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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002513
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】生産性判定装置
(51)【国際特許分類】
   G06Q 10/04 20230101AFI20241226BHJP
   G06Q 10/0639 20230101ALI20241226BHJP
【FI】
G06Q10/04
G06Q10/0639
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102739
(22)【出願日】2023-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】000004569
【氏名又は名称】日本たばこ産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】胡 献引
(72)【発明者】
【氏名】伴 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】福井 類
(72)【発明者】
【氏名】割澤 伸一
(72)【発明者】
【氏名】関根 崇泰
(72)【発明者】
【氏名】御神村 友樹
(72)【発明者】
【氏名】宮 大史
【テーマコード(参考)】
5L010
5L049
【Fターム(参考)】
5L010AA04
5L010AA09
5L049AA04
5L049AA09
(57)【要約】
【課題】 被験者の将来の生産性をより容易に推定可能な生産性判定装置を提供する。
【解決手段】 生体情報取得部14が、第2タスク(被験者Aが実際に実行しているタスク)を実行している被験者Aの心拍数を取得する。続いて、パラメータ推定部15が、取得した心拍数に基づき、認知モデル7が有する複数の認知パラメータのうちの特定の認知パラメータの値を推定する。続いて、モデル構築部16が、推定した特定の認知パラメータの値を用い、その値が設定された認知モデル7を構築する。続いて、行動予測部17が、構築した認知モデル7に基づき、被験者Aに連続N-back課題(第1タスク)を実行させた場合に被験者Aが取る行動(回答パターン)と正答率・誤答率を予測する。続いて、生産性予測部18が、予測した行動と仮想的にシミュレートされる正答率・誤答率に基づき、被験者Aが第2タスクの実行を継続した場合の将来の生産性を予測する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の認知パラメータを有し、且つ、予め定められた第1タスクを実行する人間の行動を規定する認知モデルを構築するモデル構築部と、
第2タスクを実行している前記被験者の生体情報を取得する生体情報取得部と、
前記生体情報取得部で取得した生体情報に基づき、前記認知モデルが有する複数の認知パラメータのうちの特定の認知パラメータの値を推定するパラメータ推定部と、
前記パラメータ推定部で推定した前記特定の認知パラメータの値を用いて前記モデル構築部によって構築された該値が設定された前記認知モデルに基づき、前記被験者に前記第1タスクを実行させた場合に前記被験者が取る行動を予測する行動予測部と、
前記行動予測部で予測した前記被験者が取る行動に基づき、前記被験者が前記第2タスクの実行を継続した場合の将来の生産性を予測する生産性予測部と、を備える
生産性判定装置。
【請求項2】
前記パラメータ推定部は、前記生体情報と前記特定の認知パラメータの値との関係を学習した機械学習モデルを用いて、前記生体情報取得部で取得した前記生体情報に基づき、前記特定の認知パラメータの値を推定する
請求項1に記載の生産性判定装置。
【請求項3】
前記生体情報は、心拍に関する情報、呼吸に関する情報、及び瞳孔径の少なくとも何れかである
請求項1に記載の生産性判定装置。
【請求項4】
前記特定の認知パラメータは、視覚刺激に影響されやすさWvisual、聴覚刺激に影響されやすさWaural及び脳内イメージに注意を向ける能力Wimaginalである
請求項1に記載の生産性判定装置。
【請求項5】
前記Wvisual、前記Waural及び前記Wimaginalが下記の式(1)に示す関係を有する
Wvisual/Waural≧k*Wimaginal ………(1)
請求項4に記載の生産性判定装置。
【請求項6】
前記生産性予測部で予測した前記将来の生産性に基づき、前記被験者が取るべき行動を特定して提示する推奨行動提示部を更に備える
請求項1に記載の生産性判定装置。
【請求項7】
前記生産性判定装置は、前記将来の生産性が予め定めた閾値以下であるかを判定し、前記閾値以下であると判定した場合に、前記被験者が取るべき行動は休憩であると特定する
請求項6に記載の生産性判定装置。
【請求項8】
前記パラメータ推定部で推定した前記特定の認知パラメータの値と予め定めた閾値とを比較して、前記被験者が取るべき行動を特定して提示する推奨行動提示部を更に備える
請求項1に記載の生産性判定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生産性判定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、業務管理者によって評価された従業員の生産性を、従業員の過去2週間の体調等、従業員の生産性の低下を示す情報に基づいて修正し、従業員の現在の生産性を推定する技術がある(例えば、特許文献1参照。)。特許文献1に記載の技術では、従業員の生産性の低下を示す情報は、従業員が一定期間ごとに入力するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2014/103248号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記載の技術は、従業員の生産性の低下を示す情報を従業員が一定期間ごとに手入力するため、生産性の推定に手間がかかるという問題があった。また、従業員の現在の生産性を推定できるものの、将来の生産性を予測することはできなかった。
本発明は、被験者の将来の生産性をより容易に推定可能な生産性判定装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の生産性判定装置の一態様は、(a)複数の認知パラメータを有し、且つ、予め定められた第1タスクを実行する人間の行動を規定する認知モデルを構築するモデル構築部と、(b)第2タスクを実行している被験者の生体情報を取得する生体情報取得部と、(c)生体情報取得部で取得した生体情報に基づき、認知モデルが有する複数の認知パラメータのうちの特定の認知パラメータの値を推定するパラメータ推定部と、(d)パラメータ推定部で推定した特定の認知パラメータの値を用いてモデル構築部によって構築された値が設定された認知モデルに基づき、被験者に第1タスクを実行させた場合に被験者が取る行動を予測する行動予測部と、(e)行動予測部で予測した被験者が取る行動に基づき、被験者が第2タスクの実行を継続した場合の将来の生産性を予測する生産性予測部と、を備えることを要旨とする。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】本実施形態に係る生産性判定装置の全体構成を示す図である。
図2】連続N-back課題を示す図である。
図3】Stroop課題を示す図である。
図4】FluidIQ課題を示す図である。
図5】生産性予測処理のフローチャートを示す図である。
図6】Decay Rateと相関Rとの関係を示すグラフである。
図7】Wauralと相関Rとの関係を示すグラフである。
図8】Wvisualと相関Rとの関係を示すグラフである。
図9】Wimaginal、Wvisual、Wauralパラメータ空間内の各パラメータ設定での相関R及び絶対誤差errorから算出された認知モデルの人間らしさを示すグラフである。
図10】Wimaginal、Wvisual、Wauralパラメータ空間内の各パラメータ設定での相関R及び絶対誤差errorから算出された認知モデルの人間らしさを示すグラフである。
図11】アプリのユーザインターフェースを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下に、本発明の実施形態に係る生産性判定装置の一例を、図1図7を参照しながら説明する。本開示の実施形態は以下の順序で説明する。なお、本開示は以下の例に限定されるものではない。また、本明細書に記載された効果は例示であって限定されるものではなく、また他の効果があってもよい。
1.生産性判定装置の全体構成
2.モデル導出処理
3.特定の認知パラメータ
4.変形例
【0008】
[1.生産性判定装置の全体構成]
本発明の実施形態に係る生産性判定装置1について説明する。
図1は、本実施形態に係る生産性判定装置1の全体構成を示す図である。図1の生産性判定装置1は、被験者Aの将来の生産性(特に頭脳労働生産性)を予測する装置である。
図1に示すように、生産性判定装置1は、測定装置2と、表示装置3と、装置本体4とを備えている。
測定装置2は、被験者Aの体に取り付けられ、被験者Aの生体情報を常時測定する装置である。生体情報としては、例えば、心拍に関する情報、呼吸に関する情報、及び瞳孔径の少なくとも何れかを採用できる。本実施形態では、生体情報として、心拍数を用いた場合について説明する。測定装置2としては、例えば、心拍数センサ付きのスマートウォッチを採用できる。生体情報の測定値(心拍数)は、装置本体4に順次出力される。
表示装置3は、装置本体4による各種の演算結果等を表示する装置である。表示装置3としては、例えば、液晶モニタ、CRT(Cathode Ray Tube)モニタを採用できる。
【0009】
装置本体4は、記憶装置5及びプロセッサ6等のハードウェア資源を備えている。
記憶装置5は、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)等で構成される二次記憶装置である。記憶装置5は、プロセッサ6で実行可能なプログラムを記憶している。プログラムは、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、半導体メモリ等からなるリムーバブルメディアに記録して提供される。そして、プログラムは、リムーバブルメディアをドライブに装着することにより、記憶装置5にインストールすることができる。また、記憶装置5は、プログラムの実行に必要な各種データを記憶している。
【0010】
各種データとしては、例えば、認知モデル7が有する複数の認知パラメータのうちの特定の認知パラメータの値と、心拍数(生体情報)との関係を学習した機械学習モデル8が挙げられる。ここで、認知モデル7の形でヒトの認知機構をモデル化する際に設定する必要のあるパラメータを「認知パラメータ」と呼ぶ。認知パラメータの具体例としては、視認対象に対するattentionの強さ、working memoryの減衰度合い等が挙げられる。また、認知モデル7としては、例えば、予め定められたタスク(課題。以下、「第1タスク」とも呼ぶ)を実行する人間の行動(回答パターン)を規定するモデルが挙げられる。第1タスクとしては、例えば、連続N-back課題、Stroop課題、FluidIQ課題が挙げられる。FluidIQ課題は、レーヴン漸進的マトリックス課題とも呼ばれる。なお、「第1タスク」と区別するために、被験者Aが実際に実行しているタスクを、以下「第2タスク」と呼ぶ。
【0011】
連続N-back課題は、手続き実行の速度、脳内イメージに向ける注意の大きさ、視覚刺激に向ける注意の大きさを評価する認知課題である。手続きとしては、例えば、図2に示すように、文字等の刺激10を順々に提示し、被験者Aに、刺激10の内容を頭の中のバッファに蓄えさせるとともに、N個前の刺激10の内容を回答させる手続きが挙げられる。また、脳内イメージに向ける注意としては、例えば、被験者Aの頭の中のバッファに蓄えられているN個前の刺激10の内容(ここではこれを「脳内イメージ」と呼んでいる)に向ける注意が挙げられる。また、視覚刺激に向ける注意としては、頭の中のバッファに蓄えるために、現在目の前に提示されている刺激10の内容に向ける注意が挙げられる。
【0012】
Stroop課題は、手続き実行の速度、学習率を評価する認知課題である。手続きとしては、図3に示すように、色付きの文字11を順々に提示し、被験者Aに、文字11に付されている色(図3では緑色とする)を回答させる手続きが挙げられる。また、学習率としては、提示された文字11をそのまま読み上げてしまうというデフォルト行動から、文字11に付されている色を答えるという、必要とされる行動に移行する効率が挙げられる。
FluidIQ課題(レーヴン漸進的マトリックス課題)は、強化学習の負報酬(課題を正しく遂行する上で邪魔になってしまう無駄な特徴量に注意を向け続ける状態から脱出する能力)を評価する認知課題である。FluidIQ課題(レーヴン漸進的マトリックス課題)は、図4に示すように、8つの画像12を提示し、被験者Aに、8つの画像12から規則を推測させ、9つ目に当てはまる画像13を回答させる課題である。正しい規則に気づかず、間違った規則に拘泥してしまうと(つまり、無駄な特徴量に注意を向け続けてしまうと)、なかなか正答にたどりつけないので、被験者Aが間違った規則にはまった場合には「負の報酬(マイナスのごほうび)」を与えて、一旦、その間違ったアイデアを捨てさせる必要がある。隠れた規則性を探す課題なので、創造的生産能力を測ることにつながる。
本実施形態では、第1タスクとして、連続N-back課題を用いた場合を説明する。
【0013】
認知モデル7の一例としては、例えば、認知アーキテクチャのひとつであるACT-R(Adaptive Control of Thought-Rational)を用いて構築されたヒトの認知機能をシミュレートするモデルを採用できる。このような認知モデル7の構築方法としては、例えば、ACT-Rソフトウェアを用いて構築する方法が挙げられる。ACT-Rを用いて構築した認知モデル7は、視覚刺激に影響されやすさを表すパラメータ(以下、「第1パラメータWvisual」とも呼ぶ)、聴覚刺激に影響されやすさを表すパラメータ(以下、「第2パラメータWaural」とも呼ぶ)、脳内イメージに注意を向ける能力を表す認知パラメータ(以下、「第3パラメータWimaginal」とも呼ぶ)等、複数の認知パラメータを有している。即ち、聴覚バッファに保持していた情報(単語等)を認知モデル7自身が音声で再生したときに生じた音声情報によって、次に保持すべき情報が影響(攪乱等)を受けてしまう度合いを、「聴覚刺激に影響されやすさWaural」(第2パラメータWaural)と呼ぶ。
【0014】
また、機械学習モデル8としては、例えば、機械学習のアルゴリズムにより、心拍数(生体情報)と特定の認知パラメータとの関係を学習した学習済みのモデルであり、心拍数(生体情報)を入力することで、特定の認知パラメータが出力されるモデルである。機械学習モデル8に入力する心拍数としては、例えば、第2タスク(=仕事)の実行中にサンプリング周波数0.2Hzで計測した5分間程度の複数点(例えば20~60サンプル)のデータを採用できる。なお、機械学習モデル8の機械学習に用いる心拍数としては、第1タスク(=連続N-back課題)に取り組んでいるときのデータを用いることが望ましい。また、特定の認知パラメータとしては、例えば、認知モデル7が有する複数の認知パラメータのうちの、認知モデル7の行動パターンの人間らしさに影響を与える認知パラメータを採用できる。本実施形態では、特定の認知パラメータとして、第1パラメータWvisual、第2パラメータWaural、第3パラメータWimaginalを用いた場合について説明する。
【0015】
プロセッサ6は、CPU(Central Processing Unit)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)等の各種プロセッサである。プロセッサ6は、記憶装置5が記憶しているプログラム等をRAM(不図示)にロードして実行し、生体情報取得部14、パラメータ推定部15、モデル構築部16、行動予測部17、生産性予測部18及び推奨行動提示部19等の機能を実現する。そして、生体情報取得部14、パラメータ推定部15、モデル構築部16、行動予測部17、生産性予測部18及び推奨行動提示部19により、測定装置2による測定値(心拍数)を基に特定の認知パラメータ(例えば、第1パラメータWvisual、第2パラメータWaural、第3パラメータWimaginal)を推定し、推定した特定の認知パラメータが設定された認知モデル7を構築し、構築した認知モデル7を用いて、被験者Aが実行中の第2タスク(課題)を継続した場合の、被験者Aの将来の生産性を予測する生産性予測処理を実行する。
【0016】
[2.生産性予測処理]
次に、生体情報取得部14、パラメータ推定部15、モデル構築部16、行動予測部17、生産性予測部18及び推奨行動提示部19が実行する生産性予測処理について説明する。生産性算出処理は、将来の生産性の予測を行うタスク(第2タスク)の実行中に実行される。第2タスクとしては、例えば、仕事等の頭脳労働をともなう課題が挙げられる。
生産性予測処理が開始されると、図5に示すように、まずステップS101では、生体情報取得部14が、測定装置2から出力される被験者Aの心拍数(生体情報)を順次取得する。即ち、第2タスクを実行している被験者Aの生体情報を取得する。心拍数(生体情報)の取得は、例えば、サンプリング周波数0.2Hzで、5分間程度行われる。
続いてステップS102に移行して、パラメータ推定部15が、ステップS101で取得した心拍数(生体情報)に基づき、第1パラメータWvisual、第2パラメータWaural及び第3パラメータWimaginalの値(特定の認知パラメータの値)を推定する。第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalの値の推定方法としては、例えば、心拍数と第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalの値との関係を学習した機械学習モデル8を用いて、ステップS101で取得した心拍数に基づき、第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalの値を推定する方法を採用できる。
【0017】
続いてステップS103に移行して、パラメータ推定部15が、ステップS102で推定した第3パラメータWimaginalの値が予め定められた所定閾値(例えば、1.0)以下であるか否かを判定する。そして、所定閾値以下であると判定した場合には、ステップS102で推定した第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalの値が下記の式(1)に示す関係を有するかを判定する。そして、下記の式(1)に示す関係を有していると判定した場合(Yes)には、ステップS104に移行する。一方、下記の式(1)に示す関係を有していないと判定した場合(No)には、ステップS101に戻る。
Wvisual/Waural≧k*Wimaginal………(1)
ここで、kは、複数の被験者Aに対して共通に定められる比例定数である。なお、比例定数kは、被験者A毎に定めてもよい。
【0018】
一方、第3パラメータWimaginalの値が所定閾値(1.0)より大きいと判定した場合には、第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalの値が下記の式(2)に示す関係を有するかを判定する。そして、下記の式(2)に示す関係を有していると判定した場合(Yes)には、ステップS104に移行する。一方、下記の式(2)に示す関係を有していないと判定した場合(No)には、ステップS101に戻る。
Wvisual/Waural=k*Wimaginal±α………(2)
ここで、αは、Wvisual/Wauralとk*Wimaginalとのズレの許容量である。
ステップS104では、行動予測部17が、ステップS102で推定した第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalの値を用い、それらの値が設定された認知モデル7を構築する。認知モデル7の構築方法としては、例えば、ACT-Rソフトウェアに、第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalの値を入力し、連続N-back課題(第1タスク)を実行する認知モデル7を構築させる方法を採用できる。
【0019】
続いてステップS105に移行して、行動予測部17が、ステップS104で構築した認知モデル7に基づき、被験者Aに連続N-back課題(第1タスク)を実行させた場合に被験者Aが取る行動を予測する。被験者Aが取る行動の予測方法としては、例えば、認知モデル7を用いて、連続N-back課題を実行した場合のシミュレーションを行い、認知モデル7の行動を、被験者Aが取る行動の予測結果とする方法が挙げられる。
続いてステップS106に移行して、生産性予測部18が、ステップS105で予測した被験者Aが取る行動に基づき、被験者Aが第2のタスク(つまり、被験者Aが現在実行中のタスク。仕事、勉強等の課題)の実行を継続した場合の将来の生産性Sを予測する。将来の生産性Sの予測方法としては、例えば、ステップS105で予測した行動を取った場合の、単位時間当たりの第1タスクの達成量を算出し、算出した達成量を、被験者Aが第2のタスクの実行を継続した場合の将来の生産性Sとする方法を採用できる。
【0020】
続いてステップS107に移行して、推奨行動提示部19が、ステップS106で予測した将来の生産性Sに基づき、被験者Aが取るべき行動を特定する。被験者Aが取るべき行動の特定方法としては、例えば、被験者Aの将来の生産性Sが予め定めた閾値STH以下であるかを判定し、閾値STH以下であると判定した場合に、被験者Aが取るべき行動は「休憩」であると特定し、閾値STHよりも大きいと判定した場合に、被験者Aが取るべき行動は「実行中のタスクの継続」であると特定する方法が挙げられる。続いて、推奨行動提示部19が、特定した行動を被験者Aに提示した後、ステップS101に戻る。特定した行動を提示する方法としては、例えば、特定した行動を促すメッセージ(例えば、「このままでは生産量が下がります。休憩を取ってください。」「休憩の必要はありません。現在の仕事を継続してください。」)を表示装置3に表示させる方法が挙げられる。
ステップS101~S105のフローが繰り返されることにより、被験者Aの将来の生産性Sと閾値STHとの比較が繰り返され、被験者Aの将来の生産性Sの低下が予測されると、被験者Aに休憩を促すメッセージが表示される。それゆえ、生産性が実際に低下する前に被験者Aに休憩をとらせることができ、被験者Aの生産性を回復できる。そのため、休憩中の生産性は「0」となるが、全体としては、被験者Aの生産性を向上できる。
【0021】
以上のように、本実施形態に係る生産性判定装置1では、生体情報取得部14が、第2タスク(被験者Aが実際に実行しているタスク)を実行している被験者Aの心拍数を取得する。続いて、パラメータ推定部15が、取得した心拍数に基づき、認知モデル7が有する複数の認知パラメータのうちの特定の認知パラメータ(第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginal)の値を推定する。続いて、モデル構築部16が、推定した特定の認知パラメータの値を用い、その値が設定された認知モデル7を構築する。続いて、行動予測部17が、構築した認知モデル7に基づき、被験者Aに連続N-back課題(第1タスク)を実行させた場合に被験者Aが取る行動を予測する。続いて、生産性予測部18が、予測した行動に基づき、被験者Aが第2タスクの実行を継続した場合の将来の生産性を予測する。それゆえ、被験者Aの心拍数を入力することで、被験者Aの将来の生産性Sを予測できる。そのため、被験者Aの将来の生産性Sをより容易に予測することができる。
【0022】
即ち、この生産性判定装置1で予測したいのは、被験者Aが実際の仕事・業務(=第2タスク)に取り組んでいるときの生産性である。よって、被験者Aは実際には「第2タスク(=仕事)」に取り組んでいるのであるが、この生産性判定装置1では、そのときの心拍数(生体情報)に基づいて、「第1タスク(=2-back課題)」のときの特定の認知パラメータを予測することになる。被験者Aが取り組んでいる「第2タスク」は仕事であり、生体情報から機械学習モデル8が推定するのは「第1タスク」に関連する特定の認知パラメータなので、その2つは異なるものだが、被験者Aが疲れてきたら、特定の認知パラメータも悪い値になるし、仕事もできなくなるので、両者(=被験者Aの仕事のパフォーマンスと第1タスクの成績(正答率・誤答率))の間には相関がみられると期待される。そこで、認知モデル7が予測する第1タスク(=2-back課題)の成績(=正答率・誤答率)に基づき、被験者Aが第2タスクを続けた場合の将来の生産性の予測が可能となる。
また、本実施形態に係る生産性判定装置1では、推奨行動提示部19が、生産性予測部18で予測した将来の生産性Sに基づき、被験者Aが取るべき行動を特定して提示する。これにより、例えば、被験者Aの将来の生産性Sの低下が予測されるときに、生産性が実際に低下する前に、被験者Aに休憩を促し、被験者Aの生産性を回復することができる。
【0023】
[3.特定の認知パラメータ]
次に、特定の認知パラメータとして、第1パラメータWvisual、第2パラメータWaural及び第3パラメータWimaginalを用いることの妥当性について説明する。
まず、頭脳労働の生産性に寄与する認知能力としては、記憶(working memory)、注意(attention)、推論(reasoning)の3つの能力因子が知られている。本発明者らは、これらのうち記憶(working memory)に着目し、記憶(working memory)のメカニズムに関する良く知られた仮説である(1)忘れの効果、(2)文脈効果が関係するという仮説を採用した。ここで、(1)忘れの効果は、・記憶の強度は時間と頻度の関数である、・パラメータ:忘れ率Decay Rate、記憶ノイズの大きさans等で表される、と定義した。また、(2)文脈効果は、・記憶想起は常に文脈の影響を受けている、・複数の知覚の存在によって文脈も複数のモダリティがある、・パラメータ:視覚刺激に影響されやすさWvisual (視覚刺激に配分する注意)、聴覚刺激に影響されやすさWaural (聴覚刺激に配分する注意)、脳内イメージに注意を向ける能力Wimaginal (脳内イメージに配分する注意)で表される、と定義した。
【0024】
そして、このような仮説を基に、ACT-R認知アーキテクチャを用い、連続2-back 課題を実行する人間の行動を規定する認知モデル7(以下「2-back認知モデル」とも呼ぶ)を構築した。2-back認知モデルの構築では、黙読方略のモデリングを行い、(a)脳は2個前の刺激を覚えつづけるために、毎回記憶倉庫から有用なものを想起してリハーサルを行い、(b)想起したものは心で読み上げて聴覚のバッファを活用するモデルを構築した。
続いて、この2-back認知モデルを用いて連続2-back 課題を実行するシミュレーションを行って、2-back認知モデルによる連続2-back 課題の回答を得た。シミュレーションは、認知パラメータである忘れ率Decay Rate=0.0, 0.01, 0.03, 0.05(4段階)、聴覚刺激に影響されやすさを表すパラメータWaural=[-0.5 , 0.5]の範囲で0.1刻み(11段階)、視覚刺激に影響されやすさを表すパラメータWvisual=[-0.5 , 0.5]の範囲で 0.1刻み(11段階)の各条件について行った。また、シミュレーションで用いた連続2-back 課題と同じ連続2-back 課題を人間に回答させて、人間による連続2-back 課題の回答を得た。
【0025】
続いて、2-back認知モデルによるシミュレーション結果(回答結果)について、連続2-back課題に含まれる幾つかの課題文脈(4文字の文字列。例えば、「a(現在の提示文字)、a(1つ前の提示文字)、b(2つ前の提示文字)、b(3つ前の提示文字)」)毎に、発生し得る誤回答(例えば、「a」)の発生頻度を算出した。また、人間による回答結果についても、同様の発生頻度を算出した。そして、これらの発生頻度の相関Rを算出し、図6図7図8に示すように、横軸がDecay Rate、Waural、Wvisual、縦軸が相関Rのグラフを作成した。また、図9(a)~図9(f)及び図10(g)~図10(k)に示すように、Wimaginal毎に、横軸がWaural、縦軸がWvisual、ドットの濃さが人間らしさ(human likelihood)のグラフを作成した。人間らしさ(human likelihood)は、下記の式(3)及び(4)に従って算出した。また、人間らしさ(human likelihood)の値が0.7以上の場合に、2-back認知モデルの回答パターンが「人間らしい」と判定した。
【数1】
上記の式(3)において、errorは、人間の回答パターンのベクトルP→humanと、認知モデル7の回答パターンのベクトルP→modelとの隔たり(距離)を示す絶対誤差である。絶対誤差errorは、P→human及びP→modelの各項の差の二乗の平均の平方根(RMSE:rooted mean squared error)である。また、上記の式(4)において、human likelihoodは、正規化した絶対誤差と相関Rとの積である。上記の式(4)では、絶対誤差の正規化はmin-max法を用いて行う。min-max法を用いることにより、絶対誤差errorが最も大きい場合(errormax)には「0」となり、絶対誤差errorが最も小さい場合(errormin)には「1」になる。したがって、上記の式(4)によれば、絶対誤差errorが小さいほど或いは相関Rが大きいほど、2-back認知モデルの回答パターンがより「人間らしい」と判定される。
【0026】
その結果、図6に示したグラフによれば、忘れ率Decay Rateは、相関Rの値の変化への影響がなく、認知モデル7の行動パターンの人間らしさに影響を与える認知パラメータではないことが確認できた。また、図7に示したグラフによれば、聴覚刺激に影響されやすさを表すパラメータWauralは、相関Rの値を変化させ、認知モデル7の行動パターンの人間らしさに影響を与える認知パラメータであることが確認できた。また、図8に示したグラフによれば、視覚刺激に影響されやすさを表すパラメータWvisualは、相関Rの値を変化させ、認知モデル7の行動パターンの人間らしさに影響を与える認知パラメータであることが確認できた。また、図9(a)~図10(k)に示したグラフでは、Wimaginalが0.5~1.0の範囲では、Waural及びWvisualが上記の式(1)を満たす場合に、相関Rの値が高くなり、認知モデル7の行動パターンの人間らしさに影響を与える認知パラメータであることが確認できた。また、Wimaginalが1.1~1.5の範囲では、Waural及びWvisualが上記の式(2)を満たす場合に、相関Rの値が高くなり、認知モデル7の行動パターンの人間らしさに影響を与える認知パラメータであることが確認できた。
したがって、上記の仮説(1)は誤りであったが、仮説(2)が正しいことが確認できた。それゆえ、特定の認知パラメータとして、第1パラメータWvisual~第3パラメータWimaginalを用いることの妥当性と、上記式(1)(2)を満たすことの妥当性が確認できた。
【0027】
[4.変形例]
(1)なお、本実施形態では、被験者Aの将来の生産性Sと比較する閾値STHとして予め定めた一定値を用いる例を示したが、他の構成を採用することもできる。例えば、被験者Aの将来の生産性Sの予測を行うたびに、予測結果を記憶装置5に記憶させておき、記憶装置5に記憶されている過去の予測結果に基づき閾値STHを設定する構成としてもよい。一例としては、過去の予測結果の平均値や平均値×係数を閾値STHとする方法が挙げられる。これにより、被験者Aの能力にあわせた適切な閾値STHを設定することができる。
【0028】
(2)また、本実施形態では、被験者Aの将来の生産性Sが閾値STH以下である場合に、休憩を促すメッセージを表示する例を示したが、他の構成を採用することもできる。例えば、特定の認知パラメータの変化を検出することで、適した課題の実施をリコメンドしてくれる構成としてもよい。即ち、推奨行動提示部19が、パラメータ推定部15で推定した特定の認知パラメータの値と予め定めた閾値とを比較して、被験者Aが取るべき行動を特定して提示する構成としてもよい。一例としては、推論(reasoning)に関連する認知パラメータが閾値より大きい場合に、「推論(reasoning)に関連する認知パラメータが基準値より高いので、創造性を必要とする作業にとりかかるとよいでしょう。」というメッセージを表示する方法が挙げられる。また、他の一例としては、注意(attention)に関連する認知パラメータが閾値より小さい場合に、「注意(attention)に関連するパラメータが基準値より低いので、集中力を必要とする作業を離れて、リラックスして取り組める作業に移りましょう。」というメッセージを表示する方法が挙げられる。これにより、集中力を必要とする作業から、リラックスして取り組める作業への切り替えを促すことにより、仕事を継続しつつ、集中力を必要とする作業に対する被験者Aの生産性を回復できる。
【0029】
(3)また、例えば、日々のパラメータ変動(特定の認知パラメータの変動)、パフォーマンス変動(将来の生産性Sの変動)を溜めて分析することで、日内・週内の作業計画立案をサポートする構成としてもよい。一例としては、「月曜日は創造的な仕事を、水曜日は手を動かす仕事を…しましょう」等、作業内容をリコメンドする方法が挙げられる。また、午前・午後で或いはもっと細かく就業始めはこれをしなさい、昼食後はこれをしなさい、と作業内容をリコメンドしてもよい。作業内容を明文化・可視化することにより、自身の仕事や認知パラメータの変動リズムについて、被験者Aに自覚させることができる。
【0030】
(4)また、例えば、被験者Aが取り組んでいる仕事(作業)を遂行中の認知パラメータ(特定の認知パラメータ)を見ることで、その仕事(作業)が必要としている認知的リソース(記憶資源、注意資源、推論資源・・・)を判定する構成としてもよい。或いは、被験者Aがその作業をするときに必要とする認知的リソースを判定する構成としてもよい。これにより、被験者Aが取り組んでいる仕事が必要としている認知能力を明確化できる。即ち、生産性が高まる低くなるということがわかるだけでなく、ある仕事を取り組んでいるときの認知パラメータの変動を見ることで、その仕事の質(=その仕事にどんな認知能力が必要とされるのか、ワーキングメモリなのかアテンションなのか)がわかる。
【0031】
(5)また、例えば、特定の認知的リソースが枯渇しないように、午前中に注意資源をよく使う集中が必要な仕事をしたら、午後はそれから解放してやり、創造力(reasoning)を必要とする仕事をする等、業務計画の立案や、休憩取得の促しを行う構成としてもよい。これにより、同じ仕事をやり続けて疲れてしまうことを回避することができる。
(6)また、被験者Aの作業内容や認知パラメータの変動具合をもとに、休憩するときの嗜好品や、仕事に使えるアプリの使用・購入をリコメンドする(=広告を提示する)構成としてもよい。これにより、被験者Aにより有益な情報を提供することができる。
【0032】
(7)また、上記した「特定の認知パラメータ」の決定等、生産性判定装置1の開発に使用するデータ取得を目的としてパソコンやスマートフォン等の端末装置にインストールして使用させるアプリケーションプログラム(以下、「アプリ」とも呼ぶ)を提供するようにしてもよい。アプリは、例えば、図11(a)~図11(f)に示すように、日常生活の中で「記憶(working memory)」「注意(attention)」「推論(reasoning)」の3つの能力を簡便に判定することを可能とし、また、その判定に用いたアプリ利用者の入力データを、生産性判定装置1の開発者側のサーバに送信するプログラムとする。記憶(working memory)能力は、図2に示した「連続2-back課題」の正答率や反応時間によって判定される。また、注意力(attention)能力は、図3に示した「Stroop課題」の課題成績(正答率、反応時間の早さ)によって判定される。また、推論(reasoning)能力は、図3に示した「FluidIQ課題」(レーヴン漸進的マトリックス課題)の成績によって判定される。また、このアプリには、謝金機能(課題に取り組んだ累積時間に応じて謝金を渡す機能)、カレンダーとの連動機能、他者との相対ランク表示機能(競争意識の醸成やモチベーション維持の機能)、アカウントやランキングの検索機能等を持たせてもよい。
【0033】
(8)また、本実施形態では、認知モデル7を、ACT-Rを用いて構築する例を示したが、他の構成を採用することもできる。例えば、ASMO(Attentive Self-Modifying)、Soar、EPIC等、他の認知アーキテクチャを用いて構築する構成としてもよい。
【符号の説明】
【0034】
1…生産性判定装置、2…測定装置、3…表示装置、4…装置本体、5…記憶装置、6…プロセッサ、7…認知モデル、8…機械学習モデル、10…刺激、11…文字、12…画像、13…画像、14…生体情報取得部、15…パラメータ推定部、16…モデル構築部、17…行動予測部、18…生産性予測部、19…推奨行動提示部
図1
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