(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002254
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】人工培養皮膚およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20241226BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20241226BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20241226BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102304
(22)【出願日】2023-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】592042750
【氏名又は名称】株式会社アルビオン
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100150500
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 靖
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
(72)【発明者】
【氏名】杉原 守
(72)【発明者】
【氏名】佐野 桂
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029BB11
4B029CC02
4B063QA05
4B063QQ08
4B065AA93X
4B065BC46
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】良好な皮膚組織(例えば、角層の良好な形成、遺伝子の良好な発現など)を有する人工培養皮膚を提供する。
【解決手段】本発明は、脂肪由来幹細胞およびゲルを含む、基部組織層;基部組織層の上に設けられ、線維芽細胞およびゲルを含む、真皮組織層;および、真皮組織層の上に設けられ、表皮細胞を含む、表皮層、を含む、人工培養皮膚に関する。好ましくは、ゲルは、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルである。好ましくは、脂肪由来幹細胞は、ヒト脂肪由来幹細胞である。好ましくは、線維芽細胞は、正常ヒト皮膚線維芽細胞である。好ましくは、表皮細胞は、正常ヒト表皮角化細胞である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪由来幹細胞およびゲルを含む、基部組織層、
基部組織層の上に設けられ、線維芽細胞およびゲルを含む、真皮組織層、および、
真皮組織層の上に設けられ、表皮細胞を含む、表皮層、
を含む、人工培養皮膚。
【請求項2】
基部組織層のゲルが、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルであり、および、真皮組織層のゲルが、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルである、請求項1に記載の人工培養皮膚。
【請求項3】
脂肪由来幹細胞が、ヒト脂肪由来幹細胞であり、線維芽細胞が、正常ヒト皮膚線維芽細胞であり、および、表皮細胞が、正常ヒト表皮角化細胞である、請求項1または2に記載の人工培養皮膚。
【請求項4】
表皮層が、気液界面培養によって表皮細胞が分化して形成された角層を有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の人工培養皮膚。
【請求項5】
表皮層が、基底膜関連因子、基底細胞関連因子、バリア機能関連因子、および保湿関連因子から選ばれる1つ以上の遺伝子発現が活性化した表皮層である、請求項1~4のいずれか1項に記載の人工培養皮膚。
【請求項6】
COL17A1、KRT15、COL4A1、COL7A1、OCLN、HAS1、COL1A1、FGF10、およびVEGFから選ばれる1つ以上の遺伝子の発現が活性化されているか、またはMMP-1の遺伝子の発現が抑制されている、請求項1~5のいずれか1項に記載の人工培養皮膚。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の人工培養皮膚を製造する方法であって、
(a)脂肪由来幹細胞およびゲルを含む混合物を供給して基部組織層を形成する工程、
(b)基部組織層の上に、線維芽細胞およびゲルを含む混合物を供給して真皮組織層を形成する工程、
(c)真皮組織層の上に、表皮細胞を供給して表皮層を形成する工程、および、
(d)基部組織層、真皮組織層および表皮層を含む積層物を培養する工程、
を含む、人工培養皮膚の製造方法。
【請求項8】
工程(b)の後に、基部組織層および真皮組織層を含む積層物を培養する工程、をさらに含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
工程(d)が、未分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、および、分化用の培地で積層物を気液界面培養する工程、を含む、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
工程(d)が、内壁に突起を有する筒状のデバイスを用い、突起を基部組織層または真皮組織層に係合させて、培養を行うものである、請求項7~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
工程(d)が、上下に貫通する複数の穴を有する台座を用い、前記デバイスを前記台座に載せて、培養を行うものである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項1~6のいずれか1項に記載の人工培養皮膚に、薬剤を接触させること、および、
薬剤接触後の人工培養皮膚を分析して、人工培養皮膚の状態の変化、および人工培養皮膚中の薬剤の状態、から選ばれる少なくとも1つを調べること、
を含む、人工培養皮膚を用いた薬剤の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚科学に関連する研究(例えば化粧品または皮膚外用剤のスクリーニングなど)に使用することが可能な、人工培養皮膚およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、3次元的に細胞を培養して形成される人工培養皮膚が開発されている。人工培養皮膚は、化粧品および皮膚外用剤のスクリーニング試験などに有用である。特許文献1には、真皮組織層および表皮層を含んだ人工皮膚組織の製造方法が開示されている。特許文献2には、ヒト脂肪組織幹細胞を、ヒト線維芽細胞およびヒトケラチノサイトと共に培養する再生ヒト皮膚組織の製造方法が開示されている。
【0003】
しかしながら、人工培養皮膚の開発においては、ヒト皮膚にさらに近い人工培養皮膚が求められており、特に、皮膚各層の状態(例えば、角層の良好な形成、遺伝子発現など)がより実際の皮膚に近い良好な皮膚組織を有する人工培養皮膚が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6933855号公報
【特許文献2】特開2022-018946号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、良好な皮膚組織(例えば、角層の良好な形成、遺伝子の良好な発現など)を有する人工培養皮膚を提供することを目的とする。また、良好な皮膚組織を有する人工培養皮膚の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、下記に挙げる実施態様を含むが、これらに限定されるものではない。
[1] 脂肪由来幹細胞およびゲルを含む、基部組織層、
基部組織層の上に設けられ、線維芽細胞およびゲルを含む、真皮組織層、および、
真皮組織層の上に設けられ、表皮細胞を含む、表皮層、
を含む、人工培養皮膚。
[2] 基部組織層のゲルが、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルであり、および、真皮組織層のゲルが、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルである、項[1]に記載の人工培養皮膚。
[3] 脂肪由来幹細胞が、ヒト脂肪由来幹細胞であり、線維芽細胞が、正常ヒト皮膚線維芽細胞であり、および、表皮細胞が、正常ヒト表皮角化細胞である、項[1]または[2]に記載の人工培養皮膚。
[4] 表皮層が、気液界面培養によって表皮細胞が分化して形成された角層を有する、項[1]~[3]のいずれか1項に記載の人工培養皮膚。
[5] 表皮層が、基底膜関連因子、基底細胞関連因子、バリア機能関連因子、および保湿関連因子から選ばれる1つ以上の遺伝子発現が活性化した表皮層である、項[1]~[4]のいずれか1項に記載の人工培養皮膚。
[6] COL17A1、KRT15、COL4A1、COL7A1、OCLN、HAS1、COL1A1、FGF10、およびVEGFから選ばれる1つ以上の遺伝子の発現が活性化されているか、またはMMP-1の遺伝子の発現が抑制されている、項[1]~[5]のいずれか1項に記載の人工培養皮膚。
[7] 項[1]~[6]のいずれか1項に記載の人工培養皮膚を製造する方法であって、
(a)脂肪由来幹細胞およびゲルを含む混合物を供給して基部組織層を形成する工程、
(b)基部組織層の上に、線維芽細胞およびゲルを含む混合物を供給して真皮組織層を形成する工程、
(c)真皮組織層の上に、表皮細胞を供給して表皮層を形成する工程、および、
(d)基部組織層、真皮組織層および表皮層を含む積層物を培養する工程、
を含む、人工培養皮膚の製造方法。
[8] 工程(b)の後に、基部組織層および真皮組織層を含む積層物を培養する工程、をさらに含む、項[7]に記載の方法。
[9] 工程(d)が、未分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、および、分化用の培地で積層物を気液界面培養する工程、を含む、項[7]または[8]に記載の方法。
[10] 工程(d)が、内壁に突起を有する筒状のデバイスを用い、突起を基部組織層または真皮組織層に係合させて、培養を行うものである、項[7]~[9]のいずれか1項に記載の方法。
[11] 工程(d)が、上下に貫通する複数の穴を有する台座を用い、前記デバイスを前記台座に載せて、培養を行うものである、項[10]に記載の方法。
[12] 項[1]~[6]のいずれか1項に記載の人工培養皮膚に、薬剤を接触させること、および、
薬剤接触後の人工培養皮膚を分析して、人工培養皮膚の状態の変化、および人工培養皮膚中の薬剤の状態、から選ばれる少なくとも1つを調べること、
を含む、人工培養皮膚を用いた薬剤の評価方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、良好な皮膚組織(例えば、角層の良好な形成、遺伝子の良好な発現など)を有する人工培養皮膚を提供することができる。また、良好な皮膚組織を有する人工培養皮膚の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】人工培養皮膚1を模式的に示した斜視断面図である。
【
図2】人工培養皮膚1を製造するためのデバイス40を示し、
図2Aは概略的な断面図、
図2Bは平面図である
【
図3】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、基部組織層10の形成を示している。
【
図4】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、真皮組織層20の形成を示している。
【
図5】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、基部組織層10および真皮組織層20を含む積層物の培養を示している。
【
図6】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、基部組織層10および真皮組織層20を含む積層物の培養後の状態を示している。
【
図7】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、表皮層30の形成の準備を示している。
【
図8】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、積層物の培養の準備を示している。
【
図9】人工培養皮膚1の製造に用いる台座の平面図である。
【
図10】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、積層物の培養を示している。
【
図11】人工培養皮膚1の製造を示す概略的な断面図であり、特に、積層物の気液界面培養を示している。
【
図12】比較例の人工培養皮膚1Aを示す概略的な断面図である。
【
図13】実施例1および比較例1により得た人工培養皮膚の皮膚切片の画像である。
【
図14】実施例1および比較例1により得た人工培養皮膚の皮膚切片の画像である。
【
図15】実施例2により得た人工培養皮膚の皮膚切片の画像である。
【
図16】実施例2、比較例2および3により得た人工培養皮膚の皮膚切片の画像である。
【
図17】実施例2、比較例2および3により得た人工培養皮膚の皮膚切片の画像である。
【
図18】免疫染色の結果(Collagen4、Collagen17)を示す画像である。
【
図19】免疫染色の結果(Collagen7、Occludin)を示す画像である。
【
図20】免疫染色の結果(CK15、Loricrin)を示す画像である。
【
図21】免疫染色の結果(FLG、HAS1)を示す画像である。
【
図22】PCR測定の結果を示すグラフ(COL4A1)である。
【
図23】PCR測定の結果を示すグラフ(COL7A1)である。
【
図24】PCR測定の結果を示すグラフ(COL17A1)である。
【
図25】PCR測定の結果を示すグラフ(CK15)である。
【
図26】PCR測定の結果(OCLN)を示すグラフである。
【
図27】PCR測定の結果(HAS1)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の人工培養皮膚およびその製造方法の実施の形態を、
図1~
図11を参照して説明する。
なお、以下の実施形態は、本発明の一態様を示すものであり、本発明を限定するものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で任意に変更可能である。また、以下の図面においては、各構成をわかりやすくするために、実際の構造と各構造における縮尺や数等を異ならせている。
【0010】
人工培養皮膚
まず、本発明に係る人工培養皮膚(以下、「本発明人工培養皮膚」とも称する)について、
図1を参照して説明する。
図1は、人工培養皮膚の一実施形態である人工培養皮膚1を模式的に示した斜視断面図である。
【0011】
人工培養皮膚1は、基部組織層10、真皮組織層20、および表皮層30を含む。基部組織層10、真皮組織層20、および表皮層30は、この順に積層されている。真皮組織層20は基部組織層10に接して配置され、表皮層30は真皮組織層20に接して配置されている。人工培養皮膚1は、基部組織層10、真皮組織層20および表皮層30の3つの層が、積層された方向(
図1における上下方向、以下、積層方向と称する)と直交する平面に沿った所定方向に延びて形成されている。ここで、便宜上、前記平面に沿った所定方向について、
図1における左右方向を、以下、第1方向と称し、第1方向および上下方向の両方に直交する方向(
図1における斜め方向)を、以下、第2方向と称する。
【0012】
基部組織層10は、脂肪由来幹細胞11(第1細胞とも称する)およびゲル12(第1のゲルとも称する)を含む。基部組織層10は、ゲル12中で脂肪由来幹細胞11を培養することにより形成されたものである。基部組織層10は、人工培養皮膚1の下部に配置される。ゲル12は、脂肪由来幹細胞の周囲の組織として機能する。ゲル12としては、特に限定されないが、例えば、コラーゲン(I型、II型、III型、V型、XI型など)、マウスEHS腫瘍抽出物(IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどを含む)より再構成された基底膜成分(商品名:マトリゲル)、ゼラチン、寒天、アガロース、フィブリン、グリコサミノグリカン、ヒアルロン酸、プロテオグリカンなどを例示することができる。良好な皮膚組織(特に表皮層および真皮組織層)を得る観点から、基部組織層のゲルは、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルであることが好ましく、フィブリンゲルであることがさらに好ましい。
【0013】
本発明の人工培養皮膚においては、脂肪由来幹細胞(ADSC:Adipose-Derived Stem Cell)を含む層が、線維芽細胞を含む層の下に配置される。脂肪由来幹細胞は、皮下脂肪組織などに存在しており、脂肪以外にも分化することが可能な間葉系幹細胞である。脂肪に分化する場合、間葉系幹細胞(脂肪由来幹細胞)から、前駆脂肪細胞を経て、成熟脂肪細胞へと分化する。多分化能を有し、比較的簡便に多量の細胞を採取できる利点を有する。再生医療分野でも開発が進められている。本発明においては、脂肪由来幹細胞の層を設けることにより、皮膚組織の状態の向上が見出された。具体的には、後述の実施例で示すように、脂肪由来幹細胞の層を設けることにより、表皮層の状態の著しい向上(例えば、角層の良好な形成、遺伝子発現など)が見出された。また、後述の実施例で示すように、脂肪由来幹細胞の層を設けることにより、真皮組織層およびそれを含む皮膚組織全体の状態の向上(遺伝子発現など)も見出された。理論に縛られるものではないが、表皮層および真皮組織層の状態の向上は、脂肪由来幹細胞から分泌される物質(エクソソームなどの細胞外小胞や各種サイトカイン等)の影響により、基部組織層による上層としての表皮層および真皮組織層の安定化などに関係しているものと推測される。
【0014】
脂肪由来幹細胞としては、ヒト、マウス、ラット等、哺乳動物由来の細胞が挙げられ、ヒト脂肪由来幹細胞が好ましい。ヒト脂肪由来幹細胞としては、ヒト皮下脂肪由来幹細胞が好ましい。脂肪由来幹細胞は、継代数などを重ねておらず(例えば、継代数が3以下、2以下または1以下)、かつ分化誘導していない高い幹細胞性を有する脂肪由来幹細胞が好ましい。
【0015】
基部組織層は、皮下組織を模したものとなり得る。すなわち、ヒトなどの動物の実際の皮下組織においては、脂肪由来幹細胞の周囲に脂肪細胞や疎性結合組織、パチニ小体などが存在する。そして、皮下組織は、表皮と真皮を支える。基部組織層は、皮下組織と同様に、表皮層および真皮組織層を支えるものとなる。本発明の人工培養皮膚においては、基部組織層が皮下組織的な機能を果たし、人工培養皮膚をより実際の皮膚に近づけるものである。
【0016】
ここで、基部組織層10は、ゲル12中で脂肪由来幹細胞11を培養することにより形成されるものであるが、基部組織層10に含まれる細胞は、脂肪由来幹細胞11が分化した細胞であってもよい。人工培養皮膚1は、培養の工程を経て得られるものであり、脂肪由来幹細胞11は、上記のように分化能を有し得るからである。したがって、基部組織層10は、脂肪由来幹細胞11のみを含む層であってもよいし、脂肪由来幹細胞11と、脂肪由来幹細胞11から分化した細胞を含む層であってもよいし、あるいは、脂肪由来幹細胞11から分化した細胞のみを含む層であってもよい。
【0017】
真皮組織層20は、線維芽細胞21(第2細胞とも称する)およびゲル22(第2のゲルとも称する)を含む。真皮組織層20は、基部組織層10の上に設けられている。真皮組織層20は、ゲル22中で線維芽細胞21を培養することにより形成されたものである。真皮組織層20は、人工培養皮膚1の中間(基部組織層10と表皮層30の間)に配置される。ゲル22は、細胞外マトリックスとして機能する。ゲル22としては、特に限定されないが、例えば、コラーゲン(I型、II型、III型、V型、XI型など)、マウスEHS腫瘍抽出物(IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどを含む)より再構成された基底膜成分(商品名:マトリゲル)、ゼラチン、寒天、アガロース、フィブリン、グリコサミノグリカン、ヒアルロン酸、プロテオグリカンなどを例示することができる。良好な皮膚組織(特に表皮層および真皮組織層)を得る観点から、真皮組織層のゲルは、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルであることが好ましく、フィブリンゲルであることがさらに好ましい。
【0018】
線維芽細胞としては、ヒト、マウス、ラット等、哺乳動物由来の細胞が挙げられ、ヒト由来線維芽細胞が好ましい。ヒト由来線維芽細胞としては、正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF:Normal Human Dermal Fibroblasts)、ヒト肺線維芽細胞(HPF:Human Pulmonary Fibroblasts)、ヒト心臓線維芽細胞(HCF:Human Cardiac Fibroblasts)、ヒト大動脈外膜線維芽細胞(HAoAF:Human Aortic Adventitial Fibroblasts)、ヒト子宮線維芽細胞(HUF:Human Uterine Fibroblasts)、ヒト絨毛間葉系線維芽細胞(HVMF:Human Villous Mesenchymal Fibroblasts)などが挙げられ、正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)が好ましい。
【0019】
真皮組織層は、実際の真皮を模したものとなり得る。すなわち、ヒトなどの動物の実際の真皮においては、線維芽細胞などの細胞が存在し、その細胞の周囲にコラーゲンなどの細胞外マトリックスが存在する。真皮組織層は、実際の真皮と同様に、細胞および細胞外マトリックスを含むものとなる。本発明の人工培養皮膚においては、真皮組織層が真皮的な機能を果たし、人工培養皮膚をより実際の皮膚に近づけるものである。
【0020】
ここで、各層のゲルについて、基部組織層10のゲル12(第1のゲル)が、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルであり、および、真皮組織層20のゲル22(第2のゲル)が、コラーゲンゲルまたはフィブリンゲルであることが好ましい。また、第1のゲルと第2のゲルとが同じゲルであることが好ましい。例えば、第1のゲルおよび第2のゲルがどちらもコラーゲンゲルであり、あるいは、第1のゲルおよび第2のゲルがどちらもフィブリンゲルであってもよい。第1のゲルおよび第2のゲルがどちらもフィブリンゲルであることがより好ましい。
【0021】
各層のゲルは、液状のゲル成分を固化させることによって得られ得る。コラーゲンゲルは、例えば、中性条件下にてコラーゲンの溶液を37℃に加熱(インキュベーション)することによって得ることができる。フィブリンゲルは、例えば、フィブリノーゲンに、凝固剤として機能するトロンビンを添加することによって得ることができる。細胞を含有するゲルは、液状のゲル成分に細胞懸濁液を混合し、この混合物を固化させることで、細胞を含有する各層(基部組織層10および真皮組織層20)のゲルを形成することができる。
【0022】
表皮層30は、表皮細胞31(第3細胞とも称する)を含む。表皮層30は、真皮組織層20の上に設けられている。表皮層30は、真皮組織層20上に表皮細胞31を播種して培養することにより形成されたものである。表皮細胞31としては、例えば、表皮角化細胞を使用することができる。
【0023】
表皮細胞としては、ヒト、マウス、ラット等、哺乳動物由来の細胞が挙げられ、ヒト由来表皮細胞が好ましい。ヒト由来表皮細胞としては、表皮角化細胞、表皮メラノサイトが挙げられ、表皮角化細胞が好ましい。表皮角化細胞としては、正常ヒト表皮角化細胞(NHEK:Normal Human Epidermal Keratinocytes)が挙げられる。表皮メラノサイトとしては、正常ヒト表皮メラノサイト(NHEM:Normal Human Epidermal Melanocytes)が挙げられる。好適なヒト皮膚モデルを得る観点から、表皮細胞は、正常ヒト表皮角化細胞(NHEK)であることが好ましい。本発明の人工培養皮膚においては、脂肪由来幹細胞が、ヒト脂肪由来幹細胞であり、線維芽細胞が、正常ヒト皮膚線維芽細胞であり、および、表皮細胞が、正常ヒト表皮角化細胞であることが好ましい。
【0024】
ここで、表皮細胞31は、培養により分化し得るが、人工培養皮膚1の表皮層30は、分化した表皮細胞31も含めた表皮細胞31全体で構成され得る。表皮細胞31は、分化して、例えば、基底層、有棘層、顆粒層および角層を含む表皮の各層を形成し得る。このように、人工培養皮膚の表皮層は、実際の表皮を模したものとなり得る。すなわち、ヒトなどの動物の実際の表皮においては、表皮細胞が存在し、その表皮細胞が分化して、表皮の各層を形成し得る。本発明の人工培養皮膚においては、表皮層が実際の表皮と同様の機能を果たし、人工培養皮膚をより実際の皮膚に近づけるものである。そして、本発明の人工培養皮膚においては、皮下組織に対応する基部組織層、真皮に対応する真皮組織層、および表皮に対応する表皮層を有するため、実際の皮膚(特にヒト皮膚)に近い人工培養皮膚を得ることができる。
【0025】
人工培養皮膚1の表皮層30は、後述するように、気液界面培養によって表皮細胞が分化して形成された角層を有し得る。そのため、人工培養皮膚1は、実際の皮膚の状態に近い皮膚モデルを提供することができる。
【0026】
また、表皮層30は、後述の実施例で示すように、基底膜関連因子、基底細胞関連因子、バリア機能関連因子、および保湿関連因子から選ばれる1つ以上の遺伝子発現が活性化した表皮層であり得る。そのため、人工培養皮膚1は、良好な表皮層を有する皮膚モデルを提供することができる。また、人工培養皮膚1は、COL17A1、KRT15、COL4A1、COL7A1、OCLN、HAS1、COL1A1、FGF10、およびVEGFから選ばれる1つ以上の遺伝子の発現が活性化されているか、またはMMP-1の遺伝子の発現が抑制されている人工培養皮膚であり得る。そのため、人工培養皮膚1は、良好な表皮層および真皮組織層を有する皮膚モデルを提供することができる。
【0027】
ここで、COL17A1は、Collagen 17に関する遺伝子である。KRT15は、Keratin 15に関する遺伝子である。COL4A1は、Collagen 4に関する遺伝子である。COL7A1は、Collagen 7に関する遺伝子である。OCLNは、Occludinに関する遺伝子である。HAS1は、Hyaluronan Synthase 1に関する遺伝子である。COL1A1は、Collagen 1に関する遺伝子である。FGF10は、Fibroblast Growth Factor 10に関する遺伝子である。VEGFは、Vascular Endothelial Growth Factorに関する遺伝子である。MMP-1は、Matrix Metalloproteinase-1に関する遺伝子である。これらは公知の遺伝子であり、皮膚に関係する遺伝子であることが知られている。皮膚の遺伝子発現については、適宜公知の文献等を参照することができ、例えば、Journal of Histochemistry & Cytochemistry 2015, Vol. 63(2) 129-141などの文献を参照でき、また、ヒトタンパク質発現情報データベース The Human Protein Atlas(https://www.proteinatlas.org/)などの情報を参照することができる。
【0028】
人工培養皮膚の製造方法
以下、人工培養皮膚の製造方法の一例として、人工培養皮膚1の製造方法について、
図2~
図11を参照して説明する。なお、以下の説明は、上記の人工培養皮膚の好ましい態様を説明するものでもある。
【0029】
本発明に係る人工培養皮膚の製造方法は、
(a)脂肪由来幹細胞およびゲルを含む混合物を供給して基部組織層を形成する工程、
(b)基部組織層の上に、線維芽細胞およびゲルを含む混合物を供給して真皮組織層を形成する工程、
(c)真皮組織層の上に、表皮細胞を供給して表皮層を形成する工程、および、
(d)基部組織層、真皮組織層および表皮層を含む積層物を培養する工程、
を含む。
【0030】
人工培養皮膚の製造方法においては、好ましくは、工程(b)の後に、基部組織層および真皮組織層を含む積層物を培養する工程、をさらに含み得る。また、好ましくは、工程(d)が、未分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、および、分化用の培地で積層物を気液界面培養する工程、を含み得る。
【0031】
人工培養皮膚1の製造にあたっては、人工培養皮膚製造用のデバイスを用いる。
図2は、人工培養皮膚を製造するためのデバイス40の概略的な図を示し、
図2Aは、断面図であり、
図2Bは平面図である。デバイス40は、培養皿50に設置されて使用される。デバイス40と培養皿50によって、培養槽が形成される。デバイス40は、例えば、プラスチック製であり、例えば、樹脂を用いた3Dプリンターの造形により製造することができる。デバイス40は、好ましくは、生体適合性を高めるためのコーティング処理(例えば、パリレンコーティング)を施すことができる。細胞培養皿50は、市販のものを使用することができる。培養槽は、デバイス40が、培養皿50に接着剤(例えば、PDMS;ポリジメチルシロキサン)などによって接着されることにより、形成し得る。なお、
図2Aでは、培養皿50は、底部のみを図示しており、側壁は図示を省略している。
【0032】
デバイス40は、側壁41に囲まれ上下方向に貫通する培養空間43を有する筒状に形成されている。培養空間43の形状は、四角形筒状であってもよいし、あるいは、円形筒状、楕円形筒状、または六角形筒状などの多角形筒状であってもよい。本形態では、4つの側壁41が四角形状に配置されて、培養空間43は、四角形筒状に形成されている。デバイス40は、筒状の構造が連結した構造であってもよい。1つの筒状の構造が、デバイス40における細胞培養の一区画となり得る。一区画は、例えば、0.1~5cm×0.1~5cmの大きさとすることができる。
【0033】
デバイス40は、内壁に突起を有する筒状のデバイスである。具体的には、デバイス40の対向する側壁41および41には、それぞれ、突起42が設けられている。突起42は、それぞれの側壁41に複数設けられている。突起42は、デバイス40の内側に向かって突出している。突起42は、突起基部42aおよび突起基部42aよりも横断面の径が大きく形成された突起先端部42bから構成されている。突起先端部42bの径が突起基部42aよりも大きくなることで、後述するように、培養中にゲルの収縮が発生した際に、ゲルが突起先端部42bに引っ掛かるため、ゲルの収縮が抑制される。突起42は、4つの側壁41のそれぞれに設けられている。なお、引っ掛かり(アンカー)構造として、先端が大きくなる突起42を示したが、引っ掛かり(アンカー)の構造はこの構造に限定されるものではない。
【0034】
基部組織層10および真皮組織層20の形成
上記のデバイス40を用いて、基部組織層10および真皮組織層20を形成する。基部組織層10および真皮組織層20の形成は、脂肪由来幹細胞11およびゲル12を含む混合物を供給して基部組織層10を形成する工程(a)、および線維芽細胞21およびゲル22を含む混合物を供給して真皮組織層20を形成する工程(b)により行うことができる。
【0035】
基部組織層10の形成は、
図3に示すように、脂肪由来幹細胞と第1のゲル(固化前のゲル材料)との混合物を培養槽の培養空間43に注ぎ込むことで行うことができる。第1のゲルの成分としては、コラーゲンまたはフィブリノーゲンが好ましく用いられる。ここで、注ぎ込んだゲルの上端の位置を、突起42の位置とずらすことが好ましい。具体的には、
図3に示すように、この上端の位置を突起42よりも上にする、あるいは、下にする。これにより、突起42が、2層の接合部分である基部組織層10および真皮組織層20の境界の位置からずれて配置される。そのため、後述するように、突起42を強固にゲルに引っ掛けることができ、ゲル収縮を確実に抑制することができる。
【0036】
脂肪由来幹細胞と第1のゲルを含む混合物を注ぎ込んだ後、ゲルを固化させる。コラーゲンの場合、例えば、中性条件下37℃で5~10分程度インキュベーションすることによりゲルを固化させることができる。また、フィブリノーゲンの場合、冷却下でフィブリノーゲンとトロンビンを含む混合物を調製し、この混合物を室温下でデバイス40に注ぎ込むことにより直ちに固化させることができる。ゲルの固化により、基部組織層10が形成される。基部組織層10の形成の後、真皮組織層20を形成する。
【0037】
真皮組織層20の形成は、
図4に示すように、線維芽細胞と第2のゲルとの混合物を培養槽の培養空間43(
図3参照)に注ぎ込むことで行うことができる。第2のゲルの成分としては、コラーゲンまたはフィブリノーゲンが好ましく用いられる。
【0038】
線維芽細胞と第2のゲルを含む混合物を注ぎ込んだ後、ゲルを固化させる。コラーゲンの場合、例えば、中性条件下37℃で5~10分程度インキュベーションすることによりゲルを固化させることができる。また、フィブリノーゲンの場合、冷却下でフィブリノーゲンとトロンビンを含む混合物を調製し、この混合物を室温下でデバイス40に注ぎ込むことにより直ちに固化させることができる。ゲルの固化により、真皮組織層20が形成される。
【0039】
次に、基部組織層10と真皮組織層20との積層物を培養する。培養は、積層物を培地に浸漬して行うことができる。例えば、
図5に示すように、積層物が完全に培地に浸かるように培地60を培養皿50に入れて、培養を行うことができる。培地としては、脂肪由来幹細胞用の培地と線維芽細胞用の培地との混合物(例えば、混合比1:2~2:1、具体的には1:1)を用いることができる。培養条件は、例えば、37℃の温度下で、1日~14日間、好ましくは3日~10日間、より好ましくは6~8日間である。
【0040】
培養によって基部組織層10と真皮組織層20のゲルは収縮する。ここで、ゲルは、突起42に引っ掛かって係合するため、積層方向の収縮は拘束されないが、積層方向と直交する水平な方向(第1方向および第2方向)の収縮は拘束される。また、ゲルは、積層方向への収縮により、突起42の外周に圧着されることになる。このため、ゲルと突起42との引っ掛かりが大きくなり、第1方向および第2方向への収縮に対する抵抗力が大きくなる。このように、突起42を基部組織層10または真皮組織層20に係合させて、培養を行うことができる。それにより、ゲルの収縮が抑制されて、良好な形状の人工培養皮膚1を得ることができる。
【0041】
基部組織層10および真皮組織層20を含む積層物の培養が完了することにより、積層物は、
図6に示すように、ゲルが収縮した形状となる。ここで、上記で述べたように、積層物は、第1方向および第2方向の収縮が、積層方向の収縮よりも抑制されている。
【0042】
表皮層30の形成
表皮層30の形成は、表皮細胞を供給して表皮層を形成する工程(c)により行うことができる。具体的には、表皮層30の形成は、
図7に示すように、培地を除去して、基部組織層10と真皮組織層20の積層物を露出させ、この上(すなわち、真皮組織層20の上)に表皮細胞31を播種することにより行うことができる。その際、表皮細胞31が流れたり落ちたりすることを防止するために筒状体44(例えば、プラスチック製のリング)などを置き、その筒状体44の中に表皮細胞31を含む細胞懸濁液を注ぎ込むことができる。表皮細胞31の播種後、数時間(例えば、1~24時間)放置すると、表皮細胞31は、真皮組織層20に接着する。接着後、筒状体44を除去する。これにより、基部組織層10と真皮組織層20と表皮層30を含む積層物が形成される。なお、筒状体44を除去すると、表皮層30は少し広がることがある。
【0043】
次に、
図8に示すように、積層物(表皮層30/真皮組織層20/基部組織層10)の培養(気液界面培養を含む)の準備のため、デバイス40と培養皿50との間に台座51を挿入する。具体的には、積層物を含むデバイス40を培養皿50から一旦取り外し、培養皿50の上に粗メッシュ状の台座51を置き、その台座51の上に、積層物を含むデバイス40を置く。そして、培養皿50に、積層物が浸漬するように培地を入れる。
【0044】
図9は、台座51の平面図(上下方向に沿って見た図)である。台座51は、デバイス40と同様に、例えば、プラスチック製であり、例えば、樹脂を用いた3Dプリンターの造形により製造することができる。台座51は、粗メッシュ状となっており、上下に貫通する穴52を複数有している。穴52は、デバイス40の培養槽(筒状の構造)よりも小さい。そして、台座51の下は、培地60が通ることができる。このため、培地は、台座51の下を通って積層物の下面(すなわち基部組織層10の底部)に接触することができる。このように、上下に貫通する複数の穴52を有する台座51を用い、デバイス40を台座51に載せて、培養を行うことが好ましい。それにより、培地が穴52を通り抜けることができるので、培地基部組織層10の底面に培地を接触させることができ、脂肪由来幹細胞に培地成分を供給することが容易になる。また、台座51を設けることにより、真皮組織層20の上面の位置が上がるため、気液界面培養をより安定して行うことが可能になる。
【0045】
次いで、
図10で示すように、積層物(表皮層30/真皮組織層20/基部組織層10)を培養する。培養は、好ましくは、未分化用の培地に積層物を浸漬して培養し、次いで、分化用の培地に積層物を浸漬して培養し、その後、分化用の培地で積層物を気液界面培養することができる。培地としては、脂肪由来幹細胞用の培地と、線維芽細胞用の培地と、表皮細胞用の培地との混合物(例えば、混合比1~2:1~2:1~2、具体的には混合比1:1:1)を用いることができる。培地は、例えば、塩化カルシウム(CaCl
2)を含まない培地を未分化用の培地とし、この未分化用の培地に塩化カルシウム(CaCl
2)を添加した培地を分化用の培地とすることができる。塩化カルシウムは、細胞、特に表皮細胞の分化を促進し得る成分である。培養においては、まず、未分化用の培地(分化を促進する成分を含有しない培地)で培養する。これにより、各細胞を安定化することができる。そして、培地交換して、分化用の培地(分化を促進する成分を含有する培地)で培養する。これにより、分化能を有する細胞(特に表皮細胞)の分化を開始させることができる。未分化用の培地による培養は、例えば、1~14日間(具体例として7日間)行うことでき、分化用の培地による培養は、例えば、1~7日間(具体例として3日間)行うことできる。
【0046】
そして、
図11に示すように、積層物を気液界面培養する。気液界面培養においては、まず、培地を一旦除去した後、再度、培地を培養皿50に入れる。その際、培地の上端の位置を真皮組織層20の上面と同じかそれよりも少し下に配置するようにする。
図11では、培地60が真皮組織層20の上面よりも少し下に配置されている。これにより、表皮層30を気体に曝すとともに、基部組織層10および真皮組織層20を液体に浸漬しながら、培養(気体と液体との界面での培養)を行うことができる。気液界面培養は、例えば、3日~4週間行うことができる。気液界面培養により、表皮細胞の分化を促進させることができるとともに、表皮細胞の角化を進行させることができる。このように、工程(d)は、本例においては、未分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、分化用の培地に積層物を浸漬して培養する工程、および、分化用の培地で積層物を気液界面培養する工程を含むものである。
【0047】
気液界面培養により、表皮細胞31が分化誘導される。これにより、表皮細胞31は、角質を含んだ表皮層30を形成することができる。実際のヒト表皮は、下から順に、基底層、有棘層、顆粒層、および角層を有しており、これを模した層構成を形成し得る。
【0048】
以上の操作により、
図1に示すような、人工培養皮膚1を製造することができる。上記のようにして製造された人工培養皮膚1は、後述の実施例で示すように、皮膚の状態、特に表皮層の状態が良好で(例えば、角層の良好な形成、遺伝子発現など)、また、皮膚組織全体の状態も良好で(例えば、遺伝子発現など)、より実際の皮膚に近いものである。
【0049】
薬剤の評価方法
本発明は、さらなる態様として、上記の人工培養皮膚を用いた薬剤の評価方法に関する。薬剤の評価方法は、上記の人工培養皮膚に、薬剤を接触させること、および、薬剤接触後の人工培養皮膚を分析して、人工培養皮膚の状態の変化、および人工培養皮膚中の薬剤の状態、から選ばれる少なくとも1つを調べること、を含む。この方法により、皮膚に対する薬剤の有効性または毒性あるいは刺激性などを評価することができる。ここで、薬剤とは、評価対象となる物質のことを意味する。薬剤には、医薬品等の薬物、化粧品や医薬部外品などが含まれる。薬剤は、単一の成分であってもよし、2つ以上の成分を含む組成物や製剤であってもよい。薬剤の成分としては、有機化合物、無機化合物などが含まれ得る。人工培養皮膚の状態の変化としては、皮膚組織(角層、表皮層、真皮組織層など)の外観の変化、遺伝子発現の変化、薬剤の接触による刺激に対する応答などが挙げられる。人工培養皮膚中の薬剤の状態としては、皮膚組織への薬剤の浸透性や保持性などが挙げられる。
【0050】
上記評価方法によれば、例えば、従来の方法と比較して実際の皮膚に近い皮膚モデルで薬剤の評価を行うことができる。また、上記評価方法は、例えば、新薬の創出(スクリーニング)等における各種分子量の薬物の動態評価、化粧品や医薬部外品等の開発における評価において極めて有用である。
【実施例0051】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0052】
デバイスおよび培養槽の調製
図2に記載するようなデバイス(1ディッシュあたり6区画、プラスチック製、高さ6mm)を、3Dプリンター(キーエンス、Agilista-3100)で造形した。次いで、造形物をパリレンコーター(日本パリレン、PDS2010)でパリレンコーティングし、培養皿(直径6cm)に入れて、PDMSポリマー(ダウ・東レ株式会社、SILPOT 184 Silicone Elastmer)で固定した。培養皿の底に、Lipidure(日油、Lipidure-CM5206)0.5%を含む100%エタノール溶液を数滴滴下し、加熱処理でコーティングした。
【0053】
ADSC(脂肪由来幹細胞)は、PromoCellから入手した。NHDF(正常ヒト皮膚線維芽細胞)は、CellResearchCorpから入手した。NHEK(正常ヒト表皮角化細胞)は、PromoCellから入手した。
【0054】
実施例1.コラーゲンゲルを用いた人工培養皮膚の製造
ADSC細胞懸濁液
ADSC培養用の培地(以下「ADSC用培地」と称する)として、ペニシリンとストレプトマイシンが添加されたMSCGM2(C-28009、PromoCell)を用いた。ADSC(脂肪由来幹細胞)をADSC用培地に懸濁させ、ADSCの細胞懸濁液(0.7~2×105個/mL)を調製した。
【0055】
NHDF細胞懸濁液
NHDF培養用の培地(以下「NHDF用培地」と称する)として、10%FBSを含み、アスコルビン酸およびペニシリンとストレプトマイシンが添加された、DMEM(08459-64、ナカライテスク)を用いた。NHDF(正常ヒト皮膚線維芽細胞)をNHDF用培地に懸濁させ、NHDFの細胞懸濁液(0.7~2×105個/mL)を調製した。
【0056】
NHEK細胞懸濁液
NHEK培養用の培地(以下「NHEK用培地」と称する)として、KGM2(C-20111、PromoCell)を用いた。NHEK(正常ヒト表皮角化細胞)をNHEK用培地に懸濁させ、NHEKの細胞懸濁液(0.7~4×105個/mL)を調製した。
【0057】
コラーゲンゲル材料
コラーゲンゲルの材料として、コラーゲン酸性溶液(IAC-50、アテロコラーゲン、高研)を使用した。
【0058】
ADSC/コラーゲン混合液
氷冷中で、コラーゲン酸性溶液と、10×PBS(D1408、Sigma)溶液と、ADSCの細胞懸濁液とを、9:1:5の割合で混合し、ADSC/コラーゲン混合液を調製した。
【0059】
NHDF/コラーゲン混合液
氷冷中で、コラーゲン酸性溶液と、10×PBS(D1408、Sigma)溶液と、NHDFの細胞懸濁液とを、9:1:5の割合で混合し、NHDF/コラーゲン混合液を調製した。
【0060】
細胞播種およびインキュベーション
デバイスに、ADSC/コラーゲン混合液を加え、37℃でインキュベーターに5~10分間静置して、コラーゲンを固化させ、ADSCゲル層(基部組織層)を得た(
図3参照)。ADSCゲル層の上に、NHDF/コラーゲン混合液を加え、37℃でインキュベーターに5~10分間静置して、コラーゲンを固化させ、NHDFゲル層(真皮組織層)を得た(
図4参照)。ADSCゲル層およびNHDFゲル層の積層物が浸漬するように、ADSC用培地とNHDF用培地を1:1で混合した培地を加えた(
図5参照)。得られた細胞含有ゲルを含むデバイスを5日間、インキュベートした。インキュベートによりゲルは収縮したが、デバイスの突起により、ゲル収縮は、突起がない場合に比べて抑えられた(
図6参照)。
ゲル外の培地を、NHDFゲル層の表面が露出するまで除去した。NHDFゲル層の上に、リングを置き、リング内にNHEKの細胞懸濁液を加えた(
図7参照)。3時間静置すると、NHEKがNHDFゲル層に接着した。リングを取り除いた。ゲル外の培地を除去し、ADSC用培地とNHDF用培地とNHEK用培地とを1:1:1で混合した培地を加えて、得られた細胞含有ゲル積層物を培地に浸漬させ、1日間、インキュベートした。
積層物を含むデバイスを培養皿から取り外し、培養皿の上に粗メッシュ状の台座を置き、その台座の上に、積層物を含むデバイスを置いた(
図8参照)。ADSC用培地とNHDF用培地とNHEK用培地とを1:1:1で混合した培地を加え、積層物を培地に浸漬させ、7日間、インキュベートした(
図10参照)。
ADSC用培地とNHDF用培地とNHEK用培地とを1:1:1で混合した培地に、塩化カルシウム(CaCl
2)を添加して、1.8mMのCaCl
2を含む培地(細胞分化用培地)を調製した。なお、塩化カルシウムを添加する前の培地は、細胞を未分化のまま維持させる培地(細胞未分化用培地)であり、塩化カルシウムを添加した培地は、細胞分化用培地である。
培地を、細胞分化用培地に培地交換し、積層物を培地に浸漬させ、3日間、インキュベートした。次いで、培地を除去した後、細胞分化用培地を、NHDFゲル層の上面よりもわずかに下の位置に培地の表面が位置するように加えた。これにより、コラーゲンゲル部分が培地に浸漬し、NHEKが培地の外に配置され、気液界面培養が可能になった(
図11参照)。積層物を、1~3週間、インキュベートした。インキュベートにより、NHEKは分化し、表皮層に対応する構造が形成された。これにより、人工培養皮膚1が得られた。
得られた人工培養皮膚1をデバイスから取り出し、後述の試験を行った。
【0061】
比較例1.コラーゲンゲルを用いた人工培養皮膚(ADSC非含有)の製造
比較例の人工培養皮膚として、ADSCゲル層を有さない人工培養皮膚を製造した。
図12に、比較例で製造した人工培養皮膚1Aの概略的な断面図を示す。
図12では、人工培養皮膚1Aは、真皮組織層20(厚みは実施例1の基部組織層10と真皮組織層20を合わせたものに相当)と、表皮層30とにより構成されている。
【0062】
細胞懸濁液およびコラーゲン材料
細胞懸濁液およびコラーゲン材料は実施例1と同様のものを用いた。
【0063】
細胞播種およびインキュベーション
デバイスに、NHDF/コラーゲン混合液を加え、37℃でインキュベーターに5~10分間静置して、コラーゲンを固化させた。NHDFゲル層が浸漬するように、NHDF用培地を加えた。得られた細胞含有ゲルを含むデバイスを5日間、インキュベートした。
ゲル外の培地を、NHDFゲル層の表面が露出するまで除去した。NHDFゲル層の上に、リングを置き、リング内にNHEKの細胞懸濁液を加えた。3時間静置すると、NHEKがNHDFゲル層に接着した。リングを取り除いた。ゲル外の培地を除去し、NHDF用培地とNHEK用培地とを1:1で混合した培地を加えて、得られた積層物を培地に浸漬させ、1日間、インキュベートした。
積層物を含むデバイスを培養皿から取り外し、培養皿の上に粗メッシュ状の台座を置き、その台座の上に、積層物を含むデバイスを置いた。NHDF用培地とNHEK用培地とを1:1で混合した培地を加え、積層物を培地に浸漬させ、7日間、インキュベートした。
NHDF用培地とNHEK用培地とを1:1で混合した培地に、塩化カルシウムを添加して、1.8mMのCaCl
2を含む培地(細胞分化用培地)を調製した。
培地を、細胞分化用培地に培地交換し、積層物を培地に浸漬させ、3日間、インキュベートした。次いで、培地を除去した後、細胞分化用培地を、NHDFゲル層の上面よりもわずかに下の位置に培地の表面が位置するように加えた。これにより、コラーゲンゲル部分が培地に浸漬し、NHEKが培地の外に配置され、気液界面培養が可能になった。積層物を、1~3週間、インキュベートした。インキュベートにより、NHEKは分化し、表皮層に対応する構造が形成された。これにより、人工培養皮膚1Aが得られた(
図12参照)。
【0064】
実施例2.フィブリンゲルを用いた人工培養皮膚の製造
6-アミノカプロン酸PBS溶液
150mg/mLの濃度で6-アミノカプロン酸(6-aminocaproic acid、A2504、Merck)のPBS溶液を調製した。
【0065】
ADSC細胞懸濁液(フィブリンゲル用)
ADSC培養用の培地(以下「ADSC用培地」と称する)として、MSCGM2(C-28009、PromoCell)に、上記6-アミノカプロン酸PBS溶液を加えた培地(6-アミノカプロン酸PBS溶液を100倍希釈)を用いた。ADSC(脂肪由来幹細胞)をADSC用培地に懸濁させ、ADSCの細胞懸濁液(0.7~2×105個/mL)を調製した。
【0066】
NHDF細胞懸濁液(フィブリンゲル用)
NHDF培養用の培地(以下「NHDF用培地」と称する)として、10%FBSを含み、アスコルビン酸およびペニシリンとストレプトマイシンが添加されたDMEMに、上記6-アミノカプロン酸PBS溶液を加えた培地(6-アミノカプロン酸PBS溶液を100倍希釈)を用いた。NHDF(正常ヒト皮膚線維芽細胞)をNHDF用培地に懸濁させ、NHDFの細胞懸濁液(0.7~2×105個/mL)を調製した。
【0067】
NHEK細胞懸濁液(フィブリンゲル用)
NHEK培養用の培地(以下「NHEK用培地」と称する)として、KGM2(C-20111、タカラバイオ)に、上記6-アミノカプロン酸PBS溶液を加えた培地(6-アミノカプロン酸PBS溶液を100倍希釈)を用いた。NHEK(正常ヒト表皮角化細胞)をNHEK用培地に懸濁させ、NHEKの細胞懸濁液(0.7~2×105個/mL)を調製した。
【0068】
フィブリンゲル材料
フィブリンゲルの材料として、フィブリノーゲン(F8630-1G、Merck、粉末)を使用し、これをPBSに7.5~20mg/mLとなるように溶解して使用した(フィブリノーゲン液)。
【0069】
ADSC/フィブリノーゲン混合液
氷冷中で、フィブリノーゲン液と、50~100UNとなるようPBSで希釈したトロンビン(T4648-10KU、Merck)の液と、ADSCの細胞懸濁液とを、10:1:14の割合で混合し、ADSC/フィブリノーゲン混合液を調製した。
【0070】
NHDF/フィブリノーゲン混合液
氷冷中で、フィブリノーゲン液と、50~100UNとなるようPBSで希釈したトロンビン(T4648-10KU、Merck)の液と、NHDFの細胞懸濁液とを、10:1:14の割合で混合し、NHDF/フィブリノーゲン混合液を調製した。
【0071】
細胞播種およびインキュベーション
デバイスに、ADSC/フィブリノーゲン混合液を加えた(
図3参照)。添加後すぐに、フィブリノーゲンは固化し、フィブリンゲルになった。これにより、ADSCゲル層(基部組織層)を得た。ADSCゲル層の上に、NHDF/フィブリノーゲン混合液を加えた(
図4参照)。添加後すぐに、フィブリノーゲンは固化し、フィブリンゲルになった。これにより、NHDFゲル層(真皮組織層)を得た。ADSCゲル層およびNHDFゲル層の積層物が浸漬するように、ADSC用培地とNHDF用培地を1:1で混合した培地を加えた(
図5参照)。得られた細胞含有ゲルを含むデバイスを7日間、インキュベートした。インキュベートによりゲルは収縮したが、デバイスの突起により、ゲル収縮は、突起がない場合に比べて抑えられた(
図6参照)。
ゲル外の培地を、NHDFゲル層の表面が露出するまで除去した。NHDFゲル層の上に、リングを置き、リング内にNHEKの細胞懸濁液を加えた(
図7参照)。3時間静置すると、NHEKがNHDFゲル層に接着した。リングを取り除いた。ADSC用培地とNHDF用培地とNHEK用培地とを1:1:1で混合した培地を加え、得られた積層物を培地に浸漬させ、1日間、インキュベートした。
積層物を含むデバイスを培養皿から取り外し、培養皿の上に粗メッシュ状の台座を置き、その台座の上に、積層物を含むデバイスを置いた(
図8参照)。ADSC用培地とNHDF用培地とNHEK用培地とを1:1:1で混合した培地(細胞未分化用培地)を加え、積層物を培地に浸漬させ、7日間、インキュベートした(
図10参照)。
ADSC用培地とNHDF用培地とNHEK用培地とを1:1:1で混合した培地に、塩化カルシウム(CaCl
2)を添加して、1.8mMのCaCl
2を含む培地(細胞分化用培地)を調製した。
培地を、細胞分化用培地に培地交換し、積層物を培地に浸漬させ、3日間、インキュベートした。次いで、培地を除去した後、細胞分化用培地を、NHDFゲル層の上面よりもわずかに下の位置に培地の表面が位置するように加えた。これにより、フィブリンゲル部分が培地に浸漬し、NHEKが培地の外に配置され、気液界面培養が可能になった(
図11参照)。積層物を、1~3週間、インキュベートした。インキュベートにより、NHEKは分化し、表皮層に対応する構造が形成された。これにより、人工培養皮膚が得られた。
得られた人工培養皮膚をデバイスから取り出し、後述の試験を行った。
【0072】
比較例2.フィブリンゲルを用いた人工培養皮膚(ADSC非含有)の製造
比較例の人工培養皮膚として、ADSCゲル層を有さない人工培養皮膚を製造した(
図12参照)。
【0073】
細胞懸濁液およびフィブリン材料
細胞懸濁液およびフィブリン材料は実施例2と同様のものを用いた。
【0074】
細胞播種およびインキュベーション
デバイスに、NHDF/フィブリノーゲン混合液を加えた。フィブリノーゲンはすぐに固化し、フィブリンゲルになった。NHDFゲル層が浸漬するように、NHDF用培地を加えた。得られた細胞含有ゲルを含むデバイスを7日間、インキュベートした。
ゲル外の培地を、NHDFゲル層の表面が露出するまで除去した。NHDFゲル層の上に、リングを置き、リング内にNHEKの細胞懸濁液を加えた。3時間静置すると、NHEKがNHDFゲル層に接着した。リングを取り除いた。ゲル外の培地を除去し、NHDF用培地とNHEK用培地とを1:1で混合した培地を加えて、得られた積層物を培地に浸漬させ、1日間、インキュベートした。
積層物を含むデバイスを培養皿から取り外し、培養皿の上に粗メッシュ状の台座を置き、その台座の上に、積層物を含むデバイスを置いた。NHDF用培地とNHEK用培地とを1:1で混合した培地を加え、積層物を培地に浸漬させ、7日間、インキュベートした。
NHDF用培地とNHEK用培地とを1:1で混合した培地に、塩化カルシウムを添加して、1.8mMでCaCl
2を含む培地(細胞分化用培地)を調製した。
培地を、細胞分化用培地に培地交換し、積層物を培地に浸漬させ、3日間、インキュベートした。次いで、培地を除去した後、細胞分化用培地を、NHDFゲル層の上面よりもわずかに下の位置に培地の表面が位置するように加えた。これにより、フィブリンゲル部分が培地に浸漬し、NHEKが培地の外に配置され、気液界面培養が可能になった。積層物を、1~3週間、インキュベートした。インキュベートにより、NHEKは分化し、表皮層に対応する構造が形成された。これにより、人工培養皮膚が得られた(
図12参照)。
【0075】
比較例3.フィブリンゲルを用いた人工培養皮膚(ADSC培養液の上清添加)の製造
比較例2において、NHDF用培地として、ADSCを別途培養して得た培養液の上清を上記NHDF用培地に添加した培地(NHDF用培地:ADSC培養上清の割合は体積比で2:1)を用い、NHEK用培地として、ADSCを別途培養して得た培養液の上清を上記NHEK用培地に添加した培地(NHEK用培地:ADSC培養上清の割合は体積比で2:1)を用いたこと以外は、比較例2と同様の方法で、NHDFゲル層とNHEK層とが積層された積層物を形成し、積層物の培養(浸漬培養および気液界面培養)を行った。
【0076】
試験例1.HE染色による皮膚切片の評価
皮膚切片の作製
実施例および比較例で製造した人工培養皮膚を取り出し、4%パラホルムアルデヒドに浸漬して、4℃で3時間、固定した。液をPBSに置換し、4℃で30分間、静置した。30%スクロースのPBS溶液に浸漬し、4℃で24時間、保持した。実施例1および比較例1(
図13、
図14の試験の場合)、ならびに実施例2(
図15の試験の場合)については、OCT Compound(Tissue-Tek)で包埋および凍結し、-80℃のフリーザーで保存した。実施例2および比較例2、3(
図16、
図17の試験の場合)については、OCT Compound(Tissue-Tek)を加え、4℃で24時間、静置した後、新たなOCT Compoundで包埋および凍結し、-80℃のフリーザーにて保存した。
【0077】
HE染色
上記のようにして作製した皮膚切片について、常法により、HE(ヘマトキシリン・エオジン)染色を行い、顕微鏡観察を実施した。
【0078】
図13は、実施例1および比較例1において、細胞懸濁液濃度(NHEK:2×10
5個/モデル、NHDFおよびADSC:いずれも2×10
5個/mL)および気液界面培養1週間、の条件で製造した人工培養皮膚から得た、皮膚切片の画像を示している。
図13Aは比較例1により得た皮膚切片、
図13Bは、実施例1により得た皮膚切片を表す。ここで、理解しやすいように、
図13Bの右横に、真皮層、表皮層(角層以外)、および角層のおおよその範囲を示している。真皮層(真皮組織層)は、NHDFゲル層から形成され、表皮層(角層を含む)は、NHEK層から(細胞の分化により)形成されている。なお、「個/モデル」とは1つの皮膚モデル(1区画分)における細胞個数を示す。
【0079】
図14は、実施例1および比較例1において、細胞懸濁液濃度(NHEK:0.7×10
5個/モデル、NHDFおよびADSC:いずれも2×10
5個/mL)および気液界面培養1週間、の条件で製造した人工培養皮膚から得た、皮膚切片の画像を示している。
図14Aは比較例1により得た皮膚切片、
図14Bは、実施例1により得た皮膚切片を表す。
【0080】
図15は、実施例2において、細胞懸濁液濃度(NHEK:2×10
5個/モデル、NHDFおよびADSC:いずれも2×10
5個/mL)および気液界面培養2週間、の条件で製造した人工培養皮膚から得た、皮膚切片の画像を示している。
【0081】
図16は、実施例2、比較例2および3において、細胞懸濁液濃度(NHEK:0.7×10
5個/モデル、NHDFおよびADSC:いずれも2×10
5個/mL)および気液界面培養1週間、の条件で製造した人工培養皮膚から得た、皮膚切片の画像を示している。
図16Aは比較例2により得た皮膚切片、
図16Bは、実施例2により得た皮膚切片を表し、
図16Cは、比較例3により得た皮膚切片を表す。
【0082】
図17は、実施例2、比較例2および3において、細胞懸濁液濃度(NHEK:0.7×10
5個/モデル、NHDFおよびADSC:いずれも2×10
5個/mL)および気液界面培養3週間、の条件で製造した人工培養皮膚から得た、皮膚切片の画像を示している。
図17Aは比較例2により得た皮膚切片、
図17Bは、実施例2により得た皮膚切片を表し、
図17Cは、比較例3により得た皮膚切片を表す。
【0083】
評価
人工培養皮膚においては、表皮の分化の状態が重要であり、特に、細胞分化の基底となる基底層の形成の良否が鍵となる。
図13~
図14に示すように、実施例1により得た人工培養皮膚では、比較例1と比較して、基底層がきれいに形成されており、具体的には、基底細胞がつぶだってきれいに層状に形成されていることが確認された。また、
図15~
図17に示すように、実施例2により得た人工培養皮膚では、比較例2および3と比較して、基底層がきれい形成されており、具体的には、基底細胞がつぶだってきれいに層状に形成されていることが確認された。
図16~
図17から、ADSCの培養上清を用いることにより(比較例3)、ADSCを全く用いない場合(比較例2)よりも、基底層の状態がよくなることが確認されたが、ADSC細胞を用いた人工培養皮膚(実施例2)の方が、基底層の状態がさらに良好であった。
【0084】
試験例2.免疫染色による皮膚切片の評価
試験例1と同様の方法で、気液界面培養1週間の条件の人工培養皮膚について、皮膚切片を作製した。皮膚切片について、市販の免疫染色キットに従って免疫染色を行い、遺伝子の発現を調べた。調査した遺伝子は、Collagen4、Collagen17、Collagen7、Occludin、CK15(KRT15とも称する)、Loricrin、FLG(Filaggrinとも称する)、および、HAS1である。これらの遺伝子は、それぞれ対応するタンパク質をコードする。
【0085】
図18~
図21は、実施例および比較例による皮膚切片の免疫染色により得た画像を示す。
図18は、Collagen4とCollagen17、およびそれらの重ね合わせ(merge)を示し、
図19は、Collagen7とOccludin、およびそれらの重ね合わせ(merge)を示し、
図20は、CK15とLoricrin、およびそれらの重ね合わせ(merge)を示し、
図21は、FLGとHAS1、およびそれらの重ね合わせ(merge)を示す。なお、FLGとHAS1について、実施例1(コラーゲンゲルのK+F+A)と比較例1(コラーゲンゲルのK+F)は未実施である(
図21)。重ね合わせは、遺伝子発現の状態の確認のために行い、発現場所が少し異なるもので実施している。なお、「K+F+A」は、NHEK、NHDFおよびADSCを含んだ(3層の)皮膚モデルを意味し、「K+F」は、NHEKおよびNHDFを含んだ(2層の)皮膚モデルを意味する。
【0086】
免疫染色の各画像から、実施例1と比較例1との比較、および、実施例2と比較例2との比較より、基部組織層あり「K+F+A」(実施例1、2)は、基部組織層なし「K+F」(比較例1、2)よりも遺伝子発現が良好であるといえる。さらに、実施例2と比較例3との比較より、基部組織層あり「K+F+A」(実施例2)は、ADSCの培養上清の添加「K+F(+A上清)」(比較例3)よりも遺伝子発現が良好であるといえる。
【0087】
免疫染色による遺伝子発現の総合評価の結果を下記の表1にまとめた。
【表1】
【0088】
上記の結果から、ADSCの存在により、表皮の基底膜、基底細胞、バリア機能、および保湿機能に関わる因子の発現が活性化され、その局在も均一化されることで、表皮構造が安定化する可能性が示唆される。
【0089】
試験例3.PCRによる表皮の遺伝子発現の解析
上記と同様の方法で得られた実施例および比較例の人工培養皮膚をホモジナイズし、公知のPCR測定法に従ってPCR測定を行い、遺伝子の発現を調べた。調査した遺伝子は、COL17A1、KRT15、COL4A1、COL7A1、OCLN、HAS1、COL1A1、FGF10、VEGF、およびMMP-1である。これらの遺伝子は、それぞれ対応するタンパク質をコードする。測定結果は、GAPDHで規格化した。なお、GAPDHは、Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenaseを意味する。
【0090】
図22~
図27は、PCR測定の結果(代表的なもの)を示すグラフである。
図22は、COL4A1を示し、
図23は、COL7A1を示し、
図24は、COL17A1を示し、
図25は、CK15(KRT15の別称)を示し、
図26は、OCLNを示し、
図27は、HAS1を示す。
【0091】
PCRによる遺伝子発現量(%)(「K+F」を100%とする相対量)の結果を下記の表2にまとめた。表2では、2回試験の平均値を記載している。
【表2】
【0092】
図22~27および表2では、皮膚状態に関連する多くの遺伝子の発現が良好に制御(活性化または抑制)されていることが示されている。PCRによる遺伝子発現の結果から、実施例1と比較例1との比較、および、実施例2と比較例2との比較より、基部組織層あり「K+F+A」(実施例1、2)は、基部組織層なし「K+F」(比較例1、2)よりも遺伝子発現が良好であるといえる。
【0093】
上記の遺伝子のうち、COL17A1、KRT15、COL4A1、COL7A1、OCLN、およびHAS1は、表皮に特に影響し得る遺伝子であり、これらの遺伝子発現の活性化(発現量増加)は、表皮層を良好な状態にすることができると考えられる。また、COL1A1、FGF10、VEGF、およびMMP-1は、真皮に特に影響し得る遺伝子である。そして、COL1A1、FGF10、およびVEGFの活性化(発現量増加)、およびMMP-1(コラーゲン分解酵素)の抑制(発現量減少)は、真皮組織を良好な状態にすることができると考えられる。
【0094】
上記の結果から、ADSCの存在により、表皮の基底膜、基底細胞、バリア機能、および保湿機能に関わる因子の発現が活性化され、その局在も均一化されることで、表皮構造が安定化する可能性が示唆される。また、ADSCの存在により、表皮層の良好な形成とともに、真皮組織層およびそれを含めた皮膚組織全体が良好に形成されることが示唆される。