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特開2025-2639インプラント周囲疾患を治療又は予防するための医薬組成物及びインプラント体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025002639
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】インプラント周囲疾患を治療又は予防するための医薬組成物及びインプラント体
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/17 20060101AFI20241226BHJP
   A61C 8/00 20060101ALI20241226BHJP
   A61K 47/36 20060101ALI20241226BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20241226BHJP
   A61L 27/54 20060101ALI20241226BHJP
   A61L 27/44 20060101ALI20241226BHJP
   A61L 27/34 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
A61K38/17
A61C8/00 Z
A61K47/36
A61P1/02
A61L27/54
A61L27/44
A61L27/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102953
(22)【出願日】2023-06-23
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 慎也
(72)【発明者】
【氏名】河野 祥子
(72)【発明者】
【氏名】武田 克浩
(72)【発明者】
【氏名】栗原 英見
(72)【発明者】
【氏名】水野 智仁
【テーマコード(参考)】
4C076
4C081
4C084
4C159
【Fターム(参考)】
4C076AA09
4C076BB22
4C076CC29
4C076EE37A
4C076FF31
4C076FF35
4C081AB06
4C081BA12
4C081CD081
4C081CE02
4C084AA02
4C084BA44
4C084DC50
4C084MA27
4C084MA57
4C084NA14
4C084ZA671
4C159AA28
(57)【要約】
【課題】インプラント体周囲の炎症を消退させるのみならず、インプラント体周囲の骨を再生させ、インプラント体と顎骨との結合を促進し、審美性を改善させることができるインプラント周囲疾患の治療を提供できるようにする。
【解決手段】本開示に係る医薬組成物は、インプラント周囲疾患を治療又は予防するための医薬組成物であり、脳由来神経栄養因子(BDNF)を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳由来神経栄養因子を含むことを特徴とする、インプラント周囲疾患を治療又は予防するための医薬組成物。
【請求項2】
デブライドメントが施されたインプラント体に適用するための請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記インプラント体の埋入時に適用される請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
前記インプラント周囲疾患は、インプラント周囲炎である請求項1~3のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
ヒアルロン酸を含む請求項1~3のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
脳由来神経栄養因子を含むコーティング層を有することを特徴とする、インプラント周囲疾患を治療又は予防するためのインプラント体。
【請求項7】
オッセオインテグレーションの促進のための請求項6に記載のインプラント体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インプラント周囲疾患を治療又は予防するための医薬組成物及びインプラント体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、歯を喪失した際に歯を補う治療法の一つとして歯科インプラント治療が知られている。これは、純チタンやチタン合金製でネジ状に構成されたインプラント体(人工歯根)を、歯が欠損した部位における顎骨に埋め込み、その上に人工歯を装着する治療法である。この治療法は、可撤性義歯(入れ歯)等の治療法に比べ、周囲の歯を削る必要が無く、審美的にも優れているため、健康保険適応外の治療ながら近年急速に普及している。その一方で、インプラント周囲炎等のインプラント周囲疾患が問題になってきている。インプラント周囲炎の罹患率は、患者全体の28~56%、インプラント総本数の12~40%であり、非常に高い頻度で発症している(例えば非特許文献1等を参照)。インプラント周囲炎は、Porphyromonas gingivalisやTannerella forsythia等を含む多くの細菌との関連が認められており(例えば非特許文献2等を参照)、これらの細菌が感染することで、インプラント体を支持する周囲組織に炎症が生じ、最終的に骨が吸収される慢性炎症である。インプラント周囲炎に罹患すると、インプラント体の動揺や粘膜退縮等の症状が出現し、咀嚼障害や審美障害を生じる。最悪の場合、埋入したインプラント体の除去手術が必要となる。以上のことから、インプラント周囲炎の治療成績を向上させることは重要な課題である。
【0003】
これまで、インプラント周囲炎の治療としては、インプラント体の表面におけるバイオフィルム状の細菌塊等を除去し、炎症を消退させる処置であるデブライドメントが行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2005/025605号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J Clin Periodontol.2008;35(8Suppl):p282-285
【非特許文献2】J Periodontal Res.2016;51(6):p689-698
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のデブライドメントによる治療法では、炎症を消退させることはできるが、吸収された骨は再生せず、インプラント体の支持や審美性を改善することはできない。したがって、インプラント体周囲の骨を再生させること、すなわちインプラント体と顎骨の結合(オッセオインテグレーション)を回復させることが理想的な治療ではあるが、現状ではオッセオインテグレーションを回復させる確実性の高い治療法はない。
【0007】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、インプラント体周囲の炎症を消退させるのみならず、インプラント体周囲の骨を再生させ、インプラント体と顎骨との結合を促進し、インプラント体の支持と審美性を改善させることができるインプラント周囲疾患の治療を提供できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、インプラント体の周囲に脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor:BDNF)を適用することによって、インプラント体周囲骨の再生およびオッセオインテグレーションの再構築を促進できることを見出して本発明を完成した。
【0009】
本発明に係る医薬組成物は、インプラント周囲疾患を治療又は予防するためのものであり、BDNFを含むことを特徴とする。
【0010】
本発明に係る医薬組成物によると、BDNFを含んでおり、BDNFが間葉系幹細胞の増殖及び骨芽細胞への分化を促進し、これによってインプラント体周囲の骨再生を促進することができる。また、BDNFによって上皮細胞の増殖を抑制でき、これによって上皮細胞によるインプラント体表面の被覆を抑制することができるため、上皮等の除去のための外科的手段を必要とせずにインプラント体周囲に組織再生のための細胞を誘導でき、組織再生を促進できる。これらによって、インプラント周囲疾患を効果的に治療又は予防することができる。
【0011】
本発明に係る医薬組成物は、デブライドメントが施されたインプラントに適用することが好ましい。
【0012】
この場合、デブライドメントによってインプラント体周囲に存在するインプラント周囲疾患の原因菌が除去され、その結果炎症を抑制することができ、さらにBDNFの効果と相まってインプラント周囲疾患の治療効果を向上することができる。
【0013】
また、一回法などのインプラント体埋入時において、上皮侵入によってインプラント体周囲の炎症が惹起されオッセオインテグレーションが阻害されることが想定される場合にはインプラント体埋入時に適用されることが好ましい。
【0014】
本発明に係る医薬組成物は、ヒアルロン酸、コラーゲン又はヒドロキシプロピルセルロースを含むことが好ましい。
【0015】
このようにすると、BDNFと共にゲル組成物を形成でき、インプラント体周囲への適用が容易となり、また、インプラント体周囲にBDNFを容易に維持できるため、より効果的にBDNFをインプラント体周囲に作用させることができる。
【0016】
本発明に係るインプラント体は、インプラント周囲疾患を治療又は予防するためのインプラント体であって、BDNFを含むコーティング層を有することを特徴とする。
【0017】
本発明に係るインプラント体によると、その表面にBDNFを含むコーティング層が設けられているため、上記のようにインプラント体周囲にBDNFを適用した場合と同様の効果を得ることができるため、インプラント周囲疾患を治療又は予防するのに効果的である。
【0018】
本発明に係るインプラント体は、オッセオインテグレーションの促進のために用いることができる。
【0019】
本発明に係るインプラント体は、上記の通り、その表面にBDNFを含むコーティング層が設けられており、BDNFはインプラント体周囲の骨の再生を促進することができ、また、当該骨とインプラント体との結合(オッセオインテグレーション)を促進することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る医薬組成物及びインプラント体によると、BDNFを含むことにより、インプラント体表面へ骨形成のための細胞を誘導でき、オッセオインテグレーションの獲得を促進できる。これらによって、インプラント周囲疾患を効果的に治療又は予防することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1(a)は実施例におけるポケット深さ及びアタッチメントレベルの測定について説明するための図であり、図1(b)は実施例におけるヒーリングアバットメント最上端から骨頂部までの長さの測定について説明するための写真である。
図2図2は実施例において行った無処置群、デブライドメント群及びBDNF群におけるヒーリングアバットメント最上端から骨頂部までの長さの測定結果を示すグラフである。
図3図3は実施例において行った無処置群、デブライドメント群及びBDNF群におけるポケット深さの測定結果を示すグラフである。
図4図4は実施例において行った無処置群、デブライドメント群及びBDNF群におけるアタッチメントレベルの測定結果を示すグラフである。
図5図5は実施例において行った無処置群、デブライドメント群及びBDNF群におけるプロービング時の出血の検出結果を示すグラフである。
図6図6は実施例において行った無処置群及びBDNF群における組織学的観察結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0023】
本発明の一実施形態は、BDNFを含むことを特徴とする、インプラント周囲疾患を治療又は予防するための医薬組成物である。
【0024】
本実施形態において、インプラントとは歯科インプラントである。また、本実施形態において、インプラント周囲疾患とは歯科インプラント周囲疾患であって、インプラント体の周囲組織に炎症が生じたり、さらにはインプラント体周囲の骨組織が吸収される症状を示す疾患であり、例えばインプラント周囲炎やインプラント周囲粘膜炎を含む。インプラント周囲疾患は、患者自身の歯の周囲に生じる歯周炎等の歯周病とは異なる病態を示すことが知られており、明確に区別されるものである。
【0025】
本実施形態において、BDNF(脳由来神経栄養因子)とは、主として脳内に存在する神経栄養因子であり、運動神経障害モデル、パーキンソン病モデル、アルツハイマー病モデルなど、各種の疾患モデル動物を用いた実験で、有効性が証明されている。特に、BDNFは、運動及び末梢神経疾患として筋萎縮性側索硬化症(ALS)、糖尿病や化学療法剤による末梢神経障害など、また中枢神経系疾患としてアルツハイマー病、パーキンソン病、網膜関連疾患などの治療薬としての開発が期待されている。その一方で、BDNFは、歯周病の治療剤としても期待されている(例えば国際公開第2005/025605号(特許文献1)を参照)。BDNFは歯根膜細胞の増殖及び分化を促進し、歯周組織の再生作用を有することが知られており、具体的に特許文献1では、BDNFが、ヒト歯周靱帯由来線維芽細胞の増殖を促進し、骨関連タンパク質のmRNA発現を促進すること、イヌの根分岐部病変モデルにおいて歯周組織の再生を促進することを示している。
【0026】
このように、BDNFが歯周病に対して治療可能性を示すことが知られていたが、これまでにBDNFによるインプラント周囲疾患の治療可能性について示されたことは無かった。特に、上記のように、BDNFは歯根膜細胞の増殖及び分化を促進するが、インプラントは骨とインプラント体が直接結合するオッセオインテグレーションによって維持されており、天然歯のような歯根膜は存在しないため、インプラント周囲炎の治療にもBDNFが応用できるとは考えられていなかった。そのような状況下において、今般、本発明者らは鋭意研究の結果、BDNFによるインプラント周囲疾患の治療可能性を見出して本発明を完成した。BDNFは、後の実施例にて詳細に説明するように、インプラント体周囲において、骨再生を促進し、オッセオインテグレーションを回復することができる。これは、BDNFがインプラント体表面に間葉系幹細胞の遊走及び増殖を促し、さらに骨芽細胞への分化を促すことによるものと考えられる。
【0027】
本実施形態において、インプラント体表面においてデブライドメントを行った後に、BDNFを適用すると、インプラント体周囲の炎症を抑制することができてより効果的である。デブライドメントとは、インプラント体表面におけるバイオフィルム状の細菌塊等を除去する処置であり、外科的デブライドメント及び非外科的デブライドメントを含む。外科的デブライドメントは、粘膜(歯茎)をメスにより切開及び剥離し、粘膜下のインプラント体を目視できる状態にしてデブライドメントを行うものである。一方、非外科的デブライドメントは、粘膜の剥離はせずに、インプラント体と粘膜との間にある隙間(インプラント周囲溝、ポケット)に器具を挿入し、盲目的にデブライドメントを行うものである。非外科的デブライドメントは、施術が簡単であり、歯科医師及び患者にもメリットがあり好ましい。対して、外科的デブライドメントは、患者の身体的及び心理的負担が大きいことや手術を実施できる歯科医師が限られるというデメリットがあるものの、より確実に感染源を除去することができ、骨再生を強力に誘導できると考えられる。
【0028】
通常、インプラント周囲炎において、増殖の速い上皮細胞は、インプラント体表面を被覆し、他の細胞のインプラント体表面への到達を阻害する。このため、インプラント体周囲の組織再生を図る場合、粘膜を剥離し粘膜下のインプラントを露出させ、インプラント表面のデブライドメントを行うと共に、粘膜の郭清(感染性肉芽組織及び上皮の除去)を行う外科的デブライドメントが必須となる。一方、BDNFは、歯肉上皮細胞のアポトーシスを誘導する性質があるため、BDNFを適用することによって上皮の外科的除去は必要とせず非外科的デブライドメントを選択することができる。
【0029】
また、本実施形態に係る医薬組成物は、一回法などのインプラント体埋入時において、上皮侵入によってインプラント体周囲の炎症が惹起されオッセオインテグレーションが阻害されることが想定される場合にはインプラント体埋入時に適用されることが好ましい。
【0030】
本実施形態の医薬組成物は、BDNFの作用を阻害しない限り、BDNFの他に任意の添加剤を含み得る。添加物の種類及び含有量は特に制限されず、例えば賦形剤、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH安定剤、ビヒクル及び防腐剤などが挙げられ、任意の量で含むことができる。また、本実施形態の医薬組成物は、公知の方法によって種々の形態に製剤化され、インプラント体周囲に適用するのに好適な剤形とすることができ、剤形の種類は特に制限されず、任意である。例えば、ゲル剤、軟膏、クリーム剤、外用液剤又は貼付剤とすることができる。また、これらの剤形にするために用いる添加物は、公知のものを使用することができ、特に制限されない。本実施形態において、例えば高分子ヒアルロン酸、コラーゲン又はヒドロキシプロピルセルロースとBDNFとを混合して得られた複合体ゲル剤の形態で用いると、BDNFをインプラント体周囲に維持し易く、BDNFをインプラント周囲組織に効果的に作用させることができて好ましい。
【0031】
本実施形態において、医薬組成物の1日当たりの適用量及び適用回数は特に制限されず、任意である。また、本実施形態において、医薬組成物が適用される対象は、動物であり、例えば哺乳動物であり、特にヒトである。
【0032】
本発明の他の実施形態は、インプラント周囲疾患を治療又は予防するためのインプラント体である。当該インプラント体は、BDNFを含むコーティング層を有することを特徴とする。
【0033】
本実施形態に係るインプラント体は、その表面にBDNFを含むコーティング層を予め備えているため、当該インプラント体が適用された患者のインプラント体周囲において、別途BDNFを適用することがなくてもBDNFを作用させることができる。従って、上記BDNFを含む医薬組成物と同様に、インプラント周囲疾患を効果的に治療又は予防することができる。特に、一回法によるインプラント体埋入後において、インプラント体表面への歯肉上皮の増殖・侵入を阻害し、骨形成を促進させ、オッセオインテグレーションを促進することができる。
【0034】
本実施形態において、コーティング層はBDNFを含むものであればその成分等は特に限定されない。またコーティング層の形成方法についても特には限定されず、例えばチタン等によって構成されたインプラント体の表面にBDNFを含む樹脂材料等を塗布及び乾燥させることによって得られる。また、コーティング層は上記のような添加剤を含んでいても構わない。また、コーティング層におけるBDNFの含有量も任意であり、限定されない。また、本実施形態において、インプラント体が適用される対象は、動物であり、例えば哺乳動物であり、特にヒトである。
【実施例0035】
以下に、本発明に係るインプラント周囲疾患を治療又は予防するための医薬組成物について詳細に説明するための実施例を示す。
【0036】
(インプラント周囲炎モデルの作製)
12~20か月齢の雌ビーグル犬の下顎両側第2~4前臼歯を抜歯し、抜歯窩の治癒を待つため12週間放置した。全顎の残存歯の歯石除去と歯面清掃を行った後、インプラント体(φ3セティオ(登録商標)Plus ストレート8mm、GC)を片側に3本ずつ埋入し、ヒーリングアバットメント(φ3セティオ(登録商標)Plus、GC)を装着した。埋入後の口腔内衛生管理は、週に2回のインプラント周囲と他の残存歯のブラッシングに加え、4週に1回は残存歯の歯石除去を行った。12週経過時に後述の通りインプラント周囲組織の評価を行い、埋入したインプラント体が適切に定着していることを確認した。その後3-0絹糸をヒーリングアバットメント周囲に五重に結紮し、細菌感染を惹起した。絹糸を結紮している期間は、口腔内清掃を中止し、軟性食を与えることでプラークの付着を促進した。絹糸は12週間維持した後に除去し、絹糸除去による刺激を除くためにさらに2週間経過したものをインプラント周囲炎モデルとした。作製したモデルの周囲組織の評価は後述の通り行った。
【0037】
(インプラント周囲組織の評価)
評価はプロービングによるポケット深さ、アタッチメントレベル、プロービング時の出血、及び、口内法エックス線写真によって行った。プロービングはインプラント用のプラスチック製プローブを用い、インプラント1本につき頬側、舌側、近心、遠心の4点を測定した。ポケット深さは粘膜頂からポケット底までの長さをプローブで計測した値、アタッチメントレベルはヒーリングアバットメント最上部からポケット底までの長さをプローブで計測した値とした(図1(a)を参照)。同時にプロービングの際に出血した箇所を記録した。口内法エックス線写真は撮影用インジケーターを各個体の左右側一つずつ作製し、毎回そのインジケーターを使用して撮影することで規格化した。エックス線画像の評価は、ヒーリングアバットメントの最上端から骨頂部までの長さの経時的な変化をImageJで解析した(図1(b)を参照、ヒーリングアバットメントの最上端から骨頂部までの長さは図1(b)の矢印部分の長さ)。
【0038】
(インプラント周囲炎モデルへのBDNF投与)
作製したインプラント周囲炎モデル(インプラント6本分)に対し、ポリエーテルエーテルケトン製のチップを装着した超音波スケーラーで非外科的にデブライドメントを行い、その後インプラント周囲ポケット内にヒト組換えBDNF(R&D systems)と高分子ヒアルロン酸ゲル(スベニール(登録商標)、DENKA)との混合ゲル(BDNF濃度500μg/mL)をインプラント体1本につき50μLずつ投与した。対照として、非外科的デブライドメントのみ実施したもの(インプラント6本分)及び同期間一切処置を行わないもの(インプラント5本分)を設けた。12週間経過後に前述の通りインプラント周囲組織の評価を行い、灌流固定により安楽殺した。インプラントを周囲軟組織ごと切り出し、非脱灰研磨標本を作製した。切断面は頬舌方向とし、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)で組織学的観察を行った。
【0039】
(結果)
上記評価における、エックス線画像によるヒーリングアバットメントの最上端から骨頂部までの長さの測定結果について図2に示す。図2のグラフでは、インプラント周囲炎モデル作製時点、すなわちデブライドメント及びBDNFの適用前の時点におけるヒーリングアバットメントの最上端から骨頂部までの長さを基準として、その基準からの当該長さの増減を示す。図2に示すように、処置を行わなかった無処置群及び非外科的デブライドメントのみを実施したデブライドメント群では、ヒーリングアバットメントの最上端から骨頂部までの長さの増大が見られた。一方、デブライドメントの実施に加えBDNFを投与したBDNF群では、無処置群及びデブライドメント群と比較して、ヒーリングアバットメントの最上端から骨頂部までの長さの増大が抑制され、さらに、処置前と比較してその長さの低減が認められた。この結果から、BDNF群では、インプラント体周囲における骨再生が促進されたといえる。
【0040】
次に、上記評価におけるポケット深さ、アタッチメントレベル及びプロービング時の出血の結果をそれぞれ図3図4及び図5に示す。図3及び図4のグラフでは、インプラント周囲炎モデル作製時点、すなわちデブライドメント及びBDNFの適用前の時点におけるポケット深さ及びアタッチメントレベルを基準として、その基準からのポケット深さ及びアタッチメントレベルの増減を示す。また、図5のグラフでは、上記の通りインプラント1本につき4箇所(頬側、舌側、近心、遠心の4点)、計20箇所(無処置群)または24箇所(デブライドメント群及びBDNF群)中の出血箇所の割合を示す。図3及び図4に示すように、無処置群と比較して、デブライドメント群及びBDNF群では、ポケット深さ及びアタッチメントレベルが小さくなった。但し、アタッチメントレベルにおいて、デブライドメント群は無処置群に対して有意差は認められなかった。BDNF群は、デブライドメント群と比較して、さらに小さいポケット深さ及びアタッチメントレベルを示した。また、図5に示すように、プロービング時の出血についても、デブライドメント群及びBDNF群では、無処置群と比較して出血箇所が半分以下に低減した。これらの結果から、デブライドメント群及びBDNF群では炎症が抑制され、特にBDNF群ではさらに骨再生が促されたといえる。
【0041】
次に、組織学的観察結果について図6に示す。図6に示すように、無処置群ではインプラント体周囲において粘膜が膨張しており(粘膜腫脹)、上皮細胞の増殖、炎症性細胞の浸潤が見られ、骨吸収も見られた。一方、BDNF群では、無処置群で見られたこれらの現象がいずれも抑制され、骨再生も見られた。
【0042】
以上の実験結果から、従来のデブライドメントによる治療法ではインプラント体周囲の炎症を抑制することはできるものの、骨再生を得ることができず、その一方でBDNFを用いることによりインプラント体周囲の骨を再生することができ、オッセオインテグレーションを再獲得できることが明らかとなった。インプラント体周囲の骨を再生させるためには、インプラント体表面に間葉系幹細胞が遊走及び増殖し、骨芽細胞へと分化することが必要と考えられ、BDNFは間葉系幹細胞の増殖及び骨芽細胞への分化を促したと考えられる。
【0043】
従来からBDNFが歯根膜細胞の増殖及び分化を促進し、歯周組織の再生作用をもつことは知られていたが、インプラントの場合には歯根膜が存在せず、骨とインプラントが直接結合しているため、BDNFがインプラント周囲疾患の治療に応用できるかどうかはこれまで未知であったが、本実施例の通り、BDNFがインプラント体周囲の骨再生を促進することが明らかとなった。
【0044】
また前述の通り、増殖の速い上皮細胞はインプラント体表面を被覆し、骨芽細胞などの細胞のインプラント体表面への到達を阻害するが、BDNFは上皮細胞のアポトーシスを誘導する性質があるため、外科的デブライドメントで行われる粘膜剥離を伴う上皮の切除を実施する必要がなく、BDNFを用いることにより非外科的デブライドメントで十分に治療効果を得ることができる。
【0045】
以上の通り、本発明に係るBDNFを含む医薬組成物及びインプラント体によると、BDNFを含むことによって、インプラント体表面へ骨形成のための細胞を誘導でき、オッセオインテグレーションの獲得を促進できるため、インプラント周囲疾患の治療又は予防に極めて有用である。

図1
図2
図3
図4
図5
図6