(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002347
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】推定方法、生成方法、及び推定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/00 20060101AFI20241226BHJP
【FI】
G01N33/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102457
(22)【出願日】2023-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】520254417
【氏名又は名称】リージョナルフィッシュ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100129230
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 理恵
(72)【発明者】
【氏名】今村 壮輔
(72)【発明者】
【氏名】高谷 和宏
(72)【発明者】
【氏名】荻野 哲也
(72)【発明者】
【氏名】高田 理江
(57)【要約】
【課題】軟体動物が分泌する殻において炭素固定量の由来を推定する技術を提供する。
【解決手段】軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する方法であって、殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定すること、及びC及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量を推定することを含む、推定方法が提供される。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する方法であって、
殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定すること、及び
前記C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量を推定することを含む、推定方法。
【請求項2】
前記殻の元素分析において、N及びPの含有量値をさらに測定し、N及びPの含有量値から、前記生育環境由来の炭素固定量の少なくとも一部は、タンパク質及びリン酸の少なくとも一方を含む食餌に由来することを推定する、請求項1に記載の推定方法。
【請求項3】
軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を計測すること、
前記殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定すること、
前記C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定すること、及び
前記殻の個体計測値(X)と、前記生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いて、データベースを生成することを含む、生成方法。
【請求項4】
殻を有する軟体動物を飼育すること、
前記軟体動物の飼育で提供した食餌に含まれる炭素量(Z)を算出すること、及び
前記軟体動物から殻を回収することをさらに含み、
前記データベースを、前記殻の個体計測値(X)と、前記生育環境由来の炭素固定量(Y)と、前記食餌に含まれる炭素量(Z)とを用いて生成する、請求項3に記載の生成方法。
【請求項5】
軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する方法であって、
前記殻の個体計測値(X)を計測すること、
請求項3又は4に記載のデータベースを用いて、前記殻の個体計測値(X)から前記生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定することを含む、推定方法。
【請求項6】
殻を有する軟体動物の生育環境を推定する方法であって、
前記殻の個体計測値(X)を計測すること、
請求項3又は4のいずれか1項に記載のデータベースを用いて、前記殻の個体計測値(X)から前記軟体動物の生育環境を推定することを含む、推定方法。
【請求項7】
軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を取得する第1の取得部と、
前記殻の元素分析をして測定したC及びCaの含有量値を取得する第2の取得部と、
前記C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定する算出部と、
前記個体計測値(X)と、前記生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いてデータベースを生成するデータベース生成部と、を備え、
前記算出部は、前記データベースを用いて、前記殻の個体計測値(X)から前記軟体動物の生育環境を推定する、推定装置。
【請求項8】
殻を有する軟体動物の飼育で提供した食餌に含まれる炭素量(Z)を取得する第3の取得部を備え、
前記データベース生成部は、前記個体計測値(X)と、前記生育環境由来の炭素固定量(Y)と、前記食餌に含まれる炭素量(Z)とを用いてデータベースを生成し、
前記算出部は、前記データベースを用いて、前記殻の個体計測値(X)から、前記軟体動物の生育環境を推定する、請求項7に記載の推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、推定方法、生成方法、及び推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
沿岸地域、河口地域等には、人間の活動によって過剰な栄養分が流れ込み、さらに蓄積され、環境問題が顕在化することがある。このような地域において栄養分の状態を、近辺の生体の個体に固定された炭素固定量から評価する方法がある。また、近年、人間の活動によって大気中に過剰に二酸化炭素が放出される環境問題があるが、大気中の二酸化炭素は多少なり海水に吸収されるため、海水における炭酸イオン濃度も高まる傾向があるという。このような海中に生息する生物の個体に固定される炭素固定量から、海中の炭素濃度を予測する技術がある。
【0003】
このような状況から、沿岸地域、河口地域等において環境の炭素濃度は環境問題の究明に重要な要素である。非特許文献1には、人為的な二酸化炭素排出による海洋酸性化を調査するために、貝殻に固定する炭素量を調査し、貝殻に固定する炭素量の多くは海水中の溶存無機炭素に由来していることが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】NISHIDA, Kozue, et al. Novel reverse radioisotope labelling experiment reveals carbon assimilation of marine calcifiers under ocean acidification conditions. Methods in Ecology and Evolution, 2020, 11.6: 739-750.DOI: 10.1111/2041-210X.13396.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
軟体動物の殻の主成分である炭酸カルシウムについて、非特許文献1によれば、その由来は主に海水である。そのため、軟体動物の殻の炭素固定量を測定する技術があっても、軟体動物の食餌等の生育環境に由来する炭素固定量を軟体動物の殻の炭素固定量から推定する技術が確立されていなかった。
【0006】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、本開示の目的は、軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様は、軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する方法であって、殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定すること、及び前記C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量を推定することを含む、推定方法である。
【0008】
本開示の他の態様は、軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を計測すること、前記殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定すること、前記C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定すること、及び前記殻の個体計測値(X)と、前記生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いて、データベースを生成することを含む、生成方法である。
【0009】
本開示のさらに他の態様は、軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する方法であって、前記殻の個体計測値(X)を計測すること、請求項3又は4に記載のデータベースを用いて、前記殻の個体計測値(X)から前記生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定することを含む、推定方法である。
【0010】
本開示のさらに他の態様は、殻を有する軟体動物の生育環境を推定する方法であって、前記殻の個体計測値(X)を計測すること、請求項3又は4のいずれか1項に記載のデータベースを用いて、前記殻の個体計測値(X)から前記軟体動物の生育環境を推定することを含む、推定方法である。
【0011】
本開示のさらに他の態様は、軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を取得する第1の取得部と、前記殻の元素分析をして測定したC及びCaの含有量値を取得する第2の取得部と、前記C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定する算出部と、前記個体計測値(X)と、前記生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いてデータベースを生成するデータベース生成部と、を備え、前記算出部は、前記データベースを用いて、前記殻の個体計測値(X)から前記軟体動物の生育環境を推定する、推定装置である。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、軟体動物が分泌する殻において炭素固定量の由来を推定する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、実施形態の一例のシステムを示す模式図である。
【
図2】
図2は、実施形態の一例の推定装置を示す機能ブロック図である。
【
図3】
図3は、実施形態の一例のデータベースを示す図である。
【
図4】
図4は、実施形態の一例のデータベースを示す図である。
【
図5】
図5は、実施形態の一例のデータベースを示す図である。
【
図6】
図6は、実施形態の一例のデータベースを示す図である。
【
図7】
図7は、実施形態の一例の推定方法のフローチャートを示す図である。
【
図8】
図8は、実施形態の一例の推定方法のフローチャートを示す図である。
【
図9】
図9は、実施形態の一例の推定方法のフローチャートを示す図である。
【
図10】
図10は、実施形態の一例の演算処理部を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
添付の図面を参照して本開示の実施形態を説明する。以下に説明する実施形態は本開示の実施例であり、本開示は、以下の実施形態に制限されるものではない。なお、本明細書及び図面において符号が同じ構成要素は、相互に同一のものを示すものとする。
【0015】
<推定装置>
図1に、本実施形態のシステムの一例を模式的に示す。このシステムは、飼育装置1と、殻回収装置2と、殻計測装置3と、元素分析装置4と、推定装置5とを備える。
【0016】
飼育装置1は、軟体動物を飼育する環境を提供する。例えば、水槽及び食餌のフィーダ等を備える。
殻回収装置2は、軟体動物から軟組織を取り除くユニットと、任意的に洗浄するユニットとを備える。これらは機械によって自動的に行われてもよい。
殻計測装置3は、殻を測定する装置である。具体的には、殻計測装置3は、殻の個体計測値(Y)を計測してもよい。例えば、殻計測装置3は、機械的治具によって殻の寸法を接触式で測定しても、レーザ等によって殻の寸法を非接触式で測定してもよい。また、殻計測装置3は、殻の質量、殻の体積を測定してもよい。殻計測装置3は、殻の質量及び体積から比重を算出してもよい。殻計測装置3は、これらを組み合わせた装置であってもよい。
元素分析装置4は、例えば、後述する装置等であってよい。元素分析装置4の前工程に、元素分析用の試料を作製する工程を設けてもよい。例えば、殻を粉砕し粉末状して試料を作製するとよい。
飼育装置1、殻回収装置2、殻計測装置3、元素分析装置4、及び推定装置5との間は、模式的に図示されるのみであるが、殻の搬送手段、データの送受信手段等が介在し、物品の搬送及びデータの送受信が可能になっているとよい。例えば、各装置1~5は、データを送受信するための通信部をそれぞれ備え、殻計測装置3は、計測した殻の個体計測値(Y)を推定装置(5)に送信してもよい。また、飼育装置1で算出された食餌に含まれる炭素量(Z)を推定装置5に送信してもよい。
【0017】
図2に、推定装置5の一例を示す機能ブロック図を示す。
この推定装置5は、第1の取得部51と、第2の取得部52と、第3の取得部53と、データベース生成部54と、算出部55と、データベース(DB)を記録する記憶部56とを備える。
【0018】
第1の取得部51は、軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を、例えば殻計測装置3から取得する。殻の個体計測値(X)は、殻計測装置3で計測されて、推定装置5に送信されるものであってよい。
第2の取得部52は、殻の元素分析をして測定したC及びCaの含有量値を、例えば元素分析装置4から取得する。C及びCaの含有量値は、元素分析装置4で測定されて、推定装置5に送信されるものであってよい。
第3の取得部53は、殻を有する軟体動物の飼育で提供した食餌に含まれる炭素量(Z)を、例えば飼育装置1から取得する。食餌に含まれる炭素量(Z)は、飼育装置1で提供された食餌のデータであってよい。食餌のデータは食餌量又は食餌の炭素量であってよい。食餌のデータは、飼育装置1から推定装置5に送信されるものであってよい。
【0019】
算出部55は、C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定する。詳細については、後述する。
【0020】
データベース生成部54は、殻の個体計測値(X)と生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いてデータベースを生成する。ここでのデータベースの一例を
図3に示す。データベースは、推定装置5に設けられてもよく、あるいは推定装置5とは別の装置に設けられてもよい。
【0021】
算出部55は、データベースを用いて、殻の個体計測値(X)から軟体動物の生育環境を推定してもよい。ここでのデータベースの一例を
図4に示す。データベースは、後述する通り、2回以上の処理の結果を用いて、データが蓄積されてもよい。他の実施形態として、算出部55は、さらに、データベースを用いて、殻の個体計測値(X)から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定してもよい。
【0022】
上記した推定装置5において、第3の取得部53は任意的な構成であるが、第3の取得部53を備える場合は、任意的に、データベース生成部54は、個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)と、食餌に含まれる炭素量(Z)とを用いてデータベースを生成してもよい。ここでのデータベースの一例を
図5に示す。
この場合、算出部55は、データベースを用いて、殻の個体計測値(X)から軟体動物の生育環境を推定してもよい。ここでのデータベースの一例を
図6に示す。他の実施形態として、算出部55は、データベースを用いて、殻の個体計測値(X)を用いて生育環境由来の炭素固定量(Y)と食餌に含まれる炭素量(Z)とを推定してもよい。
【0023】
<推定方法>
一実施形態の推定方法は、軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する方法を説明するものであり、殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定すること、及びC及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量を推定することを含む。
【0024】
軟体動物としては、ヒザラガイ綱(Polyplacophora)、マキガイ綱(腹足綱)(Gastropoda)、イカ綱(頭足綱)(Cephalopoda)、ニマイガイ綱(斧足綱)(Bivalvia)、ツノガイ綱(掘足綱)(Scaphopoda)等が挙げられる。なかでも、一実施形態の推定方法は、マキガイ綱、ニマイガイ綱に適する。マキガイ綱は、マキガイ亜綱、イソアワモチ亜綱、マイマイ亜綱等が挙げられる。ニマイガイ綱は、クルミガイ亜綱、キヌタレガイ亜綱、イガイ亜綱、サンカクガイ亜綱、ハマグリ亜綱、ウミタケガイモドキ亜綱等が挙げられる。軟体動物は、海産軟体動物、淡水産軟体動物、陸棲軟体動物等であってよい。
【0025】
殻を有する軟体動物は、内臓嚢、外套、及び足等の軟組織と、殻である硬組織とを有する。殻は、軟体動物の分泌物によって形成され、炭酸カルシウムを主成分とする硬組織である。従来技術では、軟体動物の炭素固定量は、軟組織と硬組織を元素分析にて分析することにより行われてきた。
【0026】
軟組織は、軟体動物に提供される食餌に由来する炭素を固定する。一説によれば、海産軟体動物では、殻は、海水に溶けこんだ重炭酸イオン(2HCO3
-)とカルシウムイオン(Ca2+)が反応することで、殻の主成分である炭酸カルシウム(CaCO3)が形成される。下記式参照。なお、重炭酸イオン及びカルシウムイオンは、それぞれ軟体動物が海水等から取り込んで分泌するものであってもよい。ここで、殻の全ての炭素が海水に由来する炭素(重炭酸イオン)に由来せず、食餌由来の炭素も殻に含まれる。食餌由来の炭素は、例えば、タンパク質を含む食餌に由来し、タンパク質又はその分解物として殻に含まれ得る。
(式)Ca2++2HCO3
-=CaCO3+H2O+CO2
【0027】
しかし、軟体動物の殻に固定される炭素固定量について、食餌に由来か、又は海水等に由来するかを推定する技術は確立されていない。例えば、軟体動物の殻に固定される炭素固定量から食餌由来の炭素量を推定可能であれば、自然環境で生育する軟体動物を採取し、その環境での炭素循環量を算出し、食物連鎖の究明に役立てることができる。また、軟体動物の殻において食餌由来の炭素量を推定可能であれば、過剰な栄養分を検知して環境汚染を調査することができる。そこで、本開示では、軟体動物の殻においてC及びCaの含有量値を対比することに着目し、殻の炭素固定量の由来を推定する技術が見出された。
【0028】
本開示において、軟体動物の生育環境は、飼育環境及び生息環境をいずれも含む概念である。軟体動物の飼育環境には、食餌に含まれる炭素量、食餌全体の量、食餌の種類、飼育環境の海水、淡水、砂利、海藻、海草、水草、光、温度等が含まれ得る。軟体動物の生息環境には、自然環境において、食餌に含まれる炭素量、食餌全体の量、食餌の種類、自然環境の海水、淡水、砂利、海藻、海草、水草、日光照射時間、温度、緯度、経度、栄養分状態、人間活動由来の炭素量、汚染状態等が含まれ得る。
【0029】
まず、殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定する方法について説明する。
元素分析に提供される殻は、軟体動物から回収された殻である。元素分析に提供される殻は、軟体動物から内臓嚢、外套、及び足等の軟組織が取り除かれ、任意的に洗浄されたものであるとよい。C及びCaの含有量値の元素分析については後述する。
【0030】
次に、C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量を推定する方法について説明する。
この方法では、C含有量値とCa含有量値とを対比し、任意的にモル比に換算して、モル比において、C原子量とCa原子量とを対比する。この場合において、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量を推定することができる。
軟体動物の分泌形成物である殻において、主成分は炭酸カルシウム(CaCO3)であることから、炭酸カルシウム由来の成分はC原子量とCa原子量がモル比で1:1で存在する。
軟体動物は、主に海水に含まれるカルシウムイオンを利用して殻を分泌形成するものであることから、炭酸カルシウム由来の炭素固定量は食餌等に由来する炭素固定量とは異なるものであるといえる。そのため、炭酸カルシウム由来の炭素固定量以外の炭素固定量は、食餌等に由来する炭素固定量であると推定する。そして、C>Caの炭素量の増減によって、軟体動物の生育環境で食餌等の栄養分の大小が予測されるため、軟体動物の生育環境までも推定することができる。
【0031】
推定方法の一つ例を
図7に示すフローチャートに沿って説明する。このフローチャートでは、元素測定装置が、殻の元素分析において、C及びCaに加えN及びPの含有量値をさらに測定し(SM11)、推定装置が、生育環境由来の炭素固定量を推定し(SM12)、推定装置が、C及びCaの含有量値から生育環境由来の炭素固定量を推定し、さらに、推定装置が、N及びPの含有量値から、生育環境由来の炭素固定量の少なくとも一部は、タンパク質及びリン酸の少なくとも一方を含む食餌に由来すること(SM13)を推定してもよい。
食餌には通常タンパク質及びリン酸の少なくとも一方が含まれるものであるため、殻において、生育環境由来の炭素固定量が推定されるとともに、N及びPの含有量値が測定されることによって、炭酸カルシウム由来の炭素固定量以外の炭素固定量には、食餌由来の炭素固定量が含まれるという推定を行うことができる。
【0032】
また、N及びPの含有量値が過大である場合は、測定対象の殻において、内臓嚢、外套、足等の残留物が発生した可能性がある。そのため、N及びPの含有量値の最大値を設けて、最大値を超過する場合は、食餌由来の炭素固定量の推定の精度が低下すると判断してもよい。
【0033】
これらの少なくとも1つの観点から、N及びPの含有量値は、N及びPの合計量として、モル比で、Cの含有量値を1とする場合に、0.001~0.05、0.005~0.01、又は0.008~0.01であってよい、Nの含有量値は、モル比で、Cの含有量値を1とする場合に、0.001~0.005であってよい。Pの含有量値は、モル比で、Cの含有量値を1とする場合に、0.0001~0.001であってよい。これらの範囲をN及びPの両方又は片方の上限値及び下限値にして、これらの範囲に入る場合に推定結果の精度が高いと判断するとよい。
【0034】
以下に、殻について、C、N、P、及びCaの含有量の測定方法の一例を説明する。なお、それぞれの元素の含有量は以下の測定方法に限定されず、他の常法的な測定方法にしたがって測定されてもよい。測定に供される試料は、殻を粉砕し粉末状にしたものであってよい。例えば、軟組織を取り除き洗浄し乾燥した殻を乳鉢で粉砕して試料を用意すればよい。工業的に大規模な粉砕装置を用いてもよい。
【0035】
Cの含有量値は、乾式燃焼法にしたがって測定することができる。
Nの含有量値は、ケルダール法にしたがって測定することができる。より具体的には、独立行政法人農林水産消費安全技術センターが2022年8月10日に制定した「肥料等試験法」における肥料等試験法4.1.1.aに準拠して測定することができる。
Pの含有量値は、バナドモリブデン酸アンモニウム吸光光度法にしたがって測定することができる。より具体的には、上記「肥料等試験法」における肥料等試験法4.2.1.aに準拠して測定することができる。
Caの含有量値は、フレーム原子吸光法にしたがって測定することができる。より具体的には、上記「肥料等試験法」における肥料等試験法4.5.1.aに準拠して測定することができる。
【0036】
<データベースの生成方法>
以下、他の実施形態によるデータベースの生成方法について、
図8を参照して説明する。
図8に示すフローチャートは、殻計測装置が軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を計測すること(SD11)、元素分析装置が殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定すること(SD12)、推定装置がC及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定すること(SD13)、及び推定装置が殻の個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いて、データベースを生成すること(SD14)を含む。
【0037】
以下、特に説明のない部分については、上記推定方法と共通する技術内容であるため、その説明を省略する。
【0038】
まず、軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を計測する方法について説明する。
殻の個体計測値(X)は、殻の生育程度の指標として使用可能な物性値であるとよい。例えば、殻の個体計測値(X)は、殻の質量及び寸法等であってよい。計測に提供される殻は、軟体動物から内臓嚢、外套、及び足部等の軟組織を取り除いた状態であるとよく、水分等の揮発成分が十分に除去された状態であるとよい。殻の個体計測値(X)として、殻の質量から、殻の体積を用いて、殻の見掛け密度及び比重等を用いてもよい。殻の寸法は、長径、短径、表面積、体積等であってよい。
【0039】
殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定することから、生育環境由来の炭素固定量(Y)までの処理は、上記説明した通りである。
【0040】
次に、殻の個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いて、データベースを生成する方法を説明する。
本開示では、殻の個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)とに相関関係があり、軟体動物の個体ごとの殻の個体計測値(X)と生育環境由来の炭素固定量(Y)のデータをデータベース化することで、殻の個体計測値(X)から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定可能であることを見出した。そのために、上記したデータベースを用いることが有効である。このデータベースを用いることで、殻の元素分析によってC及びCaの含有量値を測定せずとも、生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定可能になる。
【0041】
任意的に、データベースの生成方法は、軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を計測すること(SD11)から、殻の元素分析をし、生育環境由来の炭素固定量(Y)を測定すること(SD13)までの処理を少なくとも2回以上行い、殻の個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)とのデータをデータベースに蓄積することを含んでよい。
このように、データを蓄積することで、データベースの信頼性が高まり、生育環境由来の炭素固定量(Y)の推定の精度をより高めることができる。
【0042】
他の例のデータベースの生成方法を、
図9を参照して説明する。
図9に示すフローチャートは、上記した
図8に示すフローチャートに加えて、飼育装置が殻を有する軟体動物を飼育すること(SD21)、飼育装置又は推定装置が軟体動物の飼育で提供した食餌に含まれる炭素量(Z)を算出すること(SD22)、及び殻回収装置が軟体動物から殻を回収すること(SD23)をさらに含み、推定装置がデータベースを、殻の個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)と、食餌に含まれる炭素量(Z)とを用いて生成すること(SD26)を含んでよい。
【0043】
殻の個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)と、食餌に含まれる炭素量(Z)とを用いて生成されるデータベースを用いる場合では、殻の個体計測値(X)から推定される生育環境由来の炭素固定量(Y)を、実際に提供された食餌に含まれる炭素量(Z)を用いて補正することが可能になる。そのため、生育環境由来の炭素固定量(Y)の推定の精度をより高めることができる。また、生育環境由来の炭素固定量(Y)と、食餌に含まれる炭素量(Z)との相関関係を用いれば、殻の個体計測値(X)から、軟体動物に提供された食餌の種類までも推定することが可能になり得る。例えば、自然環境で生息している個体を採取し、この個体の殻の個体計測値(X)から、個体が生息している環境の食餌状態を把握することが可能になり、当該環境の炭素循環量の把握、食物連鎖の把握等に向け実用化することができる。また、広範囲に渡って、各地で生息している個体を調査することで、カーボンクレジットの把握が可能となる。このように、軟体動物の殻の炭素固定量から、軟体動物の生育環境を推定し、生育環境の汚染状況、食物連鎖等を予測するという知見は従来なかった。
【0044】
まず、殻を有する軟体動物を飼育する方法について説明する。
軟体動物の飼育方法は特に限定されず、通常の方法に従って行えばよい。例えば、海水等の環境に軟体動物を放置して、適当間隔で食餌を提供するとよい。
【0045】
次に、殻を有する軟体動物の飼育で提供した食餌に含まれる炭素量(Z)を算出する方法について説明する。
軟体動物の飼育期間において、軟体動物の個体に提供された食餌について、食餌に含まれる炭素量を算出する。算出方法は特に限定されない。炭素量が既知の食餌を軟体動物に提供し、飼育期間を通して軟体動物に提供した食餌の総量から、炭素量を算出してもよい。
飼育期間としては、特に限定されないが、軟体動物の卵の孵化から成長が止まるまでの期間であってよい。成長が止まる状態は、軟体動物の個体のサイズが成長期間の伸びに対して減少する状態である。あるいは、飼育期間は、成体となってから1か月~5年程度の任意の期間であってよい。
【0046】
軟体動物から殻を回収する方法は、上記説明した通りである。
【0047】
また、データベースの生成方法は、殻を有する軟体動物を飼育すること、軟体動物の飼育で提供した食餌に含まれる炭素量(Z)を算出すること、及び軟体動物から殻を回収することを含み、かつ、殻を有する軟体動物を飼育することから、前記殻を有する軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を計測しつつ、殻の元素分析をし、C及びCaの含有量値を測定することまでの処理を少なくとも2回以上行い、貝の個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)と、食餌に含まれる炭素量(Z)とのデータをデータベースに蓄積することを含んでもよい。
【0048】
<推定方法の他の実施形態>
以下、他の実施形態による推定方法は、軟体動物の殻において炭素固定量の由来を推定する方法を説明するものであり、殻の個体計測値(X)を計測すること、上記した実施形態のデータベースを用いて、殻の個体計測値(X)から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定することを含む。データベースとしては、SD14又はSD16で生成されたものを用いることができる。
【0049】
この推定方法によれば、データベースを用いることで、殻の個体計測値(X)から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定することができる。この場合、殻を元素分析してC及びCaの含有量値を測定しなくてもよいという利点がある。
また、上記したいくつかの実施形態のデータベースを用いることで、殻の個体計測値(X)から生育環境由来の炭素固定量(Y)の推定の精度をより高めることができる。詳細については、上記説明した通りである。
【0050】
さらに他の実施形態による推定方法は、殻を有する軟体動物の生育環境を推定する方法を説明するものであり、殻の個体計測値(X)を計測すること(SM41)、上記した実施形態のデータベースを用いて、殻の個体計測値(X)から軟体動物の生育環境を推定する(SM42)ことを含んでもよい。データベースとしては、SD14又はSD16で生成されたものを用いることができる。
【0051】
この推定方法によれば、データベースを用いることで、殻の個体計測値(X)から軟体動物の生育環境を推定することができる。この場合、殻を元素分析してC及びCaの含有量値を測定しなくてもよいという利点がある。
また、上記したいくつかの実施形態のデータベースを用いることで、殻の個体計測値(X)から軟体動物の生育環境の推定の精度をより高めることができる。詳細については、上記説明した通りである。
【0052】
以上説明した推定装置は、軟体動物から回収した殻の個体計測値(X)を取得する第1の取得部と、殻の元素分析をして測定したC及びCaの含有量値を取得する第2の取得部と、
C及びCaの含有量値から、モル比で、C≦Caの炭素量は炭酸カルシウム由来の炭素固定量と推定し、C>Caの炭素量から生育環境由来の炭素固定量(Y)を推定する算出部と、個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)とを用いてデータベースを生成するデータベース生成部と、を備え、算出部は、データベースを用いて、殻の個体計測値(X)から軟体動物の生育環境を推定することを含む。
【0053】
この推定装置は、上記した推定方法を実現するために用いることができる。この推定装置によれば、軟体動物の殻において殻の個体計測値(X)から軟体動物の生育環境を推定することができる。
【0054】
任意的に、推定装置は、殻を有する軟体動物の飼育で提供した食餌に含まれる炭素量(Z)を取得する第3の取得部を備え、データベース生成部は、個体計測値(X)と、生育環境由来の炭素固定量(Y)と、食餌に含まれる炭素量(Z)とを用いてデータベースを生成し、算出部は、データベースを用いて、殻の個体計測値(X)から、軟体動物の生育環境を推定することを含んでもよい。
【実施例0055】
以下、本発明の例示的な実施例について説明する。本発明は以下の実施例の例示に限定されることはない。
【0056】
アサリで長期間の飼育試験を実施した。飼育砂1Lを敷いた水槽に水量5Lで10個体の飼育を2022年8月19日~2022年11月1日の期間実施した。フィルターは設置せずエアレーションのみ、給餌は2.5mg/Lの濃度で1日2回行った。水温調整は行わず、室温で維持した。飼育期間の終了後、個体を取り出し、個体から内臓嚢、外套、足等の軟組織を取り出し、洗浄し、温風乾燥後、乳鉢で粉末化した。得られた粉末化試料について、炭素、窒素、リン、カルシウムの含有量を測定した。炭素、窒素、リン、及びカルシウムの含有量は、それぞれ乾式燃焼法、肥料等試験法4.1.1.a、肥料等試験法4.2.1.a、及び肥料等試験法4.5.1.aを用いた。
【0057】
【0058】
表中に示す通り、アサリの貝殻の炭素固定量について、C及びCaの含有量値はCが多く、C>Caである範囲のCの含有量は、アサリの食餌に由来する炭素であると推定される。この推定方法を用いて、上記したデータベース及び推定装置を実現することができる。
【0059】
上記説明した推定装置5は、例えば、
図10に示すような汎用的なコンピュータシステムを用いることができる。図示するコンピュータシステムは、CPU(Central Processing Unit、プロセッサ)901と、メモリ902と、ストレージ903(HDD:Hard Disk Drive、SSD:Solid State Drive)と、通信装置904と、入力装置905と、出力装置906とを備える。メモリ902およびストレージ903は、記憶装置である。このコンピュータシステムにおいて、CPU901がメモリ902上にロードされた所定のプログラムを実行することにより、推定装置5の機能が実現される。
推定装置5は、1つのコンピュータで実装されてもよく、あるいは複数のコンピュータで実装されてもよい。また、推定装置5は、コンピュータに実装される仮想マシンであってもよい。推定装置5のプログラムは、HDD、SSD、USB(Universal Serial Bus)メモリ、CD (Compact Disc)、DVD (Digital Versatile Disc)などのコンピュータ読取り可能な記録媒体に記憶することも、ネットワークを介して配信することもできる。コンピュータ読取り可能な記録媒体は、例えば非一時的な(non-transitory)記録媒体である。
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で数々の変形が可能である。