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  • 特開-イリジウムの回収方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025026261
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】イリジウムの回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 11/00 20060101AFI20250214BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20250214BHJP
   C22B 3/22 20060101ALI20250214BHJP
   C22B 3/10 20060101ALI20250214BHJP
   C22B 3/08 20060101ALI20250214BHJP
   C22B 3/12 20060101ALI20250214BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B3/44 101Z
C22B3/22
C22B3/10
C22B3/08
C22B3/12
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024007569
(22)【出願日】2024-01-22
(31)【優先権主張番号】P 2023129509
(32)【優先日】2023-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 学
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA41
4K001BA17
4K001DB03
4K001DB04
4K001DB08
4K001DB16
4K001DB22
(57)【要約】
【課題】イリジウムと、硫黄と、銅、アンチモン、鉛、ヒ素のうち一種以上と、を含む塩酸酸性液からイリジウムを良好に分離して回収する方法を提供する。
【解決手段】イリジウムと、硫黄と、銅、アンチモン、鉛、ヒ素のうち一種以上と、を含む塩酸酸性液に対して、下記(1)~(3)の処理工程をこの順に行う、イリジウムの回収方法。
(1)塩酸酸性液を40℃以上に加温し、チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させて回収する沈殿回収工程、
(2)工程(1)で回収した沈殿を、0.5N以上の硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に投入して金属成分を溶解分離する工程、
(3)工程(2)で金属成分を分離した後の沈殿を、亜硫酸類を含むアルカリ液に投入し、20℃以上に加温して硫黄を溶解分離する工程。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イリジウムと、硫黄と、銅、アンチモン、鉛、ヒ素のうち一種以上と、を含む塩酸酸性液に対して、下記(1)~(3)の処理工程をこの順に行う、イリジウムの回収方法。
(1)前記塩酸酸性液を40℃以上に加温し、チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させて回収する沈殿回収工程、
(2)前記工程(1)で回収した沈殿を、0.5N以上の硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に投入して金属成分を溶解分離する工程、
(3)前記工程(2)で金属成分を分離した後の沈殿を、亜硫酸類を含むアルカリ液に投入し、20℃以上に加温して硫黄を溶解分離する工程。
【請求項2】
前記(1)の工程において、チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸イオン基準で、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるように添加してイリジウムを沈殿させる、請求項1に記載のイリジウムの回収方法。
【請求項3】
前記(1)の工程において、前記塩酸酸性液はルテニウムを含み、前記ルテニウムがイリジウムと同時に沈殿回収される、請求項1に記載のイリジウムの回収方法。
【請求項4】
前記(2)の工程において、前記硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に鉄(III)イオンがイリジウム含有沈殿物の0.05質量倍以上含まれている、請求項1に記載のイリジウムの回収方法。
【請求項5】
前記(2)の工程において、前記(1)の工程で回収した沈殿を前記硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に、スラリー濃度が150g/L以下となるように添加する、請求項1に記載のイリジウムの回収方法。
【請求項6】
前記(3)の工程において、前記アルカリ液における亜硫酸類の含有量は、前記(1)の工程で得た沈殿の質量に対し、亜硫酸ナトリウムに換算して1.5質量倍以上相当である、請求項1に記載のイリジウムの回収方法。
【請求項7】
前記(3)の工程において、前記硫黄を溶解分離して得られた液を、チオ硫酸イオンの濃度を調整した後、前記(1)の工程における前記チオ硫酸イオン含有溶液として用いる、請求項1に記載のイリジウムの回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイリジウムの回収方法に関し、特に、イリジウムと、硫黄と、銅、アンチモン、鉛、ヒ素のうち一種以上と、を含む塩酸酸性液からイリジウムを回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅乾式製錬では銅精鉱を熔解し、転炉、精製炉で99%以上の粗銅とした後に電解精製工程において、例えば純度99.99%以上の電気銅を生産する。近年では転炉においてリサイクル原料として電子部品由来の貴金属を含む金属屑が投入されており、銅以外の有価物は電解精製時にスライムとして沈殿する。
【0003】
このスライムには貴金族類、希少金属、銅精鉱に含まれているセレンやテルルも同時に濃縮される。銅製錬副産物としてこれらの元素は個別に分離・回収される。
【0004】
このスライムの処理には湿式製錬法が適用される場合が多い。例えば特許文献1においてはスライムを塩酸-過酸化水素により銀を回収し、溶解した金は溶媒抽出により回収した後に、その他の有価物を二酸化硫黄で順次還元回収する方法が開示されている。特許文献2には同様の方法で金銀を回収した後、二酸化硫黄で有価物を還元して沈殿せしめ、セレンのみを蒸留して除去して貴金属類を濃縮する方法が開示されている。
【0005】
貴金属を回収した後の溶液には希少金属イオン、テルル、セレンが含まれておりさらにこれら有価物を回収することが必要である。回収方法としては還元剤により生じた沈殿を回収する方法、溶液ごと銅精鉱に混合しドライヤーで乾燥させて製錬炉に繰り返す方法が知られている。
【0006】
とりわけ特許文献1に示されている、二酸化硫黄により生じた沈殿を回収する方法は、コストや製造規模の面で利点が多い。加えて各元素が順次沈殿することから分離精製にも効果がある。
【0007】
二酸化硫黄を用いて有価物を回収する方法では、溶解後に順次有価物を還元して回収することができる。初めに白金、パラジウムが沈殿する。次にセレンが還元を受ける。イリジウム、ルテニウムは酸化還元電位が比較的低いので還元を受け難く、最後まで溶液に残留する。イリジウムについては、特許文献3に記載されているように、溶媒抽出により分離、濃縮後に焼成して回収する方法が広く知られる。また、特許文献4には、イリジウムを含む水溶液にチオ硫酸ナトリウム塩を添加しイリジウムを沈殿させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001-316735号公報
【特許文献2】特開2016-160479号公報
【特許文献3】特開2004-332041号公報
【特許文献4】特開2022-135956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液により得られた沈殿は多くの夾雑物を含む。多くの夾雑物はチオ硫酸イオンの分解で生じる単体硫黄、チオ硫酸イオンにより硫化された金属硫化物である。この中には、一般にイリジウムは0.5~3質量%程度しか含まれない。
【0010】
この程度の品位のイリジウムを精錬する方法としては再溶解後に特許文献3に示されるような溶媒抽出が挙げられるが、酸を大量に消費してコストが上昇する。また、単体硫黄が溶解しないため、イリジウム回収率の低下や単体硫黄の処理コスト増加が懸念される。
【0011】
既存のイリジウム精錬工程に投入することができればよいが、単体硫黄の除去問題があり、これには焙焼法が一般的である。しかしながら、焙焼法は、硫黄由来の亜硫酸ガスの処理が問題になる。さらに単体硫黄は危険物に分類され粉塵爆発の危険性がありその扱いは困難である。
【0012】
本発明の実施形態はこのような従来の事情を鑑み、イリジウムと、硫黄と、銅、アンチモン、鉛、ヒ素のうち一種以上と、を含む塩酸酸性液からイリジウムを良好に分離して回収する方法を提供する。本発明の実施形態は、特に、銅製錬における電解精製工程で発生する電解澱物を酸化溶解して得られた塩酸酸性液からのイリジウムの分離回収に好適である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題は以下に特定される発明によって解決することができる。
[1]イリジウムと、硫黄と、銅、アンチモン、鉛、ヒ素のうち一種以上と、を含む塩酸酸性液に対して、下記(1)~(3)の処理工程をこの順に行う、イリジウムの回収方法。
(1)前記塩酸酸性液を40℃以上に加温し、チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させて回収する沈殿回収工程、
(2)前記工程(1)で回収した沈殿を、0.5N以上の硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に投入して金属成分を溶解分離する工程、
(3)前記工程(2)で金属成分を分離した後の沈殿を、亜硫酸類を含むアルカリ液に投入し、20℃以上に加温して硫黄を溶解分離する工程。
[2]前記(1)の工程において、チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸イオン基準で、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるように添加してイリジウムを沈殿させる、前記[1]に記載のイリジウムの回収方法。
[3]前記(1)の工程において、前記塩酸酸性液はルテニウムを含み、前記ルテニウムがイリジウムと同時に沈殿回収される、前記[1]に記載のイリジウムの回収方法。
[4]前記(2)の工程において、前記硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に鉄(III)イオンがイリジウム含有沈殿物の0.05質量倍以上含まれている、前記[1]に記載のイリジウムの回収方法。
[5]前記(2)の工程において、前記(1)の工程で回収した沈殿を前記硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に、スラリー濃度が150g/L以下となるように添加する、前記[1]に記載のイリジウムの回収方法。
[6]前記(3)の工程において、前記アルカリ液における亜硫酸類の含有量は、前記(1)の工程で得た沈殿の質量に対し、亜硫酸ナトリウムに換算して1.5質量倍以上相当である、前記[1]に記載のイリジウムの回収方法。
[7]前記(3)の工程において、前記硫黄を溶解分離して得られた液を、チオ硫酸イオンの濃度を調整した後、前記(1)の工程における前記チオ硫酸イオン含有溶液として用いる、前記[1]に記載のイリジウムの回収方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の実施形態によれば、イリジウムと、硫黄と、銅、アンチモン、鉛、ヒ素のうち一種以上と、を含む塩酸酸性液からイリジウムを良好に分離して回収する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態に係るイリジウムの回収方法の一例を表すフローチャートである。
図2】実験例3に係る亜硫酸ナトリウムの添加量と最終残渣質量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のイリジウムの回収方法の実施形態について説明するが、本発明は、これに限定されて解釈されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、修正、改良を加え得るものである。
【0017】
<イリジウムの沈殿回収>
本発明の実施形態に係るイリジウムの回収方法は、イリジウムの沈殿回収工程、金属成分の溶解分離工程、及び、硫黄の溶解分離工程を含む。図1は、本発明の実施形態に係るイリジウムの回収方法の一例を表すフローチャートである。図1のフローチャートは一例を示すものであり、本発明の実施形態に係るイリジウムの回収方法はこれに限定されるものではない。
【0018】
本発明の実施形態に係るイリジウムの回収方法において、処理対象となるイリジウムを含む塩酸酸性液は、どのような処理を経て得られたものであってもよいが、特に、銅製錬における電解精製工程で発生する電解澱物を酸化溶解して得られた塩酸酸性液は、本発明の実施形態に係るイリジウムの回収方法における処理対象となるイリジウムを含む塩酸酸性液として好適である。
【0019】
本発明の実施形態に係るイリジウムの回収方法における処理対象となる塩酸酸性液は、イリジウム(Ir)と、硫黄(S)と、銅(Cu)、アンチモン(Sb)、鉛(Pb)、ヒ素(As)のうち一種以上と、を含む。また、処理対象となる塩酸酸性液は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)等を含んでもよい。これらは、後述のチオ硫酸イオンと反応しないことから、特段の処理が不要である。さらに、処理対象となる塩酸酸性液は、セレン(Se)、ルテニウム(Ru)、テルル(Te)等を含んでもよいが、これらはチオ硫酸イオンで還元されるため、詳しくは後述するが、事前にこれら金属の濃度を下げておくと、処理効率が向上するため好ましい。
【0020】
また、鉄(Fe)は、2価であればチオ硫酸イオンと反応しないため、処理対象となる塩酸酸性液に含まれていてもよい。一方、3価の鉄(Fe)も処理対象となる塩酸酸性液に含まれていてもよいが、チオ硫酸イオンと反応してしまうため、チオ硫酸イオンを添加する前までに2価に還元しておくことが好ましい。
【0021】
一例として、銅製錬の銅電解精製工程由来の電解澱物からの、イリジウムを含む塩酸酸性液の作製方法を示す。まず、銅製錬の銅電解精製工程由来の電解澱物から硫酸により銅を溶解して除く。次に、濃塩酸と過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得る。塩化物浴である浸出貴液(PLS)には白金族元素、希少金属元素、カルコゲン元素、ヒ素、アンチモン等が分配する。
【0022】
浸出貴液(PLS)を一度冷却し、鉛やアンチモンといった卑金属類の塩化物を沈殿分離する。その後に溶媒抽出により金を有機相に分離する。金の抽出剤はジブチルカルビトール(DBC)が広く使用されている。続いて、抽出液に、二酸化硫黄を吹き込むことで、白金やパラジウム等の貴金属とセレン、テルルを還元除去し、固液分離することで、イリジウムを含む塩酸酸性液を作製することができる。
【0023】
このイリジウムを含む塩酸酸性液のイリジウム濃度は10~100mg/L程度であるため、さらに濃縮する必要がある。この濃縮方法としてはチオ硫酸塩による沈殿分離が特許文献4に記述されるように公知である。イリジウムを含む塩酸酸性液は、二酸化硫黄で還元しきれなかった銅、アンチモン、鉛、ヒ素、ルテニウム等も含むことがある。ヒ素と銅はイリジウムを沈殿回収する前に、硫化水素、水硫化ソーダまたは硫化ソーダによる硫化処理によって選択的に沈殿分離することができる。当該硫化処理では、微量に残っていたセレンやテルル等も沈殿することがある。また、ルテニウムはイリジウムの精錬原料に混在することが多く、相互に分離する方法は確立されているため、チオ硫酸塩を添加してイリジウムとルテニウムとを同時回収することができる。特に酸溶解後に臭素酸ナトリウムを用いて蒸留する方法が知られている。
【0024】
(イリジウムの沈殿回収工程)
イリジウムの沈殿回収工程では、塩酸酸性液を40℃以上に加温し、チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加してイリジウムを沈殿させて回収する。塩酸酸性液を40℃以上に加温した状態でチオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を添加することにより、イリジウムの沈殿(イリジウム含有沈殿物とも呼ぶ)が促進される。塩酸酸性液は60℃以上に加温することが好ましく、80℃以上に加温することがより好ましい。添加するチオ硫酸塩としては、チオ硫酸ナトリウムとその水和物、チオ硫酸アンモニウム等が挙げられる。また、添加するチオ硫酸イオン含有溶液としては、亜硫酸ナトリウム液に単体硫黄を溶解して調製した液、水酸化ナトリウム液に単体硫黄を懸濁して二酸化硫黄を吹き込んだ液等が挙げられる。
【0025】
イリジウムの沈殿回収工程において、チオ硫酸塩もしくはチオ硫酸イオン含有溶液を、チオ硫酸イオン基準で、チオ硫酸ナトリウム5水和物に換算して10g/L以上になるように添加してイリジウムを沈殿させることが好ましい。このような構成によれば、チオ硫酸イオンによるイリジウムの沈殿を促進させることができる。
【0026】
(金属成分の溶解分離工程)
金属成分の溶解分離工程では、上述のイリジウムの沈殿回収工程で回収したイリジウム含有沈殿物を、0.5N以上の硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に投入して金属成分を溶解し、分離する。ここでは、当該イリジウム含有沈殿物は、金属硫化物を含むため、これを酸により分解除去することで、金属成分の溶解分離が可能となる。使用する酸としては、沈殿したイリジウムやルテニウムを再溶解しない程度の酸化力を有する硫酸もしくは塩酸が好ましい。また、上述のイリジウムの沈殿回収工程で回収したイリジウム含有沈殿物はスラリーとなっており、当該スラリーの濃度が150g/L以下となるように硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に添加すると、より金属成分の溶解分離が促進されるため好ましい。
【0027】
使用する酸に硫酸を用いると、酸化力が不足する場合がある。そこで、硫酸には鉄(III)イオンを含ませておくと、金属硫化物の溶解が効率的に進行するため好ましい。具体的な量に関しては、硫酸酸性もしくは塩酸酸性溶液に鉄(III)イオンがイリジウム含有沈殿物の0.05質量倍以上含まれていることが好ましい。鉄(III)イオン含有液としては鉄(II)イオン含有液を酸化した液や硫酸第二鉄塩等が好適である。
【0028】
金属成分の溶解分離工程における酸分解では、特に温度の制限はないが、温度が高い方が、処理時間が短くなるため好ましい。このような観点から、当該酸分解は40℃以上で行うことが好ましく、60℃以上で行うことがより好ましく、80℃以上で行うことがさらにより好ましい。また、酸分解の際に使用する酸の濃度は、高い方が、分解効果が高くなるため好ましい。このような観点から、当該酸濃度は、0.5N以上であるのが好ましく、0.8N以上であるのがより好ましく、1.0N以上であるのがさらにより好ましい。
【0029】
金属成分の溶解分離工程において酸分解を行った後は、固液分離によって、金属成分を分離するが、このとき、残渣側にはイリジウム、ルテニウム、単体硫黄等が含まれる。
【0030】
(硫黄の溶解分離工程)
硫黄の溶解分離工程では、上述の金属成分の溶解分離工程で金属成分を分離した後の沈殿(イリジウム含有沈殿物)を、亜硫酸類を含む、水酸化ナトリウム水溶液やアンモニア水などのアルカリ液に投入し、20℃以上に加温して硫黄(単体硫黄)を溶解して、固液分離によって分離する。このとき、当該単体硫黄は下記化学式(1)に従ってチオ硫酸イオンとして溶解除去すると、固液分離後の残渣であるイリジウム含有沈殿物のイリジウム濃度が高くなる。
【0031】
【化1】
【0032】
この時使用される亜硫酸類は、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、または、二酸化硫黄を吹き込んで吸収させた水等が好ましい。ただし、上記化学式(1)に従って生じるチオ硫酸イオンは、酸性条件では不安的で分解するため、アルカリ性を維持して反応させなければならない。
【0033】
さらに、上述の金属成分の溶解分離後のイリジウム含有沈殿物は、硫化ヒ素を含む場合がある。硫化ヒ素はヒ素が三価であっても五価であっても、酸化力の強い硝酸や過酸化水素では硫黄とヒ素オキソアニオンとに分解するものの、鉱酸に対しては安定である。この理由もあり、亜硫酸類を含む溶液はpH10以上のアルカリ溶液として調製されることが好ましい。
【0034】
当該亜硫酸類による処理において、反応液の液温は20~70℃であるのが好ましい。反応液の液温が20℃以上であると、反応速度が向上し、反応液の液温が70℃以下であると、亜硫酸類の分解を抑制することができる。反応液の液温は、30~50℃であるのがより好ましい。
【0035】
添加する亜硫酸類の必要量は単体硫黄と、イリジウム含有沈殿物における金属硫化物(非硫酸性硫黄と称する)の含有量に依存する。一例として上述のイリジウム含有沈殿物の37質量%が非硫酸性硫黄である時、アルカリ液における亜硫酸類の含有量は、上述のイリジウムの沈殿回収工程で回収したイリジウム含有沈殿物の質量に対し、亜硫酸ナトリウムに換算して1.5質量倍以上相当であるのが好ましい。当該イリジウム含有沈殿物においては30~40質量%の非硫酸性硫黄が含まれることが予想されるため、これと同程度以上の亜硫酸類を添加することが好ましい。すなわち、イリジウム含有沈殿物の質量に対し、亜硫酸ナトリウムに換算して1.5質量倍以上の亜硫酸類を添加することが好ましく、2質量倍以上の亜硫酸類を添加するのがより好ましい。イリジウム含有沈殿物中の非硫酸性硫黄の含有量が事前に把握できる場合は、この非硫酸性硫黄と等モル以上の亜硫酸イオンが投入されるように、亜硫酸類を添加することが好ましい。
【0036】
また、当該反応は上記化学式(1)に従うため、非硫酸性硫黄が定量できる場合は非硫酸性硫黄の4質量倍以上の亜硫酸類が必要であり、5質量倍以上の亜硫酸類を添加するのがより好ましい。
【0037】
非硫酸性硫黄の定量方法は特に指定されない。例を示すと、pH1~2の希塩酸で溶出した硫酸中の硫黄分をイリジウム含有沈殿物に含まれる全硫黄分から差し引くことで、非硫酸性硫黄を定量する方法がある。また別の方法としては、イリジウム含有沈殿物に硝酸を添加して金属硫化物を分解し、続いてこれを濾過した後の残渣の質量を測定し、さらに当該残渣を、亜硫酸イオンを含む溶液と接触させて、その減質量から算出する方法が挙げられる。
【0038】
上記化学式(1)に示すように、単体硫黄はチオ硫酸イオンとして溶解する。そのため、硫黄を溶解分離して得られた液を、チオ硫酸イオンの濃度を調整した後、上述のイリジウムの沈殿回収工程におけるチオ硫酸イオン含有溶液として再度使用することもできる。チオ硫酸イオン濃度が不足する場合は、チオ硫酸ナトリウム等のチオ硫酸塩を添加し、pHを調整して再利用することができる。または、この硫黄を溶解分離して得られた液を冷却し、析出するチオ硫酸ナトリウム5水和物を回収して上述のイリジウムの沈殿回収工程で使用してもよい。
【実施例0039】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0040】
(実験例1)
銅製錬の銅電解精製工程由来の電解澱物から硫酸により銅を溶解して除いた。
次に、濃塩酸と60%過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得た。
次に、PLSを6℃まで冷却して卑金属分を沈殿除去した後、酸濃度を2N以上に調整し、DBC(ジブチルカルビトール)を添加して金を抽出した。
次に、金抽出後のPLSを70℃に加温し、二酸化硫黄を吹き込んで貴金属とセレン、テルルを還元除去し、これを固液分離して、イリジウムを含む塩酸酸性液を得た。
次に、イリジウムを含む塩酸酸性液を80℃に加温し、チオ硫酸ナトリウム5水和物を10g/Lになるよう添加してイリジウム含有沈殿物のスラリーを得た。当該イリジウム含有沈殿物のスラリーの成分を表1に示す。非硫酸性の硫黄(S)の分析はイリジウム含有沈殿物1gを硝酸中で加熱後、未溶解分の質量を測定し、亜硫酸ナトリウム2g/100mLを添加して溶解後の残渣質量の差から算出した。また、表1における「S」の組成(48質量%)は、硫酸性のS(11質量%)と、非硫酸性S(37質量%)との合計量を示す。
【0041】
【表1】
【0042】
次に、上記イリジウム含有沈殿物のスラリーを2g採取し、表2に示す各種酸性溶解液を200mL注いだ。
次に、鉄(III)イオンの供給源として硫酸第二鉄n水和物(鉄品位20質量%)を2g添加し、60℃に加熱して90分攪拌した。反応後に濾別し希塩酸で25倍に希釈して溶液中の元素濃度をICP-OES(セイコー社製SPS3100)で測定した。残渣は水洗してアルコールリンスし、一晩風乾して質量を測定した。
当該残渣に4gの亜硫酸ナトリウムを添加し、水100mLを注いで60℃で1時間加熱攪拌した。反応後に濾別し、残渣は水洗してアルコールリンスし、一晩風乾して質量を測定した。酸分解後の残渣質量と、亜硫酸ナトリウム処理後の残渣(最終残渣)質量との差は非硫酸性の硫黄(S)分とした。この値が想定(37%)より大きく下がると金属硫化物の分解が不十分であると考えられる。
試薬はすべて和光純薬工業社製の特級グレードを使用した。溶液中の元素濃度の定量は溶液2mLを分取して50mLに規正後、ICP-OESにより濃度を定量した。得られた濃度から、酸浸出率(%)を算出した。評価結果を表2に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
表2の結果から硝酸以外の溶解液ではイリジウムとルテニウムの逸損を抑制しつつ夾雑元素を溶解できたことが分かる。さらには塩酸ならびに硫酸に鉄(III)イオンを添加した系では銅の溶出も効果が高く、硫化第二銅まで溶出できたことが分かる。
【0045】
また、表2の結果から塩酸、硫酸ともに酸濃度に対する依存性は小さいことが分かる。ただし塩酸は濃度が6Nまで上がると無視できないイリジウムの逸損が見られた。0.6Nの塩酸では硫化第二銅まで溶出できたか疑問であり、イリジウム含有沈殿物を得る前に予め硫化処理により銅を除いておくとこの問題は解決する。
【0046】
(実験例2)
実験例1で得られたイリジウム含有沈殿物のスラリーを2g量り取り、6.9Nの硫酸を200mL注ぎ、鉄(III)イオンの供給源として硫酸第二鉄n水和物(鉄品位20質量%)をそれぞれ0.5g~6g添加した。
次に、実験例1と同様の温度と時間で酸分解を行い、固液分離した。実験例1と同様に、分離後の溶液中の元素濃度の定量を行い、各元素の酸浸出率を算出した。実験条件及び評価結果を表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
表3の結果から、イリジウム含有沈殿物に対して硫酸鉄(III)n水和物(鉄品位20質量%)を0.25質量倍以上、すなわち原料2gに対して硫酸鉄(III)n水和物を0.5g以上添加すれば、銅、ヒ素、テルルといった夾雑物の過半数が溶解除去されることが分かる。この量は鉄(III)イオンとしては原料沈殿の0.05質量倍となる。
【0049】
さらに好ましくは、硫酸鉄(III)n水和物を2gより多く添加すれば最終残渣の量も大きく減少する。硫化銅は比較的鉄(III)イオンによる酸化を受けやすいが、ほかの硫化物、例えば硫化鉛等まで酸化分解するには、原料2gに対して硫酸鉄(III)n水和物が2gより多く必要になることを表している。
【0050】
イリジウム含有沈殿物の非硫酸性硫黄の含有率は37質量%であり、鉄(III)イオンは金属硫化物に作用する。イリジウム含有沈殿物中の単体硫黄はロットによって変化するが、大まかな目安として、表3の0.5g添加条件の硫酸鉄(III)n水和物(鉄品位20質量%)である非硫酸性硫黄の0.6質量倍以上、鉄(III)イオンとしては非硫酸性硫黄の0.13質量倍以上添加すればよいことが分かる。
【0051】
(実験例3)
実験例1で得られたイリジウム含有沈殿物のスラリーを2g量り取り、3.2Nの硫酸を200mL注ぎ、鉄(III)イオンの供給源として硫酸第二鉄n水和物(鉄品位20質量%)を2g添加し、60℃に加熱して90分攪拌した。反応後の溶液のORP(酸化還元電極電位、参照電極Ag/AgCl)は530±5mVであった。反応は実験例1と同じ酸分解操作を行った。得られた残渣の質量は2gの原料に対して0.83gであった。
次に、亜硫酸ナトリウムを1~5g添加し、100mLの水を加えて50℃で1時間加温した。
次に、実験例1と同じ操作で単体硫黄を溶解分離した。亜硫酸ナトリウムの添加量と最終残渣質量との関係を示すグラフを図2に示す。図2のグラフによれば、亜硫酸ナトリウムの添加量が増えるにつれて残渣の量が減り、一旦3gで直線性が低下する。よって単体硫黄のみを除去するのであれば、原料のイリジウム含有沈殿物に対して1.5倍質量以上の亜硫酸ナトリウムを添加すればよい。
【0052】
さらに亜硫酸ナトリウムを添加しても何ら問題はなく、その場合は上記化学式(1)で示した反応の逆反応が抑制されて、残渣の量は漸減する。
【0053】
(実験例4)
硫酸分解-亜硫酸処理として、実験例1で得られたイリジウム含有沈殿物のスラリーを5g~30g量り取り、3.2Nの硫酸を200mL注ぎ、4gの硫酸第二鉄n水和物(鉄品位20質量%)を添加した。60℃に加熱して90分攪拌した。次に、得られた残渣の質量を測定し、亜硫酸ナトリウムを原料であるイリジウム含有沈殿物の2質量倍添加して100mLの水を加え、50℃で1時間加温した。さらに、一つの条件では、硫酸第二鉄n水和物(鉄品位20質量%)を8g添加して試験した。
また、塩酸分解-亜硫酸処理として、実験例1で得られたイリジウム含有沈殿物のスラリーを5g~30g量り取り、2.8Nの塩酸を200mL注ぎ、60℃に加熱して90分攪拌した。次に、得られた残渣の質量を測定し、亜硫酸ナトリウムを原料であるイリジウム含有沈殿物の2質量倍添加して100mLの水を加え、50℃で1時間加温した。さらに、一つの条件では硫酸第二鉄n水和物(鉄品位20質量%)を4g添加して試験した。
次に、実験例1と同じ操作で単体硫黄を溶解分離した。硫酸分解-亜硫酸処理の実験条件及び評価結果を表4に示す。塩酸分解-亜硫酸処理の実験条件及び評価結果を表5に示す。
なお、表4において、イリジウム含有沈殿物のスラリー25g/Lの残渣は回収量が少な過ぎたため定量分析不能であった。
【0054】
【表4】
【0055】
【表5】
【0056】
表4及び表5によれば、イリジウム含有沈殿物のスラリー濃度は、銅と硫黄の浸出率に大きく影響することが分かる。イリジウム含有沈殿物のスラリー濃度が150g/L以下であれば銅と硫黄は半分以上の浸出が期待できる。もちろん、酸分解を一度に限定する必要はなく、スラリー濃度を高くして複数回酸で処理することも可能である。
【0057】
イリジウム含有沈殿物のスラリー濃度が高い場合でも塩酸の浸出より硫酸の浸出がイリジウムとルテニウムの逸損が少ないことが分かる。しかしながら、硫黄の浸出率が低いため、硫黄含有率が高い場合は塩酸で浸出してもよい。
図1
図2