成において開始基質であるヘキサノイル-CoAをより効率的に生産することが期待できる。そこで、多数の放線菌株の中から、ヘキサノイル-CoAの生成に用いられるヘキサン酸に由来する部分構造を持つ二次代謝産物を探索し、当該二次代謝産物の産生に関与する酵素を特定することで、本開示において好適に利用可能な合成酵素をスクリーニングすることができる。
【0028】
当該スクリーニングにより得られた上記合成酵素には、少なくとも、下記(1)~(3)のタンパク質が含まれる。
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列であってヘキサノイル-CoAの合成活性を有するタンパク質
(3)配列番号1に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であってヘキサノイル-CoAの合成活性を有するタンパク質
上記(3)におけるアミノ酸配列の同一性については、好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。
【0029】
次に、マロニル-CoA生合成経路によって合成されたヘキサノイル-CoAを開始基質とし、マロニル-CoAを伸長基質としてポリケチド合成酵素の触媒により、
図1に記載のテトラケト中間体が生成される。さらに、このように生成されたテトラケト中間体に対して、環化酵素が脱水を伴う芳香環化を触媒することによって、オリベトール酸が生成される。
【0030】
ここで、ポリケチド合成酵素は、具体的には、ヘキサノイル-CoAに対してマロニル-CoAの3回の縮合反応を触媒することよって、3,5,7-トリオキソドデカノイル-CoAを生成させる。このようなポリケチド合成酵素は、上記のとおりヘキサノイル-CoAの縮合反応を触媒できるものであればいずれでもよく、オリベトール酸の高生産化という観点から、CsTKS(配列番号2)が例として挙げられる。
【0031】
[配列番号2]
MNHLRAEGPASVLAIGTANPENILLQDEFPDYYFRVTKSEHMTQLKEKFRKICDKSMIRKRNCFLNEEHLKQNPRLVEHEMQTLDARQDMLVVEVPKLGKDACAKAIKEWGQPKSKITHLIFTSASTTDMPGADYHCAKLLGLSPSVKRVMMYQLGCYGGGTVLRIAKDIAENNKGARVLAVCCDIMACLFRGPSESDLELLVGQAIFGDGAAAVIVGAEPDESVGERPIFELVSTGQTILPNSEGTIGGHIREAGLIFDLHKDVPMLISNNIEKCLIEAFTPIGISDWNSIFWITHPGGKAILDKVEEKLHLKSDKFVDSRHVLSEHGNMSSSTVLFVMDELRKRSLEEGKSTTGDGFEWGVLFGFGPGLTVERVVVRSVPIKY
【0032】
上記ポリケチド合成酵素には、少なくとも、下記(1)~(3)のタンパク質が含まれる。
(1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(2)配列番号2に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列であってポリケチド合成酵素の活性を有するタンパク質
(3)配列番号2に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であってポリケチド合成酵素の活性を有するタンパク質
上記(3)におけるアミノ酸配列の同一性については、好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。
【0033】
また、環化酵素は、具体的には、縮合反応により得られた3,5,7-トリオキソドデカノイル-CoAに対して脱水を伴う芳香環化を触媒することによってオリベトール酸を生成させる。このような環化酵素には、上記のとおり3,5,7-トリオキソドデカノイル-CoAの環化を触媒できるものであればいずれでもよく、オリベトール酸の高生産化という観点から、CsOAC(配列番号3)が例として挙げられる。
【0034】
[配列番号3]
MAVKHLIVLKFKDEITEAQKEEFFKTYVNLVNIIPAMKDVYWGKDVTQKNKEEGYTHIVEVTFESVETIQDYIIHPAHVGFGDVYRSFWEKLLIFDYTPRK
【0035】
上記環化酵素には、少なくとも、下記(1)~(3)のタンパク質が含まれる。
(1)配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(2)配列番号3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列であって環化酵素の活性を有するタンパク質
(3)配列番号3に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であって環化酵素の活性を有するタンパク質
上記(3)におけるアミノ酸配列の同一性については、好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。
【0036】
次に、生成されたオリベトール酸に対して、ゲラニル基転移酵素がC3位のゲラニル化を触媒することによってカンナビゲロール酸が生成される。
【0037】
このようなゲラニル基転移酵素としては、アサ(大麻草)や細菌及び真核生物等の生体において内因性の酵素であるか、宿主に導入可能な酵素であればいずれでも好適に利用することが可能である。このようなゲラニル基転移酵素としては、大麻草における生合成経路において利用されるゲラニル基転移酵素であるCsPT4や、放線菌における生合成経路において導入可能なNphB(文献1:Kuzuyama,T. et al.Structural basis for the promiscuous biosynthetic prenylation of aromatic natural products. Nature 435,983-987(2005)に記載)又はその改良酵素(文献2:Valliere,M.A. et al. A cell-free platfworm for the prenylation of natural products and applikation to cannabinoid production.Nat.Commun.10,565(2019)に記載のNphBの2アミノ酸置換体(配列番号4)又は文献3:Lim,K.J.H. et al. Structure-Guided Engineering of Prenyltransferase NphB for High-Yield and Regioselective Cannabinoid Production.ACS Catal.12(8),4628-4639 (2022)に記載の変異体)が例として挙げられる。この中でも、ゲラニル基転移酵素としては、カンナビゲロール酸の高生産化という観点から、文献2に記載されたNphBの2アミノ酸置換体(配列番号4)が例として挙げられる。
【0038】
[配列番号4]
MSEAADVERVYAAMEEAAGLLGVACARDKIYPLLSTFQDTLVEGGSVVVFSMASGRHSTELDFSISVPTSHGDPYATVVEKGLFPATGHPVDDLLADTQKHLPVSMFAIDGEVTGGFKKTYAFFPTDNMPGVAELSAIPSMPPAVAENAELFARYGLDKVQMTSMDYKKRQVNLYFSELSAQTLEAESVLALVRELGLHVPNELGLKFCKRSFSVYPTLNWETGKIDRLCFSVISNDPTLVPSSDEGDIEKFHNYATKAPYAYVGEKRTLVYGLTLSPKEEYYKLGAAYHITDVQRGLLKAFDSLED
【0039】
なお、配列番号4で示されるNphBの2アミノ酸置換体は、NphBに対して232番目のアラニンがセリンに、288番目のチロシンがアラニンにそれぞれ置換されたアミノ酸配列を有する。また、NphBはNaphterpinの生合成に関与する酵素であるところ、当該化合物の類縁化合物を生産することができる放線菌であればNphBと同様にゲラニル基転移活性を示す内因性の酵素を有する可能性が高い。そこで、類縁化合物を生産可能な放線菌を対象としてゲノム解析を行うことによってNphBホモログを探索し、NphBと同等かそれ以上の活性を示す酵素を特定することが可能である。Spru_NphBは、これによって特定された酵素である。さらに、Spru_NphBに対して230番目のアラニンがセリンに、286番目のチロシンがアラニンにそれぞれ置換されたアミノ酸配列を有する酵素(配列番号5)がより好ましい。
【0040】
[配列番号5]
MSGAADVERVYAAMEEAAGLLGVTCAREKIYPLLTEFQDTLTDGVVVFSMASGRRSTELDFSISVPTSQGDPYATVVDKGLFPATGHPVDDLLADTQKHLPVSMFAIDGEVTGGFKKTYAFFPTDDMPGVAQLSAIPSMPASVAQNAELFARYGLDKVQMTSMDYKKRQVNLYFSELSQQTLAPESVLALVRELGLHVPTELGLEFCKRSFSVYPTLNWDTGKIDRLCFSVISTDPTLVPSEDERDIEQFRDYGTKAPYAYVGEKRTLVYGLTLSPTEEYYKLGAAYHITDIQRRLLKAFDALED
【0041】
上記ゲラニル基転移酵素には、少なくとも、下記(1)~(6)のタンパク質をコードする核酸が含まれる。
(1)配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(2)配列番号4に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列であってゲラニル基転移酵素の活性を有するタンパク質
(3)配列番号4に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であってゲラニル基転移酵素の活性を有するタンパク質
(4)配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質
(5)配列番号5に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列であってゲラニル基転移酵素の活性を有するタンパク質
(6)配列番号5に記載のアミノ酸配列と60%以上の同一性を示すアミノ酸配列であってゲラニル基転移酵素の活性を有するタンパク質
上記(3)及び(6)におけるアミノ酸配列の同一性については、好ましくは60%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上である。
【0042】
次に、生成されたカンナビゲロール酸はカンナビジオール酸合成酵素の基質として働き、当該合成酵素の触媒により、カンナビジオール酸を生成する。そして、カンナビジオールの前駆体であるカンナビジオール酸は光や熱による脱炭酸を経てカンナビジオールが生成される。
【0043】
なお、本開示においては、上記のとおりカンナビノイド類化合物の生産に用いられる放線菌又は当該放線菌を用いた生産方法に係るところ、カンナビノイド類化合物は上記カンナビジオールに限定されるわけではない。カンナビノイド類化合物には、カンナビジオールの生成における前駆体となるカンナビジオール酸やカンナビゲロール酸なども含む。また、特に
図1において記載はしていないものの、カンナビジオールの生合成経路において、カンナビジオール以外にも、テトラヒドロカンナビノール、カンナビノール及びカンナビゲロールなども生成される。したがって、カンナビノイド類化合物には、テトラヒドロカンナビノール、カンナビノール及びカンナビゲロールも含む。
【0044】
2.カンナビノイド類化合物の生産方法
例えば、カンナビジオールは
図1に記載のとおり生合成されるが、このカンナビジオールなどのカンナビノイド類化合物の生産には、各酵素をコードする遺伝子が導入され、各酵素活性が発現可能になった放線菌が用いられる。そして、当該放線菌を所定の培地で培養し、その培養物から目的化合物を抽出することにより生産される。したがって、本開示におけるカンナビノイド類化合物の生産方法は、一例としては、(A)宿主となる放線菌を選択する段階と、(B)各酵素をコードする遺伝子が導入された発現ベクターを構成する段階と、(C)発現ベクターを宿主である放線菌に導入する段階と、(D)発現ベクターが導入された放線菌を所定の培地において培養する段階とを含む。なお、上記の各段階は、本開示におけるカンナビノイド類化合物の生産方法において必ずしもすべてを備える必要はない。以下、各段階について詳細に説明する。
【0045】
(A)宿主となる放線菌の選択段階
植物由来の化合物の微生物生産において、必要となる酵素をコードする遺伝子を導入する宿主として酵母(文献4:Saccharomyces cereviciae)を用いた例が知られている(Luo,X. et al. Complete biosynthesis of cannabinoids and their unnatural analogues in yeast, Nature, 567,123~126,(2019))しかし、酵母は、酵素などのタンパク質の生産には適しているものの、カンナビノイド類化合物のように二次代謝産物である化合物の生産においてヘキサノイル-CoAやゲラニル二リン酸の供給能力の問題から必ずしも適切な微生物とは言えない。他方で、本開示においては、カンナビノイド類化合物のような二次代謝産物の生産において放線菌を宿主として用いる。放線菌は、様々な二次代謝産物を生産することから明らかなように、酵母等の宿主に比して基質の供給能力が高いため、より効率的にカンナビノイド類化合物を異種発現生産すると期待できる。
【0046】
宿主として用いることが可能な放線菌としては、一例としては、コリネバクテリウム属(Corynebacterium)、マイコバクテリウム属(Mycobacterium)、ロドコッカス属(Rhodococcus)、プロピオニバクテリウム属(Propionibacterium)、ストレプトマイセス属(Streptomyces)、マイクロコッカス属(Micrococcus)、フランキア属(Frankia)及びビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium)のいずれかに属する放線菌が用いられる。これらの放線菌の中でも、生産効率の観点から、好ましくはストレプトマイセス属に属する放線菌、より好ましくはストレプトマイセス・ツイラス(Streptomyces tuirus)、ストレプトマイセス・アベルミチリス(Streptomyces avermitilis)、ストレプトマイセス・アレナー(Streptomyces arenae)、ストレプトマイセス・フラギリス(Streptomyces fragilis)、ストレプトマイセス・バイオラセオルーバー(Streptomyces violaceoruber)、ストレプトマイセス・コリナス(Streptomyces collinus)、ストレプトマイセス・フラベオラス(Streptomyces flaveolus)、ストレプトマイセス・ミシオネンシス(Streptomyces misionennsis)、ストレプトマイセス・セリカラー(Streptomyces coelicolor)、ストレプトマイセス・グリセウス(Streptomyces griseus)、ストレプトマイセス・ヘイミ(Streptomyces heimi)、ストレプトマイセス・ハイグロスコピクス(Streptomyces hygroscopicus)、ストレプトマイセス・アルブラ(Streptomyces albulus)及びストレプトマイセス・グリセオフスカス(Streptomyces griseofuscus)のいずれかに属する放線菌、さらに好ましくは、ストレプトマイセス・アベルミチリスに属する放線菌、特に好ましくはストレプトマイセス・アベルミチリスSUKA株(Komatsu, M. et al.Genome-minimized Streptomyces host for the heterologous expression of secondary metabolism. Proc. Natl. Acad. Sci. 107,2646-2651(2010)、Komatsu, M. et al.Engineered Streptomyces avermitilis host for heterologous expression of biosynthetic gene cluster for secondary metabolites. ACS Synth. Biol. 2,384-396(2013))のうちのいずれかの放線菌が用いられる。なお、ストレプトマイセス・アベルミチリスSUKA株には、SUKA17株、SUKA22株、SUKA24株、SUKA25株、SUKA34株及びSUKA54株等が存在するが、これらのうちいずれを用いてもよい。例えば、SUKA17株は理研バイオリソースセンターにおいて、寄託番号「JCM18251」として登録されている。また、上記に例示する放線菌は、1種のみで用いられてもよいし、2種以上を組み合わせて用いられてもよい。
【0047】
(B)各酵素をコードする遺伝子が導入された発現ベクターを構成する段階
次に、上記放線菌の中から選択された1種又は2種以上の組み合わせからなる放線菌を宿主として、大麻草において生合成されるカンナビノイド類化合物を異種生産させるために、外因性の各酵素をコードする遺伝子を導入する。
【0048】
宿主である放線菌に対して各酵素をコードする遺伝子等の核酸を導入する方法は、用いる宿主に応じて適宜選択することが可能であるが、一例としては宿主に導入可能で且つ組み込まれた核酸を発現可能なベクターが用いられる。本開示においては、ヘキサノイル-CoAの合成酵素、ポリケチド合成酵素、環化酵素及びゲラニル基転移酵素の各酵素をコードする遺伝子を導入する必要があるが、これらの遺伝子は1つのベクターに組み込まれてもよいし、2以上の異なるベクターに組み込まれてもよい。また、1つのベクターに複数の遺伝子が組み込まれる場合には、各遺伝子を共通のプロモータによって発現させてもよいし、それぞれ別々のプロモータによって発現させてもよい。また、本開示において利用可能なベクターは、すでに公知のベクターのみならず、プロモータ等の転写制御や複製領域等に関わる領域を目的に応じて改変したものを用いることも可能である。さらに、ベクターを用いる導入方法は、その遺伝子導入の一例であって、突然変異やゲノムシャッフリングなどの他の方法を用いてもよい。
【0049】
本開示においては、上記のとおり放線菌を宿主として発現ベクターが組み込まれる。このような放線菌宿主に好適な発現ベクターとしては、上記に記載する発現ベクターのうち、例えば、pIJ101及びpSG5等の環状プラスミド、SAP1及びSCP1等の線状プラスミド、SLP1、pKU590、pKU591、pKU592、pKU593、pKU594及びpKU595等のゲノム組み込み型プラスミド、並びにこれらの誘導体が用いられる。なお、以下においては、特定の発現ベクターについて記載しているが、これらはあくまで例示であって、当該発現ベクターのみに限定されるわけではない。
【0050】
[ヘキサノイル-CoA合成酵素(例えばKSE_65520)の発現ベクターの構築]
図1に示すとおり、カンナビノイド類化合物の合成において、オリベトール酸生成の開始基質となるヘキサノイル-CoAを効率的に生成することが極めて重要である。そこで、上記に例示するような多数の放線菌の中から、ヘキサノイル-CoAの生成に用いられるヘキサン酸に由来する部分構造を持つ二次代謝産物を探索し、当該二次代謝産物の産生に関与する酵素を特定することで、本開示において好適に利用可能な合成酵素をスクリーニングする。本開示では、
図1において説明したとおり、種々の合成酵素の中でもKSE_65520(配列番号1)が特に好適に用いられる。
【0051】
当該合成酵素の発現ベクターは、まず、当該酵素がスクリーニングされた放線菌のゲノムDNAを鋳型として、当該合成酵素をコードする遺伝子をPCRによる増幅することにより生成される。得られた断片はpKU565ベクターの制限酵素サイトXbaI/HindIIIに挿入されることで、KSE_65520のDNA断片が挿入されたpKU565ベクターが生成される。そして当該pKU565ベクターをさらにNheI及びNsiIで消化することで得られた断片がpKU594ベクターの制限酵素サイトNheI/NsiIに挿入されることで、KSE_65520のDNA断片が挿入されたpKU594ベクターが生成される。
【0052】
[ポリケチド合成酵素及び環化酵素の発現ベクターの構築]
図1に示すとおり、カンナビノイド類化合物の合成において、オリベトール酸生成の中間体である3,5,7-トリオキソドデカノイル-CoAを効率的に生成することが極めて重要である。本開示では、この3,5,7-トリオキソドデカノイル-CoAの生成において縮合反応を触媒するポリケチド合成酵素として、CsTKS(配列番号2)が特に好適に用いられる。また、
図1に示すとおり、カンナビノイド類化合物の合成において、オリベトール酸の高生産化は、最終的な目的化合物のカンナビノイド類化合物の生成において極めて重要である。本開示では、3,5,7-トリオキソドデカノイル-CoAの芳香環化を触媒する環化酵素として、CsOAC(配列番号3)が特に好適に用いられる。
【0053】
これらのポリケチド合成酵素及び環化酵素の発現ベクターの構築は、一例としては、両酵素がリンカー配列を介して連結したアミノ酸配列をコードする遺伝子を合成し、発現ベクターに挿入するためのDNA断片を生成することにより開始される。生成された断片はpKU565ベクターの制限酵素サイトXbaI/HindIIIに挿入されることで、上記DNA断片が挿入されたpKU565ベクターが生成される。そして当該pKU565ベクターをさらにNheI及びNsiIで消化することで得られた断片がpKU592ベクターの制限酵素サイトNheI/NsiIに挿入されることで、ポリケチド合成酵素(例えばCsTKS)と環化酵素(例えばCsOAC)のDNA断片が挿入されたpKU592ベクターが生成される。
【0054】
なお、上記ではポリケチド合成酵素及び環化酵素がリンカー配列を介して連結されたアミノ酸をコードするDNA断片を用いているが、当然各酵素をコードするDNA断片を別々に合成し一つの発現ベクターに導入してもよいし、それぞれ異なる発現ベクターに導入してもよい。
【0055】
[ゲラニル基転移酵素の発現ベクターの構築]
図1に示すとおり、カンナビノイド類化合物の合成において、カンナビノイド類化合物の一つであってカンナビジオールの中間体であるカンナビゲロール酸を効率的に生成することが極めて重要である。本開示では、このカンナビゲロール酸の生成においてゲラニル基転移酵素として、NphBの2アミノ酸置換体(配列番号4)又はNphBの類縁酵素として発見したSpru_NphBの2アミノ酸置換体(配列番号5)が特に好適に用いられる。
【0056】
ゲラニル基転移酵素の発現ベクターの構築は、一例としては、当該酵素のアミノ酸配列をコードする遺伝子を合成し、発現ベクターに挿入するためのDNA断片を生成することにより開始される。生成された断片はpKU565ベクターの制限酵素サイトXbaI/HindIIIに挿入されることで、上記DNA断片が挿入されたpKU565ベクターが生成される。
【0057】
なお、上記において特に詳細に説明はしていないが、発現ベクターに導入される酵素は上記に例示した酵素のみに限らない。当然に宿主となる放線菌においてカンナビノイド類化合物の生産を触媒する各酵素を有していない場合には、外因性の各酵素を上記と同様の方法により発現ベクターに導入することが可能である。
【0058】
また上記のとおり生成された発現ベクターはそのまま宿主である放線菌に導入することも可能であるが、脱メチル化などの処理をさらに行ってもよい。
【0059】
(C)発現ベクターを宿主である放線菌に導入する段階
上記のとおり生成された発現ベクターは、公知の導入法を用いて宿主である放線菌に導入することができる。このような導入法として、一例としては、化学的方法、生物学的方法、融合法及び物理的方法を挙げることができるが、好ましくは生物学的方法または融合法、より好ましくは接合伝達法またはポリエチレングリコール(PEG)法が挙げられる。このような導入法を用いることで、宿主である放線菌に発現ベクターを導入することが可能である。
【0060】
(D)発現ベクターが導入された放線菌を所定の培地において培養する段階
上記のとおり発現ベクターが導入された放線菌を所定の培地で培養することによってカンナビノイド類化合物を生産することが可能である。当該培養には、培地として、液体培地、半流動培地又は固形培地など、所望に応じていずれの培地を用いることが可能である。本開示においては、これらの培地の中でも好ましくは液体培地が、より好ましくはGY培地やGKdy培地が用いられる。当該培地に対して、エネルギー源としてのグルコースのほかに、窒素源、生育促進物質として添加されるエキス類、生育を補助する目的で添加される炭素源、pHを放線菌の生育に好適な範囲に調整するためのバッファ、水、核酸や無機塩等が適宜含まれてもよい。
【0061】
上記培地に発現ベクターが導入された放線菌は継代されると所定の培養温度で所定の培養期間、振盪培養される。この培養温度は好ましくは5℃~45℃、より好ましくは15℃~40℃、さらに好ましくは25℃~35℃であり、培養期間は好ましくは1時間~60日間、より好ましくは1日間~30日間、さらに好ましくは2日間~10日間であり、生産効率等を考慮して適宜調整することが可能である。また、培養条件は、上記のとおり一例としては振盪培養が挙げられるが、これに限らず静置、通気、撹拌等の培養条件から菌株に応じて適宜選択することが可能である。
【0062】
なお、上記においては放線菌を直接液体培地に添加して培養したが、あらかじめ前培養をすることも可能である。このような前培養には、上記と同様に、培地として、液体培地、半流動培地又は固形培地など、所望に応じていずれの培地を用いることか可能である。本開示においては、これらの培地の中でも好ましくは液体培地が、より好ましくはGSY培地が用いられる。当該培地に対して、エネルギー源としてのグルコースのほかに、窒素源、生育促進物質として添加されるエキス類、生育を補助する目的で添加される炭素源、pHを放線菌の生育に好適な範囲に調整するためのバッファ、水、核酸や無機塩等が適宜含まれてもよい。
【0063】
上記培地に発現ベクターが導入された放線菌が接種されると所定の培養温度で所定の培養期間、前培養として振盪培養される。この培養温度は好ましくは5℃~45℃、より好ましくは15℃~40℃、さらに好ましくは25℃~35℃であり、培養期間は好ましくは1時間~20日間、より好ましくは12時間~10日間、さらに好ましくは1日間~5日間であり、生産効率等を考慮して適宜調整することが可能である。また、培養条件は、上記のとおり一例としては振盪培養が挙げられるが、これに限らず静置、通気、撹拌等の培養条件から菌株に応じて適宜選択することが可能である。前培養によって得られた培養液を上記液体培地に継代することで本培養が行われる。
【0064】
上記のとおり発現ベクターが導入された放線菌が培養されると、その培養液を遠心分離によって培地上清画分と菌体画分に分離し、当該培地上清画分に酢酸エチルを添加又は当該菌体画分にクロロホルム-メタノールの2対1混合液を添加して分配抽出した。これにより、目的化合物であるカンナビノイド類化合物の抽出を行うことが可能である。なお、当該カンナビノイド類化合物の回収は、上記方法に限らず公知の固相抽出法や他の液液抽出法などを用いて、分離・濃縮することにより得ることが可能である。
【0065】
このように生産されるカンナビノイド類化合物は、最終的に抽出された状態で医薬品、嗜好品、飲食料品や化粧品などの様々な用途において、有効成分や添加物として用いられる。なお、当該用途において、最終的にカンナビノイド類化合物が抽出された状態で利用しているが、当然に培養液そのものやカンナビノイド類化合物が含まれたカンナビノイド類化合物の含有組成物として利用することも可能である。
【0066】
以上、本開示おける放線菌又は当該放線菌を用いた生産方法によれば、カンナビノイド類化合物をより効率的に生産することが可能である。
【実施例0067】
以下、実施例により本開示の放線菌又は当該放線菌を用いた生産方法等についてさらに詳しく説明するが、当然本開示に係る発明がそれらに限定はされない。
【0068】
<実施例1:放線菌宿主におけるオリベトール酸の生産>
上記のとおりオリベトール酸の高生産化はカンナビノイド類化合物の生産効率を上げるうえで重要な要素となる。ここでは、放線菌にオリベトール酸の生産に関与するポリケチド合成酵素及び環化酵素をコードする遺伝子を導入することで効果的にオリベトール酸の生産ができることを確認した。
【0069】
ポリケチド合成酵素としては配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するCsTKSを、環化酵素としては配列番号3に示されるCsOACをそれぞれ用いた。CsTKS及びCsOACの各酵素がリンカー配列を介して互いに連結されたCsTKS-CsOACアミノ酸配列はLuo,X. et al. Complete biosynthesis of cannabinoids and their unnatural analogues in yeast.Nature 567,123-126(2019)に記載のものを用いた。CsTKS-CsOACをコードする遺伝子を放線菌に導入するにあたりコドン最適化を行い、5‘末端にはXbaI認識配列を、3’末端にはHindIII認識配列を配した遺伝子(配列番号6)を用意した。
【0070】
[配列番号6]
tctagatATGAACCACCTGCGCGCCGAGGGCCCGGCCTCCGTCCTCGCCATCGGCACCGCCAACCCGGAGAACATCCTGCTCCAGGACGAGTTCCCGGACTACTACTTCCGCGTCACCAAGTCCGAGCACATGACCCAGCTCAAGGAGAAGTTCCGCAAGATCTGCGACAAGTCCATGATCCGCAAGCGCAACTGCTTCCTGAACGAGGAGCACCTGAAGCAGAACCCGCGCCTGGTGGAGCACGAGATGCAGACCCTGGACGCCCGCCAGGACATGCTGGTCGTCGAGGTCCCGAAGCTGGGGAAGGACGCCTGCGCCAAGGCCATCAAGGAGTGGGGCCAGCCCAAGTCCAAGATCACCCACCTGATCTTCACCAGCGCCTCCACCACCGACATGCCCGGCGCCGACTACCACTGCGCCAAGCTGCTCGGCCTGTCCCCCTCCGTGAAGCGCGTGATGATGTACCAGCTGGGCTGCTACGGCGGCGGCACCGTCCTGCGCATCGCCAAGGACATCGCCGAGAACAACAAGGGCGCCCGCGTCCTCGCCGTGTGCTGCGACATCATGGCCTGCCTGTTCCGCGGGCCGTCCGAGTCCGACCTGGAGCTGCTGGTGGGCCAGGCCATCTTCGGCGACGGGGCCGCCGCGGTGATCGTCGGCGCCGAGCCCGACGAGTCCGTCGGGGAGCGCCCGATCTTCGAGCTGGTGTCCACCGGGCAGACCATCCTGCCGAACTCGGAGGGCACCATCGGGGGCCACATCCGCGAGGCCGGCCTGATCTTCGACCTGCACAAGGACGTGCCGATGCTGATCTCCAACAACATCGAGAAGTGCCTGATCGAGGCCTTCACCCCGATCGGGATCTCCGACTGGAACTCCATCTTCTGGATCACCCACCCGGGCGGGAAGGCCATCCTGGACAAGGTGGAGGAGAAGCTGCACCTGAAGTCCGACAAGTTCGTGGACTCCCGCCACGTGCTGTCCGAGCACGGGAACATGAGCAGCTCCACCGTCCTGTTCGTCATGGACGAGCTGCGCAAGCGCTCGCTGGAGGAGGGGAAGTCCACCACCGGCGACGGCTTCGAGTGGGGCGTCCTGTTCGGGTTCGGCCCGGGCCTGACCGTCGAGCGCGTGGTCGTGCGCTCCGTCCCCATCAAGTACGCCGCCACCAGCGGCTCCACGGGCTCCACGGGCTCCACCGGCTCCGGGCGCAGCACCGGGTCCACGGGCTCCACCGGCTCCGGCCGCTCCCACATGGTCGCCGTGAAGCACCTGATCGTCCTGAAGTTCAAGGACGAGATCACCGAGGCCCAGAAGGAGGAGTTCTTCAAGACGTACGTGAACCTGGTGAACATCATCCCGGCCATGAAGGACGTCTACTGGGGCAAGGACGTGACCCAGAAGAACAAGGAGGAGGGGTACACCCACATCGTCGAGGTCACCTTCGAGTCCGTGGAGACGATCCAGGACTACATCATCCACCCGGCCCACGTCGGCTTCGGCGACGTCTACCGCTCCTTCTGGGAGAAGCTGCTCATCTTCGACTACACCCCGCGCAAGTAGaagctt
【0071】
なお、当該CsTKS-CsOACをコードする遺伝子は委託機関による委託合成によって、pUC57-Kan::CsTKS-CsOAC_GCとして得た。pUC57-Kan::CsTKS-CsOAC_GCをXbaIとHindIIIの各制限酵素で消化し、発現ベクターであるpKU565tsr_2-cistron(文献5:Kim, J. H.et al. Distribution and functional analysis of the phosphopantetheinyl transferase superfamily in Actinomycetales microorganisms,Proc. Natl Acad. Sci.USA115, 6828-6833(2018)に記載)のXbaI-HindIII部位に挿入することでpKU565tsr_2-cistron::CsTKS-CsOAC_GCを構築した。pKU565tsr_2-cistron::CsTKS-CsOAC_GCはXbaI認識配列の上流にSAV_2794遺伝子のプロモータを配したベクターである(Amagai,K. et al. Identification of a gene cluster for telomestatin biosynthesis and heterologous expression using a specific promoter in a clean host. Sci. Rep. 7,3382(2017))。次にpKU565tsr_2-cistron::CsTKS-CsOAC_GCをNheIとNsiIで消化し、pKU592AT_aphII(文献4)のNheI―NsiI部位に挿入することでpKU592AT_aphII::CsTKS-CsOAC_GCを構築した。ここで、
図2は、構築された発現ベクターであるpKU592AT_aphII::CsTKS-CsOAC_GCの構成を示す図である。このように、当該発現ベクターは、TG1インテグラーゼ遺伝子とTG1インテグラーゼのattP配列を持つゲノム組み込み型ベクターである。そして、メチル化修飾されていないベクターを得るため、pKU592AT_aphII::CsTKS-CsOAC_GCでEscherichia coli GM2929を形質転換した。形質転換体の培養液からベクターを抽出し、脱メチル化pKU592AT_aphII::CsTKS-CsOAC_GCを得た。
【0072】
次に、脱メチル化pKU592AT_aphII::CsTKS-CsOAC_GCを用い、プロトプラスト-ポリエチレングリコール(PEG)法によって放線菌宿主を形質転換した。なお、放線菌宿主には、Streptomyces avermitilis SUKA25株を用いた。当該SUKA25株は、Streptomyces avermitilis SUKA24株(Okubo,S. et al. Identification of functional cytochrome P450 and ferredoxin from Streptomyces sp. EAS-AB2608 by transcriptional analysis and their heterologous expression. Appl. Microbiol.Biotechnol.105,4177-4187 (2021))のエリスロマイシン耐性遺伝子をハイグロマイシン耐性遺伝子に置換した株である。そして、当該SUKA25株を形質転換してSUKA25/CsTKS-CsOACを構築した。形質転換体はCsTKS-CsOACチェック用フォワードプライマー(配列番号7)とCsTKS-CsOACチェック用リバースプライマー(配列番号8)を用いたPCRによってCsTKS-CsOAC遺伝子を持つことを確認した。
【0073】
[配列番号7]
ATCTCCAACAACATCGAGAAGTG
[配列番号8]
GTTCACGTACGTCTTGAAGAACTC
【0074】
次に、試験管に分注した15mLのGSY培地にSUKA25/CsTKS-CsOACを接種し、27℃で2日間、320rpmで振盪(レシプロ)培養した。なお、利用したGSY培地の成分は表1に記載のとおりである。
【表1】
【0075】
上記培養により得られた培養液を、125mL容の三角フラスコに分注した15mLのGY培地に450μL(3%(v/v))継代し、27℃で7日間、180rpmで振盪(ロータリー)培養した。なお、利用したGSY培地の成分は表2に記載のとおりである。
【表2】
【0076】
得られた培養液を遠心分離によって培地上清画分と菌体画分に分け、培地上清画分に等量の酢酸エチルを加えて分配抽出した。酢酸エチル層を乾固して得られた抽出物をメタノールに溶解し分析サンプルとした。分析サンプルをカラム(ACQUITY UPLC BEH C18 Column(1.7μm、2.1mm×100mm):Waters社製)を装着した高速液体クロマトグラフィー/質量分析装置(ACQUITY UPLC/Synapt G2:Waters社製)によって分析し、購入したオリベトール酸の標品(A1 BioChem Labs(米国ノースカロライナ州)社製)と保持時間、紫外吸光スペクトル及びマスクロマトグラムを比較することでオリベトール酸の生産を確認した。
【0077】
図3は、オリベトール酸の標品のマスクロマトグラムとCsTKS-CsOACをコードする遺伝子が導入された放線菌によって生産された分析サンプルのマスクロマトグラムの比較結果を示す図である。
図3によれば、CsTKS-CsOACをコードする遺伝子が導入された放線菌によっても同様にオリベトール酸の生産が可能であることが確認できた。つまり、オリベトール酸を中間体とするカンナビノイド類化合物の生産において、当該放線菌が有用であることが示された。
【0078】
<実施例2:中鎖脂肪酸合成酵素を利用したオリベトール酸の生産>
上記のとおりオリベトール酸の高生産化はカンナビノイド類化合物の生産効率を上げるうえで重要な要素となる。ここでは、オリベトール酸の生成において開始基質となるヘキサノイル-CoAを合成するのに利用される合成酵素としてKSE_65520(配列番号1)の酵素をコードする遺伝子が導入された放線菌によって効果的にオリベトール酸の生産ができることを確認した。
【0079】
まず、KSE_65520をコードする遺伝子は、Kitasatospora setaeのゲノムDNAを鋳型として、配列番号9のフォワードプライマーと配列番号10のリバースプライマーを用いたPCRにより増幅した。
【0080】
[配列番号9]
CGtctagaATGACCGATCGCGTTCCCGGCACCGCGCCG
[配列番号10]
GCGaagcttTCATCGTCCCGCCTCCACCCGTTCGCGCGG
【0081】
得られた増幅断片をXbaIとHindIIIで消化し、pKU565tsr_2-cistronのXbaI-HindIII部位に挿入することでpKU565tsr_2-cistron::KSE_65520を構築した。次にpKU565tsr_2-cistron::KSE_65520をNheIとNsiIで消化し、pKU594AT_aac(3)IVのNheI-NsiI部位に挿入することでpKU594AT_aac(3)IV::KSE_65520を構築した。ここで、
図4は、構築された発現ベクターであるpKU594AT_aac(3)IV::KSE_65520の構成を示す図である。このように、当該発現ベクターは、pKU592AT_aphIIのTG1インテグラーゼ遺伝子とTG1インテグラーゼのattP配列を、ΦBT1インテグラーゼ遺伝子とΦBT1インテグラーゼのattP配列にそれぞれ置換し、さらにカナマイシン耐性遺伝子(aphII遺伝子)をアプラマイシン耐性遺伝子(aac(3)IV遺伝子)に置換したゲノム組み込み型ベクターである。
【0082】
pKU594AT_aac(3)IV::KSE_65520でpUB307を保持する大腸菌へ形質転換し、次いでSUKA25/CsTKS-CsOACへ接合伝達することによりSUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520を構築した。
【0083】
構築されたSUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520は、実施例1と同様の方法により振盪培養され、その培養液から酢酸エチル等を用いて分析サンプルを分配抽出し調製した。そして、実施例1と同様の方法によりオリベトール酸の生産を確認した。
【0084】
図5は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520のオリベトール酸の生産能力を示す図である。
図5によれば、LC/MSの抽出クロマトグラムから生産量を算出した結果が示されており、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520(
図5の「KSE_CoL有り」)は908μg/Lのオリベトール酸を生産したのに対し、KSE_65520をコードする遺伝子が導入されていない内因性の合成酵素を利用したSUKA25/CsTKS-CsOAC(実施例1で得られた放線菌:(
図5の「KSE_CoL無し」)では52μg/Lにとどまった。SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520が、SUKA25/CsTKS-CsOAC(実施例1で得られた放線菌)に対して、実に17倍のオリベトール酸生産能力を有していることが確認できた。つまり、オリベトール酸を中間体とするカンナビノイド類化合物の生産において、KSE_65520をコードする遺伝子が導入された放線菌を用いることで極めて効率的にオリベトール酸を生産できることが示された。
【0085】
<実施例3:中鎖脂肪酸合成酵素を利用したカンナビゲロール酸の生産>
実施例2においては中鎖脂肪酸合成酵素であるKSE_65520をコードする遺伝子を導入した放線菌によって極めて効率的にオリベトール酸を生産できることが確認できた。ここで、オリベトール酸は、大麻草においてはゲラニル基転移酵素CsPT4がゲラニル化を触媒することによってカンナビゲロール酸へ変換される。他方、放線菌においてはゲラニル基転移酵素としてNphBが知られているもののより効率よくオリベトール酸のゲラニル化を触媒し、カンナビゲロール酸の生産の効率を上げることができる酵素が求められる。そこで、実施例3においては、文献2に記載のNphBの2アミノ酸置換体(配列番号4)を利用してカンナビゲロール酸の生産を試みた。
【0086】
NphBの2アミノ酸置換体(配列番号4)であるNphB_A232S_Y288Aをコードする遺伝子(配列番号11)は、委託機関による委託合成によってpUC57-Kan::nphB_A232S_Y288Aとして得た。
【0087】
[配列番号11]
tctagaTACAAGGAGCGGTCAGATGTCCGAAGCCGCTGATGTCGAGCGCGTGTACGCGGCCATGGAGGAAGCGGCTGGACTGCTGGGTGTGGCCTGCGCACGCGACAAGATCTATCCGCTGCTGAGCACGTTCCAGGACACGCTCGTCGAGGGCGGCAGCGTCGTCGTCTTCTCCATGGCGAGCGGGCGTCATTCCACGGAACTGGACTTCAGCATCTCGGTGCCGACCAGCCACGGCGACCCGTACGCCACCGTCGTGGAAAAGGGGCTGTTCCCGGCGACCGGCCACCCCGTGGACGACCTGCTCGCGGACACCCAGAAGCACCTTCCGGTCTCCATGTTCGCCATCGACGGCGAGGTCACCGGCGGCTTCAAGAAGACGTACGCCTTCTTCCCCACCGACAACATGCCCGGCGTCGCCGAGCTGAGCGCCATCCCCTCCATGCCGCCGGCCGTCGCCGAGAACGCGGAGCTGTTCGCCCGCTACGGTCTGGACAAGGTCCAGATGACGTCGATGGACTACAAGAAGCGGCAGGTCAACCTCTACTTCAGCGAGCTGAGCGCGCAGACCCTGGAGGCGGAATCCGTCCTCGCCCTGGTGCGCGAGCTGGGCCTGCACGTGCCGAACGAGCTGGGCCTGAAGTTCTGCAAGCGCTCCTTCTCGGTCTACCCCACCCTCAACTGGGAGACCGGCAAGATCGACCGGCTGTGTTTCAGCGTCATCTCCAACGACCCCACCCTGGTGCCGTCCTCGGACGAGGGCGACATCGAGAAGTTCCACAACTACGCGACCAAGGCGCCGTACGCGTACGTCGGCGAGAAGCGCACCCTCGTCTATGGGCTCACGCTGTCGCCCAAGGAGGAGTACTACAAGCTGGGCGCGGCCTACCACATCACCGATGTCCAGCGCGGACTGCTGAAGGCGTTCGACTCGCTGGAGGACTGAaagctt
【0088】
pKU1021gps(GenBankID:AB982124(文献6:Yuuki Yamada et al. Terpene synthases are widely distributed in bacteria,Proc Natl Acad Sci USA,112(3),857-62(2015)))をNheIとXbaIで消化し、pKU565tsr_2-cistronのNheI-XbaI部位に挿入することでpKU565tsr_2-cistron::gpsを構築した。pKU1021gpsはrpsJプロモータの下流にゲラニル二リン酸合成酵素遺伝子を配したプラスミドである(Yamada,Y. et al. Terpene synthases are widely distributed in bacteria.PNAS 112(3),857-862(2014))。次にpUC57-Kan::nphB_A232S_Y288AをXbaIとHindIIIで消化し、pKU565tsr_2-cistron::gpsのXbaI―HindIII部位に挿入することでpKU565tsr_2-cistron::gps-nphB_A232S_Y288Aを構築した。ここで、
図6は、構築された発現ベクターであるpKU565tsr_2-cistron::gps-nphB_A232S_Y288Aの構成を示す図である。そして、メチル化修飾されていないプラスミドを得るため、pKU565tsr_2-cistron::gps-nphB_A232S_Y288AでEscherichia coli GM2929を形質転換した。形質転換体の培養液からプラスミドを抽出し、脱メチル化pKU565tsr_2-cistron::gps-nphB_A232S_Y288Aを得た。
【0089】
pKU565tsr_2-cistron::gps-nphB_A232S_Y288AでpUB307を保持する大腸菌へ形質転換し、次いでSUKA25/CsTKS-CsOAC及びSUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520へ接合伝達することによりSUKA25/CsTKS-CsOAC/gps-nphB_A232S_Y288A及びSUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288Aを構築した。
【0090】
構築されたSUKA25/CsTKS-CsOAC/gps-nphB_A232S_Y288A及びSUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288Aは、実施例1と同様の方法により振盪培養され、その培養液から酢酸エチル等を用いて分析サンプルを分配抽出し調製した。そして、実施例1と同様の方法によりカンナビゲロール酸の生産を確認した。ただし、このときGY培地に代えて、表3に記載のGKdy培地を用いた。
【表3】
【0091】
図7は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288Aのカンナビゲロール酸の生産能力を示す図である。
図7によれば、LC/MSの抽出クロマトグラムから生産量を算出した結果が示されており、SUKA25/CsTKS-CsOAC/gps-nphB_A232S_Y288A(KSE_CoL無し)及びSUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288A(KSE_CoL有り)のいずれにおいてもカンナビゲロール酸が生産できることが確認でき、ゲラニル基転移酵素としてNphBの2アミノ酸置換体(配列番号4)は有用であることが確認できた。さらに、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288Aのカンナビゲロール酸の生産量は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/gps-nphB_A232S_Y288Aのカンナビゲロールの生産量に対して、実に21倍もの差を示し、中鎖脂肪酸合成酵素としてKSE_65520をコードする遺伝子が導入された放線菌を用いることで極めて効率的にカンナビゲロール酸を生産できることが示された。
【0092】
<実施例4:Spru_NphBを用いたカンナビゲロール酸の高生産化>
実施例3においては、NphBの2アミノ酸置換体(配列番号4)を用いることで放線菌においても効率的にカンナビゲロール酸を生産できることが確認できたが、より生産能力に優れたゲラニル基転移酵素を探索することは、カンナビゲロール酸の高生産化において極めて重要である。ここで、NphBはNaphterpinの生合成に関与する酵素であるところ、当該化合物の類縁化合物を生産することができる放線菌であればNphBと同様にゲラニル基転移活性を示す内因性の酵素を有する可能性が高い。そこで、類縁化合物を生産可能な放線菌を対象としてゲノム解析を行うことによってNphBホモログを探索し、NphBと同等かそれ以上の活性を示す酵素を特定した。その結果、Spru_NphBが特定された。さらに、Spru_NphBに対して230番目のアラニンがセリンに、286番目のチロシンがアラニンにそれぞれ置換されたアミノ酸配列を有する酵素(配列番号5:Spru_NphB_A230S_Y286A)が特に好ましい酵素として特定された。
【0093】
まず、配列番号5で示されるSpru_NphB_A230S_Y286Aをコードする遺伝子(配列番号12)は、委託機関による委託合成によってpUC57-Kan::Spru_NphB_A230S_Y286Aとして得た。
【0094】
[配列番号12]
ATGTCCGGAGCCGCTGATGTCGAGCGCGTGTACGCGGCCATGGAGGAGGCGGCTGGACTGCTGGGCGTGACCTGCGCACGCGAGAAGATCTACCCGCTGCTGACCGAGTTCCAGGACACCCTCACCGACGGTGTCGTCGTCTTCTCCATGGCGAGCGGACGTCGTTCCACGGAGCTGGACTTCAGCATCTCGGTGCCGACCAGCCAGGGCGACCCGTACGCCACCGTGGTGGACAAGGGGCTGTTCCCGGCGACCGGTCACCCCGTGGACGATCTGCTGGCCGACACCCAGAAGCATCTGCCGGTGTCGATGTTCGCCATCGACGGCGAGGTCACCGGTGGCTTCAAGAAGACGTACGCGTTCTTCCCGACCGACGACATGCCCGGGGTCGCGCAGCTGAGCGCCATCCCCTCGATGCCGGCGTCCGTGGCTCAGAACGCGGAGCTGTTCGCCCGCTACGGGCTGGACAAGGTCCAGATGACGTCGATGGACTACAAGAAGCGCCAGGTCAACCTGTACTTCAGCGAGCTGAGCCAGCAGACGCTGGCGCCGGAGTCGGTGCTGGCTCTGGTGCGTGAGCTGGGTCTGCACGTGCCGACCGAGCTGGGGCTGGAGTTCTGCAAGCGCTCGTTCTCGGTCTACCCGACGCTCAACTGGGACACCGGCAAGATCGACCGGCTGTGCTTCTCCGTGATCTCCACCGACCCGACGCTGGTGCCGTCCGAGGACGAGCGCGACATCGAGCAGTTCCGTGACTACGGCACGAAGGCGCCGTACGCGTATGTCGGCGAGAAGCGCACCCTCGTGTACGGGCTGACGCTGTCGCCCACGGAGGAGTACTACAAGCTCGGCGCGGCCTACCACATCACCGATATCCAGCGGCGGCTGCTGAAGGCGTTCGACGCGCTGGAGGACTGA
【0095】
そして、NphB_A232S_Y288Aに関して実施例3に示したプラスミドの構築と同様の方法で、Spru_NphB_A230S_Y286A発現プラスミドpKU565tsr_2-cistron::gps-Spru_nphB_A230S_Y286Aを構築した。さらに実施例3と同様の方法で放線菌へ導入することで、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-Spru_nphB_A230S_Y286Aを構築した。その後、実施例3に示したのと同様の方法により、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288AおよびSUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-Spru_nphB_A230S_Y286Aを培養した。
【0096】
図8は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-Spru_nphB_A230S_Y286Aのカンナビゲロール酸の生産能力を示す図である。
図8によれば、LC/MSの抽出クロマトグラムから生産量を算出した結果が示されており、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-Spru_nphB_A230S_Y286Aのカンナビゲロールの生産量は、SUKA25/CsTKS-CsOAC/KSE_65520/gps-nphB_A232S_Y288Aのカンナビゲロールの生産量に対して、2倍の差を示し、ゲラニル基転移酵素として配列番号5で示されるSpru_NphBをコードする遺伝子が導入された放線菌を用いることで極めて効率的にカンナビゲロール酸を生産できることが示された。