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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025026372
(43)【公開日】2025-02-21
(54)【発明の名称】鋳鉄補修用溶接材料及び補修方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20250214BHJP
【FI】
B23K35/30 340L
B23K35/30 320Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024127807
(22)【出願日】2024-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2023129830
(32)【優先日】2023-08-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005902
【氏名又は名称】株式会社三井E&S
(74)【代理人】
【識別番号】100101340
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100205730
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 重輝
(74)【代理人】
【識別番号】100213551
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 智貴
(72)【発明者】
【氏名】前田 幸樹
(72)【発明者】
【氏名】趙 天波
(72)【発明者】
【氏名】小野 昇造
(57)【要約】
【課題】溶接部周辺あるいは近傍の鋳鉄母材の熱影響部のミクロ組織を改善し、機械的特性を改善することができる鋳鉄補修用溶接材料及び補修方法を提供すること。
【解決手段】鋳鉄製部材の補修溶接を行う溶接材料であって、少なくともNi、Cr、Mn及びNbを含む鋳鉄補修用溶接材料、好ましくは、Cr10.0~30.0質量%、Mn1.0~10.0質量%、Nb2.0~3.0質量%、残部をNi及び不可避成分で構成される鋳鉄補修用溶接材料によって解決される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳鉄製部材の補修溶接を行う溶接材料であって、
少なくともNi、Cr、Mn及びNbを含む鋳鉄補修用溶接材料。
【請求項2】
Cr10.0~30.0質量%、Mn1.0~10.0質量%、Nb2.0~3.0質量%、残部をNi及び不可避成分で構成されることを特徴とする請求項1記載の鋳鉄補修用溶接材料。
【請求項3】
任意添加元素として6.0質量%以下のSi及び2.0質量%以下のAlを含む請求項2記載の鋳鉄補修用溶接材料。
【請求項4】
請求項1、2又は3記載の鋳鉄補修用溶接材料を用いて、鋳鉄製部材の補修溶接を行うことを特徴とする補修方法。
【請求項5】
前記補修溶接が、肉盛補修又は当て板補修であることを特徴とする請求項4記載の補修方法。
【請求項6】
前記溶接部の周辺の熱影響部のミクロ組織において、パーライトの面積率を増大させると共に、レデブライトの生成量を低減させることを特徴とする請求項4記載の補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳鉄補修用溶接材料及び補修方法に関し、詳しくは、熱影響部のミクロ組織を改善し、補修溶接部の機械的特性を改善することができる鋳鉄補修用溶接材料及び補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳鉄は耐摩耗性、振動吸収性などの優れた特性を有するとともに、凝固収縮及び融点が低く、流動性に優れ、鋳造性が良いことから、自動車、船舶、各種産業機械などの分野に幅広く使われている。しかしながら、鋳鉄は難溶接材料として一般的に知られており、鋳鉄製部材に欠陥が確認された場合、補修溶接されずに廃却、再製作されることが多い。
【0003】
鋳鉄が難溶接材料である理由は、2.5~4.5mass(質量)%と高い含有量の炭素(黒鉛)にある。溶接時の熱影響によって黒鉛が、脆弱なセメンタイト相(鉄の炭化物、FeC)に変化し、割れが起こりやすくなるからである。
【0004】
かかる問題点を回避するためには、セメンタイト相を不安定化する元素の添加が有効であり、そのような作用がある元素の1つがNiである。そのため、従来の鋳鉄補修用溶接材料は、純Ni系やNi-Fe系が一般的に市販されている。
【0005】
純Ni系溶接材料の溶接金属単体における引張強さは、300MPa強しかないため、鋳鉄母材の強度が高くなると、溶接材料の強度が相対的に低くなり、強度的なミスマッチを生じる懸念があり、母材の選択の幅が狭まるおそれがある。
【0006】
また、Ni-Fe系溶接材料は、純Ni系溶接材料より多少強度が高いが、セメンタイト相を不安定化させる作用が純Ni系溶接材料より低いため、溶接時の割れが起こりやすくなる問題がある。そのため溶接継手になると、脆弱な溶融境界部を起点に割れが進展しやすく、溶接金属単体における引張強さほど強度が出ない場合が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-74602号公報
【特許文献2】特開平8-90238号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1は、セメンタイトの生成を防止する観点から、Ni-Fe系溶接材料を用いて鋳鉄を溶接した場合であっても、溶接部の溶融境界部近傍には、溶接時の高入熱に起因して延性の乏しいセメンタイトが生成し、溶接強度が低下することがあるという課題に対して、Ni-Fe系溶接材料の組成で、C及びSiの含有量を規定するという手段により、溶接部を後熱処理し、セメンタイトを黒鉛化することにより、溶接金属の強度が向上し、割れの発生を防ぐことを提案している。しかしながら、セメンタイトを黒鉛化するだけではミクロ組織の改善には不十分である。
【0009】
特許文献2は、鋳鉄を溶接すると、溶接金属部と母材熱影響部の共晶周囲にレデブライト(オーステナイトとセメンタイトの共晶組織)が晶出し、この部分に溶接割れが発生するので、鋳鉄の溶接では、前記溶接金属部と母材熱影響部の二箇所で発生するレデブライトをいかにして抑えるかが課題となることを指摘している。
【0010】
鋳鉄の溶接には、Ni等の溶接棒を使用する方法があり、Ni等の溶接棒を使用するのは、母材の熱影響部への入熱を抑えて共晶の周囲のレデブライトの晶出を減らすことと、Ni添加によって溶接金属の靱性を上げて割れを防ぐことが目的であり、レデブライトそのものの晶出を防止することはできないとしており、溶接後のミクロ組織にレデブライトが厳然と存在する。
【0011】
特許文献2の鋳鉄の溶接では、レデブライトの生成量を低減させることができないことを認め、少なくとも割れがなければ良しとする考えであり、ミクロ組織の問題を本質的に解決できない問題がある。
【0012】
本発明者は、鋳鉄溶接において、継手の溶融境界部における引張強さ及び伸びが高いという物性を示し、ミクロ組織の改善を実現できる溶接材料及び補修方法に着目して、鋭意研究して本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明の課題は、溶接部周辺あるいは近傍の鋳鉄母材の熱影響部のミクロ組織を改善し、機械的特性を改善することができる鋳鉄補修用溶接材料及び補修方法を提供することにある。
【0014】
さらに本発明の他の課題は、以下の記載によって明らかとなる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題は以下の各発明によって解決される。
【0016】
1.
鋳鉄製部材の補修溶接を行う溶接材料であって、
少なくともNi、Cr、Mn及びNbを含む鋳鉄補修用溶接材料。
2.
Cr10.0~30.0質量%、Mn1.0~10.0質量%、Nb2.0~3.0質量%、残部をNi及び不可避成分で構成されることを特徴とする前記1記載の鋳鉄補修用溶接材料。
3.
任意添加元素として6.0質量%以下のSi及び2.0質量%以下のAlを含む前記2記載の鋳鉄補修用溶接材料。
4.
前記1、2又は3記載の鋳鉄補修用溶接材料を用いて、鋳鉄製部材の補修溶接を行うことを特徴とする補修方法。
5.
前記補修溶接が、肉盛補修又は当て板補修であることを特徴とする前記4記載の補修方法。
6.
前記溶接部の周辺の熱影響部のミクロ組織において、パーライトの面積率を増大させると共に、レデブライトの生成量を低減させることを特徴とする前記4記載の補修方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、溶接部周辺あるいは近傍の鋳鉄母材の熱影響部のミクロ組織を改善し、機械的特性を改善することができる鋳鉄補修用溶接材料及び補修方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】鋳鉄製の母材を肉盛補修して形成された溶接部の概略断面図
図2】鋳鉄製の母材を当て板補修して形成された溶接部の概略断面図
図3】実施例1における溶接部の周辺の熱影響部における詳細なミクロ組織を示す高倍率の光学顕微鏡写真である。
図4】実施例1における溶接部の周辺の熱影響部における主体的なミクロ組織を示す低倍率の光学顕微鏡写真である。
図5】実施例2における溶接部の周辺の熱影響部における詳細なミクロ組織を示す高倍率の光学顕微鏡写真である。
図6】実施例2における溶接部の周辺の熱影響部における主体的なミクロ組織を示す低倍率の光学顕微鏡写真である。
図7】実施例3における溶接部の周辺の熱影響部における詳細なミクロ組織を示す高倍率の光学顕微鏡写真である。
図8】実施例3における溶接部の周辺の熱影響部における主体的なミクロ組織を示す低倍率の光学顕微鏡写真である。
図9】実施例4における溶接部の周辺の熱影響部における詳細なミクロ組織を示す高倍率の光学顕微鏡写真である。
図10】実施例4における溶接部の周辺の熱影響部における主体的なミクロ組織を示す低倍率の光学顕微鏡写真である。
図11】実施例5における溶接部の周辺の熱影響部における詳細なミクロ組織を示す高倍率の光学顕微鏡写真である。
図12】実施例5における溶接部の周辺の熱影響部における主体的なミクロ組織を示す低倍率の光学顕微鏡写真である。
図13】比較例1における溶接部の周辺の熱影響部における詳細なミクロ組織を示す高倍率の光学顕微鏡写真である。
図14】比較例1における溶接部の周辺の熱影響部における主体的なミクロ組織を示す低倍率の光学顕微鏡写真である。
図15】比較例2における溶接部の周辺の熱影響部における詳細なミクロ組織を示す高倍率の光学顕微鏡写真である。
図16】比較例2における溶接部の周辺の熱影響部における主体的なミクロ組織を示す低倍率の光学顕微鏡写真である。
図17】実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、実施例5、比較例1及び比較例2の詳細な各組織部位における組織占有率(面積率)を示すグラフ
図18】実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、実施例5、比較例1及び比較例2の主体的な各組織部位における平均厚さを示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について好ましい実施の形態について説明する。
【0020】
図1及び図2は、鋳鉄製の母材の補修を、溶接材料により補修溶接した溶接部の概略断面図であり、図1は、肉盛補修の一例を示した図であり、図2は、当て板補修の一例を示した図である。
鋳鉄製の母材を補修する補修溶接する補修方法としては、欠陥部を除去し、除去部分に溶接材料を肉盛溶接する肉盛補修や、欠陥部を除去せずに、当て板を隅肉溶接で取り付ける当て板補修が挙げられる。
図1では、母材11の補修箇所に開先を形成し、台形状の開先の間隙に溶接材料12を充填し、溶接部13を形成する肉盛補修の例が示されている。また、図2では、欠損部15を当て板16で覆い、溶接材料12によって当て板16の周囲を隅肉溶接し、溶接部13を形成する当て板補修の例が示されている。図1、2において、符号14は鋳鉄製の母材11と溶接材料12との溶接境界部である。
【0021】
溶接境界部14の母材側に熱影響部が存在する。熱は溶接による熱入りによる。
溶接境界部14の溶接材料12によって肉盛補修することにより、溶接部13が形成される。溶接部13を形成するには、溶接材料12の積層によって形成されてもよい。
開先の形状は図1に示すような台形状の開先等を含むV形に限定されず、U形、レ形、J形等であってもよく、母材の厚みや溶接方法、除去すべき欠損形状及び範囲を考慮して適宜選択される。
【0022】
開先の間隙を溶接材料12によって補修溶接する溶接手法は、格別限定されないが、例えば、レーザ溶接やアーク溶接などが挙げられ、アーク溶接としては、ガスタングステンアーク溶接(GTAW)、被覆アーク溶接(SMAW)、ガスメタルアーク溶接(GMAW)などが挙げられるが、中でもガスタングステンアーク溶接(GTAW)が好ましい。
【0023】
本発明が適用できる母材は、格別限定されないが、鋳鉄製の母材、鋳鉄製の母材と同等の機械的特性が要求される部材を含み、例えば鋳鉄製シリンダで構成される往復動圧縮機、内燃機関などが挙げられる。
【0024】
本発明の溶接材料は、母材が鋳鉄製部材同士(例えば球状黒鉛鋳鉄同士)である場合が好ましい。
【0025】
本発明における溶接材料は、図1に示すような溶接材料であってもよいし、溶接棒であってもよいし、溶接ワイヤであってもよい。
【0026】
本発明の溶接材料は、本発明の効果を良好に奏する上では、鋳鉄製部材の補修溶接を行う溶接材料であって、少なくともNi、Cr、Mn及びNbを含む鋳鉄補修用溶接材料であればよい。
【0027】
本発明の溶接材料は、少なくともNi、Cr、Mn及びNbを構成元素として含むことにより、溶接部の周辺の熱影響部のミクロ組織を改善し、補修溶接による熱影響部の機械的特性を改善することができるので好ましい。
【0028】
溶接材料は、Cr10.0~30.0質量%、Mn1.0~10.0質量%、Nb2.0~3.0質量%、残部をNi及び不可避成分で構成されることが好ましい。
【0029】
Niは、炭素(C)の黒鉛化を促進する元素であり、炭化物を形成しないため、溶接時に脆弱な相を生成しにくく、鋳鉄用溶接材料の主要構成元素となる。Niの含有量は、溶接材料の残部であり、少なくとも60質量%含むことが好ましく、より好ましくは60~87質量%の範囲である。
【0030】
Crは、球状黒鉛鋳鉄の連続冷却変態曲線において、パーライト変態を高温短時間側へ移動させるため、パーライト生成量増大によって母材の強度向上に寄与する。また、Crは、マルテンサイト変態開始温度を低下させるため、マルテンサイト生成を抑制し、溶接割れのリスクを軽減する。しかしながら、30.0質量%を超えると、溶接金属自体の延性低下による溶接割れのリスクが増大し、10.0質量%を下回ると、酸化によってビード表面の金属光沢が失われる。したがって、Crの含有量は、10.0~30.0質量%の範囲が好ましい。より好ましくは10.0~20.0質量%の範囲である。
【0031】
Mnは、溶接部の周辺の熱影響部におけるパーライト面積率を増大させる効果があるため、母材の強度向上に寄与する。Mnが溶接材料に含まれることにより、ミクロ組織におけるパーライト面積率が向上していることがわかる。パーライト面積率が向上していることは、例えば光学顕微鏡写真によって視認することができる。パーライトの面積率が増大すると、脆弱な相であるレデブライトの面積率が相対的に低下し、機械特性が改善される。
Mnの含有量は、1.0~10.0質量%の範囲が好ましい。より好ましくは2.0~8.0質量%の範囲である。Mnが10.0質量%を上回ると、スパッタ発生により作業性、外観に支障をきたすおそれがある。
【0032】
パーライト (pearlite)は、Fe-C状態図において、C=0.77質量%におけるオーステナイト領域から温度727℃以下へと徐冷した時に生ずる共析組織である。非常に薄い板状のフェライトとセメンタイトが交互に並んだ状態で析出した微細な層状の組織である。
【0033】
Nbは、第一段黒鉛化(A変態点以上のオーステナイト域における黒鉛化)を促進する作用の他に、初晶として炭化物(δ-NbC)を形成しやすく、δ相生成のため溶接部近傍の炭素が一部消費されるので、パーライトを安定化する効果がある。しかしながら、過剰なδ相生成は溶接部の過度な硬化を引き起こすため、2.0~3.0質量%の範囲が好ましい。
【0034】
SiおよびAlは、炭素(C)の黒鉛化を促進する効果がNiよりも高く、溶接金属の融点を下げる効果が高い。そのため、鋳鉄母材と溶接金属との融点差を小さくすることによって、レブライトのような脆弱なミクロ組織が生成する元になる変質部の面積を低減する効果がある。しかしながら、過剰なSiおよびAlの添加は、溶接金属自体の延性低下による溶接割れや、溶接材料製作時における加工不良のリスクを増大させる。
Siの含有量は、6.0質量%以下であることが好ましく、より好ましくは3.0~6.0質量%の範囲である。また、Alの含有量は、2.0質量%以下であることが好ましく、より好ましくは1.0~2.0%の範囲である。
【0035】
本発明における構成元素の不可避成分としては、Fe、Ti等が挙げられる。
【0036】
本発明の補修方法は、上記の鋳鉄補修用溶接材料を用いて、鋳鉄製部材の補修溶接を行うことを特徴とする。
【0037】
鋳鉄補修用溶接材料を用いて補修溶接を行う際に、鋳鉄製部材同士の溶接部を形成し、該溶接部において前記溶接材料を積層して補修溶接を行うことも好ましい。
【0038】
本発明の補修方法において実現されたミクロ組織は、溶接部の周辺の熱影響部のミクロ組織で見た場合に、パーライトの面積率が増大すると共に、レデブライトの生成量が低減されている点に特徴がある。
【0039】
溶接部の周辺の熱影響部のミクロ組織において、パーライトの面積率が増大すると共に、レデブライトの生成量が低減される点で、溶接部周辺あるいは近傍の鋳鉄母材の熱影響部のミクロ組織が改善されている。その結果、熱影響部の機械的特性が改善された。
【実施例0040】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は、かかる実施例によって限定されない。
【0041】
(実験1)
表2に示すように、実施例1、実施例2、比較例1、比較例2の4種類の溶接材料を用い、板厚9mmの球状黒鉛鋳鉄(FCD400-18)母材による突合せ継手を作製し、表1に示す溶接条件に従ってガスタングステンアーク溶接を行った。
なお、図1の例で示した断面台形状の開先(V型)を想定できるよう、母材と同材質の裏当て材を用い、ルートギャップ3mm、開先角度90°のV型開先とした。
溶接材料の化学組成は、表2に示す通りであり、比較例1は鋳鉄用溶接材料として市販されているNi-Fe系溶接材料であり、比較例2は純Ni系溶接材料である。
溶接材料の溶融開始温度を示差熱分析で調べるとともに、溶接継手の引張強さ、伸び及びビード外観を調べ、その結果を表2に示した。
【0042】
<引張試験>
突合せ継手から、溶接線と直角方向に引張試験片を採取し、クロスヘッド速度1mm/minにて引張試験(JIS Z 3121)を行った。
【0043】
【表1】
【0044】
・GTAW:ガスタングステンアーク溶接
・溶接姿勢:溶接を行うときの溶接継手に対する姿勢のこと
・予熱/パス間温度:
溶接においては、原則予熱を行う。パス間温度は、多層溶接において次のパスを溶接する直前の開先部周辺母材の温度
【0045】
【表2】
(評価)
表2の試験結果に示す通り、実施例1及び実施例2では、良好なビード外観を呈し、引張強さ及び伸び共に良好な結果となった。その中では実施例1の引張強さが最も高く、実施例2の伸びが最も高かった。
一方、比較例1,2では、良好なビード外観を呈したものの、実施例1、2に比べ引張強さ及び伸び共に低下し、特に伸びの低下が著しかった。
【0046】
(実験2)
表3に示すように、実施例3、実施例4、実施例5、参考例1、参考例2、参考例3の6種類の溶接材料を用い、板厚9mmの球状黒鉛鋳鉄(FCD400-18)母材による突合せ継手を作製し、表1に示す溶接条件に従ってガスタングステンアーク溶接を行った。
溶接材料の化学組成は、表3に示す通りであり、参考例1、参考例2、参考例3は作成した溶接材料である。
溶接材料の溶融開始温度を示差熱分析で調べるとともに、溶接継手の引張強さ、伸び及びビード外観を調べ、その結果を表3に示した。
【0047】
【表3】
【0048】
(評価)
表3の試験結果に示す通り、実施例3、実施例4、及び実施例5では、良好なビード外観を呈し、引張強さ及び伸び共に良好な結果となった。その中では実施例4の引張強さが最も高く、実施例3の伸びが最も高かった。
一方、参考例1ではスパッタ発生、参考例2では溶接割れが確認され、参考例3ではビードの金属光沢が消失し、良好なビード外観が得られなかった。
【0049】
(実験3)
表2及び表3に示す10種類中7種類の継手の溶融境界部におけるミクロ組織を光学顕微鏡写真で調べた。
その結果を図3図16に示した。
【0050】
図3及び図4は実施例1の高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真であり、図5及び図6は実施例2の高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真であり、図7及び図8は実施例3の高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真であり、図9及び図10は実施例4の高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真であり、図11及び図12は実施例5の高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真であり、図13及び図14は比較例1の高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真であり、図15及び図16は比較例2の高倍率及び低倍率の光学顕微鏡写真である。
【0051】
また、図3図5図7図9図11図13及び図15に示された実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、実施例5、比較例1及び比較例2の各詳細なミクロ組織部位における組織占有率(面積率)を示すグラフを図17に示す。
【0052】
更に、図4図6図8図10図12図14及び図16に示された実施例1、実施例2、実施例3、実施例4、実施例5、比較例1及び比較例2における各主体的なミクロ組織部位の平均厚さ(μm)を示すグラフを図18に示す。平均厚さは、視野内における各主体的なミクロ組織の面積を、当該視野における下端から上端までの最短直線長さで除して求めた。
【0053】
実施例1の詳細なミクロ組織を示す図3において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2は黒鉛、組織部位3はレデブライト、組織部位4はパーライト、組織部位5はベイナイト、セメントタイトであり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。
【0054】
溶接継手の引張強さが最も高い実施例1の詳細なミクロ組織は、硬質なマルテンサイトが観察されず、組織部位3のレデブライトは組織部位2の黒鉛周辺に僅かに存在するのみであり、また組織部位4のパーライトの面積率が高いことがわかる。
【0055】
実施例1の主体的なミクロ組織を示す図4において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2はレデブライト主体組織、組織部位3はパーライト主体組織であり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。図14及び図16に示す比較例1および比較例2に比べ、実施例1はレデブライト主体組織の生成量が少ないことがわかる。
【0056】
実施例2の詳細なミクロ組織を示す図5において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2は黒鉛、組織部位3はレデブライト、黒鉛、組織部位4はパーライト、組織部位5はフェライト、微細パーライトであり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。
【0057】
溶接材料の融点(溶融開始温度)が実施例1よりも低く、溶接継手の伸びが最も高い実施例2の詳細なミクロ組織は、硬質なマルテンサイトが観察されず、組織部位3のレデブライトの面積が低減しており、組織部位4のパーライトの面積率が高く、組織部位5に軟質のフェライトも現出していた。
【0058】
実施例2の主体的なミクロ組織を示す図6において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2はレデブライト主体組織、組織部位3はパーライト主体組織であり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。実施例1と同様に、実施例2はレデブライト主体組織の生成量が少ないことがわかる。
【0059】
主体的なミクロ組織の平均厚さを示す図18において、実施例2におけるレデブライト主体組織の平均厚さは、実施例1に比べ小さくなっていることがわかる。したがって、レデブライト主体組織の生成量も、実施例1に比べ実施例2のほうが少ないと考えられる。
【0060】
実施例3の詳細なミクロ組織を示す図7において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2は黒鉛、組織部位3はレデブライト、組織部位4はパーライト、組織部位5はパーライト、フェライト、組織部位6はフェライト、セメンタイト、マルテンサイトであり、白黒の破線は、各組織部位との境界を示す線である。
【0061】
実施例3の詳細なミクロ組織は、組織部位3のレデブライトが組織部位2の黒鉛周辺に僅かに存在するのみであり、詳細なミクロ組織の面積率を示す図17において、組織部位3のレデブライトの面積率が実施例1~5の中で最も小さいことがわかる。また、組織部位4のパーライトの面積率が高く、組織部位5および6に軟質のフェライトも現出していた。
【0062】
実施例3の主体的なミクロ組織を示す図8において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2はレデブライト主体組織、組織部位3はパーライト主体組織であり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。実施例1及び実施例2と同様に、実施例3もレデブライト主体組織の生成量が少ないことがわかる。
【0063】
主体的なミクロ組織の平均厚さを示す図18において、実施例3におけるレデブライト主体組織の平均厚さは、実施例1及び実施例2より小さくなっていることがわかる。したがって、レデブライト主体組織の生成量も、実施例1及び実施例2に比べ実施例3のほうが少ないと考えられる。
【0064】
実施例4の詳細なミクロ組織を示す図9において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2は黒鉛、組織部位3はレデブライト、組織部位4はパーライト、組織部位5はパーライト、フェライトであり、白い線は、各組織部位との境界を示す線である。
【0065】
実施例4の詳細なミクロ組織は、組織部位3のレデブライトが組織部位2の黒鉛周辺に存在する点は実施例1および実施例3と同様である。一方、詳細なミクロ組織の面積率を示す図17において、組織部位3のレデブライトの面積率が実施例1~5の中では最も大きくなったが、比較例1及び比較例2に比べれば小さいことがわかる。
【0066】
実施例4の主体的なミクロ組織を示す図10において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2はレデブライト主体組織、組織部位3はパーライト主体組織であり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。実施例4におけるレデブライト主体組織の生成量は、実施例1~3より若干多いように見受けられるが、図14および図16で示される比較例1及び比較例2に比べれば少ないことがわかる。
【0067】
主体的なミクロ組織の平均厚さを示す図18において、実施例4におけるレデブライト主体組織の平均厚さは、実施例1~5の中で最も大きかったが、比較例1及び比較例2に比べれば小さいことがわかる。
【0068】
実施例5の詳細なミクロ組織を示す図11において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2は黒鉛、組織部位3はレデブライト、組織部位4はパーライト、組織部位5はパーライト、フェライト、組織部位6はフェライト、セメンタイト、マルテンサイトであり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。
【0069】
実施例5の詳細なミクロ組織は、比較例1及び比較例2に比べレデブライトの面積率が低減していることがわかる。
【0070】
実施例5の主体的なミクロ組織を示す図12において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2はレデブライト主体組織、組織部位3はパーライト主体組織であり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。実施例5の主体的なミクロ組織は、レデブライト主体組織の生成量が比較例1および比較例2より少なくなっていることがわかる。
【0071】
主体的なミクロ組織の平均厚さを示す図18において、実施例5におけるレデブライト主体組織の平均厚さは、実施例1~5の中で最も小さいことがわかる。したがって、実施例5におけるレデブライト主体組織の生成量は、実施例1~5の中で最も少ないと考えられる。
【0072】
比較例1の詳細なミクロ組織を示す図13において、組織部位1は溶接金属、組織部位2は黒鉛、組織部位3はレデブライト、組織部位4はベイナイト、パーライト、組織部位5はベイナイト、セメントタイト、組織部位6はマルテンサイト、フェライトであり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。
【0073】
比較例1の詳細なミクロ組織は、図13に示すように、脆弱なセメンタイトを含有するレデブライトと呼ばれるミクロ組織が熱影響部の溶融境界部に連続的に厚く現出していた。詳細なミクロ組織の面積率を示す図17において、比較例1における組織部位3のレデブライトは、面積率が実施例1~5に比べ著しく高くなっていることがわかる。
【0074】
比較例1の主体的なミクロ組織を示す図14において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2はレデブライト主体組織、組織部位3はパーライト主体組織であり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。比較例1では、レデブライト主体組織が連続的に厚く生成していることがわかる。
【0075】
主体的なミクロ組織の平均厚さを示す図18において、比較例1におけるレデブライト主体組織の平均厚さは、実施例1~5に比べ著しく高くなるとともに、パーライト主体組織の平均厚さは、実施例1~5に比べ小さくなっていることがわかる。
【0076】
比較例2の詳細なミクロ組織を示す図15において、組織部位1は溶接金属、組織部位2は黒鉛、組織部位3はレデブライト、組織部位4はパーライト、ベイナイト、組織部位5はマルテンサイト、フェライトであり、白黒の破線は、各組織部位との境界を示す線である。
【0077】
溶接材料の融点(溶融開始温度)が最も高く、溶接継手の引張強さ及び伸び共に最も低い比較例2の詳細なミクロ組織は、図15に示すように、組織部位3のレデブライトが熱影響部の溶融境界部に連続的に厚く現出している点は比較例1と同様であった。
【0078】
比較例2の主体的なミクロ組織を示す図16において、組織部位1は溶接金属(溶接材料)、組織部位2はレデブライト主体組織、組織部位3はパーライト主体組織であり、白い破線は、各組織部位との境界を示す線である。比較例1と同様に、比較例2はレデブライト主体組織が連続的に厚く生成していることがわかる。
【0079】
主体的なミクロ組織の平均厚さを示す図18において、比較例2におけるレデブライト主体組織の平均厚さは、比較例1と同様に、実施例1~5に比べ著しく高くなるとともに、パーライト主体組織の平均厚さは、実施例1~5に比べ小さくなっていることがわかる。
【0080】
このように、図3~16に示す溶融境界部でのミクロ組織は、図17及び図18に示すように、本発明の溶接材料を用いた場合の溶融境界部では、パーライトの面積率が増大すると共に、レデブライトの生成量が低減されていることがわかり、ミクロ組織が改善していることが分かった。
【符号の説明】
【0081】
11 鋳鉄製の母材
12 溶接材料
13 溶接部
14 溶接境界部
15 欠損部
16 当て板
図1
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図18