(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025025869
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】電動機の駆動装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/26 20160101AFI20250214BHJP
【FI】
H02P21/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023131073
(22)【出願日】2023-08-10
(71)【出願人】
【識別番号】000000239
【氏名又は名称】株式会社荏原製作所
(71)【出願人】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】100118500
【弁理士】
【氏名又は名称】廣澤 哲也
(74)【代理人】
【氏名又は名称】渡邉 勇
(74)【代理人】
【識別番号】100174089
【弁理士】
【氏名又は名称】郷戸 学
(74)【代理人】
【識別番号】100186749
【弁理士】
【氏名又は名称】金沢 充博
(72)【発明者】
【氏名】落合 章裕
(72)【発明者】
【氏名】千馬 尚己
(72)【発明者】
【氏名】吉田 俊哉
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG02
5H505GG04
5H505JJ26
5H505LL15
5H505LL22
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】電動機に依存する定数を不要とし、電動機の制御性を向上させた駆動装置を提供する。
【解決手段】駆動装置のベクトル制御部11は、インバータ10への電圧指令値を成分に含む電圧指令ベクトルと同方向の単位ベクトルを生成する単位ベクトル生成部35と、ベクトル制御部11の1制御周期あたりの単位ベクトルの回転角Δθuを算定するベクトル回転角算定部50と、単位ベクトルの回転角Δθuからノイズを除去することで推定ロータ回転角Δθrを生成するローパスフィルタ52と、単位ベクトルをサンプリングし、推定ロータ回転角Δθrに基づいて出力ベクトル(<u
α>,<u
β>)を生成するサンプリング処理部55を備えている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータと、該インバータの出力電流を検出する電流検出器と、該インバータへの電圧指令値を決定するベクトル制御部とを備えた電動機の駆動装置であって、
前記ベクトル制御部は、
前記インバータへの電圧指令値を成分に含む電圧指令ベクトルと同方向の単位ベクトルを生成する単位ベクトル生成部と、
前記ベクトル制御部の1制御周期あたりの前記単位ベクトルの回転角を算定するベクトル回転角算定部と、
前記単位ベクトルの前記回転角からノイズを除去することで推定ロータ回転角を生成するローパスフィルタと、
前記単位ベクトルをサンプリングし、前記推定ロータ回転角に基づいて出力ベクトルを生成するサンプリング処理部を備えている、駆動装置。
【請求項2】
前記サンプリング処理部は、
前記単位ベクトルが更新範囲外にあるときに前記単位ベクトルの更新を停止する更新停止部と、
前記更新停止部から出力された前記単位ベクトルの移動量を制限範囲内に制限する推移制限部を備え、
前記更新範囲および前記制限範囲は、前記推定ロータ回転角に基づいて決定される、請求項1に記載の駆動装置。
【請求項3】
前記サンプリング処理部は、前記推定ロータ回転角を用いて、過去の出力ベクトルを1制御周期だけ進めた1次ホールドベクトルを算定するように構成されたベクトルスタビライザを備えている、請求項1に記載の駆動装置。
【請求項4】
前記ベクトルスタビライザは、
前記推定ロータ回転角の絶対値に所定の係数を乗算して得られた値が、前記単位ベクトルの前記回転角の絶対値よりも小さい場合は、前記1次ホールドベクトルを現在の出力ベクトルとして出力し、
前記推定ロータ回転角の絶対値に所定の係数を乗算して得られた値が、前記単位ベクトルの前記回転角の絶対値以上である場合は、前記単位ベクトルと前記1次ホールドベクトルとを所定の比で組み合わせたハイブリッド出力ベクトルを現在の出力ベクトルとして出力するように構成されている、請求項3に記載の駆動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、同期モータや誘導モータなどの電動機を駆動する駆動装置に関し、特にインバータの出力電流に基づいてベクトル制御を行なう駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から一般に用いられているモータの制御方法としては、指令周波数に対応する電圧を出力することにより、電動機磁束を一定に保つV/F制御や、インバータの出力電流を励磁電流とトルク電流に分解し、負荷に見合ったモータ電流を流せるように励磁電圧とトルク電圧を制御するベクトル制御が挙げられる。
【0003】
V/F制御は高速な演算を必要とせず、簡易な構成でモータを制御することが出来る。しかし、このV/F制御では、フィードバック情報が乏しいため、個々のモータの特性に合わせた高効率な制御は期待出来ない。また、モータロータの位置を検出しないため、同期機の場合はモータロータが脱調する可能性もある。
【0004】
一方、同期機の脱調を防止し、且つ、高価な位置センサを使用することなく同期機を制御することが出来る制御方式として、センサレスベクトル制御がある。このセンサレスベクトル制御は、位置センサを用いずに、フィードバックされたモータ電流からロータの位置を推定する制御方式である。
【0005】
特許文献1には、ロータ用の位置センサを使用することなくモータを制御することが出来るセンサレスベクトル制御が開示されている。
図7は、従来のセンサベクトル制御を示すブロック図である。
図7に示すように、ベクトル制御部511は、電流検出器512により検出された三相電流Iu,Iv,Iwを静止座標系上の二相電流Iα,Iβに変換する3/2相変換部517と、静止座標系上の二相電流Iα,Iβを回転座標系上の二相電流Iγ,Iδに変換する静止/回転座標変換部518を備えている。δ軸はモータ端子電圧(インバータ出力電圧)のベクトル方向の軸であり、γ軸はδ軸に直交する軸である。
【0006】
ベクトル制御部511は、さらに、電流Iγとγ軸電流指令値Iγ*(=0)との偏差を最小とするための回転座標系上の電圧指令値eINV-γ*を生成するγ軸電流制御部521と、電流Iδとδ軸電流指令値Iδ*との偏差を最小とするための回転座標系上の電圧指令値eINV-δ*を生成するδ軸電流制御部522と、回転座標系上の電圧指令値eINV-γ*,eINV-δ*を静止座標系上の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*に変換する回転/静止座標変換部524と、二相の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を三相の電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に変換する2/3相変換部525を備えている。γ軸電流制御部521およびδ軸電流制御部522は、PI制御器である。
【0007】
ベクトル制御部511は、さらに、静止座標系上の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を成分に持つベクトルe→
INV*の長さ|e→
INV*|を算定するベクトル長さ算定部529と、1制御周期あたりの回転角[rad]の推定値Δθe*を算定する回転角推定器531と、静止座標系上の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を成分に含む電圧指令ベクトルと同方向の単位ベクトル(uα,uβ)を生成する単位ベクトル生成部535と、単位ベクトル(uα,uβ)が、予め設定された更新範囲外にあるときに単位ベクトル(uα,uβ)の更新を停止する更新停止部537と、単位ベクトル(uα,uβ)の移動を、予め設定された制限範囲内に制限する推移制限部538を備えている。推移制限部538の出力<uα>,<uβ>は、静止/回転座標変換部518および回転/静止座標変換部524に送られる。
【0008】
回転角推定器531は、ベクトル制御部11の制御周期Tc[s]、逆起電力定数Ke[Vs/rad](電気角速度当たりの一相起電力)、およびベクトル長さ|e→
INV*|から、1制御周期あたりの回転角[rad]の推定値Δθe*を算定するように構成される。
【0009】
単位ベクトル生成部535は、電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を成分に含む電圧指令ベクトルe→
INV*をその長さ|e→
INV*|で割り算することで、単位ベクトル(uα,uβ)を生成するように構成される。単位ベクトル生成部535は、制御周期Tcごとに単位ベクトルを生成する。
【0010】
更新停止部537は、単位ベクトル生成部535によって生成された単位ベクトルが更新範囲内にあるときは、前回生成された単位ベクトルを、新たに生成された単位ベクトルに置き換え(すなわち単位ベクトルを更新し)、その一方で、単位ベクトル生成部535によって生成された単位ベクトルが更新範囲外にあるときは、単位ベクトルを更新せず、前回の単位ベクトルを出力する。このような機能を持つ更新停止部537の例としては、サンプル・ホールド回路が挙げられる。
【0011】
ベクトル制御部511は、さらに、単位ベクトルの各成分uα,uβのゼロクロスを検出して電動機Mの回転速度(回転周波数)fを算定する速度算出器540と、外部からベクトル制御部511に入力された速度指令値[rpm]から周波数指令値f*を算出する速度変換器541と、電動機Mの回転周波数fと周波数指令値f*との偏差を最小とするためのδ軸電流指令値Iδ*を算定する速度制御部542を備えている。速度制御部542は、PI制御器である。
【0012】
このような構成とすることで、一般的なセンサレス制御で用いられている角速度信号から回転角信号を得る積分要素が不要となる。これにより回転系の慣性モーメントに起因するパラメータが不要となりパラメータ調整の手間がなくなり、かつ、急加速、急減速などの過渡応答性が改善される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
図7に示す従来技術のセンサレスベクトル制御は、電流制御系の制御器(PI制御器)以外では瞬時値が使用されている。これは速度の過渡応答を極限まで改善するためである。しかしながら、1制御周期あたりの回転角[rad]の推定値Δθe*を求めるために逆起電力定数Keを設定する必要がある。この逆起電力定数Keは、電動機Mに依存する固有値であり、電動機Mの機種によって変わる。無負荷から全負荷まで全域にわたって理想的な電動機Mの運転を実現しようとすると、試行錯誤的にこの逆起電力定数Keの具体的な値を調整する必要がある。
【0015】
図7では、電動機Mの端子電圧に相当する|e
→
INV*|を逆起電力定数Keで除算することで、1制御周期あたりの回転角[rad]の推定値Δθe*を算定する。しかしながら、電動機Mの端子電圧は、永久磁石磁束が回転して生ずる起電力(φω)だけでなく、巻線電流(Id, Iq)にも依存する電圧成分(特に高調波成分)も含む。このため、モータ電流や負荷状態によって推定値Δθe*に誤差が生じてしまう。結果として、電動機Mを精度良く駆動できないことがあった。
【0016】
そこで、本発明は、電動機に依存する定数を不要とし、電動機の制御性を向上させた駆動装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0017】
一態様では、インバータと、該インバータの出力電流を検出する電流検出器と、該インバータへの電圧指令値を決定するベクトル制御部とを備えた電動機の駆動装置であって、前記ベクトル制御部は、前記インバータへの電圧指令値を成分に含む電圧指令ベクトルと同方向の単位ベクトルを生成する単位ベクトル生成部と、前記ベクトル制御部の1制御周期あたりの前記単位ベクトルの回転角を算定するベクトル回転角算定部と、前記単位ベクトルの前記回転角からノイズを除去することで推定ロータ回転角を生成するローパスフィルタと、前記単位ベクトルをサンプリングし、前記推定ロータ回転角に基づいて出力ベクトルを生成するサンプリング処理部を備えている、駆動装置が提供される。
【0018】
一態様では、前記サンプリング処理部は、前記単位ベクトルが更新範囲外にあるときに前記単位ベクトルの更新を停止する更新停止部と、前記更新停止部から出力された前記単位ベクトルの移動量を制限範囲内に制限する推移制限部を備え、前記更新範囲および前記制限範囲は、前記推定ロータ回転角に基づいて決定される。
一態様では、前記サンプリング処理部は、前記推定ロータ回転角を用いて、過去の出力ベクトルを1制御周期だけ進めた1次ホールドベクトルを算定するように構成されたベクトルスタビライザを備えている。
一態様では、前記ベクトルスタビライザは、前記推定ロータ回転角の絶対値に所定の係数を乗算して得られた値が、前記単位ベクトルの前記回転角の絶対値よりも小さい場合は、前記1次ホールドベクトルを現在の出力ベクトルとして出力し、前記推定ロータ回転角の絶対値に所定の係数を乗算して得られた値が、前記単位ベクトルの前記回転角の絶対値以上である場合は、前記単位ベクトルと前記1次ホールドベクトルとを所定の比で組み合わせたハイブリッド出力ベクトルを現在の出力ベクトルとして出力するように構成されている。
【発明の効果】
【0019】
ベクトル回転角算定部とローパスフィルタをベクトル制御部に導入することで、電動機に依存する逆起電力定数を不要とすることができる。加えて、ローパスフィルタにより単位ベクトルの回転角からノイズが除去されるので、推定ロータ回転角の推定精度を向上させることができる。結果として、駆動装置は、向上された制御性で電動機を駆動することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】駆動装置の一実施形態を示すブロック図である。
【
図2】
図2(a)乃至
図2(c)は、モータ端子電圧(インバータ出力電圧)の指令値と同方向の単位ベクトルについて、1制御周期前後の様子を表した図である。
【
図3】単位ベクトルを更新するか否かを判定するために使用される更新範囲を説明する図である。
【
図4】単位ベクトルの移動が制限される制限範囲を示した図である。
【
図5】推移制限部によって移動が制限された単位ベクトルを示す図である。
【
図6】駆動装置の他の実施形態を示すブロック図である。
【
図7】従来のセンサベクトル制御を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、駆動装置の一実施形態を示すブロック図である。この駆動装置は、電動機Mを駆動するインバータ装置(電力変換装置)であり、
図1に示すようにインバータ10およびベクトル制御部11を含む複数の要素から構成されている。すなわち、駆動装置は、電動機Mに印加される電圧を生成するインバータ10と、インバータ10への電圧指令値を決定するベクトル制御部11と、インバータ10から電動機Mに流れる電流を検出する電流検出器(電流計)12とを備えている。電動機Mは、ロータに永久磁石を備えた永久磁石同期モータ(PMSM)である。ベクトル制御部11は、CPU(中央演算処理装置)などの処理装置およびメモリを備えたコンピュータから構成することができる。
【0022】
電流検出器12は、インバータ10から電動機Mに流れる三相電流Iu,Iv,Iwを計測する。その計測値は、ベクトル制御部11に入力される。なお、三相電流Iu,Iv,Iwの計測は、任意の2相の電流を計測し、式Iu+Iv+Iw=0から残りの電流を求めてもよい。ベクトル制御部11は、三相電流Iu,Iv,Iwおよび外部から入力される速度指令値に基づいて三相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*を生成する。ベクトル制御部11は、これら三相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*をインバータ10に送る。インバータ10は三相電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に基づいた電圧を生成し、これを電動機Mに印加する。
【0023】
ベクトル制御部11は、電流検出器12により検出された三相電流Iu,Iv,Iwを静止座標系上の二相電流Iα,Iβに変換する3/2相変換部17と、静止座標系上の二相電流Iα,Iβを回転座標系上の二相電流Iγ,Iδに変換する静止/回転座標変換部18を備えている。δ軸はモータ端子電圧(インバータ出力電圧)のベクトル方向の軸であり、γ軸はδ軸に直交する軸である。
【0024】
ベクトル制御部11は、さらに、電流Iγとγ軸電流指令値Iγ*(=0)との偏差を最小とするための回転座標系上の電圧指令値eINV-γ*を生成するγ軸電流制御部21と、電流Iδとδ軸電流指令値Iδ*との偏差を最小とするための回転座標系上の電圧指令値eINV-δ*を生成するδ軸電流制御部22と、回転座標系上の電圧指令値eINV-γ*,eINV-δ*を静止座標系上の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*に変換する回転/静止座標変換部24と、二相の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を三相の電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に変換する2/3相変換部25を備えている。γ軸電流制御部21およびδ軸電流制御部22は、PI制御器である。
【0025】
ベクトル制御部11は、さらに、静止座標系上の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を成分に持つベクトルe→
INV*の長さ|e→
INV*|を算定するベクトル長さ算定部29と、静止座標系上の電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を成分に含む電圧指令ベクトルと同方向の単位ベクトル(uα,uβ)を生成する単位ベクトル生成部35と、1制御周期あたりの単位ベクトル(uα,uβ)の回転角Δθuを算定するベクトル回転角算定部50と、単位ベクトル(uα,uβ)の回転角Δθuからノイズを除去することで推定ロータ回転角Δθrを生成するローパスフィルタ52と、単位ベクトル(uα,uβ)をサンプリングし、推定ロータ回転角Δθrに基づいて出力ベクトル(<uα>,<uβ>)を生成するサンプリング処理部55を備えている。
【0026】
本実施形態では、サンプリング処理部55は、更新停止部37および推移制限部38を備えている。更新停止部37は、単位ベクトル(uα,uβ)が、予め設定された更新範囲外にあるときに単位ベクトル(uα,uβ)の更新を停止するように構成される。推移制限部38は、単位ベクトル(uα,uβ)の移動量を、予め設定された制限範囲内に制限するように構成される。推移制限部38からの出力ベクトル(<uα>,<uβ>)は、静止/回転座標変換部18および回転/静止座標変換部24に送られる。
【0027】
単位ベクトル生成部35は、電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を成分に含む電圧指令ベクトルe→
INV*をその長さ|e→
INV*|で割り算することで、単位ベクトル(uα,uβ)を生成するように構成される。単位ベクトル生成部35は、ベクトル制御部11の制御周期Tcごとに単位ベクトルを生成する。
【0028】
ベクトル回転角算定部50は、現在の制御周期において生成された現在の単位ベクトル(uα[n],uβ[n])と、1つ前の制御周期において生成された過去の単位ベクトル(uα[n-1],uβ[n-1])から、以下の式(1)を用いて単位ベクトルの回転角Δθuを算定する。
Δθu=uα[n]uβ[n-1]-uα[n-1]uβ[n] (1)
ここで、[n]は単位ベクトル(uα,uβ)の現在のサンプリング時点(すなわち現在の制御周期)、[n-1]は1つ前のサンプリング時点(すなわち1つ前の制御周期)を表す。
【0029】
ローパスフィルタ52は、単位ベクトルの回転角Δθuから高調波成分などのノイズを除去することで、推定ロータ回転角Δθrを生成する。推定ロータ回転角Δθrは、更新停止部37および推移制限部38の両方に入力される。推定ロータ回転角Δθrの精度を高めるためには、ローパスフィルタ52の遮断周波数を低めに設定する必要があり、その一方で、モータ速度急変に対応するためには遮断周波数を高めに設定する必要がある。しかし、通常のモータ駆動において、速度信号に数十Hzを超えるような信号が含まれることはほぼないと考えられるので、ローパスフィルタ52の遮断周波数は、数十Hz程度に設定される。一例では、ローパスフィルタ52の遮断周波数は、20Hzである。
【0030】
このようにベクトル回転角算定部50とローパスフィルタ52をベクトル制御部11に導入することで、電動機Mに依存する逆起電力定数Keを不要とすることができる。加えて、ローパスフィルタ52により単位ベクトルの回転角Δθuからノイズが除去されるので、推定ロータ回転角Δθrの推定精度を向上させることができる。結果として、駆動装置は、向上された制御性で電動機Mを駆動することができる。
【0031】
更新停止部37は、単位ベクトル生成部35によって生成された単位ベクトルが更新範囲内にあるときは、前回生成された単位ベクトルを、新たに生成された単位ベクトルに置き換え(すなわち単位ベクトルを更新し)、その一方で、単位ベクトル生成部35によって生成された単位ベクトルが更新範囲外にあるときは、単位ベクトルを更新せず、前回の単位ベクトルを出力する。このような機能を持つ更新停止部37の例としては、サンプル・ホールド回路が挙げられる。
【0032】
更新範囲は、推定ロータ回転角Δθrに基づいて定められる。具体的には、更新範囲は、以下のように定められる。
Δθrenew=MrenewΔθr (2)
係数Mrenewは、1以上の定数として与えられたパラメータである。これにより運転速度に適応した更新範囲を与えることができる。
【0033】
ベクトル制御部11は、さらに、単位ベクトルの各成分uα,uβのゼロクロスを検出して電動機Mの回転速度(回転周波数)fを算定する速度算出器40と、外部からベクトル制御部11に入力された速度指令値[rpm]から周波数指令値f*を算出する速度変換器41と、電動機Mの回転周波数fと周波数指令値f*との偏差を最小とするためのδ軸電流指令値Iδ*を算定する速度制御部42を備えている。速度制御部42は、PI制御器である。
【0034】
上述のように、ベクトル制御部11には、αβ-γδ変換、γδ-αβ変換を含んだ電流制御系が組み込まれてまれており、電動機Mの実電流が電流指令値Iγ*,Iδ*を追従するように制御する。なお、δ軸はモータ端子電圧(インバータ出力電圧)のベクトル方向の軸で、γ軸はδ軸に直交する軸である。αβ-γδ変換およびγδ-αβ変換へは座標の角度を与えるのではなく、インバータ10への電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を成分に持つ電圧指令ベクトルと同方向の単位ベクトル(uα,uβ)を与える。単位ベクトルの各成分uα,uβは、cos値、sin値としてそれぞれ与えられ、各ブロックで回転行列演算が行われる。sin、cos関数を利用していないため、ベクトル制御部11の演算量(計算負荷)を減らすことができる。
【0035】
本実施形態では、電圧指令値eINV-α*,eINV-β*を単位ベクトル化したuα,uβをそのまま使っているのではなく、与えられた条件に従ってuα,uβをサンプルまたはホールドする更新停止部37、および、1制御周期あたりの単位ベクトルの移動量を制限する推移制限部38から出力された<uα>,<uβ>をcos値、sin値として用いて座標変換を行う。特に更新停止部37は、単位ベクトル(uα,uβ)が電動機Mのロータの永久磁石の磁束に起因する逆起電力の方向と乖離している時にγδ軸が脱調してしまうことを回避する働きをする。
【0036】
次に、更新停止部37について説明する。
図2はモータ端子電圧(インバータ出力電圧)の指令値と同方向の単位ベクトル(u
α,u
β)について、1制御周期前後の様子を表した図である。[n]は単位ベクトル(u
α,u
β)の現在のサンプリング時点(すなわち現在の制御周期)、[n-1]は1つ前のサンプリング時点(すなわち1つ前の制御周期)を表す。Tcはベクトル制御部11の制御周期であり、ωeは回転角速度(電気角)[rad/s]である。
【0037】
ロータ回転とモータ端子電圧が同期している場合は、単位ベクトル(u
α,u
β)は、
図2(a)のように1制御周期あたりΔθe=Tcωeだけ回転角が進むことになる。単位ベクトルが
図2(a)のような推移をしている場合は、モータ端子電圧とロータ回転に起因する逆起電力の位相はほぼ一致し、かつ、電流制御系の指令値と実電流値がほぼ一致する状態となっていると考えられるため、単位ベクトル(u
α,u
β)から電動機Mのロータの回転角情報を取得できる。
【0038】
一方、
図2(b)は、1制御周期あたりの回転角Δθeよりも単位ベクトルが大幅に進んだ場合で、
図2(c)は大幅に遅れた場合を示している。これらの場合は、モータ各相のインピーダンス、特に自己インダクタンスに大きな電圧が発生している状態であると考えられ、単純に端子電圧の位相から回転に起因する逆起電力の位相を見出すことができない。つまり、u
α,u
βから回転角情報を取得できない。
【0039】
そこで本実施形態では、
図3の太線で示すように回転角Δθeを包含する更新範囲が設けられる(Δθrenew>Δθe)。更新範囲(-Δθrenew~+Δθrenew)は、一つ前の制御周期で生成された単位ベクトル(u
α[n-1],u
β[n-1])からの回転角Δθeを包含する角度範囲である。更新範囲を定めるΔθrenewは、上記式(2)に示すように、推定ロータ回転角Δθrと、係数Mrenew(1以上の定数)から算定される。
【0040】
一つ前の制御周期に対して次の制御周期の単位ベクトル(uα,uβ)がこの更新範囲内であれば、単位ベクトルの各成分uα,uβから回転角が取得できるので、更新停止部37は、uα,uβをサンプリングし、そのまま出力する。更新範囲外であれば、更新停止部37はuα,uβをサンプリングせず、一つ前の制御周期の単位ベクトル(uα,uβ)を出力する。これは、更新停止部37が、単位ベクトル(uα,uβ)の更新を停止することに相当する。以下の説明では、更新停止部37から出力される単位ベクトルを(u’α,u’β)と表す。
【0041】
図3に示す実施形態では、更新範囲(-Δθrenew~+Δθrenew)は、一つ前の制御周期での単位ベクトル(u
α[n-1],u
β[n-1])に対して対称の角度を持っているが、一実施形態では、更新範囲(-Δθrenew~+Δθrenew)は、一つ前の制御周期での単位ベクトル(u
α[n-1],u
β[n-1])に対して非対称の角度を持ってもよい。
【0042】
次に、推移制限部38について説明する。上述のように、回転角が取得できる条件でのみモータ端子電圧と同方向の単位ベクトルを取得すれば、誤った回転角情報を無視することができ、この情報にてγδ-αβ変換を行うことで電動機Mの運転が維持できる。しかし、単位ベクトルの更新停止を維持すると、その間も電動機Mのロータの回転は続いているため回転に起因する逆起電力の位相は進み続け、更新を再開した際に、前回サンプリングした単位ベクトルとの角度差が大きくなってしまう。つまり更新停止から回復直後の1制御周期で、制御に用いる単位ベクトル(u’
α,u’
β)が大幅に変動し、γδ軸の角度が大きく変動する。このため電流制御系に大きなステップが入力されてしまう。そうすると、モータ各相の自己インダクタンスに大きな電圧が発生し、回転に起因する逆起電力が検出できなくなり、また、電流制御系も電流指令値と実電流が乖離した過渡状態となる。この時、
図2(b)または
図2(c)の状態となり、再度サンプリングが停止される。このため、1度単位ベクトルの更新を停止するとサンプリングの停止と再開を繰り返してしまうことになり、連続的な回転角情報の取得ができなくなる場合がある。
【0043】
そこで、本実施形態では、1度に移動できる単位ベクトルの角度に制限を設け、推移制限部38は、予め設定された制限範囲を超える変動が1制御周期で発生した場合には、単位ベクトルの角度の移動量を規定値に制限するように動作する。
【0044】
図4は単位ベクトルの移動が制限される制限範囲(太線で表す)を示した図である。
図4は
図3と酷似しているが、制限範囲を規定する角度がΔθlimitで与えられている点、および単位ベクトルは、更新停止部37から出力された単位ベクトル(u’
α,u’
β)となっている点が異なる。制限範囲は±Δθlimitで与えられているが、更新範囲(-Δθrenew~+Δθrenew)と同様、1つ前の制御周期での単位ベクトルに対して対称な角で与える必要はない。
【0045】
ただし、回転方向に対しては、更新停止後に進んでしまった単位ベクトルに追いつく必要があるため、基本的には回転角Δθeを包含する制限範囲を設ける(Δθlimit>Δθe)。すなわち、制限範囲(-Δθlimit~+Δθlimit)は、一つ前の制御周期で生成された単位ベクトル(u’α[n-1],u’β[n-1])からの回転角Δθeを包含する角度範囲である。
【0046】
制限範囲は、推定ロータ回転角Δθrに基づいて定められる。具体的には、制限範囲は、以下のように定められる。
Δθlimit=MlimitΔθr (3)
係数Mlimitは、1以上の定数として与えられたパラメータである。これにより運転速度に適応した制限範囲を与えることができる。
【0047】
図4で与えた制限範囲を超えた単位ベクトル(u’
α[n],u’
β[n])が次の制御周期で得られた場合は、単位ベクトルの移動量(または回転量)を制限範囲の上限値+Δθlimitまたは下限値-Δθlimitに制限する。
図5の(<u
α>[n],<u
β>[n])が推移制限部38の出力ベクトルである。この場合、複数の制御周期を使って(u’
α[n],u’
β[n])に追いつくように出力ベクトルが変化する。実際は、制御周期ごとに(u’
α,u’
β)が更新され、推移制限部38の出力ベクトル(<u
α>,<u
β>)はそれを追従することになる。すなわち、上述のようにΔθlimit>Δθeであるので、推移制限部38の出力ベクトル(<u
α>,<u
β>)はやがて(u’
α,u’
β)に追いつくことができる。
【0048】
推移制限部38は、単位ベクトルの過度な移動を制限し、予め設定された制限範囲を超える変動が発生した場合には、単位ベクトルの移動量を制限範囲内に制限する。したがって、前回更新した単位ベクトルの角度と実際のロータ角度との差が制限範囲内に収まる。結果としてロータ角度情報を連続的に取得することができる。
図1に示す実施形態では、更新停止部37から出力された単位ベクトル(u’
α,u’
β)の過度な移動が推移制限部38によって制限されるが、一実施形態では、更新停止部37がない構成でも、推移制限部38は有効に機能する。すなわち、推移制限部38は、単位ベクトル生成部35によって生成された単位ベクトルの過度な移動を制限することで、ロータ角度情報を連続的に取得することができ、ベクトル制御部11は電動機Mを安定して制御することができる。
【0049】
次に、ベクトル制御部11の他の実施形態について、
図5を参照して説明する。特に説明しない本実施形態の構成および動作は、
図1乃至
図4を参照して説明した実施形態と同じであるので、その重複する説明を省略する。
【0050】
図1乃至
図4を参照して説明した実施形態では、更新停止処理、すなわち単位ベクトル(u
α,u
β)のホールド動作は、前値ホールド(0次ホールド)である。加えて、ステップ状の変化が電流フィードバック系に入力されて過渡状態となることを避けるため、移動量制限処理が導入されている。しかしながら、若干の過渡状態は発生することがある。
【0051】
そこで、以下に説明する実施形態では、推定ロータ回転角Δθrを利用して1制御周期分だけ単位ベクトルを進める1次ホールドが採用される。加えて、ホールド動作からサンプリング動作に移行する際に単位ベクトルに発生しうる跳躍を緩和するために、現在の制御周期において生成された単位ベクトルと、1制御周期分だけ進められた単位ベクトル(1次ホールドベクトル)とを、シームレスに接続する処理が実行される。これにより移動量制限処理を不要とし、よりシンプルなアルゴリズムが実現される。
【0052】
図5に示すように、本実施形態のサンプリング処理部55は、推定ロータ回転角Δθrを用いて、過去の出力ベクトルを1制御周期だけ進めた1次ホールドベクトルを算定するように構成されたベクトルスタビライザ60を備えている。ベクトルスタビライザ60は、単位ベクトル生成部35、ベクトル回転角算定部50、およびローパスフィルタ52に接続されている。この実施形態では、
図1に示す更新停止部37および推移制限部38は設けられていない。
【0053】
単位ベクトル生成部35によって生成された単位ベクトル(uα,uβ)、ベクトル回転角算定部50によって算定された1制御周期あたりの単位ベクトルの回転角Δθu、およびローパスフィルタ52によって生成された推定ロータ回転角Δθrは、ベクトルスタビライザ60に入力される。ベクトルスタビライザ60は、以下に説明するように出力ベクトル(u”α[n],u”β[n])を生成し、出力ベクトル(u”α[n],u”β[n])は、静止/回転座標変換部18および回転/静止座標変換部24に送られる。
【0054】
ベクトルスタビライザ60は、推定ロータ回転角Δθrの絶対値に所定の係数Mrenewを乗算して得られた値が、単位ベクトルの回転角Δθuの絶対値よりも小さい場合は、過去の出力ベクトル(u”
α[n-1],u”
β[n-1])を1制御周期だけ進めた1次ホールドベクトルを、現在の出力ベクトル(u”
α[n],u”
β[n])として出力するように構成されている。具体的には、ベクトルスタビライザ60は、以下の式(4)を用いて、現在の出力ベクトル(u”
α[n],u”
β[n])を算定する。
【数1】
上記式(4)において、右辺は1次ホールドベクトルである。
【0055】
さらに、ベクトルスタビライザ60は、推定ロータ回転角Δθrの絶対値に所定の係数Mrenewを乗算して得られた値が、単位ベクトルの回転角Δθuの絶対値以上である場合は、現在の単位ベクトル(u
α[n],u
β[n])と1次ホールドベクトルとを所定の比で組み合わせたハイブリッド出力ベクトルを現在の出力ベクトル(u”
α[n],u”
β[n])として出力するように構成されている具体的には、ベクトルスタビライザ60は、以下の式(5)を用いて、現在の出力ベクトル(u”
α[n],u”
β[n])を算定する。
【数2】
【0056】
上記式(5)から分かるように、現在の単位ベクトル(uα[n],uβ[n])と1次ホールドベクトルとの比は、忘却係数μを用いて、1-μ:μで表される。忘却係数μは予め定められた定数であり、0よりも大きく、1よりも小さい(0<μ<1)。例えば、忘却係数μが0.8である場合には、現在の単位ベクトル(uα[n],uβ[n])が20%、1次ホールドベクトルが80%の割合で組み合わされたハイブリッド出力ベクトルが生成され、このハイブリッド出力ベクトルは出力ベクトル(u”α[n],u”β[n])としてベクトルスタビライザ60から出力される。
【0057】
一実施形態では、忘却係数μは変数であってもよい。具体的には、単位ベクトルの回転角Δθuに従って忘却係数μを大きくしてもよい。例えば、忘却係数μは、以下の式で決定される。
μ=|Δθu-Δθr|÷|Δθr|
上記式は、単位ベクトルの回転角Δθuと推定ロータ回転角Δθrの偏差を、推定ロータ回転角Δθrを用いて正規化することに相当する。ただし、忘却係数μは、0≦μ≦1に制限する。
【0058】
1次ホールドベクトルの算定では、回転行列として三角関数を用いているが、電動機Mの回転速度に比例して制御周期が十分に短い場合には、上記式(4),(5)は、以下の近似式(6),(7)で表すことができる。
【数3】
【数4】
【0059】
上記式(6),(7)によれば、すべての処理から三角関数が排除されるので、制御のための演算負荷を非常に軽減することができる。
【0060】
上述した実施形態は、本発明が属する技術分野における通常の知識を有する者が本発明を実施できることを目的として記載されたものである。上記実施形態の種々の変形例は、当業者であれば当然になしうることであり、本発明の技術的思想は他の実施形態にも適用しうる。したがって、本発明は、記載された実施形態に限定されることはなく、特許請求の範囲によって定義される技術的思想に従った最も広い範囲に解釈されるものである。
【符号の説明】
【0061】
10 インバータ
11 ベクトル制御部
12 電流検出器
17 3/2相変換部
18 静止/回転座標変換部
21 γ軸電流制御部
22 δ軸電流制御部
24 回転/静止座標変換部
25 2/3相変換部
29 ベクトル長さ算定部
31 回転角推定器
35 単位ベクトル生成部
36 フィルタ
37 更新停止部
38 推移制限部
50 ベクトル回転角算定部
52 ローパスフィルタ
55 サンプリング処理部
60 ベクトルスタビライザ
M モータ